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『令集解』所引『説文』攷

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『令集解』所引『説文』攷

その他のタイトル A Study of the Setsumon quoted in the Ryo‑no‑Shuge

著者 林 紀昭

雑誌名 関西大学東西学術研究所紀要

巻 20

ページ 1‑38

発行年 1987‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/16019

(2)

2) 

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

﹃ 令 集 解

吉川弘文館︶

京都大學令集解研究會﹁﹃令集解﹄に於ける﹃玉篇﹄利用の

賓態﹂︵佛敦大學歴史研究所編﹃森鹿一一一博士頌壽記念論文集﹄

一九七七年同朋舎出版︶分撥執筆

﹁古記﹂の﹃切韻﹄か ﹃令集解漢籍出典試考﹄︵上︶︵一九八

0

の諸論を登表してきた︒その中で︑①訓詰依攘典籍と併記される反

切の出典は必ずしも常該典籍とは一致せず︑

ら﹃玉篇﹄への利用韻書の菱更につれ︑﹁令繹﹂は複雑な封應をす

ること︑②谷口昭氏指摘による五通りの判別根披に基づき﹃玉篇﹄

依捩と認められる典籍の各私記による引用形態は︑﹁古記﹂﹁伴記﹂

の類書的利用に到し︑﹁令繹﹂は類書的利用から次第に訓詰的利用

に移行し︑﹁義解﹂は訓貼的利用に徹すること︑③原典等との封比

と展

開﹄

一九七六年

1) 

﹁﹃令集解﹄所引反切孜﹂︵大阪歴史學會編﹃古代國家の形成

分析

を試

み︑

筆者は︑これまで諸先學の讃尾に付して︑

所引

私家油印本︶ ﹃令集解﹄所引漢籍の

﹃ 説 文 ﹄ 孜

となどを指摘した︒

しか

し︑

まだまだ多くの未解決な問題が残されている︒その一っ

に﹃令集解﹄中に最も多くその典籍名が見出される﹃説文﹄につい

ては︑大部分﹃玉篇﹄からの閲接引用と推定されるものであるが︑

前掲

3

論稿で指摘のある如く︑﹁云︵日︶﹂字を典籍名には附さない

﹃玉篇﹄記載形式の通例とは異なって︑﹁説文云﹂と掲げる事例が

散見される︒それらの存在をもって︑引用形式が異なるとの理由で

それでは﹃説文﹄からの直接引用と看倣しうるかの貼については︑

前稿では決断を保留し︑五通りの判別根披のいずれかに合致すれば

﹃玉篇﹄依披と推定するに留めた︒しかし逆に﹃玉篇﹄逸文として

検出された﹃説文﹄の訓詰と集解の註繹とが合致するとの理由で︑

集解牧載の﹃説文﹄の訓貼も﹃玉篇﹄依披と本嘗に言えるのかとい

うと︑これまで必ずしも確證した論稿も見受けられない︒従って本

稿では﹃令集解﹄全篇における﹃説文﹄の引用例の分析を通じて︑ こよりU ・ ﹃修文殿御覧﹄に依披したと推測される典籍も含まれるこ

(3)

﹃説文﹄利用が原典に直接依披したか︑﹃玉篇﹄や類書等から間接

に依捩したかの問題の解決に努めたい︒なお論を進める閲係上︑前

掲3で言及した内容を再度論述する場合のあることに︑闊係者各位

が御寛容をもって御了承下さるよう︑お願いする次第である︒

以下本稿執筆に際しての凡例を記しておく︒

﹃令集解﹄牧載私記・雷入れの註繹から︑﹃説文﹄と明記ある

渓籍を含む一連の引用語句を摘出し︑その出典を探究する︵但し

一部省略有り︶︒但し反切については今同は燭れない︒

テキストは新訂増補國史大系本﹃令集解﹄︵以下大系本と略稲︶

を使用し︑その頁敷・行敷・並びに略稲で引用私記名を掲げ︑摘

出箇所を示す︒

闘連典籍と到照して判別を行なう際、①②•…••で『玉篇』闘

係資

料を

︑ ab

⁝⁝で原典資料を表示する︒なお原本﹃玉篇﹄

︵﹁原﹂と略稲︶には古逸叢雷本悛刻の﹃玉篇零巻﹄︵大通雷局︶

及び東方文化叢古本を利用し︑﹃玉篇﹄逸文︵﹁逸﹂と記載︶には

馬淵和夫氏﹃玉篇侠文補正﹄︵﹃東京文理大國語國文學會紀要﹄三

披﹁馬﹂と略稲︶を利用し︑多用する﹃策隷萬象名義﹄︵﹁名﹂と

記載︶には高野山大學本を︑宋本﹃玉篇﹄︵﹁宋﹂と記載︶には四

部叢刊本を使用した︒また﹃説文﹄については︑四部叢刊本﹃説

文解字﹄を基本に︑必要に應じて段玉裁﹃説文解字注﹄を参照し

た︒新美寛・鈴木隆一氏﹃本邦残存典籍による輯侠資料集成﹄

正・績︵﹁輯﹂と略稲︶をもって摸籍侠文検出の主要典披とする︒ 3  2  ー

14/9

︵或

又︶

4 c l

旺子・雑篇外物第二六 使也 令

伶 也

・ 斯 徒 牧 園 侍 御 僕 従 慇 蓑 任 雨 癖 令 保 庸 童 役 謂 命

諸先學の成果を参酌させて頂くに際しては︑井上順理氏﹁令集

解引玉篇侠文考﹂︵﹃鳥取大學敦育學部研究報告︵人文社會科學︶﹄

一七︶・西宮一民氏︵﹁令集解と玉篇﹂

﹁令集解所引玉篇考﹂︵﹃東方學報﹄京都四一︶・小島憲之氏﹃國

風賠黒時代の文學﹄中︵上︶︑奥村郁三氏﹁集解所引澳籍校定稿﹂

︵一\四︶︵﹃日本上古史研究﹄三巻九琥・四巻一・八披・五巻︱︱

披︶の文獣引用の場合︑井・西・森・小・奥と略稲させて頂く︒

其於大逹遠突

b説文解字第九上 命︑善︑伶︑告︑使︑

a毛詩注疏倦五齊風・東方未明

c廣雅疏證脊五上繹言

︵後

略︶

徐錮日琥令者集而為之

・巻

一下

繹詰

正切 令

焚 琥 也 炊

AP

日 制 也 力

東 方 未 踊 顛 倒 裳 衣 街 之 顕 之 自 公 令 之

4L

② 宋 令 力 政 切 命 也 焚 披 也

︵ 二 八 ー 四 ウ

① 名 令 力 政 反

︵六

九四

干縣令

説 文 令 稜 披 也 廣 雅 令 伶 也 使 也

荘子

︵前

略︶

野 王 案 謂 告 語 也 毛 詩

自公令人是

飾小説以 『萬葉』七0)•森鹿一一一氏

(4)

