マッチング・ファンド方式による産学連携研究開発事業
感受性遺伝子を用いた環境因子評価法の確立
研究開発プロジェクト総括研究成果報告書
平成13年 5 月
総括代表者 中村 正孝 (東京医科歯科大学・疾患遺伝子実験センター・教授) 企業分担代表者 渡部 素生 (株式会社三菱化学生命科学研究所・BILD 室・室長) 企業分担代表者 中島 憲三 (株式会社そーせい・代表取締役 副社長) 企業分担代表者 藤野 明治 (株式会社三菱化学安全科学研究所・取締役・鹿島研究所・所長) 企業分担代表者 加藤郁之進 (宝酒造株式会社・代表取締役 副社長・バイオ研究所・所長)研究開発プロジェクトの背景・経緯と目的
背景 化学物質が生体に与える影響を評価する系は、従来、動物個体あるいは樹立細胞株が用いられ て き た 。 し か し 、 こ の 方 法 で は 顕 著 な 急 性 毒 性 の 検 出 は 可 能 な も の の 、 人 工 女 性 ホ ル モ ン diethylstilbestrol (DES)のように急性毒性を呈さず、estrogen 受容体を介して生体側の様々な反 応経路を経て最終的な効果をあらわすものや、また世代を越えて作用するものについての検出は 限界に達しているのが現状である。そのような状況下で、化学物質に対し て感受性が高いと予想 される発生初期あるいは細胞分化の過程における細胞を使って分子レベル、特に遺伝子レベルで の生体への影響を解析する手法の開発が望まれている。新しい手法で、作用機序を解析すること により、環境因子としての内分泌撹乱化学物質(医薬品・食品などを含む)に起因する毒性や副 作用を効果的に制御する方法(予防法、治療法を含む)の新しい展開も可能となる。一方、ヒト・ ゲノムプロジェクトに代表される遺伝子レベルの研究の進展は凄まじく、すべての遺伝子のデー タベース化も近い将来との見通しがでてきた。さらに、それらの遺 伝子の発現を一度に網羅的に 調べる DNA チップの技術も実用化になりつつあり、化学物質による遺伝子発現を調べる技術環 境が整いつつある。 経緯 それぞれ独自の研究課題と特色のある研究手法を持つ以下に示す研究機関が連携することで新 しい方法論の確立を目指す。 東京医科歯科大学疾患遺伝子実験センターは、疾患遺伝子の発現機構を研究している。病態疾 患遺伝子の探索・同定のために多数の遺伝子をスクリーニングできる体制を整備してきた。当該 方法を適用することにより、環境因子としての化学物質をembryonic stem (ES)細胞に投与し非 投与ES 細胞と比較しながら遺伝子発現の解析に発展させることができると考えられる。 株式会社三菱化学生命科学研究所は、これまでマウスの発生工学と生殖工学を基盤技術として、 自ら新規に樹立したES 細胞(A3-1 株)を用いて各種遺伝子を破壊したマウスを開発すると共に、 新たに種々のマウス系統からの ES 細胞樹立法を開発して特許申請を行っている。さらにマウス 体細胞核移植や顕微授精に関する研究においても幾つかの成果を達成している。 バイオベンチャー会社である株式会社そーせいは、バイオ領域での研究開発事業を手がけてい る。欧米の大学およびベンチャー会社と環境領域のテーマを企画しており、日本では扱えないヒ トES 細胞の共同研究で日本と欧米の共同研究テーマを構想している。 株式会社三菱化学安全科学研究所は、動物個体での毒性試験および薬理試験などの受託を手が けている代表的な試験研究会社である。特に、内分泌撹乱化学物質ではげっ歯類の子宮内暴露に よるスクリーニング手法を開発している。 宝酒造株式会社は、革新的な製品の研究開発を行っているバイオ会社である。米国の Genetic Microsystems 社から DNAチップ技術をいち早く導入、販売している。特に、最近では独自に環境ホルモンDNA チップ販売を予定しており、DNA チップ関連領域ではトップを維持している。 長年にわたり培われてきた遺伝子解析手法、マウス胚性幹細胞の取り扱い、国内外の最新情報 の導入、化学物質の個体での評価法、DNA チップの新技術、これらの高度な技術的蓄積を融合 させることにより、本提案の効率的で円滑な研究遂行が期待される。 目的 生命体を構成する細胞は、生体の内部環境や外部の刺激に応答して分化・増殖・細胞死・恒常 性維持を行う。近年の化学物質の氾 濫は、従来にない細胞応答を引き出し、疾患の誘発、生殖器 異常、中毒などの有害な副作用をもたらした。これらは正常から逸脱した遺伝子発現の結果であ るが、現在までこれらの問題に対する遺伝子発現からのアプローチはなされていない。そのよう な観点から、環境因子としての内分泌撹乱化学物質を含む化学物質の生体に与える影響を、遺伝 子発現の変化で解析して感受性遺伝子を同定し、感受性遺伝子を用いて化学物質の影響を予測す る評価法を確立することを目的とする。さらに、細胞および個体レベルでの作用機構の解明を行 い予防、治療の基礎を築く。
