埼玉大学教養学部リベラル・アーツ叢書別冊2
仁科弘之教授退職記念論文集
言語をめぐる x 章-言語を考える、言語を教える、言語で考える-
現場指示におけるソ系の指示語について
―聞き手用法と中距離用法と―
金井 勇人
埼玉大学教養学部・人文社会科学研究科
116
現場指示におけるソ系の指示語について
-聞き手用法と中距離用法と -
金井 勇人
【キ ー ワ ー ド 】
指 示 語 、 現 場 指示 、 ソ 系 、 聞 き 手 用法 、 中 距 離 用 法
【要 旨 】
現 場 指 示 に お け る ソ 系 の 指 示 語 の 用 法 は 、 聞 き 手 用 法 と 中 距 離 用 法 に 大 別 さ れ る 。 従 来 、 聞 き 手 用 法 が 現 れ る 場 面 を 人 称 区 分 型 と 、 中 距 離 用 法 が 現 れ る 場 面 を 距 離 区 分 型 と 呼 ん で 区 別 し て き た 。 し か し 、 こ の 2 つ の 型 だ け を 見 て い る 限 り は 、 聞 き 手 用 法 と 中 距 離 用 法 を 統 一 的 に 説 明 す る こ と は 困 難 で あ る 。 こ の よ う な 統 一 的 な 説 明 は 、 他 言 語 と の 対 照 な ど に お い て 重 要 と な っ て く る 。 そ こ で 本 稿 で は 、 人 称 区 分 型 と 距 離 区 分 型 が 分 化 す る 前 の 中 間 型 に 焦 点 を 当 て 、 こ れ を 端 緒 に 両 用 法 の 統 一 的 説 明 を 試 み た 。 そ の 結 果 、 ソ 系 の 原 初 的 な 性 質 を [ - 近 称 ] で あ る こ と を 導き 出 し た 。
1 . は じ め に
1-1 人 称 区 分 型 と 距 離 区 分 型
現 場 指 示 に お け る ソ 系 の 指 示 語 の 用 法 は 、 会 話 の 場 面 の 型 に よ っ て 聞 き 手 用 法 と 中距 離 用 法 の 2 つ に 大別 さ れ る
1。
ま ず 聞 き 手 用 法で あ る が 、 こ の 用 法は 人 称 区 分 型 に お いて 現 れ る 。
(1 )
人 称 区 分 型聞 き 手 用 法 の 「 ソ 」
( S : 話 し 手 、 H : 聞 き 手 )
1
以 下 の 図 は 三 上 ( 1953、1955) や 正 保 ( 1981) 等 を 参 考 に し て い る 。
S Hコ ソ
117
S と H が 互 い に 対 立 す る 領 域 を 構 成 し て い る の が 人 称 区 分 型 で あ る 。 そ し て S ( 話 し 手 = 指 示 者 ) は 、 S 自 身 の 領 域 を コ 系 で 、 H ( 聞 き 手
= 被 指 示 者 ) の領 域 を ソ 系 で 、 そ れぞ れ 指 示 す る 。
(2)
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 座 っ て い る 花 子 の 持 つ 箱 を 指 し て )太 郎 「 花 子 ち ゃん 、 そ の 箱 、 何 が 入っ て る の ? 」 花 子 「 次 郎 君 へ の プ レ ゼ ン ト が 入 っ て る の よ」
( 太 郎 = S 、 花 子 = H )2
こ の 場 合 の 「 そ の 箱 」 に お け る ソ 系 は 、 聞 き 手 の 領 域 を 指 し て い る の で 、 聞 き 手 用 法と 呼 ば れ る 。
次 に 中 距 離 用 法で あ る が 、 こ の 用 法は 距 離 区 分 型 に お いて 現 れ る 。
(3 )
距 離 区 分 型中 距 離 用 法 の 「 ソ 」
ソ ア
( S : 話 し 手 、 A : 相 手 )
S (/A)か ら 近 距 離 の 領 域 は コ 系 、 中 距 離 の 領 域 は ソ 系 、 遠 距 離 の 領 域 は ア 系 、 と い う よ う に 距 離 を 異 に す る 三 層 の 領 域 か ら 成 る の が 距 離 区 分 型 で あ る 。
な お 本 稿 で は 、 距 離 区 分 型 に お い て S と と も に 指 示 者 の 領 域 に い る 参 与 者 を 、 A (相 手 ) と 表 記 す る 。
( 4)(
電 車 内 で 並 ん で 座 る 太 郎 と 花 子 が 、 向 か い 側 の 座 席 に あ る 箱 を 指 し て )太 郎 「 花 子 ち ゃん 、 そ の 箱 、 誰 か の忘 れ 物 か な 」