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

b説文解字第一四上

史事君也

︷ 自 自 猶 衆 也

古丸切

54 6/

は︵

繹︶

孝 紐 仲 尼 開 居

知人則哲能官人 a尚書注疏巻四虞雷.皐陶誤

安民則恵黎民恢之 ①名

轄記︵中略︶説文史事所居也

職位︑事︑法︑君︑古兒反

︵二

六五

︶ 廣 雅 官 君 也

32 8/ 5

︵書

入︶

尚書

知 人 則 哲 能 官 人 野 王 案

の開接引用の有無はこの資料肌獨では確認しえない︒

巫 之 六 切

杖示凡

J L ロ a説文解字第六下

①名

②宋

祝 之 六 切

祝 之 育 反 断 也

22

7ぐg

︵ 繹 ︶

①名

員物敷也

盆︑約︑物敷︑程︑衆︑

飾小説以子縣令其於大逹亦遠突

「野王案」と玉篇著者顧野王の案語の存在(馬三三上•井九

三.︱‑八・小九七六︶︑①と語義の配列の到應︵森一︱八︶︑さ

らに玉篇特有の﹁是也﹂﹁字在ー部﹂の表記法の存在などから︑

全文玉篇からの引用と認められる︒説文が玉篇﹁令﹂字︵以下同

表現では﹁

0

﹂字を省略する︶に引用されていたことは②に同訓

詰が含まれていたことから裏付けられ︑説文の引用は玉篇からの

開接引用と考えられる︒なお校訂を略す︒

胡拳胡軍反

︵ 七

0

1 =

‑ ︶  

物敷也秋貝口磐︵後略︶

玉篇中に説文の訓貼が含まれていたことは︑①から確質である

が︑玉篇の表記の原則に反する﹁曰﹂字の存在もあり︑玉篇から

官猶職位也

此輿師同意

c廣雅疏證咎一上繹詰

乾官元首主上伯子男卿大夫令長龍嫡帥賂日正君也

﹁野王案﹂と顧野王の案語の存在︑①と語義の配列の到應から︑全文玉篇からの轄載と考えられる(馬六六下•井一0四・西四三・

森二六一・小九八一︶︒ただ説文引用語句を原典と比較すると︑

異同が検出される︒﹁君﹂と﹁居﹂の字形が類似することから︑

集解甚入時の誤記の可能性が高いが︑

された可能性も残り︑他の﹁官﹂字の玉篇逸文の検出の課題が綾

く︵

参奥

①一

六六

︶︒

a説文解字第一上

祭主賛詞者 祝者為祭主賛僻者也

織属︑融︑口︵二

0)

祭詞也︵︱│ニウ︶

①②から説文が玉篇に牧載されていたか不明である︒ただ原典

と異なる字句を慧琳昔義も﹁祭主賛僻曰祝也﹂︵九

4 0 )

と採って

おり︑原典を改髪引用した典籍に共通に依披したと考えられ︑そ

の場合玉篇が該営しよう︒とすると引用句の﹁曰﹂字の存在は︑

令繹が獨自に附加したと思われ︑﹁曰﹂字の有無でもって玉篇の

利用の有無を判断することはできないことが認められる︒

侍昔時至反

42 9: 5

︵ 秤 ︶

説文日 説文日 一方で玉篇牧載の際に改愛

一日八兌省

脱文 易日兌為口為

曾子侍坐

(5)

云侍承也

75

8ご

俎︵

繹︶

孝 鰹 曰 仲 尼 閲 居 曾 子 侍 坐 説 文

櫂揖也 略 ︶

府 文 書 蔵 也

Mr

付盤︵後略︶

﹁府﹂字は原本玉篇が残存しており︑その到比により︑全文玉

篇に依披したことが判明する︒

侍昔時至反 績也御侍也

方言所以懸櫂謂之絹

説文絹績也︵後略︶

a毛詩注疏巻一七大雅・生民之什・行章 ①

原 組 且 入 反

野王案 韓詩︵中 箋云絹 b説文解字第九下緯也 a周證注疏巻二天官大宰

百官

所居

日府

以八渡治官府⁝⁝也

野王案

揖績也

67

/ は︵

伴︶

國語繰明也

, 

又鄭玄日

々 書 蔵 也 廣 雅 府 取

① 原 府

n

︳ 府

b説文解字第八上

炊 人 寺 聾 時 吏 切

①に説文の字義が検出されるので︑孝鰹も玉篇に含まれていた

と推測される︵西五一・小九七六︶が︑それ以上の立證のために

は逸文の稜見が要求されよう︒

以八法治官府

々書蔵也

夫属

反・

:・

・・

周證

府治蔵也⁝⁝説文

也府舎也府官也(‑八四︶ 府昔夫属反也

︵ 官

以八法治宮府 百官所治曰府也 恩音於根反

恩 恵 也 廣 雅

a毛詩注疏谷八晰風

b説文解字第一〇下

愛恵

︑隠

虔蔽潰匿恩遁隠也

︵一

八八

①の訓詰の配列が一致することから︑全文玉篇依操が判明する

︵森

二五

八・

小九

八一

︱‑

︶︒

なお

aとの劉比により︑﹁懃﹂字は﹁勤﹂

字に訂正される︵奥②一五︶︒

繰 者 毛 詩

辮擢也 絹績也

説文方言

爾 雅 紺 光

所以懸擢謂之

毛詩授几有組御博日絹跛賭之容也 図語綱明也︵中略︶爾雅絹光也

︹櫂力︺郭瑛日繋続頭索也

︵三

三五

65 3/ ga

︵ 繹 ︶

説文 周證鄭玄日 炊心因盤

c廣雅疏證巻四下繹詰 恩恵也烏痕切

承也島鳥

g"

恩愛親稚閃病也

子成

玉也

:・

恩期勤斯棗子閃斯

① 名 恩 於 根 反

仲 尼 開 居 曾 子 侍 坐

恩隠也 侍

a古文孝罷・開宗明誼章第

86 1/ sb

︵ 伴 ︶

毛 詩 恩 斯 懃 斯 博 曰 恩 愛 也 説

①名時至反

従︑

承︑

臨︑

︵五

五︶

自に附したことが︑比較により認められる︒ 侍承也

1

7.

77

前掲5参照︑なお原典の後にある﹁日﹂﹁云﹂字は︑令繹が獨

(6)

②名

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

抵 撚 毛 也 凡 毛 宣 盤 諸 延 切

a賣氏國語注・齊語︵輯四四︶ ②

名 纂 子 緩 反 似 組 赤 黒

︵ 六 六 七

① 原 纂 子 緩 反

國語継纂以為奉

説文

似組

而赤

黒也

(‑

︱︱

︱五

之延反 ①逸

12 71

g

︵書

入︶

所以籍玉之継也︵中略︶ 玉篇國語

棲纂以為奉賣逹曰奉籍也 説 文 似 組 而 赤 黒 也

10 69

/油

︵繹

陣筵設席授几有絹御饂譴鱈麟繹暉蒻灌慮

d説文解字第二二上

繰績也

e方言第九 炊糸品盤

所以縣櫂謂之繰繹疇眼

﹁野王案﹂との案語の存在︵馬一四一下︶だけでなく︑

字は原本玉篇が残存しており(井八三・八九•森二五五・小九二

‑︶︑比較すると︑配列は若干異なるが到應しており︑説文も含

めて全文玉篇依捩と認められる︒①dとの封比により︑説文引用

中の﹁績﹂字は﹁績﹂字に訂正される︵奥②一六︶︒

鹿音之延反

野王案艇毛席撚毛為席也︵馬一三四下一部修正︶

撚毛鯰席︵六四七︶

a説文解字第八上

原典では引用句にある﹁為席﹂の二字はない︒しかし引用句を

①②と比較すると︑到應することが認められ︑玉篇に依操したこ

とが認められる︵森二五九・小九二三︶︒従って性格の異なる① 説文云撚毛為席也 七入切

﹁ 網 ﹂

市 利 也 説 文 市 侍 也 是止反多︑侍︑買︑

a説文解字第五下 ①名

c爾雅注疏巻二繹詰下

絹熙烈顕昭皓頻光也

11

70

/l

a

︵ 伴 ︶

直賣之所也

︵四

二︶

基始也命信也宥寛也密寧也組明也熙廣也 b

國語

巻一

二周

語下

②と令繹が同義に解することは︑ともに依捩した玉篇に説文が牧

録された際︑顧野王が改麦した可能性が強いことを示そう︒また

令繹の説文所引の際の﹁云﹂字の存在は︑玉篇の典籍引用の原則

と到比すると︑令繹が附したと認められる︒

買賣所之也市有垣八

n

凡了

︵後

略[

)

aとの到比により︑引用句の﹁説文﹂の位置を﹁買賣﹂の上に

配搬する︵奥③一五四︶と︑①と﹁侍﹂︑﹁買﹂と﹁買賣之所﹂の

配列が封應する貼で︑引用句の玉篇依披が認められる︒慧琳昔義

九 一

9

の﹁周易繋僻云紳農氏日中為市賣逹曰市利也説文云買

賣之所也﹂との引用の配列も傍證となろう︒なおaと引用句では

﹁所之﹂と﹁之所﹂との異同が見受けられる︒

てお

く︒

継也︵中略︶

b説文解字第一三上 一應異同を指摘し

質逹曰奉籍也所以籍玉之

(7)

