資本循環における貨幣保蔵と信用
一マルクス,ケインズ,その現代的展開一
植 村 博 恭
マルクスとケインズとは,ともに経済学史上き (1)H.シャーマンーG.エバンズ[25]では,「ほ わだったセー法則批判者であることは,あまりに とんどすべてのポスト・ケインジアン(J.ロビン も有名である。そのさい,特に重要なことは,彼 ソンのような),制度主義者(w.ミッチェルのよ 9
轤ヘその理論体系においてはまったくといってい うな),マルクス主義者(M.カレッキのような)
いほど異なっているにもかかわらず,ともにW一 は,資本主義の諸制度それ自体が,インフレーショ G−Wとは区別されるところの循環形態における ン同様,景気後退や不況をもたらすと考えている」
貨幣G−W−G の役割を,資本制経済を認識す ([25]p。11)と総括したうえで,資本主義の制度 るうえでの核心ととらえ,そこからセー法則批判 的特徴として,市場に対する生産,貨幣の恒常的使 を展開している点である。 用とともに私的利潤のための生産をあげている。ま この点は,近年様々な論者によってとみに強調 た,ケンウェイ[10]は,利潤のための生産におい されるようになっている。1983年は,周知のよう てセー法則が成立しないことを強調したうえで「貨 にマルクス死後100年,ケインズ生誕100年の年 幣の注入と漏出とが埋め合わされないということが にあたったが,この年を前後して出版されたもの もつ重要性に関して,マルクスとケインズとは基本 のなかにはこの点に論及したものが数多く見受け 的に同意する立場に立つ」([10]p.165)と結論づ
られる。例えば,D.フォーリー[7],M.ド・ けている。
ブルイ[4], P.ケンウェイ[10],H.シャー (2》このネオ・マルクス派経済学とポスト・ケインズ (1>マン=G.エバンズ[25]などがあげられる。こ 派経済学の接点に,いち早く注目し,「ポスト・ケ
れらの議論に接するとき,このマルクスとケイン インズ派による貨幣的恐慌理論の復活」と「マルク ズの資本制生産における貨幣認識とセー法則批 スの貨幣的恐慌理論」との関連の解明を試みている 判という論点の周辺に,ネオ・マルクス派経済学 ものに,横川[27]がある。
とポスト』ケインズ派経済学の対話を通した発展
の場が形成されているように思われるのである曾 [1] マルクスとケインズにおける
本論文は,マルクス,ケインズおよび現代にお
資本循環G−W−Gσ
「てその継承,発展を目指す論者を取り上げつつ,
社会的再生産過程を資本循環G−W−G の運動 (1−1)マルクスの資本循環論
の観点から把握した場合,貸幣保蔵と信用の拡大 まず初めに,マルクスとケインズそれぞれが,
とはいかなる関係にあるかを検討し,あわせて信 資本循環G−W−G をいかに認識していたか,
用の拡大の制約に論及しようとするものである。 その基本論理を確認することから始めることにし また,そのことを通して,信用貸幣の世界におけ よう。
るセー法則批判のひとつの核心的論点と思われる マルクスは,流通過程において二つの異なった ものを摘出してみたい。 循環形態をみる。「よく観察してみると,流通過
16 茨城大学政経学会雑i誌 第56号
程は二つに異なった循環の形態を示している。商 前提は,過程の結果として,過程自身によって生 品をW,貨幣をGと名づけるならば,この二つの 産された前提として,現れている。それぞれの 形態は次のように表現することができる。 契機が出発点,通過点,帰着点として現れる」
W−G−G,G−W−G」([17]p.110)。 ([18]1.104)のである。
このうち,まずマルクスは,単純な商品流通W 再生産過程としての資本循環は,時間を要する 一G−Wにおいて,「恐慌の可能性」を主張しセー 過程である。したがって,「循環そのものが,一 法則を批判した。そこでの論理のポイントは,た 定の期間個々の循環段階に資本が固着することを だ「だれも,自分が売ったからといって,すぐに 必然にするということは,事柄の性質上当然のこ 買わなければならないということはない」([18] とである」。しかし,そのような順調な運行にと Lp.150)という点である。しかし,「この可能 どまらず,「もし,資本が第一段階G−Wで停滞 性の現実性への発展は,単純な商品流通の立場か すれば,貨幣は凝り固まって蓄蔵貨幣になる、も
らはまだまったく存在しない諸関係の一大範囲を し生産段階で停滞すれば,一方には生産手段が機 必要とするのである」([18]1.p.150)。 能しないで寝ており,他方には労働力が使われな
