"Helmbretht
"の作者 の身分 につ いて
(その二)
寺 田 龍 男
本 稿 目 次
2.HerbertKolb
の法律関係者説
2.1.序2.2.
作品内の法建関係記述
2.HerbertKolb
の法律関係者説
2.1.
序
既 に前稿 で指摘 したよ うに
Kolbはその演習 で,,,Helmbrecht"の作者 ‑ 彼 も
Wernher der Gartenaereがそれであ るとい う前提 に立 って いる‑ は 法律関係者 だ った とす る仮説 を展開 した
。1)Kolbによれば, この作品 の作者 は( その名前が現存す る一切 の古文書 に記 されて いない ことな どか ら,彼 が高 い 名声 を得 るほどに,,
gelehrt̀であ っ/ たか ど うか はわか らない ものの)本文 の内 容か らみて読書体験
(,Leseerfahrungeǹ )があ ったにちがいない とい う
。 2)他
※ 本稿 は前稿 ( 寺 田
,1987)と同様,昭和
60年度文部省在外奨学金給費学生 として ド イツ連邦共和国 ミュ ン‑ ン大学 に学 んだ際,
HerbertKolb教授 のゼ ミナール
"Die ErzahlungYonHelmbrecht"
(1985/86年度冬学期)で同教授 の指導 を受 けた研 究の成果の一部 をまとめた ものである。 本稿 の成立 にあた って も
Kolb教授 をは じ
め,浜崎長寿教授,中川勇治教授,浜田敏道民
,Andrea‑MariaFalge,そ して
Otto Putzにお世話 いただいた
。あつ く御礼を申 し上 げたい。
1
)寺 田
1987,S.129.なお
Kolbは以前 にこの作品の作者 は
Fahrenderだ ったとす る 見解 に与 していたが,演習 の際の筆者 の問いに対 し,現在ではこの考えを保持 して
いないと述べた
。(Vgl
.Kolb1962,S.17f . )
2)Kolb
の この表現 は作者 の 「 識字力」を前提 に している。なお前稿 で予告 した識字力 や ラテ ン語 の,いわゆる 「 教養」問題 ( 寺 田
a.a.0.,S.146および
150)は,紙数
〔1
1 1 〕
方 当時の成文法 に記載 されたい くつかの法的事項 に対応 す る ‑ おそ らくそれ らの専門的知識 に裏打 ちされた とみ るべ き ‑ 点 が
,,Helmbrecht"のテ クス ト 内 に少 なか らずみ られ るとい うことか ら,
Kolbは作者 が当時 の法律, 特 に安 全 ・平和 に関す る法 の起草 ない しは記述 に関係 が あ った人物 で はないか と推測 して いるのであ る
。そ こで まず本稿 で は, この作品 の中か ら何 らかの形 で当時 の法体 系 にか かわ る記述 の主 な ものを以下 に抜 き出 して ま とめて み る
。なお
Kolbの説明 は白頭 によ る簡潔 な ものだ ったので∴ ここで は主 と して これ まで 何人かの研究者 によ って議論 ない しは指摘 されて きた箇所 を中心 に据 え, これ に批判 ・検討 を加 えなが ら紹介 して ゆ くことにす る。 さ らにそれ らは当時 の代 表 的成文法 であ る
"Sachsenspiegel"( 以下
Ssp.と略す、 ) と可能 な限 り対照 し, 場合 によ って は
"Deutschenspiegel" ( 同
Dsp.)と
"Schwabenspiegel" ( 同
Swsp.)もとりあげ る。
2. 2.
作 品内の法律関係記述
Ⅴ.147‑150
darmach gap dazgetriuwe wip/ irlieben sune an sinen lip/ keten‑
wamb壬sundeswert:3)
(さ らにまた,その気 だてのや さ しい女 は,愛 す る息子 の身 に鎖 かたび らを着せ剣 を はかせてや りま した。
) 4)中世 当時 め農民 は こう した騎士 階級 に属 す る武具 を携 えて はな らなか ったか ら, これ は違法行為 であ る
。 5)の都合 によ り次稿 以降 で扱 うことにす る。
3)
以下 引用例文 はすべて
Ruhの校訂版
(1974)によ る
。4)
以下訳文 は浜崎長寿教授 の翻訳
(1970)を引用 させて いただ いた。前稿 同様,前後 の コ ンテ クス トを切 り離 した形 の引用 なので,部分 的 に字句 を生硬 に改 めた ところ が あ る。
5)Brackertetal.1972,S.141.Vg
l .ミッタイス
etal.1971
,S.317お よび
423."Helmbrecht
"の作者 の身分 につ いて (その二 )
113Ⅴ.169
sikouftim tuoch,dazwasbl畠.
