漏 契 に見 る中 国哲学 史研究 の方法 論(樋 口)99
焉 契 に見 る中 国哲 学 史研 究 の方 法 論
は じめ に
二 弁 証論 理研 究 の特 色 三 中国哲 学史 研究 の方 法論 四 中国哲学 史 に見 る弁 証論理
(1)中 国古代 の弁 証論理 の形 成 (2)唯 心 と唯 物
五 お わ りに
=樋 口 勝
一 ・ は じ め に
!N'契は現代 中 国にお け る著名 なマ ル クス主義 哲学 者で あ り、哲学 史家 で あ る。40年 代 に清 華 大学 及 び大 学 院 を卒業 、 そ の後 三 つ の大学 を経 て、50年 代 末 か ら上 海 の華 東 師範 大 学 で25年 間 にわ た って教 育 ・研 究 に従 事 した 。 漏 契 の中 国哲 学 史方 面 の代 表 作 で あ る 『中 国 古代 哲 学 的 濯 輯 発 展 』 は、50 年 代 に構 想 を練 り、60年 代 に な って執 筆 を開始 した が 、 文 革 中 に そ の草 稿 や 資料 を 消失 させ られ 、文 革 終 了後 、新 た な構想 の下 で再 執 筆 し、84年 に 出版 され た 著作 で あ る。漏 契 は 、華 東 師範 大学 在職 中 に この書物 を始 め 、数 多 くの弁 証 論理 研 究 に 関す る書 物 を著わ した 。 それ ゆ え、 漏 契 が逝 去 した (95年)現 在 も、漏 契 の中 国哲 学 史及 び哲 学 研 究 の伝 統 は 華東 師 範 大 学 で 継承 され てい る。一 説 に よ ると、 中 国哲 学研 究 の方 法論 の伝統 は、現 在 で は
「清 華 派 」 と 「漏 契派(華 東 師範 大学)」 に残 され てお り、清 華 派 は解 釈 や
訓 詰 中 心 の 伝 統 を 有 し、 漏 契 派 は 哲 学 理 論 を 重 視 す る傾 向 が あ る と 言 わ れ て い る。
中 華 人 民 共 和 国 成 立 後 の 中 国 哲 学 史 研 究 を概 観 す る と 、78年 の 第11期 三 中 全 会 を 境 に前 後 に 二 分 さ れ る。 そ して78年 以 前 で は4期 に 区 分 され 、 第 1期 「(1949〜1956)に は 、 杜 国痒 著 『先 秦 諸 子 思 想 概 要 』、 楊 栄 国著 『中 国 古 代 思 想 史 』、 侯 外 盧 主 編 『中 国 思想 史 』 な どが 出版 さ れ て い る。 この 時 期 は 、 新 中 国 が 成 立 し 「百 家 争 鳴 」 「科 学 へ 進 軍 」 と い う ス ロー ガ ン に 象 徴 さ れ る よ う に 、 比 較 的 自 由 な環 境 の 中 で 研 究 に 没 頭 で き た 時 代 で あ った 。 第2 期(1957〜1965)は 、 当 初 は 反 右 派 闘 争 、 後 に文 革 へ と推 移 す る時 期 で 、
次 第 に 階 級 闘 争 の 緊 張 が 高 ま り極 左 的 傾 向が 顕 著 に な るが 、 そ の 中 で も薦 友 蘭 『中 国 哲 学 史 新 編 』、 張 岱 年 『中 国 哲 学 大 綱 』、 任 継 愈 『漢 唐 中 国 仏 教 思 想 論 集 』、 『杜 国 痒 文 集 』、 趙 紀 彬 『困 知 録 』 な ど が 出 版 さ れ た 。 第3期
(1966〜1976)は ま さ に文 革 の 時 期 で 、 「儒 家 は反 動 、 法 家 は 進 歩 」 と い う 単 純 な基 準 で 価 値 判 断 され 、 科 学 研 究 が 不 可 能 な 時 代 で も あ った 。 第4期
(1977〜1978)は 文 革 終 了 後 か ら三 中 全 会 ま で の 二 年 間 で あ り、 研 究 者 が 中 国研 究 に復 帰 で き る よ う に な った 時 期 で あ る。 そ して 、 三 中 全 会 以 降 、 中 国哲 学 史 研 究 は 中 国 哲 学 発 展 の 規 律 を 探 求 す る こ とが 可 能 に な った 故 に 、学 術 水 準 も 向 上 し、 特 色 あ る著 作 が 出版 され る よ う に な った 。 漏 友 蘭 『中 国哲 学 史 新 編 』、 任 継 愈 主 編r中 国 哲 学 発 展 史 』、 凋 契 『中 国 古 代 哲 学 的 濯 輯 発 展 』(以 下 、 『濯 輯 発 展 』 と略 称)、 孫 叔 平 『中 国 哲 学 史 稿 』、 北 京 大 学 哲 学 系 編 『中 国 哲 学 史 』、 中 国 人 民 大 学 哲 学 系 編 『中 国 哲 学 通 史 』 な どが 挙 げ ら
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れ る。
{,契 は新 中 国 以 後 の 中 国哲 学 史 研 究 を概 括 して 、 次 ぎ の よ う に述 べ て い る。
「解 放 以 後 、 中 国哲 学 史 研 究 は 大 き な成 果 を 収 め て き た が 、 極 左 路 線 に よ る 干 渉 、 破 壊 もひ ど く、 今 だ に多 くの教 条 が 私 達 の頭 脳 を束 縛 して い る こ と は 否 定 で き な い 。 これ ま で(1979年 以 前)出 版 さ れ た 著 作 の 中 で 、 極 左 思 潮
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の影響 か ら、階級 分析 を基 準 に して唯物 主義 と唯心 主義 の闘争 とい う単純 な 図式 が形成 され て しま った。 これ らの現象 は 、明 らか に 『具 体状 況 を具 体 的 に分析す る』 とい うマル クス主義 の要求 と相反 す るものであ る」 と。 そ して、
哲 学 史 におけ る具 体 的分析 に必要 な問題 点 を 、階 級 分析 と唯 心主 義 に対 す る 評 価 問題 に分 け て説 明 して い る。 階級 分析 に関 しては 、哲学 は 自然科学 と社 会 科学 の総括 であ り、階級 闘争 、生 産 闘争 、科学 実験 は哲 学 の源 泉で あ るか ら、階級 闘争 の分析 のみ で な く、 自然科 学 の知識 の発 展 にっ いて も考慮 しな けれ ば な らない。 また 、時代 が違 え ば階 級矛盾 も相違 す るので あ るか ら、階 級 分析 も単純 化す る ことはで き ない、 と言 う。 更 に、唯心 主 義 にっ い ては、
一 定 の歴史 の条件 下 で重大 な影 響 を与 えた唯 心主 義 の体 系 は、人 類 の認 識 に
と って必要 な過程 、条 件 で もあ るか ら軽 視す る こ とは で きない。具 体 的 に分 析 して こそ、唯心 主義 を理 解 で き、そ の積極 的 な成果 や教 訓 を吸 収す る こと
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が で き る、 と主 張 して い る。
n.,契は 、 『濯 輯 発 展 』 の 後 記 で 、 「私 は この 書 物 を 再 執 筆 す る 中 で 、60年 代 初 め の 草 稿 段 階 に見 られ た 『左 』 の 思 想 的 影 響 を 出来 る限 り排 除 す る こ と
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が で きた。 これ が 、私 自身 、最 も満 足 してい る点 で あ る」 と告 白 してい る。
確 か に、漏 契 の 『濯 輯 発展 』や哲 学 史関 連 のそ の他 の著作 を見 る と、前 述 し た階 級分析 や 唯心 主義 へ の評価 問題 をは じめ 、古代 か ら近 代 に至 るまで のそ れぞれ の思想 を、形式論理 と弁 証論理 を 中心 に 「具体 的状況 を具体 的 に分析 」
し、そ の発 展 の系 譜 を科 学 的 に跡 付 け て い るこ とが窺 え る。
で は、 なぜ漏 契 の 中国哲学 史研 究 の方法 論 を取 り上 げ るのか。 それ は、一 つ には 日本で ほ とん ど漏 契の方法 論が取 り上 げ られ て こなか った か らで あ る。
