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〈論 説〉
日 本 の 半 導 体 産 業
新 井 光 吉
は じ め に
思 え ば,「 日本 が 半 導 体 を ソ連 に 売 って 米 国 に売 らな い と言 え ば,そ れ だ け で 軍 事 バ ラ ン スが 崩 壊 す る」 と,あ る 日本 の 政 治 家 が 胸 を 張 って 見 せ た の は1989 年 の こ とだ っ た 。彼 は そ れ を 根 拠 に 「NO」 と 言 え る 日本 の 姿 を 思 い描 い で 胱惚
と な っ て い た よ うで あ る。 さ す れ ば,今 日 の 日本 半 導 体 産 業 の深 刻 な 状 況 を 目 撃 した 時,さ ぞ か し 「昨 日 き ょ う と は思 わ ざ り しを」 と慨 嘆 した に違 い な い と
思 わ れ る の で あ る。
日本 の 半 導 体 産 業 が 米 国 を 追 い 越 し,IC王 国 と して の 地 位 を 確 立 した の は 86年 で あ っ た。 そ の後,日 本 は87年 に 世 界 半 導 体 市場 で50%を 超 え る シ ェ ア を 獲 得 し,89年 に は米 国 に20%弱 もの 差 を 付 け てIC王 国 と して の 地 位 を 不 動 の もの に した か に 見 え た 。 そ れ 故,彼 の 政 治 家 な らず と も 「藍 よ り出 で て 藍 よ
り青 し」 と 自 画 自讃 して み た くな る の もむ べ な る か な と思 わ れ る。 トラ ン ジ ス タで もICメ モ リで も本 家 の 米 国 を 凌 ぐ下 剋 上 は 日本 の お 家 芸 だ と さ え い わ れ て き た。 だ が,こ の 常 識 は マ イ コ ン がICの 中 心 と な る に 従 っ て 通 用 し な く
な っ た。 っ ま り競 争 の ル ー ル が 変 っ た の で あ る。89年 を ピー ク に 日本 の半 導 体 産 業 は後 退 し,米 国 の 半 導 体 産 業 が 復 活 を 遂 げ る に 至 っ た。92年 以 降 イ ンテ ル が 世 界 の 半 導 体 ト ッ プ の 地 位 を ガ ッ チ リ と 握 っ た ば か り で は な い 。 日 本 企 業 の ジ リ貧 を 尻 目 に米 韓 メ ー カ ー は 目覚 ま しい躍 進 を続 け て い る。 ま た,93年 に は っ い に 世 界 半 導 体 市 場 で 日米 の シ ェ ア が 並 び,米 国 が 再 びIC王 国 に返 り咲 くの は 時 間 の 問 題 と な って い る。 しか も 日本 企 業 が 依 然 と して 成 熟 した 量 産 市
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場 へ依存 して い るの に対 して・ 米 企業 は高 成 長分 野 を 支配 して い るの で
,米 国 の優位 は これ らの数字 が示 す以上 に大 きいの で あ る
。
そ こで,本 稿 は戦 後 に お け る 日本 の半 導 体産 業 の発達 史 を検 討 しなが ら ,日 本 の半導 体 産 業 が なぜ 世 界一 に な り,ま た ど う して その地 位 か らすべ り落 ち る
こと にな ったの か を考 え て見 た い。 さ らにそ の上 で,日 本 の半 導 体 産 業 が現 在 直面 して い る危機 の本 質 を別 出 し,そ れ力吟 まで何度 か遭 遇 した よ うな過 性 の危 機 と は異 な り・ 産業 そ の もの の衰 亡 に も繋 が りか ね な い危険 性 を孕 ん で い る ことを明 らか に した い。
1戦 後復興期
[1]ラ ジ オ プ ー ム
日本 の 電 子 工 業 の 復 興 は ラ ジ オ受 信 機 の 生 産 再 開 か ら始 った
。 と い う の も国 民 が 最 も手 軽 で 身 近 な情 報 源 娯 楽 源 と して ラ ジ オ を求 め て お り
,GHQも 早 急 な 生 産 再 開 を 指 示 して い た か らで あ る。 ラ ジ オ受 信 機 の 生 産 は1946年 の67 万 台 か ら48年 に は80万 台 を 超 え,戦 前 の 最 高 水 準(40年85万 台)近 く に ま で 回 復 した 。 だ が,真 空 管 の生 産 が 追 い付 か ず ,各 社 は真 空 管 の 量 産 体 制 を 確 立 す る た め に 本 腰 を 入 れ た。GHQのCCS(民 間通 信 局)は 資 材 配 給 を 部 品 メ ̲ カ ー に直 接 行 な う よ うに 指 示 し,セ ッ トメ ー カ ー と対 等 な地 位 ま で 引 き上 げ る べ く部 品 メ ー カ ー の 育 成 に 力 を 注 い だ
。 これ が 一 因 とな っ て,電 子 工 業 の 産 業 構 造 は セ ッ トメ ー カ ー を 頂 点 と した 系 列 形 態 を と らず,セ ッ ト,部 品 の そ れ ぞ れ独 血 した企 業 が対 等 の形 で発 展 す る こ とに な っ究。
ま た,ラ ジ オ受 信 機 がCCCの 指 示 に よ り4球 再 生 式 か ら混 信 も少 な く感 度 も よ い ス/¥° 一方 式 へ 切 り替 え られ た こ と も 日本 の 電 子 工 業 の 発 展 に 大 き く寄 与 した い わ れ る。 真 空 管 がST管 か らGT管 ,更 に はMT管 へ と進 歩 す る に 伴 っ て ・ 性 能 が 向 上 し・ 小 型 化,簡 便 化 も進 展 し た 。 だ が,こ う し て よ う や く 復 興 した ラ ジ オ受 信 機 生 産 も ド ッ ジ ・ラ イ ン の 影 響 に よ って50年 に は 不 況 の
ど ん 底 に 叩 き落 と さ れ た。 ラ ジ オ の受 信 機,真 空 管 メ ー カ ー の 中 に は転 廃 業 す る もの が 跡 を絶 た ず,200社 に達 した受 信 機 メ ー カ ー は短 期 間 の う ち に10分 の
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1に 激 減 した 。む ろ ん,こ の 厳 しい試 練 を 潜 り抜 け た 受 信 機 真 空 管,部 品 メ ー カ ー は強 い耐 久 力 を 身 に つ け た。因 み に,ラ ジ オ受 信 機 の 生 産 集 中 度 は52年 の 上 位1社32%,上 位3社57%か ら55年 の そ れ ぞ れ32%,50%へ とや や 低 下 し て い(2)。
しか し朝 鮮 戦 争 の 勃 発 と51年 以 降 の 民 放 時 代 の 開 幕 に よ っ て,ラ ジ オ受 信 機 の 普 及 率 は急 速 に上 昇 し,52年4月 末 に は64%(受 信契約 者数1,000万 世 帯)
に 達 した 。 ラ ジ オ受 信 機 は ス ー パ ー化 に よ って 高 級 化 と量 産 化 が 急 ピ ッチ で 進 む と同 時 に,ポ ー タ ブ ル 化 が 実 現 し,真 空 管 式 携 帯 ラ ジオ の 時 代 が 到 来 す る。
ラ ジ オ メ ー カ ー各 社 の量 産 体 制 も整 って,受 信 機 の 生 産 台 数 は52年93万 台, 53年1。9胎,55年179胎 とll頂調 に 職 し鍵.ま た5・ 年 代 の 半 ば 近 く に
な って,日 本 製 真 空 管 ポ ー タ ブ ル ラ ジ オ が 米 国 で も評 価 さ れ る よ うに な り,輸 出 額 が53年 の19万 ドル か ら55年 に は92万 ドル へ と増 加 した 。 そ れ に 伴 って 部 品 輸 出 も増 加 し始 あ た 。 む ろ ん,こ の 日本 製 ラ ジ オ に対 す る高 い評 価 は トラ
ンジ ス タ ラ ジ オ の 登 場 に よ って 確 固 た る もの と な る の だ が,50年 代 末 ま で は真 ゆ
空 管 式 が 依 然 と して 輸 出 の 主 流 で あ っ た 。
47年 の 民 間 貿 易 の 再 開 に 伴 っ て,55年 以 降 に ラ ジ オ受 信 機 の 輸 出 が 東 南 ア ジ ア,中 近 東,中 南 米,南 ア フ リカ 向 け を 中 心 に 急 増 した 。 こ れ は 日本 企 業 が よ う や く真 空 管 式 ポ ー タ ブ ル ラ ジ オ の 量 産 体 制 を 確 立 し,54年 不 況 に伴 う輸 出 ドラ イ ブ が 働 い た 結 果 で あ っ た。 しか も トラ ン ジ ス タ時 代 を 迎 え る と,日 本 製 ラ ジ オ の 国 際 競 争 力 が 急 速 に 高 ま り,そ の9割 が 主 と して 米 国 や カ ナ ダへ 輸 出 さ れ た 。 ラ ジ オ受 信 機 の輸 出 は そ の 後 も堅 調 な 伸 び を示 し,56年 の17億 円 か
ら58年 の122億 円 へ と一 気 に輸 出 商 品 の 花 形 に成 長 した の で あ る。
[2]テ レ ビ生 産 の 本 格 化
53年 に は テ レ ビ の 本 放 送 が 開 始 さ れ,ラ ジ オ と テ レ ビ の 併 用 時 代 を 迎 え た 。 テ レ ビ受 像 機 は52年9月 頃 か ら国 産 化 が 始 り,53年1月 に 国 産 第1号 の テ レ
ビが 早 川 電 機 か ら発 売 さ れ,55年 末 に は 月 産2万 台 の 量 産 ベ ー ス に 乗 った 。 ま た,テ レ ビの 普 及 率 は57年9月 の8%か ら60年8月 に は55%と 半 数 を 超 え,
114商 経 論 叢 第30巻 第2号
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早 く も62年8月 に は85%に ま で 達 した の で あ る。 そ の 結 果,テ レ ビ受 像 機 の 生 産 台 数 は53年 度2.1万 台 か ら55年 度18万 台,57年 度69万 台 と着 実 に 増 加
して い る。 そ の 結 果,55年 度 ま で は圧 倒 的 な 入 超(輸 出額30万 円