花 子 「 そ う ね 、 次 の 駅 で 、 駅 員 さ ん に 知 ら せて あ げ よ う か 」
( 太 郎 = S 、 花 子 = A )
こ の 場 合 の 「 そ の 箱 」 に お け る ソ 系 は 、 S (/A)か ら 見 て 中 距 離 の ( コ 系 で 指 す に は 遠 く 、 ア 系 で 指 す に は 近 い ) 領 域 を 指 す の で 、 中 距 離 用 法
2
筆 者 に よ る 作 例 。 以 下 、 特 に 断 り が な い 場 合 は 、 筆 者 に よ る 作 例 で あ る 。
S (/A) コ
118 と 呼 ば れ る 。
ま た 、 中 距 離 用 法 の 特 徴 と し て 、 独 り 言 で は 使 用 で き な い 、 と い う こ と が 挙 げ ら れる 。
(5)
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 置 か れ た 箱 を 指 し て 。 独 り 言 )「 ??そ の箱 は 何 だ ろ う 。 誰 か の 忘 れ 物 か な 」
こ の よ う に 、 中 距 離 用 法 が 成 立 す る と き に は 、 S と 同 じ 領 域 に 、 必 ず A が 存 在 し て いな け れ ば な ら な い 。
1-2 double binary
三 上 (1953、 1955) は 、 こ の 2 つ の 型 に 対 応 し て 、 2 つ の 使 用 原 理 が 存 在 す る こ とを 、double binary と 称 し た 。 double binary は 、 ソ 系 の 指 示 語の 2 つ の 用 法 を 的 確 に 説 明 す る た め に は 、 大 変有 効 で あ る 。
し か し 、 ソ 系 の 統 一 的 な 説 明 に と っ て は 、 や や 不 都 合 が あ る 。 な ぜ な ら 、 人 称 区 分 型 の ソ 系 と 距 離 区 分 型 の ソ 系 は 、 異 な る 体 系 に 属 す る か ら で あ る 。2 つ の 異 な る 体 系 か ら は 、2 つ の ソ しか 説 明 で き な い 。 統 一 的 な 説 明 の ため に は 、 体 系 を 一 元化 す る 必 要 が あ る 。
そ こ で 本 稿 で は 、 こ の 2 つ の 型 が 未 分 化 で あ る 段 階 の 、 原 初 的 な 型 で あ る 中 間 型 に注 目 し て 、 考 察 を 進め て い く 。
2 . 先 行 研 究
筆 者 は 金 井 ( 2007、 2010 ) に お い て 、 人 称 区 分 型 と 距 離 区 分 型 が 未 分 化 の 段 階 に ある 中 間 型 に つ い て 論じ た 。
( 6 )「 お い 、 そ こ の 若 ぞ う 」 と 松 田 は ず ん ぐ り し た 太 い 指 で 、 栄 二 を 突 き 刺 す よう に 指 さ し た 。
( さ ぶ )こ の と き 「 栄 二 」 は 、「 松 田 」 に よ っ て 指 さ れ る ま で 、 自 身 が 指 さ れ る こ と を 知 り 得 な い 。 す な わ ち ( 6 ) は 、「 松 田 」 が 「 栄 二 」 を 指 せ る 状 況 で あ る が、「 栄 二 」 の 方 か ら 「 松田 」 を 指 せ る 状 況 では な い 。
会 話 の 参 与 者 2 人 が 双 方 向 的 な 関 係 に あ る ( こ れ が S と H で あ る ) こ と が 、 人 称 区 分 型 の 特 徴 で あ る 。 し た が っ て 、「 松 田 」 と 「 栄 二 」 が 一 方 向 的 な 関 係に あ る ( 6) は 、 人 称 区 分 型 と は 言 え な い 。
そ れ で は 、( 6) は 距 離 区 分 型 で あ ろ う か 。 し か し 、「 松 田 」 は 指 示 者 の 領 域 に い る が 、「 栄 二 」 は 同 じ ( 指 示 者 の ) 領 域 に い る の で は な い 。
「 栄 二 」 は、「 松 田 」 と 異 な り 、 あく ま で 被 指 示 者 の 領域 に い る 。
119
