同志社創立150周年に向けて
著者 水谷 誠
雑誌名 新島研究
号 107
ページ 3‑7
発行年 2016‑02‑29
権利 同志社大学同志社社史資料センター
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015591
同志社創立140周年記念シンポジウム
「同志社創立150周年に向けて−同志社の歴史をどう語り継ぐか−」
同志社創立 150 周年に向けて
水 谷 誠
同志社について、深い見識をお持ちの方々を前にして話をするということ で少々緊張をしておりますが、30分という与えられた時間の中で、思うと ころを述べさせていただきます。
百五十年史編纂について、法人として機関決定をしていませんが、大学が 強く関心をお持ちになっていることに加えて、本日のこの研究会の開催がそ のことへの大きなきっかけになるのではないかと感じています。
同志社百年史は3年を超えない期間でまとめられたと聞いています。もち ろん、それまでの積み重ねがあるわけですが、3年という短い期間で4冊の 百年史をまとめられたことのすごさ、大変さを感じています。
今年は創立140年ですので、150年まであと10年です。まだ時間がある ともいえますが、極めて短い時間であると言うこともできます。個人的なエ ピソードで申し訳ありませんが、私は近代プロテスタント・キリスト教神学 の巨頭であるシュライアマハーというドイツの思想家を断続的に勉強してき ました。『百年史』には「シュライエルマッヘル」と表記されている神学者 です。このシュライアマハーの新しい全集は1975年から企画され、1980年 に最初の巻を出し、それ以来、ドイツの二つの研究所で編纂の作業が続けら れています。すでに35年経つわけで、40冊ほどが公になっています。この 計画はさらに続き、最終的には半世紀を超える事業になります。そうする と、10年という時間がいかに短いものであるのか、そこでできることは、
またしなければならないことは一体何なのかという課題に思いが向きます。
さて、同志社は私立学校であり、同時にキリスト教を徳育の基本とする学 校です。私立学校であることと、そしてキリスト教主義学校であることは新
島の理解によれば表裏一体の関係にあります。この二つを抜きにして同志社 の歴史を語ることはできません。
今申し上げたシュライアマハーは、1810年に始まったドイツのベルリン 大学の創設に関わった人物です。その大学はすでに19世紀に世界に冠たる 研究大学としての地位を占めましたが、それはプロイセン国立の学校でし た。1810年ですから、205年の歴史を持っています。日本では、同志社設立 後まもない時に東京に国によって(帝国)大学が設置されました。その歴史 はまだ140年に足りないのですが、この官立の学校は、研究大学として大き な成果を上げています。
それに対して、同志社は私立の学校として歴史を刻んできました。「同志 社大学設立の旨意」には私立学校であるということのゆえに苦労を重ねたこ とが記されています。「吾人が私立大学を設立せんと欲したるは一日に非ず、
而してこれが為に経営辛苦を費やしたるもまた一日に非ず」なのでありま す。そしてそれと表裏一体にあるキリスト教主義を標榜するゆえの困難が同 志社に加わります。「吾人が世の教育家とその趨を異にした」のは「基督教 主義をもって徳育の基本と」したことであり、そのために、同志社は「荊棘 の下に埋没した」のです。創立者の苦労が偲ばれます。同志社は私立の学校 であると同時に、日本においてキリスト教主義を標榜したことによって、さ まざまな外圧、あるいは内部の課題に直面しながら動いてきたのです。
そのような困難の一つに財政上の問題があります。現在、日本には国立の 学校が86校、そして、私立の学校が606校あります。私立の学校に交付さ れる国からの補助金は3,000億円あまり、国立大学には1兆円を超える資金 が交付されています。とりわけ旧帝国大学といわれる七つの大学に国から交 付される資金は606ある日本の私立大学に交付される国の補助金とほぼ同額 であります。そのような、比べようもない財務上の格差の中で同志社の営み は続けられています。
この「設立の旨意」には欧米の大学の例として唯一固有名詞を挙げて言及 された学校があります。「ハーワルド大学(ハーバード大学)」です。この学 校は「設立の旨意」が公になった1888年にはすでに250年の歴史を持って いました。「設立の旨意」には学校の教員110人、書籍13万4千巻、資金は
1485万ドルにのぼると記されています。
ハーバード大学は、ご承知のとおり、アメリカの私立学校であり、国策に よってできた大学ではありません。しかし、新島が言及した19世紀末より も現在はさらに力を蓄え、世界の所謂大学ランキングのトップクラスにあ り、豊富な資金力をもって活発な教育研究活動を繰り広げています。おそら く東京大学よりも、研究教育活動に投資される額はハーバード大学の方が上 であると思います。
