金沢 大 学十 全 医学 会 椎 誌 第10 2巻 第6 号 7 6 3‑7 7 5 (1 9 93)
抗 う つ薬( 3 環系 ・ 4 環 系 ・ ス リ ビリ ド) のネ コ の睡 眠 ・ 覚醒 周期に与える影響と 血中 濃度に 関する研 究
金沢 大 学 医 学 部 神経 精 神 医学 講 座 (主任: 山口成 良教 授)
清 田 吉 和
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本研 究は, 抗うつ薬の睡眠 ・ 覚 醒周期に与え る影 響と抗うつ効 果との関係を明ら かにすること を 目的と し た・ 脳 内に慢 性に電 極を植え込ん だ ネコ に抗 うつ薬を静 注し, 注 射 前 後の覚 酎 凱 徴 酎 凱 徐 波 睡 眠 期, 逆 説睡眠期の出現 軋 注 射後の各 期の出 現 薄暗を算 出し, 統 計学 的 検 討を加え た. いずれの抗 うつ薬でも 薬物 注 射 後に逆 説 睡眠の抑制が み ら れ, 同時に3環 系 抗うつ薬では徐 波 睡 眠の増 加が見ら れ, 4環 系 抗うつ薬とス ル ビリ ドでは, 微 睡 期と覚 醒 期の増 加が相 対 的に生じて いた・ 各 薬 物の 1mg/kg 投 与におい て の薬 物 注 射 後, 最 初の逆 説 睡 眠期が出 現 する ま での逆 説睡 眠 出現 港 晴は▲ ミ ア ン セリンとスル ビ リドを除いて, 神 経シ ナプス前 部でのセ ロ トニ ン再取り込み抑 制 効 果と, ノルアドレナリン再取り込み抑 制 効果との比の大き さの順 序に 一致し た. 3 環 系 抗うつ薬クロ ミプラ ミン
, 4 環 系抗うつ薬, お よ びスル ビリ ドにおいて は ト逆 説睡 眠期の抑制は 量 依 存 的 傾 向が見ら れ た. これ らの抗うつ薬によ る逆 説 睡眠期の減 少が,R E M プレ ッ シ ャ ー の増 大を生じ, 臨床 的な抗うつ効 果をもた らす ものと想定さ れ た. ま た, 麻酔ネコ で の薬物 急 性投 与 時における, 薬 物の血行 動態を推定 する た めの基 礎 実 験で
は, 各種の抗うつ薬 静 江後の薬 物の血中 濃 度の時 間 的 推移ほ, 薬物 速 度 論 的に 2‑コ ン パ ー トメ ントモデルもしくは 3‑コン パ ー
トメソ ト モデル に合 致し, 各 薬 物ご との平均 逆 説 睡 眠 出 現潜 時にお け る薬 物の血中濃 度は, クロミプラ ミンを除い て, 測 定可 能な範囲内であろうと推定さ れ た.
K ey w ords 3 環 系 抗 うつ薬, 4 環 系 抗 うつ薬, ス ル ビ リド∴逆説 睡 眠 抑 制 効 果, 睡 眠・ 覚醒 周 期
躁うつ病におい て睡 眠 障 害は, その基 本 症 状のひ とつ であ り, 抗 うつ薬が その効 果を表 すのほ, 睡眠障 害の改 善にあずか る た め とも 考え ら れ る. 抗うつ薬の生理学 的メ カ ニズムのひ と
つと し て ト逆 説 睡 眠(pa r ado xic al sle ep, r aPid eye m o v e m e nt sle ep, R E M 睡眠) の抑 制, ない し遮 断 (R E M sIe ep depriv ati‑
o n)l)がいわ れてお り, 3 環 系 抗うつ薬のイミプラ ミソ, クロ ミ プラ ミンは逆 説 睡 眠 出 現 薄 暗( R E M 薄 暗) を延 長さ せ, か つ R E M 睡眠時 間を短 縮さ せ る2) 3). ま た Kupfe r ら4 ) は1 9 7 2年 以
来, うつ病で は 入眠 後R E M 睡 眠が早く出現しやすい( R E M 潜 時短 締) ことに注目 して いる. Vogel ら5 )は R E M 睡眠のみの選 択 的断 眠が抗うつ効果を持つ ことに注目 し, うつ 病に対 する R E M 断眠療 法を行っ て いる. そ してその効 果ほ▲R E M 睡 眠 遮 断によって生 ずる R E M プレ ッ シャ ー (抑 制さ れ た R E M 睡 眠 を発動さ せ よ う とする力) によ る と考え, R E M プレ ッ シ ャ ー と 抑うつ症 状 改 善との間に用量一反 応 相 関がある と報 告し た6 ). 近年, 4環 系 抗 うつ薬 も 臨床に使用 さ れ, 睡 眠との関 係 も 報告 さ れ ている7) 8). そこ で, 従 来よ りうつ病の治 療に対し て用いら れてきたスル ビリ ドに つい ても, 睡 眠・ 覚 醒周期に対して どの ような効 果がある か を, 3環 系抗 うつ英, 4 環 系抗うつ薬と合 わ せ て比 較 検討 すること を目 的と し て本 研 究を行い, その血中 墳度についても検 討した.
