「解説」
日本と御船と中国四川の恐竜
御船の天君ダム近傍から恐竜化石が出始肱 てからもう7.年になる。専門の分野ではない といいながらずるずると発掘に携わってきたc 退官後の遊びと思っていたが、モンタナのマ イアサウラの産地やダイノソア・ナショナル モーニュメント採石場を初めとするユタ州の 産地や博物館、中国四川省へ、そして、5月 末にはワシントンの国立自然史博物館と、ニュー ヨークのアメリカ自然史博物館を再訪するこ とになった。自費で出かけたから随分投資し たことになる。と言う訳でもないが、私なり
に冷めた目で恐竜研究について感じたことを 記して:み たいと思う。あくまでも専門外であ り旅行者であることで、誤りがあれば許して いただきたい。また、『こ・こに記した3つの文
"は独立の形のものを併せて掲載したので、多 少重複する部分があるかもしれないことをご 了承いただきたい。
1.日本の恐竜
日本からも恐竜化石が、北は北海道から南 は九州まで各地で発見されるようになってき た。ところが、産地数がかなり多いのに、恐 竜化石は実に貧弱なものである。歯が一本と か、骨の破片が一個というような産地もあり、
あまりはっきりしない足跡産地というのもあ る。もちろん、頭骨が出たなどは一カ所もな い(不完全な下顎というのはあるが)。恐竜 は陸上に生息していたから、産出する地層は、
陸地の湖や河川で堆積した地層や風成層等の 陸成層が主で、河川が運んだ死骸が海岸まで たどり着き、埋まって海成層から出ることも ある。日本の恐竜は、現在すべて中生代の白 亜紀層から産出しているが、当時、日本海は 存在せず、アジア大陸にくっついていたから、
中国などと類似の恐竜が産出してしかるべき
− 2 −
田 村 実
である。韓国の慶尚南道や東北中国からも、
恐竜の産出は報じられている。日本産の恐竜 には肉食竜も草食竜もいる。恐竜ではないが 翼竜も産出する。しかし、既述のようにこれ らの資料はいかにも貧弱で、恐竜の属種を決 定できるほどのものはない。ステーキナイフ のように縁にギザギザがあるので肉食竜と同 定され、また、形から草食竜に、また、もう 少し詳しく角竜やイグアノドンの仲間だろう と決めることができても、それ以上に詳しく 決められないのが日本の恐竜であるoミフネ リュウなどの和名は、学名でないので特別の 規約がなく、みんなと言ってよいほど日本の 恐竜には和名が付いている。恐竜はマスコミ でも記事として取り上げるランクが高いそう で、和名がないと普及書や図鑑などで取り上 げにくいからでもあろう。恐竜のうちデイプ ロドークスは、骨の数が300くらいという。
恐竜の連結骨格の産出が多いアメリカでは、
30%以下の骨格は一人前の資料とは言えない らしい。ジュラ紀の巨大草食恐竜を多産する ことで有名なダイノソア・ナショナルモーニュ メント採石場や、モンゴルのゴビ砂漠で発見 される白亜紀の恐竜などでは、90%を越える 連結骨格の化石も多い。ダイノソア・ナショ ナルモーニュメントの採石場や、中国四川省 自貢市大山舗の恐竜発掘現場を見たら、日本 の恐竜研究をするのが嫌になるのは、私ばか
りではないだろう。
日本では、白山を取り巻く福井.石川・岐 阜.富山県に分布する手取層群のうちで、白 亜紀前期に属する地層からの恐竜産出が比較 的多く、福井県勝山市の北谷採掘場が有名で ある。他には、熊本県御船町天君ダム付近の 白亜紀中期の御船層群上部層を上げることが
できる。
画
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Ⅱ
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灘藤霊蝿拳識謹蕊蕊懲稽鰯琴
−3−