これ は あ る面 で は、 日本 の学 術 界が マル クス主 義 史観 を承 認 しない体質 と関 連 が あ る と思わ れ る。 また 、 いわ ゆ る 「智 恵説 三篇 」 と言 われ るn+・契 哲学 の 主 要 な著作 が 、 漏契 死 後 の96年 に編 集 ・出版 され たた め 、 まだ 漏契 哲 学 の 価 値 が知 られ てい ない こ とに も よるで あ ろう。 しか し、近年 の中 国の学術 界
で 次第 に評価 を得 て きてい る方 法論 を研 究す る ことは、学 術交 流 をす る上で 舞 台設 定 に必要 な ことと思われ るので あ る。 二っ 目は、文 革後 の哲学 史研 究 が極 左 的傾 向 を脱 し、科学 的方 法論 によ って中 国哲学 史 を論 述 してい るか ら で あ る。 特 に、漏 契 の方法論 は 、マル クス主義 の立場 か らの分析で はあ るが 、 そ の哲学 は 「中華 民族 の優 良 な伝 統 を継 承 し、伝 統 の中の科 学性 、民主性 の 要 素 を取 り出 し、発 揚 す る」 精 神 を包含 し、「哲 学 の理 論 思惟 方 法 に よ る世
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界 の把握 は、時代 精神 の精華 で あ り、民族 的伝統 の精華 で あ る」 と意 義付 け、
科 学 的分 析方 法 に基づ いて真理 を探 求す る精 神 を有 して い るか らで あ る。 つ ま り、前 述 した よ うに、弁 証論理 に基 づ い てそれ ぞれ の思想 を全 体 の哲 学 史 の 中で位 置付 け 、哲 学 発展 の規 律 を提 示 してい る。そ して、そ の中 か ら中 国 の優 良な伝 統 を把握 し、更 にまた 、弁 証 論理 の真理 性 を証 明 しよう と して い る。要 す るに、 中国哲学 史 の 中で弁証 論理 の方法 を運用 し、且っ 中 国哲学 史 を通 して弁 証 論理 の必要 性 を論証 して い るので あ る。
三 点 目は 、如何 にそ の哲学 理論 を現 代 に生 かす のか 、 とい う視 点 を持 って い るか らで あ る。 漏契 は 、マル クス主 義哲学 を中心 に、中 国伝 統哲 学 と西洋 哲 学 の融合 、す なわ ち文 明問対話 の促進 を企 図 し、如何 に中国 の社会 主義建 設 に役 立 て 、文 明の発展 に寄 与す るか、 更 には真 理 の探 求 を通 して如何 に世 界 秩序 を確 立 してい くかの視 点 を持 ってい る。 そ の意味 で は、私 の研究 テー マで あ る現代 新儒 学 との志 向性 と一致す る。 特 に、杜 維 明 は、文 明間対 話 、 宗 教 間対 話 の必要性 を強調 し、 マル クス主義 との対話 にっ いて も 「儒学 はマ ル クス主義 との対 話 を推進 し、 その 中か ら合 意点 を見 出 し得 るか 」 と述 べ て{5)
い る。杜 維 明は こ こで は、社 会 ・政 治 ・経済 の次 元 で のマ ル クス主義 との対 話 の必要 性 を説 くが 、西洋 文 明 の挑 戦 に対す る儒学 の応 戦 とい う図式 か ら見 て も、 中 国哲学 にお け る弁 証論理 の発展 や マ ル クス弁 証論 との比較 を行 う こ とは 、哲学 理 論 を現代 に生 かす 上 で重要 な ことで あ る。
本稿 で は、以上 の趣 旨か ら漏 契 の方法 論 を見 て い く予定 で あ るが 、 そ の中
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で 漏 契 が 一一貫 して 強 調 して い る の は 、 科 学 性 と い う点 で あ る。 今 後 、 中 国 に お け る マ ル ク ス主 義 あ る い は 唯 物 史 観 との 対 話 を 展 開 す る場 合 、 漏 契 が 言 う こ の科 学 性 の 問 題 が 焦 点 に な るで あ ろ う。 そ の 意 味 で 、n,・契 の 方 法 論 の 中 で 見 られ る思 想 評 価 の特 徴 、す なわ ち どの よ う な科 学 性 を根 拠 に評 価 す る の か と い う点 にっ い て も論 及 す る こ と に な る と 思 う。 た だ 、筆 者 は 論 理 学 や マ ル ク ス 主 義 哲 学 の研 究 者 で は な く、 また{,,,;契研 究 にっ い て も初 学 の 段 階 に あ る の で 浅 薄 を恐 れ るが 、 本 稿 を 通 して 中 国 哲 学 に お け る比 較 文 化 研 究 の 方 法 論 を探 求 す る 一 助 に なれ ば幸 い で あ る。
二 弁証論理研究の特色
漏 契哲 学 の特徴 は、何 と言 って も弁 証論理 にあ る。彰満 漣 は、そ の漏契 の 弁証 論理 面 で の成 果 と貢献 を次 ぎの4っ に集約 して い る。
1、 弁証論 理が科 学的存在 で あ る ことの客観 的必然 性 と必要 性 を論 証 した。
2、 弁 証論 理研 究 の手 順 と方法 を科学 的 に明 らか に した。
3、 中 国古代 の弁 証論理 の誕生 とそ の発 展 にっ い て探 求 した 。
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4、 弁 証 論 理 の 一 連 の基 本 原 理 につ い て 論 じた 。
この 漏 契 の成 果 に 基 づ い て 言 え ば 、 本 稿 で は 主 に3番 目にっ い て 扱 う こ と に な るが 、 そ れ ぞ れ の成 果 は 独 立 して い る も の で は な く、 相 互 に依 存 関係 に あ る の で 、 まず 漏 契 の弁 証 論 理 に お け る理 論 面 の概 略 を 合 わ せ て 見 て い く こ
と に した い 。
(1)弁 証 論理 の科 学性
漏契 は まず 、哲学 の特 徴 を次 ぎの よ うに述 べ て い る。「哲学 は科 学 で あ り、
また 自然科 学や 社会 科学 の総 括 とま とめ で あ り、そ の特 色 は 、理 論 と思惟 で 世 界 を把握 す る ことにあ る。 この点 か ら言 えば 、哲学 は道 徳 や宗教 や 芸術 な
どと相違 す る。哲 学 は科学 の成果 を概括 し、厳 密 な論理 によ る論 証 を行 い、
対 立す る哲学 体系 との闘争 を経 て 自己 を発展 させ る。 そ して再 び、科学 の発
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展 を促す ので あ る」 と。 更 に、哲学 と科 学 の重要 な接 点 は論理 学 と方法 論 で あ る、 また論 理学 には形式 論理 と弁 証論 理 が あ り、今 後 、科学 の発 展 に弁証 論理 研究 が重 要 な役割 を果 たす ことに な る、 と主 張 してい る。っ ま り、 これ まで 、特 に この百数十 年 間 にわた って、論理 学 を重視 せず 、論理 的 思考 がで き なか った故 に、独 断論 や形而 上学 が盛 ん にな り、迷 信 が形成 され る条 件 を 与 え て しま った。 今後 、迷 信 を打破 し、独 断論 に反対 し、社会 主義 の民主 や 科学 文化 の発展 を促 す た め には、実 事求是 を堅持 し、調査 研究 を重 視 しなけ れ ば な らないが 、そ のた め に も、弁 証法 に基 づ い て思 考 し、論 理 的 に論 証す
cap
る弁 証論 理 が 必要 に な る と言 う。50年 代 か ら70年 代 にか け て弁証 論 理 は否 定 され て きたが 、焉 契 は弁 証 論理 の科 学 が存 在 し、「弁 証 論 理 は否 定 で き な
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い」 こ とを繰 り返 し主 張 してきた ので あ る。
そ の客観 的必然 性 にっい ては、次 の ように言 う。r人 間が概念や 範疇 をも っ て現実世界 を把握 しよ うとす る時、次 ぎのよ うな矛盾 を抱 え てい る。 っ ま り、
