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大乗経典と仏伝 法華経を中心に

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1

大乗経典と仏伝

法華経を中心に

平 岡

O.はじめに

      いレ

 大乗経典は、どのように創作されたのであろうか 初期経典は歴【た的ブッダの直説を含むH∫

能性はあるが、ブッダの滅後三百年以上が経過してから雨後の竹の子のごとくインドに出現し た人乗経典については、その直接の根っこを歴史的ブッダに求めることはできない.現在でも 大乗経典はさかんに研究されてるが、丈字面だけを追ってみても、ブッダの肉声に近い初期経 典と、紀元前後以降、新たに創作された大乗経典の間には、一瞥すると重なるところがなく、

大乗経典がいかに創作されたかは、まだ審らかにされていない.

 一つ例をあげよう.仏典には、転輪聖王や仏といった偉人にのみ具わる身体的特徴として三 十二相が説かれている.その一つに「長広舌相」があり、ブッダの舌は長くて広く、舌を出せ ば顔全体を覆うことができるという,初期経典では「ブッダの顔全体を覆う」という表現なの       ご だが、これが大乗経典になると「三丁一大千世界を覆う」という表現に代わっていく スケール の大きさが格段にアップしているのである.

 これはほんの一例だが、初期経典と大乗経典を比較すると、この手の飛躍は随処に確認され、

初期経典の内容が順次段階的に発達して大乗経典ができあがったとはとうてい考えられず、そ の間には大きな超えがたい溝があるように見えるのが実情だ=では、初期経典と大乗経典はまっ たく没交渉的なのか /答えはまだ闇の中だが、少なくともここで主に取りあげる法華経に関し ては、表層に現れた経典の文言はともかく、法華経全体のフレームワーク酔組}に関しては、

旧来の仏典に準拠して制作された可能性が見えてきた その枠組みこそ、「{ム伝、・すなわちブッ ダの伝記なのである 法華経のみならず、大乗経典は大なり小なり仏伝を意識して創作された と考えられるが、法華経はその度合いが格段に高い.

 そこで本稿では、代表的な大乗経典である法華経がV,伝をベースに創作されたという仮説に 基づき、論を進めていく その妥当性については、これからの学問的な検証作業を試金石とし なければならないが、これまで、その成立については不明な点が多かった大乗経典の成立解明 に向け、新たな日∫能性を示唆してみたい・

(2)

法華文化研究.第41号・

1.大乗経典に見られる仏伝的要素

 法華経について詳しく考察する前に、法華経以外の大乗経典に見られる仏伝の要素について 整理しておこう.法華経のみならず、大乗経典の創作全般に仏伝が関与しているとすれば、法 華経のみならず、他の大乗経典にも仏伝的要素が確認できるはずである.これについては稿を あらため、詳細に論ずる予定であるが、ここではその一端を紹介しておきたい ではまず、仏 伝の構成要素を三世に分けて整理すると、次のようになる.

  〔□ 過去世 ・・…・ i燃灯仏授記 2菩薩時代の修行

  (2)現在世 …… 3誕生 ]IB家・修行 5降魔成道 6初転法輪 r/浬葉

  (3)未来世 …… /8.仏滅後

 このうち、?菩薩時代の修行に焦点を当てていると考えられる大乗経典として、郁伽長者所 問経がある・本経は、燃灯1ム授記より今生で覚りを開くまでの本生の菩薩に焦点を当て、ブッ

ダ(あるいは本生の菩薩)を〈信仰の対象〉とするのではなく、日らの生き方の範としてく追 体験〉していこうとするところにその特徴がある,

 ここでは菩薩を「在家の菩薩」と「出家の菩薩」に分け、それぞれの菩薩の実践道が説かれ るが、在家の生活には過失が多いとされ、出家の菩薩が賛美される一ナティエはこの経を英訳        し、アメリカ海兵隊にちなんでAfew Good Men(少数精鋭)と題した これにしたがえば、

本経は出家の菩薩の生き方を賞賛し、それはブッダのような修行のエリートのみが完遂できる        トい実践道てあiJ、一般大衆のよく耐えるところではない点が強調されている

 一方、本経を和訳した桜部は「この経典は出家を重視しているように見えるが、郁伽長者は それをブッダから聞きながら、出家しようとはしない、彼は在家生活の塵垢の中にありながら、

大悲ゆえにあえて生死を離れず、有情を捨てない大乗菩薩こそが本経の趣旨である」と指摘す る,いずれの見解が妥当かは慎重な判断が必要だが、どちらの説をとるにせよ、本生の菩薩とエコ

しての生き方を自らの生き万として追体験するところに本経の特徴があることは確かである  また郁伽長者所問経と同様、2菩薩時代の修行を意識した大乗経典として、十地経を挙げて

おこう.本経は本来、単経として独立していたようだが、周知の如く、後には華厳経の中に吸 収され、その一部を構成するに至っている 十地とは菩薩が覚りに至るまでの過程を十の階梯 に分けて説明したものであり、一口に十地といっても、「本生の十地」「般若の十地」「華厳の十 地」などのバリエーションがあり、当初は本生の十地〔ブッダの長い菩薩時代)を十段階に分§t1

けて説かれたもと考えられるが、これを華厳の十地等では大乗菩薩の修行の階位に重ね、菩薩 時代のブッダを追体験して自分も覚りを得ることを目指すようになっている.

 つづいて、5降魔成道をテーマとした大乗経典が般若経である.般若(prajfial)とは智慧の ことであるから、般若経は仏伝の降魔成道を意識して創作されたと推察される・すべての般若

(3)

た乗経典と仏伝いド岡.