これら二箇所では採掘を行えば、何らかの 骨や歯の化石は採集できる。恐竜発掘ではユ
ンボなども使用するので、他のところでは計 画的な発掘は難しいようである。昨年、三重 県鳥羽市の海岸で白亜紀の巨大な竜脚類の頚 椎と頚束(けいきよく)、それに肢骨が一部 連結して見つかったが(中間報告書での骨に ついての説明と復元図が一致しないので、詳 細は解らないが)、恐らく死骸が海岸付近に 流れ着き、一部が化石となったものであろう。
m乳類では頚椎は7個と決まっているが、
肥虫類では20個近くあるものもあり一定し ない。巨大なマメンチサウルスなどは、一個 の頚椎が1mを越すものも多く、「世界一大 きい恐竜は何か」の議論では、完全な連結骨 格が出ないとはっきりしない。日本の恐竜研 究者が、日本の資料をもってアメリカに留学 して学位取得を目指したところ、指導教官か らこんな貧弱な資料では困難だと言われたと 聞いたことがある。
どうして日本から連結骨格が出ないかはよ く解らない。しかし、御船層群はもちろんの こと、四つの県に跨がる手取層群の分布地に しても、アメリカのジュラ紀モリソン層や、
ロッキー山脈に沿ってアメリカからカナダに 伸びる上部白亜紀層、また、中国やモンゴル の広大な恐竜産出層の分布地とは比べ物にな らない。これら外国の有名採掘場では、恐竜 骨格の地層中の産状がよく写真に戦ってい る。しかし、日本では恐竜産出が新聞で報じ られても、そんな写真はほとんど見ることが できない。
現在の日本は、湿潤気候で地表の植被がひ どく、さらに岩石が固くて複雑な地質構造を しているので、恐竜の発見が困難であると考 えられている。しかし、植物の繁茂がひどい 四川省では、連結骨格も多数産出しているこ とを考えると、産出層分布域の狭さの他に、
恐竜があまり住んでいなかったのかもしれな い。保存がされやすい歯や手足などの長骨は 断片的に産しても、連結骨格や壊れやすい骨
− 4 −
がほとんど産しないことから判断すると、恐 竜が生息していた所から、死後かなりの距離 を流されて来たと考えることはできるのでは あるまいかo
しかし、恐竜に対する日本人の興味は、 一 時ほどではないがなお衰えていない。金持ち 日本の外国恐竜展覧会は依然として多い。外 国の研究者の中には、日本は海外に出て、豊 富な資金力と優れた技術を使って、恐竜研究 に寄与すべきであると言っている人もいる。−
あまり産出が期待できない国内で費用をかけ て発掘するより、その方が効果的であること はもちろんである。現に、モンゴルに出かけ て成果をあげているところもある。悲観的な ことを述べる文章になってしまったが、それ を吹き飛ばす素晴らしい発掘のニュースを聞 きたいものである。
2・御船の恐竜化石と教材化
1990年3月23'日卒業論文のために、天君 ダム周辺の白亜紀御船層群上部層の地質調査 を実施していた池上直樹君が、ダム下流右岸 の道路の落石を割って、動物の左第二中足骨 を発見した。この報告を受けて同君と現場に 行き、落石の元の位置と考えられる山側の崖 から左第三中足骨を発見した。上部層の年代 は、白亜紀中頃であることはわかっているの で、これらが賄乳類であることは考えにくく、
恐竜であることはまず間違いないことで、新 聞とテレビの報道となった。
私は長年化石の研究をしてきたが、恐竜の 専門家ではないので、古脊椎動物の専門家で ある北九州市立自然史博物館の岡崎美彦さん に骨を見てもらった。博物館のジュラ紀アロ サウルスに較べると小さくて4mくらいの肉 食竜だが、中足骨は非常によく似ているとの ことで、アロサウルス類似恐竜ということに なった。
御船IIIJでも発掘に協力し、7月21日にユ ンボやダンプを提供していただいた。9時か ら発掘を始め、 1時になって左腰骨が見っ
