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挽 歌 の ま な ざ し

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Academic year: 2021

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(1)

一、はじめに

  『万葉集』には「挽歌」という分類項目がある。

「挽歌」は一般的に、つ。 」と説明されている。

  しかし、実際に『万葉集』の「挽歌」に収載された歌を読むと、、「挽歌」な表現内容の歌を指すのであろうか。

  「挽歌」の表現内容を基に分類を行い、

類型をまとめる。そして、『万集』「挽歌」「死容」ないと結論する。

二、挽歌の定義について

  ジャンルとしての『万葉集』の「挽歌」(以下、〈万葉挽歌〉と表記)、『文選』「挽歌」「挽詩」(以下、〈文詩〉 。〈は、 歌。 た。それに対して、〈万葉挽歌〉は、「実は葬送の作には限られていず、 。〈歌〉が、死者の立場から、葬送の様子を描写する内容であるのに対して、〈万葉挽歌〉の内容は、死に関わる様相を、さまざまに詠んだ、〈万歌〉「偲る」「偲 いた。  したがって、〈万葉挽歌〉が、生者の立場から、悲しみや偲びの心情を詠んだ歌だとすると、その心情を表す表現が多数あるはずであ、「苦し」「さし」「悲し」〈万歌〉それぞれ「苦し」五件、「さぶし」五件、「悲し」十二件しかない。『万集』、「苦し」件、「さし」件、「悲し」九十六件ある。いずれも三分の一以下の件数しか、用例が検出されない。 挽歌のまなざし

      (国文学専攻博士後期課程一年)

(2)

  、「死」〈万歌〉って、『万集』全体では、六十九首に見出すことができるが、〈万葉挽歌〉では、ずかに二件しかない。それも、一般的な見解や理念としての意味でしか用いられない。さらに、「偲び」という語も、「挽歌」から抽出すると、死者を偲ぶよすがとなる代替事物とともに詠まれている。、「偲び」

  つまり、一般的な「死を悼み悲しむ内容」の歌という理解や、伊藤の「偲びの歌」とする解釈は、早計だと考える。そのように読まざるをえないのは、従来の挽歌論における研究対象が、巻二

・ 三に

、〈万歌〉っためであろう。

  たとえば、「死を悼み悲しむ内容」という解釈に対して、〈万葉挽歌〉「有首」の表現には、違和感を抱かざるをえない。挽歌に配列されているにもかかわらず、歌の表現から考えると、旅の歌ではないかと思わせる。その点を、古橋信孝が論じている。

たということになる。しかし、死の歌はなかったはずはない。ここから導けるのは、挽歌は特殊な死、異常死の歌だったとい うことである

  つまり、〈万葉挽歌〉とは、『万葉集』の段階ではじめて文学史上、〈文詩〉られている、「薤露」「蒿里」という二首の詩がある。この二首も、異常死者に対する詩であった。斉王の田横が、高祖に仕える韓信に敗れて尸郷で自殺した時、従者がひつぎを挽きつつ歌ったというエピソードがある

  しかし、古橋が異常死者について分析したのは、『万葉集』巻二

「挽歌」る。は、

・ 七

・ 九

・ 十

・ 十

・ 十

十九である。これらの巻には、部立てによる分類の「挽歌」と、題詞による分類の「挽歌」が収載されている。

  が、は、る。は、

三の歌が取り上げられる。

  、〈万歌〉『万集』内容の分類や類型としての総括といった課題は、題詞や左注の説明する詠歌事情が前提とされてきたためである。その結果、表現の問題は、歴史的人物の個別的営為に変換されてしまう。しかし、積極

(3)

体、『万集』で、非常に重要な課題であると考える

  したがって本稿では、まず、歌の歴史的事情を一時的に排して、表現にこだわって分析を行う。

  ば、は、『万集』、「挽歌」った。『万集』ことで、「挽歌」としての位置づけを持つに至ったのである。

  って、「挽歌」。「挽歌」時、〈万歌〉全体像が把握できる。

三、死者に関する表現内容の分類

  〈万葉挽歌〉から、

死者について描写する表現を抽出し、六パターンに分類した。六パターンは以下の名称である。

①〈平臥表現〉②〈安置表現〉③〈形象表現〉④〈鎮座表現〉⑤〈伝聞表現〉⑥〈形見表現〉

  次に、右に示した六つの分類から、内容の共通点と、表現につい。「挽歌」『新   万葉集一~四 』に拠った。また、引用に際し、必要な表現以外は「……」によって省略した。①〈平臥表現〉……枕になして、荒床にころ臥す君が……(二

