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老舎『文博士』試論

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(1)

老舎『文博士』試論

渡 辺 武 秀 *

On Lao shO(老

)'s

WOn po shih(文 博士

)"

Takehide WATANABE

i告

Ⅲ 文博士 ‐

的原名是   進民 ‐

   作力単行本友行的吋候改 力現令名。遂 也是一篇 Ⅲ 幽駄 ‐

月、 悦。

文博士是一位在美国荻得了博士学位 的人物。他洸 :  自η `

]就 是 当代的状元   地位   事並都密 日 自泊 ]留 着呪 1就 是那有女

)し

的富家 也庖当進 人帯我双手棒送道来 !不 是口 自↑ ]的 希望

)せ

高   二理 虚 如此

I・

遂神想法如果是汗玩笑的

i舌

述 可以   但文博士不是升玩笑。 他在悦真活   他真的想追求 地位、事並琺及有戟 人的女

)し

。 作品里写的就是文博士的遂神 ‐

追求 ‐

文博士曇然鴨実是没有什 ム品徳思想   可是最后地位、事並、宮家的女

)し

全部得子」」 ′

。遂 是カ 什

/ム

呪 ?力 什

/ム

他能コ 移成功呪 ?就 因力他促   美国博士 ‐

。 遂梓 可以喝 ?有 没有同逝 ?老 舎在此作品里作了答笈。

F9yLυ ο′ [rs: humor laugh doctor

『文博士』はもともと『選民』という題で雑誌

「論語」の第 98期

(1936年 10月

)か ら第 115期

(1937年 7月

)に 渡って連載 された作品である。

単行本 としては 1940年

11月

に出版 され

,こ

時に題名が『選民』んゝら『文博士』に変更され た。lri l)

この 『文博士』 を連載 した「論語」 とい う雑 誌 は所言 胃「ユーモア」 を標榜 してお り

この雑 誌 には

,1934年

,既 に『牛天賜伝』を連載 した ことがある。老舎 は『牛天賜伝』の執筆時 に ,こ の雑誌 の性格 を考 え「ユーモア」 を強 く意識 し た ことを自ら告 白している∝り。この『文博士』の 中味 について ,老 舎 自ら言及 した文章 はない。た だ『牛天賜伝』の場合か ら推 し量 るに

,や

は り

『文博士』を書 く際にも「論語」に掲載するとい

平成 10年 10月 16日

*総

合教育センター・助教授

うことで老舎が「ユーモア」 を意識 したであろ うことは十分考 えられ る。

さて老舎の「ユーモア」作品の理解であるが

,

や は り彼の作品の場合「笑 い」 に注 目し ,何 処

に ,  どのような「笑い」があ り

その「笑い」が ス トー リーの展開の中で どの ような意味 を持つ のかを考慮 に入れなが ら作品解釈 を行 うしかな いのではないか。 こうす ることで ,表 面か らは 見 に くい ,老 舎 の ,作 品での工夫 ,独 自性 ,創

作意図 といつた ものが幾 らか見 えて来 るように 思 う。 は

3)

したがって ,こ の小論では ,『 文博士』

│こ

つい て「笑 い」 を中心 に据 えて考 えることで ,こ の 作品で老舎 の行 っている多 くの試みを明 らかに し ,作 品の中の「笑 い」の陰にそっと忍び込 ま せてある老舎独特の人間や社会の捉 え方

,そ

し てそ こか ら窺 える老舎 の指摘や主張を作品の中 か ら明 らかにしたい。

この作品 は ,老 舎 の代表作 といわれる F酪 舵

祥子』 と同 じ時期 に発表 されているにもかかわ

(2)

らず ,こ れ まで この作 品 について論考 され る こ とはなか った。 したが って ,今 回の考察 は ,  の作 品 を老舎 の総 ての創作過程 の中 に どの よう に位置 づ けるか ,或 い は老舎 は畢党 どの ような 文 学 を創 り上 げ よ う として いた のか を知 る こ と に も繁が ってい くと考 えてい る。

この 『文博士』 という作品は ,題 名か らもす でに明 らかなように ,主 人公 は文博士 とい う人 物である。

ス トー リーの展開はそれほ ど複雑でない。

最初 は済南の場面か ら始 まり ,続 けて回想 と い うかたちで ,文 博士がアメ リカで五年掛かっ て哲学博士の学位 を取 って中国に帰国 して来た 人物であることが紹介 され る。帰国 して半年 は 仕事が見つか らないが ,や がて北京の焦委員 と いう人物の紹介で済南の「斉魯文化学会」に行 くことになる。 ここで済南の実力者 ,唐 とい う 人物 と知 り合 いにな り ,彼 の援助 で済南 におけ

る生活の足場 を固める。

そ して ,の ちに ,済 南の大 きな薬屋 ,大 生堂 に乗 り込み ,そ この六番 目の娘 と知 り合 う。 こ の娘 とはす ぐに仲良 くな り ,婚 約 ,結 婚 と進ん で行 くことがほぼ決定的になる。同 じ頃 ,官 職 の話 も出て来 ,最 終的には大生堂の方のコネで それ も獲得す ることがで きる。

この ように ,こ の作品には文博士がアメ リカ 帰国 して以後か ら ,中 央の官界 に昇 る足がか り の ような もの を得 る までの こ とが書 かれてい る。

ただ ,ス トー リーのわか りやすさに比べ ると

,

作品イ 乍りには ,か な り技巧 を凝 らしているよう に見 える。

このあた りを ,ま ず作品の冒頭か ら見 てみる。

冒頭 は以下のように始 まる。

西門或 いは南 門 を通 るたび に,あ の壊 れた城楼 や城壁 の砲弾 の痕 を見,文 博士 はまるで料理 の中

の蝿 を食 べ た みた い な吐 き気 を感 じた。吐 き気 だ。悲 しみで はない。文博士 は決 して五三惨案 を 記 サ 隠 してお くことに熱心 で ない こ とはなか った。

そ うで はな く,彼 は こんな壊 れた もの をいつ まで も大通 りに置 いてお くべ きで はない と感 じて い るのだ。修理 で きるのな ら修理 し ,で きないのな らばい っそ壊 して しまえばい い。修理 もで きな い ,壊 しもしない,こ んな ところに中国の希望 の なさが現 れ てい る。

(世

一般 に戦争の傷跡 を残 してお くのは ,そ れ相 当の意味があるとされ る。文博士 はこの考 えを 真 っ向か ら否定す るのである。

ただ ,「 現状」を嘆 くのは ,い や しくも知識人 であれば ,や は り自分の心の中には必ず「理想」

とするものがあ り ,往 々にして目の前 に見 える

「現状」が 自分の「理想」と余 りにか け離れてい るが故 に ,し ばしば「現状」 を憂 え嘆 くことに なる。だか らこの種 の嘆 きは知識人 としては寧 ろ当然の ことと考 えることもで きる。ただ ,い

ささか大胆 な発言だけに ,や は り発言の根底 に ある ,文 博士の「理想」が果た して どうい うも のか ,こ の点 は問題 として残 る。

そして ,  この後 ,以 下の文章が続いてい く。

中国 に希望が ない所以 は,第 一 に人材 が いない とい うことで あ り,第 二 に何人か人材 は居た とし て も,国 家社会が抜擢 して使 うとい うことを知 ら ない とい うことで あ る。文博士 はこの ように考 え てぃた。

(江5)

この作 品で文博 士 は自信満 々のアメ リカ帰 り の ,優 れ た知識人 で あ る印象 を濃厚 に漂 わせ な が ら登場 す るが ,  この ような部分 にその一端 を 見 る こ とがで きよ う。 自分 の才能 に自信 が あ る か ら ,自 分 を認 めて くれ ない社会 に対 して も不 満 を持 つ。 いわ ば「才人」「不遇」を嘆 くとい う 型 で あ る。

