6. 光学補正を用いた立体映像呈示システムの試作と評価
6.1 本章の目的
本章の目的は,立体映像観察時における光学補正を,観察する立体映像に合わせて動的 に行うことが可能な立体映像呈示システムを試作することである.それにより,多様な立 体映像コンテンツの,輻湊と調節の不整合を軽減した映像呈示を可能とし,ひいては,人 間の視覚特性を考慮した適切な呈示をすることで,眼精疲労の解消や老視の防止といった 応用を期待できる.これは,立体像の再生位置に水晶体調節を働かせることで,映像呈示 装置自体は近方に置かれているにも関わらず,遠方視をしている視覚状態を作り出すこと ができるからである.つまり,例えば奥行き方向に前後移動する立体像を呈示することで,
水晶体の厚さを変化させている毛様体筋の緊張と弛緩を促すことができ,ピント調節を行 う筋肉の緊張状態を緩和することができると考えられるからである.
輻湊と調節の不整合の解決として,第5章において,単焦点レンズを用いた簡易な光学補 正に関して検討した.その結果から,視距離50cmという観察条件において,補正レンズの 付加によって調節距離が遠方へシフトされ,1.0〜1.5D程度の調節域が存在していることが 分かった.さらに,補正レンズによるシフト効果と調節域を考慮して,立体像の再生位置 を制御することで,輻湊と調節の不整合の軽減効果を得ることができた.しかしながら,こ の方式では単焦点レンズを用いていることから,補正が可能な範囲が限定され,多様な立 体像の再生位置への対応が困難であることが課題として残された.そこで,第5章での検討 をさらに発展させ,より高度な光学補正を用いた立体映像呈示システムの試作を行うこと とした.
6.2 光学補正方式を利用した立体映像呈示システムの試作
6.2.1 立体映像の呈示方式
立体映像の呈示には,μ Pol(マイクロポール)を用いた偏光方式による分離方式69)を 採用した.マイクロポールとは,微細な偏光素子で構成された光学系であり,LCD(液晶 ディスプレイ)の画素のラインに合わせて,1ラインごと交互に直行した偏光素子を配置し ている.観察にあたっては,それらに対応した偏光フィルタを用いることで,左右映像の 分離を行う(図 6.1).
を誘発する要因となることが知られており70),視覚負担の軽減を目指した本立体映像呈示 システムでは,そのフリッカーが発生しない偏光方式が望ましいと判断した.また,マイ クロポール自体は電気回路が不要であるため,機構が大掛かりにならなく,また,透明材 料でできているため,立体映像の呈示だけでなく,通常の平面映像の呈示も可能であると いった特徴がある.それにより,本システムの簡易化と,汎用性を実現している.
図6.1 マイクロポールを用いた偏光方式立体映像観察
6.2.2 光学補正方式の設計
(1)光学補正方式の選定
本研究では,観察している立体像の位置に,水晶体のピント調節を一致させることが可 能な光学補正方式を,立体映像呈示システムに実装することで,視覚系の不整合の解決を 試みた.そのための方式としては,ディスプレイの位置を固定して,レンズ系を変化させ る方式と,ディスプレイの位置を変化させることで,固定されたレンズ系の焦点距離を変 化させる方式があり,それぞれ検討を行った.その結果,前者を採用した場合,レンズ系 の屈折力を制御させるための機構が大掛かりとなってしまうことが予想されたため,本研 究においては,後者の,機構部が可動するディスプレイとレンズ系から構成される方法を 採用することにした.
偏光フィルタ LCDパネル
マイクロポール
(2)光学補正方式の設計
本研究では,マイクロポールが実装された6インチLCDの機構部を可動型とし,偏光フィ ルタとレンズ系を通して観察するという光学補正方式を採用し,設計を行った.類似した 立体映像呈示システムとして,輻湊と調節の不整合の解決を目的に開発された,杉原らに よる焦点調節補償機能を有するHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)がある.これは,
HMD 内の 2 枚の LCD をリアルタイムで前後移動する方式であり,本研究の方式と近いと いえるが,視線を検出する機構が必要であり,システムが大規模化するという問題がある.
