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『新勅撰集』夏歌の五月雨歌群に関する一考察: 歌群に見られる花散里の物語

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Academic year: 2021

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(1)『新勅撰集』夏歌の五月雨歌群に関する一考察 ―歌群に見られる花散里の物語―. 岡 田 直 美 * (平成 21 年 6 月 18 日受付,平成 21 年 9 月 7 日受理). A Study of Samidarekagun in the Summer Chapter of Shinchokusensyu: The story of HANACHIRUSATO at the Samidarekagun OKADA Naomi* There are waka poems including the word "Samidare" in the Summer Chapter of Shinchokusensyu. The purpose of this study is to answer the question how FUJIWARA NO TEIKA arranged these poems. I found out the truth that number 227-234 poems in Teika Hachidaisyo have implication for number 33-38 poems in Teikakyo Hyakuban Jikaawase. Then again number 33-35 poems in Teikakyo Hyakuban Jikaawase and number 169-171 poems in Shinchokusensyu have the same word "Samidare No Sora". In connection to this, Teika Hachidaisyo and Teikakyo Hyakuban Jikaawase have implication for Shinchokusensyu. In the influential poems, we can see the Tale of Genji. Therefore, I figured that TEIKA arranged number 169-171 poems visualizing the story of HANACHIRUSATO in the Tale of Genji. Thinking like this, I may say that it is possible that one waka poem is eliminated from Shinchokusensyu Miteikouhon, and I tried to seek for the eliminated poem too. Key Words:Shinchokusensyu,Samidare and Tachibana,HANACHIRUSATO,Suma no maki in the Tale of Genji, . Influence of Teika Hachidaisyo and Teikakyo Hyakuban Jikaawase. 1.はじめに. こ の よ う に 述 懐 の 歌 と し て も 解 さ れ る『新 勅 撰 集』. 定家の単独撰になる『新勅撰集』夏歌には,164 番~. 171 番歌であるが,この歌の「ひかり見ねばや」という. 173 番に五月雨が詠まれた歌群がある。その中の 171 番. 表現は,次のような恋歌をふまえて詠まれている。(下. 歌は次のような歌である。. 線部は,筆者が付したもの。以下,同じ。). 注3. 注1. . 関 白左大臣家百首歌よみ侍りけるに. 寛平御時きさいの宮の歌合のうた 紀とものり. 藤原光俊朝臣. ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人. 五月雨のそらにも月はゆくものをひかり見ねばやし る人のなき. のつれなき(古今 恋歌二 567) また,『新勅撰集』171 番歌の出典と考えられる『洞. この歌について古注では. 院摂政家百首』において,「五月雨」の題で詠まれた光. (1). い たくくもれる時に月日のうするやうに思ふはいた. 俊の他の歌も,次のように,恋歌に見られる表現が詠み. りておろかなる人のたとひに法門にいへれば,これ. 込まれている。. は釈教の所に入へきにや。五月雨の空にゆく月は誰. 五月くるかづらき山はふもとまでたなびく雲に雨は. かは見るへき。又ありて行物とは誰かしらぬ。こゝ. ふりつつ( 475). にありては然るへからぬ歌なり. さみだれの空にも月は行くものを光みねばやしる人 のなき( 476). と配列上問題のある歌として解したり, (2). 其徳は有なから沈みたるを歎息したる歟. 大あらきの杜の下草かりにだに人こそ見えね五月雨. 注2. と述懐の歌として解したりしている 。また,『新勅撰和. の比( 477). 歌集全釈』においても,古注釈をふまえて. けふいくか末の松山さみだれに人もうらみぬ波のこ. (3). 五月雨の雲に隠れてめぐっている月を知る人がない. すらん( 478). と言って,我が身の不遇・沈淪を嘆いているのである。. 五月雨の晴まやみゆる難波人うらめづらしくもしほ くむなり( 479). と記されている。 * 吉野川市立森山小学校. (Moriyama Elementary School) . ― 63 ―.

(2) 上の下線部の表現のうち,「かづらき山」は,先行歌. 1 組になる歌が『新勅撰集』未定稿本に存在していた可. において次のように詠まれている。. 能性についても考察を試みていくことにしたい。. あしひきの葛木山にゐる雲のたちてもゐても君をこ. なお,本稿においては,主題として詠まれているか否. そおもへ(拾遺 恋三 779 よみ人しらず). かに関係なく,五月雨が連続して詠み込まれている歌群. よそにのみ見てややみなんかづらきやたかまの山の. を五月雨歌群と表現して述べていくこととする。. 嶺のしら雲(新古今 恋歌一 990 読人しらず) また,「大あらきの杜の下草」「かりにだに」,「末の松. 2.「左近中将公衡」「さはだ河」と『源氏物語』. 山」,「うらめづらしく」についても,次のような先行歌. 『新勅撰集』夏歌の五月雨歌群 164 番歌~ 173 番歌の. を見ることができる。. 中に位置する 168 番には,「左近中将公衡」という作者. おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめず. 名の歌が配されている。