博 士 ( 医 学 ) 山 本 和 幸
学 位 論 文 題 名
● ●
Studies on the expression and funCtionofbiglyCanln tumorendothelialCe11S
(腫瘍血管内皮細胞におけるBiglycan の発現および機能に関する研究)
学位論文内容の要旨
【 背景と 目的】
悪 性腫 瘍 の 増 殖 、 進展 、 転移 には酸 素や栄 養を供 給する 血管 が重要 な役割 を果た して いる。 こ れ ま で 腫 瘍血 管 新 生 研 究に はヒ ト臍帯 静脈 血管内 皮細胞 などの 正常 血管内 皮細胞 が利用 されて き た 。 し か し最 近 、 腫 瘍 血管 は正 常血管 と比 較し形 態学的 に異常 があ ること がわか ってき た。わ れ わ れ は 、 これ ま で 腫 瘍 血管 内皮 細胞(tumor endothelial cell:TEC)は正 常血管 内皮細 胞(normal endothelial cell:NEC)と 比 較 し、 遊 走 能 や 生存 能 が 高 い など 様 々 な 点で 違いが あるこ とを報 告 し て き た 。 さ ら にDNA microarrayに よ っ てTECとNECで 網羅 的 遺 伝 子 解 析を 行 い 、NECと 比 較 しTECに お い て 発現 が 亢 進 し て いる 遺 伝 子 群 をTECマ ーカ ー と し て 解 析して いる。 今回そ のー つBiglycanに 着 目 しTECに お け る こ の 分 子 の 機 能 に つ い て 解 析 し た 。Biglycanはsmall leucine―rich proteoglycans (SLRPs)で あ り 、 細 胞間 基 質(ECM)に 広 く存在 する糖 タン パクで あ る 。最 近、様 々な疾 患との 関連 につい ても報 告され 始め ている 。しか し、TECにお けるBiglycan の 発 現 、 およ び 機 能 に 関し て は こ れ まで 全 く 報 告が 無い 。そこ で本研 究の目 的はBiglycanのTEC に おける 発現・ 機能を 解析 するこ ととし た。
【 対象と 方法1
ヒ ト 高 転 移性 メ ラ ノ ー マ細 胞 株A375SMの マウ ス 皮 下 移 植腫 瘍 な ら び に 正常皮 膚から 分離し た血 管 内 皮 細 胞を 使 用 し た 。TECお よ びNECに おけ るBiglycanの発 現 をPCR、Western blotting、 螢 光2重免 疫染 色によ り解析 した。 高転移 性メ ラノー マ細胞 のマウ ス皮 下移植 腫瘍な らびに 正常腎 、 正 常 皮 膚 組織 か ら 凍 結 切片 を作 成した 。医 師主導 自主臨 床研究 のプ ロトコ ールに 従い、 同意書 を 頂 い た 患 者の 手 術 標 本 から ヒト 腎細胞 癌な らびに 健常部 の腎組 織を 摘出し 凍結切 片を作 成した 。 そ れ ぞ れ の動 物 種 のCD31、Biglycanに 対 す る 抗体 を 用 い て 螢光2重 免 疫 染色 を 行 い 、 血管 に お け るBiglycanの 発 現 を 解 析 し た 。Biglycan si RNAによ りTECにお け るBiglycanの ノ ッ ク ダ ウ ン を 行 い 、同 分 子 のTECに お け る 機能 を 解 析 し た。Biglycanの レセプ ターで あるTLR2およびTLR4 の 中 和 抗 体を 用 い て 、 血管 新生 におけ る各 レセプ ターの 重要性 につ いて検 討した 。ヒト 癌患者 お よ び健常 人より 血清を 採取 しGlycoproteinEnrichment Resinを用い て血清 中の糖 蛋白を濃縮した。
血 清中のBiglycanの発 現量 をWestern blottingによ り解析 した。
【 結果】
TECはNECに 比 較 しin vitroの 系 でmRNA、 タン パ ク と も にBiglycanの 発 現が 高 い こ と が示 さ れ た 。 さ らに 、in vivo腫 瘍血 管 に お け るBiglycanの 発現を 解析し た。 マウス 腫瘍組 織にお ける CD31陽 性 の 血 管 内 皮 は 抗Biglycan抗 体 に よ って も 染 色 さ れて い た が 、 腎糸 球 体 、 皮 膚に お け る 正 常 血 管に お い て はBiglycanの 発 現 は殆 ど み られ なか った。Biglycan si RNAによ るBiglycan の ノ ッ ク ダウ ン に よ りTECの 遊 走 能お よ び 管 腔 形成 能は低 下し た。ま たBiglycanノ ック ダウン さ れ たTECにBiglycanタ ンパク を処 理する と遊走 能、管 腔形 成能が 回復し た。こ のこと からBiglycan
−319―