かつた時は、正直なところほっとした。中足 骨があった所は、道路面から3mくらいのと ころで、地層は崖而に向かって右に30。くら い傾斜していたOそこを崩したら、下の方も 植被がとれて岩石面が露出したので、そこに 比較的化石が多い細篠岩層があることが解っ た。このとき第一または第二胸椎骨も発見さ れたが、あとで細喋岩からアロサウルス類似 肉食竜の歯と、角竜の歯が発見されている。
8月に入って、岡崎さんらの北九州自然史 博物館の人達が、上流の砂防ダムの下の河原 の転石の砂岩から右大腿骨、左緋骨と肉食竜 の歯を発見し、これらがダム下流の産地から のものと同じアロサウルス類似肉食竜である との連絡を受けた。
その後の調査で、この砂防ダムと天君ダム の中間点の川底の崖から、保存の良い肉食竜 の歯が発見され、さらに、そのあと中空の翼 竜の左第四指骨が、熊本博物館の北村さんに より発見された。この骨とつながる位置の中 手骨が、あとで我々により追加されたし、既 採集標本のクリーニングで、頚椎骨も見つかっ ている。また、イグアノドンの仲間の歯が発 見されている。
これらの化石のうち、初期の採集品では、
骨については岡崎さんが鑑定し、歯と調査全 般については私が、また採集については池上 直樹君があたったので、3人の連名で、1990 年12月21日に徳島で開かれた日本地質学会 の関西と西日本支部の合同例会で発表した。
また、写真プレートを付けて熊本大学教育学 部紀要(1991年9月発行)に発表した。
これらに先立つ1979年8月5日に、当時 熊大附小生だった早田君が、父親と御船町上 梅木で、御船層群下部層(浅海成)より肉食 恐竜の歯一本を採集した。これは横浜国大の 長谷川善和に送られ、最終的には1992年に、
?をつけ属種不明のメガロサウルス科の肉食 恐竜(和名ミフネリュウ)として報告されて いる。天君ダム周辺産の肉食竜には、クマモ トミフネリュウが、角竜にはミフネキリュウ
− 5 −
(ミフネ騎竜)の和名が、与えられている。
従って、御船層群産の恐竜は、その後も資料 は増えているが、発表済のものは次のごとく である。なお、御船層群は向斜構造をなして 分布しているので、北翼の益城町からも天君 ダムと同層準の恐竜化石層の発見が期待され ていたが、今春化石の発見でその存在が確認 され、資料の増加が期待されてきた。
○ミフネリュウ
肉食竜の歯(?メガロサウルス科)
○クマモトミフネリュウ
(アロサウルス類似)
肉食竜の胸椎・尾椎・左腸骨・右大腿骨 左鯉骨・左緋骨・左第二および第三中手 骨・左第四蹴骨・末節骨・歯
○ ミ フ ネ キ リ ュ ウ 歯
○ 所 属 不 明 の 小 型 草 食 竜 歯
○ イ グ ア ノ ド ン 類 歯
となっている。なお、クマモトミフネリュウ については、産出する時代も違うし、アロサ ウルスに類似しているとだけ考えているので、
初めから肉食竜としか考えていないのに、御 船の肉食竜はアロサウルスかなどと誤って取
り上げられることは心外である。
既に日本の恐竜の項で述べたように、日本 では恐竜が部分的にもせよ骨が連結した化石 を産しないし、頭の骨も(一部の顎骨片を除 くと)産出しないほど資料が貧弱で、種属の 同定が困難な化石ばかりである。しかし、専 門家が調べれば、骨や歯の一部からでも恐竜 のどの段階までかの所属は決定し、教材とし て子供に日本の恐竜を説明できる。そして、
恐竜について正しい認識を持ってほしいもの である。以下に歯についてこのことを図解し て検討してみたいと思う。なお、御船の恐竜 の骨化石や叩i乳類化石その他については、御 船町発行のパンフレットを参照していただき たい。
菩垣劇血聖国祇強 装垣姻血叶丹圃祇網 多種型PS④e鐘里l匝垣話e佃職
