三田祭論文
ふるさと納税の返礼率の是非
慶應義塾大学 津曲正俊研究会
目次 1. はじめに:問題提起 2. ふるさと納税の仕組み・概要 3. ふるさと納税の実態 3-1 ふるさと納税制度の盛り上がり 3-2 ふるさと納税受入額が多い自治体とその要因 4. ふるさと納税制度の問題 4-1 ふるさと納税の意義 4-2 囚人のジレンマの発生 4-2-1 完全代替品のケース 4-2-2 不完全代替品のケース 4-2-3 政府による規制があるケース 5. 返礼品規制の効果 5-1 データから分かる規制による変化 5-2 新たなモデル 6. 結論
1. はじめに:問題提起 地方で育ち、進学、就職を期に都会で暮らすことになった人は多いだろう。そのような人 たちは幼少期から都会に移り住むそのときまで、その地方自治体の医療や教育サービスの 恩恵を受けることになる。しかし、彼らの納税先は移り住んだ都会の自治体になってしまう。 つまり、地方自治体はせっかく税収を使って住民サービスを市民に提供しても、市民は将来 的に都会に移り住む可能性があるわけで、見返りとしての税収は少なくなる。しかし、都会 に移り住む人が決して悪いわけではなく、都会のほうが仕事の種類も多く、生活インフラも 整っているとなれば移り住みたいという気持ちはわかる。地方自治体としてはなんとか市 民の都会への流出を食い止め、税収を確保し、地方を活性化させたいが、都会へ流出→税収 減→地方弱体化の負の連鎖になっており、なかなかこの構造を脱却することはできなかっ た。このような問題提起から生まれたのが「ふるさと納税」という制度なのである。実際に は 2007 年 5 月に総務大臣からの、自分が生まれ育った地方に自分の意思で納税できるよう にできないかという問題提起から始まり、2008 年に創設された。 ふるさと納税は、自分の生まれ故郷や応援したい地方に寄附し、その寄附金の一部が所得 税や住民税から控除されるという制度だ。原則として自己負担額の 2000 円を除いた全額が 控除の対象になる。そして、ふるさと納税が世間で注目を多く集めるきっかけとなったのが やはり、寄附金の見返りとしてもらえる高価な返礼品である。実質 2000 円で地方から送ら れてくるものは国産和牛やうなぎ、メロンなど、とにかくお得という言葉に尽きる品々だ。 ふるさと納税をする人たちの多くは、地方から送られてくる、その土地の名産である高価 な返礼品に期待している部分が多い。自治体は自分たちに少しでも多く寄附金が集まるよ うに、他の自治体よりも魅力的な返礼品を用意するようになった。あらゆる自治体が返礼品 のクオリティを上げていくと、自治体同士の熾烈な返礼品競争が発生する。競争自体は悪い ことではない。事実、総務省が出したふるさと納税研究会報告書によれば、ふるさと納税の 意義の一つとして、自治意識の進化というものを掲げている。「『ふるさと納税』が実現すれ ば、『納税』を受けたい全国各地の地方団体は、その出身地や関心を持ってくれそうな人々 に、その魅力をおおいにアピールする必要が出てくる。『ふるさと納税』されたお金がどの ように使われるのか、それによってどのような成果が期待されるのか、など効果的な情報提 供の自治体間競争が刺激されるだろう。」と述べている。つまり、ふるさと納税を実施する ことにより、自治体間の競争が生まれ、経営能力の向上を促す狙いがあるのだ。しかし、こ こで問題になったのは返礼率の高さである。自治体は返礼品の費用を高くすることによっ て熾烈な返礼品競争に勝とうとしているのだ。返礼率が高くなると、得られる収入が少なく なり、ふるさと納税の「地方の活性化」という本来の目的が形骸化してしまう。数年前から、 各方面からこの問題点は指摘されており、返礼率の高さは社会問題になっている。末松智之 は、「返礼品を目当てとした寄附行動は、本来の意味での『寄附』とは言えず、納税意識・ 寄附意識の希薄化を招き、ふるさと納税そのものの制度趣旨を損なっている」と述べ、尾内
