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日本の対中パブリック・ディプロマシーの役割と課 題

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日本の対中パブリック・ディプロマシーの役割と課

著者 張 雪斌

雑誌名 同志社法學

巻 65

号 4

ページ 993‑1024

発行年 2013‑11‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014590

(2)

(   同志社法学 六五巻四号七九

張          雪   

はじめに

 近年、外交環境が目まぐるしく変化している中、日本のパブリック・ディプロマシー政策 1

に関する議論が盛んに行われている。新興国の台頭によるパワー・バランスの変化や多様な非国家主体の影響力拡大という二つ大きな変化に対処するため、﹁各国の政策決定層に対する直接的な働きかけに加えて、一般国民層における対日理解を促進し、日本に対するイメージや親近感を高めてもらうことが不可欠﹂だと考えられている

)2

。 外国国民の自国に対する認識、態度が自国の外交環境に与える影響に関する研究と現場の実践は長い歴史を持っている。国際秩序の変化に伴い、外国の大衆を対象に行われる外交行動も変容してきた。限定された目的達成のための心理戦、広範囲で意図的に行われる情報操作、プロパガンダ、そして一方的な政策、文化に関する発信である文化外交を超

九九三

(3)

(   同志社法学 六五巻四号八〇

え、今日のパブリック・ディプロマシーの定義は双方向の発信、理解、価値創造にまで進化を遂げた。 二〇〇〇年代以降、各国の政府関係者だけでなく、多くの研究者もよりいっそうパブリック・ディプロマシーに注目するようになった。同時多発テロ事件がポスト冷戦時代におけるパブリック・ディプロマシーの重要性を浮き彫りにしたのに対し、対テロ戦争に合わせて行われたアメリカのパブリック・ディプロマシー政策はパブリック・ディプロマシーを巡る規範研究に失敗例としての研究材料を提供した。国家の役割を重視し、パブリック・ディプロマシーの戦略性を強調する研究(例として、

M or , 20 06 ; S he afe r a nd S he nh av , 20 09

)にせよ、多様化した国家以外のアクターによる役割を重視し、パブリック・ディプロマシーにおけるNGOなど市民の自主性を強調する研究(例として、

P ay ne , 20 09 a, b; L ’E ta ng , 20 09 ; O rd eix -R ig o a nd D ua rte , 20 09

)にせよ、ほとんどの先行研究はグローバリゼーションや情報、通信技術の進歩に伴う、非政府アクターの多様化と役割の増大、自発的な交流の活発化など、パブリック・ディプロマシーが直面している世界の変化に注目してきた(

G re go ry , 20 08 : 28 2 - 28 7

)。そして、それらの多くは社会学、心理学、メディア論など多様な手法を駆使し、新たな変化に対応できる新しいパブリック・ディプロマシー(

N ew P D

)のあるべき姿について論じてきた。しかし、理論、規範研究と比べ、実証的な事例研究が少なく(

P am m en t, 20 13

)、新しいパブリック・ディプロマシーに対する期待が膨らむ一方で、期待と現実の間に存在するギャップに注目し、さらにその原因を探る研究が決定的に不足している。 焦点を近年の日中関係に当てると、期待された役割と日中関係の現状の間に存在するギャップが対外政策としてのパブリック・ディプロマシーの問題と課題を浮き彫りにする。日本政府は従来、中国国民の対日感情を重視してきた。国交正常化を契機に中国を重要対象地域に設定し、対中パブリック・ディプロマシーに注力してきた(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:二七)。近年、経済発展を背景に、中国における日本語学習者数、訪日中国人観光客数が急 九九四

(4)

(   同志社法学 六五巻四号八一 増し、日本のポップ・カルチャー、コンテンツ商品が中国で人気を集めている。その一方で、中国人の対日感情は依然として低い水準で推移している(園田、二〇一一)。 日中間の経済相互依存が深化し続ける中、二〇一〇年、中国のGDPが日本を越え世界第二位となった。急速な軍備増強を進めると同時に国益、﹁核心的利益﹂の解釈を拡大している中国に対し、日本政府は危機感と警戒心を強めている

)3

。パワー・シフトによる安全保障環境の変化にどのように対処すべきかを巡って、日本国内においてさまざまな議論がなされている。日本独自の防衛力の増強、日米同盟の強化、周辺諸国との連携などの対策が盛んに議論されているのに対し、対中政策としてのパブリック・ディプロマシーに関する議論は日中関係の変化に十分に対応できていない

)4

。しかし、多くの研究が示しているように、近年の中国においては、ナショナリズムの高揚が政府の対外政策を硬直化させており、世論の影響を利用し、自らの組織利益を確保しようとする政府内外のアクターも出現している(ヤーコブソン、ノックス、二〇一一

;

浅野、二〇一一)。実際、日中関係の現状はパブリック・ディプロマシーに関する研究に対し、﹁友好﹂より現実的な目標設定や﹁相互不信﹂の理由に対する分析をかつてないほど求めている。 そこで、本稿は以下の二つの問題意識に基づき、議論を展開する。一つは外交環境が変化する中、日本の対中パブリック・ディプロマシーがどのように変化し、近年どのような特徴をもっているのかである。いま一つは期待と現実の間のギャップに注目し、日本が対中パブリック・ディプロマシーを重視してきたにもかかわらず、なぜ中国大衆の対日感情が本格的な改善に至っていないかである。 具体的には、まず、近年変化している日中関係を概観し、対中パブリック・ディプロマシーが置かれている外交環境の変化について論じる。そして、一九八〇年代以降の日本の対外政策における対中パブリック・ディプロマシーの変遷と特徴を明らかにする。最後に、近年のパブリック・ディプロマシーの理念的特徴に注目し、今日における日本の対中

