• 検索結果がありません。

一 山 田 洋 嗣 南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "一 山 田 洋 嗣 南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭 "

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭

  よむうちにとしよりぬべしたながみのさとりえがたき事のおほくて

        (了阿法師)  

  源俊頼の家集「散木奇歌集」の伝本研究は早く関根慶子によって行われ、校本 と作品研究を付してまとめられ た

(注一)

。その後、関根は所蔵の阿波国文庫旧蔵本を底 本 に 新 た な 校 本 を 提 供 し

(注二)

、 諸 注 を 集 成 し 補 注 と し て 自 身 の 読 解 を 添 え た「 集 注 篇」 で 「散木奇歌集」 研究の基礎を築いたのであ る

(注三)

。これに続いて、 「散木奇歌集」 の伝本は平澤五郎によって網羅的に内部の調査が行われ、類従本系と大野本系と に大別する関根の分類を再確認しつつ、四類に分かたれたが、平澤は契沖書写本 を精査し、かつ伝本それぞれの本文を細部にわたって精密に比較検討することに よって明らかになった各伝本の本文生成の由来と伝来、転写の過程からこれを導 き出し、その本文の具体そのものとともに示したのであっ た

(注四)

。さらに近くは草稿 本的といわれる冷泉家時雨亭文庫蔵安貞二年藤原定家他筆の「源木工集」が影印 されたが、その伝本としての位置はいまだ十分に明らかではな い

(注五)

  かような研究状況の中にあって、現在確認できる「散木奇歌集」の伝本は、明 らかに存在したことを確認できながら現存しないものや上記の諸論に取り上げら れなかったものを含めると、五十本を超えるであろ う

(注六)

。これらのうち現存するも のは、他の多くの作品も同様であろうが、格段に古い定家他筆本を除いて、その ほ と ん ど が 江 戸 期 に 分 散 し、 こ と に 江 戸 後 期 に 写 さ れ、 ま た 明 治 に 及 ん で い る。 江戸中期以降の多くの伝本が多少なりとも契沖書写本と群書類従本の影響下にあ ることもその特徴といえるだろう。本稿は、こうした中にあって、いささか特異 な、しかしいかにも江戸後期的な流転の末に成立した一伝本について考察するも のである。         

  旧南部邸に設けられた盛岡市中央公民館は南部家旧蔵の文書と典籍を収蔵する が、その中にそれぞれ二部ずつの「散木奇歌集」と「散木奇歌集標注」を見出す ことができる。 これは旧蔵者の 「散木奇歌集」 への関心の高さを示すものであろう。 そのうち、二部の「散木奇歌集」は群書類従本とその写本である。しかし、単な る群書類従本とその写本ではなく、 全冊にわたって傍線、 傍点の類、 校異や頭書、 また注などを施した群書類従本と、一見その群書類従本をこれらの書込みを含め そのまま正確に書写したかと思われる、 いわば副本とも見える写本であ る

(注七)

。また、 後述するように、書込みはその本来が小山田与清のものであると思われる。この 二部は、これらの諸点から、また写す

―移すという行為そのものにおいて、さら

には作品を読み、書物を使うという点からも、注意すべき伝本である。

  初めに書誌的事項を略記する。

(2)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 二

  Ⅰ(群書類従) 函 架 番 号   和 0 1 7 7   南 部 家 旧 蔵   印 記、 前 遊 紙 表 右 上 に「 さ く / ら 園 」、 右 下 に「 養

  (恬カ) 

/ 座 右 / 之 書 」、 第 一 丁 表 中 央 右 寄 り 上 部 に「 奥 御 / 蔵 書 」(/ は 改 行 を示す。以下同) 。 赤 茶 布 目 紙 表 紙( 後 補 )、 楮 紙 袋 綴、 刊 三 冊、 寸 法   二 六 ・ 五 × 一 七 ・ 九 ㎝   全 二一一丁 (上八一、 中六九、 下五七、 下巻末余四) 。外題 「散木奇謌集    上 (中 ・ 下 )」 ( 後 補 題 簽、 表 紙 左 上 )、 内 題「 群 書 類 従 巻 第 二 百 五 十 四 上 / 検 校 保 己 一 集 / 和 歌 部 百 九

家集二十七

/ 散 木 奇 謌 集 第 一 」( 端 作 )。 奥 書「 右 散 木 奇 謌 集 以 織 部 正 乗 尹 本 校 合 了 / 群 書 類 従 巻 第 二 百 五 十 四 下 」。 後 補 前 遊 紙 表 に「 与 清 」 識 語、 全 巻 にわたり、行の左右に朱の傍点、傍線、朱、墨の書入れ、上欄外に朱と墨の頭書 標注等を付す。巻末に四丁分の紙を補い、俊頼の勅撰集入集歌のうち五四首、万 代集入集歌八首を追加する。語注を記す貼紙三紙あり(いずれも朱、本文同筆) 。 各 冊 前 遊 紙 裏 に は そ の 冊 の 部 立 を 頭 に 朱 の 丸 を 添 え て 記 し、 本 文 部 立 名 の 上 に ○、△(いずれも朱)を見出しとして付す。また巻初の丁の端には朱で目印を記 し、また各冊端作「群書類従巻第二百五十四上(中・下)/検校保己一集/和歌 部百九家集二十七」を朱線で囲んでいる。書入れは上巻と中・下巻の二筆、ない し巻ごとの三筆によるとみられる。なお、中巻の筆跡は次掲写本の筆跡に似てい るように見える。

  Ⅱ(群書類従本写本) 函架番号   和0178   南部家旧蔵   印記、前遊紙表右下に「とき/は園」 。 薄茶横目模様紙表紙(原表紙か) 、楮紙袋綴、江戸末期写三冊、寸法   二七 ・ 四× 一 九 ・ 〇 ㎝   外 題「 散 木 奇 哥 集    上( 中・ 下 )」 ( 題 簽、 表 紙 中 央、 但 し 左 上 に 剥 離 痕 )。 こ の 他 は 細 部 を 除 い て Ⅰ に ほ ぼ 同 じ で あ り、 特 に 群 書 類 従 本 文 と の 字 形の相似など、Ⅰ(群書類従)の臨模のごとくに見える写本である。

  識語は次の通りである。 清濁、 漢字かなの別、 行配りなどもとのままに翻字した。

   与清曰散木集は其頃の俗諺及古き物語なと    よせたれば今に成ては弁かたきふしおほかりこは

   類聚名義抄字鏡集なとに据て其詞をもとめ    家集髄脳等にわたりて其古事の証を求    むへし曽丹集出観集為忠家両度百首次郎百首

   夫 木

(一字欠字ママ)

□ 拾 玉集山家集草根集などこれを助くる

   ことおほし」 (以下余白)

  両 冊 の 蔵 書 印 の う ち、 「 養

  (恬カ) 

/ 座 右 / 之 書 」 は 未 詳。 「 奥 御 / 蔵 書 」 は 南 部 家 旧蔵本にかなりの数がみられる印記で、 藩主のそれであろう。 「さく/ら園」 、「と き/は園」の二顆は印面の趣、印形、大きさなど相似しており、両者につながり のあることをうかがわせるが、前者は盛岡藩第十四代藩主の南部利剛、後者はそ の室南部明子のものである。南部利剛には家集 『桜園集』 があ り

(注八)

、南部明子は 「常 磐園」を称し、 「殿の桜園集のさまにならひつゝまやかなる家集にあみなさはや」 として編んだという『常磐園集』があ る

(注九)

。同じ南部家旧蔵本の「五部合集」の奥 には「明治廿四年夏六月/喚犬喚鶏屋永好之写本をもつて/うつしけるは/常盤 園明子也」とあり、同筆「栄花物語抜書」には「とき/は園」印があるか ら

(注十)

、こ の よ う に 判 断 さ れ る の で あ る。 南 部 明 子 は 水 戸 徳 川 家、 徳 川 斉 昭 の 女 で、 和 歌 に す ぐ れ、 そ の 師 は 前 田 夏 蔭、 間 宮 永 好、 同 八 十 子、 久 米 幹 文、 江 刺 常 久 ら で あ っ

(注十一)

た。 す な わ ち、 こ の 二 冊 の う ち、 群 書 類 従 本 は 南 部 利 剛 の、 群 書 類 従 写 本 が南部明子の蔵書であると考えられるので あ

(注十二)

