川端康成『雪国』の「底」をどう訳すか : 隠喩の 翻訳をめぐる一考察
著者 今野 喜和人
雑誌名 翻訳の文化/文化の翻訳
巻 1
ページ 1‑20
発行年 2006‑03‑31
出版者 静岡大学人文学部翻訳文化研究会
URL http://doi.org/10.14945/00005751
J r r端康成『雪 「 」
J H
端康成の『雪国』は翻訳研究の宝庫である。の英語訳が現れて以来、翻訳者自身のコメント 発表されてきた
o
英訳に続いた仏訳、さらにはロツ
にまで、 な立場から分析がなされている。例えば、 々C
J
において決してひけをとらない芥Jr b
研究文献の数は明らかに多い。その理由は何と 性に求
によっ」、
は、芥)
I
の理知的な いったいこの作品に比して、
の
O
し
てみようと が白く
】
‑ 1 ‑
らは「橘の底」のような却物的な使い方ではなく、「夜の底」に特徴的に示され るように、多少なりともレトリカノレな比験的表現ばかりで、あって、二回現れる 一例
( r
胸の底J)
を除いですべて異なった語と結びつけられている。したがっ て、何種類かの翻訳に現れた訳例と比較することで、それぞれの翻訳者の姿勢 ふ隠聡の翻訳全般に関わる何らかの考察が引き出せる可能性がある。少なく とも翻訳のヴァリエーションを示す具体的データにはなるだろうO
むろん、この語の選択は慈意的になされたものではない。 川端が「底」とい う表現を好む作家であることは夙に指摘されており、ある意味では『雪国』の
「キーワード、らとも言えるような重要な言葉である。園語学者の小池清治は『雪 国』中の上記
1 2
例を引いた後に、「底J
にまつわる隠験的表現を多用した作家 として夏目激石を挙げ、さらにその源泉としてシェイクスピアの用例を挙げて いるヘ 「底J
のないものに「底」を付けるという、破格の(言語学的に言えば「共起制限破り」の)表現法は近代日本語の生成過程において、英語の冗
hebottom o f
~"から輸入された可能性があることを明らかにしたのである。本論はこの小池の研究を出発点とし、「底」の隠、喰が仮に英語の世界から移された文学的な とするなら、その表現を今一度英語もしくはそれに近い言語 に翻訳した時に、どのような表現形態を取るかを調査しようとするところから 始まった。極めて
J
r(端らしい表現の一つが外国語にどのように訳されるかという問題を通じて、
J 1 1
端自身の文体の特異性や、J I (
端を捉えていた想念の本質が 照らし出される契機となることも期待される。『雪国』中の表現を必要最低限の前後関係とともに抜き出してみよう
50
1
.夜の底が自くなった。( p . 9 )
2
鏡の底には夕景色が流れてゐて[ . . . J o ( p . 1 3 )
孔村はしいんと底に沈んでゐるやうだった。( p . 1 5 )
3
大嶋良紀r n l
端康成4
小池清治 r)1 1
端康成と夏目散石一一一表現の系譜.w青い海黒い海~W雪国 ~W伊豆の踊子J 一一一J( ) 1 1
端文学研究会編W )
11 端文学への視界~1 3
、1 9 9 8
年、1 0 … 2 4
頁)。同論文中、激石の用例では『我 が輩は猫である』から「記憶の底」、『倫敦塔J
から「陰の底」など1 4
例、シェイクスピアは『ヘ ンリー四世Jからt h e bOttOD1 o f o u r a l l f o r t u n e s "
(r運命の底J)
、『ロメオとジュリエットJから m y
g r i e f "
(r悲しみの底J )
など、7
例が引かれている。5
以下、『雪国』本文の引用はW )
11 端康成全集第十巻~ (新潮社、1 9 8 0
年)により、頁数を本文中に 括弧内で示す。なお、!日字体は新字体に改めた。4 . r
心の底で笑ってるでせう。今笑つてなくっても、きっと後で笑ふわ。」( p . 3 4 )
5 .
一面の雪の凍りつく音が、地の底深く鳴っているやうな、厳しい夜景 であった。( p . 3 8 )
6 .
胸の底まで、冷えるやうに思はれたが、気がつけば窓を開け放したまま なのであった。( p . 5 2 )
7 .
村は寒気の底へ寝静まってゐた。( p . 6 3 )
8 .
駒子が虚しい壌に突きあたる木霊に似た音を、島村は自分の胸の底に 雪が降りつむやうに聞いた。( p . 1 2 5 )
9 .
雪の底で手仕事に根をつめた織子遠の暮しは、その制作品の縮のやう に爽かで明るいものではなかった。( p . 1 2 6 )
1 0 .
海や山の鳴る音をJ
思ってみるだけで、その遠鳴が耳の底 同 つ / った。( p . 1 2 7 )
1 1 .
駒子の聞きちがへで、かへって女の体の底まで食ひ入った言葉を思ふ と、島村は未練に絞めつけられるやうだったが、[...]( p . 1 3 4 ) 1 2 .