,輸 入 額2,033 万 円)だ っ た テ レ ビ の 貿 易 収 支 は,56年 度 に は輸 入 減(1 ,346万 円)と 輸 出 増 (2,250万 円)に よ って 出 超 に転 じ,58年 度 に お い て も輸 出額3億4i5万 円
,輸 入 貌,539万 円 と黒 字 繍 が完 全 に定 着 したの で 謂 。
テ レ ビの 輸 出 先 は57年 に は タ イ が85%を 占 め て 最 大 で
,こ れ に 次 ぐ米 国 が 9%で あ った 。 一 方,輸 入 先 は米 国 が98%と 圧 倒 的 だ っ た
。 む ろ ん,57年 に は 対 米 テ レ ビ貿 易 収 支 は赤 字 で あ っ た(輸 入額 は輸 出 の1 。2倍)。58年 に は輸 出 先 で は タ イ が51%で や は り最 大 で ,ス ウ ェ ー デ ンが31%で こ れ に 次 ぐが,輸 入 先 で は 米 国 が97%と 依 然 圧 倒 的 で あ る。生 産 の増 加 に 伴 って,テ レ ビ受 像 機 の 価 格 は14型 で は53年2月 の17 .5〜18万 円 か ら6〔}年5月 の5 .7〜6.2万 円 へ,17 型 で は22万 円 か ら9.9万 円 へ,ま た21型 で は55年12月 の19 .2〜 ・万 円 か ら60年5月 の15万 円 へ と大 幅 に 低 下 して い2 。
も ち ろ ん,テ レ ビ受 像 機 の 生 産 に は外 国 企 業 と の 特 許 契 約 が 不 可欠 で あった の で,日 本 企 業 はRCA,ウ ェ ス テ ィ ン グハ ウ スyEMI,フ ィ リ ップ ス な ど と技 術 提 携 を 結 び,生 産 を 開 始 した。56年10月 に ウ ェ ス テ ィ ン グハ ウ ス の 特 許(使 用料o・7%)は 期 間 満 了 の た め 失 効 と な っ た が ,特 許 使 用 料 は 各 メ ー カ ー の 売 上 高 比 率 でRCA1.75〜2%,EMI2%,フ ィ リ ッ プ ス1 .1%に 上 っ た と い う。 だ か ら,そ の後,テ レ ビ需 要 の増 大 に 伴 って 生 産 量 が 増 加 す る と共 に
,日 本 企 業 の 使 用 料 支 払 額 は55年 度 の9 ,700万 円(テ レビ,ラ ジオ)か ら59年 度 の11億 9,200万 円 と膨 大 な 額 と な っ た の で あ(7}。
[3]ト ラ ン ジ ス タ の 工 業 化
54年 に 東 京 通 信 工 業(東 通 工,59年 以 降 ソニー)が トラ ン ジ ス タ ラ ジ オ の 商 品 化 と 工業 化 に成 功 し た が,そ の5年 後 の59年 に は 日 本 は トラ ン ジ ス タ の 生 産
で 米 国 を凌 駕 し,ト ラ ン ジ ス タ ラ ジ オ で も世 界 一 の 生 産 国 と な っ た
。 っ ま り, 日本 の 成 功 は トラ ン ジ ス タの ラ ジ オ へ の 応 用 に あ っ た と い っ て よ い
。 しか し,
(316) 日本 の 半導 体 産 業115
この 成 功 は トラ ン ジ ス タ化 に即 応 した 各 種 超 小 型 電 子 部 品 の 開 発 と工 業 化 に成 功 した こ と に よ って もた らさ れ た 点 も忘 れ て は な らな い。 単 に トラ ン ジ ス タ の
み な らず 関 連 部 品 の 小 型 化 に も成 功 した こ と は,ト ラ ン ジ ス タ ラ ジ オ の海 外 進 出 を 可能 に し,規 模 の 経 済 も働 い て,部 品 産 業 に 飛 躍 的 な 発 展 の 機 会 を 提 供 し た。 こ の 時 期 に パ イ オ ニ ア,ア ル プ ス電 気,東 光,ミ ッ ミ電 機 な ど多 くの 部 品
(8)
企 業 が 独 自 技 術 に よ り高 成 長 の 切 っ掛 け を 掴 ん だ の で あ る。
さ て,日 本 の 電 子 工 業 は ソ ニ ー が 民 生 用 トラ ン ジ ス タ の 量 産 体 制 を 確コLし, トラ ン ジ ス タ ラ ジ オ の 発 表 で 先 鞭 を 付 け る と,様 相 を一 変 さ せ た 。 周 知 の よ う に トラ ン ジ ス タ は48年 に シ ョ ッ ク レ ー ら に よ り米 国 の ベ ル 研 究 所 で 発 明 さ れ た。 日 本 で も49年 に電 電 公 社 の 電 気 通 信 研 究 所(通 研)やNEC,そ の 他 一 部 の 企 業 が トラ ン ジ ス タ の 研 究 に 着 手 した が,本 格 的 な 開 発 は国 内 各 社 が52年 に RCA社,55年 にWE社(ウ ェ ス タンエ レク トリック)か ら技 術 導 入 を 図 っ て か ら の こ とで あ る。 も ち ろ ん,通 産 省 も半 導 体 の 重 要 性 に鑑 み,研 究 補 助 を 通 じて そ の 工 業 化 を 促 進 した 。 そ の 結 果,53年 に 通 研 が 接 合 型 トラ ン ジ ス タ の試 作 に 成 功 し,翌54年 に は東 通 工 と神 戸 工 業(68年 に富士通 に吸 収合併)が 他 社 に先 駆 け て トラ ン ジ ス タ の 工 業 化 と外 販 を 開 始 し,他 社 も55年 後 半 に は 量 産 体 制 に 入 っ た。東 通 工 は55年8月 に トラ ン ジ ス タ ラ ジ オ を 発 表 す る と共 に,ト ラ ン ジ ス タ の 量 産 に も先 鞭 を 付 け,56年 に 月 産30万 個,58年 に は 月 産80万 個 の 量 産
(9)
体 制 を い ち早 く築 き上 げ,こ の時 期 まで完 全 に独走 体 制 に あ った とい われ る。
日本 経 済 は56年 か ら57年 初頭 に か けて空 前 の神武 景 気 を迎 え,高 度 成 長期 に入 った。 そ の原動 力 た る技 術 革新 は専 ら外 国技 術 の輸 入 に依 存 して お り,日 本 の技術 水 準 は米 国 の それ と比 較 して20年 の遅 れ が あ った とい う。そ こで,日 本 政府 は この技 術 格 差 を早 急 に埋 あ るた め に外国 技 術 の導 入 とその国 産化 を奨 励 す る と共 に,国 内 産 業 の保 護 育 成 策 を実 施 した。 そ の 結 果,産 業 界 は先 を 争 って外 国 技 術 を導 入 し,そ の国産 化 を図 るた め に生 産 設 備 の近 代化 を急 いだ の で,投 資 が投 資 を呼 ぶ とい う設備 投 資主 導 型 の高 度成 長 パ ター ンが定 着 す る に至 った。電 子工 業 も,57年 の電 子 工 業振 興 臨 時措 置 法(電 振法)と 同法 に基 づ く電 子 工 業振 興5力 年 計画 を背 景 に,技 術 革 新 と消 費 革命 に重要 な役 割 を果 た
116商 経 論 叢 第30巻 第2号 (315)
し,50年 代 後 半 の 高 度 成 長 を 支 え る一 翼 を 担 っ た。 そ して,日 本 の電 子 工 業 は 50年 代 半 ば に 白 黒 テ レ ビ の普 及 と ポ ー タ ブ ル ラ ジ オ の 輸 出 増 進 に よ り飛 躍 へ の 足 掛 を 掴 ん だ の で あ る。 特 に テ レ ビ時 代 の幕 開 に よ り,白 黒 テ レ ビの 生 産 が 本 格 化 し,54年 の3万 台 か ら55年 の13万 台 へ と増 加 す る と共 に ,テ レ ビ受 像 機 用MT管 に対 す る需 要 が 激 増 した。 ラ ジ オ も ま た テ レ ビ と共 存 しな が ら成 長 し,そ の 受 信 機 はMT管 か ら ポ ー タ ブ ル,ト ラ ン ジ ス タへ と発 展 して 行 っ た。 こ う した 中 で,日 立 製 作 所,東 芝,三 菱 電 機 に代 表 され る総 合 電 機 メ ー カ ー は 一 応 戦 前 か ら重 電 部 門 を 中 心 に 家 電 製 品 も生 産 して き た が
,55年 前 後 の 不 況 に よ る重 電 部 門 の 不 振 を契 機 と して,急 速 に 市場 が 拡 大 し始 め た家 電 部 門 に本 格
cio)
的 に参 入 した の で あ る。
Hト ラ ン ジス タ時 代 の 到 来
[1]ト ラ ンジ スタ需要 の増 大
50年 代 後 半以 降,第1図 の よ うに民 生 用 機 器,特 に ラジオ とテ レ ビの生 産 が 急 増 した結 果,電 子 部 品 の中 で も一 般 電子 部 品 の生 産 が急速 に増 大 した。 ラ ジ オ は2台 目需 要 や 真 空管 式 ポ ー タ ブル型 の生 産 増加 と共 に,部 品 の品質 や性 能 が安 定 し,輸 出 市場 の開 拓 も順 調 に進 ん だ。 この ポー タ ブル ラ ジオ向 け部 品技 術 は小型 化 ・高性 能 化 の技 術 で あ り,60年 代以 降 の トラ ンジス タ ラジオ の量 産
(11)
テ ン ポ を 速 め る大 き な礎 石 と な る。57年7月 に は トラ ン ジ ス タ式 の 生 産 台 数 が 真 空 管 式 の そ れ を 凌 駕 し,ト ラ ン ジ ス タ ラ ジ オ 時 代 が 到 来 した の で あ る。
トラ ン ジ ス タ化 に伴 う小 型 化 ・低 価 格 化 に よ り,日 本 製 ラ ジ オ は 海 外 で 好 評 を 博 し,輸 出 が 急 増 した 。例 え ば,59年 に は トラ ン ジ ス タ ラ ジ オ の 輸 出 は 電 子 製 品 輸 出 額 の4分 の3を 占 め,輸 出 額 は59〜65年 に9,400万 ドル か ら1 .8億
ドル へ と倍 増 して い る。輸 出 比 率(金 額)も59〜65年 に77%(う ち米 国向 け61%)
(12}
か ら75%(同45%)と 極 め て 高 か っ た 。 そ の た め トラ ン ジ ス タ ラ ジ オ の 生 産 は 58年 の300万 台(9月 に月産50万 台達成)か ら60年 に は1 ,000万 台 近 く に達 し た。 一 方,59年 以 降 に は テ レ ビ受 像 機 に対 す る需 要 も急 増 す る。 テ レ ビの 輸 出 は59年 の212万 ドル か ら61年 の615万 ドル へ と急 増 した が ,こ れ は61年 以
0314) 日本 の半 導 体 産業117
第1図 民生 用機器 の生産推 移
(意
L.
