はじめに
福岡・東アジア・地域共生研究所は、福岡都市圏 を中心とした地域をフィールドに、様々な課題を解 決していくための調査研究ならびに実践活動に取り 組んでいる。
今回は本研究所の柱となる「文化資源」「防災教 育」「男女共同参画」「地域医療ネットワーク」の4 つのテーマを中心に、研究および実践活動について 近況を簡潔に紹介したい。
Ⅰ.文化資源
本テーマでは、行政や地域住民と連携して地域の 文化資源の調査および保存・活用に関する様々な研 究プロジェクトに取り組んでいる。これまでに「北 部九州の宗教民俗学調査事業」や「宮崎滔天関連事 業」、「別府校区記憶プロジェクト」などを実施して きた。
「別府校区記憶プロジェクト」は平成23年度から 開始し、校区住民と協力して地域の記憶(写真・証 言・資料等)の収集・保存に取り組み、その成果と して平成26年度に『別府公民館創立50周年記念誌』
を発行した。その後も別府公民館を拠点として継続 して写真や証言資料の収集をおこなっており、現在 は約160点の写真をデジタル化してデータベースを 作成している。
この「別府校区記憶プロジェクト」をモデルとし て、()荒尾市との連携事業「三池炭鉱の記憶プ ロジェクト」、()「日の里団地の記憶プロジェク ト」が立ち上がり、それぞれの取り組みへと発展し ている。
()は、平成27~29年度に実施し、戦後から現 代までの三池炭鉱に関する写真及び資料のデジタル 保存(熊本県荒尾市からの受託研究「三池炭鉱の記 憶の収集・保存・活用に関する実践的研究」)や、
三池炭鉱の元従業員と家族の方への聞き取り調査
(受託研究「三池炭鉱の元炭鉱労働者等の証言の記 録と継承に関する調査研究事業」)をおこなったも のである。このプロジェクトにより、三池炭鉱での 労働と生活に関する写真(現像写真572点、ネガフィ ルム約6,000コマ)や証言(延べ78名分)を収集し、
蓄積している。現在はこれらの歴史資源を活用した まちづくりや人材育成の実践および検証に向けて準 備を進めている。
()「日の里団地の記憶プロジェクト」は、ココ カラ運営協議会との連携で進めている。平成29年度 には、コミュニティセンターに保存されていた日の 里団地の写真・資料等の収集・保存に取り組み、一 部は企画展「日の里団地の記憶展1966~2017」等で 地域住民に公開をおこなった。現在は地域住民の有 志とともに「日の里団地記憶プロジェクト実行委員 会」を立ち上げ、団地住民への聞き取りや写真の収 集・保存を進めており、平成33年度に事業成果をま とめた書籍を出版する予定である。
Ⅱ.防災教育
本テーマでは、地域の防災力の向上のための調査 研究ならびに実践活動に取り組んでいる。
主に、()「防災士養成研修プログラム」の実施、
()被災各地の実態調査を進めている。()は、
平成23年度から継続して実施しており、本学学生だ けではなく地域住民も受講し、地域の防災リーダー の養成の場となっている。()では東日本大震災 や熊本地震、九州北部豪雨の被災地等の調査研究に 取り組んだ。また、地区防災計画学会等との共催に て、熊本地震、九州北部豪雨についてのシンポジウ ムを開催し、多様な分野の専門家とともに地域防災 の在り方について検討を進めた。
― ―32 研究機関研究所近況
基盤研究機関 福岡・東アジア・地域共生研究所
福岡・東アジア・地域共生研究所の研究状況
福岡・東アジア・地域共生研究所長 人文学部教授 星 乃 治 彦
Ⅲ.男女共同参画
本テーマでは、社会の様々な次元における男女共 同参画やジェンダーの課題の分析をおこなうととも に、地域において男女共同参画を推進するための調 査研究ならびに実践活動に取り組んでいる。主に、
()福岡都市圏における事例調査、()女性防災 リーダー育成プログラムの開発を進めている。
()は、平成27年度から28年度にかけて、NPO 法人ジェンダー平等福岡市民の会と連携して地域に おける男女共同参画をめぐる諸問題と地域において 男女共同参画を推進する方策について検討を進める とともに、福岡都市圏における事例調査・取材等に 取り組んだ。これらの成果として、地域の自治会や 公民館等での研修で活用できる男女共同参画の教材 DVDを制作し、福岡市内の各区役所や公民館等に配 布した。
また、NPO法人ジェンダー平等福岡市民の会と共 同で地域における女性防災リーダー育成を目的とし た研修プログラムの開発・実施(平成29、30年度福 岡県委託事業「女性のための災害対応力向上講座~
避難所の運営に女性の視点を生かす~」)に取り組 んだ。今後は防災教育分野と連携しながら、女性防 災リーダー育成プログラムの開発を進めていく予定 である。
その他、福岡市堤地区自治協議会の男女共同参画 部との連携のもと、堤地区をフィールドとした男女 共同参画まちづくりの実践モデルの構築に取り組ん でいる。男女共同参画の視点からまちづくりにつな がる事業の企画化や住民の啓発を目的とした研修会 やシンポジウムを開催している。
Ⅳ.地域医療連携
本テーマでは、地域完結型の医療・保健・福祉の ネットワーク形成に取り組んでいる。超高齢社会に 対応した地域包括ケアシステムの実践モデルの構築 に向けて、文献調査や事例調査等を進めている。ま た、これから迎える多死社会に向けて、死や看取り に対応できる地域人材の育成とネットワークづくり を目的として、人材育成プログラム(「死と看取り を考える~超高齢・多死社会を生きる私たちに必要 なこと~」および「生の看護り、死の看取り」)の 開発と実施をおこなった。同プログラムは、福岡都
市圏における医療(医学・看護学)分野のみでなく、
