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平城宮跡第 280 次莞掘調査 現地説明会資料

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平城宮跡第 280 次莞掘調査 現地説明会資料

東 院 庭 園 の 特 徴

東院庭園の範囲は東が東面大垣、南が南面大垣、北と西が板塀で区切られ、その中に 東西約60m、南北約60mの池があり、池の周囲には建物が配置されていた。建物の建て替 えなどの状況から遺構の変遷をいくつかの時期で捉えることができる。奈良時代後半に 至って池の大改修が行われており、その前後で庭園の様相が異なる。ここでは、改修前 の池を下層園池、改修後の池を上層園池と呼ぶ。

下層園池(奈良時代前半)

庭園の区画は東西約70m、南北約110mの範囲。池北半部を調査した第99次調査(1976年) では上層園池の底に敷かれていた礫敷を取り除いて、ほぼ全面的に下層園池を検出して いる。また、園池南半部でも部分的に下層園池を検出している。その結果、まず、逆

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字型に池の基本形を決めて地山を急勾配で掘り下げ、その後で積み土により岬を造り出 すなどして、やや複雑な汀線を造成していることなどがわかった。池底には径30cmから 40cm程度の玉石を岸に沿って 2 mから 6mの幅に敷きつめ、池の中央部には細かい砂利を 敷きつめる。護岸の方法としては、急な斜面の場合は人頭大の玉石を積み上げ、緩やか な斜面の場合は拳大の石を貼り付けている。池の深さは約50cm程度で、池の北東隅から 給水され、南西隅から排水されていた。排水路は当初の直線状のものから蛇行する溝に 付け替えられているが、これを曲水宴に利用した流盃渠と考えている。

1997年12月6日

奈良国立文化財研究所 平城宮跡発掘調査部

は じ め に

平城宮跡第280次調査は平城宮東院地区の東南隅に位置する東院庭園の一画を中心とし た発掘調査である。東院とは平城宮の東の張り出しの南半部で、称徳女帝などが儀式や 宴会を盛んに催したところと考えられ、奈良時代後半の宝亀年間には「楊梅宮」がつくら れた。その東南隅に大きな池を伴う庭園があり、さらにその庭園の東南隅には建物のあ ることが1967年の第44次調査で知られていた。これを「隅楼」と呼んでいるが、この隅楼 跡の未発掘部分の発掘が可能になり、 30年ぶりに隅楼の全容が解明されることになっ た。

調査面積は約500m'で、 10月下旬より調査を開始し、現在も継続中である。

この下層園池に伴う建物としては、西岸北寄りに桁行

5

間、梁間

2

間の東西棟建物、

南岸では池に張り出す桁行

6

間、梁間

2

間の東西棟建物などがある。

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東 院

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奈良時代後半の平城宮

奈良時代前半の遺構

(2)

上層園池(奈良時代後半)

庭 園 の 区 画 は 東 西 約70m、 南 北 約100mの 範 囲 。 上 層 園 池 で は 下 層 の 池 の 形 を 基 本 的 に 踏 襲 し な が ら も 、 池 の 北 東 隅 を 東 に 広 げ 、 さ ら に そ の 北 に は 西 か ら の 導 水 路 と 東 面 大 垣 西 雨 落 ち 溝 か ら の 給 水 を 受 け る 水 溜 め が 新 た に 設 け ら れ る 。 排 水 路 は 園 池 の 東 南 隅 に 設 け ら れ 、 木 樋 暗 渠 で 南 面 大 垣 下 を 抜 け る 。 池 の 護 岸 は 4度から10度 ほ ど の 勾 配 を も つ 洲 浜 に 改 め 、 径10cm程 の 礫 を 敷 く 。 下 層 園 池 よ り 一 層 複 雑 な 汀 線 を 形 成 し て お り 、 中 島 や 岬 の 要 所 に は 大 ぶ り な 石 を 据 え 景 色 を 整 え て い る 。 池 の 北 岸 に は 東 西!Om、南北 5mの築 山(つきやま)が設けられ、 lmから1.5mの 大 き な 石 を 用 い た 石 組 み が 配 さ れ る 。 池 は 深 い ところでも30cm程 度 の 浅 い も の 。 庭 園 の 植 栽 に つ い て は 、 池 の 堆 積 土 中 の 植 物 遺 体 の 調 査 な ど か ら ア カ マ ッ 、 ヒ ノ キ 、 ツ ッ ジ 、 ヤ ナ ギ 、 ウ メ 、 モ モ 、 ア カ ガ シ 等 の 植 え ら れ て いたことがわかっている。