速斗は、ふるさと納税制度について、「税制や寄附金税制など多くの観点から制度上の問題 が指摘されているだけでなく、寄附の返礼品を目当てとする寄附行動や、寄附金を獲得のた めの自治体間の返礼品競争など、制度意義と実態との乖離が懸念されている。」と述べてい る。総務省は返礼率上昇を抑えるために、2017 年と 2018 年に返礼率を 3 割以下にするよ う自治体に要請した。また、2019 年に地方税法を改正し、返礼率を 3 割以下にしない地方 団体をふるさと納税制度の対象外とすることを決定した。 このような経緯を受けて、本稿では、過度な返礼率競争に対する 3 割規制を設けた意義 を分析する。そして、この規制が果たして妥当な対応策なのかをゲーム理論の観点から探っ ていく。返礼率を 3 割以下にすることを要請してもなお、高い返礼率を維持する自治体は 存在し、規制の是非というものを今一度考えることは制度設計自体が適当なのかどうか判 断する上でも重要であろう。 2. ふるさと納税の仕組み、概要 ふるさと納税は自治体への寄附金という形をとっている。ふるさと納税研究会報告書に よると「税」として分割した場合、「居住地以外の地方団体に強制を伴う課税権を認めるの が難しく、また、個人住民税として考える場合、受益と負担の原則に反するなどの理論的に 困難な問題がある。一方、寄附金税制を応用し、進化させれば、これらの問題をクリアでき るだけでなく、納税者が「ふるさと」に貢献したいという「ふるさと納税」の本来の趣旨を 円滑に実現することができる」という。寄附金という形をとることによって法律上の制度で 生じる障害をクリアしているのだ。では、ふるさと納税の具体的な仕組みを見てみよう。ま ず、自分で選んだ自治体に寄附をする。ふるさと納税のうち 2000 円を超える部分は、一定 の上限はあるが、原則として所得税と個人住民税として全額控除される。末松智之によると、 「具体的には、年間の寄附額が一定額以下の場合、所得税については(寄附金額-2,000 円) ×(所得税の税率)が当年度の納税額から控除され、住民税については(ふるさと納税額- 2,000 円)×(100%-所得税の税率)が翌年度の納税額から控除されることとなる」。また、 平成 27 年度税制改正において、特例控除額の上限を所得割額の1割から2割に引き上げる とともに、ワンストップ特例制度が創設された。(自治税務局市町村税課、2019) ワンスト ップ特例制度とは、1 月 1 日から 12 月 31 日までの1年間で寄附先が 5 自治体以下である こと、確定申告をする必要がないといった条件を満たした場合に確定申告なしにふるさと 納税による寄附金控除を受けることができる制度である。(楽天ふるさと納税より) 3. ふるさと納税の実態 3-1 ふるさと納税制度の盛り上がり ふるさと納税制度によって国民が自己負担 2000 円で寄附金のそれ以外の部分を控除する ことができるのである。さらに、寄附金によって自治体から返礼品が送られてくる。返礼品 は自治体にとって義務ではない。しかし、2017 年時点で全自治体の 96%が返礼品を送付し
ている。(総務省、2018)すなわち、納税者は 2000 円を自分が選んだ自治体に寄附すること によって、たいていの場合は何らかの見返り(返礼品)がもらえるわけである。これは納税者 にとってかなりのインセンティブとなる。返礼品の実質的な価値が 2000 円を超えると税金 が控除されるだけでなく、「お得な買い物」をしたことになる。佐藤主光によると、例えば A市に居住している個人がB町に 1 万円を寄付して 5 千円分の返礼品を送付した場合、自 己負担=2 千円、B町の収入=1 万円ー5 千円=5 千円、返礼品業者の利益=5 千円、A市の 税収減=1 万円―2 千円=8 千円になる。納税者は結果として 3000 円得するのだ。この「お 買い得感」から知名度とともにふるさと納税の受入件数は 2008 年創設時から増加傾向にあ る。また令和元年度の実績は、約 4,875 億円である。