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船長と船舶の堪航性 中華民国海商法典に寄せて

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船長と船舶の堪航性

中華民国海商法典に寄せて

志  津  田 氏  治

ま え が き

 中華民国海商法典は,通則・船舶。海員。運送契約・船舶衝突・救助・共同海損および        (註)

海上保険の8章に分類されている。全体として日本商法第4編「海商」の体系を模倣して いるが,反面に顕著な相違点もみられる。本稿では船舶の最高指揮者である船長の職務権 限を,船舶の堪航性の問題と関連させながら考察し,若干の問題点を指摘してみたい。

 (註)第3章海員と規定するが,そのなかには船長と船員とを含める点で日本法と異る(鈴木・石井

       ●   ●      ●  ●

   「中華民国海商法」上188頁)。海員に関しては多数の行政法規がみられる(「海員管理暫行規   則」,「船員検定規則」,水先人には「水先人考試条例」等がある)。

   e 船舶の堪航性と船長の検査義務

 船長の船舶発航前における第1の職務は,各海商国の立法で既に認められているところ の船舶検査の任務である。わが国の現行船員法の8条では「船長は船舶が航海に支障ない かどうかその他航海に必要な準備が整っているかないかを検査しなければならない」こと

を明示している。 これと同趣旨のことはロエスレル商法草案のなかにもみられる。すなわ ち「船長ハ航海ヲナス毎二其船舶航海二堪ユルコト礒装乗組員及ヒ糧食充分ナルコト積荷,

配置相当ナルコト併二積荷及ヒ旅客ノ過分ナラサルコトニ配慮スヘシ」 (926条)と規定し ている (とりわけPエスレル商法草案の註釈によれば「本条二掲クル船長ノ義務ハ積荷ト乗員ノ生命

トニ危険ナク航海セシメンカ為メニ必要ナリ蓋シ船舶所有者ハ勿論船長二此責ヲ負ハシムルハ諸国商法 法律皆同……英法二心レハ航海二堪ヘサル船舶ヲ発航スルハ軽罪二属ス」としている。Pエスレル氏起 稿「商法草案」下巻618頁)。船舶の堪航性に関する船長の検査義務を日本の船員法の立;場と 異り,各国の商法典中に明示していることがある。ドイツ商法典513条・パナマ商法典1037 条。オランダ商法典343条。フランス商法典225条などがこれである (但し・fタリアでは特異

(註)

な法体系をとっているために,航行法のを97条に明示する)。各国ともに,その規定する内容は,ほ ゴ同じであるが,とりわけドイツでは 「船長は発航前に船舶の堪航力状態所要の設備及び 臓装所要の乗組員の充実及び必需品の貯蔵の準備ならびに船舶船員及び積荷に関する証拠 のための必要書類の船内備え付けについて注意しなければならない」 (西島博士「独逸商法

」参照) ことを要求している。

 (註)パナマ商法典(1916.Codigo Commercia1)の1037条1こよれば「船長は出航する前にそめ船

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   舶が適当に血忌されていること及び堪航状態にあることを確認しなければならない。また乗組員    が充分から適当に構成されていること,船舶書類が船内にあること及び船荷証券に表示されてい    る積荷が完全に船積されていることを確認しなければならない」ことを明示する。

ところで船舶の発航前における船長の検査事項の具体的な範囲であるが,これについては

       0  ●  ●  ●  0  9  ●  ●  0  ●  ●

「船員法施行規則」 (昭22,生々23)に詳細に列挙している。つまり船体・設備の適合性

(船体,機関及び排水設備,操舵設備,係船設備,揚錨設備,救命設備,無線設備,その他の設備が整 備されていること)積付の状況(積載物の直付けが船舶の安定性をそこなう状況にないこと)吃水の 状況(吃水の状況から判断して船舶の安全性が保たれていること),航海に必要な物品の積込み

(燃料・食料・飲水・医薬品・船用品その他の航海に必要な物品が積み込まれていること),航海に必 要な図誌の整備(水路図誌その他航海に必要な図誌が整備されていること),航海に必要な情報の 収集(気象通報,水路通報その他の航海に必要な情報が収集されており,それらの情報から判断して,

航海に支障がないこと),適当な乗組員の乗船(航海に必要な員数の乗組員が乗り組んでおり,かつ,

それらの乗組員の健康状態が良好であること), その他前各号に掲げるもののほかに,航海を支 障なく成就するために必要な準備が整っているかを検査しなければならない(則2条の2)。

たゴし当該発航の前24時間内に一定事項(則の2条の2の,1号,4号,5号)について発航前の検

      o  ●  O  o

査をしたときは,前述の検査を省略されることがある。なお最大搭載人員をこえて乗船さ せないこと,所定の船舶職員を乗り組ませることについて本条に定めがないが,これらは 当然に船舶安全法なり船舶職員法等の規定により,それぞれ確認すべき事項である(昭38,

4,汁注第48号) ここでいう「発航前」とは,航海の商港毎の出港前を指すのであり,海上 運送法の場合と異る (昭22,11,6海員基89号)。また航海という文字の意義も一様ではなく 法条の趣旨に応じて解釈しなければならない。 ところで今日のように複雑な船舶の検査義 務は,船長自身がこれを行うことができるものではなく,また行うことを要するものでも ない。通常この点に関係のある部下の船舶職員を通じて確認することもできるし,あるい は船級協会の検査員等に依頼して検査を行うこともできる(野村一彦「船員法概説」39頁)。

