老舎『文博士』試論
渡 辺 武 秀 *
On Lao shO(老 舎)'s WOn po shih(文 博士)"
Takehide WATANABE
概
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作力単行本友行的吋候改 力現令名。遂 也是一篇 Ⅲ 幽駄 ‐
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文博士是一位在美国荻得了博士学位 的人物。他洸 : … 日 自η `
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F9yLυ ο′ [rs: humor laugh doctor
序
『文博士』はもともと『選民』という題で雑誌
「論語」の第 98期
(1936年 10月
)か ら第 115期(1937年 7月
)に 渡って連載 された作品である。単行本 としては 1940年
11月
に出版 され,こ
の 時に題名が『選民』んゝら『文博士』に変更され た。lri l)この 『文博士』 を連載 した「論語」 とい う雑 誌 は所言 胃「ユーモア」 を標榜 してお り
,この雑 誌 には
,1934年,既 に『牛天賜伝』を連載 した ことがある。老舎 は『牛天賜伝』の執筆時 に ,こ の雑誌 の性格 を考 え「ユーモア」 を強 く意識 し た ことを自ら告 白している∝り。この『文博士』の 中味 について ,老 舎 自ら言及 した文章 はない。た だ『牛天賜伝』の場合か ら推 し量 るに
,やは り
『文博士』を書 く際にも「論語」に掲載するとい
平成 10年 10月 16日
*総
合教育センター・助教授
うことで老舎が「ユーモア」 を意識 したであろ うことは十分考 えられ る。
さて老舎の「ユーモア」作品の理解であるが
,や は り彼の作品の場合「笑 い」 に注 目し ,何 処
に , どのような「笑い」があ り
,その「笑い」が ス トー リーの展開の中で どの ような意味 を持つ のかを考慮 に入れなが ら作品解釈 を行 うしかな いのではないか。 こうす ることで ,表 面か らは 見 に くい ,老 舎 の ,作 品での工夫 ,独 自性 ,創
作意図 といつた ものが幾 らか見 えて来 るように 思 う。 は
3)したがって ,こ の小論では ,『 文博士』
│こつい て「笑 い」 を中心 に据 えて考 えることで ,こ の 作品で老舎 の行 っている多 くの試みを明 らかに し ,作 品の中の「笑 い」の陰にそっと忍び込 ま せてある老舎独特の人間や社会の捉 え方
,そし てそ こか ら窺 える老舎 の指摘や主張を作品の中 か ら明 らかにしたい。
この作品 は ,老 舎 の代表作 といわれる F酪 舵
祥子』 と同 じ時期 に発表 されているにもかかわ
らず ,こ れ まで この作 品 について論考 され る こ とはなか った。 したが って ,今 回の考察 は , こ の作 品 を老舎 の総 ての創作過程 の中 に どの よう に位置 づ けるか ,或 い は老舎 は畢党 どの ような 文 学 を創 り上 げ よ う として いた のか を知 る こ と に も繁が ってい くと考 えてい る。
この 『文博士』 という作品は ,題 名か らもす でに明 らかなように ,主 人公 は文博士 とい う人 物である。
ス トー リーの展開はそれほ ど複雑でない。
最初 は済南の場面か ら始 まり ,続 けて回想 と い うかたちで ,文 博士がアメ リカで五年掛かっ て哲学博士の学位 を取 って中国に帰国 して来た 人物であることが紹介 され る。帰国 して半年 は 仕事が見つか らないが ,や がて北京の焦委員 と いう人物の紹介で済南の「斉魯文化学会」に行 くことになる。 ここで済南の実力者 ,唐 とい う 人物 と知 り合 いにな り ,彼 の援助 で済南 におけ
る生活の足場 を固める。
そ して ,の ちに ,済 南の大 きな薬屋 ,大 生堂 に乗 り込み ,そ この六番 目の娘 と知 り合 う。 こ の娘 とはす ぐに仲良 くな り ,婚 約 ,結 婚 と進ん で行 くことがほぼ決定的になる。同 じ頃 ,官 職 の話 も出て来 ,最 終的には大生堂の方のコネで それ も獲得す ることがで きる。
この ように ,こ の作品には文博士がアメ リカ 帰国 して以後か ら ,中 央の官界 に昇 る足がか り の ような もの を得 る までの こ とが書 かれてい る。
ただ ,ス トー リーのわか りやすさに比べ ると
,作品イ 乍りには ,か な り技巧 を凝 らしているよう に見 える。
このあた りを ,ま ず作品の冒頭か ら見 てみる。
冒頭 は以下のように始 まる。
西門或 いは南 門 を通 るたび に,あ の壊 れた城楼 や城壁 の砲弾 の痕 を見,文 博士 はまるで料理 の中
の蝿 を食 べ た みた い な吐 き気 を感 じた。吐 き気 だ。悲 しみで はない。文博士 は決 して五三惨案 を 記 サ 隠 してお くことに熱心 で ない こ とはなか った。
そ うで はな く,彼 は こんな壊 れた もの をいつ まで も大通 りに置 いてお くべ きで はない と感 じて い るのだ。修理 で きるのな ら修理 し ,で きないのな らばい っそ壊 して しまえばい い。修理 もで きな い ,壊 しもしない,こ んな ところに中国の希望 の なさが現 れ てい る。
(世つ
一般 に戦争の傷跡 を残 してお くのは ,そ れ相 当の意味があるとされ る。文博士 はこの考 えを 真 っ向か ら否定す るのである。
ただ ,「 現状」を嘆 くのは ,い や しくも知識人 であれば ,や は り自分の心の中には必ず「理想」
とするものがあ り ,往 々にして目の前 に見 える
「現状」が 自分の「理想」と余 りにか け離れてい るが故 に ,し ばしば「現状」 を憂 え嘆 くことに なる。だか らこの種 の嘆 きは知識人 としては寧 ろ当然の ことと考 えることもで きる。ただ ,い
ささか大胆 な発言だけに ,や は り発言の根底 に ある ,文 博士の「理想」が果た して どうい うも のか ,こ の点 は問題 として残 る。
そして , この後 ,以 下の文章が続いてい く。
中国 に希望が ない所以 は,第 一 に人材 が いない とい うことで あ り,第 二 に何人か人材 は居た とし て も,国 家社会が抜擢 して使 うとい うことを知 ら ない とい うことで あ る。文博士 はこの ように考 え てぃた。
(江5)この作 品で文博 士 は自信満 々のアメ リカ帰 り の ,優 れ た知識人 で あ る印象 を濃厚 に漂 わせ な が ら登場 す るが , この ような部分 にその一端 を 見 る こ とがで きよ う。 自分 の才能 に自信 が あ る か ら ,自 分 を認 めて くれ ない社会 に対 して も不 満 を持 つ。 いわ ば「才人」「不遇」を嘆 くとい う 型 で あ る。