佃郷悩誌幽窒種
菩逼畑血汁各国職側
−6−
歯一本でどうして、
どこまで名前がつけられるか
図lでは、左の部分に恐竜のグループ別の 歯の特徴(A)を、系統図を利用して示している。
中央やや右の部分には、左の部分(A)の理解の 補足説明標本旧)を示している。また、右の部 分には御船層群産恐竜の歯(C)を示している。
恐竜の分類では、まず、骨盤の構造によって 恥骨が前方に伸びている竜盤類と、後方に伸 びる烏盤類に分けられる。細かい分類を省く と、それぞれが二つと四つのグループに分か れ、次のような特徴を持っている。
なお、肥虫類では歯が顎骨に直接生えてい るが、哨乳類では歯根が歯槽の部分に入って いる。恐竜はワニと似ているといわれるが、
この両者は、歯が歯槽から生えている。その 点で恐竜の分類上の位置が問題になる一つの 理由である。
雨間爾
竜脚類(ほぼ分類上の目と考えられる。)
これは巨大草食恐竜で、歯は植物を噛み 切れるようにスプーン状になっている。
中国のシユウノサウルスとオメイサウル ス、アメリカのジュラ紀後期モリソン層 のカマラサウルスの歯を示している。こ れより細かい分類には使えない。
獣脚類
肉食性の恐竜で肉をII歯み切るために、歯 の両側にはギザギザの鋸歯が蒲いている。
分類では、さらに、いくつかのグループ に分かれるが、歯の研究はそんなに進ん でいない。むしろ、良い標本の産する所 では、さほど必要ないのかもしれない。
(A)では、鋸歯が締麗なので、クマモトミ フネリュウの歯を示した。旧)では、ア ロサウルスの顎を示しているが、肉食篭 では前歯がカーブして、後ろの大多数の 歯と異なるものがある。
− 7 −
F燕詞
鳥脚類
いわゆるカモノハシリュウの仲間で、歯 の岐合面に肋または壁(ひだ)が走って いる。(A)では、イグアノドンとハドロサ ウルス類の歯を示した。⑧では、tooth batteryといわれるこのグループの恐竜 の顎に着いた歯を示した。岐合面が擦り 減ると、下から次の歯が出てくる様子を 最上部の図で示している。旧)のクラオサ ウルスのところでは、toothbatteryの 一列を示している。
角竜類
このグループの恐竜の歯は、ハドロサウ ルスに似ているが、⑧の左上のプロトセ ラトープスのように中央の稜が太く、ま た高く、烏脚類のものと区別できるo(A) では、トゥリセラトーブスの歯を、旧)で は、顎に着いたトゥリセラトーブスの歯 を示している。
鎧竜類
アンキロサウルスの歯を示しているが、
ちょうど手のひらを拡げたようになって いて、一本一本の壁が太い。
剣竜類
鎧竜の歯に似るが、中央の肋の幅が広く、
他は縁だけが刻まれている。
3.四川盆地の恐竜博物館
及び恐竜化石産地を訪ねて
付記一日本にはなぜ連結骨格が出ないのか 国際地質学会は4年毎に開催されるが、
1996年は、北京の国際貿易センターを会場 にして、8月4日〜14日の間開かれた。私 は池上直樹君と、学会前の巡検「四川盆地の ジュラ紀恐竜とそれらの堆積環境(7月27 日〜8月2日)」にも参加したoこの巡検は、
図 1 歯 一 本 で ど う し て 、
恐竜のグループ別の歯の特徴(A)
剣竜類、鎧竜類等の 類 は、ほぼ分類上の目と考えてよい ジ ュ ラ 紀 白 亜 紀
己
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一
今
0
和名は学術的な命名規約によるものではない ,従司て分類の位置がはっきりしないもの唐 も猫付けられていて、日本の恐竜の場合は殆どこれに属し、便宜的に付けられている
− 8 −
ど こ ま で 名 前 が 付 け ら れ る か
御船層群産恐竜の歯(c:
補足説明標本(B)
脈隣不りl峨食恐砿
イケアノド;.
