― 46 ― 関西地区の直近10年間は,‘家政学を発信す る’研究活動に終始した。何を求めどのように 活動してきたのか,また現時点で何が課題なの かを整理したい。 1.活動内容 活動の発端となったのが,梶田叡一氏が平成 18年度日本家庭科教育学会第37回近畿地区会に おいて発した家庭科不要論であった。「これか らの家庭科教育−学習指導要領の改訂の動きを 踏まえて−」と題した講演において,今日の実 生活に要求されるのは生活財の選択知識であり 実生活における衣食住の技術は不要なこと,そ してものづくりから脱却しえていない家庭科は その内容の検討と変革なくしては次回改訂にお いて教科としての存在は危ないであろうと,私 見と前置きして語った。氏は当時文科省中央教 育課程審議会委員の立場にあった。教科の本質 に投げかけられた問いかけではあるが,教科の 存廃論そのものに直結させる短絡的展開に, 「今,尚,何故?」と,疑問を超えた怒りに近 い感覚をメンバーは共有した。 ‘家政学は家庭科教育の背景学問である’が 当該研究会において一致している見解である。 将来を見通し,生活の「今」を創造する観点 を身近な生活や家庭生活を取り巻く問題に引き 寄せて,家政学の実践的総合科学性を底流にし て,学校教育としての学びを提供する教科が家 庭科であると考えてきた。故に,家庭科の内容, ましてや存続にまで関わる指摘は,実は家政学 に向けられたそれでもある。家庭科と家政学, ともに,今なお危機的な状況におかれている。 家政学は何をしてきたのか,何をなすべきな のか,何ができるのか。逆説的な問いは,「何 をしてこなかったのか」「何ができていないの か」ということである。 議論を通して自ずと見えてきたのは,学問の 閉鎖性であった。「生活」を研究する総合科学 を謳いながら,家政学はその主体たる「生活者」 の多くに理解されていない。かねがね分野を超 える難しさが指摘されてきたが,こと生活者に 対してはどうなのだろう。家政学としての外向 けの活動は,これまで残念ながら抜け落ちてい たのではなかろうか。「家政学を生活者一人ひ とりに届けたい」と願い,方法を模索していった。 2.活動目的と方針 「家政学」を発信する手段として家政学専門 書としての「家政学読み物本」の編集を決定し た。かねてから温めていた企画ではあったが実 現への軌道に乗せ切れてこなかった。一般向け に学問の体系そのものをわかりやすく生活事象 から示しきれるかという懸念,加えて誤解を恐 れずに表現すれば,家政学専門書といえるのか という出版後に予測される指摘への恐れであっ た。しかし‘とにかくやろう。待っていられな い。’という思いが勝った。 基本方針は,読み手の生活に寄り添う内容で あること,そして専門書であること,この2点 である。「豊かさ」の基準は人それぞれで,時 代によっても社会によっても異なるだろうけれ ども,「家庭生活を原点として,家族を超えた つながりの中に将来をも見据えて,あなたの 『今』をみつめてみましょう」と語りかけるこ とにした。生活を語り研究する面白さや危うさ を共有する研究集団であるからこそ,‘自らも 生活者’である面を曝け出すことは,抽象的な 家政学視点を具体化できる何よりの強味である 2019年家政学原論部会夏期セミナー/日本の家政学のポジション・ステートメント構築に向けて――
報告5 『家政学のじかん』,『今こそ家政学』&
『楽しもう家政学』by 関西
小 倉 育 代
