オーストリア
ポケットガイド
www.austria.info ヨーロッパの中心に位置し、歴史上に一大帝国を築き上げたオーストリアは、 現代においても豊かで多彩な文化が、大都市や小さな地方都市にも、 そしてアルプスの村々にも息づいています。人々のライフスタイルや文化探訪、 美味しい郷土料理、雄大な山々や澄みきった湖での体験を通して、 オーストリアで至福のひと時をお過ごしください。FO TO © Öst err eich W erbung/ Sebastian S tiphout (Cover) w w w
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th Öst err eich W erbung / P et er Bur gstaller T ourismus Salzbur g GmbH Gr az T ourismus / Harr
y Schiffer TVB Innsbruck / Cugola
私たちの時代は、技術開発と社会の変化に駆り立てられて います。成果を出すためのさらなる重圧、厳しい時間の制約 や他の様々なストレスは、自分の存在を無視されたような 無力感さえもたらすこともあります。 オーストリアの多様な自然と文化が上手に共存している地域 では、自然な時の流れに身をまかせ、元々の自分自身のテンポ を取り戻すことができます。 オーストリアの滞在では、本当の自分との出会いのために時 間を取ってください。 ペトラ・シュトルバ オーストリア政府観光局本局長
日本の皆様へ
発行:オーストリア政府観光局 Austrian National Tourist Office
編集&デザイン:株式会社東美 印刷:オカムラ印刷株式会社 発行日:2017年3月 記載内容は変更されることがあります。
奥
付
目
次
P. 41 P. 02 オーストリアについて オーストリアについての読み物と 歴史、芸術やグルメ、地理などを ご紹介 グラーツ グラーツの見どころ グラーツ市街地図 P. 28 ウィーン ウィーンの見どころ ウィーン市街地図 ウィーンの郊外へ P. 44 インスブルック/チロル インスブルックの見どころ チロルの美しい渓谷 P. 36 ザルツブルク ザルツブルクの見どころ ザルツブルク市街地図 ザルツブルクの郊外へ 旅に役立つ基本情報 行事・祝祭日、その他基本情報、 ウェブで得られるオーストリア情報、 ドイツ語会話集 P. 46「音楽を愛する団体」であるウィーン楽友協会 の主任案内係、ヴァルター・デイブラー氏は周 囲の混乱にも決して動じない、いつも冷静沈 着な人物です。土砂降りの雨が降り注ぐウィ ーンのダウンタウン。もう間もなく、濡れ傘を 持って、しずく滴るコートを着た二、三千人の 人々が楽友協会のロビーに押し掛けて来ます。 スタッフにとっては、それだけでも大事ですが、 今日は他にも多数の問題が起こりました 車椅子の常連客が、車椅子ではアクセスでき ない席のチケットを持って現れ、コストに敏 感な二人のコンサートファンが、コートをクロ ークに預ける料金1.70ユーロの支払いを拒み、 ホールのクローク係と口論を始め、回数券保 有の会員カップルが家に忘れて来たためにチ ケットを持たずに、楽友協会の大ホールの入 口に立っています。 ヴァルター・デイブラー氏は、これくらいの 事ではまったく動じません。この53歳の男は、 25年間の楽友協会勤務の間に、あらゆる状 況を経験してきました。デイブラー氏は君主 のような冷静さで、迅速かつ滑らかに、すべて を正常な状態に戻していきます。車椅子のリ ストのファンには、もっとよく見える別の席を 用意し、回数券保有の会員2人には、2枚の代 替チケットを新たに発行し、さらにデイブラ ー氏はマハトマ・ガンジーも称賛するほどの忍 耐力で、クローク係に文句を言う2人の客をな だめました。 楽友協会の有名な黄金に輝く大ホールの通 路を、客を案内しながら、「ここでの仕事は、私 にとって夢の仕事であることは確かです」、と ヴァルター・デイブラー氏は言います。 「ここで私は、普通の人では絶対にお目に掛か れない方々に、お会いしてきました」。チェチ ーリア・バルトリ、ニコラウス・アーノンクール、 小澤征爾、リッカルド・ムーティ、アンナ・ネ トレプコ…。楽友協会で何度も公演した、こ れらのクラシック音楽界のセレブリティたち を、デイブラー氏はすべて知っています。リ ング通りを少し外れた所にある、この世界的 に有名なコンサート会場は、多くの音楽家に とって未だに特別な場所です。ベルリン・フィ ルハーモニー管弦楽団のホールや、アムステ ルダムのロイヤル・コンセルトヘボウのメイン ホールに出演したことのある指揮者、ソリスト、 オーケストラのミュージシャンでも、楽友協会 で初めて公演するコンサートは、ナイトの爵 位を与えられたのと同等の栄誉のようです。 1860年代に、ヨーロッパ歴史主義の名建築 家、テオフィル・ハンセンはカールス教会近く の現場でコンサートホールの設計図を起こし 始めた時から、ウィーンの中心地に音楽の殿 堂を創りたいと望んでいました。この素晴ら しいネオクラシックの建物の階段やロビーを 通ったことのある人は、その隅々にハンセン が古代ギリシャの大崇拝者であったことをま ざまざと見てとれるでしょう。ここには、ウィ ーン風の快活さと人生への熱意によって高め られた、古代アテナイ文明の精神が広がって います。それはとりわけ、コンサートが始まる 前にもスパークリングワインが美味しそうに 飲まれる、洗練されたスナックバーを見ても 明らかです。
音楽の殿堂
ウィーンの由緒ある楽友協会ホールは、
146
年間にわたり
世界第一級のクラシック音楽を提供してきました。
その舞台裏は、的確なプロフェッショナルたちの仕事が
支えています。
世 界 の ス テ ー ジ FO TO © Öst err eich W erbung / Sebastian S tiphoutそれから、ここには黄金に輝く「大ホール」(通 称:黄金の間)があります 印象的な天井 画、さりげなくエレガントなカリアティッド(女 像柱)、大ホールの装飾に使われている大量 の金などは、壮麗なリング通りの時代を今に 伝える証であり、楽友協会にはその時代の華 やかさが、未だに脈々と息づいています。 1870年に開演されて以来、楽友協会では約 4400の作品が上演されました。その中で、多 くの作品がここで初演されたものです。その 中には、ブラームスやブルックナーの交響曲 や、グスタフ・マーラー作曲「亡き子をしのぶ 歌」やラヴェル作曲の「左手のためのピアノ協 奏曲」などがあります。この伝統は今日でも 引き継がれています 楽友協会が重要視 している点は、ただ単にクラシック音楽の遺 産を保存していくことだけではなく、ここが現 代音楽の実験室であるとも考えています。例 えば、最近、オーストリアの作曲家フリードリ ヒ・チェルハの「管弦楽のための三楽章」のプ レミア公演がここで行われました。 楽友協会には7つのコンサートホールがあり、 その内の3つのホールで今夜公演が行われま す:グラス・ホール(多目的ホール)では、作曲 家イワン・エロートの誕生日コンサートが予定 されています。600席があるブラームス・ホー ル(小ホール)では、ウィーン・モーツァルト・ オーケストラが、モーツァルトの夕べで人気の ある曲目を演奏します。黄金の間と呼ばれる 大ホールでは、フランツ・リストの作品が予定 されています。 今、午後7時29分です。