これに対して本研究では,LCDの位置を立体像の再生位置の設定に従って制御することで,
システムの簡易化を図った.さらに本研究の方式では,1 枚の LCD を,大型のレンズ系で 覗き込む方式であるため,観察者の輻湊運動が自由に行えるという特徴がある.
観察者はレンズ系を通してLCD を観察し,LCDをレンズ系に対して前後方向に動かすこ とで焦点距離を変化させ,立体映像観察時の視覚系の不整合を解消する仕様となっている.
このLCDの解像度はXGA(1024×768ピクセル)であり,レンズ系を通して観察すること で,眼前 50cmの位置に,15 インチの画像呈示面が再生されるよう設定した.
(3)視野角の維持を考慮した光学補正方式
光学補正を行うために,観察する立体像の位置に調節が働くようにLCDの位置を変動さ せると,無視できない程度に視野角が変化してしまうことが,光路計算より明らかとなっ た.表6.1に,その計算結果を示した.そのため,画像呈示面の視野角を一定に維持するた めの検討を行うこととした.
表6.1 LCD による映像再生位置と視野角の変化
再生位置 画面の水平視角 3.0D(0.3m) 42.5°
1.0D(1.0m) 33.9°
0.1D(10m) 29.5°
画像呈示面の視野角を一定に維持するため方法としては,テレセントリック光学系をレ ンズ設計に用いることにした.テレセントリック光学系とは,レンズの焦点に絞りを配置 することで実現され,LCDとレンズとの距離が変化しても,視野角が変わらないという特 徴がある.それにより本システムでは,テレセントリック光学系を通してLCD を移動させ ることで,視野角の変化なしに焦点距離の制御を行うことが可能となった.なお LCD は,
注視対象として選択された立体像の再生位置に同期して移動するよう,ソフトウェアによっ て制御される仕様とした.表6.2に,3種類の再生位置における画像呈示面の,左眼での視 野角を,図6.2に,本システムに用いたテレセントリック光学系の光路を示した.表6.2 か ら,画像呈示面の位置が変化しても視野角は変化せず,水平視角約34 度が維持されている ことが分かる.
表6.2 再生位置における画像呈示面の左眼での視野角(単位:度)
呈示面に対する方向 2.0D(0.5m) 1.0D(1.0m) 0.2D(5.0m)
左 15.23
18.64 33.87 13.00 13.00 26.00 13.54
20.37 33.91 13.40 13.40 26.80
16.45 17.13 33.58 12.76 12.76 25.52 右
左右 上 下 上下
Eye point
レンズ#1 レンズ#2 レンズ#3 レンズ#4
画像呈示面
図6.2 使用したテレセントリック光学系の光路
さらに,図 6.3 に視野角の維持を考慮したシステム設計を示した.
偏光フィルタ テレセントリック光学系 マイクロポールの 実装されたLCD
ステッピングモータ 前後に可動
図6.3 テレセントリック光学系を用いたシステム設計
6.2.3 映像呈示・制御ソフトウェアの試作
(1)ソフトウェアの概要
本ソフトウェアは,立体映像コンテンツの呈示と,可動型LCD の位置制御を行うもので ある.本ソフトウェアのコンテンツは,背景となる遠景画像と,注視対象(視標)となる 近景画像から構成されており,この近景画像を前後に移動することが可能となっている.立 体映像の呈示にあたっては,LCD の 1 ライン毎に右眼画像と左眼画像を交互に表示し,マ イクロポールと偏光フィルタを通して観察することで,左右画像が分離される.
可動型LCDの位置制御にあたっては,近景画像の奥行き方向の距離情報に同期して行わ れる.LCDはステッピングモータによって可動し,このモータのコントローラは,本ソフ トウェアの実装されたPCと USB接続されている.本ソフトウェアは,専用 DLLを介して モータ制御を行う.また,本ソフトウェアの特徴として,立体像の位置制御にあたり,視 覚系の調節距離やレンズの屈折力を表す D 単位(ディオプタ:メートル距離の逆数)を用 いている点があげられる.なお,本ソフトウェアにおける立体像の表示範囲は,2.5D(眼 前40cm)から0D(無限遠)までである.
