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オーストラリアの海員法
志 津 田 氏 治
序
海員の海上労働関係の特異性が根抵となって,各海商国においては海員法を制定し,海 員の保護に努力している。尤も社会法としての性格を具有するこの海員法の位置づけ方に ついては,各国ともに多様であり,海員に関する単独法をもたないが,営利法である海商 法典獄に,あるいはその他の海事法令の一部に規定を設けているもの(オーストラリア・カ ナダ・イギリス・イタリー・オランめ もあれば,他方海商法典中にとどまらないで,それか
ら分離独立した海員法つまり海上労働法としての単独法を形成するものなどがある(日本,
スペイン。ドイツ・アランス・デンマーク)。
そこで本稿では,東南アジアにおける産業法研究の一環として,オーストラリアの海員 法(1912年の航海および海運に関する法律の一部)を中心に考察し,他国法との比較を試みなが
ら,その特異性を指摘してみたい。
一 海員の雇入と契約統制
海員の雇入契約とは,一定の対価を得て,一定の労働条件のもとに船内労務を供給する 旨を約する契約である。従って海員の雇入なるものは,一種の「乗船契約」ともいうべく 船舶という一定の職場を限定したうえでの労働契約(特定船舶に乗組んで労働に服ずることを内 容とする契約)であり,乗船によって雇入契約が成立し,下船によって終了するものといわ なければならない。海員の雇入契約を「乗船契約」として理解することの実益は「同一船 型の船舶における同様の労働条件であっても,船員を転船させれば,たとえ雇傭契約は継 続すると考えられても,前の船舶における雇入契約は終了し,後の船舶における雇入契約 が新たに締結されるという取扱をうける」 (昭27.4.1.員基63号)ことになる点に存在する。
(三浦悦四朗編「船員法解釈例総覧」93頁)
海員の雇入契約は,純然たる諾成かつ不要式の契約であるから,契約成立のためにも,
証拠のためにも一定の形式を履んだ書類の作成を必要としない。この点について諸国の立 法例をみても,要式契約としているのは,わずかにポルトガル商法(516条1項2項),ルー
マニア商法(商532条)などをかぞえるに過ぎない。また,イギリス商船法(M.S、 A.§113)
などでは証拠のために書面の作成を必要とするとい 墲黷トいる。なお,ドイツの船員法に よれば,船舶所有者またはその代理入は,雇入契約の重要な内容を自己の署名のある書類
(契約書)に記載し,これを海員に交付する義務がある旨を明示する(24条)。しかし,こ
れらの書面は海員保護の観点から契約の存在を確かめるために作成を認めたもので,契約 成立の要素として考えるべきものではない。
ではオーストラリア法ではどうであろうか。まず46条の1項において「総トン数50トン 未満の制限づき沿岸貿易船または河川および湾を航行する船舶以外の船舶の船長は,オー ストラリアにおいて海員を雇入れる場合には,監督官立会のもとに,定められた方式によ
り,その海員と雇入契約を締結しなければならない」としている。イギリスでも,オース トラリア法とおなじく,総トンi数80トン未満の船舶以外の船舶の船長は,連合王国の港か ら乗組員として出港する海員と乗組員契約(The agreement with crew)を締結しな ければならないとしている(M.s. A.§113)。なお商船法の113条の2項では,船長が乗組 員契約を締結しないで海員を乗船させたときは,外航船の場合においては船長を,内航船 のときは船長または船舶所有者に5ポンド以下の罰金的制裁をかしている。オーストラリ ア法の46条2項にも,船長が雇入契約を締結しないで,オーストラリアにおいて雇入れた 海員を乗組ませた場合あるいは船主が事情の知不知を問わず,海員の乗組を放置しまたは 許容したるときは罰則のあることを注目すべきであろう (アメリカでも,所定の様式に従い船 長と契約を締結ずることなく,海上勤務は従事した者がある場合には芝船舶はその違法行為はついて200
ドル以下の罰金に処せられることにしている。但し密航者などはは船舶の責任を除外している。46USC
56了)。
しかもオーストラリア法では,この雇入契約書はイギリス法とおなじように,船長およ び海員が同意するとともに,監督官庁が認可した条項によって作成されなければならな い(46条皿項)。雇入契約書の書式については,46条3項に若干の規定をおいているが,な (1)
かでもめを惹くのは,この契約書には監督官立会いの下に,船長と海員が署名し,監督官 がこれを証明しなければならない。しかも監督官はそれらの署名に先立って,各海員に対 してこれを読み上げて説明しなければならないことである。またオーストラリア法では,!