トラ ン シ ス タ ラ シ オ
(資料)『 電子工業年鑑1969』18頁 。
降 トラ ン ジ ス タ テ レ ビの 対 米 輸 出 が 開 始 さ れ,好 評 を得 た か らで あ る。 そ の輸 出 先 は60年 に は 琉 球 が25%で ト ップ,米 国 が17%で これ に次 い だ が,61年 に
は米 国 が28%で 最 大,琉 球 が25%で これ に続 い て い た 。 部 品 の 輸 出 も ま た55 年 以 降 対 米 テ レ ビ部 品 輸 出 が 増 加 し,よ うや く軌 道 に 乗 っ た 。
こ の よ うに 日本 の 電 子 工 業 は テ レ ビや ラ ジ オ な ど民 生 用 機 器 と そ の 部 品 を 中 心 に 発 展 した 。 そ の た め 民 生 用 機 器 は55〜69年 に電 子 機 器 生 産 額(部 品を除 く) の44%か ら72%砧 あ る に 至 っ た の で(i3).も ち ろ ん,ト ラ ン ジ ス タ は ラ ジ オ 以 外 に もパ トロ ー ル 用 無 線 機,短 距 離 搬 送 電 話 装 置,コ ン ピ ュ ー タ な ど に も使 用 さ れ た。例 え ば,ト ラ ン ジ ス タ使 用 機 器 の生 産 は58年 度 に トラ ン ジ ス タ ラ ジ
オ487万 台,搬 送 装 置1台(1,000チ ャンネル),コ ン ピ ュ ー タ40台 で あ っ た 。用 途 別 ト ラ ン ジ ス タ販 売 高 は58年 度 に ラ ジ オ 用1,792万 個(81%),搬 送 装 置 用1 万 個(0.5%),コ ン ピ ュ ー タ4万 個(1%),そ の 他 機 器100万 個(4%),時 計 ・
オ モ チ ャ用100万 個(4%),ト ラ ン ジ ス タ単 体 輸 出30万 個(1%),経 常 在 庫 27。 万 個(1。%),と ラ ジ オ が 圧 倒 的 で あ 鍵.ポ ー タ ブ ル ラ ジ オ の ト ラ ン ジ ス
118商 経 論 叢 第30巻 第2号
(313) タ化 も57年6月 の31%か ら58年6月 の91%へ と急 速 に 高 ま
っ て い る。 しか も ポ ー タ ブ ル ラ ジ オ の 需 要 は60%を 海 外 市場 に,ま た そ の60〜70%を 米 国 市 場 に依 存 して い た と い わ れ る。
[2]ト ラ ン ジ ス タ王 国
周 知 の 如 く トラ ン ジ ス タ は米 ベ ル研 究 所 が48年 に 点 接 触 型 を
,次 い で49年 に 接 合 型 を 発 明 した こ と に よ って 初 め て 工 業 化 が 可 能 と な
っ た。 そ の後 もベ ル 研 究 所 は52年 に シ リコ ン単 結 晶 の精 製 に成 功 し,55年 に は メ サ 型 トラ ン ジ ス タを 発 明 して 高 周 波 化 と大 量 生 産 を 可 能 に し,更 に60年 に は エ ピ タキ シ ャ ル 法 を 開 発 して 単 結 晶 板 上 に随 意 の 抵 抗 値 を 持 つ 単結 晶 層 を成 長 させ る こ と に 成 功 した。 ま た,米WE(ウ エス タ ンェ レク トリック)社 は55年 に選 択 拡 散 法 を
, フ ェ ア チ ャイ ル ド(FC)社 も59年 に プ レナ ー技 術 を 発 明 した
。 こ の プ レ ナ ー技 術 は シ リコ ン結 晶 表 面 に で き る 酸 化 膜 を 積 極 的 に 利 用 して 不 純 物 の 部 分 的 拡 散 表 面 劣 化 防 止 な ど を 行 う もの で,半 導 体 部 品 の 信 頼 性 向 上 とIC(集 積 回路) へ の発 展 の基礎 とな ったの で 認 。
さ て,前 述 の よ う に東 通 工 と神 戸 工 業 が 先 陣 を 切 る形 で 始 ま った トラ ン ジ ス タ の 工 業 化 は57年 に 東 芝 が 新 工 場 の建 設 に 着 手 し た こ と を 切 っ掛 け に,各 社 が 大 規 模 な 設 備 投 資 に乗 り 出 す こ と とな り,第2図 の よ う に 目覚 ま しい 発 展 を 遂 げ る こ とに な っ た。 特 に 当 初 は労 働 集 約 的 な ゲ ル マ ニ ウ ム製 が トラ ン ジ ス タ の 中 心 で あ っ た た あ ・ 日本 企 業 は手 先 の器 用 な 女 性 労 働 者 に 支 え られ て 間 もな
く質 ・量 と もに 米 国 を 凌 駕 す る に 至 った 。 トラ ン ジ ス タの 生 産 は53年 の6 ,462 個 か ら54年1.1万 個,55年8.6万 個,56年56万 個 と急 速 に 増 加 し
,57年 後 半 に は各 社 の 量 産 体 制 も整 って ,57年 の575万 個(32億 円)か ら58年 の2 ,674万 個(77億 円)へ と劇 的 に増 大 した。 こ の 勢 い に乗 っ て,日 本 は59年 に トラ ン ジ
ス タ生 産 量8,650万 個(160億 円)で 世 界 一 と な り
,価 格 ・品 質 面 で の 優 位 か ら 轍 で も世 界最 大 と な っ(裂.か く して57年 まで 大 幅 な入 超 で あ った トラ ンジ
ス タ貿 易 は58年 に は大 幅 な 出 超 に 転 じ,59年 に は輸 出474万 個(11億3,376万 円),輸 入8万 個(5,809万 円)と 完 全 に輸 出 産 業 と な っ た。 だ が,59年 の 米 国 の
0312) 日本 の半 導体 産 業119
第2図 トラ ン ジスタの生 産,内 需 お よび輸 出の推移
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(資料)『 電子工業30年 史』263頁 。
生 産 は8,229万 個(799億 円)で,な る ほ ど数 量 で は 日本 を 僅 か に下 回 るが ・金 額 で は 未 だ5倍 の 規 模 に 達 し て い た 。 む ろ ん,こ れ は ト ラ ン ジ ス タ の う ち,1個
1,400円 もす る軍 用 や 産 業 用 が 米 国 で は3分 の2を 占 あ,僅 か360円 の ラ ジ オ 用 が3分 の1に す ぎ な い か らで あ る。 そ の結 果 ・ 米 国 製 は 大 幅 に 割 高 と な り・
日本 か らの 輸 入 が 激 増 した 。例 え ば,米 国 製 ゲ ル マ ニ ウ ム トラ ン ジ ス タは61年
120商 経 論 叢 第30巻 第'2号
0311) に 軍 用 平 均 単 価 が2.43ド ル ,非 軍 用 が1.03ド ル で,日 本 製 の0 .3ド ル と 比 べ
て非常 に割 高 だ った ので 房留。
躰 は59年 に トラ ン ジス タ王国 の み な らずaト ラ ン ジス タ ラ ジオ で も世 界 一 とな った。 っ ま り,日 本 の成 功 は トラ ンジス タの ラ ジオへ の応 用 に あ った の で あ る。 日本経 済 は56年 か ら57年 初 あ にか けて空 前 の神 武景 気 を迎 え て高 度 成 長 期 に入 ったが,そ の原 動 力 た る技術 革 新 は外 国 技術 の輸 入 に依存 し
,米 国 に比 べ て技 術 面 で20年 もの遅 れ が あ った。そ こで,官 民 協力 に よ る技術 格 差 の 解 消 と国 産 技 術 の向 上 な ど を 目的 と して57年6月 ,電 子 工業 振 興 臨時 措 置 法 (電振法)が 制 定 され,電 子 工業 振 興5力 年 計 画 が策 定 され た。 その 内容 は長 期 低 利 融 資,補 助 金 や 税制 上 の優遇 な どを中心 と した もので あ ったが