九九五

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(   同志社法学 六五巻四号八二

パブリック・ディプロマシーが果たし得る役割と問題、課題を分析する。詳述は省略するが、パブリック・ディプロマシーの先行研究は具体的なプログラム、プロジェクト、いわゆる政策の内容に注目するものと、政策関係者、有識者により構築された理念に注目するものに分けることができる。政策内容に対する評価が大変重要だが、効果を測る方法が確立されていないため、パブリック・ディプロマシーを政策として厳密に評価することが大変困難である。しかし、関連機関が公表した数々の報告書における環境変化に対する認識と、取るべき対策を巡る認識の変化を分析することで、政策立案を左右する理念の変化を捉えることができる。したがって、本稿は日本のパブリック・ディプロマシーの理念変化に注目し、先行研究で形成された規範や社会心理学の知見を用いて対中パブリック・ディプロマシーに対する評価を試みる。

Ⅰ 対中パブリック・ディプロマシーを取り巻く外交環境の変化

 その他の対外政策と同じように、パブリック・ディプロマシーはしばしば外交環境の変化に制限され、さまざまな変化に対応することが求められる。本章では、日本の対中政策を取り巻く環境の変化、とりわけ二〇〇〇年以降を中心に分析し、外交環境の変化による要請を明らかにする。近年の日中関係の変化に関して、政府間関係に対する分析のみでは不十分なため、本稿はグローバル、日中両国間、日中両国内という三つのレベルにおいて分析を行う。

1 東アジア地域と国際社会を揺るがす中国の大国化 東アジア地域において、中国は名実ともに大国になってきただけでなく、その影響力は東アジア以外の地域において 九九六

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(   同志社法学 六五巻四号八三 も拡大している。周知のように、中国は改革開放政策を推進し、一九九〇年代以降高い成長率を維持してきた。二〇一〇年では、中国のGDPは初めて日本を超え、世界第二位の座に就いた。グローバリゼーションを背景に、積極的に国際経済協力レジームに参加し、国際的相互依存の深化を生かした中国は高度成長のチャンスを手に入れたと同時に、東アジア地域と世界経済を牽引する存在となった。欧米諸国の影響力が相対的に低下している一方で、中国はますますプレゼンスを強め、東アジア地域と国際社会における自らの影響力を拡大している(伊藤、二〇一〇)。近年では、急激に拡大している中国の影響力は東アジア地域にとどまらず、中央アジア、アフリカ、ラテンアメリカ地域にも広がり、中国は中国式発展モデルを用いてアメリカの覇権に挑戦しているとも警戒されている(ハルパー、二〇一一)。 このような経済発展を背景に、中国は軍事力の近代化を着実に進めてきた。従来陸軍を中心とする人民解放軍は近年海軍、空軍、ミサイル部隊の作戦能力向上を図っている。軍事力の増強を背景に、中国は﹁責任ある大国﹂の姿勢を標榜し、積極的に国連平和維持活動やソマリアにおける海賊対処活動に参加するようになった一方で、海上における米国や周辺諸国との対立、摩擦は国際社会の懸念を強めている(防衛研究所、二〇一二)。武力による台湾問題の解決を否定しない中国は台湾に対する軍事力の優位を手に入れつつあるだけでなく、﹁接近阻止、地域拒否(

A nt i-a cc es s, A re a de nia l

)戦略﹂に基づき、アメリカに対抗しうる能力を目指している。今後十年間、持続的な経済成長が保障される場合、技術と装備の制限があるとはいえ、太平洋における中国とアメリカの主導権争いが常態化するとの予測もある(江口・吉田・浅野編、二〇一二)。 覇権国であるアメリカとの距離を縮めている中国は超大国としてパワー・トランジションを引き起こすかのような外国の議論(

R os s a nd Z hu , e ds . 20 08

)に対し、中国国内にも国際社会における自らの位置づけに関する議論が増えてきた。中国の﹁台頭﹂、あるいは﹁復興﹂に対し自信を持ち、さらなる影響力拡大を求める声に対し、指導者と多くの有識者

九九七

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(   同志社法学 六五巻四号八四

は世論の膨張を警戒し、慎重な態度を示してきた(浅野、二〇〇八)。中国はアメリカに挑戦しうる超大国か、そして超大国を目指すべきかのような議論はまだ確かな結論に至っていないが、中国の経済成長と影響力の拡大は続いている。 そのような中国の変化について、日本政府も注目している。二〇〇〇年以降の﹁外交青書﹂ 5

はたびたび東アジア地域における中国の台頭に言及し、中国の台頭が国際社会に貢献できるように日本が協力、関与する姿勢を示していた。二〇一〇年九月に起きた尖閣諸島周辺での漁船衝突事件をきっかけに、二〇一一年度版外交青書は初めて中国の透明性を欠いた国防力強化や海洋活動の活発化に対する懸念について言及し、中国に一層の透明性と適切な役割を求める日本政府の姿勢を示した。さらに、二〇一二年度版外交青書では、アジア太平洋地域にあるリスクを最小化し、成長の機会を最大化することの重要性が強調され、地域における開放的で多層的なネットワークへの中国の参画が不可欠とも指摘されている。