る。

        

与清においても甚だしく、この本の傍線、傍点の施し方、また頭書や注など、そ 証 を 加 え、 識 語 を 記 す な ど す る の は、 当 時 の 和 学 者 に み ら れ る と こ ろ で あ る が、 ま ず 与 清 の も の と み て よ い で あ ろ う。 蔵 書 を 徹 底 的 に 利 用 し て、 校 異 や 注、 考

(注十三)

  「 与 清 」 の 識 語 と 書 入 れ は 両 本 と も 小 山 田 与 清 筆 で は な い が、 傍 線 等 も 含 め、

(3)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田) 三 の手になるものとみて差し支えないと思われ る

(注十四)

  書き込みは多様でしかも多く、それらが互いに重なっているところも多い。冒 頭部分をもって示してみると、まず、端作三行は朱の直線で囲み、集名に付けら れた見出しとしての朱の圏点や三角点、最初の歌と二番歌にあるような朱書と墨 書の集付、随所に見られる朱、墨二様の校異やミセケチによる修正、他本との校 異 は 異 本 で あ る 意 味 の 「 イ 」 を 付 け る も の と 付 け な い も の が あ り、 他 歌 書 に あ る ものはその歌書の名を添えた異同が記されている。さらに、仮名表記へのあて漢 字、 「松に待つを添ふ」のような簡単な墨書の注意書き、 上欄外への朱と墨の頭書、 標注、また○―の記号が見られる。傍線や傍点の類はさらに複雑で、朱によって 傍点と波線が行の左右に引かれ、左右に圏点があり、また右側に引かれる直線が あ り、 傍 点 と も 波 線 と も つ か な い も の が あ る、 と い う よ う に 非 常 に 煩 雑 で あ る。 この状態を冒頭部分、第一丁の和歌について示せば次のようになる。ゴシック体 で 記 す の が 群 書 類 従 本 本 文、 そ の 近 傍 に 書 入 れ を 記 し、 歌 頭 に『 新 編 国 歌 大 観 』 の番号を付す。

南部家旧蔵本の記号類1

      堀川院御時百首哥めしけるに元日の心をつかふまつれる

      

  「堀川院御時百首哥」右傍点(朱)

      

  「元日の心」右傍点(朱)

        「哥」の下に「をイ」を補入(朱)

        「つかふ」の「ふ」をミセケチ(朱)し「うイ」と訂(朱)

        「まつれる」の「れる」をミセケチ(朱)し「りける」と訂(墨)

   1 庭もせにひきつらなれるもろ人のたちゐるかけや千世の初春     和歌右肩に「玉葉集上」と注記(朱)     「庭もせに」に右波線

    「ひきつらなれるもろ人」に左波線(朱)

    「もろ人のたちゐる」に右波線(朱)     「たちゐる」に左圏点(朱)

    「千世の初春」に右波線(朱)

    「千世」の「世」に「代イ」と傍記(朱)

      立春日よめる

   「立春」の「春」右下に「の」を補入(朱)

   「よめる」の「る」をミセケチ(朱)し「りける」と訂(朱)

   2 いつしかと今朝は氷もとけにけりいかてみきはに春をしるらん 」1オ     和歌右肩集付の下に「雑春」と補記(朱)

   「いつしかと」に右傍点(朱)

   「いかて」に右傍点(朱)

   「みきはに春をしる」に左傍点(朱)

     朝原霞をよめる        「朝原」の「朝」 「原」右下にそれぞれ「の」を補入(朱)

   3 春のくるあしたの原を見わたせは霞もけふそ立はしめける     和歌右肩集付の下に「春上」と補記(朱)

   

  「あしたの原」に右直線(朱)

一日の日のあしたにかゝみをみてよめる

   「一日の日」に右傍点(不明瞭)

   「一日」右に「朔」と傍記(墨)

   「一日の日」を左引出線ではさみ「朔日」と左に傍記(朱)

   「よめる」の「め」をミセケチ(朱)し「み侍け」と訂(朱)

  こ の 行 の 上 に 「 此 カ ゝ ミ ハ 次 ノ 哥 ニ 云 / カ ゝ ミ ト 別 ニ テ 常 ノ 鏡 /   也」 (墨)

   4 身ひとつはこしつともなき年なれと老のすかたはさき立にけり    「こしつともなき」に右傍点(朱)

   「としなれと」に右傍点(朱)

   「老のすかたは」に左傍点(朱)

(4)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 四

顕仲の君の八条の家に人々あつまりて十首哥よみけるに霞の心をよめる

   「顕仲の君」に右波線(朱)

    「

君 の 」 の 「 の 」の 下 に 引 出 線( 朱 ) 「 イ 下 文 ハ 八 条 ト ア リ 」 と 傍 記( 朱 )

   「八条の家」に左直線(朱)

   「十首哥よみけるに」に右波線      「十首」 (行末)の下に「のイ」と注記(朱)

   「よみけるに」の「み」の下に補入記号(朱小圏点)と引出線を付し    「侍」と傍記(朱)

   「よめる」の「め」の下に補入記号(朱小圏点)と引出線(朱)を付   し「りけ」と傍記(朱)

   5 いつしかと末の松山かすめるはなみとゝもにや春もこゆらん    「いつしかと」に右波線(朱)

   「いつしかと」右に「新千春上」と集付(朱)

   「いつしかと」左に「万代春上」と集付(墨)

   「末の松山」に左直線(朱)

   「春も」の「も」右に「のイ」と傍記(朱)

  和歌上部欄外に「貧道集   立春哥/いつしかと末のまつ山/かすめるはな

  みとゝも/にやはるのこゆらん/教長卿は聊後輩ナレハ/此散木ノ哥ヲト   レルト/モ云ヘケレトサアラシ/全暗合ト云ヘシ」 (墨)

はかための鏡のおしきのしきものに書つけ侍ける

   「はかための鏡」に右傍点(朱)

   「はかため」の「は」右傍に「歯」と傍記(墨)

   「鏡」に左圏点(朱)

   「おしきのしきもの」に右傍点(朱) (不明瞭)

   「おしき」の右に「折敷」と傍記(墨)

       「おしき」 の 「お」 をミセケチ (朱圏点) し引出線を用いて左に 「を」

      と訂(朱)       6 われをのみ世にもゝちゐの鏡草さきさかへたる影そうかへる

   

  「もゝちゐの鏡草」に右傍点(朱)

   「鏡草」に左傍点(不明瞭) (朱)

   「さきさかへたる」に右圏点(朱)

   「ゝちゐ」の「ゐ」に朱小圏点を付してミセケチし引出線(朱)を付して   左に「ひ」と傍記(朱)

    和歌上部欄外に「○―」印(朱) 、その左に「歯固の/鏡餅の折敷」 (朱)

  和歌上部欄外に「用ハモチヒノ仮名ナル/コト経衡集ニモ二首/ヨメル証   アリ」 (墨)

  和 歌 上 部 欄 外 に「 永 久 百 首 元 日 / 俊 頼 / け ふ よ り は 我 を も ち / ひ の ま す   かゝみうれし/きかけをうつしてそ/みる」 (墨)

  和歌一首を解体するかのように、言葉やそのまとまりに注意が向けられている ことを知ることができるであろう。それはほとんど網羅的と言ってもいいくらい であって、必ずしも和歌的なものあるいは俊頼的なものに対してだけではない。

        

―一

  以 下、 「 書 き 込 む 」 と い う 行 為 の 跡 と し て、 こ れ ら の 特 徴 と 意 味 と を 考 え て み たい。行の左右にある記号類について、冒頭より第十一丁裏までを記号の種類別 に ま と め て み る と 次 の よ う で あ る

(注十五)

。 そ れ ぞ れ そ の 記 号 が ど こ に 付 け ら れ て い る かを、その付けられている部分を抜き出すことで示す。その下の括弧の中は、順 に丁数、表裏、行数、新編国歌大観番号である。なお、筆を引きずったためかと 思われる傍点か波線か判断に迷うものなど、分明でないものもあるのでそれも項 目としたが、なおゆれるところがある。疑問のあるところには?を付記する。

(5)

南部家旧蔵本の記号類2   ・右傍点(朱) (明瞭なもの) 堀川院御時百首哥(6・歌一詞)/元日の心(1オ6・歌一詞)/いつし かと(1オ6・歌二)/いかて(1オ6・歌二)/おしき?(1ウ8・歌 六詞)/ もちゐの鏡草 (1ウ9 ・ 歌六)/ 御はかため

