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過剰資本の転態と産業循環

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(1)

過剰資本の転態と産業循環

有田辰男

資本主義の発展過程における過剰資本形成の必然性と,その諸形態につい

(1)

てはすでに論じたことがあるが,そこでは,過剰資本の諸形態がとくに中小 企業問題との関連で産業再編成の本質を論ずるために考察された。だがこの 過剰資本の問題は独占の成立に対して重要な役割を果すのではないかと考え

(2)

られるので,ここでは,旧稿との重複をできるだけ避け,過剰資本形成の必 然性については旧稿にゆづって,過剰資本の諸形態とその転態そのものに焦 点をしぼり,『資本論』の論理にそって整理し,考察したい。

(1)拙稿「過剰資本の諸形態と中小資本」『経営と経済』115号。なおこれは拙 冴『日本中小企業分析』(増補版)に第8章として編入してある。

(2)これについては同拙著に終葦として大まかな展望を述べておいた。

I 過剰資本の三つの形態

資本主義における過剰の問題は,時には,資本の過剰生産と商品の過剰生 産の二つに分けて論じられ,また時には,現実資本の過剰と貨幣資本の過剰 の二つに分けて考えられてきたようであり,いずれの場合にも二形態に分類

されている。前者についてはマルクスが「資本の過剰生産はつねに商品の過

(1)

剰生産を含む」といい,この二つに一応区別しているようにみえるところか ら生じているように思える。そしてこの場合,「資本の過剰生産」はそのま ま生産設備の遊休と解せられているようであり,また,「商品の過剰生産」

についてはしばしば「単なる」という形容つきで論じられ,過剰資本の商品 資本形態であることが時には無視され,時には混同され,そして多くの場合 あいまいのままになっているように思える。また後者については,マルクス が『資本論』第3巻第5笥第30〜32葦「貨幣資本と現実資本」のところで資 本を二形態に分け,とくに貨幣資本について論じているところから生じてい

(2)

ると思われるD そしてこの場合 I現実資本」というとき,主に生産資本形 態の資本として解される場合が多いようであるD

だが I資本の過剰生産は商品の過剰生産を合む」とマノレクスがいうと き,商品の過剰は資本の過剰のー形態であり,他に何らかの形態での資本の 過剰があることを意味しており,また,第3巻の「貨幣資本と現実資本IIJ (2)  では, I現実資本,すなわち生産資本および商品資本の蓄積については……」

と述べている(乙うした叙述はこの他にも各所にみられる)ところからみ ると,過剰資本は三つの形態,すなわち,商品資本形態・生産資本形態・貨 幣資本形態に明確に分けた上で考えられねばならないのではなかろうか。

周知のように,貨幣資本の循環範式は G‑W‑P‑W'‑G'であり,商 品資本のそれはW'G'‑W‑P‑W'で,生産資本は P‑W'G'‑W‑

Pであり,資本の循環は乙の三形態の統一として理解されているO

この三形態の統一は単なる思弁上の統ーではなし) 0資本がその循環をとげ るためには「資本がその程々の段階で着用する一一そして資本が循環の反復

(3) 

にさいし時には着け時には脱ぐ一一諸形態」を順次通過しなければならな い。つまり,同一資本が一つの形態にあり,同時に他の形態にある乙とはで きないのである口たとえば,生産資木の形態にある資本Pはその生産過程を 終了しなければ商品資本形態W'にはなりえず, したがって貨幣資本形態 G'に還流することはできない口だから,資本の転態は資本が迫過する諸形 態の順次的な否定によってなり立っているD だとすると,資本が商品資本形 W'にあってその価値を実現し貨幣資本形態G'~こ転態しようとする流通 過程にある期間は,生産過程は休止していなければならないことになるo れでは生産過程の連続性が失われる口したがって現実には,一方では, W' 

‑G'が遂行されると同時に,他方ではG‑WPも遂行されていなければ ならず,そのためには全投下資本が商品資本形態・生産資本形態・貨幣資本 形態に分割没下されて,それぞれの G‑G'P‑P, W'‑W'という循環 が同時的に反復されていなければならない。乙れが三つの循環形態の現実の 資本循環における統一なのである。

この連続性と三つの資本形態の同時的存在についてマルクスは I連続性

(3)

は資本主義生産の特徴的標識であって,資本制的生産の技術的基礎におい て一一必ずしも無条件的に達成されうるものではないが一一条件づけられて いるo……資本のすべての部分が循環過程を順次に通過し,同時に循環過程 の相異なる諸段階にあるoかくて産業資本は,その循環の連続性において同 (4)  時にすべての段階にあり,それらの段階に照応する相異なる諸形態にある。」

