香 川 大 学 経 済 論 叢
第78巻 第3号 2005年12月 63‑89
消費資源投入の違いが導く 育てる"消費と 狩る"消費
複雑な消費現象を捉える一つの視点としての消費資源投入
藤 村 和 宏
I .
は じ め に最近,ハイテク製品が売れている一方で,使い古したような加工を施した高 価格ジーンズが売れている。どちらも新しいものであるが,前者は技術とデザ インの新しさを強調し,後者は使用感や古さを強調しており,全く異なる価値 が消費されているように見える。
また日本では,憔界の中で飛び抜けてブランド消費が行われている,と言わ れている。しかし,ブランドを階級社会を基盤に生まれたブランドと平等社会 を基盤に生まれたブランドに分類してブランド消費を観察するならば,モノ消 費では階級社会を基盤に生まれたブランドの消費が活発であり,サービス消費 では平等社会を基盤に生まれたブランドの消費が活発である。モノ消費におい て,日本の女性は西欧の階級社会を基盤に生まれたブランドの洋服や鞄を選好 し, H本の伝統的な着物や風呂敷などの利用は極めて少ない。一方,サービス 消費では,平等社会を基盤に生まれたブランド,すなわち標準化とマニュアル 化による低価格と消費時間の節約を訴求するサービスの消費は活発であるが,
日本の伝統的な旅館や料亭での消費や,相撲の観戦や歌舞伎の観劇などの消費 は減少している。
このような消費傾向は何を意味しているのであろうか。このような消費傾向 はさまざまな視点から説明可能であろうが,本稿では,消費を消費者による消 費資源の投入という視点から捉えることで,一見,異なる消費現象が同じ現象
として捉えることができることを示したい。つまり,上記のような消費現象 は,消費資源の積極的投入を必要とする 育てる 消費と消費資源の節約を可 能にする 狩る 消費という概念で説明できることを示したい。さらに,消費 資源の投入と 育てる という視点でブランド消費を考察すると,モノ消費の 場合とサービス消費ではブランド消費の意味が大きく異なることを示したい。
I I .
消費資源の投入としての消費と 顧客力(1) 消費資源の投入としての消費
消費 という概念は様々な視点から定義することが可能であるが,本稿で は,サービス消費を「消費者が彼/彼女の保有する消費資源を組合せて用いる ことで,望む便益を生成できるような潜在的能力を備えているサービス組織あ るいはサービス・ブランドを選択し,消費者自身もそのサービス・デリバリ ー・プロセスに参加し,サービス組織の従業員あるいは/および設備・機器と 協働を行う過程で,望む便益を引き出し,それらを享受する活動」,モノ消費
を「消費者が彼/彼女の保有する消費資源を組合せて用いることで,望む便益 を生成できるような潜在的能力を物理的特性として内蔵したモノを選択し,望 む便益を引き出し,それらを享受する活動」と定義したい。
サービスとモノの消費を区別しているのは,両者は製品構造が異なるだけで なく,消費の目的である便益あるいは問題解決の手段の享受の仕方が異なるか らである。サービスは「消費によって享受することが期待されている便益とし ての変化を導く,生産活動の集合体」であるのに対して,モノは「生産活動の 結果として産出される客体物であり,消費によって享受することが期待されて いる便益としての変化を導く活動が物理的特性として内蔵されているもの」で ある。両者は変化という便益を提供するという点では共通しており,違いはそ の変化の提供の仕方にある。サービス消費では変化を導く活動自体が提供され るのに対して,モノ消費では変化を導く活動が物理的特性に内蔵されて提供さ れる,という点に違いがある。この結果,サービス消費では生産と消費が同時
(1)
に行われ,変化という便益はサービス組織と消費者との協働によって生み出さ
439 消費資源投入の違いが導< "育てる 消費と 狩る 消費 ‑65‑
れるが,モノ消費では両者は明確に分離しており,便益は消費者自身の活動に よって引き出される。
しかし,両消費は,消費者が望む便益を享受するために彼/彼女自身の保有 する消費資源を投入しなければならない,という点では共通している。消費資 源とは,消費者がサービスやモノを消費するために投入しなければならない資 源であり,金銭,時間,肉体的および精神的エネルギー,知識,技能,補完物,
空間などが含まれる。
金銭とは,サービスやモノの購入に必要な費用,買回りのための費用,その 消費に関連して必要とされる補完製品(モノあるいはサービス)の購入費用な
どである。
時間とは,望む便益の生み出す潜在的能力を備えたモノやサービスを消費す るのに要する時間である。消費過程を選択意思決定過程と使用/利用による便 益の生成・享受過程の 2段階に分けて考えるならば,両過程に必要とされる時 間を確保できない人は消費という行為を行うことはできない。時間という消費 資源はすべての消費者が平等に保有しているという点で,他の消費資源とは性 格が大ぎく異なっている。 1日は 24時間で固定されており,それ以上の時間
(1) この協働は,生産時間の共有による協働という方がより正確であろう。なぜならば,
モノ消費においても,時間の共有は行われていないが,製造企業と消費者との間で協働 が行われている,と考えることができるからである。このことは,エルメスの商標の中 に象徴的に示されている。この商標には,「デュック」と呼ばれる四輪馬車と「タイガ ー」と呼ばれる従者しか描かれておらず,馬車を御すべき主人の姿は見あたらない。 3 代目杜長のエミール・エルメスのエルメスの哲学によると,この主人とはエルメス製品
