◎論説特集◎現代に生きる﹁五四﹂
現 代 中 国 の 自 由 主 義
緒形康・・⁝
﹁自由﹂か﹁公正﹂か
A中国大陸では一九九〇年代後半から﹁自由主義﹂と﹁新
左派﹂の間の論戦が続いていたが︑昨年来︑その状況は香
港のメディアでも報道され︑議論はますます白熱化してい
るようだ︒
B九八年九月に﹁新左派﹂の韓銃海が発表した﹁"自由主
義"という姿勢の背後に﹂が︑両者の主張を簡潔にまとめ
ている︒それによれば︑論戦は︑社会主義体制において長
期にわたって官僚資本に墾断されてきた生産資料をどう
やって公開化・合法化するかをめぐるものだ︒﹁自由主義﹂
派は︑市場経済の自由競争の中で私有化されたものは全部︑ 私有財産として合法化して構わないと考える︒しかし﹁新
左派﹂は︑そうした私有財産は権力と市場が結託して不正
な手段で得たものが多いから︑そのまま合法化しては社会
的不平等をさらに拡大すると見る︒より広範な民衆の参加
による民主的な方法で政治領域を公共のものにしてゆくこ
とが先決だと言うのだ(﹃天涯﹄九八年第五期)︒言い換え
れば︑論争のキーワードは﹁自由﹂と﹁公正﹂だ︒
この整理が正しいなら︑﹁自由主義﹂と﹁新左派﹂の論戦
は︑一九七〇年代以来︑欧米で展開された新自由主義(ロー
ルズ︑ノージック︑ドゥウォーキン)とコミュニタリズム
(マッキンタイヤー︑サンデル︑テイラー)の間の争いとそ
のモチーフを共有していると見ることもできるだろう︒
A残念ながら︑それはあくまでも﹁新左派﹂からの整理
現代 中国の 自由主義
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であって︑﹁自由主義﹂はそうした整理自体を退けている︒﹁自由主義﹂からすれば︑﹁公正﹂の考えを初めて打ち出し
たのは自分たちの側だという自負がある︒﹁新左派﹂はもと
もと﹁自由主義﹂を﹁エリート主義﹂と非難し︑より広範
な大衆参加の制度作りを提唱していた︒﹁自由﹂に対して
﹁公正﹂ではなく﹁平等﹂を対置していたわけだ︒
さらに︑欧米と中国の論争を比較するには︑二つの世界
を支えている制度的背景が正反対であることを考慮するこ
とが必要だ︒アメリカ在住の﹁新左派﹂︑甘陽に対して雷願
が行なった批判はその意味で重要だ︒甘陽は︑九〇年代の
中国自由主義は市場経済の強者の論理であり︑社会的公正
の原則を欠いていると批判し︑自由主義は欧米の新自由主
義と同じように︑現行の社会矛盾や社会格差を固定する保
守主義として機能していると述べた︒雷噸はこの見方が中
国の実態からあまりにかけ離れているとして︑﹁レッセ・
フェール﹂という経済自由原則はアメリカにおいては新保
守主義の重要な柱かもしれないが︑現代中国では市場経済
や私有化といったスローガンが保守ではなく革新的な働き
をしてきたと反論した(﹃二十一世紀﹄九七年四月号)︒
中国共産主義という体制への﹁自由﹂の立場からする強
力な異議申立ては︑行政や経済の分野への共産党の過度の
介入を制限し︑民間セクターの進出を認める規制緩和の要
求に他ならない︒つまり︑中国では﹁自由﹂の追求は制度 変革の原動力なのであって︑﹁公正﹂という原則の方こそ共
産党の支配の正当性として保守的に機能するのが一般なの
だ︒欧米では﹁自由主義﹂は右派で﹁公正﹂は左派だが︑
