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一社専属性にかんする若干の検討

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一社専属性にかんする若干の検討

著者 吉川 吉衛

雑誌名 法經論集

巻 69‑70

ページ 284‑268

発行年 1993‑01‑14

出版者 静岡大学法経短期大学部

URL http://doi.org/10.14945/00008963

(2)

法経論集第69。7{}尋 論  説

一祉專属鋼にかんする若干の検討

吉 川 吉 衛

目  次

1.はじめに

2 生命保険事業の募集体制問題

(1>募体三(募集体制の整備改善三力年計画など)

② ポスト募体三の事態 3 専業外務員と一社專属制

(1>日本における沿革

 (2)比較検討L一イギリスeドイツeアメリカ

〈3>  ノ」\  }舌

4.む す び

1。はじめに

 生命保険事業にとって、募集体制の問題、またしたがって外務員制度の問 題は、重要な問題であるω。日本において第二次大戦後は、それに、相互会社 の運営問題が加わった(2》。募集体制の問題をめぐっては、これまでに多くの議 論がなされてきており、目下のところ、ひとつには一社尊属制をめぐって議 論がたかまりつつあるように思われる。また、これまでにもいくつかの改善 策が講じられてきた。なお、以下では、外務員(営業職員)、專業外務員(専 業職員)、そして基幹外務員(基幹職員)などと記すこととする(3)。

 生命保険事業一保険事業にかんして、保険審議会は、1989年(平成元)

4月から約2年をかけ、「保険事業のあり方及び保険関係法規の見直しについ

て」をテーマとして、「利用者の立場、国民経済的見地、国際性」という視点

(3)

… ミ專属制にかんする若干の検討

からする審議を続けており、そのなかの翼体的項目に「保険募集の在り方に ついて」がある。保険審議会のその他の審議項目には、保険事業の役割につ いて、保険会社の業務範囲の在り方について、保険経理の見直し・ディスク ロージャーの整備について、保険会社形態の在り方について、保険事業の監 督の在り方について、がある。保険事業の役割について、は1990年(平 成2)6月に、中聞答申がなされたところである。

 かつて、筆者は、生命保険募集人の一社専属制再検討を若干論じ(4)、また、

乗合制ライセンスを提案したことがあった(5)。

 そこで本稿では、上記提案の裏付けとなり得るであろう作業を行うことと したい。すなわち、まず、募集体制が現在のところ生命保険業界においてど のようになっているのかを検討する。いわゆる募体三(募集体制の整備改善 三力年計画など)は、1987年度(昭和62)をもって廃止されたが、そ れは何故なされたのか、またその結果如何なる事態となっているのかを明ら かにする(2.)。次いで、明らかとなった事態に対して、従来からの外務員 の一社專属制という考え方を根本的に改める必要があるかどうかを、一い いかえれば、外務員と一社専属制、あるいは、専業外務員と一社專属制がは たして…体の関係にあるものであるのかどうかを、日本の沿革に尋ね、イギ リス・ドイツ・アメリカの例で調べてみることにしたい(3.)。そうして、

最後に、まとめをしてむすびとしたい(4.)。

 なお、本稿は、1990年8月末段階での文献・資料にもとづき執筆した ものである。予め、読者の皆様のこ諒解を得ておきたい。ところで、本年6 月17日に、『新しい保険事業の在り方』と題するいわゆる保険審議会平成4 年答申がなされた。同答申については、稿を改めて論じることとするが、こ こで一言しておきたいことがある。それは、同答申案が、『日本経済新聞』i

992年5月29日号の第一面トップ記事として報じられた際に、「生保販 売、相互乗り入れ 保険審の最終報告書案」との見出しが付けられたことで ある。この記事の見出しの付け方は、ひとつには、この国の社会経済におけ る当該問題にかかわる人びとの関心のありようを物語るものであろう。筆者 には、まことに感慨深いものがある。

① 水島一也教授は、「生保業界に対する批判の多くは、外務員制度に向けられて  いる。外務員による保険募集が生命保険経営にとり不可欠のものでありなが  ら、それにまつわる欠陥のために、生保業界に対する国民のイメージが損なわ

(283)

一一 S4一

(4)

法経論集第69・70号 論  説

 れるに至ったのである。」(同ヂ環境変化の中の生命保険事業」文研論集73号、

 1985年12月、1〜42頁、10頁)とされ、「特別配当という他の業i界に

 は例をみない優れた制度を持ちながら、そのメリットを自ら否定してゆくごと  き生保外野の現状は早急に改められねばならない。」(同論文12頁)とされる。

 また、同・同論文11、34頁参照。

(2)相互会社の問題については、さしあたり、岩崎 稜/水島一也/大塚英明/

 田中淳三/田村祐一郎「相互会社をめぐる諸問題一平成元年度共通論題一」保

 険学雑誌527号、1989年12月、1〜12G頁参照。

(3)拙稿「生命保険募集人と乗合制一保険事業の監督・取締法における信義則の  一繭一」(野津 務先生追悼論文集『商法の課題とその展開』成文堂、1991

 年10月)289〜304頁。

(4)拙著『保険事業と規制緩和』同文舘、1985年7月、125〜126頁。

㈲ 拙稿・前掲論文。

2.生命保険事業の募集体制問題

(1)募体三(募集体制の整備改善三力年計画など)