また 自分が 「アメ リカ帰 り」 であ る とい うこ

とも彼 の誇 りで あ る。

(3)

彼 が帰 国 したての頃,彼 は中国 とアメ リカ を比 べ ることはで きない と知 っていた。これ は中国 を 勘 弁 してや るばか りか,望 みが高 す ぎて はい けな い とい う警告で もある。理 に従 えば

,帰

国 した ら 直 ちに最 高 の地位 と待遇 を得べ きなので あ る。も しこんなふ うで あれ ば,彼 にはきっ とこの遅 れた 国家 を救 う方法 が あ る。た とえ自分 が素晴 らしい 方法 を思 いつか なか った として も ,少 な くとも彼 には応 用 すべ きアメ リカの方法 とい う ものが あ る。

(と

0

「アメ リカ」は中国 とは比べ ものにな らないほ どの素晴 らしい国であ り

,そ

のアメ リカに居た とい う ,こ の ことだけにも意味がある と言 うの だ。ただ

,こ

の種の発言 は ,ア メ リカ帰 りの「留 学生」に対 して ,或 いは「留学生」の間で ,「 留 学」の意義 を語 る場合 に必ず出て くる言葉 の一 つで もあるように思 える。

彼 は とつ くに一 歩 退 いて考 え る準 備 を して い た ,事 をす るの に急 ぎす ぎて はい けない ,中 国 は 中国なのだか ら。彼 はただ毎 月四五百元 のお金が 入 るだ けで よい。ゆっ くりまず適 当 にや って

,翼

が しっか り出来上 が ってか ら,一 番高 い ところに 向か って飛 んで い くのだ。僻D

アメ リカ と中国 は違 うのだか ら ,焦 って も仕 方がない。最低の処か ら一歩一歩高みに昇 つて 行 くしかない。それ はその とお りである。ただ

,

一 ヶ月に給料の額が四五百元 といえば

,当

時 に 於 いて も相 当高い給料である。に もかかわ らず

,

まず従事す るのはそれ ぐらいの仕事で よい とい うのは ,余 りに も要求が高す ぎる。

とはいえ,当 然 なが ら

,彼

の側か ら言 えば

,彼

自身 はそれ を「普通」だ と考 え

,そ

の ように信 じているのである。もしこうであれば ,「 半年仕 事が見つか らない」 とい うの も当然である。つ まり「見つか らない」のが当た り前で ,「 見つか る」のが異常なのである。 にもかかわ らず この 物語が「見つかる」方 に向かつてい くところに

,

一種の「可笑 しさ」 もある。

冒頭の部分 を ,幾 らか長 く引用 した。最初 は 幾 らか奇抜 な考 え方 を示す けれ ど ,よ くよ く見 てみると ,冒 頭で紹介 されている ,こ の種 の考 え方 は概ね どこかで聞いた ような言葉のような 気が して くるのである。つ まり ,全 体的に ,文

博士が考 えているこの ような内容 は ,文 博士の みが考 えていることとい うよりは

,む

しろ「ア メ リカ」帰 りの留学生たちの間で ,或 いは誰か が「アメ リカ」帰 りの留学生 に向かって ,「 中国 の現実」とは無縁の処で ,或 いは「中国の現実」

を無視 した ところで ,頻 繁 に話 され るもののよ うにも思 えるのである。

この雰囲気 ,こ れが作者の作品冒頭 に於 ける 作戦 なのであろう。 そして ,作 品の最後 に至 っ て文博士の本 当の姿が理解で きた時点で ,  この 作品の冒頭で述べている文博士の発言 ,考 え方 の「可笑 しさ」が見 えて くることになる。 この ことが ,  この作品で行われ るように見 える。は0

この作品で ,ま ず 目に付 くのは ,文 博士 ら登 場人物 を二人称 で呼んでいる「語 り手」が居 る ことであるにの。「語 り手」は「彼 は……思った」

「彼 は……考 えた」と言いなが ら

,そ

れぞれの登

場人物の心の中まで立ち入 って行 き ,時 には登 場人物 を離れて ,客 観的にも真実であると思わ れ るコメン トを加 えた りす る。 この ような「語 り手」の介入 によって ,作 品に ,独 特の世界が 出来上がっているように見 える。

まず ,  この ことが窺 える次の場面 を例 に挙 げ て考 えてみる。

焦委員 とい う人物 は中央の実力者である。焦 委員の紹介で文博士 は済南の「斉魯文化学会」と い うところに行 くことになる。その彼が文博士 を済南 に派遣す る意図を ,「 語 り手」は以下の よ うに述べ る

老舎『文博士』試論 (渡 辺

)

焦 委員 の方法 は新 しい留 学経 験 者 を派遣 して

(4)

商家 や農家 に深 く入 り込 ませ る ことで あ る。義兄 弟 の ち ぎ りを結 ぶ とか ,義 理 の息 子 にな る とか は ,彼 の見方 に よる と ,も う時代遅 れで あ る。イ ンテ リ階級 の人々 もまた こんな手 を使 うをの は 恥 ずか しが る。 しか も実質 的 な ものか らして も

,

これ らは婚姻の確実性 に遥 か に及 ばない。ただ彼 らに婿殿 を与 えさえすれ ば,そ れで彼 らの金銭 と 勢力 を しっか りと手 に握 る ことにな るのだ。

(に

これについて「語 り手」がさらに以下のよう な説明 を付 け加 える。

この方法は焦委員の口では「別 に手段 を拓 く」

ということになる。派遣 されて富商 と結びつ くの を「振興実業」と名付 けられ ,都 市の富農 と結び つ くのが「民間に行 く」である。だか ら ,彼 が文 博士 を済南 に派遣す るのは,そ この「実業振興」と

「民間 に行 く」 とに人が必要だ とい うことにな る。に

11)

この発言によって ,読 者 に文博士派遣の「か らくり」 をほのめかす ことになる。

この引用文で まず明 らかにしたいのは ,「 語 り 手」の話の中で意図的に ,一 つの事実 に関す る 表 と裏 一一 それ は或 いは建前 と本音 の部分 と 言 えるか も知れないし ,或 いは表面 に現れ出て いる部分 と ,裏 に隠れ潜 んでいる部分 とも言 え るか もしれない 一― が しば しば暗示 され る と いうことである。それを仮 に「

A:表

」 と「 B:

裏」 とい うことにすれば ,以 下の ように図示す ることがで きる。

A(表)

← 語 り手

この表 と裏の間に「語 り手」がお り ,作 品中 の物語 は「彼」「彼女」とい う二人称で描 き出さ れる。そして時 に応 じて「語 り手」が ,そ れぞ れの登場人物「彼」「彼女」の心の中を見せた り しなが ら ,事 実の両局面を明 らかにしてい くの

である。

もっ と具体的に ,こ の構造 を説明すると以下 のようになろう。

一つの建前の世界がある。 それは「美 しいス ローガ ン」で謳われる部分であるとも言えるか もしれない。 「別 に手段 を拓 く」 「振興実業」 「民 間に行 く」とい う言葉 はまさしくそうである。当 時 ,政 府が知識人 に奨激 した政策であろうこと を連想 させ るが ,知 識人が 自分の知識 を持 って

,

民間 に入 って行 き ,実 業 を興す。確かにこれ 自 体 は悪 くない。む しろ素晴 らしい ことである。し たがって ,一 方では ,焦 委員が文博士 を「斉魯 文化学会」 に派遣す るのは ,ま さしく「別 に手 段 を拓 く」「振興実業」「民間 に行 く」の美名 に 沿 うものである。そして ,  この実現ために焦委 員 は文博士 を派遣 し ,文 博士がそ こへ行 くので ある。少な くとも建前か らすればこうなる。