(総務省、2020) 図.1 ふるさと納税の受入額、受け入れ件数の推移 出典:総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」 平成 27 年の税制改革とワンストップ特例制度によって納税者にとってのふるさと納税に 対する障害が軽減され納税受入額が 388.5 億円から 1652.9 億円に激増している。 3-2 ふるさと納税受入額が多い自治体とその要因 2019 年度のふるさと納税に関する現況調査結果を見てみるとふるさと納税の受入額が多 い自治体のトップは大阪府の泉佐野市である。 表.1 2019 年度 受入額の多い自治体 団体名 受入額(百万円) 受け入れ件(件) 大阪府 泉佐野市 宮崎県 都城市 北海道 紋別市 北海道 白糠町 18,497 10,645 7,738 6,733 306,927 503,911 448,803 460,533
北海道 根室市 6,589 413,569 宮崎県 都農町 佐賀県 上峰町 鹿児島県 南さつま市 山形県 寒河江市 新潟県 燕市 5,208 4,672 4,644 4,423 4,237 270,465 277,955 254,344 204,666 131,512 鹿児島県 志布志市 愛知県 幸田町 和歌山県 有田市 佐賀県 唐津市 山梨県 富士吉田市 4,024 3,850 3,517 3,491 3,346 154,020 36,412 261,257 222,666 99,045 (出典:ふるさと納税に関する現況調査結果(令和 2 年度実施)) この結果は 2019 年度の 6 月に地方税法の改正(返礼品は寄付額の 3 割以下の地場産品に 規制)による新制度施行で泉佐野市がふるさと納税の対象から除外されたことも含めた結果 だ。この調査は 2019 年度(平成 31 年4月1日~令和元年3月31日)決算見込の状況の ものであるため、実質 2 ヶ月程度で全自治体の一位になっている。泉佐野市は返礼品とし てアマゾンギフト券を配るなどしていた。日本経済新聞によると、「総務省は泉佐野市、高 野町などの法施行前の返礼品が過剰だったとして制度から除外。泉佐野市は除外決定の取 り消しを求めて同省を提訴し、今年 6 月 30 日の最高裁判決で逆転勝訴した。泉佐野市は 7 月、制度に復帰。10 日に返礼品なしで豪雨被害を受けた熊本県への寄付の代理受け付けを 開始。同 30 日に返礼品付きのふるさと納税を再開した。第一弾の返礼品は泉州タオルのみ 200 種類以上を用意。今後も法規制を順守しつつ「地元を支援できるアイデアを生み出す」 (千代松大耕市長)方針だ。」としている。アマゾンギフト券を配った泉佐野市が、受入額 がトップになった結果は地方創生という本筋から外れてしまっているだけでなく、納税者 側の「納税に対する理解向上」が本当に達成されているのか、という疑問が出てくる。納税 者は自らのふるさとを助けたい、という動機ではなく、どんな返礼品をもらえるのか、とい った視点から寄附しているのではないか。事実、尾内速斗はアンケート調査から「寄附者は、 お世話になった地域、応援したい地域となる自治体を寄附先には選ばず、返礼品の多寡で寄 附先を決定している傾向がある」として、「自治体は、「ふるさと」として選んでもらえるよ
う取組をアピールし、選ばれるに相応しい、地域のあり方を考えるのではなく、自治体は返 礼品をめぐる自治体間競争を行っており、競争が激化することで自治体収入は低下してい く」と述べる。 2016 年の総務省による調査では、「ふるさと納税を募集する際の取組」として「ふるさと 納税の受入額及び受入件数が増加した主な理由」として最も高かったのは「返礼品の充実」 であり、全自治体の約 6 割を占めた。 図.2 (平成 28 年6月 14 日総務省のふるさと納税に関する現況調査結果をもとに作成) さらに尾内速斗が行った全国自治体アンケート調査とその分析結果によると、「返礼品が 充実している自治体に寄附金が集まる」とし、「寄附 1 万円「物品型返礼品」返礼率を 1% 上げると、寄附件数は 3%増加」する。返礼率を上げれば容易に受入件数が増加するとわか れば上げないわけがない。