経を調べたわけではないが、八千頒般若経に限って言えば、最初から最後まで全編を通して、

悪魔(マーラ)が頻出する,ときには文脈を無視して悪魔が登場するが、これも仏伝の降魔成 道をベースにできあがっていると考えれば、納得がいく=

 さて次に取りあげるのは無量寿経である.本経は仏伝の要素のうち、1燃灯仏授記、2菩 薩時代の修行、5降魔成道という三つの要素を含んでいる.無量寿経は法蔵菩薩が阿弥陀仏に なった経緯をブッダが説明する経典であるが、その起点は、梵本によると、燃灯fムよ:1もさら に七十仏以.ヒ前の田:自在王仏が出現した時代に遡る,そのとき、法蔵という比丘がいたが、古 い漢訳によれば、出家する前、彼は国王であったという一さて法蔵は世自在王1ムの前で四十八 の誓願を立て、その誓願を実現するため、長きに亘って修行に励み、その結果、覚りを開いて 阿弥陀仏になった

      ゴマ 

 無量寿経の概略は以上の通りであるが、これは、藤田がすでに指摘しているように、]受記こ そ説かれていないものの、世自在王仏を燃灯仏に、また法蔵菩薩を釈迦菩薩に晋き換えれば、

ブッダの修行の起点となった仏伝の燃灯仏授言己に相当する.法蔵比丘が 国工1クシャトリア 出身Lとする点も、ブ・ノダと共通する 阿弥陀仏は「無量寿仏(Alnitavus)」あるいは「無量 光仏(Amitabha口とい6クト套を装ってはいるが、その内実はブッダであり、歴史的ブッダを 大乗仏教的に再解釈したのが阿弥陀f!、と考えられるのである.

 また無量寿経やi:・励:陀経では、阿弥陀仏は覚:1を開いて般浬繋したのではなく、西方の〔1丁 コーテi・ナユタ香目の仏国土において今なお説法していると説く これは阿弥陀1ムが過去せ る仏ではなく、今なお極楽国土で説法する現在仏として我々を救済する存在であることを強調

している

 なお、阿閤仏国経や薬剤」如来本願経も、それぞれ過去世において菩薩が誓願を立て、修行の 結果、誓願が成就してU、となったことを説く点では、無量寿経と同様に、燃灯仏授記に始まる ブッダの菩薩時代を意識して編纂されているが、無量寿経のように、書薩の出自を王あるいは 王子 クシャトリア1と明記しない点では、仏伝に対する意識は、無量寿経に比べて薄いと,}

2)なければならない

 最後に浬葉経であるが、これはその経典の名称どおり、プッダの湿繋をテーマにした大乗経 典である 小乗仏教の大般湿葉経と区別する意味で、大乗湿葉経という場合もある.大般浬繋 経はブッダの臨終場而を描いた経典であり、ブッダは八十歳の寿命を以て丈字どおり浬聴界に 入ってしまうが、大乗是繋経は「浬葉という歴史的事実を、かえってUNの常住を説くために利

       くべ ト

用する、という逆説的な展開をなしている」と説明されている.その解釈はともかく、ブッダ の浬葉を扱っているという意味で、1ム伝を意識していることは明白であろう

 以上、主要な人乗経典と仏伝との関わりを概観してきたが、これらと比較するとき、法華経 は桁違いに仏伝に意識的である,このあと詳しく見るように、法華経は、1燃灯仏授記、2菩

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1 法華文化研究(第41号

薩時代の修行、15降魔成道、6初転法輪、7.浬繋、IS仏滅後という六つの要素を含んでお り、さらには、亘と[/の間にも、仏伝を下敷きにしていると考えられる出来事が多数確認され るのである。

      いり2.法華経と仏伝に関する従来の研究

 法華経と仏伝との関係については、すでに従来の研究者によって指摘されてきたので、まず は先行研究を整理しておこう=

      「:. 1

〔1[横超慧日G!

 ここでは法華経の方便品に見られる記述が1ム伝の梵尺勧請から初転法輪に似ているという指 摘に留まり、法華経全体を仏伝という視座から捉えているわけではない.

      qい

(2)横超慧日12)

 ここでは前掲論文の梵天勧請から初転法輪に、浬磐も加えた考察となっているが、ここでは 断片的な仏伝しか取りあげられていないと言える.

       にゴ

〔3}下田正弘

 下田は梵天勧請に注nしながら、体験を言語化することの問題を取りあげているが、仏伝の 要素としては、梵チミ勧請だけしか射程に入っていない

       にドパ

(4)岡田行弘

 これは法華経を「ブッダが自らの真実の姿を語る自叙伝」すなわち仏伝ととらえている点が、

従来の研究にはない視点である ここでは、梵天勧請や初転法輪に加え、シャーリプトラへの 成仏授記を仏伝におけるカウンデ{ンニャの覚りと同一視している点が、従来より一歩踏み込 んだ点となっている

       いの

15)菅野博史

 菅野は初期大乗経典をブッダの生涯と思想の新たな解釈と規定し、とくにこれは法華経に当 てはまるとした上で、法華経の制作者が自覚的にブッダの生涯を.卜 敷きにして、法華経のドラ マを構想していることは明らかであると指摘する一まったくの卓見であるし、私もそのように 考える・そして仏伝の中でも成道・梵天勧請・初転法輪・卍葉を取りあげているが、これが新 書という書物の性質上、上記の指摘が文献資料に基づいて検証されているわけではない=

       バヲ

{6)井本勝幸

 ここで井本が指摘する仏伝の要素は、成道・梵天勧請・初転法輪の三つである

 以上、仏伝を視野に入れた研究を六つ紹介してきたが、そこでとりあげられている仏伝的要 素をまとめると、次のとおりである,

  (山 横超慧日:梵天勧請・初転法輪   (2)横超慧日:初転法輪・浬葉

(5)