指揮者のマルティン・ ハーゼルベックが燕尾服を着ました。そして 彼は大ホールの袖で、蝶ネクタイが曲がって いないかを確認しています。約二千人の聴衆 が、ハーゼルベックがステージに上がるのを 待っています。国際的に知ら れるウィーン・アカデミー管 弦楽団の音楽家たちがステ ージの席に着きました。偉 大な音楽家ハーゼルベック が、午後7時30分きっかりに 指揮台に向かって大股で歩 いて行き、コンサートマスタ ーと握手を交わすと、会場 から盛大な拍手が沸き起こ りました。ハーゼルベック がマイクを手に取り、簡単 な挨拶をします:「このウィーン・アカデミー 管弦楽団は、フランツ・リストの作品をオリ ジナルの楽器で演奏する世界で唯一のオー ケストラです」と紹介します。このように演 奏するのは、彼と彼の創設したアンサンブル が、ハンガリーの国民的作曲家に真摯に向 かうための試みです、と指揮者は説明しま す。ハーゼルベックはマイクを置き、指揮棒 を手にし、いよいよコンサートが始まります。 プログラムは、リストのオーケストラのための バージョンで、リストの作品で最もよく知られ ている曲の一つ「メフィスト・ワルツ作品1番」 から始まりました。それから、オルガニストの クリスチャン・シュミットがステージで注目を 浴びます。ハーゼルベックと彼のオーケストラ との完璧なアンサンブルよって、オルガンの名 演奏家が「コラール アド・ノス、アド・サルタ レム・ウンダム による幻想曲とフーガ」の演奏 を始めました。そして、この曲の力強いクライ マックス部分では、大ホールのクリスタルのシ ャンデリアが静かに振動したようです。曲が 終わると、聴衆は雷鳴の如き拍手喝采を送り ます。 午後11時05分、疲れ果てた主任案内係のヴァ ルター・デイブラー氏が、オフィスの椅子に崩 れるように座りました。今夜の仕事の感想は、 「いつものように、すべてがうまくいった」でし た。最後のクローク係が楽友協会を後にしま した。デイブラー氏も、そろそろ帰宅する時 間です。地元のウィーンっ子であるデイブラ ー氏は、この後、どのように有意義な夜を過ご すのでしょうか?彼は言います「ワイングラ スを傾けて…」。「もしかすると、リストのCD も掛けるかも知れないね…」。それもそのは ず、デイブラー氏は、今夜の大ホールでのコン サートの音楽は、結局ほとんど1音符も聴い ていないのです。 FO TO © Öst err eich W erbung / Sebastian S tiphout
子供のころ探検に出かけて、行く道々で出会 うすべてのものに驚き、本当に楽しんだことを 覚えていますか?今でも、それが出来るのは 嬉しいことです。まずは団体向けのコースを 離れてみてください。幹線ルートを外れて、後 は、好奇心のおもむくままに。 リンツから1時間もかからない内に、私はシュ タイヤーの街の広場に面した席に座っていま した。そこで、すばらしいケーキを一口食べ て、それが舌の上でとろけるのを味わいなが ら、自分を祝福していました。レッドカラント のジャムを添えた、この甘い夢のようなチョコ レートとナッツのケーキを注文したことだけ ではなく、まず初めに、このロマンチックな 街に来ようと思った自分に対して祝福したの です。 この歴史ある街の中心は、ヨーロッパで最も 素敵な広場の一つとして、大変高い評価を得 ています。後期ゴシック様式の館ブンメルハ ウスは、建築の宝と称えられ、絶対に見逃せ ないものです。館の名前は、ファサードから 下を見下ろす愛嬌のある黄金の獅子のことを、 地元の人々が「ブンメル(犬)」と愛情を込め てからかったことに由来しています。この主 要広場だけではなく、風変わりな中庭がある 歴史的な中心街全体と、シュタイヤー川とエ ンス川の美しい合流点の景観が、この街を特 別なものにしています。この自然景観を眺め る一番いい場所は、給水塔の脇にある小さな デッキです。この展望デッキに行くまでに、ま ず243段の長い階段を登らなくてはなりませ ん。しかし、一番上にたどり着くと、息を飲む 素晴らしい景観というご褒美が私を待ってい ました。 私がここを知ったのは、リンツのレストラン のオーナーとおしゃべりしている最中でした。 「えっ!シュタイヤーに一度も行ったことがな いの?」と彼が少し苛立ったように言いました。 後で分かったことですが、そこは彼の生まれ 故郷だったのです。「それじゃ、大事なものを 見逃しているよ。それから、エンスとグムン デンの街も見た方がいいね」と、彼は付け加 えました。こんな会話の中で、偶然にこれら の情報をくれた彼に、私は心の中で感謝しま した。 リンツからすぐに行ける街 「出発したらあっという間に到着」とは、ちょ っとオーバーですが、シュタイヤーへの小旅行 の後で私がまず初めに地図を見て確認したと ころ、何と、エンスもグムンデンもリンツから すぐの距離だと分かり、すぐに興味をそそら れました。そして、もう少し後には、私はエン スの街の中心に立っていました。街の地図で すか?そんなものは必要ありません。私は道 すがらに出会うものなら、何でも楽しいので すから。
田舎のきら星を
発見する喜び
リンツのような都市にはもう既に詳しく、
ちょっと時間に余裕があったとしたら、次はどこに行きましょうか。
そういう方にお勧めは、その都市周辺の田舎を
のんびりと周遊する旅です。
大都市とは違って、静かで落ち着いた歴史ある街々、
そういう小都市や町がオーストリアにはたくさんあります。
田 舎 を 巡 る 、発 見 の 旅 FO TO © T SE GmbH Enns確かに、このオーストリア 最古の街には、魅力的な 場所が溢れていて、とて も楽しむことができます。 歴史を重ねた建物のファ サードには、愛情を込め て修復されたルネサンス 様式の装飾や、荘厳なバ ロック様式の化粧漆喰が 施され、往時を鮮明に証言しています。私は 興味を引く案内版を見て、さらに詳細な事実 を知りました。例えば、堂々とした塔、シュタッ トトゥルムは400年もの間、教会の塔、火の見 の塔、時計台、見張り塔として複数の役割を 果たしてきた、言わば本物のマルチタレントで す。聞くところによると、てっぺんからの眺め は最高のようです。古代の城壁内に建つ、ト ゥルムホテルに泊まれば、一晩中塔を堪能で きるということです。 実のところ、私は今日にでもリンツに戻りたか ったのですが、でも、こんなユニークな体験 ができる機会は、次はいつあるだろうとかと 考えると、私は無意識の内に、ここに一晩泊ま ることに決めました。しかも、あたかも奇跡が 起こったように、部屋が空いていたのです。こ のホテルの一風変わった部屋に、息を切らせ て辿りつくには、幸運にもわずか71段の石段 を登るだけで済みました。それでも登った価 値は十分にありました。丸一晩、私は塔を独 り占めにできたのですから。ユニークな部屋 の最大の特徴は、正方形のベッドが部屋の真ん 中に置いてあることです。この部屋に泊まり、 私はまるで王様になった気分でした。召使い が私にナイトガウンを着せるために、部屋に 現れなかったのを不思議に思ったくらいです。 湖岸にある街の広場 塔の窓から夏の太陽が差し込む次の朝、私は 突然泳ぎに行きたいという、強い衝動に駆ら れました。そこで、朝食後、近くのトラウンゼ ー湖へ向けて出発しました。青々とした牧草 地と、トラウンシュタイン山脈の驚異的に美し い断崖絶壁に抱かれ、爽やかな風景に囲まれ たオーストリアで最深の泳げる湖トラウンゼ ー。その上、東側の岸辺は、事実上、建物が建 っていないので、昔のままの自然の楽園です。 