(2)ソフトウェアの動作内容
ユーザがソフトウェアを起動すると,メインダイアログが表示される.メインダイアロ グでは,ユーザ情報と表示する画像を選択し,画面上での画像の動きを編集することがで きる.まず,使用するユーザと表示する画像を選択する.
表示するコンテンツは,前述のように遠景画像と近景画像からなり,遠景画像は1枚(左 右の眼に同じ映像を呈示する場合)ないしは2 枚(左右の眼に異なる映像を呈示する場合)
の画像,近景画像は複数枚の一連の画像群(左右の眼で異なる映像を呈示する場合は,左 右それぞれについて一連の画像群)で構成される.近景画像は,Animation GIF のように,
近景画像の動作を表現する時系列の画像群である.
画像ファイルをロードした後,近景画像の動き(時系列の奥行き方向の再生位置)を編 集する.近景画像の動きの編集が終了後,開始ボタンを押すことで,フル画面表示のウィ ンドウが開き,遠景画像が表示され,ついで自動的に近景画像が表示される.遠景画像は ユーザが指定した表示距離に従って,視差を考慮して表示される.遠景画像の大きさは,画 像呈示面全体に表示されるよう,リサイズされる.近景画像は,ユーザが指定した時系列 位置情報に基づいて,大きさと視差を考慮して表示される.表示の際には,あらかじめ近 景画像の背景色を指定しておき,指定された背景色の部分は表示しないことで,クリッピ
ングを行う.また,近景画像は,指定された切り替え時間間隔で画像ファイルを切り替え ていき,すべての画像ファイルを呈示したら0枚目に戻るよう設定されている.左右眼と奇 数偶数ラインの組み合わせは,ユーザが選択することができる.
画像呈示面全体に画像が表示された後,ユーザがマウスの左ボタンをクリックすること で,立体映像コンテンツの呈示と可動型 LCD の位置制御が開始される.
なお,本ソフトウェアの試作当初は,近景画像の交差・同側方向の動きを表現するため,
画像呈示面上で左右にシフトさせていた.しかしながら,テレセントリック光学系を介し てLCDを移動させ,焦点距離を変更することにより輻湊運動が誘発され,その輻湊角の変 化が実際の輻湊角の変化とほぼ一致することが分かった.そこで,本ソフトウェアでは,近 景画像を交差・同側方向に動かす処理は,テレセントリック光学系による変化に任せるこ ととした.ただし,この場合,画面全体が交差・同側方向に動くことになる.そのため,近 景画像の表示サイズは,想定される再生位置に応じた大きさとなるよう拡大縮小し,交差・
同側方向にはシフトせず,遠景画像をテレセントリック光学系で発生する輻湊角の変化を キャンセルする方向にシフトさせることとした.
本ソフトウェアのメインダイアログを,図 6.4 に示した.
立体映像呈示・制御用ソフトウェア
追加 編集
mm
削除使用者
画像選択 コンテンツ名 画像編集
画像の プロパティ ファイル
選択された 遠景画像
開始 情報を表示する 終了 左:S 0.0Dp C 0.0Dp, 右:S 0.0Dp C 0.0Dp, 平均:0.0Dp
図6.4 ソフトウェアのメインダイアログ
(3)ハードウェア設定
メインダイアログのファイルメニューの「ハードウェア設定」を選択すると開く.各値 は表6.3に示した範囲を取ることができ,括弧内はデフォルト値を示している.またハード ウェア設定がなされていないときは,最初にデフォルト値を表示する.