大乗経典と仏伝 平岡

  (3)下田正弘:梵天勧請

  (4) 岡田行弘:梵天勧請・僑陳如の覚り

  t5)菅野博史:成道・梵天勧請・初転法輪・湿奨   (6)井本勝幸:成道・梵天勧請・初転法輪

 四大仏事が誕生・成道・初転法輪・入滅であることを考えるなら、これで充分とも言えそう だが、これらが説かれるのは、方便品、讐喩品、そして如来寿量品のたった三品であり、全体 の九分の一ほどに過ぎない.とくに警喩品から如来寿量品の間には十二品も存在するにもかか わらず、そこが仏伝を踏まえていないとすれば、「法華経は1ム伝である」あるいは「法華経は仏 伝を下敷きにしている」との提言は、説得力を欠く、

 カウンデでンニャの覚りから浬繋までには、実にさまざまな出来事が起こっているはずであ るから、それらが警喩品から如来寿量品の間にトレースできるのかできないのかを検証する必 要があり、それを行うのが本稿の日的である,

3.法華経と仏伝の対応

 仏伝の主要な出来事は、四大1ム事あるいは八相成道で、四乃至八項目にまとめて説かれるの が一般的であるが、何れを採るにせよ、一初転法輪」の後にくるのは「般浬葉」であり、その中 間は省略されるのが常である しかし、この間には四十五年という長い歳月が流れており、教 団形成に関しては重要事項が目白押しである、よって、法華経の仏伝的要素を掘り起こす前に、

この間の出来事をまとめておかなければならない.これを示せば以下のとおりにまとめられよ

う一

  初転法輪

 カウンディンニャの覚り

 ・カウンディンニャを含む五比丘の覚り  ヤシャスの覚り

 カーシャパ兄(含:従者五百人)の教導・帰if、と覚り  それに続くカーシャパ弟の教導・帰仏と覚り

 シャーリプトラとマウドガリヤーヤナ(含:従者二百五十ノOの帰仏  カピラヴァストゥ帰郷(シャーキャ族出身者の出家)

   ・ラーフラやアーナンダの出家    デーヴァダッタの出家と破僧(悪事)

   マハープラジャーパティーの出家  般浬繋

 このように下線で示した初転法輪と般浬葉の間には多くの出来事が確認できるのであり、梵

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6 法華文化研究〔第4]号}

天勧請・初転法輪・浬磐に加え、これらの出来事も法華経にトレースできるかどうかを確認L ていくことにする。

     エエの

序品[1]   燃灯仏授記

 法華経の幕開けとなる序章であるtコ序品の必要性については、思想的に考えれば、様々な見 方が可能だが、形式的にみれば、法華経が序品においてディーパンカラに言及しているので、

これは仏伝の燃灯仏授記に相当すると考えられる、伝統的な解釈では、ジャータカ等において ディーパンカラはブッダが修行する起点に位置づけられる仏であり、過去仏思想の第一に位置 する仏だが、法華経では、U月灯明如来がすべての起点になり、それに相対化される形でディー パンカラが位置づけられている t

 しかし、ここではディーパンカラのみに注目してはならならない.これはいわば抜け殻であ り、真に注目すべきは、旧来の 燃灯仏とブッダーの関係がここでは「日月灯明如来とブッダ」

の関係に置き換えられている点であろうrつまり、法華経においては、従来の燃灯仏が演じた 役割を日月灯明如来が演じている点が重要なのである.

 法華経を仏伝として見るなら、法華経がその修行の起点であるデ〈一バンカラに言及するの は当然だが、ただしこれは旧来の伝承をそのまま借用したのではなく、それを法華経的に解釈 しなおしている点を忘れてはならない,ディーパンカラ以前にIl万人のfムを置き、また法華経 によってディーパンカラが仏になり、また従来の仏伝におけるディーパンカラが法華経では日 月灯明如来である点が法華経独自の展開であり、旧来の燃灯仏授記伝承を法華経は再解釈 構築しているのである、

方便品[2]   梵天勧請から初転法輪へ

 ここでは、シャーリプトラが三度ブッダに説法を懇願し、それを受けてブッダが説法を行う ことが説かれているが、このプロットが仏伝の梵天勧請から初転法輪を下敷きに構成されてい ることは明白であるし、これはすでに過去の研究者によっても指摘されている=

 説法を決意した理山については、初資料間で違いが見られるので、それをここで整理してお く、まずVin. U 628−72)では、有情が「利根者/鈍根者」というように二種類に分類され、

法は難解であるが、利根者ならそれを理解できると考えてブッダは説法を決意する.またSBhV ci 129.18−130.6.)では有情が「利根者/中根者/鈍根者」の三種類に分類されるが、一番上の利 根者が説法の対象となっている,これに対しMv,(iii 31z19−319,DはsBhvと同様に有情を「正 見者/不定者/邪見者」の三種類に分類するが、説法の対象とするのは真ん中の「不定者」で

ある、

 では法華経はどうか。法華経は説法がブッダ出世の本懐であることと述べているが、それは

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大乗経典ヒ仏伝卜r一岡ノ

有情にその機が熟したことと表裏の関係にある,また、説法を決意した理由は、、それが過去仏 たちの所行に則っているからと明記されており、ヒ記の文献とは異なる理由づけをしている.

