精神薄弱の規準に関する一考察
武 藤 雪 下
精神薄弱が如何なるものであるかについては,精神医学的な立場から,或は心理学的な立場 から,いろいろに定義が与えられているが,いまだに十分な決定的と思われる定義は与えられ ていない。精神薄弱はどうすることも出来ない不治のものであるか,或は処置や指導,訓練の 如何によっては,これを正常にまで治癒せしめることの出来るものであるかという点について
も,諸家の間に意見の一致を見ていない。
精神薄弱の定義が困難なのは,精神薄弱というものが単一の疾患ではなく,さまざまな原因 によって起るいろいろな状態の総称であるからである。
精神薄弱の定義について一致が見られないとは言え,知能の欠陥がその基本的特徴であるこ とについては異論のないところであり,その知能欠陥は治癒し得ないという断定が含まれてい る。従って精神薄弱につV・て論ずる場合に,特に精神薄弱が如何なるものであるかの操作的規 準を設けるに当って,われわれはその知能面を無視することは出来ないし,また知能の方面か
ら追究して行くのが最も当を得た方法であると思う。
一方ひるがえって知能そのものを老えてみる時,その研究は,人間研究の科学としての心理 学にとって欠くことの出来ないものであり,知能構造の解明に進展が見られることは,心理学 の発展を意味する。ところで知能の研究にとって,精神薄弱の研究は,これまた欠くことの出 来ないものであることを考えるならば,知能研究の進歩,心理学の発展は,精神薄弱の研究と 相侯ってなされるものであると言わねばならない。このように考えるとき,われわれは精神薄 弱の研究が,単に精神薄弱者の診断を目指しているばかりでなく,広く心理学の発展のための 一役を担うものであることを痛感し,そしてそれが,知能の研究と両々相侯ってなされるもの であることに思い到る。
このことを心に めながら,われわれは,精神薄弱が如何なるものであるかについて,従来 の諸説を参照し,実験的研究の援けを受けながら論考を進めて行きたいと思う。
1傳統的定義
従来,精神薄弱の定義は,精神医学的分野からと,心理学的分野から大体次のように下され
てV・る。
1)精神医学的定義
クレペリγ(Kraepelin E・)は, 「精神薄弱とは,幼少期に現lbれた多少とも顕著な全般 的精神発達の障害である」と定義し,ブロイラー(Bleuler M.)は,「精神薄弱とは,生れつ き或は小児期におけるさまざまな原因によって,大脳の発育が遅滞し,その結果,知能の発達
が制止された状態をV・う」と定義し,三宅鉱一氏は,「精神薄弱とは,先天性の崎形或は生 後早く受けた脳病のために,精神発育の停止せる状態である」と定義している。このように 精神薄弱とは,脳,特に大脳皮質が遺伝によって先天的にその発達を制止されるか,或は胎 生期叉は乳幼児期におけるさまざまの原因によって傷害を受けたために,重大で恒久的な脳 髄機能の欠陥を来した状態であるとされ,精神薄弱の基礎を脳髄の病理解剖学的所見に求め ている。そしてその障害の程度を,記憶,弁別,判断,注意の集中,言語などの精神作用の 障害と対応させるという立場をとっているが,しかしながら,生前の脳の状態を確実に知る ことは不可能であり,死後の解剖によっても,現在の段階では.脳の変化及びその原因を発 見し得ない場合が少くない。
2)心理学的定義 心理学的立場からの定義は,普通次の二つの基準に拠っている。
イ)社会的規準による定義
人が正常な習慣を身につけ,秩序ある行為をし,世の中の出来事を理解し,十分に自活し 共同社会の規則を守ることが出来るかどうかという観点から,精神薄弱とは,独立した生活 を営むのに必要な最低の社会的水準に慢性的恒久的に達し得ないものだとされている。ドル
(DoU E. A.)はこの立場をとる代表的な一人で,彼は「精神薄弱とは,精神的,身体的な発 育遅滞の結果,顕著な知能欠陥によって,社会的に無能な児童及び成人である」と定義し,
生活を処理して行く能力,対人関係や対社会関係を処理して行く能力を測定するための社会 的成就尺度(Sっcial Maturity S⊃ale)を作った。そして従来精神遅滞児(Mentally retarded)