会 話 の 参 与 者 2 人 が 同 じ ( 指 示 者 の ) 領 域 に 存 在 し て い る ( こ れ が S と A で あ る ) こ と が 距 離 区 分 型 の 特 徴 で あ る 。 し た が っ て 「 松 田 」 と 「 栄 二 」 が 異な る 領 域 に い る ( 6) は 、 距 離 区 分 型 と も 言 え な い 。
こ の よ う に 、 指 示 行 為 の 直 前 、( 6 ) の よ う な 人 称 区 分 型 と 距 離 区 分 型 に 分 化 す る 前 の 原 初 的 な 型 が 生 じ る 。 金 井 ( 2007 、 2010) で は 、 こ れ を 中 間 型 と 称し た 。
(7 )
中 間 型 H ’ ソ( S : 話 し 手 、 H ’: 聞 き 手 ’)3
こ の 中 間 型 を 「 蝶 番 」 の よ う に 扱 え ば 、 ソ 系 の 聞 き 手 用 法 と 中 距 離 用 法 の 統 一 的 な説 明 へ の 道 が 開 け るだ ろ う 。
3 . 分 析
3-1 2 系 列 の 指 示 語 体 系 と の 類 似 性
人 称 区 分 型 に お け る ソ 系 は 、 人 称 区 分 型 の 性 質 に 沿 っ て 機 能 す る 。 同 様 に 、 距 離 区 分 型 に お け る ソ 系 は 、 距 離 区 分 型 の 性 質 に 沿 っ て 機 能 す る 。 つ ま り 、2 つ の ソ 系 の 機 能 の 仕 方 は 、 そ れ ぞ れ 2 つ の 型 か ら の バ イ ア ス を 受 け てい る わ け で あ る 。
統 一 的 な ( 原 初 的 な ) ソ 系 の 機 能 と は 、 こ の 2 つ の 型 に 分 離 す る 前 の ソ 系 の 機 能 で あ る だ ろ う 。 そ の 分 離 す る 前 の 型 と い う の が 中 間 型 に 他 な ら な い 。
( 7) を よ く 見 て み る と 、 S は 自 身 の 領 域 を コ 系 で 指 し て い る 。 つ ま り S の 領 域 は 「 + 近 」 で あ る 。 一 方 、 H ’ の 領 域 は 、 S の 領 域 を 除 い た す べ て の 領 域 で あ る 。 そ の H ’ の 領 域 は 、「 + 近 」 を 除 い た 領 域 で あ る か ら、「 - 近 」 と 表 す こ と が で きる 。
そ し て 「 - 近 」 の 領 域 す べ て を ソ 系 で 指 せ る わ け だ か ら 、 中 間 型 に お け る 原 初 的 な ソ 系 の 素 性 は [ - 近 称 ] で あ る と 分 か る ( H ’ の 存 在 が 予 期 さ れ る 限り 、 ア 系 の 領 域 は 消滅 す る)。
こ の 捉 え 方 は 、2 系 列 の 指 示 語 体 系と 同 じ で あ る 。2 系 列 の 指 示 語 体 系 で は 、 日 本 語 の よ う な 3 系 列 と は 異 な り 、 領 域 を [ 遠 近 ] の 二 分 法
3
中 間 型 に お け る 「 聞 き 手 」 は 、 指 示 行 為 の 直 前 ま で は 、 あ く ま で 潜 在 的 な 聞 き 手 で あ る 。 こ れ を 本 稿 で は 、 H ’( 聞 き 手 ’) と 表 記 す る 。
S コ
120 で 捉 え る
4。
こ こ で は 2 系列 の 例 と し て 英 語 の this と that を 取 り 上 げ る 。 英 語 で は 話 し 手 か ら 近い 領 域 は this に よっ て 、 話 し 手 か ら 遠い 領 域 は that に よ っ て 、 そ れ ぞれ 指 す こ と に な る 。
2 系 列 の 遠 称は 、 聞 き 手 用 法 に 特 化し て い る わ け で は ない 。 2 系 列 の 遠 称 が 聞 き 手 を 指 す こ と が で き る の は 、「 話 し 手 か ら 遠 い 領 域 」 内 に
「 聞 き 手 の 領 域」 が 含 ま れ る 、 と いう 使 用 原 理 に よ る
5。
(8 )
2 系 列 の 指 示 語 体 系 ( 英 語 )H that
( S : 話 し 手 、 H : 聞 き 手 )