この作者名は,次のように,167. かる人もなし(古今 雑歌上 892 読み人しらず). 番歌の作者名「前右近中将資盛」と対をなすよう配列さ. 野とならばうづらとなりて年はへむかりにだにやは. れている。 六条入道前太政大臣. 君かこざらむ(古今 雑歌下 972 よみ人しらず) 君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこ. 五月雨にいせをのあまのもしほぐさほさでもやがて. えなむ(古今 東歌 1093 よみ人しらず). くちぬべきかな( 166) 前右近中将資盛. ちぎりきなかたみにそでをしぼりつつすゑのまつ山 なみこさじとは(後拾遺 恋四 770 清原元輔). さみだれの日をふるままにひまぞなきあしのしのや. わがせこが衣のすそを吹返しうらめづらしき秋のは. ののきのたま水( 167). つ風(古今 秋歌上 171 よみ人しらず). 左近中将公衡. このような先行歌の存在から,『洞院摂政家百首』の. さみだれのころもへぬればさはだ河そでつくばかり. 5 首は,恋歌の表現をふまえつつ五月雨が詠まれた歌と. あさきせもなし(168). して見ることができ,『新勅撰集』171番歌の出典とな. 源家長朝臣. った歌のみに釈教や述懐の意が強く感じられるというこ. うちはへていくかかへぬるなつびきの手びきのいと. とはない。また,『新勅撰集』においても,前後の歌は. のさみだれのそら( 169). 次のように配列されており,171番歌を含む歌群が,釈. 下線部に示したように,この 2 首は,作者名が対照的. 教,或いは,不遇・沈淪の意を強く打ち出しているとは. であるだけでなく,「さみだれの」という表現が共に第 1 句に置かれているところから,1 組として見ることが. 考えられない。. 注4. 題しらず 春宮権大夫良実. できるよう配列されていると考えられる 。このような配. たちばなのしたふく風やにほふらむむかしながらの. 列を見る時,「左近中将公衡」という作者名は,たまた. さみだれのそら( 170). まそこに置かれたというよりは,定家の配慮の結果, 168 番に置かれたものであると考えられる。即ち,『新. 関白左大臣家百首歌よみ侍りけるに 藤原光俊朝臣. 勅撰集』167 番歌・168 番歌の撰歌配列をする定家は, 「左. 五月雨のそらにも月はゆくものをひかり見ねばやし. 近中将公衡」という名に注目していたと考えられるので. る人のなき( 171). ある。. 宇治入道関白家歌合に 相模. また,168 番歌に詠まれている「さはだ河」は,『新 注5. さみだれはあかでぞすぐるほととぎす夜ぶかくなき. 勅撰集』に 1 例しか見られない歌枕である 。この「沢田川」. しはつねばかりに( 172). は,『新勅撰集』以前の勅撰集では,『金葉集』に 1 例だ. このような『洞院摂政家 百首』や『新勅撰集』の前後. け,次のように,詠まれている。. の歌から,『新勅撰集』171 番歌は,恋歌をふまえて釈. 俊忠家歌合に五月雨をよめる 藤原顕仲朝臣. 教や述懐の意が詠まれていると見るよりは,恋歌をふま. さみだれにみづまさるらしさはだ川まきのつぎはし. えつつ四季の歌即ち五月雨が詠まれた歌と見る方が自然. うきぬばかりに( 138). であると考えられる。. 『金葉集』 この歌は『金葉集』二度本 138 番歌であるが,. 本稿では,この『新勅撰集』171 番歌を含む歌群に,. 三奏本においても 134 番歌として見ることができる。そ. 定家が『源氏物語』を見ることが可能であったことを明. して,定家は,『新勅撰集』以前の勅撰集に 1 例しか見. らかにし,「たちばな」という表現から,この歌群に花. られないこの「さはだ川」詠を,『定家八代抄』に次の. 散里の物語が重ねられつつ撰歌配列がなされた点につい. ように撰び入れている。 注6. て考察していく。併せて,歌に『源氏物語』を見る点,. 題 しらず 左近中将公衡. 及び,『新勅撰集』の配列上の点から,171 番歌と 2 首で. 折しもあれ花橘のかをるかなむかしをみつる夢の枕. ― 64 ―.

(3) に( 227). とも絶えてない状況を詠む歌として読むことができる。 皇太后宮大夫俊成. 俊成詠と定家詠をこのように読むとき,229 番の「沢田. たれかまた花橘に思ひいでん我もむかしの人となり. 川」詠は,「山城国を流れる浅い沢田川も五月雨のため. なば( 228). に水嵩が増していることだろう」と京を思う光源氏の心. 中納言俊忠家歌合に,五月雨をよめる. 情を詠む歌として,或いは,五月雨が降り続く状況を物. 藤原顕仲朝臣. 語の地の文のように語る歌として見ることもできる。. 五月雨に水まさるらし沢田川まきの継橋うきぬばか. このように,『定家八代抄』の「沢田川」詠を含む歌. りに( 229). 群には『源氏物語』を重ねて読むことができる。従って,. 崇徳院に百首歌奉りける時 皇太后宮大夫俊成. 『新勅撰集』夏歌の五月雨歌群において,「左近中将公. 五月雨はたくもの煙うちしめりしほたれまさる須磨. 衡」の詠んだ「さはだ河」詠を配する定家には,『定家. の浦人( 230). 八代抄』227 番歌~ 231 番歌とともに,『源氏物語』須磨. 題しらず 参議定家. 巻もまた,思い起こされていたと考えられるのである。. 玉鉾の道行人のことづてもたえてほどふる五月雨の 3.『定家八代抄』 『定家卿百番自歌合』と『新勅撰集』. 空( 231) ここでの『定家八代抄』においては,227 番の「左近. 『新勅撰集』169 番歌~ 171 番歌には,次のように「さ. 中将公衡」の歌に近い 229 番に「沢田川」詠を見ること. みだれのそら」という表現が 3 首連続して見られる。. ができる。『新勅撰集』に 1 首のみ見え,『新勅撰集』成. 源家長朝臣. 立以前の勅撰集に 1 首しか入集していない歌枕「沢田川」. うちはへていくかかへぬるなつびきの手びきのいと. が,『定家八代抄』の 229 番に見え,『新勅撰集』の撰歌. のさみだれのそら( 169). 配列の際注目したであろう「左近中将公衡」という作者. 題しらず 春宮権大夫良実. 名が,227 番に見られるのである。 しかも,228 番歌と. たちばなのしたふく風やにほふらむむかしながらの. 230 番歌は,定家の父俊成の 歌であり,231 番歌は,定. さみだれのそら( 170). 家自身の歌である。さらに,229 番歌の詞書に見える「俊. 関白左大臣家百首歌よみ侍りけるに. 忠」は,定家の祖父である。ここに挙げた『定家八代抄』. 藤原光俊朝臣. の歌群が,定家にとって印象の薄い歌群であろうはずは. 五月雨のそらにも月はゆくものをひかり見ねばやし. ない。『新勅撰集』夏歌の 168 番に「左近中将公衡」の「さ. る人のなき( 171). はだ河」詠を配する定家には,『定家八代抄』の 227 番. このように 3 首連続して「さみだれのそら」という表. 歌~ 231 番歌が思い起こされていたであろうことは容易. 