( 彼女 は息子 に青 い布 を買 ってや りま した。)
青 い布 をまとうことは,当時 のオース トリアの
kleiderordnungで は農民 に は祝祭 日と日曜 日 しか認 め られていなか った とい う
。6)Ⅴ.255f.
darzuogibeichalliujar/zerehteminenzehendengar:
(それ にわ しは毎年 きちん と十分 の‑税 も納 めて い る。)
当時 の農民 は領主 に対 して, た とえば収穫 な ど諸 々の収入 の十分 の‑ を納 め るこ. とが義務づ け られていた ( 十分 の‑梶)
07)ちなみに ここで主人公 の父親 が 農夫 と して は裕福 な方 であ った ことがわか る。 当時 の農民 は結局十分 の‑ ど
ころか平均的 にみて収穫 の半分 を貢租 などで失 い,隷属農民 な どの 「 村人」 はき わ めて貧 しい生活 を送 って いた
。8'それ に もかかわ らず この農夫 は
vriman / vriwipをかかえているのである
。9)Y.290f.:,orden
̀ ,
,ordenungè両者 とも,元来
「( 神 の意志 によ って与 え られた)身分 の定 め」 を表す
。 10)Ⅴ.345‑348
und neeme.ein rehterhoveman/ den gebtiren swazeriegewan
,
/der gedingetdochzejungestbaz/danneda.6)Ruha・a
・0 ・
,S・82お よび
Brackertetal・a・a・0 ・
,S・141・
7)Ssp.Ⅱ 48.4‑12
,
Ⅱ58.2.( 久保
etal
.197 7
,S.199‑202,209f . ) お よび
Brackertetal.a.a.0.,S.142.なお
Ssp.か らの引用 はすべ て
Landrechtで あ
る
。8)A.ボ ル ス ト1987,下S.31
およ び
0.ボ ル ス ト1985,2S.146. 9)本稿
Ⅴ.711の項 を参照 され た い。
10)Cough1947,S.12;Speckenbach1974,S.91
f .
(はん ものの さむ らいが百 姓 の持物 をめ しあ げ るときには,結局 は裁 きの場 に出 て お前 なん ぞよ りず っとうま くや りおおせ る ものだ。)
この文 自体 は,作者 が法律関係者 であ ろ うとなか ろ うと誰 で も口に しうる類 の ものだ ろ うが,厳然 た る身分秩序 を受 け入 れ る保守 的 な姿勢 が背後 に存在す るの は明 らかであ る
。なお ここに出 る
,gedingeǹとい う動詞 は, 「ある事 に法 廷 で うま く決着 をっ ける」 とい う原意 を持 っ語 であ る
。 11)Y.349‑357
nimstdaim einfuoter
,
/liebersun∀ilguoter,
/gewinneterdinoberhant, /
S6bistdQbtirgeundephant/fiiralledieim habeqgenomen・/erl負tdich nihtzeredekomen,
/diepfennigeallesintgezal t; /
zegoteh畠tersich versal t
ノ slehterdichan den roube.( お前が百姓 か らほんの これ っぽ っちの飼料 で もとって,いいか,も しもその男 に とり押 え られで もしよ うものな ら, そいっか ら物 を とった奴等 みん なの罪 をお前 ひ と りで背負 わ され ることにな るんだぞ。一言 もいいわけ させて もらえず, たち まちの うちに一巻 のおわ りだ. お前 が物 と りを して いる時 に, も しその男 がお前 を殺 して も,彼 はただ天罰 を加 えてや った と思 うだ けだぞ。)
Kolbは演習 の際 に ここを当時 の法 に対応 す る記述 で あると述 べたが, その
根拠 にな りうるものに次 の例 があ る :
「 誰 しも平和破壊者 を殺 しまたは傷 っ けた者 は,彼 ( 平和破壊者 )の逃走 中 また は 彼 が平 和 を破 った行為 の際 に彼 を傷 っ けた旨, 自分 と も七 人 で立証 しうるな ら ば, それにつ いて償 いな しで済 む
。」 (Ssp.Ⅱ 69)12)窃盗 は中世 当時 きわめて重 い罪 とみな されてお り, それだ けで 自身 の平和 を 失 う, つ ま り死刑 に値 す る行為 だ ったので ある。1 3 ) しか も現行犯 であればひ と
ll
)Rub a.a.0リ
S.83および
Tschirch1978,S.181.