そこで,この「諸関係の一大範囲」を分析する いままになっている。もし,最後の段階WLG うえで次に問題となるのが,資本制生産のシステ で停滞すれば,売れないで堆積した商品が流通の ムがいかなる動機によって運動しているかという 流れをせきとめる」 ([18]H.p.66)。このよ ことである。マルクスは,次のように言う。 「資 うに資本循環に要する時間が必要以上に拡大する 本制生産において問題になるのは,直接に使用価 ことは,「流通時間がゼロになるかまたはゼロに 値ではなく,交換価値,特に,剰余価値の拡大で 近くなればなるほど,それだけ多く資本は機能し,
ある,ということはけっしてわすれてはならな それだけ資本の生産性と自己増殖とは大きくなる」
い。これこそが,資本制生産の推進的動機である」 ([18]H.p.153)という資本の本性からすれば,
([19]p.668)。 かかる認識に基づいて,「資 決定的な損失となる。以上のように,マルクスは 本制生産の土台を捨象し,資本制生産を生産者た 資本循環の構造的特質を明確にしたうえで,その ちの直接的消費を目的とする一生産としてしまう」 順調な運行と停滞という観点から資本制生産の再 セー法則支持者リカードを批判するのである。こ 生産過程を分析している点に特徴があるといえる のように,マルクスは資本制生産を対象とした場 だろう。
合,資本循環過程G−W−G を軸に経済過程を (1−2) ケインズの企業者経済観
考察することが,なによりも必要であることを強 マルクスを「地下世界」の住人として扱ったの 調するのである。 は,ほかならぬケインズであったが,そのケイン この「自分を増殖する価値としての資本は,階 ズが,r一般理論』の執筆の準備段階において,
級関係を,賃労働としての労働の存在にもとつく マルクスの資本循環論を高く評価し,それを手が 一定の社会的性格を,含んでいるだけではない。 かりとしてセー法則批判を展開していることに気
それは,一つの運動であり,いろいろな段階を通 つく。
る循環過程であって,この過程はそれ自身また循 それは,ケインズが1933年に書いた草稿の中に 環過程の三つの違った形態を含んでいるのでいる」 おいてであり,そこで彼はマルクスのW−G−W
([18]H.p130)。周知のように,マルクスは とG−W−G とを取り上げて,「共同経済」
貨幣資本循環,生産資本循環,商品資本循環とい (co−operative economy)と「企業者経済」
う三循環の統一として資本循環過程を把握してい (enterpreneur economy)との相違を次のように るが,それらは同時に再生産の過程であって, 強調しているのである。「共同経済と企業者経済
「三つの形態を総括してみれは,過程のすべての との区別は,カール・マルクスによる含蓄に富む研
植村:資本循環における貨幣保蔵と信用 17
究と若干の関わりがある。… 彼は、現実の世 とである。この点に関するケインズの主張を最も 界での生産の性質が,経済学者達がしばしば想定 端的に表しているのは,次の言葉である。「企業 するように,C−M−C のケース,すなわち一 者は生産物数量ではなく,彼の取り分となる貨幣 商品(ないし努力)を他の商品(ないし努力)を の額に関心をいだくのである。彼はそうすること
うるために貨幣と交換するケースではないと指摘 によって彼の貨幣利潤を増やすと期待するならば,
した。これは私的消費者の立場であるかもしれな たとえこの利潤が生産量で測って以前より,より い。だが,それは事業の態度ではない。この場合 わずかな生産量をあらわすとしても,産出量を拡 はM−C−M であり,貨幣を得るために商品 大させようとするだろう」([12]p.82)。
(ないし努力)とひきかえに貨幣を手放すのであ このように,マルクスは,再生産過程としての る」 ([12コp.81)。これに続く注釈の中で,ケ 資本循環の構造的特質に注目し,他方,ケインズ インズは資本制の搾取的性格を強調するマルクス は資本循環を通して将来獲得されるであろう貨幣 はM がMより大きくなることを,デフレーショ 量に,すなわち有効需要に焦点を当てて論理を展 ンへの傾向を重視するホブソンやダグラス少佐は逆 開している。しかしながら,このように力点の置 にMがM を上回ることを主張しているのを取り き方は異なるものの,ひとつの大変重要な観点を 上げている。そして,「マルクスが,M の持続 共通に持っていることも確認できる。それは,
的な超過が,… 一連の恐慌によって不可避的 「資本制経済の適切な分析は生産の貨幣理論に基 に中断されるだろうし,その間は,Mが超過する つかなければならないという点」 ([10]p.160)
