昭 和 五 十 年 十 二 月
飛鳥藤原宮発掘調査出土木簡概報I
藤原宮出土木簡
奈良国立文
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藤 原 宮 木 簡
この概報はさきに公刊した﹁飛鳥・藤原宮発掘調査出土
木簡概報一じ ︵昭和48年5月︶以後︑藤原宮跡及び藤原京
の調査で出土した木簡について︑その主要なものを収録し
た︒出土総点数はぃ∝口点である︒但し︑﹁飛鳥・藤原宮発
掘調査出土木簡概報一口に収録したものも参照に便宜のた
め末尾に再録した︒
‑
木簡出土の地点と状況
第10次調査︵ごM﹂ 昭481‑H0?昭49・7︶
第拍次調査は︑橿原市営四分団地増設工事にともなう事
前調査として︑藤原宮西面南門推定地の南側にあたるとこ
ろで行なった︒検出した主な遺構は︑藤原宮の建物6棟︑
柵3︵大垣1︶︑溝3︑土地2の他︑弥生時代の井戸3︑
土拡多数と古墳時代の土地1︑七世紀の土佐3である︒
木簡は︑このうち︑藤原宮の西辺をかぎる大垣S A 258
の内側で︑南から北に流れる溝S D1400から瓦︑須恵器︑
土師器とともに計4点が出土している︒
第⁚H次調査︵ごこ吻 昭49・1〜49・3︑50・1︶ 第H次調査は大極殿の西150 mにあたる地区に資材置場 を造成する届出がなされたため︑工事に先立って実施した ものである︒検出した主要な遺構は︑柵1︑溝3︑井戸2︑ 土拡1で︑木簡は︑藤原宮の内裏西外郭を限る南北柵叩y SSの西側にそって南から北へ流れる溝SD 1680から計6 点が出土した︒ 第17次調査︵6AJH 昭50・4〜50・6︶ 第17次調査は︑橿原市営日高山住宅増設工事にともなう 事前調査として︑推定藤原京左京七条一坊にあたる地点で 行なった︒検出した主要な遺構は︑藤原宮の時期の柵1︑ 井戸2︑溝2である︒木簡は井戸㎝吻麟っから計9点が出 土した︒この井戸は︑内法つふ×0. 9 m深さ約1. 5 mを はかるもので︑井簡組の井戸枠が4?5段残っていた︒井 戸は多量の碑と瓦で埋められており︑木簡はその中から︑ 鞠︑羽口︑人形及び少量の土器とともに出土した︒瓦の中 には法隆寺若草伽藍に類例のある扇形忍冬文軒平瓦がある︒
第18次調査︵6 ATE 昭50・6〜50・12︶
第18次調査は藤原宮北面中門をふくむ約2m rdで行なっ
1 −
た︒検出した主要な遺構は︑門1︵猪使門︶︑建物2︑溝
︵外濠を含む︶6︑柵2︑土地3で︑木簡は︑外濠を含む
溝4条と土拡1とがら計Sつ点が出土した︒
木簡をもっとも多数出土したのは北面中門︹帥∽晏︺︵︶︶
の外側で︑藤原宮の北辺を東から西へ流れる外濠ふり︸a
の中から計脇︸点出土した︒なおS D 145は発掘区中央部
で北へ流れるS D 1901 Bにつながっている︒S D 1901 Bは
発掘面積も少く︑帥り︸きの東半部と同一の流れなので木
簡の点数は両者を含めて計算している︒ωり︸aは︑一九
六七年︑奈良県教育委員会の行なった調査によって︑藤原
宮東北辺部分で検出され︑木簡も約§つ点近く出土してい
る︒紀年をもつ木簡は持統九年より和銅二年までのもので
︵1︶あった︒今回検出したSD 145では持統五年︵辛卯︶から
大宝三年までの紀年をもつ木簡が出土している︒木簡は溝
の東半部で特に多数検出された︵附図1参照︶︒
土佐口内応召はωり︷色の南岸︑北面中門の東約15mの
ところで検出され︑そこから木簡が12点出土した︒木簡の
中には大宝三年の紀年のある付札と︑門号﹁腹王﹂ ﹁猪使
門﹂と記したものがある︒平安宮では北面中門を偉容門︵猪
使門︶︑北面東門を達智門︵丹洽比門︶と称しているから︑
藤原宮の北面中門・東門が猪使門・腹王門である可能性は大きい︒そうとすれば藤原宮の宮城門号に新知見を加えたものである︒また北面中門の内側で東から西に流れる溝︵内濠︶帥り︸畠から2点︑及び北面中門造営時に埋めたてられた南北溝S D 1901 Aから計5点木簡が出土している︒しかしながらS D 143 ・ S D 1901 Aから出土した木簡には判読できるものはなかった︒﹁飛鳥・藤原宮発掘調査出土木簡概報卜﹂から再録した
藤原宮出土木簡の地点と状況は次の通りである︒
第1次調査︵6AJH 昭44・12〜45・5︶
第1次調査は宮域の南辺中央部で行ない︑かって日木古
文化研究所の調査で検出され︑未報告になっている朝堂