思惟 形 式 は静止 して い るが 、私達 はあ る種 の方 法 で事物 の運 動 、変化 、発 展 を把握 しよ うとす る;こ れ らの思惟 方法 は抽象 的 で あ り、事物 を分解 して把 握 す るの で不完 全 で はあ るが、私 達 は これ らの方法 を も って具体 的事 物 の全 体 を把 握す る よう求 め て い る;こ れ らの 思惟 形 式 は有 限で あ るが、私 達 は有 限 な概 念 を も って無 限で 絶対 的 な認識 を求 め てい る(こ れ は全 て の科 学 の要
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求 で あ る)」 と。 そ して 、 こ の よ う な運 動 と静 止 、 抽 象 化 と具 体 化 、 有 限 と 無 限 な どの 矛 盾 は 、 無 限 の 前 進 運 動 の 中 で こそ 解 決 が で き る、 と言 う。 っ ま り、 人 間 は実 践 を 経 て 認 識 し、 概 念 を 形 成 す る。 そ して ま た 、 実 践 を経 て概 念 を検 討 、発 展 させ る も の で あ る。 例 え ば 、 あ る問 題 に っ い て考 察 す る場 合 、 相 違 す る哲 学 と の 論 争 や 様 々 な観 点 か らの検 討 を 行 うが 、 そ の 中 で は 必 ず 論 理 的 に論 証 し、 不 断 に 検 証 して い く こ とが 必 要 で あ る。 そ れ に よ って 、 次 第
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に真理 と錯誤 の境 界 が 明 らか にな り、様 々な角度 か らの認識 によ って相 互 に
くユ1)
補 完 され 、偏 頗 を 克 服 す る こ とが で き る 、 と して い る。
(2)弁 証論 理研 究 の方法
前 述 したよ うに 、漏 契 は論理 学 に哲 学 と科 学 の接 点 を見 出 し、論理 学 の発 展 に よ って科 学 が発展 す ると見 る。 そ して、 その論理 学 には形式 論理 と弁 証 論理 が あ り、 これ まで重視 され なか った弁 証論理 の重 要 性 を主張 してい る。
で は、形 式論理 と弁 証論理 は、 どの よ うな関係 にあ るのであ ろ うか。1馬契は 、 っ ぎの ように言 う。 人間 は概 念 、判 断、推理 等 の思惟 を経 て世界 を把握 しよ う とす る時 、概 念 は必ず対 象 と対応 してい なけれ ば な らないか ら、思 惟形 式 は相 対 的 な静止状 態 で あ る。 この相 対 的 な静止状 態 の 中で 、具 体 的 な内容 を 捨 て て思惟形 式 に対 して考 察 をす るのが形 式論理 の科 学 で あ る。 しか し、客 観 世 界 の変化 法則 を把握 す るた め には、概 念 は必ず切 磋琢 磨 され 、霊 活的 、 能動 的 で、対 立 の 中で統 一 され なけれ ば な らない。 認識 の弁 証法 と現 実 の弁 証法 とを密接 に結 合 させ て、概 念 の弁 証運 動 を考 察す るのが弁 証 論理 の科学 で あ るQ弁 証 論理 で は、 思惟 が 内在 的 矛盾 の本性 に よ って引 き起 こされ る必 然 の運 動で あ る点 を把握 す る こと を求 め てい る。 ヘ ー ゲル は こ こか ら幻覚 に 陥 り、客観 的実在 を 自己運 動 の思惟 の産物 で あ ると見 な し、概 念 の外在 化 が 事物 の本質 で あ ると して しま った。 これ は主客転 倒 の世 界観 で あ る。 唯物 主 義 か ら出発 して弁 証 論理 を研究 す る場 合 、物 は私 達 の外 に存在 し、頭脳 が理 論 、思惟 を も って世界 を掌握 す る時 、客観 的実在 は頭 脳 と関係 な く、頭脳 の
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外 で そ の 独 立 性 を 終 始 保 って い る、 と説 明 して い る 。
また 、 弁 証 論 理 の方 法 につ い て 、 以 下 の よ う に 述 べ て い る。 弁 証 論 理 の 方 法 の基 本 は 二 っ あ る 。 す なわ ち筍 子 が 言 う 「弁 合 」 と 「符 験 」 一 各 事 物 の 分 析 と総 合 、 事 実 と検 証 で あ る。 っ ま り、 まず 分 析 と総 合 が 結 合 し、 具 体 的 な状 況 を具 体 的 に 分 析 す る こ と が 、 方 法 論 の 核 心 で あ り、 帰 納 と演 繹 の 統 一 、
論理 的方 法 と歴 史 的方 法 の統一 も、弁証 論理 の0部 なので あ る。 また、 唯物 主義 は それぞれ の分析 に対 し、事実 をも って検 証す る ことが要 求 され る。 こ
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れが弁 証 論理 の方 法論 の基 本原 理 で あ る、 と言 う。
た だ 、 こ こで注 意 を要 す る ことは、方 法論 と して の弁 証論 理 は 、決 して既 成 のモ デル を当 ては め る という こ とで は ない。弁 証 の方法 とは、事 物本来 の 状況 に基 づ いて事物 を理 解 す るこ とで あ り、そ の他 の主観 的 な成分 を付加 し
ない ことを意味 して い る。 それ が唯物 主 義 の基 本 的 な観 点 だか らで あ る。
(3)弁 証 論理 の基 本原 理
論理 思惟 の最 も本 質 的 な矛盾 は思惟 と存 在 の関係 で あ り、 これ を論理 学 の 側面 か ら言え ば、論 理 思惟 と客観 世 界 の変 化発 展 の法則 との関係 とい う こと に な る。論 理 思惟 が解決 しなけれ ば な らない最 も重 要 な問題 は、論理 思惟 は 果 た して客観 世 界 の統0原 理 と発 展 原理 、そ して具 体 的事物 の発 展法 則 を把 握す ることが で き るのか、 また で き るとす れ ば如何 にす るのか 、 とい う こと であ る。荘 子や ヒュームに見 られ る論理 思惟 に対 す る過 去 の哲学 者 の批判 は、
この 問題 をめ ぐって展 開 され て きたQ弁 証 論理 は唯 物 主義 の前提 の下 で 、論 理 思惟 は 、概 念 の矛盾 運動 を通 して、世 界 の統0原 理 、発展 原理 、客観 的 な 具体 的事 物 の発 展 の法則 を把握 で き ると肯 定す る。 これ が弁 証論理 の基 本原 理で あ り、 客観 的弁 証法 と論 理学 と しての認p論 の前i提で あ る、 と してい る。
また 、弁証 論理 の基 本原 理 は基 本方 法 で もあ り、概 念 の矛盾 運動 を如 実 に 把握 す る ことを求 め てい る。 それ は、前 述 した よ うに 「弁合 」(概 念 の矛盾 運 動)と 「符 験 」(唯 物 主義 が求 め る事 実 に よる検 証)を 通 して、考 察 対象 の矛盾 運 動 、変化 の法 則 を把握 す る ことで あ る。 この弁証 論理 の基 本原 理 を も って、認識 史や現 代科学 が提供す る思想 的材料 を全体 的 に考察す る ことが 、 演 繹 的分 析 で あ る。 それ は 、一 般 か ら個 別 、す なわ ち弁 証 論理 の一 般 的原理
か ら具 体 的 に思想 を考 察 してい く方 法 で あ る。1馬契 は、 この弁 証論理 の科学
!,契 に見 る 中 国 哲 学 史 研 究 の 方 法 論(麺 口)107
的方 法 を も って 中国哲学 史 を系統 的 に考 察 し、 中国古 代 の弁証 論理 思想 の誕 生 と発展 を描 いた ので あ る。 また 、逆 に中 国哲学 史 を分析 す る中 で、帰納 的 分析 方法 す なわ ち個 別 か ら一般 を導 き出す 分 析方 法 を も って、弁証 論理 の0 連 の原理 を導 き出 した 。弁証 論理 の研 究 方法 で は、分 析 をす る場合 、帰 納 と 演繹 の結 合 、個 別 と一般 の結 合 を必要 とす る。それ に よ って、論理 思惟 の 内 在 矛盾 を深 く理 解す るこ とがで き るので あ る。 この方 法 で弁証 論理 を研 究す る ことが、 マル クス主i義弁証 論理 にお け る一般 原理 と基本 原理 を系 統 的 に理