に違いないと付け加えたとき,彼は中間に位置す であり,言いかえれば,資本循環G−W−Gの
る真理に到達しようとしていた」とマルクスを評 観点からなされねばならないという点である。
価し,返す刀でMとM とが常に等しいと信じて そして,ケインズが鋭く指摘したように,「セー いる古典派を批判したのであった。 法則」を批判するためには,資本循環G−W−G
ケインズは,このような企業者経済M−C−M の過程に規定されたGとG との量的関係を分析 の考察を通して自らの有効需要の原理に意味する することが必要であり,それはマルクスがおこなっ ところを確認する。「いかにして,共同経済にお た資本循環G−W−G の過程の構造把握を前提と いては生産されたであろう産出物が,企業者経済 してはじめて明確に解明されうるものである。
においては 非収益的 であるかもしれないとい それでは,資本循環G−W−G の運動のネッ うことがありうるのか,このことに関する説明 トワークは,いかに統一的に把握することができ は,われわれが端的に有効需要の変動と呼ぶかも るのだろうか。また,資本循環G−W−G の運
しれないもののなかに見い出されるべきものであ 動に要する時間と有効需要としての貨幣量はいか る」([12]P.80)。かくして,ケインズは次の なる要因によって規定され変動するのだろうか。次 ように結論する。「供給はそれ自らの需要を生み 章以降では,これらの問題に対する解答を,信用 出すという命題を,支出はそれ自らの所得を,す 貨幣の世界を想定しつつ,マルクス,ケインズそ なわち,支出を支払うのにちょうど十分な所得を, れそれの理論の現代的展開の中に探っていくこと 生み出す,という命題と取り替えるだろう」([12] にしたい。
p.81)と。 [2] 資本循環の基本構造 このようなかたちでセー法則批判を展開してい
一D.K. FoleyのCircuit ofるケインズにおいて特徴的なことは,この企業者
Capital Mode1経済M−C−M における有効需要の変動の問題
が,期待の理論と,すなわち,将来獲得されると 前章で要約的に論じたマルクスの資本循環論の 期待される貨幣量の問題と結びつけられていくこ 観点は,近年,アメリカのD.K.フォーリーの
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一連の著作によって,分析的モデルとして現代的 には,資本循環の進行に要する時間が存在すると 展開を示すに至っている1ぎそこでここではD.フォ_ いうことである。
リーによって提起されたモデルの含意するところ さらに,このような価値のフローが,過程のう を,貨幣保蔵と信用との関連というセー法則批判 ちに通過するところの様々なストックは,資本制 の中心問題となる観点からなるべく膨らませて検 企業のバランスシートにおいて資産として現れる。
討してみることにしたい。このモデルの特徴は, すなわち,
資本循環に伴う時間の遅れに焦点を当て,各契機 金融資産 }貨幣資本
の観点から分析することを可能にしている点であ 完成財の在庫 }商品資本 る。さらに,「セー法則」との関連でいえば,こ これら,資本価値のフローとストックとの全体構 のモデルにおいて次の点が重要である。それは, 造を分析するものとして,次の様な基本方程式で まず第一に,資本循環の各局面で生じている貨幣 定義される資本循環モデルを与えることができる。
保蔵を,投資支出,消費支出あるいは政府支出と このモデルは,資本循環を貨幣の投下と還流に要 いった支出に伴う時間の遅れ(タイムラグ)に翻 する時間の観点から統一的に分析しようとするも 訳することを可能としている点であり,第二に, のである。
蒼號糊蹴唇懸諜轡夢きP(t)一∫1..C(ゼ)(1+q(t,))州)dゼ (・)
攣鷹譲織藻篇禰纏1テQ(t)−Lc(ガ蹴ゼ)dゼ (2)
茎繋繍綴驚謙蔵誓黛欝議R(t)−LP(のb(剛)dゼ (3}
禦哲碁慮鰯慈罐難蓬秘1 ン(t)−LQ(ゼ)b醐dt・ (4)
難轟鰍騰恕稼揺島ξ甜(t)一∫二(P(の一Q(ゼ))b(レゼ・ゼ)dゼ (5)
雛1灘騨鑓砦蒲禦窒計C(t)一∫19(の+P(ガ)R・(ガ)酬)dザ+B(t)働
また,このような想定を置くことによって,貨幣 ここで,各記号を説明すると,C(t):投資支出 保蔵を時間の遅れ(タイムラグ)に翻訳する意味 の価値のフロー,P(t):完成商品の価値のフロー も鮮明なものとなるだろう。というのは,「負債 (利潤部分を含む),Q(t):完成商品の価値の が資産を買う」(ミンスキー[20]p.73)という フロー(コストを基準にして測られ,利潤部分を 信用貨幣の世界においては,時間の遅れ(タイム 含まない),R(t):実現された価値のフロー,
