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Vol.23 , No.1(1974)081吉津 宜英「浄影寺慧遠の涅槃義」

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Academic year: 2021

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浄 影 寺 慧 出箆 の 浬 般 木義 ( 吉 一津)

地 論 学 派 の 浬 繋 義 は 普 通 に は 性 浄 浬 葉 と 方 便 浄 浬 盤 と の 二 種 浬 繋 と さ れ る。 そ れ は 慧 遠 ( 五 二 三-五 九 二) と 同 時 代 の 智 顕 ( 五 三 八-五 九 七) や 吉 蔵 ( 五 四 九 -六 二 三) の 著 作 に お け る 引 用 か ら わ か る こ と で あ る。 た と え ば 吉 蔵 の ﹃ 中 観 論 疏 ﹄ ﹁ 浬 架 品 ﹂ ( 大 正 四 二 ・ 一 五 五 上) で は、 ﹃ 成 実 論 ﹄ や ﹃ 摂 大 乗 論 ﹄ の 浬 繋 説 と な ら べ て ﹁十 地 師 明 性 浄 方 便 浄、 方 便 浄 修 因 所 得、 性 浄 則 古 今 常 有、 然 方 便 浄 猶 是 始 有 異 名、 性 浄 則 本 有 殊 称。 ﹂ と あ り、 地 論 の 二 種 浬 架 義 も 所 詮 成 実 の 本 有 始 有 の 二 種 浬 契 と 異 る も の で は な い と 批 評 す る。 次 に 智 顕 も ﹃ 法 華 玄 義 ﹄ 三 法 妙 ( 大 正 三 一二 ・ 七 四 五 中 下) で 吉 蔵 と 同 様 に 地 論 人 の 二 種 浬 架 を 引 き、 特 に 方 便 浄 浬 繋 を 批 判 し つ つ、 智 顕 の 説 と し て は 性 浄 ・ 円 浄 ・ 方 便 浄 の 三 種 浬 繋 を 主 張 す る。 さ て、 慧 遠 の ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ ﹁ 浬 契 義 ﹂ を 読 む と 確 か に 性 浄 方 便 浄 の 二 種 浬 繋 を 中 心 に 説 い て い る が、 あ わ せ て 性 浄 ・ 方 便 浄 ・ 応 化 の 三 種 浬 繋 を も 主 張 す る。 そ こ で こ の 小 論 で は 両 種 の 浬 架 義 の 説 相 を 見 な が ら、 そ れ ぞ れ の 意 図 を 考 察 し て み た い。 ま ず 二 種 浬 契 の う ち 方 便 浄 浬 架 に つ い て、 ﹁ 方 便 浬 桑 有 其 二 種、 一 従 因 修 得 名 方 便 浄、 二 従 体 起 用 名 方 便 浄、 為 是 釈 名 各 有 両 義、 方 便 浄 者、 従 其 初 義、 教 行 功 徳、 本 無 今 有、 従 因 方 便、 断 障 得 浄、 名 方 便 浄、 若 従 後 義、 作 用 善 巧 称 日 方 便、 作 用 中 浄 名 方 便 浄。 ﹂ (大 正 四 四 ・ 八 一 八 上) と あ る。 方 便 の 意 味 に 因 よ り 修 得 す る こ と と 体 よ り 用 を 起 す こ と が 合 ま れ、 し た が つ て 方 便 浄 と い う こ と の 解 釈 に も 二 種 が あ る。 も し 初 め の 義 に よ る と 因 方 便 に よ つ て 惑 を 断 じ 浄 を 得 て 教 行 の 功 徳 を あ ら わ す こ と に な る し、 後 の 義 に し た が う と 体 か ら 生 じ た 作 用 が 善 巧 で あ る こ と に な る と い う。 こ こ で 因 と は 後 に 浬 繋 の 因 を 決 定 す る 項 を あ わ せ 考 え る と 仏 性 お よ び 六 波 羅 蜜 の 修 行 と い う こ と に な ろ う。 ま た 体 と は 浬 繋 そ の も の を 示 す の で あ ろ う が、 あ え て 開 い て 説 明 す れ ば、 浬 繋 を さ と つ た 仏 あ る い は 真 如 法 性 な ど の 理 法 を も 合 む も の と 考 え ら れ る。 普 通、 智 慧 に 対 す る 方 便、 つ ま り 善 巧 方 便 と は 衆 生