2 日中相互依存関係の深化と対立の複雑化 二〇〇〇年代以降、とりわけ小泉政権期の日中関係はしばしば﹁政冷経熱﹂と表現される。小泉政権以降の日中政府間関係も改善と悪化を繰り返していたが、経済面における相互依存がさらに深化し、文化、人的交流なども進んできた。二〇一一年現在、日中間貿易総額は三、四四九億ドルであり、中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、中国にとって日本は第二位の貿易相手国である。日本の対中直接投資は六三・五億ドルであり、二万二三〇七社の日本企業は中国に進出しており、これらの数字は国別では一位である。さらに、日中間の人的往来は年間約五〇〇万人にのぼり、数々の交流は日中間の距離を縮めているとされる 6

。日中両国は隣国であり、比較的近い文化的、歴史的背景をも共有している。これを土台に中国の経済成長と日本の対中経済協力、進出を加えて考えると、日中間の相互依存や交流の深化はご 九九八

(8)

(   同志社法学 六五巻四号八五 く自然な変化だといえる。しかし、そのような変化と並行し、日中間の摩擦と対立も複雑化してきた。 日中両国は一九七二年の国交正常化当初から主な対立イシューを三つ抱えてきた。歴史認識問題、領土、資源問題と台湾問題である。冷戦の最中に実現された日中国交正常化は三つのイシューについて根本的な対策を出せず、問題の解決を先送った。冷戦終結後、三つのイシューによる対立、摩擦がますます激化し、複雑化してきた 7

。歴史認識問題は靖国神社問題、歴史教科書問題、戦後賠償、補償問題などに細分化することができ、それらの問題はまた反日デモのような新たな問題につながる。また、領土、資源問題や台湾問題は日中の相互不信を深め、尖閣諸島周辺漁船衝突事件のような突発的な事件は日中安全保障関係を揺るがしかねないほどのインパクトを持つようになった。二〇一二年八月、尖閣諸島をめぐる日中間の対立がさらに深化し、中国政府関係者が尖閣諸島を核心的利益であると表明し、強硬な姿勢を見せた(時事通信、二〇一二)。中国全土に広がる反日デモとレア・アースの対日輸出規制措置が示すように、尖閣諸島を巡る日中間の対立は単なる領土問題を超え、中国国内の社会問題と連動しており、両国の経済関係、民間交流にもマイナスな影響を与えた。 一九八〇年代以降の外交青書によれば、日本政府は従来日中関係が抱える対立イシューに注視し、大局観に基づく日中間の協力の重要性を強調してきた。二〇〇〇年代以降、多様化、複雑化する問題を解決するための政府間協力、対話だけでなく、民間レベルの交流による中国人の対日イメージ向上、対日理解の重要性がより一層強調されるようになった。

3 日中両国の国内政治と増大する世論の影響 周知のように、国家の対外政策に決定的な影響を与えるのは国際システムの変化をはじめとする外部環境であるが、

九九九

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(    同志社法学 六五巻四号八六

国家の内部環境の変化による影響も無視できない。日中両国の対外政策と二国関係を解明するには両国の国内政治や社会の変動に対する分析を行わなければならない。民主主義国家であり、言論の自由が保障されている日本と比べ、一党独裁体制の下で国内世論をコントロールしている中国は常に合理的に国益の最大化を図っているという分析に対し、近年中国の変化に注目した批判もある。改革開放の深化に伴い、対外政策の決定プロセスが複雑化し、関連するアクターの増加とメカニズムの多元化が確認された。伝統的な政策決定アクターである党、政、軍に対し、地方、企業など新たなアクターの役割が急増し、とりわけ世論は後押しの役割も果たしているため、どのアクターも無視できない存在となってきた(浅野、二〇一一:三八

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-九

〇)。しかし、中国政府が日中関係のさらなる悪化を回避すべく、ナショナリスティックな世論に対するコントロールを強化したとはいえ、その効果は限定的である。世論調査の結果が示すように、領土、資源問題をめぐり、多くの国民は軍事行動を含む強硬な対応を容認している 8

。世論の支持を受け、日中政府が合意した東シナ海ガス田の共同開発に反対する軍関係者も現れている(朝日新聞、二〇一二)。このような中国の変化に対し、日本政府は危機意識を持ってきた。二〇〇〇年以降の外交青書においては、中国の世論による影響に関する直接的な言及はないが、対日感情の改善と相互理解の重要性は常に強調されている。 一〇〇〇

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(    同志社法学 六五巻四号八七  では、対外政策決定プロセスが複雑化し、世論の影響が拡大してきた中国に対し、日本の国内政治と対中世論はどのように変化しただろうか。日本は民主主義国家であり、対外政策は当然ながら世論の影響を受ける。小泉政権では党内の政治基盤が脆弱だったが、世論の支持を得られたため効率的に対外政策を打ち出せたとされる(信田、二〇〇六)。その後の安倍政権から菅政権までの各政権は約一年という周期で交代してきた。首相退陣の理由はそれぞれ異なるが、一年という政権運営の期間では、一貫性のある外交活動が安定的に行われたとは考えにくい。官邸主導、政治主導が強調されてきたこととは裏腹に、﹁ねじれ現象﹂が常態化し、さらに小選挙区制が導入された選挙が頻繁に行われていたため、政権運営はマスコミや世論の圧力に敏感に反応せざるを得なくなっている(ローゼンブルース、ティース、二〇一二:二三四