 第二次大戦後における生命保険事i業の募集体制問題を振り返ってみること にしたい。なお、ここ〔2.(1)〕では、必要に応じて、外務員と記しまた年 号も元号を先に記すことととする。

 昭和30年代後半から昭和50年代初め(1960〜75)の高度成長期

においては、外野組織の急激な拡大がみられた。そのようななかで、まず、

昭和41年度(1966 )〜昭和43年度(1968)において、募集制度

合理化三力年計画が試みられたが、未達成に終わった。

 保険審議会による、自由化答申と呼ばれる「44年答申」がなされた。生 命保険事業の業容拡大競争はいっそう激しくなり、昭和40年代後半(19

70〜75)は、外務員の年間40万人を超える新規採用とこれと同数ない しそれ以上の脱落者という異常なターンオーヴァー(転職率)がみられた。

昭和46年には、年問新規登録外務員数43万人、そして業務廃止外務員数 44万人にも達したのであるω。

効率化答申と呼ばれる保険審議会の「50年答申」がなされ、競争原理の

(5)

…社導属鱗にかんする著干の検討

導入とともに、消費者指向の経営と尊業外務員体制の確立が指摘された。専 業体制(専業外務員一基幹外務員体制)の確立と保険契約継続率の改善を適 して生命保険会社各社の経営効率改善を目的として、昭和51年度(197 6)〜昭和53年度(1978)において、(第一次)募集制度改善三力年計 画が施行されたが、未達成に終わった。

 個別化・弾力化答申といわれる「54年答申」が保険審議会によってなさ

れた。昭和54年度(1979)〜昭和56年度(1981)において、解

約・失効率指標を計画項目に加えた第こ二次新三力年計画が試みられたが、ま たも未達成となった.

 昭和57年度(1982)〜昭和59年度(1984)において、第三次

「新募体三」(募集制度の整備改善三力年計画)が実行された。これは、実績 値が計画を超えることを認めないものであった。

 特色化・弾力化答申と特徴づけられる、保険審議会の「60年答申」がな

された。昭和60年度(1985)〜昭和62年度(1987)において、

第四次「新募体三」(募集体制の整備改善三力年計画)が実施された。これは、

「前回〔第三次〕方針を踏襲し…  これが最後という強い意識の下に実行 計画が打ち出された」《2}ものである。その基本四指標は、13月目專業外務員 在籍率・30%、基幹外務員育成率・15%、期末基幹外務員占率・40%、

13月目総合継続率・84%であっだ3)。

 昭和63年度(1988)からは、「新募体三」は、初期の昌的を達成した として廃止された。昭和63年度(1988)以降は、昭和51年度から昭 和62年度まで(1976〜1987)合計12年間にわたった募体三行政

が終わりを告げて、各社がより自主的に募集体制の整備改善計画を立て、行 政は、各社の自主性を尊重しつつ指導をするという方法で募集体制の整備に 取り組むこととなった㈲。生命保険会社各社は、こんにちの環境のなかで自社 の置かれている状況に対応して目標や計画期間(2〜5年)を設定し、「募集 体制に関する整備改善自主計画」を策定し推進することとなったのであるく5)。

ポスト募体三である。

 ところで、外務員(営業職員)については、先にみたように、專業体制の 確立が求められており、現在、生命保険会社各社もそれぞれのr募集体制整 備改善自主計画jにもとづきそれを自主努力でなそうとしているとみられる。

専業体制を担うとされるものは、これも既にみたように、専業外務員一基幹 外務員であったが、こんにちでは、専業職員一基幹職員とされるく6)。

(281)

一一一

S6−一

(6)

法経論集第楢9・7⑪号 論  説

(2>ポスト募体三の事態

 さて、募体三の廃止は、いかなる事態を引き起こしたのであろうか。ある いは、なぜ、募体三は廃止されることとなったのであろうか。

 ポスト募体三といわれる現在の事態において、外務員(営業職員)の大量 増員が依然として潮流となっている。外務員(営業職員)年度末登録数の増 大だけでなく、新規登録外務員(営業職員)数と業務廃止外務員(営業職員)

数の推移をみるとき一年間、16万人が増員され、一方で14万人が脱落 しているという状況の推移一、大量増員の潮流は、たんなる流れではなく、

激しく渦をまく流れであると、それは激しい渦流であるということが理解さ れる(図表1参照)。なぜ、こうなって来ているのであろうか。3つないし4 つの原因が考えられる。