しかし,この検査の結果,堪航性の判断は船長自身でなすべきものであり,あくまでも船 長の責任でなされる検査でなければならない。従ってロイド検査員の検査をうけたことの        (註)

一事をもって,船長は検査義務違反の責を免れることはできない(竹井教授「海商法」99頁,

山戸教授「船員法」51頁)。

 (註)「現今海運界に在りて,ロイド協会の船体の検査を以て最高権威あるものとするも,其検査が    必ずしも常に完全無欠と断ずるを得ざるべく,尚又暇疵の如何によりては,船員より或種の告知    を受くるに非ぎれば,Pイド検査員と錐も発見し難く為に検査の不完全に終ることなしとせぎる    が故に,ロイド 協会に検査を委ね,之が検査を受けたりとの一事を以て絶対に船長は堪航検査義    務違反の責任を負うことなしと言うを得ざるべし」 (大判,昭6,10,28,小町谷=伊沢商雨意988    頁)

この船舶の検査義務は,まったく公益上の必要により法律の命ずるところであるので,船

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船長と船舶の堪航性 139 舶所有者と船長との間にその義務を軽減免除する特約をしても,その特約は無効である。

蓋し本条の発航前の検査義務は,公法上のものとして船舶所有者の支配関係の外にあり,

      o  o  o

船長自身にかされた義務である。従って発航前船長は,船舶所有者が商法738条の規定にも とづいて(外航船の場合には国際海上物品運送法5条による),傭船者なり荷送人に対して負って いる堪航能力担保義務とは別に船長自体の義務として検査をしなければならない (「船員法 解釈例総覧」66頁)。この検査義務に違反した船長には3千円以下の罰金がかされる (船員法 126条)。現行船員法では,発航前に検査義務を定めているが, さらに不堪航な事実を発見 した場合において,適当な処置をする積極的な義務を負わしめていない。しかし船長は船 舶所有者との関係で,船籍港において,その不堪航の事実を船舶所有者に通知すればよく,

船籍港外においては船長自身が適当な処置をとらなければならない(商法713条)。蓋し船籍港 外では,船長に堪航能力補充のための修繕権があるからである(ロエスレル商法草案でも船舶 の発航に先だちて「船長ハ其船舶ノ景況ヲ精熟シ修繕必要ナリト信スル時ハ之ヲ船舶所有者二心ルノ義 務アリ仮令船長之ヲ告ケテ其所有者修繕ヲ拒ムトキト錐モ船長口出ノ関係者二対シテ責任アリ」とした り,また「航海中二於テ船舶航海二堪ヘサルニ至ルトキハ可及的二二修繕ヲ為スコト船長ノ義務ナリ」

と明示している。前掲書619頁)。

 ところで,船長のこの検査義務については,現実的な面で諸種の問題があることが屡々 指摘されている。とりわけ積荷配置の件であろう。蓋し船長はこの義務があるために二二 を拒否すべきであり,これとは逆に船舶所有者は,運賃を収得するという採算的な面から 過積を希望するのである。しかし船舶所有者と船長との関係は,雇傭関係であり,船舶所 有者に解任権も留保されている (商72條)。そこで船長は船舶所有者の命令を拒むことは,

なかなか容易ではない。従って船員法によるこの義務の履行は無意味に近いこととなろう。

けれども船長がこの義務に違反するときは,公益上重大な影響をあたえるものであるから 刑罰的制裁をうけることがある。ここに船長は法の制裁を覚悟して船舶所有者の命令に従 うか,また法の義務を尽して船舶所有者の命令を拒否すべきか二者択一の関係におかれる のである(塩田環「船員論」96頁)。

 (註)貨物船だけでなく旅客船にもあてはまる。機船第5北川丸沈没事件(昭33,2審7号,昭34.3.26.

  裁決)では「船長一人では定員厳守の維持が困難な運航管理が行なわれていた状勢下にあっても,

  船長が最大塔載入員の約3倍の人員を載せて出航したことを,船舶安全法の定むる最大塔載人員        ●  ●

  を著しく越えた旅客を載せて発航したことの過失と認めた」例がある(海難審判庁裁決例集2巻   346頁)。

以上日本法の在り方について若干考察してきたが,中華民国海商法典ではこれに相当する 明文を置いていない。学説によれば,中華民国海商法典の42条に「船舶の指揮については 船長のみ其責任を負う」 (船舶之指揮僅由船長負其責任)と規定しているために,これを根拠 に船長の船舶に関する堪航能力に関する検査義務を認めようとする見解がある。しかし,

ここでいう船舶の指揮そのものは,船舶運航上の指揮に関するものと解釈すべきであり,

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この条項を基礎に上述の堪航能力検査義務を肯定することは困難であろう。そこで鳥賀陽 博士によれば中華民国海商法典の52条にいう 「船長は船舶所有者を代表して船舶に服務す る人員を雇用し又航海に必要なる契約を締結することを得」 (船長得代表船舶所有人雇用服務 於船舶之人員両得心立航海曲面要之契約船舶在船籍港……) と定めているところがら,船長は航 海に堪ゆるに充分な修繕契約を始めどして,虚誕品・食料品・燃料・底荷等の積込につい て一切の方法を講ずることができるのであるから,その前提として船長の検査義務の存在 を肯定されようとするのである。