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-356-が 仏 の お し え に 近 づ く よ う に 設 け ら れ た 巧 み な 方 法 と さ れ る が、 今 は そ れ を 衆 生 の 側 か ら は 因 と し、 仏 の 方 か ら は 用 と し て、 分 け て 説 い た も の で あ ろ う。 次 に 性 浄 浬 繋 に つ い て は、 ﹁ 性 浄 浬 盤 名 義 有 三、 三 名 性 浄、 二 名 性 寂、 三 名 同 相、 釈 此 三 名、 義 名 有 二、 一 対 因 顕 果、 二 対 用 彰 体、 何 故 如 是、 性 浄 浬 葉 有 其 二 種、 一 本 隠 法 性 顕 成 今 徳 名 為 性 浄、 二 浬 繋 体 浄 説 為 性 浄、 於 此 門 中、 莫 問 修 生 修 顕 功 徳、 対 用 論 体 斉 称 性 浄。 ﹂ ( 八 一 八 上 申) と あ る。 先 の 方 便 浄 の 因 の 義 に 対 し て は 果 の 意 味 と な り、 も と も と 隠 れ て い た 法 性 が 功 徳 を あ ら わ す と い う 内 容 で 示 さ れ、 用 の 義 に 対 し て 性 浄 と は 体 の 意 味 が あ る と さ れ、 修 行 に か か わ り な く 存 在 す る 浬 契 の 法 体 と し て 説 い て い る。 以 上 の よ う に 二 種 浬 葉 の 説 明 は 因 果 と 体 用 と も 中 心 と す る が、 そ の 両 種 浬 葉 の 関 係 は 五 段 階 を 設 け て も つ と 立 体 的 に 示 さ れ て い る。 ま ず 第 一 段 で は、 二 就 方 便 修 生 徳 中、 随 義 分 二、 二 相 云 何、 修 生 徳 中 有 二 種 作、 一 者 縁 作 対 治、 蕪 発 真 心 諸 功 徳 生、 其 猶 臓 印 印 泥 文 生、 二 者 体 作、 真 随 行 縁 集 成 諸 徳、 如 金 随 縁 作 荘 厳 具、 縁 作 義 辺 名 方 便 浄、 体 作 義 辺 説 為 性 浄。 ﹂ ( 八 一 八 申) と あ る。 こ こ で 縁 作 対 治 を 方 便 浄、 体 作 を 性 浄 と す る が、 そ の う ち 縁 作 と は ﹃ 義 章 ﹄ の 他 の と こ ろ で よ く 用 い ら れ る 縁 修 と 同 一 の 意 味 で あ り、 第 八 真 識 に 対 し て 第 七 妄 識 と 六 識 で の 修 行 の 内 容 を さ す も の と 考 え ら れ る。 第 七 識 や 六 識 で ど の よ う な 修 行 を す る か は ﹁ 八 識 義 ﹂ に 詳 し い が、 我 見 や 無 明 を 対 治 す る こ と に よ つ て 第 八 真 心 の な か の 功 徳 が 黒 発 さ れ る と い う。 性 浄 と は 真 心 が 対 治 の 行 縁 に よ つ て 功 徳 を 生 ず る こ と で あ る。 こ こ で 功 徳 と は ﹁ 仏 性 義 ﹂ に ﹁ 三 昧 智 慧 神 通 解 脱 陀 羅 尼 等 一 切 徳 性 ﹂ と あ る よ う に、 教 え、 修 行 お よ び 修 行 の 結 果 を も 合 む 言 葉 で あ ろ う。 次 に 第 二 段 は 二 修 生 修 顕 相 対 説 二、 次 前 二 種 修 生 之 徳、 悉 名 方 便、 無 始 法 性 顕 成 今 徳、 説 為 性 浄。 ﹂ ( 八 一 八 中) と あ る。 