ラグ)は機会費用的損失をもたらすからである。 R (t):実現された価値のフローのうち投資支出 さて,周知の様に,資本循環(正確には,貨幣 の回収に対応する部分,R (t):実現された価値 資本の循環)としての資本価値のフローは,っぎ のフローのうち利潤に対応する部分,B(t):投 のように示すことができる。 資支出の一部をファイナンスする新規借入れ,経
G−W{Pm,Am}…P…w−G 済全体として考えた場合これは新たな信用貨幣の ここで重要なのは,貨幣の投下Gと還流G の間 創造である。a(t.t ;t ):時間t において支出
●
植村:資本循環における貨幣保蔵と信用 19
された資本に対する生産ラグのタイムプロフィー (図1)はフローとしての内部資金A(t ),投 ルであり,t 時点においておこなわれた投資支出 資支出C(t),借り入れB(t)とストックとして のうちt時点に完成商品となる割り合いを表して の総貨幣資本F(t>との関係を示している。同様 いる。同様に,b(t−t ;t ):時間t における完 に,価値のフローに対応して,ストックとしての 成商品に対する実現ラグのタイムプロフィール, 資本価値の変化をとらえることができる。F(t)
c(t−t ;t ):時間t において実現された貨幣の を総貨幣資本,N(t)を総生産資本, X(t)を総 生産への再投下に要するラグのタイムプロフィー 商品資本とすると,その関係は次のように表わす ル,これは金融市場の状態と投資決定に依存する。 ことができる。
q(t ):時間t におけるマークアップ,P(t ) dF(t)/dt=R (t)+P(t)R (t)℃(t)+B(t) (8)
:時間t において実現された利潤のうち生産に再 dN(t)/dt=C(t)−Q(t) (9}
投下される価値の比率。 dX(t)/dt=P(t)−R(t) (101
(1ト(6}は,資本循環モデルの基本方程式であり, 次に,この資本循環過程における有効需要の問 それらは,資本循環の各過程を表している。すな 題を考えてみたい。有効需要は,何よりも貨幣的 わち,まず投下された資本の価値は一定のタイム な現象であって,それは循環過程にある貨幣の運 ラグを経て,完成商品の価値のフローとして生産 動に規定されるものである。有効需要の構成要素 過程から現れる。これを表したのが(1),②である。 は,次のように表わすことができる。
窮鞭覆鰻境禦痂離嬰露D(t−))C唾(ゼ)G(ゼ)d(レガ;ゼ)dガ
麗論謀灘難瑚皆塞あ +L(レP(ガ))晦(剛)dガq1)
一部は,投資支出のための内部資金を形成し,そ
れと新規の借入れによるファイナンスとで投資支 ここで,k(t ):投資支出のうち労働力の購入に 出が再び行われる。これを示したのが⑥である。 支出される部分,d(。):賃金からの消費支出
ここで,投資をファイナンスする内部資金を に伴う支出ラグのタイムプロフィール,e(.):
A(t) とすれば, 利潤からの消費支出あるいは政府支出に伴う支出
ラグのタイムプロフィール,である。したがってA(t)=R(t)+P(t)R(t) (7) (11)の第一項は投資需要,第二項は労働者の消費需
また,B(t)は,あらたな信用の創造によって可 要,第三項は利潤からの消費支出あるいは政府支 能となる負債にもとずくファイナンスを示してい 出を表している。ここで重要な点は,実現された る。したがって,(6)は,投資のためのファイナン 価値のフローR(t)は,この有効需要D(t)によっ スの構造を明示した式であって,右辺の第1項が て決定され,R(t)−D(t)となるということであ 内部資金によるファイナンスを,第2項が負債に る。このように,この資本循環過程の運動を規定 よるファイナンスを示している。このうち,内部 しているものはフローとしての有効需要の動きで 資金に関しては,現金や金融資産として保有される ある。
ことによって,ある程度の時間の遅れをへたのち投
資に用いられる。いま,総貨幣資本をF(t)として, (3}D。フォリー[5],[6],[7],[8],[9],を,
この関係を図示すれば, (図1)のようになる。 参照。D。フォーリーによって与えられたモデルは,
A(t ) フランスのネオ・マルクス派(レギュラシオン派)
F(t) C(t) のA。リピエッツ[16]などにおいて展開されてい
a(t)/
(図1) る「過程にある価値」(value−in−process)という
b