後姿が暗い山の底に吸はれて行くやうだった。( p . 1 3 6 )
次に、英訳
( 1 9 5 6
年、E
と略称)、仏訳( 1 9 6 0
年、F
と略称)、独訳その1( 1 9 5 7
年、D 1
と略称)、独訳その2 ( 2 0 0 4
年、D 2
と略称)のそれぞれの訳語を表に 並べて対照してみる(次頁の表を参照。出典および前後関係を合めたの引用は論文の補選に纏めた)。
まず検討
L
たいのは、「底J
という単語を日本語一外国語辞書で引いた時、そ の筆頭に出てくるべき語一一英語であればbottom
ぺ仏語であればf o n d
ぺ 独語であればG 印 nd"
ーがどれだけ住用されているか、という問題である。すると、極めて特徴的な事実が判明する。それはサイデンステッカーによ 訳にー境
b o t t o m "
という語が現れないということである。小池の説によれば、「底
J
の隠験的表現は英文学におけるt h ebottom o f
"","を起源とする可能 性があるという。ではなぜ1 2
例もある「底」が、翻つにならないのだろうか。
翻訳、特に文学的なテキストの翻訳において、
なければならない理由は語学的にも文体論的にも 閣の大きさは言語によって怒意的であり、他
つ語が原理的に存在しないということは構造主義以
された時に
b o t t o m "
る し
} f }
レ ﹂
‑ 3 ‑
工 一
2一3
一4
一5
一G寒気の底へ 胸の底に
t o d e
叩i n t ot h e w o m a n ' s b e i n g
Ij u s q u ' a u p l u s p r o f o n d d e s o n
卸e
,a u p l u s i n t i m e d e s a I i 的 i n i t e i n t o d a n s l ' o m b r e
,c o m m ε a b s o r l 怠 p a rl a m o n t a g n e
し ミ O
ほと んどをその語が出 以外に
X 。 ま
きな働き におい
。
中村
サ }
も使わなかったという だけ用いて、類似し を端的に表現tしてい
も使っていな
いだろう
O
に言えば、ような表現が、英語としてこ っ Lしまうと判断
(隠居命的ではない)
の で あ る 60
翻訳というも されてきた。
という論争は頻繁に繰り返 の言い囲しを持ち出す
6
田村充正氏がサイデンステッカー氏本人に「何故t h eb O t t O l l 1 o f t h e n i g h t "
と訳さなかったの か」という趣旨の質問をしたところ、r " n i g h t "
とその後のw h i t e "
が韻を踏んでしまって、軽々 しい印象を与えるJ
から、という答えを得たという。b i s a u f
ドイツ語 1 (D 1) Grund
S l ε
ドイツ語 2 (D 2 ) D 釘 NachtT i e f e
Auf dεm Grund d e s S p i e g e l s im weisεn Grund v e r s i n k e n im G r u n d ε
己sHerzens t i ε f a u s dεm Grund d e r Erde b i s a u f dεn Gru 日 ds e i n ε r B r u s t i n den G
玄u 日 dd e r
誼l t e
設 u fdem Grundεseiner B r u s t
註
u fdεm 印 d ε sSchnees t i e f durch
b i s Aufdεm Grunde d ε s S p i ε g e l s
W1e versunken da
1m Grunde 1 h r ε s Herzens t i e f i n d i e Erde h i n a b
b i s a u f dεnGrund seinεsεns u n t e r dem k a l t e n
i n ihm
von von
までもなく、原文に 問題は幾多の翻訳者を悩
とは
としての美を追究すべきかという ん、ここで言う と「意訳
J
線を引くべきか を
法ι
ばな
トの性質(科学的@技術的な文献か よってどこに トに於ける対
の) にしな
か、と
フ
フO
J
テ ッ カ ‑
O
例えば、して、
うな
ν 、
とはー 明らかでであるこ 派として
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ことJ フ O
﹃111J
•
﹁113﹄ たい
フ なけ な
の 削除し な
‑ 5 ‑
またある場合には、英語小説として自然な形にするために、原著の構造に を加えなければならないことさえある
O
このようにしてでき上がった 翻訳書というものは、単に英語の文章という点からだけでなく、小説の構 成、文学的価値というような点からも、立派な英語の作品であって、読者に翻訳書というような印象を少しも与えないものであるといえように
「直訳か意訳か
J
は常に論争の的になっていても、欧米の規準から見れば明 らかに「直訳」的な翻訳書を読むことに慣れている日本人にとって、サイデン ステッカーの訳は自分たちの考える「翻訳」から逸脱したものである。学校の 英語教育において何年間も逐語訳を強いられた経験のある日本人は、『雪国』の 原文と英訳を比べた持に衝撃を受けずにいない。『雪国』の英訳を発表した後、の他に日本人の間から聞こえてきた様々な疑問@不満の声は、サイデンス テッカーを苛立たせ、翻訳者たるものは原著に手を加えることすら辞さないと いう、上のような確信犯的発言を生み出したものと思われる。
実際、サイデ、ンステッカーの自由な訳しぶりは作品のどこを取ってもすぐに 感じ取れるものであるが、このように向じ「底」という一語の訳文を並べた時 に、自に見える形で明らかになるのではなかろうか。と問時に、