・ 二二〇)

……枕とまきて せる君かも(二

・ 二二二)

……鴨山の岩根しまける我をかも……(二

・ 二二三)

……枕に置き我ここにありと誰か告げけむ……(二

・ 二二六)

……沈みにし妹が姿を……(二

・ 二二九)

……旅に臥やせる…… (三

・ 四一五)

……旅の宿りに、誰が夫か……(三

・ 四二六)

……黒髪は、吉野の川の沖になづさふ(三

・ 四三〇)

……うちなびき臥やしぬれ…… (五

・ 七九四)

……

  (九

……奥つ城に妹が臥やせる……(九 〇) ・ 一

・ 一八〇七)

……荒磯をまきて臥せる君かも (十三

・ 三三四一)

うら ぶちに臥したる君を……(十三

・ 三三四二)

……臥したる君が家道知らずも(十三

・ 三三四三)

……岩が根の荒き島根に宿りする君(十五

・ 三六八八)

岩田野に宿りする君……(十五

・ 三六八九)

……露霜の寒き山辺に、宿りせるらむ (十五

・ 三六九一)

(4)

黄葉の散りなむ山に宿りぬる……(十五

・ 三六九三)

  以上、十六首の表現は、旅路に倒れ伏した死者の描写である。「臥す」「寝る」「宿る」を詠む一方で、家に待つ妻や妹を想定する表現が多くある。そのため、家との関係は、旅の内容を持つ歌には、構造的なつながりがある。詠み手は、倒れ伏した死者へまなざしを向けている。

②〈安置表現〉……妹を置きて山道を行けば……(二

・ 二一二)

……妹を置きて山道思ふに…… (二

・ 二一五)

……君を置きて思ひつつあれば……(二

・ 二二七)

……送り置きて帰へらふ見れば……(九

・ 一八〇六)

  以上、四首の表現は、山野に置いて行く死者の描写である。「置く」というのは、死体であろう。生者が、険しい山野に死体を置てしまう死者へまなざしを向けている。

③〈形象表現〉……長き命を、露こそば朝に置きて夕は消ゆといへ、霧こそば夕に立ちて朝は失すといへ……朝露のごと、夕霧のごと

(二

・ 二一七)

……いさよふ雲は妹にかもあらむ(三

・ 四二八)

……出雲の児らは霧なれや…… (三

・ 四二九)

……浜松の上に雲にたなびく(三

・ 四四四)

……珠に拾ひつ(七

・ 一四〇四)

……朝、撒きし君が思ほえて……(七

・ 一四〇五)

……たなびく雲は妹にかもあらむ(七

・ 一四〇七)

……妹は玉かも……(七

・ 一四一五)

……妹は花かも……(七

・ 一四一六)

……白たへにかかれる雲は皇子にかも(十三

・ 三三二五)

……人は花物ぞ、うつせみ世人 (十三

・ 三三三二)

  以上、十一首の表現は、儚い形象としての死者の描写である。「露」「霧」「雲」「珠(玉)」「花」という形象として、死者を詠んでいる。このような内容は、儚い存在の形象である。詠み手は、儚い存在としての死者へまなざしを向けている。

④〈鎮座表現〉……恐きや はか仕ふる、山科の鏡の山に……(二

・ 一五五)

……つれもなき真弓の岡に宮柱太敷きいまし、みあらかを高知りまして……(二

・ 一六七)

……百  、(あし)を、常宮と高くしまつりて、神ながらしづまりましぬ……

(5)

(二

・ 一九九)

……天つ宮に、神ながら神といませば…… (二

・ 二〇四)

……豊国の鏡の山を宮と定むる(三

・ 四一七)

  以上、五首の表現は、鎮まる土地を選び、陵墓に鎮まった死者。「しる」「いす」「山」「宮」う内容がある。なぜ鎮まってしまったのかという嘆きや、奉仕を捧げる様子を詠む表現が多く、貴人を対象としている表現であろう。詠み手は死者に代わる陵墓へまなざしを向けている。