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資本循環認識を,数理経済学的モデル構成によって b*(g),c*(g)に関しても同様である。さらに,
発展させたものと考えられる。 a*(g),b*(g),c*(g)の性質として次の関
係が言える。[3] 定常的拡大再生産と信用の拡大
a*i0)=b*(0)=c*(0)=1 (19)
資本循環モデルで経済過程を分析する場合,定 da*(g)/dg,db*(g)/dg, dc*(g)/dg<0 (20)常状態と非定常状態とを区別して論じることが必 1ima*(g)=hmb*(g)=limc*(g)=0 (21)要である。定常状態とは,マルクスのいう「理想 9→°° 9→°° 9−o° 的平均」の世界であり,等価交換の世界である。 さて,以上の枠組みのもとに,この定常的拡大 マルクスは,それを次のように表現した。 「商品 再生産をする経済における「実現問題」を検討す はその価値どおりに売られるということが想定さ ることにしたい。この定常的拡大再生産を支えき れるだけではなく,この売りが不変の事情のもと る有効需要は如何にして形成されるのだろうか。 で行われるということも想定されるのである」 資本循環における各支出が時間の遅れを伴ってい ([18]p.32)。このことを,資本循環モデルの るということは,経済全体として貨幣保蔵が生じ 観点から言い直せば,それは資本循環にかかる時 ているということである。その場合,経済全体と 間がどの局面においても一定の世界を意味する。 して十分な有効需要ははたして保証されるのだろ したがって,それはパラメーターp,q,および, うか。ここで,先に述べたように実現する価値は 時間の遅れのタイムプロフィールa(.),b(。), 有効需要に規定されるから,定常的拡大再生産が c(。)が時間の経過を通して一定であり,規模だ 維持されるためには,R(0)−D(0)でなければ けが拡大する(あるいは,一定である)状態である。 ならない。このことをうけて,(11)を定常的拡大再 まず,このような限定された状況において,マルク 生産のもとで書き換えれば, スが「実現問題」とケインズが「有効需要」の問題 D(0)=(1−k)+kd*(9)+q(1−P)a*(9)b*(9)e*(9) ⑳ と呼んだところのものを,検討することにしょう。 したがって,(強,(17},(22)より, 周知のように,定常的拡大再生産はExponen− (1+Pq)c*(9)「Hく(1−d*(9))] ⑳ i=B(o)+ 1+q[1−(1−P)e*(9)]tial Growth Pathとして表すことができる。 体系の全てのフローとストックは成長率gで成長 ここで, 麓至篇姿藩鰭 (体系はC(t)に関 H(90)=1と正規化)一(1+鷲鵠骸lll9))] 124) し,C(t)−exp(gt)とおくことが許される。 とおく。(19),⑳より9>0に対して, c*(9), これにより,(1)一(61は次のように書き換えられる。 d*(9),e*(9)〈1,かつ0〈P〈1,0〈q〈1 なので,0〈H(g)<1となり,したがって,0<P(0)=(1+q)a*(g) (12) B(0)<1となる。さらに,四から容易に分かるよQ(o)=a*(g) (13)
うに,dH(g)/dg〈0であり,R(0)=(1+q)a*(g)b*(g) (14)
dB(0;g)/dg>0 (25)R7(0)=a*(g)b*(g) (15)
さて,以上で示された関係の意味を検討しよう。R (0)=qa*(g)b*(g) (16)
いまわれわれが考察している経済は,商品貨幣とC(0)=1=(1+pq)a*(g)b*(g)c*(g)+B(0) (17)
しての金貨幣が流通する経済ではなく信用貨幣の ここで,a*(9)は, a(。)のLaplace変換 システムである、その場合, B(0)は経済全体と であって,つぎのように定義される。 しての新規借り入れの拡大,すなわち信用の拡大
・・i9)一轤P脚←9瞭)dガ (エ8)繰工犠1篇∵の意味するところ
植村:資本循環における貨幣保蔵と信用 21
(ア)g>0にたいして,0〈B(0)〈1であ (6)生産のタイムラグによって制約された最大可能成 るということは,資本制経済が,定常的な拡大再 長率g*はつぎの式であらわすことができる。
生産をするためには信用の拡大が必要であり,借 1=(1+pq)a*(g*)
り入れによってファイナンスされた投資が不可欠 これは,実現ラグ,投資ラグ,支出ラグがゼロの場 あるということを意味する。それなくしては,有 合には,gを決定するのは技術と生産の社会的諸関
需要が不足してしまうのである碧 係であることを表している。その意味でこれはフォ