を手にする消費者であり,エルメスは最高の品質の製品を用意するが,それに生命を吹 き込み,完璧なものにして仕上げるのは消費者自身である,ということを語っている(山 田・グラムコブランドマーク研究室, 1999, 74頁)。
このエルメスの哲学が示すように,製造企業がどんなに優れた便益を生み出す能力を 内在した製品を開発• 生産したとしても,消費者がその便益を引き出す能力(この概念 については後に検討)を保有していなければ(つまり使いこなせなければ),潜在的に 可能であっても,実際には便益を享受できないということになる。同様なことは,消費 者が高い能力を保持していたとしても,その高い能力を十分に発揮して便益を享受でき
るような製品を製造企業が開発• 生産できない場合にも起こる。つまり,製造企業と消 費者は便益を生み出すことにおいて協働しており,製造企業と消費者がそれぞれに必要 となされる能力を蓄積するだけでなく,それらを十分に発揮した場合に,消費者それぞ れの能力に応じた便益を最大に享受できることになる。
を消費に費やすことはできない。但し,生産活動や睡眠などの活動に費やさな ければならない時間は消費者によって異なるために,消費に費やすことのでき る時間は異なっている。また,消費に利用可能な時間は,他の消費資源を代替 的に用いることによって増やすことも可能である。たとえば,出張の交通手段 を列車から飛行機に代えることによって,金銭の支出は増えるが移動時間を節 約することができ,その節約時間を消費に投入することが可能になる。さらに,
人によって寿命が異なることから,すべての消費者は平等に 1日24時間を保 有しているが,消費に利用できる時間は他の消費資源の保有贔やその質に依存
していることになる。
肉休的エネルギーとは,望む便益を生み出す潜在的能力を内蔵しているモノ やサービス組織を選択し,望む便益を引き出すために消費者が提供しなければ ならない活動を遂行するための体力である。また,精神的エネルギーとは,そ れらの活動を遂行しようとする意欲である。精神的エネルギーについては,他 の消費資源を増大あるいは向上させることに関係しているだけでなく,モノや サービス組織の選択や使用/利用による便益の生成・享受のために消費資源を 適切且つ積極的に組合せて活用することにも関係しており,さらに他の消費資 源による代替が困難であるために,特に重要な消費資源である,と考えられる。
知識と技能は,望む便益を生み出す潜在的能力を内蔵しているモノやサービ ス組織を選択し,それらから望む便益を引き出すために消費者が提供しなけれ ばならない活動の方向性とその水準を決定するものである。後に考察するよう に,これらの消費資源の欠如は,モノ消費においては階級社会を基盤に生まれ たブランドの消費を促し,サービス消費ではそれらの消費の回避を促すことに なる。
補完物とは,望む便益を生み出す潜在的能力を内蔵しているモノやサービス 組織からそれらを引き出すことを支援するものである。パソコンというハード を購人しただけでは望む便益を引き出すことは困難であり, OSや望む便益に 関連したアプリケーション・ソフトという補完物が必要である。また,高級レ ストランでの食事では,高価な料理やサービスの対価としての金銭や食事を楽
441 消費資源投入の違いが導く 育てる 消費と 狩る 消費 ‑67‑
しむ時間,食事マナーやドレス・コードに関する知識や技能だけでなく,その レストランに相応しい衣服や装飾品といった補完物が必要とされる。サービス 消費の場合,特に高価格あるいは高級ブランドのサービスの消費では,消費者 の衣服や装飾品といった補完物の品質や状況適合性が他の消費者のサービス品 質やブランドの知覚に重大な影響を及ぼすために,それらの不適切さによって 選択を拒否されることがある。当然,他の消費資源の欠如も選択代替案の範囲
を狭めることになるが,それは消費者が自主的に選択を放棄した結果であり,
モノやサービスの提供者側からの拒否によるものではない。したがって,サー ビス消費では,この消費資源は望む便益の享受に影響を及ぼすだけでなく,そ の前段階の選択にも重大な影響を及ぼすことがある。
空間とは,選択したモノやサービス組織から望む便益を引き出すための物理 的空間の広さである。モノ消費の場合には,購入したものを保管あるいは配置 する空間を保有していなければ,購入は抑制される。たとえ購入はできたとし ても,望む便益を引き出すのに十分な空間を保有していなければ,製品は潜在 的能力を十分に発揮することができない。サービス消費でも,サービス・デリ バリーが消費者の自宅で行われる場合(たとえば,家庭教師やケータリング・
サービス)や,消費者が所有あるいは占有するモノに対してサービス・デリバ リーが行われる場合には,サービス・デリバリーに必要とされる十分な物理的 空間を確保できなければ,望む便益を得ることができないことがある。
消費とは,これらの消費資源を用いて,モノやサービスの選択を行い,そこ から望む便益を引き出し,同時にそれらを享受する活動である,と捉えること ができる。
(2) 消費能力としての 顧客ガ'
消費という現象を消費資源の投入という観点で捉えるならば,モノやサービ スの消費によって消費者が望む便益を享受でぎるかどうかは,消費者側の要因 にも大きく依存していることになる。つまり,消費者自身がそれぞれに保有す る消費資源の量と質,およびそれらを適切に組合せて活用する能力によって,