,ICやLSI (大規模集積回路)に 繋 が る半導 体技 術 の向上 ,コ ン ピュ ー タや レー ダー な ど先 端 分 野 で の対 米技 術 格 差 の縮 小,優 れ た応 用技 術 の基礎 形 成 な どに大 きな成 果
を上 げた とい う。
と ころで,半 導 体 素 子 の生 産 額 は60〜65年 に一 般 電 子部 品(受 動部品
,機 能部 品,機 構部品)と 能動 部 品(電 子管 半導体素 子,集 積回路)か らな る電子 部 品 の 18%か ら21%を 占 め て い た 。能 動 部 品 の 中 で は(ls)
7ゲ ル マ ニ ウ ム トラ ン ジ ス タが 61年 にMT管 を 凌 駕 した が ,65年 以 降 は減 産 に転 じ,一 方,シ リコ ン トラ ン ジ
ス タ は66年 以 降 に な って 急 速 に増 産 さ れ 始 め た
。 ま た,ICは61年 に電 気 試 験 所 で 試 作 され,64年 に は生 産 も始 ま った が ,本 格 的 な工 業 化 は66年 頃 ま で ず れ 込 み,成 長 軌 道 に乗 る の は よ うや く67〜68年 に至 っ て か らの こ とで(19)
。
[3]シ リ コ ン トラ ン ジ ス タ 時 代
だ が,ト ラ ン ジ ス タの 製 造 方 法 が 合 金 拡 散 型 か ら メ サ 型(55年 にWEが 開発) に 取 っ て 代 わ られ,半 導 体 材 料 も ゲ ル マ ニ ウ ム か ら シ リ コ ンへ と移 る に 従
っ て,ト ラ ン ジ ス タ王 国 日本 の 地 位 は 失 わ れ,次 のIC時 代(米 国 で は69年 以 降)に
は米 企 業 が 圧 倒 的 な 優 位 を 占 め る の で あ る。 日本 企 業 は シ リ コ ン トラ ン ジ ス タ が 一 般 トラ ン ジ ス タ市場 に ま で 進 出 して 来 る こ と は あ る ま い と楽 観 して い た が,59年 に 開 発 さ れ たFC社 の シ リ コ ン プ レー ナ 技 術 は シ リコ ンを トラ ン ジ ス
(310) 日本 の 半導 体 産 業121
タの 主 流 の地 位 に就 け た。 こ の 間 に米 国 は シ リコ ン トラ ン ジ ス タへ の 切 替 え を 進 め,装 置 産 業 化 して 主 力 を プ レナ ー型 に 移 した 。既 に61年 ・米 国 で は シ リコ ン トラ ン ジ ス タの 割 合 が 金 額 で32%,数 量 で7.4%に 達 して い た が・ 日本 で は 金 額 で1.4%,数 量 で は0.2%に す ぎ な か った(但 し,米 国で は軍 用 が数量で67%, 金 額 で69%)。 日本 で は,シ リコ ン トラ ン ジ ス タ は58年 に は 未 だ 試 作 研 究 段 階 で,月 産100個 前 後 だ っ た が,同 年12月 に 初 め て367個 に 達 す る と い う状 態 だ っ た 。Ei本 企 業 が シ リ コ ン に 注 目 し本 格 的 な 生 産 に 乗 り出 す の は63年 に NECがFC社 か らプ レー ナ 技 術 を 導 入 して か らの こ と で あ る。 日本 企 業 の 多 くは65年 以 降 に な っ て 初 め て 転 換 に 踏 切 っ た の で ・ 米 国 との 技 術 格 差 は再 び
(ZO>
大 き く隔 絶 した もの と な った の で あ る。
と こ ろで,ト ラ ン ジ ス タの 主 要 輸 出 先 で あ った 香 港 で は,米 企 業 の 現 地 進 出 と,ス ク ラ ップ製 品 を米 国 か ら輸 入 して調 達 した安 価 な トラ ン ジ ス タの 使 用 が 増 加 した た め,日 本 製 トラ ン ジ ス タ も大 幅 な 価 格 引 下 げ を 要 求 さ れ,ス ク ラ ッ
プ並 み の 価 格 で の 輸 出 を 強 い られ る企 業 もあ っ た。 ま た,こ の 安 価 な トラ ン ジ ス タ を 使 う香 港 製 ラ ジ オ に対 抗 す る た め,日 本 の ラ ジ オ業 界 も安 価 な トラ ン ジ ス タを 要 求 した の で,ゲ ル マ ニ ウ ム トラ ン ジ ス タの 価 格 は勢 い 大 幅 に 下 落 せ ざ
(21)
る を 得 な か っ た。
しか も トラ ン ジ ス タ は 用 途 の 中 心 が ラ ジ オ や テ ー プ レ コ ー ダで あ った60年 代 前 半 頃 まで は ゲ ル マ ニ ウ ム を主 流 と して い た が,電 卓(64年)や 白 黒 テ レ ビ
(67年)の トラ ン ジ ス タ化 に よ って シ リコ ンの需 要 が 急 増 す る と,国 内 生 産 の 不 足 か ら輸 入 が 増 加 した 。 も ち ろ ん,シ リコ ン トラ ンジ ス タ の 国 内 生 産 は65年 後 半 に は 月 産250〜350万 個 を 記 録 し,66年 に は ゲ ル マ ニ ウ ム の16%(金 額 で は 30%)に ま で 達 す る。 と い うの も,ゲ ル マ ニ ウ ム トラ ン ジ ス タ は主 要 需 要 先 で あ る ラ ジ オ の 販 売 不 振 と主 要 輸 出 先 で あ る 香 港 で の米 企 業 の 現 地 生 産 に よ り価 格 が 暴 落 し た の で,各 半 導 体 メ ー カ ー は 一 斉 に 高 価 格 の シ リ コ ンへ の 転 換 に 拍 車
を掛 け た か らで あ る。
122商 経 論 叢 第30巻 第2号
(309) [4]半 導 体 メ ー カ ー の 特 徴
この 時 期 の 半 導 体 メ ー カ ー に は電 子 管 メ ー カ ー と新 設 企 業 と い う2種 類 の 系 譜 が あ り,外 国 系100%出 資 法 人 は 存 在 しな か った。54年 にr'一〉=通,神 戸 工 業, NEC,ソ ニ ー 東 芝,日 立 の6社 が 半 導 体 デ バ イ ス の 生 産 を 開 始 して以 降
,56 年 に オ リ ジ ン電 子,57年 に 日本 ラ ジ オ,松 下 電 器,三 菱 電 機59年 に沖 電 気 , 60年 に 三 洋 電 機 富 士 電 機,61年 に新 電 元 工 業
,八 欧 電 機,62年 に サ ン ケ ン電 機 国 際 整 流 器,65年 に 協 同,な どが これ に続 い た。 ソ ニ ー は 臼本 で 半 導 体 を 商 業 生 産 した 最 初 の 企 業 だ っ た が,間 も な く電 子 管 メ ー カ ー に追 い抜 か れ た
。 ま た,新 設 企 業 の 参 入 は1社 を 除 きす べ て が50年 代 後 半 か60年 代 前 半 で
,そ れ以 降 の参 入 は著 しく騰 とな って 耀 。
研 究 開 発 支 出額 は50年 代 を通 じて低 位 で,日 本企 業 は 専 ら外 国 企 業 との技 術 提携 に依 存 し,限 られ た資 金 を外 国 か らの ノ ウハ ウ導 入 に向 け た
。 日本企 業 の革 新 的発 明 は57年 の江 崎 玲於 奈 博士(ソ ニー)に よ るエ サ キ ダイ オ ー ドの開
第1表 米国で取得 された日本企業の半導体特許
「 『棄 名
く電 子管 メーカ ー>
NEc
松 下 電 器
日 立 製 作 所
東 芝
一
1959 19fiO 1961 1962
3
1 1963
3
i19fi4
7 19s5
11 1966
11
1 1
小 計
〈新 設 企 業〉
ソ ニ ー一
窟 士 通
三 洋
1 3
4
3 3
3 7
1
1 11
1
1 13
2 2
小 計 1 3 3 3 2 2 4
合 計 1 3 7 s 9 13 17
比率(%) 電 子管 メーカ ー
新 設 企 業
O ioo
O
loOL
57 43
50 50 1
78 22
85 15
7s 24
(資 料)Tilton,oρ,c砿,p.141.