院南門と推定される遺構を再確認し︑同門と朱雀門の関
連を究明しようとした︒検出した主な遺構は︑再検出の
推定朝堂院南門叩り呂ごと︑その南北を走る東西溝印り
呂とωり・旨で︑朝堂院南門と別個の朱雀門は存在し
ないことが明らかとなった︒木簡は南溝SD 501 ︵"点︶
とSD 502︵26点︶から27点出土している︒
第2次調査︵ごご吻 昭45・7'‑^45・11︶
2
第2次調査は大極殿跡の東南地域について行なった︒検
出した主要な遺構は礎石を有する建物・池・溝・柵等で︑
木簡は東西棟礎石建物叩ま回っの桁行柱列の東から五本
目の柱穴の埋土中から2点検出したが断簡で判読し難い︒
この建物は朝堂院回廊から約30m北にあり︑かって日本
古文化研究所の調査でも一部検出されていたもので︑今
回の第2次調査とあわせて桁行六間・梁間四間の礎石建
物であることが判明した︒
第4次調査︵6AJF 昭46・H?47・5︶
第4次調査は大極殿東方区域で行ない︑藤原宮の遺構と
しては溝︑柵︑磯敷等を検出した︒木簡は藤原宮の溝卯り
︸呂︵42点︶ SD 850︵7点︶とがら計49点が出土した︒
S D 105は内裏東外郭を限る柵S A 865の東約5mにあ ︵2︶ って︑奈良県教育委員会の調査で発見され︑木簡を出土
した溝印り︸呂の上流にあたっている︒㎝し函つは叩り
︸呂のさらに東約17mのところにあって奈良県教育委員
会の調査で発見された溝SD 101につながる可能性があ
る︒
第5次調査︵6AJ﹂ 昭47・3〜47・8︶
第5次調査は藤原宮の西辺︑西面中門以南の官栃地域で 行ない︑南北棟の建物2棟と井戸1を検出した︒木簡は 井戸叩吻コSで計3点が出土した︒
注︵I︶ ・ ︵2︶ ﹃藤原宮﹄ 奈良県教育委員会一一
木簡の形態分類
ぶご︸型式 短冊形︒
6015型式 短冊形で︑側面に孔を穿ったもの︒
ふご口型式
ふつご型式
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長方形の材の両端左右に切りこみをい ご︸型式 小型矩形の材の一端を圭頭にしたもの︒ ついに型式 小型矩形のもの︒ 短冊形と推定できるもの︒
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回諮型式 長方形の材の一端の左右に切りこみを
いれたもの︒
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(二)
ご型式 長方形の材の一端の左右に切りこみを
いれ︑他端を尖らせたもの︒
回ご型式 長方形の材の︸端の左右に切りこみが
あるが︑他端は折損あるいは腐蝕して
不明のもの︒
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回ご型式 `呂口型式
`つご型式
`回い型式 長方形の材の一端を尖らせたもの︒ 長方形の材の一端が尖って他端の形態が 不・明のもの︒ 用途の明瞭な木製品に墨書のあるもの︒
ある種の用途をもつと推定される木製品
に墨書のあるもので︑その用途が判然と
しないもの︒
回ご型式 折損︑腐蝕その他によって原形の判明し
ないもの︒
`S︸型式 削屑 三︑凡例 以下︑出土遺構ごとに本文を掲げる︒各遺構から出土し た木簡の配列は用途別に記載し︑最上段に出土地点︵アル ファベ″卜・数字︶︑つぎの段に形態分類記号︵本概報で は干位の6を省き︑3ケタで表わす︶それぞれ記した︒ ﹁ ﹂が二個あるものは表裏に記載のあることを示し︑﹁﹂ の中にさらに﹁ ﹂のあるものは同一面に別筆のあること を示す︒
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図 1
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図 2
S D145木簡出土状況略図
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第18次木簡出土地点略図
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方眼は3×3m 数字は木簡出土点数
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