しか し ,表 (建 前 )は そうであるが ,裏 (本 音 )は 違 うのである。実 は焦委員 は裏では大地 主 とか大商人 とかの中に勢力 を拡大 しようとた くらんでいる。 このために留学生 を使お うとし ているのである。つ まり焦委員が派遣 した留学 生 と大商人 ,大 地主の娘 とを結婚 させ ることに よつて ,自 分の勢力 をそれ らの人々 に植 え付 け 拡大 しようとしている。

だか ら ,焦 委員の考 えでは ,ま さに留学生 と 大商人 ,大 地主の娘 との「婚姻」 とい う方法が

「別 に手段 を拓 く」であ り ,大 商人の娘 と 「婚姻」

を結ぶのが「実業振興」であ り ,大 農家の娘 と

「婚姻」 を結ぶのが「民間 に行 く」なのである。

文博士 は ,こ の人物 を信用 し ,彼 の ,こ の話 しに乗 ったのであるか ら ,文 博士 にとって も済 南の「斉魯文化学会」 に行 くのは大商人 ,大 地 主の娘 との「婚姻」が 目的 とい うことになる。

さらに ,  この ,「 斉魯文化学会」に焦委員が派 遣す る ,文 博士が赴任するとい う事実 を裏 と表 で ,作 品のすべての情報で まとめると ,以 下の ようになるだろう。

B(裏

)

(5)

老舎 「文博士』試論 (渡 辺

)

A(表 面

):焦

委員 は国家社会 の発展 のた め留学か ら帰 って きた人物 を地方に派遣す ることに決め

,ア

メ リカか ら帰国 したばか りの博 士 の学位 を持 つ文 とい う学 者 が

,

ちっぽけな ,地 方の済南 とい うところにあ る「斉魯文化学会」 に赴任す る。 この学会 は「山東省の歴史 ,地 理 ,古 物 ,芸 術 を研 究す る とい う主 旨」

(ど1の

で創設 された もの である。立派な人物 の ,社 会 に貢献す る素 晴 らしい行為 というふ うになる。また ,「 斉 魯文化学会」 とい うのはお金 とは無縁の会 の ような印象 もある。

↑ (語 り手

)

B(裏):焦

委員 は地方の大地主 ,大 商人 の 間に勢力 を拡大 しようと思 っている。 この 方法 として新留学生 た ち を地 方 に送 り込 み

,そ

の地の大地主 ,商 人 の娘 と結婚 させ ることで実現 しようとしている。 このや り 方 と文博士の考 え方 とが一致す る。文博士

も金持 ちの娘 と結婚 し ,そ れ を足場 にして

,

社会の高い地位 を確保 し ,自 分の考 えを実 現 しようと考 えている。だか ら ,焦 委員の 指示 に従 って赴任 したのである。 「斉魯文化 学会」 に来たのは ,  とりあえずそ こに身 を 寄せ ,地 方の有力な金持 ちに取 り入 り

,そ

の家の娘 と結婚す るための最初 のス ッテ ッ プにす ぎないのである。 しか もその学会 は

「焦委員が会長 になってか ら会 を一 回 も開 かれていず ,会 所 も次第次第 に他の人 に分 割 占領 されて しまいつつある」 に 13)と ぃ ぅ

あ りさまである。

この作品は

Bの

世界 を中心 に語 られ ,時 には

Aが 書かれない場合 もあるが ,全 体 として ,前

述のように「語 り手」が ,時 に応 じて ,こ の B

を語 りなが ら Aを 仄 めか した り ,Aと B並

て見せて ,事 の真相 を示 してい くことになる。こ の結果 ,  ここで行われている諷刺 のい くつかが 明 らかになって くる。

ここでは「斉魯文化学会」の実態。 それを統 括す る者

,そ

こに派遣 され働 く者の姿勢。 この ような ものが諷刺 され ,社 会が良 くなっていか ないのは実際 にこの ような ことが頻繁 に行われ ているか らだ という指摘が成 されているのであ る。

この作品では ,こ の ような「表 と裏」「建 て前 と本音」の部分での「可笑 しさ」 を描 き出 して お り

これが この作品のセールスポイン トのひ

とつになっているように見 える。

だか ら以下 の ような場 面 もしば しば出て く る。文博士 は 「斉魯文化学会」

│こ

や って きてベ ツ ドもな く ,湿 気 も多い部屋で毎 日寝 ることにな り ,悲 惨 な気持 ちになっていた

.。

そこへ唐 とい う人物 が この部 屋 よ りもっ と快適 な ところに 引っ越 しさせ ようとす る。 にもかかわ らず文博 士 は以下のような発言 をす るのである。

「いや

ここが良いのです。」文博士は唐 さんを 遮 って言 った。「僕 は中国の社会状況 を多 く吸収 したい し,民 間の人々の暮 らしにしつか りと入 り たいのです。 この ことは人民の苦 しみに関心 を 持 っていると言 うこともで きるで しょうか

!」(こ

10

敢 えて こう

,わ

ざ とらし く発言 させ る ことに よって ,  これ まで描 き出 された本音 の世界 との 落差 に よって読 者 の「笑 い」 を引 き出 し ,さ

に作 品で は多 くは述 べ られていない表面 の世界 は どの よ うな展開 になってい るのか

とい うこ とを改 めて読者 に想像 させ るので あ る。

次に

,文

博士に伴 う「笑い」が どのような処 に発生 しているのかを更に考える。

既に述べたように

,文

博士は金持ちの娘 と結 婚するために済南の「斉魯文化学会」にやって

(6)

来 た。 で は どこに文博 士 は必 ず「金持 ちの娘 と 結婚 で きる」 と確信 す るような根拠 を置 いてい るのか。 まず ,  この彼の根拠 とする部分に「笑 い」の一つが窺えるように思える。

実はこの「金持ちの娘 と結婚できる」第一の 根拠になっているのは ,ア メリカで得た 「博士」

というものにある。では ,ま ず この「博士」 と いうのを文博士が どのように認識 しているか

,

か ら見てい くことにする。 これについて ,文 博 士がかつて留学時代に友人に対 して行った発言 の部分 を見てみよう。

我 々 は憂 える こ とはない。昔 ,貧 しい学生 が状 元 に合格 す る と ,た ち どころに妻 。財・ 位・ 禄す べ て揃 うことになった。我々 はまさし く現代 の状 元 であ る。地位,事業 は皆我 々 のた めに用意 され

,

娘 の い る富豪 も人 か らお金 まで両手 に捧 げ持 っ て くるべ きで ある。これ は我々の希望が非常 に高 い とい うことではな く,理 の当然 なのである。は

19

また ,例 えば ,唐 さん との駆 け引 きの中で,以 下のような「博士」の使 い方 をしている。

彼 は猛然 と自分 の名刺 を手 國み上 げ,い ささか不 自然 な笑 い とともに言 った,「私 はすべ て この博 士 を頼 み に して い ます。 アメ リカの総統 の栄誉 だ って まだ博士 には及 ばないのです。博士 はまさ し く状元 です。私 はあなたが知 っておかれ るべ き だ と思 い ます。私の名刺 に博士が記載 されている とい うこ とで ,私 に は一 切 の資格 が あ るのです よ。唐 さん !」 律

10

この種 の言葉 が作 品の中で何度 か繰 り返 され る。言 う者 も冗談 の ように言 い ,ま た聞 く方 に も冗談 の ように聞 こえなが ら ,そ の実 ,言 う方 は冗談 で はな く ,寧 ろ本気 であ る とい う展 開の 仕 方 で あ る。

自分 た ち は「博 士」 で あ り ,い わ ば「現代 の 状 元 」 で あ る。 だか ら当然 国家社会 は彼 らのた め に仕事 と地位 を用意 し ,さ らにお金持 ちで娘