返礼品を充実させることばかりに予算がまわり、自治体の経営努 力するインセンティブが高まらない。これはふるさと納税の本来の目的である「自治体組織 の経営能力の向上」を下げる要因の一つでもある。 4. ふるさと納税制度の問題 4-1 ふるさと納税の意義 ふるさと納税制度は納税者にとっても地方の自治体にとっても得する制度になっている。 しかし、この構造には必ず損をするものもいる。まずは、国は所得税の収入が減る。そして 納税者の居住地での住民税の収入も減る。土居丈朗は、ふるさと納税制度は得をする人もい れば損をする人もいるゼロサムゲームであると述べる。また、ふるさと納税の恩恵を受ける 地方の自治体は少しでも多く寄附金を集めるために返礼品を豪華にするようになっている。 実際、土居丈朗は「特に、人口の少ない過疎部の自治体は、ふるさと納税に熱心で、合計し て億円単位の寄附を集めたところも続出している。」と述べる。地元の特産品を返礼品にす ると地方の PR 活動の一環として地方創生の一助になるが、泉佐野市の例のように納税者の お得感をより強く感じさせたものの一人勝ちの構造になっている現状を見るに、ふるさと 納税制度の仕組みを変える必要がある。そこで、ふるさと納税の意義を整理する。一つは、
納税者の納税に対する理解向上。ふるさと納税を利用することで納税者は税金の使われ方 を体感する効果を図っていた。実際はふるさと納税の認知が高まるにつれ、納税者の返礼品 目当ての意識が強まっている。確かに、寄附金文化が根付く一環となり、被災地に寄附金が 多く集まった効果もあった。 二つ目は地方の財政面での支援である。過度な返礼率競争が起こっている現状では、自分 たちの自治体だけ返礼品を豪華にしない、とすると損をする。つまり、自治体、全体で返礼 品競争に参画するようになり、結果として総余剰が減り、損をするようになる。まさにゲー ム理論で言う囚人のジレンマの状態である。 4-2 囚人のジレンマの発生 単純化するために自治体 1,2 のみをプレイヤーとした 2 人ゲームを考える。 自治体𝑖, 𝑗の返礼割合を𝛼𝑖, 𝛼𝑗と表し、それぞれ 0 から 1 の範囲で選択可能であるとする (0 ≤ 𝛼𝑖≤ 1,0 ≤ 𝛼𝑗 ≤ 1)。また、自治体𝑖に集まる寄付額を𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗)と表す。このとき自 治体の利得は、 (1-𝛼𝑖) 𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗) ここでは納税者の趣向を考慮に入れ、返礼品が完全代替品か不完全代替品の2つのケー スで考える。 4-2-1 完全代替品のケース 返礼割合の高いほうに寄附が集中すると考えられるため、以下のように寄付額を表す。 𝛼𝑖>𝛼𝑗のとき 𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗)=𝑌(𝛼𝑖),𝑋𝑗(𝛼𝑖,𝛼𝑗)=0 𝛼𝑖=𝛼𝑗のとき 𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗)= 𝑌(𝛼𝑖) 2 ,𝑋𝐽(𝛼𝑖,𝛼𝑗)= 𝑌(𝛼𝑗) 2 この時α2を所与としたときの自治体 1 の最適反応はα2よりほんの少し大きい返礼率に することである。この時 0 に限りなく近い正の値をとる𝑐という定数を使って、自治体 1 の 最適反応をα1=α2+c と表す。同様にして自治体2の最適反応をα2=α1+c と表す。 グラフに表すと以下のようになる。
二人のプレイヤーの最適反応が交わらないため、このゲームにナッシュ均衡は存在せず、 お互いに相手より高い返礼率にしようとするので返礼品競争が発生し、返礼率が 1 に近づ いていってしまう。そのため政府による規制が必要となる。政府の規制の返礼率を𝛼′とした とき、グラフに表すと以下のようになる。 この時(α1,α2)=(𝛼′, 𝛼′)がナッシュ均衡となる。しかし、このゲームは片方の自治体の 寄付が増えると、もう一方の寄付が同じ量だけ減る、定和ゲームであるため、返礼割合の最 も低いα1=α2=0 という 2 自治体が協調した状態が最も望ましいといえるが、これは囚人 のジレンマ的性質を有している。つまり相手の自治体が裏切る可能性があるならば、返礼率 を上げられるまで上げることが支配戦略になる。よって規制があったとしても、返戻品競争