また 自分が 「アメ リカ帰 り」 であ る とい うこ
とも彼 の誇 りで あ る。
彼 が帰 国 したての頃,彼 は中国 とアメ リカ を比 べ ることはで きない と知 っていた。これ は中国 を 勘 弁 してや るばか りか,望 みが高 す ぎて はい けな い とい う警告で もある。理 に従 えば
,帰国 した ら 直 ちに最 高 の地位 と待遇 を得べ きなので あ る。も しこんなふ うで あれ ば,彼 にはきっ とこの遅 れた 国家 を救 う方法 が あ る。た とえ自分 が素晴 らしい 方法 を思 いつか なか った として も ,少 な くとも彼 には応 用 すべ きアメ リカの方法 とい う ものが あ る。
(と0
「アメ リカ」は中国 とは比べ ものにな らないほ どの素晴 らしい国であ り
,そのアメ リカに居た とい う ,こ の ことだけにも意味がある と言 うの だ。ただ
,この種の発言 は ,ア メ リカ帰 りの「留 学生」に対 して ,或 いは「留学生」の間で ,「 留 学」の意義 を語 る場合 に必ず出て くる言葉 の一 つで もあるように思 える。
彼 は とつ くに一 歩 退 いて考 え る準 備 を して い た ,事 をす るの に急 ぎす ぎて はい けない ,中 国 は 中国なのだか ら。彼 はただ毎 月四五百元 のお金が 入 るだ けで よい。ゆっ くりまず適 当 にや って
,翼が しっか り出来上 が ってか ら,一 番高 い ところに 向か って飛 んで い くのだ。僻D
アメ リカ と中国 は違 うのだか ら ,焦 って も仕 方がない。最低の処か ら一歩一歩高みに昇 つて 行 くしかない。それ はその とお りである。ただ
,一 ヶ月に給料の額が四五百元 といえば
,当時 に 於 いて も相 当高い給料である。に もかかわ らず
,まず従事す るのはそれ ぐらいの仕事で よい とい うのは ,余 りに も要求が高す ぎる。
とはいえ,当 然 なが ら
,彼の側か ら言 えば
,彼自身 はそれ を「普通」だ と考 え
,その ように信 じているのである。もしこうであれば ,「 半年仕 事が見つか らない」 とい うの も当然である。つ まり「見つか らない」のが当た り前で ,「 見つか る」のが異常なのである。 にもかかわ らず この 物語が「見つかる」方 に向かつてい くところに
,一種の「可笑 しさ」 もある。
冒頭の部分 を ,幾 らか長 く引用 した。最初 は 幾 らか奇抜 な考 え方 を示す けれ ど ,よ くよ く見 てみると ,冒 頭で紹介 されている ,こ の種 の考 え方 は概ね どこかで聞いた ような言葉のような 気が して くるのである。つ まり ,全 体的に ,文
博士が考 えているこの ような内容 は ,文 博士の みが考 えていることとい うよりは
,むしろ「ア メ リカ」帰 りの留学生たちの間で ,或 いは誰か が「アメ リカ」帰 りの留学生 に向かって ,「 中国 の現実」とは無縁の処で ,或 いは「中国の現実」
を無視 した ところで ,頻 繁 に話 され るもののよ うにも思 えるのである。
この雰囲気 ,こ れが作者の作品冒頭 に於 ける 作戦 なのであろう。 そして ,作 品の最後 に至 っ て文博士の本 当の姿が理解で きた時点で , この 作品の冒頭で述べている文博士の発言 ,考 え方 の「可笑 しさ」が見 えて くることになる。 この ことが , この作品で行われ るように見 える。は0
この作品で ,ま ず 目に付 くのは ,文 博士 ら登 場人物 を二人称 で呼んでいる「語 り手」が居 る ことであるにの。「語 り手」は「彼 は……思った」
「彼 は……考 えた」と言いなが ら
,それぞれの登
場人物の心の中まで立ち入 って行 き ,時 には登 場人物 を離れて ,客 観的にも真実であると思わ れ るコメン トを加 えた りす る。 この ような「語 り手」の介入 によって ,作 品に ,独 特の世界が 出来上がっているように見 える。
まず , この ことが窺 える次の場面 を例 に挙 げ て考 えてみる。
焦委員 とい う人物 は中央の実力者である。焦 委員の紹介で文博士 は済南の「斉魯文化学会」と い うところに行 くことになる。その彼が文博士 を済南 に派遣す る意図を ,「 語 り手」は以下の よ うに述べ る
老舎『文博士』試論 (渡 辺
)焦 委員 の方法 は新 しい留 学経 験 者 を派遣 して
商家 や農家 に深 く入 り込 ませ る ことで あ る。義兄 弟 の ち ぎ りを結 ぶ とか ,義 理 の息 子 にな る とか は ,彼 の見方 に よる と ,も う時代遅 れで あ る。イ ンテ リ階級 の人々 もまた こんな手 を使 うをの は 恥 ずか しが る。 しか も実質 的 な ものか らして も
,これ らは婚姻の確実性 に遥 か に及 ばない。ただ彼 らに婿殿 を与 えさえすれ ば,そ れで彼 らの金銭 と 勢力 を しっか りと手 に握 る ことにな るのだ。
(にlωこれについて「語 り手」がさらに以下のよう な説明 を付 け加 える。
この方法は焦委員の口では「別 に手段 を拓 く」
ということになる。派遣 されて富商 と結びつ くの を「振興実業」と名付 けられ ,都 市の富農 と結び つ くのが「民間に行 く」である。だか ら ,彼 が文 博士 を済南 に派遣す るのは,そ この「実業振興」と
「民間 に行 く」 とに人が必要だ とい うことにな る。に
11)この発言によって ,読 者 に文博士派遣の「か らくり」 をほのめかす ことになる。
この引用文で まず明 らかにしたいのは ,「 語 り 手」の話の中で意図的に ,一 つの事実 に関す る 表 と裏 一一 それ は或 いは建前 と本音 の部分 と 言 えるか も知れないし ,或 いは表面 に現れ出て いる部分 と ,裏 に隠れ潜 んでいる部分 とも言 え るか もしれない 一― が しば しば暗示 され る と いうことである。それを仮 に「
A:表」 と「 B:
裏」 とい うことにすれば ,以 下の ように図示す ることがで きる。
A(表)
← 語 り手
この表 と裏の間に「語 り手」がお り ,作 品中 の物語 は「彼」「彼女」とい う二人称で描 き出さ れる。そして時 に応 じて「語 り手」が ,そ れぞ れの登場人物「彼」「彼女」の心の中を見せた り しなが ら ,事 実の両局面を明 らかにしてい くの
である。
もっ と具体的に ,こ の構造 を説明すると以下 のようになろう。
一つの建前の世界がある。 それは「美 しいス ローガ ン」で謳われる部分であるとも言えるか もしれない。 「別 に手段 を拓 く」 「振興実業」 「民 間に行 く」とい う言葉 はまさしくそうである。当 時 ,政 府が知識人 に奨激 した政策であろうこと を連想 させ るが ,知 識人が 自分の知識 を持 って