わが国の船員法36条(労働条件の記載および掲示)の趣旨とおなじく,雇入契約書の掲示を要 求していることであろう。すなわち「すべての船舶の船長は,各航海開始の際に明瞭な雇 入契約書の写を,船内の乗組員の見易い場所に掲示するとともに,航海申この掲示を維持 することに努めなければならない」(53条)と定め,その違反には制裁をかしている。ア メリカ法でも乗組員室に掲示することを(46USC 57了),またおなじくイギリス法でも,乗 組員の近づき易い場所に掲示することを要求している(MSA§120)。またオーストラリア法 では,雇入契約書の記載の加除変更には,すべてその加除変更に利害関係を有する者全員 の同意が証明されない限り,その効力を有しないものとされている(55条)。雇入契約書 の記載を不正に変更した者,雇入契約書に虚偽の記載をなした者,雇入契約書の虚偽の写 を提出した者には,刑事上の犯罪を構成するものとしている(56条)。
註(1) イギリスでも、乗組員契約は通商委員会 (Board of Trade現在では Minister of
Transport and Civil Aviation)が承認した書式によらなければならない。この乗組員
オドストラリアの海員法 203 契約書には下記の事項を記載することが要求されている。
α)予定されている航海もしくは雇入の性質および継続期間または航海もしくは雇入の最 長期間ならびに航海からまたは契約から除外されている地方および港
(ロ)乗組員の数および種類とくに水夫の数(Hartlae v. ponsonby)
の 各海員が乗船しなければならない日時または作業を開始しなければならない時(MSA §155)
⇔ 各海員が勤務に服する場合の資格
㈲ 各海員が受ける賃銀の額(イギリス法では一般に航海中,労務の増加に対して,特別 の賃銀を請求することができない。Harris v.Watson,1791。 peak6s N・P・C・102 たとえ乗組員が脱船によって減少したときも然りであや。 Still v・,Myrick・1809 2camp 317;これを認むる特約は公益上無効とされている。しかし海員の一一身に危険 を生ずる虞れがあるときは、特別の賃銀の請求権があることを認めている。HartIey v.ponsonly,1857.23 LJQB322)
囚 各海員に麦給される食料の基準
㈲ 船内労務に関する規則および不法行為に関する罰金等
㈱ 賃銀の前払および分割払ならびにその他法律に違反しない約定の個条
つぎにオーストラリア法でめを惹くのは,外国入海員の雇入の問題である。外国入海員 の使用については,つぎのような制限がおかれているが,その47条の1項では, 「海員は その職務の逐行にあたってなされた命令を理解するに十分な英語の知識を有していると藍 督官が認めない限り,契約者に署名することは許されない」ものとしている。また2項で は「船長または船舶所有者は前項の英語の知識を有しない海員を雇入れてはならない」と 定めている。イギリス法を始め外国ではこのような制限をおいたもd)は殆どみかけない。
たゴアメリカが1915年に海員法を改正し,乗組員の資格制限として,下級船員の7割5分 が士官の発する命令を理解しうることとしているのと類似している。このように命令を理 の
解するに十分な英語の知識を有していることを,海員の雇入の前提条件としていることは 結局において船舶秩序の維持というよりも,むしろ外国人海員の排除に重点をおいている ように思われる。またオーストラリア法では,外国人をどうしても使用するときは,監督 官に対してその国籍を証明するに十分な証明書を提示しなければならないとしている
(47条A項参照)。
二 船舶の不堪航と海員の地位
船舶は独立した特異社会を構成する。それは船舶という狭い枠内にとじこめられた共同
危険団体(Gefahrengemeinschaft)であり,かつまた船長の指揮監督のもとに統制され
た乗組員の生活共同体(Lehbensgemeinschaft)でもある。しかも,かかる船舶は,危
険率の高い海洋を麟行ずる,ものであるから・船舶が安全に航行できるか否か・つまり船舶
の堪航性の問題は,航海企業の運送担保責任(商738)としてだけではなく,船舶共同体の 安全確保という海事行政の制度的な側面からも∫重要視されている。そのことは海上労働
,関係においても同様である。すなわち海員にとって,その海上労働関係が場所的(船舶)に も,また時間的(乗船中)にも制阪されているところがら,その船舶の堪航性の有無は,海 員の雇傭契約上の地位に影響することが大きい。わが船員法には萌確な規定はないが,ま ず堪航能力のある船舶であることを前提とするものと解釈しなければならない。
そこでオーストラリアの航海および海運に関する法律(1912)の59条においては,イギリ スの商船法とおなじように,船舶所有者の海員に対する堪航性確保の義務づけを規定して いる。その59条によれば「a船舶所有者と船長または船舶所有者もしくは船長と海員もし
くは見習生との間の一切の明示または黙示の勤務に関する契約において,およびb航海に 関連した一切の見習契約においては,船舶所有者,船長および積込発航準備または発港を 委託された代理人が,航海の開始にあたっては船舶の堪航性を確保するため,または航海 中にあっては船舶の堪航性を維持するために,必要な一切の手段を尽すべき義務を有する ことが,これを有 しないとする規定にかかわらず含まれているものとする」。このことは イギリスの1894年の商船法において向じ趣旨のことを明示している。すなわち458条によ れば「明示であると黙示であるとを問わず,・船舶所有者と船長または海員との間に締結さ れる勤務契約および乗船して見習生として勤務しなければならないことを定めた見習契約 中には,反対の取決めがある場合といえども,船舶所有者,船長および船舶の積込もしく は出港のための準備または出港に責任を有する代理人において,航海が開始される際に当 該航海に対する当該船舶の堪航性を確保するため,および航海申つねに堪航状態であるこ とを確保するために相当の手段を尽すべき船舶所有者側の義務が含まれているものとみな す」旨を定めている。
(1)
註(1)M.S. A.§3458, In every contract of service, express or implied, between the owner of a ship and the master or any seaman thereof, and in every instrument of appre批iceShip vぴhereby any person is bound to serve as an apprentice on boa士d ahy ship, there shall be implied, hotwithstanding any agreement to the contrafy, an obligation on the owner of the ship, that th¢
onwer of the ship, and the master, and every agent charged with‡he loading of the ship, or the preParing of the ship for sea, or the sending of the ship to sea, shall llse all reasonable means to insuf6 the seaworthiness of the ship for voyage at the time when the voyage commences, and to keep her in asea・worthy condition for the voyage during the voyage.コンモン戸一では海員の 雇傭契約に,船舶所:有者による堪航性の黙示担保は存在しなかっといわれている。 Couch v.Steele(1853)23L・」・Q・B・121;なおこの条項における堪航性の意味はHedley v.