       (註)

 (註)鈴木・石井「中華民国海商法」(上)206頁 申華民国海商法においても日本法同様に,人命財   貨の安全維持のために堪航能力検査義務の具体的な明示を必要とされている。鳥賀陽博士「満,

  中両国に於ける船長の法律上の地位に就て」(商法研究4巻)421頁。しかしこの義務は船長の公法   上の義務であるため,企業補助者としての代理権の面に根拠を求めるのは適当ではなく,むしろ   海商法典以外の特別法つまり船舶法G4条参照)等に求めるべきであろう。

つぎに堪航能力検査義務に関連して問題となるのは,書類備付義務の点である。 これは発 航前における船長の職務権限としてきわめて重要な役割をもつものである。各国の海商法 なり船員法でも,ひとしく認められるところである(パナマ商法典1037条・ドイツ商法典513条)。

現行商法のもとでも,船長は属具目録(外国に航行しない船舶の場合はこれを省略することができ る)および運送契約に関する書類を備置くことを要求されている(商法709条)。ところが船員 法の18条では,商法とは別個に一・定書類の具備を要求しているα)船舶国籍証書 (艀および 被曳船については,法令上船舶国籍証書または船籍票が交付されていないので具備する必要はない。員 基74号昭32,3,6)@海員名簿㈲航海日誌ω旅客名簿㈲積荷に関する書類(納税領収証・

輸出入許可証)を備えなければならない。この義務に違反して書類を置かず,または記載すべ き事項を記載せず,あるいは虚偽の記載をなした場合には罰則の制裁がある(船員法126条)。

そこで問題なのは,航海に必要な書類を備置かないことは堪航能力を欠くことになるかど うか,つまりそれを備置くことは堪航能力の構成要素の一つとなるものであるかというこ とである。学説ではこれを肯定するもの,否定するものがみられるが,一般的に船長が法 定書類を具備しないときは不堪航として取り扱われることがあると解されている(東前掲33頁

・大浜「航海堪能力ヲ論ズ」早法倦64頁)。尤もここで称する必要な書類とは,船舶関係法規に        ●  O  O  ●  ●

おいて,その備置を要求されているすべてのものを指すものではない。航海を無事行うに あたり通常必要とされる書類つまり船舶国籍証書,船舶検査証書などを指すものである。

そこで直接船舶の安全な航行と関係のない属具目録,船級証書のような書類は,船舶の堪 航性を判断するに重要な参考書類とはなるが,堪航性の一部をなす必要な書類とはいえな い(同説加藤由博士「海上危険新論」592頁)。

 (註)申国法では商法4条,45条および船舶法7条に船長の書類備付に関する公法上の義務を明示して

  いる。すなわち45条では「船長は船舶上にありては船舶書類のほか積荷に関する各項の書類を備

   え置くことを要す」(船長在船舶上除船舶文書外応備有関於載貨之各項文件)としている。ここで

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船長と船舶の堪航性 141 いう船舶書類とは商法の4条で具体的に明示されている(国籍証書,通行証書,海員名簿,旅客 名簿,属具目録,航海記事録)。船舶法ではそのほかに船舶登記証書,船舶検査証書,船舶凹凹 証書および海員証書の4種を加えている(しかし通行証書が抜けており,国籍証書が船舶国籍証 書に改められている)。

  口 船舶の堪航性と船舶安全法

 船舶堪航性の面で注目を要するのは,船舶の航行条件としての構造設備である。わが国 では船舶および船舶に託された多数の人命財貨の安全とを保持するために,「船舶安全法」

(1960年の海上における人命の安全のためめ国際条約の改正に対応して,昭和38年法律16号で改正され ている)が制定されている。日本船舶は,総曲面5トン未満の船舶・櫓罹をもって運転する 舟,その他主務大臣のとくに定める船舶を除くのほか,船体・機関。帆装・排水設備・操 舵設備。居住衛生設備などにつき命令の定めるところにより堪航性を保持し,かつ,人命 の安全を保持するに必要な設備をなさなければ航行の用に供しえない (船舶安全1条・2条同 施規9条一12条)。同様にアメリカ法(46uSC658)・イギリス法(M.S.A.§457)でも,不堪航の 状態で船舶を出航させるときは軽罪とされている。そこで,まず船舶一般の設備および属 具等の諸点について詳細な規整を試みるものとして「船舶設備規程」(昭9逓令6号)を始め

多数の技術規程(「船舶区画規程」・「船舶防火構造規程」・「船舶機関規則」・「木船構造規則」)がみら

れる。かかる諸技術規程は,船舶の堪航性判断のうえに重要な役割を果していることはい うまでもない。小町谷博士によれば「船舶が設備規程に定むる設備を鉄いた場合には,程 度の差はあるが堪航性に下多があると云うべきである。」(「海商法要i義」中巻2・1009頁)とミれて

いる,そのほかに直接船舶の堪航性と関係のある規程に「船舶満載吃水線規程」(昭9逓令7号)