(1ウ

オ 一九)/むつきのはつねの日ねいみと(3オ8・歌二〇詞)/こかひ(3 ウ7・歌一五)/殿下(2ウ9・歌一七詞)/かすならぬ身(3オ7・歌 て に て( 2 オ 7・ 歌 一 〇 ) / か す み の 衣( 2 ウ 1・ 歌 一 二 ) / き ぬ( 2 /かすみの衣(2オ4・歌八)/なみたてる松(2オ7・歌一〇)/くも

10

・ 歌七詞)

10

・ 歌二〇詞)/えひら(3オ

か き み た に?) ( 4 オ オ8 ・ 歌二六) / そこの (そこのみため?) (4オ8 ・ 歌二六) /みたに (ふ (4オ6 ・ 歌二六詞)/ゑこのう ね (4オ8 ・ 歌二六)/つみしなへて(4

歌二〇)/雪ふれは二葉の松も花さき(4オ3・歌二四)/なゝくさのな

10

・ 歌二〇詞)/初子のいみに(3ウ3 ・ ら ふ ね せ り?) ( 4 オ

10

・ 歌 二 七 ) / い し み ゆ す り て( い し み ゆ す り て あ し ふ た へ な る 身( 4 ウ 8・ 歌 三 〇 ) / は と の ゐ る つ え( 4 ウ のなさけ(4ウ5・歌二九)/卯杖(4ウ6・歌三〇詞)/おいらくのこ

10

・ 歌 二 七 ) / 心 ひ ろ さ( 4 ウ 5・ 歌 二 九 ) / な け

三 五 ) / 人 の( 人 の か り?) ( 5 ウ 7・歌三四)/はつ卯の杖(5ウ9・歌三五)/つく〳〵と(5ウ9・歌 杖(5オ6・歌三四詞)/山のけはしさ(5ウ7・歌三四)/う杖(5ウ /夜こし(5オ2・歌三二)/なゝ草のなつなの(5オ2・歌三二)/卯

10

・ 歌 三 一 ) オ 8・ 歌 四 三 ) / こ ゑ な ら す( 6 オ 8・ 歌 四 三 ) / し る し( 6 オ ウ6~7 ・ 歌三八詞)/しみこほり(6オ6 ・ 歌四二)/いつしかの杜(6 ( 5 ウ 4・ 歌 三 七 ) / あ か つ き か ゆ( 5 ウ 5・ 歌 三 八 詞 ) / 兼 盛 か 集( 5   ウ2 ・ 歌三七詞)/ひく(ひく駒の? ひく駒の松のみとりの色なれは?) 三六)/よろほへる老のすかたを(5ウ1・歌三六)/あをむまひく(5

10

・ 歌 三 六 詞 ) / う つ え( 5 ウ 1・ 歌

四 四 ) / か す な ら ぬ 身( 6 ウ 6・ 歌 四 七 ) / 谷 か く れ( 6 ウ 8・ 歌 四 八 )

10

・ 歌

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田) 五 /歌絵(7オ3・歌五四詞)/もてはやす(8オ3・歌六一)/もかり舟 (9オ1 ・ 歌六四)/河そひ柳(9オ1 ・ 歌六四)/心まとひは(9ウ5 ・ 歌七三)/ 風のはふり (9ウ7・歌七五)/まゆふのぬさを(9ウ

七七)/ 中宮の御堂の八重桜

10

・歌 なれる花(

10

オ1・歌七八詞)/ぬひめなく八重かさ

10

オ3・歌七八)/谷ふところに(

きて(

10

ウ4・歌八三)/そよめ

10

ウ4・歌八三)/霞にまかふ桜(

10

ウ6・歌八四)/かへさ(

10

ウ8・歌八五)/かはらけ取(

10

ウ ゐ し て?) (

10

・歌八六詞)/花の梢(花の梢に旅

11

オ 2・ 歌 八 六 ) / な み た て る 桜(

11

オ 5・ 歌 八 七 ) /

の御堂の八重桜

11

オ6・歌八八詞)/仲実(

11

オ6・歌八八詞)

  

  (不明瞭なもの)

一 日 の 日( 1 ウ 3・ 歌 四 詞 ) / こ し つ と も な き 年 な れ と( 1 ウ 4・ 歌 四 ) / 十首の哥よみけるに (1ウ5~6 ・ 歌五詞) /いつしかと (1ウ7 ・ 歌五) / はかための鏡 (1ウ8・歌六詞)/おしきのしきもの?(1ウ8・歌六 詞)/ますかゝみ(2オ1・歌七)/きみか御かけ(2オ1・歌七)

  ・左傍点(朱) ほ そ 谷 河 を( ほ そ 谷 河 を お ひ に し て?) ( 2 ウ 1・ 歌 一 二 ) / あ し み の こ ま に( あ し み の こ ま に を し へ ゆ く?) ( 2 ウ

はしさに?) (5オ7 ・ 歌三四) /かり (5オ このうね(4オ8 ・ 歌二六)/なつなの花を(5オ2 ・ 歌三二)/けは(け い み と い ひ て 家 を い て ゝ 野 に い き て?) ( 2 ウ 9・ 歌 二 〇 詞 ) / は ゆ る ゑ

10

・ 歌 一 七 ) / ね い み と( ね 歌六四)/ぬさ(9ウ ウ 1・ 歌 三 六 ) / か ゆ( 5 ウ 5・ 歌 三 八 詞 ) / ほ つ ゝ し め な は( 9 オ 1・

10

・ 歌三六詞) /花のすかた (5

10

・歌七七)/風そよめきて(

10

オ4・歌八三)

  

  (不明瞭なもの)

みきはに春をしる(1オ

(1ウ9・歌六)/ はかため (1ウ

10

・歌二)/老のすかたは(1ウ4・歌四)/

ウ 7・ 歌 一 五 ) / い み( 3 ウ 3・ 歌 二 〇 ) / ( 4 オ 8・ 歌 二 六 ) 七)/けりな(2ウ5 ・ 歌一四)/明暮に(2ウ7 ・ 歌一五)/むせふ(2

10

・歌七詞)/御かけ(2オ1・歌

(6)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 六

ん(6オ

う く ひ す の 声( 6 ウ

10

・歌四四)/なつかしき(6ウ2・歌四五)/つれ〳〵になく

10

・ 歌 四 九 ) / 外 に 友 な か り け り( 6 ウ

かさにゆふ(7オ8・歌五一)/あくかれて(7オ ゑ は し ほ れ ぬ 物?) ( 7 オ 3・ 歌 五 〇 ) / す け な き( 7 オ 8・ 歌 五 一 ) / /春雨はふりしむれとも(7オ3・歌五〇)/こゑはしほれぬ物にそ(こ

10

・ 歌 四 九 ) ウ8・歌五四)/やみにかこへとも(7ウ ウ6 ・ 歌五四詞)/おさなきちこ(7ウ6 ・ 歌五四詞)/かさねぬさき(7 ( 7 ウ 3 ~ 4・ 歌 五 四 詞 ) / 屋 の つ ま( 7 ウ 4・ 歌 五 四 詞 ) / な を し( 7 し物を(7ウ1・歌五三)/大殿(7ウ2・歌五四詞)/哥によみなして

10

・歌五二)/とはま

花の夕はへ(9ウ6・歌七四)/さらすや花の盛(9ウ 散(9ウ4・歌七二)/せりつみしことをもいはし(9ウ6・歌七四)/ ( 9 ウ 3・ 歌 七 一 ) / し ら 雲 の み ね こ す 風( 9 ウ 4・ 歌 七 二 ) / 谷 に 花 そ ウ2・歌七〇)/あたりの空に(9ウ2・歌七〇)/ふりけん袖のなこり 歌六七)/水のほかにも浪はたちけり(9ウ1・歌六九)/しからみ(9 歌六六) / 顕季卿 (9オ7 ・ 歌六七詞) /花こそ春のしるし也けれ (9オ9 ・ 歌六四)/いまたさかさる花(9オ3 ・ 歌六五詞)/滝のしら糸(9オ6 ・ れは (8ウ5 ・ 歌六二) /くして (8ウ6 ・ 歌六三詞) /しめなは (9オ1 ・ かな(8ウ1・歌六〇)/影をもそへめ(8ウ3・歌六一)/さためなけ に吹くる風(8ウ1・歌六〇)/花のありか(8ウ1・歌六〇)/空に知 ( 8 オ 5・ 歌 五 七 ) / 心 も ゆ き て か さ な る( 8 オ 7・ 歌 五 八 ) / か き こ し せにかほるらん(8オ3・歌五六)/俊忠(8オ4・歌五七詞)/たちえ