pinkneγ&SQqs Sg S Co (1894)A?C・222i
オ戸ストラリアの海員法 205 しかし,右の条項はオーストラリア法と異り,つぎの二つの場合には適用されないこと
を注意すべきであろう。その一つは,特別の事情により不堪航状態のままで出港させるこ とが相当であって,正当であった場合には,船舶を不堪航状態のままで出港させたことを 理由として責任をかするものではないことである。その二つはイギリス領内における内水 航行船等には適用が除外されていることである。
そのほかにイギリス法では,海員に対する堪航性確保の義務を徹底して,船舶所有者な り船長が堪航性を鉄如した船舶を出港させることに対して刑罰をもって防止している。す なわち商船法457条によれば「人命に危険の及ぶ溜れがある不堪航状態のイギリス船舶を そのことを知りながら出港させ,もしくは出港させようとした者または他人と共謀して出 港させ,あるいは出港させようとした者は,各不法行為につき軽罪の罪あるものとする。
た皮し,堪航状態で出港するのを確保するために,相当の手段を用いたこと,またはその 事情のもとにおいては,不堪航状態のままで出港することが相当であって,正しいことを 証明するときはこの限りでない」とする(同条の2項では船長に対する義務づけを定める)。この 457条の規定は,458条とおなじく,内水航行船には適用がない。また本条違;反の三門には (1)
通商委員会自ら,もしくは,その同意を得てのみおこなうことができるものとしている。
しかも,この軽罪は略式判決(summary conviction)にもとづいて処罰されてはなら ない。そのほかに,イギリスでは不堪航船舶に対しては,通商委員会で,不服申立その他 にもとづいて,船舶検査のため仮抑留をなすこともでき,これにより関接的に海員を保護
していることも,めを惹くものがある(459条参照)。
註(1)アメリカでは船舶所有者の海員に対する堪航性確保の直接的な義務づけはないが,関接的に
はイギリス商船法457条とほ罫同様の規定がある。その4561条(46USC658)に説れば「人命
に三三を及ぼすような堪航性のない状態で,アメリカ船舶を外国航海または沿岸航海に就航
させ,もしくは就航を企てた者あるいは,かような就航にもしくは就航の企てに干与したる
者は,各違反行為につき軽罪を犯したものとみなし,裁判所の裁量により1000ドル以下の罰
金もしくは5年以上の懲役に処し,または両者併科する。ただし船舶を堪航性のある状態で
出港させるためあらゆる手段を尽し,または船舶が堪航性のない状態で出港することが,その
時の状況において合理的かつ正当であることを証明したるときはこの限りではない」と定め
ている。なお、アメリカでは既述のように船舶の堪航性確保について,船舶所有者に直接的
な義務づけを試みてはいないが,船舶が堪航性を備えなかったときは,海員に出港拒否の権
利を認めていることである。すなわち4598条(45USC655)では「船舶が予定の航海を開始
することが差支えない旨の裁決があった後または命令に従い,人員・食料・貯二品を増加し
,または修繕・改造をおこなった後,で部船員が航海の開始を拒否したるときは,その者に
帰属すべき賃銀を没収する」ことを明示しているので,この反対解釈として上詠ρような結
論カミでるであろう。但し4598条は漁船,捕鯨船,快速艇には適用されない。U. S. Depar
tment Qf co現nLerce〜Navigation Laws Qf the United states,1940. P.233.