竹器節飾

︵三

五二

﹁外﹂字の下に﹁者﹂字を補うべきである︵奥③一五七︶︒

1 4

7 5

/ g

a

︵ 繹

︶ 箇 音 所 飢 反 説 文 竹 器 可 除 蠣 去 細 也

① 名 籠 所 飢 反 竹 器

︑ 飾

︹ マ ︑ ︺

② 宋 麓 所 街 所 飯 二 切

a説文解字第五上 同上(‑四ー四オ︶ ①名②

宋 贈 在 部 切

a説文解字第六下

又助

生送

死︵

一一

I

六オ

︵六

三九

︵ 穴 ︶

説文字之訓也

16 86 /は

︵繹

玩好曰贈令

繹 稲 玩 好 者

作劉反︑送︑縮︑

全文玉篇に依披したと認められる︵京二

0 0

)

なお②

aから の原文を残すと推測される②に説文の引用句が認められるので︑ 司凡司之麗皆凡司

臣 司 事 於 外 者 炊 反 后

①によって尚書の引用が玉篇依拇と認められるが︑さらに玉篇 息絃切 b説文解字第九上

算 長 六 寸 計 歴 敷 者 炊 竹 秋 弄

蘇貫切 a尚書注疏巻七夏書・胤征

椒始

擾胤

逗違

也紀

倣擾天紀追棄蕨司謂時日司所主也 オ ︶

竿

同上

② 宋 司 脊 弦 切 司 者 主 也 説 文

①名

②宋

︵三

五六

13

75

/位

︵書

入︶

①名司醤荒反 森二五0•小九五一―-)。従ってbとの説文の引用語句の相違(奥

③一五五︶は︑①②と引用句の一致からも︑玉篇牧載時の顧野王

による改麦と認められる︒

尚 書 司 主 也 主 ︑

臣 司 事 於 外 者 也

︵ ニ ー 七

︵五

一︶

説文臣司事於外也説文長六寸

傍證をまたねばならぬ︒なお段玉裁本は﹁粗﹂字を﹁鰯﹂字とす

より

︑ 玉篇依掠と認められる(馬一四二上•井一―六・西四七 書入冒頭の﹁玉篇﹂との出典の明記︑原本玉篇残巻との到應に

纂 似 組 而 赤 炊 絲 算 盤 作 管 切

可以取粗去細

①の語義と引用句の一郡が合致する︒aと比較すると︑﹁以取﹂

の二字が﹁除﹂一字になっている異同が椀出される︒玉篇牧載時

の改菱をもって玉篇依披の證となしうるか︑a

に校

訂す

べき

か︑

ーニ

オ︶

a説文解字第五上

矢︑

数︑

計算也敷也 ることを指摘しておく︒1 5

8 1 / '

s b

︵繹︶︵笑︶蘇換反 竹 従 弄 言 常 弄 乃 不 誤 也

算 蘇 橡 反 算 蘇 胤 反

以計暦敷者也

亦竹器也(‑四

言常弄乃不誤也

琳音義九

1 1 に﹁爾雅算敷也

弄不誤也﹂と混胤した引用のあるのが①②の原典の義を示すので ①②からは︑王篇に説文が牧載された確證は見出せないが︑慧

nマ ヽ ︺

長六寸計敷者也字従竹従弄

あろうか︒とすれば玉篇依捩の乏しい傍證となる︒

以玩好相送 言常

籠 竹 器 也

机 竹 麗 竪 所 宜 切

 

/', 

(8)

②宋

令集

解﹄

所引

﹃説

文﹄

乎光切

陸 麿 翡 饂

腔 城 池 也 有 水 日 池 無 水 日 陸 炊 自 皇 磐

b説文解字第一二下

a證記注疏巻五曲膿又日龍堅也 歩弾切①原爾雅陸虚也 胡光反周易城復子隙説文城池有水曰池元水曰陸郭瑛日空郎為堅也蒼頷篇城下

① 名 婢 避 狽 反 女 奴

︑ 婢之言卑也

︵ 七 ︱ ︱

‑ ︶

女之

卑者

︵一

ニー

七ウ

⁝⁝

;・

・婢

之言

卑也

⁝⁝

⁝⁝

自世婦以下自稲日婢子

女 之 卑 者 也 炊 女 炊 卑 卑 亦 竪 便 倖 切

②に

bの語義が検出されるので︑玉篇に説文が牧載されていた

と推測される︒引用句と②bでは異同が存する︵奥③一五八︶が︑

慧琳昔義二七

にも﹁説文婢者女之卑稲﹂と引用句と同文が検出1 2

蒼頷篇

1 8 9 5

イ知

︵伴

證記説文女之卑稲也

2 0 1 0

0

3

︵ 伴 ︶

説文

郭瑛日 単獨では判明しえない︒

玩 好 相 送 也 炊 貝 曾 盤 昨 部 切

②により説文が玉篇に牧載されていたと推測されるが︑令繹が

玉篇に依捩したか︑この資料のみでは判明しない︒穴記は自らの

もつ説文の知識に基づいて︑令繹訓詰の原典を記したと考えられ

aの語義が検出される故︑天篇に説文の訓詰が含まれてい①に る ︒

たことは確寅である︒ただ玉篇に依披したかについては︑本資料

梁(

‑=

1 0 )  

陸虚也 又居召切(︱ニー五オ︶

又云

陸堅 されることは︑玉篇牧載の際に字句が菱更され︑伴記が全文をその玉篇の引用に依披したことを示そう︒

︵橋逍︶上奇喬反

「野王案」との顧野王の案語の存在(馬七三上•井八八•森ニ

五︱‑︶により玉篇依披と認められるが︑aと比較すると﹁水﹂字

が引用句に欠ける︵奥③一五八︶︒しかし①②も引用句と同義で

あることから︑説文が玉篇に牧載された際︑﹁水﹂字は除去され

たと解される︒その貼も玉篇依撼の傍證となろう︒

坑也︵二四四︶

a説文解字第一四下

b爾雅注疏怨二繹詰下 城池無水曰陸空郎名堅也

・巻

三繹

堅防院膝徽陸瀬虚也 周日城復子陸

① 名 甫 務 反

a説文解字第六下

賦 敏 也

炊貝武竪方遇切

1 7 9 4

/伽

︵編

者書

入︶

賦 役 令 繹 云 説 文 賦 紋 也

敷︑布班︑敏︑税︑兵量︵六四

0 ) ←嘉

a説文解字第六上

橋水梁也

① 名 橋

② 宋 橋 巨 嬌 切 梁 也

奇騎反

1 9 9 5

S a

︵ 古 ︶

爾雅

城下坑也

炊 木 喬 磐 巨 播

切 橋梁也野王案説文

(9)

b説

文解

字第

0上

① 名 騨 博

︑ 道

︑ 諜

a績漢書志︵司馬彪撰︶︵輯績二二︶ 餘石反

︵五

六六

置騎也

2 2 1 0 1 イ

知︵

繹︶

騨音餘石反

蒼頷篇 績漢書

騨 偲 也 廣 雅

騨繹也 騨

馬︱

︱︱

十里

一置

騨道也 説文

焚 候 表 也 炊 火 逢 槃

玉篇に説文が牧載されていたことは①②により認められるが︑

方言も含まれていたことは慧琳昔義八五

2 3 に﹁方言云焙虞望也

r

漢書昔義云⁝⁝史記云⁝⁝説文云候遠望有驚則奉之﹂と配列の

一致する引用から推測される︒昔義・伴記がbと異なる﹁之﹂字

を共にとることが︑伴記引用全文の玉篇依披の傍證となろう︒

b説文解字第一︱上

獄 議 皐 也 炊 水 猷 興 法 同 意 魚 列 切

c廣雅疏證巻五下繹言

獄疑也

③  ②  宋 名 獄 蹴 獄

魚列切 義者︵四八

0 )