讐喩品[3]   初転法輪とカウンディンニャの覚り

 仏伝との関係で法華経を見る場合、警喩品にいたって初めて登場するシャーリプトラへの授 記は、見過ごすことのできない重要な要素である・というのも、このシャーリプトラへの授記 を皮切りに、法華経にはここから授記が頻出するからだ、授記Cvyakarana)はvy−as krに由 来する名詞であるから、本来は「説明」や「解答」を意味するが、本来J解答」を意味するこ の語が、誰かの死後の行き先に対する問いの「解答一になった場合、それはたんなる「解答」

というより「未来に対する予言」的意味が含意されることになる、本来的には「解答」を意味 するvyakaranaが、いわゆる「授記」につながる可能性を、その最初から秘めていたことにな       コリ、そのような用例は実際に初期経典に散見する

 そして、いわゆる「予言」としての授記は、仏伝の場合、燃灯仏授記がその最初ということ になり、説話文献において、ブソダが様々な記別を授ける話は枚挙に暇がないが、その多くは 転輪聖:Fや独覚の記別を与える例が多く、成仏の記別の用例はほとんどない fJ、と阿羅漢との 区別が厳密であった旧仏教においては当然であろう.ところが大乗経典で成1ムの授記は一般化

し、法華経では声聞に対する成仏の授記が多用されている

 般若:経系の経典である維摩経では、声聞が徹底的に虚仮にされ、声聞の代表であるシャーリ プトラにいたって、それは頂点を迎える 般若経や維摩経は小乗1声聞乗・縁覚和の否定の ヒに大乗・菩薩乗:を立てるが、法華経は三乗の否定の上に一乗を立てるのではなく、方便品 で見たように、「本来は一乗しかないが、方便として三乗を説いた!という立場をとるので、三 乗を・一 乗に収めとるのが基本的スタンスてあり、:三乗の別を解消しようとするのが法華経の立 場と言えよう

 ともかく、法華経におけるシャーリプトラへの授記は、{ム伝において、ブッダが五比斤に最 初の説法を行い、それを聞いたカウンデfンヤがまず覚りを開いて阿羅漢になったという部分 に相当すると見ることができる

信解品[4]〜授記品[6] 一 五比丘の覚り

 信解品から授記品の三品にわたって、スブーティ・カーティヤーヤナ・カーシャパ・マウド ガリヤーヤナの四人の声聞に対する授記が説かれる すでに見たように、岡田はシャーリフト ラへの授記を仏伝のカウンディンヤの覚りに比定しているが、その後の四人の声聞に対する授 記については、1ム伝と対応させていない一しかしfム伝という視点から見れば、シャーリプトラ

とこの四人の声聞を合わせた五人は、仏伝の五比丘の覚りに見事に対応している一法華経には

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8 法華文化研究〔第41号}

かなりの先行研究があるが、これを五比丘の覚りに同定した研究が一つもないのは不思議とい うほかはない。

 横超は、ここでの授記を「個別的な例証としてはシャーリプトラへの成仏授記で充分だが、

       りめ 趣意を徹底させるために四人の声聞に対しても成仏授記の話がここに見られる」と説明するが、

ではなぜ「四人」でなければならなかったのかが、横超の説明では明確ではない,趣意を徹底 させるためなら、「三人」でも「六人」でもかまわないはずだからだ.しかし、法華経が仏伝を 下敷きにしているとすれば、当然ここでは「四人」という数にこそ意味があり、これ以外の数 はありえない,

五百弟子受記品[8] 一 ヤシャスの出家とカーシャパ兄の回心

 法華経はここでプールナ・マイトラーヤニープトラの成仏授記を説く、シャーリプトラおよ びその他の四人に続き、三度目の授記となる,横超は、ここで三度目の授記が説かれた理由を 二つあげる、一つはシャーリプトラおよび四大弟子だけでは不充分であり、他にも知名の弟子 たちがいるから、彼らを無視するのは情において忍びないということ、もう一つは法華経は声 聞の成仏を説くが、その普遍性を力強く人々の心に訴えるには数の多さが必要となり、したがっ て千二百人の阿羅漢にも成仏の記別が授けられることになった、という,

 またブッダは最初に千二百人の比丘に記別を授けるとしながら、実際には五百人の比丘にし か記別を授けなかった理由を、「私見によればそれは経としてどちらでもよかった=五百という 数は、仏滅後に五百人の阿羅漢があって遺教を結集したという伝説がある そのために会座の 千二百人を説こうとしていたところ急に遺弟五百人の阿羅漢のことが想起され、ついに以上の        ような混乱を生じたのではないかと思う」と説明する・エじしい

 つづいて苅谷は、この品自体が先の授記品[6]と同様に後代の挿入と考え、千二百人と五 百人の齪齪については、本来この品は五百人の阿羅漢への授記を述べるものとして創られたが、

それが法華経に挿入される段階で、現行法華経全体の整合性を考慮し、序品や方便品で登場す る千二百人の中にこの五百人が組みこまれたと説明し、この五百人とは、仏滅後、マハーカー シャパの呼びかけで開かれた結集に参加した五百の羅漢と、同一といわないまでも深い関わり        ブニのがあることを示唆していると指摘している,

 では、これを仏伝という視点からみたとき、どのように解釈できるであろうか、ここではま ずプールナ・マイトラーヤニープトラに成仏の記別が授けられるが、これは仏伝の流れでいえ ば、五比丘の覚りの直後に位置するヤシャスの覚りに相当する、そしてこの後が問題なのだが、

ブッダ自身「千二百人の阿羅漢に記別を授ける」と宣言しておきながら、実際に記別を授かる のは、カウンディンニャをはじめとする五百人の阿羅漢たちとなっている,

 仏伝ではヤシャスの覚りの後に、カーシャパ兄とその弟子五百人の教化が続くが、これは法

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ナこ乗経典と仏伝 ・1 一岡.