がいる富豪 は娘 とお金 を差 し出す はずであ る。

この種 の発言 は ,本 来 は ,留 学生たちが冗談の ように言った り ,聞 く方 もまた冗談 として聞 く ものであろう。寧 ろ冗談 に留めて ,公 言す るの は恥ずべ き部類 の内容 に属するものである。だ が ,こ の作品の主人公の文博士 は ,こ の冗談 を 本気で信 じ ,  この ことに道理 さえあると思 って いる。 しか も心 に思っているばか りか ,公 言 し て憚 らず ,更 には実際に「博士 を使 って ,官 職 や金持 ちの娘の獲得」 を真面 目に ,真 剣 に実行 しようとしているのである。だか ら 「可笑 しい」

のである。

一応文博士の ,こ の「笑 い」 を引 き起 こす考 え方 を ,文 博士の「根本思想」と呼んでお こう。

この文博士の「根本思想」が分かって くると

,

作品の中で述べ られている文博士の意見や考 え 方が ,表 面上では極 めて正 しい もののように見 えなが ら ,実 は文博士の「根本思想」か ら来 る 特有の意味 を持 っていることが分か る。そ して

,

その意味が分かって来 ると ,そ の正 しい ものの ように思 えた意見や考 え方の中に含 まれている 更 なる「可笑 しさ」が見 えて来始める。

まず ,例 えば以下のようである。

留学生の中には学問ばか りやっている者がい る。 そうい う人物 は役 に立たない という。

彼 (文 博 士 )は 勉強 を好 まない人 間で はない。し か し彼 は次第次第 に解 って きて,専 ら勉強の危瞼 性 を指摘 してい る。何人 かの一心不乱 に勉強 して い る人物 は ,い つ も彼 と親 し くしよ う とは しな か った,甚 だ しきに至 っては彼 と話 をしようとも しなか った。彼 は感 じていた ,人 は学 問馬 鹿 に なって はいけない。学問があれば偏屈 になる。だ とすれ ば幾 らか学問があるよ り,ま だ人情世故 に 通 じていた方が良 い。はユ 。

この部分 だ けか らすれ ば ,文 博 士 の考 え方 は

正 しい よ うに見 える。勉強 ばか りしていて人 間

の こ と ,社 会 の こ とに通 じてない人物 は確 か に

駄 目で あ る。

(7)

しか し ,文 博士か ら発せ られ る批判 は ,少 し 違 う角度で読 む ことがで きる。文博士か らすれ ば

,自

分たちの獲得 した「博士」とい うのは「金 持 ちの家の娘 と結婚で き ,社 会の中で最高の地 位や待遇 を得」 られ るために使 えるものなので ある。 にもかかわ らず ,学 問ばか りしている連 中は

,そ

れ を充分 に活か し ,利 用 しようとしな い。だか ら「馬鹿」だ ,と い うことになるので ある。

ところが ,  この件 については ,真 面 目に勉強 している留学生の側か らすれば ,文 博士の「自 分 は博士であるか ら ,社 会の中で最高の地位 ,待 遇が与 えられ るべ きである」とか ,「 自分 は現代 の状元であるか ら ,金 持 ちの連中 も娘 を差 し出 して来 るはずである」 とい う考 えについていけ ない と考 えられ る。だか ら公然 とこの ような こ とを発言す る文博士 と付 き合 いた くない と思 っ ている可能性がある。つ ま り ,他 の真面 目な留 学生たちは「人情」 を理解で きな くて ,文 博士 と付 き合わないのではな く ,単 にこのような文 博士 を敬遠 しているだけだ ,  と読 み取 ることが

で きるのである。

このように表面上では正 しい批判の ように見 える発言が ,実 は文博士の頭の中で 自分の都合 の良いように ,歪 んだ形で発せ られている可能 性 を含 んでいる。

また ,次 のような例 もある。

文博士 は帰国後

,留

学時代 に知 り合 った連 中 の ところを訪ねて ,仕 事 の世話 をして もらいに 行 く。ところが,そ の人物たちの ことごとくが

,

文博士の希望 に添 うような形で対応 して くれな かった。その音の留学生たちの態度 に対す る文 博士の批判である。

アメ リカで知 り合 って運 中 に対 し,彼 は三度 と 伸 良 くしよ うとは思わ なか った。駄 目だ。この留 学生連 中 は腕 が無 く

,団

結力が無 く

,甚

だ しきに 至 って は義気が無 い。彼 は三度 と彼 らを頼 み に し なか った。

(こ

19

老舎 F文 博士』試論 (渡 辺

)

の よ うな もので あ る。

‑163‑

この批判 にして も ,一 般 に ,素 晴 らしい共同 の理想 に向かって努力 をす る場合 ,知 識人たち が実行 の仕方 も知 らず ,協 力 もせず

,自

分勝手 に学問研究のみ行 っていることに対 して行われ るものである。 しばしば ,こ のような批半」は正 しい場合が多い。

ところが特 に文博士の場合 には ,よ くよ く考 えてみると ,違 った意味 に取れ る。彼の場合 は 社会の中枢 に ,留 学生たちによる巨大 なコネク シ ョンの世界 を作 り上 げようとしている。 この ことに留学生たちが団結 し ,協 力 しない と言 つ ているのであ り ,こ のために骨折 りしない と批 判 しているのである。

こう考 えると ,留 学生が文博士 と付 き合お う としてないのは ,文 博士の このような姿勢 に同 調 してない と解釈で きる。だ とすれば ,文 博士 の批判が正当ではな く ,却 って留学生が まとも である可能性が生 まれて くる。

その他 にも ,言 葉の意味が極度 にばか されて 使われていると考 えられ る場合がある。

例 えば「博士の価値」 とい う意味である。 こ の「博士の価値」 という言葉 を文博士が使 って いる場面 はい くつかある。作品の中で ,果 た し て「博士の価値」の意味が何であるのか文博士 も ,「 語 り手」 も具体的に述べ ることはない。

望 み は大 き く ,歩 み は ゆ っ く りで な けれ ば な ら な い ,彼 は敢 えて この社 会 が た ち ど ころ に博 士 の 価 値 とい う もの を しっか り認 識 で き る とは望 ん で はい なヤゝ 。

(と19)

とか

,

振華 の話 を聞 いて,彼 は彼女が全 く博 士 の価値

を理解 してないので,何 も話 す必要 はない と感 じ

た。まして彼女 の話 なんぞは,き っ と留学生 に酷

い 目に遭 わ され ことに因 る もので,失 恋か らの先

入観 が あ る と彼 は思 った。

(と2の

(8)

一般 的 には「博 士 の価値 」 とい えば ,恐 ら く 学 問領 域 で最 高 の研 究 成 果 を収 め て い るだ け に ,普 通 の人 々 よ り更 に高度 な部 門で社会 に貢 献 で きる とい う意 味 で取 られ る よ うに思 う。確 か に この意味 で取 れ る部分 もある。 しか し ,文

博 士 が「博 士 の価 値」述 べ る時 には ,作 品 の展 開か らすれ ば,「 博 士 の価値 」とい うの を「博士 には社会 の中で最高 の地位 ,待 遇 が与 え られ る べ きで あ る とか ,博 士 だか ら金持 ちの連 中 も娘 を差 し出 して来 るはずで あ る」 とい う意味 で読 んで も別 に不都合 は起 こらないので あ る。 いや その方が寧 ろぴ った りす るように思われ る。 あ るい は もっ と単純 に ,自 分 の こ とを大事 に扱 う のが「博 士 の価値」 を知 ってい る人 で ,大 事 に 扱 わ ない人 が それ を知 らない と言 ってい る とも 取 る こ ともで きる。