先 の 縁 作 対 治 と 体 作 と は 共 に 行 を か り て 功 徳 を 生 起 す る か ら 方 便 浄 と し、 法 性 が 修 行 に よ つ て 顕 現 す る こ と を 性 浄 と い う。 先 の 体 作 と こ こ で の 修 顕 の ち が い は 生 と 顕 と の 差 で あ る か ら、 始 有 と 本 有 と の 差 異 と な る の で あ ろ う。 第 三 段 は、 ﹁ 三 約 修 証 以 分 二 別、 次 前 二 種 約 修 以 論、 方 便 修 生 方 便 修 顕 悉 名 方 便、 証 実 亡 縁 説 為 性 浄。 ﹂ ( 八 一 八 下) と あ る。 先 の 修 生 と 修 顕 と が い つ れ も 修 行 に よ つ て 浬 藥 を 得 る 立 場 で あ る か ら、 こ れ ら を 方 便 と し、 修 行 に よ ら ず し て 本 来 の 真 実 を さ と る と こ ろ、 つ ま り 証 を 性 浄 と す る。 こ こ で ﹁ 亡 縁 ﹂ と は 他 の と こ ろ で ﹁ 無 縁 ﹂ と も あ る が、 縁 作 の 縁 を 先 に 見 た よ う に 第 八 真 心 に 対 す る 第 七 妄 識 や 六 識 に お け る 修 行 の こ と と 考 え る な ら ば、 亡 縁 と は そ の よ う な 段 階 的 な 修 行 浄 影 寺 慧 遠 の 浬 契 義 ( 吉 津)

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-357-浄 影 寺 慧 出遅 の 浬 般 不 義 ( 士 口 津) に ょ ら な い と い う こ と を 示 す の で あ ろ う。 実 際、 第 四 段 と し て 体 用、 第 五 段 と し て 理 事 が 説 か れ る が、 第 三 段 の 証 と 第 四 段 の 体 と 第 五 段 の 理 と の 内 容 は 同 一 な の で あ る。 慧 遠 自 身 が 理 と 証 と の 差 別 は 何 か と 自 問 し、 人 の 立 場 で 証 と い い、 法 の 立 場 で 理 と い う の だ と 自 答 す る。 慧 遠 は 述 べ て い な い が、 第 三 段 の 証 と 第 五 段 の 理 と を 人 と 法 と で 区 別 す る 解 釈 な ら ば、 第 四 段 の 体 は 人 法 両 者 に わ た る 面 を も つ と 考 え て よ い の で あ ろ う か。 以 上 の 五 段 階 に よ る 二 種 浬 葉 の 説 明 の な か で、 第 三 段 の 修 証 の と こ ろ ま で は 従 因 向 果 の 形 で 修 行 の 高 ま り を 示 す も の と 考 え て よ い で あ ろ う が、 体 用 と 理 事 と の 二 段 階 は 浬 架 の 法 そ の も の を 見 方 を か え て 二 門 に 開 い た も の と 考 え ら れ よ う。 そ の よ う に 考 え る と 五 段 階 に よ る 説 明 の な か で は 第 三 段 の 修 証 の と こ ろ が 一 番 注 目 さ れ る。 こ の 修 証 が 二 種 浬 梨 の 内 容 に と つ て 重 要 で あ る こ と は、 次 の 浬 葉 の 因 を 定 め る と こ ろ で も 明 ら か に な る。 こ れ ま で 見 て き た 五 段 階 の そ れ ぞ れ の 段 階 に つ い て 浬 繋 の 因 を 定 め る。 仏 性 と 六 波 羅 蜜 と を、 正 因 縁 因 お よ び 生 因 了 因 と に 組 み 合 わ せ て ゆ く が、 先 に 注 目 し た 第 三 段 の 修 証 に つ い て ど の よ う に 因 を 定 め て い る か を 見 よ う。 ﹁次 望 第 三 約 修 就 証 二 種 浬 繋 以 定 其 因、 望 方 便 果 説 縁 説 正 説 生 説 了、 備 如 上 辮、 彼 性 浄 果 証 実 亡 縁、 故 不 可 約 之 説 縁 説 正 説 生 説 了、 但 知 平 等 非 因 果 性、 仏 本 在 縁 未 証 之 時 義 説 為 因、 説 後 証 時 以 之 為 果、 及 後 証 時 達 本 無 縁、 以 無 縁 故、 本 亦 非 因、 今 亦 非 果。 ﹂ ( 八 一 九 下) 方 便 浄 浬 藥 に つ い て は 正 縁 生 了 な ど の 諸 因 を 説 く こ と は で き る が、 性 浄 浬 繋 に つ い て は 先 に 見 た よ う に ﹁ 証 実 亡 縁 ﹂ で あ つ て 諸 因 を 説 く こ と は で き な い と い う。 た だ 平 等 非 因 果 な り と 知 る の み で あ る。 仏 が も と 縁 に あ つ て 未 証 の 時 を 因 と し、 後 に 証 を 得 た 時 を 果 と す る が、 す で に 得 果 の 時 は 無 縁 な の で あ つ て、 し た が つ て 非 因 非 果 と い う こ と に な る。 こ れ は 証 の 段 階 で は 正 縁 な ど の 諸 因 さ ら に は 果 す ら も 説 か な い と い う こ と を 述 べ て い る の で あ る が、 こ こ で 無 縁 と か 在 縁 と か い わ れ る 内 容 に は 先 の 亡 縁 の 時 と 同 様 に 注 意 が 必 要 で あ ろ う。 先 に は 第 七 識 お よ び 六 識 に お け る 修 行 と い う 意 味 に 取 つ た が、 慧 遠 の 場 合 第 七 識 以 下 は 妄 識 で あ る か ら、 ﹁ 仏 本 在 縁 ﹂ も 仏 が も と 煩 悩 妄 縁 の 状 態 に あ つ た 時、 つ ま り 菩 薩 と し て 因 地 の 修 行 を し て い た 時 と い う 意 味 で、 縁 を 第 七 お よ び 六 識 の 段 階 で の 修 行 と 考 え て よ い の で は あ る ま い か。 第 七 お よ び 六 識 で の 修 行 と い う こ と は、 そ の 段 階 に あ る 修 行 者 お よ び そ れ ら の 修 行 者 に た い し て の 教 え 一 切 を 合 む こ と に な ろ う。 極 論 す れ ば 仏 陀 以 外 の 凡 夫 お よ び 三 乗 の 修 行 者、 浬 繋 の 法 以 外 の 染 浄 の 諸 法 は す べ て 縁 と い う 言 葉 の も と に 包 合 さ れ る の で は あ る ま い か。 そ う で な け れ ば 仏 陀 が 無 縁 に 達 す る と い う 表 現 は 出 て こ な い よ う に 思 う。 さ ら に、 無 縁 と い う こ と は 衆 生 縁 ・ 法 縁

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-358-に 対 す る 無 縁 つ ま り 無 縁 の 大 悲 を 連 想 さ せ る わ け で あ る が、 次 の 体 用 二 種 浬 架 の 因 を 定 め る と こ ろ で、 そ の 連 想 が 無 意 味 で は な い こ と が 確 か め ら れ る よ う に 思 う。 ﹁ 次 望 第 四 体 用 相 対、 二 種 浬 繋 以 定 其 因、 於 此 門 中、 浬 盤 体 浄 名 為 性 浄、 浬 墾 用 浄 名 方 便 浄、 対 性 浄 体 説 因 如 上、 方 便 浄 者 当 知 即 応 化 浬 架、 応 有 二 種、 一 者 法 応、 二 者 報 応。 ﹂ ( 八 三 九 下) 体 用 の 立 場 で 二 種 浬 繋 を 考 え る 時、 性 浄 の 体 に つ い て は ﹁ 説 因 如 上 ﹂ と あ る の は 先 の 証 の と こ ろ で 見 た よ う に 非 因 果 で あ つ て 諸 因 を 説 か な い と い う こ と で あ ろ う。 