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新島襄の英学事始め

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(1)

新島襄の英学事始め

著者 三好 彰

雑誌名 新島研究

号 110

ページ 101‑119

発行年 2019‑02‑12

権利 同志社大学同志社社史資料センター

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000620

(2)

三 好 彰

はじめに

オランダ語で数学や航海学を学んでいた新島襄が英学に転じて英文法を学 んだ。そして「英吉利文典直訳」(目録番号上0841)1)にまとめ上げたのは文 久3年(1863)の春のことであった。これまで不明だった「英吉利文典直 訳」の原典を見つけ出すことができた。

新島は「英吉利文典直訳」の次に英語で書かれた数学書に取り組み、同志 社大学新島遺品庫にElements of Algebra2)なるノートを残している。

ついで航海学を英書で学んだ。新島遺品庫に3つの関連資料3)がある。そ の原典は中浜万次郎が翻訳したことで知られるThe New American Practical

Navigatorであり、万次郎の訳文の一部を写し取っている。

新島は渡航時に英語辞書と英和辞書を携行しており、洋上での日々の英語 生活で両辞書が使いこなせるようになっていた。

本稿では新島襄がアメリカで受けた学校教育を含めた英学事始めを論ず る。

1.新島襄「英吉利文典直訳」

1.1

「英吉利文典直訳」の原典の探索

北垣先生が新島襄「英吉利文典直訳」を翻刻し説いている4)。それによる と新島襄は次のように書き始めている。

文典は十分ニ話スコトト而シテ書クコトノ学問デアル。而シテ互ニ此ノ 詞関係ヲ教ユル所ノ術デアル ソコニ我ラノ国語ニ於テ凡ソ六万ノ詞ガ

(3)

アル。目的ニ於テノ最初ノ主ガ種類ノ位立(クラスヒケーション)デア ル」

当時は蘭学が主流だったが「クラスヒケーション」は英語classificationで ある。それゆえ原典は英書であり、文典はgrammar、学問はscience、術は artと見なせる。

grammar, science, art, classification, 60,000 で検索してWalker’s Pronounc­

ing Dictionary5)(1857年 版 と1859年 版)の 序 に 英 文 法 を 説 い たINTRO- DUCTION TO THE ENGLISH GRAMMAR AND LANGUAGEという中見出 しの記事があるのを見つけた。その書き出し部は次のようである。

GRAMMAR(says Dr. Johnson)is the science of speaking and writing cor- rectly, and the art which teaches the relation of words to each other. There being about 60,000 words in our language, the first object in view is classifi- cation.

この英文は(says Dr. Johnson)を除いて「英吉利文典直訳」の当該文と符合 する。新島はこの中見出しの英語を「英吉利文法及び国語ニ迠ノ凡例」と訳 したのだった。

なお文末に「文久癸亥三月十八日より初め四月四日に終る」と書いてあ る。西暦に直すと1863年5月5日から5月21日までの17日間である。

1.2

新島七五三太の追体験

「英吉利文典直訳」を訳した時点で新島の名前は七五三太であった。原典 Walker’s Pronouncing Dictionaryの原文と対比して七五三太の英語翻訳の追 体験を試みる。

(a)苦労した関係代名詞

新島は英文を頭から順に訳しており関係代名詞の扱いに苦労している。そ の一例を英和対訳で以下に示す。

(4)

この書き出し部の「文典ノ重ナル旨意、其レハ十分ニ書クコト、読ムコト、

而シテ話スコトノ術ヲ一体トスル所ノ・・・・ハ十分ニ此辞書ノ内ニ顕サシ テアル。」は関係代名詞を意識して「其レハ十分ニ書クコト、読ムコト、而 シテ話スコトノ術ヲ一体トスル所ノ文典ノ重ナル旨意ハ十分ニ此辞書ノ内ニ 顕サシテアル。」とした方が現代人には分かり良いだろう。