望む便益を生成できる潜在的能力を保有しているモノやサービス組織を適切に 選択できるかどうかと,選択したものから望む便益を引き出すのに必要な活動 を遂行できるかどうか, という消費者側の要因にも大きく依存している。消贄 過程を選択意思決定過程と使用/利用による便益の生成・享受過程の 2段階に 分けて考えるならば,モノやサービスの選択意思決定過程では,考慮される選 択代替案の範囲と選択可能性は,市場で提供されているモノやサービスの種類 やそれらへのアクセスの容易性に影響されるだけでなく,消費者の保有する消 費資源の量や質,およびそれらを組合せて投入する能力に重大な影響を受ける ことになる。たとえば,豪華客船で世界一周という旅行サービスを消費するに は,それを購人できる金銭を保有しているだけでなく,長旅に必要な時間を確 保し,それに耐えられるだけの肉体的エネルギーがなければならない。もしこ
の中の消費資源の一つでも不足しているならば,他の消費資源はすべて保有し ていたとしても,この旅行サービスは消費できない。時間が不足しているなら ば,客船の代わりに,飛行機での旅行を選択しなければならないであろう。ま た,有名大学に入学するだけの金銭や時間,肉体的エネルギーは保有している としても,講義に出席して学ぶのに必要な知識(基礎学力)を保有していなけ れば,入学はできない。
なお,各消費資源は相互に代替可能であるために,いずれかの消費資源がゼ ロでない限りは,選択可能性や選択代替案の範囲を決定するのは個々の消費資 源の保有量やその質ではなく,それらの集合として保有されている量と質,お よびそれらを組合せて投入する能力である。たとえば,クリーニング・サービ スを消費したいが洗濯物をクリーニング店まで持っていくだけの肉体的エネル ギーあるいは時間のない人は,追加料金を支払うことでそれを取りに来てもら うことが可能である。旅行サービスを消費したいが時間的余裕のない人は,追 加料金を支払うことで時間短縮の可能な交通手段を選択することが可能であ る。あるいは高級レスラン・サービスを消費したいが相応しい衣服や装飾品を 保有していない人は,追加的な金銭を保有していれば,それらを購入あるいは
レンタルすることが可能である。
443 消費資源投入の違いが導< "育てる 消費と 狩る 消費 ‑69‑
同様に,モノやサービスの使用/利用による便益の生成・享受過程において も,望む便益を十分に享受できるかどうかは,モノやサービス組織に備わる潜 在的能力だけでなく,消費者の保有する集合としての消費資源の量と質,およ
びそれらの消費資源を組合せて活用する能力に大きく依存している。モノ消費 の場合には,消費によって望む便益を十分に享受できるかどうかは,購入した モノの潜在的品質,すなわち物理的特性に内蔵されている潜在的便益を導く機 能の品質に依存するだけでなく,消費者がその潜在的便益を顕在化させること を可能にするような消費資源を十分に保有しているかどうかと,それらの消費 資源を積極的且つ適切に組合せて活用する能力に依存している。サービス消費 の場合には,消費によって望む便益を十分に享受できるかどうかは,サービス 組織の消費者を巻き込んでの潜在的な品質生成能力だけでなく,消費者のサー ビス・デリバリー・プロセスヘの参加やそこでの協働に投入可能な消費資源の 鼠と質,およびそれらの活用能力に依存している。
このように消費者が消費によって望む便益を享受することができるかどうか は,市場で提供されているモノやサービスに潜在的に備わっている便益生成能 力だけでなく,個々の消費者が全体として保有する消費資源の鼠と質,および それらの消費資源を適切に組合せて活用する能力によって適切なものを選択 し,それから望む便益を引き出すことができるかどうか,にも大きく依存して いる。しかしながら,保有する消費資源の量と質が十分であり,それらの資源 を適切に組合せて活用する能力があったとしても,それらを積極的に利用しよ うとする意欲が存在しなければ,それらは宝の持ち腐れとなり,消費者は望む 便益を享受できない。先の有名大学の例で言えば,たとえ入学するのに十分な 金銭や時間,肉体的エネルギー,知識などを保有しているとしても,講義に出 席して学ぶ意欲,すなわち保有する消費資源を適切に組合せて投入する積極的 意欲が存在しなければ,大学が高品質な教育サービスをデリバリーする能力を 潜在的に備えていたとしても,その学生は望む便益を享受することはできな い。したがって,消費における選択可能性や望む便益の享受の可能性は,図 1 のような 3次元にも大きく依存していることになる。この 3次元から構成され
る立方体の体積は,消費側の消費の成果を決める要因であるために, 顧客力 と考えることができる。
市場にはその提供する便益の観点から代替的な関係にあるモノやサービスが 数多く存在しており,同じ便益を得るためにモノを購入する場合もあれば,
サービスを購入する場合もある。モノの代わりにサービスを購入するのは,モ ノ消費において望む便益を得るには,消費者はそれに必要とされる様々な補完 物を取り揃えるだけでなく,必要とされる活動をすべて負担しなければならな
(2)
いが,サービスはその負担の一部を引き受け,さらにその専門化された知識や 技能によって便益をより効果的且つ効率的に提供してくれるからである。この ように見てくると,ある便益を得るためにモノではなくサービスの選択が行わ れるのは,相対的に希少な消費資源をそうでない資源で代替するという積極的 な理由によるだけでなく,顧客力を規定する特定の次元(特に,保有する消費
保有消費資源と組合せ能力の活用意欲
高
低
保有消費資源の量と質
図1: 顧客力を構成する 3次元
保有消費資源の組合せ能力
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資源の量と質)が劣っているためである,という消極的な理由によることもあ る。このような消極的理由によって選択意思決定が影響されているならば,製 造企業やサービス組織にとっては,顧客力を育成していくことも重要なマーケ
