新たな 21 世紀の企業経営システムの 構築 に関する研究
小島大穂 榊原貞雄
1
研究成果 と研究状況これまで、本共同研究 プロジェク トは、過去三カ年
( 2 0 0 8
年4
月か ら2 01
1年3
月まで)にわたって継続的に研究 を続 け、新たな企業経営システムの構築 を 目指 した多 くの研究成果をあげた。 ここでは、その研究成果 を報告 しよう。さて、株式会社の導入には、約
1 0 0
年の議論 を要 した。株式会社 の定着にも、約
1 0 0
年の歳月をかけた。そして、株式会社の崩壊 も、約1 0 0
年の月 日が必要 に なるであろう。2 1
世紀の終わ りに、 これを読んでいる人がいた ら教えて欲 しい。その時代 には、新 しい会社の創造が始 まっているか どうかを。株式会社 は、実 に歪で誠 にかなわぬ制度である。 どこか らどうみても、中途半端で美 しくない。
考えれば考 えるほど、不思議な制度なのである。
ただ恐 ろしいことに、物の見方を変 えると、株式会社 は、完壁な制度 ともい える。それは、株式会社制度を旨 く利用 し、資本主義経済のなかで最大の利益 を得 ようとす る者 として、資本市場の発達 と経済の成長 とい う大 目標 を達成す るためのフィール ドで、都合良 く動 き回 る、
1
人のプレーヤ としての立場 とし て見 るな らばである。だが、物 には本質が必ずある。企業が存立す る理由もまた然 りである。人が 混 じり合 う社会であるのだか ら、最終的に、社会の合意が無 くては企業の存立 もな しえないのである。ただ、 このような消極的企業存立論 もな りたち うるが、
本研究では社会が身を乗 り出 して企業の存在 を求めた とい う積極的企業存立論 をとる。社会の主役である市民は、最大幸福を求め日々行動 しているのである。
169
この社会 と市民の融合 した感情が、株式会社 をはじめ とす る会社 を生 み出 した のである。会社が経済活動の一翼 を担 う存在 とな ることを見届 ける と、 それ以 上 に強力 な制度の導入 を認 めてい くことにな る。 それが株式会社で ある。
株式会社 は、株式会社 を取 り巻 くあるいは支 える、多 くの制度か ら成 り立 っ ている。会社制度 は、市民社会か らの要請 によ り創設 された もので ある。 これ が意外 と理解 されていない。会社制度 の本質 を理解す るためにも、会社制度が 創設 された歴史的経緯 と論理的展開は、是非 とも共通の理解 として、肝 に据 え たい ものである。つ ま り、市民社会 の要請 によって、国家作用機 関が、会社制 度 を作成 したのであ り、 その背景 には、人 の基本 的権利 に密接 に関連 した結び つ きがある。
経済の発展 は会社 の発展 とイ コールの関係で結びつ けられ る。つ ま り、経済 の発展がなけれ ば会社 の発展 もな く、逆 も然 りで ある。経済 の発展 は、実 は、
幸福追求 としての最 も中心的人権 としての役割 を持つのである。
図1 市民社会と国家、そ して会社制度の誕生
国家作用 会社制度作用
(出典)筆者作成。
会社 は、
3
段階によ り存立 してい る。 まず、市民社会 は、経済 の発展 と人の 幸福 の最大化 を政府 に対 して要求す る。 この営利性の要求 を受 けて、政府 は企 170業制度を充実 させ る。そして、市民権 としての一部を与えられた法人を形作 り、
それにより企業が形成 され、企業 に対 して 自由が付与 され る (もちろん人 より も限定 された自由)。 この企業経営活動が、今 日の経済 をみるとわか るように、
経済 を高度化 させ、市民社会に対 して利益分配を行 うとい う循環が続いている。
図
2
企業存立と経営 目的企業不祥事防止・社会利益 経済高度化・利益分配
(出典)筆者作成。
これを端的に表現す ると、市民社会 は、政府 に対 して最大幸福 としての財産 的分配基盤 を求める。その主体に対 して、営利性要求を行 うのである。そして、
政府 は、市民社会の要剰 こ応 じ、立法活動な どを通 じて会社制度 を創設する。
そこでは、市民社会か ら委任 された自由を、 さらに委任す るとい う関係 を有す ることになる。そのため、市民社会が持つ 自由を、企業が間接的に行使する主 体 となるのである。その上で、企業 は、会社制度を規定 した法令 に則 って、 自
由な経営活動をするのである。そして、最終的に、 このような
3
者の営みを通 じて、経済高度化 と利益配分が行われ るのである。さて、 これを端的に表現すると、市民社会 は、政府 に対 して、最小不幸 とし ての安全生活基盤を求める。そして、政府 は、市民社会の要求に応 じ、立法活 動な どを通 じて会社制度 を改正す る。そこでは、市民社会か ら委任 された自由