 第1は、支払可能保険料と実際加入保険料との差が1985年(昭和60)

頃から、再び拡大してきたことが挙げられよう(図表2参照)。

 第2は、顧客において、加入保険金額の不足感が大きいことがある。i9 88年(昭和63)に行われた生命保険文化センターの調査結果では、5割 以上の世帯で加入保険金額に対し不十分感を抱いていたσ)。調査によれぼ、万 一の場合において必要とされる家族の生活資金は、同年度平均値で5,36

6万円であり、これは従来のものを大きく上回った(図表3参照)。ところで、

これに対し、例えば世帯主の加入する普通死亡保険金額の推移を平均でみる と、同年度で1,857万円であるが、これは従来のものをさほど上回って

いないのである(図表4参照)(8}。

 第3に、業態の垣根を低くする一一具体的には、業態別子会社によってそ れを低くしようという金融制度改革が、1991年度(平成3年度)に山場 のひとつを迎えると言われていることがあろう。そのなかで、他業界と比較 した生命保険事業の強みは、専業外務員(専業職員)制度の存在である。つ まり、生保は足腰が強いといわれるゆえんがそこにある。生保の足腰の良さ は、いいかえれば足腰が良くなければならないということは、本来的にはこ の事業の性格に由来するものだと考えられる。しかし、この国の事業の歴史

       N   N  }   N   N

に即してみると、生保の足腰が相対的に強くなったのは、専業体制の確立が 目指されることとなった昭和50年(1975)代以降のことではあるまい

か(〔2.(1)〕参照)。このようにして強化した足腰を生命保険会社各社は持っ

(7)

(279)

〜社専属制にかんする若千の検討

図表1

(方人)

 42

外務員(営業職員)年度來登録数の推移(単位 人)

新規登録外務員数:162、8◎2人 叢務廃止外務員数:i44,833人 外務員純増加数:ユ7,969人

417,260

(油>1.外務員には、f募集に従事しない機関長」をふくまない。

  2.昭和61年度からエクイタブル生命、同63隼度からプルデンシ     ャル生命をふくむ。

  3,組織変更などによる異動を調整している場合がある。

(出典) 山本孝之編『図説 日本の生命保険 平成2年版戯115頁、生     命保険文化センター『1987隼版 生命保険ファクトブック』

    59頁、同『1989無版生命保険ファクトブック.G 6頂により     作成。

図表2 支払可能保険料と案際加入保険料(単位:万円)

50.6

0      0P◎      4

     

@   !47,40.9 /  ノ  

30

36.6

     

R3.8 グ〆40・0     

^33.1

20

27.7

@ ■圃●

@  @

@

f25.2

  〆

f

18.4/畜8  〆 

10

10.9

  支払轡能保険料轍繍榊轍実際加入保険料

48 51 54 57 60

(出典) 深谷論文、インシュアランス新年特集箋} 90、27頁。

一48−一一

63年

(8)

法経論集第69・7{〕塔 論  説

図表3 家族の万一一の場合の必要生活資金の推移

年間必要額 必要年数 総  額 世帯平均年収 総額

@(税込) 世帯平均年収 63年 334万円 16.0年間 5,366万円 577万円 9.3年分

60年 300 13.4 3,990 500 8.0

57年 301 13.0 3,931 457 8.6

(注)1.総額は、サンプル毎の総額(年間必要額×必要年数)の平均値として    算出。

  2。昭和60年、同57年調査では、「生活の担い手に万一のことがあった場合     …」と聞いているが、同63年調査では、r世帯主に万一のことがあった    場合…」と聞いている。

(出典) 生命保険文化センター『昭和63年度 生命保険に関する全国実態調査』

   137頁。

       図表4 糧帯主の普通死亡保険金額の推移

      (万円)

全生保 民保 簡 保 農 協

63年 L857 1,845 508 1,221

普保 ュ険亡金

60年 1,510 1,489 449 962 57年 1,294 1,286 375 858

(出典)生命保険文化センター『昭和63年度 生命保険     に関する全国実態調査』76頁、なお77頁。

ている。生命保険会社は、かかる外務員(営業職員)の足の上になりたつ「歩 く金融機関」だといわれることがある(9)。生命保険会社各社のシェア争いもあ るが、上記のような他業界の動向も睨んで、足腰をいっそう強くすること(1ω、

そして資金量もいっそう増大させることが考えられているのではないかと思

われる。

 ところで、募体三の廃止は一一一一一eg 3と関連するが一今後の激しい業際競

争のなかでは、業界内の協調行動が、生命保険会社各社の基本的なとくに営

業戦略の問題をめぐっては、いっそう難しくなってきたことを、端的に示す

ものであろう。募体三は、一面において、各社の既存のシェア固定化の側面

を持っていたのであり(11}、これは、下位の企業にとって耐え難いものになっ

ていたであろうと思われる。しかし他面では、募体三等で定められた数字が

業界協調を強く配慮した結果によるものであったとすれば、上位会社におい

(9)