図6.5 ハードウェア設定ダイアログ ハードウェア設定
インチ センチ
奇数ライン 右眼のライン
偶数ライン
OK キャンセル (0行からカウント)
データディレクトリ
参照 LCDと眼との距離 20〜150cm(50)
LCDのサイズ 8〜21インチ(15)
右眼のライン 奇数ライン/偶数ライン(奇数ライン)
表6.3 ハードウェア設定における各値
(4)画像のプロパティ
メインダイアログの「画像のプロパティボタン」をクリックすると開く.このダイアロ グから設定できる値と動作は,以下の通りであり,括弧内はデフォルト値を示している.
なお,「Dpでリニア」とは,近景画像が指定された2点間を移動するときに,M(メート ル)の次元でリニアに動くか,D(ディオプタ)の次元でリニアに動くかを選択できる.
ステージのリミットとは,光学系を動かすモータが,ある屈折値以降には作動しないよ うにする値である.この値は,輻湊方向の動きには影響を与えない.
OK ボタンをクリックすると,設定された情報をファイルに記録して,ダイアログを閉じ る.
図6.6 画像のプロパティダイアログ
画像のプロパティ
遠景画像 コンテンツ名
近景画像切り替え間隔 秒 近景画像透過色 R:0x
G:0x B:0x
近景画像シーケンス
分 秒 D 分 秒
D
追加 削除
遠景画像距離 m
OK キャンセル
画像サイズを変更し
ない 表示角度 °
ステージのリミット D
Dpでリニア 選択
近景画像
(5)ユーザ設定
メインダイアログの「追加」あるいは「編集」ボタンをクリックすると表示される.
設定値コンボボックスでは,設定値の計算方法が「平均」「左」「右」「マニュアル」から 選択可能とする.「右」あるいは「左」の場合ではそれぞれの眼の「S + C/2」が,「平均」で は左右の「S+ C/2」の平均が適用され,コンボボックス右のエディットボックスに表示され る.また,「マニュアル」を選択すると,手動でエディットボックスを編集できる.なお,
「S + C/2」において,「S 」は眼球の球面レンズ度(Spherical lens)を表し,「C」は眼球の 円柱レンズ度(Cylindrical lens)を表す.さらに,球面レンズは,どの経線も屈折力が同じ レンズであり,近視あるいは遠視を矯正する際に用いられる.円柱レンズは,直交する2経 線により屈折力が異なるレンズであり,乱視を矯正する際に用いられる.
OKボタンを押すとダイアログを閉じ,先のメインダイアログに情報を反映させる.同時 に,編集された被験者情報を,ファイルに保存する.
ユーザ設定
ユーザ名
目の間隔 mm
OK キャンセル
屈折値
左 S
右 S Dp Dp Dp Dp C
C
設定値 Dp
図6.7 ユーザ設定ダイアログ
6.2.4 本システムにおける立体映像の呈示原理
本システムでは,テレセントリック光学系を利用して,左右画像の視差量と焦点距離を 制御し,立体映像を呈示することに特徴がある.本システムでは,4枚で構成される1つ の大きなレンズ系を左右眼で観察するため,レンズの中心から瞳孔間隔の半分だけ離れた 位置から,それぞれの眼で観察する.それにより,レンズ系の屈折力がLCD の位置により 変化するため,奥行き方向に動く近景画像に対応して,輻湊開散運動が誘起される.さら に,画像呈示面全体での適正な視差を維持するために,遠景画像を左右方向にシフトする ことで,視差量の変化をキャンセルしている.本システムにおける立体映像の呈示と制御 の原理を,図6.8に示した.なお,近景画像を観察中の輻湊角は,光路計算の結果,実物体 を観察した際の輻湊角と近似していることから,本システムでは,調節距離と輻湊の変化 を伴う,自然視に近似した視覚状態の形成が可能となっている.
基準位置より遠方
基準位置より近方 基準位置
左眼用遠景画像が 交差方向へシフト
左眼用遠景画像が 同側方向へシフト 右眼用遠景画像が
交差方向へシフト
遠景画像は シフトしない
右眼用遠景画像が 同側方向へシフト
テレセントリック 光学系
近景画像の移動に 伴う輻湊運動 視野角が維持された
状態でのLCDの移動
6.2.5 試作した立体映像呈示システム
図 6.9 に試作したシステムの全体を,図 6.10 にシステムの各部を,それぞれ示した.