鶴
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クマモトミブネ紙
Lミヲ東瓶マ
1
鐸寓い︺心︾︑
ジュラ紀の恐竜産地として世界的に有名な四 川盆地の恐竜産地や、恐竜コレクションのあ る大学や博物館を訪れるもので、成都理工学 院のある省都成都をスタートし、自貢恐竜博 物館、重慶自然博物館(北賠分館も含む)と 重慶周辺愉北の発掘予定地を訪れるものであっ たo私自身では、現在、植物に地表が密に覆 われていて御船に気候がよく似ている四川盆 地での発掘について興味があった。また、私 は歴史小説が好きで、他の参加者より一日早 く成都に着き、三国志の燭の国の劉備玄徳の 墓と、諸葛孔明の武侯洞を訪れることも期待 していた。正式の巡検が翌日から始まり、中 国側の厚意で、成都ではパンダ繁育研究セン ターや秦の時代の都江堰潅漉施設を、さらに、
自貢へ行く途中では、楽Illの世界一といわれ る高さ71mの白亜紀の赤色岩に刻んだ磨崖 仏、自貢では、メタンガスを含む塩水から塩 とメタンの両方を採取している自貢の古い井 戸と、塩業博物館等も見学した。自貢市に着 いたとき、バスが何やら大きな袋を屋根に載 せて走っているのが異様であったが、これが 燃料のメタン入れの袋であった。
中国の恐竜の重要性 列記すると、次のようになる。
(1)ジュラ紀前期のルーフェンゴサウルス化 石群(Lufengosaurusfauna)の存在 (2)ジュラ紀中期のシューノサウルスー鋤竜一
化石群(Shunosaurusfauna)の存在 (3)ジュラ紀後期の巨大草食恐竜マメンチサ
ウルス化石群(Mamenchisaurus)の存在 (4)ステゴサウルス(Stegosaurus)類岐古
のファヤンゴサウルス(Huayangosaurus) をはじめ多数の属を産し、このグループの 恐竜の系統を論ずる上で重要である。
(5)プロトセラトープス(Protoceratops) やピナコサウルス(Pinacosaurus)など の保存の良い恐竜の産出が多く、生態研究
‑ 1 0 ‑
に重要な資料を提供する〔
(6)小型肉食恐竜の産出が多く、烏の由来で 重要な資料を提供する(モンゴルの資料と 併せて)o
今回は四川省の恐竜が目的で、(1)〜(4)につ いて見聞を広めることができた。それぞれの 研究施設で第一人者の方々から説明を受け、
その説明といただいた資料をもとにして、以 下に訪れた恐竜博物館を簡単に紹介する。
成都理工学院自然史博物館(Plate3参照)
成都理工学院には、地球科学を主とした自 然史博物館がある。年間の観覧者は6万人を 越す。貴重なコレクション、特に恐竜の マメンチサウルス(Mamenchisaurus)
トウジャンゴサウルス(Tuojiangosaurus) ツエチャノサウルス(Szechanosaurus) ヤンドゥサウルス(Yandusaurus) マンチュウロサウルス(Manchurosaurus) ルーフエンゴサウルス(Lufengosaurus) の骨格が展示されている。中でも素晴らしい の は 、 マ メ ン チ サ ウ ル ス ホ チ ュ ア ネ ン シ ス (Mamenchisaurushochuanensis)で、アジ アの最大の竜脚類であるばかりでなく、中国 で最も早く研究され、展示された識惹である。
マメンチサウルス(Mamenchisaurus)やオ メイサウルス(Omeisaurus)など中国のジュ ラ紀巨大恐竜は、首が長いことが特徴で後で 述べる。さらに、いろんな大きさと形の恐竜 の卵と足跡の化石が、ジャイアントパンダ、
ステゴドン、ノトサウル、亀、魚等と共に展 示されている。また、いろんな岩石・鉱物や 限石も展示されている。ここには、ルーフエ ンゴサウルス(Lufengosaurus)の骨格も展 示されていることを述べたが、この化石群は、
次の通りである。
ジュラ紀前期
ルーフエンゴサウルス化石群
(LufengosaurusFauna)
Aj
へ渥叶e、ソ製騨騨暴曜l嘆趣淵腿Wegl凪謹型s皿1
︵Kミ心中やK横越細雨二噸e極e快巡︶蕊鰯ミー惜脹腿佃顛e壊尽蛙佃価皿命
I
︵K会心や卜︑釜8.﹀直旦悔へK会心・奉坑︑〆﹄い⁝皇﹀匡旦側﹄
ミー惜順腿佃閑e謡尋避盤卦H悶漏糧壷
−1]
雲南省昆明の西北lOOkmに禄豊盆地があり、