現が並ぶ例は,『新勅撰集』以前の勅撰集には見られな. に考えられる。. い。しかし,『定家卿百番自歌合』には,「五月雨の空」. この歌群に位置する『定家八代抄』230 番の俊成詠は,. という表現をもつ定家詠が 3 首連続して,次のように配. 『源氏物語』須磨巻における次のような物語をふまえて. されている。. 詠まれていると考えられる。. 十七番 左 院百首. (4). ながあめ. や うやう事静まりゆくに,長 雨のころになりて,京. いたづらに雲ゐる山の松の葉の時ぞともなき五月雨. のことも思しやらるるに,恋しき人多く,女君の思. の空( 33). とうぐう. したりしさま,春 宮の御事,若君の何心もなく紛れ. 右勝 私百首 号閑居百首文治三年 やまざとの軒端の梢雲こえてあまりなとぢそ五月雨. たまひしなどをはじめ,ここかしこ思ひやりきこえ い. の空( 34). たまふ。(中略)京へ人出 だしたてたまふ。宮には, とまや. 源氏 「松島のあまの苫 屋もいかならむ須磨の浦. 十八番 左持 私百首 文治五年 玉ぼこの道行人のことづてもたえてほどふる五月雨. 人しほたるるころ き. かた. のそら( 35). いつとはべらぬ中にも,来 し方 行く先かきくらし, みぎは. 汀 まさりてなん」。. 右 院庚申五首建保五年四月 なきぬなりゆふつけどりのしだりをのおのれにもに. 上の光源氏詠に「須磨の浦人しほたるるころ」という. ぬよはのみじかさ( 36). 表現が見られるところから,俊成詠は,この場面をふま えて,須磨で哀しみに沈む光源氏を思わせて詠まれてい. 上の『定家卿百番自歌合』18 番左歌は, 『定家八代抄』. ると考えられる。続く定家詠は,俊成詠を受けて,頻繁. 231 番歌でもある。. に手紙が京と須磨を行き来することもない五月雨の頃を. 続く『定家卿百番自歌合』19 番には,次のような2. 詠んだ歌として,或いは,『源氏物語』須磨巻の物語が. 首が見られる。. 遠い過去の話となって今となっては手紙が行き来するこ. 十九番 左 院百首 初度. ― 65 ―.

(4) かたいとをよるよる峰にともす火にあはずは鹿の身. 『定家八代抄』は建保 3 年( 1215)に成立したと考え. をもかへじを( 37). られ ,『定家卿百番自歌合』の前稿本は建保 5 年( 1217). 注7. 注8. 年に成立している 。成立年代が近いこともあり,『定家. 右勝 千五百番 ひさかたのなかなる河のうかひ舟いかに契りてやみ. 卿百番自歌合』18 番左の「玉ぼこの道行人」詠を含む歌. を待つらん( 38). 群を撰歌配列する定家には,『定家八代抄』231 番の自. 『定家卿百番自歌合』では,「玉ぼこの道行人」詠を. 身の「玉鉾の道行人」詠を含む歌群が想起されていたと. 含む 18 番の 2 首に続いて,19 番では「ともす火」 「鹿」 (19. 考えられる。従って,『定家卿百番自歌合』18 番左歌を. 番左)と「うかひ舟」 「やみ」 (19 番右)が詠まれているが,. 含む歌群を配列する定家には,『定家八代抄』231 番の. 『定家八代抄』においても,定家の「玉鉾の道行人」詠. 自身の歌を含む歌群に見る『源氏物語』もまた,当然見. と共通する表現をもつ貫之詠に続いて,次のように, 「と. えていたと考えられるのである。 このように,『定家八代抄』と『定家卿百番自歌合』. もす火」「鹿」と「鵜飼舟」「やみ」が詠まれている。 題しらず 参議定家. の間には,密接な関連性が認められるのであるが,『新. 玉鉾の道行人のことづてもたえてほどふる五月雨の. 勅撰集』も含めてその関連性をまとめると,次のように. 空( 231). なる。(詞書は省略した。). 延喜御時月次御屏風に 紀貫之 夏山のかげをしげみや玉鉾の道ゆき人も立ちとまる らん( 232) こ. さ月山木 の下闇にともす火は鹿の立ちどのしるべな りけり(233) 夏の歌の中に 前大僧正慈円 鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそうぢ川の夕や みの空(234) このような五月雨を詠む歌の後に「ともす火」 「鹿」 ・ 「鵜 飼舟」「闇」という表現が連続して見られるのは,管見 の及ぶ限りでは, 『新勅撰集』成立以前では『定家八代抄』 と『定家卿百番自歌合』のみである。 また,上に示したように,『定家八代抄』では,231 番 歌・232 番歌で「玉鉾の道行人」という表現が共通し, 233 番歌・234 番歌で「闇」という表現が共通しており, 2 首ずつのまとまりとして見ることができる。なお,こ れに続く 2 首も,次のように,ひとまとまりとして見る. 『定家八代抄』 折りしもあれ 花橘のかをる かなむかしを 見つる夢の枕 に(227 左近 中将公衡). 夏かりの玉江の葦を踏みしだき群れ居る鳥の立つ空 ぞなき(235) 紀貫之 夏の夜の臥すかとすれば時鳥なく一声に明くるしの. 五月雨に水ま さるらし沢田 川まきの継橋 うきぬばかり に(229 藤原 顕仲朝臣) 五月雨はたく もの煙うちし めりしほたれ まさる須磨の 浦人(230 皇 太后宮大夫俊 成). のめ(236) この 2 首は,「夏」という共通する表現が共に歌の最 初に位置している。また,「鳥」「時鳥」という類似する 表現もそれぞれ詠み込まれている。235 番歌・236 番歌 のこのような表現から,『定家八代抄』234 番歌は,235 番歌とではなく,233 番歌と 2 首で 1 組と見ることがで きるよう配列されていると考えることができる。 このように,『定家八代抄』231 番歌~ 234 番歌と『定 家卿百番自歌合』18 番・19 番は,同じ表現が連続して 見られる点,共に 2 首でひとまとまりと見ることができ る点から,その配列に多くの共通点をもつことがわかる。 ― 66 ―. 『新勅撰集』 さみだれのころ もへぬればさは だ河そでつくば かりあさきせも なし(168 左近 中将公衡). たれかまた花 橘に思ひいで ん我もむかし の人となりな ば(228 皇太 后宮大夫俊成). ことができる。 源重之. 『定家卿百番 自歌合』. 玉鉾の道行人 のことづても たえてほどふ る五月雨の空 (231 参議定 家) 夏山のかげを し げみや玉鉾 の道 ゆき人も 立ちと まるら ん(232 紀貫 之). 十七番 左 いたづらに雲ゐ る山の松の葉の 時ぞともなき五 月雨の空(33). 右勝 やまざとの軒端 の梢雲こえてあ まりなとぢそ五 月雨の空(34). 十八番 左 持 玉ぼこの道行人 のことづてもた えてほどふる五 月雨のそら(35) 右 なきぬなりゆふ つけどりのしだ りをのおのれに もにぬよはのみ じかさ(36). うちはへていく かかへぬるなつ びきの手びきの いとのさみだれ のそら(169 源 家長朝臣) たちばなのした ふく風やにほふ らむむかしなが らのさみだれの そら(170 春宮 権大夫良実) 五月雨のそらに も月はゆくもの をひかり見ねば やしる人のなき (171 藤原光俊 朝臣).