12)久保
etal.a.a.0.,S.223.13)
註
21 ) を参照 されたい。
"Helmbrecht
"の作者 の身分 につ いて ( その二 )
115言 の弁明 も許 されない とい う厳 しい扱 いを受 けた ことは, 中世 当時 の刑罰思想
によ って も裏 づ け られ る。1 4 )先 の
"Helmbrecht"か らの引用例 は∴ 特 に後半部 分 で当時 の法 によ く対応 して いるといえ よ う
。Y.419
lamich azdinerhuote
,
( おれ の ことな らもう構 わないで くれ,)
この
,huotèは, ここで は 「 妻子 に対 す る家長 の保護 とその規定 ( 権利 ・義 務
)」を表す ( 今 日法 的 には
Muntとい う語 が用 い られ る)。なお これ と同 じ意 味 を もっ
,Zuht̀(ここで は 「 親 の子 に対 す る養育権」が問題 にな って い る)も
Ⅴ.4 2 5 , 4 2 7 , 4 3 5 に出て い る
。 15)Ⅴ.426
nOzu?desdernevesi!
(ど うな って も, もうわ しは知 らないぞ。)
同様 の表現 が中世 の文献 にはかな り出 るが, これ は明 らか に法律 的背景 を も つ もので あ るとい う
。またその頻度 の高 さか ら, 一種 の
Formelで あ った と解 されてい る
。16)Y.480‑482
manlisetzeRらmeanderphahtノ einkintgevaheinsinerjugent/Yon sinem totemeinetugent.
(ローマの法律 によると [ それを読 む とわか るが],子供 は小 さい ときにその名付
14)
た とえば ミックイス
etal.a.a.0.,S.56ff.を参照 された い .
15)Cough1947,S.17;Brackertetal.̲a.a.0.,S.143;Speckenbacha.a.0.,S.
102f.;Ruba.a.0.,S.84;Tschircha.a.0.,S.182.
16)
この点 に関 して は
Gough (a.a.0.,S.18)および浜崎
(a.a.0.,S.161) の解説
が詳 しい
。Vgl.Brackertetal.a.a.0.,S.143.け親 次 第 で資質 が そ なわ るん だ そ うだ。)
ここに書 かれ た ことが実 際 に ローマの法 にあ るか ど うか の真偽 は別 に して も, その ローマが教会 に関す るすべての法令 の元締 めであ る教皇庁 の所在地 で あることは論 をまたない。また
,phaht̀ ‑ 「 法」や 「 法律書」を意味 し,ラテ ン 語 の
pactumと同様 ‑ とい う語 を用 いて いることか らも,何 らかの形 で作者
に法的知識 があ ることを窮 わせ うる所 で はあ る 。1 7 )
空想 をた くま しくすれば,識字力 のあ る作者 が このよ うな科 白を与太者 の主 人公 に吐かせて聞 き手 の笑 いを誘 ったか もしれない。 もっとも識字力 のない作 者 が,遂 に背 のびを した言 い方 で聴衆 を楽 しませたのか もしれないが。
Y.571
ichwilden phluogewidersagen.
( す さの仕事 な どお ことわ りだ な。)
これは農業 と縁 を切 るとい う宣言 であ るか ら,先 の
419行 目よ りも一層強 く
「 父親 の保護 とその生活圏 を離 れる」ことを表すが,それだ けでな く同時 に父親 と対立 す る関係 に入 ることを も意味す る。 これ は きわめて重大 な問題 であ る。
なぜな ら 「 或 る人 が, 自分 自身 のために約定 した平和, これを破 るな らば, そ れ は彼 の首 に及ぶ ことにな る」 が
,18)生 まれつ いての身分 に属す る平和 な ら,
「 約定」 以前 の問題 だか らであ る
。ここで用 い られてい る
,Widersageǹとい う 動詞 は,封建法 で は 「 平和 を破 り対立関係 を宣言す る」 とい うほどの意味 を も っ術語 であ るか ら,主人公 はごうした宣言 によ って法律上農民身分 を離 れ, こ れ に よ って農 民 と して の権 利 を失 い, つ ま り転 落 し, や が て有 害
(land‑schadlich)
人物 にな って行 くのであ る
。19)17)Brackertetal.a.a.