華経のカウンディンニャ等の五百人の阿羅漢に相当すると考えられる一厳密に言えば、仏伝は カーシャパ兄と五百人の弟子⇔まり五百一)、法華経はカウンディンニャをはじめとする五百 ノ\の阿羅漢{つまり五百}であるから、人数は法華経の方が一人少なくなるが、両者が対応し ているとみて大過ない一

 さて、このi五百」という数は仏典では集団の数を表すときに好んで用いられるので、ここ での「五百」に特別な意味はないのかもしれない だが、法華経が仏伝に基づいているとすれ ば、それはカーシャパ兄の弟子の数を反映していることになり、意味のある数宇ということに なる 従来の研究では、この五百という数を仏滅後の結集に集まった阿羅漢の数と関連づけて 考えられているが、UN伝という視座からみれば、これはカーシャパ兄の弟子の数を前提にして いると考えられるのである

 法華経では、仏伝のようにカーシャバ兄に続く弟二人の教化語に相当する話はないが、成f」、

の記別を授かる五百人の阿羅漢たちの中に「ガヤー・カーシャパ」と「ナディー・カーシャバ」

が含まれているのはきわめて示唆的だ・このように、プールナ・マイトラーヤニープトラに対 する記別、およびカウンデfンニャをはじめとする五百人の阿羅漢に対する記別は、1ム伝のヤ シャスの覚りとカーシャパ兄の教化語という流れを踏まえて構成されていると考えられるのて ある

授学無学人記品[9]   シャーリプトラとマウドガリヤーヤナの出家

 法華経ではここでラーフラとアーナンダ、および有学・無学の二千人の比丘に対する授記が 説かれるが、これは仏伝のカーシャパ三兄弟の教化の後に位置する、シャーリフ.トラとマウド

ガリヤーヤナ、それに彼らの弟子たちの帰仏と覚りに相当する=ただここでは、残念ながら、

仏伝に見られるシャーリプトラとマウドガリヤーヤナの弟子の数が二千人ではない その数に 関して、南伝の資料は「可伍に、北伝の資料は「五百」とし、「二千」とする資料はない

しかし、ここでラーフラとアーナンダに加え、二T・人の比丘に対して授記がなされた点は、

シャーリプトラとマウドガリヤーヤナに加え、彼らの弟子たちもあわせて帰仏し出家したとす る仏伝と類似し、注目してよいのではないだろうか

提婆達多品[12]   デーヴァダッタの破僧(悪事)

 法華経はここでデーヴァダッタへの成仏授記を説く提婆達多品が置かれているが、これが後 lHrの付加である点は過去の研究者の一致した見解である一さて、この提婆達多品の存在理由に ついて、横超は「法華経の根本精神よりすれば、デーヴァダッタも決して仏の慈悲に漏れるも のではなく、悪逆の者もついには経力によって成fムせしめられるし、また龍女成仏に関しては、

女性不成V,の俗信に対抗し、一乗思想から女性もまた成1ムに漏れるものではないことを主張し

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10 法華文化研究」第41号

         エこい

たからだ」と説明する これを敷術すれば、阿羅漢作仏の道を開いた一乗思想のさらなる展開 として、悪人成仏と女人成fムを唱道したといことになろうか、

 さて提婆達多品の位置だが、これが後代の付加であてもなくても、そのはまるべき場所はこ の辺りにしかないことは確かだ 法華経が仏伝に基づいて編纂されているという立場から法華 経の成立を考え、仏伝に沿って悪玉デーヴァダッタの登場場面を考えると、それはシャーリプ トラとマウドガリヤーヤナの帰1ムと覚りよりは後破僧でデーヴァダッタが連れだした比丘た ちを呼び戻すのは、シャーリプトラとマウドガリヤーヤナだから1であり、またブッダが湿繋 に人るよりは前(ブッダが死んでしまえば、ブッダに悪事を働けないからiでなければならな らない とすれば、さしずめこのあたりが絶好の場所なのである

 ここでさらに、デーヴァダッタへの成仏の授記が何を意味するのかを考えてみよう 横超は

「悪人成仏」を主張するためと説明するが、はたしてそうか.確かに、初期経典以来、デーヴァ ダッタは悪玉として登場し、数々の悪事を働いたことは数多の仏典の説くところであるが、法 華経でのデーヴァダッタは「悪ノyJの代表ではなく、「独覚」の代表と考えた万が、法華経の主 旨に沿うと言える・

 法華経〔広義の中の法華経峡勃ともいうべき方便品で説かれたように、その核は小乗 大乗対立の仏教を一・仏乗に統合することにあった・これまで見てきたように、小乗の一一つであ る声聞については、阿羅漢を中心に様々な有学・無学の声聞たちに記別が授けられてきたが、

小乗σ)もう一つの重要な存在「独覚」への授記はこれまで一度も説かれていなかった 初期経 典中において独覚となった仏弟子の存在は知られていないので、説きたくても説けなかったと いうのが実情かもしれない・

 しかし、仏伝をべ一スにしながら、三乗を一1ム乗に包摂することをテーマとする法華経とし ては、仏弟子であって、なおかつ独覚である者の存在がどうしても必要であったと考えられる 問題はそのような都合のよい仏弟子がいたのかどうか実はいたのである それがデーヴァダッ       にコタであり、いくつかの仏典にデーヴァダッタが独覚になる話が見られる

 独覚の名前こそ違うが、これらの資料はいずれも彼が独覚の記別を授かったことを説いてい る とすれば、法華経でデーヴァダッタに成仏の記別を授ける意図は、「悪人成仏」ではなく

「独覚成仏」であり、こう解釈した方が、三乗を一乗に摂することを一L題とする法華経の趣旨に 合致するのである.