共同研究組織
・総括代表者 中村 正孝(東京医科歯科大学・疾患遺伝子実験センター・教授) ・研究分担者 橋本 晴夫(東京医科歯科大学・疾患遺伝子実験センター・リサーチ・アソシエイト) ・ 〃 何 媛 (東京医科歯科大学・疾患遺伝子実験センター・リサーチ・アソシエイト) ・企業分担代表者 渡部 素生(株式会社三菱化学生命科学研究所・BILD 室・室長) ・研究分担者 高久 学 (株式会社三菱化学生命科学研究所・主任研究員) ・ 〃 東 貞宏(株式会社三菱化学生命科学研究所・主任技師) ・企業分担代表者 中島 憲三(株式会社そーせい・代表取締役副社長) ・研究分担者 山田 英 (株式会社そーせい・研究開発部長) ・ 〃 諸星 俊郎 (株式会社そーせい・研究開発部長) ・ 〃 佐藤 美恵子(株式会社 そーせい・研究補助員) ・ 〃 浅野 淑子 (株式会社 そーせい・研究補助員) ・ 〃 中野 陽子 (株式会社 そーせい・研究補助員) ・企業分担代表者 藤野 明治 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・所長) ・研究分担者 関島 勝 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・細胞生物グループリーダー・主任研究員) ・ 〃 弘瀬 秀樹 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・細胞生物クグループ・副主任研究員) ・ 〃 武田 浩 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・細胞生物グループ・副主任研究員) ・ 〃 安永 勝昭 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・細胞生物グループ・研究員) ・ 〃 河上 祐紀 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・細胞生物グループ・研究員) ・ 〃 永井 賢司 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・薬理研究部・主任研究員)・ 〃 片山 誠一 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・薬理研究部・副主任研究員) ・ 〃 岡村 隆之 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・薬理研究部・研究員) ・ 〃 勝田 修 (株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・病理研究部・主任研究員) ・ 〃 河野 友紀子(株式会社三菱化学安全科学研究所・鹿島研究所・毒性研究部・研究員) ・企業分担代表者 加藤郁之進 (宝酒造株式会社・代表取締役副社長・バイオ研究所・所長) ・研究分担者 峰野 純一 (宝酒造株式会社・DNA機能解析センター・主任研究員) ・ 〃 鵜野 葉子 (宝酒造株式会社・DNA機能解析センター・研究員) ・ 〃 水谷 滋利 (宝酒造株式会社・バイオ研究所・主任研究員) ・ 〃 巽 容子 (宝酒造株式会社・バイオ研究所・次席研究員) ・ 〃 辻本 義政 (宝酒造株式会社・バイオ研究所・研究員) 合 計 29 名
研究期間
平成12年 3月17日 ? 平成13年 3月31日研究開発の実施状況等
(1)研究開発の実施状況 化学物質の遺伝子発現への影響をみるためには感受性の高い細胞を用いる必要がある。そのた めに我々はES 細胞を用いた。 ES 細胞は生殖細胞への分化能力を保持した状態で体外で継代維持が可能な正常細胞細胞株で、 内分泌撹乱化学物質などを含む化学物質に対する感受性が高いことが期待されている。また、増 殖能力が高いので細胞からの遺伝子取得が容易であり、培養系の操作により、血球系、心筋、骨 格筋、神経、生殖系前駆細胞等への分化誘導が期待され、化学物質の組織や臓器への分化への影 響が予測できると考えられる。 ES 細胞に化学物質を投与後、それぞれの細胞由来の RNA を抽出、精製して解析に用いる。化 学物質で処理した細胞からのRNAと、処理していない細胞のサンプルをコントロール RNAとし てcDNA に変換後、DNA チップで遺伝子発現パターンを解析する。DNA チップでの実験を確立 するために、estrogen の作用が明らかなヒト乳癌由来細胞株 MCF-7 を用いて RNA を調整し、 DNA チップの種々の条件を検討する。また、ES 細胞の化学物質での処理・非処理細胞からの mRNA を用いて Differential Subtracting Cloning を実施し、各化合物について感受性遺伝子を 同定する。