10

・歌五五)/香はなかれてや

も梢にきくは咲けり(

10

・歌七七)/春 はな(

10

オ3・歌七八)/きくといへはやへやはさかぬ桜

10

オ5・歌七九)/仲実(

けり (

10

オ8・歌八一詞)/花みる人もいとひ

10

10

・ 歌八一) /こかくれて (

10

ウ4 ・ 歌八三) /まとふ (

歌八五)/花見ありきて(

10

ウ8 ・ に(

10

ウ9・歌八六詞)/さけなとたへけるついて

10

10

・ 歌 八 六 詞 ) / 旅 ゐ し て( 傍 点「 花 の 梢 に 旅 ゐ し て 」?) (

11

オ2・歌八六)/心もこと葉もめてたさに(

11

オ7・歌八八詞)/八重桜 /心さしふかき(4オ

10

・歌二七)/ためて(4オ

( 4 オ

10

・歌二七)/ねせり 歌 三 六 ) / ま な く ふ れ と も( 6 オ 2・ 歌 四 〇 ) / 隙 も と む ら ん( 7 オ

10

・ 歌 二 七 ) / 卯 日( 5 オ 5・ 歌 三 四 詞 ) / 老 の す か た( 5 ウ 1・

歌五二)/梅のたちえ(8オ5・歌五七)/くして(

10

11

オ7・歌八八詞)

  ・右波線(朱) 庭もせに(1オ8・歌一)/もろ人のたちゐる(1オ8・歌一)/千世の 初 春( 1 オ 8・ 歌 一 ) / 顕 仲 の 君( 1 ウ 5・ 歌 五 詞 ) / な こ り( 2 オ 1・ 歌七)/摂政殿下にて(2オ2・歌八詞)/ 十首の哥よませ (2オ2・歌 八 詞 ) / ( 2 オ 8・ 哥 一 一 詞 ) / 霞 に う つ も れ( 2 ウ 2・ 歌 一 三 ) / い つ し か と( 2 ウ 5・ 歌 一 四 ) / ま か ふ( 2 ウ 5・ 歌 一 四 ) / あ へ ぬ (2ウ7 ・ 歌一五)/うこかさりけり(2ウ8 ・ 歌一六)/をしへゆく(2 ウ

7・ 歌 一 九 ) / ひ ね も す に( 3 オ 9・ 歌 二 〇 詞 ) / か や を か り( 3 オ りことにいひつかはし(3オ5・歌一九詞)/花さかぬみ山かくれ(3オ

10

・歌一七)/こころほそくあはれなる事(3オ5・歌一九詞)/かへ

二五)/ 仲実 (4オ6・歌二六詞)/あらふねせり(4オ 歌二三)/つみそへて(4オ5・歌二五)/袖のしほれぬる(4オ5・歌 ウ 9・ 歌 二 二 ) / 引 人 も な し( 3 ウ 9・ 歌 二 二 ) / い は ひ つ ゝ( 4 オ 1・ 歌二一)/身のあやしさをおもひ(3ウ7・歌二二詞)/あやしさに(3 2 ・ 歌二〇詞)/袖のしたなる小松(3ウ3 ・ 歌二〇)/かこと(3ウ6 ・ 歌二〇詞)/ことのもとなれは(3ウ1・歌二〇詞)/なをさりに(3ウ

10

・ のもしきかな(4ウ 卯杖をつきて(4ウ8・歌三〇)/わかなをそ摘(4ウ8・歌三〇)/た

10

・歌二七)/

衣手のうすきや冬のせき(6オ5・歌四二)/花のあたりをそことつけな 三八)/なへてならす(5オ8・歌三八)/あは雪(6オ2・歌四〇)/ つもりぬる(5オ9・歌三五)/はつ春のもち月にもるかゆ(5オ8・歌 一日卯日(5オ5・歌三四詞)/はつうの日(5オ8・歌三五詞)/年の つめる年を(5オ4・歌三三)/ましかは(5オ4・歌三三)/むつきの

10

・歌三一)/しのひませ(5オ2・歌三二)/身に

(7)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田) 七 (

11

オ9・歌八八)/けかるゝ身のほ(けかるゝ身のほと?) (

八 八 ) / 色 み れ は 桜 な れ と も か さ な れ る け し き は や へ の 山 ふ き(

11

オ9・歌 歌八九)

11

オ 9・

  ・左波線(朱) ひ き つ ら な れ る も ろ 人( 1 オ 8・ 歌 一 ) / 思 ふ さ ま に て( 2 オ 1・ 歌 七 ) /御かけ(2オ1・歌七)/四方の空(2オ4・歌八)/やかて(やかて も?) (2オ5 ・ 歌九)/しつえ(2オ7 ・ 歌九)/いそこすなみの音(2 オ9・歌一一)/おひにして?(2ウ1・歌一二)/ 長実卿 (2ウ3・歌 一四詞)/みえまかふまて(2ウ5・歌一四)/松の梢はうこかさりけり ( 2 ウ 8・ 歌 一 六 ) / を し へ ゆ く?( 2 ウ

9・歌二〇詞)/こかひするおりにえひらといふなる物(3オ オ 1・ 歌 一 八 詞 ) / み 山 か く れ( 3 オ 7・ 歌 一 九 ) / ゐ く ら し て( 3 オ

10

・ 歌 一 七 ) / よ も の 山 辺( 2

ウ8・歌三〇)/つえにすかりて(4ウ り (4ウ6 ・ 歌三〇詞) /経兼 (4ウ6 ・ 歌三〇詞) /こしふたへなる身 (4 二 六 ) / た く ひ な( た く ひ な き?) ( 4 ウ 5・ 歌 二 九 ) / 七 日 卯 杖 に あ た / し ほ れ ぬ る( 4 オ 5・ 歌 二 五 ) / そ( め?) ( 4 オ 8・ 歌 松 も 花 さ き( 4 オ 3・ 歌 二 四 ) / わ か な に つ み そ へ て( 4 オ 5・ 歌 二 五 ) はしめ(4オ1・歌二三)/よはひをのへに(4オ3・歌二四)/二葉の 歌二二詞)/初子はくれと引人もなし(3ウ9・歌二二)/はつ子そ春の ウ6 ・ 歌二一)/ はつねの日 (3ウ7 ・ 歌二二詞)/あやしさを(3ウ7 ・ 4・歌二一詞)/ふもとのをの(3ウ6・歌二一)/かみにまかせて(3 詞)/松をなをさりにひきて(3ウ1~2・歌二〇詞)/別当実行(3ウ

10

・歌二〇

歌四二)/待つけて(6オ8・歌四三)/たまゝに(6オ8・歌四三)/ ら消(6オ4 ・ 歌四一)/冬のせき(6オ5 ・ 歌四二)/いとゝ(6オ5 ・ くす(5ウ4・歌三七)/もち月にもるかゆ(5ウ8・歌三八)/雪のむ 三 六 ) / み と り の 色 な( み と り の 色?) ( 5 ウ 4・ 歌 三 七 ) / 千 と せ を す 7・歌三四)/とへかしな(5ウ1・歌三六)/すかられて(5ウ1・歌

10

・歌三一)/けふそしる(5オ あたり(6オ

10

・歌四四)/なん(6オ

10

・歌四四)/友なかりけり(6 き ね を あ く か れ て( 7 オ とも(7オ3・歌五〇)/しほれぬ物にそ(7オ3・歌五〇)/をのかゝ

10

・歌四九)/哥つかまつりけるに(7オ1・歌五〇詞)/ふりしむれ

10

・ 歌 五 二 ) / 隙 も と む ら ん( 7 オ

ゐ て( 7 ウ 6 ~ 7・ 歌 五 四 詞 ) / 色 を は や み に か こ へ と も( 7 ウ / お ほ し く( 7 ウ 3・ 歌 五 四 詞 ) / つ ま( 7 ウ 4・ 歌 五 四 詞 ) / む か ひ