はTECの 高 い 遊走 能 お よ び 管 腔形 成 能 に 関 与し て い る こ とが 示唆 された 。ま た、F−actin染色 に よ る 細胞 骨 格 の 変 化を 解 析 す る と、Biglycanの ノッ ク ダ ウ ン によ り 細 胞 の 長短 比 が小 さくな り BiglycanがTECの 細胞 骨 格 に も 影響 を 及 ぼ す 分子 で あ る こ とが 示 唆 さ れ た 。ま た 、 細 胞 遊走 能 を 調 飾し て い る 接 着斑 に つ い て も検 討 した。 接着斑 のー っであ るvinculinは 遊走 シグナ ルに関 与 し 、 その 発 現 上 昇 は細 胞 の 遊 走 を低 下 さ せ る 。Biglycanノ ッ クダ ウ ン に よ ってvinculin発現 が 増 加 し た 。 こ の 結 果 はBiglycaに よ る 遊走 能 亢 進 に はvinculin発 現 制御 が 関 与 し てい る こ と が 示 唆 さ れ た 。 ま たBiglycanの 受 容 体 であ るTLR2、TLR4、 のTECに お け る 発 現も み と め ら れ, そ の 中 和抗 体 に よ りBiglycanに よ り 誘導 さ れ る 遊 走能 お よ び 管 腔形 成 能 が 抑 制さ れ たこ とから 、 TECに お い てBiglycanの オ ー トク ラ イ ン ル ープ の 存 在 が 示唆 さ れ た 。
さ ら に 、 ヒ トTECに お け るBiglycanの発 現 を 検 討 す るた め に 、6症例 の ヒ ト 腎 腫瘍 、 腎 健 常 部 よ り 血 管 内 皮 細 胞 を 分 離 培 養 しBiglycanの 発 現 を 解 析 し た 。6症 例 中4例に お い てNECに 比 較 しTECでBiglycanの 発 現 レ ベ ルが 高 か っ た 。さ ら に ヒ ト 腎癌 、 肺 癌 、 大 腸癌 、 転 移 性 肝癌 の 摘 出 組 織 の 凍 結 切 片 を用 い て 、Biglycanのin vivo腫瘍 血 管 に お け る発 現 を 解 析 した 。CD31陽 性 のTECに お い てBiglycan染 色 が 認 め ら れ たが 、NECに お い て は 殆 どみ ら れ な か った 。 こ の 結 果 よ ルヒ ト 腫 瘍 血 管に お い て もBiglycanの 発 現 が高 い こ と が 示唆 さ れ た 。 ヒト 癌 患者 および 健 常 人 より 血 清 を 採 取し 糖 蛋 白 を 濃縮 し 、Biglycanの発現 量をWestern blottingに より解 析した 。 健 常 人と 比 較 し て 癌患 者 の 血 清 にお い てBiglycanの 発 現 が 亢 進し て い た 。 以上 よ りBiglycanは 癌 患 者 に お け る 新 た な バ イ オ マ ー カ ー と な り え る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 【 考 察 】
BiglycanはTECにお い て 発 現 が亢 進 し て お りTECの 新 規マ ー カ ー と して 有 用 で あ る可 能性が 示唆 さ れ た。 癌 患 者 血 清中 のBiglycanの発 現 が 健 常 人と 比 較 し て高い こと が示さ れたこ とから 、TEC よ り 血管 内 へ 分 泌 され たBiglycanが様 々な癌 種の 診断マ ーカー となり える可 能性 が示唆 された 。 TECに お い てBiglycanの レ セ プ タ ー で あ るTLR2お よ びTLR4の発 現 を 認 め た。TLR2お よ ぴTLR4 の 中 和 抗 体 はBiglycanに よ り 誘 導 さ れ た 遊 走 能 と管 腔 形 成 能 を阻 害 し た 。TLR2お よびTLR4は VEGF非 依 存 的に 血 管 新 生 に関 与 す る こ と が報 告 さ れ て いる 。BiglycanはTLR2およ ぴTLR4を介し て オ ート ク ラ イ ン 機構 で 血 管 新 生を 促 進させ る分子 であ ること が示唆 された 。ま た,Biglycanは TECの 高 い 細 胞遊 走 能 お よ び 管腔 形 成 能 に 関与 し て い る こと が示 された こと から血 管新生 阻害療 法 に 応用 可 能 な 新 規標 的 分 子 と なる こ と が 期 待 され る 。
【 結 論】
BiglycanはTECにお い て 発 現 が亢 進 し て お り、 そ の 高 い 血管 新生 能に 関与し ている ことが 示され た 。 血管 新 生 阻 害 療法 に お け る 標的 分 子とし て、ま たが んの診 断マー カーと して 応用可 能であ る こ と が示 唆 さ れ た 。
―320―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