(5) さ月山木の下 闇 にともす火 は鹿 のたちど のしる べなり けり(233). また,「たちばな」「にほふ」「むかし」という表現が. 十九 番 左 かたいとをよる よる峰にともす 火にあはずは鹿 の身をもかへじ を(37). 詠み込まれる 170 番歌は, さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする (古今 夏歌 139 よみ人しらず) という歌をふまえていると考えられる。 このように,3 首の「さみだれのそら」詠は,共に,. 鵜飼舟あはれ と ぞ見るもの のふ のやそう ぢ川の 夕やみ の空(234 前 大僧正慈円). 先行する恋歌を思い起こさせつつ配列されている。. 右勝 ひさかたのなか なる河のうかひ 舟いかに契りて やみを待つらん (38). 定家が『新勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」詠に 『源氏物語』須磨巻を思い起こすことができたと考えら れることについては既に述べた。これに加えて,先行す る恋歌及び「なつ」( 169)・「たちばな」( 170)・「月」 ( 171)・「さみだれのそら」( 169・170・171)という表 現を見ることができるが,これは,『源氏物語』におい. ここに示したように, 『定家八代抄』 『定家卿百番自歌合』. て夏に関連させて語られる花散里と共に語られる表現で. に加えて,『新勅撰集』との間にも密接な関連性を認め. 「橘」 もあ る。花散里は,花散里巻において「五月雨の空」. ることができる。『新勅撰集』168 番の「さはだ河」詠. 「月」とともに,次のように登場してくる。. 注10. (5). さ み だ れ. を配する定家が『源氏物語』須磨巻を思い起こしていた. 忍 びがたくて,五 月雨の空めづらしく晴れたる雲間. と考えられる点については前の項で述べたが,『新勅撰. に渡りたまふ。(中略)二十日の月さし出づるほど こだか. 集』169 番~ 171 番の 3 首の「さみだれのそら」詠の配. こぐら. に,いとど木 高き影ども小 暗く見えわたりて,近き たちばな. にほ. ほととぎす. 列においても,定家には,『定家卿百番自歌合』を介し. 橘 のかをりなつかしく匂 ひて,(中略)郭 公,あり. て『定家八代抄』に見られる『源氏物語』須磨巻が見え. つる垣根のにや,同じ声にうち鳴く。慕ひ来にける. ていたと考えられる。また,『定家八代抄』『定家卿百番. よ,と思さるるほども艶 なりかし。(中略). えん. たちばな か. 自歌合』は,共に 2 首でひとまとまりと見る配列がなさ. 源氏 「橘 の香をなつかしみほととぎす花散る里. をたづねてぞとふ(中略). れているところから,『新勅撰集』171 番歌を含む歌群 にしおもて. においても,2 首でひとまとまりと見ることのできる配. 西 面には,わざとなく忍びやかにうちふるまひたま ひてのぞきたまへる. 列がなされている可能性が考えられる。 な お,『 定 家 卿 百 番 自 歌 合 』 の 後 稿 本 は, 貞 永 元 年. 花散里巻には「ほととぎす」も登場するが,この「ほ. 注8. ( 1232)頃に成立している が,本稿において考察する. ととぎす」は,『新勅撰集』においても五月雨歌群の最. 歌に関しては,前稿本と後稿本との間に改訂等による違. 後の 2 首( 172 番歌・173 番歌)から 179 番歌まで連続し. いは見られない。また,この後稿本の成立の時期は, 『新. て見られる表現でもある。. 注9. 勅撰集』が撰歌配列されていたと考えられる貞 永元年. 前に『定家八代抄』の俊成詠「五月雨はたくもの煙う. ( 1232)~文暦 2 年( 1235)と重なり,このような点. ちしめりしほたれまさる須磨の浦人」が『源氏物語』須. からも,『定家卿百番自歌合』が『新勅撰集』の撰歌配. 磨巻の光源氏詠をふまえて詠まれていることについて述. 列に影響を及ぼしている可能性は高いと考えられる。. べたが,この歌は,『長秋詠藻』において,「花散る里」 を詠む歌の隣に次のように並んでいる。. 4. 3首の「さみだれのそら」詠に見る『源氏物語』. 夏もなほ哀れはふかし橘の花散る里に家居せしより. 『新勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」詠のうち,. ( 26). 171 番歌については『古今集』の恋歌がふまえられてい. 五月雨はたくもの煙うちしめりしほたれまさる須磨. ることを述べたが,169 番歌と 170 番歌にも,恋歌に詠. の浦人( 27). まれることの多い表現が詠み込まれている。即ち,169. この 2 首は『久安百首』の歌であるが,『久安百首』. 番歌の「なつびきの手びきのいと」は,次のように,恋. においても隣り合って並んでいる。. 歌に詠まれることの多い表現である。. 定家は,『定家八代抄』に撰び入れた俊成の『千載集』. 夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともた. 入集歌を,『長秋詠藻』の歌群においても見ることがで. えむと思ふな(古今 恋歌四 703 よみ人しらず). き,『源氏物語』須磨巻をふまえて詠まれた俊成詠と共. ぬれつつもくると見えしは夏引きのてびきにたえぬ. に,「花散る里」という表現もまた容易に思い起こすこ. いとにや有りけん(後撰 恋五 976 よみ人しらず). とのできる状況にあったと考えられる。その定家が, 『新. 夏びきのてびきのいとのとしへてもたえぬおもひに. 勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」詠の中に,「たち. むすぼほれつつ(新古今 恋歌二 1140 越前). ばな」という表現をもつ歌を配する時,そこには当然花 ― 67 ―.