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解 す る こ と に つ なが り、 論 理 思 惟 の弁 証 法 を理 解 した こ と に な る 、 と 言 う。
弁 証 論 理 の 方 法 論 の基 本 原 理 と して も う一 点 大 事 な こ と は 、 論 理 の範 疇 の 問 題 で あ る。 漏 契 は 、 唯 物 弁 証 法 は弁 証 法 、 認 識 論 、 論 理 学 の 統 一 され た も の で あ る と 言 い 、 こ の基 本 的 観 点 か ら論 理 学 を見 る と、 論 理 学 は 認 識 史 の 総 括 で あ る と い う。 っ ま り、 認 識 と は 人 間 の 客 観 世 界 に対 す る反 映 で あ る。 し か し、 人 間 は 直接 、 完 全 に 自然 界 の全 て を把 握 す る こ とは で き ない 。 そ こで 、 人 間 は一 つ 一 つ の概 念 や 範 疇 、 一 つ 一 つ の 規 律 を 通 して 、 物 質 運 動 や 世 界 を 描 い て い る。 そ の 際 、 人 聞 は 概 念 を も って客 観 世 界 を把 握 す るが 、 概 念 は 言
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葉 によ って表 現 され る。論 理 の範疇 とは、人 間 が客観 世 界 を認 識す る際 に用 い る科学 の基 本概 念 の こ とで あ る。 例 えば 、生物 学 にお け る同化 、異化 、遺 伝 、 変 異 な ど、 政 治 経 済 学 に お げ る生 産 関 係 、 生 産 力 、所 有 制 、 価 値 な ど、
哲 学 に お け る物 質 と意 識 、 現 象 と 本 質 、 矛 盾 な どで あ る。 っ ま り、 範 疇 は 客 観 存 在 の 一 般 形 式 の 反 映 で あ り・ 認q過 程 の 段 階 で あ り・ 論 理 思 惟 の基 本 的 項 目で あ る。 一 つ の科 学 の 理 論 体 系 に は 概 念 構 造 が あ るが 、 そ の 理 論 の骨 子 は範 疇 に よ って構 成 され る。 そ れ ゆ え 、 科 学 の真 理 を把 握 す る た め に は 、 そ
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れ それ の範疇 の段 階 を経 なけれ ば な らないので あ る。
漏契 が提起 した論理 範疇 の体 系 は 、類 、故 、理 の三っ の順 序 に基づ いて展
くユの
開 した 以 下 の 内 容 で あ る。
1.類 の範 疇:同 一 と差 異,個 別 、 特 殊 と一 般,全 体 と部 分,質 と量,類 和
関 係
2.故 の範 疇:因 果 関係 と相 互 作 用,条 件 と根 拠,実 体 と作 用,内 容 と形 式, 客 観 的 根 拠 と人 間 の 目的
3.理 の範 疇…:現実 、 可 能 と必 然,必 然 と偶 然,目 的 、 手 段 と 当 然,必 然 と 自 由
漏 契 は 、 分 析 と総 合 の結 合 方 法 は 対 立 と統 一 の 規 律 の運 用 、 帰 納 と演 繹 の 結 合 方 法 は 「類 」 範 疇 の運 用 、 論 理 的 方 法 と歴 史 的 方 法 の 結 合 は 「故 」 範 疇 の 運 用 、 仮 定 と検 証 、 理 論 と実 践 の 統 一 は 主 に 「理 」 の範 疇 の 運 用 で あ る と考
え た 。
三 中 国哲 学 史研 究 の方法 論
漏契 は 『濯輯 発展 』 の緒論 で 、哲学 史研究 の方法 論 を述べ てい る。本章 で
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は 、それ に基 づ き概 略 を整理 してお きた い。
1馬契 の哲 学 史研究 の ス タ ンスは、 マル クス主 義 の唯物弁 証 法 を用 い て中 国 哲 学 史 を研 究す るこ とにあ る◎ 更 に言え ば、 マル クス主 義 の立場 、観 点 、方 法 を も って中 国哲学 の論 理 の発展 を研 究 し、科学 的 な中 国哲 学 史 の確 立 を試 み る ことに あ る。 そ して、 その 目的 は、社会 主 義現 代化 や共 産主 義 の人材 育 成 に資す るば か りで な く、 中華 民族 の優 秀 な伝統 を継承 し、伝統 の中 に見 ら れ る科 学性 や 民主性 の要 素 を取 り出 し発揚す る ことにあ る、 と言 う。前述 し た よ うに、中 国哲 学 史研究 は漏契 の弁証 論理 研究 の一環 で あ るが、緒 論 で は 中 国哲 学史 の中で如 何 に弁 証 論理 を運 用 して い くのか 、そ の注意 点 を四点 わ た って説 明 して い る。
(1)哲 学 史発 展 の根拠 の把握
弁証 論理 の研 究 に は、 まず 、矛 盾点 の把握 が 必要 で あ る。 っ ま り、哲学 の
/lam契に 見 る中 国哲 学 史 研 究 の 方 法 論(樋 口)109
発展 の根 拠 を その矛盾 に置 き、矛盾 の普遍性 と特 殊性 を連 結 させ て考 察す る の で あ る。
矛盾 の普遍 性 の面 か ら言 えば、哲 学 とは、他 の意識 形態 や科 学 と同様 に人 類 の社会 実践 に 由来す る。っ ま り、階級 闘争 、生産 闘争 、科学 実験 な どの社 会実 践 が哲学 の源 泉 であ る。 それ故 に、一面 で は 、階級 闘争 の理論 を歴 史 上 の哲学 思想 を分析す る指導原理 に しなければ な らない。一 方 、具体 的 な科学 、 特 に 自然 科学 の発展 にっ いて も考 察 し、両 者 を結 合 させ 、哲学 思想 の歴史 的 変遷 にっ いて研究 しなけれ ば な らない。 また、経 済 関係や 階級 関係 は哲 学 の 発展 を決 定す るもので あ るが 、哲学 へ の影響 は、 中間段 階で あ る政 治 思想 及 び倫 理 思想 を通 して生 じる もので あ る。 した が って、政 治思想 の闘争 や科 学 が宗 教迷 信 に反対 す る闘争 は、哲学 が前 進す る両輪 で あ る と言 う こ とがで き
る◎
この原 理 は普 遍 的 な原理 で あ り、 どの時 代 で も どの地域 に も適用 され るは ず で あ る。各 時代 にはそれ ぞれ の異 なる階級 矛盾 が存 在 し、 それ が意 識形 態 に反 映 され 、異 な る政治 思想 の闘 争 を生む 。各 時代 にお け る政 治 思想 の闘争 は、哲学 の発展 に対 して大 きな影 響 を及 ぼす ので あ る。 中 国 の春秋 戦 国時 代 で は 、「古 今」 や 「礼法 」 の争 いが地 主 階級 の社 会変 革 を反 映 し、哲 学 に大 き な影響 を与 えた。 例 えば 、孔 子 や老 子 は唯心 論 を も って保守 復 古 的 な政 治 を主張 し、墨家 や法家 は唯物論 を も って復古主義 に反対 してい る。近代 にな っ てか らは 、民衆 の対抗 勢 力 で あ る帝 国主 義 や封 建 主義 の問題 が 、 「古今 」 や
「中西」 を巡 る争 い と して展開 され てきた。 この論争 におけ る実 質的 目的 は、
如何 に西洋 に学 び 、 自己 の伝統 を批判 して救 国救 民 の真理 を見 出 し、民族 解 放 の道 を さ ぐりあ て るのかで あ った。 っ ま り、「古今」 と 「中西」 の争 いが 、 近代 哲学 の発展 を制 約 していた ので あ る。
また、 この二 つ の時代 にお いて、科 学が 宗教 や迷 信 に反 対 して きた闘争 も 軽 視 で き ない。例 え ば、墨家 や筍 子 の素朴 唯物 主義 の形 態 は、古 代 の 自然 科
学 と密接 に関連 してお り、厳復 の進 化 論 思想 は近代 西洋 の 自然科学 の上 に形 成 され た もので あ る。
秦 漢 か らアヘ ン戦 争前 まで の哲学 の発展状 況 は 、先秦 や近代 とあ る程 度様 相 を異 にす る。 そ こで は、地 主 と農 民 の矛盾 が封建社 会 の主 な矛盾 で あ った。