,民間 に入 って行 き ,実 業 を興す。確かにこれ 自 体 は悪 くない。む しろ素晴 らしい ことである。し たがって ,一 方では ,焦 委員が文博士 を「斉魯 文化学会」 に派遣す るのは ,ま さしく「別 に手 段 を拓 く」「振興実業」「民間 に行 く」の美名 に 沿 うものである。そして , この実現ために焦委 員 は文博士 を派遣 し ,文 博士がそ こへ行 くので ある。少な くとも建前か らすればこうなる。
しか し ,表 (建 前 )は そうであるが ,裏 (本 音 )は 違 うのである。実 は焦委員 は裏では大地 主 とか大商人 とかの中に勢力 を拡大 しようとた くらんでいる。 このために留学生 を使お うとし ているのである。つ まり焦委員が派遣 した留学 生 と大商人 ,大 地主の娘 とを結婚 させ ることに よつて ,自 分の勢力 をそれ らの人々 に植 え付 け 拡大 しようとしている。
だか ら ,焦 委員の考 えでは ,ま さに留学生 と 大商人 ,大 地主の娘 との「婚姻」 とい う方法が
「別 に手段 を拓 く」であ り ,大 商人の娘 と 「婚姻」
を結ぶのが「実業振興」であ り ,大 農家の娘 と
「婚姻」 を結ぶのが「民間 に行 く」なのである。
文博士 は ,こ の人物 を信用 し ,彼 の ,こ の話 しに乗 ったのであるか ら ,文 博士 にとって も済 南の「斉魯文化学会」 に行 くのは大商人 ,大 地 主の娘 との「婚姻」が 目的 とい うことになる。
さらに , この ,「 斉魯文化学会」に焦委員が派 遣す る ,文 博士が赴任するとい う事実 を裏 と表 で ,作 品のすべての情報で まとめると ,以 下の ようになるだろう。
B(裏
)老舎 「文博士』試論 (渡 辺
)A(表 面
):焦委員 は国家社会 の発展 のた め留学か ら帰 って きた人物 を地方に派遣す ることに決め
,アメ リカか ら帰国 したばか りの博 士 の学位 を持 つ文 とい う学 者 が
,ちっぽけな ,地 方の済南 とい うところにあ る「斉魯文化学会」 に赴任す る。 この学会 は「山東省の歴史 ,地 理 ,古 物 ,芸 術 を研 究す る とい う主 旨」
(ど1ので創設 された もの である。立派な人物 の ,社 会 に貢献す る素 晴 らしい行為 というふ うになる。また ,「 斉 魯文化学会」 とい うのはお金 とは無縁の会 の ような印象 もある。
↑ (語 り手
)↓
B(裏):焦
委員 は地方の大地主 ,大 商人 の 間に勢力 を拡大 しようと思 っている。 この 方法 として新留学生 た ち を地 方 に送 り込 み
,その地の大地主 ,商 人 の娘 と結婚 させ ることで実現 しようとしている。 このや り 方 と文博士の考 え方 とが一致す る。文博士
も金持 ちの娘 と結婚 し ,そ れ を足場 にして
,社会の高い地位 を確保 し ,自 分の考 えを実 現 しようと考 えている。だか ら ,焦 委員の 指示 に従 って赴任 したのである。 「斉魯文化 学会」 に来たのは , とりあえずそ こに身 を 寄せ ,地 方の有力な金持 ちに取 り入 り
,その家の娘 と結婚す るための最初 のス ッテ ッ プにす ぎないのである。 しか もその学会 は
「焦委員が会長 になってか ら会 を一 回 も開 かれていず ,会 所 も次第次第 に他の人 に分 割 占領 されて しまいつつある」 に 13)と ぃ ぅ
あ りさまである。
この作品は
Bの世界 を中心 に語 られ ,時 には
Aが 書かれない場合 もあるが ,全 体 として ,前
述のように「語 り手」が ,時 に応 じて ,こ の B
を語 りなが ら Aを 仄 めか した り ,Aと B並 べ
て見せて ,事 の真相 を示 してい くことになる。こ の結果 , ここで行われている諷刺 のい くつかが 明 らかになって くる。
ここでは「斉魯文化学会」の実態。 それを統 括す る者
,そこに派遣 され働 く者の姿勢。 この ような ものが諷刺 され ,社 会が良 くなっていか ないのは実際 にこの ような ことが頻繁 に行われ ているか らだ という指摘が成 されているのであ る。
この作品では ,こ の ような「表 と裏」「建 て前 と本音」の部分での「可笑 しさ」 を描 き出 して お り
,これが この作品のセールスポイン トのひ
とつになっているように見 える。
だか ら以下 の ような場 面 もしば しば出て く る。文博士 は 「斉魯文化学会」
│こや って きてベ ツ ドもな く ,湿 気 も多い部屋で毎 日寝 ることにな り ,悲 惨 な気持 ちになっていた
.。そこへ唐 とい う人物 が この部 屋 よ りもっ と快適 な ところに 引っ越 しさせ ようとす る。 にもかかわ らず文博 士 は以下のような発言 をす るのである。
「いや
,ここが良いのです。」文博士は唐 さんを 遮 って言 った。「僕 は中国の社会状況 を多 く吸収 したい し,民 間の人々の暮 らしにしつか りと入 り たいのです。 この ことは人民の苦 しみに関心 を 持 っていると言 うこともで きるで しょうか
!」(こ10
敢 えて こう
,わざ とらし く発言 させ る ことに よって , これ まで描 き出 された本音 の世界 との 落差 に よって読 者 の「笑 い」 を引 き出 し ,さ ら
に作 品で は多 くは述 べ られていない表面 の世界 は どの よ うな展開 になってい るのか
,とい うこ とを改 めて読者 に想像 させ るので あ る。
次に
,文
博士に伴 う「笑い」が どのような処 に発生 しているのかを更に考える。既に述べたように
,文
博士は金持ちの娘 と結 婚するために済南の「斉魯文化学会」にやって来 た。 で は どこに文博 士 は必 ず「金持 ちの娘 と 結婚 で きる」 と確信 す るような根拠 を置 いてい るのか。 まず , この彼の根拠 とする部分に「笑 い」の一つが窺えるように思える。
実はこの「金持ちの娘 と結婚できる」第一の 根拠になっているのは ,ア メリカで得た 「博士」
というものにある。では ,ま ず この「博士」 と いうのを文博士が どのように認識 しているか
,か ら見てい くことにする。 これについて ,文 博 士がかつて留学時代に友人に対 して行った発言 の部分 を見てみよう。
我 々 は憂 える こ とはない。昔 ,貧 しい学生 が状 元 に合格 す る と ,た ち どころに妻 。財・ 位・ 禄す べ て揃 うことになった。我々 はまさし く現代 の状 元 であ る。地位,事業 は皆我 々 のた めに用意 され
,娘 の い る富豪 も人 か らお金 まで両手 に捧 げ持 っ て くるべ きで ある。これ は我々の希望が非常 に高 い とい うことではな く,理 の当然 なのである。は
19また ,例 えば ,唐 さん との駆 け引 きの中で,以 下のような「博士」の使 い方 をしている。