つぎに海員の雇入契約書と堪航性の記載の有無について考察してみよう。一般に雇入契 約書には,雇入契約で定めた給料,手当,食料,雇入期間および海員の遵守すべき一切の 事項を記入するのが通常である。ところで船舶の堪航性は,海員の雇傭の面にも重大な影 響をもつものであるから,海員の雇入契約書にはその旨を明記することがある。すなわち オーストラリア法では,その46条A項において「オーストラリアにおいて登録された船舶 で,この法律により満載吃水線証書の倒置を要求される船舶については,乗組員の署名前 に雇入契約書に満載吃水線証書に定められた甲板線および満載吃水線の位置に関する記載 を挿入しなければならない」として,満載吃水線に関する事項を雇入契約書に書入れるこ とを要求している。カナダ法でも,170条で乗組員との雇入契約者には,甲板線の位置お よび当該船舶の満載吃水線証書に定められた満載吃水線に関する事項を記載しなければな らないとしている。そのほかにイギリスの商船法においても,1932年の修正法すなわち M.S.(Safety and Lord:Lien Conventions)Actをみるまでは,440条の皿項にお いて,海員は雇入契約の調印前において,満載吃水線に関する事項を契約書に記入するこ
とを要求している。しかも,オーストラリア法とおなじく当該官庁は,その記入があるま では手続を開始できないものとしている(オーストラリア法46条A項参照)。このように海員 雇入契約書に満載吃水線の標示を記入することを要求したのは,過重の載貨によって船舶 が沈没し,多数の海員が犠牲になったことを幾分でも防止しようとする所謂「プリンソル
」 (S.Prinso1)精神のあらわれとして受取ることができよう。
(註1)
註(1)詳細は拙稿「船舶不堪航と乗組員の不服申立」(大分大学経済学部35周年記念論文集)385:頁 参照9
さらに,今度は船舶の不堪航と海員の雇入契約解除の問題について眺めることにした い。船舶が不堪船の場合に,海員はこれを理由として契約の解除ができるだろうか。まず 現行船員法によれば,海員が雇入契約の解除をなす場合には,つぎの二点が認められてい る。すなわち,その一つは法定事由により解除をなす場合であり,他は任意に解除をする 場合である。法定事由によるものとしては船員法41条に規定がある。この船員法は,旧船 員法に比較して,海員が雇止を請求できる場合を拡張しているが,海員が契約を解除する には,これによらなければならないか。すなわち不堪航のときは,明示されていないが,
これに入るものだろうか。そこでつぎのような見解が展開されている。
(1)船員法41条を例示的列挙と解釈し,かっこの規定を民法628条の補充規定であると いう見地から,離員法は「己むを得ない事由」ということを明示していないが,海員とい えども己むを得ない事由による契約の解除を認めるべきである(船員法と民法との関係であ一 が,一般的には船員法が優先することはいう迄もないが,しかし船員法の規定は,完全に民法の規定を 排除するものと解釈してはならない。船員法に相当する規定がなく且つその法目的と矛盾しない限りに おいて,民法の規定が船員労働関係の面に適用があると考えられる。従って船員は,「己むことを得ざ
る事由」があるときは,民法628条により即時雇入契約を解除することができると解釈されている。
オーストラリアの海員法 207 昭29.11.5海員基第285号,瓜田悦四郎編「船員法解釈例総覧」137頁),。従って船長が船舶の検査 を拒絶し, 不堪航のまま発航せんとした場合にも,海員の側に二心を認めなければならな い(同説山戸教授「船員法」115頁参照)。
(2)つぎに船員法41条には,雇入契約により定められた労働条件と事実とが著しく相異 したときを,解除理由としているが,船員の居室が著しく不適当であり,あるいは食料な り飲料水が充分準備されていないときは,契約の解除をなすことができるものと解釈され
る。
結局,不堪航を理由として契約を解除するには,窄むを得ない事由によるか,労働条件 と事実の相異から主張するかは,まず不堪航そのものの具体的問題によらぎるを得ない。
この点で参考となるのはアメリカ法では,船舶が堪航性を備えなかったときは, 海員は出 港を拒否することができるばかりか,乗組員の雇止もできるのである。4561条(46u.s.c.
658)によれば,「船舶が重要な点において不備があったにもかかわらず,出航したことが 怠慢もしくは故意によるものであるか,また過失もしくは事故によるものであるときは,
領事官は雇止を希望する乗組員の雇止をなし,または当該雇止を希望した船員が,合衆国 の最も近い且つ最も便利な港まで帰還するに充分な費用を支払わしめ,あるいは二二を希 望した船員が,同意した船舶えの雇用斡旋をさせなければならない」と定めている。
つぎに見逃がすことのできない問題として,船舶の不堪航と脱船の許否がある。すなわ ち不堪航の船舶から海員は脱船することができるだろうか。海員の脱船を許すことは,船 舶の安全性を維持する目的に反することになるので,原則として許されるべきではない。
しかし船員法で問題となる脱船罪の対象である船舶であるが,これは先ず堪航性のある船 舶に限るべきではないか。蓋し乗船契約は,堪航性のある船舶を前提とするからである。