0.
,S.144;Ruba..a.0.,S.84. 18)Ssp.Ⅱ 9.2.( 久保
etal.a.a.0.,S.240)19)Lange 1970,S.232;Brackertetal.a.a.0.,S.144;Speckenbacha.a.0.,S 102ー;Ruba.a.0.,S.85.
"Helmbrech
t l 'の作者 の身分 につ いて ( その二)
Y.660‑682
117
anroubewarters∂swindeノ swazeinanderligenliezノ insinensacerg allezstiezノ ernan ezallezgemeine:/deheinroupwasim zekleine
,
/im wasouchnihtzegr6Z./ezwaererQch,ezweereb16Z,
/ezwzEtrekrump,ez w記reSleht.
/daznam allezHelmbreht,
/desmeierHelmbrehteskint./er nam dazros,ernan dazrintノ erlieden mannihtleffelswert;/ernan wambisunde‑swert,
/ernan mandelunderoe,
/ernam diegeiz,ernanl
sider・/rbckel,pheitden̲wibe/Zach erab dem libe
・
/irktirsen und ir mandel
ノ desbetergernewandel,
/d8inderschergemachetzam,
/daz erwibeniegenam :(もの とりにか けて は,彼 はいかん な く手腕 を発拝 し,他 の者 が手 もつ けず におい た もので も,一 ことごと く嚢 中 にとりこみ ま した。何 で も手 あた り次第 ごっそ りと 奪 いとり, くだ らない物 だか らとい って馬鹿 にす ることな く, また, どんなにす
ごい獲物 に も満足 は しませんで した
。安 もので あろ うと,上 もの であ ろ うと, 曲 って いよ うと, ま っす ぐであろ うと,農夫 ‑ルムブ レヒ トの子, ヘルムブ レヒ
トは何 もか も奪 いさるので した。馬 を とり,牛 を とり,小 さ じばか りの値打 の も のまでひ とっ残 さず;ジャケ ッ トや剣 を とり,外套や上着 を とり,雌山羊 を とり, 雄 山羊 を とり,雌羊 を とり,雄羊 を とりま したが,後 に彼 は, 己が身を もってそ
の償 いをす ることにな ったのであ ります。彼 はまた,女 の体か ら上着,下着 をは ぎとり,毛皮 の衣 や外套を とりま した。後 に役人 の手 で とりひ しがれた とき,女 か らものを取 るなど しなければよか った と思 った ことで しょう0)
こ こで は主 人 公 が 出奔 した あ とで盗 賊 騎 士 の一 味 に加 わ り, 一 年 た って
(Vg l
.Ⅴ.810f.)最初 の帰郷 をす るまでの問 にどの よ うな悪事 を働 いて いたか
が ご く大雑把 に記 されて いる。 しか しど こを読 んで も窃盗 ・略奪 を繰 り返 した
ことが語 られ るのみであ り, この間 に彼 が
landschadlichな男 と して司法機 関
か ら手配 され, て いた こと, よ り正確 には, その よ うな人物 と して の了解 が現実
の作 品受容者 に得 られた ことは間違 いあ るまい。 この物語 の最後近 くで彼 と仲
問 らが 「 現行犯」 と して
20 ) 捕 え られた後,裁 きの場 で審理 な しに即刻処刑 され た とい う描 き方 は, こうした前提 に立 って初 めて理解 され るのであ る
。21)なお 本文
676行 に出 る
,hiutè(
<hat:Haut)は文脈上皮膚 の刑,つ ま り 「 苔刑
」‑これ は斬髪刑 とともに 「 皮髪刑
」 (Strafen zu Hautund Haar)をなす ‑ 杏 意味 しうるのだが, ただ これ はふつ う,死刑 や手足 の切断刑 に値 しない軽犯罪 に適用 され る刑罰 であ るか ら,
‑Tsthirchの よ うにその まま解釈 して は前後 の 辻複 が合 わな くな って しま う。そ こで ここで は浜崎
,Brackertらの解釈 に従 っ
た 。22)23)
Y.693f.