人文科学(文化人類学・歴史学・心理学)、臨床宗 教等の多様な分野の専門家の協力のもとで実施した もので、次年度以降も継続して開催していく予定で ある。
おわりに―今後の展望
本研究所は設立から8年が経過し、福岡都市圏を はじめ様々な地域をフィールドに調査研究および実 践をおこなってきた。この間、各研究を担ってくだ さった先生方をはじめとする本学関係者および学外 の方々の熱意とご理解、ご協力により、多分野に亘っ て成果を挙げることができた。
本研究所の4つの柱である「文化資源」「防災教 育」「男女共同参画」「地域医療ネットワーク」それ ぞれで研究および実践活動を進めるなかで、「文化 資源と人材育成」「防災教育と男女共同参画」など 分野を超えた取り組みへと発展をみせる研究も現れ てきた。今後は、個別研究を深めていくとともに、
持続可能な地域コミュニティモデルの構築と提案に 向けて、領域横断的プロジェクトの実施にも取り組 んでいきたい。
― ―33
はじめに
日本医療研究開発機構(AMED)は我が国に於け る医療分野の研究開発司令塔機能を持つ機関として 2017年4月に設立された国立研究開発法人で、従来 厚労省、文科省、経産省などの各省庁が個別に実施 していた医療関連の研究開発を一元化し、研究開発 のスピードを速め、医療分野における研究成果の実 用化を促進する目的で設立された機関で、いわば米 国National Institutes of Health (NIH)の日本版であ る。採択研究は純粋な基礎研究というより研究成果 の実用化に関する課題を解決し、世界初の新規治療 法確立、臨床導入(First in human)を目指すもので 研究期間は比較的短期(23年)であるが、個別 研究経費は文科省科学研究費に比べると高額(年間 12千万円以上)で大型研究費といえる。故に、
AMEDへの採択は研究内容がトップレベルであるこ との証左となる。膵島研究所ではインスリン産生細 胞移植の臨床課題に関する研究に取り組んでいるが 昨年申請した課題が採択され、平成32年度までの3 年間の予定で新しい治療法の研究開発を進めている。
本稿ではその概要を紹介する。
背 景
今回の公募は AMED 再生医療実現化ネットワー クプログラムの中で、技術開発個別課題に関するも ので、具体的にはiPS/ES細胞由来機能細胞の創生、
移植を難病の新規治療法として臨床導入する際に最 も重要な課題である他家拒絶反応について、その免 疫学的見地からの解決法開発が目的となっている。
折しも膵島研究所では糖尿病の根治治療法として膵 島細胞移植の臨床課題解決を目指した研究に取り組 み、その成果として新しい細胞移植法を開発、更に は予備実験でその手法を用いて移植免疫では画期的 な免疫抑制剤を用いない細胞移植部位皮下組織の前
処置のみによる拒絶反応制御法を見出した。この独 創的手法はいわば生物学的免疫隔離と言えるもので 膵島細胞移植のみならず iPS/ES 由来細胞移植に応 用可能で、公募研究内容に合致し、課題名“新しい 皮下脂肪組織内細胞移植法による免疫抑制剤を用い ない拒絶反応制御法に関する研究開発”として応募 し、採択された。本研究は福岡大学(安波)が代表 として、理化学研究所、東北大学を分担として申請 したものである。
申請概要
(技術的問題点)
糖尿病の再生医療として、iPS細胞やES細胞より 創生したインスリン産生細胞を移植に用いる治療法 開発が進められ、欧米では ES 細胞由来インスリン 産生細胞を1型糖尿病レシピエントに移植する臨床 試験(phaseⅠ/Ⅱ)が行われているが、未だ成功例 はない。この課題は細胞移植法ならびに拒絶反応制 御法が確立されていないことに起因している。特に 後者は同種拒絶反応に加え、細胞移植特有の自然免 疫拒絶反応、更には1型糖尿病発症主因である膵β 細胞に対する自己免疫拒絶反応があり、その制御法 として移植細胞を免疫隔離膜に封入し皮下に移植す る治療法開発が行われている。しかしながら細胞生 着率が極めて低いという免疫隔離膜の本質的課題が 解決できず、治療効果が得られていないのが現状で ある。
(解決策)
上記の免疫隔離膜を用いた移植法は小動物実験系
(齧歯類)では効果が得られるが、臨床応用で必要 となる多量の細胞移植に際しては、機能しない。そ の主因は隔離膜内部細胞の生存は隔離膜外からの拡 散によって供給される酸素、栄養に依存しており、
従って隔離膜に近傍した少数細胞は生存できるが、
― ―34 研究機関研究所近況
基盤研究機関 膵島研究所
日本医療研究開発機構( AMED )採択課題について
膵島研究所長 安 波 洋 一
大半の内部細胞はそれらが不足し、死滅する。この 問題の本質は移植細胞への血管新生が隔離膜により 遮断されることに起因している。言い換えれば移植 細胞への血管新生を妨げない免疫隔離膜に替わる免 疫抑制剤を用いない新たな拒絶反応制御法を開発で きれば根本的解決策となる。いわば血液脳関門や胎 盤のような“生物学的免疫隔離法”の開発が必要で ある。
(実施可能性)
申請者は40年以上に渡り、1型糖尿病の根治治療 法として実施されている膵島移植の臨床課題の解決 を目指した研究に従事してきた。特筆すべきは現在 実施されている肝臓内膵島移植に於いて最大の課題 である移植早期拒絶反が肝臓特有の自然免疫拒絶反 応に起因することを明らかにし、その制御法を見出 した(JEM 2005, JCI 2010, AJT 2013, Pancreas 2015)。 最近では肝内移植法より優れた皮下脂肪組織内移植 法を開発した(Transplantation 2018, 特許登録番号 6300287)。この方法では肝内移植で困難であった移 植膵島の画像(CT)モニター、生検、摘出が容易 で、膵島のみならず iPS細胞、ES細胞由来インスリ ン産生細胞に最適な画期的皮下移植法である。