(6) 散里が思い起こされていたはずである。. 花散里の物語において繰り返し見られる表現である。. この花散里の物語は,澪標巻において,『源氏物語』. ③ 『新勅撰集』169 番歌の「なつ」という表現は,花. 須磨巻と関連性をもって,次のように語られている。 (6). 散里に関して用いられる表現でもある。. はなちるさと. か くこの御心とりたまふほどに,花 散里をあれはて. ④ 『長秋詠藻』の「しほたれまさる須磨の浦人」詠. さ み だ れ. たまひぬるこそいとほしけれ。(中略)五月雨つれづ. の隣には,「花散る里」という表現をもつ歌が並ん. おほやけわたくし. れなるころ,公 私もの静かなるに,思しおこして渡 つまど. でおり,定家にとって『源氏物語』須磨巻から「花. ふ. りたまへり。(中略)西の妻戸には夜更かして立ち寄. 散る里」は容易に思い起こすことができたと考えら. えん. りたまへり。月おぼろにさし入りて,いとど艶 なる. れる。. くひな. ⑤ 定家は,『新勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」. 御ふるまひ尽きもせず見えたまふ。(中略)水鶏のい と近う鳴きたるを,. 詠の撰歌配列の際に『源氏物語』須磨巻を想起して. 花散里 水鶏だにおどろかさずはいかにしてあれ. いたと考えられるが,花散里は澪標巻において須磨. たる宿に月を入れまし. 巻でのことを思いつつ憂き身を嘆いており,須磨巻. け. といとなつかしう言ひ消 ちたまへる(中略). を想起する定家が,「たちばな」という表現から,. 源氏 「おしなべてたたく水鶏におどろかばうは. 須磨巻を思い出す花散里の物語を想起するのは容易. の空なる月もこそいれ. であると考えられる。. こと. うしろめたう」とは,なほ言 に聞こえたまへど,あ. ⑥ 『新勅撰集』169 番歌の「うちはへていくかかへ. だあだしき筋など疑はしき御心ばへにはあらず。 (中. ぬる」という表現に,『源氏物語』澪標巻において. 略)「空なながめそ」と頼めきこえたまひしをりの. 「花散里をあれはてたまひぬる」と語られているよ. ことものたまひ出でて, 花散里 「などて,たぐひあ. うに,光源氏が花散里を訪れないままに幾日も五月. らじといみじうものを思ひ沈みけむ。うき身からは. 雨が降り続く意を見ることが可能である。. 同じ嘆かしさにこそ」とのたまへるもおいらかにら. 『新勅撰集』169 番歌~ 171 番歌に『源氏物語』を見. うたげなり。. る時,169 番歌には,光源氏が花散里を訪れないままに. 澪標巻においても「五月雨」と「月」が見えているが,. 五月雨が幾日も降り続く意が,花散里の感慨のようにも. ここに語られている「 「空なながめそ」と頼めきこえたまひ. 物語の地の文のようにも見えてくる。続く 170 番歌は,. しをり」とは,須磨巻の次のような場面を指している。. 「その昔花散里巻においてそうであったように,光源氏. (7). あ はれ添へたる月影のなまめかしうしめやかなる. の訪れた花散里邸において,昔と同じように五月雨の空. に,うちふるまひたまへるにほひ似るものなくて,. の下で橘が香っているだろうか」と読むことができる。. いと忍びやかに入りたまへば,すこしゐざり出で. そして,171 番歌には,花散里のもとを久しぶりに訪れ. て,やがて月を見ておはす。またここに御物語のほ. た光源氏が「五月雨の空の下でもあなたのことを心に掛. あ. がた. どに,明 け方 近うなりにけり。(中略). け,何かとお世話し申し上げておりますのに,月の光. 花散里 月影のやどれる袖はせばくともとめて. を見ないから月が行くことを知る人がいないように,. も見ばやあかぬ光を. 私が姿を見せないから私の真心を知る人がいないのです. おぼ. いみじと思 いたるが心苦しければ,かつは慰めきこ. ね。 (あなたを想う私の心がおわかりにならないのですね。 ) 」. えたまふ。. と,光源氏が花散里へ詠み掛けた歌としての意を見るこ (8). 源氏 「行きめぐりつひにすむべき月影のしばし. とができる。澪標巻において「よ そながらも,明け暮れ. 曇らむ空なながめそ. につけてよろづに思しやりとぶらひきこえたまふ」とあ. 須磨巻のこの場面は春のことなので「五月雨」という. り,また,光源氏が「月」に例えられて歌が詠まれてい. 表現は見られないが,「月」はやはり出てくる。. るところから,上記のように 171 番歌を読むことが可能. 以上から,『新勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」. である。. 詠に『源氏物語』の花散里の物語を重ねて見る根拠をま. ただ,歌にこのような意を見る時,花散里の返歌の意を. とめると,次のようになる。. もつ歌を 171 番歌に続いて見ることができない。. ① 3 首の「さみだれのそら」詠の表現には,先行す 5.『新勅撰集』五月雨歌群の配列と削除歌の可能性. る恋歌が思われてくる。 ② 170 番歌の「さみだれのそら」「たちばな」という. 171番歌を含む『新勅撰集』夏歌の五月雨歌群,及び. 表現は,花散里の登場する『源氏物語』花散里巻に. その前後の歌は,表現の上から次のように 2 首でひとま. 見られる表現である。また,『新勅撰集』170 番歌の. とまりとして見ることができる。. 「たちばな」,171 番歌の「月」, そして,歌群に共. 寛喜元年十一月女御入内屏風に,郭公をよみ侍. 通する「さみだれ」という表現は,『源氏物語』の. りける 右衛門督為家. ― 68 ―.