従って不堪航船舶のときは,海員は契約の解除をなすことができるし,脱船も許されるも のと解釈すべきである。アメリカの学説判例でも,脱船行為に例外を認め,明らかに脱船 行為のときといえども,何等の制裁を加えないことがある。たとえば船主が船舶安全に関 する法規を遵守しなかったときである。(1)(そのほかに船主が貨物を丁重に積込みたるとき,船主 が海員に腐敗した食物を支給したるとき,疾病の海員に医薬を提供しなかったとき,海員が激減したの に補充しなかったとき)。
註(1)詳細は松波仁一郎博士「海員ストライキ論」35頁以下参照。
最後に船舶の不堪航と海員の不服申立の問題を若干とり上げてみたい。海員による不服 申立の制度は,多くの海商国がこれを採用しているが,オーストラリア法でも139条にお いて,「海員または見習生は,監督官もしくは判事に相談するため,または船長もしくは 職員に対し訴訟を提起するために,都合のよいときに上陸許可を要求することができる。
船長または職員は海員が前項の目的を達するために,上陸を望んでいることを知りながら
上陸を妨げ,または不当にその許可を拒否してはならない」と定め,その違反には50ボン
ドの制裁をかしている。 ドイツ船員法(113条),イギリス商船法(463条h アメリカ船員 法(4556条)等にもほゴ同様の制度的規定を明示している。一方わが国では,船舶安全法の 13条にこの制度を明文化している。それによると「船舶乗組員20入未満の船舶にありては 其の2分の1以上,その他の船舶にありては乗組員10人以上が命令の定むる所により当該 船舶の堪航性または居住設備,衛生設備その他の人命の安全に関する設備につき重大な欠 陥がある旨を申立てたる場合に於ては,管海官庁は其事実を調査し,必要ありと認むると
きは前条第2項の処分をなすことを要す」としている。これは船舶の不堪航な状態より,
(1)
海員を保護しようとするものに外ならない。
註(1)西島博士はこの方面に実に示唆に富む見解を発表されている。とくに博士は,この規定を船 舶所有者に対する海員の権利の面と,船舶所有者に対する義務の両面より捉えられている。
詳細は同博士「船舶内の人に対する船舶所有者の責任について」 晦法会誌復刊7号)19頁 以下参照。
三 海員の脱船と法律関係
一般に脱船(desertion)とは,不法に契約関係を終了させる目的をもって,不当に船舶 より脱出することをいうのである。脱船とは法文の用語であるが,なかには「脱走」「遁 走」という語を使用することもある。海員の脱船は,他船への乗替,給料の持逃,もしく は移民渡航に代えようとする場合に屡々おこなわれるものであるが, (坂本陶一子「海運」
930頁には・1ギリス船舶における外国船員の脱走,乗遅に関して1900年代の統計および参老盗料を提示 されてい為。)脱船の有無は客観的に決定すべきものではなく,主観的に決められるべきもの である。すなわち脱船者ゐ意思が,恣意的に契約関係を廃棄し,労務の続行を免るること
を期待した場合であることを要する。鳥賀陽博土も「脱船という犯罪は,海員がその契約 終了前において,正当なる理由なくして且帰船せぎるの意思をもって,其の船舶を去るに よりて成立するものである。是故に海員が船長の許可なくして船舶を離るも,帰船の意思 あるときは且帰船の事実を伴うときは脱船を以て論ずることを得ない」とされている 旧 商法論上巻240耳引用)。山戸教授もその著「船員法」において「海員の回船義務に関連し・て 考えなければならないことは,船舶からの脱船(desertion)である。海員が船舶発航の際 在船しないことと,船舶から脱船することとは,極めて接近する所であるが,脱船は船舶
を去る者の主観的意思が恣意的に契約関係を放棄し,労務の継続から脱しようとするとこ ろに特色がある」(74頁引用)と指摘している(同説塩田環氏「般員論」238頁参照)。わが現行 船員法の128条によれば,・海員が外国において脱船したるときは1年以下の懲役に処する ことにしている。脱船の定義について,判例によればつぎのように明示している。すなわ ち「脱船トハ海員力其ノ職務二従事中一時船中二在ラサル場合ト異り其ノ職務ヨリ全然離 脱スル目的ヲ以テ乗込船舶ヲ去ル行為ヲ指称スルコト疑ナシ」としている。
(1)
オーストラリアの海員法 209 (註1)「船員法64条2項2所謂海員ノ脱船トハ海員力其ノ職務二従事中一時船中二在ラサル場合ト 異り其ノ職務ヨリ全然離脱スル目的ヲ以テ乗込船舶ヲ去ル行為ヲ二三スルコト疑ナシ。而シ テ原判決ハ被告力人夫トシテェジブト丸二乗込ミタル処同船力北亜米利加合衆国紐育二到著 シタル際船長ヨリ上陸ヲ許サレタルヲ好機トシ大正9年6月12日,3日頃同地二上陸シタル 尽脱船シタリト判示シ被告力船長ヨリー時上陸ヲ許可セラレタルニ乗ジ許可ノ趣旨二反シテ 前記脱船ノ犯意ヲ生シ右月日頃同所二上陸シ以テ其ノ犯意ヲ実行シタル事実ヲ認定シタルコ ト建二明瞭ナリ。然うバ則チ被告力不法二船舶ヲ離レ上陸スルト同時二同条項ノ犯罪成立ス ヘキハ勿論ニシテ原判決力前叙ノ如ク被告ノ上陸ノ月日を記載セルハ即チ犯罪ノ日時ヲ明示 シタルモノニシテ原判決ハ犯罪構成事実ノ説示二毫モ不備ノ点ナキノミナラズ其ノ認定事実 二対シ前記船員法ノ条項ヲ適用シタルハIE当ニシテ所論ノ如キ不法アルコトナシ。論旨ハ畢 意原判決二副司サル事実二立脚シ自己ノ法律解釈二基キ原判決ヲ非難スルニ過キサルヲ以テ 何レモ其ノ理由ナシ」 (船員法違反被告事件・大正11年3月4日第3刑事部判決・大審院判 例集1巻112頁以下)