また文末の「文字ノ発音ガ其レ々ニ持前ノ印シニ依テサシ示サレルノニ、

其レハ(印ヲ受)読ム目的ノ為メニ各々ノ半葉(ペーヂ)ノ頭項ニ操リ帰ヘ サルル所ノ・・・」にも関係代名詞の戸惑いが感じられるが、さらにready

referenceを「読ム目的」と早とちりしていることもあって分かりにくい。

原文にあたるとこの辞書の発音記号の扱いを説明したものであることが分 かる。同辞書の2ページと3ページの上部を図1に示す。両ページ上部の二 重線内に発音記号が例示してある、それを拡大すると図2のようである。た とえばaの発音に4種あることを4つの単語hӑt, hāte, hȃll, liárのaに4種 の印(ӑ ā ȃ á)をつけて示している。その印を見れば発音の仕方が直ぐに分 かる(ready reference)ように工夫している。

The leading objects of Grammar, which embody the art of correctly writing, reading, and speaking, are fully carried out in this Dictionary,

−−−the Orthography of every word being given according to the best authorities; while the true Pronunciation is written in the simplest form, and the Orthoepy of every syllable and letter distinctly indicated by appropriate accents, which, for ready reference, are repeated at the top of every page.

文典ノ重ナル旨意、其レハ十分ニ書クコ ト、読ムコト、而シテ話スコトノ術ヲ一体 トスル所ノ・・・・ハ十分ニ此辞書ノ内ニ 顕サシテアル。──最モ好キ記者ト一致シ テ与ラレテアル各ノ詞ノ文字論ガ、真ノ発 音ガ単一ナル形チニ於テ書レテアルノニ、

而シテ各ノ綴リ、而シテ文字ノ発音ガ其 レ々ニ持前ノ印シニ依テサシ示サレルノ ニ、其レハ(印ヲ受)読ム目的ノ為メニ 各々ノ半葉(ペーヂ)ノ頭項ニ操リ帰ヘサルル 所ノ・・・

(5)

(b)カタカナ英語

「英吉利文典直訳」には、冒頭に挙げた「クラシヒケーション」のように 英単語をその音から取ったカタカナで書いているのが多数出て来る。その表 記法として邦訳語のルビにカタカナで英語の音を示している1例のalways は次のようである。

エルウェース

Always 通例

ここで右端はWalker’s Pronouncing Dictionary から転記した見出し語、発音 記号、品詞略号と同義表現である。図2に示した発音記号と突き合わせてみ ると分かるようにalwaysの発音 は「エルウェース」よりは「オ ールウェイズ」が近い。

(c)訳さないで英語のままが良かった例

七五三太は英文を日本語に訳すことに腐心している。しかし英文法の説明 には場合によっては邦訳しないで英語のままにしておくのが良いケースがあ る。その一例を下に示す。

1 Walker’s Pronouncing Dictionary(1859年版)のP.2 & 3の上部

2 Walker’s Pronouncing Dictionary(1859年版)の発音記号の例示 左の頁:

右の頁:

(6)

動詞の不定法と現在分詞で動詞の名詞的用法を説いているがto stealと

stealingを邦訳するとともに「盗むコト」になるので意図が伝わらない。

この部分を英語のままにしておいて、たとえば次のようにする手があった ろう。

動詞ヨリ導ク名詞ハ実詞トシテ用ヒラレタル動詞ノ不 定法及ビ現在分詞デアル。則チto steal is forbidden; stealing is forbidden,(盗ムコトガ禁ゼラルル)等」

(d)nounの訳語

nounの訳語として名詞、実詞、実辞、実名詞の4種が ある。これらの訳語に局所性は見当たらず、出てくるたび に訳出に苦労したのが伝わってくる。

(e)編集記号

訳文中に文の移動を示す△や○などの印が付いている。

ここでは2つのケースを示す。

・○、△などの編集記号

図3は名詞の説明文の一部である。この七五三太の訳を 字面で読むと次のようである。

実名詞ハ慥ナル曲ゲニ迠ノ旨デアル。其故ニ獅子(ラ イヲン)ナル詞ノ復称ヲ形造ル為ニ我ラガ獅子(ライ ヲンス)ヲ為スナルSヲ付加ヘル」○△essヲ付加ヘ ルコトヲ以テ其ハライヲンススナル女性ヲ解明ス」此 ノ曲ゲハo単複○二格則主格ヲ得ル为ニ我ラガSヲ

AVerbalnoun is the infinitive or present participle of a verb used as a noun-as,to stealis forbidden; stealingis forbidden, &c.