本申請研究では上記移植法を用い、移植部位であ る皮下脂肪組織の移植前処置により免疫抑制剤を用 いない拒絶反応制御法の研究開発を行い、臨床応用 を視野に入れ、その有用性をサル膵島同種移植、さ らにはサル iPS細胞より分化誘導したインスリン産 生細胞の同種拒絶反応に対する新規手法の有用性を 明らかにする。
(再生医療への貢献)
本申請研究は幹細胞を用いた移植医療に必須の研 究課題、すなわち他家細胞移植の拒絶反応制御法に 関する開発研究である。特に免疫抑制剤を用いず細 胞移植部位局所免疫不応答の誘導により拒絶反応の 制御を目指すもので、その部位として皮下脂肪組織 に着目した点に独創性、新規性があり、その妥当性 は予備実験によって明らかになっている。この研究 開発は拒絶反応制御に関し全く新しいコンセプトを 提供するものでいわば被膜を有する皮下脂肪組織を
“移植細胞のコンテイナー”として、局所治療によ り皮下脂肪組織内に限局した局所免疫不応答状態を 作成し、拒絶反応制御をもたらす構想で、モデルと
して1型糖尿病の治療として臨床実施されている膵 島移植の実験系を用いる。膵島移植拒絶反応には同 種、自然免疫ならびに自己免疫拒絶反応があるが、
本申請研究ではすべての他家細胞移植に共通した課 題である同種ならびに移植細胞の生着に影響する自 然免疫拒絶反応を対象にして、その制御法の開発研 究を進める。開発に成功すれば今後多くの難治性疾 患に対する新規治療としての iPS細胞、ES細胞より 創生した機能細胞を用いる再生医療の発展に大きく 貢献できる。
おわりに
今回採択されたAMED申請研究の概要を紹介し た。この研究は先の文科省科学研究費である私立大 学戦略的研究基盤形成支援事業(平成2729年度、
3千5百万円/年)に引き続き、 膵島研究所が獲得 した大型研究費である。膵島研究所は今後も独創性 に富む研究を続け、社会に役立つ成果を発信し、福 岡大学の発展に貢献できるよう研究を推進する所存 である。皆様方の一層のご支援をお願いしたい。
― ―35
はじめに
日本を除く多くの国の心血管疾患ハイリスク患者 のLDL-Cの治療目標値が70mg/dL未満になってい るが、 その値に到達しても避けられないリスクが 75%あるという。残余リスクに対する考え方として、
1)LDL-Cを 70mg/dL未満よりさらに下方に積極 的にさげる、2)低 HDL-C 血症、高 TG 血症、高 Lp(a)血症に対する治療を行う、3) 修正可能な他 のリスク、例えば糖尿病、高血圧、喫煙等に対する ケアの充実等のアプローチがある。
LDL-Cは究極どこまで下げれば良いのだろうか?
最近(2017年)、 米国臨床内分泌学会および米国内 分泌学会が、動脈硬化性心血管疾患の脂質管理のガ イドライン2)を発表したが、low risk, moderate risk, high risk, very high risk, extreme risk と5段階設定を した。ここで、新しく「extreme risk」が登場してき た。これは、LDL-C 70mg/dL未満達成の患者で不安 定狭心症を含め進行性の動脈硬化性心血管疾患が認 められる者、糖尿病、ステージ3または4の慢性腎 臓病、家族性高コレステロール血症患者で心血管疾 患を有するもの、早期動脈硬化性心血管疾患発症患 者(男性55歳未満、女性65歳未満)と定義され、LDL- C、non-HDL-C、apo B はそれぞれ55mg/dL未満、
80mg/dL、70mg/dL未満と治療目標が設定された。
当然、高用量スタチン、または高用量スタチンを ベースにしてエゼチミブを加えるコンビネーション 治療は推奨されるが、最大用量のスタチンで目標が 達成されない場合は、PCSK9(ProproteinConvertase Subtilisin/Kexin type9)阻害薬を検討すべきである
と記載された。
家族性高コレステロール血症(FH)はLDL 受容 体のloss of function (LOF)の遺伝子変異による家 族性常染色体優性遺伝高コレステロール血症(FAD) である。図1に3つの異常によるFHのタイプを示 す。家族性高コレステロール血症の原因としてLDL 受容体の変異、アポBの変異に次いで発見された第 3番目の原因遺伝子がPCSK9である。PCSK9は主
― ―36 研究機関研究所近況
基盤研究機関 心臓・血管研究所
PCSK9 を標的とした冠動脈疾患治療戦略 Part (Ⅰ)
桑野 孝志1、2)、今泉 聡2、3)、野瀬 大補1)、岩田 敦1、2)、 池 周而1、2)、杉原 充1、2)、朔 啓二郎2、4)、三浦 伸一郎1、2)
福岡大学医学部心臓・血管内科学1)、福岡大学基盤研究機関「心臓・血管研究所」2)
福岡大学医学部医学系研究・生命医療倫理部門3)、福岡大学医学部総合医学研究センター4)
Key words:PCSK9、PCSK9血中濃度、PCSK9阻害薬、冠動脈疾患、冠動脈重症度
連絡先 福岡大学基盤研究機関 心臓・血管研究所長 朔 啓二郎
〒8140180 福岡市城南区七隈7丁目451 Tel 0928011011 Fax 0928652692 e-mail: [email protected]
* First three authors equally contributed this work.