一・ ミ専属制にかんする若干の検討

ても、それはやはり耐え難いものであったかもしれなV>112)。

 生命保険業界においては、生命保険会社各社において、募体三を外しても、

強力な足腰のいっそうの強化をはかること一また、保険契約の増大、保険 料収入の増大を図るというのが、これ豪での、また現在の、そしてこれから の生命保険事業における営業政策の基本になっているのではないか、と考え

られるのである。

 しかし、生命保険事業のかかる基本的な営業政策は、一一見方によっては 一いくつかの深刻な問題を発生させることとなろう。本稿では、募集体制 の問題を取り上げて論じている。

 何回かにわたる募体三のもとで、またポスト募体三の事態のもとで、専業 外務員(専業]職員)一基幹外務員(基幹職員)体制が、生命保険事業の募集 体制においてその中心となった。現在においても、外務員(営業職員)の激 しい大量増員がなされている。そうして、新人の採用・育成が、実際のとこ ろ、:機関長や機関長補佐また基幹職員の肩に重くのしかかっているのである。

機関長や機関長補佐また基幹職員は、グループとしてあるいは個人として、

自立化・独立化できないものなのであろうか。いいかえれば、外務員と一社 専属制とは、あるいは、専業外務員と一一社専属制とは、万古不易のまた洋の 東西を問わない、一体の関係のものなのであろうか、これを、次節で考えて

みよう。

(1)関 要編著『変貌する生命保険 21世紀へのビジョン』金融財政事情研究  会、1987年7月、209賀(北川正和筆)。

〈2)インシュアランス生保版3165号、1985年3月、4頁。

(3)生命保険文化センター『1989年版 生命保険ファクトブック』同、19  89年9月、66頁。以下、同書は『1989年版 生命保険ファクトブッ煽

 と略記。

(4)阪田雅裕r生命保険行政の課題」インシュアランス新年特集号 88生保版、

 1988年1月、14〜15頁、15頁。

(5) 『1989難版 生命保険ファク!・ブック』67頁。    ,

(6>それぞれの要件については、『1989年版 生命保険ファクトブック』66  〜67頁をみられたい。

(7)生命保険文化センター『昭和63年度 生命保険に関する全国実態調査』1

 989年4月、126頁参照。

〈277)

一50一

(10)

論  説

(8>第2の点につき、森田富治郎/小林広吉/山本秀樹/鈴木正之/佐竹理史/

 (司会)平井乙也r〈座談会〉生保営業をめぐる動向と今後の展開一大手五社  営業部門幹部の晃方・考え方を聞く一」インシュアランス新年特集号 89生保

 版、1989年1月、36〜47頁、44頁における森田発言参照。

(9>関編著『変貌する生命保険 21世紀へのビジョン』9頁(篠原新衛筆)参  照。生命保険会祉にとっては、外務員(営業職員)とともに、全国的に設置さ  れている「営業機関」も、今後、情報の組織的収集という観点から、きわめて  重要なものとなるであろう。同書228頁(北川筆)参照。この問題を、水島・

 前掲1注(1)論文32〜33頁は、「外務員の活動基盤の付与ならびに強化とい  う経営サイドからの支援の必要性」という観点から論じておられる。

(10)前掲・座談会38頁における小林・森田発言参照。

(11)拙著『保険事業と規制緩和』128頁。

(12)なお、1986年(昭和61)から87年(昭和62)にかけた時点で、正

 田文男氏は、「現在の外務員制度に関しては、募体三計画を継続、強化し、少な  くとも、トラディショナル・エージェント(フルセグメントeエージェント)

 については、市場性にリンクした形での適正数配置に近づけることを前提に、

 レベルアップの努力を徹底的に続ける必要があろうかと考えられる。」(同「業  界識者に問う 生保経営の基本的視角 国際化・自由化の急進する中で く回  答者〉」インシュアランス新奪特集号 87生保版、1987年1月、16〜1  9頁、18頁)とされていた。

3.専業外務員(専業職員)と一社専属制

(1)日本における沿革

 日本における募集体制の歴史を第二次世界大戦終了まで辿ってみる。最初 は、地方の名望家などを代理店主とした代理店方式が主であった。やがて、

日清・日露戦後の人ロの都市への漸進的集申と賃金労働者層の形成を背景に 外務員による募集方式が導入された。そして、大正から昭和初期にかけて、

代理店中心から外務員中心、また固定給申心から歩合給中心への募集体制整 備がなされたが、終戦までは、代理店と外務員が併存していたといわれるω。

なお、ここ〔3.〕においても、必要に応じて、外務員と記すこととする。

(11)