(イ)dB(0;g)/dg >0であるということ ン・ノイマン経路に相当する式である。
は,この信用の拡大にもとつくファイナンスが大 [4] 非定常状態と貨幣の還流時間の変動
きければ大きいほど投資は大きくなり,成長率は
大きくなるということを意味している。(ただし, 現実の経済は,資本循環に要する時間が時々刻々 それは生産のタイムラグに制約された最大可能成 変化する非定常状態1にある。つぎに確認したいのは,
長率を越えることはできない)〔% このような経済における信用の拡大,投資支出,
以上のことは,「供給はそれみずからの需要を 消費支出あるいは政府支出と商品の実現との関係 作り出す」と考えた「セー法則」に対して次のよ である。非定常経済において,注意を要するのは,
うな意味で批判となっている。すなわち,信用の 支出ラグのタイムプロフィールc(.),d(.),
拡大がないかぎり,拡大再生産を支えるのに十分 e(.)が時間とともに変化するということであ な有効需要は,もっとも順調な運行を示す定常的 る。しかしながら,このような支出ラグの相互依 拡大再生産においてさえ,形成されえないという 存関係を明確にして非線形モデルを構築すること ことであり,前章で取り上げたマルクスやケイン は,きわめて困難なことである・そこで,ここで ズのセー法則批判を形式的には裏付けるものとなっ は,そのような非定常状態における信用の拡大と ている。しかしながら,もちろんこのことを確認 有効需要の関連を取り上げ,特に実現ラグb(.)
するだけでは「セー法則」に対する批判は,完了 を規定する諸要因に焦点を当てて検討をすすめる しないということは付言してしかるべきものであ ことにしたい。ここで,D.フォーリーが提出し る。むしろ,問題の焦点は次の点に移るといった ている方法は,次のようなものである。
ほうが正確である。すなわち,拡大再生産を支え まず,ラグのタイムプロフィールを先入先出法 る信用創造をもたらすような自動調整機構が経済 (first−in first−out)にもとついて時間の遅れ の中に存在するのか否か,そのことが問題となっ に翻訳することから始める。例えば,実現ラグの てくるのである。 タイムプロフィールb(.)に対応して,完成商
品が在庫として販売を待っている時間,すなわち
(4)クラウゼは,「単なる流通によっては,どの商品 実現に伴う時間の遅れをTとすると,次のように 所有者も自分の持ち分を増加させることができない」 表すことができる。
課躍撫た躍買灘騰∫1望吝T剛呵四柵(26)
点間にまたがる過程であることを考慮する資本循環
の観点からみれば,それは時間の遅れが常に一定な 両辺を微分して整理すると,
定常状態に他ならない。このことを逆からいえば, dT R(t) ㎝ 一=1− P(t−T(t)) dt経済が定常状態からはずれれば,それはいたるとこ
ろで「譲渡利潤」の発生する世界である。 この式が意味していることは,実現に伴う時間の
(5)この点は,北原[13]において,非常に明快な形 遅れTの動きは,実現する価値R(t)と完成生産 で強調されている論点である。 物の価値P(t−T(t))によって決まるということ
22 茨城大学政経学会雑誌 第56号
である。同様に,c(。),d(。),e(.) したがって,各支出に要する時間の遅れdTw/dt,
に対応して,実現された貨幣が生産に再投下され dTp/dt, dTf/dtによって有効需要D(t)
るのに要する時間の遅れ(投資支出のタイムラグ) が決定され,実現される価値R(t)が与えられると,
をTf,労働者が賃金を受け取ってから消費支出 ⑬よりR(t), dT/dt, q(t )とは次のような関係 するまでに要する時間の遅れ(労働者の消費支出 をもつ。
穿撫多矯罐欝贈難譲岩驚t)〈 ∂q(V)0 ∂R(t)〉・・弩i署lt)〉・(謝
ようにあらわすことができる。 すなわち,有効需要の増大は実現ラグTを減少さ
璽」f=1_ C(t)−B(t) 偽) せるか,マークアップq(ぜ)を増大させるのかdt R (t一Tf)+pR (t『Tf) いずれかをもたらし,有効需要の減少の場合はこ
亜一1−E・(t) 帽9)の逆となる・もっとも・このよう鮪効需要の変
dt kC(t−Tw) 化が実現ラグTとマークアップq(t )のどちら
争(卜P論, (鵠)雛線髭糠議籍器雛娠