農 民階級 は 、封 建社会 の階級制 度 に反 対 し、封建 主i義の 「政 権 、族権 、神権 、 夫権 」 との闘争 を行 った。 意 識形態 面 で は、農 民が要 求す る平 等や 平均 の思 想 と封建 的 な等級 制度 との対立 に現われ てい る。 しか し、長期 にわ た る封 建 社会 にお いて、 唯物 主義 と唯心 主義 の闘争 は、農 民 が地主 に反 対す る階級 闘 争 の反 映 で は ない。 そ の哲 学上 の争 いは主 に地 主 階級 内部 で起 こ った もの で あ った。 で は、封建 社 会 にお け る哲学 発展 の根 拠 は何 か?そ れ は 、社 会 にお け る生 産 力 の発展 が 、科 学 によ る宗教 迷 信 に反 対す る闘争 を促 進 し、 それ に 次 いで社会 矛盾 が地 主階級 内部 の政 治 思想 の闘争 を促す もので あ った。 この 両者 を結合 して考 察す る ことに よ って、中 国封 建社 会 にお け る哲 学発 展 の根 拠 を把握 す る こ とが で きるので あ る。
要す るに、社 会実 践 は哲学 発展 の源 泉 で あ り、労働人 民 と革命 的階級 が社 会 実践 の主 体 で あ る。 この観 点 か ら中 国哲学 発 展 の歴史 的根 拠 を考察す る必 要 が あ る。 っ ま り、社会 存在 が社 会意 識 を決定す る とい う唯 物 史観 の普遍 的 原 理 か ら哲 学 の発展 を見 てい くので あ る。
一方、哲学 の特殊 矛盾 の方 面 か ら研 究す る必 要 もあ る。全 ての哲学 の根 本
問題 は、思惟 と存 在 との関係 の 問題 に概 括 され るが 、 それ はマ ル クス主義 の 哲学 の発展 に対す る総括 で もあ る。私達 が 中 国哲 学 史 を研 究す る際 には、 こ の問題 が 中 国史 の各段 階 で どの よ うに表 現 され てい るのか注 意 を要 す る。 中 国で は、先 秦時 代 は 、「天 人」「名 実」 の区 別が 哲学 の中心で あ った。r天 人」
の問題 は主 に天 道 観 と人 道観 が 争 点 で あ り、「名 実」 は主 に認 識 論 と論理 学 上 の 問題 で あ った。 この二つ の 問題 は筍 子 によ って総 括 され たが 、それ 以 降 も依 然 と して形 式 を変 えて論 争 が続 い て い る。r道 」 と 「物 」 の関係 の 問題
漏契 に見 る中 国哲学 史研 究 の方 法論(樋 口)111
も先 秦 で 提 起 され た が 、 そ の 後 「有 無(動 静)」 「理 気(動 器)」 の 問 題 に 発 展 した 。 魏 晋 時 代 に な って 、 「有 無 」 の 問 題 が 中心 に な り、 宋 明 で は 「理 気 」
の 問題 が 天 道 観 上 の 主 要 な問 題 に な って い る 。 っ ま り、 天 道 観 だ け 見 て も 、 時 代 が 違 え ば そ の 形 式 も異 な る の で あ る。 認 識 論 も 同 じで 、 「名 実 」 の 問 題 以 外 に も 「形 神 」 「心 物(知 行)」 の 問 題 も先 秦 で 提 起 され て い る。 漢 代 以 降 は 、 識 緯 思 想 に反 対 す る た め に 、形 神 の 問 題 は突 出 して い る が 、 仏 教 が 盛 行 して か らは 、 認 識 論 で 仏 教 を 駁 す るた め に 「心 物(知 行)」 の 問 題 が 中心 に な って い るQこ の よ う に 見 る と、 認 識 論 に お い て も哲 学 の 根 本 問 題 の表 現 形 式 は 各 時 代 で そ れ ぞ れ 相 違 して い る。
レー ニ ンは 、 思 惟 と存 在 の 関 係 は 客 観 的 にっ ぎ の 三 項 を 含 む と言 う 。 一 、 自然 界 す な わ ち物 質 世 界 、 二 、 主 観 精 神 す なわ ち人 間 の頭 脳 、 三 、 自然 界 が 人 間 の頭 脳 の 中 に 反 映 した 形 式 、 す なわ ち概 念 、 範 疇 、 規 律 等 。(レ ー ニ ン
『哲 学 ノ ー ト』)し た が っ て 、 天 道 観 に は 天 人 、 理 気 な どの 問 題 、 認 識 論 で は 形 神 、 名 実 な ど の 論 点 が あ り、 総 括 す る と物(気)、 心 、 道(理)と い う 三 者 の 関 係 が あ る こ と に な る。 程 朱 は 「理 在 気 先 」、 陸 王 は 「天 下 無 心 外 之 物 」 と 言 い 、 共 に精 神 を 世 界 の 本 源 に して お り、 唯 心 主 義 の 陣 営 に 入 る。 王 夫 之 は 「蓋 言 心 、 言 性 、 言 天 、 言 理 、 倶 必 在 気 上 説 、若 無 気 処 、 則 倶 無 也 。」
(『読 四 書 大 全 説 』)と 言 い 、 世 界 は 気 に よ って統0さ れ て い る と考 え る。 明 らか に 唯 物 主 義 の 観 点 で あ る 。 宋 明 期 で は 、 物 質 と精 神 は どち らが 根 源 で あ る の か にっ い て 、 「理 気 」 「心 物 」 の 問 題 を通 して展 開 して い た の で あ る。
思 惟 と存 在 の 同一 性 を 一 つ の 弁 証 的 発 展 過 程 か ら見 る と 、 そ の 中 に は 感 性 と理 性 、 絶 対 と相 対 、 客 観 規 律 性 と主 観 能 動 性 な どの 認 識 過 程 で 必 要 な段 階 が含 まれ て い る。 これ ら の段 階 で も矛 盾 を構 成 し、 一 定 の 条 件 の 下 で 哲 学 の 重 要 な争 点 に な って い る。 同時 に、 これ らの 問題 を論 じる際 に、 哲 学 者 は 皆 、 論 理 範 疇 を 工 具 と して一 定 の 方 式 で 自 己 の学 説 を論 証 し、 他 人 を 論 駁 しよ う
とす る。 こ の よ う に 、論 理 範 疇 と論 理 方 法 を め ぐ って 、 新 た な争 点 が 生 じて
くる。先 秦名 家 の 「堅 白」 「同異」 の区別 、董仲 舎予や 王充 の 「或使」 「莫為 」 の問題 、決定論 と非 決定論 の問題 な ど、す なわ ち論理範疇(「 類」 「故 」「理 」) と関連す る問題 は皆、哲学 の根 本 問題 に属 してい るので あ る。 以上 の ように、
哲学 の根 本 問題 は、 それ ぞれ の時代 にそれぞれ の異 な る表現 が あ り、 しか も そ の他 の従属す る問題 と関連 が あ るので 、必ず 具体 的 に考 察 しなけれ ば な ら ないので あ る。
以 上 、あ る面 では 、哲学 はそ の他 の科学 、 そ の他 の意 識形 態 と共 同の普 遍 的 な根拠 を持 つ。 私達 は 、そ の時代 の経 済関係 、 階級 関係 を反 映 して い る政 治思想 闘 争や 、生 産 力が発 展 した時 代 にお け る科学 の宗 教迷 信 に反対 す る闘 争 につ いて考 察 しなけれ ば な らない。0方 、哲 学 の発展 は、相違 す るそ の他 の科学 や 意識形 態 の特殊 な根拠 を持 つ ので、私 達 は この哲学 の根 本 問題 が各 時代 の 中で どの よ うに表 現 され るのか、 あ るいは この 問題 をめ ぐ って展 開 さ れ る矛盾運 動 につい て考 察す る必要が あ る。 この二つ を結 合 させ る ことによ っ て、哲学 の歴史 発展 を把握 す ることが で き る。 したが って、哲学 史 の定義 は、
人類 の社 会実践 を根 源 に して、主 に思惟 と存在 との関係 の問題 をめ ぐって展 開 された認 識 の弁 証運 動 であ る、 と言 うこ とがで きる。
(2)歴 史 的方 法 と論理 的方 法 の結合
歴 史的方 法 と論理 的方 法 を結合 して哲学 史 を考察す る と、哲 学 史が体 現 し て いる認識 の矛盾 運動 を見 る ことがで き る。っ ま り、哲学者 が論争 す るの は、
あ る問題 の矛盾 点 で あ るが 、 あ る矛盾 が生 れ それが 発展 し解 決す ると、新 た な別 の矛盾 が生 れ 、発展 し解 決 してい く… … とい うよう に、矛盾 は往復 循環 の中 で進行 して い く過程 で あ る。 この よう な過程 は、 ヘー ゲルや レー ニ ンが 表 現 した よ うに一つ の円周 、一 つ の螺旋形 の 曲線 に近 似 してい る。客観 的 な 矛盾 に対 して、人 間 は様 々な角度 か らの考 察 をす るが、 この矛盾 解 決 の闘争 を通 して比 較 的正 しい認 識 を持 っ ことが で きる よう にな る。 一つ の矛盾 の解
