自治体職員の能力開発のための人事システムと地方 公務員制度
著者名(日) 三好 規正
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 64
ページ 1‑46
発行年 2010‑01‑29
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000365/
論
自
説治 体 職 員 の 能 力 開 発 の た め の 人 事 シ ス テ ム と 地 方 公 務 員 制
三度
好 規 正
目 次 はじ めに 一 自治 体に おけ る政 策法 務型 組織 の形 成 二 適正 な法 執行 能力 とコ ンプ ライ アン ス確 保の 必要 性 三 分権 時代 にお ける 人事 シス テム のあ り方 おわ りに
はじ めに 第四
五回 衆議 院議 員総 選挙 が執 行さ れた 二〇
〇九
︵平 成二 一︶ 年八 月三
〇日 とい う日 は︑ わが 国の 戦後 政治 史に おい て︑ 事実 上初 の選 挙に よる 政権 交代 が実 現し た日 とし て︑ 歴史 的に 記録 され るこ とと なる であ ろう
︒﹁ 地域 主
権国 家﹂ の樹 立を 重要 政策 に掲 げた 民主 党政 権に は︑ 地方 自治 のい っそ うの 進展 をも たら す政 策展 開が 期待 され る とこ ろで ある
︒わ が国 にお いて は︑ 自治 体の 政策 体系 は︑ 機関 委任 事務 体制 下で 省庁 ごと の縦 割り に分 断さ れ︑ 通 達や 補助 金制 度な どで がん じが らめ とさ れて きた
︒公 害防 止︑ 消費 者保 護︑ 情報 公開 など
︑国 の行 政に 対し 先導 的 な機 能を 果た す政 策形 成が 行わ れて きた 分野 も少 なく はな いも のの
︑概 して 集権 的行 財政 シス テム の下
︑地 域特 性 を生 かし た独 自の 政策 を法 制度 とし て立 案す るこ とが 阻ま れて きた ので ある
︒し かし
︑機 関委 任事 務の 廃止 と国 の 関与 の縮 減を 主た る内 容と する 二〇
〇〇
︵平 成一 二︶ 年の 地方 分権 改革 によ り︑ 自治 体の 法令 解釈 権と 条例 制定 権 の範 囲が 拡大 し︑ 自治 体の 政策 を条 例と いう 法形 式で 制度 化す るこ とを 主眼 とし た政 策法 務の 役割 が増 大し てい る こと は周 知の とお りで ある
︒こ れか らの 自治 体は
︑省 庁が 縦割 りに 所管 する 法律 を全 国統 一的 な基 準に 従っ て忠 実 に執 行す るだ けの 存在 から
︑福 祉︑ 環境
︑都 市計 画な どさ まざ まな 分野 にお ける 地域 独自 の政 策を 制度 化し
︑自 ら の責 任に おい て実 行し うる 政策 主体 へと 変貌 を遂 げて いく こと が求 めら れて いる
︒し たが って
︑そ こに 勤務 する 自 治体 職員 の政 策形 成能 力及 び政 策法 務能 力の 大幅 な向 上が 求め られ るこ とは いう まで もな い︒ これ から の分 権社 会 ない し地 域主 権型 社会 を支 える 人材 確保 と人 材
( )
養成 に向 けた 組織 的な 取り 組み は焦 眉の 課題 であ る︒
1
なお
︑大 森彌 は︑ 分権 時代 の自 治体 職員 に求 めら れる 自己 改善 とし て︑ 次の よう な要 素を 提示 して いる
︒
﹁自 らを 変え よう
﹂︑
﹁自 己表 現を 豊か にし よう
﹂︑
﹁自 己投 資を しよ う﹂