西 岸 の 中 央 に は 桁 行

5

間 、 梁 間

2

間 の 東 西 棟 建 物 が 建 ち 、 周 囲 に 縁 が 回 る 。 建 物 の 四 隅 の み が 掘 立 柱 で 、 他 は 礎 石 を 伴 う 柱 で あ っ たc 西 側 3間 分 の 柱 の 基 礎 に は 掘 込 み 地 業 がなされていた。なお、この建物の東には池に張り出す桟敷(さじき)が取り付いており、

そ こ か ら 柱 間 が

4

間 の 平 橋 が 東 岸 に 延 び る 。 ま た 、 東 岸 か ら 北 岸 に は

5

間の反橋(そりば し)が架かる。南岸の池に張り出す建物は桁行

5

間、梁間

2

間 に 北 廂 の 付 く 掘 立 柱 東 西 棟 建 物 に 建 て 替 え ら れ る 。 こ の 建 物 で は 、 南 側 柱 筋 お よ ぴ 北 側 柱 筋 の 掘 立 柱 を 立 て る 際 に 溝 状 に 柱 穴 を 掘 る 布 掘 り の 基 礎 地 業 が な さ れ て い た 。 庭 園 の 東 南 隅 に は 今 回 、 検 出 し た 隅楼があった。

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由 出

建 物1 奈 良 時 代 後 半 の 遺 構 で 、 庭 園 の 東 南 隅 に 建 つ 特 異 な 柱 配 置 を も つ 建 物 。 柱 間 は 8 尺(約2Am)を基本としている。 2列 に わ た っ て 深 さ lm程 度 に 布 掘 り し た 後 で 個 々 の 柱 の 据 え 付 け 穴 を 掘 り 込 み 、 最 終 的 な 深 さ を 約L6mと し て い る 。 こ の 建 物 に は 取 り 壊 す 時 に 柱を抜き取ったものと、途中で切断し地中に柱の根(柱根)の残したものがある。今回の調 査 で は 東 北 隅 お よ び 東 南 隅 の 柱 穴 で 径32cmの柱根を新たに検出した。 30年 前 の 調 査 で 検 出 し た 建 物 の 2ケ 所 の 柱 根 と 同 様 に 正 八 角 形 の 柱 で あ り 、 柱 の 安 定 を 良 く す る た め の 貫 材(ぬきざい)を伴う。