ここで,Ewは,労働者の消費支出, Epは,企 存するだろう。これは,いわゆる価格調整と数量 業あるいは政府による利潤からの支出である。(11) 調整との別表現であるが,資本循環モデルの観点 より,e8),⑳,⑳を用いて,総有効需要をつぎの からすれば,それは貨幣の還流時間とマークアッ ように表すことができる。 プとの対抗関係としてあらわれるのである。ここ D(t)=(1−k)C(t)+Ew(t)+Ep(t) で重要な点は,マークアップの低下は,現実の損
=(1−k)(1−dTf/dt)(R (t−Tf)+pR (t−Tf)) 失をもたらすのに対して,在庫形成による貨幣還
+(1−k)B(t) 流の遅れは,利子率との関係で機会費用的損失を
+(1−dTw/dt)kC(t−Tw) もたらすということである。そして,このような
+(1−dTP/dt)(1−P)R (t−TP) (31) 時間的損失も「負債が資産を買う」(ミンスキー この総有効需要の水準で実現が保証されるから [20]P.73)という信用貨幣の世界においては,
D(t)=R(t)であり,したがって,(31)より, 決定的な損失なのである。
R(t)ニ(1−dT/dt)P(t−T) さて,②81,舩,(鋤式から,非定常状態における
=(1−dTw/dt)kC(t−Tw) 様々な時間の遅れの相互依存関係に関して次のよ
+(1−dTp/dt)(1−p)R (t−Tp) うな結論が導き出される。+(1−k)(1−dTf/dt)(R(t−Tf)+pR(t−Tf))(32)
う時間の遅れTf Tw, Tpが大きくなればなここで,注意を要するのは,マークアップq(t) るほど,有効需要によって実現を許される価値の動きである。D.フォーリーのオリジナルなモ
植村:資本循環における貨幣保蔵と信用 23
(ウ)働より,Tw,Tp,Tfが一定のもとで, おいて時々刻々変化しているので,各経済主体が 新規借入れB(t)によってファイナンスされ,もっ その変化をいかに予測して行動するかということ,
ばら資本資産に投資されることで投資支出C(t) すなわち各経済主体の期待(expectation)のいか が増大するならば,それをファイナンスするのに んによって,逆に時間の遅れ自体が決定されてく ちょうど必要な資金が生み出される(時間tにお るという関係を持つのである。特に,そのことが いては,k;0であることを想定することを意味 決定的な意味を持つのは,実現された貨幣の生産 馳
キる)。これは,ケインズの「セー法則」批判の への再投下に要する時間の遅れTfを問題にする 核心である「投資はそれ自身をファイナンスする ときである。投資や消費に支出の遅れを伴うこと のに必要な貯蓄を生み出す」という考えの別表現 は不可避である。しかし,「問題は,なぜある局 である。 面で支出における時間の遅れが長くなるかという
(エ}働より,たとえTw, Tpが増大していて ことである」 ([7]P.190)。
も,新規借入れB(t)によってファイナンスされ
て投資支出C(t)がそれを相殺するように増大する (7)M。ド・ブルイ[4]は,創造された信用が資本 かぎりは,有効需要の不足の問題すなわち「実現 循環を経たのち,還流した貨幣によって債務の清算 問題」は発生せず,実現に伴う時間の遅れTが拡大 を達成しえた「成功した循環」とそれに失敗した することはないといえる。一般的に言って,負債に 「不成功の循環」のケースにわけ,特に後者の結果,
よってファイナンスされた投資が拡大して十分な有 必要となる対応に関して,インフレーションとの関 効需要を形成するかぎり,資本循環過程のなかでの わりで詳しい検討を加えている。
実現に要する時間は拡大することはないのである。
[5] まとめにかえてそして,この還流時間のもとで利子が返済されうる 一
限り,新規借入れB(t)としてここで表現されて }信用の拡大と投資に伴う時間の遅れ いる信用は,社会的に妥当することになるのであ これまで考察してきたように,信用貨幣経済を る。債務は,資本循環に要する時間の拡大なしに 想定したばあい,結論として重要なことは,まず 十分な利潤を企業にもたらしつつ循環過程が進行 第一に,拡大再生産する資本循環G−W−G の するならば,貨幣として流通する。しかし,もち 過程が有効需要の不足を生じさせることなく進行 うんこのような信用の拡大がどこまで続けられる するためには,信用の拡大によってファイナンス かは,十分な検討を要する問題である。反対に, された投資の拡大が不可欠であるということであ このように信用によって開始された循環が,還流 り,第二に,もし資本循環G−W−G が,その した貨幣によって債務が返済されえず,不成功に ようなかたちで,循環に伴う時間の遅れを過度に生 終わるとすれば,倒産(資本破壊)が生じるか, じさせることなく十分な利潤をもたらして順調に進