こ こ で ( 7) と ( 8 ) が 同 じ 構 図 で あ る こ と に 気 づ く 。 つ ま り 中 間 型 で は 、2 系 列 の 指 示 語 体 系 と 同 様 、前 提 的 に 聞 き 手 の 領域 が 存 在 す る の で は な い 。 そ う で は な く て 、 聞 き 手 を 指 示 す る こ と に よ っ て 、 話 し 手 か ら 遠 い 領 域 と し て 、 新 た に 聞 き 手 の 領 域 が 立 ち 上 が る の で あ る ( そ し て 中 間 型 は 対立 型 に 移 行 す る)。
し た が っ て 、 中間 型 に お け る コ と ソの 素 性 は ( 2 系 列 の 指 示 語 体 系 と 同 じ く ) 次 の よう に 表 す こ と が で きる 。
(9 )
コ : + 近 称 .ソ : - 近 称4 諸 言 語 の 指 示 語 体 系 は 、2系 列 と 3系 列 に 大 別 さ れ る 。
Demonstratives … may have a two-step or a three-step distance contrast.
The two contrasting systems were represented as [+Proximal]:[-Proximal]
[Proximal]:[Medial]:[Distal]
The Medial category in a three-step system has ‘short distance from Speaker ’ and ‘close to Hearer ’ as the two elements of its semantic prototype. (Fllimore1982:55)
5
し た が っ て 、 2 系 列 で は 「 話 し 手 」 対 「 聞 き 手 」 の 関 係 が 安 定 し て き た 後 も 、 3 系 列 の よ う な 対 立 型 ( =1) が 構 成 さ れ る の で は な く 、 話 し 手 と 聞 き 手 の 各 々 が 自 身 を S に 据 え た ( 8 ) の 型 が 構 成 さ れ る も の と 考 え ら れ る 。 つ ま り 、 2 系 列 に お け る H の 性 質 は 、 H ’ と 等 し い も の で あ ろ う 。 英 語 と 同 じ く 2 系 列 の 中 国 語 ( 近 称 =
这、遠 称 = 那 ) に お い て も 「 ワ レ の 領 域 に 対 立 し て ナ レ の 領 域 と い う も の を マ ー ク す る 指 示 形 式 を 特 に 持 ち 合 わ せ て い な い 」( 木 村 1992: 187)。 そ の ゆ え 、 2 系 列 の 遠 称 は 、 3 系 列 の 中 称 と 遠 称 に 跨 い で 対 応 す る こ と に な る の で あ る 。
S this
121 3-2 話 し 手 占 有 領 域
3 系 列 の 体 系 も 、 原 初 的 な 段 階 で は 2 系 列 で あ る こ と を見 て き た 。 そ れ で は 、 英 語 のよ う な 2 系 列 と 、 日 本 語 の よ う な 3 系 列 と は 、 ど の よ う に 分 岐 す る のだ ろ う か 。 本 稿 で は、 以 下 の よ う に 考 える
6。
1 つ は [ - 近 称 ] の 領 域 が 、 そ れ よ り 分 割 さ れ な い 2 系 列 で あ る 。 そ し て も う 1 つ は 、[ - 近 称 ] の 領 域 が 、[ ±話 し 手 占 有 領 域 ] と い う 基 準 に よ っ て 、 さら に 2 分 割 さ れ る 3 系 列 で あ る 。
こ こ で 、[ + 話 し 手 占 有 領 域 ] は S 以 外 の 参 与 者 を 必 要 と し な い 、 と い う 属 性 と 定 義 す る 。 ま た 、[ - 話 し 手 占 有 領 域 ] は S 以 外 の 参 与 者 を 必 要 と す る 、 とい う 属 性 と 定 義 す る。
こ れ に 従 う と 、3 系 列 の コ ソ ア は 、 以 下 の よ う な 枝 分 かれ 図 で 表 す こ と が で き る 。
(10 )
[ + 近 称 ] [ + 話 し 手 占 有 領 域 ]: コ コ ソ ア[ - 話 し 手 占 有 領 域 ]: φ
[ - 近 称 ] [ + 話 し 手 占 有 領 域 ]: ア [ - 話 し 手 占 有 領 域 ]: ソ
以 上 の 考 察 を 、日 本 語 の 指 示 語 に 、具 体 的 に 適 用 し て みよ う 。
(11)