薦 契 に見 る中 国哲 学 史研究 の方 法論(樋 口)113
決 が 一 つ の サ イ ク ル と して表 現 され る の で あ る。 っ ま り、 古 い矛 盾 が 解 決 し、
ま た 新 た な 矛 盾 が 出 現 す る。 闘 争 と総 括 を経 て 一 つ の サ イ クル が 現 わ れ る の で あ る。 しか し、 単 純 な反 復 で は な く、 矛盾 の 闘 争 を経 て 、 そ の認 識 は 新 た な段 階 に 高 ま る。 そ れ 故 に 、 人 類 の認 識 は 、 螺 旋 形 状 に 上 昇 す る 曲線 の よ う に 発 展 して い くの で あ る。 哲 学 史 は 人類 の 認 識 運 動 の 秩 序 を体 現 して い る 。 そ れ は 、 素朴 唯 物 論 と素 朴 弁 証 法 が 結 合 した 段 階 、 機 械 的 唯 物 論 の段 階 を 経 て 、弁 証 的 唯 物 論 の 段 階 に発 展 した と い う こ とで あ る 。弁 証 的 唯 物 論 は 、 思 惟 と存 在 と の 関係 の 問題 を 科 学 的 に解 決 し、 ま た 出発 点 に復 帰 した と言 え る。
した が って 、 全 て の 哲 学 史 は 一 つ の 否 定 の 否 定 の過 程 で あ り、大 き なサ イ ク ル を 形 成 して い る 。 この 大 き な サ イ ク ル は 多 くの小 さ な サ イ ク ル に よ って 成
り立 って い る の で あ る。
中 国古 代 哲 学 は 陰 陽 説 か ら始 ま り、 先 秦 に は 「天 人 」、 「名 実 」 の 問 題 が 争 点 に な った 。 そ の 後 、 筍 子 に よ って 比 較 的 正 確 な総 括 が 行 わ れ 、 素 朴 唯 物 論 と 素 朴 弁 証 法 の統 一 が な され た 。 そ れ は 一 つ の 問題 が 解 決 され て 、 新 た な 問 題 が 提 起 され る 出 発 点 に戻 った よ う な状 態 なの で 、 一 つ の サ イ ク ル を完 成 し た と も言 え る の で あ る。 秦 漢 以 降 で は 、 「有 無 」、 「理 気 」、 「形 神 」、 「心 物 」 な どの 問 題 に関 して 、 王 夫 之 が 比 較 的 正 確 か っ 全 面 的 な総 括 を 行 って お り、
更 に0段 上 の レベ ル で 素 朴 唯 物 論 と素 朴 弁 証 法 が 統 一 され 、0っ の サ イ クル を 形 成 して い る。 した が って 、 中 国古 代 哲 学 に あ って は 、 主 に この 二 っ の サ イ ク ル が あ り、 そ の 中 で ま た い くっ か の 小 さ なサ イ ク ル に分 か れ て い る。 つ ま り、 この サ イ ク ル が 哲 学 史 発 展 の段 階 で あ り、 一 つ の サ イ ク ル を経 る ご と に哲 学 は進 歩 す る の で あ る。 した が って 、 全 過 程 か ら概 観 す れ ば 、 螺 旋 形 状 的 な 曲線 を 描 き な が ら進 歩 して い る よ う に見 え るの で あ る 。
(3)科 学 的 な比較 方法 の運 用
比較 を用 い て哲学 史 を研 究す る方 法 は、西洋 です で に使用 され てい る方法
で あ る。 しか し、 こ こで言わ ん とす る ことは、西洋 のよ うに西洋哲 学 史 を一 っ のモ デル と して、単純 に中 国哲 学 史 に当 てはめ る方法 で は な く、科学 的 な 比較 方 法 で あ る。
科 学 的 な比較 方法 には二っ の面 あ るいは段 階 が あ る。 一っ は 、異 な る過程 や領 域 、 あ るい は異 な る段 階 を比 較 し(類 比)、 更 にそ の 間 にお け る本 質 的 な同一 点 と相 違 点 を比較す る。二 つ 目は 、事 物 や過程 自身 の内部矛 盾 を比較 す る。(対 比)過 程 に対 す る矛盾 分析 や 対比 を行 う こと によ って、異 な る過 程 間 の対 比 を行 う ことが で き る。 また 、異 なる過程 の類 比 を行 う ことは、考 察す る過程 にお け る矛盾 を把握 す るの に役 立 っ ので あ る。
例 え ば、 中 国の先秦 哲学 と ヨー ロ ッパ の近代 哲学 を比較す る と:
欧 州近 代 中 国 ・春秋 戦 国時代
①資産 階級 に よ る革命 時代 地主 階級 の革命時 代
② 機械 的唯 物論 の段 階 素朴 唯物 論 の段階
とい うよ うに、両者 は本質 的 には相違 す るが 、類 似 点 も認 め られ る。 それ は 典 型 的 な革 命時 代 で あ ると共 に、哲学 と科学 が 急速 に発 展 した時 代 で もあ っ た点 であ る。っ ま り、 中 国の先秦 と欧 州近代 は共 に、階級 闘 争す なわ ち政 治 思想 闘争 が哲 学 を制 約 し、哲学 革 命が政 治 の変 革 の先導 にな る とい う規 則性 が 比較 的鮮 明 に現わ れ た時代 で もあ った。欧 州近 代 の進歩 思想 家 は封建 主 義 や神 学 に反対 し、 イギ リスや フラ ンスの唯物 主義 か ら ドイ ツの古典 哲学 、 あ るいは ロシアの革命 民主主義哲 学 に至 る まで、 また唯物 論が 唯心論 に反対 し、
科学 が宗 教 に反対 した闘争 に至 る まで 、皆 、資産 階級 によ る政 治 革命 の世論 形成 に影響 を与 えた。 中 国先秦 の地 主階級 の哲 学者 は、奴隷 制 に反 対 し、宗 教 ・迷 信 に反 対 す る とい う傾 向が あ った。r古 今 」、「礼 法」 の 問題 は、唯 物 主義 と唯 心主 義 との 闘争 とも関 係 してお り、地 主 階級 の変 法や 統0し た中央 集権 国家 の確 立 に理 論 的 な根 拠 を与 え、哲 学 の革命 も政 治変 革 の先 導 を果 し た ので あ る。
漏 契 に見 る中 国哲 学史 研究 の方 法論(樋 口)115
また 、例 え ば、欧 州哲学 史 の総体 か ら見 る と、素朴 唯物 論 と素朴 弁証 法 と の結 合 の段 階、 そ して機械 的 唯物 論 の段 階 を経 て、最 終 的 に弁 証 唯物 論 の段 階 に達す るので あ るが、 これ は人類 におけ る認識 運動 の大 き なサ イクル の完 成 で あ り、世 界 の哲学 史 発展 の普遍 的規 律 で あ る。 中 国で も同様 に この普遍 的規 律 に したが って きた が、 また特 殊性 も有 して い る。 それ は、特 に中 国近 代 に現わ れ る。 中 国で は 、機械 的唯 物 論 が18世 紀 フラ ンス の よ うな高度 な 唯物 論 まで には至 らず 、完 成 され た体系 を確 立 で き なか った。 中国近代 哲学 史 で は、進化 論 が機械 的唯 物論 に と って替わ った ので あ る。 また五 四時 期 に な って、一時 、百 家争 鳴 を呈す るが、 中 国の無産 階級 が政 治 的力 を有す るに 随 って、 マル クス レー ニ ン主義 が広 ま り、最 終的 に弁 証唯 物論 と歴 史唯 物論 の段 階 に至 った ので あ る。
(4)発 達 した高度 な段 階 か らの歴 史 の回顧
歴 史 を学ぶ ことは、歴 史 を回顧す る ことで あ り、批 判 的 に総 括す る こ とで あ る。方 法論 か ら言 えば 、歴史 的遺 産 に対す る批 判的 な総 括 は 、発達 した 高 度 な段 階 の立場 か ら回顧 しなけれ ば な らない。つ ま り、弁証 唯物主 義 の立場 、 観点 、方 法 か ら哲 学 史 の発 展 を把握 す る必要 が あ る。