(7) ながき日のもりのしめなはくりかへしあかずかたら. は」という表現が共通しているが,この 165 番歌は,次. ふほととぎすかな(162). の 166 番歌との間に「五月雨にむつだのよどの」( 165) ・ 「五月雨にいせをのあまの」( 166)という共通する表. 故郷郭公といへる心をよみ侍りける. 現が見られる。その上に,165 番歌・166 番歌は,共に「大. 権中納言長方 あれにけるたかつの宮のほととぎすたれとなにはの. 臣」の作であり, 「かはやなぎ」 (165) 「もしほぐさ」 (166). ことかたるらん(163). という植物が詠まれている点から,165 番歌は,164 番. 後法性寺入道前関白百首歌よませ侍りける時,. 歌とではなく,166 番歌と 2 首でひとまとまりと見るこ. さみだれをよめる 皇太后宮大夫俊成. とができる 。164 番歌に 2 首でひとまとまりと見ること. ふりそめていくかになりぬすずか河やそせもしらぬ. のできる歌が隣接していない点については,現時点では. さみだれのころ(164). 不明であり,この点については別の稿で考察することに. 注12. したい。. さみだれをよめる 後徳大寺左大臣 五月雨にむつだのよどのかはやなぎうれこす波やた. 続く 2 首には「さみだれの」という表現が共に第1句. きのしらいと(165). に置かれ,「ふる」「右近中将」( 167)・「へぬれば」「左 近中将」( 168)という類似或いは対照的な表現が見ら. 六条入道前太政大臣 五月雨にいせをのあまのもしほぐさほさでもやがて. れるところから,167 番歌・168 番歌は, ひとまとまり. くちぬべきかな(166). と見ることができる。 次の 2 首は共に「さみだれのそら」という表現の体言. 前右近中将資盛 さみだれの日をふるままにひまぞなきあしのしのや. 止めがなされているところから,169 番歌・170 番歌は,. ののきのたま水(167). 2 首でひとまとまりと見ることができる 。. 注13. 五月雨歌群の最後の 2 首には「さみだれ」 「ほととぎす」. 左近中将公衡 さみだれのころもへぬればさはだ河そでつくばかり. という共通する表現が見え,172 番歌・173 番歌は,2 首. あさきせもなし(168). でひとまとまりと見ることができる。 源家長朝臣. また,ひとまとまりと見ることのできる2首には,隣. うちはへていくかかへぬるなつびきの手びきのいと. り合う歌との間に,「河」( 164)・「かは」( 165),「もし. のさみだれのそら(169). ほぐさ」( 166) ・ 「あし」( 167),「へぬれば」( 168) ・ 「へ ぬる」 (169), 「そら」 (170) ・ 「そら」 (171), 「こゑ」 (173) ・. 題しらず 春宮権大夫良実 たちばなのしたふく風やにほふらむむかしながらの. 「声」( 174)といったように,共通或いは類似する表. さみだれのそら(170). 現が見られ,定家の緻密な配列を窺い知ることができる。. 関白左大臣家百首歌よみ侍りけるに. しかし,171 番歌のみは,170 番歌との間に「五月雨. 藤原光俊朝臣. のそら」という共通する表現が見られるものの,続く. 五月雨のそらにも月はゆくものをひかり見ねばやし. 172 番歌との間に「五月雨」以外に共通する表現をもた. る人のなき(171). ない。五月雨歌群における定家の緻密な配列は,171 番 歌のところで乱れが見られるのである。. 宇治入道前関白家歌合に 相模. 五月雨歌群の最後の歌である 173 番歌と,次の 174 番. さみだれはあかでぞすぐるほととぎす夜ぶかくなき. 歌との間においてすら「郭公」「こゑ」という共通する. しはつねばかりに(172) 題しらず 前大僧正慈円. 表現を見ることができることを思うとき,続く歌と「五. 郭公ききつとやおもふさみだれの雲のほかなるそら. 月雨」以外に共通する表現をもたない 171 番歌には注目. のひとこゑ(173). される。ここには,171 番歌と 2 首でひとまとまりと見. 郭公歌あまたよみ侍りけるに 橘俊綱朝臣. ることができ,172 番歌と「五月雨」以外に共通する表. ほととぎすきくともなしなあしびきの山ぢにかへる. 現をもつ歌が存在していた可能性も想像されるのであ. あけぼのの声(174). る。 『新勅撰集』の 3 首の「さみだれのそら」詠が,2 首. 源師賢朝臣 たがさとにまたできくらむほととぎすこよひばかり. でひとまとまりと見ることのできる配列をもつ『定家八. のさみだれの声(175). 代抄』や,左右の 2 首で結番されている『定家卿百番自. ここで,上に示したように,五月雨歌群の前の 2 首の. 歌合』から影響を受けて撰歌配列がなされている点から. 「かたらふ」 「ほととぎす」 (162) ・ 「ほととぎす」 「かたる」. も, 『新勅撰集』171 番歌と 2 首でひとまとまりとなる歌. ( 163)という表現から,162 番歌と 163 番歌はひとま と. の存在は考えられることである。. まりと見ることができる 。また,164 番歌と 165 番歌は「か. 樋口芳麻呂氏は,『新勅撰集』未定稿本から削除され. 注11. ― 69 ―.