議罪

也︵

九ー

︱︱

ーウ

輿識同(一九—七オ)

水部

︵四

二︶

言栞反魚列牛箭二切

議也

a證記注疏巻二0文王世子

獄成有司獄子公……疇紐:;灌•

邊有警則學火

敷容切

口部

或為這字在定部今亦以為議罪之獄字昔宜栗反在

昌 虞 望 也 炒 翡

b説

文解

字第

0上

① 原 諏 宜 箭 反

盤類不遜也

︵ 繹 ︶

a方言第

罪也 ②宋学逢切煽隧表邊有急則畢︵ニ︱│︱ーウ︶

2 3 1 0

7 / l b

︵ 古 ︶

證記廣

雅 識 疑 也

嶽正獄也 c蒼頷篇阜部︵輯一=三︶

﹁陸﹂字は原本玉篇が残存しており︑伴記が一部引用を省略した説文も含め、全文玉篇依撮と認められる(西四九•森二六一・

小九二六︶︒なお﹁名﹂は﹁為﹂に訂正される︵奥④二[)︒

方言焙隧候表也邊有警則學

︵参

廣雅

巻四

繹詰

︹叢

書集

成︺

環軌⁝⁝逃紆道也︵郵尤置行李閥騨諄也︶

蒼頷篇以降の語義と①の配列が到應することなど︵小九三九︶

から︑説文も含めて全文玉篇依披と推定される︒廣雅の原典と異

なる引用が傍證となろう︒

鄭玄云

昔魚列反

議 罪 也 廣 雅

字書或唱字也即弔失國也

有司獄子

① 名 逢 妨 恭 反 邊 有 警 則 拳

︵ 五 一 九

之也

2 1 l O o /

知︵

伴︶

焔 虞 望 也 説 文

c蒼頷篇馬部︵輯︱二七︶

d廣雅疏證巻七上繹官

昔魚列反

説文

騨 置 騎 也 炊 馬 睾 竪 羊 盆 切

蹴之言議也

疑也

説 文 議

(10)

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

② 宋 知 亮 切 帷 也 張 也 傭 也

︵ 二 八 ー 一 ウ

a爾雅注疏巻四繹訓

幡謂之帳

c字書巾部 炊巾長槃

︵輯

一八

八︶

d廣雅疏證倦七上繹器 b説文解字第七上

帳 張 也

知諒切

疸 酢 菜 也

①名

側魚切

2 4 1 1 2 / g a

︵ 古

︶ 爾 雅 廣 雅 帷 帳 也

︵繹︶説文云 爾 雅 箇 謂 之 帳

G

︑︺

︹マ

U

猪高反帳︑帷︑

︵六

七九

帳張也

字 書 帳 帷 也 廣 雅 帷 帳 也

① 名 疸

② 宋 疸

a説文解字第一上

酢菜

滝菜為疸也

← 参

3 6

字中に説文﹁議罪也﹂が含まれていたことが推測されるので︑恐

らく古記引用句全文・令繹の説文・廣雅の引用は玉篇に依披した

と推定していいであろう︒なおaとの到比により﹁子﹂

公﹂に︑﹁議﹂は﹁白﹂に校訂される︵奥④二二︶︒

幡謂之帳也

説 文 帳 帷 張 也 字 書 帳 帷

2 6 1 2

3 <

B b

︵ 古 ︶

薙 説 文

﹁ 子

d

切韻

王一

︱‑

︵廣

韻入

槃一

七華

該営

晶 噂

⁝ . 嘉 ⁝

原本玉篇残巻中の﹁諏﹂字を引用句と比較すると︑依握したと

は認められず︑西宮は③﹁漱﹂字との到比から﹁獄﹂字では﹁適

営な説明が得られず︑さらに﹃漱﹄を検したもの﹂と推定した

︵五二︶゜②からも積極的な根捩を見出せないが︑①から玉篇﹁獄﹂ 帷慢嫡幕帝帳也

a説文解字第四下

具食也

︵三

三六

具食日膳也

進︑

皮︑

具食

①②の語義に古記・令繹の引用句が封應するので︑全文玉篇に

依披したと認められる︒なおbとの到比により︑古記の説文引用

中の﹁帷﹂は削除すべきである︵奥④二二︶︒

2 5

1 2

3 <

g

︵ 繹

︶ 膳 猶 進 也

︵一

七五

昔時扇反

膳 炊 肉 善 竪 常 行 切

①と引用句語義とが到應するので︑義の玉篇依披が認められる︒

膳ー進の原典は儀證か︒

側於反 側於切

炊鯨氾竪

玉篇﹁疸﹂字に説文が引用されていたことは︑①とaとの到應

により認められる︒しかし古記の﹁説文﹂と記す引用句は原典等

と非常な相違をもつ︒類似した義が②に見えるので︑引用句が玉

篇に牧載されていた可能性が高い︒恐らく古記が説文に含まれて

いると誤解したのではないか︒古記が説文を直接に参酌していな

い一證となろう︒ ①名時扇反 説文

以酢及米滝菜使酢名為薙昔側魚反

同上(‑三ー一ウ︶

(11)

炭 2 8 1 2 7 ィ

な︵

繹︶

① 名 炭

②宋セ旦切 炭

他旦反 説文

燒木︵五一六︶

燒木也︵ニ︱│1

一 ウ ︶

3 0 1 3

ィ2

国︵

伴︶

説文 引用句と原典aとを比較すると︑

考 工 記 攻 金 之 工 冶 氏 執 上

他旦反燒木也 木賓也應郡注漢書云木賞日果草賓日蔵﹂の如き記述であったのが︑雨者の内容が似通っているために︑説文の内容が省略された︑または脱落したと推測される︒

或云 現在﹁草賓日蔵﹂の語句まで説文の引用になっていて︑しない問題︵奥④ニ︱︱‑︶は︑①との酎比から︑本来﹁説文︵果︶ aと合致 め全文玉篇に依披したと認められる(井九五•森二五一一)。

なお

炊 王 周 磐 都 寮 切

顧野王の案語の存在︑他の玉篇逸文との到應により︑説文も含 b張晏注漢書c臣環注漢書

︵輯

績九

︵輯

績︱

︱︱

‑︶

a説文解字第六上

木 賓 也 炊 木 象 果 形

在木日果在帥日蔵 在木之上

炊帥顧

郎果切 ①名

②宋

治玉也 古火切

珊 都 発 反

第一

名 也 或 云

③ 宋 果 古 禍 切 草 木 寅 也 又 果 敢 也

説 文 張 晏 注 漢 書 有 核 日 菓 無 核 日 蔵 木 上 日 菓 地 上 曰 蘊 也

玉篇云果謂桃李之薦蘊謂爪艇之類又有核日果無核日蔵

又木賓日果草賀日蔵又木上日果地上日蘊︵琳二七

5 1

七一

下︑

参琳

︱︱

︱︱

‑ 2 4 )