動詞ヨリ導ク名詞ハ実詞トシテ用ヒラレタル 動詞ノ不定法及ビ現在分詞デアル。則チ盗コ トガ禁ゼラルル、盗ムコトガ禁ゼラルル等

3 編 集 記 号 が付いている文

(7)

付加ヘル。───ノ通リニ」△

o格而シテ性卜名ラルル所ノ者デアル。

「実名詞・・・付加ヘル」の次の○は下方の○と線でつながっているので、

それにつなぐと「二格・・・ノ通リニ」となり、その先の△を上に有る△に つなぐと「△essヲ・・・此ノ曲ゲハ」となり。その先のoを最下行のoに つなぐと次のようになる。

実名詞ハ慥ナル曲ゲニ迠ノ旨デアル。其故ニ獅子(ライヲン)ナル詞ノ 復称ヲ形造ル為ニ我ラガ獅子(ライヲンス)ヲ為スナルSヲ付加ヘル」

二格則主格ヲ得ル為ニ我ラガSヲ付加ヘル。───ノ通リニ」essヲ付 加ヘルコトヲ以テ其ハライヲンススナル女性ヲ解明ス」此ノ曲ゲハ単 複、格而シテ性卜名ラルル所ノ者デアル。

このように書き換えると、この文が下記に示す英語原文に対応していること が分かる。

Nouns are subject to certain inflexions. Thus, to form the plural of the word lion(which is the root or radical form of the word), we have to add an s, making lions; and to produce the genitive or possessive case, we add as the lion’s share. With the addition ofess, it expresses the feminine gender,lion­

ess. These inflexions are what are callednumber, case,andgender.

・編集記号「下」

2つ目の編集記号は「䴗八 投間辞」の書き出しの先頭に書いてある

「下」である。「䴗八 投間辞」の前の見出しは「䴗六 前辞」で、後は「䴗 七 接属辞」であって番号が連続しない。「下(さげよ)」の指示で「䴗八 投間辞」と「䴗七 接属辞」を入れ替えると「䴗六 前辞」、「䴗七 接属 辞」、「䴗八 投間辞」の順となり収まりがつく。

(8)

1.3

新島が所望した英吉利国音辞書

文久三年(1863)七月十五日付で新島の父民治は安中藩に「倅七五三太の 稽古のために必要となる英吉利語国音辞書と英吉利国文法書を購入するため に二両一分三朱の借金」を願い出て許可を得ている6)。この英吉利語国音辞 書はWalker’s Pronouncing Dictionary だと見なせる。誰かからWalker’s Pro­

nouncing Dictionary を借りて、その英文法の項を翻訳したわけだが手元に置

いて辞書として使いたいというのが父親を通しての願いだった。

この辞書に書かれている英文法の記事で七五三太は英文法の一端を知った が、さらに知りたいとして英吉利国文法書を求めた。その値段が英吉利語国 音辞書の半額程度であること以外にその本を知る手がかりはない。

2.英書 Elements of Algebra の原典

2.1 Elements of Algebra

の原典

新島遺品庫収蔵目録の目録番号上0842にElements of Algebra がある。そ の扉に「文久三年四月十九日ヨリ始ム」とある。「英吉利文典直訳」を訳し 終えたのが上述したように同年の四月四日であるから、それから2週間後な ので新島が取り組んだ最初の英学書とみなせる。そして目録番号上0849は Elements of Algebraの第4章と第5章であり、目録番号上0828は第6章の 一部である。

竹内力雄・小枝弘和による先行研究7)があってElements of Algebra の原典 はThe Institutes of Algebra8)であり、同志社大学の蔵書にある。同書の最初 のページ(第7ページ)の見出しがELEMENTS OF ALGEBRAであり、偶 数ページのヘッダー部にもそれが書かれている。新島はこれを表題のように 書いたのだった。

2.2

新島遺品庫にある

Institutes of Algebra

原典Institutes of Algebra は第1章から第8章までに分かれる。全体で275 ページであり、各章は次のような構成であり現在の高等学校で教わる内容に 近い。

(9)