10

・ 歌 五 二 ) 9・歌六七)/あらしやは霞もつらし散そむるはな(9オ 歌六五)/なつかしき(9オ4・歌六五)/すきまをわけて尋れは(9オ よ る( 9 オ 1・ 歌 六 四 ) / め く む( 9 オ 4・ 歌 六 五 ) / け し き( 9 オ 4・ ウ5・歌六二)/見ありきけるに(8ウ6~7・歌六三詞)/かせになみ 9 ・ 歌五九)/ありか(8ウ1 ・ 歌六〇)/なひく柳のさためなけれは(8 五 五 ) / 国 朝 臣( 顕 国 朝 臣?) ( 8 オ 1・ 歌 五 六 ) / こ ゑ の 色 さ へ( 8 オ

10

・ 歌

たちへたて(9オ

10

・歌六八)/

歌七六)/むつるゝ(9ウ8・歌七六)/ 顕季 ( ふ(9ウ4 ・ 歌七二)/夕はへ(9ウ6 ・ 歌七四)/こん世にも(9ウ8 ・

10

・歌六八)/風をいたみ(9ウ3・歌七一)/たゝよ

重かさなれる花(

10

オ1・歌七八詞)/八

10

オ3・歌七八)/やへやはさかぬ桜はな(

七九)/いとひけり(

10

オ5・歌

10

10

・歌八一)/やう〳〵暮ぬる程に(

10

ウ9~

10

・歌八六詞)/花見の御幸(

らす(

11

オ3・歌八七詞)/身のほとを思ひもし

11

オ9・歌八八)/かさなれる(

11

オ きのはな(やへの山ふきのはな) (

10

・歌八九)/はやへの山ふ

11

10

・歌八九)

  ・右圏点(朱) さきさかへたる (1ウ8 ・ 歌六) /たに (2ウ7 ・ 歌一五) /霞にむせふ (2 ウ 7・ 歌 一 五 ) / 子 日 し て( 3 ウ 6・ 歌 二 一 ) / う ね( 4 オ 8・ 歌 二 六 ) /しなへて(4オ8 ・ 歌二六)/みたに(4オ

10

・ 歌二七)/すかりて(4 むらん(7オ

10

・歌二一)/しむれとも(7オ3・歌五〇)/まやのあまりに隙もと

(9ウ7・歌七五)/おりたかへてもおもひける哉(

10

・歌五二)/いたみ(9ウ2・歌七一)/すきまあらすな

10

オ5・歌七九)

(8)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 八

  ・左圏点(朱) たちゐる (1オ8 ・ 歌一) /鏡 (1ウ8 ・ 歌六詞) /宿所 (2オ3 ・ 歌一四詞) / はつねの日 (3オ8・歌二〇詞)/たひゐして(3ウ3・歌二〇)/ち こ(7ウ6・歌五四詞)/こかくれて(

10

ウ4・歌八三)/けしき(

11

10

・歌八九)

  ・右直線(朱) あしたの原(1ウ2 ・ 歌三)/さほ山(2オ4 ・ 歌八)/むろのやしま(2 オ 5・ 歌 九 ) / 天

(ママ)

の 橋 ( 2 オ 7・ 歌 一 〇 ) / い も せ 山( 2 ウ 1・ 歌 一 二 ) /吉野山(2ウ2・歌一三)/白河の宿(2ウ3・歌一四詞)/塩かまの うら(2ウ3・歌一四)/まのゝはき原(2ウ7・歌一五)/音羽山(2 ウ8・歌一六)/ふはの関(2ウ

の桜(9ウ7 ・ 歌七五)/神山(9ウ 六 六 詞、 詞 書 に「 賀 陽 院 殿 」) / ま つ ら の 山( 9 ウ 3・ 歌 七 一 ) / き そ ち オ 4・ 歌 五 一 詞 ) / 法 成 寺( 8 オ 6・ 歌 六 三 詞 ) / 賀 陽 院( 9 オ 5・ 歌 山(6オ4・歌四一)/いつしかの杜(6オ7・歌四三詞)/東北院(7 すか野 (4ウ3・歌二八)/いつきの宮(5ウ2・歌三七詞)/をはつせ 一九詞)/かすか山(3ウ6・歌二一)/ 春日野 (4オ5・歌二五)/

10

・歌一七)/田上なる所(3オ4・歌

10

・ 歌七七)/みかさの山(

歌 八 〇 ) / 斎 院(

10

オ7 ・

10

ウ 1・ 歌 八 二 詞 ) / お い そ の も り(

/ふしのけふり

10

ウ 2・ 歌 八 二 )

10

ウ6・歌八四)/北山の辺(

殿の花見の御幸(

10

ウ9・歌八六詞)/鳥羽

11

オ3・歌八七詞)

  ・左直線(朱)

八条の家 (1ウ5・歌五詞)/末の松山(1ウ7・歌五)/ 八条の家 (2 オ 8・ 歌 一 一 詞 ) / 六 条 の 家( 3 ウ 4・ 歌 二 一 詞 ) / を か み 河( 4 オ 8・ 歌二六)/ 風のはふりに (9ウ7・歌七五)/ 御堂の八重桜

七 八 詞、 詞 書 に「 中 宮 の 御 堂 の 八 重 桜 」) / あ つ ま ち(

10

オ1・歌

御堂の八重桜

10

ウ 2・ 歌 八 三 )

11

オ6・歌八八詞、詞書に「中宮の御堂の八重桜」 )          ある。 ことであり、一つの部分に二種類の関心が寄せられることがあるということでも ろ う 。 こ れ は 当 然、 記 号 を も っ て 目 印 と し た い 部 分 が そ れ ほ ど 多 か っ た と い う

(注十六)

にくくなるのを避けるためには右だけですまなくなったために行われた処置であ 右の別も、例えば重複している部分ができたり、上下に続いてしまったりして見 たい部分に注意をひくだけの役割を与えた記号を付けているという他はない。左 を見ようとするのは無理であり、要するに適宜振り分けて左右を利用して注意し これらに異なる記号が付けられることはない。しかし、それとて記号の別に意味 は、 直線が名所、 地名、 居所、 またはそれに準ずるものを表わしていることである。 異なる記号を付けられている場合もある。一つだけはっきり意味を認められるの かのように、複数出ているものもあり、同じあるいは同様のものがところにより 様々なものが見られ、それらはどの記号にもわたっている。目印を記したいくつ 事柄、それらが組み合わされてあるまとまりとなった表現、人名、地名、所など 旧 蔵 本 の 記 号 類 1」 同 様、 そ れ を 超 え て よ り 広 範 囲 に 語 や 語 句、 そ れ も 物、 事、   俊 頼 の 和 歌 に 特 有 の 珍 し い 語 や 表 現 に 記 号 が 付 さ れ る の は 勿 論 だ が、 「 南 部 家

―二   朱の頭書、上欄外書入れ、はほぼすべてにその下の家集本文に傍点、傍線など の記号を付けられたそれに相当するものを見出すことができる。それは次のよう である。○―といった記号や振り仮名、清濁などはもとのまま、頭書をゴシック 体で掲げ、これまでと同様にその位置を丁数、歌番号などで表わして、頭書に相 当する部分とその部分を、記号の種別を[    ]内に示しつつ列挙する。/は改 行を示し、傍線を施したのは相当部分がない例外の部分である。

南部家本の上欄外朱書入れ

  ―/歯固の/鏡餅の折敷 (1ウ)

(9)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田) 九 歌 六 詞 「 は か た め の 鏡 の お し き 」[ 「 は か た め の 鏡 」 に 右 傍 点( 朱 )、 「 お し き 」 に 右 傍 点( 朱 )・ 右 に「 折 敷 」 と 傍 記( 墨 )・ 「 お 」 に 小 圏 点( 朱 ) を 付し左に引出線を付して 「を」と傍記(朱) 、「鏡」に左圏点(朱) ]

   ○―/宿所 (2ウ)

    歌一四詞「宿所」 [左圏点(朱) ]    ○―だに (2ウ)

    歌一五「たに」 [右圏点(朱) ]    あしみの駒/あせみ

(2ウ)

    歌一七「あしみのこま」 [左傍点(朱) ]    ねいみ (3オ) 歌二〇詞「むつきのはつねの日ねいみと」 [右傍点(朱) ]・ 「ねいみといひ て家をいてゝ野にいきて」 [左傍点(朱) ]

   こがひのえびら (3オ) 歌二〇詞「こかひ」 [右傍点(朱) ]・ 「えひら」 [右傍点(朱) ]・ 「こかひす るおりにえひらといふなる物」 [左波線(朱) ]

   ○―いはひつゝ (4オ)

    歌二三「いはひつゝ」 [右波線(朱) ]    松も花咲 (4オ)

    歌二四 「雪ふれは二葉の松も花さき」 [右傍点 (朱) ] ・ 「二葉の松も花さき」

    [左波線(朱) ]    七艸 (4オ)……歌二六詞「なゝくさのな」 [右傍点(朱) ]    ○―/ゑこのうね (4オ)

    歌二六「ゑこのうね」 [右傍点(朱) ]・ 「うね」 [右圏点(朱) ]    ○―うき (?)