一社専属制にかんする若干の検討

 さて、日本における募集体謝の歴史を、一社專属制という観点から捉えて みると《2>、最初は一一保険自体が、新制度であり、欧米から移植されたもので あったので、販売人も、丸抱え的に会社自体が創造する必要があったのであ ろう一一、一社専属制的色彩が濃厚であったようである。しかし、これが後 に、規定上乗合制となった。すなわち、1931年(昭和6)の「保険募集 取締規則」(昭和6年7月31日商工省令第7号)8条2項では、「所属保険

会社ノ同意書」を前提として「乗合制」を採用している。「二以上ノ保険会社 ノ保険外務員ノ登録ヲ受ケントスルトキハ前項ノ書類〔登録申請書(様式第 一号〉、履歴書(様式第二号)、所属保険会社ノ証明書(様式第三号)〕ノ外各 所属保険会社ノ同意書(様式第四号)ヲ添付スヘシ」、と。しかも、興味深い

ことに、これに先立ち商工省が作成した1931年(昭和6)3月20日の

「保険契約者の募集取締に関する省令案綱要」三、(二)では、「・e・保険 外務員にして他の保険会社の保険外務員を兼ねむとするときは各保険会社の 外務員たるを証する書面を提出すること」とされていた。つまり、商工省令 ないし商工省作成文書上の文言においては、会社から独立した保険外務員で はないにもかかわらず、「同意書」を必要としたうえでだが、乗合制を認めて

いたのである(3)。

 さて、かかる省令の規定は、しかしながら、逆に「一社専属化」を促すこ ととなったようである。①各社で登録を厳しく選択したであろうこと、②:複 数の会社に所属していた者が、登録に際して一社を選ぶことが多かったと思 われること、などからであるという。そして、このことから、当時の実態に おいては、一社専属制の色が濃厚であったのではないかと指摘されている(4}。

 だが、いずれにしても、会社から独立した保険外務員ではないものに対し て乗合制が、商工省令ないし商工省作成文書上の文言ではあれ、認められて いたことは注目される。

 しかるに、この保険募集取締規則は、第二次大戦後、保険募集取締法とな り、そこでは、同法10条によって、一社專属制がとられたのであった。

 次に、比較検討を試みてみよう。

(2)比較検討一一イギリス。ドイツ。アメリカ

外務員と一社専属制は、洋の東西を問わないものなのであろうか。ここで は、イギリスとドイツを概観し、アメリカについてやや詳しくみることとし

(275)

一一 T2一

(12)

法経論集第69・7(跨 論  説 たい。

   (a)イギリス

 イギリスにおいては(5)、生命保険募集人は、①ブローカー、②専業エイジェ ント、そして③副業エイジェントに分類され、1984年のそれぞれの販売 チャネル別シェアは、①45%、②28%、③25%、そうして、ダイレク

ト。マーケティング2%、ワンストップeファイナンシャルeセンター2%

であり(6}、「専業工一ジェントも、顧客の商品へのニーズや手数料問題のため、

主会社以外とも取引しているのが実情である。」ωといわれる。

 1977年保険ブローカー(登録)法(lnsurance Brokers(Registrati◎n)

Act 1977)は、保険ブm一カーの登録制度を導入し、登録者だけが「登録保 険ブローカー」という名称をもちいることができるとした。もっとも、登録 する資格がない者、また資格はあるが登録しない者も活動できるとされたの

である(8)。

 しかしながら、1986年金融サーヴィス法(Financial Services Act

1986)は、業態ごとの規制を廃止する一方で、投資事業(investment business)

につき自主規制団体による厳格な規制をさせることとした。長期生命保険契 約や年金契約も投資商品とみられることにより、その限りで規制されること

となった。生命保険募集人は、③独立仲介人(independent intermediary)

か、②一社専属制の指定代理人(appointed representative)のいずれかにな

らなければならないとされた。そうして、①は、FIMBRA(Financial

Intermediaries, Managers and Br◎kers Regulatory Association:(金扇虫仲 介者・マネージャー・ブローカ鵡規制団体)の会員となりその規制をうける。

②は、その所属会社がLAUTRO(Life Assurance and Unit Trust

Regulatery Organization:(生命保険・ユニットトラスト規制団体)の会員 となり、また同会社が直接投資家に責任を負担するので、②自体は、金融サー・

ヴィス法の適用除外となったのである〈9)。同法には、興味深い問題がいくつか あるが、ここでは、「生命保険募集人の一部とはいえ、英国で初めて『一社専 属制』が誕生したことは注目すべきであろう。」(1°〉との指摘は重要である。

 たしかに、イギリスにおいて、「一社專属制」が誕生したことは注目すべき

ことであろう。しかし、恐らくは問題意識を異にする筆者にとっては、むし

ろ、金融サーヴィス法の登場以前においては「一社専属制」が存在しなかっ

たことに、注目させられるのである。

(13)

一社奪属制にかんする若子の検討

   (b) ドイツ

 ドイツではG1}、生命保険募集人は、①約5万人の專業外務員(Hauptberuf−

1icher Vertreter)、②約25万人の副業外務員(Nebenberuflicher Ver・

treter)、③ブローカー(Mak五er)などに分類され、新契約のシェアは、①と

②で80%、③が10%、そして総代理店が10%である。プロ・一カーと代

理店は、企業向け商品、大型商晶に特化しているという(12)。

 ドイツ保険監督法(VAG)は、生命保険と他の保険種類との兼営を禁止 し、また、いくつかの保険種類間の兼営も禁止しているが(Spartentrennung.