覚︑遂︑定決︑清︑信︑勝︑能︑

信也(1* ②名

古禍反 木賓日菓︑草賓日菰臣環云

(

1

0 0 )  

a説

文解

字第

0上

炭 燒 木 餘 也 炊 火 岸 省 竪

①②と引用句は一致するので︑玉篇依披と考えられる︒ただa

には﹁燒木﹂の下に﹁餘﹂字が存在する︵奥④二四︶が︑①②も

同一の異同であることから︑玉篇に説文が牧載される際に節略さ

れた可能性が強いであろう︒

2 9 1 3

1 / l a

︵ 伴 ︶

多仏切 昔都発反石似玉者也誰︑彫︵二七︶

治玉也一日石似玉 又石似玉

( ‑ l

ウ︶

a爾雅注疏巻五繹器

左佃

日山

有木

工則

之五

者皆

治撲

之名

玉謂之彫

参説文解字第一上

﹁治玉﹂と﹁治撲﹂との差違

が検

出さ

れる

aに従うべきであるが︑混風の事由を考えると︑

参考にあげた説文の義が爾雅の引用の中に組み入れられているこ

とに氣付く︒それを校訂した﹁郭瑛日治撲之名也

石似玉者也﹂云々の文の②との到應︑

の表記︵小九三

0 )

から︑引用句全てが玉篇に依披したと推定で

きよ

う︒

冶舘錬金也

爾雅

或為誰字 馬 ①逸

m

l a

︵ 伴 ︶

野王案

玉謂之珊 他案切

10  

﹁或

為難

字﹂

説文治玉

郭 瑛 日 治 玉 之

(12)

﹃令集解﹄所引﹃説文﹄孜 井上は①から説文も玉篇逸文と推定した

( 1

0

九︶が︑③に説

飯食之用器也 ③宋a説文解字第五上

皿 明丙切閤炊門合磐古沓切

3 1 1 3 6 / s a

︵ 繹 ︶

① 逸 皿

②名

器捲名為皿

器穂名也︵馬八八上︶

器︑

得︑

明丙反 c

周易

撃辟

義疏

︵劉

嗽撰

︶撃

辟上

傭︵

輯一

︱‑

①②と引用句の義が到應すること︑

九六︱︱‑︶やその原典の節略のあり方から︑全文玉篇依披と考えら

れる︒なお原典にはない﹁錬金﹂の二字が引用句に見出される

︵奥④二四︶貼については︑慧琳昔義二六

3 2 に

﹁説

文錯

者一

一一

蒼云

錯礫也﹂とあり︑玉篇牧載の際の改髪とは①からも考えがた<︑

﹁錆﹂字の説文の訓詰が﹁錬金﹂であることから︑その訓貼が何

らかの事由で入りこんだと解するのが穏営であろう︒

昔明丙反︵ 四

0 0 )

飲食之用器也

説文飯食之器用也(‑五ー七オ︶

象形輿豆同意︵後略︶ ①②に引用句と封應する訓詰が検出されるので︑説文も含め全

文玉篇依披と認められる︒なおaと引用句との異同︵奥④二五︶

は②もaと同一であり︑引用句の﹁闇﹂字は﹁閾﹂字に訂正され 宮中之門謂之閾

b説文解字第︱二上

門労戸也

其小者謂之閏小閾謂之閤

説文 ②宋a爾雅注疏咎五繹宮 閤公答切小閾謂之閤(‑︱ーニオ︶ 閤

3 3 1 4 5 ィ

ば︵

繹︶

①名公合反

昔 公 合 反 爾 雅

門芳

戸︑

小閾謂之閤

︵二

六六

﹁考工記﹂との表記法︵小 ①名②

宋 公 冶 復 姓

a説文解字第一︱下︵参第一四上︶

冶 錆 也 炊 人 人 台 磐 羊 者 切

b周證注疏巻四〇冬官考工記

攻金之工築氏執下齊冶氏執上齊a説文解字第︱二上

腋 以 手 持 人 臀 投 地 也 炊 手 夜 磐 一 日 管 下 也

穴記は古詑等を踏襲して漢書應勁注の訓詰を引用すると共に︑

獨自に説文を掲げるが︑奥村④二四の指摘がある如く︑aとは無

闘係の語句である︒管見の限り同義の典籍も見出しえず︑従って

典撼は不明である︒

オ ︶

︵銅礫金也︶

① 名 液 餘 石 反

② 宋 腋 餘 石 切

抹持人臀︑︵一四六︶

扶持又臀下小液門以手持人臀者也︵六ーニ 冶 餘諸反餘者切又妖冶︵二

0

ーニ

オ︶

3 2 1 4 3 /

郎︵

穴︶

︵液

者正

門傍

之小

門也

冶 齊

周 易

冶容誨淫

錯︵四九一︶ 劉獣曰冶妖冶也

説 文 門 芳 戸 也

説文云

羊盆切 液者雨門之閲 文が検出され︑確認される︒なお③aより︑説文引用句の﹁飲﹂

字は﹁飯﹂字に訂正される︒

(13)

36

16

3ご

は︵

古︶

薙 説 文

呼喘反 依披と推定できよう︒3

51

63

/s

b︵

繹︶

醸音

呼喘

① 名 酸

酸︵七

1 1︱ ‑ ︶

﹁翠﹂字に訂正されるほか︑ a説文解字第五上

醸 酸 也 作 薩 以 螢 以 酒 炊 繋 酒 並 省 炊 皿 皿 器 也 呼 雛 切

①に引用句の一部の義が検出されるので︑玉篇に説文が牧載さ

れていたことは認められる︒引用句をaと比較すると﹁棗﹂字は

﹁以﹂字が引用句では欠けるが︑玉

篇牧載の際の節略の可能性も残ろう︒それが立證されるまで︑本

資料輩獨では玉篇依披とは判明しえない︒

以酢及米滝菜使酢名為薙昔側魚反

3 8 1 7 3 ィ

国︵

繹︶

説文 ︵但し①の﹁膜﹂を﹁膜肉﹂とする訓貼は問題があるが︶ので︑玉篇に依捩したと考えられる︒但し﹁乾魚也﹂の典披は不明であり︑玉篇に牧載されていたかどうかも判明しない︒

櫛音側秩反椀比之縮名也 戸皆切

説 文 醸 酸 也

②宋a説文解字第四下

瞑 肺 也 炊 肉 笑 磐

b廣雅疏證倦八上繹器

肌膚畜腋腰腫騰膳管腱賑揺肉也

﹁鮭﹂字では玉篇関係資料から同義が検出されないため︑通ず

る﹁膜﹂字を検索すると︑①②に説文・廣雅の義が検出される

戸皆切 炊門中有木

①から玉篇に説文が引用されていたことが推定されるが︑鄭玄

注周證が引用されていたかは不明である︒しかし典籍の引用形

式・原典の節略のあり方は玉篇のそれと合致するので︑全文玉篇

膊也︵七ー五オ︶ ①名腰核佳反膜肉食肴︵一七一︱‑︶

37

16

3/

sa

︵繹

b説文解字第︱二上

鮭昔古携反

説 文 鮭 肺 也 廣 雅 膜 肉 也 乾 魚

閑蘭也

3 4 1 4 6

4

︵書

入︶

為一閑也閑蘭

る ︒

戸開切 周證説文

① 名 閑 核 開 反 禦

︑ 防

︑ 法

︑ 闊

︑ 正

︑ 関

a周

證注

疏巻

三︳

︱‑

夏官

校人

天子十有二閑馬六種邦國六閑馬四種⁝⁝麟量平遣直; 校人之職

作醸者以親酒也

︵二

六七

天子十有二閑

鄭 玄 日 毎 厩

︵ 繹 ︶

葱音側於反謂以酢滝菜

菜使酢名為薙

古記は

2 6 に同文が検出される︒同箇所で問題を指摘したように︑

恐らく古記は玉篇に牧められていた説文の範園を誤解したのでは

ないか︒令繹も説文の義を玉篇に依披した際に︑その下に付記さ

れていた語句も︑古記と同様に説文と誤解して牧めることになっ

たと推測される︒なお古記と令繹との註繹の相違は︑原典が確定

できないので︑現段階では校訂することは困難である︒

説 文 酢 菜 也

及米滝

(14)