ティング課題である, と言えるであろう。
皿.噌てる 消費と 狩る"消費
(1) "育てる 消費と 狩る 消費の違い
消費という現象を消費資源の投人という観点から捉えるならば,消費は 育 てる 消費と 狩る 消費に分類でぎる。本稿では, 育てる 消費を「消費 者が保有する消費資源を投入することで特定の製品(モノやサービス)および
/あるいはその提供組織(製造企業やサービス組織)を長期的に利用し,その 価値の向上に貢献するとともに,その消費過程において彼/彼女自身の保有す る消費資源としての知識や技能の向上を図る消費」と, 狩る 消費を「消費 者が金銭を他の消費資源の代替物として投入することで,すでに確立された製 品(モノやサービス)の価値を短期的に享受するだけで,製品および/あるい
はその提供組織(製造企業やサービス組織)の価値の向上に貢献したり,その 消費過程において彼/彼女自身の保有する消費資源としての知識や技能の向上
を図ろうとしない消費」と定義したい。
両消費間には 2つの大きな違いがある。第 1は,消費者が特定の製品やその 提供組織に愛着を抱き,長期的に利用するか否か,に関する違いである。モノ が 育てる 型で消費される場合,特定のモノは長期的に使い続けられ,時に は消費者自身によって加工が施されることで,それには歴史や趣,個性が付加 される。つまり,そのモノの購入動機であった即時的便益だけでなく,長期的 に使い続けることによって生まれる変化,あるいは変化させることを楽しむ消
(2) サービスは,モノ消費において消費者が負担しなければならない活動のすべてを代行 することはなく,あくまでもある部分を引き受けるにすぎない。サービス組織(従業員 あるいは/および設備・機器)は消費者の遂行すべき活動の一部を引き受け,消費者と 協働することで,消費者の望む便益を生み出すのである。つまりサービスとは,消費者 が望む便益を生み出すための活動をアシストする活動である。
費である。たとえば,スピーカーや楽器は使い込むことによって音色がやさし くなる,と言われる。また,備前焼などの陶器は,長年使うことによって色が 変化し,景色が良くなる,と言われるように,変化が楽しまれる。一方,モノ が 狩る"型で消費される場合,モノには即時的便益が強く求められ,短期的
にのみ使用されるために,消費者によって歴史や趣,個性が付加されることは ない。したがって,歴史や趣,個性などを即時的便益として求める場合には,
他者(以前にそのモノを所有していた他の消費者)によって長期的に使用され た結果としてそれらが付加された中古品(セカンドハンド品)を購入する,あ るいはいかにもそれらが長期的な使用過程で生成されたことを偽装する技術に よって加工された新製品を購入することになる。このためにこの消費では,モ ノ自体の長期的な変化や変化のプロセスを楽しむことは行われない。
第 2は,消費者が消費において投人する消費資源の違いである。前述のよう に,消費には消費資源の投人が必要不可欠であり,同じブランドのモノあるい はサービスを消費する場合でも,どのような消費資源をどのように投入するの かによって,各消費者の享受できる便益は異なったものとなる。 育てる 消 費ではモノは長期的に使用され,その過程で消費者自身によって様々な加工が 施されることから,時間や知識・技能などの消費資源が重要な役割を果たす。
当然,高価なモノの場合,その購入時点では金銭が重要な役割を果たすが,長 期的な使用過程では時間や知識・技能が重要な役割を果たすようになる。それ らの消費資源の保有量と質,組合せて活用する能力,およびそれらの活用意欲 によって,変化自体およびそのプロセスは全く異なったものとなるためであ る。一方, 狩る 消費では,望む便益を即時的にもたらしてくれるモノを次々 に購入していくために,金銭が重要な役割を果たす。また,他者の長期的使用 によって歴史や趣,個性を付加された中古品や,偽装技術によってそれらが創 造された製品を購入する場合,時間や知識・技能といった消費資源の節約の代 償としてプレミアム価格がつけられるために,金銭は重要な役割を果たすこと
になる。
このような観点でみると,使い古したような加工が施された高価なジーンズ
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が売れているのも,ハイテク製品が売れているのも同じ現象として捉えること ができる。両消費とも,高額な金銭という消費資源を時間や知識・技能といっ た消費資源の代替物として用いているという点で共通している。すなわち,使 い古したような加工が施された高価なジーンズの消費は,高額な金銭によっ て,自分で手入れをしながら使い込むことでジーンズを変化させる時間や知 識・技能を代替しているのである。ハイテク製品の消費も,高額な金銭によっ て,最新の知識や技能を組み込んだ製品を入手することで,消費者が望む便益 を引き出すために投入しなければならない知識・技能や時間の節約を図ってい るのである。ハイテク製品は,モノ消費において消費者が望む便益を引き出す ため投人しなければならない知識や技能を製品側に移転し,デバイスの中にカ プセル化して組み込んだものであり,また,これによって便益の引き出し時間 を短縮するものであるためである。
このような違いのために, 育てる 消費が行われる場合,製品や提供組織 は愛着の対象となるのに対して, 狩る 消費が行われる場合には,使い捨て 消 費 の 対 象 に し か な ら な い 。 た と え ば 千 家 十 職 ・ 塗 師 の 十 二 代 ・ 中 村 宗 哲
