脾梗塞にて発見された Gemella morbillorumによる 感染性心内膜炎(IE)の 1 例
1)
独立行政法人国立病院機構東京医療センター総合内科,
2)
同 臨床検査科微生物検査室,
3)
独立行政法人国立病院機構東埼玉病院総合診療科
保阪由美子
1)木村 琢磨
3)鈴木 亮
1)鄭 東孝
1)荘司 路
2)青木 泰子
1)(平成 22 年 2 月 10 日受付)
(平成 22 年 5 月 18 日受理)
Key words : Infectious Endocarditis, Splenic Infarction, Gemella morbillorum
序 文
感染性心内膜炎(Infectious Endocarditis:IE)は 不明熱の原因としてしばしば遭遇する疾患であるが,
塞栓症を契機に発見される場合も多い.塞栓症の中で は中枢神経系が多く,脾梗塞は無症状で見つかる場合 も 少 な く な い.Gemella morbillorumは viridans group streptococciに属し口腔内や上気道,消化管,尿路など に常在する嫌気性グラム陽性球菌であるが,弱毒菌で あり,感染性心内膜炎の原因菌として検出される事は 少ない.今回我々は脾梗塞を機に G. morbillorumによ る感染性心内膜炎が発見された 1 例を経験したのでこ こに報告する.
症 例
症例;64 歳男性.
主訴;嘔気・左季肋部痛.
家族歴;父が脳血管障害・高血圧.
既往歴;平成 15 年 9 月から骨転移を伴う前立腺癌 にて当院泌尿器科通院中.
喫煙歴;なし.飲酒歴;なし.薬物アレルギー;な し.
現病歴;2004 年 9 月頃より嘔気を生じ,2004 年 10 月 8 日内科外来を受診され,血球算定及び血液生化学 検査では異常所見なく,上部消化管内視鏡検査にて十 二指腸ポリープと軽度の食道炎を指摘されている.11 月下旬朝食後より嘔気と左季肋部痛を生じ,症状が改 善しないことから内科外来を受診.38℃ 台の発熱を
認め,2004 年 11 月 25 日精査加療目的で入院となっ た.尚,発症 1 カ月以内に泌尿器科的処置,口腔外科 的処置は行われていない.
入院時現症;身長 165cm,体重 54kg,体温 38.1℃,
血 圧 114! 74mmHg 脈 拍 60! 分・整,動 脈 血 酸 素 飽 和度 97%,眼球結膜貧血なし,眼瞼結膜黄疸なし,頭 頸部異常所見なし,肺野聴診所見異常なし,心音 1 音,2 音の亢進なし 3 音認めず,心尖部に最強点を 有する汎収縮期雑音(Levine3 度)を認める,腹部平 坦かつ軟,心窩部から左側腹部に圧痛あり,筋性防御・
反跳痛なし,肝脾触知せず,肋骨脊椎角叩打痛なし,
下腿浮腫なし,爪・皮膚に異常所見なし.
入院時検査所見(Table 1);検査結果では,血球 算定にて白血球が 11,100! μL と増加し,ヘモグロビン が 11.7g ! dL と軽度の貧血を認めた.
血液生化学では軽度の肝機能障害,LDH の上昇を 認め,CRP も 5.4mg! dL と上昇していた.尿検査で は尿潜血を認めた.
入院時画像検査;[胸部 X 線]異常所見なし,[腹 部 X 線]異常所見なし.
[心電図]洞調律,[腹部超音波]肝囊胞,肝腫大,
脾腫大,右腎石灰化,その他明らかな異常所見なし. [脳 単純・造影 MRI]明らかな異常所見なし.