" f o n d "
の語を4
例使った仏訳、Grund"
を問じく4
囲用いた独訳そのL
そして何よりも、表に示した中で一番新しいトピアス@チェウンによる独訳において、
1 2
例中9
例も
G 開 nd"
の語が登場する事実と対比した時に、それぞれの翻訳家の姿勢 の違いとともに、サイデンステッカー訳の特異性が(チェウン訳の特異性と併 せて)照らし出されるのである。以下、もう少し立ち入って、訳文を検討して いこう。2
寵既に述べたように『雪国』の「底」はすべて多少とも比験的な言い囲しの中 で用いられている。
5
の「地の底J
は具体的に存在しうるが、「雪の凍りつく音 が、地の底深く鳴っているやうなJ
という二重の隠、輸@直職的表現において現 れ、7
の「寒気の底」は気象学的にあり得るかもしれないが、これまた「村は 寒気の底へ寝静まってゐた」という換聡@階、輸表現の中に登場する。9
の「雪 の底で、手仕事&に根をつめた織子たちの暮しJ
についても事情は変わらない。そ7 サイデンステッカ一、那須聖『日本語らしい表現から英語らしい表現へ~(培風館、
1 9 6 2
年)、212‑
3
れ以外は抽象的な「底
J
ばかりである。ただし、総除としての価値、詩的な味 わいはそれぞれ微妙に異なっている。その中で¥ 4
の「心の底J
や6
、8
の「胸 の底J
は日常的@慣用的にイ吏われる表現であり、「心底J
や「胸底」という漢語 もあって、詩的な衝撃力はほとんどないだろう。1 0
の「耳の底」には「耳底J
という漢語もあるが、現代ではほとんど使われない表現であるため、むしろ隠 轍としての役割を取り戻しているかも知れない。これらに比して、 1の「夜の 底J
、2
の「鏡の底」、1 1
の「女の体の底J
などは、すべて川端のオリジナノレと は言えないまでも極めて新奇な表現であり久読者の注意を惹くに十分なカを持っ ているo
このように、隠轍表現の詩的喚起力や新奇性を問題にする時、修辞学ではし ばしば、その隠輸が「生きている」か「死んで、いる
J
かという規定の仕方をす るO
どんなに目新しい( f
生きたJ)
表現でも、それが人口に謄突し、何度も使 われるようになれば慣用句の中に分類され、さらに進めば隠轍牲が全く意識さ れない状態にまで焔る。机の「脚J
のように、語源的に見れば隠聡であったも のが、全く通常の表現の中に入っている語葉も極めて多い。ここまで来れば、隠聡性は全く「死滅」する。しかしまた、たとえ使い古された比轍でも、ちょっ とした文那の違いで、新鮮な修辞性を纏って復活することもある(陳腐な例だが、
「地震のために杭の脚が歩き出す
J
こともあるだろう)。したがって隠喰の生命 は一つの言語の中でも流動的なのであるが、ここに翻訳の問題が絡むとさらに 複雑な様相を呈する。つまり原文に用いられた聡えの語( f
轍詞J
と呼ばれるこ とがある)のイメージを尊重するか、それともその隠除の詩的生命や慣用性を 移植すべきか、翻訳者は決断を強いられることがあるからであ'cV0
まず、
1 2
例の中では最も慣用的な表現であるんじ、の底J
から見てみよう。英 訳はd
関p i n your h e a r t "
(心の(奥)深く)と比険性がほとんど感じられず、仏訳の お前
auf o n d du c
ぽ11f
、独訳1
と2
のimGrundelhrεs H e r z e n s "
はいずれもほぼ直訳で、それぞれの言語の中でも慣用句と感じられる。英訳に
「底」にあたる名詞がない他は、ここで翻訳を通じた隠輪性の変動はほとんど 生じてい令いと言ってよかろう
O
また、8
の「胸の!まに」も、駒子の!木霊に 似た音」を「雪が降りつむやうに」開くという、一 比轍表現の中に出8
は芥川のることそ小池が指捕している と
ニュアンスが加わってくるG
‑ 7 ‑
てくるが、これ自体は「心の底」と言い換えてもそれほど違和感のない表現で あ っ て も 英 訳 の 合
s t "
(胸の中に)、仏訳の呂utonaεson
(上記「心の底」の訳から強調の副詞を除いただけ)、独訳
1
の単純なihm"
(彼の内で)、いずれも隠織として「生きて」はいないが、原文の詩的価値とそれほど格差はないだろう。しかし、独訳
2
が轍詞を尊重して、ほぼ直訳と えるa u fdem 問 自 des
記 印s t "
を採用したことは議論の余地がある。原文の印象よりも階、輸牲が際立ち過ぎるきらいがあるのである。
その点は、同じく「胸の底
J
という表現を用いながら、これとは多少意味内 容の異なる6
と対照させた時に明らかになる。ここで島村は「破廉恥な危険」の匂いを味わいながら寝ころんでいて、「胸の底まで冷えるやうに思われる
Jo
だが純粋に精神的な「冷え
J
と思われたこの箇所は次の「気がつけば窓を開け 放したままなので、あった」という付加によって、肉体的な「冷λ J
されていることが判明する。言い換えれば、「胸の底
J
というJ
慣用的表現の中で、消えていた隠n命的価値
( r
胸」の身体性)が復活するのである。これを訳すにあ たって、英訳可。o
iょ も、おそらく英訳に倣つで
、
J c r ε u x
、も的ではありながら本来の意味も失っていない表現を採用しているの独訳
1
の
b i s ε (
心のて「底」は強調されるものの身体性はあまり感じられない。それ
2
は ま さ し く 直 訳 的 な 設dεm
印 釘 そ こ こ で も 開 い ていて、耳慣れない表現ではあっても8
の場合と違って隠聡性の保存において 長がある。なお、原文のイメージ(担金調)を直訳すると自標言語で違和感があるv
仰 山
別の聡詞を利用して、隠、聡性だけを保存することがある。上記の「胸の底J
の「みぞおち」への転換もそれに近いが、表に示した例の四種類の訳の中では、