同法8条1a項、8a条参照)、実務においては、保険グルー一プによる実質的 な兼営が認められているので、生命保険募集人の実質的なrt 一一ル・ラインズ

化が進んでいる(13)。

 ところで、専業外務員には、(d)ne用契約によるものと、(m>委任契約による ものとがあり、前者は、それほど数が多くなく、内勤社員と同様の規定に従 うものである。これに対して、@は、いわゆる代理商(Hande}sagenten>で あり、「1個の自由企業家」とみられる〈14>。

 ドイツの保険監督法規には、保険の募集にかんする体系的な規定はない。

生命保険募集入と保険会社との私的な契約関係のなかで、「一一一社專属制」が定 められており、かつこれはrかなり厳格に遵守されている」といわれる(15}。

 生命保険会社と委任契約を締結しており、また「一社専属制」のもとにあ る専業外務員についてであるが、この者に「1個の自由企業家」とみられる 側面があることに、筆者は注目しておきたい。

   (c>アメリカ

 アメリカにおいては(16}、保険事業に対する規制が、州によって異なる。募 集体制ないし外野組織も多様である。生命保険募集入は、エイジェント

(agent)とブローカー(broker)に大別することができ、それぞれライセン

スが必要である(ユフ)。

 ところで、エイジェントには、多種類のものがある。しかし、一般法理上、

エイジェントは乗合が可能であり、州の保険法においてこれを確認する法典 があるといわれる。たとえぼ、キャリフt一ニア、テクサス、ニュージャー ジなどである。逆にいえば、乗合制は、一般法理上の原則なのであるから、

これを否定する州法は存在しないということである。しかしながら、エイジェ

(273)

一・ T4一

(14)

法経論集第69・70弩 論  説

ントが保険会社と締結する契約の内容によって、①一社専属制を取るエイ ジェントと、②そうではないエイジェントとに分けられる。①の場合には、

エイジェントと保険会社との契約において、一社専属条項が挿入され、結果 的に、一社専属制のエイジェントとなるといわれる〈18)。契約上、一社專属制 をとるエイジェントは、キャリア・エイジェント(carrer age難t)と呼ばれて いる。これには、保険会社の支社制度(branch office$ystem)のなかで委 任契約あるいは雇用契約を締結しているものと、総代理店制度(general agency system)において、総代理店との聞で委任契約を締結しているものと がある。なお、総代理店制度のなかで、生命保険会社と直接契約する事例も ある《19)。また、アメリカでは、ジェネラル・エイジェント(general agent)

が、報酬を得て、新人の採用・育成を請負うことがある㈹。概して、大手会 社が支社制度を、また申小会社が代理店制度を採用している(21>。

 これらに対して、キャリア・エイジェントであった者が、独立して複数会

社、通常4〜5社の総代理店となり、自ら販売を行うPPGA(Personal

Producing Genera1 Agent.個人独立総代理店または自己募集総代理店)があ る。最近では、IMO(lndependent Marketing Organization。独立販売組 織)がおおきくなり、複数の保険会社や証券プロ・・・・…カーと契約関係を持って

いる(22)。

 なお、新契約保険料に対するキャリア・エイジェントの取扱い占率は6 2%、ブローカーは22%、PPGAは14%であるという(23)。

 ところで、最近注目すべき動きがある。キャリア・エイジェントのなかで、

所属保険会社だけでなく他の保険会社と契約を締結し、たとえば品揃えをす ることができる、あるいは、査定が甘いなどの点で有利な販売をしようとす るものが出現してきたことである。かかる場合には、その都度、キャリアe エイジェントは、ライセンスを申請しなければならない。しかしながら、そ の際、現在所属している保険会社の同意書は不要であると指摘されているこh

とが、注囲に値する。ニューヨーク州保険法2103条をみると、保険エイ

ジェントのライセンス発行を受けるための個人筆記試験受験の手続き書類

を、同条項は定めている。そして、同項ω号はライセンスを受ける見込の者

が作成する申請書のこと、同項②号はその者がライセンスを受けたときにこ

の者を任用するという約束の、保険者または共済組合が発行する証明書のこ

とを定めている。しかし、同項においては、ライセンスを受ける見込の者が

現在所属している保険会社の同意書にかんする定めは無いのである(24)。これ

(15)