● ●
Studies on the expression and function of biglycan in tumor endothelial cells
(腫瘍血管内皮細胞におけるBiglycan の発現および機能に関する研究)
本研究は 、腫瘍血管内皮細胞におけるBiglycan の発現および機能を明らかにしたもの である。副査の佐邊壽孝教授が体調不良により欠席されたため、学位審査は3 名の審査員 により非公開で行われ、申請者の発表後、質疑応答が行われた。後日、佐邊教授から学位 論文に対する評価を頂いた。
審査会 では、 まず畠山教授より腫瘍血管内皮細胞においてBiglycan 抑制により細胞遊 走能と管腔形成能が低下するのは 細胞分化 という観点からは相反する結果ではないか との質問があった。申請者は、血管新生においては細胞遊走能、管腔形成能、細胞増殖能 の 3 因子の協 調が重 要であり 、相反 する結果 ではな いことを 説明した 。次に、Western blotting 法を 用いたBiglycan タンパク の解析 で見られ る高分子 量(200kDa) のバンドに ついて 質問が あった。 申請者は 、細胞 抽出物には分子量42kDa のコアタンパク質のみが 検出されるが、癌患者血清中にはコアタンパク質と糖鎖修飾された高分子量タンパク質が 検出されることを説明した。また、 Western blotting 法を用いた細胞上清や癌患者血清中 の Biglycan タ ンパクの解析におけるコントロールについての質問があった。申請者は、
内在コントロールはないものの、同量のタンパク質を実験に用いたこと、サンプルを泳動・
転写後 に PVDF 膜と ゲルに残っているタンパク質を染色し、サンプル間で量的違いがない ことを 確認し たと回答 した。他 に Biglycan の発現や機能のassay に関するいくっかの質 問があったが、申請者は適切に回答した。
次に、平野教授より管腔形成能試験の評価法について質問があった。申請者は、管腔形 成能が一般的に管腔長の和および血管内皮細胞間の接合数で評価することを説明し、本研 究においては管腔長の和を用いたと回答した。次に、 TLR 中和抗体を用いたBiglycan のオ ートクライン機構の評価の適正について質問があった。申請者は、厳密な検討を行うため には無血清培地での血管内皮細胞培養法の確立や培養上清中に存在するBiglycan 以外のり ガンドの除去等解決すべき多くの問題があり今後の課題としたいと回答した。ヒト腎癌お
−321―
亨 孝
次
聡
壽 鎮
藤 邊
山
野
近 佐
畠
平
授 授
授
授
教 教
教
教
査 査
査
査
主 副
副
副
よび健常部より分離培養された血管内皮細胞のBiglycan の発現解析において、健常部から 採取した正常血管内皮細胞のBiglycan の発現が高い症例があるがその要因についての質問 があった。申請者は、Biglycan は炎症により発現亢進することが報告されており、指摘さ れたサンプルが透析腎症例であったことが有カな理由であると回答した。また、癌微小環 境に分泌されたBiglycan が、腫瘍血管内皮細胞の遊走能・管腔形成能の亢進以外に別の機 能を有するか質問があった。申請者が現在進めている腫瘍血管内皮細胞と癌細胞との相互 作用の解析から、腫瘍血管内皮細胞が分泌したBiglycan が腫瘍細胞の遊走因子として機能 している可能性を示唆した。また、癌関連線維芽細胞やその他の細胞との相互作用につい ても研究を行う予定であると回答した。
最後に、近藤は癌患者の血清中のBiglycan の腫瘍生物学的意義について質問した。申請 者は、Biglycan が転移先臓器においてpremetastatic niche を形成し、癌細胞の転移を促進 して いる可能性を考慮し、今後、in vivo 実験を行う予定であることを回答した。また、
Biglycan K/O マウスヘの腫瘍細胞移植実験により、血管新生への影響を検討するかとの質 問については、Biglycan K/O マウスは胎生致死ではないが、大動脈解離、骨粗鬆層などで 長 期 生 存 が 難 し い も の の 、 指 摘 さ れ た 実 験 を 今 後 行 う 予 定 で あ る と 回 答 し た 。
この論 文は、 Biglycan が腫瘍血管内皮細胞において発現が亢進し、TLR2 およびTLR4 を 介したオートクライン機構で腫瘍血管内皮細胞の高い細胞遊走能および管腔形成能に関与 していることを明らかにした。Biglycan は、腫瘍血管内皮細胞の新規マーカーとして、正 常血管に対する傷害をもたらすことのない、腫瘍血管により選択的な新たな血管新生阻害 療法の標的として期待される。
審査員一同はこれらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども併 せ 、申請者 が博士( 医学) の学位を 授与さ れるのに 充分な 資格を有 すると判定した。
―322−