がある。この規程は,過重な積荷による船舶の危険防止のために,一定トン数以上の船舶

(遠洋区域または近海区域を航行する総トン数150トン以上の船舶または沿海区域を航行する総トン数 150トン以上の船舶)で国際航海に従事するものは,原則として満載吃水線の標示を要求・して いるのである (中国法では「船舶載網船法」が民国20年に制定されている)。また遠洋区域,近海 区域を航行する総トンi数1600トン以上の船舶,遠洋区:域,近海区域を航行する旅客船,

(12入を越える旅客定員を有する船舶),総トン数1〔10トン以上の漁船,その他の旅客船または 総トン数300トン以上の船舶で,国際航海に従肥するものは,電波法による無線電信を施 設することを要求されている (中国法では無線確台条例があり,旅客船舶・1600トン以上の貨物船 には無線電信の装丁をおくことを要求している)。そのほかに船舶の安全を確保するために,個々 の船舶について,その性能の最大限度を明かにしておき,その限度をこえて船舶を使用し ないことにしている。そこで航行区域を4種に定めたり, (中国法では、「船舶検査章程」があ って,その36条で遠洋航路・近海航路・沿海航路・内河航路に分類している)船舶に搭載すべき旅 客・船員等の員数の最大限度すなわち最大搭載人員を規整したり,(「船舶検査章程」40条)

また汽罐の爆発を防止するために7その使用圧力の最大限魔つまり制限汽圧を定珍ている9

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(「船舶検査章程」5條)。しかし, 船舶の航行の安全をはかるために船舶の構造なり設備の 在り方について完全であるだけでは足りない。そこで船舶について管海官庁 (中国では交 通部航政局)の検査を要するものとしている(「検査章程」4条)。また七海官庁の監督権を補 充するために,船舶乗組員の不服申立制度もおいている。

      (註)

 (註)中国の船舶法14条によれば,船舶安全法11条に相当するような規定を置いている。すなわち「

  船長が船体の不堪航又は属具の不備其他の事由に因り航行上の危険又は障凝を生し易きものある    ことを発見したるときは所在港又は発見後最初の到達港を主管する航政官署に検査の施行を申請   することを要す。」また15条では「船舶所有者検査の結果に対し不服あるときは事由を開叙して交   通部の特派検査員に再検査の施行を申請することを得再検査の決定以前に於ては船舶の原状を変   更することを得ず。」と明示されている(鈴木・田中「前掲書315頁)。ドイツ船員法でも,「海員   は口頭又は書面で船舶が航海に不適格であること,その安全設備が規則に従った状態にないこと   又は食料貯蔵が不十分若しくは腐敗していることについて船員局に異議を申し立てることができ    る」 (113条)。同様のことはデンマーク船員法59条にもあらわれている(乗組員が過半数で現に   行わんとする航海につきその船舶の堪航性に関する不服を申し立てたときは,船長は海商=船舶   の検査=法に定める規則に従った監督検査を受けるようにしなければならない。この規則に従っ    た監督検査を受ける便宜が得られない外国の港においては,船長は検査員の任命をその他の関係   当局に依頼しなければならない。機関長又は首席航海士が自己の監督下にある船舶の部分,属具   または従物について不服の申立をなしたときも同様である。検査の後に不服の申立が根拠のない    ものであったことが明らかにされたときは,不服を申立た者は,5Q条2項の規定に従って,その   費用および損害を賠償しなければならない。」

   国 船舶共同体と船長の権限

「船舶共同体」とは,船員その他船内にある者が海上労働の特殊性ないしは船舶の公共性 に対応して・必然的に構成しなければならない一種の有機的な団体をいう。 ここでいう海 上労働の特殊性というのは,海上労働そのものが,絶えず沈没衝突等の海上危険にさらさ れていること(海上の危険性),また海上労働の提供の場である職場が陸地より離れて孤立

していること(海上の孤立性),また海上労働者は船舶に乗組むことによって職務に従事中

であると否とを問わず共同生活体を形成するものであること(海上の生活共同性)などの特

異性を指すものである。そのことは,まさに石井教授のいわれる海上労働の帯びる「海の

色彩」とも表現することができよう(石井「海商法」6頁以下)。また船舶の公共性とは,西島

博士が指摘されるように,船舶が人の生命または財産などの社会的価値物を収容するため

に,その損失によってあたえる影響は社会的に国家的に大であることを指摘しているもの

に外ならない(西島博士「船荷証券論」239頁)。そこで諸国の船員法は,この点を考慮:して陸

上の労働法とは異なった規整態度をとっている。 とりわけ注目に値いするのは,船舶共同

体の安全確保つまり堪航性の保障という公共的要請が,強く前面に押し出され,それが海

上労働の保護に対する大きな制約となっていることであろう。ここに争議行為の制限禁止

(7)