は返礼率の規制のラインまで必ず過剰になることが分かる。 4-2-2 不完全代替品のケース 次に、不完全代替品のケースを考える。ここでは一方の返礼割合が他方を上回っても寄付 が高いほうに集中しにくいと考えられる。この時の自治体1、自治体2に集まる寄付額を以 下のように表す。 𝑋𝑖(𝛼𝑖, 𝛼𝑗)= 1 2+ 𝛼𝑖-𝛼𝑗 この時、それぞれの自治体 i の利得は、 (1-𝛼𝑖)( 1 2+ 𝛼𝑖− 𝛼𝑗) 自治体の最適反応は、それぞれの返礼率で微分して -(1 2+ 𝛼𝑖-𝛼𝑗) + (1-𝛼𝑖) = 0 このとき自治体の利得は最大となる。自治体 i は𝛼𝑗(𝑖 ≠ 𝑗)を所与とすると、 𝛼𝑖= 1 2( 1 2+ 𝛼𝑗) となる。これをグラフに表すと以下の様になる。
自治体 1 の最適反応と自治体 2 の最適反応が(𝛼1,𝛼2)=( 1 2, 1 2)で交わっているので、ここ がナッシュ均衡となる。 4-2-3 政府による規制があるケース 次に政府による規制𝛼′があるときを考える。もし𝛼′≥1 2 であるならば、ナッシュ均衡は変 わらず(12,1 2 )のみであるので規制による影響は受けない。𝛼 ′<1 2の時グラフに表すと以下の様 になる。 この時のナッシュ均衡は(𝛼′, 𝛼′)となる。このときの自治体 1,2 の利得は、1−𝛼′ 2 となり、𝛼 ′ が小さいほど、つまり規制が厳しいほど両自治体の利得は大きくなることが分かる。 ここで、返礼率を上げたことで、豪華な返礼品を出せるようになり、世間で脚光を浴びる ようになったのだから、返礼率を上げなければ、ふるさと納税がここまで人気にならなかっ たのではないかという見方もできる。あるいは、今さら、全体として返礼率を下げてしまっ たら寄付する人は減ってしまうのではないか、と思うだろう。しかし、納税者は実質的な自 己負担が 2000 円なのだ。納税者に魅力的に感じてもらおうと思えば、過度な費用を抑えた ところで「お得感」を感じさせるのは難しくはない。 実際は、総務省のアンケート調査でも然り、自治体は広報活動や使途、事業内容の拡充よ りも返礼品を充実させたほうがてっとり早く寄附金を集められると感じている。ふるさと 納税制度は、総務省は返礼率上昇を抑えるために 2017 年と 2018 年に返礼率を 3 割以下に するよう自治体に要請した。また、2019 年に地方税法を改正し、返礼率を 3 割以下にしな い地方団体をふるさと納税制度の対象外とすることを決定した。(本稿、はじめに参照)
次は、返礼品規制によってどのような影響が及ぼされたか見ていく。 5. 返礼品規制の効果 5-1 データから分かる規制による変化 平成 30 年 4 月 1 日にも総務大臣通知が発表された。依然として、一部の団体において、 返礼率が高い返礼品をはじめとする、ふるさと納税の趣旨に反するような返礼品が送付さ れている状況が見受けられたためである。特に、返礼率が 3 割を超えるものを返礼品とし ている団体において、責任と良識のある対応を徹底するよう促した。 この 2 つの総務大臣通知の前後における返礼率が実質 3 割超の返礼品を送付している団 体数の変化は以下のようになっている。 出典:総務省自治税務局「ふるさと納税に係る返礼品の送付状況についての調査結果」(平 成 30 年 11 月 1 日時点) 上のグラフから、平成 29 年の通知の前では全体の 64.7%もの団体が返礼率 3 割超の返礼 品を送付していたが、2 回の通知を通して、平成 30 年 11 月 1 日の時点で 1.4%まで激減し ている。 しかし、平成 30 年 12 月 27 日に公表された資料によると、地方団体が自ら経費負担を行
