■ 短 報
キーワード:倫理的問題、脳・神経系病棟、看護師
Key words
:ethical issues, neurosurgical wards, nurses
本研究は、脳・神経系病棟に勤務する看護師が抱えている倫理的問題を明らかにすることを目的に、通算看 護師経験
4
年以上の看護師12
名を対象に面接し、継続的比較分析を行った。結果、4
つのカテゴリーと12
のサブカテゴリーが抽出された。問題の約
8
割は【抑制の悩み】で、脳・神経系疾患の【複雑な病態による共通認 識困難と対応困難】という悩みを抱えていた。また、一人の患者にかかりきりになることで業務の負担が増 し、【理想と現実の乖離】に陥り、さらに、業務優先の患者対応や看護師間の不統一な行為をすることで【患 者に向き合う態度】に問題があることを示していた。脳・神経系病棟に勤務する看護師は、看護師間のサポー ト体制を整えて、意識障害の患者が送っているメッセージに気づき、倫理的問題をキャッチして、医師・家族 も含めた話し合いの場を設け、解決策を講じ、問題を解決していくための積極的な行動力を身につけていくこ とが求められる。脳・神経系病棟に勤務する看護師の 倫理的問題に関する研究
Study of ethical issues faced by nurses working in neurosurgical wards
境 美穂子
1Mioko SAKAI
工藤せい子
2Seiko KUDO
1 弘前大学医学部附属病院看護部 Hirosaki University School of Medicine and Hospital 2 弘前大学大学院保健学研究科 Hirosaki University Graduate School of Health Sciences
Ϩ .はじめに
患者を取り巻く医療の変化とともに倫理的ニーズ が多様化し、増大している (p.3)1。看護師はそのよ うな状況下で様々な葛藤に遭遇しており、これまで にも看護師が体験している倫理的問題の概要を明ら かにする調査・研究が行われてきた2-4。日本看護協 会も「看護者の倫理綱領 (2003)」などを作成し、そ の普及・啓発を通し、看護師の倫理的感受性や行動 力の向上に努めてきており5、倫理的問題を解決す るための施設内外での研修も増加している。
しかし、解決方法は見いだせていても現実的な制 約から実行できないなどの倫理的な悩み (dilemma
distress) が生じており、それに関する研究もなされ
てきた6-8。田中ら9は精神科病棟で働く看護師が体
験する倫理的問題として、「隔離・拘束」など治療 に関わる問題が多いと述べており、浜端ら10は抑制 帯を使用している領域は、救命救急センターに次い で脳・神経外科領域で多く、意識障害患者でチュー ブ類抜去の危険があり、安静が保てない患者であ る、と報告している。しかし、抑制帯を多く使用し ている脳・神経系病棟に勤務している看護師の倫理 的問題を検討した先行研究は我が国ではほとんど見 当たらない。
脳・神経系疾患患者は病態の特性から意識障害を 伴うことが多く、自分の意思を明確に表出すること が困難で、看護師は医師と患者・家族との間で葛藤 を生じることが多い。Marit S. ら11 は、脳・神経系 領域の看護において、意識障害のある患者の治療に 対し倫理的ジレンマが生じ、時には無力感に陥る、
表
1
研究協力者の概要協力者 年代 脳・神経系 病棟勤務年数
通算看護師
経験年数 事例の主な内容
A 40 7年 20年 訴訟への不安、急変した患者の家族からの疑問に対して納得でき る説明ができず悩んだ。
B 40 10年 16年 抑制への抵抗で家族が付添婦を雇う前にできるケアはなかったか と悩んだ。
C 30 3年 15年 不適切な技術で患者に苦痛を与え怒らせ未熟な技術と業務を優先 したと悩んだ。
D 30 4年 10年 患者の容体急変に対して家族が医療者に不信感を抱き家族と信頼 関係を築けず悩んだ。
E 20 5年 5年 抑制を行う上で家族との約束事を守れず不信を抱かれ、同意を得 ることが困難であった。
F 30 5年 7年 チームのサポート得られず、多忙な業務の中で理性を失い、患者 に不快な言動を発し後悔した。
G 20 6年 6年 急な抑制に信頼関係が築けていない家族への説明の負担が大きく、
患者の病態に対する理解を家族から得ることが困難であった。
H 30 7年 10年 他看護師との不統一な行為で達成感が得られなかったが、チーム カンファレンスを行ったことで統一を図ることができた。
I 20 5年 8年 新人の頃のドレーンの自己抜去によりインシデントレポートを入 力した体験を基に抑制は外せないという固定観念をもっていた。
J 20 4年 8年 抑制帯をした患者から「人権の無視だ」と怒られ抑制をするとき はいつも悩んだ。
K 40 10年 12年 治療優先の抑制を行いその人の尊厳が失われていたが、チームカ ンファレンスを行い統一した援助し、その人らしさを取り戻した。
L 30 5年 5年 失語症の患者に必要な看護は何かを考え、患者・家族、職種間で の連携を図りチームで関わったことで機能の回復につながった。