-二

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-二五五)。

Ⅱ 日本のパブリック・ディプロマシーにおける中国の位置付け

 これまでは近年日中関係の変化、すなわち日本の対中パブリック・ディプロマシー政策を取り巻く環境の変化を分析してきた。本章は環境変化に対する日本政府の認識に注目し、対中パブリック・ディプロマシーの変遷を明らかにする。日本の対中パブリック・ディプロマシーそのものをテーマにする研究成果(

V ya s, 20 11 ;

井出二〇〇七を挙げることが

一〇〇一

(11)

(    同志社法学 六五巻四号八八

できる)はさほど多くないとはいえ、日本のパブリック・ディプロマシー政策、ソフト・パワー、国際文化交流に関する先行研究は必ず中国について言及している(

W at an ab e an d M cC on ne ll ed s., 20 08 ; L ee a nd M eli ss en , e ds ., 20 11 ;

H ay de n, 20 12 ;

平野監修二〇〇五)。多くの先行文献が明らかにしたように、中国は日本のパブリック・ディプロマシー政策において、重要な対象とされてきただけでなく、場合によってはソフト・パワー、プレゼンス競争のライバルでもある(

H ay de n, 20 12 ; H en g, 20 10

)。 では、日本政府はどのように対中パブリック・ディプロマシー政策を設定してきただろうかという質問に対し、ほとんどの先行研究は対日理解や対日感情の改善という理論的前提を受け入れ、政策の内容に注目しているため、満足のできる答えが出されていない。換言すれば、日本の対中パブリック・ディプロマシーはパブリック・ディプロマシー政策を説明するためのファクターとして捉えられてきたが、それ自体の目的、目標が十分に分析されていない。本章では、個々の活動内容に対する評価ではなく、変化を促す時代背景を意識し、日本政府が公表している資料や先行研究を参考に対中パブリック・ディプロマシーの変遷を論じる。

1 一九八〇年代 戦後の日本は軍事国家から文化国家へと自らの国家アイデンティティを改め、政府の主導の下でパブリック・ディプロマシーを始めた。一九七〇年代、経済の復興やニクソンショック、東南アジア諸国における反日活動を背景に、日本政府はパブリック・ディプロマシーにいっそう注力し、専門機関である国際交流基金を設立した(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:一九

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(    同志社法学 六五巻四号八九 化交流研究会、二〇〇五)。現在、日本のパブリック・ディプロマシーは外務省、文部科学省などの政府省庁や独立行政法人国際交流基金、そして政府の支援を受ける多くの民間アクターに担われており、日本の文化や対外政策を巡る発信だけでなく、多様な双方向文化活動、国際交流が行われている。 日本の対中パブリック・ディプロマシーは一九八〇年代以降本格的に始まった。当時の大平政権は﹁環太平洋連帯構想﹂を打ち出し、アジア太平洋地域における先進諸国だけでなく、さまざまな問題を抱えるアジアの発展途上国との関係も重視していた。経済、文化の両面で西側諸国と協力し、アジアにおける唯一の先進国としての立場を活用し、アジア太平洋地域における協力枠組みの構築に意欲を示した

)9

。中国に対する経済、技術面の支援やパブリック・ディプロマシーもその目標を実現するための政策の一環であった。当時の中国は十年以上も続いた文化大革命を収束させ、改革開放政策のために西側諸国の協力を求めていた。日本はそうした中国の改革開放を支援するため、援助協力政策と合わせ、中国における日本語教育や日本文化の紹介活動をスタートさせた(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:四五

四八)。長い間国際社会、とりわけ西側諸国との交流をほとんど持たない中国の改革開放路線を安定化させ、西側諸国との協調的な関係を維持させることは日本の重要な外交課題であり、対中パブリック・ディプロマシーはそのような明確な目標設定に基づくものであった。一方、一九八〇年代では、日本が経済大国になるにつれ、欧米諸国との貿易摩擦やそれに伴う日本批判が増加した。そのような中、日本政府にとってパブリック・ディプロマシーは日本の安全保障に欠かすことのできない要素だと考えられていた(国際文化交流推進会議、一九八九a)。アジア地域も重要な対象地域とされていたとはいえ、欧米諸国に協力するための﹁世界貢献﹂の対象であった側面は否めない(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:六一