彼 は猛然 と自分 の名刺 を手 國み上 げ,い ささか不 自然 な笑 い とともに言 った,「私 はすべ て この博 士 を頼 み に して い ます。 アメ リカの総統 の栄誉 だ って まだ博士 には及 ばないのです。博士 はまさ し く状元 です。私 はあなたが知 っておかれ るべ き だ と思 い ます。私の名刺 に博士が記載 されている とい うこ とで ,私 に は一 切 の資格 が あ るのです よ。唐 さん !」 律
10この種 の言葉 が作 品の中で何度 か繰 り返 され る。言 う者 も冗談 の ように言 い ,ま た聞 く方 に も冗談 の ように聞 こえなが ら ,そ の実 ,言 う方 は冗談 で はな く ,寧 ろ本気 であ る とい う展 開の 仕 方 で あ る。
自分 た ち は「博 士」 で あ り ,い わ ば「現代 の 状 元 」 で あ る。 だか ら当然 国家社会 は彼 らのた め に仕事 と地位 を用意 し ,さ らにお金持 ちで娘
がいる富豪 は娘 とお金 を差 し出す はずであ る。
この種 の発言 は ,本 来 は ,留 学生たちが冗談の ように言った り ,聞 く方 もまた冗談 として聞 く ものであろう。寧 ろ冗談 に留めて ,公 言す るの は恥ずべ き部類 の内容 に属するものである。だ が ,こ の作品の主人公の文博士 は ,こ の冗談 を 本気で信 じ , この ことに道理 さえあると思 って いる。 しか も心 に思っているばか りか ,公 言 し て憚 らず ,更 には実際に「博士 を使 って ,官 職 や金持 ちの娘の獲得」 を真面 目に ,真 剣 に実行 しようとしているのである。だか ら 「可笑 しい」
のである。
一応文博士の ,こ の「笑 い」 を引 き起 こす考 え方 を ,文 博士の「根本思想」と呼んでお こう。
この文博士の「根本思想」が分かって くると
,作品の中で述べ られている文博士の意見や考 え 方が ,表 面上では極 めて正 しい もののように見 えなが ら ,実 は文博士の「根本思想」か ら来 る 特有の意味 を持 っていることが分か る。そ して
,その意味が分かって来 ると ,そ の正 しい ものの ように思 えた意見や考 え方の中に含 まれている 更 なる「可笑 しさ」が見 えて来始める。
まず ,例 えば以下のようである。
留学生の中には学問ばか りやっている者がい る。 そうい う人物 は役 に立たない という。
彼 (文 博 士 )は 勉強 を好 まない人 間で はない。し か し彼 は次第次第 に解 って きて,専 ら勉強の危瞼 性 を指摘 してい る。何人 かの一心不乱 に勉強 して い る人物 は ,い つ も彼 と親 し くしよ う とは しな か った,甚 だ しきに至 っては彼 と話 をしようとも しなか った。彼 は感 じていた ,人 は学 問馬 鹿 に なって はいけない。学問があれば偏屈 になる。だ とすれ ば幾 らか学問があるよ り,ま だ人情世故 に 通 じていた方が良 い。はユ 。
この部分 だ けか らすれ ば ,文 博 士 の考 え方 は
正 しい よ うに見 える。勉強 ばか りしていて人 間
の こ と ,社 会 の こ とに通 じてない人物 は確 か に
駄 目で あ る。
しか し ,文 博士か ら発せ られ る批判 は ,少 し 違 う角度で読 む ことがで きる。文博士か らすれ ば
,自分たちの獲得 した「博士」とい うのは「金 持 ちの家の娘 と結婚で き ,社 会の中で最高の地 位や待遇 を得」 られ るために使 えるものなので ある。 にもかかわ らず ,学 問ばか りしている連 中は
,それ を充分 に活か し ,利 用 しようとしな い。だか ら「馬鹿」だ ,と い うことになるので ある。
ところが , この件 については ,真 面 目に勉強 している留学生の側か らすれば ,文 博士の「自 分 は博士であるか ら ,社 会の中で最高の地位 ,待 遇が与 えられ るべ きである」とか ,「 自分 は現代 の状元であるか ら ,金 持 ちの連中 も娘 を差 し出 して来 るはずである」 とい う考 えについていけ ない と考 えられ る。だか ら公然 とこの ような こ とを発言す る文博士 と付 き合 いた くない と思 っ ている可能性がある。つ ま り ,他 の真面 目な留 学生たちは「人情」 を理解で きな くて ,文 博士 と付 き合わないのではな く ,単 にこのような文 博士 を敬遠 しているだけだ , と読 み取 ることが
で きるのである。
このように表面上では正 しい批判の ように見 える発言が ,実 は文博士の頭の中で 自分の都合 の良いように ,歪 んだ形で発せ られている可能 性 を含 んでいる。
また ,次 のような例 もある。
文博士 は帰国後
,留学時代 に知 り合 った連 中 の ところを訪ねて ,仕 事 の世話 をして もらいに 行 く。ところが,そ の人物たちの ことごとくが
,文博士の希望 に添 うような形で対応 して くれな かった。その音の留学生たちの態度 に対す る文 博士の批判である。
アメ リカで知 り合 って運 中 に対 し,彼 は三度 と 伸 良 くしよ うとは思わ なか った。駄 目だ。この留 学生連 中 は腕 が無 く
,団結力が無 く
,甚だ しきに 至 って は義気が無 い。彼 は三度 と彼 らを頼 み に し なか った。
(こ19
老舎 F文 博士』試論 (渡 辺
)の よ うな もので あ る。
‑163‑
この批判 にして も ,一 般 に ,素 晴 らしい共同 の理想 に向かって努力 をす る場合 ,知 識人たち が実行 の仕方 も知 らず ,協 力 もせず
,自分勝手 に学問研究のみ行 っていることに対 して行われ るものである。 しばしば ,こ のような批半」は正 しい場合が多い。
ところが特 に文博士の場合 には ,よ くよ く考 えてみると ,違 った意味 に取れ る。彼の場合 は 社会の中枢 に ,留 学生たちによる巨大 なコネク シ ョンの世界 を作 り上 げようとしている。 この ことに留学生たちが団結 し ,協 力 しない と言 つ ているのであ り ,こ のために骨折 りしない と批 判 しているのである。
こう考 えると ,留 学生が文博士 と付 き合お う としてないのは ,文 博士の このような姿勢 に同 調 してない と解釈で きる。だ とすれば ,文 博士 の批判が正当ではな く ,却 って留学生が まとも である可能性が生 まれて くる。
その他 にも ,言 葉の意味が極度 にばか されて 使われていると考 えられ る場合がある。
例 えば「博士の価値」 とい う意味である。 こ の「博士の価値」 という言葉 を文博士が使 って いる場面 はい くつかある。作品の中で ,果 た し て「博士の価値」の意味が何であるのか文博士 も ,「 語 り手」 も具体的に述べ ることはない。