人気のない砂利のビーチから、私は水に飛び 込みました。その時の爽快感に、はっきりと目 が覚めました! 8月の夏の暑い気温にもかか わらず、水晶のように透明な湖の水温は爽や かな18℃。しかし、数かき泳いだだけで、皮膚 がピリピリする快感を覚え、すぐに水から上 がって、浜に敷いたタオルの上に手足を伸ばし て、陽を浴びながら寝そべると、長い間感じた ことがないほど生き返った気分になりました。 短時間、湖畔でうたた寝をした後に、湖の北 岸にある陶器の街グムンデンに向かいました。 ここでは毎年、市庁舎前の広場と、湖岸の散 歩道で、オーストリア陶器フェスティバルが開 催され、オーストリアの精鋭陶芸家や国際的 な陶芸家たちが集います。今はフェスティバ ルには、まだ時期が少し早いのですが、嬉し いことに年に一度の光の祭典が今週末に開 かれるのは、実に幸運な偶然でした。そこで、 私はその夜、散歩道に集まった多くの見物人 たちに加わり、目の前で繰り広げられる夢の ようなスペクタクルに、子供のように目を輝か せて驚嘆していました。光輝く色とりどりの 花火が、音楽に合わせて夜空に踊り、暗い水 面に反射していました。 旅行プランなど忘れて、時々ふらっと発見の 旅に出掛けるのは、本当に価値あることだと 考えます。そうでなければ、こんなにも多くの 新しく、胸躍る感銘を、こんなに短い間に、体 験できることはなかったでしょう。 帰路に発つとき、あと1日ここに滞在して、トラ ウンシュタイン山脈へハイキングに行くべき か否か、ちょっと迷いました。しかし、それは また次回の機会にとっておこうと決めました。 結局、期待に勝る楽しみは、他にないのです から。そして、まだ発見するものはたくさん残 されているのですから。 FO TO © r alfhochhauser .com F erienr egion T raunsee-Salzkammer gut
い他の音に気付いたその時…。そこが、秘訣 です。背後の松の間を抜ける風の音、湖の対 岸のどこかでさえずる鳥の声、石間を縫って下 る小さな流れの水音や、蜂の羽音、谷を立ち 上る穏やかな鐘の音、また、繰り返し、吐き出 し吸い込む、優しい大地が呼吸する音。それ が、静寂の音です。 初めて見た瞬間から、虜になる いくつかのオーストリアの地域は、初めて行く 時には耳で感じた方が良いと言われます。な ぜなら、最初に目で見てしまうと、その素晴ら しさに圧倒されてしまうからです。もし、それ が本当なら、ホーエ・タウエルン国立公園は、 まさにそのような場所の一つです。アルプス の中でも、この場所のように地質と時間の相 互作用が、天国のような景色を創り上げた所 3000m以上の山頂が合計226座もそびえる、 オーストリアが空に届いてしまうほどの、この 驚異的な場所では、人の存在がとても小さく 感じられます。ホーエ・タウエルン国立公園 の、地質学上のあらゆる雄大な景観に囲まれ て、ハイカーは静寂で素晴らしいパノラマを 体験できます。そして、時には真の自分自身に も出会うことができます。 さあ、ここに来て、わずか数分の間でも、この 岩の上に座ってみてください。そして、眼下の 湖を見下ろしてみましょう。あれが、聞こえま すか?あれが、静けさです。静けさ?静けさ とは、実際に聞こえるものでしょうか?あな た自身が本当に静かにしていれば、聞こえま す。特に、今のような早朝の、未だ世界が半 分眠っている時刻に、息を吐き、ぴたっと止め ると、静けさが聞こえます。普段は聞こえな はそう多くはありませんし、初めて見た瞬間 から人を虜にするこれほどの場所は、そう多 くは存在しないでしょう。 私たちは昨日到着して、部屋に荷物を運び上 げ、窓から山々を最初に一目見た瞬間に、す ぐにそのことが分かりました。そして、私たち はあそこに明日登る決心をしました。陽が昇 ってすぐの、本当に早い時間。湖のずっと上の 地点に座っていると、太陽が山々の頂上の間 から顔をのぞかせ、水面がキラキラと煌めき ました。この情景を見て、私はまるで魔法に かけられたように魅了されてしまいました。 3000m以上の峰々が226座 これ以上の数の山々がある場所はありません もちろん、ホーエ・タウエルン国立公園につい て、もっと具体的に説明することもできます: ケルンテン州、チロル州、ザルツブルク州にま たがる、広さ1800㎢の公園。オーストリアの 最高峰グロースグロックナーをその中心に控 え、ヴェネディガー山群を西に、ホッホショー バー山を東に、そして、その中間やそれら山々 の隣にも、そこら中に山々が並びそびえてい ます。どれもが、小さい山ではありません。そ の数226峰、標高は3000m以上。しかし、オ ーストリアの空に届きそうなこの地域に来て、 実際の数値などなんの意味があるのでしょう か?休暇の初日に、てんてこ舞いの毎日から 逃げだして来た別世界で、もう既にハイキン グをしているような気分になっているこの場 所で…?初めて山上湖を一目見た時に、「こ れがよく人が言う、この瞬間を楽しめ、という ことなのか」と理解できたその場所で…?実 際の数値などなんの意味があるのでしょう? これらすべてが、今ここに来て感じる気分なの です。 オーストリアが空に届く場所 ホーエ・タウエルン国立公園には、このよう に感じられる場所がたくさんあります。まる で魔術のような魅惑的なオーラを発し、美の 世界へと開眼させてくれる場所が。私たちは、 山頂と空が互いに触れてしまいそうな、驚異 的な絶景を誇るヴァイスゼー氷河ワールドで、 そのような場所を見つけました。パステルツ ェ氷河に登ると、私たちは本当に過去に近づ いたのだという気持ちにさせられます…。こ の氷がこの氷河の最先端まで来るのに、何十 年かかったのでしょう?そして、一体何千年 かかって水が岩を削り、ライテンカマークラム 峡谷のようなゴルジュや、クリムルの滝のよう な壮観な景観を創り出したのでしょう?私た ちは、白く泡立つ激流がゴーゴーと唸りを上 げて流れ下るのを見て、心の内に大きな安ら ぎが広がって行くのを感じます。それはあた かも、私たちの奥深くで、何かが喜びのために ぐるぐる回転しているかのような感覚でした。 山々は私たちが理解することを 助けてくれます ところで、国立公園は徒歩で見て回ると一番 美しさがわかります。それも、とても静かに、 とても穏やかに、とても注意深くです。ウォー キング、ハイキング、クライミングと、いずれを 行うにも、極めて良く整備されたコースのネッ トワークがあります。ガイドを雇ったり、国立 公園の管理組織で運営しているツアーに参加 することも可能です。私たちは、夕方の6時に アイベックスがどこへ行けば見られるのか、ど この砂をさらえばタウエルンの金の薄片が見 付けられるのか等々、色々なことに詳しいパ ーク・レンジャーと共に公園を見て回りました。 ホーエ・タウエルンの秘密を発見するには、時 にはしばらくじっと座って待たなければいけ ない、と彼は教えてくれました。実際、それは 本当でした。ここの山々は、特別な魔法を自 ら発するのです。山は、私たちに自らを解放 し、深呼吸して、しばらくの間、他の世界の雑 音を忘れさせてくれます。そして、地球と山の 歴史、時には、ほんの少し自分自身のことまで も、色々なことを理解するのを助けてくれます。
ホーエ・タウエルン国立公園では、
ものすごい感動が待っています…。
あなたは座って、ただただ称賛するだけ…。
ホーエ・タウエルンの
うっとりする美しい景色の中で、
思いきり深呼吸を!