対象お よび 方 法 1 . 睡 眠実 験の動 物 処理
実 験にほ よ く馴れ た成 熟ネコ2 3 匹 を 用いた. 電 極の植え込み 手術, お よ び実 験 手続 きの大 要は Ya magu ch i ら9 }, 安 藤I O), 竹
島1 1 ), 武 吋2)に記載さ れ た方 法で行い, 皮 膚 切開の場 合には, さ
らに カルポカインによ る局所 麻 酔を行った. 記 録用皮 質電 極と
しては直 径2r n m のステ ン レ ス鋼のね じ を 用い∴頭 蓋骨を通し
て硬 膜上に接 する よ うに植え込ん だ. 植え込み部 位は, 両側の 運 動 領(a nterio r sigm oid g yr u s, A S G ) お よ び体 性 感 覚 領 (po ste rio r sigm oi dg yr u s,P S G ) と し た. 不関 電 極と して ほ前屈 洞上壁の ほぼ 正中に, ま た接 地用電 極と しては後 頭 部の後 頚結 節の直前にそ れぞれ ね じ電 極を植え込ん だ. 深 部 電 極に ほ, ス テ ン レ ス鋼ル ンバ ー ル針(直 径0.8m m , 内 径0.5m m) に直 径 0.2m m のエ ナ メル線を挿入 し, エ ポ キシ ライト(epo xylite) を 焼 き 付 けて絶 縁処 理 を し た 同 心型 電 極を使用 し た. 同心型 電 極
の外 針と内針の先 端 間距離ほ約1m m で, そ れぞれの先 端よ り 約0.5m m の絶 縁 塗 料を剥 離し た. これ らの深 部 電極を刺 激 用 あるいほ深 部脳 波 記 録 用電 極と し て 用いた. 深 部 電 極の植え込 み部 位ほ, 刺激な ら びに導出部 位と して脳 幹 網 様 体に属する左 側 中脳 網 様 体 (left mid br ain r etic ula rfo r m atio n,L.M R F) と視
平 成5 年7 月1 9 日受付, 平 成5 年1 1月1 5 日受 理
A b bre viatio n s : A S G , a nteri o r sig m oid g yr u s; L . M R F, 1eft mi d br ain retic ula r form atio n ; P S G, pO Sterio r sigm oid
.g yru s; R. C L ,Tigh t n u cle u s central islate r alis ; R ・ D H IP P,
L
righ t dorsal hip po c am p u s.;・R E M , r apid ey与
m o v e m e nt ; R E M 期, 逆説睡 眠 期; R E M 睡 眠, 逆説 睡 眠; R E M 潜時, 逆 説 睡 眠 出現滞時; 生食, 生 理食塩 水; 徐波 睡 眠 期, 紡錘 波 ・ 徐 波 睡 眠 期; ス テ ー ジ, 睡 眠 ・ 覚醒期; 筋注, 筋肉 内 注 射
床 非 特 殊 核の右 側正中外 側 核(right n u cle u s c e ntr alislate r alis,
R・ C L ) に植え込ん だ. 導 出のみの部位と L て , 右 側 背 側 海 馬 (rightdo r s al hip po c a mpu s
,R .D H I P P) に植え込ん だ. これ らの 深 部電 極の挿入には Ja spe r らは, お よ び Snide r ら甘 の ア ト ラ ス によ り計 測を行い, 東 大 脳 研式 脳 定 位固定装 置を用い て行っ た・ そ甲 際, 挿入部 位の正確さ を期 する た めにR.C L で ほ電 気 刺 激によ り皮 質に広 汎に漸増 反 応(r e c r uiting r e spo n s e) が誘 発 されること を確 認し た. ま た R・D H IP P でほ電 極 刺入時の損 傷 発 射 (inju ry dis cha rge) が出現 すること を そ れぞれ指標と し た.
眼 球 運 動 記 録用 お よ び筋 電図記 録用電 極と し て は細い 7芯の ビ
ニ ー ル被 覆 線の先端を露 出し, そこをル ー プ状に形づくった電 極を 軌 、て , それぞれ 両側 外 限 角部 側 方 皮 下お よ び 両側後 頸 部 筋 肉内に留 置L た. 以上 全て の電 極か らの導線を ウィ ンチ ェス
タ ー( W in che ste r) プラグにハ ンダ付け し, プラグ を歯 科 用セ メ
ン ト で頭蓋 骨に固定し た. 実 験の際にほこ のプラグに脳 波 計と 連 結さ れ ているソ ケ ッ トを装 着し た. 呼吸曲線は飽 和 硫 酸亜鉛 溶 液を満た し たゴム管を腹 部に固 定し たものよ り誘 導L た.