 もしも原始法華経最初期の編纂時より遅れてデーヴァダッタの独覚授記の伝承が成立したか、

あるいは原始法華経の編纂後に後代の編纂者がこの伝承を知ったとすれば、三乗の一Tム乗への 統合を主題としながら、声聞に対する成仏授記のみで独覚に対する成仏授記を説かない法華経

に不足を感じ、法華経の完成度をより高める目的で、この話をここに挿入した可能性もある、

これ以上の推論は想像の域を出ないので差し控えるが、現時点では法華経に見られるデーヴァ

(11)

ノく乗・経典ヒfム1二、i平岡 ]1

ダッタ伝承が「悪人成仏」ではなく、「独覚成仏」として解釈する方が、法華経の趣旨に合致し ているとだけ指摘しておこう、

勧持品[13]一 力ピラヴァストゥ帰郷

 この品に登場するマハープラジャーパティーとヤショーダラー、それからすこし遡って提婆 達多品[12]のデーヴァダッタ、さらにもうすこし遡って授学無学人記品[9]のアーナンダ

とラーフラは皆、シャーキャ族に関係のある人物であることを考えるなら、そして法華経が仏 伝を前提として作られたという仮説に立つなら、これはブッダのカピラウァストゥ帰郷を意識

して構成されていると解釈することが可能となる

 破僧とカピラヴァストゥ帰郷の前後関係は不明だが、両者とも、シャーリプトラとマウドガ リヤーヤナの出家帰仏語の後であることを確認しておけば、法華経におけるUN伝の出来事・の流 れを考える上で充分だ.なぜなら、両者のいずれにおいても、デーヴァダッタに従った比丘を 連れ戻し、ラーフラを出家を出家させるという重要な役割を演じるのはシャーリフ:トラであ1)、

破僧とカピラヴァストゥ帰郷の前にシャーリブトラとマウドガリヤーヤナが出家してさえいれ ば、後の話の流れに支障はないからである.

 換言すれば、大事なのは「破僧」と「カピラヴァストゥ帰郷」の前後関係てはなく、「シャー リプトラとマウドガリヤーヤナの出家帰仏.とP破僧とカピラヴァストゥ帰郷」の前後関係だ したがって、仏伝という視座から見れば、法華経の提婆達多品[12]は シャーリプトラとマ ウドガリヤーヤナの出家帰仏」に相当する授学無学人記品[9]の前には入りようがないが、

カピラヴァストゥ帰郷に相当する勧持品[13]の後には入1)こむ可能性があったと言えるだろ

如来寿量品[16] 一 般浬繋

 この品が仏伝の浬繋に相当し、ブッダの入滅を扱っていることは明白である 小乗浬繋経に は「望むならば、如来は一劫でも、この世に留まるであろうし、あるいはそれよりも長い間で も留まることができるであろう」という表現が見られるが、これは、無・限ではないにしても、

少なくとも八十年ではない、きわめて長い期間、ブッダはこの世に留まることができることを 説いており、法華経の記述と重なるところがある

 ブッダの寿命が有限であれ無限であれ、この章ではその名の示すとおり、ブッダの寿命が問 題にされ、有情を教化する方便ではあるが、ブッダは卍葉に入ると説くのであるから、これが 仏伝の般浬繋に相当するのは確実である、

(12)

12 法華文化研究〔第41号

分別功徳品[17] 一 ブッダの滅後

 分別功徳品[17]以下、普賢菩薩勧発品[28]までの十二章は、fム滅後の仏教徒のあり方を 問題にしているという点で一括1〕にできるが、分別功徳品[17]と随喜功徳品[18]と法師功 徳品[19]の三章は、法華経読請等の功徳を説く点で共通している.ただし、分別功徳品[17]

では、法華経全体というよりは、この直前の如来寿量品[16]という法門に限定して、その読 請などの功徳が説かれている.

 また常不軽菩薩品[20]以下では、おおむね具体的な菩薩に言及しながら、彼らの法華経護 持の姿が描かれているが、分別功徳品[17]以下は仏滅後に法華経を護持することの重要性を 説く点で共通している、なお、仏伝という視点からは分別功徳品[17]以下が仏滅後のことに 相当するので、仏伝という視点からの考察はここまでとする一では最後に、法華経の構造をま

とめておく,

(1)過去物語(以下、挿話は※で表示)

  工序品[1]:日月灯明如来による法華経説法(←燃灯仏授記)

(2) 現在物語

  2方便品[2]:シャーリプトラの三度にわたる説法懇願(←梵天勧請)

  ③警喩品[3]:法華経の説法と舎利弗への成仏授記(←初転法輪とカウンデiンニャの       覚り)

  Z信解品[4]〜授記品[6]:五比丘への成仏授記(←五比丘の覚り)

      にり     ※化城喩品[7]:過去の因縁(←城喩経との関係)

  ⑤五百弟子受記品[8]:プールナへの成仏授記t←ヤシャスへの覚り)

  亘:五百弟子受記品[8]:カウンディンニャとその従者五百人への成仏授記〔←カーシャ        パ兄の覚りとその従者五百人の帰仏)

  ⑦授学無学人記品[9]:アーナンダおよびラーフラとその従者二千人への成仏授記(←

      シャーリプトラおよびマウドガリヤーヤナの覚りとその従者二        百五十人の帰仏)

      にミコ     ※法師品[10]:法華経受持者の態度(←プールナ伝道説話}

      にヨハ     ※見宝塔品[11コ:多宝如来の塔出現(←迦葉仏の遺骨)

  91,提婆達多品[12]:デーヴァダッタへの善玉化(←デーヴァダッタの悪玉化)

  ⑨勧持品〔13]:プラジャーパティーとヤショーダラーへの成仏授記(←カピラヴァストゥ       帰粗β:1ヱ:〜⑨)

       くニの     ※従地涌出品[15]:地面より湧きでる菩薩たち(←舎衛城の祠変)

  ⑩如来寿量品[16]:久遠実成(←般浬葉)

(13)

大乗経典と仏伝 13

(3)未来物語

  U分別功徳品[17]以下:法華経護持の功徳および正法滅後の仏教徒のあり方

 こうしてまとめてみると、法華経は過去物語・現在物語・未来物語という時系列に沿った三 部構成となり、伝統的な智顕の「〕座門/本門」、あるいは道安にはじまる「序分/正宗分/流通 分」といった三分科では見えてこなかった法華経の新たな構造が姿を現す このように、仏伝 を時系列で示しながら、その仏伝の出来事に関連する挿話を入れ込むというスタイルは、説一 切有部系の仏伝SBhV、大衆部系の仏伝Mv.、そして法蔵部系の仏伝「fム本行集経』と共通し

ている.