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一〇〇三

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(    同志社法学 六五巻四号九〇

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2 一九九〇年代 冷戦の終結に伴い、日本外交は新たな課題に直面した。冷戦時代西側陣営の一員、そしてアジアにおけるアメリカの同盟国として外交活動を展開していた日本にとって、グローバルな協力とアジア太平洋における地域協力を共に再定義、再構築する必要が生じ、ポスト冷戦時代の日米同盟関係の維持と深化を図らなければならなかった。さらに、冷戦終結後噴出した中国、韓国などとの歴史認識問題もまた日本の周辺国外交に大きな課題をもたらした。そのような外交環境の変化による影響を受け、日本のパブリック・ディプロマシーも進化を遂げた。細川政権時の総理懇談会報告書﹁新しい時代の国際文化交流﹂や村山政権の﹁平和友好交流計画﹂で確認できるように、欧米諸国との交流がますます重要になってきたと強調される一方、アジア諸国との文化交流や交流を通じる国際貢献は一九八〇年代以上に注目されるようになった。専門機関である国際交流基金の下では、新たな時代におけるグローバルレベルのパートナー・シップを推進し、揺るぎない日米同盟を堅持するという明確な目標を持つ日米センターが発足した。日米センターの事業領域は一、政策志向型研究を含む知的交流、二、相互理解を促進するための地域、草の根交流という二種類に大別することができる(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:二二七

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(14)

(    同志社法学 六五巻四号九一 の共同歴史研究を始めとする平和友好交流、相互信頼醸成のための知的交流などの活動が追加された。一九九五年に、アセアンセンターの活動を受け継ぎ発足したアジアセンターの主要目標は一、アジア諸国間の相互理解の推進と二、アジア地域が共通に抱える問題を解決するための共同作業の推進とされた(国際交流基金三〇年史編纂室編、二〇〇六:二四九 四校変なうよのそは﹂平を大﹁るあつつし化変化学代・表五:二一〇、島川二小(るあで例好る熊す 業に〇年代事おいて、九九化一。たしトフシへ流交文拡のか大がと業事同共中日、れら図に却D脱時にO同A業らの事 マィプロ変シも化し・、デくクッリブパづ基にれそと中対ー経育済向方双らか成育材人やの教語のめたるえ支を援支学 と必要だて言及され解いが交理互相流のルベレの々。種たや一し九政中対の本日、めたた策化九が係関中日の代年〇変 なった史。そして、歴うにくよるす価評高を性要重の識認よ問摩以、にめたるす処対に擦前題関り日中るすとめじはを係

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一〇〇五

(15)

(    同志社法学 六五巻四号九二

3 二〇〇〇年代以降 二〇〇〇年代前半において、二つの出来事が日本の対外政策、そしてパブリック・ディプロマシー政策に変化をもたらすきっかけとなった。一つは米国で起きた同時多発テロ事件であり、いま一つは小泉首相による靖国神社参拝であった。同時多発テロ事件以降、米国をはじめとする多くの国々はソフト・パワーを獲得する手段としてのパブリック・ディプロマシーに注目し、政策関係者、研究者、そしてジャーナリストの間ではソフト・パワーやパブリック・ディプロマシーに関する議論が急増した。小泉首相の靖国神社参拝に対し、中韓の大衆が激しく反発する中、日本政府もパブリック・ディプロマシーの重要性を再確認し、日本文化の発信や民間レベルの相互交流活動を強化しようとした。 小泉政権期の文化外交の推進に関する懇談会が提出した報告書では、パブリック・ディプロマシーの死活的重要性が強調され、外交戦略に資するように、日本文化の魅力をアピールし、発信力の強化と相互交流を通じ、諸外国の対日イメージ向上や親日感の醸成という明快な目標が示された。そして、パブリック・ディプロマシーの目的は一、﹁自国についての理解促進とイメージ向上﹂、二、﹁紛争回避のための異なる文化間、文明間の相互理解と信頼の涵養﹂、三、﹁全人類に共通の価値や理念の育成に向けての貢献﹂に設定された(首相官邸、二〇〇四)。中国を始めとする東アジア地域はパブリック・ディプロマシーの重点対象地域として再確認され、二国間の相互理解だけでなく地域レベルの共通意識の醸成も強調されるようになった(首相官邸、二〇〇四:二〇

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一二国際交流基金、〇公〇三)。二〇〇八年に 一〇〇六

(16)

(    同志社法学 六五巻四号九三  重要性に対する認識が広がったとはいえ、日本のパブリック・ディプロマシー活動が順調に拡大してきたわけではなかった。多くの対外政策と同じように、パブリック・ディプロマシーは国内政治の変化による影響をも受けている。とりわけ中央省庁再編や特殊法人改革はパブリック・ディプロマシーに大きな影響を与えてきた。組織と政策の妥当性だけでなく、効率性が厳しく求められる中、外務省はパブリック・ディプロマシーに対するさまざまな批判を強く意識するようになり、政策立案、実施の重要性、効率性を強調するようになった(外務省、二〇一二:三)。従来高い独立性が認められてきた国際交流基金も自らの目標と活動を対外政策と合わせて設定し、存在意義を強調せざるを得なくなった ₁₀

。外交環境の変化と行政改革による影響を背景に、パブリック・ディプロマシーの主要アクターである外務省広報文化交流部と独立行政法人国際交流基金はそれぞれ自らの業務と活動について議論しており、新しい時代におけるパブリック・ディプロマシーのあり方を模索している(外務省、二〇一二a