(8) た歌に関して,次のように述べている。. られる配列が,171 番歌を例外とすることなく続くこと. (9). 『新 勅撰集』のあとの『続後撰集』(為家撰。建長. になる。. 3 年〈 1251〉奏覧)に選入され,しかも『新勅撰集』. 歌に『源氏物語』を重ねて読むという点から考える. には見出せない承久の乱の公家方歌人の詠を求める. と,171 番歌において,花散里のもとを久しぶりに訪れ. と,後鳥羽院 29 首,土御門院 26 首,順徳院 17 首,. た光源氏が,挨拶程度に「月(私)は,あなたのことを. 雅成親王(六条宮)9 首などがあげられる。以上の. 心に掛け,お世話しておりますものを,光(私の姿)を. 4 歌人で計 81 首で,これらの歌の多くは『新勅撰集』. 見ることがないからでしょうか,この心を知る人がいま. 未定稿本に収められていたかもしれない。(為家は. せん。(あなたは,わかってくださらないのですね。)」. 父定家がやむなく省いた歌が空しく埋もれるのを惜. と詠む歌に対して,順徳院御製は,花散里の立場から,. しみ,父の志を生かすべく,『続後撰集』にその多. 「五月雨の雲の晴れ間がございましても,月(あなた). くを選入したのであろう)。. を見ることのできます夜は少のうございます。(私のも. 樋口氏は, 『新勅撰集』未定稿本から削除された歌が,. とを訪れてくださることは少のうございます。)」と返し. 為家によって『続後撰集』に入集させられた可能性があ. た歌として読むことができる。澪標巻において,花散里. ることを述べている。. は,「などて,たぐひあらじといみじうものを思ひ沈みけ. 樋口氏の論に従って,承久の乱に関わった人物の歌. む。うき身からは同じ嘆かしさにこそ」と須磨巻の別れ. で,五月雨が詠まれている歌を『続後撰集』に求めてみ. を思い起こしつつ,光源氏の訪れのなかった我が身につ. ると,次のような歌が得られた。. いて感慨を述べているところから,こ のような読みも可. 建保二年内裏百番歌合に 順徳院御製. 能となる。. さみだれの雲のはれまをまちえても月見るほどの夜. 歌にこのような花散里の想いを重ねて見ることができ. 半ぞすくなき(夏歌 213). るという点からも,『新勅撰集』の配列に不自然な点が. この歌を『新勅撰集』171 番歌に続けて置いてみると,. なくなるという点からも,『新勅撰集』未定稿本には,. 次のようになる。. 171 番歌に続いて順徳院御製が配されていたのではない 源家長朝臣. かということが,ひとつの可能性として考えられるので. うちはへていくかかへぬるなつびきの手びきのいと. ある。. のさみだれのそら(169) 6.おわりに. 題しらず 春宮権大夫良実 たちばなのしたふく風やにほふらむむかしながらの. 久保田淳氏は,定家詠と『源氏物語』花散里巻に関し. さみだれのそら(170). て,次のように述べている。 (10). 夜 蘆橘. 関白左大臣家百首歌よみ侍りけるに. たちばなの花ちるさとのゆふづくよそらにしら. 藤原俊光朝臣. れぬ影やのこらん. 五月雨のそらにも月はゆくものをひかり見ねばやし. (中略)「夜蘆橘」については『六家抄』の注もあ. る人のなき(171) 建保二年内裏百番歌合に 順徳院御製. るが,『源氏物語』との関係については特に言及し. さみだれの雲のはれまをまちえても月見るほどの夜. ていない。しかし,花散里の巻の面影を認めてもよ いのではないであろうか。. 半ぞすくなき. 久保田氏は,この定家詠に「花散里の巻の面影」が認. 宇治入道前関白家歌合に 相模 さみだれはあかでぞすぐるほととぎす夜ぶかくなき. められることを述べている。ここで「そらにしられぬ影」. しはつねばかりに(172). は,袖の月影であり,花散里が光源氏を想って袖に月影. 題しらず 前大僧正慈円. を映している様子を詠んでいると考えられる。また, 「影. 郭公ききつとやおもふさみだれの雲のほかなるそら. やのこらん」という表現は,前掲の須磨巻の場面におい. のひとこゑ(173). て花散里が詠んだ「月影のやどれる袖はせばくともとめ. 『新勅撰集』未定稿本が,仮に,上のような配列であ. ても見ばやあかぬ光を」という歌をふまえているとも考. ったと考えた場合,順徳院御製は,171 番歌と「さみだ. えられ,光源氏のいない京で,須磨へ旅立った光源氏を. れの」という表現が歌の頭に位置する事以外に「月」と. 想う歌として見ることもできる。いずれにしても,定家. いう表現が共通し,171 番歌と共に 2 首でひとまとまり. は,光源氏の訪れがないことを哀しむ女性としての花散. と見ることができるようになる。さらに,続く 172 番歌. 里の面影を重ねつつ歌を詠んでいることになる。. と「夜」という表現が共通し,2 首のまとまりごとの隣. 定家詠以外にも,『新勅撰集』成立前には,「花散里」. り合う歌にも共通性が認められるという五月雨歌群に見. は次のように詠まれている。. ― 70 ―.

(9) ―注―. 橘の花ちる里にすまひして昔忍ぶの露ぞひまなき (正治初度百首 夏 1926 二条院讃岐). 1 歌は,特に断らない限り『新編国歌大観』から引用. たち花のはなちるさとの夕暮にわすれそめぬる春の. した。 2 他にも文献( 2)所収の別本『新勅撰抄』pp.69 にお. 明ぼの(正治初度百首 夏 428 藤原良経) 我が袖にむかしはとはん橘の花ちるさとの五月雨の. いて「徳ある人もいたつらにうつもれるは世に人をし. そら(正治後度百首 五月雨 221 明日香井雅経). る人なけれは也。又心月明なれとも,無明の雲にさへ. いにしへやみぬおもかげもたちばなのはなちるさと. られてしる人なき理にも通す」と記されている。 3 『古今集』567 番歌をふまえていることは,文献( 1). のありあけの月(千五百番歌合 夏 811 明日香 井雅経). 『新勅撰和歌集口実』,文献(2) 所収の『新勅撰集評注』,. 橘の花ちる里の庭の面に山時鳥むかしをぞとふ. 所収の『新勅撰和歌集抄』,別本『新勅撰抄』におい ても指摘されている。. (後京極殿御自歌合 38). 4 167 番歌・168 番歌の類似性・共通性については文献. ここに挙げた歌には「橘の花ちる里」という表現,及. ( 3)pp.300 においても指摘されている。. び「むかし」という表現が見られ,次のような歌がふま. 5 文献( 3)pp.299 においても指摘されている。. えられていると考えられる。 注14. 6 『定家八代抄』の歌は,樋口芳麻呂,後藤重郎校注『定. 橘の花散る里のほととぎす片恋しつつ鳴く日しそ多き. 家八代抄』(上)(下),岩波文庫,1996 から引用した。. (万葉 巻第八 1473 大伴旅人). 