第1章:方程式の四則演算、因数分解 第2章:文字式の分数、通分、その四則演算

第3章:一次方程式の求解、連立一次方程式の求解、不等式 第4章:平方根、べき乗、文字式の平方根

第5章:2次方程式の根の公式

第6章:数列、二項定理、無限級数の和 第7章:対数、指数関数、応用問題 第8章:偏差、方程式論

新島遺品庫の目録番号との関係は次の通りであり、原書の約170ページ分で ある。

目録番号上0842 第1章から第3章 ただし第3章はほぼ半分まで 目録番号上0849 第4章と第5章

目録番号上0828 第6章の前半の3分の1

なお上記の原典Institutes of Algebra の章立てで下線を引いた箇所は新島遺 品庫蔵の資料に存在しない。おそらく新島は教わらなかったのだろう。

2.3

オランダ語で学んでいた数学

島尾永康による先行研究9)が参考になるが、新島遺品庫蔵にオランダ語が 随所に見て取れる数学の本で内容的にInstitutes of Algebraに近いのが下記 の5つである10)。主な内容を付して示す。

「数学問題集」目録番号上0818:比例問題

「数学テキスト(応用問題集)目録番号上0819:連立一次方程式

「算術問題・解答例」目録番号上0820:連立一次方程式、2次方程式の根 の公式

Algebra of Stel Kunst. 目録番号 上 0825:数 式 演 算(加 減 乗 除、べ き 乗)、一次方程式、連立一次方程式

「数学テキスト(蘭和対訳)」目録番号上 0827:比例問題

これらに因数分解と数列は無いが、それ以外は新島遺品庫にあるElements

of Algebra と内容的に近い。つまり、オランダ語で学んでいた数学をもとに

(10)

してInstitutes of Algebra で英語を学んだようだ。

3.英書で学んだ航海学

3.1

新島遺品庫にある英書に基づいた航海学のノート

新島遺品庫の目録番号上0658に『函楯紀行』11)がある。その冒頭部は次の ようである。

余、駿台川勝君の塾に寄寓し航海書を読みしに、折々六ケ敷所ありて如 何にしても難分故、中浜満次郎を尋ね其説を聞かんと欲し、其航海書を 腰に附け(後略)

新島が川勝の塾に寄寓したのは元治元年初頭(1864)である。そして航海書 に取り組んだ。

その航海書の原典はは新島遺品庫の目録番号上0848, 0846, 0845(原書の ページ順)のノートの記事12)からBowditch著The New American Practical Navigator である(以下ではBowditch本と略称する)13)

中浜満次郎は中浜万次郎の誤記と受け取れるが、このBowditch本の1844 年版を万次郎が帰国後に翻訳したのが『亞美理加合衆国航海學書』14)である。

3.2

万次郎の翻訳文を写し取った新島

『亞美理加合衆国航海學書』は幕府に献じられたが出版されなかった。そ して現存が確認されていないが、中浜家に断片があるとして万次郎の子孫の 中濱博が論文15)と著書16)に万次郎の訳文を影印で載せている。この2つの邦 訳文が東北大学附属図書館蔵の小出脩喜撰 福田理軒校『大日本航海修学書

・亜美利加合衆国航海修学書』17)(以下では小出本と略称する)の該当部と 符合する。また万次郎の史料集18)に収録されている万次郎訳の目次と小出本 の目次とが符合するので、小出本は万次郎の翻訳文の写本である。

新 島 遺 品 庫 収 蔵 目 録 番 号 上0845『経 度 緯 度 等 測 定 法』はBowditch本

(1844年版)の観測データ類を英語のまま転記しており、その邦訳文は小出

(11)

