論文の内容の要旨
氏名:矢野 照雄
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:CXCL1, 2, and 3 Expression Stimulated by Fibronectin Fragments in Synovial Fibroblasts from Human Temporomandibular Joints
(培養ヒト顎関節滑膜細胞のCXCL1, 2, および3産生におけるフィブロネクチン分解産物の影響)
滑膜は関節腔内における非加重部構造を被覆する軟組織で, 滑液分泌や細胞外基質の産生など, 顎関節 の恒常性維持に重要な組織である. 顎関節症の中で高頻度に発生する顎関節円板転位障害 (internal derangement: 以下 ID と略) および変形性顎関節症 (osteoarthritis of the temporomandibular joint: 以下
OA-TMJ と略) の両者において滑膜の炎症所見が確認されている.
ケモカインは構造上の違いからCXC, CC, CX3C, Cケモカインの4種類に大別されている. さらにCXC ケモカインはGlu-Leu-Arg 配列 (ELRモチーフ) の有無によってさらに分類される. ELRモチーフを有する CXC ケモカインは, 主として好中球に対して強力な遊走作用や, 血管新生作用を有することが知られてい
る. CXCL1はELRモチーフを持つ代表的なケモカインで, 好中球遊走作用や血管調整の他に, 神経系細胞
の受容体であるCXCR2に作用することにより, 末梢および中枢で疼痛調整に関与することが報告されてい
る. よってCXCL1は, 関節疾患の炎症病態形成や疼痛に関与すると考えられている.
近年, 細胞外基質の分解産物は, 非感染性の炎症における内在性因子として注目されている. フィブロネ
クチン (FN) は, 細胞外基質の高分子会合体を構成する糖タンパクで, コラーゲン/ゼラチン, フィブリン,
ヘパリン, および細胞結合ドメインを有している. FN は滑膜組織および軟骨の表面に局在し, その発現の 増加は, 組織のリモデリングおよび修復に関連することが報告されている. FN の分解は, 関節リウマチな どの多くの関節炎において関節破壊を導く中心的事象である. FN は, matrix metalloproteinase (MMP) や a disinterring and metalloproteinase with thrombospondin motifs (ADAMTS) などにより分解産物であるフラグメ ント(FN-f)となる. 29〜200kDaのFN-fsは, OA患者からの滑液中に高レベルで存在し, 関節炎の病態形成 に関与すると報告されている. また, 30, 45, および120 kDa FN-fにはそれぞれヘパリン, ゼラチン, および 細胞と結合するドメインを有している.
本研究では,顎関節の炎症病態形成における FN—fs の影響を検討するため, まず, 培養ヒト顎関節滑膜細 胞 (滑膜細胞) に分子量の異なるFN-f (30, 45,および120 kDa) を作用させCXCL1タンパク質量の測定を行 なったところ, 細胞と結合するRGD配列を有する120 kDa FN-fで最も上昇を認めた. そこで, 最も上昇を
認めた 120 kDa FN-f を滑膜細胞に作用させ, 網羅的遺伝子発現解析を行い, 発現上昇率が上位であった
CXCL1, 2, および3の経時的遺伝子発現およびCXCL1産生について研究を行なった. 次に, 滑膜細胞にお
ける120 kDa FN-fのシグナル伝達経路の解明を目的に, p38 MAPKおよびNFκBの阻害剤を用いた検討を行
なった.
本研究では滑膜細胞におけるFN-fのCXCL1, 2, および,3産生におけるシグナル伝達経路の解明を目的に 研究を行い, 以下の結果を得た.
1) 滑膜細胞に30, 45, および120 kDa FN-fsを24時間作用させると, CXCL1タンパク質量は120 kDa FN-f で無刺激時と比べ有意に上昇を認めた.
2) Microarray解析の結果, 23,121遺伝子のうち, 無刺激時と比べ120 kDa刺激により2倍以上発現変動した 遺伝子は141遺伝子であった. そのうち発現上昇した遺伝子は102遺伝子で, 発現減少した遺伝子は39 遺伝であった. また, 発現上昇した上位遺伝子にはCXCL1, 2, および3が認められた.
3) 滑膜細胞では,CXCL1, 2, および3遺伝子発現量は120 kDa FN-f刺激4, 8, および12時間において遺伝 子発現量の上昇を認めた.
4) CXCL1タンパク質量は, 120 kDa FN-f刺激12, 24,および48 時間において経時的に上昇を認めた. 5) SP600125 (JNK1/2 inhibitor), SB20358 (p38 inhibitor), およびAPDC (NFκB inhibitor)を作用させたところ,
120 kDa刺激時と比べ, CXCL1タンパク質量は減少した. 一方PD98059 (ERK1/2 inhibitor)作用時では
CXCL1タンパク質量は増加した.
6) IRAK1/4 inhibitor, LY294002 (PI3K inhibitor), (5z)-7-oxozeaenol (TAK1 inhibitor) および PS1145 (IKKβ
inhibitor) を作用させたところ 120 kDa FN-f刺激時と比較し, CXCL1タンパク質量の減少が認められた. 以上の結果から, 顎関節滑膜炎などによりFNがFN-fに分解されると, 滑膜線維芽細胞は, CXCL1, 2, お よび3の遺伝子発現およびCXCL1タンパク質産生量を上昇させ, 好中球の遊走, 血管新生, および疼痛に 関与することが示唆された. また, 顎関節滑膜細胞において120 kDa のFN-fはインテグリンやTLRを介し てMAPKおよびNFkb経路を介して, CXCL1やケモカインを産生する可能性が考えられた. このことから
分子量120 kDaのFN-fは起炎物質として顎関節の炎症性病態および疼痛を亢進させる可能性が示唆された.