として一括されていたものを,知的遅滞児と精神薄弱の二つに分け,知的遅滞児とは,知能 指数は低いが,社会成就度はかなりあり,精神薄弱児とは,知能指数も社会成就度もともに 低いものとしている。実際,知能指数は50であっても,社会的生活能力が比較的高く,身体 も強健で,惰緒的に安定してV・るものは,対人関係も比較的うまく行き,将来社会に出ても かなり役に立つが,逆に知能指数は80でも社会的生活能力が低く,社会生活に不適応で,な お且つ,病弱であったり,性格的偏奇が強V・ものは,社会に出てもうまくやって行けなV・。
社会的規準による精神薄弱の定義が心理学的に妥当であるかどうかは別として,実際的見地 から社会成就度をもってその規準とする考え:方は,一応認められてよいであろう。
ロ)統計的規準
精神薄弱は全般的な精神機能の発達障害であるという見地から,その発達程度を量的に測 定しようという目的のために,ビネー(Binet A.)を始祖として,知能検査が新たに登場し て来た。そしてシユテルγ(Stern E. M.)ターマソ(Terman:L. M.),ウエクスラー
(Wechsler G. D.)によって標準化された知能指数(IQ)は,精神薄弱の一応の見当をつけ るために便利なために,統計的規準として広く用いられている。この規準による精神薄弱の 判定基準は,学者によっていろいろに定められているが,:大体において,IQが70以下,叉 は,IQが同年令群の最低の二つの・く・セゾタ イルの中におちる時,精神薄弱と判定される のが普通である。
亜 心慮の心理面的定義に封ずる批判 1)社会的規準の欠陥
社会的規準をもって精神薄弱の概念を定義づけることは,表面的には一応尤もらしく思わ れるが,これにはまだ判然としない幾多の重要な問題が残されている。即ち イ)何をもっ て社会的欠陥の基準とするか ロ)如何なる程度の欠陥をもってその基準とするか ハ)あ る一面では社会的水準に達していなくても,他の面では十分に水準に達している場合には如 何に処理するかなど。つまり言葉を換えて言えば,十分に自立して生活を営むことが全く出 来す,またある理想的な社会的標準に従うことが全く出来なV・ということは,常に直ちに精 神薄弱の徴標として認めてよいかどうか。このような問題に対して,正しい十分な解答がな されるためには,精神欠陥が如何なるものであるかについて,真に科学的な診断が与えられ るほどに科学が進歩しなければならない。もし職業上の欠陥,人格上の欠陥,あるいは社会 的事象に関する欠陥が,常に知能的欠陥の徴標であるとするならば,心は一次元的な静的な 様相を呈するものと言わねばならなV・。人間の行動が,さまざまな原因によって誘発され,
現象的には同じ失敗であっても,多くの全くちがった心的力,環境の力から惹き起されたも のであることは自明のことである。また独立して社会生活を営む能力をもって精神薄弱の基 準とすれば,その基準は社会構造のちがいに応じて変化しなければ,社会成就度の低V・もの でも,社会の一員として十分生活を営んで行くことが出来るが,高度に復雑な社会では,社 会成就度が相当に高いものでも,独立した生活を営むことは,容易でなV・。このように考え ると,社会的規準によって精神薄弱を定i義することは,困難でもあるし,:危険でもある。
2)統計的規準の欠陥
知能検査によって,知能を量的に測定し,一定の水準に達しない者を精神薄弱者と分類す る方法は,客観的であり叉簡便であるために,実用的な見地からは多くの長所を備えている が,併しながら,理論的には,まだ多くの未解決の問題を含んでいる。シー・シ・ア(Sい shore H:. G.),ウエクスラー,ジセスターク(Jastak J.)などは,大凡次のような点から,
知能指数を規準とする精神薄弱の分類に批判准加えている。
イ)知能検査で測定しているものは何であるか。真に知能を測定しているか。
ロ)いろいろの異った能力と知能との相関がまだ決定されてV・なV・。即ちスタンフォード 指数(Stanford quotient)カミ60で,アーサー指数(Arthur quot三eLt)が60の人は精神薄弱 かどうか。或は,ウエクスラー・ヴエルビユー(Wechsler−2eP(vue)の言語性指数が100で 動作性指数が45の人は精神薄弱かどうか。このような知能状態の場合には,目下のところ,
その解釈は個々の研究者の判断に委せられていて,一致した見解は採られていない。