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国際交流基金、二〇一〇)。 内外の環境が激しく変化する中、とりわけ二〇〇〇年代後半以降、日本のパブリック・ディプロマシー政策における中国の存在感が増してきた。前章で述べたように、近年中国が著しく台頭し、日中政府、大衆間に存在する問題が多様化、激化してきたため、パブリック・ディプロマシー対象国として中国の重要性が増すことは当然だといえる。一方、日本のパブリック・ディプロマシー政策における中国の位置づけは、台頭する競争相手、あるいは挑戦者であるようにも認識されるようになってきた。二〇一二年七月に外務省広報文化交流部長に提出された、有識者による報告書﹁三・一一後の広報文化外交﹂では、中国はパブリック・ディプロマシーの新たな有力プレイヤーとして挙げられ、﹁日本の広報文化外交はこれまでにない挑戦をうけつつある﹂とも述べられた(外務省、二〇一二c:二)。中国の台頭と日本国内政治の変化という背景を考えれば、パブリック・ディプロマシー政策における中国の位置づけの変化は不自然なものではない。環境変化、そして日中両国関係の変化に対応するための意図的な政策変更はむしろ合理的な選択である。

一〇〇七

(17)

(    同志社法学 六五巻四号九四

では、このような日本の対中パブリック・ディプロマシーは十分に外交環境の変化に対応しているだろうかという質問に答えるために、以下では前述した外交環境の要請と合わせ、日本の対中パブリック・ディプロマシーが果たし得る役割と問題、課題を論じることとする。

Ⅲ 対中パブリック・ディプロマシーの役割と問題、課題

 以上は﹁中国の台頭﹂による日中関係の変化と日本の対中パブリック・ディプロマシーの変遷を述べてきた。本章は外交環境の変化と政策理念の変化を合わせて検討し、対中パブリック・ディプロマシーが果たし得る役割と問題、課題に対する分析を行う。 日本のパブリック・ディプロマシー政策は常に外交環境の変化に対応し、対中パブリック・ディプロマシーも東アジア地域における日中関係の変化と連動してきた。一九八〇年代において、西側陣営の一員としての日本にとって、中国を含む東アジア地域を対象とするパブリック・ディプロマシーは﹁世界貢献﹂の一部であった。改革開放政策を打ち出した中国政府は日本の経済、技術支援を期待し、日本との文化交流を積極的に推進していた。安定した両国関係を背景に、中国の大衆は従来交流のなかった、経済大国である日本に対し、文化的親近感と強い関心を示した(

V ya s, 20 11 : 89 - 90

)。冷戦終結後の一九九〇年代では、中国経済が急速に発展し、東アジア地域における多国間協力も深化したため、パブリック・ディプロマシー政策対象国としての中国は一九八〇年代より重要視されるようになる。しかし、歴史認識問題の浮上は中国人の対日感情を悪化させ、日本の対中パブリック・ディプロマシーに新たな難題をもたらした。二〇〇〇年代以降、対象地域としての中国の重要性がさらに増し続けてきたが、日中両国が抱える問題、課題も急増した。 一〇〇八

(18)

(    同志社法学 六五巻四号九五 第二章で述べたように、今日では、﹁中国の台頭﹂は日本の対中パブリック・ディプロマシーに新たな可能性と問題、課題を与えた。

1 日本の対中パブリック・ディプロマシーが果たす役割 近年外務省や国際交流基金が公表した報告書、年度計画、そして実際の活動の内容、テーマからわかるように、日本政府によるパブリック・ディプロマシー政策に対する認識と対中パブリック・ディプロマシーにさまざまな変化が生じている。そのような変化はすべて日中関係による影響を受けているとは限らないが、﹁中国の台頭﹂に対応するための役割を果たしうる。 第一に、対外政策におけるパブリック・ディプロマシーの位置づけが明確化し、政策対象である中国の重要度が増したことにより、対中パブリック・ディプロマシーはその他の対中政策と連動し、より明確な目的に基づき立案、実施することが可能になる。日本外交におけるパブリック・ディプロマシーに関する議論は一九七〇年代以降重要視されてきたとはいえ、各関係アクターによる共通認識、目標に基づくパブリック・ディプロマシー政策が存在したとはいい難い。二〇〇〇年代以降、パブリック・ディプロマシーの重要性だけでなく、明確な戦略と体制の整備が必要であるとの議論が登場する(首相官邸、二〇〇四:一九)。外務省では、対外広報と国際文化交流を統合した﹁広報文化交流部(

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)﹂が大臣官房に新設され、国際交流基金も独立行政法人としてより対外政策に寄与するようになった(岡、二〇一二:二〇四

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(19)

(    同志社法学 六五巻四号九六

の位置づけ、目標そして責任の所在を明確にすることにより、さまざまな事業、活動に一貫性と共通認識を与え、対外政策の一環として実施することが可能になる。 前述したように、日中両国が抱える問題が増えた一方、相互依存が深化し、交流のルートと担い手も増加し、多様化してきた。そして、対中パブリック・ディプロマシーを日本の対外政策、対中政策における位置づけを明確にし、関係アクターで共有することで、蓄積されてきた日中間の交流のリソース、ネットワークがより有効に活用されることになる。民間アクターのイニシアティブ、自主性による交流も当然重要であり、とりわけ今日の日中関係において、民間アクターが果たせる役割が大きい(

V ya s, 20 11 : 15 6 - 16 3

)。しかし、政府のイニシアティブだからこそ安定的に、持続的に行われる事業もあり、政府が干渉せずに民間アクターの交流を支援、補助することで、人的交流、学術交流など交流の可能性も広がる(