た だ も う 、驚 き! FO TO © Öst err eich W erbung / Reinhold L eitner FO TO © Öst err eich W erbung / Reinhold L eitner NPHT世界を征服し、帰郷する アルプスの若い人たちは、かなりのパイオニア 精神と創造性や独創性に溢れています。 へき地の村にさえも聞こえてくる、遠く離れた 土地での冒険への欲求を刺激する、大きく広 い世界からの誘惑的な歌声に、最初は多くの 人々が惹かれたのもうなずけます。しかし、彼 らの多くにとって、永久不変で、伝統と特有の 人生観を持った故郷は、そう簡単には捨て難 く、彼らはたくさんの経験や傑出したトレー ニングを積み、プロの専門知識を身に着けて、 やがて山里に戻って来ます。彼らが得た経験 は、古い伝統に革新的な技術やデザインや職 人芸を吹き込み、新しいアイディアを与えてく れます それも、かなり容易に、そして、生 きる喜びを感じながら。 都会での生活は、思いのままです。人は活気 ある都会生活を楽しみ、提供される膨大な便 利な文化を大いに楽しみ、個人的な満足感を 得る機会を巧みに利用します ただし、そ れは幸せが見つけられると思える、自分の狭 い適所でだけです。クリエイティブな考えを 発展させ、幸せを見つけられる肥沃な土地は、 騒々しさと、過剰に満ちた都会だけが提供で きる場所なのでしょうか? 必ずしも、そうで はありません。アルプスもまた、夢を叶えると いう、気楽な実験が行える場所です。オース トリアの山では若い世代がリーダーシップを とり、そこに暮らす人々に斬新で革新的な活 力を吹き込み、彼らにエネルギーを与えてい ます。 アルプスの秘密とは、何でしょう? ここでは、貴方はまさに貴方です つまり、 貴方は他に類のない、唯一の存在です。山で は、貴方を比べる尺度となる大衆は存在しま せん。貴方は自分に対して忠実でいられます し、自分を進化させ、自分を発見する自由を持 ち続ける事ができます。山は親しみある、くつ ろげる環境であり、また、個人の自己満足が得 られる守られた領域を提供してくれる場所で もあります。ここでは、都市社会の匿名性の 中で失われてしまったコミュニティの感覚と いった価値観が育まれています。村では、皆 が互いに知り合いです。お互いに協力するこ とは、称賛されています。人々はいつでもどこ でも人を手助けし、夢や目的を実現するため に他者を支えます。ここの環境では、自身の 活力を十分に生かし、起業家精神の欲するま まに行動できます。 自然と調和した平穏 アルプスの住民は、仕事や創作でとても忙し いのですが、彼らが失っていないものが一つ あります。それは、落ち着きです。アルプスで は、他所とは違った物の考え方をするので、こ こにはストレスは存在しません。ここの住民 は、社会のリズムに合わせた生活はしません。 どちらかと言えば、彼らは物事に対して、自 然と調和した自分なりのやり方で対処します。 このことは、彼らの日課と密接に結び付いて います。つまり、自然の中で生きる者は、自然 と共に生きる、という訳です。アルプスの人々 は、未だに自然の気性や、その良い面やその 状態をよく観察します。都会に住んでいる人 たちの一体何人が、赤い夕陽や巻き雲を見て、 来たる天候を予測できるでしょうか? アルプス そこは、人が自由に呼吸できる場所 山は、人が自由を感じることができる所です。 ここでは、人を取り囲む物はビルの壁ではな く、そびえ立つ山々です。そして、空をほのか に照らすものは街路灯ではなく、無数の星々 です。人は天気をそのまま受け入れ、パラパ ラと肌を打つ夏の雨の感触を楽しみます。ア ルプスは、都会の強すぎる多くの刺激によっ て鈍ってしまった感覚が、再び鋭く蘇る所で す。ここでは、自身は自身に近い存在であり、 人生を楽しむ時間が許されています。多くの 人は、遠い昔に自分が失くしたと信じている ものを見つけたいという思いから、山へ惹き つけらます。それは、真実です。都会を後に した途端に、また、四方から山々がそびえ立 ち、何百という色彩の陰影が風景を包んだ瞬 間から、アルプスの人生観の火花が、身体の中 で再燃するのを感じるでしょう。 アルプスの生活を、共に体験する 山では、人々はグループとして、自然を積極的 に体験します。人々は自発的に、そして、常に ある種の感謝の念を心に抱いて、山登りに向 かい、カヌーで渓流を征服しようとし、あるい は、山頂からパラグライダーでゆったりと降下 します。このアルプスの人生観を持たずに育 った人でさえ、ここで暮らす人々の情熱の虜に なります。それは、アルプスの人々が、自分の 故郷への愛着を互いに共有し、それを楽しん でいる事と、彼らの他人に対する気取らない 見方に、共感できるからです。このように、地 元の人も、ここを訪れる観光客も、故郷に戻っ て来た人も、山ではすべての人々がくつろいだ 気持ちになれるのです。そして、ここで得た経 験を、将来に渡って役立てていくのです。 ここでは、古いものと新しいものが結び付き、 伝統は柔軟性と連携します。ここでは、幸せ な人生に必要なものすべてがあるので、若者 たちが故郷に帰ってくるのも当然です。
「昔気質で、時代遅れ」というのが、一部の都会人が言い表す
山での暮らしです。しかし、それはまったく違います。
オーストリア・アルプスの若者はコスモポリタンであり、率直な人たちで
形式張らずに、気軽に伝統と革新を融合させています。
彼らは、私たちが密かにうらやむ自由を叶えているのです。
アルプスの人生観
山 で 暮 ら す FO TO © Öst err eich W erbung / WES T4MEDIA FO TO © Öst err eich W erbung / WES T4MEDIAしばしば、内なる自分と再び接触するには、腕 時計を外し、ホテルの部屋に携帯電話を残し て、一日だけ時間は忘れなさいとよく言われ ます。約束なし、騒音なし、電話の呼び出し なし…。しかし、それよりもっと物事に邪魔さ れない、平穏な喜びを強く感じる瞬間があり ます。それは、朝食前に、冷たい朝露を踏み しめながら、アルプスの牧草地を素足でぶら つくとき、泉から直接飲み、氷のように冷たい 純粋な水を味わうとき、もしくは、夕陽の照り 返しを受けてオレンジ色に染まる湖畔の夕べ の雰囲気に浸るときです。 ウェルネスは、well-being(健康で安心なこ と)とfitness(体の健康)という2つの言葉か ら成り、単に日常のストレスから短時間逃れ、 自分を再充電するだけではなく、それ以上の 重要なものを意味します。つまり、どのように したら長期間にわたって、健康で安心な自分 の状態をより良くしていけるのか、ということ なのです。 そこには、ただの日帰り旅行以上の 充足感があります もし、感覚を解放し、時と自分自身に完全に 集中すれば、心地よいことが徐々に起こり始 めていることに気付くでしょう。そして意識が 心の騒ぎを消し去り、代わりに温かい充足感 が心を満たして行きます。特に、「私だけの時 間」を新鮮な空気の中で行う運動と組み合わ せて使えば、なお効果的です。汗をかく場所 は、サウナだけではありません。ハイキング で近くの山に登っても同様な効果が得られる し、登る間に素敵な思い出作りができるとい うおまけも付きます。 目的地に着いた時点で、自分に対してかなり 鼻高々な気分になれますが、それだけではあ りません。今まで自分では感じた事がない筋 肉があることに気付きます。