** 本研究は福岡大学病院EC/IRB 09-10-02 で承認され た。
*** 本研究の一部は、Heart Vessels. 2018 Jul 5. doi:
10.1007/s00380-018-1218-1.で報告1)された。
図1
に肝臓においてLDL受容体と複合体を形成し、そ の分解を促進する3)。細胞表面のLDL受容体はLDL と結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に入 り、 エンドゾームに運ばれLDLは分解される。一 方、LDL受容体は細胞表面に舞い戻ってリサイクル される。つまり、PCSK9は肝細胞や腸管で産生され LDL 受容体と結合するが、PCSK9が結合したLDL 受容体はリサイクリングされずに分解される。それ
でPCSK9に対する抗体はLDL受容体のリサイクリ
ングを促進するため、LDL-Cを低下するのである。
最近、PCSK9遺伝子のLOFやgain of function(GOF)
が数多く報告されてきた。PCSK9のLOFは LDL 受 容体がリサイクルされ肝細胞表面にキープされるた
め低LDL-C血症と心臓病のリスク低下と関連する。
一方、GOFはその逆である。逆説的に言えば、他の リスクの有無とは関係なしに、LDL-C値が高いこと は心臓病発症に必須と考えることができる。PCSK9の LOFの例を紹介すると、ある32歳のアフリカ系アメ リカ人は、PCSK9の2つのLOFのコンパウンドヘ テロで、LDL-C 14mg/dLだが極めて健康である。別 のアフリカ人でPCSK9のC679X変異のホモ接合体 では、LDL-Cが15mg/dL、その他、49歳フランス人 男性PCSK9 は検出されずLDL-C 16mg/dLと超低値 である症例が報告された。一般にPCSK9のLOFに
よる低LDL-C血症は健康上の障害は生じないとさ
れる。
血中PCSK9蛋白の増加が上述のプロセスに関与
するため、その抗体薬が臨床の場にでてきたのであ る。ちなみに、低用量、高用量スタチン投与によっ て血中PCSK9濃度は上昇する4)。最近、血中PCSK9
濃度はLDL-Cやその他の慣習的なリスクとは関係
なく心血管病の予後・予測因子となりうる報告があ る。しかし、日本人を対象とした血中PCSK9濃度 と冠動脈疾患の関連性を検討した研究はない。今回、
血中PCSK9濃度が冠動脈疾患の存在のマーカーと
しての可能性や冠疾患重症度との関連を観察した。
1.対象と方法
2012年4月から2014年9月の期間において臨床所 見、及び検査所見から冠動脈疾患の存在が疑われ、
冠動脈CTを施行された男女423人のうち急性冠症候
群、冠動脈疾患の既往、高度腎機能不全、欠損デー タを有する症例を除いた連続393人を対象とした。
冠動脈疾患は冠動脈CTで50%を超える狭窄病変の 存在と定義し、重症度は病変枝数とGensini score を 用いて評価した。血中PCSK9濃度についてはELISA 法を用いて計測し、その値の分布から対数変換を 行った。
まず、冠動脈疾患の有無により、患者背景、PCSK9 を含めた各種パラメーターについて比較検討した。
さらに、血中PCSK9濃度に影響を及ぼすスタチン 内服の有無によって群分けし、同様に検証した。冠 動脈疾患の有無との関連性はLog[PCSK9]と各種 パラメーター(年齢、性別、BMI、家族歴、高血圧、
糖尿病、腎機能障害、HDL-C、LDL-C、スタチン治 療)を共変数としてロジスティック回帰分析を全患 者群、スタチン治療有無群、それぞれにおいて分析 した。
2.結 果
患者背景では全体の年齢の中央値は66歳で、男性 が51%、高血圧症が72%、脂質異常が67%、糖尿病 が23%、腎機能障害が31%に認められた。冠動脈疾 患の有無によって分けた場合には、冠動脈疾患を有 する群において年齢と男性の割合が高く、高血圧、
糖尿病、腎機能障害の有病率が高い結果であった。
血中 PCSK9 濃度は冠動脈疾患群で有意に高値を示
し(p=0.004)、またスタチン治療により有意に高値 を示した(p<0.00001)。スタチン治療の有無で検証 した場合には、スタチン未治療群において、血中
PCSK9 濃度は冠動脈疾患群で有意に高値を認めたが
(p=0.0008)、スタチン治療群では有意差はなかった。
重症度に関しては血中 PCSK9 濃度と冠動脈病変数 との関係では、一枝病変と多枝病変の間に有意差は 認められず、Gensini score との間にも有意な関連は なかった。冠動脈疾患のリスクについては、スタチ ン治療の有無に分けて検証した場合、スタチン治療 群では多変量解析でBMIと糖尿病が予測因子となっ たが、スタチン未治療群においては年齢、性別、
HDL-C、LDL-CそしてLog[PCSK9](OR 6.23;95% CI, 2.44-15.9;P<0.0001)が予測因子であった。また、
全患者群においても年齢、性別、糖尿病、HDL-Cそ して log PCSK9(OR 2.65;95%CI, 1.36-5.14;P=0.003)
― ―37
が独立した心疾患の予測因子となった。
3.結 論
冠動脈疾患の存在が疑われ、当院で冠動脈CTを 施行された患者において、血中PCSK9濃度と冠動 脈疾患の有無、および重症度との関連性の検討を
行った1)。血中PCSK9濃度は冠動脈病変の重症度に
対するマーカーとしての意義は否定的であったが、
冠動脈疾患の有無に関しては予測因子となりうる可 能性を示した。
Disclosures:
Keijiro Saku(KS)is a director and Shin-ichiro Miura
(SM)is a member of NPOClinical and Applied Science, Fukuoka, Japan. KS and SM had received a grant from the Public Interest Incorporated Foundation of “Clinical Research Promotion Foundation” in Fukuoka, Japan, and part of the work was transferred to NPO Clinical and Applied Science, Fukuoka, Japan. KS has an Endowed Department of Molecular Cardiovascular Therapeutics at Fukuoka University supported by MSD Co., Ltd. and SM is a member of the Department. SM has an Endowed Department of Community and Emergency Medicine at Fukuoka University supported by Izumi City, Kagoshima, Japan.