い、期間限定で追加的なポイントを付与することにより、実質的に返礼割合が 3 割を超え る団体があることが判明した。よって、返礼割合実質 3 割超の返礼品を送付している団体 は計 52 団体ある。これは全 1788 団体に占める 2.8%の団体数となる。 以上の結果を踏まえても、平成 29年の通知前の 64.7%から 2.8%の 61.9%までかなり減 っているため、総務大臣通知による要請は効果があったと言えるのではないだろうか。 一方で、全団体における寄付総額に対する返礼品の調達にかかる費用の割合である返礼 率の変化の推移は以下のようになっている。 返礼割合の推移 平成 27 年度 平成 28 年度 平成 29 年度 平成 30 年度 平成 31 年度 38.3% 38.4% 38.5% 35.4% 28.2% 出所:総務省「ふるさと納税に関する現地調査結果」より作成。 返礼率実質 3 割超の団体数は平成 30 年度まででかなり減っていたが、上の表から分かる ように、全体の返礼割合としては、平成 27 年度の 38.3%から平成 30 年度の 35.4%と、あ まり変化はなかった。また、平成 29 年通知が出されたのは平成 29 年 4 月 1 日であったが、 平成 29 年度の返礼率は 38.5%となり、それ以前の返礼率よりも寧ろ高くなっている。 しかし、通知を出したにもかかわらず返礼率が増えたという状況を考慮して、平成 30 年 4 月 1 日に出された通知の効果があったからであろうか、返礼率は 35.4%まで低下した。た だ、35.4%は依然として 3 割を超えているということもあり、平成 31 年 6 月 1 日から新制 度が施行された。 これは、総務大臣が次の①と②の基準に適合した地方団体をふるさと納税(特例控除)の 対象として指定する仕組みである。 ① 寄附金の募集を適正に実施する地方団体 ② (①の地方団体で)返礼品を送付する場合には、以下のいずれも満たす地方団体 ・返礼品の返礼率を 3 割以下とすること ・返礼品を地場産品とすること ①の募集の適正な実施に係る基準として、制度趣旨に沿った募集の方法(返礼品等を強調 した寄付者を誘引するための宣伝広告の禁止など)や、経費総額 5 割以下、他の団体に多大 な影響を及ぼすような寄付金の募集を行わないことなどが挙げられている。 そこで、経費総額 5 割以下という基準は過去達成されていたのかを見る。この割合は、全 団体の総受入額に占める経費(返礼品の調達や送付に係る費用、後方に係る費用など)の全団 体合計額のことである。下の表の合計が経費率を表す。
区分 平成 27 年度 平成 28 年度 平成 29 年度 平成 30 年度 平成 31 年度 返礼品の調達に係る 費用 38.3% 38.4% 38.5% 35.4% 28.2% 返礼品の送付に係る 費用 2.6% 5.3% 6.6% 7.7% 7.7% 広報に係る費用 0.9% 1.1% 1.5% 1.0% 0.7% 決済等に係る費用 1.1% 1.8% 2.1% 2.2% 2.0% 事務に係る費用 5.1% 5.7% 6.8% 8.8% 8.1% 合計(経費率) 48.0% 52.2% 55.5% 55.0% 46.7% 寄付受入総額(億円) 1,653 2,844 3,653 5,127 4,875 出所:総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」、鈴木「ふるさと納税返礼品規制の影 響」より作成。 平成 27 年度は経費率が 48%と 5 割以下に収まっているが、平成 28 年度から 30 年度ま では 5 割を上回っている。新制度が施行されてからの平成 31 年度は 46.7%と 5 割以下の目 標を達成している。そして、新制度施行後、返礼率も 28.2%まで下がっており、目標の 3 割 以下を達成している。 これまでの要請に比べて、経費率が 5 割以下や返礼率が 3 割以下などの条件を満たさな い地方団体はふるさと納税の対象外となるため、新制度は以前よりも拘束力のある制度に なったと言える。