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 置 か れ た 箱 を 指 し て 。 独 り 言 )「 ??そ の 箱 は 何 だ ろ う 。 誰 か の 忘 れ物 か な 」
(=5)独 り 言 で は 話 し 手 の 他 に 参 与 者 が 存 在 し な い た め 、 ソ 系 の [ - 話 し 手 占 有 領 域 ] が 満た さ れ ず、( 11) は 不 適 格 と な る
7。
こ れ と は 対 照 的に 、 ア 系 は 、 同 場 面で 自 然 に 使 う こ と がで き る 。
(12 )
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 置 か れ た 箱 を 指 し て 。 独 り 言 )「 あ の 箱 は 何 だろ う 。 誰 か の 忘 れ 物か な 」
6
こ こ で 行 う の は 通 時 的 な 考 察 で は な く 、 共 時 的 な 考 察 で あ る 。
7
日 本 語 と 同 じ く 3 系 列 の 韓 国 語 ( 近 称 =
이、 中 称 =그、 遠 称 =
저) で も 、
中 称 は 同 様 の 性 質 を 持 つ 。「 こ の 用 法 ( 独 り 言 に お け る 距 離 区 分 型 ; 引 用 者 注 )
に は ソ 系 の 指 示 形 式 が 現 れ な い 。 韓 国 語 の 場 合 も 全 く 同 様 で 、 い わ ゆ る ソ 系
に 当 た る그 系 は 現 れ な い 」( 宋 1991: 10)。
122
独 り 言 で は 、 他 の 参 与 者 の 有 無 に か か わ ら ず 、 ア 系 の [ + 話 し 手 占 有 領 域 ] は 満 た され る か ら、( 12) は 適 格 と な る の で あ る
8 9。
そ れ で は 今 度 は 、 ソ 系 が 自 然 に 使 え る 場 合 を 考 え て み よ う 。 ソ 系 の 素 性 は [ - 話 し 手 占 有 領 域 ] で あ り 、 話 し 手 の 他 に も 参 与 者 が 必 要 と な る 。 そ の 参 与者 と は 原 理 上 、 聞 き手 か 相 手 で あ る 。
( 13)
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 座 っ て い る 花 子 の 持 つ 箱 を 指 し て )太 郎 「 花 子 ち ゃん 、 そ の 箱 、 何 が 入っ て る の ? 」
花 子 「 次 郎 君 へ の プ レ ゼ ン ト が 入 っ て る の よ 」
( 花 子 = H )(=2)聞 き 手 の 参 与 が[ - 話 し 手 占 有 領 域] を 満 た し、( 13) は 適 格 と な る 。
( 14)(
電 車 内 で 並 ん で 座 る 太 郎 と 花 子 が 、 向 か い 側 の 座 席 に あ る 箱 を 指 し て )太 郎 「 花 子 ち ゃん 、 そ の 箱 、 誰 か の忘 れ 物 か な 」
花 子 「 そ う ね 、次 の 駅 で 、 駅 員 さ んに 知 ら せ て あ げ よ うか 」
( 花 子 = A )(=4)
相 手 の 参 与 が [- 話 し 手 占 有 領 域 ]を 満 た し、( 14) は 適 格 と な る 。 以 上 か ら 、 ソ 系 の 2 用 法 は 、 S 以 外 の 参 与 者 の 存 在 に よ っ て 、 次 の よ う に し て 決 まる こ と が 分 か る 。
(15 )
「 聞 き 手 」 の 参 与 聞 き 手 用 法 の ソ ソ 「 相 手 」 の 参 与 中 距 離 用 法 の ソこ こ で 強 調 し て お き た い の は 、 原 初 的 な ソ 系 の 機 能 は [ - 近 称 ] だ け で あ り 、「 聞 き 手 」「 相 手 」 の 登 場 を 待 っ て 、 事 後 的 に 「 聞 き 手 用 法 」
「 中 距 離 用 法 」と い う 用 法 が 決 定 して い く 、 と い う こ とで あ る 。
3-3 中 距 離 と は 何 か
コ 系 が 近 距 離 を 、 ア 系 が 遠 距 離 を 指 す こ と は ( 外 的 な 要 因 の 介 入 が
8 (14) の よ う に 相 手