といっているo

ところで,この資本の三つの形態における同時的存在と三つの循環形態の 統一は無条件的なものではない。 r一部が生産資本として機能しうるのは,

ただ,他の一部分が商品=または貨幣資本の形態で本来的生産から引き上げ (5) 

られているという条件のもとでのみ」であり,一つの形態における資本の停 滞は他の形態における資本に作用し,資本循環の述続性は阻碍される乙とに なる。マルクスの例示に従えば rたとえば,一部分にとってのW'‑G' 停滞し商品が売れないならば,この部分の循環は中断され,その生産手段に よる填補ば行われない。 W'として生産過程から出てくる後続部分の機能変 換は,その先行者により阻碍されているo こうしたことがしばしば続くなら ば生産が制限され,全過程が停止されるo継起が停滞すれば必ず並行が撹乱 され,一段階に停滞が生ずれば,必ず,停滞的資本部分ばかりでなく総佃別

(6) 

的資本の総循環に大なり小なりの停滞が生ずる」のであるo

とするならば,過剰資本を考察する場合,一つの形態における資本の過剰 が他の形態における過剰とは無関係に生じえないはずであり,一つの形態に おける過剰が他の形態における過剰を,時には過少をもたらすという相互関 係が生ずるととになろうO そしてこの相互関係は産業循環の諸局面において 異ったものとならざるをえないだろうo

この資本循環の撹乱を質問手資本の循環形態であるG‑W‑P‑W'‑G' あてはめて考えてみるならば,その第一段階であるG‑Wが生産の縮小,あ るいは生産手段や労働力の入手強等の事情によって停滞したとするならば,

貨幣資本は遊休化して貨幣資本形態における過剰が生ずるであろうo また次 の生産資本段階で停滞が生ずれば,生産手段の遊休化による生産資本形態に おける過剰が生ずる乙とになろう口そして最終段階のW'‑G'が停滞すれば

(4)

在荷の膨脹が生じ,商品資本形態における過剰が生ずることになるo このよ うな,資本循環の停滞による資本の過剰化における三つの形態については,

マルクスがかなり明瞭に指摘して次のようにいっているD

「資本が第一段階G‑Wで停滞すれば貨幣資本は麻坪して苔蔵貨幣とな D 生産段階で停滞すれば,一方では,生産手段が機能しないで、杭fこわり,

他方には,労働力が就業させられないでいるロ最後の段階W'‑G'で停滞す れば,売れないで積み上げられた商品が流通の流れを遮断する。J1"他国,循 環そのものが一定期間にわたり個々の循環段階で資本の固定化を生ぜしめる のは理の当然である口産業資本は各段階で一定の形態に一一貨幣資本・生産

(7)  資本・商品資本として一一縛りつけられている。」

以上のようにみてくると,過剰資本について考える場合,これを商品資本

・生産資本・貨幣資本の三つの存在形態に志識的に分け,そのうえで,それ ぞれの形態がどのような固有の性質をもち,資本の転態においてそれらがど のような相互関係を示すか,ということが問題とされねばならない。

(1)  K. Marx, Das Kapital, Dietz, m, p.  299.長谷部訳,青木書庖版,

(以下同じ)364

(2)  ibid., m, p. 546,訳 709 (3)  ibid., n, p. 23,訳 38 (4)  ibid., n, pp.  978,訳 135 (5)  ibid., n, p. 263,訳343 (6)  ibid., n, p.  99,訳 136 (7)  ibid., n, p. 48,訳71

過剰資本の商品資本形態と転態

資本の循環,たとえばG‑W‑P‑W'‑G'において,もし何らかの撹乱 が生ずるとすれば,それは循環のもっとも弱い環であるW'‑G'からであろ う。個別的生産の計回性と社会的生産の無政府性との矛盾の上に立つ資本主 義体制においては,個別資本の循環におけるG‑WPは個別的生産の領域 に依存し,条件っきではあるが個別資本の意思によって統御可能である(た

(5)

とえば生産制限)。だがW' G'の順調な転態は社会的生産の領域に依存し,

個別資本の意思とは全く無関係であるD 実現の可否は市場の状況によってき まるD ことに,諸資本相互の競争を通じて資本構成が高度化すると,利潤率 の低下が生じ,その不IJ潤ネの低下を利潤量の増大によって償なおうとする蓄 積街勤がいっそう刺戟され,この蓄積の強行が,一方では敵対的分配関係、の 上に成り立つ消費力を最少限に圧縮しようとし,他方では市場の拡大の必要 が生ずるという矛盾を生ぜしめるO これは剰余価値の生産条件と実現条件の 矛盾の増大である。かくて,資本蓄積の強行による資本の過剰生産はまず商

(1) 