(大阪教育大学・非)家政学原論研究 No.54 ― 47 ― と考えた。より豊かに過ごすことの一般解を示 そうとしたわけではない。「なるほど!」と頷 ける瞬間,「どうして?」という感覚を大切にし, 「自分ならどうする?」と自らの意思に向き合っ てもらうきっかけの提供といってよい。様々な 世代の誰もに,自分が生活を創造する,生活者 発想のまさに主体であること,未来を担う実践 者であることに気づいてほしい,伝えたいと考 えたのである。生活を豊かに営むために大切な 力(観点)を,「暮らしをつくる」こと,「人と つながる」こと,「命をはぐくむ」ことを軸に 設定し,内容を組み立て,家政学専門書として 実践的総合科学性を底流に諸研究の成果を踏ま えて紹介しながら家政学を紐解いた。 結果的には,試行錯誤を経て3つのステップ を踏んでいる(表参照)。 『家政学のじかん』ブックレット形式2011.6 『今こそ家政学 暮らしを創る11のヒント』 2012.8 『楽しもう家政学 あなたの生活に寄り添う 身近な学問』2017.4 これら家政学専門書・読み物本については, 家政学へ誘う成果物として,内容だけでなく広 報戦略としての効果の検証を積み重ねてきた。 一般化(家政学を届ける 閉鎖性の克服),具 体化(身近な経験に問いかける 抽象性の打 破),発信(新たな媒体の活用 閉塞性の克服) の観点からエビデンスの収集に努めている。検 証と実践の繰り返しを続けた。1) 3.課題 一連の広報活動に先立ち,家政学と家庭科教 育の関係性について,教育現場での実態の把握 を試みている。研究成果の教育的反映に対して の評価は低く,授業運営に学会活動が実質的に 寄与していないことが指摘されていた。また、 「家政学原論」科目が開講され,そこで家政学 を学ぶことは風前の灯火であった。2)「生活」 を研究する総合科学として,この現状を改めて 心しておく必要がある。 家政学を発信し,家政学を見せるための積極 的な活動が求められる。行動計画成果について も同様で,関係者にとどまらず,一般生活者も その対象に含めてわかりやすく具体的に伝えて いくこと,フォーカスする対象にあわせた手法 を開拓していくことも必要だろう。家政学のイ メージをあらためて形成していくブランディン グ戦略も有効と考えられる。高等教育において は一般教養への組み込みもその一助となるかも しれない。今、必要なのは外に向けた組織的展 開である。 引用文献 1) 「2019年 家政学原論部会夏期セミナー・総会」 要旨集 p23 2) 小倉育代 宮崎陽子等(2009)の家政学認識 と教育現場の課題,家政学原論部会部会報第, 43,30-38 〈表 広報活動〉 時期・方法 価格・判型 ターゲット ねらい 結果検証と課題 『家政学のじ かん』 2011.6初版 2012.10 第2版 自費 300円 A 5判 96頁 ・ 大学,短大教 育(副読本) ・ 高校家庭科教 育担当者(配 布) 家政学の理解と関心 教育現場に届ける 自分に身近な内容であることが評価 読後に家政学への興味関心増加 生活について具体的に考える変容 不特定多数な生活者に届かない 安価提供 ⇒バリエーション展開 2時間目・・ 店頭販売IBSN取得の必要性 『今こそ家政 学 暮 ら し を 創 る11の ヒント』 2012.8 ナカニシヤ 出版 1,500円 変形 A 5判 146頁 ・ 生活者一般 ・ 特に男性層 家政学の広報 男性への広報 ISBN取得 販売不振,絶版 男性層への拡大困難 書名要再検討(厳めしい) ⇒ターゲット設定 販売戦略の再考 『楽しもう家 政 学 あ な た の 生 活 に 寄 り 添 う 身 近な学問』 2017.4 開隆堂 1,500円 A 5判 136頁 ・ 生活者一般 ・ 大学,短大教 育 ・ 家庭科教育関 係者 家 政 学 丸 ご と ブ ラ ン ディング 家政学をすべての人に 家政学を見せる 家政学ロゴ制作 ISBN取得 書名一般受け良好 明るい家政学 イメージ変化を期待 制作過程での異分野とのコラボ 家政学グッズの制作展開 ⇒ブランディング戦略