さらに、それぞれの遺伝子について塩基配列解析を行い遺伝子を同定する。別途代表 的なテスト化学物質を選択して ES 細胞に投与し、遺伝子発現の変化を解析して化学物質と遺伝 子発現の関係をパネル化し、その結果をふまえ、データベースを完成させるべく将来事業計画を構築する。調べる化学物質と遺伝子の数を増していき、最終的には各化合物について特異的に発 現する遺伝子(既知遺伝子および新規遺伝子からなる)を同定して、各化合物のプロファイルを 遺伝子レベルでデータベース化することを目指す。 分化誘導は、複数の細胞増殖因子あるいは血球系のサイトカイン等の組合わせにより様々な細 胞群を ES 細胞から誘導することが可能であり、分化誘導に化学物質が如何なる影響を及ぼすか 検討するとともに遺伝子発現との関連を追求する。 (2)各機関別の研究開発目標、実施方法、成果 (2? 1)東京医科歯科大学 開発目標 ホルモンを含む環境化学物質を ES 細胞に作用させ、細胞の増殖・分化の様子を観察 するとともに、遺伝子の発現を調べる。それにより化学物質と応答する遺伝子の対応を つけ、全体をデータベース化することを目標とする。 実施方法 ES 細胞は DMEM 培地で少なくとも 48 時間培養した後、1% dextran 溶液でコーティ ングした活性炭で処理しフェノールレッドを抜いた培地(DCC 培地)で培養した。その 後、それぞれの化学物質を含んだ培地で4 日間培養した。培養終了後、ES 細胞からtotal RNA を抽出し、mRNA を精製した。
ES 細胞へ作用させた化学物質は ethynylestradiol (E2)、testosterone propionate (TP)、 およびbisphenol A (BisA)である。
実験で用いた DNA チップは、mouse chip set I (TAKARA)および AtlasTM Glass
MOUSE 1.0 Microarray (Clontech)である。
得られたサンプルのmRNA は Cy5 と Cy3 でラベリングし、DNA チップ解析に用いた。 ハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン 、 洗 浄 の 後 、DNA チ ッ プ は GMSTM418 Array Scanner
(TAKARA)で測定し、データの解析には ImageneTM Ver.3 (TAKARA)を用いた。遺伝子
の発現の有意な上昇および低下は、シグナルの比がコントロールに対して 2 以上または 0.5 以下とした。有意な変化を示した遺伝子の中で、全ての解析において変化が認められ るものを最終的に変化のあるものとした。
成果
発生初期の ES 細胞で、化学物質が遺伝子発現に与える影響を調べ、感受性遺伝子の 同定を試みた。Mouse chip set Iと AtlasTM Glass MOUSE 1.0 Microarray を用いた。ラ
E2 で処理した ES 細胞から独立に 3 例のサンプルを得た。DNAチップ解析を行った結 果、コントロールに対して、0.5 nM E2 処理により有意な発現変化を示した遺伝子は認 められなかった。また、50 nM E2 でも有意な変化を示した遺伝子は認められなかった。 他方、コントロールを Cy5、実験群を Cy3 でラベリングした場合、2 つの遺伝子の発現 が、E2 によりコントロールに比べ有意に上昇していた。また、10 種の遺伝子の発現は、 E2 により有意に低下した。しかし、ラベリングを逆にした場合(コントロール Cy3、実 験群Cy5)、これらの遺伝子の発現変化は逆の結果を示した。 次に、TP に関する影響を調べるため、TP および BisAの処理に対する遺伝子発現変化 の影響を検討した。TP 処理細胞からのサンプルは mouse chip set Iで、Bis-1 のサンプ ルはAtlasTM Glass MOUSE 1.0 Microarray で解析した。
その結果、TP において、有意な発現を示した遺伝子は認められなかった。一方、 BisA 処理により、glutamate receptor 5 precursor (GLUR5); ionotropic glutamate receptor kainate1 (GRIK1) 、 transcription factor 4 (TCF4); immunoglobulin transcription factor 2 (mITF2; ITF2); SL3-3 enhancer factor 2 (SEF2) 、 お よ び ets-related transcription factor; E74-like factor 1 (ELF1)の遺伝子は有意に発現が上昇 していた。また、40S ribosomal protein SA (RPSA); lamimin receptor 1 (LAMR1); 34/67-kDa laminin receptor が有意に低下していた。