作 品 の文 章 に ,  この二重 の意味 を汲 み取 って み る と ,こ れ らは ,表 面上 は ,当 時 の知識人 の

欠点 に対 す る「正 当な」文博士側 か らの批判 の よ うに見 えなが ら ,実 は批判 してい るはずの文 博 士 の方が却 って作者 に よって批判 され てい る こ とにな ってい る とい うふ うに も言 えるので は ないか。

この ように ,  この作 品 には この ように巧妙 に 仕掛 けた「笑 い」が ある。根本 的 な「思想」 は 違 って い るの に ,出 現 した言葉が完全 に同 じに な る とい う不思議 な一面 を描 き出 し ,読 者 を笑 わせ てい るので あ る。

しか し ,文 博 士 が この よ うな態度 ,こ の よ う

な考 え方で社会 の上層部 に昇 って行 って しまう こ とになった ら ,そ こに何 ら問題 は生 じないの だ ろ うか。 この点 について作者 は どの よ うに指 摘 してい るのか。

この作 品の中でただ一人 ,文 博 士 た ち ,留 学 生 の態度 を批判 す る人物 が居 る。唐 さんの娘 で

,

振華 とい う女性 で ある。彼女 は批判 して以下 の よ うに言 う。

私 はあの焦 委員 の処 か らや って来 た青 年 た ち を更 に残念 に思 ってい ます。彼 らは最高の仕事 を 望 み ,最 高 に金 のあ る奥 さん を望 み ,決 して その

仕事 その ものが他 の人 に とって どん な良 い点 を 持 ってい るのか とい うこ とを見 ない し,本 当 に自 分 を助 ける女性 を捜 して結婚 しない。彼 らは自 ら は最 も上等 な人物 である とうぬばれ,い つ も何の 労働 もせず に ,い つ も最 も良い もの を食べ ,最 も 良 い もの を飲 もう と考 えてい る。は

21)

この批判 は文博 士 に対 して行 われたので はな く ,以 前焦委 員 か ら派遣 され て きた留学生 に対 して な された もので あ る。振華 は文博 士が その よ うな人 々で あって欲 し くないがために ,こ

よ うな こ とを言 ってい るので ある。 しか し ,読

者 に与 え られ てい る情報 か らは ,文 博 士 もその よ うな人物 の一人 で あ る ことが分 か ってい る。

この批判 に ,文 博 士 は以 下 の よ うに答 える。

文博 士 は非常 に不 自然 に笑 って言 った。「 ミス 唐,た ぶんあなた とは何処 まで話 して も意見 が一 致 す る こ とはないで しょう。もしか して,も しか して なんですが ,ご めんな さい よ ,あ なた はかつ て留学生 に振 られた こ とが あ るので はないです か ?だ か ら彼 らが そ こ らあた りの兵隊 に も及 ば な い な ど と考 え られ て い るの で は あ りませ ん か

?」(と22)

冗談の発言のように見 えなが ら ,実 は文博士 は大真面 目に答 えていると考 えた方が ,作 者の 意図に合 うと考 える。

既 に見てきた ように ,文 博士 は ,留 学生であ れば ,振 幸が指摘するような ことを考 えるのは 却 つて当然 で あ り ,何 ら悪 い こ とで はな い と 思 っている。だか ら振華 の留学生一般 に対す る

「兵隊 にも及 ばない」は 20と ぃ ぅ批判 を ,そ もそ

も個人的恨 み として しか理解で きない と解釈す

べ きである。つ まり ,文 博士 は振華 の指摘 して

いる留学生の態度 を「当然の こと」 と考 えてい

るのであ り ,そ れが「兵隊 にも及 ばない」 と言

(9)

われて も ,本 当か どうか判断す る基準 を持たな いのである。だか ら ,振 華 の発言 を個人的恨 み によるひ どい侮辱 と考 えるしかないのである。

この ととは ,さ らに「語 り手」が以下 のよう に

,わ

ざわざ解説 していることか らも明 らかで ある。

国内で勉強 を していた頃 ,彼 はただ成績 と卒業 証書 を得 ただ けで,な にが しか の生活 に関わ る教 訓 を聞 いた ことはなか った。アメ リカに留学 して い る とき ,授 業 に出 る ことと教科書 を読 む以外

,

決 して何 らか の道徳 の修 養 と生命 の認 識 を体 験 す る こ とはなか った。 目的 は学位 を得 る こ とに あった。 だ か ら他 の こ とに関心 を払 う必 要 もな か った。

(世2つ

そ もそ も「良い」 とか「悪い」 とかの道徳的 基準が文博士の頭の中にインプ ッ トされていな い。だか ら文博士 は振華 の言 うことが本 当に理 解で きないのである。 この ことを ,作 者 は念 を 押すかの ように ,さ らにこの文章ではつきりさ せているのである。

また ,読 者 に与 える文博士の印象 とい う点か ら考 えれば ,こ の ような文章 を加 えることで ,作 者 は読者が文博士 を「悪人」 として しまうこと

を防いでいることになると考 えられる。少な く とも作者が文博士 は意識的に「悪 い」 ことをし ようとはしてない と説明 してい る ことにな る。

ここに作者の ,主 人公 を「悪者」 にしないよう に書いている意志 を見 ることが出来 よう。

しか し ,  このような人物 に何 も問題 は起 きな いのか。「悪い」人物ではないにもかかわ らず

,

「悪 い」ことをす るような ことはないのか。 この 文博士の ような人物が ,本 人 は意識的に 「悪い」

ことをしようとしてないにしろ ,結 果的 には恐 ろしい ことをしでか して しまうとした らどうだ ろう。次の場面 をみてみ よう。

唐 さんが官職 の一 つ として持 って来 た仕事 を ,仕 事の内容 に関 しては何 ら問題 にせず引 き 受 けて しまうのである。 その仕事 とい うのは以

老舎 『文博士』試論 (渡 辺

)

下のようなものである。

「彼 らは あ る委 員 会 を設 置 し よ う と して い ま す。もっぱ ら過激 な思想 や人物 を調査 し消滅 させ るた めの ものです。委員 はすべ て兼任 ですか ら

,

当然 なが ら仕事 をす る時間が ほ とん どない。そ こ で一人 の専任 を招 聘 しな けれ ばな らない となっ たのです。 …… (略 )… …・至 る ところで調査す る ので す か ら ,当 然 身 分 だ って低 くはあ りませ ん し,県 の長官か ら一切 の地 方官吏 は皆 しつか りと 仕 えな けれ ばな りませ ん。 …… (略

)・

―・ ・おそ ら く一年 か半年仕事 を した ら,き っ と中央 に転勤 と い うことになるで しょう。中央 は この仕事 を非常 に ,非 常 に重視 してい るのです

1」

に 20

文博士 に 「真 っ当な道 を歩いて もらいたい」と 願 う側か らすれば ,博 士 にこの ような恐 ろしい 仕事 を して欲 し くない と思 う。仕事 の中味 を しっか り考 え ,き つぱ りと拒否 して欲 しい と願 う。作者 も読者の ,こ の当た りの心理 を計算 に 入れている。 その証拠 に ,博 士 は「ち ょっ と考 えさせて くれ

!」

とこの話 に躊躇す る。読者 を 焦 らしているのである。

しか し考 えた後 に出て きたのが ,次 のような 言葉である。

「それは ,唐 さん ,大 まかにい うと ,専 任 はどの く らい の 給 料 を貰 う こ とが で き る の で す か ?」

(と26)

この言葉 は読者の期待 を完璧 に裏切 る。仕事 の′ 性格 にも関わって ,こ れ を引 き受 けるのか ,そ れ とも断 るのか とい うの重大 な局面である。 そ れにも拘わ らず ,返 ってきた言葉が「給料 は幾 らなのか」という余 りにも呑気で ,単 純す ぎる。