⑤〈伝聞表現〉……渡、(沖の)なびきし妹は、(黄葉の)過ぎて去にきと、(玉梓の)使ひの言へば…… (二

・ 二〇七)

……恋、(大の)る妹はいますと人の言へば……(二

・ 二一〇)

……石川の峡に交じりてありといはずやも (二

・ 二二四)

……我ここにありと誰か告げけむ(二

・ 二二六)

……我に語らく、なにしかももとなとぶらふ、聞けば音のみし泣かゆ、語れば心そ痛き。天皇の神の皇子の出でましの、 の光そ、ここだ照りたる(二

・ 二三〇)

子、は、 と、…… (三

・ 四二〇)

……高山のいはほの上に君が臥やせる(三

・ 四二一)

……葛飾の真間の手児名が奥つ城をこことは聞けど……

(三

・ 四三一)

……人にも告げむ。葛飾の真間の手児名が奥つ城処(三

……(こもりくの)泊瀬の山に廬りせりといふ(七 二) ・ 四

・ 一四〇八)

……行きし君、いつ来まさむと、占置きて斎ひ渡るに、 たは ことか人。(我心)だかを (十三

・ 三三三三)

狂言か人の言ひつる……(十三

・ 三三三四)

……(黄葉の)過ぎて去にきと、(玉梓の)使ひの言へば……

(十三

・ 三三四四)

……我に語らく、はしきよし、君はこのころうらさびて嘆かひいます。世の中の憂けく辛けく、咲く花も時にうつろふ、うつせみも常なくありけり。(たらちねの)御母の命、なにしかも、時しは、(ま鏡)、(玉の)立つ霧の失せぬるごとく、置く露の消えぬるがごとく、玉藻なすなびき臥い伏し、行く水の留めもえぬと……(十九

・ 四二一四)

……君が嘆くと聞きつれば……(十九

・ 四二一五)

  以上、十五首の表現は、どこに死者がいるか、死者はどうなっ

(6)

たか、を伝え聞く内容を描写する。直接話法で問答をする場合もあるが、使いによりもたらされる知らせもある。続く伝言を信じられないという態度を強調すると考えられる。詠み手は、死者がいないことに自覚的であり、いないことがなぜなのか、理解する、「死者」そのため、詠み手は、伝聞内容を伝える者へまなざしを向けている。

⑥〈形見表現〉……、(天の)いや遠長く、偲ひ行かむ。御名にかかせる明日香川、万代までにはしきやし、我が大君の形見にここを (二

・ 一九六)

……我妹子が形見に置けるみどり子の(二

・ 二一〇)

……石川に雲立ち渡れ、見つつ偲はむ(二

・ 二二五)

……君が形見に見つつ偲はむ (二

・ 二三三)

秋さらば見つつしのへと、妹が植ゑし、やどのなでしこ……

(三

・ 四六四)

……秋風寒み、偲ひつるかも(三

・ 四六五)

佐保山にたなびく霞見るごとに妹を思ひ出で……(三

・ 四七三)

……我妹子が奥つ城と今、愛しき佐保山 (三

・ 四七四)

……我妹子が入りにし山を、よすかとぞ思ふ(三

・ 四八一)

……山をや今は、よすかと思はむ (三

・ 四八二)

……形見とそ来し(九

・ 一七九七)

……親族どちい行き集ひ、永き代に標にせむと、遠き代に語り継……

(九

・ 一八〇九)

……大、(あの)、(玉き)偲はな(十三

・ 三三二四)

……この九月を、わが背子が偲ひにせよと、千代にも偲ひわたれと、万代に語り継がへと始めてしこの九月の……

(十三

・ 三三二九)

  以上、十四首の表現は、死者の存在を思い出すような事物を描。「形見」「よが」、「山」「入江」もある。光景から、思い起こされる死者と共有した時間についての内容である。詠み手は、死者との関係をつなげていた事物へまなざしを向けている。

  ①は、死者が倒れ伏した状況を描写しており、詠み手の〈まなざし〉「死者」って「死者」へ〈まなざし〉が向けられている歌である。③は、儚い死者の

(7)