(2? 2)株式会社 三菱化学生命科学研究所 開発目標 代表的な化学物質をマウスES 細胞並びに ES 細胞の分化誘導系に投与して、その遺伝 子発現が変化するような感受性遺伝子を既知の遺伝子パネル(DNA チップ)を用いてス クリーニングした。 代表的な4種類の化学物質としてE2、BisA、TP、DDE(殺虫剤 DDT の生体内代謝中間 体で、弱いアンドロゲン拮抗活性が知られている物質)を用いた。 代表的な環境化学物質に対する新規感受性遺伝子を同定するための第一歩として、ES 細 胞 を 分 化 状 態 に お き 、 そ の 発 現 量 が 変 化 す る 候 補 遺 伝 子 群 の cDNA クローンを subtraction PCR 法で単離した。 実施方法 ES 細胞の化合物への暴露実験は、未分化系では細胞濃度を約2.5 x 105 /mlで継代し、 1 日後(細胞濃度 約 1 x 106 /ml)に、分化誘導系では細胞濃度を約 4 x 105 /ml にして LIF 非存在下で、暴露を開始した。 化合物暴露の終濃度はE2 5 x 10-10 M、BisA 4 x 10-6 M、TP 2 x 10-9 M、DDE 2 x 10-9 M を用いた。これらの濃度は、それぞれの受容体との結合の IC50濃度である。化
合物暴露の期間は未分化系においてはE2 と BisA では 4 日間、TP と DDE では 3 日間お こなった。また分化誘導系ではLIF 非存在下に 1 週間および 3 週間暴露した。
対照区と実験区からRNA を精製し、各社(Clontech 、TAKARA)の蛍光標識キット・ ハイブリダイゼーションの手順に従いDNA チップ解析をおこなった。同一の RNA 試料 に対して少なくとも 2 回の解析で発現比の再現性があり、遺伝子発現の蛍光強度がバッ クグラウンドの約2 倍以上あり、発現比が 2 より大きいか 0.5 より小さい遺伝子を感受性 遺伝子とした。 ES 細胞の分化誘導系(LIF 非存在下)と未分化系(LIF 存在下)において、1 週間お よび3 週間後に両系から mRNA を精製し、発現量が変化する候補遺伝子群の cDNA クロ ーンをstbtration PCR 法で単離した。 成果 ES 細胞未分化系における E2 と BisA 暴露による感受性遺伝子を調べた。E2 暴露によ って発現が変化する遺伝子が41 個検出された。また BisA 暴露によって発現が変化する 遺伝子が27 個検出された。両化合物の暴露で共通する感受性遺伝子は 4 個(いずれも減 少するもの)であった。 ES 細胞未分化系における TP と DDE 暴露により発現が変化する遺伝子が 118 個検出 された。両化合物の暴露において発現が減少する遺伝子が多い傾向が認められ、共通す る感受性遺伝子は79 個(減少するもの)であった。
ES 細胞の分化誘導系における E2 と BisA 暴露により、TAKARA DNA チップを用い た場合に1 週間後、3 週間後ともに多数の遺伝子の発現増加が認められ、また発現様式が 両化合物において共通する感受性遺伝子群が多数存在した。Clontech DNA チップを用 いた場合にはE2 暴露 3 週間後および BisA 暴露 1 週間後に多数の遺伝子発現の減少が認 められた。 ES 細胞の分化誘導系における TP および DDE 暴露により、両化合物とも暴露 1 週間 後に発現が減少する感受性遺伝子数が多く、これらについては両化合物に共通する傾向 が顕著であった。TAKARA DNA チップを用いた場合には、両化合物で暴露 3 週間後に も多数の感受性遺伝子群が認められ、発現様式が両化合物 で共通する感受性遺伝子群が 多数存在した。Clontech DNA チップを用いた場合には TP 暴露 1 週間後に多数の遺伝子 発現の変化が認められたが、3 週間後には感受性遺伝子数は少なくなる傾向が認められ た。一方、DDE 暴露では 1 週間後と 3 週間後で感受性遺伝子数に大きな変化は認められ なかった。 ES 細胞の分化誘導系において、これら4種類の化合物の暴露 1 週間後と 3 週間後で共 通の感受性遺伝子数は、TAKARA DNA チップを用いた場合に、E2 感受性で発現が増大 する遺伝子は、1 週間後と 3 週間後で共通に発現している遺伝子が多い。TP および DDE 感受性遺伝子では発現が減少するものに共通の遺伝子が多い。Clontech DNA チップを