禄豊統と呼ばれる厚さ1,000mの陸成層があ る。ここより原竜盤類のルーフエンゴサウル ス(Lufengosaurus)や、ユンナノサウルス (Yunnanosaurus)を産する。禄豊統を三畳 紀後期とする意見もある。ルーフェンゴサウ ルスフエネイ(Lufengosaurushuenei)は 長さ6m,高さ3mで、後脚が長く、足が大 きいことから、2足歩行も4足歩行もできた と考えられている。
自貢市恐竜博物館(Plate4参照)
ここの展示標本は、ほとんどがジュラ紀中 期シユウノサウルス(Shunosaurus)化石群 で、1979年より前には、この時代の恐竜化 石は中国では知られていなかった。1977年 に古生物学の保存についての野外巡検が行わ れた際に、自貢市大山舗で不完全な竜脚類の 骨が採集された。このころの大山舗はPlate 4‑(1)に示すように、緑の作物に覆われた畠 であった。この時採集された恐竜は、シュウ ノサウルスリイイ(ShunosaurusHi)と命 名され、ここの化石群の代表種である(Plate4‑
(3)にシユウノサウルス(Shunosaurus‑罰竜)
について示す)。1979年以来、ここでは8,噸 の骨が掘り出され、少なくとも8種類の100 個体以上に達している。肉食類のガソサウル
ス(Gasosaurus)は比較的まれで、草食の Shunosaurus、Omeisaurus及びDatousaurus が多い(94%)oその他に比較的小さい草食 性のシアノサウルス(Xianosaurus)とファ ヤンゴサウルス(Huayangosaurus)を産す る 。 こ の 化 石 群 は 、 チ ベ ッ ト の カ ム ド
(Qamdo)盆地とジュンガール(Junggar) 盆地から報告されている。
なお、中国政府は恐竜化石産地の重要性を 認め、1982年に特別予算を配分して工事を 始め、1985年に産地の上に自貢恐竜博物館 を建設したo1986年の春以降、一般の観覧 に供した。Shunosaurus(Zhang,1988)は 中型の竜脚類で、12個体以上の完全骨格が
‑ 1 2 ‑
産しており、3個のよく保存された頭骨もあ る。ShunosaurusHiは、12mの長さをもつ。
Omeisaurustianfuensisは、20mの長さを、 もつ竜脚脚類で17の頚椎を有する。尾椎の 先は、こん棒のように脹れていて、武器になっ ているoOmeisaurustianfuensisは、10個 体以上発掘されている。TheDinosauria (Weishampel他、1992)によれば、Omei‑
saurusはShunosaurinae(シユウノサウルス 亜科)に入れられているが、Mamenchisaurus は、Camarasaurusと異なり、Diplodocidae (デイプロドークス科)のMamenchisaurinae (マメンチサウルス亜科)に入っている。
Gasosaurusconstructus(ガソサウルスコ ンストラクタス)は、Megalosauridae(メ ガロサウルス科)に属する体長3.5mの小型 の肉食竜である。
Huayangosaurustaibali(ファヤンゴサ ウルスタイバリ)は、むしろ、初期の体長 4.5mのStegosaurus(ステゴサウルス)で、
12個体が大山舗から発掘されているo2列 の骨板が、首から尻尾まで生えている。ジュ ラ紀中期の最も早い、そして、完全な骨格で ある。これからTouiangosaurus(トウジャ
ンゴサウルス),Stegosaurus(ステゴサウル ス)へと発展していったのであろう。
ジュラ紀後期
マメンチサウルス化石群
(MamenchisaurusFauna) Omeisaurus(オメイサウルス)は、
Euhelopodinae(ユウヘロポード亜科)に属 する中型の濁脚噸で、jungsiensis(ジュンシー エンシス,fuxiensis(フウシエンシス)、
tianfuensis(チアンフエンシス)及び、
louquinensis(ロウキネンシス)の4種を含 む。後の二つは、ジュラ紀中期の型である。
Omeisaurus(オメイサウルス)は、中型か ら大型の竜脚類でMamenchisaurus(マメン チサウルス)に比べると、首は長くない。頭 は小さく高く位置している。鼻穴は顔の前面
群喧‑今…=静…
胃ミ心奉へ心寵調:佃砺憩騨血e倶温︶騨鳴鍬Q謡鼻腔佃弧皿重
ロー■■■■■ワニ■■■ⅡP
︑︐&■▽︒ざ6︐﹄日刊r丘︑口q・︽御44.画心︲1.F.︲.︲
昭︲661.0.竹Ⅲ咽咽咽脚0Ⅱb●I︲
︵嬬ヨK侶佃皿︶個肖e謡暴趣佃価血色
−13−
に開いている。