9 r
雪の底で」を1
釦s n ε (
彼女らの雪の牢獄で)と訳 た仏語の例が際立つ。これは「しゃれ」の翻訳などにも使われるテクニッ が、こと「底」の訳に関する限り、サイデンステッカーはこの方法を採用して いない。他にも、かつては
J
慣用句であったが今日ではむし の問題なと検討すべき項目は多いが、身体性の 編中でも衝撃度の高い表現であるの「女の体の底」英訳は
t o 出 εwo 臨 組 、 民 i
目立"(女の底
J
ので、『雪国』いて触れて
の奥深く小」ハ
こう
O
は
" j u s q u ' a u p l u s . p r o f o n d dξson 企士気 aup l u s . ε s a
(彼女 の存在の最も深いところ、女らしさの内奥に)、独訳1 v j : " s o
i n s i e "
(彼女の中に深く、痛ましく〉となっている。いずれも「体J
にあたる 表現がなく、「深さ」はともかく「底J
もない。「体」について、サイデンステッ カーがwoznaf
と い う 言 葉 を 入 れ な が ら と い う 単 語 を 用 い な か っ た のは、この訳本全体に現れている性的連想の微温化に関係しており、また 体」をイメージさせかねない語でもあるからだろうか。ただ、この箇所は が「いい女J
だと言った言葉を駒子が聞きとがめた部分である。「女の体の底ま で、食い入った言葉」に性愛の合意、端的に言えば、「を働かさない読者はないだろう。
てし
そ と
2
て、ち
フ O
3傷
2
に満ニ
Lく
、も
く、
れて
さ ペ〉
で
ょう
ヨン窃こ巳 ツ一 号 一
ト@ミレーの「オフィーリア
J
の絵を思い出させるような幻視に到達する。このように水平方向から垂直方向への転換は節の冒頭の「底」という語が鍵 を握っているのだが、翻訳と照らし合わせた時に微妙な問題が生じてくる。そ れは英訳の
d e p t h "
、仏訳のf o n d "
が、いずれも本来は垂直方向の「深さ」や「底
J
を語源としていても、現在では全く隠、輸性を感じさせずに水平方向の「深さ」や「奥」に用いることができるからである。例えば、日本語で「トン ネノレの底」と言ってしまえば違和感がある(共起制限を破っている)が、英語 の 出
ε o f t u n n e l "
や仏語のl efond du t u n n e l "
は全く普通の言 い回しとなる。その結果、英訳や仏訳の読者は引用箇所に隠、聡を見ずに「鏡の 奥」だけをイメージし、そこを「流れるJ
夕景品は通常通り、「動いて行く」moved by"
し、「次々と現れて行くJ る f i l a i t "
のみである。なお、仏訳がauf o n d "
ではなく....となっていることについて、これは直後に出てくる「背 l'呂
ε m p l a n p p
と連動しており(s u rfond de
r-...;"は r~ を背景として Jの意)、かつ熟語の
au ( f
実はJ)
と誤解されないためにsuf
を採用 したのであって、垂直性を合意するものではない。がって、英訳の読者が夕景色に水の「流れ」のイメージを感知するには、
( r
流れるJ )
と、μ
試(浮かぶ)の諾が現れるまで待たなけ ればならず、これらもし 、
と受け止められる恐れもあっ て、「鏡の底J
という表現の中にあった急激な(九十度の)転換は感じられない(仏訳でもほぼ事情は同じである)。
は確かに水平方向の「奥」にも使えるが、
に近いものがあり、二つの独語訳がいずれも採用した
a u f ( e ) dεsεgels"
は原文の隠輪性をいくらか生かすことができてい る(ただし、「流れる」の部分は独訳1
が ( 動 い て 行 く ) 独 訳2
がヘε (
通り過ぎ、る)を用いていて、水のイメージは現れていなしサ。「底」へのこだわりは多様な意味を持っているだろ うが、周りを取り組む山と深い雪とに閉じこめられたかのようなこの土地の閉 鎖性、沈欝性を象徴する(用供 、
3
、7
、9
など)他、人間存在を吸引して まない深淵への落下の恐れ一ーと同時に誘惑一一ーにも裏打ちされているだろ う。『山の音』の中にある「月の夜が深いように思はれる。深さが横向けに遠く9J
という表現も、水平と をめぐるこの種のオブセッショ9 W ) 1 1
端康成金集第十二巻Jl (新潮社、1 9 8 0
年)、2 4 7
頁。ンと無縁ではあるまい。したがって、『雪国』で、は水平面上にいる安定感を一挙 に壊すキーワードとして「底」が用いられていると言うことができる。英訳や 仏訳ではその喚起力が消えてしまうが、仏語と違って、「底
J
にほぼ対応する" b o t t o m "
という語葉を持つ英語の訳者がこの語を一切採用しなかったことは、作品の わい自体に影響を及ぼす、重大な選択だったと言えよう。
このように、「底
J
という語に水平方向から垂直方向への転轍機的機能を見て いると、ふと、1 2
の「暗い山の底J
にも適用していいような気がしてくる。も ちろんこれは普通に考えれば、「山の下方の部分」という意味であろうし、英訳 のi n t othεmount 丘町"
(山の中へと)など、隠験性をほとんど消している も首肯できる。逐語訳の姿勢を鮮明に打ち出している煽U
でさえdεndunklen Bergen v e r s c h l u c k t werdεn" r
暗い山に呑み込まれるJ
とするのみであるO
し かし、駒子の「吸はれていく」後姿に、垂菌的落下のイメーザc.!‑̲ ; 山
u、みすぎ、とは言えないだろう。その印象は、節全体を引用し
駒子はちょっと左手を上げてから走った。後姿が暗い山の底に吸はれて 行くやうだった。天の河はその山被の線で切れるところに裾をひらき、ま た逆にそこから花やかな大きさで天へひろがっていくやうだったか山 はなほ暗く沈んでゐた。