(3)
氏は,「漆のもんは,できあがったときはほんとうにもう,生まれたての赤ちゃ んみたいに思うんです。それを大事に箱に入れて渡すと,今度は使う人がきも の(仕覆)をつくったり,名前(銘)をつけたり,慈しんで,大切な子供を育 てるようにお使いになる。それが,利休さん以来の茶人たちがモットーにして
(4)
きた,『物を愛する』心なんですね」と語っている。
では, 育てる 消費においては,育てる対象としてどのようなものが存在
(3) 1932年に,江戸時代から続く千家十職・塗師の家に生まれ,女性としてはじめて茶道 三千家(表千家,裏千家,武者小路千家)の家元に出仕を認められた人。なお,千家十 職とは,三千家の家元に出仕し,それぞれの専門分野で家元の好みの茶道具づくりに携 わる職人の家である。三代・宗旦のころにはほぼ現在の十家がそろったと言われてい る。塗師・中村宗哲家は漆工芸を担当し,他に楽焼の楽家(らくけ),京焼の永楽家(え いらくけ),一閑張り(いっかんばり)細工師の飛来家(ひきけ),表具師の奥村家,袋 師の上田家,金物師の中川家,釜師の大西家,竹細工師の黒田家,指物(さしもの)師 の駒沢家がある(『和楽』, 2005年7月号, 160頁)。
(4) 「今,素敵なひとの夢中④ 千家十職途師中村宗哲」,『和楽』,小学館,2005年7月号,
164頁。
するのであろうか。これまでは製品のひとつであるモノに焦点を当て, 狩る 消費との違いについて考察してきたが,サービスも 育てる 対象となるであ
ろう。そこで,以下ではモノ消費とサービス消費にわけて,それぞれの消費に おいて 育てる 対象について考察したい。
(2) モノ消費における 育てる 対象
モノ消費においては, 育てる 対象の中心は購入した製品自体であるが,
その作り手のマーケティング能力や消費者自身の消費資源としての知識・技能 も対象となる。
製品自体を育てるとは,手入れをしながら使い込むことで,「時間が歴史と
(5)
してそこに刻みこまれ写し取られて, ものの一部になる」ようにすることであ る。あるいは,使い込む過程で,各消費者の使い方に適合するように加工を施 していくことである。自然素材(植物,土,石など)を原料として作られてい るモノの場合には,このような変化は可能であるし,変化につれて愛着の対象 となることが多い。このことに関して,田中(2002)は「朱漆は,使い込むと下 の黒漆が所どころ見えるようになる。これを汚いと思うどころか,美しいと感 じるのが日本人の不思議なところだ。日常雑器は,手入れしながら酷使してい るうちに,最初はむらがないのも,むらがでる。椀も櫛も下駄も柱も床も,む らが見えて,そこに私たちは時間を感じる。ものに時間が入ると,普通の工業 製品などは価値が下がるが,木製品ではかえって価値が上がるものはたくさん ある。私が木製品を好きなわけも,この〈時間〉にある。そこに〈手入れ〉や
〈手間〉が入ると,木に現れる〈変化〉や〈時間〉は,〈歴史〉や〈魂〉のよ
(6)
うになり,深い愛情が湧いてくる」と論じている。
そして彼女は,客観的には汚れあるいは変化であろうものへのこの不思議な 感情(愛着)は,果たして文化なのか,それとも自然物がもともと持っている
(5) 田中優子 (2002), 「下駄をはく」,石川英輔• 田中優子著,『大江戸生活体験事情』,講 談社, 260頁。
(6) 田中優子 (2002), 「いろいろな木製品を使う」,石川英輔• 田中優子著,『大江戸生活 体験事情』,講談社, 273‑274頁。
449 消費資源投入の違いが導< "育てる 消費と 狩る 消費 ‑75‑
性質なのか,について考察している。彼女によると,「自然の側には『汚れ』
などないはずだ。問題はむしろ文化の側にあり,雨に濡れた石にはりついた落 ち葉を『汚い』と見る文化と,それを『美しい』と見る文化がある。散った花 びらを掃除の対象とする文化と,それを床の間にわざわざ飾る文化とがある。
かわら排泄物を汚いと思う文化と,貴重だと思う文化がある。欠けた瓦をごみ
(7)
と見る文化と,部屋に飾る文化とがある。日本の文化はすべて後者の方だった」。
多田(1988)も,日本人は葉っぱ一枚落ちていない庭には異様感を感じ,業っ ぱが散ったままになっている庭を好むし,月の場合でも,まった<満月であっ て,雲一つかかってないというのは何か異様感を感じ,少し欠けた感じのほう がいい,というような美意識があることから,「私たちにとっては,そういう 少しゅがんでいるところ,少し変化があるところ,じゅうぶんでないところに,
(8)
かえって美意識が働く」と語っている。このように日本人は自然に近い変化や 不完全性を好む傾向があることから,モノ消費においてもその使用に伴う変化 を受け入れ,それを楽しむ文化がある。これが製品自体を 育てる というこ とである。
なお,自然素材でない金属やプラスチックで作られた製品やハイテク製品の 場合には,育てる対象とはなりにくいであろう。金属やプラスチックも手入れ
をしながら使い込むことで,時間が歴史として刻みこまれ写し取られるが,そ れらは劣化であり,美しさとはなりにくいからである。また,ハイテク製品の 場合,便益を生み出すことにかかわる機能がデバイスに組み込まれているため
に,消費者が消費資源を投入して個客化を図ることが困難であるだけでなく,
技術革新のスピードが速いために,製品は急速に技術的に陳腐化してしまうた めである。
次に,作り手のマーケティング能力を 育てる とは,消費者が愛着を湧か せるようなモノの作り手と情報を交換したり,その作り手のモノを贔贋にする ことで,モノ作りを中心とするマーケティング能力の向上に貢献するというこ