︑﹁ 公務 労働 を柔 軟化 しよ う﹂
︑﹁
︵情 報公 開︑ 個人 情報 保護
︑環 境配 慮義 務の 遵守 など の︶ 共通 制度 を理 解し よう
﹂︑
﹁政 策法 務職 員を 養成 しよ う﹂
︑﹁ 調査 企画 も のの 民間 委託 を改 めよ う﹂
︑﹁ 財政 運営 に関 する 説明
・応 答責 任を 確立 しよ う﹂
︑﹁ 権限 行使 にお ける 清潔
・公 平・ 透 明を 確保 し
( )
よう
﹂
本稿 にお いて もこ のよ うな 問題 意識 を踏 まえ
︑自 治体 職員 とり わけ 県職 員の 法務 能力 を中 心と した 能力 開発 と人 材育 成の あり 方に つい て︑ 筆者 自身 の体 験も 踏ま えな がら 検証 して みる こと とし たい
︒県 とい う組 織は
︑国 と市 町 村の 間に あっ て住 民に は見 えに くい とこ ろに ある もの の︑ 今後 の国 の出 先機 関か らの 権限 移譲
︑ひ いて は将 来の 道 州制 とい った 課題 を検 討す る際 に︑ 不可 分一 体の もの とし てそ のあ り方 が検 証さ れな けれ ばな らな いも のだ から で ある 一 ︒
自治 体に おけ る政 策法 務型 組織 の形 成
ઃ
閉鎖 的人 事シ ステ ムの 問題 点 従来 の自 治体 職員 の人 事シ ステ ムは︑担 当職 務に 関す る知 識と 経験
︑人 脈な どを 組織 の中 で身 に付 ける こと によ り円 滑に 所属 部署 の業 務を 処理 しつ つ︑ 昇格
・昇 任し てい くと いう パタ ーン が基 本で あっ た︒ した がっ て︑ 日々 の 職務 にお ける
﹁執 務知 識﹂ は有 して いて も世 間一 般に 通用 する よう な専 門能 力を 有し ては いな いと いう のが
︑こ れ まで の平 均的 公務 員像 であ ろう
︒し かし
︑こ れか らの 時代 にあ って は﹁ 根回 し﹂ と﹁ サバ キ﹂ に長 け︑ そつ なく 事 務処 理を こな すゼ ネラ リス トだ けで はな く︑ 現状 を理 論的 に分 析し て政 策を 立案 し︑ 法制 度化 する だけ の専 門能 力 の育 成が 不可 欠と なる
︒ これ まで の職 員機 構は
︑高 倍率 の採 用試 験に 合格 した 職業 的公 務員 から なる もの であ り︑ 他に これ とい った 企業
もな い地 方に おい ては
︑公 務員 とり わけ 県庁 職員 は︑ かな りプ レス テー ジの 高い 職業 と目 され てき たと いえ る︒ 最 近の 県職 員採 用試 験は
︑長 らく 人材 供給 源を 果た して きた 地元 の国 立大 学に 替わ り首 都圏 を中 心と した 有名 大学 か らの Uタ ーン 学生 が多 く合 格す る傾 向に あり
︑競 争倍 率も 高率 で推 移し てい る︒ しか し︑ この よう な﹁ 誰で もは
︑ 入る こと ので きな い﹂ 組織 の閉 鎖性 こそ が︑ 職員 の思 考の 硬直 性を もた らし
︑本 来の 顧客 であ るは ずの 県民 では な く︑ 霞ヶ 関の 中央 省庁 や庁 内の 上司
︑さ らに は特 定の 有力 議員 の方 を向 いて 仕事 をす る思 考回 路を 容易 に身 につ け てし まう 要因 とな ると いえ る︒ そこ では
︑組 織の 一構 成員 とし て上 司か ら言 われ たと おり に忠 実に 動く こと が過 度 に要 求さ れる こと から