N ye , 20 08 : 10 4 - 10 5

)。日本政府は﹁中国の台頭﹂による影響を強く認識しており、安全保障や経済面における多様な対策を講じている。対中パブリック・ディプロマシーを﹁中国の台頭﹂への対策の一環として捉えることができれば、非政府アクターとの協力も含め、日中関係の激しい変化に対し柔軟に、効率的に対応できる。 第二に、一方的な発信より対話を重視し、さらに協働という概念を導入することにより、常態化する中国大衆の低い対日認知的評価に新たな可能性をもたらす。本稿は対中パブリック・ディプロマシーにおける政策としての一貫性と共通認識の重要性を論じたが、それは中国の大衆に対する発信を統一し、強化することを意味するわけではない。政府の強いイニシアティブで行われる発信の重要性は疑う余地がないが、外交関係の変化による影響を受けるため、常に外国大衆の認知的評価を向上させることができるとは限らない。中国大衆が日本人の勤勉さ、日本の技術力、製品の質、アニメ、漫画を評価しているにもかかわらず、対日感情が根本的に改善されていない。その理由は日本文化の魅力、あるいは魅力のアピール方法にあるわけではない。安全保障面における対立摩擦が存在する場合、パブリック・ディプロマ 一〇一〇

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(    同志社法学 六五巻四号九七 シーが対象の認知的評価に与える影響が制限されるためである(張、二〇一二:九八 プト最、し営運をク的ェジロしてし力終に、と有るあで徴特がこ目るげ遂し成を標協 ₁₁ そ国象対、国施実策政、がまる含が容内なまざまさはにやれれ以共を標目のトクェジロにプ共民外の国がの間アクター

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。社会心理学の先行研究が示すように、単純な集団間接触や外集団に関する知識の入手は集団間の偏見を改善し、相互評価を向上させるための十分条件ではなく、対等な地位が保障され、協働を通じる接触こそが必要不可欠である(ブラウン、一九九九:二四二

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(    同志社法学 六五巻四号九八

方で、領土問題、歴史認識問題のような対立する問題と、環境問題のような共通課題を解決、改善するための議論に参加することにより、大衆は対話、協力の可能性を意識し、やがて対立する相手との間に共通する価値観と認識を生み出すことになる(

R ey ko w sk i a nd C ist ak , 20 11 : 25 4 - 25 9 ; W eh re nf en nig , 20 08

)。日中関係、そして中国の国内社会が激しく変化している中、日本の対中パブリック・ディプロマシーが発信の強調から対話、協働を重視するようにシフトすることにより、中国大衆の対日認知的評価に対し、より効果的にアプローチすることが可能になる。しかし、対話と協働は日中両国国民の相互理解を促進するための理念の変換なのか、それとも中国国民の対日理解を促進するための方法の変換なのかという問いに対し、疑問はなお残っているため、この点は次節でさらに論じることとする。

2 日本の対中パブリック・ディプロマシーの問題と課題 前節では、日本の対中パブリック・ディプロマシーが﹁中国の台頭﹂という環境変化に対し、果たしうる役割について論じたが、本節はその問題と課題を分析する。前述もしたように、日中両国は領土、資源問題をはじめとする数多くの問題を抱えている。それらの問題は両国大衆の相互評価のみならず、パブリック・ディプロマシーの効果にも大きな影響を与えている。安全保障、外交における政府間の対立、摩擦が文化、交流活動の中止、延期につながることは容易に推測できる。しかし、日中両政府の外交戦略自体に対する分析、あるいは中国政府が日本のパブリック・ディプロマシーを妨害するなどの不安要素に対する考察は日本の対中パブリック・ディプロマシーという本稿の枠組みを超えている。したがって、本稿はそれらに関する直接の言及を避け、対中政策の一部である対中パブリック・ディプロマシーの問題、課題に注目する。 第一に、日本のパブリック・ディプロマシー政策における中国の位置づけは政策の立案、実施にバランスの問題をも 一〇一二

(22)

(    同志社法学 六五巻四号九九 たらす。第二章で述べたように、日本のパブリック・ディプロマシーにおいて、中国の対象国としての重要性は増してきた。しかし、﹁中国の台頭﹂を強く意識し、グローバルレベルにおける中国との協力、交流について言及している近年の外交青書に対し、日本のパブリック・ディプロマシーにおける中国の位置づけはあくまでも周辺国の一つにとどまっている。つまり、日本の対外政策における中国の位置づけとパブリック・ディプロマシーにおける中国の位置づけの間にギャップが存在する。日米両国の関係を越え、アジア太平洋地域のみならず、グローバルレベルのパートナー・シップがテーマである対米パブリック・ディプロマシーと比べ、新興国として著しく成長し、今や名実とも大国となった中国に対するパブリック・ディプロマシーの位置づけは低い。日米は同盟国であり、価値観と戦略目標を共有しているという認識は現在広く共有されているが、戦後の日米関係に注目すれば分かるように、両国は対話、交流、協力を重ね、長い年月を経て信頼関係を築いてきた。台頭しつつも発展の分岐点にある中国に対し、近年の対中パブリック・ディプロマシーは外交戦略における中国の位置づけに基づき設定され、明確な目標を持っているとは言い難い。 さらに、一九九〇年代後半以降中国政府が積極的にパブリック・ディプロマシーを展開し、プレゼンスを強めてきた(青山、二〇〇九:一