参考文献
1)Nose D, Shiga Y, Ueda Y, Idemoto Y, Tashiro K, Suematsu Y, Kuwano T, Kitajima K, Saku K and Miura SI. Association between plasma levels of PCSK9 and the presence of coronary artery disease in Japanese. Heart Vessels 2018.
2)Jellinger PS, Handelsman Y, Rosenblit PD, Bloomgarden ZT, Fonseca VA, Garber AJ, Grunberger G, Guerin CK, Bell DSH, Mechanick JI, Pessah-Pollack R, Wyne K, Smith D, Brinton EA, Fazio S, et al. American Association of Clinical Endocrinologists and American College of Endo- crinology Guidelines for Management of Dyslip- idemia and Prevention of Cardiovascular Disease.
Endocr Pract 2017;23:1-87.
3)Lambert G, Sjouke B, Choque B, Kastelein JJ and
Hovingh GK. The PCSK9 decade. J Lipid Res 2012;53:2515-24.
4)Blom DJ, Hala T, Bolognese M, Lillestol MJ, Toth PD, Burgess L, Ceska R, Roth E, Koren MJ, Ballantyne CM, Monsalvo ML, Tsirtsonis K, Kim JB, Scott R, Wasserman SM, et al. A 52-week placebo-controlled trial of evolocumab in hyper- lipidemia. N Engl J Med 2014;370:1809-19.
― ―38
1.はじめに
本研究所は、中毒学に関する基礎的、臨床的研究 を目的として、2017年に設置された。初年度には、
学会発表14回(国際学会5回、国内学会9回)、論 文発表7編(英文論文5編、和文論文2編)の業績 があった。
薬物分析受託事業は6件であった。この分析受託 事業の薬毒物分析の結果が、委託者の研究発表に繋 がったものもあった。また、受託事業の分析で明ら かになった課題が、研究所の研究課題に繋がったも のもあった。
詳 細 は、薬 毒 物 探 索 解 析 研 究 所 ホーム ページ
(http:/ /www.med.fukuoka-u.ac.jp/forensic/FUTOX/)
および薬毒物探索解析研究所年報2017を参照された い。
本稿では、2018年における本研究所の活動を紹介 する。
2.研究概要
1)薬物スクリーニングのための試料調製に関する 研究
直接加温法(direct-heating headspace solid-phase microextraction methods; DH-SPME)は、分析試料を 直接加温して、気化した気相をGC-MS(/MS)へ導 入して薬毒物スクリーニングを行う、試料の簡便な 前処理方法である。DH-SPME は、尿中に排泄され る薬物が、加熱によって気相に気化するか否か、そ の加熱温度、時間の検討が、スクリーニングの成否 を左右する。そこで、DH-SPME に応用できる薬物 とその加温条件を明らかにした[1]。
また、抽出法の開発によって得られた成果につい ては、実際の中毒症例への実証に取り組んでおり、
必要な改良にも取り組んでいる。開発した抽出法を 改良することによって、分析困難なテトロドトキシ
ン(TTX)[3]や新規薬物ベルソムラ(スボレキサ ント)の分析[4]において良好な結果が得られた。
2)死因、病態究明を目的としたバイオマーカー探 索に関する研究
尿毒症物質の一種である p-cresol に関する研究に も引き続き取り組んできた結果、絶食、便秘、腫瘍、
イレウスによる腸の通過障害や、頭部外傷などによ る腸運動の低下は、腸内細菌の p-cresol産生を促進 しうること、肝臓癌や肝硬変などの肝機能障害が
p-cresolの代謝を阻害すること、腎動脈硬化症、腎
小動脈硬化症、腎臓癌等の腎機能障害が排泄を遅ら せることが明らかとなった。また、C p-cresol増加 と心血管障害との関連が示唆された[8]。また、本研 究から派生した p-cresolの臓器分布に関する研究は、
世界でも稀な研究である[9]。
3)アルコールに代わる飲酒マーカー探索に関する 研究
2018年9月には、呼気検査で飲酒運転とされた事 例において、呼気から検出されたアルコールが、入 れ歯安定剤に由来する可能性があるということで、
飲酒運転の判断が取り消されるという判決が出され た。アルコール以外に飲酒を証明する方法の必要性 が、この事例でも明らかとなった。
アルコール飲料の成分であるエチルグルコシド(EG)
の分析に関する研究では、EG異性体であるα体と β体を明瞭に区別して分析する方法を確立した。ま た、アルコール飲料の種類によって尿中のα体とβ 体の比率が異なることを明らかにした。日本酒では αのみが検出され、赤ワインでは、βが主成分で、