︑職 員個 々人 の政 策形 成能 力や 政策 法務 能力 を向 上さ せる こと より も︑ 首長 の意 向に 沿っ て 組織 を運 営す る能 力が 偏重 され てし まう
︒﹁ 何が 現在 及び 将来 の住 民の ため に最 適な 政策 か﹂ を考 える ので はな く︑ 前例 踏襲 と首 長の 意向 への 過剰 反応 思考 とな り︑ 住民 を政 策執 行の 客体 とし てし か見 ない とい う弊 害は なか った で あろ うか
︒ま た︑ 個々 の職 員の 人事 評価 につ いて は内 部管 理事 項と して 所属 長及 び人 事担 当課 によ る一 方的 で秘 密 主義 的な 運営 がな され てお り︑ 個々 の職 員の 納得 を得 たも のと はほ ど遠 いの が現 状で ある
︒こ れま での 人事 制度 は︑ しば しば
︑首 長な どに よる 職員 統制 のツ ール とし ての 機能 を担 って きた 側面 があ り︑ 終身 雇用 と遅 い昇 進を 特徴 と する 役所 組織 にあ って は︑
﹁上 司に 逆ら えば とば され る﹂ とい う意 識の 沈殿 が積 極的 な政 策立 案・ 実施 を抑 制す る ベク トル とし て働 きが ちで ある
︒ピ ラミ ッド 型の 閉鎖 的人 事シ ステ ムの 下で は︑ 抑圧 的な 態度 の上 司が やる 気の あ る部 下職 員を つぶ して しま うお それ もあ り︑ 職員 が生 来の 能力 や適 性を 十二 分に 発揮 する こと なく 定年 を迎 えて し まう こと は組 織的 損失 でも ある
︒そ もそ も︑ 人事 とは 政策 の円 滑な 遂行 のた めの 科学 的な
﹁手 段﹂ であ るべ きも の であ り︑ 人事 異動 自体 が﹁ 目的
﹂で あっ ては なら ない もの であ る︒ ちな みに
︑全 国の 多く の県 庁の 場合
︑管 理職 任
用試 験を 実施 して いる 都道 府県 は別 とし て︑ 上級 職で 採用 され た職 員が 課長 に昇 進す る時 は大 半が 五〇 歳を 超え て おり
︑気 力面 はと もか く体 力面 のピ ーク はと うに 過ぎ てい る︒ いわ ゆる キャ リア と呼 ばれ る国 家公 務員
Ⅰ種 試験 合 格者 や民 間企 業の 社員 がお おむ ね三
〇代 のう ちに
﹁課 長﹂ と呼 ばれ る職 に就 くの とは 対照 的で ある
︒ この よう な問 題点 を克 服し
︑自 治・ 分権 型社 会を 支え るた めの 望ま しい 組織 と人 材育 成方 法の 検証 が必 要と
( )
なる とり わけ
︑積 極的 な政 策法 務を 展開 して いく ため には
︑首 長の 下で 政策 の具 現化 とし ての 条例 の円 滑な 制定 を可 能 とす る自 治体 行政 組織 のあ り方
︵﹁ どの よう にす れば
︑分 権推 進型 の条 例を 構想 でき る組 織体 制を つく るこ とが で き
( )
るか
﹂︶ とい う視 点か らの 検証 が不 可欠 であ る︒
法化 社会 への 対応 の必 要性 政策 法務 には
︑条 例立 案に よる 制度 設計 とい う立 法法 務の 側面 だけ でな く︑ 自治 体の 政策 に基 因す る特 定の 行政 作用 に対 する 争訟 への 対応
︵争 訟の 提起 を自 治体 の政 策に 対す る当 否を 問う もの と解 し︑ 司法 の場 で当 該政 策の 正 当性 を主 張す ると いう 視点 から
﹁政 策訟 務﹂ と称 する 論者 もあ る︶ の側 面も 有し てい る︒ いわ ば前 者を
﹁攻 め﹂ と すれ ば︑ 後者 は﹁ 守り
﹂で ある
︒ とり わけ