が い る 場 合 に は 中 距 離 と 認 識 さ れ る 領 域 で も 、 独 り 言 で は ソ 系 が 使 え な い た め 、 ア 系 か コ 系 に 振 り 分 け ら れ る こ と に な る 。 す な わ ち 、 独 り 言 で は 完 全 に 2 系 列 ( コ 対 ア ) と な っ て い る 。
9
こ こ で の 議 論 は 、 コ 系 に つ い て も 有 効 で あ る 。 ま た ( 10 ) で コ 系 の 次 段 が
φ ( 該 当 な し ) で あ る の は 、[ + 近 称 ] か つ [ - 話 し 手 占 有 領 域 ] と い う 領 域
は 原 理 的 に 存 在 し 得 な い と 思 わ れ る か ら で あ る 。
123
な い 独 り 言 に おい て そ う で あ る こ とか ら ) 積 極 的 な 属 性と 言 え る 。 一 方 、 ソ 系 の 中 距 離 用 法 は 、 独 り 言 で は 現 れ ず 、 そ の 成 立 が 相 手 と い う S 以 外 の 参 与 者 の 存 在 に 左 右 さ れ る 。 こ れ を 鑑 み る と 、 中 距 離 を 指 す と い う 属 性 は 、 外 的 な 要 因 に 助 け ら れ て 消 極 的 に 成 立 す る も の で あ っ て 、 積 極 的な 属 性 で あ る と は 言え な い 。
そ れ で は 、 こ の 中 距 離 を 指 す と い う 属 性 は 、 ど の よ う に し て 生 じ る の だ ろ う か 。 本稿 で は 、 以 下 の よ うに 考 え る 。
( 16) S と A が 指 示 対 象 に 協 同 的 に ア ク セ ス す る こ と が 、 そ の 指 示 対 象 が 両 者 か ら等 距 離 に あ る 、 と いう 含 意 を 生 じ る 。
( 17)〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 が 意 味 を 持 た な い ほ ど 、〔 S (/ A )⇔ 対 象 〕 間 の 距 離 が 近 い/ 遠 い 場 合 、 中 距 離の 領 域 は 成 立 し な い。
3-3-1 協 同 的 ア ク セ ス に つ い て
例 え ば 、[ + 話 し 手 占 有 領 域 ] の ア 系 を 使 用 す る に は 、 他 の 参 与 者 が い る か ど う か は 関 係 な い 。( 18 ) の よ う な 独 り 言 で も 、( 19 ) の よ う に 相 手 が い る 場 合で も 、 ア 系 は 自 然 に用 い る こ と が で き る。
(18)
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 置 か れ た 箱 を 指 し て 。 独 り 言 )「 あ の 箱 は 何 だろ う 。 誰 か の 忘 れ 物か な 」
(=12)(19 ) 太 郎 「 花 子 ち ゃ ん 、 あ の 山 、 何 て い う 名 前 ?」
花 子「 あ 、 あ の 山 は 、 高尾 山 っ て い う の よ」
( 花 子 = A )( 19) の 「 太 郎 」 と 「 花 子 」 は 、「 あ の 山 」 に 協 同 的 に ア ク セ ス す る の で は な い 。 そ うで は な く 、 2 人 は 同 一 の 指 示 対 象 に 個 別に ア ク セ ス す る の で あ る
10 11。
こ れ と は 対 照 的 に 、 ソ 系 の 場 合 は 個 別 に ア ク セ ス す る の で は な く 、 協 同 的 に ア ク セス す る 。
(20 )
( 電 車 内 で 、 向 か い 側 の 座 席 に 置 か れ た 箱 を 指 し て 。 独 り 言 )10
こ の こ と は 、 記 憶 指 示 の ア 系 が 、 話 し 手 と 聞 き 手 の 共 通 の 記 憶 で は な く 、 実 は 話 し 手 の み の 記 憶 を 指 す と い う 現 象 と 、 共 通 の 認 知 的 基 盤 を 持 つ 。 以 下 の 発 話 で は 、「 僕 」 は 「 先 生 」 を 知 っ て い る が 、「 君 ( 聞 き 手 )」 は 知 ら な い 。
「 僕 は 大 阪 で は 山 田 太 郎 と い う 先 生 に 教 わ っ た ん だ け ど 、 君 も あ の 先 生 に つ く と 、 き っ と 何 と も 言 え な い ユ ー モ ラ ス な 人 柄 に 魅 せ ら れ る よ 」