αが若干含まれていた。ビールではαとβが同程度 に検出された。研究成果は、第68回日本法医学会学 術九州地方集会で発表した。
― ―39 研究機関研究所近況
基盤研究機関 薬毒物探索解析研究所
薬毒物探索解析研究所の活動概要
薬毒物探索解析研究所長 久 保 真 一
今後、さらに酒類の数を増やして、含有する異性 体の含有比を検討していく予定である。
4)救命救急センターおよび2次救急(ER 科)に おける自殺企図者に関する研究
福岡大学病院に搬送された自殺未遂者に対する ケース・マネージメントを引き続き提供した。
5)化学物質が情動行動に与える影響に関する研究 うつ病モデル動物OBラットを対象に、アデノシ ン受容体サブファミリーのひとつアデノシンA1 受 容体(ADORA1)賦活薬N6-cyclopentyladenosine(CPA)
を投与し、OBラットの示す情動過多反応、自発運 動量の変化について調査を行った。その結果は、嗅 球摘出ラットの示す情動過多反応におけるアデノシ ンA1受容体賦活薬N6-シクロペンチルアデノシン の作用と題して、第40回日本生物学的精神医学会・
第61回日本神経化学会大会合同年会で発表した。
3.症例研究
欧米では、コカイン乱用者で中毒濃度に達してい ない症例の内因性突然死について、「コカイン関連 突然死」という概念がある。しかし、本邦では、コ カイン使用そのものが稀であることから、コカイン 関連突然死の報告はほとんどない。
我々は法医剖検例で、クモ膜下出血死症例におい て、コカイン代謝物が検出された症例を経験した。
詳細に脳動脈を解析した結果、クモ膜下出血の背景 にコカインによる血管障害があることを報告した。
コカイン関連内因性急死、脳血管障害としては、本 邦初の症例と考える[2]。
フグ中毒症例では、入院から死亡までの経過中に 採取された血液、尿、および解剖時に採取した試料 についてもTTXの分析を行い、経過中のTTXの変化 と死因の判定、TTXの臓器分布を明らかにした[3]。 メタノール中毒は稀な症例ではないが、臨床症状 が時間経過とともに記録されていた点において貴重 な症例であった[5]。
4.薬毒物分析受託事業
2018年度は、12月末までに6件の薬物中毒が疑わ れる救急患者の分析を受け入れた。これらの症例の
中には特異な中毒関連病態を呈した例もあり、今後 の研究の課題となり得るものがあった。
5.研究業績(誌上発表)
[1] Fujii H, Waters B, Hara K, Ikematsu N, Takayama M, Matsusue A, Kashiwagi M, Kubo S. A modified direct-heating headspace solid-phase microextraction method for drug screening with urine samples.
Forensic Toxicol. 2018;36(1):225-228.
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― ―40
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― ―41
はじめに
血圧は現代人の日常健康における大きな関心事で あり、高血圧対策には個人的にも行政的にも膨大な 費用が投じられている。血圧は、その文字が示すよ うに血液による圧力である。筆者は医学とは無縁の 宇宙推進などを専門とする工学系研究者であるが、
圧力は重要な計測項目の一つである。しかし、筆者 には私達一般人には日常の大半の場合に用いられて いる間接法による血圧計測には不可思議に思われる 点がある。そこで、血圧について、計測の観点から 考えてみたい。
計測方法は妙技
血圧の計測方法は巧妙である。どなたも経験され ていると思うが、医師が測る場合でも市販機器で測 る場合でも、上腕に通常カフとよばれる帯状の袋を 巻き付け、それに加圧しながら空気を注入して血管 を圧迫して行う。それにより血流が阻害されるが、
大まかに言えば、完全阻害されるのに必要なカフ圧 力が上の(最大)血圧、復旧したときの圧力が下の
(最小)血圧である。つまり、普段私達が測る血圧 計は、血管内の圧力を直接計測するのではなく、カ フ内の圧力をもって血圧を得る間接的計測法による。
このような“妙技”は、自分の研究に応用できそう な場面は見いだせていない。
血圧の定義
話を血圧の計測から始めたが、そもそも血圧とは 何なのか?そのためには血圧とは何かを定義しなく てはならない。医学的には心臓が血液を押出す収縮 期を上の血圧、拡張期を下の血圧と称するようだ。
心臓をポンプとみなせば、血圧の素直な定義は心臓 出口吐出圧となるのだろうが、実際は上腕部で測定
している。
一般に現象を評価するためには、それを数値化す る方法を設定する必要がある。ここで“思いと値の 間にズレ”が発生し得る。例えば、地球温暖化の判 定を、全地表の平均気温と定義することで充分であ るのか、高度方向や海中を含めなくて良いのかにつ いては、温暖化の判定を何に使うかによっては不十 分であったり無意味になったりもする。
血圧の場合、今は血圧計によって計測された値に よって評価されるので、それを血圧の定義としてお けば、測定された血圧値は正しいということになる。
しかし先に述べたように、血圧の定義を健康の指標 となるように定め、血圧の計測はそれが実行される ように行われなければ有用ではない。今の測定方法 は、上腕部に巻付けたカフ内圧値を血圧として評価 値に用いているが、これを信じて十分良いと言える のであろうか。実際、動脈の粥状硬化の影響が反映 されるような測定方法が望まれるのであるが、工学 で言う圧損にも似た末梢血圧と中心(大動脈)血圧 の隔たりをどう扱ってそれを簡便な血圧計測に導く かの検討が必要なのではないだろうか。