ハ)知能指数は,一分散と群(Cluster)を異にするいろいろな異質的な下位検査から得られ た得点から合成されるようになっている。然るに,総体的知能指数が被検者の測定されたす べての能力の程度を正しく評価しているという証拠は何処にもない。心理的に異質的な能力 を平均して,知能を評価せんとする試みは,精神作用を要素的に把握せんとする要素心理学 の立場に立つもので,心理学的に明らかに不合理なことである。
3)精神薄弱は成功する
従来の規準が,欠陥を有するものであることは,上述のところがらも明らかであるが,尚 一層明らかにするために,従粟の規準によって精神薄弱と診断された多くの人々の実態を調 起してみることは意義あることである。クラPク(C1arヒB.)や,シユテルソ,その他多く の人々のの調査研究によれば,精神薄弱は訓練によって正常な生産的な生活をすることが出 来るようになると言われている。以前に精神薄弱と診断された人々が上級学校を,それも時 には特待生として卒業し,また精神薄弱のコロニー(Co!oay)に居た人が,その後立派な職 業に就き,財産を築き,正常な家庭生活を営み,職業的にも,社会的にも,有用な役割を果 してV・る。もし精神薄弱の診断が,先にあげた二つの規準によって正しくなされるものであ るとするならば,このような成功例は,精神薄弱の知能欠陥は不治であるという仮定に反す ることになる。以下薪しい知能観と調査研究を援用しながら精神薄弱の新しい規準について 考察をして行こうo
皿 新しし、知能観
ウエクスラーによると,「知能は,各個人が目的的に行動し,合理的に思考し,更に自己の環 境を効果的に処理することの出来る綜合的叉は全体的な能力(capadty)である。つまり知能 は個人の全体的な行動を特徴づけるものであるから全体的であり,また質的な差異を有するい ろいろの要素,能カーそれらは全く独立しているわけではないが一から構成されているも のであるから綜合的なものである。これらの能力を測定することによって,われわれは究極に おいて知能を評価しているのである。しかし知能は,これらの諸能力を含んではいるけれども その単なる総和と同一物ではなV・。」またウエクスラーは次のように述べている。 ・f)知的 行動の究極の所産は,一定数の能力叉はその質の函数であるばかりでなく,それらの能力が組 合されてV・る状態,即ち構成(Configuratio11)の函数でもある。 ロ)知能的行動の中には,
知的能力以外の要素,例えば動機や誘因が入ってくる。 ハ)一般的知能に関してだけなら,
知的能力は単にその最低必要量として入ってくるだけに過ぎないと思われる。この表現は結局
「』一般的知能は知的能力とは同じでない。一般的能力は性格全体の表現と見徹されねばならな い」とV・う点にあ.る。
知的要素として普通あげられるものは,抽象的推理力,言語,空間把握,数処理の能力など であるが,知能はこれらの知的能力と結びついているところの学習能力,抽象能力,経験を利 用しうる能力のほかに,適応の能力及び事を実際に達成する能力をも包含する。適応の能力は 教育的な学習能力,言語,数,空間などに関する知的能力以外のものを包含している。それ以 外のものというのはいわゆる知的なものではない。「それらは,論理的並びに抽象的知覚に限 定せられることのない気質と性格に依存する能力である。性格それ自体の要因と考えられるも のである。」という。ウエクスラーによると,知能検査の結果を因子分析にかけて解明しうる のは,全部のう ち60%を越えることは稀で,いつも因子分析によって解明出来なV・要素が残っ ている。だから知能テストは,これらの因子によって説明出来る以外の要素をも測定している と推定される。これらの残存要素をウエクスラーは,「知能の非知的因子(:Non一二nte「ect二ve
factors qf inteUigence)」と名付け,また「一般知能の性格的要素(personality compon−
ent of general inteUigence)」と呼んでいる。つまり知能テストには性格Q因子をも包含さ れており,性格的特性か知的行動の効果の中に入ってくると言っている。