船長と船舶の堪航性      143 条項をみるほかに,船長の公法上の船舶権力 (Schiffsgewalt)のもとに,船内秩序を維持

       ●  ●  o  ●

することが必要となってくる。本節は船舶の堪航性保障の面から,船長の指揮命令権と争 議行為制限の問題を考察してみよう。

 (註)船舶共同体は,航海危険団体 (海上共同危険団体Seegefahrgemeinschaft)ともいわれる。

  船舶なり積荷に対する各利害関係人が海上航海により結びつけらるる集団である。ヴュステンド   エルフェルも海商法の本質的な特色として,船舶の孤立性・海上における特殊な危険共同の状態   を指摘している (Wustend6rfer,Neuzeitliches Seehandelsrecht,1950.ss.18.19)。船舶共同   体の観念は,海上労働の特異性を論ずるに実益があるだけではなく,海事私法的には,共同海損   制度を理解するうえにも大いに実益のあるところである(詳細は井上茂「海損精算論」28頁)。

(1)船長の指揮命令権

 船長は航海に関する最高の指揮者として,従って最大の責任者として必然的に船内の統一 をはかる統制権限を有する。そこで現行船員法では,船長に船内にある者を職権行使に服 従させ,船内の紀律を推待するに必要な船舶権力があたえられている。この意味から「船 長は特定船舶の航海指揮者である」 と定義づけられるのが一般的である(オーストラリア法       (註)

の6条では,船長とは船舶の指揮または責任をとるものをいう。カナダ法1条も同様である。アメリカ連 邦法典でも船長は,合衆国市民が所有する船舶の指揮権を有する者とされている)。そこで船長は,

海員を指揮監督し,且つ船内にある者に対して,自己の職務を行うに必要な命令をなすこ とができる(日船7条)。では職務を行うに必要な命令とは,船員が正当の理由がなく拒絶 したときは,船長に乗船強制権をあたえたり,また船員が正当の理由なくして離船しなか ったときは下船強制権を有する (デンマーク船員法60)。そのほかに船長は最高責任者である ので,いやしくも船内で海員旅客の生命身体積荷その他の財産に対して危険を及ぼす虞れ があるときは,自己の責任でこれを排除しなければならない(デンマーク船員法60条)。また 船長は,海員が凶器爆発または劇薬その他の危険物を所持するときは,行政的財産処分と

して,その物について保管放棄その他の処置をすることができる(ドイツ船員法111条3項 日 本船員法25条)。海員が船内にある者の生命身体船舶に危害を及ぼそうとするときは,その 者を必要な期間拘束することもできる(ドイツ船員法106条3項日本船員法26条)。なお船長は海 員その他船内にある者の行為が,人命船舶に危険を及ぼしたようなときは,行政庁の公権 力の援助を請求し,その命令を撤回する権限があたえられている (カナダ法249条日本船員法

29条)。

 このように船長は,船内秩序を推持するために指揮命令権がある。、しかし海員がこの紀

律に従わないときは船長の船舶権力は阻止されてしまう。そこで船長としては紀律違反の

海員を威嚇し,これを強制する何等かの方法をもたなければならない。そこで現行船員法

は船長に懲戒権をあたえている (日本船員法22条,懲戒には上陸禁止と戒告の2種がある。ドイツ

船員法115条以下)。 とりわけデンマーク船員法では, 事件毎に船長が任命する懲戒委員会

 (議長とレての船長および4名の委員で構成する)を潭き,そζで不当な行為をレた海員を懲戒

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することにしている(64条)。

 (註)イタリー航行法では「船舶の運航および航海の指揮権は船長に一任するものとする」(259条)。

   ド・fツ船員法106条,デンマ・一ク船員法44条,オランダ商法典341条,パナマ商法典1021条参照。

  中華民国海商法典の42条によれば,「船舶の指揮については船長のみ責任を負う」(船舶之指揮僅   由船長其責任)ものと定め,船長の責任の面から船長の船舶指揮者(Schiffsfuhrer)である旨   を明示している。また43条では「船長は航海中に於て船上の治安を維持するために緊急の処分を   なすことを得」(船長遡航海中為維持船上治安三楽緊急処分)としているが,この治安処分とは危   険物の保管放棄,身体の拘束その他の強制手段をいう6この中に懲戒権が含まれているか否か疑   問であるが,有力説はこれを肯定している(鈴木・石井前掲書208頁)。

(2)争議行為の制限

 争議行為は労働者に認められた労働基本権の一つであり,労働者としての船員も当然に この権利を有するものである。船員の争議行為は無制限に是認されるものではなく,船舶 それ自体のもつ特殊性より一定の制限をうけている。すなわち現行船員法の30条では,船 員の労働関係における争議行為は,船舶が内国の港にあるとき,(このときにも保安上何等か の処置をして総下船するか,保安を担当する必要入員を残して下船することを要する) またはその 争議行為により人命もしくは船舶に危険が及ばない限り,これを認めている。 このことは一 労働関係調整法36条の 「工場事業場における安全保持の施設の正常な維持または運航を停 廃し又はこれを妨げる行為は,争議行為としてでもこれをなすことはできない」という趣 旨を海上労働に適合させたものである (詳細は小林茂勝「新船員法解説」38頁また山戸教授によ れば,船員法30条は,労調法3条の特別法的地位を占めるものであるから,労調法適用の余地がない