脱船海員処罰の問題も,沿革的には無智の海員が下等なる誘惹に溺れ,脱船して流浪者と なることを防止しようとする海員保護の目的が主であったが,今日においては脱船によっ て船舶の安全および航海の円滑が阻害せられることを防止することが,その目的となって いることを注意しなければならない。このように海員の脱船は,単に雇傭契約の違反を生 ずるだけではなく,船内の規律,航海などの公益関係から,公法上の制裁を加える必要が あるので,海商国にありては脱船者に対して峻厳な刑罰を加えてこれを威嚇している実情 にある。オーストラリア法もその例に洩れず海員の脱船に関して非常に詳細な規定をおい ている。いまその大要を列記してみよう。
100条(脱船者の刑罰)「海員または見習生の脱船に関しては受くべき賃銀中40ポンド以 下の金額の没収または40ポンドの罰金を限度としての刑罰に処せられる(賃銀には救助料 を含むとみなしてはならない)。
182条(脱船者の隠医)「(1)何人も,違法に職務を放棄した海員であることを知りながら,
これをかくまい,または雇用してはならない。この項の規定に違反した者は,初犯には 20ポンド,累犯には50ポンドの罰金に処する。
108条(脱船者名簿の公示) 「(1)監督官は海員が雇入契約書に署名したる後に脱船し,ま たはその船舶に乗組まなかったことを十分に知り,かつ信じているときは,その海員の 名簿を監督官の事務所において公示しなければならない。(2)監督官は前項の名簿の記載 については責任を有しないものとする。
112条(脱船の証明) 「脱船を理由とする海員または見習生の賃銀の没収に関する問題が 生じたときは,つぎの各号に掲げる事項が証明されなければならない。
(a)当該海員または当該見習生がその船舶に属していたこと。
(b)当該海員もしくは当該見習生が,航海もしくは雇入契約の終了前に違法にその船
舶を去ったこと, または航海がオーストラリアにおいて終了する予定であって,
その船舶が未だ帰着していないときは当該海員もしくは当該見習生が違法にその 船舶を去ったこと
(c)当該海員または当該見習生の脱船に関する記載が,公用航海日誌に適法にされる とともに,商船監督官または領事官の証明があること(オーストラリア法の171条では 公用航海日誌の備置を規定ずる。公用航海日誌の記載は船舶の種類によって異ならせること ぷできる。その記載事項は定められたところによる。公用航海日誌の記載はすべて裁判所に おいて証拠としての効力を:有することを注意すべきである。なお公用航海日誌の記載を故意 に損傷し、削除し、もしくは判読不能たらしめた者あるいは故意に虚偽の記載をなした者は 刑事上ゐ犯罪とされている)
海員または見習生が船舶を去るに十分の理由のあったことを証明し,裁判官がこれを認 めない限り前項の証明をもって脱船の証明があったものとみなす。
107条(脱船者の拘引) 「船長,航海士,船舶所有者または船舶所有者の代理人から他の 船舶(イギリス船舶または外国船舶の如何を向わない)に,自船を脱船した海員が乗船してい るとの申告があったときには,裁判官,税関の官吏または警察官は,その海員を拘引し
法律にもとつく処分があるまで拘禁することができる。
111条(脱船者の航海旧誌への記入と暁船者の弁明)「この法律が規定する脱船の罪,許可を 受けずに行った職場放棄の罪その他の規律違反の罪が犯されたとき,または雇入契約に おいて,罰金を科することを定めている非行が犯されたときは, (a)その罪またはそ の非行を公用航海日誌に記入するとともに,船長および航海士または乗組員1名がこれ に署名しなければならない。 (b)その犯罪者が船内にいる場合は,その船舶がつぎの
港に到着する前に,またはその船舶が入港中ならば出港前に,前号の記載の写を犯罪者
・に交付するか,または明りょうに読み聞かせなければならない。との場合には犯罪者は 適当と思料するところに従って弁明をおこなうことができる。 (c)前号の規定により 公用航海日誌の記載の写が交付されたことまたは読み聞かされたこと,および犯罪者の 弁明1ま前記の方法によって記載されるとともに署名されなければならない。
そのほかにオーストラリア法では,外国船舶に属する海員の脱船には,20ポンド以下 の罰金的制裁をかすほかに(179条),外国船舶からの脱船者の逮捕(裁判官は外国船舶から の脱船者が他の船舶,家その他の場所に潜伏してると疑うに足りる理由がありとする当該外国船舶の
船長の宣誓にもとつく申告があったときは、警察官にその船舶、家その他の場所を捜索して当該海員 を逮捕することを命ずる令状を発することができる)を定めている。
右のようにオーストラリア法は,海員の脱船に対して,可成り厳重な法規整を試みてい
るが,かかる規整態度は今日に始まるものではなく,既に中世紀の海法にも,うかがい知
ることができる。すなわち樋具詮三氏の「海の慣習法」によると「或ル海員が傭入契約ノ
時二履行スルコトヲ約シタル勤務ヲ完了セザル中二或ル場所二於テ其ノ賃銀ヲ受取リ,其
オFストラリアの海員法 211 ノ後二其ノ船舶ヨリ逃亡シタルトキ換言スレバ,其ノ船舶が彼等ヲ傭入シタル当該航海ノ
ー・
買注q行シ而モ之ヲ完了スル前二彼が逃亡シタルトキハ,其海員ハ取得シタル賃銀ヲ彼 等が該賃銀ヲ取得シタル船舶ノ管理人二対シ異議ナク一遇,スルコトヲ要ス。而シテ彼ハ彼 が履行シタル勤務二対シ何物ヲモ取得スベキコトナシ。何ントナレバ,彼ハ上二述ペタル が如キ態度二於テ逃亡シタレバナリ。之二反シテ如何ナル場所二幅テモ霜囲許縦揺ラルベ ク且取押ヘラルベク,又其ノ海員が受取リタル賃銀蛇二船舶管理人ノ受ケタル損失及ビ損 害ノ総テヲ船舶管理人二返換スル迄留置セラルベシ」(534頁引用)と指摘されている。このよ