ジャスタークの知能観も,ウエク入ラー・のそれとほとんど同じであるが,特にその操作的な 定義に特色が認められる。ジヤスタークによると・知能は受容力,包含力,吸牧カジ空間の広 さ,内容,量,最大産出力であって,潜在的なものを最大限に使用することを意味するところ の能力(capacity)である。従って知能の測定に当っては例えば「水漕のcapadtyを測定す る際には,その最大容積を測定すればよいのであって,実際にはいってV・る水の量を何回も実 際に測定して,その平均値を算出することは全く無意味なことである」と同じように,「各知 的能力を夫々測定して,その平均値たる知能指数を算出することは誤った:方法である」そこで ジや入翼下クは,Ca,aCltyを測定する指標として, altitude qUOt乏ertの概念を導入し,人の 潜在知能の終極の水準は,知能テストによって決定された最高の単一の心的能力によって表わ
されるという。al乞ltude quot三entは「知的能力に最も近い得点であり,その他の得点は,知的 能力そのものに関係づけられるというよりも,むしろ,その機能的効果を支配する力動的な諸 特性に多く関係している。」つまり究極の能力と機能的水準との間の差異は,異常な性格特性,
人格塑乱,環境の欠陥などに基因し,従って治療によって,機能的水準を潜在的知能水準まで 高めることが可能であると主張している。
altitude又は知能は, capacityの機能を表わすに過ぎないもので,或個人が正常な適応を しているかどうかは,諸特性の力動如何に依る6響動が異常であれぼ,識itudeは不適応的に はたらく。alt三tud eが高いほど反社会的,破壊的方向に進み,精神病者であれぼ,そのε}・
titudeに応じて,妄想や幻想が著しV・。つまりraititude叉は知能は,推理力であると巨時 に理屈づけをするカであり,成功力であると同時に失敗力であり,創造力であると同時に甚壊 力である。」
精神薄弱の定i義を下すに当ってジヤス顎口クは以上の如き知能観を根本とし,「多くの異っ た機能叉は能力を表わす多くの個々のテ入ト尺度で検査された人は,そのテストの如何なる一 つにおいても,同性,同年令の母集団からの無作意抽出による標準に比し,第二,第三パーセ γタイルを越えない時にのみ,精神薄弱と診断される。それ以上の得点であれば,厳密な意昧 では精神薄弱の枠から除外される。」
lV施設牧回申の精神薄弱への漸規準の適用
1)目的と方法 上述の新しい知能観に立って,現在精神薄弱児誌面施設に牧容されている 人々に,新しい精神薄弱の規準を適用し,その実態を調査した結果について報告する。調査対 象は児童福祉法第42条の規定により入所せしめられた7才U月から】5才]1月までの%名
(男23名,女13名)で,知能が低く普通の小申学校の教育を受けるヒとが困難であると認めら れたものである。
実施した検査は,薪規準に最も適わしいと思われるウエクスラーの児童用診断性知能検査
(Weりhs!er Intelligence Sりale for Children)の日本版(以下W互SCと略称する)。但し符号 問題と迷路問題は都合により実施出来なかった。
検査期一日は昭和30年7月〜9月
2)結 果 検査の結果を参考までに従来のIQ規準で分類すると,知能段階は第一表の 通りである。
第 一 表 即ち36名のうち劣等児の4名を除き,他はすべて精神
・Qi糀難1磁
90〜71
70〜51 50〜26 25以下劣 十 干 鈍 痴 年 上 痴
4
13工9
0
計 36
薄弱の烙印を捺される。果して残りの32名はその知能欠 陥が絶対に治癒され得ない真の精神薄弱と断定されるで あろうか。われわれは,そうでないことを希求しながら 彼等の知能構造を分析して見よう。
第二表は36名のうちから選出した特定の9名の結果
(評価点,IQ)である。
第 二 表
\:下晦 琉P\ト
A
B C
D E
FG
HI
言 語 性 知i識 理解
2 5 1 2 3 4 0 3 7
6
=L
4
15 4 0 8 8
算数
8 8 0 6
B6 0 2 1
類似 7
6
54 3 4 0 3 7
単語 5
4
54 4
4 24
5
姻・・Q・
5
8 3 0 2
5 1 2 771 70 54 53 58 65 40 58 73
動 作 性 絵完
9
53
58
90
56
絵配
5
104 2 4
58
52
積木 14
8 6
10 108 6 6
5組合
9
!0
5
2 8 5
13 105
1.Q.