事実、過度な返礼品を送付していた大阪府泉佐野市、静岡県小山町、和歌 山県高野町、佐賀県みやき町の 4 団体が指定から除外された。 5-2 新たなモデル ここまでで自治体が 2 つのモデルを想定し、返礼品が完全代替なケースと不完全代替の ケースを考えてきた。結果として 3 割規制は過剰な返礼率競争を軽減し、利得を上げる効 果があった。また、利得はお互いに同じになる。 ここで新たな変数として自治体の努力 e を設ける。これは自治体が返礼品以外で寄附金 を集めるための努力指数である。自治体 1 は e1、自治体 2 は e2とする。 このとき、自治体 i の寄付額は、 𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗、𝑒𝑖)= 1 2+ 𝑒𝑖+ 𝛼𝑖-𝛼𝑗 また、自治体 i の利得は、
( 1 2+ 𝑒𝑖+ 𝛼𝑖-𝛼𝑗)(1-𝛼𝑖) -2𝑒𝑖 2 このとき、自治体 1 の最適反応は、 -( 1 2+ 𝑒𝑖+ 𝛼𝑖-𝛼𝑗) + ( 1-𝛼𝑖) = 0 (1-𝛼𝑖) = 4𝑒𝑖 従って、𝛼𝑖の式は𝛼𝑗を所与とすると、 𝛼𝑖= 1 7+ 4 7𝛼𝑗 𝑒𝑖= 3 14- 1 7𝛼𝑗 これをグラフにすると、 努力関数を用いてみると返礼率の規制を厳しくすることで自治体は e を高める構造になる。 すなわち、努力するインセンティブが高まる。一方で、両自治体は長期的関係である。また、 お互いの返礼品は一般に公開されているため、完全観測の繰り返しゲームであるとみなせ る。 いま、政府の規制がなかった場合を想定し、話し合いで返礼率の上限をお互いの利得が最 高になるもので決定することができるとする。自治体が最大の利益を得られる返礼率をα*
とする。このときの自治体 i の寄附額と利得は 寄附額:𝑋𝑖(𝛼𝑖,𝛼𝑗)= 1 2+ 𝛼 ∗− 𝛼∗= 1 2 利得:1 2 (1-𝛼 ∗) この場合、以下のトリガー戦略が取られる。 トリガー戦略:相手の自治体が返礼率上限をα*にし続けたら自分も返礼率を守る。 相手が一度でも返礼率上限を破った場合、自分も返礼率を上げる。 もし相手の自治体が返礼率上限を破った場合、お互いに返礼率を上げていくことになるか ら、さきほどの過程をおけば完全代替品ケースでは利得は最終的に 0、不完全代替品ケース の場合、𝛼 =1 2になるから利得は 1 4 になる。一方で一度裏切ったときの利得は、利得を総取 りできると想定し、1-α*である。この場合、自治体が裏切らないためのインセンティブは、 1 − 𝛼∗ 2(1 − 𝛿)≥ 1 − 𝛼 ∗ 従って、𝛿 ≥1 2。割引因子が 1 2以上ならば話し合って決めた返礼率が最適な戦略となる。よっ て、政府の規制より自治体間の協議による返礼割合の決定が良いということになる。最適な 返礼率はふるさと納税の寄付総額に変動するため安易に返礼率を固定すると自治体が最大 の利得を得られる可能性を妨げてしまうのである。 6. 結論 政府の規制は、返礼率の抑制を促し、自治体の努力するインセンティブを高める効果があ ることはわかったが、ふるさと納税による自治体への利益最大化させるという観点で不効 率な存在になっていると言える。しかし、一部の自治体が利益を総取りするようないびつな 構造が現実的にあるように、自治体間の返礼率には決定的な差異があり、ふるさと納税の返 礼品の自治体に及ぼす影響という観点からは格差の是正をする働きがあり、政府の返礼率 3 割規制は一定の効果があったといって良い。 もし、ふるさと納税の効果を最大限に引き出すならば、3 割で規制するよりも、「自治体 間の話し合い」で効率的な返礼率を導くことが求められるが、日本全国の自治体で望ましい 均衡を「話し合い」で解決するのは非現実的である。よって、ある程度は自然の均衡にまか