7 注 6 に示した『定家八代抄』pp.256 の樋口芳麻呂氏・. さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする (古今 夏歌 139 よみ人しらず). 後藤重郎氏の解説に依る。. そして,この『万葉集』と『古今集』の 2 首が共にふ. 8 『新編国歌大観』第 5 巻所収の『定家卿百番自歌合』 の解題 pp.1461 の樋口芳麻呂氏の記述に依る。. まえられているのが,『源氏物語』花散里巻の「橘の香. 9 『 新 勅 撰 和 歌 集 』, 岩 波 文 庫,1961 の 解 題 pp.212 の. をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ」で 注15. ある ので,前に挙げた「橘の花散る里」と「むかし」が. 久曾神昇氏・樋口芳麻呂氏の記述に依る。また,『新. 1 首の中に詠み込まれている歌は,『源氏物語』花散里. 編国歌大観』第 1 巻所収の『新勅撰和歌集』の解題. 巻の歌も当時の作者の視野に入っていたと考えられる。. pp.819 の田中裕氏・長谷完治氏も同様に述べている。. 『六百番歌合』冬部 13 番の良経の歌に関連して「源氏. 10 花散里は,六条院の四季の町の丑寅の町に住み夏と. 見ざる歌よみは遺恨の事なり」と述べた俊成の判詞の後. 関連する女性であることが,阿部秋生,秋山虔,今井. 注16. の歌であることから ,「花散る里」が『源氏物語』をふ. 源衛,鈴木日出男校注・訳 完訳日本の古典第 17 巻『源. まえた表現であることを読み取る読者の存在が想定され. 氏物語』 (四),小学館,pp.143,1984 において, 「丑寅は,. て歌が詠まれたことと思われるのである。. 東の院に住みたまふ対の御方,(中略)北の東は,涼. 『源氏物語』花散里巻の物語を歌に見ることのできる. しげなる泉ありて,夏の陰によれり」と語られている。. 読者が存在する状況の中で,自身も「花散里の巻の面影」. 11 文献(3)pp.292 においては,162 番歌の【余釈】で「配. を重ねつつ歌を詠む定家にとって, 「たちばな」 「月」 「ほ. 列の上からは,前歌と,女御入内屏風和歌という点. ととぎす」という表現が見られる『新勅撰集』五月雨歌. で共通性がある」と 161 番歌と 162 番歌の共通性を指. 群において,花散里の面影を重ねつつ撰歌配列を行うこ. 摘し,pp.293 において,163 番歌【余釈】 で「配列の. とは,容易いことであったはずである。. 上からは,前歌とは「くりかへしあかずかたらふ」と. 『新勅撰集』においては,花散里は,嫉妬しない鷹揚. 「なにはのことかたるらん」に連関性が認められるか」. な女性としてではなく,また,夕霧の後見役としての女. としている。本稿では,歌の表現の上から 160 番歌と. 性としてでもなく,光源氏の訪れの稀であることを哀し. 161 番歌は, 「ほととぎす」以外に「なのり」 ( 160) ・ 「な. む女性として見ることができる。そしてまた,それは,. のる」( 161)という表現が共通しているところから,. 定家が詠んだ花散里の姿でもあるのである。. この2首をひとまとまり と考え,162 番歌と 163 番歌 をひとまとまりとして考察した。. 『新勅撰集』の撰集作業において,詠作と同じように,恋 に哀しむ女性としての花散里の面影を重ねつつ撰歌配列. 12 165 番歌と 166 番歌の表現の近似については,文献 ( 3)pp.297 においても指摘されている。. を行ったのが,171 番歌を含む歌群であり,そこに『新 勅撰集』未定稿本から削除された歌の存在もひとつの可. 13 169 番歌と 170 番歌の結句の表現の共通しているこ とは文献( 3)pp.304 においても指摘されている。. 能性として考えることができるのである。. 14 『万葉集』の歌は,佐竹昭広,山田英雄,工藤力男, 大谷雅夫,山崎福之校注 新日本古典文学大系 2『万 葉集』二,岩波書店,2000 から引用した。 ― 71 ―.

(10) 15 文献( 5)の pp.206 の「橘の香をなつかしみ」詠に 関して,脚注に「「五月待つ花橘の香をかげば昔の人 の袖の香ぞする」(古今・夏・読人しらず)により懐 旧の情を底流させ,「橘の花散る里のほととぎす片恋 しつつ鳴く日しそ多き」(万葉 1473 大伴旅人)をも 引く。」と記されている。 16 『新編国歌大観』第 5 巻の解題では,pp.1447 におい て『六百番歌合』の成立が建久 3 年( 1192)~建久 5 年( 1194)であることが有吉保氏・田村柳壹氏によっ て記され,pp.1449 において『後京極殿御自歌合』の 成立が建久 9 年( 1198)であることが片山亨氏によっ て記されている。また,pp.1454 において『千五百番 歌合』の成立が建仁元年( 1201)~建仁3年( 1203) であることが有吉保氏・青木賢豪氏・ 勝美氏によっ て記されている。『新編国歌大観』第4巻の解題では, pp.705 に お い て『正 治 初 度 百 首』 の 成 立 が 正 治 2 年 ( 1200)であることが,pp.706 において『正治後度百 首』の成立が同じく正治 2 年( 1200)であることが, 久保田淳氏・大坪利絹氏・片山亨氏・山崎桂子氏によ って記されている。 ―文 献― ( 1 )契沖『新勅撰集評註』大取一馬編著『新勅撰和歌 集古注釈とその研究』〔上〕,思文閣出版,pp.165, 昭和 61 ( 2 )祖能『新勅撰和歌集抄』大取一馬編著『新勅撰 和 歌 集 古 注 釈 と そ の 研 究 』〔 下 〕, 思 文 閣 出 版, pp.578,昭和 61 ( 3 )神作光一,長谷川哲夫『新勅撰和歌集全釈』一, 風間書房,pp.305,平成 6 ( 4 )阿部秋生,秋山虔,今井源衛,鈴木日出男校注・ 訳 完訳日本の古典第 16 巻『源氏物語』(三),小学 館,pp.32-33,1984 ( 5 )阿部秋生,秋山虔,今井源衛,鈴木日出男校注・ 訳 完訳日本の古典第 15 巻『源氏物語』(二),小学 館,pp.203-206,1984 ( 6 )文献( 4)の pp.117-119 ( 7 )文献( 4)の pp.21-22 ( 8 )文献( 4)の pp.117 ( 9 ) 樋口芳麻呂「『百人一首』への道(上)」『文学』 1975 年 5 月号,VOL.43,pp.44-45,昭和 50 ( 10) 久 保 田 淳『 藤 原 定 家 と そ の 時 代 』, 岩 波 書 店, pp.319-320,1994. ― 72 ―.

(11)

参照

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