品の過剰生産として現象し,過剰資本が商品資本形態をとる乙とになるo

過剰資本の商品資本形態とは具体的には在荷の形成であるO 目的にかなわ ない不本意な市場滞留であり,資本の商品形態における自立化および固定化 である。この在荷形成は一つの矛盾をかかえ込んでいる。 W'‑G'における 資本の滞留は資本の質料転換とその後の生産資本としての資本機能を妨げ,

資本循環の阻害要因となるが,他方, G‑Wにとっては,商品が常に市場に 現存し在荷を形成していることが円滑な再生産のための条件となっているの

(2) 

である。したがって一定限度までの在荷形成は円滑な資本循環のための必要 条件であり,資本にとっては不本意であるが必要な悪として容認されねばな らぬものであるO だが,そその限度を超えた在荷形成は,逆lこ,資本循環そ のものを破壊する可能性を内包しており,過剰資本の商品資本形態はこうし た在荷形成なのである。

この在荷形成は追加資本投下の必要を生ぜしめ,利潤率の低下をもたら す。そのひとつは,保管費用の増大によって生ずる。過剰な在荷の維持に必 要な建物・追加労働の支出は,中断されない販売の条件として必要な通常の 在荷を超えたことにより,商品形態から貨幣形態への資本の転態の困難から 生じたものであるから,価値実現における控除を意味し,積極的な価値損失

(3)  をもたらすものであるo

もうひとつは,流通期間の延長,したがって回転期間の延長から生ずるo

回転期間は流通期間と生産期聞によって成り立っているが,乙の両者は本来 相互に排除しあう性質をもっているD 資本は流通期間中は生産資本として機

(6)

能しえず,したがって商品も剰余価値も生産しない。そのため,資本はあら かじめ生産資本と商品資本と貨幣資本に分割されて投下されているわけであ るが,いま,商品資本形態において循環の停滞が生じたとすれば,それは生 産資本の縮少か生産期間の絞慢化を生ぜしめるであろうO 資本の流通期間は 資本の生産期間を制限し,したがって資本の循環を制限するものとなる。乙 うした事態を回避しようとすれば,新たな追加資本の投下が必要となるであ

(4)  ろうO

だが,乙の追加資本の没下は無限に可能なわけではなく,むしろ極めて制 限されているo ひとつには,追加資本の投下が利潤率の低下をもたらすこと によってであり,他のひとつは,追加資本投下のために動員可能な貨幣資本 の量,または貨幣市場のワクによる制限であるO 乙とに乙の後者による制限 は個別資本の存廃にかかわる究極の局面では決定的なものとなるであろうD

追加資本として必要な貨幣資本が自己資本の範囲内のものであっても,通常 乙の貨幣資本は何らかの形態で,たとえば預金・株式・債券等の形態で金融 市場に皮下されているであろうo これらが追加資本として投下されるため には,それを従来の形態から解放するか,さらに借入れに依存するかせねば ならない。かくて,在荷形成によって商品資本形態での過剰資本が増大すれ ばするほど,貨幣資本を吸引することになるD

それが貨幣市場の制限を超えれば貨幣飢躍を生ぜしめることになろうo の追加資本は資本の商品資本形態での固定化が生産資本の機能を阻害する乙 とによって必要となってくるものであるが,この生産資本への追加投資は必 ずしも貨幣形態であることが必要とされるわけではない。労賃として必要な 部分は常に貨幣資本が追加没資されねばならないが,生産手段に投下される 場合にはそれを企業間信用によって入手しうるD この場合の追加資本は直接 に生産在荷の形で没下されるのであって,追加資本は貨幣形態をとらないか

(5) 

ら,貨幣市場への直接の影響は生じない。だが,膨脹した企業間信用の連鎖 がそのいずれかの一環で破れれば,信用の連鎖は貨幣需要の連鎖lこ転化し,

貨幣飢笠を招来することになるであろうD

乙の段階に至って,商品資本形態における資本の過剰は決定的となるD

(7)

「増殖された資本が商品資本の形態でとどまり,市場に停滞するかぎりは,

生産過程は停止するo それは生産物形成者としても価値形成者としても作用 (6) 

しな」くなるO 商品資本は遮二無二貨幣形態への転態を強行しなければな

商品資本と貨幣資本はともに資本の実在様式であるという点では共通であ るが,その果す役割は具っている rそれらを区別する独自的諸機能は,貨 幣機能と商品機能との諸区別以外のものではありえない。商品資本は,資本制 的生産過程の直接的生産物としては,それの,こうした起源を想起させるも のであJるが r貨幣資本においては……資本制的生産過程のあらゆる痕跡

(7) 