堕
00QO
1968
1
2
だ0厘01五
1212
1 111
1一13一 9倫n69 2}14 盆U400ーム
合計
9839臼4
62
1542}21一83︻り戸0ワ扉9白
(308)
発 が 唯 一 で あ っ た が,国 内 で は あ ま り評 価 さ れ ず,そ の 価 値 に い ち 早 く着 目 した 米 企 業 に よ っ て そ の 開 発 技 術 の ほ と ん ど
を 押 さ え られ て しま っ た 。60年 代 半 ば に 至 っ て も,日 本 企 業 は研 究 開 発 に 半 導 体 売 上 高 の 僅 か2%し か 支 出 し て お らず, 米 国 の6%と 比 べ て 極 め て 低 か っ た 。 だ
が,日 本 企 業 は 輸 入 技 術 の 改 良 に よ っ て 欧 米 に キ ャ チ ア ッ プ す る と 共 に,自 主 技 術 の 開 発 に も力 を 入 れ始 め た 。 そ の結 果, 日 本 企 業 は 第1表 の 如 く米 国 で も半 導 体 特 許 を 取 得 し得 る よ う に な っ た 。 電 子 管 メ ー カ ー は 新 設 企 業 の3倍 も の 特 許 を 取 得 し,就 中NECが 電 子 管 メ ー カ ー取 得特 許 の79%を,ソ ニ ー が 新 設 企 業 取 得 特 許
の71%を そ れ ぞ れ 占 め て い た 。 と は い え ・
日本 の半 導 体 産 業123
第2表 企業 別半 導体 市場 シ ェア (単位 二%)
業 著 一 弱舜8年
一芝器所c業機計熟一洋通他計入カにト一電fL電企メ.製E二tの管ド⑦戸菱設
謝 東 松 田 N 理 小 噺 ソ ー 富 そ
計一一△塵 弄
色
(資 料)
261615155279
11 2 1
」 19
噛1,
Tilton,op.cit.>p.144.
15373322127
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2 13 1 2 18 10
躰 の 半 導 体 研 究 開 発 は5・ 年 代 に1ま極 め て 低 位 でasら 外 国 技 術 の 吸 収 に 費 や され た と い って よ い 。60年 代 に 入 る と,NECは 特 許 取 得 で 支 配 的 な 地 位 を 轍 した.こ う して 欧 米 の 場 合 と は逆 に,日 本 で は電 子 管 メ ー か が 半 導 体 特 許 取 得 で 指 導 権 を 握 る こ と に な っ た の で あ る。
ト ラ ン ジ ス タの 商 業 生 産 は ソ ニ ー,神 戸 工 業,NEC,東 芝 の4社 に よ っ て 開 始 さ れ た.特 に ソ ニ ー は52年 に 同 社 の 井 深 大 社 長 が 訪 米 中 に ト ラ ン ジ ス タ開 発 に関 心 を 抱 き,日 本 に お け る トラ ン ジ ス タ生 産 の 開 拓 者 とな っ た 。 だ が,60 年 代 に な る と,国 内 市 場 は第2表 の よ う に電 子 管 メ ー カ ー に よ って 支 配 さ れ る
よ う に な っ た 。68年 に は 日 立,東 芝,松 下 の 電 子 管 メ ー カ ー が 上 位3社 を 独 占 し漸 設 企 業 で は三 洋 が4位 を 占 め た が,社 内 向 け 生 産 に 専 念 した ソ ニ ー}ま シ ェ ア を ジ リ ジ リ と低 下 させ て 行 っ た 。 こ れ は電 子 管 メ ー カ ー が 量 産 市 場 を重 視 して 大 き な シ ェ ア を 獲 得 した の に対 して 噺 設nが 市 場 の 限 られ た特 定 用
124商 経 論 叢 第30巻 第2号
第3表 日 本 の 半 導 体 メ ー カ ー と 海 外 メ ー カ ー と の 技 術 提 携 状 況(11
名社
会
蠣 蝋 灘 麟騎 麟 轍
ソ日日神東松..一日富沖..↓八新
(307)
技 術 提 携 状 況 ロ イ ヤ リ
テ ィ計
一
ノ ウ ・ ハ ウ
WE=2%,RCA‑‑1%相 当
,GE==3% 6% GE
WE‑2%,RCA=3
5 RCA
ITT=0.3%,RCA=・1 .5%,GE̲3% 4.8% GE
WE‑2/(],RCA‑̲̀3
5% s,
WE‑2°o,RCA=3
5% RCA
フ ィ リ ッ プ ス 罵4 .22% 4.22% フ ィ リ ッ プ ス
WE=2%,RCAに1 .5% 3.5% な し
WE‑=2%・ テ レ フ ン ケ ン=2%
,RCA謡1.5% 5.5% テ レ フ ン ケ ン
WE‑‑2%・RCA‑L5% ,ジ ー 〃 ス ー6.4% 9.9% ジ ー メ ン ス
WE=2%,RCA=1 .5a/ 3.5% な し
WE=2%,RCA‑=1 .5% 3.5% RGA
WERCA
WE
LRCA 5
L 一 一
礫 年 鑑1963』41順 。q)1960年 代 初 期。
途 デバ イ ス に生 産 を集 中 させ た結 果 で 認 。
さて・ トラ ン ジス タに関 す る国 内特 許 は応 用 回路 を含 めて200件 に も上 った が・ そ の大 部 分 は外 国企 業 の所 有 とな って いた
。 この うち,最 も重 要 な もの は トラ ン ジス タに関 す る基 本特 許 と もい うべ きWE社 の 特 許 と アロ イ型 製 造 技 術 に関 す るRCA社 の特 許 で あ った。52年 以 降 神戸 工 業
,日 立,東 芝 がRCA か ら・ また富 麗 機 が 独 シ づ ンス カ・らそ れ ぞ れ トラ ン ジ ス タ技 術 を導 入 し た。 しか し トラ ンジ ス タ生 産 の開始 に はWE社 の特 許使 用 が不 可欠 で あ
ったか ら,東 通 工 が54年2月 に同社 と基 本 特 許 契約 を結 ぶ と
,各 社 も漸 次 これ に追 随 した(第3表)・59年3月 まで に技 術援 助 契 約 に基 づ き生 産 を開 始 した企 業 は
ソ ニー,日 立TNEC,神 戸 工 業,東 京芝 浦 電 気,松 下電 子 工 業,及 び富 士通 信 機 の7社 のみ で あ ったが洞 年3月 に は三 麺 機 日本 無 線 沖 電 気
,ヨ 穐 機 も新 た に特 許使 用 を許 可 さ櫻.こ う して 日本 の トラ ンジス タ犠 は56年 に6 社 ・57年 に も7社 に よ る 完 全 な 独 占 だ っ た が
,58年 に は9社 中 上 位7社 で 99.5%を 占 め て い た と い わ 潔 。
周 知 の如 く日本 の電 子 産 業 は軍 需 の欠如 か ら民 生 用 市場(特 に ラジオ
,テ レビ)
日本の半導体産業1250306)
を 中心 に海 外 市 場,特 に米 国 市 場 へ の輸 出 を通 じて 急 成 長 した・一 方 ・ ヨー
。 ッパ で は,槻 模 輝 需 市 場 が 新 設 企 業 の 参 入 と成 長 を 阻 害 した とい わ れ る.と い うの も慨 存 メー か は齢 の経 済 的利 益 を得 られ るの で噺 設 諜 は これ に対 抗 す るた め新 しい デバ イ スや生 産工 程 に集 中す る以 外 に競 争 で きな か った か らで あ る.新 開 発 の 半導 体1まま揮 需 品 に用 い られ・ 習熟 の 繍 に よ って コ ス トが 低下 した後 にな って初 め て灌 業 用 や購 用市 場 に浸透 して行 くの で あ る.そ れ故,ヨmッ パ で は国1勾生 産 を支 え得 る に足 る市場 が育 つ ま で に,米 蝶 が ヨ叩 ッパ 企業 の コス トよ り低価 格 で 新 しい デバ イ スを供給 し たの で,ヨ ー 。 ッパ の新 設 諜 は技 術 を醗 し,成 長 す る機会 を ほ とん ど持 ち 得 なか った の で あ る。 む ろん庫 需 暢 の欠 如 は 日本 で 綱 様 に澱 蝶 の参 入 と成 長 を阻害 した.だ が旧 本 の最 終電 子機 器 製 品 の相 蟄1分 は輸 出 され た
の で,国 内市 場 は保護 されて いて も旧 本 の 半導体 産 業 は外 国 諜 と直接 競 争
しなければな らなか った.さ もなければ旧 本製電子機器製品に対幅 海嬬
要 は伸 び悩 み旧 本 の 半導 体 需要 。ま急速 に萎 んで しま ったで あ ろ うか ら・半導 体 技 術 が 灘 し塒 に,規 模 のノ1・さい 日本 の電 子管 メ ー カー は欧 米 企業 ほ ど電 子管 事 業 に大 きな利 害 を持 って お らず,こ の技 術 変化 に柔軟 に対 応 す る
こ とが で きた。また,日 本 製 半導 体 は直接 的 な輸 出 はそ れ ほ ど大 き くな くと も, 大部 分 が轍 市 場 向 け最 終 電 子機 器 に使 用 され た ので・ 国 際競 争 の刺 激 と試 練 に晒 され て い た.従 って,日 本 の 糊 本産 業 が国 灘 争 力 を維 持 で きな けれ1よ 最 終 電 子 機 器製 品 の輸 出競 争 力 は失 わ れ,国 内 半導 体 市場 も縮 小 して しま うの