とされる。前掲書77頁)。西島博士によれば,この点に着目して以下のような特筆すべき見解 を発表されている。すなわち「航海中の船員ストライキは,.堪航性の人的要件を欠く。堪 航性は公共の福祉のためにということは多くいうまでもない。一海上労働法則は船員法のみ に求めるべきでないことを反省したいと思う」(西島「海商法」67頁) といわれている。と ころで,ここでいう争議行為とは,労働関係調整法7条の,いわゆる争議行為であって,

      o   o   ●   ・

それは労働関係の当事者つまり船員の団体なり船舶所有者がその主張を貫徹するために行 う行為およびこれに対抗する行為であって,業務の正常な運営を阻害する行為をいう。そ の態様は船員がおこなうものとして,同盟罷業および怠業を主とするが,ボイコット。ピ ケテング・生産管理なども考えることができよう。また船主がおこなうものとしては作業 所閉鎖がある。他方中華民国海商法典では,船員の争議行為に関する条項はみあたらない。

た団間接的に関係があると思われるものは,その57条で「船長は職務に関し上級船員およ び船長の命令に服従することを要す。船員は許可をえるに非ざれば離船することを得ず」

(船員書痙其職務応服従其上級船員及船長の命令船員非経許可不得離船) というのがあるだけであ

る。この点でめを惹くのは,カナダ法の態度であろう。すなわちカナダ法によれば「海員

はその乗り組んでいる船舶が従事している航海のカナダ内の終着港において,港長または

(9)

船長と船舶の堪航性 145 港長を利用できないときは,当該船舶の船長が満足する程度に,当該船舶および積荷の安 全を確保した後に,適法な罷業に参加した場合にのみこの規定による罪(脱船・乗船拒否・

無断不在)を問われないものとされている(251条2項)。ところで問題なのは,現行船員法の もとでは,争議行為の制限条項が紀律のなかに位置づけされていることである。山戸教授       o  ㊤

によれば「労働争議に関する制限条項を,船員法中の紀律に関する熱中に規定することは 直島与して職務に服しないという字句をもって海員の具体的行動たる争議行為を表現した

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旧船員法時代の観念をそのまま惰性的に保存しているとしか見られない」 (前掲書78頁)と して,その立法的批判を試みられている。

 (註)日本では争議行為に関する船員法の規整としては,「西洋形商船海員雇入雇止規則」(明12・太   政官布告9号)がある。これによれば,その11条で「船中二於テ徒党ヲ謀ル者ハ…………其事情    二型リ百日以内ノ懲役抑々ス。若シ船体船具ヲ殿傷シスハ載貨ヲ私用スル者ハ其実価ヲ中潮シム   ルノ外本条二依テ其罪ヲ科スヘシ」と定めている。また明治32年の船員法(法47号)では,その   72条で「海員力相党与シテ左ノ行為ヲ為シタルトキハ各号ノ区別二依リテ処断シ首魁ハ1等ヲ加    フ。(1職務二服セス又ハ上長ノ命令二服従セサルトキハ11日以上6月以下ノ重禁鋼二処ス」と定   めている。松波博士はストライキを2名以上の海員が共謀して仕事をさせないことであるから,

   この条項はストライキに関する規定であるとしている。博士は,この条項を「徒党反抗罪」の規   定であるとしている(同博士「海員ストライキ論」29頁)。当時小町谷博士も「海員が同盟罷工の   ために黒船したるときは脱船と解する外はない。)(海商法要義上巻234頁)として同盟罷業を有罪   視されていたようである。ところが,その後昭和12年の船員法(法79号)では,その60条でよう   やく船員の労働争議に関する明文を置くに至っている。しかも旧船員法では,このような争議行   為をしたときには,懲役または罰金をかする旨を規定したが,ところが現行船員法では何等の刑

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  罰的規定を置いていない。従って海員は,30条に違反した争議行為の制限条項に違反しても,船   員法上,何等の制裁をうけないのである(尤も争議行為自体は正当であっても,その間になされ   た個々の行為が違法行為であるときは,その行為について民事上または刑事上の責任が生ずるこ    とはある。別所成紀「船員法の研究」67条)。

ところで,まず第一に船舶が外国の港にあるときは,事情の如何を問わず一切争議行為を 禁止されている。 これは船舶所有者または船員のいずれが行う争議行為についても禁止さ れている。その根拠として,外国港では争議行為に対するあっ旋・調停・仲裁等の調整措 置が事実上不可能であること(外国では船会社の代理店がないことにもよる)。そのために長期 間の碇泊による旅客荷主の損害が生じ易いこと, あるいは国際的影響なり国家の信用を考 慮しているからであるとする。つぎに人命若しくは船舶に危険の及ぶような争議行為もこ れを禁止している。これにあたるものとしては,船舶が航行中にストライキをやって船舶

         (註)

の正常な運航を阻害したり,また碇泊中でも保安要員を残さないで総下船ストライキをや ることがあげられる。ここに船舶共同体の安全という至上命題のために,海上労働の基本権 が制約されている一事例をみるのである。従って以上を綜合して考察してくると,海上の 争議行為は,結局内国の港に碇泊中であって,保安上の何等かの処置をして総下船するか,

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(10)

または保安を担当する必要人員を残して下船するかの何れかでなければ正当な争議行為は できないものと解する。本条違反には罰則はないが,民事刑事上の責任は免れず,また船 員法7条の処罰を受ける可能性もでてくる。