望 み は大 き く ,歩 み は ゆ っ く りで な けれ ば な ら な い ,彼 は敢 えて この社 会 が た ち ど ころ に博 士 の 価 値 とい う もの を しっか り認 識 で き る とは望 ん で はい なヤゝ 。
(と19)とか
,振華 の話 を聞 いて,彼 は彼女が全 く博 士 の価値
を理解 してないので,何 も話 す必要 はない と感 じ
た。まして彼女 の話 なんぞは,き っ と留学生 に酷
い 目に遭 わ され ことに因 る もので,失 恋か らの先
入観 が あ る と彼 は思 った。
(と2の一般 的 には「博 士 の価値 」 とい えば ,恐 ら く 学 問領 域 で最 高 の研 究 成 果 を収 め て い るだ け に ,普 通 の人 々 よ り更 に高度 な部 門で社会 に貢 献 で きる とい う意 味 で取 られ る よ うに思 う。確 か に この意味 で取 れ る部分 もある。 しか し ,文
博 士 が「博 士 の価 値」述 べ る時 には ,作 品 の展 開か らすれ ば,「 博 士 の価値 」とい うの を「博士 には社会 の中で最高 の地位 ,待 遇 が与 え られ る べ きで あ る とか ,博 士 だか ら金持 ちの連 中 も娘 を差 し出 して来 るはずで あ る」 とい う意味 で読 んで も別 に不都合 は起 こらないので あ る。 いや その方が寧 ろぴ った りす るように思われ る。 あ るい は もっ と単純 に ,自 分 の こ とを大事 に扱 う のが「博 士 の価値」 を知 ってい る人 で ,大 事 に 扱 わ ない人 が それ を知 らない と言 ってい る とも 取 る こ ともで きる。
作 品 の文 章 に , この二重 の意味 を汲 み取 って み る と ,こ れ らは ,表 面上 は ,当 時 の知識人 の
欠点 に対 す る「正 当な」文博士側 か らの批判 の よ うに見 えなが ら ,実 は批判 してい るはずの文 博 士 の方が却 って作者 に よって批判 され てい る こ とにな ってい る とい うふ うに も言 えるので は ないか。
この ように , この作 品 には この ように巧妙 に 仕掛 けた「笑 い」が ある。根本 的 な「思想」 は 違 って い るの に ,出 現 した言葉が完全 に同 じに な る とい う不思議 な一面 を描 き出 し ,読 者 を笑 わせ てい るので あ る。
四
しか し ,文 博 士 が この よ うな態度 ,こ の よ う
な考 え方で社会 の上層部 に昇 って行 って しまう こ とになった ら ,そ こに何 ら問題 は生 じないの だ ろ うか。 この点 について作者 は どの よ うに指 摘 してい るのか。
この作 品の中でただ一人 ,文 博 士 た ち ,留 学 生 の態度 を批判 す る人物 が居 る。唐 さんの娘 で
,振華 とい う女性 で ある。彼女 は批判 して以下 の よ うに言 う。
私 はあの焦 委員 の処 か らや って来 た青 年 た ち を更 に残念 に思 ってい ます。彼 らは最高の仕事 を 望 み ,最 高 に金 のあ る奥 さん を望 み ,決 して その
仕事 その ものが他 の人 に とって どん な良 い点 を 持 ってい るのか とい うこ とを見 ない し,本 当 に自 分 を助 ける女性 を捜 して結婚 しない。彼 らは自 ら は最 も上等 な人物 である とうぬばれ,い つ も何の 労働 もせず に ,い つ も最 も良い もの を食べ ,最 も 良 い もの を飲 もう と考 えてい る。は
21)この批判 は文博 士 に対 して行 われたので はな く ,以 前焦委 員 か ら派遣 され て きた留学生 に対 して な された もので あ る。振華 は文博 士が その よ うな人 々で あって欲 し くないがために ,こ の
よ うな こ とを言 ってい るので ある。 しか し ,読
者 に与 え られ てい る情報 か らは ,文 博 士 もその よ うな人物 の一人 で あ る ことが分 か ってい る。
この批判 に ,文 博 士 は以 下 の よ うに答 える。
文博 士 は非常 に不 自然 に笑 って言 った。「 ミス 唐,た ぶんあなた とは何処 まで話 して も意見 が一 致 す る こ とはないで しょう。もしか して,も しか して なんですが ,ご めんな さい よ ,あ なた はかつ て留学生 に振 られた こ とが あ るので はないです か ?だ か ら彼 らが そ こ らあた りの兵隊 に も及 ば な い な ど と考 え られ て い るの で は あ りませ ん か
?」(と22)冗談の発言のように見 えなが ら ,実 は文博士 は大真面 目に答 えていると考 えた方が ,作 者の 意図に合 うと考 える。
既 に見てきた ように ,文 博士 は ,留 学生であ れば ,振 幸が指摘するような ことを考 えるのは 却 つて当然 で あ り ,何 ら悪 い こ とで はな い と 思 っている。だか ら振華 の留学生一般 に対す る
「兵隊 にも及 ばない」は 20と ぃ ぅ批判 を ,そ もそ
も個人的恨 み として しか理解で きない と解釈す
べ きである。つ まり ,文 博士 は振華 の指摘 して
いる留学生の態度 を「当然の こと」 と考 えてい
るのであ り ,そ れが「兵隊 にも及 ばない」 と言
われて も ,本 当か どうか判断す る基準 を持たな いのである。だか ら ,振 華 の発言 を個人的恨 み によるひ どい侮辱 と考 えるしかないのである。
この ととは ,さ らに「語 り手」が以下 のよう に
,わざわざ解説 していることか らも明 らかで ある。
国内で勉強 を していた頃 ,彼 はただ成績 と卒業 証書 を得 ただ けで,な にが しか の生活 に関わ る教 訓 を聞 いた ことはなか った。アメ リカに留学 して い る とき ,授 業 に出 る ことと教科書 を読 む以外
,決 して何 らか の道徳 の修 養 と生命 の認 識 を体 験 す る こ とはなか った。 目的 は学位 を得 る こ とに あった。 だ か ら他 の こ とに関心 を払 う必 要 もな か った。
(世2つそ もそ も「良い」 とか「悪い」 とかの道徳的 基準が文博士の頭の中にインプ ッ トされていな い。だか ら文博士 は振華 の言 うことが本 当に理 解で きないのである。 この ことを ,作 者 は念 を 押すかの ように ,さ らにこの文章ではつきりさ せているのである。
また ,読 者 に与 える文博士の印象 とい う点か ら考 えれば ,こ の ような文章 を加 えることで ,作 者 は読者が文博士 を「悪人」 として しまうこと
を防いでいることになると考 えられる。少な く とも作者が文博士 は意識的に「悪 い」 ことをし ようとはしてない と説明 してい る ことにな る。
ここに作者の ,主 人公 を「悪者」 にしないよう に書いている意志 を見 ることが出来 よう。