本の当該部と同文である。

ところで万次郎の訳文では北緯を北経、西経を西緯とするなど経度と緯度 が入れ替わっており、『経度緯度等測定法』も、そして当然ながら小出本も そのままである。それに対して新島遺品庫収蔵目録番号上0846と目録番号 上0848では経度と緯度に混乱はないので、万次郎の訳文に拠らずにBow-

ditch本を考察している。目録番号上0846と目録番号上0848に邦訳が随所

に出ているが万次郎の邦訳を引用していないし、目録番号上0846の記事は

Bowditch本の1844年版ではなく1859年版と符合する。目録番号上0848の

記事はBowditch本の1844年版と1859年版でどちらとも同じである。

3.3

難解だった箇所

Bowditch本のp.255下段からp.256上段にかけての記事を新島が書き写し

て い る(『経 度 緯 度 等 測 定 法』新 島 遺 品 庫 収 蔵 目 録 番 号 上0845 図 番

10845009)。これは1836年6月14日の観測データをもとにクロノメータ

(chronometer経線儀)の示す時刻の誤差を修正する問題である。ところが原 文に書かれているsecant, cosecant, cosine, sineをカタカナにしただけで数値 を書き入れていないので、これでは計算できない。この部分を万次郎に質問 しようとしたようだ。

さて新島が航海中に書いた『数学ノート(Febr.16 th Day of 1865 of China Sea)』(目録番号上0844)の1865年5月16日の記事に the time of Chro- nometer と書かれた図(図番10844002)がある19)。これにはsecant, cose-

cant, cosine, sineの数値が書いてあり、それに基づいて計算している。

新島は疑問点を万次郎に糺そうしたが函館に行ったので果たせなかった が、アメリカ到着直後に書いた WHY I DEPARTED FROM JAPAN 20)に At sea he(筆者注:H. S. Taylor船長)taught me to keep log, to find out lati-

tude and longitude. とあるようにクロノメータの使い方を航海中に教わって

いた。それがこの資料で確認できる。このような高等数学を英語で理解でき るまでになっていたのだった。

(12)

3.4

新島が学んだオランダ語の航海書

島尾永康による先行研究9)にあるように新島遺品庫にオランダ語で書かれ た航海書に拠ったノートが多数残っている。その目録番号は上0824,上 0822と上0829から上0839までであり、これら13冊のノートが該当する。

これらの原典はオランダで刊行されたPilaar著Handleiding tot de reschou­

wende en werkdadige stuurmanskunst21)であり、本文が546ページもの大書の ほぼ半分がこれらのノートに書き残されている(島尾がPilaarの書に拠った と断定しているのは上0824のみ)。その内容はThe New American Practical

Navigator と重複している箇所が少なくない。つまりオランダ語で学んだこ

とを英語で学び直している。英語の良い訓練だったろう。

4.携行した辞書の考察

新島遺品庫蔵の航海日記(元治元年5月5日〜慶応元年10月)22)で20th July, 1865とあるページに 2 Chinese-English grammar Part 1st and Part 2nd とあり、ボストンに到着した時に2冊からなる華英文法書を持っていた。新 島遺品庫蔵の『英話文法小引』23)はその第2巻である。

March 25(1865)から読み始めMarch 31に読み終えたなど本書にはたく

さんの書き込みがなされている。これらの書き込みから携行していた辞書が 分かったので以下に記す。

4.1

書かれている横文字の書き込み

図4に示すように『英話文法小引』の第2ページに出ているoceanに⊗印 を付け、欄外に⊗に続けてō shánと書いてある。このような例が全体で27 件あるが母音に付された記号は図2に示したWalker’s Pronouncing Diction­

ary5)の発音記号と一致している。

単語の意味を英語で書き込んだのが24件ある。その1例は次のようであ る。

(13)

我識得拝候你䬷夫人

┌───────┐

I know the lady who visited you. vĭz’-ĭt, v.(to go to see)

VisitはWalker’s Pronouncing Dictionary では次のようである。

つまりWalker’s Pronouncing Dictionaryで発音を確認した上で、Visitに動 詞(v.)と名詞(s.)があるが新島はこの場合は動詞と見なしている。そし て動詞にto go to seeとto punishの2つの意味があるが中国文「我識得拝候 你䬷夫人」に該当するのはto punishではなく、to go to seeだとの判断がで きている。

24件全体について同じようにWalker’s Pronouncing Dictionary のから当該 の単語の意味を持ってきていることが確認できる。

このことから新島は渡航時にWalker’s Pronouncing Dictionary を携行して おり、それが使いこなせるようになっていたことが分かる。

4.2

書かれている和語の書き込み

図5に示すように『英話文法小引』の61ページ目に次のような英文が出 ている。

4 oceanに付した記号

(14)

Charles the Fifth resigned the throne and entered into a monastery.