 (註)「その争議行為により人命若しくは船舶に危険が及ぶ」か否かの判定は誰れであるか。これに    は船長がなすべきであるとする説(船員法全書12頁),争議権者である船員全体にあるとする説    (野村前掲書52頁),あるいは船長を含めた船員全体がなすべきであるとする考え方があるが(山   戸前一書8頂),船員法7条の趣旨からも,船舶運航上の最高責任者である船長が判定することが   最も妥当なものであると思う(昭25・5・9員基5了号)。

   四 船舶の修繕と船長の権限

 船長は船主のためにする代理権を有し,その代理権の範囲は法律により一定している

(商713条・717条)。しかし船長がこの法律上代理権を有するに至った権陽は,船主の選任契約 による代理権授与にもとつくものであるから (選任行為の性質については,鳥賀陽「船長の法律 上の地位」論叢4巻参照)委任代理人であって法定代理人ではない。船長の代理権限の定め 方については,三つの立法主義がある。 フランス主義では船主または其代理人の所在地を 限界として,其所在地内では船長はとくに船主の授権を要するものとされ (半商232条)・

イギリス主義は船主または代理人との通信連絡可能の地を標準とし,その地以外では原則 として通常の船舶利用事項(船舶必需品の買入,緊急の冒険貸借等)について船長の代理権限の 定め(Carver,Maclachlan),ドイツ主義は船舶の本拠港の内外により船長の代理権限の 範囲を定めている (独商526条・527条)。ところで現行商法713条は・取引および法律の安全 を期待して最も簡明なドイツ主義にならっている。すなわち船長は・船籍港外においては 特定の船舶について,その特定の航海つまり船籍港を出て・そこに復帰するまでの航海に おいて(ある港から,ある港に至る特定の運送航海ではない。大判・明45・2・17・民録18輯21D必要な 裁判上または裁判外の権限を有する(商713条)。ここでいう「船籍港」は船舶法でいう寧寧 港(Registerhafen)ではなく,本拠港(Heimathafen)つまり船舶が平常発航し帰航す

ゆ      り  む   

る航海の起点としている港である(小町谷「要義」上184頁)。この点に関連してめを惹くの は,中華民国海商法典の52条である。すなわち同条では船籍港のほかに嘩蓉準という用語 を使用し,船長の代理権の範囲を画しているが,その当否については疑問が提起されている

(鈴木・石井前掲書232頁〉。そこで問題なのは・航海に必要な裁判外の行為について考える場合 に,そのなかに堪航能力を補充するための船舶修繕をなしうる権限が含まれているか否か である。判例によれば「船舶の堪航能力は,固より航海に必須の要件なれば・船舶が破損 して堪航能力の鉄損した場合これを補充するために修繕を施すことは航海に必要なる行為 なりと謂わさ るべからず」(大判明45・2・17・民録18輯201頁) として,船長の法定権限内の行 為であることを明示している。蓋し現行商法の715条が,船長に信用行為の代理権をあた        (註)

えていることを考慮すれば愈々船長に船籍港外において船舶修繕の権限があるζとが明ら

(11)

長船と船舶の堪航性 147 かとなる。小町谷博士によれば「第568条(現行商法715条)は船舶の=堪航能力を維持して直接 には船舶所有者の利益を図り間接には一国の海運を助長せんとするものである」という見 解を表明されている(要義上巻189頁)。 ドイツ商法でも「船舶が船籍港外にあるときは,

船長はその任命により,船舶所有者に代わって,船舶の礒装,海員の雇入,必需品の貯蔵,

および船舶保存行為その他特にその航海を行うことに当然に伴うところの一切の法律行為 および法的行為を第三者との間になすことができる」(527条)として修繕契約を結ぶこと が可能であることを明らかにしている。フランス商法も同様これを明確にしている(232条)。

 (註)申国法では,海商法典52条において「船長は船舶所有者を代表して船舶に服務する入域を雇用    し又航海に必要なる契約を締結することを得。船舶が船籍港又は礒臨港に在りては船舶所有者又   は其代理入も亦該港にある場合には船長は其同意を得るに非されば前項の行為を為すことを得ず   」(船長得代表面舶所有人雇用服務於船舶仙人員並得訂二二海鼠必要之契約船舶在船籍港或在礒装   港而船舶所有二二二代理人三三二二時船長三三二二意不得為前項行為)と定めている。船舶が船   籍港にないときの船長の権限は大体同じであるが,ただ日本法と異り,裁判上の代理権が認めら   れていないこと,また船員(日本法では海員に相当する)の雇入すらも,船舶所有者の同意を要   求されている点を注目すべきであろう。

 つぎに船長は,船籍港外において船舶が修繕不能に陥ったときは,管海官庁の認可を受 けて,これを競売することができる(商717条)。この修繕不能には,事実上の不能と経済的 不能とがある。事実上の不能とは,物理的な修繕不能の場合であり, これには現在地修繕