うな規定の仕方は,コンソ・ラート。デル。マーレ」(223・112・113参照)だ1ナではなくて,
アマルフィ海法においても,海員が逃亡したるときは,その海員は身分を失うことを定め ているほかに,逃亡海員が金銭または前貸を受けたときは,船長は海員に対して倍額の返 換請求権も認めている(同法16参照)。ゴートランド海法でも,海員の脱船について若千の 規定をおいている(同法46参照)。
つぎに海員の脱船に関する各国の立法例を素描してみるが,まずオーストラリア法に最 もよく似た立法の仕組をとっているイギリスから考察したい。
すなわち1894年のイギリス商船法の221条によれば「海員または見習生が,脱船したる ときは,脱船の罪あるものとし,その船内に遺留した財産およびその得た賃銀の全部また は一部を没収するものとする。外国で脱船したるときは,さらに,その者が最初に連合王 国に帰着するまでに雇入れられる他の船舶内において得る賃銀の全部または一部を没収し かつその者に対して支払うことになっていた賃銀よりも,高額の賃銀で,その者の代りに 補充員を雇い入れたときは,その補充員に関してその船舶の船長または所有者が支払った 賃銀の差額の賠償をもしなければならないものとする。さらに連合王国内における場合を 除き,重労働を伴いまたは伴わない12週間以下の期間の禁鋼に処する」旨を定めている。
なお,この国では外国船舶からの脱船を規定している(M.S.A.§238)ほかに,外地におい て脱船した旨の記載および証明(M.S.A.§229,§231)脱船者の登録(M.S.A.§230)など オーストラリア法と類似した条文を置いている。なかでも特記すべきことは商船法の236
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ
条において,脱船勧誘および脱船隠匿に対する処罰規定をおいていることであろう1(脱船勧 誘罪として10ボンド以下の罰金、脱船隠匿罪として20ボンド以下の罰金刑を明示する)。
註(1)脱船の要旨についてはTemperley, The Merchant ShipPing,1954. P・152.領事の 命令によって、海員が船舶を離れることの正当性についてはGross v. Hyne(1868)3M.
L.C.(0.S.)80,また海員の脱船に関して、海員の過失の有無を問題としないと判示する (Sevard v. Ratter 1884.222;22 Sc。 L.R.173; Buゼton v. Thomson 186g L. R.
4cp 330;
つぎにアメリカを取上げてみよう。この国では,海員の脱船処罰の問題に関しては非常
に刮目すべき歴史的発展を示めしている。そのことはP.M. Zeis, American ShipPing
Policy1938・に詳細に指摘されているQまず初期的には,海員の脱船を犯罪(crime)として
その海員を捕縛し,禁訂することとしたのである。裁判所も「脱船した海員には,その自 由を奪うべしとする法律を作るも,それは人の強制労働力を禁止する憲法に違反すること にはならない」と宣言している。1872年の法律では,脱船者を3ケ月の禁鋼に処すること にしているがその後脱船者処罰の禁止に関する法規制定の要求は,海員保護の海員組合運 動とからみあって,つぎのような変遷をみたのである。すなわち1898年の法律によれば,
合衆国諸朝間または合衆国諸港とカナダ・ニューファウンドランド・・メキシコ。両印度諸 港との間を航行する合衆国船舶に対して,脱船者の逮捕監禁を禁止している。従って外航船 の船員が,外国の港で脱船する場合における監禁は禁止しなかったのである。このようなと
き脱船者は,裁判所の裁量により1ケ月以下の禁鋼に処することにした。そこで海員組合を 通じて脱船者監禁の完全廃止のために「層前進することとなったのである。1915年の法律
(La f・llete Act)では,脱船海員に対する禁鋼刑を明白に停止したのである。そればかり かアメリカ漁港に入港中の外国船からの脱船者にも同じ原則を適用することとしたために
この条項は外国船からの脱走を奨励するために設けられたものではないかという建方をす る者もいた程であった。現在連邦法典(46U.S.C.701)によれば,海員の脱船に関して,
つぎのような規定をおいている。すなわち「適法に契約された船員または海上勤窃見習生 が,つぎの違反行為を犯したときはつぎの制裁を科する。e脱船に対し脱船者が船内に残
した衣類および所持品の全部または一部ならびに脱船の当時脱船者に帰属する賃銀および 利得の全部または一部の没収」することを定めている。このようにアメリカでは脱船に対 して,自由刑をかすることがなく,単に給料の没収または船申に残した財産上の利益を失 わしめることにしているに過ぎない。脱船行為を寛大に取り扱い,ある場合には全く適法 化され,偉方によっては海員に脱船権を肯定しようとするところに,アメリカ法のム特異 相を指摘することができよう。またこの国では,海員の脱船とストライキとの差異につい て面白い見解がなされている。まず第一の見解には,「ストライキは脱船者として処罰せら ヘ ヘ ヘ ヘ へ
れるべし」というように,海員の労務拒否すなわちストライキを解釈的脱船(constructive・