中国では﹁公正﹂の方が右派で︑真正の左派は﹁自由主義﹂
の方だとも言える︒
B話が複雑になってきたね︒両者の論戦の実態を見るに
は︑論争の流れを歴史的にたどる必要があるだろうね︒
A社会主義市場経済が党の基本方針として公認された一
九九二年以来︑市場の自由化を目指す経済的自由主義を中
心内容とした﹁自由主義﹂の言説が広く注目され始めた︒
だが︑﹁自由主義﹂と﹁新左派﹂の論戦が実質的に始まるの
は︑そうした経済的自由主義をたんに市場経済のメカニズ
ム︑﹁見えざる手﹂に委ねてよいのかという問いかけが生じ
たときだろう︒それは﹁公正﹂という考え方が最初に提唱
された九四年だ︒
B﹃東方﹄九四年第六期に掲載された†悟の﹁公正至上
論﹂だね︒
Aそうだ︒一九九四年以後の論争の流れは三つの段階に
整理して考えると分かりやすい︒
第一段階は九四年から九七年九月まで︒論争は公正や正義
の観点を自由主義にどう採り入れるかという﹁自由主義﹂
内部の論争という性格が強かった︒﹁新左派﹂の主流はアメ
リカ留学組で︑彼らの中国国内に対する影響は新しい学説の
紹介の域を大きく出ていない︒したがって︑﹁自由主義﹂と﹁新左派﹂の直接の意見交換は決して多いとは言えなかった︒
第二段階は九七年九月から九九年五月まで︒一五回党大
会と九期全人代で︑非公有セクターは社会主義市場経済の﹁重要な構成要素﹂であるという画期的な決定がなされた︒
非公有経済の主流は私営企業︑個人経営など私有制に基づ
くものだから︑中国経済における世界資本主義との連携︑
グローバル化の一層の進展は明らかだった︒論壇では﹁グ
ローバリズム﹂がテーマとして脚光を浴びるようになる︒
﹁新左派﹂はこうした情勢を受けて﹁グローバリズム﹂を支
える多国籍企業批判を展開し︑グローバリズムを基本的に
肯定する﹁自由主義﹂に論争を挑む︒﹁自由主義﹂対﹁新左
派﹂の論戦は経済的自由から政治的・文化的自由の領域へ
と拡大し︑論争は最高潮に達する︒
第三段階は九九年五月から現在まで︒駐ユーゴスラビア
の中国大使館がNATOに﹁爆撃﹂された﹁五七﹂事件を
きっかけにして中国国内では民族主義の嵐が吹き荒れる︒
党・政府内の強硬保守派はそうした世論の逆風を利用して︑
アメリカ一極支配の国際関係やグローバリズムの進展を強
く批判し始め︑同時に法輪功弾圧などにその流れを利用し
てゆく︒グローバリズムを原則として認めていた﹁自由主
義﹂は窮地に立たされ︑﹁新左派﹂は九〇年代の中国思想界
の際立った特色である中華ナショナリズムの代弁者の役割 を強めてゆく︒﹁自由主義﹂対﹁新左派﹂の論争は︑党や国
家の動向にますます左右されるようになり︑論争はイデオロ
ギー化と急進化の方向に向かうと同時に︑保守主義︑急進主
義︑民族主義など九〇年代の主流思潮を全て巻きこみなが
ら︑九〇年代思想の総決算という様相を呈するようになる︒
思想的に見て最も重要な論点が提示されたのは︑実は﹁新
左派﹂が論争に介入する以前の第一段階である︒﹁五四﹂以
来︑自由主義をめぐってこれほど突き詰めた対話がなされ
たことはない︒もちろん︑﹁新左派﹂が論争に介入した第
二・第三段階は思想的な実りには欠けるものの︑中国の今
後の政治イデオロギー動向を予測する上で多くの示唆的な
論点を提示していることは言うまでもない︒
﹁起点の公正﹂﹁規則の公正﹂