(7) 田中 (2002), 前掲書, 260頁。
(8) 多田道太郎 (1988), 『身辺の日本文化』,講談社, 113頁。
とである。これは,同じ作り手の製品を反復的に購入することでその作り手の 経済的基盤を形成するとともに,情報交換を通じてモノ作りを中心とするマー ケティング能力の向上に貢献するということである。このことは作り手の成長 を促したり,消費者が継続的に愛着の湧くようなモノを消費できることを確実 なものにするだけでなく,消費者の中に作り手との一体感を生みだし,作り手 の成長を楽しむという効用を提供することになる。
また,消費者自身の消費資源としての知識・技能を育てるとは,モノ消費の 過程において消費者自身がそこから満足できる便益を引き出すのに必要とされ る知識や技能を習得することである。たとえば風呂敷や着物の使用において は,鞄や洋服の使用においてよりも高度な知識や技能が必要とされる。風呂敷 は一枚の布に還元できる包みであるために,水と同様に方円の器に従い,器が 丸ければ丸く,四角なれば四角になるというような臨機応変,自由自在という 便利さがある。少しくらいはみ出す大きな物でも,ヒモという補助的手段を使
うことで包み込むことができる。一方,鞄は選択的であり,形やサイズの合わ ないものを詰め込みができない(辰已, 2001)。この点では,風呂敷の方が受容 的・順応的である,あるいは自由度が高い。
しかし,風呂敷の受容性・順応性(あるいは自由度)を活用し,しかも美し
(9)
く見せるには,消費者側にそれらを引き出す知識・技能やセンスが必要とされ る。鞄の場合には,それ自体で形と美しさを備えている,すなわち消費におい て消費者が望む便益を引き出すために必要とされる知識・技能がその製造過程 においてモノ自体に組み込まれているために,使用による便益の生成・享受過 程ではそれらぱ必要とされない。したがって,使用過程において消費者側に要 求される知識や技能の点では,鞄の方が少ない。つまり,風呂敷は,包むとい う機能面において不完全であるが故に受容性・順応性(あるいは自由度)を備 えているが,一方でその不完全さを補う知識・技能やセンスが消費者側に要求 (9) センスや感性,身体的特徴なども消費,特に記号的価値を生み出すことを中心的な目 的としだ消費においては重要な役割を果たすことから,重要な消費資源と考えられる。
しかし,これらは修練すれば向上するというものではないために,本稿では, 育てる ための消費資源には含めていない。
451 消費資源投入の違いが導< "育てる 消費と 狩る 消費 ‑77‑
される。そのため,風呂敷を用いようとする消費者はそれらを習得しなければ ならないために,彼ら自身の知識や技能が向上することになる。鞄の場合には,
洋服などとの組み合わせに関する知識・技能やセンスが必要とされても,もの を入れることに関する知識・技能やセンスは必要とされないために,それらの 知識・技能は向上しない。
同様なことは着物と洋服についても当てはまる。着物も風呂敷と同様に,拡 げると一枚の布であるために,同じ着物を体形や身長の異なる消費者が着用で きるという受容性・順応性(あるいは自由度)を備えている。しかし,「着物 は洋服に比べて不完全な面が多い。洋服はサイズに合ったものを着用すれば,
そのままで済むが,和服の場合は自分で型を作らなければならない。洋服は着 用者の身休に合わせて作られてあるから,できあがった時点ですでに完成して
(10)
いる。従ってあえて自分で自分の型を作る必要はない」。着物の場合,消費者
(11)
がそれぞれに保有する知識・技能やセンスなどによって自分に合った型を作ら なければならないし,着方にその消費者の能力がそのまま現れてしまうため に,消費者は知識・技能を習得しなければならない。洋服の場合,その製造過 程において型を作るのに必要とされる知識・技能がモノ自体に組み込まれるた めに,消費者は自分に合った型を作る必要がない。このために,洋服の着方に も消費者の能力が現れたとしても,それは体形やライフスタイルにあった選択 や組合せを行う知識・技能やセンスだけである。したがって,洋服の着用に比 べて,着物の着用においてはより多くの知識・技能を習得しなければならない。
このように,風呂敷や着物のようにモノ自体に消費に必要な知識や技能が組 み込まれていないものを消費する場合には,消費者が自身の消費資源としての 知識・技能を高めることが必要とされるために,消費過程を通じて消費者自身
を 育てる ことになる。
(10) 辰巳慧 (2001), 『風呂敷文化と袋の文化』,晃洋書房, 81頁。
(11) 型というと,紋切り型とか,型にはまった,というようにマイナスの意味に使われる が,着物研究家の寺井芙奈子氏は著書『ひとつの日本文化論ー着物の心』(講談社, 1979 年)において,着用者の個性を現す, と型そのものを擁護している。
(3) サービス消費における 育てる 対象
サービス消費では,サービス自体の無形性と一過性のために, 育てる 対 象の中心はサービス組織のサービス・デリバリー能力であり,さらにサービス 組織のマーケティング能力や消費者自身の消費資源としての知識・技能も対象
となる。