次 に 用 浄 と し て の 方 便 浄 が こ こ で は 応 化 浬 藥 と 言 い か え ら れ て い る。 し か も 法 身 の 応 化 と 報 身 の 応 化 と に 分 け て 説 明 さ れ、 こ こ で は 引 用 し な か つ た が、 法 身 の 応 化 は 如 来 蔵 中 縁 起 法 門 を 正 因 と な し、 大 悲 願 力 を 縁 因 と す る。 一 方 報 身 の 応 化 は 大 悲 の 願 力 を 正 因 と な し、 三 昧 法 門 を 縁 因 と す る。 応 化 浬 藥 は い つ れ に し て も 大 悲 を そ の 基 盤 と し て い る の で あ る。 こ こ で ま ず 注 意 す べ き こ と は 第 四 段 階 の 体 用 の 立 場 で の 方 便 浬 葉 が 第 三 段 階 の 修 証 ま で の そ れ と は 内 容 を 全 く 異 に し て い る こ と で あ る。 最 初 の 釈 名 の と こ ろ で 方 便 浄 に ﹁ 従 因 修 得 ﹂ と ﹁ 従 体 起 用 ﹂ と の 二 義 を 認 め た が、 修 証 ま で の 方 便 浄 は 先 の 因 の 義 に あ た り、 体 用 に お け る 方 便 浄 が 用 の 義 に あ た る こ と は 明 ら か で あ る。 一 方、 性 浄 浬 葉 に お け る 果 と 体 と の 二 義 は 一 応 体 作 ・ 修 顕 ・ 証 の 三 つ が 果 に 相 当 す る と 考 え ら れ る が、 こ の う ち 証 の 段 階 は 先 の ご と く に 非 因 果 と 規 定 さ れ る の で、 果 に あ て は め る の も 不 可 と な る。 一 応 図 式 的 に 考 え る な ら ば 証 は 因 果 と 体 用 と の 結 合 す る と こ ろ に あ る と い え よ う。 つ ま り 因- 果-非 因 果 ( 証)- 体-用 と い う 図 式 が 想 定 さ れ る。 体 用 の 立 場 に お い て は 方 便 浄 が 応 化 と 言 い か え ら れ て い た よ う に、 仏 の 衆 生 に 対 す る は た ら き の 内 容 が 浬 榮 と さ れ て い る の で あ つ て、 因 果 の 果 と し て の 浬 繋 の 内 容 と は 異 つ て い た。 証 は 非 因 で あ り 非 果 で あ る と い う こ と は、 仏 の 浬 架 が そ の 果 と し て の 状 態 に も 止 ら ず、 体 用 の と こ ろ に 示 さ れ て い る 応 化 浬 繋 の 内 容 か ら 知 ら れ る よ う に 衆 生 に 対 す る 応 化 の は た ら き を な し、 無 縁 の 大 悲 を 現 ず る と い う こ と を 意 味 し て い る の で は あ る ま い か。 こ れ ま で 二 種 浬 繋 に 焦 点 を 合 わ せ て、 そ の 説 明 の な か か ら 応 化 浬 繋 が ど の よ う に 導 き 出 さ れ て い る か を 見 て き た。 三 種 浬 契 と は 性 浄 ・ 方 便 浄 ・ 応 化 の こ と で、 こ れ ら が ﹃ 起 信 論 ﹄ の 体 相 用 の 三 大 に 配 当 さ れ る。 修 道 の 面 か ら は 二 種 浬 梨 で 充 分 な の で あ ろ う が、 仏 の 教 化 の 意 を 強 調 し て 三 種 浬 繋 が 説 か れ る よ う で あ る。 ま た こ の 三 種 浬 架 義 は 法 報 応 の 三 身 説 と も 関 連 し て く る の で、 さ ら に 分 析 を 進 め た い。 浄 影 寺 慧 遠 の 浬 繋 義 ( 吉 津)

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