( p . 1 3 6 )
その直前に
J
天の河はニ人が走ってきたうしろから前へ流れおり」る とあるとおり、r
LlIの底J
は天の河の落ち行く先の淵なのである。私た 感覚はここに至って全くの動揺をきたし、「島村はまた天の河へ掬ひ上げら ゆくやうだったJ ( p . 1 3 8 )
という描写などとも相挨って、天地の別い舷撃さえ感じてしまう。さらに駒子の「落下
J
の予感は、このす 末尾の火事の場面で、炎に包まれた繭倉の二階から落ちるな
されはしないだろうか。
平のまま
J r
仰向けにJ
身性」と「対照性」
ニ人が合わせ鏡のようにして落ちて行く
Abgrund"
(深淵)と訳して構わ し、キリスト教的世界観「山の底に吸はれて行く
J
1 3 9 )
落ちる姿は、しばしば指摘さ「水
て
ら G
ペ コ
1 0
一r u
EZZSグH U
吋i 4
寸 i A
扶 、も つなが
であること うまでもない。
ら たてて天の河が
カゐ
あと
フ
O
き
ょう く「底」にま る の糸は、いずれの
翻訳 し
Xされている o か そ
認識
Uず ない。そのつもりに
なれば、 ら ゆ 翻 訳 と
は
; 土 、 フ こぼれ
ものが常 うとすれば、 にあったもの
はま L 7'"
回 帰O によってこぼ
れた の L
〉酔叩 邸 診で も 」柿曲 ァ‑ も だ フ o
ペ コ
ツ た と
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と な
本 語
し
、むしろ表現 けでなく、
し の
。
O
O
は見られず、
フ
き 変 で 一 語
視 一 一 一 一 口組m
の
斗品
ペ
コ
の中に、外国
1 1
現在の出版界でかつてのような直訳調の生硬な翻訳がかなり減って、日本語らしい訳文が尊重さ れているのは、翻訳全体の質がよがったためであると同時に、日本語がある稼度安定的な段階にしたこと
語を直訳した耳慣れない表現を導き入れれば、読者を混乱させ、作品の物語世 界に入りにくくするだけでなく、原文の文学性を保持することも函難になる。
サイデンステッカーの姿勢はこうした判断に基づいたもので、あって、「自然な形
J
を追求して英語読者に川端文学を接近し易くした功績はいくら強調しでも強調 しすぎることはない。
それでもなおかつ、サイデンステッカーによって「殺された
J
隠轍の数々を 思う時、『雪国』の詩的な特質に基づき、詩的自由p o e t i cl i c e n s e
を精一杯発揮 した翻訳1 2
を想像してみたくなる誘惑を禁じ得ない。物語性の際立つ散文作品な らともかく、むしろ「詩」として読んだ方が良い作品だからこそ、原文の構造 とイメージをできる限り生かして、隠、日食の直訳を選択することもあり得るとい うことである(その試みの一部は、チェウンの独訳が達成している)。読者がと ころどころ蹟き、頭の中にすんなりと入ってこない、持には違和感を覚えるよ うな表現がちりばめられた別のSnowCount
ηが現れて、『雪国』の理解を新た にし、同時に英語という言語の可能性を拡大するような事態を夢見ることも、許されるように思われるのである。英語詩の現状や世界の言語環境は、その期 待を
1 9 5 0
年代よりも拡大させているのではないだろうか。補
原文:~川端康成金集第十巻』新潮社、 1980 年(下線は引用
英 訳 ( :
Snow C o u n t r y ,
仕 組s l a t e dby Edward G . S e i d e n s t i c k e r , C h a r l e s E . T u t t l e , Tokyo , 1 9 5 7 .
仏 訳
(F : Pays d e N e i g e , t r a d u i t par Bunkichi F u j i m o r i , A l b i n M i c h e l , 1 9 6 0 .
独訳1 ( 1 ) : S c h n e e l a n d , v o n ε C a r l Verlag ,
Munchen , 1 9 5 7 .
独訳
2 ( 2 ) : S c h n e e l a n , d von Tobias Chεung , Suhrkamp V ε r l a g , F r a n k f u r t am Mein ,
1 .
l E .
トンネノレを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。
( p . 9 ) Train camεout o f t h ε t u n n e l t h e snow c o u n t r y .
ッカ一派」として) にから
っ d
寸tム
ε a r t h l a y w h i t e undεr t h e n i g h t s k y . ( p . 3 )
γ
ムぬ し
AMM
a h
・ 培
A
ρ L V
n
ρ [ V
1 d
呂
V呂 b l a n c h is o u s l a 士 通 n 色 b r ed ε l a n u i t . ( p . 1 5 ) langεn Grenztunnε1 hεrauskroch , l a g wεausgebreite t . D i e N a c h t war w e i s b i s a u f d a s S c h n ε e l a n d " v o r
Grund. ( p . 5 )
1 D 2 . J e n s e i t s d e s l a n g e n Tunnels e r s c h i ε n das S c h n e e l a n d . Der N a c h t T i e f e wurde w e i β . ( p . 9 )
2 .