②宋

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

案 几 麗 八 木 安 盤 烏 肝 切

戸 護 也 半 門 曰 戸

︵二

六九

案 於 旦 切

a説文解字第六上

4 2 2 5 9 /

油︵

繹︶

①名

① 名 案 於 旦 反 床 重 席

︑ 食 器

︵ 三

0

七 [ )

几闊又食器也(︱ニーニウ︶

40 17

ィ俎

︵繹

︶ 説 文 曰 案 几 励 也

巾侃巾也 楠比之網名︵三

0

五 ︶

玉篇﹁櫛﹂字に説文の訓詰が牧載されていたことは①より認め

られるが︑令繹が宝篇に依披したかについては︑本資料輩獨では

判明しえない︒

周證⁝⁝八

n l

象系也 本所以拭物

脱文侃巾也

几巾之隔皆炊巾 後人梢著之於頭以常冠也

a説文解字第七下

① 逸 巾 覇 銀 反

野王案

於 頭 以 営 冠 也

3 9 1 7

3 ぷ8

︵ 伴 ︶

説 文 侃 巾 也 野 王 案

後人梢著之

本所以拭物

漠書⁝⁝︵馬一四三下︶

居銀切

雖に顧野王の案語の存在︵森二五二︶だけでなく︑﹃新撰字鏡﹄

に残存する玉篇逸文との封比により︑引用句全文とも玉篇依攘と

認められる︵井九

0 )

②より玉篇に説文が牧載されていることは推測されるが︑令繹

がそれに依披したかについては︑本資料輩獨では判明しえない︒ ①や原典を参照しても︑令集解私記註繹の一般用例に反し上に

註解した﹁練﹂字の義を説文に︑或いは玉篇所引説文にも見出せ

ず︑何らかの混風があるのであろう︒また﹁以火治物之名﹂の義

ほ﹁錬﹂字でも他の典籍に見出せない︒ただ﹁熟絲﹂の義につい

ては

﹃鰹

籍纂

詰﹄

によ

ると

絲令熟曰練﹂と令繹の義に類似した訓詰が検出される︒或いは華

厳糎音義が利用した何らかの註繹と同一の資料に依攘した可能性

は残るが︑少なくとも説文に依捩したとの註繹に混風の存するこ

とだけは再び言っておこう︒その場合原典を直接に参照しておれ

ば︑そのような混風は起こらなかったのではないだろうか︒

戸 故 古 反 顧 野 王 案 一 家 為 一 戸 也 説 文 護 也 胡古反止︑護︑一家為一戸︑一扉曰戸︑雨扉曰門

a説文解字第︱二上 凍綸也 参説文解字第一三上

練 縮 在金部

簡揮

之練

為棟

字在

手部

(‑

1

0

四 ︶

似陵似登一一反説文吊組名也(‑︱

I O I

︱ ‑ ︶

櫛 楠 比 之 縮 名 也 八 木 節 磐 阻 忍 切

也 説 文

a説文解字第六上

① 原 練

力見反

[ ]

① 名 櫛 側 株 反

4 1 2 2

0 / S b

︵ 繹 ︶

象形凡戸之麗皆八戸 炊糸束磐 練以火治物之名也熟絲為練…•••練繹見説文

周證染人掌春暴練

練紺也 鄭玄日暴練々其素而暴之

煮漏絲為凍字在水郡冶金之練為錬字

﹃華厳糎音義﹄下︵珠叢︶に﹁煮

(15)

45

26

6<

g︵

古︶

説 文 擬 不 惹 也 坤 蒼 駿 也

a説文解字第六下

︵ 六 ︱ ︱

一 九 [ )

しか

し①

②︑

②名

子笑反

①逸説文持遣

痙 頸 腫 也

Ar

a説文解字第七下

痰頸瘤也

r

②宋

於邦切

説文

頸腫

頸腫也(‑︱ー四オ︶

①名

於邦反

顧野王の案語の存在(馬六七上•井九八•森二五―-)のほか、

①との到應により︑説文も含めて玉篇依披と認められる︒

昔他谷反

王髪︵七

0

八 ︶

炊人上象禾粟之形取其盤︵後略︶

②だけでなく︑①にも同一義が検出される︵井︱I

0 )

ので

玉篇に説文が牧載されていたのは確認される︒令繹がそれに依捩

したかについては︑本資料皐獨では判明しえない︒

昔於郵反

腎字︵二七四︶

aと古記等の訓貼の開には﹁瘤﹂と﹁腫﹂との異同が存し︑説

文では﹁頸腫﹂の義は﹁痰﹂字の訓詰であることが認められる︒

さらに懸琳昔義︱二5も古記等と同義であり︑玉篇

に説文が牧録された際に改菱された義に依捩したことが判明す

る ︒ 4

42

66

ぐ⑳

︵古

・繹

婁頸腫也

4 6 2 8 2 ご

俎︵

繹︶

①名

a説文解字第六下 説文

求 ︑ 責求也

︵六

0

)

者也

②と語義が封應するだけでなく︑①から引用句の一部が玉篇に

牧載されたことが確認されるので︑全文の玉篇依捩が判明する

︵井

1 0

・小九五一︶︒さらに慧琳昔義三

04

に﹁坤蒼云擬駿

説文不慧也﹂とあることも︑玉篇に依披した傍證となろう︒

①より説文が玉篇に牧載されたことは推測されるが︑令繹がそ

れに依披したかについては︑本資料輩獨では判明しえない︒

4 7 3 0

7

S

a

︵ 繹

︶ 昔 即 稽 反 説 文 齋 持 也

顧野王云廣雅送

2 8

.馬︱‑︱‑三下に追記参小九四九︶

資︑附︑備︑足︑持遣︑振︑送︑ 齋

賓猶持也

a説文解字第八下

禿無髪也

4 3 2 6 5

g a

︵ 繹 ︶

①逸

②名 説文

野王案無髪也︵馬一五

0

下 ︶ 吐木反 禿

b坤蒼︵張揖撰︶

r

部 不慧也

禿

無髪也a説文解字第七下

②名 顧野王云擬亦駿也漠書云内駿不暁政是也︵馬六九上︶擬

不 慧

︑ 駿

刃之反

①逸

f

︵三

七八

︵輯

一四

四︶

一 四

字書

賢 同 上

正作廣︵琳︱二 入齊字也

(16)

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

故 曰 在 田 朦 類

人之所陳力也

繹 名 填 也

︵書

入︶

五稼填満其

徒 堅 反 周 易

虞於地上 ①②に説文と同義が検出され︑玉篇に説文が牧載されたことは認められる︒古記引或記は恐らく玉篇に依捩したと推定されるが︑本資料箪獨では判明しえない︒なお①②aとの到比により︑﹁堺﹂字は﹁界﹂字に校訂すべきである︒4 9