せ、寄附金総額の再分配をすることによって総余剰を最大化するだけでなく、格差が是正し、 自治体全体にふるさと納税の恩恵を行き渡らせることができるであろうと思われる。 参考文献 ふるさと納税研究会. 2007 年 10 月.「ふるさと納税研究会報告書」. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/furusato_tax/pdf/houkokusyo.pdf 総務省「ふるさと納税の理念」. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/policy/ 自治税務局市町村税課. 2020 年8月5日. 「ふるさと納税に関する現況調査結果」.総務省. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/archive/ 末松智之. 2020 年 3 月. 「ふるさと納税の返礼率競争の分析」. 財務省財務総合政策研究所. 2020/10/31. https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron323.pdf#search='%E3%81%B5 %E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E+%E7%B5%8C%E 6%B8%88%E5%88%86%E6%9E%90 尾内速斗. 2016 年 2 月. 「ふるさと納税制度の意義と実態の乖離について」. 政策研究大学 院大学 まちづくりプログラム. 2020/10/31. http://www3.grips.ac.jp/~up/pdf/paper2015/MJU15604onai.pdf 土居丈朗. 2014 年 10 月 20 日.『謝礼品合戦の「ふるさと納税」をどうする?』. 慶應義塾大 学 経済学部教授. 2020/10/31. https://toyokeizai.net/articles/-/50954?page=2 日本経済新聞. 2020 年 8 月 5 日. 「泉佐野市、2 カ月だけで全国 1 位 19 年度ふるさと納 税」. 2020/10/31. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62328390V00C20A8LKA000/
総務大臣. 2017 年 4 月 1 日. 「ふるさと納税に係る返礼品の送付等についての総務大臣通 知」. 総務省. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/file/1130 7701.pdf 総務大臣. 2018 年 4 月 1 日. 「ふるさと納税に係る返礼品の送付等についての総務大臣通 知」. 総務省. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/file/repor t20180402.pdf 総務大臣. 2019 年 11 月 30 日. 「ふるさと納税に係る返礼品の送付状況についての調査結 果」. 総務省. 2020/10/31 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/file/repor t20181116.pdf 総務省. 2018 年 12 月 27 日.「ふるさと納税に係る返礼品の送付状況について」. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/file/repor t20181227.pdf 総務省. 2019 年 4 月 1 日. 「ふるさと納税に係る指定制度について」. 2020/10/31. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/topics/20 190401.html 鈴木善充. 2019 年 7 月.「ふるさと納税返礼品規制の影響」. 生駒経済論叢. 第 17 巻第 1 号. 2020/10/31. https://kindai.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2025 9&item_no=1&attribute_id=40&file_no=1