鏡の底には夕景色が流れてゐて、つまり写るものと写す鏡とが、映闘の二 しのやうに動くのだった。( p . 1 3 )
o f 在 日 r r o r
色v e n i n gl a n d s c a p e moved by , t h e mi 釘 o r and t h
訂e f l e c t e df i g u r e s l i k e motions p i c t u r e s superimposed onεon t h e o t h e r . ( p . 9 )
2 F . Sur l e f o n d , t r ε s l o i n , d e f i l a i t l e paysage du s o i r q u i s ε r v a i t , e n 弓 u e l
聞主
c e f i g u 問 s
工l a i n e sq u ' i l
時現る
c h i s s a i t , p l us a i r ε s , s ' y d
るc o u p a i e n tun pεu comme 1 ε s lmages e n s u r i m p r e s s i o n dans un f i l m . ( p . 2 1 )
2 D 1 . Auf dem Grundεdes S p i e g e l s zog d i e a b e n d l i c h e L a n d s c h a f t d a h i n . Wiεeinem bewegtεn s i c h das Spiεgelndεund S p i e g e l s e l b s t l n ε i n a n d
釘 .( p . 1 0 )
2 D 2 . Auf d
己m d e s S p i e g e l s zog d i e Abendlandschaft v o r b e i . D i e g e s p i e g e l t e n Gegenst
註ndeund d i e s p i e g e l n d ε F l a c h e b ε : w e g t e n s i c h d a b e i W l ε a u f e i n a n d ε r l i g e n d ε S c h i c h t ε n z w e l
記rF i l m e ; ( p . 1 4 )
3 .
雪の色が家々の低い屋根を一層低く見せて、村はしいんと底に沈んでゐる やうだった。( 1
工1 5 )
3 E . whitεof t h e snowεthεdeep e a v e s l o o k d ε e p e r s t i l l , a s i f e v e r y t h i n g had sunk q u i e t l y i n t o t h e ε a r t h . ( p . 1 2 )
3F.εprofond d e s e n t r e e s , l e b l a n c de l a n e i g e , s e m b l a i t p l u s s i l e n c i e u s ε m e n t profond e n c o r e . Tout a v a i t
l'a i r dεse t a p i r dans l e
( p . 2 5 )
Das weiB l i e B . ε o h n ε h i n n i e d r i g ε n noch
k l e i n e
主e r s c h e i n e n , das Dorf l a g schweigend und wie versunken d a . ( p p . 1 3 ‑ 4 )
3 D 2 . Die Farbe d e s Schnees s c h i e n d i e ohnehin n i e d r i g e n D
忌c h e rnoch w e i t e r h e r a b z u z i e h e n , ganz s o , a l s wurde d e r Ort s t i l l im weisen Grund v e r s i n k e n . ( p . 1 7 )
4 . r
心の底で、笑ってるでせう。今笑つてなくっても、きっと後で笑ふわ。」と、女はうつぶせになっでむせび泣いた。
( p .3 4 )
4 E . Deep i n your h e a r t y o u ' r e l a u g h i n g a t me. Even i f you a r e n ' t now , you w i l 1 be l a t e r . " Shεwas choked w i t h t e a r s . Turning away from him , she bu
工i e dh e r f a c ε i n h e r h a n d s . ( p . 3 8 )
4 F .
一Auf o n d , t o u t au f o n d du c
ぽu 巳 vouss o u s amusez de moi ; e t 出会 me s i c e n " e s t pas v r a i en c e moment , c e s e r a v r a i p l u s t a r d . "
S e s yeux s ' e t a i e n t m o u i l l e s de l a r m e s e t e l l e s e d e t o u r n a pour sεcacher l e v i s a g e dans l o ' r e i l l
訂 .( p . 5 1 )
4 D 1 . "1m Grunde I h r e s Herzens l a c h e n S i e s i c h e r . Und wenn S i e e s v i e l l e i c h t j e t z t n i c h t t u n , s o 1 a c h e n S i
巴michganz bestimmt s p
註t e ra u s ! ( p . 3 7 )
4 D 2 . S i e l a c h e n im Grunde I h 問 s . H e r z e n s , n i c h t wahr? Auch wenn S i e j e t z t n i c h t 1 a c h e n , s o l a c h e n S i e doch gewis s p 亙 t e r . "( p . 3 9 )
5 .
一面の雪の凍りつく音が、地の底深く鳴っているやうな、厳しい夜景であ った。くp . 3 8 )
5 E . I t
¥rvas a s t e r n n i g h t l a n d s c a p e . The sound o f t h e o v e r
tt豆el a n d seemed t o r o a r deep i n t o t h e e a r t h . ( p . 4 4 )
5 F . La n u i t s e t e n a i t immobile , f i g e e , s a n s l e moindrεsoupcon de
e t l e paysage s e r e v e t a i t d'unεaustεre s e v
訂i t e .On a v a i t
1'i m p r e s s i o n q
ぜungrondement s o u r d , dans l e s o l , r e p o n d a i t au c r i s s ε m e n t du g e l q u i r ε s s e r r a i t l a n e i g e p a r t o u t , s u r
l'e t e n d u e . ( p . 5 8 )
5 D 1 . Es war e i n ε s o s t r e n g e Landshaft , das man g l a u b t
記Ton , mit dem d
釘Schneεweithing e f おに t i e fi n diξErdξhinab h a l l e n zu h o r ε n . ( p p . 4 3 ‑ 4 )
o f snow
5 D 2 . Die N a c h t l a n d s c h a f t l a g s t r e n g vor ihm , und e s s c h i e n , a l s k
益出ε
Z U
1ょ
dasGerauschdεs
Ub e r a l 1 g e f r i e r ε n d e n Schnees t i e f a u s dεm d e r
( p . 4 6 )
6 .