3 4 5

ぐ泣

︵繹

説文云樹穀日田爾雅

見龍在田 溺者曰田

王弼曰 a説文解字第二二下 田界也︵ニー四オ︶d聾類︵李登撰︶e繹名巻一繹地

巳耕者日田田填也五稼填満其中也

f廣雅疏證巻二下繹詰

書入れには﹁野玉案﹂と顧野王の案語が存するので︑玉篇依捩

と認められる︵小九四四︶が︑更に政事要略に﹁玉﹂として反切

は異なるが同文が牧められており︑玉篇に基づいたと断定できる

︵京一九八︶︒説文aと到比して大系本では﹁也﹂字を補うほか︑

引用句にはaでは見受けられない﹁稲﹂字が存する︒惹琳昔義五 行隊戻棘設鋪田誹列陳也

畔 田 界 也 炊 田 半 磐 薄 半 切

② 宋 畔 蒲 半 切

4 8 3 2 6 / g a

︵古

引或

畔 浦 舒 反

①名

界︑

厘︑

︵ 四

0

)

説 文 畔 田 堺 也

篇牧載説文と令繹牧載説文との間に異同が認められる︒玉篇牧載

待季切

に説文と同一の義が検出されることからも︑義の引用は全文玉篇

を利用したと認められる︒なお井上は保留しているが︑

時での改愛は考えられないので︑令繹が意誠的に﹁造﹂字を削除

したか︑或いは書寓段階での脱落を想定するのが穏営であろう︒ b

爾雅

注疏

堡︱

︱秤

土田也聾一

c周易注疏租一上鰹乾他

出潜

離隠

故日

見龍

於地

上故

日在

田⁝

九二見龍在田利見大人

玉函山房及び輯侠未牧 a及び玉

齊郡︵輯一八九︶

井上は説文の引用が全文玉篇逸文とみなされる①に検出される

ので︑玉篇依捩が確められるとする︵一︱‑︶︒

書を玉篇に牧載するに際して︑

とが一般的であり︑玉篇依披の傍證となると説く︵九四九︶︒②  秤名填也五稼填満其中也

樹稲穀曰画廣雅田陳也︵政事要略二八一︶

説文陳也樹穀田田︵ニー四オ︶

a説文解字第一三下

陳也樹穀曰田

② 宋 徒 堅 切

土也地也

﹁字

1字也﹂の文證をとるこ騨也 さらに小島も字 b字書

①逸田昔玉徒賢反

l磐類人之所也 中

也 野 王 案

象四口十肝距之制也

陳 画

周易見龍在田 説文

一 五

樹栢穀日田

王弼曰慮於地上故曰在田

几田之励皆秋田 野王案説文云

廣 雅 田 陳 也

(17)

①逸

蒼頷篇田匿也︵政事要略二八一︶

a左博注疏巻一二六襄公二五年

廣平曰原防隈也提防閲地不町原防得方正如井田別為小頃町 説文

町昔徒斯反 町也

5 0 3 4

5 /

石︵

書入

︶ 徒浙反

田涵

︳虞

也 左偉町原防

杜預曰別為小頃町也田︳罠慮曰

故郭反

毛詩 則吾切

説文

左氏博

町 原 防 杜 預 曰 別 為 小 頃

をもつ爾雅に誤って記載された可能性も考えられるが︑

自髄に異同はないので︑下の﹁云﹂字を訂正して﹁雨雅曰田土

私﹂と改めるのが最善ではないだろうか︒とすれば令繹の註繹は

前掲慧琳音義と類似する註繹となり︑同時に②とも類似する︒説

文が原典から直接引用したと断定するには躊躇を覺える所以であ

る ︒

5 1 3 4

6 ィ

ば︵

繹︶

① 名 租 子 胡 反

② 宋 租 子 平 切

a説文解字第七上

租 田賦謂之租(‑五ーニオ︶

田 賦 也 見 説 文

為︑税︑稲︑ 昔則故反

﹁爾

雅﹂

3 1 で

﹁ 爾 雅 田 土 也 説 文 陳

は書入れと同字句である︒従って﹁也﹂字の補記は不要であると

共に︑顧野王が﹁栢﹂字を加えたと推定される︒ただ②所引説文

はaと同文であり︑①逸文との閥係に問題が残る︒

一方令繹所引説文は①に存した﹁稲﹂字が見受けられず︵︷烏本

開に異同もないようである︶︑①が員の玉篇逸文と確定されるな

らば︑原典から直接に引用したことになる︒ただ績<爾雅の引用

では混風が見られる︒大系本でほ印本に従って﹁耕者﹂の二字を

補い︑﹁私云﹂と改めるが︑bに記す如く同文は検出されない︒

類似する語句はeに認められるので︑繹名の繹地篇と同じ篇目名 b説文解字第一三下

田賤慮曰町

蒼頷篇云町田謳也説文田慮日町也

八︶︑また名義﹁町逹斯反甑︑﹂︵四

0 )

の義とも到應するこ

とからも裏付けられる︒従って書入れは①のうち蒼頷篇を除く引

用と一致するので︑玉篇に基づいて記入したと認められる︒なお

bにより大系本では﹁賤﹂字を補っているが︑参考に掲げた慧琳

昔義も同様に﹁賤﹂字は無く︑玉篇牧載時に顧野王が原典から

﹁践﹂を剥除したのを踏襲したもので︑玉篇依捩の傍證となろう︒

従って﹁践﹂字を補うのは不要で︑原典との異同を指摘するだけ

でよ

い︒

︵三

七︱

︱‑

︶ 炊禾且磐

﹁見説文﹂の表現は︑逆に原典の説文から直接に引用されなか 田賦也

八月穫﹁+月穫﹂稲 った可能性を示すものであり︑②からも推測される玉篇に牧載された説文に依捜したと考えられる︒

5 2 3 4

7 ぷ3

︵ 古

︶ 穫

①の資料は上掲

4 9 田①に績くので玉篇逸文と考えられ︵京一九 参慧琳音義三ニ

4 4 町

樹稲穀日田也﹂と︑説文の引用

炊 田 丁 磐 他 項 切

一 六

(18)

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

子道反國語王失早晏野王案説文

色である﹁是也﹂を伴い︑國刊本等と同文であるので︑

月穫栢﹂と校訂すべきである︵参小九三八・九七一︶︒令繹の説

文引用も︑原典との相違から玉篇依披と認められる︒但し古記の

孫引きの可能性が強い︒

5 3 3 4

/7

油︵

古︶

① 名 料 力 條

反 説文

料 量 也 昔 力 條 反

理︑量敷︑︵四0

九 ︶

︵三

七二

a毛詩注疏巻八闊風・醐・七月 音胡郭反

詩云十月獲稲

古記の引用は①②と封應するので玉篇依捩と認められる︵森二

五九・京一九九︶が︑bと異なる説文の引用と同文が②及び参考

資料に検出されることも傍證となろう︒毛詩の引用については︑

宮本元恐術﹂とするが︑國刊本・繹義本は

逆に印本に基づき﹁八月穫﹂字は無い︒慧琳昔義は玉篇文髄の特

﹁毛

詩十

b説文解字第七上

晨也

一 七

炊日在甲上

c譜記注疏巻七檀弓上

孔子蚤作馴負手曳杖消揺於門

顧野王の案語の存在︵馬一︱︱下︶から井上は全文王篇逸文と

推定した︵九五︶が︑①によって玉篇依捩と認められる︒なお小

島が指摘するように︑國刊本・繹義本では原典aと同じ﹁早晏無

失﹂とする︵九三八︶︒玉篇牧載の際の改愛の可能性もあるので︑

異同を指摘するに留める︒

a説文解字第三下

炊衆奈槃

音魯帝反︵ 七

00 )

玉篇に説文﹁隷﹂字の訓詰が牧載されていたことは︑①から確

認されるが︑令繹がそれに依操したかについては︑本資料のみで

は確認しえない︒

55378/な(繹~)