2 . 脳 波 記録
無 拘 束 状態で の慢 性 実 験ほ手 術の影響な どの全 身 状 態を考 慮 し, 術 後2週 間以上の経 過の のちに行った. 実 験ほ‑ ほぼ 遮 音 さ れ た薄暗い, 冷 暖 房の調 節の効 く 部 農でな さ れ た. 動 物ほ シ ー ルドル 叫 ム内の観 察 箱 内に入 れ られ その前 面には 一方 向 性のガラスが, 実験 中の動 物の行動を観 察 する た めに設 置され た・ 実験 中の動 物ほt 記 録お よ び刺 激のた めの1 本に束ね られ た リ ー ド線が頭 部に接 続さ れて いる が, 観 察 箱 内を自 由に移 動 しうる状 況にお か れ た. ま た同一 ネコを繰り返し使 用 する際に ほ, 少なくとも1 週 間 以上の間隔を置 くようにL た. ま た動 物
の睡 眠 ■覚 醒サイク ルー5‑を考慮し, 常に 正午 前後に実 験を開 始 する よ う に L て, 同時に充 分量の食 事を摂っ ていること を確 認 し た・ 記録は前 述し た ご とく 皮 質お よ び深 部 脳 波, 眼 球 運 動,
筋 電 臥 呼 吸お よ び 心電 図のポ リ グラ ム記 録と し た. これらは 1 4素子 インク書 き脳波 計E E G 41 4 2(日本 光 電, 東 京) を 用い,
1・5c m/s e c の紙 送り速 度にて記 録し た. 動 物が観 察 箱 内に入 れ
ら れ, まず 最 初の紡 錘 波が出 現してからの 2時 間を薬物 投 与 前
の観察 期 間と し, 続い て薬 物を投与し, その後の4 時 間 もしく は 6 時 間にわ た り. 行 動 面の観 察 なども 併 行し な が ら連 続ポリ グラ ム記 録を遂 行し た. 漸増 反 応観 察のた めの視 床 核 (R. C L ) の刺激にほアイソレ ー タ ー 付き 電 子 管 刺 激装 置M S E‑3(日本 光 電) を用い,
パル ス幅0・5m s e c の矩 形 波を1 0秒 間に連 続8 0 回与
え た.
3 . ネコ の睡 眠・ 覚 醒 状 態と脳 波
ネコ の睡 眠∵ 覚 醒 状 態に つ い ては Ya m agu ch i ら9 ) や ! 竹
島I l ), De m e nt ら1 6 )の詳 細な分 類を参 考と した が, かなり煩 雑で
ある た めに, 実 際に は武 内1 2 }, O ku ma らl T )の記 載に基づき, 覚 醒 期 (w akefuln e s s stage), 徽 睡 期 (dr o w sin e s s stage), 紡 錘 波・ 徐 波睡 眠 期(spindling a nd slo w ‑W a V e Sle ep stage) ,逆 説睡 眠 期(pa r ado xic alsle epstage) の4期に大別し た. す なわ ち, 覚醒 期で は動物ほ常に開 眼して お り, 行 動 状 態に対 応し た ポ リ グラ ム変 化が得ら れ る. 動 物ほ行動 面上安 静である かよ 落ち着いて いないかの ど ち ら か であり, その皮 質 脳波では低 振 幅 速 波が出 現し,背側 海 馬 脳 波でほ4c/s前 後のβ律 動波が ほ ぼ連 続し て出 現 する・ 微 睡 期で は常に落ち着いた状態にて開 眼し てい号が,
時に は 一 過 性に開 眼 すること'も ある. 皮質 脳 波上 は 5 〜6c/s の 低 振 幅で 不規 則 な 徐 波が出 現し, 軽 度の徐 波 化 債 向を認め る.