    歌二六「むつき」 [右に「うき つ

」と朱書・左に「うきえ夫木」と墨書]

   ゑごのうねは/恵具の生たる/田のうねにや (4オ)

    歌二六「ゑこのうね」 [右傍点(朱) ]・ 「うね」 [右圏点(朱) ]    ○つみしなえ (4オ) 歌二六「つみしなへて」 [右傍点(朱) ]・ 「なへて(しなへて?) 」[右圏点 (朱) ]

   ○そこ (4オ)

    歌二六「そこの(そこのみため?) 」[右傍点(朱) ]    いしみゆすりて (4オ)

   

  「いしみゆすりて(いしみゆすりてあらふねせり?)

」[右傍点(朱) ]

   心ひろさ (4ウ)

    歌二九「心ひろさ」 [右傍点(朱) ]    なけのなさけ (4ウ)

    歌二九「なけのなさけ」 [右傍点(朱) ]    腰二重なる身 (4ウ) 歌 三 〇 「 こ し ふ た へ な る 身( お い ら く の こ し ふ た へ な る 身?) 」[ 右 傍 点 (朱) ]

   鳩のゐる杖 (4ウ)

    歌三一「はとのゐるつえ」 [右傍点(朱) ]    七草のなつな (5オ)

    歌三二「なゝ草のなつなの花」 [右傍点(朱) ]    ましかば (5オ)

    歌三三「ましかは」 [右波線(朱)   右傍点(朱)?]

   けはし (5オ) 歌三四「山のけはしさ」 [右傍点(朱) ]・ 「けはしさに」 [左傍点(朱) ?]

   つく〳〵と (5オ)

    歌三五「つく〳〵と」 [右傍点(朱) ]    よろほへる老の躰 (5ウ)

    歌三六「よろほへる老のすかたを」 [右傍点(朱) ]

(10)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 一〇

   赤豆粥 (5ウ)

    歌三八詞「あかつきかゆ(あつきかゆイ) 」[右傍点(朱) ]    正月十五日粥 (5ウ)

    歌三八詞[記号ナシ]

   冬の関 (6オ) 歌 四 二 「 冬 の せ き 」 [ 左 波 線( 朱 )] ・「 衣 手 の う す き や 冬 の せ き 」[ 右 波 線 (朱) ]

   しみこほり (6オ)

    歌四二「しみこほり」 [右傍点(朱) ]    すけなき (7オ)

    歌五一「すけなき」 [右波線(朱) ]    鶯笠 (7オ)

    歌五一「かさにゆふ」 [右波線(朱) ]    まやの/あまり (7オ)

    歌五二「やまのあまりに隙もとむらん」 [右圏点(朱) ]    哥絵 (7ウ)

    歌五三詞「哥絵」 [右傍点(朱) ]    ○―/哥によみ/なして (7ウ)

    歌五三詞「哥によみなして」 [右波線(朱) ]    ○―/ちご (7ウ) 歌五三詞「ちこ」 [左圏点(朱) ]・ 「おさなきちこ」 [右波線(朱) ]    やみにかこへども (7ウ) 歌 五 五 「 や み に か こ へ と も 」 [ 右 波 線( 朱 )] ・ 「 色 を は や み に か こ へ と も 」 [左波線(朱) ]

   紅梅 (8オ)

    歌五九詞「紅梅」 [記号ナシ]    ○―/紅の梅 (8オ)

    歌五九「くれなゐの梅」 [右傍点(朱) ]    こゑの色 (8オ)

    歌五九「こゑの色」 [左波線(朱) ]    もてはやす (8ウ)

    歌六一「もてはやす」 [右傍点(朱) ]・ 「はやす」 [左波線(朱) ]    なひく柳の/定なければ (8ウ) 歌 六 二 「 な ひ く 柳 の さ た め な け れ は 」 [ 左 波 線( 朱 )] ・ 「 さ た め な け れ ば 」 [右波線(朱) ]

   ほづゝしめ縄 (9オ)

    歌六四「ほつゝしめなは」 [左傍点(朱) ]・ 「しめなは」 [右波線(朱) ]   

ぐむ (9オ)

    歌六五「めくむ」 [左波線(朱) ]    ○―/あたりの空 (9ウ)

    歌七〇「あたりの空に」 [右波線(朱) ]    心まとひ (9ウ)

    歌七三「心まとひに」 [右傍点(朱) ]    花の夕ばえ (9ウ)

    歌七四「花の夕はへ」 [右波線(朱) ]・ 「夕はへ」 [左波線(朱) ]    風の祝 (9ウ) 歌七五「風のはふり」 [右傍点(朱) ]・ 「風のはふりに」 [左直線(朱) ]    花にむつるゝ虫 (9ウ)

    歌七六「むつるゝ」 [左波線(朱) ]( 「花に」に記号ナシ)

   真木綿の/ぬさ (9ウ)

    歌七七「まゆふのぬさを」 [右傍点(朱) ]    八重かさなれる花

10

オ)

    歌七八「ぬひめなく八重かさなれる花」 [右傍点(朱) ]・ 「八重かさなれる

(11)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田) 一一     花」 [左波線(朱) ]

   谷ふところ

歌八三「谷ふところに(谷ふところにこかくれて?) 」[右傍点(朱) ]

10

ウ)

   八重桜

線(朱) ] 歌 八 八 詞「 中 宮 の 御 堂 の 八 重 桜 」[ 右 傍 点( 朱 )] ・「 御 堂 の 八 重 桜 」[ 左 直

11

オ)

  初めに述べたように、朱の頭書には、ほぼすべてにその下の家集本文に該当部 分がある。しかしその記号は一定でない。これは既に見たように記号が恣意的で あることを意味するが、 一方で記号がどうであれ、 傍線で示した三つの例外、 「ゑ ごのうねは恵具の生たる田のうねにや」 (4オ) 、「正月十五日粥」 (5ウ) 、「紅梅」 (8 オ)を除いて、朱頭書は家集本文の和歌か詞書の記号を付された部分に対応して い て、 そ こ に そ の 言 葉 そ の も の が あ る と い う こ と が は っ き り す る。 例 外 の う ち、 「 五 月 十 五 日 粥 」、 「 紅 梅 」 は 直 接 対 応 す る 言 葉 は な い け れ ど も、 詞 書 を 概 括 的 に 指しているものである。 「ゑごのうねは恵具の生たる田のうねにや」 は語句の解釈、 いわば注釈、になっているのが特殊であるが、これを例外として、朱頭書はすべ て本文の語句を抜き出したものであるということになる。

  これらは明らかに「見出し」であろう。家集本文の記号を付した部分からさら に選ばれた語群が朱で頭書される形式で、それは辞書の見出し項目と用例との関 係 に 等 し い も の で あ る。 ○ ― の あ る も の と な い も の と の 違 い は 明 ら か で な い が、 この記号があることも見出しであることを裏付けるだろう。あまりに煩多に付け られた本文の記号の中に言葉が埋もれてしまうのを避ける意味があったものと考 えられる。

  つまり、ここまでとりあげた本伝本の書込みは、下の本文部分の記号類は家集 本文を言葉に分解したもの、上の頭書はその中の最要の語を抜き出したものであ る。実際の書込みもこの順に行われたと考えるのが自然であろう。すなわち、言 葉を拾い上げる作業として、上下でいわば一つのシステムをなしているというこ とができる。そして、実はこれは索引のための与清のシステムなのである。この 理解は可能性の一つにすぎず、恣意的にすぎるかもしれない。しかしながら、小 山田与清という人物とその書物への対し方を見れば、これらが与清の作業と考え て全く矛盾のないものであるということである。逆に言うならば、この伝本が与 清の作業の「場」であり、その「跡」であることもまた認めてよいものである。         