一一一

ミ奪属謝にかんする若干の検討

は、おそらくエイジェントであるから、それは本来的に独立したものである からとして、同意書は不要とされているのではないかと考えられる。キャリ アeエイジェントのそのような動きにおいて、アメリカ金融革新の影響をみ てとることができるであろう。だが、それに対して、保険会社側では、一社 専属制の遵守強化策を検討しているようである㈹。

 キャリア・エイジェントのファイナンシャル。エイジェント化の動向が注 目される。アメリカでは、変額保険商品や投資信託商晶を販売するには、全 国証券業協会(NASD)の登録を受けなければならない。そして、 NAS Dの規則では、一社専属制を規定していることが注目される㈹。

 アメリカにおいては、販売チャネルの多様化が進む反面で、伝統的なキャ リア・エイジェント販売体制を再評価し、環境条件に即応した再構築の必要 が認識されてきていることを、最後に指摘しておきたい(27)。

(3)小  括

 日本とイギリス・ドイツ・アメリカについて、若干のことを調べてみた。

 イギリスでは、金融サーヴィス法の登場により生命保険募集人の一部につ き「一一社専属制」が採用されることとなったが、逆にいえば、それ以前にお いては、r一社専属制」が存在しなかったことが注目される。

 また、ドイツにおいて、生命保険会社と委任契約を締結する専業外務員に かんして、契約のなかで「一社専属制」が定められておりかなり厳格に遵守

されているとのことであるが、しかし、その者には「1個の自由企業家」と みられる側面があることが注目された。 そうして、アメリカにおいては、

外野組織が多様であり、また、いくつかの動向もみられる。しかし、エイジェ ントにかんする一般法理の原則が、乗合制を可能とするものであることは、

注目に値するところであった。しかも、保険会社との契約のなかで一社専属 条項が挿入され、一社専属制のキャリア・エイジェントになった外務員にお いても、新たにライセンスを申請しで一所属会社の同意書を得ることなく 一一シ社のキャリアeエイジェントになることができるとされていることに、

われわれは、注目すべきである。

 日本では、戦前において、独立した保険外務員ではないにもかかわらず 一しかし、おそらくはそれゆえ、同意書を必要として一一乗合制が認めら れていた時期があった。

(27ヱ)

一一 T6一

(16)

法経論集第69。70暑

 さて、本節の結論は、端的にこうである。外務員と一社専属制とは、いい かえれば専業外務員と一社専属制とは、洋の東西を問わず万古不易の一体の

ものではないということである。

(1)生命保険新実務講座編集委員会/財団法人生命保険文化研究所編『生命保険

 新実務講座3マーケティング1』有斐閣、1990年6月、2◎1〜203、

 230頁(小池俊明筆〉参照。以下、同書は、『生命保険新実務講座3マーケティ  ング1』と略記。

② 本節だけでなく本章の記述に際しては、刀禰俊雄/渡部記安「生命保険募集  人の法的規制一いわゆる『一社専属制について一一」保険学雑誌522号、1  988年9月、75〜100頁、同「生命保険募集人の『一社專属制』につい  て(1)(1.1)」文研論集87号、1989年6月、163〜192頁、同88  号、1989年9月、83〜112頁、を参照し、これに負うところが大きい。

 両論文は、各国の状況につき詳細な記述をしているので、詳しくは、それを参  照されたい。

(3>以上につき、刀禰/渡部・前掲論文、保険学雑誌522号、88〜89頁、

 刀禰/渡部・前掲論文、文研論集87号、178〜182頁、生命保険協会『生

 命保険協会70年史』同、1978年12月、194〜201頁、保険銀行時  報社編『本邦生命保険業史』同、1933年9月、(法制)128〜132頁、

 生命保険協会編『昭和生命保険史料第一巻初期(1)』同、1970年12月、4

 61、475頁。

(4)刀禰/渡部・同論文89頁、織田裕幸「保険募集取締法をめぐる問題点」生

 命保険経営58巻1号、1990年1月、55〜67頁、57頁。

㈲ イギリスにかんしては、生命保険協会『最近の欧米生保マーケティングの動

 向一生保産業海外調査団報告書一』同、1988年3月、111〜122頁、

 刀禰/渡部・前掲論文、文研論集88号、98〜101頁、日本損害保険協会  業務開発室『保険監督法制海外調査報告書 イギリス編』同、1989年3月、

 45頁、を主に参照した。また、梅津・後掲注⑧論文、竹濱 修「イギリスの

 保険募集規制と消費者保護」民商法雑誌101巻1号、1990年10月、2  8〜55頁がある。

(6)刀禰/渡部・前掲論文98頁、関編著『変貌する生命保険 21世紀へのビ  ジョン』260頁(古瀬政敏筆)。

⑦ 刀禰/渡部・同論文同頁。        

(17)