測定に関する疑問
測定時の姿勢や安静時間のとり方、白衣高血圧と して知られているような心理的影響などの血圧影響 パラメータについては報告も多く、さらに整備され ていくであろうし、今回の疑問対象ではない。
測定時の再現性についてはどうであろうか。先に 血流が阻害とか復旧とかと表現した瞬間の判定は、
微小な拍動を検出して行われるが、今では改良も重 ねられ測定再現性は高いと思われる。
他方、測定手法からみると、測定原理や個人差に 起因する影響の考慮が不十分なように思われる。本
― ―42 研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 安全システム医工学研究所
血圧計測に対する疑問
―測っている値は何を示すのか?―
橘 武 史
安全システム医工学研究所 客員教授 九州工業大学名誉教授
稿で問題と感じている視点は、主にここにある。あ えて妙技と言ったのも、血圧が日常行われている現 状の測定方法で正しく測れるのかについて以下のよ うな疑問を感じるからである。
1)血流がカフ圧力で阻害されることを利用する現 在の測定方法が成立するためには、誰もが同じ ように血管が変形することを前提とするため、
計測される個体差が影響する可能性が排除され ていない。筋トレ等で血圧が低下することが報 告されたりするのも、血圧そのものが低下して いるのではなく、計測上の血圧値が低下してい るだけではないか。
2) カフ圧によって、普段とは異なる血流場を示す ほどの影響が生じないのか、また、人は血圧を 上げてそれに対抗して血流を維持しようとする 神経制御が働き、普段状態の計測が出来なくは ないのか。(自律神経系の作用を抑制できる、
例えば加圧を最小限に留めるような計測法の確 立)
3)脈動である血流圧を上下スカラー値で代表する ことで良いか。
大気圧など周囲圧力の影響
血圧を圧力計測の視点で考えているのだが、圧力 の単位には分野や都合によって、絶対圧とゲージ圧 が使い分けられる。状態方程式に使うような科学計 算では真空をゼロとする絶対圧が用いられる。しか し、地球上では、常に大気圧(約 100±5kPa)があ るため、大気圧をゼロとしてそれを上回る大気圧と の圧力差を用いるゲージ圧表示される場合が殆どで ある。風船の中の圧力は、例えばゲージ圧で5kPaで あるが、大気圧が100kPaなら絶対圧105kPaである
(大気圧より高くないと空気が入らない)。換算は厄 介で、台風を除いても95kPa~105kPa程度の大気圧 の変動があり、この差10kPaは血圧の単位を用いる
と76mmHgである。ついでながら、心臓からの高さ
が15cmより高ければ10mmHg分の血圧が要る。
幸いというべきであろうが、血圧計(測)では恐 らくゲージ圧を用いており、それにより大気圧が変 動してもそれより幾ら高いかで示されるので、血管 に内外から掛かる圧力差で計測されることになり、
血管への負担度合いとしての解釈が可能となってい
るようだ。しかし、ほんとうにゲージ圧で血圧を評 価して良いのかは確認しておく必要があろう。
只、もし心臓が絶対圧ベースで一定のポンプとし ての機能を有しているなら、大気圧が低くなった場 合には、(ゲージ圧で示される)血圧は上昇するこ とになろう。果たして、台風のような低気圧の日は 血圧値が上昇するのであろうか。一つの予想である が、一気に台風が近づいたりした場合は上昇し、や がて大気圧が低いことを察知した体はそんなに高い 血圧が必要ないと判断して徐々に血圧を低下させ(ゲー ジ圧で正常な)血圧に戻す機能を有しているのだろ うか。
その他よもやま疑問
他にも圧力に関連した疑問が次々湧く。例えば
2m 潜れば150mmHg の水圧がかかり、数十メートル
潜れる人の場合は、それでも血流は確保されている。
この時、血圧値には何が表されているのであろうか。
ランナーは心拍数を余り上げないで血流を確保する 必要がある。ならば、それに対応するだけ血圧を高 めなければならないが、そのような機能を獲得して いくのだろうか。 不具合は発生しないのだろうか。
まとめ(とりあえず)
血圧計測をカフ圧を利用した間接法で行う今の方 法に 1)や2)で述べた影響があるなら、表示され た血圧値に絶対性がなくなり、異なる人物の値も直 接比較が出来ない、つまり血圧値の“等価性”がな くなることになる。現行法を用いるなら等価性が確 保される換算法か、そうでないなら等価性のある新 たな計測法方法が必要ではないのだろうか。多くの 人にとっては自分に適切な血圧の限界を知りたいの である。とりわけ関心の高い高齢者の血圧コント ロールの指標確立に向けた、末梢血圧~中心血圧の 再評価にも対応できる測定法の検討が願われる。
知るべき血圧と測った血圧値が必ずしも対応せず、
それが個人によっても異なるのではないか、指標性 に優れ一般家庭でも測定可能な新しい血圧測定法は ないのだろうかとの疑問を、門外漢が計測という視 点で思いつきを書いたに過ぎず、拙稿であることは 重々承知している。
― ―43
参考文献
Journal of Hypertension, 35:421-441(2017)
医機学Vol. 80,No.4, 343-349, No 6, 622-631(2010)
日本内科学会雑誌,Vol. 96, No.1, 16-22(2007) 医学のあゆみ,Vol. 241, No.13, 1036-1043(2012)