―三

  与清の作業について一つの例をあげてみよう。早稲田大学図書館の特別資料室 に は 小 山 田 与 清 の 自 筆 校 本 や 書 入 れ 本 が 収 め ら れ て い る が、 そ の 中 の 一 本、 「 狭 衣物語」 (函架番号 ヘ

12 04874

) である。この本は無刊記古活字版で、 巻首に 「田 安府芸台印」 、「献英楼図書記」 、「此君精舎蔵印」 (巻尾にも) 、「伊藤文庫」 、「横山重」 、 「天泉呆今」 、 巻尾に「梅華艸堂珍書雲烟過眼之記」とあり、 流転を重ねた本だが、 一時与清の手にあって与清筆の様々な書込みと傍線の類が見られる。これらは南 部家旧蔵本群書類従本「散木奇歌集」と同じ体裁の本文の傍線、傍点を持ち、校 異 や 注 と 頭 書、 標 注 を 朱、 墨 と ま ま 藍 墨 に よ っ て 書 き 込 む も の で あ る。 「 散 木 奇 歌集」よりも少ないけれども、同じように行の左右に施され、重複もあり、なお か つ 地 名、 名 所 の 類 の 記 号 は 直 線 で あ る。 人 物 に は 中 線 が あ る と こ ろ は 違 う が、 南部本「散木奇歌集」と同じと見てよい。朱にはやや明るいものと暗めの色との 二種あって、傍線、傍点にもこの二種が使われ、やや大振りの字で書かれる頭書 は細字の標注に対して暗い朱で書かれて、頭書に相当する本文部分に同じ色の記 号があるのを見ることができる。この大きな字の方が南部本「散木奇歌集」の上 欄外の朱の頭書に相当するものである。なお、標注には契沖、村田春海、賀茂季 鷹、間宮永好など、与清に関わりのある人物の名があり、小山田与清筆書入れと 見る状況的証拠となる。同時期に存在する人々ではないので、注を引用したり見 解を聞いたりしたものであるらしいが、この中に与清の名はなく、注自体が与清 のものであると考えるのが自然である。

(12)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 一二

        

―四   その与清の作業は、先に「見出し」と書いたが、その先に「索引」を予定した ものであり、当該部分の抜き出し、あるいはそれを用いた考証に備えるものであ っ た

(注十七)

。「 散 木 奇 歌 集 」 の 朱 の 頭 書 の 言 葉 の い く つ か は 例 え ば「 松 屋 筆 記 」 に 見 出 す こ と が で き る。 一 部 で は あ る が、 「 松 屋 筆 記 」 と 南 部 本 の 該 当 す る 部 分 と を あ げ る

(注十八)

。「散木奇歌集」に関わるところに傍線を引いた。

  「松屋筆記」散木奇歌集の引用   ・ みそうづ   散木集隠題の部に田上に侍りけるころこもりがいねといふ物をも ち ひ に し て と り 出 て 侍 り け る を ま た の 日 み そ う づ に し て 侍 る を 見 て よ め る 「 ほ う し こ の い ね と 見 し ま に も ち ぬ れ は み め う つ ま て も 成 に け る 哉 」 と 見 え たるみそうづは 増

ゾウスヰ

水 の事也撮壌食物部に曾水をみそうづとよめるにてしるべ しみそうづは沙石集にも見え増水は節用集運歩色葉集などに出たりみそうづ は味噌水の義なるべし漿をコンヅといふも似たる詞づかひ也此考は荻野長が 問に答し也 頭書

尺素往来七日のみそうづ

(巻四

―十二)

  ・   沙 石 集 四 の 巻 道 人 可 捨 執 着 事 の 条 に( 中 略 ) 下 学 集 飲 食 門 に 増 水 也 云 々 与 清 曰 は 糂 と 通 ず 増 水 は 節 用 集 に ミ ソ ウ ヅ と よ み た り み そ う づ は 俊 頼 の散木集 沙石集などにも見ゆ今のぞうすゐといふものはもと糂汰をもて製り しこと知べし(下略) (巻十四

―七十六)

  ・

メジ

  同 集

四の巻

に 秋 の 夜 の 月 い と い た う く も り た る に「 な か む れ と め ちにも霧の立ぬれは心やりなる月をたに見す」按に此めぢてふ詞は 俊頼の歌 にもよみて そは袖中抄にも引たり目路の義にて目のかよふほどをはるかに見 やる心也(巻五

―卅一)

  ・ 名をかくしてよめる歌   忠見集にはじめて召あげられけるに「君か代にさか ゆくへしとおもひせはしらまし物をたゝみねの道」此歌忠見といふ名をかく してよみ入たり 俊頼の散木集にもとしよりとよみたる歌あり 頼政の歌に「ひ をけさいかによりまさるらん」とも有此外おほかり曾丹集長歌にも「名をよ したゞと名づけつゝ」とあれどこれはかくしたるにはあらず。 (巻八

―三)

  ・ おしね   おしねはおそ稲の義にあらずおはそへ字にてしねといふべきをさい ふ也と師錦織翁の説なりされど夫木抄冬三安元元年十月右大臣家歌合初雪清 輔朝臣「おしねかるしつのすかゝさ白妙にはらひもあへすつもる雪かな」此 歌判者清輔朝臣云田は秋ことかる物にとあるを雪ふらん時はいかゞなど申人 あ り し か ど も 其 は 僻 事 也 十 月 に か る 所 お ほ か り お し ね と 云 は お そ き 稲 な れ ば か き あ ひ て こ そ 侍 れ と 云 云 按 に 此 説 に よ れ ば 晩 稲 の 事 也 さ て は「 お し ね 」 と書べし「オソイネ」の略也 頭書

散木集秋に「うき身には山田のおしねおしこめて世をひたすらにうらみつるかな」これもおしねおしこめてとつゞけたり

(巻 十一

―十五)

  ・ ざりせばと云てにはの格   散木集三に月のいらんとするを見てよめる「月み れはすくな御神そうらめしき西には山をつくらさりせは 」此歌下によからま しといふ詞を余情に添て心得べし一ツの変格也(巻十一

―卅五)

  ・ はゞかる   散木集釈教部に仏の御したはひろく長くしておほ空になんはゞか るといふことをよめる「みそらにも吹かよふらしおほくちのまかみか原のこ のした風は」云々又阿弥陀仏の御身は世中にみちてはかりうべからずといへ ることをよめる「みたの身もあまつみ空にはゝかりてよもせはしとやおもひ しるらん 」云々右の詞書と歌とにはゞかるといへるは今俗言にはだかるとい ふとおなじ心に用たり憚の字の心にはかなはずニクマレモノゝ世ニハゞカル などいふはゞかるとおなじ 頭書

盛衰記廿六ノ十五丁オ坪ニテハバカルホドノ大頸ニテ云々

(巻十二

―二)

南部本散木奇歌集の該当部分 (なるべく原態に近く示した。 ゴシック体は朱頭書、

波線 は右波線、網の部分は左波線、 直線は右直線 、

は傍点) 、

は圏点、表

記しにくいものは注で示し、傍記等は省略した) 田上 に侍りけるころ こもりかいねといふ物をもちゐにして とり出て侍 りけるをまたのひ みそうつ

4444

にして侍るを見てよめる

(13)

南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌集」の輪郭(山田)   ほうし子   ほうしこ

4444

の いね とみしまに もちゐれは みそうつ

4444

迄もなりにける哉   みそうづ        * 和 歌 中「 み そ う つ 」 は 右 に 傍 点 及 び 圏 点 を 二 重 に 付 し、 「 そ う つ 」 の 部 分 左         に傍点            伊勢 に侍りける比 たよりにつけて 修理大夫のもとにつかはしける  

メヂ

  とへかしな たまくしのは

444444

にみかくれて もすの草くき

444444

めち

88

ならすとも        *「草くき」の部分左波線(あるいは点)