日本の私立学校は、その財政を一般に学生納付金に頼っています。収入の 4分の3程度でしょうか。それに対してハーバード大学、あるいはアメリカ の私立大学の収入のうちに学生納付金の占める率は4分の1ぐらいだと言わ れます。残りの資金は長年にわたる篤志などで得られたものを基金として運 用他さまざまな手段をとおして活用し、得られたものを教育研究活動に投入 しています。この意味では、日本の私立学校は、同志社にとどまらず、早稲 田であれ慶應であれ、構造的な財政上の問題を抱えつつ、教育の質をさらに 深め、そして第一級の研究活動を目指しながら運営されているのです。世間 では、このような事情は表面にほとんど出ずに、国立大学、公立大学、そし て私立大学を横並びに見て序列化して評価します。しかし、日本における私 立学校という制約のもとで、そしてとりわけキリスト教主義を標榜する中で 多くの困難に直面しつつ同志社という学校は築き上げられてきました。
さて、資料1枚目の一番下のところに上野直蔵先生の言葉を記載しました
(上野直蔵『同志社百年−その前後』山口書店、1981年)。今申し上げた困 難への言及が見られます。「人間が人間であることのもっとも大切な部分の 教育は、どうしても即応的な国家目的に順応する必要のない私学にまたなけ ればなりますまい。まさに同志社百有余年の営為は、そのような教育姿勢の 満身創痍の試行錯誤の歴史だといってもよろしいでしょう」(題名「−現実 ということ−」)。これは冒頭の序文にあたるところに記されています。この 書に収められた同志社創立100周年記念式典の式辞(題名「『時の流れ』と
『不変なるもの』」)の中で、上野先生は『解体新書』をオランダ語から翻訳 して刊行した前野良沢や杉田玄白など4名の人たちの活動を取り上げて次の ようなことを語っておられます。
『解体新書(ターヘル・アナトミア)』は18世紀後半にオランダ語から日 本語に翻訳されました。この作業に携わった4名のうち、オランダ語を知っ ていたのは前野良沢ただ一人でした。残りの3名は、アルファベットも知ら なかったのです。前野良沢にしても身につけていたのは基礎的文法以上では なく、ボキャブラリーもきわめて貧弱でした。彼等は1行、半行を苦心惨憺 しながら地道に解読の作業を続けました。そして、遅々とした、目に見える 成果なしに時間だけが無駄に過ぎゆく作業の中で、「時よとまれ」という思 いにも襲われたかもしれません。
上野先生は、同志社の100年の歴史において、学校の建設と、その維持・
発展のために苦労を積み重ねてこられた同志社人一人一人も、そのような思 いにとらわれることが多かったのだろうと仰います。そのことが恐らく「そ のような教育姿勢の満身創痍の試行錯誤の歴史だといってもよいでしょう」
という感懐に現れているように思います。しかし、同時に、一見すれば無為 に流れていくと思われる時間の一つ一つが永遠とつながっていることを上野 先生は指摘され、「それは『神の時』と『人間の時』の交差」であり、新島 襄もそのような仕方で神とつながった人であったのだと語られます。同志社 は、その一つ一つの積み重ねの中でここまで発展してきたということ。その 一つ一つ、人間的な次元でいうと無為であると思われる事柄もまた同時に、
しかし、永遠とつながっている。あるいは同志社の教育事業という志につな がっているという意味において、それは決して無駄ではなく、かけがえのな い大切な営みであった。人間的な評価を超えるものへのまなざしによって、
同志社は突き動かされてきた。そうあるべきであるということを上野先生は 仰りたいのかなと感じつつ読ませていただきました。社史の編纂とはそのよ うな人の思いに目を向けることでもあるのかと感じます。
私は一昨年に現在の職務に就いて以来、神学部の教員としての理念的なこ とに加えて、現実的な経営上の問題にも携わってきました。同志社の課題は 山ほどあります。少子高齢社会、グローバル社会への展望・・・。いずれに しても、草創期の新島先生が生きた時代と現在の学校は、比べようもないほ どの違いがあります。そのような中で私どもの原点となるキリスト教を土台 とする建学の精神に基づいて教育の質をさらに高めていくための方策、そし
て上野先生が仰るように同志社大学を「大衆大学」ではなく「研究大学」と してさらに発展させる努力が必要です。(「二十一世紀の同志社を語る」)。そ のためには、学生・生徒諸君を中心にして、教員・職員の方々の力。それに とどまらず、ご父母、校友・同窓の方々の協力を得て、それらの力を結集し て事にあたって行く必要があります。課題は尽きません。
社史の編纂に戻りますと、『百年史』の追加修正という重要な作業があり ます。さらにそれ以降の長い歴史の整理があります。とりわけ今世紀に入っ て学校は規模を大きくしました。それにまつわる資料、記録は公的なものだ けで膨大になります。しかし、『百年史』の時代とは異なり、現在はデジタ ルデータベースの時代です。紙ベースの時代に比べて無尽蔵とも形容できる 情報を蓄え、また処理することができます。今後、集積された同志社史に関 係する情報を整理して人々の閲覧に供する形にまとめることの重大さを感じ るところです。まとまりのない話で申し訳ありません。ご静聴ありがとうご ざいました。