zehoveerurloupd6nam/undzedem gesindesam
, ( そ こで, あ る じゃ朋輩 にい とま ごいをいた しま した,)
,urloup
・とい う語 は周知 の通 り
「( 主君 の許 を)立 ち去 る許可」を表すが,法 的 にみて も古来 の習慣 を受 け継 いだ
Lehnsrecht( 封建法) 上 ひ とつの術語で
20)
本稿
V.1652‑1654および
1667f . の項 を参照 されたい。
2
1 ) さ もなければ,つ ま り一般 の裁判 で は弁護人 を立 てて審理 を受 ける権利 があ ったの だが,有害人物 にはこれが認 め られて いなか ったのであ る
。Vgl.Ssp.Ⅲ35.1およ び
Ⅲ36.2( 久保
etal
.a.a.0.,S.267f f . ) および
Langea.a.0.,S.229.なお
13世紀当時,死刑 に値す る犯罪 には,殺人,強姦,誘拐,放火殺人,強盗,窃盗,育 信行為,異端行為,不貞,押 し入 り,不当な復讐行為等多数 があ った
。Vgl.Lange a.a.0.,S.231および
Ssp.Ⅰ68
.4,II13.1およ び
4‑J7,28.3,39.1, Ⅲ
1.
1
( 項 目は久保
etal.a.a.0.による) 。
22)
久保
etal.a.a.0.,S.231;ミッ クイ ス etal.a.a.0.,S.424;Tschircha.a.0.,S.97;
浜崎
a.a.0.,S.57;Brackertetal.a.a.0リ
S.41
.23)
本文 に
Ⅴ.681を初 め と して
V.1262,1620,1625,1630,1642,1647,1679,1746に出 る
,schergè ‑ これ らの個 々の意味 につ いて は多 くの研究者 が様 々な議論 を展開 して
いる 。た とえば
Schergeが死刑 の執行 まで行 ったか,など ‑ は単 に
"Helm‑ brecht"と当時 の法 との関わ りだけでな く, この作品が どこで最初 に作 られたか と い う問題 に も大 きな意味を もっ。しか しここでは
Ⅴ.1018に
,hahzerè「 死刑執行人」
とい う語 が出 るとい うことと, 文脈 によ って
,schergèの機能 も変 わ りうるとい う 点 を指摘 す るに とどめ る。
Vgl
.Schiffmann1917,S.5f.;Panzer1925.,S.147f f . ;
Langea.a.0.,S.225;Brackertetal.a.a.0.,S.145および
154;Speck enbacha.a.0.,S.95f.;Ruha.a0.,S.XXf.,,Helmbrecht
"の作者 の身分 につ いて ( その二)
119あ る。2 4 )ここで はさ らに, 主人公 がその首領 であ る盗賊騎士 や仲間 の許 を離 れ
る場面 で, 本物 の宮廷生活 に用 い られ るの と同 じ
Formelが使 われて い るとい うことに も注意 すべ きであろ う
。思 い上 が った主人公 が農民 出身者 にふ さわ し くない行為 を して いい気 にな って いる様子 を措 くことで,作者 が他 の箇所 と同 様受容者 に対 す る心理 的効果 ( 違法行為 に敏感 にな ること) を狙 った と考 え ら
れ るか らで あ る
。Ⅴ.711,1088:,friwip̀
Ⅴ.743,1727:,frimaǹ
既 に指摘 したよ うに, これ らは主人公 の両親 の許 で, いわゆ る 「 体僕」状態
(leibeigep)2 5
)でな く報酬 を受 け取 って働 いて いた者 たちを さす表現 で あ る。
このよ ぅな
Obermagd,
Oberknechtを所有 す る権利 は
,13世紀 当時 の農民層 にあ って はたいへん狭 く限定 されて いた とい う
。その意味 で この主人公 の父親 は,農夫 と して はきわめて裕福 な暮 らしを して いた ことがわか る。(これ らはさ
らに,「へ たな宮廷人 にな るよ りは畑 を耕 して いた方 が よ っぽ どいい」(
Ⅴ.1104‑1114)
とい う発言等 か らもうかがえ る。)
,friwip̀ ,
,frimaǹとい う表現 は,今 日よ りは るか に広 い意味 を持 って よ り一般的 に用 い られ た
,kneht̀に比 べて, その ( 相対的 に) 自由な地位 をは っき り示 す f =め,明 らか に法体系 にそ った も ので あ ると言 え る
。26)24)Brackertetal.a.a.
0.
,S.145f.25)
訳語 は久保
etal.a.a.0.
,S.95等 による。
26)R.Schr6der1870,S.302;Brackertetal.a.a.0.,S.146;Speckenbacha.a.