サービス・デリバリー能力を 育てる とは,サービス・デリバリー・プロ セスの潜在的な品質生成能力を向上させることである。サービス自体は一定時 間にのみ存在し,一回の授受で消滅してしまうために,ある時点で受けたサー ビスを長期的に保持し続け,消費者自身の消費資源の投入によって品質向上と いう変化や個客化の便益を享受することは不可能である。そのため,そのよう な変化や個客化を生成することに直接的にかかわるサービス・デリバリー・プ ロセスの潜在的な品質生成能力が育てる対象になり,それらが育つことによっ て消費者は高品質のサービスや個客化されたサービスを享受できるようにな る。なお,品質生成能力を潜在的と限定しているのは,前述のように,サービ ス消費においては消費者もデリバリー・プロセスに参加し,サービス組織ある いは従業員と協働を行わなければならないために,サービスの品質は消費者の 顧客力にも大きく依存しているためである。つまり,サービス組織が高品質の サービスをデリバリーする高い能力を保持していたとしても,利用する消費者 の顧客力が低く,高品質サービスの生成に貢献できなければ,消費者は満足で
きる便益を享受できないためである。
サービス・デリバリー・プロセスとは,従業員,消費者,および設備・機器
(コンピュータを内蔵する,あるいはそれと接続された)がそれぞれ独立に,
あるいは協働して行う活動の連鎖であり,この効率と効果は以下のような 6要 因に影響される(拙稿, 2004)。したがって,デリバリー・プロセスの潜在的な 品質生成能力を育てるとは,消費者がデリバリー・プロセスに参加する過程で これらの要囚を監視し,ネガティブなフィードバック(苦情)を通じて問題点
(12)
の認知と改善を促すだけでなく,ポジティブなフィードバック(称賛やお礼)
を通じて優れた点の維持や更なる向上を促すことである。
453 消費資源投入の違いが導く 育てる 消費と 狩る 消費 ‑79‑
(1) デリバリー・プロセスを構成する活動内容の決定と明確化の質 (2) 各活動の主体と空間に関する決定の質
(3) 各活動が行われる順序と必要時間に関する決定の質
(4) 活動と活動の連鎖の仕方(無駄な時間を発生させない程度)
(5) 各主体がデリバリー・プロセスのスクリプトとそれぞれに割り振られた 役割を学習・理解している程度
(6) 各主体が割り振られた活動を適切且つ積極的に遂行する程度
(13)
デリバリー・プロセスに関与する主体の中でも,特にフロント・ステージの 従業員はサービス品質の形成や個客化において重大な役割を果たすために,従 業員の育成は重要である。当然,雇用主であるサービス組織は教育や報償制度 を通じてフロント・ステージの従業員の育成を行うが,消費者もデリバリー・
プロセスにおける従業員との協働を通じて育成に貢献する。サービス組織が大 規模で多くの従業員を雇用しており,しかも消費者がサービス・エンカウン
(12) サービス組織の従業員に対するビアリング調査から,利用客からのサービスに対する 称賛やお礼は従業員のモチベーションを高めることは明らかである。しかし,欧米人に 比べて,日本人はポジティブなフィードバックを行わない傾向があるようである。この ことは文化に由来する問題なのか,それとも利用経験の少なさに由来する顧客力の問題 なのか,については考察を行う必要がある。原因の所在が明らかになれば,ポジティブ なフィードバックを促すような施策の展開が可能になり,サービス・デリバリー能力の 向上を促すことが期待されるからである。
(13) フロント・ステージとは,バック・ステージとともにサービス・デリバリー・システ ム(サービスをデリバリーし,それを消費者が消費するシステム)を構成する空間であ る。フロント・ステージは消費者が参加する空間であり,バック・ステージは消費者の 参加はないが,フロント・ステージの活動を支援するような活動が従業員および設備・
機器によって提供される空間である。演劇のアナロジーでは,フロント・ステージは舞 台であり,そこで活動する従業員は役者に,消費者は観客に,その空間を形成している 物理的環境は舞台セットに相当する。
なお,空間には,物理的スペースだけでなく,メデイア・スペースも含まれる。メデイ アには,手紙,電話, FAX, インターネットなどが含まれる。 ITの進展とそのコスト 低下により,サービス・デリバリー・プロセスを構成する中核的活動および補完的活動 のすべて,あるいは一部をサイバースペースで遂行するサービスが増加している。なお,
サイーバースペースとは, SF作家のW.GibsonがNeuromancerという小説の中で生み 出した言業であり,コンピュータ・ネットワークによって創りだされるインタラクティ ブであるが,バーチャルなコミュニケーション環境である(拙稿, 2004)。
ター(サービス・デリバリー・プロセスにおける人的相互作用)を展開する従 業員を指名できない場合,それぞれの消費者の育成に対する貢献は小さいが,
多くの消費者が集団として長期的に貢献することになる。一方,サービス組織 が大規模で多くの従業員を雇用しているとしても,消費者がサービス・エンカ
ウンターを展開する従業員を指名できる場合や,わずかな従業員しかいない零 細サービス組織では,それぞれの消費者は反復利用によって従業員の知識や技 能の育成に大きく貢献することができる。相撲の谷町,芸妓の旦那衆,宝塚歌
(14)
劇団の 生徒 のファンクラブのように,成長可能性のある新人の贔贋となる というのは 育てる 消費の典型である。
しかし,すべての消費者が同じように従業員の育成に貢献できるわけでな く,貢献度は消費者自身の保有する消費資源としての知識や技能に依存してい
(15)
る。消費者の各サービス・カテゴリー(たとえばシティー・ホテル,フレンチ・
レストラン)の利用経験によって蓄積された知識や技能は,彼らが状況に応じ てどの程度適切な要求や行動を行うことができるのかを決定し,その適切性と 水準の高さが従業員を刺激し,彼らの行動や態度にポジティブな影響を及ぼ す。このことから,消費者がサービス消費を通じて,彼/彼女自身の消費資源
としての知識や技能を育てることも重要である。