が消失している」。だが, この際もっとも基本的に重要な差違は,商品資本 は特定の使用価値と不可分であるが,貨幣資本はそうした特定の使用価値形 態から全く解放されているという点であるo したがって,第ーに,貨幣資本 は資本として機能しなくても貨幣たる乙とをやめることはないが,特定の使 用価値と不可分である商品資本はその機能をあまりに長く阻止されると,商 品たることをやめ,その使用価値を失い,したがってその価値をも失うとと になる。そのため資本は貨幣形態では商品形態で滞留するよりもより長く同 一形態に滞留しうる。第こには,貨幣形態にある資本はいままでと同じ生産 部門に再投資することもできるが,そればかりでなく,その資本規校さえ適 合するならば他の部門への投資も可能である。これにくらべて商品資本W'

(8) 

は全く身動きがとれない。かくて,商品資本過剰の負担を競争者l乙転稼して 自己の商品の実現をはかろうとする個別資本相互の存廃をかけての競争以が 展開されることになる。

商品は全く売れないかもしれないし,一部分しか売れないかもしれない。

また生産価格以下での販売を余儀なくされるかもしれない。その結果,商品 形態における資本の減価が生じ,単に生産された剰余価値が実現されないば

(9) 

かりでなく,資本の部分的あるいは全部的な喪失をもたらすことになるo ころが,この商品資本の過剰は各個別資本に対して均等には作用しない。商 品の販売に要する時間は,同程の商品を生産する同一部門内部においても,

(1

個別資本ごとに甚だしく異なりうるのであり,さらに,各個別資本の資本稿

(8)

成の相違によってそれぞれの個別的価値の高さも異なり,群小資本がこの影 響をもっとも強く受けることになる。かくて,商品資本形態における社会的 総資本の過剰は群小個別資本の過剰として進行する乙とになる口

さて,以上,資本の過剰を資本循環における商品資本の停滞としてみてき たのであるが,商品資本の循環W'‑W'は,実は,社会的宮の再生産を示 すものであって,社会的総資本の循環なのであるo 個別資本の分析には G

(11) 

‑G'p‑pの両循環が基礎となる。個別的諸資本が競争戦においてその 資本の全部的喪失に至らず,生き残りえたとするならば,その個別資本の循 環はG‑G',またはp‑pのいずれかの形態を示す乙とになろうo G‑G' 

は個別資本の事業の完結であって,その成果は特定の使用価値から解放され た貨幣形態にある。したがって I事業からの退去にさいして個別的資本 がその機能を終結する最後の循環でありうる」口ことに,資本主義の発展に つれて資本構成が高度化すると,産業資本としての最低必要資本最が増大す るから,機能資本たりえない失業資本が増大し,これが貨幣資本形態で滞留 し,金融市場に流出して金融資産を累積せしめることになる。つまり,過剰 資本が商品形態から貨幣形態へ転態を遂げるのであるD

これに対し, p‑pの循環は生産の継続を示す。循環をG'で終結して事 業からの退去を行うことなく, W'が実現されてG'の形態をとり,さらに G ‑ Wを経て生産資本形態 PI乙再転形されたのであるO この再転形は社会的 総資本の商品形態での過剰という条件下において行われたものであるから,

したがって,再び実現の困難による資本喪失の危険をおかさないためには,

生産資本の規模が,とくにその流動部分の規模が,制限されなければならな い。マルクスは在荷を三形態に分け I在荷は三つの形態一一生産資本の形 態で,個人的消費元本の形態で,および商品在荷または商品資本の形態で,

( 13) 

実存する。」と述べ,さらにその「形態変換」について, I一方で商品形態の 在荷が増大するのは,他方で在荷が直接的な生産=または消賀在荷の形態で

( 14) 

減少するからである。」と指摘しているが, この逆もまた真であり, 商品資 本形態での在荷の増大と生産資本形態での在荷の減少との表哀関係を示すも のと考えられるoここでの場合,これは商品在荷の拍大による生産制限であ

(9)

り,固定資本の遊休=過剰資本の生産資本形態を結果として生ぜしめる乙と になるO つまり,商品資本形態での過剰に対する個別資本の対応としての循 G‑G'が,前述のように,過剰資本の商品資本形態から貨幣資本形態へ の転態であったとすれば,この場合は,生産制限による対応によって,過剰 資本が商品資本形態から生産資本形態に転態をとげるのであるO

(1)  K.  Marx, Das Kapital, Dietz, m, p.  272......3訳355......6

(2, ibid., n, pp. 132, 138,訳 178186 (3)  ibid., n, pp.  139, 142,訳 187191 (4)  ibid., n, pp. 119""""120,訳 162‑3 (5)  ibid., n, pp. 290""""1,訳380 (6)  ibid., n, p.  38,訳57