この落差 という点で ,  ここにも「笑い」が生 じ

る可能性がある。 しか し ,普 通の人の感覚か ら

すればそうであるが ,文 博士 にすれば ,こ の言

葉 は ,最 初か ら「仕事」 に対 して「 まず四五百

元 ぐらい ら始 めよう」 といつた ,文 博士の もと

(10)

もとの金銭 に対す る「思想」があるわけで ,こ れか らすれば ,当 然であ り ,一 貫 している。

そして「 これは出世の道で しょう

?」

とい う 唐 さんの言葉 に ,  この仕事 をや る決心 をして し まい ,読 者の文博士が このような仕事 を引 き受 けて欲 しくない という期待 は裏切 られ ることに なる。むろん ,.こ の承諸 は ,文 博士の発言か ら すれば ,少 な くとも仕事 の中味 を考 えた上での 判断ではな く彼の「根本思想」 に基づ くことは 明 らかである。

文博士 はこの ような「官職」 に就 くことを知 識人 として円きずべ きこと」であるばか りか ,寧

ろ「悪い こと」だ とは思 っていない。 しか し彼 自身 は「悪い こと」だ とは思 っていないにも拘 わ らず ,結 果的にはこのような仕事 に携わるこ

とによって「過激 な思想や人物」 を抑圧す るの である。文博士の ような人物 はこのような罪 を 犯す可能性 を持 ったのである。

次 に博士の「根本思想」の うち「金持ちのお 嬢 さんの獲得」 はどのように展開 し ,結 局 どの

ようになるのか ,で ある。

やがて ,文 博士 は服装 をきちん と整 え ,済 南 の老舗薬問屋 ,大 生堂 を訪問 し ,そ こで第六番 目の娘 ,麗 琳 と会 う。

最初 の訪間の後 ,「 楊家の娘」が文博士 を出口 まで送 ってきて ,ま た遊 びに来て下 さい と言 う。

会 った結果 ,幾 らか欠点が見 えた。例 えば,姿 や形が美 しくない ,服 装がや けにアンバ ランス である ,学 歴が低す ぎる ,な どである。だが ,い

くらか迷 ったあげ く ,つ いには文博士 は以下の ように決 める。

彼 は他 の女性 を想定 してみた。学 問が あ り ,年 も相応 で ,し か も互 いに愛 し合 ってい る。しか し お金 はない。彼 は急 いで決定 しな けれ ばな らな か った。ばやばや していることはで きない。どち らを選 ぶのか

彼 は目を開 じた。や は り楊家 の

六番 目のお嬢 さん に しよう。自分の前途がすべて で あって ,他 の もの は うそっばちだ。お金があっ て前途 が開 ける とい うものだ !  …… (略 )… …・

彼 女 は きっ と彼 に金銭 と勢 力 を もた ら して くれ る。

(と2の

「金持 ち」の女性 な らば どのような人物で も良 い。文博士の ,こ の考 え方 は ,作 品の冒頭か ら 一貫 している。 しか し ,一 貫 しているにも拘わ らず ,な お強い決心が揺 らぐとい うことは ,彼

女の持つ欠点 は文博士 にとって相 当気がか りな 点なのであるとい うこともで きる。 しか し ,や

は り「楊家 の六番 目の娘」 を選択す る。 これは 自分の「前途」のために ,彼 女が もた らすであ ろう「金」 と「力」が必要であるか ら彼女 を選 択す るというのである。

そして二回目に楊家 に行 った ときに ,す でに 文博士 は彼女の部屋 に導かれることになる。意 外 にも「楊家の娘」の方が文博士 に対 して寧 ろ 積極的な態度 を取 るのである。

この好意的な雰囲気の中で ,彼 女が中国名が 明貞であ り ,さ らに外国風 の名前 を持 ってお り

,

それ を麗琳 としていることを知 る。 そしてさら に ,文 博士 は ,彼 女の「学歴」 に対する返答 に ついて以下のように考 える。

彼女 は素直 に包 み隠 さず,た だ高校 を卒業 した だ けだ と言 った。こうなったのは彼女が もっ と勉 強 した い と思 わ なか ったか らで はな く,楊 家が息 子 や娘 た ちが最 高 の教 育 と資格 を持 つ の を喜 ば なか ったか らであ る。とい うのは,こ の ような資 格 を持 った幾人 か は帰 って来 ようとはせず,外 で 独立 して事業 を始 め,そ の ままず― っ と帰 って来 ない。楊家 は こんなふ うに多 くの金 を使 って再 び 叛徒 を作 りた くないのだ。彼女 は如何せんその機 会 を得 る こ とがで きなか ったのだ。この ことを文 博 士 は彼女 のた めに とて も残念が り,ま た彼女 を 十分許 す ことがで きた。帷

2め

この部分 は文博士の側か ら述 べ られてお り

,

(11)

老舎 『文博士』試論 (渡 辺

)

麗琳が高校 を出た以外 に ,さ らに何 をどの程度 話 したのか とい う点 は言及 されていない。

この文博士の見解 は ,作 品の前半で ,例 えば 振華 とい う女性 に対 して ,師 範学校 を出た ,小

学校の教員であるということで ,さ かんに学歴 の低 さを問題 にし「博士」の称号 を持つ 自分 に は相応 しくない とい うような言い方す るの と対 照的である。明 らかに ,麗 琳が「金持 ちの娘」と い うことで ,文 博士の「学歴 に対す る見方」が 前半 と異 なっている。それほ ど文博士が麗琳 に 対 して彼女が金持 ちの家のお嬢 さん とい う理 由 で えこひい きしているとい うことなのである。

また ,文 博士の観察 を通 して ,彼 の立場か ら 楊家の方 は留学生 について どのように考 えてい るのかについて書かれているのが次の部分であ る。

同時 に,彼 も楊家 は子供 を外 国で勉 強 させ るお 金 が ないので はな く ,子 供 た ちが高度 で深 い学 問 や独立 の能力 を身 につ け,次 第 に この大家庭 が崩 れ て い くの をお それ て い るのだ とはつ き り知 っ て いた。自分 の子供 を外 国 にや るのが都 合が悪 け れ ば,最 も良 い方法 は留学生 を連 れて きて娘婿 に す る ことだ。

(と2働

さ らに は文博 士 の視点 か ら ,麗 琳 が文博 士 を どの に思 つてい るのか を推察 す るのが以下 の部 分 で あ る。

彼 女 の様 子 か ら彼 女 が本 当 に深 く学 びた い の か どうか は暫 く置 くとして も,彼 女 が本 当 に博 士 或 い は修 士 に憧 れて い る ことが分 か った。彼女 に はいっさいの ものが あ るが,た だ この資格 だ けが ない。この こ とを見 て取 って ,彼 は本 当 に巧 い具 合 だ と感 じた。彼 には資格 が あってお金 が な い

,

彼女 には金 が あつて資格 が ない。 こ りゃあいい。

彼 と彼女 は当然 それ ぞれ補 い合 える,天 地 が設 け た因縁 だ。

(と30)

文博 士 の観 察 か らして ,楊 家 も留学生 で あれ

‑167‑

ば娘婿 として も良 い と考 えてい る上 に ,麗 琳 も また 「博 士」 や「修士」 に憧 れ てい る。 だ とす れ ば彼 ら二人 が結婚 す る ことには何 ら問題 は起