次に,サービス組織のマーケティング能力を育てるとは,消費者が魅力を感 じるサービス組織と情報を交換したり,そのサービス組織を贔贋にすること で,サービス・デリバリー・プロセス構築の前提となる,消費者ニーズの把握
(14) ファンクラブは 生徒 (スター)ごとに存在するが,宝塚歌劇団はファンクラブを 建前では公認していない。しかし,ファンクラブの会員はスターの楽屋に入り,公演後 の楽屋出,本拠地での稽古期間中の出入りまで,夜討ち朝駆けで待機し,様々な肌話を 焼き,成長を支援している(川崎, 2005)。
(15) サービス・エンカウンターを通じて協働を行うようなサービスでは,消費者の保有す る知識や技能だけでなく,人間性も重要な役割を果たす。高水準の知識や技能を保有し ているとしても,人間性の面で劣る消費者は,従業員との間で効果的且つ効率的なサー ビス・エンカウンターを展開できない可能性があり,従業員にポジティブな影響を及ぼ さないかもしれない。したがって,サービス消費においては人間性も重要な消費資源で あると考えられるが,モノ消費におけるセンスや感性,身休的特徴と同様に,修練すれ ば向上するというものではないために,本稿では,消費資源には含めていない。
455 消費資源投入の違いが導く 育てる 消費と 狩る 消費 ‑81‑
やサービス・コンセプトの構築を効果的且つ効率的に行うことを中心とするマ ーケティング能力の向上に貢献することである。これは,同じサービス組織を 反復的に利用することで,その組織が成長するための経済的基盤を形成するこ とでもある。モノ消費の場合と同様に,このことは消費者が継続的に満足でき るようなサービスを消費できることを確実なものにするだけでなく,消費者の 中にサービス組織あるいはその従業員との一体感を生みだし,それらの成長を 楽しむという効用を提供することになる。
また,消費者自身の消費資源としての知識や技能を育てるとは,サービス消 費の過程,すなわちサービス・デリバリー・プロセスに参加し,従業員や他の 消費者などと協働し,あるいは設備や機器などの物理的環境を利用しながらサ ービスを生成し,同時に消費する過程において,消費者自身がそこから満足で きる便益を引き出すのに必要とされる知識や技能を習得することである。消費 資源としての知識や技能の向上は,消費者自身が満足できるサービスを享受で きるかどうかに影響を及ぼすだけでなく,前述のように,従粟員の育成にも影 響を及ぼすことから非常に重要であると考えられる。
しかし,この消費資源の育成は高品質のサービスの利用経験に依存すること から,消費者は潜在的に高い品質生成能力のあるサービス組織を利用すること で知識や技能を育てられ,向上した知識や技能によって育ててくれたサービス 組織の能力向上に貢献するという恩返しが行われることになる。このことは,
サービス組織の潜在的な品質生成能力と消費者の消費資源としての知識や技能 の間には循環的な相互依存関係が存在しており,市場における競争関係を考慮 しなければ,好循環が起これば両者とも成長できるが,悪循環が起これば両者 とも衰退するということである。また,潜在的に高い品質生成能力を備えたサ ービス組織を利用することで消費資源としての知識や技能が向上した消費者 が,新しくて能力が未熟なサービス組織を贔展にし,その成長に貢献するなら ば,高い品質生成能力が消費者を媒介としてサービス組織間を移転したことに なる。しかし一方で,先の悪循環によって消費者の知識や技能が向上しなけれ ば,消費者を媒介として未成熟なサービス組織に高い品質生成能力が移転され
ないために,成長が困難になる。このように考えると,特定の地域市場を構成 する消費者の消費資源としての知識や技能とその地域市場で活動するサービス 組織の潜在的な品質生成能力の間の循環的な相互依存関係は,その地域市場の サービス産粟の発展や競争力だけでなく,消費者の生活の質やサービス文化の 形成にも影響を及ぼすことになるために,好循環を生み出す仕組みが個々のサ ービス組織のマーケティング努力だけでなく,行政組織の政策として構築され る必要がある,と考えられる。
N. "狩る"消費としてのモノのブランド消費と
育てる 消費としてのサービスのブランド消費
(1) "狩る 消費としてのモノのブランド消費
消費を消費資源の投入や 育てる という視点でみると,日本におけるモノ 消費とサービス消費では,ブランド消費の意味が大きく異なっている。なお,
ここでのブランドとは,階級杜会を基盤に生まれたブランドを意味している。
市場には様々なブランドが存在するが,それらは歴史性の観点から,階級社会 を基盤に生まれたブランドと平等社会を基盤に生まれたブランドに分類できる
(拙稿, 2003)。階級社会を基盤に生まれたブランドとは,階級社会において,
王室や貴族のために注文生産されていた質の高いモノやサービスが,現在でも その高い品質を維持しながら熟練の職人によって生産されているものである。
一方,平等社会を基盤に生まれたブランドとは,アメリカで生まれた大量生産 のフォーデイズムに基づくものであり,標準化と大量生産を特徴とするもので ある。
H本では,この階級杜会を基盤に生まれたブランド(以下では,ブランドと 省略)の消費が世界的にみても著しく活発である。たとえば,ルイ・ヴィトン 製品全体の売上げは約 2,000億円で,日本人はその 35%のシェアを占めてお
(16)
り,売上げと利益に最大の貢献をしている。また,グッチの場合には,総売上
(17)
げの約 70%を日本人による売上げが占めている。しかし,この活発なブラン ド消費はモノ消費に限定される現象である。それは,以下で考察するようにモ