Mamenchisaurus(マメンチサウルス)は、
中国で最も有名な竜脚類で、Mamenchisaurus constructus(マメンチサウルスコンスト
ラクタス)は不完全だが、Mamenchisaurus hochuanensis(マメンチサウルスホチュア ネンシス)は、頭と前肢はかけているが、ほ ぼ完全な骨格(図3)を有するoMamenchi‑
saurus(マメンチサウルス)には、頭骨が見 つかっておらず、Diplodocus(デイプロド ウカス)の頭骨で骨格復元がなされていたが、
最近頭骨が発見され、Camarasaurus(カマ ラサウルス)に似た頭骨ということである。
なお、内モンゴルのエレンホト東南で発見さ れたNuoerosaurus(ヌエロサウルス)は、
長さ26mの白亜紀最大の恐竜といわれ、
Camarasaurinae(カマラサウルス亜科)に 入れられているが、頭骨がでないことで問題 を残しているoMamenchisaurus(マメンチ サウルス)は、17〜19の頚骨をもつ。最近、
新彊省で発見されたものは、連続した頚骨で あるが、頚骨の長さが従来最大だった1mを越 1.5mなので、従来最大だったhochuanensis (ホチュアネンシス)より大きいものである
らしい。
四川省重慶自然博物館
1943年に設立されたWestChinaInstitu‑
tionofScienceをもとにし今日に至ったもの で、成都理工学院は、ここから分れたといわ れている。動物学、植物学、古生物学、考古 学、石器学及び、地質学のコレクションがあ
琶 識
る。北賠には分館がある。ここには、Omei‑
saurusiunghsiensis(オメイサウルスジュ ンシーエンシス)と、Yungchanosaurus
(ヤンチャノサウルス)が展示してある。後 者は、新彊省から発見されたSinraptor、(シ
ンラフ・トール)(体長6.5mでジュラ紀中後 期)と共にMegarosaurus(メガロサウルス)
に類似しているoAllosaurus(アロサウルス)
ととさかを持つことで区別される新彊産の Monolophosaurus(モノロフォサウルスー 身長5m)などをいっしょにしても、ジュラ 紀から白亜紀にかけての肉食恐竜の類縁関係 を調べるには、資料不足である。この博物館 は、自貢の大山舗の発掘や付近の発掘に指導 的役割を果たしてきた。博物館には、三峡下 りの観光客、特に日本人の団体観光溶が多い。
また、この博物館は、日本、フランス及び、
アメリカで恐竜の展覧会を開催している。恐 竜博物館はどういうものか、一般に暗いが、
ここは特にそれが印象として残る。なお、有 名恐竜属の設立年は次のとりである。
OmeisaurusYoung 1939
LufengosaurusYoung 1941 MamenchisaurusYoung 1954
ShunosaurusDongetal.1983
日本ではどうして恐竜が沢山見つからないか 私は御船層群上部層から恐竜が発見されて 以来、今日まで発掘に従事してきた。恐竜イヒ 石が産出するには、当時近くに恐竜が沢山住 んでいて、それらが堆積物の中に埋没されな ければならない。洪水のときなどに運ばれて
ー ミ ー ー
図3合川馬門渓竜(マメンチサウルスホチュアネンシス)
(長さ22mで、斜線部は未発見の部分)
‑ 1 4 ‑
の骨格復元図 (He,1984)
︵劇迄三差︶加皿僧e里小州醸岬や調職 菖襲譜掴溺沌遡柵l馬糧萱
識
偲櫓終隠職旦侭役︒剖州銀牌︶黒婆e函睡e隠職哩仰仙佃南零挺侶蝋慨己
15‑
囲
が
○
〆 ・ 一 ホ ン コ ン
図2−1日本と中国の恐竜産出層分布域の広さの比較
(日本になぜ恐竜が出ないのかの理由の一つ) モンゴル・内蒙古から新彊にかけ ては、後期ジュラ紀から白亜紀に かけての広大な地域に恐竜産川層 が分布している。これらは四川盆 地の恐竜産出層よりはるかに分布 が広いことが、ここでは四川盆地 とH本の手取層群や御船層群の分 布と較べてみて戴きたい。
図2−2
四川盆地の主要恐竜産地
(30回万国地質学会巡検案内記より)
●Theropods(蜘印類)
aProsauropods(原竜脚類)
▲Sauropods(竜脚類)
XOrnithopods(鳥脚類)
+Stegosaurs(剣竜類)
楽 11
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‑ 1 6 ‑
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「こ。雨