こらない。

しか し ,本 当 に文博 士が麗琳 を この ような理 由で選択 した こ とで ,何 か不都合 な もの は生 じ て ないのか。

前 節 で述 べ た よ うに ,こ の作 品の作 り方 は ,こ の作 品世界 の向 こうの方 に ,も うひ とつ の「事 実」の世界 が あ り ,こ の部分 は「語 り手」によっ て時々 に しか明 らか に され ない。麗琳 や楊家 の こ とについて も ,文 博 士 は「金持 ち」 とい う こ とで麗琳 や楊家 の ことを好意 的 に見 よ うとして い るので あ るか ら ,文 博 士 の方 か ら聞 いた だ け で は ,読 者 も本 当 は麗琳 や楊家 の「事 実」 は ど うなのか分 か らないので あ る。言 い替 えれ ば ,こ の作 品が ,  この ような不透 明 な部分 を故意 に残 し ,読 者 の 「事 実」 を知 りた くてた ま らない と い う心理 を くす ぐりなが ら ,物 語 は展 開 され て い る ことに もな る。

だが しか し

,い

くら文博 士が好意 的 に麗琳 を 見 よ う として も

,そ

うで きない「事 実」 が厳然 として 目の前 に現 れ る時 もあ る。 これが以下 の 場 面 で あ る。

文博 士が麗淋 を連 れて い る ときに ,街 で突然 振 華 に偶 然 出会 う。

彼 の心 は乱 れた。振華 と麗淋 は彼 の心 の中で

,

まるで天袢で測 ってい るかの まうに,高 くなった

り低 くなった りしていた。振華 には麗琳 と比 べ る

こ とので きる学歴 はない。どんなふ うに して も彼

女 も駄 目だ。しか し彼女 に突然会 った ことが

,彼

に麗琳 の卑 しさを感 じさせ始 めたのだ。振華 の心

の有 り様 と服装 が彼 に無 理 矢理 この こ とを認 め

させ たので あ る。彼 が もし麗琳 の卑 しさを認 め る

な らば,自 分 の 甲斐性 のな さを認 めないわ けには

いか なか った。振華 の姿が彼 の心の中にあ り

,彼

は全 く呼吸 さ え も気持 ち よ くで きず ,胸 苦 し く

なった。 /し か し,彼 は自分が既 に麗琳 を捨 てるこ

とがで きない こ とを知 っていた。だ った ら

,彼

(12)

この文か ら察す るに ,文 博士 は本 当は以前か ら麗淋 の欠点 として「卑 しさ」は 32)の ような も のを感 じていた と考 えて良いだろう。だが文博 士 は ,そ れを敢 えて認 めることをしてなかった。

ところが ,振 華 に会 うことによって ,文 博士 は 疑 いようのない「卑 しさ」 を否応 な く ,は っき

り矢 Elら され ることになって しまう。

だが ,あ くまで文博士 はそれ を認 めることは で きない。 もし ,認 めれば麗琳 と結婚 なぞで き ないばか りか ,麗 琳 を棄てざるを得な くなって しまう。

 

ところが ,既 にもう少な くとも岡琳 を 棄てることはで きない処 にいる。棄てるには余

りにも深い関係 にな り過 ぎた。だ とすれば麗琳 を棄てず ,尚 かつ自分 を正 当化す ることはで き るのか。 この結果 ,行 き着 いた ところが ,  もと もと「憎 む」理 由のない振華 を「憎 む」 ことで ある。

作者が ここに「憎 しみ」の生ず る一つのメカ ニズムをさ りげな く指摘 している。相手が何 も

「悪 い こと」をしない場合 にも ,相 手 を憎 む こと があるとい うのである。

しか も ,更 に ,文 博士が ,少 な くとも「金持 ち」については「真実」を見 ようとしていない

,

或いは「真実」を見極 めていないので ,そ の「真 実」が現れ るたびに ,自 分 を正当化するために

「真実」を気づかせ る誰か を憎んでい くことにな るだろう。 また更 には ,憎 しみで終わるどころ か ,  もしか した ら ,憎 しみの余 り ,そ の誰かを 罪無 き罪 に陥れた りするか も知れない。 このよ うな可能性が作者の この指摘の延長線上 に存在 している。

振華 を憎 む しかなか った。もともと憎 む理 由なん か無 か った。で もこうしなけれ ば もう三度 と麗琳 と親密 にす ることがで きな くなるだ ろう。

(と31)

らか にす る ことにな る。

文博 士が知 りたい くせ に,敢 えて訊ねなか った の は ,こ の ような ことで あ る。…… (略 )… …高 等小学校 ,中 学校 ,高 校 と ,み な どうにか こうに か卒業で きた。卒業で きた とい うよ り ,学 校 が人 情 を掛 けな いの は具合 が悪 か った か らだ とい う 方が寧 ろ当た ってい る。彼女 はさ らに大学 に行 き たか ったのだが ,合 格 しなか った。彼女 は決 して 大 学 に行 って しっか り勉 強 したか った の で は な く ,自 分 のた めに資格 を準備 して ,あ わ よ くば留 学 生 の よ うな類 の人 物 に嫁 ぎた か った の で あ る。

(と

39

幾 らかの伏線 はあったが ,此 処 に来て ,明 ら かに博士の考 えている女性 とは全 く別 の女性が

「語 り手」 によって明 らかにされ る。

さらには以下の ような驚 くべ き事実 まで明 ら かにす る。

楊家 には絶 えず留学生がや って きたのだが,彼 女 に回 って こなか った。な にせ彼女 は「六番 目」の 娘 だ ったのだか ら。虚栄心 か らすれ ば ,た だ辛抱 強 く待 つ しか なか った。だが ,朝 か ら晩 まです る ことが無 く ,暇 で じ りじ りとし ,そ の じ りじ りと した焦 りが つ い には理想 を投 げ出 させ る こ とに なった。 ……・ (略 )… … 彼女 は楊大奥 さんに自分 のた めに一人 の家庭教師 を雇 って貫 った。授業 を 補 習 し,大 学受験 に備 えるため とい う口実であっ た。大 学 を まだ卒業 してない ,朱 とい う人 物 が や って きた。 この朱先生 は容貌 は普通 だったが

,

年が若 か った。家 に入 った途端 ,彼 女 に捕 え られ た みた いだ った。久 しか らず して ,彼 女 は身 籠 もった。/子供 は処分 した。彼女 自身 は決 して朱先 生が好 きで はなか った。彼女 はすで に彼 と一緒 に な る気持 ち はな く,楊 家 の人 は適 当に彼 を詳 めさ せた。彼 らは自分 の家 の娘が大学 の学生のために 準備 された もので はない と考 えていた。

(這

30

い くらか「秘密」めいた彼女の「真実」は ,最

   

そ して続 けて ,麗 跡が文博士 に決めた理 由を

終的には「語 り手」が介入 し ,以 下のように明

  

彼女の側か ら明 らかにしてみせ る。

(13)

老舎 『文博士』試論 (渡 辺

)

文博 士 が や って きた の も実 にタイ ミングが 良 か った。麗琳 の 目には

,男

性 はみなほ とん ど同 じ だ と写 っていた。ただ

,学

位 さえ持 ってい る とい うことで,彼 女 自身 と全家族 を納得 させ る ことが で きた。 …… (略

)・

……彼女 は文博士 を手放 す こ とはで きなか った。た とえ彼 が もっ と醜 くとも我 慢 しな けれ ばな らなか った。彼 女 は もう待 て か なった。…・ ・ ・ (略

)・

・―・極 めて細 かい 目の網 を張 っ て いた。文博 士が顔 を出 した途端網 の中 に落 ちて しまったのだ。もち ろん

,文

博 士 は これ を幸運 だ と考 えていた。

(と

3D

ここまでは ,読 者 はい くらか不安 は抱 きつつ

,

文博士の側 に居た。 しか し ,  このように 「真実」

が明 らかにされ ると ,語 り手 によって事実が明 らかにされた ことで ,読 者 は事実 を知 ってお り

,

ただ文博士だけが事実 を知 らない とい うことに なって しまう。 ここに来て ,読 者 は文博士 とは 明 らかに違 う次元 に立た されたのである。

したがって ,こ れ以後 は ,文 博士 は一人 ,読

者の前で踊 り始 めることになる。いわば非常 に 滑稽 な人物 になって しま うので あ る。事 実 を 知 っている読者の前で ,事 実 を知 らない文博士 は ,麗 琳 をあ くまで「賢い」 と持 ち上 げ