隷 附 著 也

大系本では﹁十月穫

54

36

1/

ga

︵繹

① 名 隷

力計反 説文

隷 附 著 也

附著

︑除

字︑

是也

郎計切

説 文 刈 禾 也 王 逸 注 楚 辟 云 草 曰 刈 穀 曰 穫

参慧

琳昔

義一

二八

1 0

b説文解字第七上

穫刈穀也

炊 禾 菱 磐 胡 郭 切

四月秀要五月鳴網八月其穫十月隕藩⁝⁝八月剥棗十月穫稲

②宋

穫 穫

胡郭切刈禾也(‑五ーニオ︶蚤晏無失必順天道 ①名

胡郭反栢︑刈︑

a園語巻ニ︱越語下

︵ 繹 ︶

説 文 穫 苅 禾 也

① 名 早

苅禾也晨也膿記

子道反

子浩切 孔子早作是也晨︵五

0 1

)

(19)

③ 宋 布

吊也幣也敷也製也︵馬一四五上︶

補 護 反 吊

︑ 幣

︑ 製

︵ 六

0

)

G

本故切泉織也陳列也︵二八ー一ウ︶

5 9 3 8 3 ィ

遠︵

古︶

② 名 布

﹁略﹂字と古記﹁敵﹂字とは同字である︒

① 逸 布

稟織也

5 7 3 8

1 ズ8

︵ 古 ︶

布 補 護 反 周 證 井 州 其 利 吊 布 野 王 案 説 文

で︑原典も参照していない可能性が強く︑説文の引用も令繹のそ

れを踏襲したのであろう︒ b説文解字第一︱下

海魚炊魚笈盤蒲角切 b尚書注疏巻六夏書・萬貢

賦謂土地所生以供蕨賦惟上上錯天子上上第一⁝⁝

玉篇に説文﹁賦﹂字の訓詰が牧載されたことは︑①より確認さ

れるが︑令繹がそれに依捩したか︑本資料肌獨では確認しえない︒

讚記は職員令集解令繹

( 9 4 / g ) と同文の尚書の引用を行なうの

a漢書巻九九下王奔他第六九下

② 宋 鰻 歩 角 切 海 魚

①名 5 8

3 8 2

S a

︵ 古 ︶

蒲角反

蒲魚反︵六︱‑︶

a説文解字第六下

賦 緻 也 八 貝 武 竪 方 遇 切

① 名 賦 甫 務 反 敷

︑ 布 班

︑ 敏

︑ 税

︑ 兵 蓋

︵ 六

0

)

︵ 讚 ︶

供天子也

説 文 曰 賦 緻 也

尚書日

注云

5 6 3 8 1 /

油︵

繹︶

説 文 日 賦 敏 也

←喜

①より説文が玉篇に牧載されたことは一應推測されるが︑令繹

がそれに依捜したかについては︑本資料輩獨では判明しえない︒

其賦惟上上錯

量也 a説文解字第一四上

炊斗米在其中讀若遼

洛爾切

謂土地所生以

b説文解字第七下

漢書 a

周護

注疏

巻一

ー=

︱‑

夏官

職方

正北曰井州其山鎮日恒山・・⁝・其利布吊⁝⁝

説 文 海 魚 也

炊巾父槃顧野王の案語の存在(馬一四二上•森二五――-)により、井上は

周證の引用も玉篇逸文と推定する︵九六︶が︑周證の節略した引

用の朕況︑それを要約したと推測される﹁吊﹂の義が①②に見出

されること︵小九八八︶︑③に説文の義が認められることから︑

全文玉篇依披と確認される︒但しa﹁布吊﹂と異同があることを

指摘しておく︒

叉昔伏︵二四ー五ウ[)

奔憂憑不能食宜飲酒昭峻魚 蜜飲酒暇銭魚

小島は①反切を﹁蒲角反﹂の誤寓と考え︑古記所引反切と合致

することから︑引用句全文を玉篇によると推定した︵九八八︶が︑

②に説文の義が見出されることが乏しい傍證となろう︒

繹蘇 蘇館反

集織也博古切

一 八

なおa

(20)

﹃令

集解

﹄所

引﹃

説文

﹄孜

①②に鄭玄注證記を節略した類似する引用が見出されること︑ 野蒜一名輩︵琳八四

1 9 )

①名②宋

但 応

巨 黎 切 魚 名

又鮮展︵二四ー五ウ︶

鮨渠梨反鮮︵六︱︱‑︶

一 九

C認類︵李登撰︶

︵輯

二四

四︶

出蜀

6 2 3 8 3 ご

ぼ︵

古︶

以堕飯酒合喫之

賠野王案

輩 臭 菜 也 炊 帥 軍 磐 許 云 切

重碑其上熟食之名為鮨肉 賠 醤 類 也 或 曰 鮮 也

取魚不去鱗

説文鮨魚 a證記注疏巻三0玉藻

膳美

食也

輩桃

莉辟

凶邪

也大

⁝⁝用輩桃士桃而巳輩萬及辛莱也 膳於君有輩桃莉於大夫去莉

莉葵

帯也

・:

b説文解字第一下

但 枷

旨夷反

昔 義 日 蜀 之 人

破腸

② 宋 輩 呼 云 反

駕︑辛菜辟凶邪︑︵三三二︶

義膳有輩桃莉輩葉所以辟凶邪︵ニニー六オ︶の一部が見出されるので︑

① 名 輩 虚 云 反

①に説文の義

玉篇依披の乏しい證披となろう︒なお

小島は﹁青州之蟹脊﹂︵﹁盲﹂字は﹁宵﹂字に訂正すべきである︶

の義

bを不用意に節略して︑玉篇の﹁鮮︵惹︶﹂字の項に牧載

したものであり︑玉篇による傍證となると指摘する︵九九

0 )

︒ 蒜

6 0 3 8 3 ィ

国︵

古︶

輩菜

輩置及辛菜

一名

萱也

昔虚云反

所以辟凶邪也臭菜也 證記膳於君所有萱桃莉

説文竪類

b周證注疏巻四天官庖人

謂四

時所

為膳

食若

刑州

之鰈

魚青

州之

蟹脊

⁝⁝

共祭祀之好羞

﹁酢︵薫︶﹂字は萬象名義では検出されないが︑ 鄭玄

辣 蔵 魚 也 南 方 謂 之 鈴 北 方 謂 之 薫 炊 魚 差 盤 側 下 切

に依披したと小島は考える︵九四四︶︒

① 宋 照 仄 下 切 蔵 魚 也 飾

之飾 顧野王云

a説文解字第一下

輩菜

駄 鰊 膊 磐 蘇 貫 切

6 1 3 8 3 ご

品︵

古︶

飾 荘 鍛 反 説 文 蔵 魚 也

②名 説文萱菜也︵琳三一

3 0

参琳四五

2 6 )

藉館反蒜輩菜︑消穀理骨︑大蒜︑

( ‑ ︱

‑ = 三

玉篇に説文﹁蒜﹂字の訓詰が牧載されていたことは︑王篇逸文

の後に説文の引用が績く①や②により確認されるが︑古記がそれ 青州之蟹盲者也

a説文解字第一︱下 鄭注證記云輩辛所以辟凶邪

文字典説臭菜也﹂と古記の引用と封應する典籍が見出される

ことから︑小島は説文も含めて全文玉篇依捩とする︵九四四︶︒

なお證記引用句にはaにない﹁所﹂字が存在する︒園刊本・繹義

本ともに同字はなく︑削除するのが妥常かと考えられる︒

南方謂之衿

同上︵二四ー五ウ︶ 蒜馬七七上に附記

①逸今本草所謂蒜消穀理骨者為小蒜所謂萌者為大

小九四四

慧琳

音義

六︱

‑9

に﹁盤類云輩野蒜也

北方謂

参照

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