      ●  o  o  o  ● 不能と修繕地回港不能の場合がある(船長が修繕資金を調達することが不能の場合にもこれに含ま

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れるものと解されている。小町谷前掲謝96頁)。それから経済的修繕不能とは,船舶の価額の4 分の3を修繕費が超ゆる場合である(商718条)。この場合の船舶価額の算定については,船舶 が航海中殿損した場合には,その発航の時の価額とし(発航とは必ずしも始発港の発航をいわ ないで,各寄港の発航をも意味する。竹井前掲謝79頁),その他の場合には,その二二前に有し ていた価額とされている(商718条)。また修繕費とは,修繕のため客観的に必要であると認 められる直接および間接の費用である(大阪控判大5・4・9新聞1462号23頁)。ところで船舶の修 繕不能ということは,上述のように船長の船舶売却権の発生原因となるだけではなく,そ のほかに海員雇入契約および運送契約の終了原因となり,また保険委付の原因となるので 海商法上重要な観念である(商法833条1項3号船員法39条1項2号)。船舶が,その固有の目的 に使用できなくなった場合が修繕不能であるために,その船舶の使用に堪えることを前提 とした諸種の法律関係は,これにより当然影響を受けるのである。 問題となるのは,

船舶不堪航と船舶の修繕不能との関係である。西島博士によれば「船舶の不堪航性は即ち

O  O  ●  ●  ●     O  ●  0  0  0  0  0

もはや船舶としての性能を持たないことの意味を持つものである」とされ,修繕不能を不 堪航と同一視され,とりわけ修繕するに要する費用が,修繕前の価額の4分の3を超える 場合は,船舶の不堪航を宣言する」ものと解されている(独逸商法皿・外国法典叢書7頁)。し かし修繕不能というときは,自力でもって航海することのできない航海不能の意味であり,

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(12)

未だ航行能力を喪失していない船舶の不堪航とは区別すべき観念である。

 ところで中華民国海商法典の53条で,日本商法717条と同じような定めをしている。すな わち「船舶が第48条第1項に掲ぐる官署 (中国にありては該目的港又は碇泊港の主管官署・外国 にありては中国の領事官署)より航海に堪えずとの証明を経るに非されば船長は船舶所有者の 特別の委託を受けずしてこれを売却することを得ず。但契約に別段の定あるときはこの限り

にあらず。前項の規定に違反して売却したるときは其売却は無効とす。若し損害あらばあわ せて賠償することを要す」る旨を明示している(船舶非経第48条第1項藁蓑官署証明画引堪航偉 者船長非受船舶所有人之特別委託不誌面身心但契約人払訂者不在此限違反前項規定為比売知蘭引売無効 如有損害並塩賠償)。この制度が認められた根拠としては,石井教授が指摘されるように,航

海継続不可能の船舶つまり利用できない船舶 (価値)を利用できる資本に還元することを 合理的であるとする思想に由来するものとされている (前掲書182頁)。各海商国家は大同小 異ながら,この制度を承認しているが,とりわけドイツ商法530条,オランダ商法362条は 急迫の必要がある場合と規定し,イギリス法では判例上,航海遂行の不可能という消極要

●  ●  o  ●  o

件と,直に船舶を処分すべき緊急の必要という積極的要件を要求している(Maclachlan,

P.118)。

 (註)中華民国海商法典の規整態度も, 日本法と同じであるが,なお若輩の差異がある。1つは,日   本法では修繕不能を要求しており,この修繕不能の定義が明白であるが,中国法では航海に堪え

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   ぎることを要求していることである。 2つは中国法では海事宮署の証明のない売却(ドイツでは   裁判所の確定とする)は無効と明示されているが,日本法ではこのような明文がない。

さらに日本商法によれば,715条において船長は船舶の修繕費,救助料その他航海を継続

       ●  ■  ●      ●  ●  ●  ●  ●

するに必要な費用を支弁するためには,船舶を抵当に入れたり,借財をなしたり,積荷の

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売却質入の処分ができることを明示している。 この点中華民国海商法典の54条にも同様の ことを定めている。これは現在金銭調達の必要のある場合に限られ,その所要の金額の範 囲内であることは多言を要しない (詳細は鳥賀陽「満中両国に於ける船長の法律上の地位に重て」

商法研究4巻415頁)。この種の規定はフランス商法234条, ドイツ商法528条等にみられると ころである。 フランスでは,乗組員の署名のある調書で確認をしたうえ,内国では商事裁 判所から認可を受け,外国では領事から,これがないときは其の地の官憲(地方長官)によ

りて認可を受ける手続を強要している。

 (註)中華民国海商法典54条「船長は船舶の修理費,救助費その他航海の継続に必要な費用の支出の

   ためにする場合を除き,次の行為をしてはならない。1,船舶を抵当に付すること。2,金銭を

   借り入れること。3,積荷の全部又は1部を売却し又は質入すること。船長が積荷を売却し又は

   質入した場合における損害賠償額は,積荷が目的地に到着したときに付され得る価格によって定

   められるものとする。ただし売却又は質入によって節約ができた費用は,控除されなければなら

   ない。

(13)

船長と船舶の堪航性 149

む す び

 以上のように中華民国海商法典との比較において,船舶の堪航性を中心とする船長の職

務権限を考究してきたが,多方面にわたって長短があることが発見された。 ことに船長の

船内紀律に関する命令権の規定が不備であることを始め,船長の堪航能力検査義務の規定

が,日本法のように置かれていないことは,今後の問題として考えられるべきであろう。

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