用いた場合にはDDE 感受性で発現が減少するものに共通の遺伝子が多い。 新規感受性遺伝子の同定の試み、816 個の cDNA クローンを単離した。これらの大部 分は200? 1,000 塩基の長さであった。 (2? 3)株式会社 そーせい 開発目標 既知のホルモンで作用の確立している細胞を対象に、DNA チップの実験条件を詳細に 検討し、実用に耐えうるものにすること。さらに ES 細胞を用いた分化誘導系を確立す ることを目標とした。 実施方法 MCF-7 細胞に曝露した化学物質は、0.5 nM E2 である。E2 は 100%エタノールで溶解 した後、DCC 培地に加えた。溶媒に用いたエタノールは試薬が溶ける最低限の量(培地 に対し0.000005%)を用いた。 MCF-7 細胞を DCC 培地で 48 時間培養した後、E2 を含む培地でさらに 5 日間培養し た。培養終了後、MCF-7 細胞から total RNA 抽出し mRNA を精製した。
human DNA chip for endocrine disruption study version 1.0 (TAKARA, catalog #: X103)を用い、mRNA は(TAKARA mRNA量 2 mg、Clontech mRNA量 5 mg)プロトコ ールに従って Cy5 と Cy3 でラベリングし、解析した。データの解析には ImageneTM Ver.3 (TAKARA)を用いた。遺伝子の発現の有意な上昇および低下は、シグナルの比が コントロールに対して2 以上または 0.5以下とした。有意な変化を示した遺伝子の中で、 全ての解析において変化が認められるものを最終的に変化のあるものとした。 成果 E2 の作用を受けることが明らかな MCF-7 細胞を用いて、DNA チップでの遺伝子発現 変化の検出系の確立を試みた。 コントロールサンプルを Cy5 で、実験群からのサンプルを Cy3 でラベリングし、 human DNA chip for endocrine disruption study version 1.0にハイブリダイズした。 このチップには 900 種類の遺伝子がコートされている。サンプル 1 は独立した 2 回のラ ベリングでそれぞれ3 回、サンプル2 は 2 回のハイブリダイゼーションを独立に行った。 さらにサンプル1 では、上記とは逆にコントロールを Cy3 で、実験群を Cy5 でラベリン グし、ラベリング色素の違いによる影響を調べた。 E2 で処理した MCF-7 細胞は、trefoil factor 1遺伝子の発現が有意に上昇していた。有 意に低下した遺伝子は認められなかった。 コントロールを Cy5、実験群を Cy3 でラベリングした場合、15 種の遺伝子の発現は、
E2 により有意に上昇した。しかしながら、ラベリングを逆にした場合(コントロールを Cy3、実験群を Cy5)、これらの遺伝子は E2 処理により有意に低下する結果を示した。 これらの結果はラベリングする色素の違いによりDNA チップ解析の結果が影響を受ける ことを示している。一般的に、Cy5 でラベリングしたグループが有意に低いシグナルを 示した。
上記のラベリング方法は、dUTP に Cy3 または Cy5 を結合させたものを逆転写の際に、 RNA から合成される cDNA に取り込ませるものである(逆転写法)。一方、Clontech のラ ベリング方法は cDNA を合成してからラベリングを行うものである(直接法)。ラベリン グの違いによる最終結果への影響を検討するために、TAKARA の従来のプロトコールで ある逆転写法に Label it (TAKARA)を併用し、直接法を導入した。基本的な原理は Clontech のラベリング法と同様である。これら 2 種類のラベリングによる結果を比較し た。この実験では、human DNA chip for endocrine disruption study version 1.0を用 いた。コントロールをCy5 で、実験群をCy3 でラベリングしたもの(Label A)と、逆にラ ベリングしたもの(Label B)の 2 種類でハイブリダイゼーションを行った。両方で有意に 変動した遺伝子をE2 の作用を受けるものと判定した。
E2 により遺伝子の発現が有意に上昇したのは trefoil factor 1遺伝子のみであった。有 意な変化がみられた遺伝子は、逆転写法による結果と同じであった。しかし、シグナル の値は、直接法は逆転写法よりも低かった。House keeping genes の中でシグナルの値 が最も安定しているβ actin をみると、逆転写法ではシグナルが 18866.8 (コントロール; 24 spots の平均、以下同様)および 23357.6 (実験群)であった。直接法で、Label A は 1796.8 (コントロール)および 1312.6 (実験群)であった。Label B では 402.0 (コントロー ル)および 648.6 (実験群)であり、ラベリング法によりシグナル強度に差異のあることが 明らかになった。 