そしてresignedに⊛印、throneに◎印、monasteryには直下に「寺」と書い

ている。欄外に⊛印に続けて「見放ス、打任ス、辞退スル」、◎印に続けて

「帝王ノ位」とある。

文久2年(1862)に市販された最初の英和辞書である『英和対訳袖珍辞

書』24)でresignは「見放ス、打任ス、辞退スル」、throneは「椅子、帝王 ノ

位」、monasteryは「寺院」である。つまりthroneに「椅子」の有無の差が あるが、その他は新島の書いているのと同じである。そして、この英文の場

合のthroneは「椅子」ではないと判断できている。

このような和語の書き込みが27か所にあるが、次の3点を除いて書き込 み内容は『英和対訳袖珍辞書』の邦訳語の表現に合っている(vsの前が書 き込み内容、vsの後は『英和対訳袖珍辞書』の邦訳)。

Glazier:䭊ニ硝子ヲハメル人vs障子ニ硝子ヲハメル人

Inclination:心ノ傾キ、愛情vs傾キ、愛情 Praise:賛美スvs誉メル

この3語の意味の差はWalker’s Pronouncing Dictionary に拠ったことが確認 できる。それぞれ次の通りであり、太字にした表現が『英和対訳袖珍辞書』

との意味の差である(なお、下記でs.は実名詞、v.a.は他動詞の略語)。

5 和語の書き込みの例

(15)

Glazier s., one who glazeswindows

Inclination s., tendency to a point, propensionof mind Praise v.a., to commend, toapplaud

Praiseはやや分かりにくいが、applaudの意味は「誉める」より強いと考

えて「賛美す」としたと考えられる。

これらのことから新島は渡航時に『英和対訳袖珍辞書』を携行しており、

GlazierやInclinationの邦訳を持っていたWalker’s Pronouncing Dictionary で 改訳できるだけの英語力を身に付けていたのが分かる。

5.イートンの算書

『航海日記』の最後のページに「ハルデー君、吾れの為にイートンの算書 を買い呉れり」の記事がある。ボストン到着後の1865年10月頃のことであ る。

新島遺品庫蔵の目録番号上0855から0860、および0862の7冊のノート の記事からJames S. EatonのA Treatise on Arithmetic25)である。

5.1

目録番号上

0862

Flint

の教え

目録番号上0862のノートの最初のページの記事は文法違反もあってA

Treatise on Arithmetic の記事に似てはいるものの引用とは言えないように思

える。しかし後続の記事は引用したものであるから、最初の部分は新島がま だ学校教育に不慣れだったことを示しているようだ。

ところで見出しにあるDecimal Fractionを書き写した記事の上に図6に示 す一文がある(図番10862001)。翻刻すると次のようである。

Gain an idea by taking a whole thing & dividing it into ten equal parts and one of these parts into ten more &c.

この文は勉強の心構えを説く指導者の言葉であり、また筆跡は他の部分と異

(16)

なっている。

新島襄はPhillips Academyで勉強を始めたときに同じ下宿のFlint夫妻に

家庭教師のように勉強を教わったと述べている。この文は英語のヒアリング が十分でなかった頃の新島のためにFlintが書き下したもの、つまりFlint の筆跡のように思える。識者のご指導を乞いたい。

5.2 A Treatise on Arithmetic

と新島ノートの関係

新島遺品庫蔵にある7冊のA Treatise on Arithmetic のノートは原書の91 ページから始まっていて原書の最終の340頁で終わっている。つまり新島の ノートに最初の90ページ分が出ていない。アメリカの学校は9月から新学 年が始まるので、新島が10月末に(中途)入学した時までに最初の90ペー ジまでの授業は終わっていたと考えられる。

その分はFlint夫妻の指導の下で学んだと見なせるが、そのノートは新島

遺品庫蔵に見当たらない。

5.3

福士卯之吉宛の手紙

新島はFebruary 23, 1866付の福士卯之吉宛の英文の手紙20)Eaton’s High

School Arithmetic を学んでいると書いている。同志社社史資料センター蔵の

A Treatise on Arithmetic で確認できるが、その背表紙にEaton’s High School Arithmetic[TREATISE]と金文字で刻されているのを指している。卯之吉 にはA Treatise on ArithmeticよりEaton’s High School Arithmeticの方が分か りやすかろうとの新島の心配りであろう。