0.,S.101.Vgl.Swsp.Landrecht308(Km);"ezsolnitrechtniemantaigen lawthaben wann dew gotzh且wservnd dasreich vnd ftirsten vnd frey herren vnd mitterfreyen.Werdienstman istdermag nichtaigen l畠wt haben.ein legleich man deralgen istdermag nichtaignerlewthaben."
(
「 教会,帝 国,諸 公, フライエ ・‑‑ レンお よび中級 自由人以外 は当然隷属民 を所有 すべ きでない。家人で あ る者 は隷属民 を持 っ ことがで きない。誰 であれ隷属 してい
る者 は自 ら隷属民 を持 っ ことがで きな
小 。」 Eckhardt1974,S.384.によ る)
Vgl .
Dsp,61
.(Eckhardtetal.1933,S.134f.)Ⅴ.970:,reht̀
中世 の法が今 日にい う 「 法」 と 「 権利」 を区別 していなか ったことはよ く知 られているが,
27)Tschirchはこの語が中世当時,人 々の行動 に規範 を与 え るすべての ものを含んでいた と特 に述べている
。つ まり他人が 自分 に対 して守 るべ き法的秩序 ( 今 日にい う自己の権利) と自分が他人 に対 して満 たすべ き道徳的 要求 ( 今 日にい う自己の義務) の両方 を
,reht̀が意味 していたとい うことを, 即 ち今 日の
Rechtよ り広 い意味があ ったと彼 は指摘 しているのである
。28)ただ し久保
etal . の注釈 によると,
,reht̀を法 と訳 した場合,これ は 「各人生得 a ? 社 会的身分法
(Standesrecht)」の ことであ り,「 権利 というのは,特定 の出生身 分への所属 に もとづ く諸権利 の こと」 であるとい う
。29)Y.1019
ahtundbandazisteinspot.̀
( 追放 だ とか,破門 だ とか, そん な ものはお笑 い ぐさだ よ
」。),acht
̀は ここで は皇帝 あ るいは国王,つ ま り世俗権力 の最高 の地位 にあ る者 が下す追放刑であ り,
,baǹは教皇,つ まり宗教界の最高権力者 が下す最 も厳 し い刑 ( 破門)をさす。3 0 )とくに
Achtを被 った者 は法的保護 を失 うので,制裁の 時決定的 に不利 になるはか,誰 に拘束 されて も, またその際抵抗 して殺 されて も,拘束 しようとした者 は罰 されなか った
。31)っまりこれ らを宣告 され ること は平和喪失者 となるのに等 しいことであ った
。32)"Helmbrecht"においては,主 人公がそ うした不都合を目に もかけないとい う態度 を とっていることか ら,俗
27)
た とえば ケル ン
1968,S.129.28)Tschircha.a.0.,S.190. 29)
久保
etal.a.a.0.,S.54.3
0)浜 崎
a.a.0.,S.165f.;Brackertetal.a.a.0.,S.149.Vgl .ミックイス
etA
l.a. a.0.,S.498f.31)Schott1984,S.391f.;Ssp.Ⅲ 34.1‑3,54.3,63.2.
( 項 目は久保
etal.a.a.0.
によ る)
32)
「 平和喪失」 の概念 については ミッタイス
etal.a.a.0.,・S.58ff.に詳 しい。
"Helmbrecht
"の作者 の身分 につ いて (その二)
121界 ・宗教界双方 の価値観 をわか ち もつ ( 農民)共同体か ら彼が離 れて しま って
いることがわか る
。33)Y.1067‑1070
einfuhspelzs6guoter
,
/denbrahtersinermuoter/Helmbreht,derjunge knabe;/denzachereinem pfaffenabe.( 母親 には立派 な狐 の毛皮 を この′ ト冠者 ‑ル ム ブ レヒ トは土産 に もって帰 りま し たが, それ は或 る坊 さんか ら召 し上 げた もので した。)
Y.1074‑1076
einem kramerbetergenomen/eins王dingebindeノ dazgaperGotelinde
, (あ る小商人 か ら絹 の髪 リボ ンを と って持 って お りま したが, それを彼 は ゴテ リ
ン トにや りま したO)
・ これ らの贈 り物 は主人公が まともに手 に入れた もので はな く聖職者 と商人か ら奪 った と記 されて いるが, この両者 は当時 の成文法 で はとりわ け厚 く保護 さ れ るべ き存在 だ った。 そのため これ らの人 々に悪事 を はた らくことは死刑 にさ え値 したのであ る。 この点 につ いて
Kolbは特 に
Dsp.の次 の条文 を引用 した :
Nieman macden rehtenstr畠zraupbegan wanandrierhandeliuten:an pfaffen,anpilgrimen,ankaufliuten.Sw+erdieberaubetafderstr且ze,den solmanhenkenzederstraze,nihtandengalgend急mananderliuteane henke
t
.Anderraubersolmanenthanpten.(Dsp.42§1)34)( 真正 の辻 強盗 とは次 の三者,即 ち聖職者 ,巡礼着,商人 に犯 す行為 にはか な らな い。 これ らの人 々に路上 で強奪 を行 う者 は誰 であれ, これを,他 の者 をっ る し首
33)
なお これ ら王権 ・教皇権 が当時 の法体系 に と って いか に重要 であ ったか は
,Ssp.早
Dsp.がその記述 の一番初 めに両者 を置 いて い ることで もわか る。
(Ssp.Ⅰ1. 1.