そしてまた、空腹 にもなります。その時は、自分への褒美とし てボリュームあるスナックをご馳走する最高 のタイミングです。食べ物を一口食べる度に、 また、飲み物をグイッと一口飲む度に、いつも より倍美味しく感じ、長い間感じた事のなか ったほどの元気を実感できるでしょう。 そのような時に、新しいプランやアイディアが 浮かんでも、まったく不思議ではありません。 自然に囲まれている間に、スケッチブックを取 り出しましょうか、それとも、美しい風景をス マートフォンかカメラで記録しましょうか。も しくは、ガイド付きハーブツアーに参加して、 普段は見逃しがちな香りのよい薬草について 学びませんか。 最近、人気上昇中のもう一つのオプションは、 オーストリアに多数ある国立公園や農家でし ばらく働くことです。実り多き一日を終えて、 疲れ果てた体をベッドに横たえる時の気分は また格別で、明朝が来るのが待ちきれないほ ど楽しみになります。 自ら課した慌ただしい日常の仕事からの逃避 で一番いいことは、そこで得たエネルギーが 長持ちする種類の活力である点です。それは、 空いている時間に急いで行った健康ジムで得 る一瞬の爆発力より、比べ物にならないほど 長く持続します。 ウェルネスとは本当に、よくあるただの宣伝 文句ではありません。ウェルネスは、より優 れた健康と安心へと、優しく導いてくれる生 活に対する姿勢なのです。大事なことを言い 忘れましたが…、自分を取り戻すことでもあり ます。
ウェルネスとはスチームバスとマッサージのことだと思うのは
間違いです。なぜなら、そのような至福の時は、
どこででも得られるからです。
それとは違い、ウェルネスとはライフスタイルの一環です。
やるべきは、ただ立ち止まって、自分の内なる声を聴き、
自分の周囲の美しさに集中することです。
私だけの時間
本 物 の ウ ェ ル ネ ス と は FO TO © Öst err eich Werbung / Thomas Kirschner
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しげに指摘するでしょう。しかし、それに類似 したクグロフの確かなルーツが、オーストリア の考古学者たちによって、ニーダーエステライ ヒ州のカルヌントゥムでも発見されています。 宮廷のケーキ 成功には多くの生みの親がいるとよく言われ ますが、それは人気の食にも言えることです。 世界で初めてステーキを焼いた人が誰であっ たのか知っている、と言える人はいますか? ケーキについても、それと大した違いはあり ません。人類が砕いた穀物を加熱すると質感 が変わり、美味しくなる事を発見して以来、パ ン焼きの技術には永い歴史があります。それ 以来、その技術は進歩し、レシピは洗練され てきました。しかし、自身を甘やかすことにか けては、古代ローマ人の右に出る者はいません。 この甘くて、美しい曲線を持ったオーストリア のケーキ作りの化身は、人類にとって形を変 えた神からの贈り物なのでしょうか?たっぷ りと粉砂糖をふりかけ、ホイップクリームを添 えた、マーブル(大理石模様)のクグロフと、香 り高き一杯のメランジェ(泡立てたミルクを上 に乗せたミルク入りコーヒー)は、世界中で愛 されているウィーンのカフェ文化の最たるも のです。しかし、数あるオーストリアの伝統的 なケーキの中でも、スターの地位にあるにも かかわらず、実はこのクグロフが、まったくオ ーストリアのものではないなんて事があるの でしょうか?狡猾な食の乗っ取りが、過去に 起こっていたのでしょうか?確かに、料理専 門のフランスの歴史家はそう言うでしょう。イ タリア人は、紀元前二世紀まで遡る古代ロー マ時代のクグロフに関する発見の事を、誇ら 古代ローマ人がクグロフの原型を作っていた ことが、出土した焼き型に付着していたスポ ンジの生地や、イーストの練り粉などの残留 物から裏付けられました。ローマ時代と十五 世紀とのつながりに関する証拠はほとんど発 見されていませんが、しかし、それはもちろん、 人々がクグロフを全然食べなかったというこ とを意味するわけではありません。それどこ ろか、中世後期には、ブントケーキ用の型に 似た、当時は銅で作られた典型的なクグロフ の焼き型で、美味しいものが作られていたと いう証拠があります。その時代以降、ふかふ かのスポンジと軽くてフワフワのブリオッシュ でできたクグロフの隆盛を止めることは出来 ませんでした。皇帝フランツ・ヨーゼフの、レ ーズン入りクグロフに対する好みと、よくクグ ロフを彼のために焼いてくれた、長年の愛人 カタリーナ・シュラットに対する強い愛情は、 ウィーン風クグロフの世界的な知名度を確か なものにしました。 カプチン会修道僧とターバン 史実に関する話はここまでとして、ここからは 推論の分野を掘り下げて、キリスト教暦の初 期まで遡ってみましょう。今、イエスキリスト が誕生しました。その後、3人の賢者はベツレ ヘムから真っすぐ家には帰らず、フランス、ア ルザス地方の小さな美しい村リボーヴィレを 通って回り道をしたようです。彼らは地元の 人々の歓待を受けた後、別れのしるしに彼ら 自身のターバンの形に似せた、美味しいケー キをもらいました。これが、アルザスのクグロ フが誕生した理由です。このケーキの起源ほ ど、オーストリアのクグロフ神話には想像力は ありません。それによると、若いカプチン会の 修道僧が修道会に入る時に、cuculla offaと いうペストリーが与えられます。 cucullaとは ラテン語で、修道僧の服の、クグロフの形とよ く似たフード(頭巾)のことです。その後、この 言葉は、中期(11世紀から15世紀)の高地ドイ ツ語のgugeleへと変化しました。そして、イ ーストを意味する接尾辞hopfが付け加えら れて、Gugelhupf(クグロフ)という名前が誕 生したのです。 さらに、別の説では、ヘッドスカーフを意味す るラテン語のcuculusに触れ、市場で美味し いスイーツを売る女性がヘッドスカーフをして いたことから、恐らくクグロフの名を生むこと になったのであろう、と言っています。 真ん中に開けられた穴 その形がターバンから来ようが、カプチン会 の修道僧のフードから来ようが、あるいは、ヘ ッドスカーフから来ようが、ここで簡単に言え る事実は、クグロフは丸いということ、焼かれ た生地はオーブンの中で膨れ上がり、焼き上 がったものを逆さにすると、事実上、焼き型か ら飛び出すということです。どのようなタイプ のクグロフも、型からとても簡単に取り出せ る理由は、型に付けられた溝に加えて、真ん中 に開けられた穴のせいです。これらにより、ケ ーキのすべての面に熱が通り、生地が均一に 焼けるためです。また、球状の焼き型は太陽 を象徴し、幸せと満足を意味します。なるほ ど、小型のクグロフが、オーストリアの民話で も重要な役割を果たしている理由がよくわか ります。ある地域では、花嫁介添人が結婚式 で、燃えたロウソクで飾った小さなクグロフ を頭に乗せて踊ります。確かに、この風習は 徐々に廃れていますが、それとは対照的に、コ ーヒーとケーキを食べながら休憩をとる午後 の習慣は、ますます定着しています。これは オーストリア全土のカフェやペーストリー・シ ョップ、各家庭で見られる光景です。ここでは、 クグロフが顕著な役割を果たし続けています。
クグロフは、いったいどこから来たのでしょうか?
オーストリア?
フランス?
それとも、もしかしてイタリアから?
それにクグロフは、なぜ真ん中に穴が開いているのでしょう?