DNAチップ解析の結果のバラツキを把握するため、同じサンプルでDNAチップにハ イブリダイゼーションを行い解析した。理論上では、同じサンプルなので発現比は 1:1 になるはずである。E2 で処理した同一細胞からのサンプルを Cy3 および Cy5 でラベリ ングし、解析を行った。さらにコントロールのサンプルも同様に行った。E2 グループで は20 種の遺伝子の発現が有意に低下した。コントロールグループでは 31 種の遺伝子の 発現が有意に低下した。E2 グループとコントロールグループで共通した遺伝子は 17 種 であった。その内、E2 グループで最もシグナル値が高かったのは v-fos FBJ murine osteosarcoma viral oncogene homolog であり、Cy3 の値は 1937.2、Cy5 の値は 636.7 で あった。また、コントロールグループで最もシグナル値が高かったのは topoisomerase (DNA) I で、Cy3 の値は 1830.8、Cy5 の値は 872.8 であった。これらの結果は Cy3 と Cy5 によるラベリングにより、見かけの発現量に差が出ることを示すもので、シグナル の値が約2000 以下の遺伝子は判定が困難であることが分かった。
(2? 4)株式会社 三菱化学安全科学研究所 開発目標 内分泌攪乱作用を実験動物で簡易に評価する方法として未成熟ラットの子宮重量法が 既に確立している。マウス ES 細胞を用いた試験との整合性を図る目的で、子宮重量法 に未成熟マウスを用いてエンドクリン用活性の種差による感受性の違いがあるかどうか を検証する。 内分泌攪乱物質と異なり明らかな毒性作用を有する化学発癌剤による感受性遺伝子を スクリーニングする目的で、dimethylnitrosoamin (DMN)による感受性遺伝子を同定す る。 ヒトの乳ガン細胞株MCF-7 細胞は、内分泌攪乱物質のヒトへの影響を調べるモデル系 として既に利用されている。強い estrogen 様活性を有する E2 と比較的弱い活性が疑わ れているBisA について比較解析を試みる。 実験手法 雌の幼若マウス(CD-1)をエンドクリン様活性の検証の子宮重量法試験に用いた。また、 SD 系ラット雄の7週齢を成熟ラットを肝発ガン剤感受性遺伝子のスクリーニングに使用 した。 未成熟マウスにおける内分泌攪乱作用を子宮重量法にて検証するために、離乳直後 (19 日齢)の CD-1(雌)に E2 と BisA を皮下に投与した。E2、BisA ともに 24 時間間 隔で3 回投与後、24 時間後に屠殺剖検し、子宮重量を計測した。 成熟ラットを用いる肝発ガン剤感受性遺伝子のスクリーニングは、8 週齢の成獣ラッ ト(SD,雄)に DMN を 10mg/kg 単回強制経口投与した。投与後 3 時と 24 時間に動 物を屠殺剖検し、肝臓を採取した。DMN 投与 3 時間後と 24 時間後の実験群から RNA (mRNA または全 RNA)を抽出精製し DNA チップ解析を行った。
ヒト由来乳ガン細胞による感受性遺伝子スクリーニングをMCF-7 細胞を用いて行った。 E2 または BisA を暴露した実験群から RNA(mRNA または全 RNA)を抽出精製し、蛍 光標識後、Intelli Gene human DNA chip for endocrine disruption study を用いてハイ ブリダイゼーションを実施し、DNA チップ解析を行った。 成果 離乳直後の19 日齢 CD-1 雌マウスに E2 もしくは BisA を 24 時間間隔で3回投与した ところ、E2 を投与した CD-1 マウスにおいては体重量には有意な変化が認められなかっ たが、子宮重量は陰性対照群の約 4.5 倍に増加し、0.3µg/kg 以上で統計的に有意な増加 を示した。感受性が最大になる濃度は0.3? 1.0µg/kg と予測される。 BisA を投与した CD-1 マウスにおいても体重量には有意な変化が認められなかった。
一方子宮重量は陰性対照群の約 1.2 倍程度の増加が認められたが、統計的に有意な増加 と判断できるものでなかった。 成熟ラットを用いる肝発ガン 剤感受性遺伝子のスクリーニングは、8 週齢の成獣ラッ ト(SD,雄)に DMN を単回強制経口投与し、投与前(0h)、投与後 3 時と 24 時間の肝臓 からRNA(mRNA または全 RNA)を抽出精製し、DNA チップ解析を行った。 DMN 投与3時間後では発現量が増加する遺伝子は極僅かで、発現量が減少する傾向 を示した。24 時間後では、発現量が増加する遺伝子が増大したが、減少する遺伝子の数 も同様に増大していた。 内部標準遺伝子に分類されているハウスキーピング遺伝子は、3時間後では、大きな変 化は認められなっかたが、24 時間後では増加を示す遺伝子が認められ、核酸合成および タンパク合成に関与している遺伝子の発現量の増加が顕著であった。