94 88 64 65 84 78
フ7
77 64
全1.Q.
80 76 53 53
6フ
68 64 63 64
(註) 知 識
i理 解
算数 類似 単語
数 唱
一般的知識
一・
エ的i理解
算数問題 類似問題
単語 問 題 数 唱 問 題
下完 絵画完成
絵配 絵画 配 列 積木 積木 模様 組合 組合せ問題
第二:表の結果を分り易くするために,ジヤスタークの例に徹って図示すると第一図の如くで
ある。
績
木
画6
績
密
合鰺
A(1Q36)
知識
数唱
第 一 図
8αe7の
饗、年 謬
鑓〃
類絵 似 画同
語単
DαQ53)
如識
数回 解
単 語
G(1Q♂ダ)
麟
撚織
繍
・ム
槻
合
撹
知藏
四丁 揮素
謡単
EαQ6の
輪軸 獲解数瑠
言吾二
月αQ6の 知識
甥解
諭
数唱
麟
饗織
麟
慶密
繍
饗窺
σ(IQ53)
知識
諜
鍮
塗鬼
閉
門劣 ル
数帽
知識 夢話
F(IQ 68)
算
類 似
控露 算 数 類
似
舞単
数・昌
1ぐ1Q6の 知識
数唱
ノ
鱗
導
類
似、
(図の説明) 図は二つの同心円と10本の放射線から成る。 (註1・2)各雨露線は各下位テ ストを表わし,各テストの評価点(Scaled Score)はそのテストに該当する線上に,中心よ り遠ざかるほど高い評価点を表わすように印される。小円は評価点7点を示し,大円は評価点 10点(平均評価点)を示す。大円と小円の差は標準偏差だけのちがいである。
(註1)Jastakは三つの同心円を12:本の放射線で示している。
(註2)WISCは言語性テストが代替問題まで含めて6項目の下位テスト,動作性テスト が同じく6項目の下位テスト,計12項目の下位テストより成っているが,本検査においては,
言語性テストの全部と,動作性テストのうち4下位テストを実施した。
A.B。:A. B.は下位テスト10項目の中,言語性の2項目と動作性の3項目に おいて,小円若くは汰円を越える評価点を示してv・る。IQはともに70以上である。
C;下位テスト10項目の何れにおいても,評価点は小円の中にある。
D・E・F・G・:言語性の各項目の評価点は小円内にあるが,動作性の2項目の評価点は小円 若くは大円を越えてv・る。
H:言語性の1項目と動作性の1項目の評価点は,小円を越え又は大円に達している。
1:動作性の各項目の評価点はすべて小円内にあるが,言語性の4項目の評価点は小円に達 し若ぐは越えている。
3)結果の考察
イ)A.B.は言語性,動作性ともに正常児の域に達し,従来のIQ規準によるとしても,精 神薄弱ではない。このことは,テストの種類によって多少のIQの変動はあるにせよ,入所当 時より遍が向上したことを示すもので,事実,現在ではBは施設を退所して,普通の小学校
に通学してV・ることを考え合わせるとき,従来の考え方からすれば,精神薄弱が指導,訓練に よって治癒されたと言われる。併しながら,減しい知能観においては,彼等は元来精神薄弱で はなかったのであって,入所時のテストにおいても知的能力の幾つかは正常児なみで,他の幾 つかが,v・ろいろの原因のために+分その機能を果すことが出来なかったために, IQが70に 達しなかったのであると考え,もしその時新しい規準によって検査が施されていたら,精神薄 弱の烙印は捺されなかったであろうと推察する。
ロ)ジセスタークの臨床例によれば,E. F. G.のように,動作性能力に去れ,言語性能力が 劣るものは精神病質者(Psychopathic perso1}31ity)であって精神薄弱ではなかった。本調査に おV・ては,医学的所見は明らかでないが,精神薄弱からは除外される。
ハ)1のように,言語性能力が正常児の域に達し,動作性能力が劣るものは,ジャ入ターク の臨床的研究では分裂病質者(Schi20id personality)であって,精神薄弱ではなかった。