では 、高度 な段 階 か ら歴 史 を回顧 す る時 、私達 は そ こか らどん な成果 と教 訓 を汲み 取 る ことが で き るの だ ろ うか。 哲学 史 の主 な成果 は弁 証法 と論 理学 で あ る。 一時 代 の哲学 の発 展 が どの レベル に達 した か は、思惟 と存 在 の関係 の 問題 を解決 した レベ ル に よ って見 る ことが で き るが 、 この弁 証 法 の問題 は 二点 注意 を要す る。第 一 に、 中 国哲学 史の 中か ら積 極 的 な成果 を汲 み取 る場 合 、以下 の考 察が 必要 で あ る。 まず 、唯物 主義 の下で 、 また認 識 の弁証 法 の 上 で どん な貢献 を した か。論 理学 で は 、矛盾発 展 の論理 範 疇 の面 で、 どん な 新 しい研 究が あ るか。 方法 論 の面 では 、 どん な価値 あ る見解 を有す るか。 天 道観 と人道観 の面 で 、 どん な客 観的弁証 法 の原理 や合理 的要 素 を提 出 したか 、
な どで あ る。 これ らは、認 識論 、論理 、客観 的弁 証法 の三 つ の面 か らの考察 であ る。
第 二 に、中 国にお い て も、 それぞ れ の哲学 体系 は先 秦時 代 にはす で にそ の 萌芽 が あ り、そ の後 の封 建社 会 の中で発 展 して きた ので あ る。 っ ま り、歴 史 上 、 どん な哲学 体 系で あ って も止揚 され てきた ので あ る。形 而 上学 や唯 心論 は否 定 され て きた し、素朴 な弁 証法 と素朴 な唯物 主義 も近代 科学 に よ って否 定 され て きた。 しか し、一っ の哲学体 系 には積極 的 な要素 と限界性 が混在 し、
互 い に関連 し合 ってい る もので あ る。 したが って、歴 史上 に影 響 の あ った哲 学体 系 は、 その ままで は そ の成果 を汲み 取 るこ とはで き ないが 、限界性 を批 判す る中で その積極 的 な成果 を汲 み 取 るこ とはで き るので あ る。 また 、 同時 に、限界 が あ るか らと言 って抹殺 す るので は な く、具体 的 に分 析 した 上で 、 そ の成 果 と教訓 を批 判 的 に継 承す ることが必要 で あ る。
四 中国哲 学 史 に見 る弁証 論理
前 章で は 、漏 契 の中 国哲学 史 に関す る方法論 を取 り上 げ て きた。 前述 した ことか らも分 か るように、漏 契 の哲学 史研 究 の方法 論や 弁証 論理 研 究 の方法 論 は複 雑 で あ る。複 雑 と言 うよ り、精 密 と言 った方 が適 切 か も しれ ない。 そ れ は、 あ る事物 の運 動 、変化 、発 展 の弁証 運動 を捉 え る ことの難 しさ と関連 が あ るよ うに思 う。
ア イ ンシ ュタイ ンは 「西洋科 学 の発 展 は、二 つ の偉大 な成 果 を基礎 に した もので あ る。 それ は、 ギ リシ ャの哲学 者 が発 明 した形式 論理 の体 系(ユ ー ク リ ッ ド幾 何学 の中 にあ る)、 及 び ルネ サ ンス期 の系 統 的 な実 験 を通 せ ば 因果 関係 を見 出す ことがで き る とい う発 見で あ る。 私 が見 ると ころ、 中 国の賢哲
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は こ の 二 つ の 道 を歩 ま な か った 」 と 言 う。 ま た 、 ニ ー ダ ム は 「ギ リシ ャ人 と イ ン ド人 が 早 くか ら形 式 論 理 を 取 り入 れ て い た 時 期 に 、 中 国人 は 弁 証 論 理 を
漏 契 に見 る中 国哲学 史 研究 の方 法論(樋 口)117
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発 展 させ て いた」 と言 う。漏契 は この二人 の言葉 に基 本 的 に賛意 を示 しなが ら、中 国哲学 史 の特 色 は弁証論 理 にあ った ことを強調す る。前述 した ように、
漏 契 は、哲学 の歴 史発 展 は0連 のサ イ クル と螺旋 形状 的 な曲線 を描 くと言 う が、 それ は哲学 が発展 し一つ の サ イ クル を完 成 させ る総括 の段階 に達 し、思 惟 が弁 証法 の領 域 に入 った ことを意味す ると してい る。
漏 契 は 、 中 国 で は 先 秦 哲 学 に お け る弁 証 論 理 の総 括 の 段 階 は 『筍 子 』、
『易伝 』 に見 られ 、 明清 期 で は王夫 之 に見 られ る と言 う。 そ こで本章 で は、
まず 、B子 を中心 に した弁証 論理 の運 用法 を見 るこ とに した い。 また 、思惟 と存在 の関係 は 、哲 学 の根 本問題 で あ る故 に、唯物 史観 で 常 に問題 に なる唯 物 主 義 と唯心 主義 の 問題 にっ い ても本章 で取 り上 る。 以下 、薦 契 の説 明 を見
てい くことに した い。
(1)中 国古代 の弁証 論理 の形 成
哲 学 の特殊 な矛盾 、す なわ ち思惟 と存 在 との関係 の問題 は、各 時代 に現わ れ る形 式 が 一様 で ない。 先秦 時 代 には、 それ が 「天 人」、 「名実 」 の 関係 と
して展 開 され た。
原 始期 の陰陽 説 を始 め と して、春 秋 後期 か ら戦 国初 め に なる と、孔 子、墨 子 、『老 子』 な どの諸 子 が起 り、「名実 の弁 」す なわ ち名称(概 念)と 実 在 と の関係 の問題 の論争 が展 開 され 、論理 学 の 問題 が考察 され るよう にな った 。 中で も、墨 子 が初 め て 「類 、 故 、理 」 の論 理 的範 疇 を提起 した 。r老 子 』 は 初 め て弁証 法 の否 定原理 を提起 し、弁証 思惟 の論 断形式 の問題 に言及 したが 、
『老 子』 の弁証 法 は 中途 で終 った。 そ の後 、戦 国中期 に百 家争 鳴 の時 期 に入 り、荘 子 が論理 思惟 に対 して批判 を行 う。荘 子 に よれ ば 、概 念 では具 体 的事 物 の変 化 法則 を把 握 で きない とす る。恵 施 、公 孫竜 らは名実 の関 係 をめ ぐっ
て 「堅 白同異 の弁 」 を展 開 し、論理 思惟 の矛盾 を露 呈 させ たが 、彼 らは これ らの矛盾 が 思惟 と思惟 が反 映す る事 物 の本 質 で あ る ことを理 解 して い なか っ
た。 論理 思惟 の発展 か ら言 えば 、荘 子や 誰弁 家 は一つ の必 要段 階 で あ った。
彼 らの批判 や矛盾 の露呈 によ って、論理 問題 の考察 は深 ま り、後期墨家 にな っ てそ の基 礎 の 上 に古典 的 な形 式 論理 体 系 が確 立 した。 戦 国末期 に、筍 子 と
『易伝 』 が それぞ れ名 実 の弁 に対す る総 括 を行 い、弁証 論 理 の基 本 原理 が提
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起 され た 。
筍 子 は 先 秦 哲 学 の 中 の三 つ の 主 要 な 問題 、す な わ ち 「古 今 」、 「天 人 」、「名 実 」 の 問題 に 対 して総 括 を行 った 。 筍 子 は 、 古 代 を論 ず る時 は 必 ず 現 在 の 事 実 に基 づ い て検 証 を得 る、 天 道 を論 ず る時 は 必 ず 人 事 の 上 か ら検 証 を得 る と い う こ と に長 け て お り、 唯 物 主 義 の 名 実 観 を用 い て 「古 今 」、 「天 人 」 の 問 題 を解 決 した 。 筍 子 は 、 名 実 の 関 係 の 問 題 に っ い て は 、 「貴 有 弁 合 」、 「貴 有 符 験 」 を説 い て い る。 前 者 は 正 確 な分 析 と総 合 を 経 る こ と、 後 者 は 理 論 は 必 ず 事 実 の 検 証 を得 る こ と を 意 味 す る。 こ の 両 者 を 行 う こ と に よ っ て、 知 と行 、 名 と実 の統 一 が 可 能 に な る。 筍 子 の こ の方 法 論 の基 本 原 理 は 、 分 析 と総 合 の 統 一 、 理 論 と事 実 の 統 一 を意 味 して い た 。
「貴 有 符 験 」 は 素 朴 唯 物 主 義 の 観 点 で あ り、 「貴 有 弁 合 」 は 素 朴 弁 証 法 の 思 想 で あ る。 筍 子 に よれ ば 、 分 析 と総 合 の 客 観 的 根 拠 は事 物 の 同 異 関 係 で あ り、