6 図番10862001冒頭の文

(17)

5.4 A Treatise on Arithmetic

で学んだこと

A Treatise on Arithmetic は四則演算、複名数(ヤード、フィート、インチ

など)とその換算、平方根、立方根、十二進数、級数などの数値計算を学ぶ 書であり方程式は出て来ない。つまり現在の日本の中学校で学ぶ内容であ る。Institutes of Algebraで高校初学年レベルの数学を学んでいた新島には数 学的には入りやすかったであろうし英語の良い訓練になったことだろう。

6.新島とロシア語

英語事始めから脱線するが『航海日記』の表紙(図番10660001)に筆記 体のキリル文字でя хочуと書かれている。英語のI wantに相当するロシア 語である。я хочуを2度繰り返して書いており強い望みを吐露している。

実は『英話文法小引』のp.72(図番10843040)の欄外に新島は次のよう な書き込みをしている。

It is my intention to go to Amerika.ママ

これを受けると、英語では(I want to go America.)であって、ロシア語で は(Я хочу поехать в Америку.)が新島のこの時の望みだったのではないだ ろうか。

なお管見では新島遺品庫の資料に、я хочу以外のロシア語は見当たらな い。新島は函館でロシア人の家に住み、ロシア人に日本語を教えた。簡単な ロシア語の知識を持っていたことは十分に考えられる。書きなれたキリル文 字でそれがしのばれる。

むすび

新島襄は英語を始める前にオランダ語で数学、航海術を学んでいた。そし て文久3年春に英文法の記事を書き残している。

英文法の知識を得てから数学と航海術を英語の本で学びなおした。英語を

(18)

学ぶために、オランダ語で理解できていた西洋の数学と航海術を選んだのは 慧眼だった。

新島が学んだ英文法、数学そして航海術の英書と蘭書の原典が明らかにで きた。さらに函館を経つ時にWalker’s Pronouncing Dictionaryと『英和対訳 袖珍辞書』を携行していたことを明らかにできた。

英学者でなかった新島襄の出国前の英語力の高さは十分に評価してよい。

その英語力が一年余かけての航海中の実践の場で高まっていたことを実証的 にあきらかにすることができた。その英語力があったのでアメリカでの学校 教育に溶け込めたのだった。

参考文献と注

1)新島襄「英吉利文典直訳」(新島遺品庫収蔵目録番号上0841)

2)新島襄Elements of Algebra(新島遺品庫収蔵目録番号上0842、0828、0849)

3)新島襄 経度緯度等測定法など(新島遺品庫収蔵目録番号上0845、0846、0848)

4)北垣宗治「新島襄『英吉利文典直訳』について」『新島研究』第95号、pp.152- 170、2004

5)Walker’s Pronouncing Dictionary of the English Language : in which the ACCENTUA­

TION, ORTHOGRAPHY, AND PRONUNCIATION OF THE ENGLISH LANGUAGE ARE DISTINCTLY SHOWN, ACCORDING TO THE BEST AUTHORITIES; AND EVERY WORD DEFINED WITH CLEARNESS AND BREVITY. CRITICALLY RE­

VISED, ENLARGED, AND AMENDED, TO WHICH IS PREFIXED AN INTRODUC­

TION TO THE ENGLISH GRAMMAR; WITH TREATIES ON THE ORIGIN, CON­

STRUCTION, DERIVATION, ORTHOGRAPHY, AND PRONUNCIATION OF THE LANGUAGE.BY P. AUSTIN NUTTALL, LL. D, 1859

注:本書の1857年版の書名は同じなので略す。

6)新島民治「倅稽古修業一件」(新島遺品庫収蔵目録番号上1722)

7)竹内力雄・小枝弘和「新島襄の数学ノート Elements of Algebra の原書」『新島 研究』第98号 pp.3-16、2007

8)Gerardus Beekman Docharty, The Institutes of Algebra being the First Part ofa Course of Mathematics, Designed for the Use of Schools, Academies, and Colleges, New York : Harper & Brothers, Publishers, 1852