171
を、制限す るという関係 を有す ることになる。そのため、市民社会が持つ 自由 を企業が間接的に行使す る主体 としての立場 を失ってい くことになる。その上 で、企業 は、会社制度 を規定 した法定に則って、限定的な経営活動をするので ある。そして、最終的にこのような一連の副次的作用 としての
3
者の営みを通 じて、企業不祥事防止 と社会利益が行われ るのである。これ らそれぞれに対 して、市民社会 は社会政策、政府は企業制度政策、企業 は経営政策 として、企業 に対 して コミッ トを行い、それぞれの要求を企業経営 に反映させてい くのである。ただ、忘れてはいけないことは、図序 1および図 序
2
ともに、企業の源泉 は、市民社会 に存在するということである。それ も、市民社会の欲求 としての欲望に全てが行 き着 くと理解することが、会社制度を 理解する上での、大前提 なのである。
2
本研究の内容本研究は、株式会社制度を批判的に考察す ることにより、負の態様 をあぶ り 出 し、正の存在へ と導 くことを、大 きな目的 としている。そのために、 まず、
株式会社制度の根本的制度欠陥だけではな く、歴史的背景 をもとにして、制度 が変遷 したなかで生 じた株式会社制度の思想 と存在の乗離を白日の下 にさらす 必要がある。 ここでは、株式会社の限界をはじめに認めることか ら論 じること が重要なのである。そこで、本研究の第
1
つ 目の課題では、株式会社制度の限 界 と、それを超 えようとする進化過程 について詳細 に論 じる必要があった。株式会社制度の目的は、市場経済社会の中心的なプレーヤ とい う役割を有 し ているのであるか ら、 どうしても営利性を追求することが、最大の目的 となる。
営利性の追求のためには、専門的な知識 と俊敏な行動力、な どの リーダーシッ プを備えた人、つま り経営者が必要 となる。 この経営者が、市場経済社会のな かで、最低限のルールを守 りつつ健全な経営を行 っているかを確かめ、あるい は認めるために株式会社監査体制が、あらゆる方面か ら設計 されている。だが、
実際は、社会科学のなかで も異質な学問 となっている監査論 に支えられた、 ご 都合監査制度が浸透 して しまっているし、公認会計士制度な どは市場の要請 に 応 えるために設計 された制度にもかかわ らず、市場の意向を全 く無視 し、報酬
172
を貰える経営者だけを見ている。そこで、本研究の
2
つ 日では、監査論 と公認 会計士制度 について論 じなければな らないのである。株式会社制度設計のなかで登場することはほ とん どないのであるが、客観的 に株式会社 を観察す ることのできる者 として、経営学者がいる。諸外国では、
経営学者が社外取締役 とな り経営参加 している例があるのはよく知 られている。
このように経営学が実際の経営に役 に立っている場合だ らけだ と、力強いかぎ りなのであるが、 日本では、 このような事例がほ とん どみ られない。それ どこ ろか、経営学者が経営者 を育て るのだ とい う、甚だ馬鹿 げている論が平然 と語 られている。閉口を通 り越 して、危機感す ら感 じるのである。そこで、本研究 の
3
つ 目では、経営学者の役割について論 じなければな らない。経営が この上な くうま くいっていても、いったん企業不祥事な どが起 こると、
会社の信頼 は、地 に落ちて しまう。そして、会社の利害関係者だ という不透明 な立場か ら、正義 とい う名で、経営者の責任 を問い始 めるのである。その主体 はメディアであ り、被害者ではない。そこで、キーワー ドとなるのが説明責任 である。本来 は、高度な自由を持っているはずの経営者が、経営活動の手足 を 縛 られてい る悪魔の言葉で もある。ルールに則 った経営を行 っている者が、そ れ以上の責任 を負 う必要は無いのである。そこで、本研究の第
4
つ 目では、経 営の自由を脅かす説明責任を否定 し、経営者の責任 は結果責任のみ とす ると論じなければな らないのである。
さて、 ここまで論 じて くると、株式会社以前の問題 として、経営 というのは、
如何なる源泉 に基づいて正当化 されているのか という疑問が立ちはだか るはず である。その ことを考 えることのな しに、経営学が論 じられ、株式会社が制度 化 されてきたか ら、実 に歪で魂のない制度 になって しまったのだ と、気づかせ て くれ る。一方、創造的な経済を目指すのであれば、進化す る経営学 を目指 さ な くてはな らない。つ まり、新 しい会社制度の創設を視野 に入れ るべ きなので ある。そこで、本研究の
5