(7)  ibid., n, p.  46,訳 68

(8)  ibid., n, pp.  69.  122,訳97.165

(9)  ibid., m, p.  272,訳355 (

1ibid.n, p.  246,訳320 ()ibid., n, p.  94,訳 130 (

1) 2ibid., n, p.  87,訳 121

(13)  ibid., n, p.  134,訳181

(14)  ibid., n, p.  138,訳 186

過剰資木の生産資本形態と転態

生産資本は生産手段と労働力という相異なる成分によって成り立ってい D この両者はともに生産過程において合体されうるものになった時から生 産資本となる。ところが,生産手段の方は資本家の手にあれば生産過程の外 部でも彼の資本であるが,労働力はそうではない。生産過程の外部では労働 力はその販売者たる賃労働者の手で商品であるにすぎず,その購買者である 資本家の手でのみ資本となるのであり,生産過程の内部でのみ資本の定在形

(1) 

態となるのであるo しかも資木家は労働力を買う以上,それを機械のように 工場に放置しておくわけにもいかず,原料のように倉庫に預けておくわけに

(10)

1かない。彼はそれを生産過程に合体せねばならぬのであり,賃金の支払 (2) 

をしなければならない。したがって,商品在荷の増大により生産制限が実行 に移されねばならぬ場合,まずこの生産手段と労働力の一部が分離され,労 働力の購買が停止されることになり,失業生産資本と失業労働力が同時に発 生することになるO

さらに,生産手段を構成する労働手段と労働対象では,その循環株式が具 なっている。生産物が商品として生産部面から流通部面へ移行する時,その 生産物に転化された限りでの生産物形成者も同時に移行するoだが労働手段 の価値は二重の存在となる。一部分は生産物の中に転化して流通部面に移行 し,やがて貨幣形態として分離されることになるが,他の部分は生産過程に 属する現物形態l乙縛りつけられたままであるo労働手段はひとたび生産部面 に入り込んだ後は,その機能がそれを生産部面l乙繋縛するのであるo 乙こか ら労働手段が他の生産要素と異なる独自性が生ずるo15:幣形態から使用形態 への労働子段の再転形は労働手段自身の再生産期間(労働手段が消粍して全 部的に填補されねばならぬ期間)によって規定されているのであって,他の 生産要素への商品の再転形とは別に行われるのであるo こうした循環におけ る独自的様式が生産手段に固定資本としての性格を与えることになるのであ

(3) 

D したがって,商品資本の過剰という状況下にあって生産制限が行われる とすれば,労働力と労働対象の賠入を制限する以外lこなしこの価値部分の 貨幣形態における遊休をもたらすが,他方,生産手段は生産面にあってその 使用形態のままで遊休化することになるD

乙の生産手段の遊休化は商品資本の過剰の結果として生じたものであるか ら,過剰資本がその商品資本形態から生産資本形態へ転態をとげたのであ D 乙の過剰資本の転態は過剰資本の商品資本形態である過剰在荷に直面し た個別資本の対応として当然に生ずるものであるD 前釘jでも指摘したよう に,商品はその使用価値と不可分であって自然に滅びゆくものであり,商品 資本形態での長期間の滞留はその使用価値を失わせ,したがって投下資本価 値の喪失につながり,生産停止を招来するo したがって,商品資本形態は資 本の実存様式としてはもっとも弱いものであり,たとえ生産価格を下まわっ

(11)

たとしても,何としてもこの形態から脱出しなければならない。

いまかりに,流通期間を延長してでもこのW'‑G'またはW'‑Gが完了 したとするとき,資本が使用価値から全く解放された貨幣形態Gにとどまろ うとするなら,それは産業資本としての引退を意味するものであるから,産 業資本としての継続を維持する場合はp‑pの循環を行わなければならな い。この際,資本はG‑Wの過程を通ることになるが,その規校がもし以前 と同じであるとするならば,生産手段を供給する他の個別資本のW'‑G' それだけ援助することにはなるが,そのために再び自己のW'‑G'が停滞 し,資本にとってもっとも危険な商品資本形態における滞留を再現すること になるo個別資本の対応はその逆でなければならない。 G‑Wにおける生産 手段の購入を制限し,商品資本の過剰を他の個別資本に転稼して,生産を制 限し在荷形成を抑止しなければならない。さらに,生産手段乙とに労働手段 は特定の使用価値の生産に従事する意味において,商品と同様に特定の使用 価値と不可分であり,遊休化による自然的段損も生ずるが,その減価の速度 は商品とは全く異なるD だから,前節でも指摘したように,生産手段は生産 過程の外部にあっても資本として存続しうるのである。ここから r与えら

(4) 

れた固定資本の基礎上で流劫資本の標準的役下の縮小が生ず、る」のであり,

個別資本は在荷増大による圧力を生産制限による労働手段の遊休によって切 り抜けようとするのであるo過剰資本を商品資本形態から生産資本形態lこ転 態せしめようとする個別資本の対応がここに生ずるのであるO