( 黒 田 1979:55、 下 線 は 引 用 者 に よ る )
11
こ こ で の 議 論 は [ + 話 し 手 占 有 領 域 ] を 指 す コ 系 に も 当 て は ま る 。
124
「 ??そ の箱 は 何 だ ろ う 。 誰 か の 忘 れ物 か な 」
(=5)(21 )
( 電 車 内 で 並 ん で 座 る 太 郎 と 花 子 が 、 向 か い 側 の 座 席 に あ る 箱 を 指 し て )太 郎 「 花 子 ち ゃん 、 そ の 箱 、 誰 か の忘 れ 物 か な 」
花 子 「 そ う ね 、 次 の 駅 で 、 駅 員 さ ん に 知 ら せ て あ げ よ う か 」
( 花 子 = A )(=14)
ソ 系 に よ る 指 示 は 、 独 り 言 の ( 20 ) で は 不 適 格 だ が 、 相 手 が 参 与 す る
( 21 ) で は 適 格 と な る 。 そ れ は 、 ソ 系 に よ る 中 距 離 指 示 が 、 S が 指 示 対 象 を 指 し た こ と を A が 確 認 し 、 A が 確 認 し た こ と を S が 確 認 し … 、 と い う よ う に 、 相 互 に 確 認 し 合 い な が ら 行 わ れ る ( こ れ を 協 同 的 ア ク セ ス と 呼 ぶ ) から だ と 考 え ら れ る 。
そ の よ う な ア ク セ ス の 仕 方 を す る 限 り 、 指 示 対 象 は 、 S に も A に も 占 有 的 に 所 属 し な い 、 中 立 的 な 存 在 で な け れ ば な ら な い 。 こ の 制 約 に よ っ て 「 S か らも A か ら も 等 距 離 の領 域 」 が 生 じ る の であ る 。
3-3-2 意 味 を 持 つ 距 離 に つ い て
で は 、〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 が 意 味 を 持 つ / 持 た な い と は 、 ど の よ う な こ と だ ろ う か 。
(22 ) 太 郎 「 花 子 ち ゃ ん 、 あ の 山 、 何 て い う 名 前 ?」
花 子 「 あ 、 あ の 山 は 、 高 尾 山 っ て い う の よ 」
( 花 子 = A )(=19)S も A も 、 対 象 を ア 系 の 指 示 語 で 指 し て い る 。 ア 系 で 指 す こ と の 含 意 は 、〔 S (/A)⇔ 対 象 〕 間 の 距 離 が 、〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 に 対 し て 、 比 較 に な ら な い ほ ど 遠 す ぎ る ( と S (/A) が 認 識 し て い る ) と い う こ と で あ る 。 逆 に 言 え ば 、〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 は 近 す ぎ て 意 味 を 持 た な い 距 離 で あ る と い う こ と で ある 。
(23 ) 太 郎 「 花 子 ち ゃ ん 、 こ の 看 板 、 何 て 読 む の かな ? 」 花 子「 え 、 こ の 看 板 ? 私 も 分 か ら な い わ」
( 花 子 = A )S も A も 、 対 象 を コ 系 の 指 示 語 で 指 し て い る 。 コ 系 で 指 す こ と の 含 意 は 、〔 S (/A)⇔ 対 象 〕 間 の 距 離 も 、〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 も 、 ど ち ら も ゼ ロ と 捉 え ら れ る ほ ど 近 い 、 と い う こ と で あ る 。 し た が っ て 〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 は 、 や はり 意 味 を 持 た な い 距離 と 言 え る 。
〔 S (/A)⇔ 対 象 〕 間 の 距 離 が ( 22 ) ほ ど 遠 く な く 、(23 ) ほ ど 近 く な
い と い う 場 合 に の み 、〔 S ⇔ A 〕 間 の 距 離 が 意 味 を 持 つ 。 こ の と き 初 め
125