この虚偽の麻購には、破廉恥な危険が匂ってゐて、島村はじっとそれを味 はひながら、按摩が帰ってからも寝転んでゐると、胸の底まで冷えるやうに 思われたが、気がつけば窓を開け放したままなのであった。( p . 5 2 )
6 E . Aware o f a s h a m e f u l d a n g e r l u r k i n g i n h i s numbed senseor t h e f a l s e and empty , he l a y c o n c e n t r
試合don i t , t r y i n g t o f ε e l i t , f o r some t i 自 在 a f t 釘
出 a s s ε u s el e f t . εW 註 sc h i l 1 e d t o t h e p i t h i s s t o m a c h ‑ b u t s o m e o n ε had leftεwindows wide ( p . 6 2 )
6 F . Son soup む ondεmensongε , son sentiment d ε e t de l a る danst o u t c ε 1 , 呂 0 U l ,る q u e l q u
記c h o s
色dεsivague , de
S 印 c o 出 自 εsic e l a r e c o u v r a i t un inavouable da
日g
也ε 時 sque1 呂 masseusea v ε u g l e f u t r ε p a r t i e , Shimamura c h e r c h a i t e n c o
問主l ep 時 c i s e r , i l par s e s ε n t i r g l a c る j u s q u '
丘uc r e u x
告白
l a g , das e r d a s ε Masseuse w
訂schon
nachsann.
臨 l o s e
gεgangE う日? W H う
s ε l n E う S H e r z e n s . Doch dannεntdeckte 訂 , a l s e r s i c h umsah , das das F e n s t e r s ε i n e s Zimr 即 時 w e i to f f e n s t a n d . ( p . 6 0 )
6 D 2 . d i e s
ぽu n w i r k l i c hanmutendεn Benommenheit , d i ε i h n v
台工g e b l i c h ε M 叶 l e m ε ε n l i e s , e r e t w a s Gef 計百 l i c h e s
S c h a m l o s e s . 五 在 a s s e u s ε b e r ε i t s v e r l a s s ε n um d a s
zu g e n i e s ε n ‑ s o e t w a s wie b i s a u f den
wahιAls ε r W l ε d e r zu s i c h kam , bemεrkteεdas d i e s an einemεnster l a g ; das wεoffenstand. ( p . 6 2 )
7 .
道は凍ってゐた。村The r o a d wasεn.
ってゐた。
( p . 6 3 )
v i l l a g e l a y q u i e t u
日dεrthεcolds k y . ( p . 7 7 )
7 F . Le chemin e t a i t dur s o u s l e g e l , e t l e v i l 1 a g e d o r m a i t s o u s l e c i e l f r o i d . ( p . 9 3 )
7 D 1 . Die Straβe war f e s t g e f r o r e n . S t i l l s c h l a f e n d l a g d a s D o r f untεrdεm k a l t ε n Himme . 1 ( p . 7 5 )
7D2.Dεr Weg war g e f r o r e n . D i e O r t s c h a f t versank s t i l l s c h l a f e n d i n den Grund d e r K
註1 t e . ( p p . 7 6 ‑ 7 )
ふ駒子が虚しい壁に突きあたる木霊に似た音を、島村は自分の胸の底に雪が 降りつむやうに聞いた。
( p .1 2 5 )
8 E . He h ε a r d i n h i s c h e s t , likεsnow p i 1 i n g up , t h e sound o f Komako , an e c h o b ε a t i n g a g a i n s t empty wa l 1 s . ( p . 1 5 5 )
8 F . Et v o i l a q u ' a u f o n d de son c
ぽur , i l
l'e n t e n d a i t 主 p r e s ε n t , Kom 設 ko , com
間 企unb r u i t s i l e n c i e u x , comme de l a n e i g e tombant m u e t t e r
工l e n ts u r son t a p i s de n ε i g e , comme un echo q u i s ' e p u i s e 主 f o r c
己d ' e t r e renvoye e n t r e d e s murs v i d e s . ( p . 1 7 0 )
8 D l . Als h
註u f t ε s i c hSchneεin ihm , s o h り r t ee r wiεdurch e i n v i e l f a c h e s Echo , das Komako s i c h s i n n l o s
呂ne l n e 羽T and s t i e s . ( p . 1 5 2 )
8 D 2 . ob s i c h a u f dem Grunde s e i n e r B r u s t ア t i e fi n ihm s ε 1 b s t , Schnee anhauft , e h り r t eShimamura e i n
色nTon , dεrWlεein Echo Komakos
d i e gegen e i n e h o h l e Wand l i e f . ( p . 1 5 1 )
9 .
雪の底で手仕事に根をつめた織子達 しは、その制{乍品の訟指のよう かで明るいものではなかった。( p .1 2 6 )
9 E .
日記sawt h a t t h e weaver maidens , g i v i n g thεms
己l v e sup h e r e under t h e snow , had l i v e d l i v e s f a r from a s
C h i j i m i t h e y made. ( p . 1 5 7 )
9 F . I l v o y a i t l e s j e u n ε s f i l l ε s , une g 益 n e r a t i o n m 仕たに t i s s a n ts a n s f i n dans 1 ε u r p r l s o n
l a v i e 弓 u ' ε l l e sa v a i e n t v
るc u ε e t a i t d ' a v o i r 1
♀b r i l l a n t de l a t o i l e dεChijimi , s i p
町ξfraichεdanssa
a v a i e n t f a i t e de l e u r s mains a c t i v e s . ( p . 1 7 2 )
9 D l . N ach den Eindrucken i n diεsem S t
通d t c h e nzu u r t e i l e n , war d
ぉLeben d ε r Weberm
註dchen , d i ε s i c h , wie begraben u n t ε r dem S c h n ε ε ? t h e i r
au que l a c l a r t る
ウ
i‑ l
ム
ganz i h r e r
註ndeA r b e i t gewidmet h a t t ε n , keinesw
企g ss o h e l l und h e i t e r Wlεder von g e f e r t i g t e C h i j i m i = S t o f f g e w ε s ε n . ( p p . 1 5 3 ‑ 4 )
Das 1 ぬ εn d i ε s i c h a u f 品目 1 Grunde d e s S c h n ε e s war n i c h t s o f a r b i g und l e u c h t e n d wie d a s
~. ( p . 1 5 3 )
ρ
し )
ふ ι
u b
・唱
a
ムe ょ i
ρし
Y ・ 十Lu b
自
由 し
n h
e噌
g
ムn o v
1 0 .