さもなければ,より不利な条件での借り入れがお 行するならば,その信用は社会的に妥当するとい こなわれることになる。こうしてみると,これま うことであった。こうしてみると,マルクスやケ で問題としてきた「セー法則」に対する批判は, インズにしたがって,「セー法則」を資本循環G一
このような債務の返済の成功・不成功の可能性に W−G の観点から批判する場合,結局重要なこ 関する理論的分析を待ってはじめて完了するといっ とは次のことになることがわかる。すなわち,有 てもよいだろうざ7) 効需要を不足させることがないほどに,信用の拡
そのことを考える前提として,ここで示されて 大によってファイナンスされた投資が拡大するこ いる非定常状態における資本循環の性格に関して, とを保証するようなメカニズムがはたして経済の 次のように確認することが許されよう。そこでは, 中に存在するのか否か,あるいは,負債にもとづ 資本循環に伴う時間の遅れが資本循環の各局面に く投資の拡大が再生産過程としての資本循環G一
24 茨城大学政経学会雑誌 第56号
W・・P・・WLG における貨幣の還流を不 ないようなきわめて脆弱なものに変化するという 、
タ定にすることはないか,ということである(ぎ ことである(ミンスキー[21]では,この点をヘッ
この問題を検討するうえでの焦点は,やはり信 ジ・ファイナンス,スペキュラティヴ・ファイナ 用の拡大,すなわち負債に基づくファイナンスの ンス,ポンジ・ファイナンスとにわけて説明をく 拡大と投資に伴う時間の遅れとの関係であろう。 わえている)。そのことがもたらす結果は,投資 先の資本循環モデルの記号を用いて,このことを が利子率に対して感応的になり,少しの利子率の 二変数の因果関係として示せば次の関係に関わっ 上昇に対しても投資が収縮してしまう事態が生じ ている。 るということである。それは,ここでの記号でい B(t)−C(t−t ;t )あるいはTf えば投資支出に伴う時間の遅れc(t−t ;t )を かかる関係に関する明確な結論を,D.フォー 不安定なものとすることを意味する。
リーの理論の中に捜すことはむずかしい。むしろ, もちろん,ここで簡単にふれたミンスキーの この関係を対象にした議論のうち,われわれが立 「仮説」は,信用の拡大と投資に伴う時間の遅れ 脚してきた資本循環G−W−G の観点からみて との関係に関する一つの検討に値すべき説明にす 興味深いのは,「金融不安定性仮説」として知ら ぎない。しかし,「セー法則」を,単に形式的に れるポスト・ケインジアンのH・ミンスキーの議 批判するにとどまらず,資本制経済の調整メカニ 論である掌)彼がクラウワーを批判して,「資産の ズム全体を視野におさめたうえで実質的に批判 支配や所有を獲得するために使用される私的ファ しようとする場合には,信用の拡大と内部資金の イナンスのための負債が存在する世界においては, 還流から投資にいたる過程で存在する時間の遅れ,
これらのファイナンスのための負債が,資本資産 これら両者の関係に関する解答が真に求められる を 買う ところのものである」 ([20]p.73) ことになることは確かである。ここには,信用貨 と言うとき,彼は,資本循環G−W−G として 幣の世界における「セー法則」批判のひとつの核 運動する信用貨幣を洞察しているのである。そこ 心的論点があるようにおもわれるのである。
で,彼は,将来に対する「期待」によって左右さ
れる「流動性の価値」に注目して,負債の増大の (8)ケインズ自身は,この点に関して十分意識してお 及ぼす効果を分析している。このミンスキーの り,それだからこそ投資と貯蓄とを「貸付け資金市
「仮説」をこれまで展開してきた資本循環モデル 場」が利子率の変動を通して調整すると考えた「貸 に引き付けて説明するとすれば,資金調達の構造 付け資金利子説」を批判して「流動性選好説」を展 を明示的に示している⑥を再登場させるのが便利 開したものと考えられる。もっともここでは,利子 である。 に関する「流動性選好説」が,資本循環G−W−G
の観点からみたとき,いかなるものとして再解釈さ
C(t)一辜唐q(ガ)+P(の剛短(鵬df+B(t)(6) れるかと・・う点については・今後の麟題として
留保したい。
ミンスキーは,負債に基づくファイナンスB(t) ⑨ ミンスキー理論のもつ理論的性格については,青 によって投資が拡大し内部資金が順調に還流する 木[1],[2]によって詳しい検討がなされている。
といった平穏な状況がしばらく続くと,将来にわ 参考文献
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(1987年10月 脱稿)