、「死者」〈まし〉る。は、う、へ〈し〉が向けられている。⑤では、〈まなざし〉は、「死者」の「代替物」って、「代物」〈まし〉。〈まし〉容を描写した表現の類型である。それぞれの内容と類型を次にまとめる。

①儚いものとして見る死者という内容      「死者」〈まし〉③生者が別れる死者という内容④死者の鎮まる地という内容     「代替事物」への            〈まし〉⑥死者を偲ぶ事物という内容

  「死者」に対する視線は、①②③の表現に顕著であり、

「死者」へ向かう〈まなざし〉から詠まれている、計二十五首である。④⑤⑥は「代替事物」へ向かう〈まなざし〉から詠まれている、計三十三首である。この二つの〈まなざし〉は、死者を対象として詠む、生者の立場による表現と考える。

  った 四、「不在」である死者の表現

  ネリー

・ ナウマンが、死者にまつわる表現の分析から、その本質

に言及しており、死者に対する認識態度として重要な指摘である。ち、」「」、」、「別れた人」であると、ナウマンは捉えている。さらに、死者の本質、「存間」 (1

が過ぎ去った人であることの表現は、非常に多くの用例を検出できる。〈万葉挽歌〉の表現の特徴として、死者が過ぎ去る内容や、別れる内容は、重要な問題である。

  しかし、挽歌全体から考えた場合、ナウマンの指摘した、「存在しは、」、」、人」。〈万歌〉ったについてまとめる。

A、〈待ち恋うという表現〉……目には見れども、ただに逢はぬかも(二

・ 一四八)

うつせみし神に堪へねば……(二

・ 一五〇)

……待ちか恋ふらむ、志賀の唐崎(二

・ 一五二)

……旅寝かもする、逢はぬ君ゆゑ(二

・ 一九四)

……またも逢はめやも (二

・ 一九五)

⎭⎬⎫

⎭⎬⎫

(8)

……日月も知らず恋ひわたるかも(二

・ 二〇〇)

……君があるくに、似る人も逢へや (三

・ 四二五)

君に恋ひ、いたもすべなみ……(三

・ 四五六)

……今また更に逢ふよしをなみ(三

・ 四八三)

……待てど来まさず(七

・ 一四〇九)

別れてもまたも逢ふべく思ほえば……(九

・ 一八〇五)

……またも逢はぬものは妻にしありけり(十三

・ 三三三〇)

……来むと待ちけむ人の悲しさ(十三

・ 三三三七)

……来むと待つらむ人の悲しさ(十三

・ 三三四〇)

  以上、十四首の表現は、死者を待ち恋う、逢いたいという内容を描写する。しかし、死者と再会することはないため、永久的に逢えないこと、待っても甲斐がないことの表現となる。一四八歌では、「目には見れども」という表現があり、一般的に、見えるの、「たも」瀬が出来なくなった状態をいうと解釈されている。また、Aにおいて、見えたことの表現が付随するのは、一四八歌のみである。そして、Aの表現に共通するのは、待っても来ない死者を、それでも待つという状況である。

   したがって、再会が叶わないにもかかわらず待つ、という状況〈まし〉 B、〈忘れないという表現〉……影に見えつつ、忘らえぬかも (二

・ 一四九)

……我が大君の御名忘れせぬ……(二

・ 一九八)

……思ひ過ぐべき君にあらなくに(三

・ 四二二)

……相見し妹は忘らえめやも(三

・ 四四七)

  以上、四首の表現は、死者を忘れないという内容を描写する。、「影つ」の影は、実体的なものではなく、幻想的に捉えた死者の姿として解釈される。このほか、姿のこと以外にも、一九八歌では、「御名忘れせぬ」という表現で、死者の名を忘れないことをいう。つまり、死者が不在であることへの、詠み手の〈まなざし〉がある。

C、〈とどめたかったという表現〉かからむとかねて知りせば……(二

・ 一五一)

……おほに見しくは、今ぞ悔しき(二

・ 二一九)

出でて行く道知らませば…… (三

・ 四六八)

……そがひに しく今し悔しも(七

・ 一四一二)

……この旅の日に妻放くべしや(十三

・ 三三四六)

……この旅の日に妻離かり……(十三

・ 三三四七)

……そがひに しく、今し悔しも(十四

・ 三五七七)

  以上、七首は、死者が去ることを知っていたならとどめたかっ

(9)