[久保 eta
l
.a.a.0.,S.33.
]Vgl.Dsp.1[Eckhardtetal.a.a.0.,S.81] お よび
Swsp.Landrecht 1 [Eckhardta.a.0.,S.42])34)Eckhardtetal.a.a.0
リ
S.118.Vgl.Swsp.Landrecht40(Eckhardta.a.0リ
9
1 ).
にする処刑台ではな くその路傍でつ るすべきである。 これ以外の強盗 は断首すべ きである。)
Nusultirho∋ren,anwem mandenstrazraupmtigebegan.Daztuotman anpfaffen,obsipfaflichevarnt:rehtumbeschorn,pf畠fl王chegewant,ane allerhandegew記fen;pilgrimediestap und taschen von irliutpriester genomen habent;kaufliute die Yon lande ze lande varent unde Yon
/
zungen ze zungen unde Yon einem ktinicriche in dazander.An den begatman denrehtenstrazranp.(Dsp.42§3)(34)
(さてどんな人に辻強盗が犯 されるかをお聞かせ しましょう。 これはまず聖職者 である. もし彼 らが聖職者 に相応 しいもてでたちでいる,即ちきちん と剃髪 し,そ れ らしい衣服をまとい, いかなる種類の武器をも携帯 していないならば。次に杖 とかばんをその司祭か ら得た巡礼者。そ して (最後に)国か ら国‑,言葉か ら言 葉へ,そ してある王国か ら別の‑と渡 る商人である。 これ らの人々に真正の辻強 盗 は犯 されるのである。)
こ う した記 述 に よ り, 主 人 公 の Helmbrechtが既 に死 刑 に値 す る大 罪 人 に な って い る ことは明 らか で あ る。35)聖職者 は と もか く, 商 人 が こ う して保 護 さ れ たの は,お そ ら く経 済 的 な理 由 に よ るので あ ろ う。 た とえ ば久保 etal.に よ
\
れ ば,「国王 ・諸 侯 は,彼 らの支配 領 域 内 にお いて,旅行 者 (なか ん ず く市 場 を 訪 れ る商人 ) に武 装 した護 衛 を附 けて道 中 の安 全 を保 障 し, その報 償 と して旅 行者 か ら手数 料 を徴収 す る特 権 を有 した
。
」36) ほどだか らで あ る。なお こ こを含 めて作 品 の数 箇 所 に出 る, 略奪 に よ って得 た 「贈 り物」 は ほ と ん どみ な農民 に は相 応 し くな い, あ るい は彼 らが身 につ け る とよ り高 い身 分 の 者 の特権 を犯 す とされ る もの ばか りで あ る。37)
35)Langea.a.0.,S.228;Brackertal.a.a.0.,S.149.
36)
久保
etal.a.a.0.,S.174.Vgl .ミックイス
etal.a.a.0.,S .