だが,こうした j!~ 態による対応は無制限に可能なものではない。生産制限 には一定の限界が存在する。その第一は固定資本の増大による限界であるo

生産過程における労働期間の延長は,流通期間が延長された場合と同様に,

追加資本のj支下を必要とするo労働期間中は生産資本は生産部面において紫 (5) 

持されたまま滞留し,商品として流通に入り込みえない。したがって,資本 はできるかぎりこの労働期間を短縮し,流助資本や剰余価値の回転を速めよ うとする。そのため,資本主義の発展は技術の発展によってこの労働期間の 短縮をはかるD マルクスの示した例によると rたとえば,機械は家屋・橋 梁などの建設時間を短縮し,刈取機や脱穀械などは成熟穀物を完成商品l乙転

(12)

化するに必要な労働期間を短縮するo造船の改良は速度の増大によって,海 (6) 

運業lこ投下された資本の回転時間を短縮する」のであるO だが他方では「労 働期間,したがって,流動資本が投下されねばならぬ時間を短縮するこれら

(7) 

の改良は,たいてい,固定資本の投下増大と結び、ついている」のであるD うした固定資本の増大が進めば進むほど,生産の制限は増大した固定資本の 遊休をもたらすことになり,個別資本にとっては堪えがたいものになるであ

ろう。

第二の限界は時間的経過による限界である。生産制限によって不変資本た る労働手段が遊休化ることは労働手段の資本としての属性の休眠を意味す る。したがって,利潤率の低下を招来するO そればかりではない。労働手段 の遊休化は遊休期間の経過につれて労働手段の物質的・価値的侵害をもたら す。さらに,均衡が回復しないかぎり遊休資本は機能資本としての性格を失 い,その資本価値が減価したものとみなされるようになるo そして最終的に は,均衡の回復は遊休資本の絶滅による以外には得られないから,物質的な 資本実体の絶滅にまで及ぶことになるであろうO

こうした生産制限の限界に個別資本が当面したとき,個別資本はもはやP

‑ pという生産資本の循環を断念する以外にない臼この場合,資本価値を保 全するには脱出口はーっきりない。投下資本の全部的喪失に至る以前に資本 循環をP‑W'‑G'で停止し,個別資本の循環の終結形態である貨幣形態を とらなければ投下資本の引鵠げは不可能となるo 乙の場合,個別資本のとり うる対応は,生産制限による過剰資本の生産資本形態を貨幣資本形態に転態 することのみが残されているにすぎない。かくて,生産部面にとどまりえな くなった過剰資本は貨幣形態で金融市場へ流出し,金融資産累積の基礎を形 成することになる。

(1)  K. Marx, Das Kapital, Dietz, II, p.  35,訳 53 (2)  ibid., II, p.  280,訳367

(3)  ibid., II, pp.  15 1 153'"'4, 157, 162,訳 203205'"'6210, 216 (4)  ibid., II, p.  256,訳333

(13)

(5)  ibid., 1I  pp. 228'""9,訳298'""9 (6)  ibid., 1I  p. 231,訳 302 (7)  ibid., 1I  pp. 231...2,訳302

過剰資本の貨幣資本形態と転態

産業資本の循環過程において貨幣資本は,すでに述べたように,生産資本

・商品資本と同時的に存在しなければならない。資本が生産資本形態から脱 して商品資本形態をとり,生産期聞から流通期聞に入り込んだとき,なお生 産の連続性が維持されるためには,貨幣資本があらかじめ用意されていなけ ればならない。また,商品の価値実現による環流,ことに固定資本の漸次的 還流による資本部分は一定期間貨幣形態で維持されていなければならない。

つまり,資本循環の順調な進行のためには,一定の資本額が貨幣形態で生産 過程から遊離されていなければならないのであるD

貨幣資本形態におけるこの遊離は,他の事情が同等ならば,生産期間ある いは流通期間,総じていえば回転期間の伸縮によって, fi幣流通宝が不変で あっても増減する。回転期間が短縮された場合,もし生産の規模が与えられ ているならば,回転期間の短縮に比例して貨幣資本の必要量は減少するo たがって貨幣資本の遊離は促進され増大するo これと同時に剰余価値年率も 増大するD もし資本の大きさが与えられているとするならば,剰余価値年率

(1) 

の増加によって生産の規模が拡大するo 回転期間が延長された場合にはこの 逆となる。生産の規技が与えられているとすれば一一すなわち同じ規扶での 生産の継続を考える場合は←ー追加資木の必要呈が増大し,したがって貨幣 資本の遊雌は減少するoこれは貨幣市場を圧迫する原因となるDこれについて マルクスは「追加資本は貨幣市j易からのみ入手されうる。だから,もし流通期 間の延長が一つまたは幾つかの大事業部門で行われるならば,かかる延長は,