日本(御船) 四川盆地
気 # 湿淵 湿#
被 加 繁箇 繁置
岩石の硬呂 固↓ 固↓
人目に触れ易き やや困奥 割合容易 集められると、ボーンベッドとなって多産す
ることになる。埋没するまでに、骨格が連結 していればより完全な連結骨格を掘り出すこ とができる。今日まで日本の恐竜化石産地は かなり増加した。しかし、上に述べたような 産地は日本では全く見つかっていない。現在、
日本で化石が見つからないことについては、
雨量の多い日本では、植被が多くて、発見が 困難なことも確かにその一因であろう。しか し、位置から考えて、日本とほとんど植被が 変わらない、むしろ、よりひどい四川盆地か ら多量の恐竜化石が産出することはいかなる 理由によるものかを理解することは、ここか ら産した恐竜を知ることのほか、今回巡検の もう一つの目的であった。そんな意味で巡検 旅行最終日に、これから発掘する予定の重慶 市の漁北(Plate5)を訪ねることができた ことは、これからの日本での発掘を考える上 で参考になると考えた。その理由は、以下に まとめることができる。
四川盆地の恐竜産地は、住居地域や低平な 耕作地が多く、人口が澗密である。煉瓦の利 用や、自然石の切り出しで採石場が多いこと が、恐竜に巡り会える機会を多くしているの であろう。
日本の白亜紀層は、海成層が多く、非海成 層であっても分布が狭いことが、根本的な恐 竜産出の少ない原因であろう。御船層群分布 地を長方形として、長辺を御船町浅薮と松橋 町岡岳の距離が約25km、幅を10kmとすると、
図2−2の成都・重慶間の直線距離が、250 kmと較べれば、その分布域の狭い事が理解 できるであろう。
割合に分布範囲の広い手取層群については、
分布域の範囲には、基盤岩の分布が広いこと
モ ン ゴ ル シ ョ ト ー
(モンタナ) モリソン層
乾燥(砂漠) 乾償 乾蝋
砂拶 少ない 少ない
軟らか↓ 軟らか、 固ヤ
容占 容易 割合容易
や、険峻な山岳地域であり、人目につきにく いからであろう。
漁北での発掘計画
1986年に花石こう(ファースイコウ‑Plate 5)で恐竜の骨らしいものがあると、重慶博 物館に連絡があった。調査したところ、2種 類の竜脚類が埋まっているらしいことが判明 した。博物館では、保存策を検討し、30万 元を出して、産地までの道をつけ、化石展示 場所(Plate5‑(1)の中央の白い建物)を作り、
1996年の暮れから発掘を始めることにして いるということである。
なお、今回の巡検は、主催者側の話によれ ば予想に反し、参加者が私と池上君の二人の 他にオーストラリア、カナダ及びイスラエル からの各1名の計5名で、私共にとってはサー ビスも至れり尽くせりで、国際地質学会の巡 検のため各地で歓迎を受けた。日本の四川料 理でない本当の四川料理も楽しむことができ たと思っている。
参考文献
DongZhiming(1992);Dinosauriar
FraunasofChina・ChinaOceanPress.
BeijingandSpringer‑Verlag,188p. HeXinlu(1984);TheVertebrateFossils
ofSichuan.SichuanSci.Tech・Pub.
House,168p、,100textfigs.,35pits. LiKui,HeXinluandCaiKaiji(1996);
T115‑TheJurassicDinosaursandTheir BurialEnvironmentsofSichuanBasin.
FieldTripGuideof30thInternatio.
Geol.Congr.,Beijing.
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Weishampel,D.,Dodson,P・andOsm6lskaed.
(1992);TheDinosauria,733p.Univ.
Calif・Press,Berkeley,LosAngelesand
Oxford.
ZigongDinosaurMuseum(1986);ABrief IntroductiontoTheZigongDinosaur
Museum.
このほかに日本の各地で開催された中国恐 竜展のガイドブック等に自貢を含む中国の恐 竜が紹介されている。
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