で あ る。 しか も電 子 管 メー カ ー は主 要 半導 体 企 業 で あ ると同 時 に大 手最 終電 子 機器 メー か で もあ った の で識 器輸 出 の腿 に よ って直捌 な樺 を被 らざ
るを得 な か ったか らで あ る。
む ろ ん,日 本 が半 導 体 王 国 にな り得 た の は労 働 集 約 的 な産 業 で低 賃 金 の メ リッ トを活 用 したか らで あ る。 日本 企 業 が50年 代 初 め に 半導 体 生産 に参 入 し・
トラ ンジ ス タ ラジ オの生 産 を始 め た頃 は,米 企 業 が主要 な競争 相手 で あ り,米 国 市 場 が.:.な 戦場 で あ った.そ の時 に 日本 の賃金 率 は米国 よ りか な り低 く・
日本企 業 は米 国 の技 術 的 優位 に もか カ・わ らず ト分 に競争 す る ことがで きた・ し
126商 経 論 叢 第30・ 巻 第2号030
5)
か しなが ら・50年 代 半 ば以 降 の離 成 長 翻 本 の 賃金 を押 し上 げ旧 本 よ り低 齢 の繭 ア ジァ諸 国 が6・ 年 代 に鱒 体 生 戯 開 始 した こ とに よ り旧 本 の 優位 は徐 々 に後 退 した・ だが・ 躰 の電 子 管 メ ーか は新 しい 樽 体 技 術 を積 極 果敢 に採 用 して こ う した励 を勲 除 け,高 成 長 を維 持 した ので(27}。
皿IC時 代
[1]IC工 業 化 の 試 練
トラ ン ジ ス タを 初 め と す る半 導 体 素 子 は 日本 の 有 力 な輸 出 品 と して 成 長 し て きた が ・米 企 業 の競 争 力 に圧 倒 され,66年 を ピー ク に輸 出 が 減 少 し,7。 年1こ は 入 超 に 転 じた 。 日本 は60年 代 前 半 ま で 世 界 一 安 く性 能 も良 い トラ ン ジ ス タ の 生 産 を 誇 って き た 。 だ が ・ 半導 体 の主 流 が シ リコ ンに移 る と,日 本 の トラ ン ジ ス タ産 業 は ゲ ル マ ニ ウ ム で 培 っ た国 騰 争 力 を 著 し く低 下 さ せ て行
った.と い うの も プ レサ 技 術 が シ リコ ンを ゲ ル マ ニ ウ ム に比 べ て 品 質 や 性 能 ば か りで な く価 格 に お い て も優 位 に 立た せ た か らで あ る
。 む ろ ん,ゲ ル マ ニ ウ ム トラ ン ジ ス タ の 価 格 も大 幅 に下 落 した が,シ リコ ン プ レー ナ トラ ン ジ ス タ の 価 格 は そ れ を遙 か に 超 え る 猛 ス ピ0ド で 低 下 した か らでX28)
。
しか もゲ米 大 手 半 導 体 メ ー か は64年 頃 か ら低 賃 金 労 働 を 求 め て 香 港 冶 湾 韓 国 な ど で 現 地 生 産 を 開 始 した.ゲ ル マ ニ ウ ム 時 代 に は 先 進 国 型 産 業 で あ った トラ ン ジ ス タ産 業 も,シ リコ ン時 代 に入 る と資 本 と労 働 力 さ え あ れ ば ど こ で で も生 産 で き る完 全 な装 置 産 業 と な った
。 近 代 的 な 米 国 工 場 で バ ッチ 処 理 に よ り シ リ コ ン プ レー ナ トラ ン ジ ス タを シ リコ ン ウ
ェハ ー 内 に 作 り,ウ ェハ ー を 東 南 ア ジ ァ の 蝪 へ 空 輸 して 組 み 立 て..び 米 国 に空 輸 す る こ とが で き た
。 シ リ コ ン プ レ ー ナ ト ラ ン ジ ス タ は ゲ ル マ ニ ウ ム ト ラ ン ジ ス タ と は 違
っ て, ウ ズ ーハ の ま ま で 空 輸 され て も表 面 が 二 酸 化 シ リ コ ン被 膜 で 覆 わ れ て い た た め に,特 性 が 変 化 す る恐 れ もな か った。 労 働 集 約 的 な 組 立 工 程 を 東 南 ア ジ ア の 低 賃 金 労 働 力 を 使 って 行 え ば,世 界0安 価 な トラ ン ジ ス タ を 作 る こ と も容 易 だ
っ た・ 実 際 米 蝶 は6・ 年 代 末 か ら ダ ン ピ ン グー揃 の 価 格 で 日本 にICの 積 極 的 な輸 出攻 勢 を掛 けて きた ので 霧 。
日本の半導体産業127(304)
こ う して66年 ま で 米 国 が 轍 す る トラ ン ジ ス タ の8・%以 上 を 占 め 畑 本 製 は67年 に は 僅 か20%ま で 激 減 した 。 米 企 業 の 現 地 生 産 は東 南 ア ジ ア の み な ら ず ヨ ー ロ ッパ に も及 ん だ か ら,低 価 格 の 米 国 製 に抗 して 日本 が シ リコ ン トラ ン ジ ス タ を輸 出 し得 る地 域 は急 速 に縮 小 して 行 っ た 。 む し ろ対 日輸 出攻 勢 を 掛 け て 来 る米 国 製 シ リコ ン トラ ン ジ ス タ やICに 文寸して 国 内 市 場 を ど う や って 守 る か が 日本 企 業 の 緊 急 の課 題 と な る有 様 だ っ た。
躰 のIC研 究 は6・ 〜61年 頃 か ら始 ま った が ・63年 頃 ま で は あ く ま で も将 来 技 術 と看 倣 さ れ,工 業 化 に 着 手 す る動 き は ほ と ん ど皆 無 と い って よ か った 。
と こ ろ が,64年1月 に 米TI(テ キサ スイ ンス ツル 〃 ト)社 が 躰 国 内 で のIC生 産 を 計 画 し,==r省 に1・ ・%出 資 法 人 の 設 立 を 申 請 した こ とか ら・IC工 業 化 が 現 実 問 題 と して 急 速 に 浮 上 して き た.TI社 の 設 立 申 請1蘇 留 状 態 の ま ま放 置 か れ た が,日 本 企 業 は俄 然ICの 研 究 開 発 や 工 業 化 に 積 極 的 と な り,65年 か ら 67年 に か け てIC工 業 化 の 気 運 が 急 速 に 高 ま っ た ・ 日本 政 府 も ま た65年 に電 振 法 の2号 樋(僕 生産 の開始 また は生 産 の増 か臨+る べ き雛)に 指 定 し 更 に67年 以 降 は電 振 法3号 機 種(生 産 の合理 化,品 質 の向 上,ま た は生産 費の 引 下げ を計 るべ き機種)に 指 定 して 資 金,税 制 ヒの 優 遇 措 置 を 与 え,そ の 振 興 を 計 っ た
ので認 。
と ころ で,通 産 省 は 半 導 体 産 業 で,外 国 資 本 に株 式 の50%以 上 を 支 配 す る合 弁 や1。 。%蹟 法 人 を 諦 て い な か っ た の で,TIのuRを 拒 絶 し・ 日 本 企 業 と の 合 弁(少 数持株)を 勧 告 した.だ が,TIは あ くま で も1・・%出 資 法 人 に 固 執 し・
交 渉 を 有 利 に す る た め に対 日IC特 許 供 与 を 拒 絶 す る挙 に 出 た 。 む ろ ん,こ れ に よ って も 日本 企 業 はIC生 産 を 妨 げ られ た 訳 で は な か った 。 な ぜ な らば,TI が 日本 で 提 出 したIC関 連 特 許(キ ル ビー特 許)の 申 請 は何 年 も認 可 が 遅 ら さ れ て い た か らで あ る(89年 に認可)。 しか し 日本 企 業 が67年 にICを 使 った 電 卓 や そ の 他 の 機 器 を 輸 出 す る よ う に な る と,TIが 米 国 特 許 の 侵 害 を 盾 に 取 っ て 訴 訟 に訴 え る恐 れ が 生 じ,さ す れ ば 日本 企 業 に対 す る禁 輸 措 置 は不 可避 の 事 態 と
見 倣 さ れ る に 至 っ た 。 一 方,既 に60年 代 末 に は 日本 企 業 数 社 がIC事 業 に参 入 し,IC輸 入 制 限 に よ って 保 護 さ れ な が ら着 実 に 力 を 付 け つ つ あ っ た の で,TI
128商 経 論 叢 第30巻 第2号C3Q3)
に と っ て も認 可 の 遅 延 は 日本 市 場 へ の 参 入 を致 命 的 に す る恐 れ が あ
っ た の で あ る。
か く して,両 者 の 利 害 打 算 か ら和 解 の 気 運 が 高 ま り
,68年 に妥 協 に達 した 。 TIは100%出 資 法 人 設 立 の要 求 を 取 り下 げ
,代 わ り に各50%の 株 式 を 所 有 す る ソ ニ ー と の合 弁 に 同 意 した 。 そ の上,TIはNEC,日 立,三 菱,東 芝,ソ ニ̲
にIC特 許 を 供 与 し,日 本 のIC市 場 の90%以 上 を これ ら の 企 業 に 残 す べ く生 醐 限 を 実 施 す る こ と に も同 意 した.こ のTI問 題 の解 決 は外 国 企 業 と競 争 す