オーストリアの最も人気のあるケーキの歴史を探ってみましょう。
クグロフ
喜びのひとかじり
ヨ ー ロ ッ パ の 食 の 人 気 も の FO TO © Öst err eich W erbung / W olfgang Schar dt FO TO © Öst err eich W erbung / W olfgang Schar dtつい100年前まで、ハプスブルク家がオースト リアを統治していました。その当時ウィーン は、地理的にヨーロッパの中心に位置してい たのです。ハプスブルク家の下、ドイツ人、チ ェコ人、ハンガリー人、スロヴァキア人、ボス ニア人が一つになっていたのです。ハインリッ ヒ・シュタインフェストは「オーストリアは巨人 として眠り、小人として目を覚ました」と、帝国 と多民族国家の崩壊をややシニカルに描写し ています。 今日でも、皇帝家の遺産がまだ脈々と受け 継がれていることを感じ取ることができます。 これは、オーストリアが帝国時代と同様、現 在も数多くの文化を宿しているためと、ハプス ブルク家が無数の立派な建築物を国内の至 る所に残したことによります。特にハプスブ ルク家の居城、ホーフブルク王宮があるウィー ンで強く感じることができます。このウィーン から、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世はハプスブ ルク帝国の運命を68年(1848–1916)もの間、 歴代最長にわたり統治してきました。また、オ ーストリア=ハンガリー二重帝国の輝かしい セレブリティである皇妃シシィ(1837–1898) の面影はあらゆる所で見つけることができま す。シシィ博物館やカイザーアパートメント (皇帝の居室)では、シシィの印象的な私生活 を垣間見ることができます。刺殺された皇妃 シシィのオリジナルのデスマスクなどが訪れ た人を感嘆させています。 皇帝家の史跡は、ウィーンの中心部の各所に 散りばめられています。ヨーゼフ広場にある アウグスティーナ教会では、ハプスブルク家の 結婚式が挙行され、また葬儀も行われました。 皇帝納骨堂には、12人の皇帝、19人の皇妃や 王妃が永遠の眠りについています。さらに活 気溢れる帝国のシンボルは、バロック様式の 城であり華やかな庭園を持つシェーンブルン 宮殿です。シェーンブルン宮殿はユネスコ世 界文化遺産に登録されています。皇帝たちは 夏の間、数えきれないほどの部屋があるこの 城で過ごしました。サロンや皇帝一家の居室 は今日でも訪れることができます。 ハプスブルク家の人々は暖かい時期に、首都 から遠く離れたザルツカンマーグートのバー ド・イッシュルで過ごしました。多種多様な民 族や利害関係を一つの国に統治するのは、と てつもない課題でした。過労が気力を一気に 奪っていったとき、皇帝はこの地で執務から 離れ休息を取りました。このようにハプスブ ルク家は、その遺産を豪華な建築物や城の形 で残しただけではなく、オーストリア人のメン タリティーという形でも残しました。100年前 までは多民族国家として統一されていた土地 の多くの文化的影響と文化様式が、今日でも 住む人々に感じることができます。ドイツ人の 秩序と徹底性、情熱的なスラブ系の気質、ハ ンガリー人のブラックジョーク、イタリア人の 陽気さとジェスチャーの伝統。多国籍国家は、 オーストリア人の精髄として人々の中に存在し 続けています。 2017年は女帝マリア・テレジア誕生300年を 迎え、様々な特別展が開かれます。
ハプスブルク家の
史跡を訪ねて
オーストリア全土では今日でも、
巨大なハプスブルク家のオーラを感じることができます。
しかしそれは、豪華な建築物や都市によるものだけではありません。
オ ー ス ト リ ア に つ い て FO TO © Innsbruck T ourismus屋「ホイリゲ」と切っても切れない関係にあり ます。 また、毎年各地で開催される数多くの音楽祭 には、世界中から音楽ファンが集います。最 も有名なザルツブルク音楽祭、ウィーン芸術 週間、ボーデンゼー湖のブレゲンツ音楽祭、 メルビッシュの湖上音楽祭、グラーツのシュテ ィリアルテ音楽祭、フィラッハ/オシアッハの カリンシア夏の音楽祭、シューベルティアーデ、 リンツの国際ブルックナー音楽祭やクラング ヴォルケ、そしてアイゼンシュタットのハイド ン音楽祭、グラーフェネッグ・クラシック音楽 祭など、多彩なプログラムが繰りひろげられ ます。 ウィーンフィルのニューイヤーコンサートとシ ェーンブルンでの夏のコンサートは毎年、世 界中に中継・放映され、音楽ファンを楽しませ てくれます。 ヨーロッパの中心に位置するオーストリアは、 古来より様々な文化が交錯し、豊かな文化の 歴史を育んできました。中でも「音楽」は、オ ーストリアを紹介する上で最も重要な代名詞 といえるでしょう。世界的に名高いウィーン国 立オペラ座、ウィーン・フィルハーモニー管弦 楽団、ウィーン少年合唱団、フォルクスオーパ ーなどは、オーストリアの文化使節としても活 躍しています。 また、オーストリアの音楽史上「ウィーン古典 派」は、偉大な文化遺産の一つに数えられま す。そのウィーン古典派は、ハイドンに始ま り、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベ ルトが含まれます。ロマン派を代表するのは、 ブラームス、ヴォルフ、ブルックナー、マーラ ーです。オペレッタの王と呼ばれるヨハン・シ ュトラウスとフランツ・レハール、また、シュラ ンメル兄弟の音楽は、ウィーンのワイン居酒 オーストリアのデザイン 百数十年も前から受け継がれている職人たち の手仕事を現代に再現した「ウィーンプロダ クツ」加盟企業の製品をはじめ、オーストリア 発のアクセサリーやファッションが世界的に 注目されています。特に、豊かな文化遺産と 若く活力あるクリエイティブシーンの両面を 持つウィーンは、まさにクリエイティブ業界の 中心地です。また、全国に渡りカフェやレスト ラン、ホテルなどでも、オーストリアならでは のデザインを感じることができます。 オーストリアならではの逸品 アクセサリーをお求めなら日本でも人気の高 い「スワロフスキー」は本場オーストリアのシ ョップを訪れてみてください。ワッテンスの本 社に隣接するクリスタルワールドの他、インス ブルック、ウィーンにショップがあります。可 愛い小物やアクセサリーの数々がショーウィ ンドウを飾り、その豪華さはメルヘンの世界 そのものです。 伝統的な品物をお求めなら、高級磁器セット の代名詞「アウガルテン」、美しいガラス製品 とテーブルウェアでゴージャスな食卓を演出 できる「ロブマイヤー」、独自のアトリエを構え るテーブルウェアやリネンのお店「シュヴェー ビッシェ・ユングフラウ」、ユーゲントシュテ ィールの美術工芸品や各種ウィーンプロダク ツ商品を展示・販売する「オーストリア工房」、 歴史的なデザインによる家具やハイセンスな インテリアを生産する「フリードリッヒ=オッ トー・シュミット」などがお勧めです。 ウィーンのファッションでは、バラエティー豊 かなデザインを取り揃える帽子店「ミュール バウアー」、伝統的な民族衣装とロマンチック な1950年代ファッションに現代的なエレメン トを加えた「レナ・ホシェック」、カラフルで独 創的スタイルのモードをアピールする「アート アップ」、軽やかで時代を超越した独自ブラン ドを展開する「ピア・ミア」、ウィーンで指折り のシックな靴のファッションブティック「シュ ー!」、選抜きの眼鏡やサングラスの数々をコ レクションするアイウェアのお店「シャウシャ ウ・ブリレ」などが人気です。 ウィーンでちょっとした小物をお探しなら、最 高級のナチュラルコスメティックスが揃う「セ ントチャールズ・コスモテカリー」、アルプス地 方の伝統にアイロニーを加えたハンドメイド 磁器が揃う「マノ・デザイン」、選び抜かれた 愛らしい商品の並ぶ雑貨店「アンナ・シュタイ ン」などはいかがでしょうか。
オーストリアは長い歴史を通じて音楽と美術の保護を
旗印に掲げ、他国ではほとんど例がないほどの
資金と労力を注いできました。
芸術の国
オーストリア