― ―44
緒 言
再生可能エネルギー利用の促進、CO2排出削減は 国内外で喫緊の課題であり、水素のエネルギーキャ リアとしての利用が鍵となっている。しかし、水素 は材料中に侵入しその強度を劣化させる(一般に、
水素脆化と呼ばれる)場合があり、水素エネルギー 利用拡大の障害となっている。
水素ガス環境中で水素脆化を生じるためには、
環境の水素分子が材料表面に接近、材料表面の触 媒作用によって水素分子が水素原子へと解離、水 素原子が材料内に侵入、水素が破壊サイトに拡散、
というプロセスを経る必要がある。
水素ガス中に水素よりも金属表面との親和性の高 い酸素や一酸化炭素などのガス不純物が存在すると、
それら不純物は優先的に材料表面に吸着し、材料表 面の触媒作用を被毒する1)。その結果、水素の解離 が妨げられ、水素が材料中へ侵入できなくなり、水 素脆化が防がれる。実際に、水素ガス中への vppm レベルの酸素添加によって水素による疲労き裂進展 の加速2)や破壊靭性の低下3)が抑制されることが 実験的に示されている。
しかし、水素脆化に及ぼすガス不純物の影響に関 する研究は少なく未だ十分な理解には至っていない。
特に、 過去の研究で調査された酸素濃度は10vppm 以上であり、それ以下の極微量の酸素の影響は明ら かになっていない。そこで本研究では極微量(1vppm 以下)の酸素が水素脆化挙動に及ぼす影響の解明を 試みた。
ガス環境制御方法
本研究ではvppmからサブvppmレベルの不純物 の影響を調査するため、試験環境のコントロールに は細心の注意を払った。通常、水素ガス環境中で材 料試験を行う場合、図1(a)に示すようにガス容器
内に水素ガスを貯めた系、クローズドガスシステム
(Closed gas system, CGS)を用いて試験を行う。図2 に水素ガス中に含まれる酸素量の時間変化を示す。
CGSにおいて、ガス容器内に水素を注入した直後の
酸素量は0.1vppm以下であったが、時間とともに水
素中の酸素量が増加した。これは「バーチャルリー ク」と呼ばれるガス容器内の微小な空隙にトラップ された残留空気が時間とともに水素中へ放出される 現象のためである。その増加量は本研究で行った破 壊靭性試験(後述)の試験時間に相当する30時間で
1vppmに達した。
この酸素の増加を排除するため図1(b)に示すよ うな新たなガスシステム、オープンガスシステム
― ―45 研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 材料技術研究所
水素中に含まれる極微量な酸素が水素脆化に及ぼす影響
材料技術研究所員 工学部助教 薦 田 亮 介
Fig. 1 Gas systems used in this study (b) Open gas system (Gas flow rate: 100ml/min)
(a) Closed gas system
(Open gas system, OGS)を開発した。OGSでは常に 高純度の水素ガスをガス容器内に注入し続けること によって、ガス容器内の純度の維持を図った。OGS 水素中の酸素量の変化を図2の■印で示す。OGSに よって 酸 素 量 の 増 加 を 防 ぎ、水 素 中 の 酸 素 量を
0.1vppm以下に保つことに成功した。
本研究ではCGSとOGSを用いた水素環境中で鋼 材の破壊靭性試験を行った。つまり、試験中に1vppm の酸素増加を生じる水素中と酸素量0.1vppm以下の 高純度水素中で試験を行った。比較のために窒素中 でも試験を行った。
破壊靭性試験
試験片はパイプ鋼ASTM A 333 grade 6 を用いた。
化学成分と機械的性質をそれぞれ表1、2に示す。
破壊靭性試験は ASTM E 1820 規格に準拠して行っ た。荷重速度のみ、材料の水素適合性を評価する規 格ANSI/CSA CHMC 1-2014 に従い、クロスヘッド 速度は2.0×10-5mm/sとした。
試験結果 J-Δa曲線
図3(a)に破壊靭性試験で得られた試験片に与え たエネルギー、J、とその時のき裂の進展量、Δ a、 との関係を示す。本線図において、曲線が高い位置 にある程、高靭性、すなわち材料の破壊に対して優 れた性質を持っていることを示す。OGS水素中の曲 線は窒素中に比べ顕著に低下しており、水素によっ て材料の靭性が著しく低下していることがわかる。
一方、CGS水素中の曲線は窒素中よりも低下し、水 素脆化を生じてはいるものの、その低下量は OGS
― ―46
Table 1 Chemical composition of the material Fe Ni Cr S P Mn Si C
0.05 Bal.
0.03 0.002 0.010 1.21 0.25 0.11
Table 2 Mechanical properties of the material
HV Reduction
of area
(%)
Elongation
(%)
Ultimate tensile strength
(MPa) Yield
strength
(MPa)
136 81
44 481
355 Fig. 3 The effect of 1 vppm oxygen on J-Δ acurves in hydrogen
(b) Detailed view of early stage (a) J-Δa relationship Fig. 2 Change in oxygen content in closed and open gas systems