入院後経過;入院後感染症を疑い各種検査を施行し たが,感染巣は不明であり,腹腔内感染症,感染性心 内膜炎などを否定できず,血液培養 2 セット採取後に panipenem! betamipron(PAPM! BP)0.5g×2! 日 の 投与を開始した.左季肋部痛が持続し,11 月 29 日に 腹部造影 CT(Fig. 1)を施行したところ広範な脾梗
症 例別刷請求先:(〒152―8902)東京都目黒区東が丘 2―5―1 独立行政法人国立病院機構東京医療センター総
合内科 保阪由美子
Table 1 Laboratory data on admission
[Hematology]
/μL 11.1×103 WBC
(seg 82%,band 1%,lym- pho11%,mono 6%)
/μL 387×104 RBC
g/dL 11.7 Hb
% 35.5 Ht
/μL 14.6×104 Plt
[Urinalysis]
(- ) protein
(- ) glucose
(- ) WBC
(- ) ketone
(2+ ) occultblood
[Biochemistry]
U/L 302 ALP
U/L 51 GOT
U/L 34 GPT
U/L 338 LDH
mg/dL 0.71 T-bil
IU/L 69 Amy
g/dL 7.3 TP
mg/dL 119 Glu
mg/dL 17.0 BUN
g/dL 0.66 Cre
mEq/L 146 Na
mEq/L 4.7 K
U/L 60 CK
mg/dL 5.4 CRP
Fig. 1 Computed tomography (CT)showing splenicin farction
Fig. 2 Retina showing Roth spots
塞を認めた.更に,同日施行した経胸壁心臓超音波に て大動脈弁に疣贅の付着が疑われ,僧帽弁前尖の逸脱 も指摘されたが,ejection fraction(EF)65% であり 心機能低下は認めなかった.感染性心内膜炎の疣贅に よる脾梗塞と診断し,PAPM! BP を 0.5g×4! 日へ増 量した.11 月 30 日に経食道心臓超音波を施行し,弁 破壊は認められないものの僧帽弁前尖の逸脱部位に疣 贅が疑われる不整な肥厚を認めた.同日,眼科受診に て右眼底に少量出血を認め,Roth 斑と考えられた
(Fig. 2).その後も PAPM! BP の投与を続け,12 月 1 日から 36℃ 台へ解熱し炎症反応の改善を認めた.12 月 6 日に入院時の血液培養 2 セットから G. morbillo- rumが検出された為,penicillin G(PCG)20,000U×6
! 日+gentamicin(GM)40mg×2! 日へ抗菌薬を変更 した.12 月 14 日の腹部造影 CT では脾梗塞部位は縮 小していた.GM の 2 週間投与を終了し,PCG 単剤 投与中であった 12 月 21 日より,38℃ 台の弛張熱と 好酸球上昇(白血球分画にて 16%),点滴部位の静脈
炎が出現した.PCG によるアレルギー反応と考え,12 月 22 日より抗菌薬を ceftriaxone(CTRX)1g×2! 日 に変更したところ,12 月 23 日に解熱し静脈炎も改善 した.経過中 2 週間毎に経食道心臓超音波を施行し,
僧帽弁の逸脱は認めていたが新たな疣贅を認めず,大 動脈弁の疣贅も消失していた(Fig. 3).経胸壁心臓 超音波も行っていたが,EF68% と心機能低下は認め なかった.眼底の Roth 斑も改善を認めた.CTRX を 21 日間投与した後に抗菌薬は終了し,血液培養を 2 セット採取した後に退院となった.退院後も発熱を認 めず,退院時血液培養は陰性であった.経過表を Fig.
4に,G. morbillorumの感受性を Table 2に示した.
考 察
感染性心内膜炎(IE)の合併症として様々な臓器
に塞栓症を起こすことが知られているが,その発症率
は 13〜44% と報告により異なる
1)〜4).塞栓症の生じる
部位としては中枢神経系,冠動脈,消化管,肺,四肢
などと共に本症例で認められた脾臓も挙げられる
5).中
でも中枢神経系については塞栓症状の 65% 以上に認
めたという報告
6)や,脳塞栓症が IE の初発症状だっ
た症例が IE 全体の 4〜14% を占めたという報告もあ
り
7),比較的多く認めている.本症例では脳 MRI にて
中枢神経系に塞栓を認めなかった.塞栓症は右心の疣
贅より左心の疣贅でより起きやすいとされる
5).281
例の IE 患者の症例報告では大動脈弁に比べて僧帽弁
の疣贅の方が塞栓を起こしやすく
8),最も塞栓率が高
かったのは僧帽弁前尖の疣贅で全体の 37% を占め
た
5).本症例においても経食道心臓超音波にて僧帽弁
前尖に疣贅を疑わせる不整な肥厚を認めた.早期から
の抗菌薬投与は塞栓イベントを低下させると言われて
おり
2)4),本症例も抗菌薬投与開始後に新たな塞栓イベ
ントを認めなかった.