Bさっそく論争の第一段階の検討に入りたいのだが︒
先ほどの話にあった通り︑﹁自由主義﹂論争が真に始まっ
たのが︑自由の問題を公正や正義の原則といかに関係付け
るかという問題意識の登場からと考えるなら︑﹃東方﹄九四
年第六期に掲載された†悟の﹁公正至上論﹂によって﹁自
由主義﹂論争の火蓋が切って落とされたと言えるのだね︒
Aそうだ︒†悟は以後︑四度にわたって﹃東方﹄誌上に﹁公正﹂論を展開する︒ちなみに﹁†悟﹂は︑﹃農民学叢書﹄
8g一 現 代中国の 自由主義
の編集長で︑清華大学が最近︑郷鎮企業の株式再編化に関
して組織した大規模な社会調査のコーディネーターを務め
た秦暉のペンネームに他ならない︒
B秦暉はノージック流の﹁小さな政府﹂を主張する経済
自由主義者と言われているね︒
A秦暉は確かにノージックを重視している︒だが︑アメ
リカでノージック理論が果たす役割と中国でのそれとは︑
先の雷願の議論にもある通り︑全く正反対の方向を向いて
いることを忘れるべきではない︒
アメリカでは︑ノージックのアナーキーな自由至上主義
と︑ロールズを代表とする社会民主主義の視点を加味した
公正的自由主義は︑﹁保守﹂対﹁革新﹂の対立として常に対
比的に語られる︒だが︑﹁自由﹂﹁保守﹂のノージック対﹁公
正﹂﹁革新﹂のロールズという図式は︑中国では逆転してし
まう︒﹁小さな政府﹂を主張する秦暉は︑より透明な競争原
理を公共のものにし︑党や政府の市場介入を徹底的に拒否
する点で︑分配の正義の実現を党や政府に期待する﹁大き
な政府﹂の主張者より︑ずっとラディカルだよ︒
秦暉はノージックとともに︑財産を獲得したり譲渡する
さいにも公正が保たれるべきだと言い︑中国は早急に﹁起
点の公正﹂﹁規則の公正﹂を確立すべきだと述べた︒中国に
おける財の不平等は︑権力と市場の癒着であり︑権力の後
ろ盾がない市場メカニズムには﹁起点の公正﹂が保障され ない︒権力なき市場は競争する前から競争に負けているわ
けだ︒さらに︑権力を後ろ盾とした市場は銀行融資や競争入
札などで権力の暗黙の庇護を得ることができる︒三権が分
立していない法風土において︑権力こそが経済関係法の解釈
権を握っているからである︒したがって︑市場の自由な競争
を保障するためには﹁規則の公正﹂を作り上げる必要があ
り︑権力から規則解釈権を切り離して︑規則の公開化と透
明化を進めねばならない︒その上で︑財の分配にあたって
過程の公正を維持するために﹁矯正的な正義﹂を行使する
のだ︒この点でも︑秦暉の観点はノージックに共通している︒
だが︑秦暉の論敵たちは﹁過程の公正﹂の確保は必ずし
も必要ではないと考えている︒市場経済のメカニズムには︑
需要と供給の均衡点を見出し︑分配の正義を実現する契機
が含まれていると考えるからだ︒それでも分配の不平等が
残る場合には︑中央政府が福祉的な政策を施して︑分配の
不平等を事後的に矯正すれば良いというのだ︒
こうした﹁起点の公正﹂﹁規則の公正﹂﹁過程の公正﹂と
いう考えは︑旧ソ連や東欧の民主改革の成果と問題点を中
国の知識人が見据えた上で得られた結論であることは知っ
ておく必要がある︒ロシア・東欧研究者である蘇文は︑ロ
シア・東欧の民主改革の諸類型を整理する中で︑市場の透
明な規則なきところに真の意味での﹁最初の所有者﹂や﹁最
後の所有者﹂は存在しえないと述べている(﹁行路は険しく