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(23)

(    同志社法学 六五巻四号一〇〇

ィプロマシーの信頼性(

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)を損なう危険性がある。 第二に、中国大衆の対日感情にのみ注目する傾向は未だに強いため、日中大衆間相互評価のミラー効果を解消することができない。日本政府は従来、パブリック・ディプロマシーを通じ、各国国民の対日理解の深化と対日イメージや親近感の向上に努めている。一九九〇年代以降、歴史認識問題を抱え、大衆の対日感情が悪化する中国はその対象地域として重要視されてきた。しかし、近年の日中国民感情における相互評価に目を向ければ明らかなように、中国大衆が日本に対し一方的に不信、不寛容な態度を示しているのではなく、日本の世論もまた類似した側面を強めている。日中相互イメージに関する多くの先行研究はその時どきに生じた事件や中国の政治的、体制的要因に注目するが、実際日中間の相互イメージは複雑な相互関係の中で形成され、変化している(園田、二〇一二:六

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(24)

(    同志社法学 六五巻四号一〇一 的に注目すればわかるように、中国における対日理解が不足し、誤った対日認識があるため発信と交流が必要だとされている。例として、二〇〇八年に公表された﹁海外交流審議会答申﹂では、中国の青少年をはじめとする市民交流を促進することで、﹁中国では把握しにくい日本のありのままの姿を伝えていく﹂と述べられた(海外交流審議会、二〇〇八:一九)。そして、日中研究交流支援事業の目的に関しては、﹁2 日中の研究者等が交流等を行うことにより、相互理解を促進し、日本の知的レベルに対する中国側の適切な認識を得て、中国国内における知日家を育成していく﹂(外務省、二〇一二b)とされている。さらに、国際交流基金の国別事業計画では、﹁中国とのより安定的な未来志向の関係を構築するため、地方展開にも留意しつつ、若い世代を中心により広い市民レベルの対日観の改善、親近感の醸成と対日理解の促進を図る﹂と述べられている(国際交流基金、二〇一二:一四)。相互理解が強調されているものの、日中関係の現状に対する問題意識が中国側の問題に集中しているため、日本の対中パブリック・ディプロマシーにおける交流は手段であり、その目標は中国大衆の正しい対日理解を実現することにあるように読み取ることができる。互いに対するマイナス評価、不寛容な態度が影響しあうミラー効果を背景に、中国大衆の対日理解不足と誤解を前提とする対中パブリック・ディプロマシーのアプローチには限界があると言わざるを得ない。

おわりに

 パブリック・ディプロマシーの重要性とあるべき姿を強調する議論が急増する中、本稿は空間と時間という二つの軸で近年の日中関係と日本の対中パブリック・ディプロマシーの変遷を分析した。魅力的な文化を媒体とし、強い政治的主張をせず、民間アクターの役割を重視する日本のパブリック・ディプロマシーにとって、﹁台頭する中国﹂は特殊な

一〇一五

(25)

(    同志社法学 六五巻四号一〇二

存在である。中国の経済発展や日中間多様な交流の深化を背景に、日本の対中パブリック・ディプロマシーの活動空間は広がってきた。一方、日本と中国は価値観、政治体制を共有していないだけでなく、領土、資源問題や歴史認識問題など複雑な問題を抱えている。そして、台頭する中国は日本にとって、パブリック・ディプロマシーの対象地域のみならず、強力な競争相手でもある。さらに、中国大衆の対日感情評価が一方的に悪化しているのではなく、日本の大衆の対中感情もまたかつてないほど悪化している。﹁中国の台頭﹂という環境の変化はもはや不可逆であり、日本にとって、日中間パワー関係変化によるリスクと相互依存関係の深化による機会が併存する複雑な状況がすでに定着している。そのため、環境変化の挑戦に直面しており、﹁中国の台頭﹂によるリスクの最小化、機会の最大化を目指す日本にとって、日中大衆間の相互不信、不寛容を緩和し、世論が安全保障に与える不安要素を除くことと、さらなる協力アジェンダを社会レベルで共有し、戦略的協力関係を推進することが対中パブリック・ディプロマシーに求められている役割である。 日中関係をはじめとする外交環境の変化に対し、日本政府は常に注目し、対応してきた。一九八〇年代以降の対外政策にける中国の位置づけの変化から分かるように、日本の対中パブリック・ディプロマシーは対外戦略と日中関係の変化に応じて修正、実行されてきた。二国間レベルでは、中国の発展状況、国内情勢は意識され、中国一般大衆の対日感情に強い影響を与えるイシューに対応する形で対中パブリック・ディプロマシーの目的、内容が構成されてきた。そして、東アジア地域における国際関係の変化を鑑み、中国における新たな東アジア認識も対中パブリック・ディプロマシーの目標に含まれるようになった。中国が著しく台頭し、日中関係が激しく変化する中、対中パブリック・ディプロマシーを支える理論構築がさらに進化してきた。一方的な発信と魅力のアピールより対話が重要視され、協働に関する議論も増えており、中国大衆の対日認知的評価に対するアプローチが注目されるようになった。 しかし、対中パブリック・ディプロマシーに対する日本政府、有識者の認識と日中関係の現状を合わせると、問題と 一〇一六

参照

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