海 馬 脳 波で は β波の連 続 性が悪 くな り, その振 幅の増 大が観察
さ れ る よ うにな る・ 紡 錘 波 ・ 徐 波 睡 眠 期 倫 披 睡 眠 期) では, 動 物は う づくま る か横た わ る姿 勢を と り閉 眼して いる・ こ の時 期
の初期にほ坐った ま ま開 眼し て頭を垂れて いることも ある が,
その後ほ 必ず 横 臥しく、・った り し た姿 勢を 示す. 皮 質脳波では 1 3c/s 前 後の いわ ゆ る紡 錘 波 群 発お よ び高 振 幅の不娩 則性 徐波 が み ら れ る・ 海 馬 脳 波で ほ 不規 則な高 振 幅 徐 波の出 現が顕 著で
ある・ 逆 説 睡 眠 期 (R E M 期) における動 物ほ ぐった り と横 臥し た状 態にあり, 必ず 頸部を床に落と して い る・ その際の筋 電図 は平 坦になっ て いる・ 時 折 認め ら れ る筋 肉の攣 縮(twitching) と 急 速眼球連 動(r apid eye m o v e me nt)が特 徴 的である. 皮 質 ほ覚 醒 時 脳波に類 似し低 振 幅 速 波 化 する・ 海 馬脳 波にほ律 動性 β波が連 続 的に出現 する が, 吉 本1 8 )が指 摘 する よ うに, 連 続 性
の良さ と 周波 数が増加する点で覚 醒 期と は異な る. 4 . 使用薬 物
抗うつ薬ほ′ 3環 系 抗 うつ薬である イミプラ ミ ン(imipr a mi‑
n e)・ デシプラ ミン (de sipr a min e), クロ ミプラ ミ ン (clo mipr a‑ min e)▲ ア ミ トリ プチリン (a mitrip t ylin e) といわ ゆ る 4 環 系 抗 うつ薬の マ プロ チ リン (m apr otilin e), ミ ア ン セリ ン (r nia n s e ,i̲
n)・ お よ び抗うつ効 果のある薬 物と し てス ル ビリ ド(s ulpiride) を使 用し た・ ま た対 照と して生理食 塩 水(生 食) を 用いた. これ ら ほいずれも 大腿 部 内側の伏在 静 脈よ り投 与し た. 薬 物の投与 量は 日常の臨床で使用 さ れ る量に近いものと し, 1 mg/kg を 基 本と し た. しか し薬 物の影 響を明 確に捉え る た めに ミ アン セ リンに つい ては 0・5m g/kg, マ プロ チリンにつ いて は 2mg/kg,
3mg/kg・ 5m g/kg, クロ ミプラ ミン に つ い て は ▲ 0.2mg/kg, 0・5m g/kg, の投 与 量での実験 も 行った. ス ル ビ リドに ついて は うつ病 治療効 果のある量を指標と し, 3m g/kg の投 与 量 実験 も 行った・ 生 食ほ NaC l と して1m g/kg の投 与と し各 薬 物の同 一 投 与 量で の実 験 例 数ほ 5 〜 6 例と し, 生 食のみ1 0例と し た.
5 . 採血実験
成 熟ネコ1 1 匹 を 用いて2 4時 間にわ た る薬 物の血中 濃度を測定 し, 標 準 代 謝 曲 線を求め た. ベ ン ト パ ル ビタ ー ル 3 5〜3 8mg/ kg の, 腹 腔 内注 射によ る麻 酔下で, 薬 物 注 射後2 分, 3 分, 5 分, 7 分, 1 5分, 3 0飢 1時 軌 2時 間, 4 時 軌 6 時 間, 8 矧 乳 1 0時 間, 1 2時 間, 2 4時 間におい て ヘ パリン洗 浄 注 師 凱 試 験 管を 剛 、, 各2・5ml の採血 を行い, 血清を遠心分 離 後凍 結 保 存し, 高 速 液 体クロマ トグラフ ィ ー 法相)によ り 血清 内濃 度を 測 定し た・ 測 定ほ各薬 物につき, 1m g/kg,3mg/kg,6m g/kg の
投 与 量でそ れぞれ 4 〜 6 例 実 施し, 必要に応じて 2皿g/kg,
4m g/kg で の測 定 も 行った. 薬 物は動 物の大 腿 伏 在 静 脈よ り2 0 秒 間につき1m g/kg の速 度で注 射し, 外 頸 静 脈よ り採血 を行っ
た・ ま たク ロミプラ ミソ 0・2m g/kg 投 与での睡 眠 実験に際し て は▲ 実 験 終 了 後に採血 を行い血清 内濃 度を測 定し た,
6 . 統 計 処理
ネコの睡 眠・ 覚 醒周期を既 述のご と く覚醒 期, 微 睡 期, 徐 波 睡 眠 期, R E M 期の4 期に大 別し, 薬物 注 射 前2時 間に対 応さ せ て注射 後 も2 時 間ご とに集 計し, これら を時 間 条 件と して注 射 前, 注 射後2 時 間, 4 時F凱 6 時 間, 8時 間と し た. 比較に ほ各 時 間条 件における睡 眠・覚 醒湖 (ス テ ー ジ) の出 現 率を角 変 換し仁分 散 分 析と Rya n の法2 0一によ るt 検 定を用いた. ま た 各 薬物 注 射 後, 各 睡 眠期が初め て出現 する ま での滞時 を求め,
秒 単 位の数 値を対 数 変換し各 薬 物につ いて比 較し検 定を行っ た.