オ ー ス ト リ ア に つ い て 帝国の時代、ハプスブルク家の人々は芸術作品収集に情熱を 傾け、幾世紀にわたり世界中から数多くの絵画や美術品の名 作が集められました。現在、オーストリア全国にはルーベンス やブリューゲル、ベラスケスなど古典の大家から新進の現代 芸術家までの作品を擁する約1000の美術館・博物館がありま す。特に人気の高い「ユーゲントシュティール」様式を代表す るグスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、オスカー・ココシュカ の絵画は、世界的な名声を博しています。 FO TO © T ourismus Salzbur g GmbH FO TO © Region V illach Tourismus / Adrian Hipp Innsbruck T
ourismus Belveder
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ienna
山小屋「アルムヒュッテ」 アルプスの牧草地に建つ山小屋は、元々、夏の 間山の中腹の牧場で働く牛飼いや酪農従事 者が住むための住居でした。その後、山小屋 はアルプス文化と人生の喜びを象徴するもの となりました。 よくある板葺きの小屋では、訪れる旅行者や ハイカーを親切なオーナーが暖かく迎えてく れます。山小屋では、心尽くしの料理とサワ ー種の黒パンが供され、楽しい会話とアルプ ス独特の魅力を味わうことができます。 どこに?山小屋はアルプスのハイキングコー スに沿ってあります。フォアアールベルク州、 チロル州、ザルツブルク州などオーストリア西 部に多く点在します。 ワイン居酒屋「ホイリゲ」 オーストリアは人生の楽しみ方をよく知って いる国です。そして、ホイリゲはまさにオース トリアの暖かさと居心地の良さを実感できる 場所として、この国の人々にはとても馴染み深 いところです。地元の人々はホイリゲに集い、 ワイン醸造者が造った自慢の新酒と、美味し い家庭料理、自家製のベーコンやチーズなど に舌鼓を打ちます。テーブルには楽しい会話 と笑い声があふれ、時が経つにつれて歌声が 店内に響き渡ります。ホイリゲで楽しむ伝統 は、少なくとも18世紀まで遡ることができま す。それは、時の皇帝ヨーゼフ2世が、いつで も誰でも自家製のワインを販売したり、供した りすることを許可する条例を施行した時代で した。 どこに?ニーダーエステライヒ州のワイン産 地、ウィーン郊外のホイリゲ地区、ブルゲンラ ンド州とシュタイヤマルク州にあります。 地元の人が集まる居酒屋「バイスル」 オーストリアの暖かさと居心地の良さを語る とき、3つの場所が挙げられます。それは、カ フェとワイン居酒屋、そして昔ながらの居酒屋 「バイスル」です。典型的なバイスルの設えは、 木製バーカウンターと木製の壁の羽目板、メ ニューを手書きした黒板を特徴としています。 ウィーナー・シュニッツェルやエッグノッケル、 古典的な家庭料理がどこのバイスルでも味わ えます。 どこに?オーストリア中、どこにでもあります。 ソーセージスタンド「ヴュルステルシュタント」 ここは単なる伝統的なスナック・バーではあ りません。仕事の合間にちょっと立ち寄って 一息入れる大切な場所なのです。ここで、ケ ーゼクライナー(チーズ入りソーセージ)にマ スタードを添え、パンと食べ、ウィットに富ん だ、魅力ある店員と会話を楽しみます。当初、 ヴュルステルシュタントは帝国時代に、退役 した傷痍軍人たちの生計を立てる仕事を与え るために出現しました。伝説的なケーゼクラ イナーは、オーストリア人が創作したものです。 ソーセージのレシピはスロヴェニアが起源で すが、それをオーストリアの食通が、ソーセー ジを焼いた時に溶けるチーズを加えて完成さ せた、手軽で美味しいご馳走なのです。 どこに?ウィーンのソーセージスタンドはよ く知られていますが、オーストリアのどの主要 都市でも見られます。 ケラーガッセ・ワイン祭り ワインの生産地域の夏のハイライトが、このワ イン祭りです。この時期、人々はワインケラー (ワイン貯蔵所)が立ち並ぶ小路をそぞろ歩 き、貯蔵所から貯蔵所へと渡り歩いて、それ ぞれのワイン醸造者が造った素晴らしい新酒 と美味しい料理を味わって回ります。それに 加えて、何世紀もの歴史を誇る、見渡す限り続 くブドウ畑の風景は、見る者に活力を与えてく れます。 どこに?オーストリアのワイン産地、特にニ ーダーエステライヒ州が有名です。 ビアガーデン 夏の暑い夜、人々に愛されている場所の一つ が、国中どこにでもあるシャニーガルテン(シ ャニーとは、オーストリアのニックネームでヨ ハンの愛称)とも呼ばれるビアガーデンです。 仕事の後、オーストリア人はこれら愉快なビア ガーデンに立ち寄り、ニワトコの花から作った ホルンダージュースや、ビールで喉の渇きを癒 します。店によっては、オリジナルのビールを 醸造して提供しています。このような所では、 普通の夕べがささやかな祝杯の席へと変わり、 ありふれた日常をしばし忘れさせてくれます。 どこに?ザルツブルクが有名ですが、オース トリア中どこにでもあります。 カフェ ウィーンのカフェ文化は、オーストリア人が食 通である事を証明する最適の例でしょう。ウ ィーンではカフェが、ユネスコにより無形文化 遺産として認定されたほどです。その歴史は 17世紀末まで遡ることができ、トルコ軍によ るウィーンへの包囲攻撃と深い関わりがあり ます。代表的な古典的カフェのインテリアは、 小さな大理石のテーブルに、トーネット・デザ インの曲木製の椅子、ボックス席、新聞ラッ ク、歴史主義的意匠の飾り付けを施した内装 を特徴としています。そして、カフェで出され る水も、オーストリアのカフェ文化を特徴づけ ています。また、世界で初めてお客様に新聞 を提供したのはウィーンのカフェです。 どこに?オーストリア中どこにでもあります が、最も有名なのはやはりウィーンのカフェ です。
オーストリア人は、人生を謳歌することに長けています。
ここでは、人生を最高に楽しむために彼らが通う特別な場所を、
いくつかご紹介しましょう。
人生の“愉しみ”を
満喫する
オ ー ス ト リ ア に つ い て FO TO © Öst err eich W erbung / P et er Rigaud FO TO © W ienTourismus / Karl Thomas, P
et
ルビッシュ、サンクト・マルガレーテンの野外オペ ラなど音楽イベントも豊富です。また、良質でお いしいワインの産地としても知られています。州 都アイゼンシュタットは、ハイドンとエスターハ ージー侯爵家ゆかりの街。 ニーダーエステライヒ州 ウィーンを囲むようにして広がる州。州東側 の丘陵地帯は良質のワイン産地になっており、 北部は森林におおわれています。バロック様 式の修道院が建つメルクとクレムス間のロマ ンチックなドナウ河の渓谷は「ワッハウ渓谷」 と呼ばれ、ユネスコ世界遺産にも登録されて おり、ニーダーエステライヒ州でいちばん人 気のある休暇地となっています。州都はサン クト・ペルテン。 ウィーン オーストリアの首都ウィーンは古い伝統を持 つハプスブルク帝国の都、音楽と芸術が輪舞 する街。その一方で、近代的で未来を志向す る建築物も多く、スタイリッシュなライフスタ イルと活気のあふれる文化の愉しみにあふれ ています。市の周囲には約1350km²にもおよ ぶ広大なウィーンの森が広がり、市民の憩い の場所となっていて、これは他のヨーロッパの 大都市にはみられない独特の魅力です。詳し くは28ページをご覧ください。 ブルゲンランド州 オーストリアの東端に位置する州。ここには世 界遺産のノイジィードラーゼー湖があり、野鳥の 宝庫であるゼーウィンケル国立公園も隣接して います。ルストなど、コウノトリがコロニーを作る 農村やハンガリー風のエキゾチックな町が魅力。 オペレッタ・フェスティバルで有名な湖畔の町メ オーバーエステライヒ州 風光明媚な湖水地方ザルツカンマーグートは、 オーバーエステライヒ州にも広がり、保養休 暇を過ごすのに理想的な環境を提供します。 皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃「シシィ」 はバード・イッシュルで何度も夏を過ごしまし た。州の北側の森の深いミュールフィアテル の丘陵地帯は、チェコとの国境を形成してお り、訪れる人々を惹き付けます。州都のリンツ は、音楽家ブルックナーゆかりの街として知 られ、モダンなアルスエレクトロニカセンター やレントス美術館など、芸術探訪もおすすめ です。 ザルツブルク州 ザルツブルク州は、ハイカーや自然愛好家の 憧れの場所となっているホーエタウエルン国 立公園を含むアルプスの山岳地方。ザルツカ ンマーグートの大自然の美しさは映画『サウ ンド・オブ・ミュージック』でお馴染みです。