230および
390. 37)浜崎
a.a.0.,S.166.;Brackertetal.a.a.0.,S.149."Helmbrecht
"の作者 の身分 につ いて ( その二)
V.1129‑1133
123
mirh畠teinricherget急n/soleide,dazmirnieman/alseI∀ilget畠nhat:/ tiberminestotensa
t
/sachichineinesriten.(いっか或 る金持 のやっが, だ れ もまだ此 のおれ にそん な仕打 ちを した ことが な い ほど,酷 い ことを しやが った。 そいっがおれの名付 け親 の畑 を,馬 にの って踏 んで通 るのおれ ば見 たんだ。)
元来畑仕事 を嫌 って家 を飛 び出 した主人公が こうした ことで怒 るのはどこか 滑稽 だが,畑 ( の種) の上 を馬で歩 くことは,中世 当時で は犯罪 とみなされて
い
た:
「 誰 しも耕作地 の上に誤 って道 を とった者 は,車輪一 つ ごとに‑ プフエニ ッヒを, モ ・ 騎行者 は半 プフエニ ッヒを支払 うべ きであ り, そ して, その上 に播種 されて い る 場合 には, その損害 を償 うべ きであ る。 ■そのために人 は彼等 を差押 え ることがで
きる 。
」 (Ssp.II27.4)38)ただ しだか らとい って主人公が続 けて述 べているよ う. な仕返 し ( 牛 ・豚 ・羊 を奪 うこと
。Ⅴ.1134‑1140)を実際 に行 った ら, それ は報復過剰 となろ う。
V.1260‑1264
dochswiera∋zesid畠sint
,
/S8gotwilselbewachen,
/sa女aneinscherge machen,
/dazsitretentswieerwi l ,
/wa汀 irnoch dristuntalsvil . ̀ ( 連 中が如何 に したたか者 だ とい っそ も,神様 の目が光 っていれば,役人 はそいっ
らを思 いどお りにあ しらうことがで きるんだぞ。 もっと,三倍 もた くさん居 た と して もだ
」。)ここは法 の担 い手 であ る役人がいわば神通力 を持 って いるため, どんな悪人 で も必 ず捕 え られ るとい う民間信仰 に基 づ く表現 であ るとい う
。( 同様 の記述 が
Ⅴ.1612‑1626,1639‑1650に もみ られ る)3 9 )た しかに このよ うな解釈 は
38)
久保
etal.a.a.0.,S.174.Vgl .浜崎
a.a.0.,S.166.;Brackertetal.a.a.0.,
S.150.成 り立 っが, しか しその一方 で, ここに現実 の統治者 に与す る視点 を読 み とる こともで きる。この作品がな されたであろう
13世紀当時 は,きわめて多岐 にわ た る犯罪 に罰 と して死刑 が適用 されていたが4 0 ) , これ は逆 に言 うと治安 がひど く悪 く,社会 が不安 定 だ った ことを も意 味す るので あ る
。41)こ う した状況 に あ って は,「 悪党 も最後 には必 ず退治 され る」とい うス ローガ ンは民衆 レベルで は̲「 共通認識」 か らはまだ ほど遠 く,現実 の凄惨 な実態 を考慮す ると, ′む しろ 絶望的 な祈 りに似 た願 いだ ったので はないか。 ま して ここが息子 の再度 の出奔
を父親 が思 い留 ま らせ よ うとす る くだ りであれば, この発言 を ことさ らに民間 信仰だ けに結 びっ ける必然性 はさ して大 き くない。個 々の犯罪がいっ も必 ず一 件落着 していたのであれば,誰 も非行 には走 らなか ったであろ う
。だが ここに
Ssp.,Swsp.
等 の法典 がおびただ しいほど書写 されて普及 して い るとい う現実 がある
。42) もちろん国家 の諸制度 が整 え‑ られて い くなかで法 の整備 ・普及 が必 要 なの は論 をまたないか,法典 の普及 の速 さはとりもなお さず係争事 の多か っ
た ことに も大 きくかかわ るであろ う。 こうした状況 を踏 まえ ると,社会 の支配 階級 に属 し,世 の中の諸現象 を統治者 の 目で見そいたであろ うところの この作 品 の受容者 たちが上記 の くだ りに十分共感 し,満足感 も覚 えた ことは想像 に難 くない。 ま して作者 が法律関係者 であれば,主人公 の父親 (これ は支配者 の原 理 か ら見 た善玉) に こうしたセ′ リフを言 わせ る動機 も十分 であろ う
。39)Langea.a.0.,S.224;
浜崎
a.a.0.,S.167.;Brackertetalla・a・0・
,S・150;speckenbacha.a.0
"
S.95.;Tschircha.a101
,S・195・ 40)註
21 ) を参照 されたい。
4
1),ミッタイス
etal .
、a.‑a.0.,S.424.42)Ssp.