しか し , このような人物 に何 も問題 は起 きな いのか。「悪い」人物ではないにもかかわ らず
,「悪 い」ことをす るような ことはないのか。 この 文博士の ような人物が ,本 人 は意識的に 「悪い」
ことをしようとしてないにしろ ,結 果的 には恐 ろしい ことをしでか して しまうとした らどうだ ろう。次の場面 をみてみ よう。
唐 さんが官職 の一 つ として持 って来 た仕事 を ,仕 事の内容 に関 しては何 ら問題 にせず引 き 受 けて しまうのである。 その仕事 とい うのは以
老舎 『文博士』試論 (渡 辺
)下のようなものである。
「彼 らは あ る委 員 会 を設 置 し よ う と して い ま す。もっぱ ら過激 な思想 や人物 を調査 し消滅 させ るた めの ものです。委員 はすべ て兼任 ですか ら
,当然 なが ら仕事 をす る時間が ほ とん どない。そ こ で一人 の専任 を招 聘 しな けれ ばな らない となっ たのです。 …… (略 )… …・至 る ところで調査す る ので す か ら ,当 然 身 分 だ って低 くはあ りませ ん し,県 の長官か ら一切 の地 方官吏 は皆 しつか りと 仕 えな けれ ばな りませ ん。 …… (略
)・―・ ・おそ ら く一年 か半年仕事 を した ら,き っ と中央 に転勤 と い うことになるで しょう。中央 は この仕事 を非常 に ,非 常 に重視 してい るのです
1」に 20
文博士 に 「真 っ当な道 を歩いて もらいたい」と 願 う側か らすれば ,博 士 にこの ような恐 ろしい 仕事 を して欲 し くない と思 う。仕事 の中味 を しっか り考 え ,き つぱ りと拒否 して欲 しい と願 う。作者 も読者の ,こ の当た りの心理 を計算 に 入れている。 その証拠 に ,博 士 は「ち ょっ と考 えさせて くれ
!」とこの話 に躊躇す る。読者 を 焦 らしているのである。
しか し考 えた後 に出て きたのが ,次 のような 言葉である。
「それは ,唐 さん ,大 まかにい うと ,専 任 はどの く らい の 給 料 を貰 う こ とが で き る の で す か ?」
(と26)この言葉 は読者の期待 を完璧 に裏切 る。仕事 の′ 性格 にも関わって ,こ れ を引 き受 けるのか ,そ れ とも断 るのか とい うの重大 な局面である。 そ れにも拘わ らず ,返 ってきた言葉が「給料 は幾 らなのか」という余 りにも呑気で ,単 純す ぎる。
この落差 という点で , ここにも「笑い」が生 じ
る可能性がある。 しか し ,普 通の人の感覚か ら
すればそうであるが ,文 博士 にすれば ,こ の言
葉 は ,最 初か ら「仕事」 に対 して「 まず四五百
元 ぐらい ら始 めよう」 といつた ,文 博士の もと
もとの金銭 に対す る「思想」があるわけで ,こ れか らすれば ,当 然であ り ,一 貫 している。
そして「 これは出世の道で しょう
?」とい う 唐 さんの言葉 に , この仕事 をや る決心 をして し まい ,読 者の文博士が このような仕事 を引 き受 けて欲 しくない という期待 は裏切 られ ることに なる。むろん ,.こ の承諸 は ,文 博士の発言か ら すれば ,少 な くとも仕事 の中味 を考 えた上での 判断ではな く彼の「根本思想」 に基づ くことは 明 らかである。
文博士 はこの ような「官職」 に就 くことを知 識人 として円きずべ きこと」であるばか りか ,寧
ろ「悪い こと」だ とは思 っていない。 しか し彼 自身 は「悪い こと」だ とは思 っていないにも拘 わ らず ,結 果的にはこのような仕事 に携わるこ
とによって「過激 な思想や人物」 を抑圧す るの である。文博士の ような人物 はこのような罪 を 犯す可能性 を持 ったのである。
五
次 に博士の「根本思想」の うち「金持ちのお 嬢 さんの獲得」 はどのように展開 し ,結 局 どの
ようになるのか ,で ある。
やがて ,文 博士 は服装 をきちん と整 え ,済 南 の老舗薬問屋 ,大 生堂 を訪問 し ,そ こで第六番 目の娘 ,麗 琳 と会 う。
最初 の訪間の後 ,「 楊家の娘」が文博士 を出口 まで送 ってきて ,ま た遊 びに来て下 さい と言 う。
会 った結果 ,幾 らか欠点が見 えた。例 えば,姿 や形が美 しくない ,服 装がや けにアンバ ランス である ,学 歴が低す ぎる ,な どである。だが ,い
くらか迷 ったあげ く ,つ いには文博士 は以下の ように決 める。
彼 は他 の女性 を想定 してみた。学 問が あ り ,年 も相応 で ,し か も互 いに愛 し合 ってい る。しか し お金 はない。彼 は急 いで決定 しな けれ ばな らな か った。ばやばや していることはで きない。どち らを選 ぶのか
?彼 は目を開 じた。や は り楊家 の
六番 目のお嬢 さん に しよう。自分の前途がすべて で あって ,他 の もの は うそっばちだ。お金があっ て前途 が開 ける とい うものだ ! …… (略 )… …・
彼 女 は きっ と彼 に金銭 と勢 力 を もた ら して くれ る。
(と2の「金持 ち」の女性 な らば どのような人物で も良 い。文博士の ,こ の考 え方 は ,作 品の冒頭か ら 一貫 している。 しか し ,一 貫 しているにも拘わ らず ,な お強い決心が揺 らぐとい うことは ,彼
女の持つ欠点 は文博士 にとって相 当気がか りな 点なのであるとい うこともで きる。 しか し ,や
は り「楊家 の六番 目の娘」 を選択す る。 これは 自分の「前途」のために ,彼 女が もた らすであ ろう「金」 と「力」が必要であるか ら彼女 を選 択す るというのである。
そして二回目に楊家 に行 った ときに ,す でに 文博士 は彼女の部屋 に導かれることになる。意 外 にも「楊家の娘」の方が文博士 に対 して寧 ろ 積極的な態度 を取 るのである。
この好意的な雰囲気の中で ,彼 女が中国名が 明貞であ り ,さ らに外国風 の名前 を持 ってお り
,それ を麗琳 としていることを知 る。 そしてさら に ,文 博士 は ,彼 女の「学歴」 に対する返答 に ついて以下のように考 える。
彼女 は素直 に包 み隠 さず,た だ高校 を卒業 した だ けだ と言 った。こうなったのは彼女が もっ と勉 強 した い と思 わ なか ったか らで はな く,楊 家が息 子 や娘 た ちが最 高 の教 育 と資格 を持 つ の を喜 ば なか ったか らであ る。とい うのは,こ の ような資 格 を持 った幾人 か は帰 って来 ようとはせず,外 で 独立 して事業 を始 め,そ の ままず― っ と帰 って来 ない。楊家 は こんなふ うに多 くの金 を使 って再 び 叛徒 を作 りた くないのだ。彼女 は如何せんその機 会 を得 る こ とがで きなか ったのだ。この ことを文 博 士 は彼女 のた めに とて も残念が り,ま た彼女 を 十分許 す ことがで きた。帷