4.小結

 何かを分類する場合、それは視点・視座に人きく影響される=従来、インド仏教史は、初期 仏教(あるいは原始仏教) 部派仏教・大乗仏教と分類されたり、また最近では、初期・中期・

       しマレ後期というニュートラルな分類を提rl昌する研究者もいる・それぞれに妥当性を持ってはいるが、

ブッダの死を境に、仏教を二つに分類してみるのも無益ではあるまい.なぜなら、以下に示す ごとく、ブッダの死を境に、それまでの仏教を大きく変容させたとみることができるからであ

 何か現物が存在する場合、その現物はイメージの拡散に歯止めをかけるが、その現物がなく なった途端、その簸ははずれ、現物にたいするイメージは拡散し、多様化する その現物がブッ ダのような偉人であれば、なおさらであろう.これをブッダのく神格化.と呼んでもよい ブッ ダのイメージは后仰者の脳というフィルターを通過し、増殖を始める・またその増殖したイメー ジが別人の脳を通過すれば、さらにそのイメージは変容することになろう

 伝説に従えば、釈迦仏の死により、五十六億七千万年先の弥勒fムの出現まで、この娑婆世界

      にべ

は/1無仏の世5ということになり、〈私、に直接関わってくれる仏は存在しないことになる V、

教は本来、自分で修行して覚りを開き、苦から解脱するのが目的であるから、その意味では教 祖ブッダの存在は必ずしも必要ではないが、それに物足りなさを感じた仏教徒がいた=ブッダ の滅後しばらくは表面化しなかったものの、紀元前後、大乗経典の出現とともに、彼らの存在 が顕在化する,

 伝統的な仏教の主流派はあくまでブッダー仏にこだわり、過去仏や未来f」、〔弥勒μ、)は例外 として、ブッダ以外の仏を認めることはなかった ブッダの死後、色身のブッダとして残され たのはブッダの遺骨(舎利)だけであり、それを納めた仏塔がブッダとかかわる唯一のよすが        にのとなったのである・

 これに対し、伝統的V、教の亜流派はこの伝統的な教えに満足せず、新たな仏cBuddha)を模 索し始めた=いや、新たな法(Dharma)を求めたという方が正確かもしれない一この場合の

(14)

14 法華文化研究 第4Hナ

新たな法とは、たとえば成仏思想(有情はブッダと同じように仏になれる)、そしてその前段に 位置する菩薩思想惰情はブッダと同じように菩薩として修行する)である。

 従来の教えに固執するかぎり、人は阿羅漢にはなれても、菩薩や仏にはなれない、「菩薩や仏 になれる」と勝手に新たな教えを説いても、それには何の権威もないので、〈仏説〉というお墨 付きを与えるには、新たな法を説いてくれる新たな仏が必要になる。とすれば、ブッダは入滅

したく過去せる存在〉では都合が悪く、死せるブッダをいかによみがえらせるか、換言すれば、

死せるブッダに新たな命をどう吹き込んで〈現在せる存在〉とするかが問題になるのであり、

大乗経典はまさにこの問題を解決すべく考え出されたされたと見ることができるのである・

 般若経は色身に代わる法身を重視し、色身は滅んでも法身は常住であると解釈することによ り、仏の永遠性を担保し、菩薩思想を展開した.無量寿経はこの抽象的な法身に人格的な肉づ けをし、名前は法蔵菩薩や阿弥陀仏であっても、その内実は燃灯仏授記をベースにしたブッダ を復活させている,また法華経は、「ブッダは実は死んだのてはなく、方便として浬葉を示した だけだ」と淫葉の解釈を変更することで、ブッダに新たな命を吹き込み、その新たなブッダに

〈一仏乗〉という新たな教えを説かしめているのである

 このように、ブッダの死(あるいは死の解釈)を巡って、仏教は歴史的なブッダ…fムにこだ わり、死せるブッダを死せるブッダとして安置したグループと、歴史的ブッダを大胆に解釈し なおし、死せるブッダを生けるブッダとして蘇生させたグループとを生み出した.そして後者 のグループが大乗経典を創作し、よみがえったブッダに新たな法を説かしめたと考えられるの である.そう考えれば、紀元前後に出現したと考えられている大乗仏教は、実はブッダの死と

ともに胎動を始めたと見ることが可能である、

 だとすれば、大乗経典がブッダの一生(つまり仏伝)に意識的であるのは極めて自然なこと であるし、その意味で大乗仏教は原点回帰的性格を持つが、それは単なる復古主義的な原点回 帰ではなく、死せるブッダを蘇生させるという使命を担った原点回帰であったということにな るだろう.

《略号》

Dhp−a・D/la〃7〃7a♪atia{「ノia!ta〃10.4vols. PTS M‖:.Xfi!i〃c/aPcu7/1θ, PTS

M、『 .1 f(t/1(it・asttt, ed, E.Senart 3 vols. Paris,1882−1897 〔Reprint Tokyo.19771.

PTS Pah Text Society,

SBhV・T1πG7192r.、∫ω2zど∫ビript o.ブthe Sco}ghabhedat・asti , ed R. Gnoh,2s・Dls. Rome,1977−1978.

T T{iis/IO Sノ〃〃slll?Dαrどδ左v λed.」. Takakusu and K, Watanabe et aL 55 x ols Tokyo、192↓1929.