ザ ルツブルクの名前の由来の「岩塩の城」を体 験できるハラインの岩塩坑や、「きよしこの夜」 誕生の地オーベルンドルフ、世界一の氷穴が あるヴェルフェンなども見どころです。州都は ザルツブルク(36ページ参照)。 シュタイヤマルク州 森が豊かなことから「緑の州」とも呼ばれてお り、アルプスの大自然はもちろん、牧歌的な村 の風景も美しく、スロヴェニア国境の南シュタ イヤマルク地域はワインの名産地として有名。 ブッシェンシャンクと呼ばれるワイン生産者の 直営店が点在しており、ワイン愛好家におすす めのルートです。数多くの文化財を見ることも できます。一方、バード・アウスゼー周辺のザ ルツカンマーグートのシュタイヤマルク州側の 部分は、美しい湖と山の景観によって、南部と は違った魅力を放っています。州都はグラーツ (41ページ参照)。 ケルンテン州 オーストリアの最南部にあるケルンテン州に は、ヴェルターゼー湖、オシアッハゼー湖、ミ ルシュテッターゼー湖など、湖水浴のできる 大きな湖があって、水泳や水上スポーツが楽 しめるパラダイスとなっています。州の最北 端にはオーストリア最高峰のグロースグロッ クナー山が秀麗な姿を見せています。州都の クラーゲンフルトは、バロックとユーゲントシ ュティールの建物が建ち並び、芸術や文化の 薫り高い見どころの多い古都です。 チロル州 牧歌的な山の景色で知られるチロル州の文化 の拠点は、インタール渓谷に数珠つながりに 存在します。インスブルック、ハル、ラッテンベ ルク、クーフシュタインなどの魅力的な町が点 在します。また、ツィラータール、シュトゥーバ イタール、エッツタールなどの渓谷、サンクト・ アントンやゼーフェルトはハイカーやスキーヤ ー、そして休養を求める人々の理想郷として有 名です。また、東チロルはザルツブルク州をは さんで離れたところに位置する自然の宝庫で す。州都はインスブルック(44ページ参照)。 フォアアールベルク州 オーストリアの一番西に位置する州。面積は 小さいながらも、シルヴレッタの氷河の世界 からライン渓谷の平地にいたる、変化に富ん だ自然が特徴です。州都ブレゲンツを有名に しているのが、世界最大のオペラ・フェスティ バルの一つ、夏の「ブレゲンツ音楽祭」。個性 的な湖上ステージは映画007のロケでも使わ れました。スキーやハイキングが盛んなアー ルベルク地方の村レッヒは、世界のセレブが 休暇を過ごす高級リゾート地で「ヨーロッパ で最も美しい村」に選ばれました。
オーストリアは
個性あふれる9つの連邦州からなる共和国です。
各州にはそれぞれの魅力と特長があります。
個性あふれる
9つの州
オ ー ス ト リ ア に つ い て FO TO © Öst err eich W erbung / P opp Hackner FO TO © Linz T ourismus / Mueller L ech Zürs T ourismus / Geor g Schnell1: 2,800,000
ドイツ
イタリア
スイス
スロヴェニア
ハンガリー
チェコ
ス
ロ
ヴ
ァ
キ
ア
リ ヒ テ ン シ ュ タ イ ンオーストリア地図
位置と距離
オ ー ス ト リ ア に つ い てオーストリアは中央ヨーロッパの南部に位置し、
国土の総面積は
83,858
平方キロメートル、人口は約
850
万人。
公用語はドイツ語ですが、英語はよく通じます。
(km) ブレゲンツ アイゼンシュタット グラーツ インスブルック クラーゲンフルト リンツ ザルツブルク サンクト・ペルテン ウィーン ブレゲンツ 769 700 187 575 547 429 656 720 アイゼンシュタット 769 183 582 307 232 347 113 55 グラーツ 700 183 513 133 215 255 190 210 インスブルック 187 582 513 377 360 242 469 533 クラーゲンフルト 575 307 133 377 257 212 339 335 リンツ 547 232 215 360 257 118 121 185 ザルツブルク 429 347 255 242 212 118 230 294 サンクト・ペルテン 656 113 190 469 339 121 230 65 ウィーン 720 55 210 533 335 185 294 65 州都間の距離
9つの州と州都
ウィーン ニーダー エステライヒ州 オーバー エステライヒ州 ザルツブルク州 ブルゲンランド州 シュタイヤマルク州 ケルンテン州 チロル州 東チロル フォアアール ベルク州 リンツ サンクト・ ペルテン アイゼンシュタット グラーツ クラーゲンフルト インスブルック ザルツブルク ブレゲンツ アウトバーン 建設中のアウトバーン 高速道路 建設中の高速道路 幹線道路 主要道路 その他道路 鉄道 国際空港 国境 州境 ヨーロッパ主要都市 までの距離(km)ら始まった残存する最古の動物園、大温室パ ルメンハウス、ネプチューンの噴水、迷路庭園、 日本庭園があります。ギリシア風の神殿グロリ エッテの中にはカフェがあり、また、宮殿に隣 接する馬車博物館には歴代の皇帝たちが使 用した豪華な馬車が展示されています。ここ では、2017年は女帝マリア・テレジア誕生300 年記念の特別展が開かれます。 www.schoenbrunn.at ベルヴェデーレ宮殿 トルコ戦争の英雄・オ イゲン公が夏を過ごした離宮。現在は美術館 ベレヴェデーレとして使用されています。上宮 には、クリムト、シーレなどユーゲントシュテ ィール、ビーダーマイヤー、歴史主義などの名 画が展示され、下宮とオランジェリーでは特 別展覧会を開催。 MAPP.31 D-3,4 www.belvedere.at 古くよりヨーロッパの東西と南部を結ぶ十字 路として、ウィーンは二千年の歴史に育まれて きました。ハプスブルク家が育んだ音楽と芸 術の都として知られ、ハプスブルク帝国の重 要な歴史的建築が見どころですが、最近では モダンな現代建築、最新のデザインやファッ ションの発信地としても知られるようになり ました。 シェーンブルン宮殿 ユネスコ世界遺産に指 定されたハプスブルク家の夏の宮殿。マリア・ テレジア・イエローで彩られた外観が印象的。 ロココ様式で統一された内部には、1400もの 部屋があり、そのうち40室が公開されていま す。ウィーン会議の際に舞踏会場として使用 された大広間、6歳のモーツァルトが御前演 奏した鏡の間は必見です。 宮殿の後方に広がる庭園は面積1.7km²。シェ ーンブルンの名前の由来となった泉、1752年か シュテファン大聖堂 鮮やかな屋根が街並 に花を添えるウィーンのシンボル。南北2つの 塔からはウィーンの街が一望にでき、石造り の説教壇や祭壇を彩る絵画など幻想的な内 部装飾は必見です。カタコンベ(地下墓地)に は歴代皇帝の内蔵が安置されています。 MAPP.31 B-3 リング通り 19世紀の中頃、ウィーンの旧市 街を取り囲んでいた城壁を皇帝フランツ・ヨ ーゼフの命により取り壊し、現在の幅広い環 状道路が作られました。この通りに沿って、公 園、国会議事堂、市庁舎、大学、ブルク劇場、 国立オペラ座、美術史/自然史博物館、王宮 などが建築図鑑のように立ち並んでいます。 MAPP.30,31 A,B,C-2,3,4 ホーフブルク王宮 ハプスブルク家の皇族た ちが住居として使用していた居城。帝国の発 展に伴い増改築が繰り返され、各時代の建 築様式が共存する建物となっています。旧王 宮ではシシィ博物館と皇帝の住居を公開して います。銀器コレクションも見事です。宮廷 宝物館ではオーストリア帝冠や様々な宝物が 展示されています。新王宮には民族学博物館 やローマ時代のエフェソス遺跡から出土した エフェソス博物館などが併設されています。 また、隣接する王宮庭園には有名なモーツァ ルト像があります。 MAPP.30 C-2 www.hofburg-wien.at 市庁舎(ラートハウス) 1872年から1883年 にかけて作られたネオゴシック様式の建築。 手前の市庁舎前広場は各種イベント会場とな ります。夏には音楽フィルムフェスティバル、 11月中旬∼12月24日まではクリスマスマーケ ットを、1∼3月はスケートリンク開設。 MAPP.30 B-2 ケルントナー通り シュテファン大聖堂から 南に延び、国立オペラ座まで続く最も賑やか な歩行者専用の大通り。高級店から人気ブラ ンド店、カフェが並び、いつも街頭ミュージシ ャンが活躍しています。 MAPP.31 C-3