一社奪属制にかんする若干の検討

(8)梅津昭彦「英国保険仲介者の注意義務一保険契約者との関係を中心として

 一」文研論集87号、1989年6月、131〜i62頁、132頁。

〈9)刀禰/渡部・同論文98〜99頁、また『最近の欧米生保マーケティングの

 動向』111〜112、118〜120頁参照。

(le)刀禰/渡部e同論文99頁。

(11)ドイツにかんしては、『最近の欧米生保マーケティングの動向』123〜13  5頁、刀禰/渡部・同論文103〜104頁、日本損害保険協会業務開発室『保  険監督法制海外調査報告書 ドイツ連邦共和国(西ドイツ)編』同、1989  年5月、125頁、を主に参照した。

(12>刀禰/渡部・同諭文103頁、『最近の欧米生保マーケティングの動向』13  5頁。なお、同書134頁に販売組織の図がある。

㈲ なお、刀禰/渡部・同論文104頁、『最近の欧米生保マーケティングの動向』

 134頁参照。

(14) 『最近の欧米生保マーケティングの動鰯135頁。

(15}刀禰/渡部・同論文103頁。

⑯ アメリカにかんしては、多くの文献がある。なお、『最近の欧米生保マーケ  ティングの動向』57頁に、販売組織の図がある。

(S7)Eg.cf. New Yorldnsurance Law§§2102, also 2103,2104(1989)刀禰/

 渡部・前掲論文、保険学雑誌522号、93頁参照。ニューヨーク州保険法に

 かんしては、岩崎 稜監訳/生命保険文化研究所訳『 :一ユー一ヨー一ク州保険法

 上』生命保険文化研究所、1981年10月、同『ニューヨーク州保険法 1  983年段階 追補版,9生命保険文化研究所、1985年3月、があり参照さ  せていただいた。

(18)刀禰/渡部・同論文93〜94頁。

G9> 『最近の欧米生保マーケティングの動向』58頁、生命保険文化研究所『生  命保険用語英和辞典  87年改訂版』同、1987年11月、46頁、『生命保  険新実務講座3マーケティング1』29〜32頁(堀井 葵筆)参照,

(20) 撮近の欧米生保マーケティングの動向』57頁。

⑳  『生命保険新実務講座3マーケティング1』31頁参照(堀井筆)。

働 『最近の欧米生保マーケティングの動向』58貫、古瀬『アメリカ生保会社  の新経営戦略』東洋経済新報社、1989年3月、62〜63頁、『生命保険新  実務講座3マーケティング瑚33〜35頁(堀井 葵筆)参照。

㈱ 『生命保険新実務講座3マーケティング1』30頁の表(堀井筆)、なお、『最

(269) 一一一

T8一

(18)

〜去経言爵ぎ鋒…套菖69岱70号

論  説

 近の欧米生保マーケティングの動向』59〜60頁参照。

(24)刀禰/渡部e前掲論文93頁、なお94頁、また、『生命保険新実務講座3マー  ケティング1』35頁(堀井筆)参照。

(25)刀禰/渡部・前掲論文、保険学雑誌522号、94頁、同・前掲論文、文研  論集88号、94頁、なお89頁参照。

(26>関編著『変貌する生命保険 21世紀へのビジョン』241〜242買(古  瀬政敏筆〉、『最近の欧米生保マ・…一ケティングの動向』64〜65頁、刀禰/渡  部・前掲論文、保険学雑誌522号、95頁、『生命保険新実務講座3マーケテ4  ング1』35〜36頁(堀井筆)参照。

⑳ 『最近の欧米生保マーケティングの動向』68〜69頁、吉江哲夫「変わり  つつある日米生保業界の潮流一一静かなる回帰時代を迎えつつある米生保業  界一」インシュアランス新年特集号 89生保版、1989年1月、14〜17  頁、16頁。なお、古瀬『アメリカ生保会社の新経営戦略』27頁、また29  頁注12もみられたい。

5、 む す び

 さて、これまで、一一社専属制を再検討し、特定の外務員(営業職員)に乗 合制を認めるべきだとの提案の裏付けとなり得るであろう作業をなしてき

た。

 外務員(営業職員)の一社専属制は、洋の東西を問わず万古不易の一体の ものではないということである。そうだとすれば、外務員(営業職員)には、

一面において、自立化・独立化の契機が本来的にあり、場合によっては、環 境と条件次第では、その契機が顕在化することが有り得るのだと、主張する

ことが可能であろう。       し

 従って、私見によれば、一定の要件を充足する外務員(営業職員)にかん しては、また、資格認定試験を行った上でだが、当該の外務員(営業職員)

に対して乗合制ライセンスにより乗合制を認めても良いのではないかと、考

えられるのである。

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