つ 目では、経営学あるいは経営に関す る制度の権源 の由来をはっき りさせ、経営学の普遍性をも明 らかに しなければな らないので ある。173
図3 本研究の詳細
(出典)筆者 作成。
3
本研究の結論 と課題1.株式会社の限界
2.株式会社 を根本的に改善 し、新会社制度の必要性
1.監査論の特殊性 とご都合主義
2.公認会計士制度の市場意志 とのギャップ
1.経営学者の無能力 と市場か らの阻害 2.企業内部への未進出 と経営者か らの疎外感
1.経営者 に対す る自由の制限 2.説明責任 とい う悪夢
1.会社制度 に関す る直接的責任 の必要性 2.新会社制度創設 と制度設計
株式会社 は、究極的には、市民社会か らの授権 によって、存立する基盤 を得 ている。そのため、本来的に市民社会 と矛盾行動 を起 こす ことは、あ り得ない のであるし、 もし矛盾行動を起 こした ときは、存立す る基盤 を失 うはずである。
間接的な代表制度によって会社制度が創設され、間接的な専門経営者制度によっ て会社が運用 され ると、当然のことなが ら、授権元の意思に反する行動 を授権 先が行 う可能性が出て くる。 これ らを可 とす る考 え方 もあるが、そのような立 場 に立った としても、解決できない最大の難問がある。 これが、本書 による、
潜在的会社制度の嘘を形成す る核 なのである。 その難問 とは、 「授権元が授権 先 を辞めさせ ることができないのは何故か」である。
資本主義は嘘か ら成 り立っている制度である。そして、 この資本主義の中心 的役割を有する株式会社 も嘘か ら成 り立っている。 この嘘か ら発生す る問題が、
企業不祥事の多発や企業競争力の低下な どとい う問題 を発生 させ、拡大 してい
174
るので あ る。 これ を解決す るためには、本来授権元で あ る市民社会 が、授権先 である経営者 に対 して、チ ェック機能やモニ タ リング機能 を有す る必要があ る。
そ して、究極 的 には、市民社会が、経営者 を辞 め させ る権能 を有 してい るはず なのである。制度 を議論す るうえで、嘘 を認 め るところか ら始 めて はな らない。
そ こで、 この ような資本市場制度 の
5
つの嘘 を明 らか にす るので あ る0資本市場 を支 え る5つの嘘 は、制度 の嘘 と人 の嘘の2側面 に分 け られ る。た とえば、 まず、制度 の嘘 は、株式会社制度で あ ることは もちろんの こ と、監査 論 と公認会計士 にお よぶ。 また、人 の嘘 は、公認会計士 も含 まれ るが、経営学 者 と経営者 に もお よぶ。 この
5
つの嘘 によって、資本主義制度が支 え られ、逆 作用 としての経済発展 と人 の幸福追求がな されて きたので あ る。さて、 この よ うな
5
つの嘘で あって も、見か けだ けは、制度 として存在 す る ので あ るか ら、体系 を持 ってい るので ある。 その体系 を詳細 に検討 す る と、株 式会社 に変 わ る新 しい会社制度 の基本 的思想 と論理的根拠 を見 出す こ とがで きるのであ る。
図 4 株式会社制度を運用する概要
制度の受益と受難
(出典)筆者作成。
制度担保と制度改正
市民社会 は、制度担保 としての根拠 をあたえ、制度 を改正する権限を有する。
その
2
側面が株式会社 を存立 させているのである。 しか し、 この株式会社 とい う存在 は、市民社会 と株式会社の間で、直接的な権利義務関係 に有 るのではな く、間接的な存在 にすぎないのである。そのために、株式会社制度 を健全 に機 能 させ るため、い くつかの制度 を作 っている。その主な物 は、監査体制 と経営 者 に、 くわえて経営者 自身の3
者である。ただ、 これは理想的あるいは近未来 的な姿をも加 えてお り、現代では正確ではない。株式会社 は、市民社会 に対 して制度の受益 と受難 をほぼ同時にもた らす こと になる。 よ り正確 にいえば、市民社会が株式会社 の存立 を認 める過程 をへて、
制度不備や制度疲労を改善す る過程 を繰 り返 しなが ら、市民社会 と株式会社 は コンタク トしているのである。 このような流れを理解 した上で、本研究では、
株式会社の嘘を暴 き、資本主義が如何 に幻想 によって成 り立っているかを白日 の下 に晒 し、新たな会社制度の創設 を提示す るのである。
本研究 は
、2 2
世紀の初頭に評価 され る研究 とす るために、滞身の力 をもって 実施 した ものである。本研究の最大の成果物 は、小島大穂 『株式会社 の崩壊』創成社,
2 01 0
年であるが、他 にも学術論文、学会報告な ど、多 くの研究成果 を 残せた ことを記 してお く。176