他方からの反作用によってその影響が止拐・されなければ, fiW}市場を圧迫す (2) 

る乙とがありうる」といっている。さらにもし資本の大きさが与えられてい るとするならばーーすなわち追加資本武の明大が不可能であるとすれば一一一

(14)

流通期間の延長によって生産規模の縮小が生ぜざるをえないことになる。し たがって,過剰資本が商品資本形態にあれば,流通期間が延長されることに よって,生産制限が行われ,過剰資本は生産資本形態への転態を余儀なくさ れるのであるo

こうした回転期間の仲焔による貨幣資本の遊離と吸引の作用は貨幣資本の 過多を生ぜしめるo ここにいうのは貨幣の供給過剰という怠味での過多では なく,不変な貨幣流通量の下で生ずる過多である。マノレクスはこの二つの 過多を区別して, rここにいうのは貨幣資本の供給が需要よりも大きいとい う意味の過多ばかりではない。Jrむしろ総社会的再生産過程(流通過程を合 む)の経営にとり投下資本価値の一部分が過剰であり,したがって貨幣資本 形態で排除されているという意味のそれであるoすなわち元のままの生産規 模と元のままの物価のもとで単なる回転期間の短縮によって生じた過多であ D 流通内にある貨幣の分呈一一大であれ小で、あれーーは乙の過剰で微広も

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影響しなかった」といっている。ここでマノレクスがいっているのは,生産規 模不変,物価不変という条件下で回転期間が短縮すれば,貨幣流通量が不変で も貨幣資本の過多が生ずるということである。だとすれば,いまかりに条件 をかえて,回転期間と物価が不変という条件を設定しでも,その下で生産規棋 が縮小したとするならば,乙の場合も,貨幣流通呈が不変でも貨幣資本の過多 が生ずることになろうDしたがって,過剰資本の圧力下にあって産業資本とし ての循環を断念する個別資本が多くなればなるほど,過剰資本は貨幣形態l 転態することによって,貨幣資本の過多を生ぜしめることになるであろうo

ところで,過剰資本は最終的にはこうした貨幣形態をとることになるので あるが,それは貨幣形態の機能そのものにもとづいているo遊離資本につい てマルクスは「かの遊離された一一事実上では機能を停止された一一資本を 立ち入ってみれば,そのうちかなりの部分はつねに貨幣資本の形態をとって

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おらねばならぬということがわかる」といっているが,それは一時的な遊離 資本であれ過剰資本であれ,資本の貨幣形態の椴能にもとづく点では同じで ある。過剰資本が商品在荷という商品資本形態をとっていれば,商品資本価 値の維持および生産過程の連続性の維持のために追加資本が必要となるばか

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りでなく,商品の価値喪失に至るおそれがあるO それは商品資本が特定の商 品の使用価値と不可分であることから生じるoこの点,生産資本も同じであ り,特定の使用価値を生産する生産過程に繋縛されている。だが,生産資本の うち流動資木部分ばG‑Wを制限することが可能であり,同定資本部分は商 品資本部分とは異った長期の回転期間をもっているから,過剰資本は生産資 本形態の方が商品資本形態よりも長く耐えうる性質をもっているo そのため 在荷の増大を生産制限によって置きかえる乙と,すなわち,過剰資本の商品 資本形態から貨幣資本形態への転態が促されるのである。だが乙の過剰資本 の生産資本形態,つまり回定資本の選休,とて限界がある乙とはiJij節で述べ た通りであるD この過剰資本の転態は,生産規投は変化するがW'‑G'から G ‑ Wへという循環様式を描くことには変りはない。しかしこの侶im様式を たどるかどうかには一つの決断が必要となるoマルクスは「再び過剰な生産 在荷に転形するか,それとも,より有利な市場関係を期待してその全部また

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ば一部分を貨幣資木として保持するかは市場関係次第であろうJといってい るが,資本の過剰苔積によって社会的総資本が過剰化している'市況下にあっ ては,貨幣資本形態に滞留せざるをえないであろう。また,生産を制限して 商品資本形態の過剰を生産資本形態に転態せしめる場合も,それが限界につ き当れば,産業資本としてのp‑pの循環を断念せねばならず,資本価値の 全面的喪失を回避しようとすれば,資木循環をnQ:1手形態で終結しなければな らない。つまり,過剰資本はさらに貨幣資本形態への転態を遂げなければな らない。貨幣資本形態は商品の使用価値のいっさいの痕跡が消失して,特定 の使用価値から全く解放されており,したがって自立的な価値形態であり,

生産過程を離れてもその資本価値が保持されうる唯一の実存形態なのであ (6) 