2めこの部分 は文博士の側か ら述 べ られてお り
,老舎 『文博士』試論 (渡 辺
)麗琳が高校 を出た以外 に ,さ らに何 をどの程度 話 したのか とい う点 は言及 されていない。
この文博士の見解 は ,作 品の前半で ,例 えば 振華 とい う女性 に対 して ,師 範学校 を出た ,小
学校の教員であるということで ,さ かんに学歴 の低 さを問題 にし「博士」の称号 を持つ 自分 に は相応 しくない とい うような言い方す るの と対 照的である。明 らかに ,麗 琳が「金持 ちの娘」と い うことで ,文 博士の「学歴 に対す る見方」が 前半 と異 なっている。それほ ど文博士が麗琳 に 対 して彼女が金持 ちの家のお嬢 さん とい う理 由 で えこひい きしているとい うことなのである。
また ,文 博士の観察 を通 して ,彼 の立場か ら 楊家の方 は留学生 について どのように考 えてい るのかについて書かれているのが次の部分であ る。
同時 に,彼 も楊家 は子供 を外 国で勉 強 させ るお 金 が ないので はな く ,子 供 た ちが高度 で深 い学 問 や独立 の能力 を身 につ け,次 第 に この大家庭 が崩 れ て い くの をお それ て い るのだ とはつ き り知 っ て いた。自分 の子供 を外 国 にや るのが都 合が悪 け れ ば,最 も良 い方法 は留学生 を連 れて きて娘婿 に す る ことだ。
(と2働さ らに は文博 士 の視点 か ら ,麗 琳 が文博 士 を どの に思 つてい るのか を推察 す るのが以下 の部 分 で あ る。
彼 女 の様 子 か ら彼 女 が本 当 に深 く学 びた い の か どうか は暫 く置 くとして も,彼 女 が本 当 に博 士 或 い は修 士 に憧 れて い る ことが分 か った。彼女 に はいっさいの ものが あ るが,た だ この資格 だ けが ない。この こ とを見 て取 って ,彼 は本 当 に巧 い具 合 だ と感 じた。彼 には資格 が あってお金 が な い
,彼女 には金 が あつて資格 が ない。 こ りゃあいい。
彼 と彼女 は当然 それ ぞれ補 い合 える,天 地 が設 け た因縁 だ。
(と30)文博 士 の観 察 か らして ,楊 家 も留学生 で あれ
‑167‑
ば娘婿 として も良 い と考 えてい る上 に ,麗 琳 も また 「博 士」 や「修士」 に憧 れ てい る。 だ とす れ ば彼 ら二人 が結婚 す る ことには何 ら問題 は起
こらない。
しか し ,本 当 に文博 士が麗琳 を この ような理 由で選択 した こ とで ,何 か不都合 な もの は生 じ て ないのか。
前 節 で述 べ た よ うに ,こ の作 品の作 り方 は ,こ の作 品世界 の向 こうの方 に ,も うひ とつ の「事 実」の世界 が あ り ,こ の部分 は「語 り手」によっ て時々 に しか明 らか に され ない。麗琳 や楊家 の こ とについて も ,文 博 士 は「金持 ち」 とい う こ とで麗琳 や楊家 の ことを好意 的 に見 よ うとして い るので あ るか ら ,文 博 士 の方 か ら聞 いた だ け で は ,読 者 も本 当 は麗琳 や楊家 の「事 実」 は ど うなのか分 か らないので あ る。言 い替 えれ ば ,こ の作 品が , この ような不透 明 な部分 を故意 に残 し ,読 者 の 「事 実」 を知 りた くてた ま らない と い う心理 を くす ぐりなが ら ,物 語 は展 開 され て い る ことに もな る。
だが しか し
,いくら文博 士が好意 的 に麗琳 を 見 よ う として も
,そうで きない「事 実」 が厳然 として 目の前 に現 れ る時 もあ る。 これが以下 の 場 面 で あ る。
文博 士が麗淋 を連 れて い る ときに ,街 で突然 振 華 に偶 然 出会 う。
彼 の心 は乱 れた。振華 と麗淋 は彼 の心 の中で
,まるで天袢で測 ってい るかの まうに,高 くなった
り低 くなった りしていた。振華 には麗琳 と比 べ る
こ とので きる学歴 はない。どんなふ うに して も彼
女 も駄 目だ。しか し彼女 に突然会 った ことが
,彼に麗琳 の卑 しさを感 じさせ始 めたのだ。振華 の心
の有 り様 と服装 が彼 に無 理 矢理 この こ とを認 め
させ たので あ る。彼 が もし麗琳 の卑 しさを認 め る
な らば,自 分 の 甲斐性 のな さを認 めないわ けには
いか なか った。振華 の姿が彼 の心の中にあ り
,彼は全 く呼吸 さ え も気持 ち よ くで きず ,胸 苦 し く
なった。 /し か し,彼 は自分が既 に麗琳 を捨 てるこ
とがで きない こ とを知 っていた。だ った ら
,彼は
この文か ら察す るに ,文 博士 は本 当は以前か ら麗淋 の欠点 として「卑 しさ」は 32)の ような も のを感 じていた と考 えて良いだろう。だが文博 士 は ,そ れを敢 えて認 めることをしてなかった。
ところが ,振 華 に会 うことによって ,文 博士 は 疑 いようのない「卑 しさ」 を否応 な く ,は っき
り矢 Elら され ることになって しまう。
だが ,あ くまで文博士 はそれ を認 めることは で きない。 もし ,認 めれば麗琳 と結婚 なぞで き ないばか りか ,麗 琳 を棄てざるを得な くなって しまう。
ところが ,既 にもう少な くとも岡琳 を 棄てることはで きない処 にいる。棄てるには余
りにも深い関係 にな り過 ぎた。だ とすれば麗琳 を棄てず ,尚 かつ自分 を正 当化す ることはで き るのか。 この結果 ,行 き着 いた ところが , もと もと「憎 む」理 由のない振華 を「憎 む」 ことで ある。
作者が ここに「憎 しみ」の生ず る一つのメカ ニズムをさ りげな く指摘 している。相手が何 も
「悪 い こと」をしない場合 にも ,相 手 を憎 む こと があるとい うのである。
しか も ,更 に ,文 博士が ,少 な くとも「金持 ち」については「真実」を見 ようとしていない
,或いは「真実」を見極 めていないので ,そ の「真 実」が現れ るたびに ,自 分 を正当化するために
「真実」を気づかせ る誰か を憎んでい くことにな るだろう。 また更 には ,憎 しみで終わるどころ か , もしか した ら ,憎 しみの余 り ,そ の誰かを 罪無 き罪 に陥れた りするか も知れない。 このよ うな可能性が作者の この指摘の延長線上 に存在 している。
振華 を憎 む しかなか った。もともと憎 む理 由なん か無 か った。で もこうしなけれ ば もう三度 と麗琳 と親密 にす ることがで きな くなるだ ろう。
