新刊紹介
これは日本のチべッ/L﹁といわれる岩手県の県北部の話であ
る︒啄木が育ち教員をしていたこの地域が︑今もなおどれはど
貧しぐそして悲しい物語に満ちているを︑我々に構いはど知ら
せてくれる本である︒少し引用してみよう︒
五月の如旬の日︑渋民村を歩いたときのことだ︒エ汐コ︵赤 /
ちゃんを入れるワラかど︶で眠?ている赤んぼの前に︑白米の
メソが置いてあった︒のぞきこむと︑赤んぼは死んでいた︒−
省略−役場まで埋葬許可証をとり紅いった父親が︑自転車で帰
ってきた︒酔っていた︒家につくと眉転車を押し倒して泣い
た︒・﹁百姓ほじえ︑働がねえば食えねえじえ︒食うぺえと思え
ば︑ワラス見られねえ︒見ないでれば︑こっただ︵こんな︶こ
と紅なる ﹂倒れた自転厨のうしろにトマトとキャベツの
苗が泥だらけだった︒−本番八頁
しかし︑この本ほただ督しさをとりあげたというだけのもの
でほない︒恐らくもっともすぐれた農村社会の解剖書の一つで
ある︒しかもその分析を支える視点が前述のようにすぐれて農
民的なのである︒そしてそれは︑著者が昭和二十一年から四カ
年間︑古着行商人として農村を歩きまわったという特異な体験 ものいわぬ農民 第三十一巻 第ご号
大卒羅良著
岩波新香 昭和三十三年二月 ︵二一四︶ 山二四
を通して始めて生れたものである︒背広を着たお上の役人でな
い著者は︑農家のいろり端で村人の本当の芦を聞き︑立ち入っ
たくらしのすがたを直接紅観察した︒古着をよく買ってくれる
家ほ︑くらしの豊かな家ではなく屋内の整然とした家でもな
い︒逆に貧しそう鬼家であり屋内があまり整頓されていない家
であり︑家族数の少い家であるという︒著者はこのことから農
家の家族制度を見事に説明してくれる︒同様にして農家のヨメ
とムスメはどんな点で見わけられるか︒ムコの地位はどんなに
低いか︒農民が世間体にどんなにしぼられているか︒またこの
ようなところに育った人にとっては︑かつての軍隊も生活向上
を意味する楽しいところだったこと等々︑農村のくらしを多方
面から解明してみせてくれる︒
著者は︑現在の仕事である﹁岩手の保健﹂の編集を始めたと
き︑自分の体験から︑この雑誌に何よりもまず農民の生の声を
ったえ︑農民の生活に密着することを心がけた︒保健の雑誌で
ありながら医者が番いていない︒ミ汐メな話ほかりで解決策が
ないというような批判を受けても︑それが都市の住人からであ
るかぎり著者ほ屈しない︒逆に遵民の支持を得て雑誌を農民の
いろり端に開激するのである︒著者によれば︑︑今日いぜん必要
なことほ︑農民文化を上からおしっけることでほなくて︑かた
くに閉じ・花農民の重いロを開かせることである︒そして農民の
芦が活字になり︑互いに深い共感を持ち得るよう直な六でこそ
始めて都市と農村が結びつき得ると主張する︒
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
ところでこの本を読んで我々がぎくりとさせられるのほ︑農
村調査に対しての著者の発言である︒戦後多くの調査がなされ
なされつつあるが︑それらがどれだけ農村の真実をつかんだ
か︒何人子供が欲tいかと尋ね︑二︑三人だという答を得て農
民意識の近代化を実証したと思う人は︑農民が実際にはどうい
っていかかを知っているのだろうか︒農家の間取調査で寝部屋
まで見た人は︑表面的に素直に応じた農民が陰でどんなに思っ
ているかを考えたことがあるだろうかと︑著者の不信を表明し
ている︒この本の内容の一部がかって雑誌﹁東洋文化﹂に発表
されたとき︑多くの研究者に反響を呼びおこしたのもこの点で
ある︒
日本の農村の実態をつかむことがどんなに難しいかを知らせ
てくれる本であり︑それ故にもっともすぐれた農村農業問題の
研究書である︒なお著者は自分の生い立ち︑経歴をかなり長く
書いているが︑滞洲時代のそれは︑帝国主義国と植民地との問
題の一端をあざやかに示していることも興味深い︒︵山名仲作︶
ものいわぬ農民 ︵一二五︶一二五