さらに、ストレス 応答遺伝子の発現増加が認められた。 ヒト由来乳ガン細胞による感受性遺伝子スクリーニングを、MCF-7 細胞に BisA を暴 露し感受性遺伝子をIntelli Gene human DNA chip for endocrine disruption study を用 いて解析した結果、発現が増加する遺伝子9種と減少する遺伝子15種を同定した。 (2? 5)宝酒造株式会社 開発目標 ES 細胞を用いた研究のための前段階として、DNA チップサイドにおける予備実験・ 検討を行う。ヒトの遺伝子を搭載したDNA チップを用いてヒト培養細胞における内分泌 撹乱物質の影響を解析し、DNA チップを用いた解析の予備テストを行う。次に、マウス DNA チップを用いて実験を行う際に、対照となるサンプルを変える事によりその結果が どのように変化するかの解析を行い、実際の解析への応用検討を行う。 実施方法 MCF-7 を 2x106 cells/plate で播き、各薬剤を添加した培地に交換し、6 時間後に total
RNA を回収した。DES を同様に添加した培地に交換し、8 時間後および 5 日後に total RNA を回収した。
Total RNA 15μg を蛍光標識し、ハイブリダイゼーションに用いた。ハイブリダイゼ ーションしたDNA チップを、Affymetrix 418 Array Scanner で Cy3 および Cy5 の蛍光 シグナルをスキャニングし、画像を得た。画像を、解析ソフトウェアImaGeneを用いて 解析し、各スポットシグナルの定量を行った。有効シグナル値の閾値を Spot Signal Mean + 2×SD > Background Signal Mean とした。Cy3 と Cy5 シグナル間のノーマラ イゼーションはグローバル法を採用し、Log(Cy3/Cy5)の Mean が 0 になるように補正し
た。
Human EST チップを用いたクラスタリング解析を内分泌撹乱物質の分類のために行 った。DNA チップは、手持ちのEST クローンライブラリーから428 個の DNAフラグメ ントを調製した。ImaGene を用いて各 DNA チップのスポットシグナルを定量した後、 各スポットの比率データから、データマイニングソフトウェア GeneSight を用いて、階 層的クラスタリング解析およびK-means クラスタリング解析を行った。スポットの有効 シグナル値の閾値はSpot Signal Mean + 2.5×SD > Background Signal Mean とした。 マウス脳および肝臓由来の、total RNA それぞれ 15μg を用いて蛍光標識を行い、競 合ハイブリダイゼーションを行った。また、マウスの脳、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓 由来のtotal RNA 等量を混合してコントロールとし、このコントロール 15μg に対する マウス脳由来の total RNA 15 μg、およびコントロール 15μg に対するマウス肝臓由来 のtotal RNA 15μg の競合ハイブリダイゼーションを行った。 成果 MCF-7 細胞に E2、BisA を作用させたところ、2倍以上の発現上昇が見られた遺伝子 と 1/2 以下の発現低下が見られた遺伝子は、予想に反し、その数は少なかった。E2、 BisA に関しては、若干の発現上昇が見られる遺伝子は2個のみ、DES に関しては、発 現低下が見られた遺伝子が数個見られた。確実に発現が上昇すると予測される trefoil factor 1 遺伝子はすべてのサンプルにおいて上昇していた。 ヒト EST チップを用いたクラスタリング解析を EST クローンライブラリーから 428 個のDNA フラグメントを用いて行った。発現の大きく変動した遺伝子は少なく、2倍以 上 の 発 現 上 昇 が 見 ら れ た 遺 伝 子 は 、E2 で は 1 個 、DES で12個、 BisA で1個、 Genistein で5個で、1/2 以下の発現低下が見られた遺伝子は、E2 では0個、DES で1 個、BisA で0個、Genistein で3個であった。階層的クラスタリング解析の結果から、 DES と Genistein が似ていると判断され、また、K-means クラスタリング結果から、E2 だけが異なると判断される。 マウスDNA を搭載した DNA チップを用いた遺伝子の発現差、データを取る際、対照を何 に設定するかで解析結果に違いが生じるかどうかの確認を行った。マウス脳および肝臓由来 のtotal RNA を用いて、直接、競合ハイブリダイゼーションを行った。また、マウスの脳、 心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓由来のtotal RNA 等量を混合してコントロールとし、マウス脳、 あるいは肝臓由来のtotal RNA で競合ハイブリダイゼーションを行った。 両実験結果得られた遺伝子発現比率の、脳で発現上昇している遺伝子および肝臓で発 現上昇している遺伝子、上位30個で比べたところ、両実験間の相関係数は 0.903 であ り、良い相関を示した。しかし、異なる物がいくつか見られた。脳/肝臓のそれぞれの サンプルをコントロールとして実験し、解析を行うと、例えば脳で非常に強い発現が見 られても、肝臓でまったく発現が無ければシグナルがそのバックグランドと同レベルに