正 確 に 「弁 合 」 を行 う に は 、 正 確 に 「類 、 故 、 理 」 の 範 疇 を 運 用 し なけ れ ば な ら な い 、 と す る 。 後 期 墨 家 は 形 式 論 理 か ら 「類 、 故 、 理 」 を 考 察 して 、
「夫 辞 以 故 生 、 以 理 長 、 以 類 行 」(『墨 子 』 大 取)と 言 う。 っ ま り、 論 証 と論 駁 に 当 って 、 論 拠 を提 起 す るに は そ の理 由 が 必 要 で あ り、 論 理 的 規 律 と類 に 依 拠 した 包 摂 関 係 に基 づ き 推 理 しな けれ ば な ら な い と言 う。 そ れ に対 して 、 筍 子 は 、 弁 説 あ る い は 弁 合 の方 法 と して の範 疇 の 運 用 に 注 意 を払 って い る。
筍 子 は 、
弁 異 而 不 過 、 推 類 而 不 惇 、聴 則 合 文 、 弁 則 尽 故 、 以 正 道 而 弁 好 、 猶 引 縄 以 持 曲直 、 是 故 邪 説 不 得 乱 、 百 家 無 所 窟 。(『筍 子 』 正 名)
と 言 う。 そ れ に よ れ ば 、 第 一 に 事 物 の 差 異 を 間 違 い な く弁 別 す るに は 、 「類 」
{,契 に 見 る 中 国哲 学 史 研 究 の 方 法 論(樋 口)119
関 係 に基 づ い て逆 らわず に 推 理 す る;第 二 に 、 人 の 意 見 を 聞 きそ の 合 理 的 な も の は取 り入 れ 、弁 説 す る際 に は 、 全 体 的 に 道 理 を 明 らか にす る;第 三 に 、 綱 を も っ て直 線 を 計 る よ う に 「正 道 」 を も っ て姦 計 を 区別 す る、 と い う三 項 目を 用 い れ ば 、 一 切 の邪 説 と混 交 を 避 け る こ と が で き 、 諸 子 百 家 の 誤 謬 を 明 らか に で き る と い う。
ま た 筍 子 は 、 「類 、 故 、 理 」 の 三 つ の 範 疇 は 統 一 され た も の で あ る と考 え て い る。 筍 子 は 、 「類 不 惇 、 難 久 同 理 」(『筍 子 』 非 相)と 言 い 、 種 類 の 関 係 を乱 さ な けれ ば 、 同類 の事 物 に は 常 に 共 同 の 規 律 が あ るの で 、 類 の本 質 を 把 握 す れ ば 理 を 認 識 す る こ と が で き る と言 う。 更 に 、 「多 言 則 文 而 類 、 終 日議 其 所 以 、 言 之千 挙 万 変 、 其 統 類 一 也 、 是 聖 人 之 知 也 」(『筍 子 』 性 悪)と あ る 。 っ ま り、 聖 人 は 多 くの 道 理 を 主 張 す る が 、 終 日議 論 して も そ の 道 理 に 狂 い は
な く、 話 題 が 千 変 万 化 して も 一 貫 して い る。 筍 子 は この 一 貫 の道 を 「統 類 」 と呼 ぶ 。 筍 子 が 言 う 「推 類 而 不 惇 」 と は 、 主 に 種 属 関 係 に・基 づ き推 理 す る こ とで 、形 式 論 理 に逆 ら う こ と は で き な い と い う意 味 で あ る 。 ま た 「0統 類 」 とは 、聖 人 の 智 慧 の こ とで 、 全 面 的 に 一 貫 した 道 理 か ら問 題 を 見 て い くこ と を要 求 して い る。 筍 子 は 『非 十 二 子 』 の 中 で 、 子 思 や 孟 子 は 孔 子 の 一 貫 の 道 理 を知 ら な い の だ と批 判 して い る。
筍 子 は 「非 相 」 篇 で 「聖 人 何 以 不 可 欺 。 日 、 聖 人 者 、 以 己 度 者 也 。 故 以 人 度 人 、 以 情 度 情 、 以 類 度 類 、 以 説 度 功 、 以 道 観 尽 、 古 今 一 也 」 と 言 う。 これ は 、 『荘 子 』 秋 水 篇 の 「以 道 観 之 、 物 無 貴 賎 、 以 物 観 之 、 自貴 而 相 賎 」 と い う言 葉 に対 す る も の で あ るが 、 筍 子 は 「以 物 観 之 」 と 「以 道 観 之 」 を対 立 す る も の と は 考 え な い 。 「以 道 観 之 」 は 「以 類 度 類 」 で あ り、 「以 人 度 人 」 で あ り、 「以 物 観 物 」 で あ る。 っ ま り、 無 差 別 平 等 の 大 道 の 立 場 か ら見 れ ば 、 そ こ に差 別 は な い の で あ る。 筍 子 が 常 に 言 う 「以 一 知 万 」 と 「以 一 行 万 」 に は 二 っ の 意 味 が あ る。 一 っ は 「壼 於 道 而 以 賛 稽 物 」(『筍 子 』 解 蔽)、 っ ま り統 一 さ れ た 正 道 か ら万 事 万 物 を 考 察 す る こ と で あ り、 一 般 か ら特 殊 へ の演 繹 に
つ い て述 べ て い る 。 も う0点 は 、 「欲 観 千 歳 、 則 数 今 日、 欲 知 億 萬 、 則.,:.
二 」(『筍 子 』 非 相)。 っ ま り、 一 つ 二 つ の 典 型 的 事 物 に対 して 審 理 し研 究 す る こ と は 、 個 別 か ら一 般 を 引 き 出す こ とで あ り帰 納 で あ る。 こ の両 面 の 統 一 が 「以 道 観 之 」 と 「以 類 度 類 」 の統 一 で あ り、 演 繹 と帰 納 の 統 一 で も あ る。
『荘 子 』 秋 水 篇 の よ う に 、 「以 道 観 之 」 で あ る な らば 、 類 の 差 異 や 功 分(作 用)の 有 無 な どは 相 対 的 な もの に な って しま う 。 筍 子 に よれ ば 、「以類 度 類 」 で あ る な らば 、 類 の 差 異 は 秩 序 を 乱 さ ず 、 「以 説 度 功 」 で あ れ ば 、 功 分(作 用)の 有 無 を 論 証 す る こ とが で き る とす る。 した が って 、 そ うで あ る か否 か 、
あ る い は 是 非 な ど を混 交 す る こ と は な い 。r道 」 は 全 面 的 な真 理 で あ り、 道 を把 握 して い れ ば 、 道 理 を 説 き尽 くす こ と が で き る。 っ ま り、 た と え 見 た こ とや 聞 い た こ とが な い 事 で も 、 「統 類 」 を挙 げ て応 ず る こ とが で き る の で あ る。 筍 子 は 、聖 人 は 「古 今 一 也 」 と い う終 極 の真 理 を把 握 して い る とす るが 、 これ は形 而 上学 的 観 点 で あ り、 筍 子 も 「類 」 を凝 固不 変 で あ る と見 なす 傾 向 が 認 め られ る。 しか し、 「以 道 観 尽 」、 「以0行 万 」 と い う観 点 、 す なわ ち 道 と い う観 点 か ら全 面 的 に 問 題 を 見 て い く こ と を要 求 し、個 別 と一 般 、 帰 納 と 演 繹 の 統 一 を 要 求 して い る こ とか ら、弁 証 論 理 の 思 想 が 窺 え る の で あ る。
筍 子 は 、 当 時 の 多 くの学 派 は 道 理 を説 い て い る と言 う が 、実 際 は 「弁 則 尽 故 」 の原 則 に反 して い る と主 張 す る。 っ ま り、 彼 らは事 物 の 一 面 の み を 見 て 、 全 体 的 な 根 本 の 道 理 を 見 て い な い と 言 う 。 筍 子 は 、 正 確 に 弁 説 す る 場 合 、
「解 蔽 」 す な わ ち 人 間 の思 想 上 の主 観 的 な一 面 を 除 い て 、 客 観 的 に全 体 的 に 世 界 を 認 識 して い か な けれ ば な らな い と して い る。 筍 子 は0面 性 が 生 じ る原 因 を次 ぎ の よ う に 述 べ て い る。
故 為 蔽 。 欲 為 蔽 、 悪 為 蔽 、 始 為 蔽 、 終 為 蔽 、 遠 為 蔽 、 近 為 蔽 、 博 為 蔽 、 浅 為 蔽 、 古 為 蔽 、 今 為 蔽 。 凡 萬 物 異 則 莫 不 相 為 蔽 。 此 心 術 之 公 患 也 。
(『筍 子 』 解 蔽)
っ ま り、 客 観 的 に 欲 と悪 、始 と終 、遠 と近 、 博 と浅 、 古 と今 の 差 異 が あ り、