desertion)と称して,脱船とストラキイキを同一に取り扱わんとするものがある。第二の 見解としては両者を区別しようとするものである。すなわち脱船行為の要素は,許可なく
して船舶を去ること,および帰船する意思なくして,去ることにある。ところがストライ キは,船舶を去らないで船内で罷業することが多く,たとえ去船の事実があっても,要求 を貫徹すれば直ちに帰船する意思が明白にあらわれているというのである。第二の見解が 一般的であり,要するに,この問題は海員の帰船意思の有無によって区別されるべきであ ろう。判例によれば,ストライキをなした海員が,船舶を去りたるとき「要求が容れられ るときは帰船する」という意思を明確にしなかったために,脱船行為の完成として取扱わ れた例もある。 (United States v. Smith (1926);The M.S. Elliot(1921);The Moonl・
ight (1903) ;)。
(註)11)アメリカでに脱舶類似の行為をも規整している9すなわち脱麟に至らないが・許可もしく
オーストラリアの海員法 213 は十分の理由がなく船舶を離れることであるいは船舶が到着後,その安全な場所にけい苗さ れる前に,許可なく離船することに制裁をくわえ,前者に対しては2日分以下の,後者には 1月分以下の賃銀を没収することにしている(46USC 701)。
では,つぎに大陸法系の諸国における海員脱船の法規整の問題を考察してみよう。まず ドイツでは,船員法(1957)のなかで「憲法施行区域外の場所において,故意に船舶から脱 走し,そのため船舶の出港を著しく遅延させ,また遅延を避けるに必要な相当の費用を費 やさせた海員は一年以下の禁鋼に処する」(114条)旨を定めている。なお過失犯に対して は,同条の2項で3ケ月以下の禁鋼および罰金に処することにしているが,この犯罪の訴 追は船舶所有者または船長の告訴をもって開始するものとされている(114条3項)。
フランスでは,海上労働法の48条に「海員は勤務中許可なくして,船舶を去りたるとき または勤務に服さなければならないときに,許可なく在々していない場合は,その不在期 間について給料を受ける権利を有しない」とされている。フランスでは,ドイツと異り,
脱船海員に自由刑をかすことなく,アメリカと同様に給料請求権喪失の不利益をうけるに すぎない。
わが国では脱船海員に対する船員法の態度は若干の変遷をみている。まず現行船員法の 母法ともいうべき明治12年の「西洋形商船海員雇入雇止規則」 (太政官布告9号)の11条に
「船中二於テ徒党ヲ謀ル者,船長ヲ却カス者,脱船スル者(雇入期限内二逃亡スル者ヲ云フ)
ハ其事情二心リ百日以内ノ懲役二処ス」と定めて脱船者に対して自由刑をかしている。そ れから明治23年の旧商法(法32号)によれば「海員ハ就役ノ後出船長または其代人ノ許可ヲ 受クルニ非サレハ船舶ヲ離ルコトヲ得ス。海員遁走シタルトキハ地方官庁二依頼シ強制シ
テ復魁首シムルコトヲ得。復役セシムルコトヲ得サル場合軽率テハ其海員ハ既二受取ル可 キニ至リタル給料及ヒ其遺留物ヲ請求スル権利ヲ失フ」(884条)と明示している。従って 脱船者を強制復役させることができるのみならず,もしも,それが不可能なるときは給料 遺失物の請求権を喪失するに至るのである。 つついて明治32年の船員法(法47号)では,
その32条において「海員力頼入期間中脱船シタルトキハ船長ハ遅滞ナク管海官庁二其海員 ノ船員手帳ヲ返換スルコトヲ要ス」としているほかに,注目に値するのは,第6章の罰則 につぎのような諸規定をおいていることであろう。64条では「海員力船長の許可ヲ得スシ テ24時間以上船中二在ラサルトキハ2円以上20円以下ノ罰金二処ス。海員力脱船シタルト キハ1旧以上6月以下ノ重禁鋼二処ス。海員力外国二於テ前2項ノ罪ヲ犯シタルトキハー 等ヲ加フ」と定めている。そのほかに海員が相党与して脱船したるときは,1ケ月以上1 年以下の重禁鋼に処することにしている(72条参照)。 この法律によれば,海員の脱船を外 国と内国に区別して刑罰の量定に差別をおいている点に特色がある。ところが昭和12年の 船員法(法79条)によれば,その59条で「海員力脱船シタルトキハ1年以下ノ懲役二処ス」
としていたが,現行船員法の128条4号では「外国において脱船したとき」1年以下の懲
役に処することにし,外国における海員の脱船のみを刑罰の対象としている。
海員脱船処罰の目的は,既述のように船舶秩序および航海秩序の維持という点にあり,従 って各国ともに海員の脱船を犯罪であり,不法行為であるとみて多様の制裁を加えている ことは納得すべきものがあるが,しかし将来の立法の在り方として,アメリカ的に進むか それともドイツ的方向を維持するか充分検討の余地があろう。
比 較 1 覧表
国 名 処 罰 法 令
ドィ サ船難(桝条)
フ ラ ン ス
デンマーク
ス ペ イ ン
海上労働法(48条)
船員法(62i条,73条)
商船船員の雇用条件に 関する法律(26条の5)
処 罰 内 容
1年以下の禁銅刑(訴追は船主または船長の告訴 をもっておこなう)
イ ギ リ ス
カ ナ ダ
ア メ リ カ
オーストラリア
日
本
給料請求権の喪失(脱船海員により損害が生じた ときは損害賠償請求の訴を提起できる。
減給(最大限七日間の支給額に相当する額)と禁 鋼刑(人命船舶に危険があるとき)
損害賠償の責任
商船法(22條) 騰繋難維鐸憲鞘
海運に関する法律(251
条)』