なり、有効数字とは言えなくなり比率データから省かれてしまった。
まとめ
(1)当該研究開発プロジェクト全体の進捗状況及び成果のまとめ 本研究開発プロジェクトで、内分泌撹乱物質を含む化学物質生体への影響を評価する方法論と して、DNA チップを用いて遺伝子発現変動を調べることが有効であることを示すことができた。 我々が示すことができたのはまだ基礎開発の段階であるが、近い将来、有用な方法論として確立 される可能性が高い。 すでに estrogen に反応することが確立しているヒト細胞株 MCF-7 で、サンプルの調整法と DNA チップの実験を詳細に検討した。それを基にマウス ES 細胞に、ホルモン作用の明らかな化 学物質を作用させ、それぞれの物質に反応する遺伝子をいくつか同定した。強いestrogen 作用を 示すE2 と活性の弱いBisAで共通の感受性遺伝子が同定され、これらの遺伝子に着目することに より作用未知の化学物質のestrogen 様活性の評価が可能となる。また、androgen 活性の強い PT と弱い androgen 拮抗活性を示す DDE が共通の感受性遺伝子を持つことが示唆され、これらの ホルモン様作用を示す評価も可能と考えられる。 我々が今まで調べた遺伝子の数は千のオーダーで少ない。これらを増すことでそれぞれ特徴的 なホルモン作用を示す感受性遺伝子のパネルの確立が望まれる。重複して行った実験で、各研究 機関でおおよそ同一の結果を得ており、これも本方法論の有効性を示している。ただし、細部に おいては違いもみられる。この差の原因を追及することはできなかったが、その多くは DNA チ ップの感度によるものと思われる。DNA チップの感度はまだまだ向上する余地が充分にある。 限られた1年余の研究期間で実際に環境にある化学物質を調べるところまでは至らなかったのは 残念であった。今後の課題である。 本研究で用いた物質が実際に生体(子宮)に影響を与え、感受性遺伝子による評価と相関がみ られており、遺伝子発現変動で化学物質を調べることは充分に意義があることを保証している。 本研究プロジェクト間、毎月1回、研究機関が東京医科歯科大学に集まり、得られた結果に対 する討議、次の研究ステップを打ち合わせ、内外研究の紹介などを行った。この会合を通じて、 研究機関間のつながりができたことと、研究者同士の結び付きが確立できたことは極めて有意義 であった。 (2)今後の展開 本研究では既知の限られた遺伝子への影響を調べたが、ヒト・ゲノム・プロジェクトの全体像 がみえた現在、すべての遺伝子を対象とすべきである。また作用させる化学物質を増すことによ り感受性遺伝子のクラスタリングが可能となり、化学物質毎の感受性遺伝子を系別化することができるであろう。それに基づいて化学物質の作用機作、その予防法を確立する手段となろう。 本研究プロジェクトチームは1年余の短時間で解散となるが、それぞれの研究機関が何かしら の形で化学物質に対する感受性遺伝子の探索を続ける。東京医科歯科大学と株式会社そーせいは プロジェクトチーム解消後も共同研究を行うことで合意しており、上記の研究を進展させ感受性 遺伝子をパネルにして実用化を目指す。 株式会社三菱化学生命科学研究所は、今後は本年度調べた化学物質の遺伝子への影響について、 その時間軸依存性や濃度依存性さらには多重暴露の影響などについての解析も進める予定である。 また他の多種多様な化学物質についても感受性遺伝子のスクリーニングに着手する予定である。 さらに近年においては ES 細胞の様々な分化誘導系の開発も進展著しい分野である。これらの系 は再生発生工学との融合分野として新しい産業技術の総合的開発の観点からも重要であり、感受 性遺伝子のスクリーニングに利用することを計画している。 株式会社三菱化学安全科学研究所はさらに種差による感受性遺伝子の違いについて解析を進め る予定である。また、多種多様な化学物質についても感受性遺伝子のスクリーニングに着手する とともに、化学物質の構造と感受性遺伝子の関連づけについてもデータベースの整備を計画して いる。 宝酒造株式会社はDNA チップの質と数の向上を目指して開発を継続する。