        殿下 にて卯花をよめる   名をのみ   うの花の身のしらかとも見ゆる かな賎かかきねも としより

4444

にけり       *「 う の 花 」 の 部 分 傍 点 に も 見 ゆ、 「 と し よ り に 」 の 左 に「 年 老

ヨリ

  俊 頼 ヲ ソ フ 」 と         傍記          田上にてたかるをみてよめる   おしねおし    こめて   うき身には 山田のをしねをしこめて 世を ひたすらに うらみつる哉   ひたすら               *「をしね」は左に「お」と朱書にて訂、 「おしこめて」左に朱圏点          月のいらんとするをみてよめる   西には山を

  つくらざり   月みれは すくなみかみそうらめしき

444444444444

にしには 山をつくらさりせは

444444444

    

4444

せば  

4444

      *「 に し に は 山 を つ く ら さ り せ は 」 は 左 に 朱 傍 点、 「 さ り せ は 」 に「 さ ら ま し 」 と         傍記              仏 の 御 し た は ひ ろ く 長 く し て お ほ 空 に な ん は ゝ か る と い ふ こ          とをよめる   はゞかる   みそらにも吹かよふらし おほくちのまかみか原 のこのした風は    (墨頭書) 「万葉/大口ノ真神カ原ニフル/ユキハイタクナフリソ/イヘモアラナクニ」

      *「まかみか原」は左右ともに直線

一三          阿弥陀仏の御身は世中にみちて はかりうへからす といへる

  はゞ        事をよめる    かりて    みたの身 もあまのみそらに はゝかりて よもせはしとやおもひしる         らん   先の「狭衣物語」と南部本「散木奇歌集」との類同は、同じ一人の人が行った 結果と見なければならず、この「松屋筆記」の項目なども参照すれば、それは小 山田与清の仕事であるということになるであろう。

  従って南部本遊紙の「与清曰」以下は小山田与清の識語であり、伝本内部も与 清の仕事であり、それが与清筆でないのは、もと同じもの、すなわち類従本に与 清自身が書込んだ原本があって、それを後人が同じく群書類従を用いて複製した からであるということになるであろう。これが南部家旧蔵群書類従本「散木奇歌 集」の由来である。

           与 清 は 少 な く と も 写 本 と 群 書 類 従 本 と 二 種 の「 散 木 奇 歌 集 」 を 手 に し て い た

(注十九)

。 その小山田与清書入れ類従本そのものが存在することは、実は既に関根によって 報 告 さ れ て い

(注二〇)

る 。 す な わ ち、 「 静 嘉 堂 文 庫 蔵 散 木 奇 歌 集 」、 い わ ゆ る 間 宮 本、 の 項 に、

     十巻三冊本で次の奥書を有する。

    散木集十巻以師翁写本書写之維時文政十年晩秋下旬命重賢書写之而后再三 校合了至初冬望後落成以識其由   源輳       以師翁校本一校畢

此本今      水戸家ヘ献上彼御文庫ニアリ

        文久二年三月廿八日功畢         間宮永好

(14)

福岡大学研究部論集

  A   九(一)二〇〇九 一四

     これによれば、 源輳が師翁蔵本を以て文政十年書写し校訂を加へた本で、 これを間宮永好が入手して更に彼の師小山田与清の校本により校異を書入 れたものである。即ちこの本は書写は輳、校異の書入は輳と永好とによつ てなされ、永好の書入は小山田与清校本に拠るのである。そして第一冊見 返の永好の識語には      墨と朱とを以て傍に書けるはもとより此本にありける也   サと記せるは   故翁本に藍を以てものせる也   イと記せるは異本也   △と記せるは故翁   校本に書名なきもの也   ルと記せるは群書類従   墨と記せるはル   の異   本也   ○と記せるは墨にて故翁本に校せる也但書名をあげず   □と記せ   るは故翁本に墨にてイと記せる本     とある通り、当本は永好入手以前と覚しき墨朱書入とサイ△ル墨○□に符 分した校異を示し、外に契冲本と記入した補入歌の書入もあるが、右見返 の識語によれば師翁校本の本文は書入てゐないのは不審である。所が彰考 館には、小山田与清が和装群書類従三冊に書入校合を施した散木集が蔵さ れてゐて、この書入は輳本になした永好の書入と全く一致するので、永好 の云ふ師翁本とはこの与清の書入類従本であり、従つて与清本の本文は群 書類従なることが判明した。なほ永好は与清の註記考証をも写してゐるか ら、 こ の 永 好 本 は、 居 乍 ら に し て 与 清 本 を も 見 る こ と が 出 来 る の で あ る。 但しどういふわけか永好の書入は祝部あたりまでで中止し雑の辺から又始 まつてゐる。与清本にはこの間も継続してゐるから、中絶の分は与清本を 以て補ふべきである。

     因 み に、 新 校 群 書 類 従 の 散 木 奇 歌 集 解 題

第十一巻三十四頁

は、 間 宮 本 散 木 集 に つ い て記したあたり頗る明瞭を欠いてゐるが、間宮本とは上掲の奥書を有する 現在の静嘉堂文庫蔵本で、松井簡治博士旧蔵本であり、前述のごとき本な のである。そして「水戸家へ献上」した本とは与清の書入類従本のことで ある。 とある記述である。間宮永好は与清の門人であり、この経緯は自然なところであ ろ

(注二十一)

う 。

  と こ ろ が、 こ れ は 謎 の 伝 本 で あ っ て、 こ の 群 書 類 従 本 は 現 在 行 方 不 明 で あ る。 平 澤 五 郎 に よ れ ば、 「 現 在、 彰 考 館 文 庫 訪 書 の 際、 該 群 書 類 従 本 に つ き お 伺 い い たしたところ、当該書は見あたらず、その詳細の検討は不明」であると い

(注二十二)

う。 し か し、 関 根 は こ の 本 と 間 宮 本 の 本 文 を 比 較 し た 上 で、 「 永 好 の 書 入 は 祝 部 あ た り ま で で 中 止 し 雑 の 辺 か ら 又 は じ ま っ て い る 」 が、 「 与 清 本 に は こ の 間 も 継 続 し て い る 」 と い う の で、 実 見 し た こ と は 確 か で あ ろ う。 『 散 木 奇 歌 集 の 研 究 と 校 本 』 は一九五二年の出版だが、調査は戦前に行われて お

(注二十三)

り、 あるいはその頃には見る ことができたのかもしれないが、 『彰考館図書目録   附焼失目録』 にも記載がない。 さらに、平澤論文は「国立国会図書館蔵文政十二年内藤広前写・岡田希雄校合書 入本」 、関根のいう「岡田本」について、

  文政十二年十二月九日から同月十七日にかけて内藤広前の書写するところ の 本 を 手 得 し た 岡 田 希 雄 が 後 述 の 書 入 本 を 主 と し た 校 合・ 書 入 れ を 移 写 し、 自らも又追補増訂した、それが本書の経由である。 (中略)

  先ず、本書の本文は、さきの内題・各部立にも見るごとく群書類従本から の 転 写 で あ り、 各 冊 編 成、 同 丁 数、 行 数・ 字 詰 を も 同 じ く す る。 ( 中 略 ) 該 本の模写とも云うべき書写状況を呈している。 (中略)

  しかし、本書の校合にも看てきたごとくに此の岡田希雄の手跡書入れの過 半はさきの間宮永好校合本の書入れと同じくして其の依拠するのはやはり共 に小山田与清本であろうと推定されるのである。既に該書書入れにて言及し たが、本書の書入れには「永好曰」の附注を一切見出さないところから校異 移写と共に永好校合本ではなくして或は直接に与清校合本、又はその転写本 などに拠ったものであろう。 と い

(注二十四)

う。 岡 田 希 雄 本 も や は り 複 製 群 書 類 従 で あ り、 そ の 他 の 注 を 含 む け れ ど も、 結果として、与清書入れ本群書類従になっているということであろう。そうする と岡田も同じく「与清校合本、 又はその転写本」を見たわけで、 それがどこにあっ たのか、関根が見た本と同じなのか違うのか、これも謎なのである。

参照

関連したドキュメント

 1914 年 (大正 3 年) から 1945 年 (昭和 20 年) の敗戦まで、日本は「南 洋群島」という名でおよそ

A Study of Samidarekagun in the Summer Chapter of Shinchokusensyu: The story of HANACHIRUSATO at the Samidarekagun OKADA Naomi* There are waka poems including the word "Samidare"

[r]

30 Astronia carolinensis Kanehira.. 233 Astronia

[r]

その祠の存在が奇妙なほど自然なものに思われ、自分は

[r]

[r]