図6.10 試作したシステムの各部 図6.9 試作したシステムの全体
近景画像 遠景画像
コントローラ ディスプレイ本体 呈示・制御ソフトウェア
の実装されたPC
前面接眼部
偏光フィルタ テレセントリック光学系 LCD
ディスプレイ内部前面 ディスプレイ内部側面
6.3 試作した立体映像呈示システムの評価
6.3.1 EOG 法による客観評価
(1)目的
本システムでは,LCDの位置による,レンズ光学系の屈折力の差を利用して,奥行き方 向に動く視標への眼球運動を誘発していている.つまり,本システムのソフトウェアによ り生成される近景画像は,画像呈示面上でのシフトなしで表示されることになる.これは,
従来の立体映像表示では,画面より手前あるいは奥に立体像を再現する場合には,それに 対応して画像呈示面上での視差量を変化させるという手法と,大きく異なっている.そこ で,本システムの妥当性及び有効性を,人間の視覚特性から検討することを目的とし,立 体映像観察時の輻湊開散運動を EOG(Electro-oculogram)法により測定した.EOG 法とは 眼球運動の測定法の一つであり,眼球の角膜側が正,網膜側が負の静止電位を有している ことを利用し,眼球の移動に伴う電位差を記録する方法である.本実験においては,両眼 それぞれの左右位置に電極を装着することで,両眼の水平方向の眼球運動を独立に測定し た.
(2)方法
実験条件として,表6.4に示した3 条件を設定した.条件 1は,本システムを用いて光学 補正を行う条件であった.条件2は,本システムを用いるが,内部ディスプレイの位置を固 定することで,光学補正を行わない条件であった.なお,画像呈示面は理論上,眼前50cm 先に15インチの大きさで常に呈示されるように設定した.そして条件3は,マイクロポー ルを用いた偏光方式による,従来型の立体映像観察であった.なお,このディスプレイの 大きさは 15 インチであり,観察距離は 50cm となるように設定した.
表6.4 実験条件
条件1 本システムを用いて,光学補正を行う 条件2
条件3
本システムを用いるが,光学補正は行わない 偏光方式による従来の立体映像装置で観察する
コンテンツは,遠景画像として自然の風景を,近景画像として蝶を,それぞれ選択した.
近景画像は,初め観察者の眼前50cmの位置に再生され,その後,眼前 40cmから200cmま での間で,奥行き方向に前後運動を 3 分間繰り返す.視標の再生位置の時系列的変化を図 6.11に示した.なお,条件2及び3においては,従来型と同様の方式である視差量分のシフ トにより,近景画像の位置を制御することで立体感を調整した.
図6.11 近景画像の再生位置
誘発電位検査装置 被験者 ディスプレイ本体 電極
図6.12 実験風景 観
察 者 か ら の 距 離 (cm)
200
100 50 40
50 100 150 180 0
視標の動き
時間(秒)
被験者は,正常な両眼立体視機能を有する正視眼の男性2例(20才台前半)を選択し,個 別に実験を行った.また,被験者には,あらかじめ近景画像を注視するように教示を与え た.なお EOGは,誘発電位検査装置(MEB-9104,日本光電)を用いて,High-Cut:200Hz,
Low-Cut:0.01Hz により測定した(図 6.12).
(3)結果と考察
結果から,いずれの条件においても,視標の動きに合わせて輻湊開散運動していること が認められた.図6.13 に,条件1で立体映像を観察した際の EOGを示した.なお,図 6.13 において,左眼と右眼の電位が上下方向に対し近づいている時は,眼球が輻湊(内寄せ)し ていることを示し,上下方向に対し遠ざかっている時は,眼球が開散していることを示し ている.これより,光学系を利用した本システムの立体映像呈示においても,視標の移動 に対応した輻湊運動が誘発されていることが確認された.