Fig. 3 Echocardiography
November 29, 2004
Transthoracic
January 14, 2005
Transesophageal
January 14, 2005
Transesophageal echocardiography Noncoronary aortic valve cusp thickened and studded with globular echo densities consis- tent with vegetation
No globular aortic valve echo densities
Prolapsed anterior mitral leaflet
LA: left atrium LV: left ventricle
IE による脾梗塞は自覚症状に乏しいことが多く 44% が剖検で判明したという報告もある
9).又,弁手 術の適応となった左心の IE 患者を 108 例集めた後ろ
向き研究
10)では,脾梗塞を認めた 20 例(19%)の患
者全員が腹部 CT にて診断された.本症例のように左
季肋部痛や腹痛を認めたのは 2 例(10%)で,ルーチ
Table 2 Antimicrobialsus ceptibility ofisolates
Drugs
≦ 0.06 S PCG
≦ 0.06 S CTX
> 4 R ST
≦ 0.12 S MINO
≦ 0.06 S EM
≦ 0.06 S CLDM
≦ 0.03 S IPM
0.5 S VCM
≦ 1 S CP
≦ 0.06 S CTRX
≦ 0.06 S CDTR
≦ 0.06 S CAM
0.25 S TFLX
(μg/mL)
Fig. 4 Clinicalcourse
ンで CT を行った無症候性患者 29 例中 11 例(38%)
に CT で脾梗塞が認められた.塞栓を起こしやすい IE の原因菌としては Staphylococcus aureusや Candida 属,
HACEK 群(Haemophilus,Actinobacillus,Cardiobacte- rium,Eikenella,and Kingella)などが挙げられるが
7), 脾梗塞を呈した IE の原因菌は staphylococci が 50%,
streptococci が 35% であったという報告もあり
10),本 症例からも viridans group streptococciである G. morbil- lorumが検出された.
G. morbillorumは口腔内や上気道,消化管,尿路な どに常在する嫌気性グラム陽性球菌であるが,人に対 して毒性,病原性は弱いとされている
11).IE や軟部 組織感染症,髄膜炎,関節炎,敗血症の原因菌となる
が
12),呼吸器感染症
11)や消化器感染症
13)も生じうる.
Zakir らの G. morbillorumによる 22 例の IE 症例 の 分 析
14)では,素因として歯科的処置後や口腔内の不衛生 以外に,大腸疾患や消化管の診断的検査などが挙げら れているが,本症例では歯科的処置や口腔内不衛生は 認めなかったものの入院前に上部消化管検査を施行さ れており,IE との関連性は否定できない.同分析
14)では 21 例の生体弁感染の症例中,9 例が僧帽弁病変 の合併も含めた大動脈弁病変であったが 7 例で弁置換 術が必要であった.本症例では内科的治療にて症状改 善を認め,外科的処置を必要としなかった.
抗菌薬としては PCG や ampicillin に感受性が高く,
大部分の血流感染症において penicillin と aminogly- coside の併用で細菌学的治癒が達成されており
12),本 症例も原因菌が特定されるまで PAPM! BP を使用し たが,G. morbillorumが同定されてからは PCG と GM に変更した.penicillin 耐性を認めた場合や β ラクタ ム系アレルギーのある患者に対しては,vancomycin,
erythromycin と rifanpicin の併用などが有効である が
15),CTRX も治療に有効であ り
14),本 症 例 も PCG と GM を投与中に PCG によるアレルギー反応を認め たことから CTRX に変更し,投薬終了後血液培養に て陰性が確認された.
本症例では左季肋部痛と発熱の原因精査にてまず脾
梗塞を認め,心臓超音波検査で疣贅が疑われた後,治
療前の血液培養から G. morbillorumが同定され感染性
心内膜炎の確定診断がついた.不明熱の診断における
血液培養の重要性を実感させられた一方,外科的処置
をせずに内科的治療が奏功した貴重な一例と考えられ た.
文 献
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Infectious Endocarditis Due to Gemella morbillorum Found by Splenic Infarction―A Case Report
Yumiko HOSAKA
1), Takuma KIMURA
3), Ryo SUZUKI
1), Tonghyo CHONG
1), Michi SHOJI
2)& Yasuko AOKI
1)1)
Department of General Internal Medicine and
2)Department of Microbiology, National Hospital Organization Tokyo Medical Center,
3)