る 国 際 化 時 代 へ の 突 入 と い う こ と と同 時 に
,IC工 業 化 の 大 き な 障 害 と な って い たIC特 許 問 題 の解 決(TIのIC特 許公開)臆 味 磁 か く して鱒 体IC
の 生 産 を 本 格 化 さ せ 得 る条 件 が 整 っ た の で,日 本 企 業 各 社 は半 導 体ICト ッ プ の NECを 追 い か け て 生 産 体 制 の 拡 充 に 奔 走 す る こ と に な
っ た 。 む ろ ん,半 導 体 ICの 生 産 に はTI社 の 他 に ,WE社(ト ラ ンジス タ,ダ イ オー ドの構造 ・製法)及 び FC社(シ リコ ンプ レーナ構 造)と 特 許 使 用 契 約 を結 ば ね ば な らな か
った 。 そ の た め 日本 企 業 は特 許 使 用 契 約 に よ り売 上 の10%(WEに2%
,FCに4.5%,TIに 3.5%)を 支 払 う重 荷 を 負 う こ と に な っ た の で お 智
。
60年 代 後 半,日 本 のIC需 要 は コ ン ピュー タや電 卓 向 けを中心 に相 当部 分 が 輸 入 に よ って満 た され て いた・特 に最 大 の需 要 先 で あ る電卓 産 業 は特 許 問題 を 回避 す る た め に月 間10万 個 単 位 でICを 輸 入 して い た。60年 代 末 に トラ ンジ ス タ ラ ジ オ輸 出 国 の地 位 を 香 港 や 台 湾 な ど の発 展 途 上 国 に奪 わ れ
っ っ あ る中 で庵 卓 の生 産 はlc技 術 を駆 使 した新 しい 日本 の轍 品 と して海 外 需 要 を中 心 に急 速 に拡 大 して い た。 そ こで,電 卓 メ ーカ ー はICに 関 す る製 法.構 造上 の特 許 問 脚 錺 う トラ ブル を避 け るた め1こ・ 特 許 問 題 を保 証 す る外 国製lcへ の依 存 を強 めた。68年 に特 許 問題 が決 着 を見 た後 も
,日 本 のIC輸 入額 は毎 年 増 加 傾 向 を辿 り・ 第 嬢 の よ うに71年 に は蠕 の36%を 輸 入 品 に よ って 占有 され る に至 った の で あ る。 これ は 日本 のICメ ー カ ーが電 卓 のLSI化 に追 い付 けず ・轍 鴨 度 が 高 ま った た めで・71年 に は輸 纈 の実 に65%が 電 朝LSI
で あ っ た と い う 。
日 本 国 内 で も シ リ コ ン ト ラ ン ジ ス タ は68年 に よ う や く 本 格 的 に
!1̲ち上 が っ
(302) 日本 の半 導 体 産 業129 第4表IC輸 出入
(単 位:万 個,億 円,円,%)
1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977
生産
25 103 210 476 432 590 946 1,099 1,047 1,762 1,900
内要国需
43 14s 282 681 674 754 1,253 1,543 1,313 2,is2 2,140
輸 入
数量
ass 924 1,462 2,959 2,217 3,87?
11,296 12,083 8,105 23,664 20,806
金額
18 43 71 206 242 164 332 511 400 627 558
均価平単
sss 467 4$8 s95 1,091 424 294 399 494 250 246
依存率
4230253036222733312926
輸 出
数量
695 2,194 3,753 6,272 9,538
金額
26 67 135 227 317
縮 箆峯
輸 出額 輸入額
8346713QO﹃U
(資 料)購 讐 灘 鞘 叢
1・ 一 比率鱗 ×1・ ・
た.そ の 生 産 は69年 に ゲ ル マ ニ ウ ム を上 回 り・71年 の カ ラ ー テ レ ビを 励 と して 大 半 の 電 子 機 器 が ト ラ ン ジ ス タ化 さ れ た こ と も あ っ て 急 速 な 拡 大 を 遂 げ た.IC生 産 も66年 に始 ま り ・・年 以 降,工 業 化 が 急 速 に進 展 して 本 格 的 なIC 時 代 に突 入 し た.だ がi米 国 の よ うな 宇 宙 開 発 や軍 用 と い った 政 艦 要 が 欠 如
して い た た め,ICメ ー カ ー は 自社 の コ ン ピ ュ ー タに 需 要 先 を 限 定 さ れ,し か も 高 い信頼 性 腰 求 され る コ ンピ ユー タ1燗 発 した ば か りの離ICを 敬 駄 力雪
ち だ っ た。 そ れ 故,生 産 は伸 び 悩 み,ICメ ー カ ー は い ず れ も赤 字 に 苦 しん だ 。 こ の苦 境 を 克 服 し,本 格 的 な 量 産 に 入 る切 っ掛 け を提 供 した の が 電 卓 と テ レ ビ 受 像 機 で あ っ た 。 電 朝ICはLSI数 個 か ら な る騨 が 開 発 さ れ た69年 頃 か ら,テ レ ビ用 は カ ラ ー テ レ ビ がIC化 さ れ た72年 頃 か ら・ 生 産 が 軌 道 に 乗 っ た.ま た そ の 後 の 電 子 機 器 の 生 産 増 加 や 各 種 機 器 の 電 子 化 もlc生 産 を 躍 進 さ せ る こ と に な った の で あ る。
米 国 のIC産 業 が 軍 需 に 支 え られ て 順 調 な 発 展 を 遂 げ た一 方 で,軍 需 を 欠 く 日本 で は,よ う や く66年 に 至 っ てNECが 本 格 的 にIC事 業 に乗 り 出 す と い う
130商 経 論 叢 第30巻 第2号
C301) 第5表ICの 主 な用途 と特徴
巨 類
主 な 用 途備設 投 資
開 発 費
集 積 度
量 産 性
そ の 他 の 特
闇
長 所
半 導 体 I C
1 バ イ
7
翫
AV機機 器,カ メ ラ,通 信大
中 大
小
良 低 雑 音,低 ド リ フ ト
デ ジ タ ル
電算機 計測機器 高 速
一 一
MOS 電 卓,時 計,マ イ コ ン,
電 算 機 の メ モ リ
中
…
確
小 可
一
低消費電九 低価格
キ
混 合I C
薄 膜 通信機
一 闇囚州一㎜ 一一 一 一」}一一rド ーr隔 田 一一π̲
一
叢編迅墾 狸
厚
劇 鼠 メ 自動車嚇AV機
小⊥ ⊥竺配 」 蠣窪
(資 料)『 電 子1二業 年 鑑1984』777頁 。 囮 T㎜一一̲̲
徴
烈 廟 勧 大 ﹁壁 駕 編
有 様 だ っ た・ そ 轍 ・ 躰 のIC生 産 額 はssで は ア メ リカ の 僅 か1割 に す ぎ な か っ た の で あ る。 そ こ で ,日 本 企 業 は 高 性 能 で 米 企 業 が 圧 倒 的 な 優 位 を 誇 る バ イ ポ ー ラICよ り も む しろ 新 タ イ プ で 製 造 しや す いMOS
・ICを 戦 略 的 に選 択 した・M・Sは バ イ ポ ー ラ に 比 べ て 速 度 な ど の 性 能 面 で は や や 劣 る もの の
, コ ス トダ ウ ン効 果 が 大 き く量 産 向 きで
,消 費 電 力 も少 な い こ とか ら ラ ジ オ や テ レ ビな ど の民 生 用 電 子 機 器 に 最 適 の 半 導 体 で あ っ た(第5表)
。 軍 需 の 欠 如 か ら 日本 のICメ ー カ ー は民 生 用M・S・ICを 中 心 に 発 展 せ ざ る を 得 な か
っ た カ∫, 電 卓 と カ ラ ー テ レ ビが そ のIC需 要 拡 大 の 先 導 役 を 粉 に 果 た した
.特 に66年 に シ ャ ー プ に よ っ て 開 発 さ れ たIC電 卓 はIC需 要 の 中 心 と な り
,60年 代 末 以 降IC電 卓 の 急 成 長 が 日本 のIC生 産 を 牽 引 す る こ と に な った
。70年 代 に 入 る と・ 民 生 用 分 野 で は融 の 他 に 時 計 ,カ メ ラ,か デ ィオ な ど も大 。 の 需 要 先 と な っ た がsコ ン ピ ュ ー タ や 計 測 機 な ど の 産 業 用 電 子 機 器 も次 第 にIC需 要 を 増 大 さ せ た。 そ の結 果,日 本 企 業 は小 型 ・軽 量 化 に不 可欠 な 高 集 積 化 に 優 れ る MOS・ICで 競 争 力 を 蓄 積 す る こ と に な る の で あ る
。
[2]IC工 業 化 の 成 功
シ リ コ ン トラ ン ジ ス タ で 後 れ を 取 っ た 日本 がICで 急 速 に 台 頭 し た の はIC 電 卓 を 開 発 した こ と に よ る。 も しIC電 車 が 米 国 で 誕 生 して い れ ば
,米 国 は あ
(300)
らゆ る半 導 体 技 術 で 圧 倒
的 な 優 位 に 立 ち・ 日本 企 生慶台数 業 に 追 い 上 げ られ る こ と 蝋:1(淵