,そ

て自分の主張 ,観 察のすばらしさを誇 ることに なる。だが

,そ

れ は空虚 に響 き もはや読者 に

対 して何の説得力 も無 くなっている。

しか し ,こ の ,  もはや「愚か」 に見 える文博 士が一方では ,確 かに麗琳 と一緒 になることで

,

「金持 ち」の家のコネがで き ,前 節で述べた よう にそのコネで ,官 職 も手 に入れ ることがで きて いる。 これによって ,既 にある種の「力」 を手 に入れ ,彼 の意志で人 を辞 めさせた り ,人 の権 利 を奪 うこともで きるし ,「 過激 な思想や人」を 弾圧で きるようになっている。 しか も金持 ちの 娘 と結婚 した ことで無実の人 を憎 む ことも覚 え た。 こう考 えると ,確 かに滑稽 なのだが ,一 方 ではそれが滑稽 なだけに却 つて怖 いのである。

もう一点だ け ,「 一」で も少 し述べたが

,そ

れ は ,こ の作品が物語の最後 まで行 って更 にもう 一度冒頭 に帰 ってい くように創 られていると考 えられ るとい うことについてである。作者 は少 な くともこの作品を意図的にそのように組み立 てているのではないか。ではもし ,最 後 まで読 んで全体 を理解 した とき本当の意味や可笑 しさ が分かって くるのであれば ,例 えば作品の冒頭 にある ,解 釈不充分の ,以 下の文博士の意見 は どのように解釈すればよいのか。 これに答 えて お く必要があろう。

西 門或 いは南門 を通 るたび に,あ の壊 れた城楼 や城壁 の砲弾 の痕 を見,文 博 士 は まるで料理 の中 の蝿 を食 べ た みた い な吐 き気 を感 じた。吐 き気 だ。悲 しみで はない。文博 士 は決 して五三惨 案 を 記 ′

臆 してお くこ とに熱心 で ない こ とはなか った。

そ うで はな く,彼 は こんな壊 れた もの をいつ まで も大通 りに置 いてお くべ きで はな い と感 じてい るのだ。修理 で きるの な ら修理 し

,で

きないのな らばい っそ壊 して しまえばい い。修 理 もで きな い

,壊

し もしない,こ んな ところに中国の希望 の な さが現 れてい る。

(滋

30

文博士 は ,作 品の最後 の場面で ,既 に官職 を 得て

,召

集 した最初 の会議で事務所の問題 を取 り上 げ ,事 務所 をの一角 を占領 している他の団 体 を追 い出 し「内外 を全てにペ ンキを塗 り ,一

時 に大改造 は無理 として も ,少 な くとも床板 と 取 り替 え ,水 洗 トイレを設置 し ,幾 つかの事務 机 とカー ドボ ックスな どを注文 しなければな ら ない」律

3の

とぃ ぅ提案 をす る。文博士 はこれ らが 必要な ものであるとい うことは「アメ リカのや り方 と体裁 を もって裏付 け られ る」

(と

30と して いる。

このような事例から考 えると

,冒

頭の文博士 の言葉 は

,文

博士独 自の「思想」に基づいて発 言されたのではな く

,単

に「汚い」 とか「体裁

(14)

が悪い」 とい うような感情 に基づ き発言 してい る と解釈で きるのではないか。文博士 は 「汚 い」

「体裁が悪い」とい う根拠で もって弾痕のある西 門や南門の ,あ の壊れた城楼や城壁 を壊 して し まうか ,修 理するか して しまうべ きであると主 張 しているのである。文博士の主張の根拠 とい うのはこんな ものである と考 えられ る。余 りに も単純過 ぎて ,恐 らく読者 は唖然 とするのだが

,

この作品では ,寧 ろ読者 をこのように唖然 とさ せ ることを狙 っているのである。

また

,

理 に従 えば,帰 国 した ら直 ちに最高の地位 と待 遇 を得 べ きなので あ る。 もし こん なふ うで あれ ば,彼 にはきっ とこの遅れた国家 を救 う方法があ る。 た とえ自分 が素晴 らしい方法 を思 いつか な か つた として も,少 な くとも彼 には応用すべ きア メ リカの方法 とい うものがある。

(と

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という言葉であるが ,こ こに も唖然 とさせ る ものがあるように思 う。中国を救 う自分の方法 とい うの もは皆無で ,文 博士 にあるのは ,た だ

「アメ リカの方法」だけである とした らどうだろ う。だ とすれば結局彼が中国を救 う ,中 国を改 革す ると称 して行 っているのは ,実 は中国 をア メ リカにすることであ り ,そ して彼が嘆いてい るのは中国がアメ リカでない ことなのではない か。少な くとも ,  この ようにも考 えられ るよう にこの作品は作 られている。

このことか ら ,作 者が極端 なまでに文博士の 独 自性 ,才 能 ,学 識 のような ものを削 ぎ落 とし

,

「博士」 という称号 を ,例 えば単 に もの として 持 ってい る人物 に創 り上 げてい る こ とが分 か る。 これは ,こ の物語が「文」さんではな く ,資

格 としての「博士」の「不思議な」力 を問題 に しているか らである。だか ら ,や や極端 を承知 で い えば ,こ の ような ことを描 き出すた め に

「文」さん自身 は「博士」を語 るペテン師で もよ いのである。

では ,作 者 はこの作品で何 を描 き出そうとし ているのか ,  ここで何 を指摘 しているのか。 こ の ことを述べて結びにしたい。

既 に作者 は文博士 を決 して悪い人物ではない とい う印象 を創 り上 げ よう としてい る と述べ た。 目標 に向かって努力する姿 は真面 日で真剣 で ,時 には落 ち込んだ り ,悩 んだ りす る。確か に悪い人物ではないが ,一 方では人 を陥れた り

,

人や思想 を弾圧 した りす ることもある。何故か。

その理 由の一つはまさし く彼が「博士」だか ら である。だ とすれば ,こ の作品には「博士」 と い うものが持 っている危「ク 食性 と恐 ろしさが描 き 出されていると言 って も良いだろう。しか し ,そ れだけではない。

もうひ とつ ,作 者 は読者 に人間の心のあ りよ うの ような ものについて考 えさせ ようとしてい るように思われ る。

また ,い くらか繰 り返 しになるが ,文 博士 は

「博士」には最高の職 を得 ,金 持 ちのお嬢 さん と 結婚で きる力があると信 じている。だか ら「博 士」 とい う称号 を利用 し ,最 高の職 を得 ること を企て ,金 持 ちのお嬢 さん と結婚 を目論む。

この点 について作者 は ,文 博士が選んだ「職」

と「金持 ちのお嬢 さん」に ,あ る種の「欠陥」を 吹 き込 む ことで答 えている。「職」は過激 な思想 や人物 を抑圧す るものであ り ,「 金持 ちのお嬢 さ ん」 は遊 びには通 じているが学業のようなもの は全 く駄 目で ,し か も性格が卑 しい人物である。

文博士 はこれ を選択 したのである。つ まり ,「 職」

や「お嬢 さん」に「欠陥」を持 ち込む ことで ,彼

の ,「 職」の内容 ,「 お嬢 さん」 に対する認識の 仕方 ,判 断基準が非常 に危

Fク

食であることを明 ら かにしているのである。

で はその ような ことが どうして起 こるのか。

それはそれ をもた らす根底の処で ,そ の人間に

人間 として当然持 っているべ き何かが欠 けてい

るか らではないのか。だ とすれば一体何が欠 け

ているのか。実 はその点 は余 り明瞭ではない。た

参照

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