9)島尾永康「新島襄と自然科学」『新島襄の世界−永眠百年の時点から』北垣宗治

(19)

編、晃洋書房、pp.141-182、1990

10)「数学問題集」(新島遺品庫収蔵目録番号上0818)と「数学テキスト(蘭和対 訳)」(目録番号上0827)の出典は不明である。「数学テキスト(応用問題集、目 録番号上0819)、「算術問題・解答例」(目録番号上0820)、およびAlgebra of Stel

Kunst(目録番号上9825)は下記の2つの蘭書の混用である。

Lessen over de algebra of stelkunst : ten gebuike der latijnsche scholen en gymnasien, A. van Bemmelen, in leven A. L. M. PH. Doctor en Leeraar in de wisen natuurkunde, 1854

Praktisch rekenboek der algebra : ten gebruike der scholen, door R. van Kregten, 1832 11)新島襄『函楯紀行』(新島遺品庫収蔵目録番号上0658)

12)新島襄ノート「経度緯度等測定 法」な ど(新 島 遺 品 庫 収 蔵 目 録 番 号 上0845、

0846、0848)

13)The New American Practical Navigator being an Epitome of Navigation; containing all the tables necessary to be used with the Nautical almanac, in determining the Lati­

tude and the Longitude by Lunar Observations; keeping a Complete Reckoning at Sea; illustrated by Proper rules and Examples : the whole exemplified in a Journal, kept from Boston to Madeira, in which all the rules of navigation are introduced; also, the demonstration of the usual rules of trigonometry; problems in mensuration, surveying, and gauging; dictionary of sea terms; and the manner of performing the most useful evolution at sea: by Nathaniel Bowditch, L. L.D.

同志社大学図書館に1859年版がある。中浜万次郎が邦訳に使ったのは1844年 版。

14)中浜万次郎訳『亞美理加合衆国航海學書』

15)中濱博「中濱万次郎の翻訳した『ボーディッチの航海学書』について」『海事史 研究』pp.93〜99、2001

16)中濱博『中濱万次郎「アメリカ」を初めて伝えた日本人』冨山房インターナショ ナル、2005

17)小出脩喜撰 福田理軒『大日本航海修学書・亜美利加合衆国航海修学書』東北大 学附属図書館 狩野文庫 註:出版年不明だが、小出は慶応元年没。

18)川澄哲夫 編著『中浜万次郎集成』小学館,pp.707-714、1990

19)新島襄「数学ノート(Febr.16th Day of 1865 of China Sea)」(新島遺品庫収蔵目録

番号上0844、画像番号:10844002)

20)新島襄編集委員会編『新島襄全集』7(英文資料)同朋舎出版、pp.1-7、1996 21)Handleiding tot de reschouwende en werkdadige stuurmanskunst,J. C. Pilaar静岡県立

(20)

図書館葵文庫に1847年版、『江戸幕府旧蔵洋書総合目録』に1838年版と1847年 版、同志社大学に1982版がある。

22)新島襄『航海日記(元治元年5月5日〜慶応元年10月)』(新島遺品庫収蔵目録 番号上0660)

23)Lobscheid,Chinese-English Grammar『英話文法小引』PART II, Hongkong : Printed at Noronha’s Office, 1864

註:本書のPart Iの序文に「A. B. C. F. M. の印刷所が焼失したために本書の印 刷に苦労した」と書かれている。新島の後年のアメリカン・ボードでの活躍を思 うと感慨深いものがある。

24)堀達之助編『英和対訳袖珍辞書』開成所、文久2年(1862)

25)A Treatise on Arithmetic, Combining Analysis and Synthesis, Adapted to the best mode of instruction in common schools and academies, James S. Eaton, Boston : Brown, Taggard, and Chase, 1865

図 1 Walker’s Pronouncing Dictionary(1859 年版)の P.2 & 3 の上部
図 3 編 集 記 号 が付いている文
図 5 に示すように『英話文法小引』の 61 ページ目に次のような英文が出 ている。
図 5 和語の書き込みの例
+2

参照

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