たという内容を描写する。時間的な立場は、常に過去を振り返る「かば」「道ば」たことの表現となっている。また、二一九歌「今ぞ悔しき」のように、心情の表現によって、とどめられなかった事実と、とどめったたものとしてある、死者の不在への、詠み手の〈まなざし〉がある。

D、〈去ってしまったという表現〉……白たへの天領巾隠り、鳥じもの朝立ちい行きて、入日なす隠りにしかば……(二

・ 二一三)

楽浪の志賀津の児らが、罷り道の…… (二

・ 二一八)

……雲隠りなむ(三

・ 四一六)

……隠りにけらし……(三

・ 四一八)

……すべの知らなく (三

・ 四一九)

……高山のいはほの上に、いませつるかも(三

・ 四二〇)

……過ぎにし人に……(三

・ 四二七)

……玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ(三

・ 四三三)

……なき人思へば……(三

・ 四三四)

……雲隠ります (三

・ 四四一)

……は、か、の)、(露の)

(三

・ 四四三)

……言だに告げず、去にし君かも(三

・ 四四五)

……栄えし君のいましせば……(三

・ 四五四)

……山辺をさして、夕闇と隠りましぬれ……(三

・ 四六〇)

……家ゆは出でて、雲隠りにき(三

・ 四六一)

……過ぎにし人の思ほゆらくに(三

・ 四六三)

……借、(あの)道をさして、入日なす隠りにしかば…… (三

・ 四六六)

……い行く我妹か、みどり子を置きて(三

・ 四六七)

かくのみにありけるものを……(三

・ 四七〇)

……留めかね、山隠しつれ…… (三

・ 四七一)

……散りぬるごとき、わが大君かも(三

・ 四七七)

……かくのみからに……(五

・ 七九六)

……かく知らませば…… (五

・ 七九七)

……なき人思ほゆ(七

・ 一四〇六)

……過ぎにし児らと……(九

・ 一七九六)

……過ぎにし妹が……(九

・ 一七九七)

……遠つ国黄泉の界に、(延ふつたの)己が向き向き、(天雲の)別れし行けば……つれもなき城上の宮に大殿を仕え奉りて、殿隠

(10)

り隠りいませば……(十三

・ 三三二六)

……またも逢はぬものは妻にしありけり (十三

・ 三三三〇)

……山隠れぬる(十五

・ 三六九二)

しら 。(壱島)

(十五

・ 三六九六)

  以上、三十首は、死者がすでに去ってしまったという内容を描写する。ナウマンの分析した、死者についての特徴的な挽歌の表現は、このDに分類できる。四三四歌「なき人思へば」や、四六三歌「過ぎにし人の」などのように、死者がすでに行き過ぎたこと、共有した時間に対して不在であることの表現となっている。また、四四一歌「雲隠ります」などの、「隠れる」という表現は、、「雲」の「夕闇」や四七一歌の「山」など、隠れる様と隠すものが、ともに表現される。

   ってって〈まし〉

E、〈直接的な不在の表現〉……君もあらなくに(二

・ 一五四)

……君いまさずとも(二

・ 一七二)

……見る人なしに (二

・ 二三一)

……我が手枕を、まく人あらめや(三

・ 四三八)

……見し人そなき (三

・ 四四六)

人もなき空しき家は……(三

・ 四五一)

……栄えし君のいましせば……(三

・ 四五四)

……君しまさねば……(三

・ 四五七)

……君なしにして(三

・ 四五八)

薦枕相まきし児もあらばこそ……(七

・ 一四一四)

  以上、十首は、直接的な表現として、死者がいないという内容「君」。「いす」というのは、貴人に用いられる語であり、四三八歌「まく人あらめや」や、四五一歌「人もなき」のように、貴人でない場合、って「人」は、身近な死者であり、例にあげた四三八歌、四五一歌を含め、「人」の表現を持つ四首は、妻のことである。このように、直接的な表現から、死者の不在への、詠み手の〈まなざし〉がある。

F、〈間接的な不在の表現〉……我が泣く涙、やむ時もなし(二

・ 一七七)

……流るる涙、止めそかねつる(二

・ 一七八)

……栄えむと思ひてありし我し悲しも(二

・ 一八三)

……昨日も今日も召す言もなし (二

・ 一八四)

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