(と31)らか にす る ことにな る。
文博 士が知 りたい くせ に,敢 えて訊ねなか った の は ,こ の ような ことで あ る。…… (略 )… …高 等小学校 ,中 学校 ,高 校 と ,み な どうにか こうに か卒業で きた。卒業で きた とい うよ り ,学 校 が人 情 を掛 けな いの は具合 が悪 か った か らだ とい う 方が寧 ろ当た ってい る。彼女 はさ らに大学 に行 き たか ったのだが ,合 格 しなか った。彼女 は決 して 大 学 に行 って しっか り勉 強 したか った の で は な く ,自 分 のた めに資格 を準備 して ,あ わ よ くば留 学 生 の よ うな類 の人 物 に嫁 ぎた か った の で あ る。
(と39
幾 らかの伏線 はあったが ,此 処 に来て ,明 ら かに博士の考 えている女性 とは全 く別 の女性が
「語 り手」 によって明 らかにされ る。
さらには以下の ような驚 くべ き事実 まで明 ら かにす る。
楊家 には絶 えず留学生がや って きたのだが,彼 女 に回 って こなか った。な にせ彼女 は「六番 目」の 娘 だ ったのだか ら。虚栄心 か らすれ ば ,た だ辛抱 強 く待 つ しか なか った。だが ,朝 か ら晩 まです る ことが無 く ,暇 で じ りじ りとし ,そ の じ りじ りと した焦 りが つ い には理想 を投 げ出 させ る こ とに なった。 ……・ (略 )… … 彼女 は楊大奥 さんに自分 のた めに一人 の家庭教師 を雇 って貫 った。授業 を 補 習 し,大 学受験 に備 えるため とい う口実であっ た。大 学 を まだ卒業 してない ,朱 とい う人 物 が や って きた。 この朱先生 は容貌 は普通 だったが
,年が若 か った。家 に入 った途端 ,彼 女 に捕 え られ た みた いだ った。久 しか らず して ,彼 女 は身 籠 もった。/子供 は処分 した。彼女 自身 は決 して朱先 生が好 きで はなか った。彼女 はすで に彼 と一緒 に な る気持 ち はな く,楊 家 の人 は適 当に彼 を詳 めさ せた。彼 らは自分 の家 の娘が大学 の学生のために 準備 された もので はない と考 えていた。
(這30
い くらか「秘密」めいた彼女の「真実」は ,最
そ して続 けて ,麗 跡が文博士 に決めた理 由を
終的には「語 り手」が介入 し ,以 下のように明
彼女の側か ら明 らかにしてみせ る。
老舎 『文博士』試論 (渡 辺
)文博 士 が や って きた の も実 にタイ ミングが 良 か った。麗琳 の 目には
,男性 はみなほ とん ど同 じ だ と写 っていた。ただ
,学位 さえ持 ってい る とい うことで,彼 女 自身 と全家族 を納得 させ る ことが で きた。 …… (略
)・……彼女 は文博士 を手放 す こ とはで きなか った。た とえ彼 が もっ と醜 くとも我 慢 しな けれ ばな らなか った。彼 女 は もう待 て か なった。…・ ・ ・ (略
)・・―・極 めて細 かい 目の網 を張 っ て いた。文博 士が顔 を出 した途端網 の中 に落 ちて しまったのだ。もち ろん
,文博 士 は これ を幸運 だ と考 えていた。
(と3D
ここまでは ,読 者 はい くらか不安 は抱 きつつ
,文博士の側 に居た。 しか し , このように 「真実」
が明 らかにされ ると ,語 り手 によって事実が明 らかにされた ことで ,読 者 は事実 を知 ってお り
,ただ文博士だけが事実 を知 らない とい うことに なって しまう。 ここに来て ,読 者 は文博士 とは 明 らかに違 う次元 に立た されたのである。
したがって ,こ れ以後 は ,文 博士 は一人 ,読
者の前で踊 り始 めることになる。いわば非常 に 滑稽 な人物 になって しま うので あ る。事 実 を 知 っている読者の前で ,事 実 を知 らない文博士 は ,麗 琳 をあ くまで「賢い」 と持 ち上 げ
,そし
て自分の主張 ,観 察のすばらしさを誇 ることに なる。だが
,それ は空虚 に響 き , もはや読者 に
対 して何の説得力 も無 くなっている。
しか し ,こ の , もはや「愚か」 に見 える文博 士が一方では ,確 かに麗琳 と一緒 になることで
,「金持 ち」の家のコネがで き ,前 節で述べた よう にそのコネで ,官 職 も手 に入れ ることがで きて いる。 これによって ,既 にある種の「力」 を手 に入れ ,彼 の意志で人 を辞 めさせた り ,人 の権 利 を奪 うこともで きるし ,「 過激 な思想や人」を 弾圧で きるようになっている。 しか も金持 ちの 娘 と結婚 した ことで無実の人 を憎 む ことも覚 え た。 こう考 えると ,確 かに滑稽 なのだが ,一 方 ではそれが滑稽 なだけに却 つて怖 いのである。
七
もう一点だ け ,「 一」で も少 し述べたが
,それ は ,こ の作品が物語の最後 まで行 って更 にもう 一度冒頭 に帰 ってい くように創 られていると考 えられ るとい うことについてである。作者 は少 な くともこの作品を意図的にそのように組み立 てているのではないか。ではもし ,最 後 まで読 んで全体 を理解 した とき本当の意味や可笑 しさ が分かって くるのであれば ,例 えば作品の冒頭 にある ,解 釈不充分の ,以 下の文博士の意見 は どのように解釈すればよいのか。 これに答 えて お く必要があろう。
西 門或 いは南門 を通 るたび に,あ の壊 れた城楼 や城壁 の砲弾 の痕 を見,文 博 士 は まるで料理 の中 の蝿 を食 べ た みた い な吐 き気 を感 じた。吐 き気 だ。悲 しみで はない。文博 士 は決 して五三惨 案 を 記 ′
臆 してお くこ とに熱心 で ない こ とはなか った。
そ うで はな く,彼 は こんな壊 れた もの をいつ まで も大通 りに置 いてお くべ きで はな い と感 じてい るのだ。修理 で きるの な ら修理 し
,できないのな らばい っそ壊 して しまえばい い。修 理 もで きな い
,壊し もしない,こ んな ところに中国の希望 の な さが現 れてい る。
(滋30
文博士 は ,作 品の最後 の場面で ,既 に官職 を 得て
,召集 した最初 の会議で事務所の問題 を取 り上 げ ,事 務所 をの一角 を占領 している他の団 体 を追 い出 し「内外 を全てにペ ンキを塗 り ,一
時 に大改造 は無理 として も ,少 な くとも床板 と 取 り替 え ,水 洗 トイレを設置 し ,幾 つかの事務 机 とカー ドボ ックスな どを注文 しなければな ら ない」律
3のとぃ ぅ提案 をす る。文博士 はこれ らが 必要な ものであるとい うことは「アメ リカのや り方 と体裁 を もって裏付 け られ る」
(と30と して いる。
このような事例から考 えると