Vm,.1 ina.vaψi『aka s yoLs. PTS,

(15)

大乗手子輿}とf工f云 ト Pl刈ト

《註》

〔ll⊥ソ、下、カタカナの「ブッダ」は固有名詞のBuddha、また漢字の「fム」は普通.名詞のBuddhaを意味する

   .ものとする

12)たとえばrl:・∫弥陀経:の{麦半(六方段1には、「如是等伍河沙数諸1」、各於其国、}h広長舌相..偏覆∵T・

  大千世界 説誠実.i l 〜」:T.366、 Xii 347b21−22, etc.)が定型表現として頻出する,

{3)」,Nattiei・, A I;cw(;oθd il・fen:The Bodhisattz・a Pa〃r tノ〔・f・()rdingr to Tlie/nqitt zv Of L lgra.・L Jgra♪{zrit)1 t・c!ltt,

    HOI]ulしllし], 2()〔)2.

如本書については、次の書:評がある=下田正弘「菩薩の仏教:ジャン・ナテr工著丁ア・フユー・グ.・ド・

   メンニ に寄一せ.て」 『法華.文fヒ1研究[ 30.2004,1−18:Satl.)s. hi I−IIR.工OKA. Book Review:AFe、v Good Men:The   B〈二)dhisatlva Path according to the Inqui1 y of Ugra I{ 19t2 a♪(/riノ)r〔・(・ノzrl 1).by Jan Nattier. T!ie石:clst r)l B〃rt.

  dhist.38−1&2,20{.)7,233.237.

13)

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15,

]6 

17.

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21.

22 231   2

24 .,

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28.

  7

29..

ol桜部.建.大乗仏ijt.!. 9.宝積部経典二中央公論新社,1981},349−350.

6)山田龍城:大乗仏孝文成立論序説二平楽寺書店,1959,

71藤田宏遠1原始浄⊥思想の研究1岩波書店,1970,349−352.

S 勝崎裕.彦他1大乗経典解説辞典』北辰堂,1997,198.

9 1 ↓リ、一ト 、};羊$田{まt出二.苫二を参∫照  .1}三[i司∬惹 二i去華経成三㌧:cり芋斤角イ杓ミ:イムf云と しvごにピ華壬壬を言売A角早く二 7(蔵tl1|itii.2([12.

1{}1「法華経ぴ)..一.乗思想と仏伝」J .東方学報」6.1936,!31−474.

]1 「法華市と仏伝:特に説時論を中心として」1 印度学仏教二 i::研究..1]−1.1963,10−19.

12:「「梵天勧請一;;}包話と1法.華経1のブッダ観:仏教にお1十る真理の歴史性と超歴史性.1中央1:了:術研究所紀

  要」 2S. 1999, 69−99,

   「法華経における仏伝的要素一二法華−文fヒ石牙究:33.2〔}〔}7,153−165.

    :日:華吉壬フ\rH1、.  1「]り1〔.詳}:|苫, 20〔)1.

   r法華経成立に閲する.私見一二法華学報:10,2〔}〔}0,7]−350.

   以.ド、鳩摩羅什訳に基づく品名を用い、: ]にその章数を示す

   前旧恵学1原iifl V,教聖典の成立史的研究1山喜房V、書林,196..1,299−301.

   横超慧[.1:.法華思‡1{二平楽寺書店,1969、52−53,

   横超前掲書.76−78.

   苅谷定彦1法華]ぽ.仏滅後 の思想:i去華経の解明n..東方 出版,20〔}9,2〔)3−212.

   .横超前掲.書,96.

   Cf. SBhV ii 261.11−262.12:1 lil.111A−16;Dhp−a. i l48.2−3:1 増・一・e;fiJ含経.. T.125, ii 8C)!c9−23.

   .平岡聡「法華辛:E「化城楡品」の成立:城ぼ経類が関Lj・した.可能性を探る一二仏教研究:40,2川2,221一

36.

  斗三[司}綬ミ 「iLi:・.華 fσ)i友ゴ乙1こ1莫}する辛斤撒こ.な†見,占,:一こ り弓着詳}二・酉己i乏  i青幸艮i原iま:_ rE01.隻ど字f」ば量弓::石『フモ「 59− 1,

)010,143−151,

  平岡前掲論丈・2010

  斗Zl証r1∬if].昌岳6.二( ・2010・.

  三†支.充1皇[ .V、教7xP弓『 ?:;}£書:店. 1990.

Cf.岩井昌悟・つ♪は』1日」、時代か有仏時代か:v一仏の:;塁.骨と牛きているfJ、一.=東洋学論叢137.2012.51−

8.

  li.ilじ伝統的仏教(説一 切有部1て.も、論と律とては仏塔崇拝に対する龍度がかなi)異なる.たとえは.、川 舎論では仏塔崇拝の功徳を少なく考えるが、根.本有部律では、!ヒきている仏と浬繋した仏に対する功徳は変

15

(16)

16 法華 文化研究(第41号)

わらないとする,Cf平岡聡「色身として機能するブッダのアイコン:仏塔を巡る説一切有部の律と論との 齪鯖」『櫻部建博士喜寿記念論集:初期仏教からアビダルマへ:平楽寺書店,2002,185 一 198,

(17)

17

Summary

MCthCiyCtnαsat

     rαsand the Buddha s Focusing on the Lotus S露tra

Biography

Satoshi HIRAOKA

  It is stiLl a mystery how㌦乃の1∂〃αs2? γαs were composed. At a丘rst glance there seems to be no connection between Aga〃las or V7カ々♪,αs and V1々乃θJI〔7〃〔7∫z7τγσs. And it is also unlikely that Aga/nas or A.アi〃αyαs gradually developed into il・la/2∂Jl∂〃asi{tras. This paper puts forward the h}・pothesis that、)・fa/2め・∂〃α∫z7rMs were generally composed in awareness of the traditional biography of the Buddha, and that the」しor〃∫S27オm in particular was coln−

posed entirely on the basis of the traditional biography of the Buddha. I investigate this hypothesis by comparing events in the Lotus Si?tra with the traditional biography of the Buddha.

参照

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