図6.13 条件1における立体映像観察中の眼球運動の一例
6.3.2 半構造的インタビュー法による主観評価
(1)目的
本システムでは,立体映像観察における視覚系の不整合を解消した,自然視に近い視覚 状態の形成を意図している.そこで,本システムを用いた立体映像観察時の印象や見やす さを調査することを目的とし,光学補正を行わない条件,および従来型の立体映像呈示条 件との比較検討を行った.
(2)方法
客観評価での実験条件を用いて,立体映像の観察に関する主観評価を行った.具体的に
時間 電
位 変 化
上:左眼 下:右眼
100 μV 10 sec.
由に回答させるインタビュー法である.なお,被験者 6 例(20 才台前半)に対し,個別に 調査を行った.
(3)結果と考察
いずれの条件においても,近景画像である蝶が奥行き方向に前後運動していること,立 体像として問題なく融像できること,そして,眼精疲労などの訴えはないことが確認され た.その他,3条件で共通した内省としては,コンテンツを増やしたり作り込んだりすると さらに良いという意見があった.また,従来の立体映像呈示方式であった条件2と条件3と 比較して,本システムによる呈示方式であった条件1では,見やすさや眼の状態において,
自然に観察することができるという回答があった.表6.5に,本システムで観察した条件1 におけるインタビューの回答を示した.
結果から,本システムを用いることで,ユーザにとって自然な立体映像の呈示が可能と なったことが分かった.従来の立体映像では,画像呈示面からの飛び出し感や奥行き感を,
ユーザに顕著に意識させていたが,本システムを用いた観察では,これら立体映像による 特徴的な感覚が軽減された.この感覚は,これまでは立体映像のもたらす立体感や臨場感 を示唆するものと捉えられることが多かったが,現実の視界において,われわれはそのよ うな感覚,例えば「何かが飛び出している」あるいは「奥まっている」,を抱くことは,ま ずない.つまり,従来の立体映像による特徴的な感覚は,焦点調節を伴わない,輻湊運動 と両眼視差による立体視のもたらす特徴的な違和感としても捉えることができる.この観 点からいえば,本システムにおいて特徴的な感覚が軽減されたことは,焦点調節を伴うこ とで違和感のない立体映像の呈示が実現されたことを示唆している.
表6.5 本システムを用いた立体映像観察におけるインタビュー結果
立体視に関して
・楽に立体視ができる.
・視標が遠くにある時が,見やすい.
・視標が近い時は,立体感があまりない感じがした.
眼の状態に関して
・眼がすっきりした感じがする.
・視標が近い時は,近くを見ているような感じがした.
・いつもと同じような(眼の)状態だ.
観察による印象に関して
・遠くの風景を見ているような感じがした.
・コンテンツの改良により,さらに自然な映像にするとよい.
・蝶(視標)が遠くに行った時は,山(背景)が見え,清々しい.
6.4 まとめ
本研究により,テレセントリック光学系と機構部が可動する立体ディスプレイから構成 されるハードウェアと,その制御と映像呈示を行うソフトウェアをそれぞれ試作した.
試作したシステムでは,呈示された立体像の再生位置に同期して,画像呈示面を移動さ せることで,視野角の変化なしに視覚系の不整合の解決を試みた.また,試作したシステ ムの特徴としては,人間工学の視点から,視覚系の調節距離やレンズの屈折力を表すディ オプタ単位で,立体像の呈示にかかるソフトウェアとハードウェアの制御を行っている点 があげられる.
さらに,試作したシステムによる光学補正の効果を確認するための評価実験を行うこと で,本システムの有効性に関して検討を行った.具体的には,EOG法を用いて光学補正の 有無による輻湊・解散時間の測定・比較を行うと同時に,半構造的なインタビュー法を用 いて主観評価を行った.評価の結果から,視標の移動に対応した輻湊開散運動が誘発され ていること,及び,従来の立体映像と比較して,自然な観察が可能であることが分かった.