基 底 部 で10尺(約 3m)の幅をもつ築地塀。

南 面 大 垣 溝 1 溝2

東 面 大 垣

南 面 大 垣 の 南 雨 落 ち 溝 。 一 部 に 側 板 が 残 る 。 従 来 の 調 査 で 新 旧

2

時 期 あ る こ と が わかっており、この溝は新しい時期のもの。

基 底 部 で

9

尺(約2.7m)の幅をもつ築地塀。

溝 3 溝4

検 出 し た 主 な 遣 構

南面大垣の北雨落ち溝。一部に側石が残る。

東面大垣の東雨落ち溝。側石を抜き取った跡の埋め土の中に瓦片がふくまれる。

東 面 大 垣 の 西 雨 落 ち 溝 。 底 石 、 西 側 石 が 部 分 的 に 残 る 。 つくられている。

4

の 西 側 石 の 西 側 の 平 坦 部 に 広 が る 。 溝

4

と同時期。

石 敷 ・ 礫 敷

こ の 溝 を 埋 め て 建 物

1

塀 1 建 物 1の 西 側 か ら 北 側 へ 続 く 掘 立 柱 の 塀 で 、 建 物 1の 平 面 形 に 相 応 す る よ う な 形 に 折 れ 曲 が り 、 南 面 大 垣 、 東 面 大 垣 に 取 り 付 く 。 南 端 の 柱 据 え 付 け 穴 は 、 南 面 大 垣 の 基 壇 を 一 旦 壊 し て 掘 ら れ て お り 、 柱 を 立 て た 後 に 再 度 、 北 雨 落 ち 溝 が つ く り 直 さ れ て い

る。建物 1と同時期であろう。南北方向の柱間は10尺、東西方向の柱間は

8

尺。 塀

1

と一部重複する東西塀で、塀

1

より新しい。

塀2 塀3 溝5 溝 6

溝8 溝 9

東面大垣西側犬走り(築地塀と雨落ち溝の間のこと)上の柱列。

奈良時代前半の東西溝。

奈良時代前半の南北溝。

溝7 東 面 大 垣 の 西 雨 落 ち 溝 か ら 池 に 向 か う 石 組 み 溝 。 建 物 1を 建 て る 時 に 東 面 大 垣 の 西雨落ち溝を埋めているため、西雨落ち溝の排水を池に流すためのものであろう。

二条条間路の北側溝。

2

時期あり、古い方の溝。

二 条 条 間 路 の 北 側 溝 。 新 し い ほ う の 溝 で 、 幅 約 2m。一部に側石が残る。

10

奈良時代後半の池の排水溝。溝底の数ケ所に枕木が置かれている。木樋暗渠(木製 の 地 中 パ イ プ ) を 据 え 、 上 層 園 池 の 底 か ら 水 を 抜 く と き に 用 い た と 考 え ら れ る 。 溝

9

の二 条条間路北側溝に合流する。

溝11 溝10の 木 樋 暗 渠 を 抜 き 取 り 、 石 組 み の 溝 に 造 り 替 え た も の で 、 溝10と同様に溝

9

に合流する。

溝12 幅約 l mの溝で、池から東南隅に斜行する。

奈良時代後半の遺構

(3)

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溝 8 溝 9

4  まとめ

30年前の調査で存在の知られていた東院庭園東南隅の「隅楼」であるが、今回、全面的 に調査を行った結果、他に例を見ない柱配置をもつ建物であることが明らかになった。

建物は

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間の身舎(もや)に北側および西側に廂をつけた「亭」的な建物、あるいは、

平等院鳳凰堂の巽楼の隅部のような「楼」風の建物などを想定することができる。しか し、建物の構造や意匠については今後さらに遺構を詳しく調査した上で、庭園における この建物の役割なども考慮しつつ、検討を加える必要がある。

東院庭園は、平城宮における宮廷儀礼や儀式、あるいは生活様式のあり様をまのあた りに示す重要な遺構である。庭園そのものも極めて壮麗な景観を表しており、庭園史上 においてもその後の我が国の庭園の祖形となるような様相を示している。また、その庭 園の一画で検出された特殊な形態をもつ建物遺構は、古代の建築の歴史を考える上に重 要な知見をもたらすだけでなく、これまでの園池の発掘調査の成果も合わせ考えると、

奈良時代の庭園文化が大変豊かな内容をもつものであったことを示すと言えよう。

10m 

(4)

今回の復原案 1

宝形造瓦葺屋根の身舎(2X 2問)の北面と西面に木階を覆う 裳階状の檜皮葺屋根をつけた案。「亭」のイメージ。

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今回の復原案 2

平等院鳳凰堂・翼楼の隅部分を切り取ったような「楼J風建物。

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鳥鰍図 鳥鰍図

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