島村は一人旅の温泉で駒子と会ひつづけるうちに聴覚などが妙に鋭くなっ て来てゐるのか、海や山の鳴る音をJ
思ってみるだけで、その遠鳴が耳の底を 通るやうだった。( p . 1 2 7 )
sεnseswεre 叱 o f fon a t r i p w i t h o n l y t h e company ε v e n nowhεsεεmed t o c a t c h an e c h o o f a d i s t a n t thewo 出 an
( p . 1 5 9 )
弓 ues ε s s ε n s s ' e t a i ε n t a f f i n る sdur
訂1 tson l o n g s る j o u rdans s e u l e compagnie f 自 主 l i n i n ede Komako? . s u f f i s a i t , 主 pr る s ε n t , de songer
ゑc e s る c h o s ,
au
εntendre comme l a rumeursourde d ' u n
p
1
日l 註 l e rnur
明
r a r wach e r v ε r s u c h t , s i c h d a s 討 l n e n von ε s a l s z り g ed a s f e r n e
( p . 1 5 6 )
s t a n d i g e n T r e f f e n mit εn sεlneεsch 註 r f 弘 vora l l e m s e i n
s i c h d 設 s dεsM 前 r e s d
ぉvon w e i t h 釘
て女の体の底まで食ひ入った言葉を思ふと、
が、微かに火事場の人声が問えて来 げた。
( p . 1 3 4 )
た。新しし
う を 噴 き
h o p e l e s s impot
釦c ecame o v e r Shimamu
問a t a simplεmisundεrstanding had worked i t s way t o d e e p
出 e yh e a r d s h o u t s from t h ε d i r e c t i o n
o f t h e f i r e , and a new b u r s t o f flame s e n t up i t s column o f s p a r k s .
( p . 166
幽7 )
l 1 F . A
l'i d e e q u ' u n malentendu , une s i m p l e m
るp r l s ε a v a i tpu l a b l e s s ε L e t l a f a i r e s o u f f r i r j u s
司u ' a up l u s p r o f o n d de son e t r e , au p l u s i n t i m e d ε s a f
るm i n i t と Shimamura
,p l u s i n t e n s 合 n e n te n c o r e
,p r i t un i n s t a n t h o r r e u r de l a s e p a r a t i o n .
Une e x c l a m a t i o n pouss 伐 dansl a f o u l e
,l a ‑ b 設 s
,a む l i e ud ε
l'i n c e n d i e
,l e u r p a r v i n t j u s t e a cεmoment‑la Un s u r s a u t v i o l e n t dεla f l a 郎 知 ε s u i v i t a u s s i t
るt
,couronn
るd'unegerbεd'
るt i n c ε l l e sq u i s e j e t a l e c i e l . ( p . 1 8 1 )
l 1 D 1 . Shimamura 印 刷 総 合 i n brennendes , au
巴r n
,a l s e r
註b e r l e g t e
,das diεsεwεnlgen von ε l n
Misverst
誼n d n i ss o t i e f und schm
訂出
dah り r t ee r p l り z l i c hvon dem B r a n d p l a t z S c h r
とi eh e r
註b
ぽg e l 1 e n . Ausbruch von F l 乱立 lmens a n d t e e i n e Unzahl Funkεnzum ( p . 1 6 4 )
1 1 D 2 . 五 omakoh a t t ε i h n misvεrstanden , doch i n Shimamura
日記
u ε r
s o etwas wie e i n r e u e v o l l e s
,bedruchkεεs wεnnεr an
明 Torte d 註 c h t e , d i e b i s a u f den Grund
ih詑sε~rsgedrungen w a r e n . Aber p l り z l i c hh り r t ee r Menschenstimmen von dεr B r a n d s t e l l e . Neu
記Feuerzungen w i r b e l t e n Funkεn a u f . ( p . 1 6 3 ) 1 2 .
駒子はちょっと左手を上げてからくやうだった。
( p .1 3 6 )
1 2 E . r a i s e d h ε r 1 ε f t hand a l i t t l
己た。
was d 玄 awn
臼pi n t o t h e m o u n t a i n . ( p . 1 6 8 ) 1 2 F . D-~un p e t i t g ξ s t e d e l a gauch
鳥a c o u r i r
,e t b i e n t o t s a
田εnues i l h o u e t t e
が暗い山の底に吸はれて行
ど
an
pns c o n g e pour s ε comme a b s o r b e e pa
玄l amontagne. ( p . 1 8 3 )
12D1.ξlinke Hand l e i c h t e s , a l s wurde s i e ,
v e r s c h l u n g e n . ( p . 1 6 6 )
1 2 D 2 . 五 omakohob
噌 ・e l n an
s a h s o a l s SIεvon den B ε r g ε n v ε r s c h l u c k t
) 1
1端関係の文献については田村充正氏、 ドイツ語の語感についてはThomas
氏、フランス語の語感については
J e a r
トClaudeJugon
氏、の教えを それぞれ受けた。いずれも静岡大学の同僚である。この場を借りてお礼を申しげたい。