二)CとDはともにIqは53で,従来の規準によれば両者ともに魯鈍段階におけ.る精神薄弱 に分類される。しかしその知能構造を見れば明らかな如く,全く ちがった構造を示している・
Dにおいては,一つの能力は正常児の域に達してV・るに反し,Cにおいては,どの一つの能力 も正常児から劣っている。Cのように如何なる一つの能力も顕著に劣っている場合に,精神薄 弱と診断される。本調査の対象になった36名のうち,新しい規準による精神薄弱は16名で,後 の20名は厳密な意味における精神薄弱の枠から除かれることが知られた。鈴木治太郎氏及び東 京大学医学部脳研究室の調査によれぽ精神薄弱児(何れも鈴木・ビネF式知能検査法による IQ 70以下のもの)は夫々2.77%,2.29%である。新しい規準による調査はまだなされていな いが,精神薄弱の数はすっと少くなるであろうQ
V 総 括
精神薄弱の規準として,客観性と実用性の見地から,IQが広く一般に用いられているが,
IQを知能診断の規準とする方法は,多くの利点をもっているとは言え,要素心理学をその根 底にもっているとV・う重大な理論的欠陥をもらている。而しセか㌧る知能観に立つ場合,精神 薄弱は治癒するといら不合理をも随伴し,真の精神薄弱を背後に押しかくしてしまう危険があ
る。
こ』におヤ、てわれわれは,知能はca餌cityであってabilityの単なる総和ではないという 考えから,知能構造を解明し,真の精神薄弱を発見しようという希望をもって,精神薄弱の診
断規準について考察をして来た。糊しい知能襯によると,知能は操作的には,各知的能力の発 揮しうる最高能力(altitude quotient)と定義される。そして他の能力は性格異常,環境の欠 陥などの原因によって,十分その機能を果し得ない状態にあるのであって,それらの原因が治 療によって除かれれば,altitudeの段階まで進み得るという立場をとる。そして,各能力の如 何なる一つも,同年令,同性の第四パーセγタイルを越えない時,精神薄弱と診断される。こ の規準によれば,精神薄弱の数は今よりすっと少くなるであろうし,また精神薄弱が治癒し得 るということもなくなるであろう。われわれは精神薄弱はその知能欠陥が不治のものであると いう立場を支持する。そして仮性精神薄弱の発見とその治療,訓練,指導に一・段の進歩発展を 期待する。勿論この新しい規準にも全く疑:問がないではない。altitude quotientは知的ca・
pacityに最:も近いものであるとは言え, capacityと同じではなV・。 altitudeを示す能力も 性格異常その他V・ろV・ろの原因によって過少に表現されていると考えられる。言葉を換えて言 えば,altitudeが正常児の域に達していないという理由だけで直ちに知能欠陥が著しいとは認 め難い。とすれば,新規準による精神薄弱も,真の知能欠陥を有するものかどうかは一概には 断じ難い。更にまた,capacityが各abilityに対して同等に作用するということも実証されね ばならない。このような疑問に十分の解答を与えるためには,精神医学者,心理学者,特に臨 床面に携わる人々の協力せる今後の箭究に裁たねばならないであろうが,併しながら・こ\に 採択した新しい規準は,その客観性と実用性に加えて,知能観が要素心理学的な考え方から脱 しつ」あることを示す証左として,今後の知能構造の解明に益するところ大なるものがあるで
あろう。
本論丈作成に当っては,主任教授沢英久先生より種々有益なる助言と御鞭燵を賜わり,資料 蒐集,整理その他において,本教室助手水田善次郎氏の多大の援助を恭うした。こしに衷心よ
り感謝の意を表し,爾後の研究に爾一層の御叱正をこい希って欄筆する。
文 献
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