も な か っ た に 違 い な い 。
さ て,64年3月 に シ ャ ー10 ,000 プ(当 時 は 早 川 電 機)と ソ
ニ ー が 世 界 初 の ト ラ ン ジ ス タ 電 卓 を 発 表 し て 以 来,
1.000
そ の 小 型 化 ・低 価 格 化 が500
(3G)
急 速 に 進 展 す る に 至 った 。 次 い で シ ャ ー プ は 電 卓 の IC化 に 取 り 組 み,66年1 月 に バ イ ポ ー ラIC145個
を 使 っ たIC電 卓 を 試 作 し,67年2月 に は 実 用 機 (IC28個 使 用)の 発 売 に 漕
ぎ着 け た。 だ が,第1号 機(資 料) に 使 用 さ れ た バ イ ポ ー ラ
日本 の半 導 体 産 業131
第3図 日 本 の 電 卓 生 産
平 均 単価 (単 位 二1000ilD
6fi6870
『カ イ シ ャ 』68頁 。
goo
は 高 集 積 化 に限 度 が あ り,小 型 化 を 指 向 す る電 卓 に は不 向 き で あ っ た ・ 一 方 ・ MOS.ICは 高 集 積 化 が 容 易 で 電 卓 に は 最 適 だ った が,未 だ 実 用 化 の 段 階 に至 らず,学 界 で も否 定 的 な 意 見 が 多 か った 。 シ ャ ー プ は技 術 的 に先 行 して い た NECと 日立 にMOS・ICの 開 発 を 依 頼 し,67年12月 にMOS・IC電 卓 の 第1
号 機 を ど う に か 完 成 さ せ た.こ の電 卓 はM・S・IC35個 を 使 用 し・4キ ロ と軽 量 で,値 段 も23万 円 と,バ イ ポ ー ラ電 卓 よ り1・ 万 円 も安 く・ 本 格 的 蝿 轍
(37)
争 の幕 開 け とな った ので あ る(第3図)。
これ に対 して電 卓 の 出現 に よ り瀕 死 の打 撃 を被 った カ シオ計 算 機(機 械式計 算機の最大手)も65年9月 の トラ ン ジス タ電 卓 開 発 を皮 切 りに,次 々 と新製 品 を市 場 に送 り出 して対 抗 した。その結 果 鏑 を削 るよ うな電 卓 戦 争 が展 開 され,
132商 経 論 叢 第30巻 第2号
第6衷 日本 の用途 別IC需 要
(単位:%)
1969年 1970年 1971年 コ ン ピ ュ ー タ ・ 同 端 末 28.6 35.0
}
34.i
電 卓 53.4 42.2 31.9『
通 信 機 器 2.4 s.s 7.2
計 測 器 ・ そ の 他 7.5 5.4 s.g
産 業 用 機 器 評
一
旧
92.8 89.5
『‑
SQ.2 テ レ ビ,ラ ジ オ,ス テ レ オ 7.5 9.9
18.3
‑̲
そ の 他(楽 器 等) } 0.4 1.3
民 生 用 計 7.5 XO.3 X9.7
蕎 評
100 loo一
100
̲̲̲」
(資料)r電 臼 葉 年 鑑1971‑72』713頁 。 第7表 日本 の 用 途 別IC需 要
(単 位:%)
電通計電自時力そ
1974 1975 197fi ン ピ ュ ー タ 関 連 機 器
卓
信 機 器
測 器
子 応 用 機 器
レ ビ ・ ビ デ オ 機 器 ジ オ ・オ ー デ ィ オ 機 器
35.5 3a.0 8.6 5.3 0.7 9.4 6.2
37.0 27.0 9.2 4.5 0.8 9.5 5.8
39.2 21.3 9.4 4.2 1.0 10.6 6.5 (小 計) 95.7 93.8 92.2
動 車
計
メ ラ
の 他
2.0 4.3 0.3 1.7
2.4 1.7 0.5 1.6
2.?
2.2 0.7 2.2
(小 言D 4.3 s.2 7.s
合 計 100.0 ioo.o 100.0
̲̲̲̲剛̲̲̲̲㎞̲̲̲」
(資 料)『 電 子工 業 年 鑑1977』650頁 。
そ の 他 は 自動 制 御 機 器,自 動 販 売 機 ,電 子 レ ジ ス タ,家 電,ゲ ー ム マ シ ンな ど。
(299) コ ン ピ ュ ー タ 用ICで 細 々 と 食 い っ な い で い たIC メ ー カ ー に 大 規 模 な民 生 用 IC市 場 を 提 供 す る こ と に な っ た。 更 に シ ャ ー プ は LSI化 に よ り電 卓 の 小 型 ・ 低 価 格 化 を 図 ろ う と 日立, NEC,三 菱i電 機 にLSIの 開 発 と生 産 を 依 頼 した が, 3社 は 開 発 に は応 じ た も の
の,生 産 の 受 注 を 断 っ て き た。 よ うや く米 ロ ッ ク ウ ェ ル 社 か ら 電 卓 用LSIの 開 発 と供 給 を 受 け,シ ャ ー プ は69年3月 にMOS・LSI 電 卓 の 第1号 機 を 発 売 し
た。 これ はLSI4個 とIC1 個 を 使 用 しf価 格 も9万 9,800円 と 初 め て10万 円
の 大 台 を 切 る と い う画 期 的
(38)
な電 卓 だ っ た。
だ が,こ れ を 契 機 に国 内 電 卓 メ ー カ ー が シ ャ ー プ に 追 随 して 一 斉 に対 米 輸 入 に 飛 び 付 い た た めY米 国 製 ICが 日 本 市 場 に ど っ と 流 入 し,忽 ち電 卓 用IC,LSI の90%近 く を 奪 っ て し ま
日 本 の 半 導 体 産 業1330298)
い,国 内ICメ+は 重大 な窮地 に陥 喫.騨 醐 は第6表 及 び第7表 の
よ う に半 導 体 企 業 に と って 最 櫨 要 な 市 場 だ った か ら・ こ れ は 甚 だ 深 刻 な問 題 で あ っ た。 む ろ ん,日 本 企 業 も70年 以 降LSI生 産 設 備 へ の 投 資 を 実 施 し,必 死 に 防 戦 に努 め た が 瀾 発 九 技 術 力,醗 力 に お け る彼 我 の 差 が 大 き す ぎて ・ 事 態 の好 転 は ほ と ん ど望 み 薄 だ った 。
しか しな が ら突 然 の 天 佑 が こ の 窮 地 を 救 っ た。 即 ち,71年 に 安 い米 国 製IC を 組 み 込 ん だ騨 に トラ ブ ル が 続 出 し,電 卓 メ ー カ ー は糧 の ク レー ム と返 品 を 抱 え,パ ニ ・ソク状 態 に 陥 っ た 。 これ らの 米 国 製ICは 主 と して 東 南 ア ジ ア の 低 賃 金 国 で 生 産 さ れ た もの で あ っ た.米lcメ ー カ ー は低 賃 金 国 に 工 場 腱 設 す る際 低 コ ス トに重 点 を 置 き,品 質 管 理 へ の配 慮 を 怠 った か ら,製 造 過 程 で
の ミスや 欠 陥 要 因(ゴ ミ}キ ズ,汚 れ)を 事 前 に排 除 で き ず,不 良 品 の 大 量 発 生 を 招 い た の で あ る.こ の トラ ブ ル は1年 足 らず で 終 息 を 肚 が ・ こ の騨 の瀞 戸 で 倒 産 や 業 鷹 化 に 陥 る企 業 が 続 出 す る0方 で ・ 躰 製lcを 使 っ て い 縄 卓
メ ー カ ー は逆 に 業 績 を 目覚 ま し く拡 大 した 。 そ の 典 型 が カ シ オ計 算 機 で,72年 8月,販 売 価 格1万2,goo円 の ミニ電 卓 を 発 売 し,10ヵ 月 で10万 台 を 販 売 し,
誰 もが1台 持 て る電 卓 の辮 代 を切 り開 し1喫.当 初 は オモ チ ャの よ うな もの と 馬鹿 に して いた他 の電 卓 メー か もよ うや く電 卓 の大衆 化 とい う新 しい潮 流}こ 気 付 き,本 腰 を入 れ始 蹴 の で,安 い米 国製lcの 氾 濫 で低 迷 を強 い られ て き た国 内ICメ ー カー は完全 に息 を吹 き返 した。 つ ま り,電 卓 は立 ち後 れ て いた 日本 の半導 体 産 業 に唯0の 巨大 な市 場 を提 供 し,ICか らLSIへ の迅 速 な移 行
く
を 可 能 に した救 世 主 で あ っ た とい え る。
む ろ ん,電 子 時 計 も初 期 に お け るIC需 要 の 重 要 な一 翼 を 担 った 。 電 子 腕 時 計 は69年 に 日本 の セ イ コ ー グ ル ー プ に よ って 世 界 で 初 め て 開 発 さ れ た 。 セ イ
コ ー は電 子 腕 時 計 に最 適 な低 消 費 電 力 のC‑MOS・IC(相 補型 金属酸 化膜半導 体) の 開 発 を 大 手 半 導 体 メ ー カ ー に 依 頼 し た が,電 子 時 計 の 将 来 性 が 不 確 定 だ と の 理 由 で 断 られ て し ま っ た。 そ こで,仕 方 な く米 企 業 に発 注 した と こ ろ,69年 に 納 入 さ れ たC‑MOS・ICは 半 分 以 上 が 不 良 品 と い う深 刻 な 問 題 に陥 っ た。 こ う した 内 憂 外 患 に 直 面 して,同 社 は71年 か ら 自社 生 産 に踏 切 っ た が,予 想 外 の 高