て 、 そ の よ う な 領 域 を 指 す 指 示 語 と し て 、( コ 系 で も ア 系 で も な い ) ソ 系 の 存 在 が 必 然性 を 帯 び て く る 。
こ の よ う に し て 、 ソ 系 で 指 す 「 S か ら も A か ら も 等 距 離 の 領 域 」 が S (/A)か ら 近 く も 遠 く も な い 範 囲 = 中 距 離 に 、 消 極 的 に 決 ま っ て い く の だ と 考 え ら れ る。
以 上 、3-3 で の 考 察 か ら 、 中 距 離 とい う 領 域 は 、 S と Aか ら 等 距 離 に あ り 、 両 者 か ら 近 く も 遠 く も な い 範 囲 に あ る 、 と い う こ と を 導 き 出 す こ と が で き る 。 こ の よ う に 中 距 離 の 領 域 は 、 積 極 的 か つ 独 立 的 に 決 定 さ れ る の で は な く 、 種 々 の 外 的 な 要 因 の 複 合 的 な 結 果 と し て 、 消 極 的 に 決 定 さ れ て いく の で あ る 。
4 . ま と め
本 稿 の 基 本 的な 主 張 は 、 以 下 の よう に 整 理 で き る 。
コ ソ ア は 、 ま ず [ + 近 称 ] か [ - 近 称 ] か と い う 基 準 に よ っ て 二 分 さ れ る 。 こ の 段 階 で は 、 2 系 列 の 体 系 と 同 様 で あ る 。[ + 近 称 ] が コ 系 で、[ - 近 称 ] が ソ 系 と ア 系 で あ る。
次 に [ - 近 称 ] は 、[ ±話 し 手 占 有 領 域 ] と い う 基 準 に よ っ て 、 さ ら に 二 分 さ れ て い く 。[ + 話 し 手 占 有 領 域 ] な ら ば ア 系 、[ - 話 し 手 占 有 領 域 ] な ら ば ソ系 と な る 。
ソ 系 の 場 合 、[ - 話 し 手 占 有 領 域 ] を 満 た す た め に は 、 S 以 外 の 参 与 者 ( H あ る い は A ) が 必 要 と な る 。 H が 参 与 す れ ば 聞 き 手 用 法 に 、 A が 参 与 す れ ば 中距 離 用 法 に な る 。
本 稿 の 目 的 は 、三 上 ( 1953、 1955) の double binary を 否 定 す る こ と で は な い 。double binary は 、 そ れ ぞ れ の 指 示 語 が 、ど の よ う な 場 面 で ど の よ う な 領 域 を 指 す か 、 と い う こ と を 正 確 か つ 簡 潔 に 予 想 す る こ と が で き る 。
し か し な が ら 、double binary 的 な 捉 え 方 は 、 聞 き 手 や 相 手 の 存 在 を 前 提 と し て 構 築 さ れ た も の で あ っ て 、 し た が っ て 、 こ の 捉 え 方 に 立 つ 限 り 、 ソ 系 の 指示 語 の 統 一 的 な 説 明は 叶 わ な い 。
(24 ) 指 示 語 体 系 コ ソ ア の double binary 的 な 捉 え 方
人 称 区 分 型 話 し 手 : 聞 き 手 コ : ソ
距 離 区 分 型 近 距 離 : 中 距 離 : 遠 距 離 コ : ソ : ア
( 24 ) に お い て 下 線 を 引 い た 2 つ の ソ は 、 そ れ ぞ れ 異 な っ た 体 系 の 一
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角 を 占 め て い る 。 こ の よ う な 異 な っ た 出 発 点 か ら は 、 統 一 的 な 説 明 に 至 る こ と は で きな い 。
そ こ で 本 稿 で は 、 話 し 手 = 指 示 主 体 を 基 準 と し た 一 元 的 な 捉 え 方 と し て 、 次 の 枝 分か れ 図 ( 25) を 提 案 す る 。
(25 ) コ ソ ア の 統 一 的 な 捉 え 方
[ + 近 称 ] [ + 話 し 手 占 有 領 域 ]: コ
[ - 話 し 手 占 有 領 域 ]: φ
[ - 近 称 ] [ + 話 し 手 占 有 領 域 ]: ア
[ - 話 し 手 占 有 領 域 ] [ + 聞 き 手 ]: ソ ( 聞 き 手 用 法 )
[ + 相 手 ]: ソ ( 中 距 離 用 法 )