る。だから,貨幣資本の循環 G‑G'は資本の最初の伯原形態であると同時 に没後の循環形態であり I産業資本が一事業部門から他の事業部門に移る 場合にせよ,事業から引退する場合にせよJIG‑G'が産業資本の伯郡の特

(7) 

殊的形態となる」のである。

この貨幣形態における資本循環の終結は,現実には,商品在荷の尿売によ るか,あるいは,競争者による買収・吸収・合併等に応ずることによって,

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投下資本をできる限り回収する方法がとられるであろう。この場合,在荷の 廉売や買収に応じるといういう方法は直接に貨幣形態で資本を回収すること になろうが,吸収や合併に応ずる場合は,相手の資本の水増し発行による (または水増し発行を予定した)株式の割当てを受けるという場合が多いで あろうo この株式割当てによるという方法は機能資本を金融資産にかえると いう方法であり,吸収・合併される側にとっては貨幣形態での資本の回収と 結果的に同一であるが,吸収・合併する側では何ら貨幣資本の支出を必要と しないであろうD そして直接に貨幣形態で回収する場合も株式割当てによる 場合も大なり小なり資本減価をこうむることは泣けられない。

こうして産業資本としての p‑pという循環を断念せざるをえなくなった 資本は,もはや,同一部門に再び政能資本として復帰することはきわめて困 難となるO 過剰資本は,もとはといえば,資本構成の高度化による利潤率低 下と蓄積促進の相互作用によって生じたものであり,したがって最低必要資 本呈の増大を伴っており,そのために社会的総資本の過剰が群小個別資木の 過剰となって現象せざるをえないからであるo

p‑pという産業資本の循環を断念し,機能資本たりえなくなった貨幣資 本にとって,残された道は二つの方向きりなし可。小規模の資本でもまだ機能 資本たりうるような他の小規模部門に,再び資本の全部的喪失の危険をおか して突入するか,さもなくば,金融市場(貨幣市場・株式市場・債券市場 等)に流出して,利子または利子化された配当を得るかである。一方では小 規模部門の過当競争を招来し,他方では群小資本家のレントナー化が進行す ることになるo金融市場への貨幣資本の流入は乙のような失業資本のほかに もうひとつの源泉があるD それは貨幣形態における新生資本の滞留であるO

資本主義の発展にともなう機能資本としての最低必要資本呈の増大が,新た な自立的資本の形成を緩慢にし,形成されつつある新生資本が機能資本たり えずに,生れながらの過剰資本として貨幣形態での滞留を余儀なくされるの

(8)  である口

したがって,こうした過剰資本の貨幣資本への転態は,乙の貨幣資本の生 産資本への再転態につぎのような重大な変化を生ぜしめる。独自の行動をと

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りえなくなった大量の失業資本が貨幣形態で金融市場に流入することによ (9) 

り,信用の形態で大事業部門の指導者にゆだねられ,またそうすることによ ってのみ生産資本への転態がとげられる乙とになるo乙うした貨幣資本形態 から生産資本形態への転態上の変化は,第ーに,残存大資本に再び過剰蓄積 を強行する武器を提供するものとなり,第二に,資本の移動と企業参入との 同一性を失わせ,分裂を生ぜしめるものとなり,第三には,資本主義の発展 とともに金融市場における過剰貨幣資本の増大を生産規模の増大と並行的l 進行せしめ,金融資産の累積を生ぜしめる乙とになるのである。

(1)  K.  Marx, Das Kapital, Dietz, II, pp.  313"'4,訳 409"'410 (2)  ibid., II, p. 283,訳369

(3)  ibid., II, p. 282,訳368 (4)(5)  ibid., II, p. 280,訳 366 (6)  ibid., II, p. 53,訳76 (7)  ibid., II, p. 56,訳80

(8)(9)  ibid., m, pp.  269, 279,訳 352364

過剰資本の諸形態と産業循環

過剰資本の状態の下で,個別資本がその資本価値を部分的にであれ全部的 にであれ保持されたということを前提とするならば,今まで述べてきた乙と から,その過剰資本としての転態は二つの経路をたどることになろうo第一 は,在荷増大による圧力により,産業資本の1mp ‑ pを断念して,貨幣資 本形態で循環を終結せしめる場合であり,これは商品資本形態にある過剰資 本を貨幣形態に転態することを芯味するD 第二は,在荷の圧力を生産の制限 により固定資本を遊休せしめることによって対応する場合であり,これは商 品資本形態にある過剰資本を生産資本形態に転態することを志味する。だが この転態による対応には一定の限界があり,その限界にたえられなくなれば 循環の終結形態である貨幣資本形態に転態せざるをえなくなる。この転j患の 二つの経路を,商品資本形態をW,生産資本形態をp,貨幣資本形態をGと

して示せば,次のようになる。

参照

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