︑こ こ一
〇数 年の 間に
︑行 政手 続法 や行 政機 関情 報公 開法
︑行 政機 関個 人情 報保 護法 の制 定に 加え
︑司 法制 度改 革に 伴う 法科 大学 院制 度の 導入 と司 法試 験科 目と して の行 政法 必修 化な ど自 治体 を取 り巻 く法 環境 は大 き く変 動し てい る︒ また
︑一 九九
〇年 代半 ば以 降︑ カラ 出張 や官 官接 待に よる 食糧 費の 違法 支出 に対 する 情報 公開 請 求及 びこ れに 続く 住民 監査 請求 と住 民訴 訟を 駆使 した 市民 オン ブズ マン の追 及活 動が 活発 化し たこ とは 周知 のと お
りで ある
︒今 日に おい ては
︑自 治体 の違 法行 為に 対し
︑市 民が 法令 を権 力資 源と して 動員 し︑ 自ら の要 求の 実現 を 迫る 可
( )
能性 が格 段に 高ま って おり
︑﹁ 法化
﹂の 進展 が著 しい とい える
︒ この よう な中 で︑ 二〇
〇四
︵平 成一 六︶ 年に は︑ 四二 年ぶ りに 行政 事件 訴訟 法︵ 行訴 法︶ が大 改正
︵二
〇〇 五年 四月 施行
︶さ れた
︒行 訴法 改正 は︑
﹁近 年に おけ る行 政需 要の 増大 と行 政作 用の 多様 化に 伴い
︑行 政に よる 国民 の 利益 調整 が一 層複 雑化 する など の変 化が 生じ てい るこ とに 対応 する ため
︑行 政訴 訟に つい て︑ 国民 の権 利利 益の よ り実 効的 な救 済手 続を 整備 する 観点 から
﹂行 われ たも ので あり
︑改 正内 容は
︑次 の四 点の 柱か らな って いる
︒① 国 民の 権利 利益 の救 済範 囲の 拡大
︵ア
.取 消訴 訟に おけ る原 告適 格の 拡大
︑イ
.義 務付 け訴 訟の 法定
︑ウ
.差 止訴 訟 の法 定︑ エ. 確認 訴訟 を当 事者 訴訟 の一 類型 とし て明 示︶
︑② 審理 の充 実・ 促進
︵裁 判所 が釈 明処 分と して
︑行 政 庁に 対し
︑処 分の 理由 を明 らか にす る資 料の 提出 を求 める こと がで きる こと とす る︶
︑③ 行政 訴訟 をよ り利 用し や すく
︑分 かり やす くす るた めの 仕組 み︵ ア. 抗告 訴訟 の被 告適 格を 行政 庁か ら行 政主 体に 変更
︑イ
.抗 告訴 訟の 管 轄裁 判所 の拡 大︑ ウ. 出訴 期間 を三 ヶ月 から 六ヶ 月に 延長
︑エ
.出 訴期 間等 の教 示制 度の 新設
︶︑
④本 案判 決前 の 仮の 救済 制度 の整 備︵ ア. 執行 停止 要件 の緩 和︑ イ. 仮の 義務 付け
・仮 の差 止め の制 度の 新設
︶ 既に 改正 法の 施行 から 四年 が経 過し
︑改 正内 容を 反映 した 判決 も出 され るな ど︑ 自治 体の 事務 処理 に少 なく ない 影響 を与 える もの と考 えら れる こと から
︑こ こで 主要 な改 正内 容に つい て概 観し てみ るこ とと
( )
する
︒
まず
︑取 消訴 訟に おけ る原 告適 格の 拡大 に関 して は︑ これ まで の最 高裁 判例 をふ まえ
︑許 認可 等の 処分 の直 接の 相手 方で ない 第三 者住 民の 原告 適格 を基 礎付 ける
﹁法 律上 の利 益﹂ を拡 大し て解 釈で きる 条項
︵行 訴法 九条
②︶ が 新設 され たこ とに 伴い
︑公 共事 業等 の施 行地 区内 の地 権者 等だ けで なく
︑事 業実 施に 伴っ て騒 音等 の環 境被 害を 受