ϩ .方法
1
.研究デザインインタビューにより得られたデータから、帰納的 に分析する質的記述的研究である。
2
.研究協力者A市内2施設とB市内の1施設に勤務している通 算看護師経験4年以上の中堅看護師12名(表1)で あった。中堅看護師とは、パトリシア・ベナー 14 の
「臨床看護実践の技能取得レベルに達し、問題を的 確にとらえることのできる看護師」である。
3
.データ収集各施設の看護部長を介し、本調査の趣旨を理解し た病棟の看護師長が、中堅看護師に目的や方法など と述べている。臨床現場では、看護師が倫理的問題
に直面しても、解決の手段がないからとそのままに している状況にある (p.87)5。そして、対処方法がみ つからない状態が繰り返し続くと看護師の不快感や 無力感が増大し、離職に結びついてしまう可能性が 懸念されている (p. 12)12。脳・神経系病棟に勤務し ている看護師の倫理的問題を明らかにし、対応策に ついて検討していくことは意義深いと考える。
そこで本研究は、脳・神経系病棟に勤務する看護師 が抱える倫理的問題を明らかにすることを目的とした。
倫理的問題とは、Fry S.T 13 を参考に、看護師と 患者・家族あるいは看護師間での価値の対立から生 じる「葛藤」と、解決方法が解っていても介入でき ずに「悩んだこと」を指す(以下、倫理的問題を問 題と略す)。
表
2
脳・神経系病棟に勤務する看護師が抱えている問題 カテゴリー サブカテゴリー抑制の悩み
公平性の欠如
有害または有害の危険性 プライバシーの侵害 人権の侵害
行動の抑制
家族から同意を得るための困難 複雑な病態による共通
認識困難と対応困難
病態の共通認識の困難 複雑な病態による対応困難 理想と現実の乖離 多忙による客観性喪失
患者への感情的対応 患者に向き合う態度 業務優先の患者対応
看護師間の不統一な行為
繰り返し検討を行い、妥当性の向上に努めた。
5
.倫理的配慮研究協力者に研究目的および方法、参加の自由・
守秘・承諾後の中断の自由等を口頭と文書で説明 し、同意書にサインをもらった。そしてI Cレコー ダーへの録音に対して同意を得、そのデータは研究 終了後に責任を持って破棄する旨の説明を行った。
なお、本調査は弘前大学大学院医学研究科倫理委員 会の承認を得て行った。
Ϫ .結果
分析の結果、脳・神経系病棟に勤務する看護師が 抱えている問題として、【抑制の悩み】、【複雑な病 態による共通認識困難と対応困難】、【理想と現実の 乖離】、【患者に向き合う態度】の4つのカテゴリー とそれを構成する12のサブカテゴリーが抽出された
(表2)。
以 下、 文 中 の 表 記 に お い て は、 カ テ ゴ リ ー は
【 】、サブカテゴリーは〔 〕で示す。また( ) は補語を、[ ]のアルファベットは各研究協力者 を表す。
1
.抑制の悩み研究協力者12人中9人の看護師が【抑制の悩み】
を抱えていた。ドレーン・カテーテル類を自己抜去 することなく、安全に治療が進んでほしいために抑 制をしなければいけない、患者が自由に動くことが できるように抑制を外したい、というどちらを優先 を説明した後、協力の意思が確認された者を研究協
力者として紹介してもらった。
看護師によっては自分たちが直面している事象を 問題ととらえていない可能性 15を考慮し、悩んだ事 例について語らせた。悩むということは解決方法が 解っていても介入できずに看護師としての責任・責 務を十分に果たせない、そのこと自体が問題を包含 しているととらえたからである。
インタビューは、問題解決のための一連の対処行 動「問題の原因・問題解決のための対処行動、ある いはなぜ行動を起こせなかったか。」などで構成し たインタビューガイドに沿って行った。
期間は、2010年6月から2011年2月で、面接時間 は24〜74分 (平均47分) であった。
4
.データの分析方法と信頼性の確保分析に先立ってI Cレコーダーに録音した全記録 を分析支援 QDA(Qualitative Data Analysis)ソフト を使用し、テキストデータ化した。記録の中から、
トンプソンによる「倫理的問題を明確化するための カテゴリー」16を参考に研究テーマに関連する重要 な表現・内容を抽出し、継続的比較分析法17-19 で 行った。カテゴリー化する作業の繰り返しとカテゴ リー間の論理的関連性をたどりながら関係を十分説 明できる状態に達したと判断し、分析結果について 順序を明確にしながらストーリーラインを完成する ことによって分析を終了とした。
分析の信頼性は、質的研究を実施・指導した経験 のある看護学研究者にスーパーバイズを受けながら
「新人の頃、患者さんに抑制帯をしている場面 を主治医が見て、『ナチスの収容所にいるみた いだ。』って言い、抑制帯を外していった。」
[I]
「抑制帯やっている患者さんから、『人権の無視 じゃないか。』って言われて心がすごくズキズ キしてきて、…辛かったです。」[J]
〔行動の抑制〕
患者自身ができる行動まで制限されているのを見 て、抑制の代案がないまま外すことができない現状 があった。
「抑制することで、時々顔が痒くなったり、喉 が渇いたりとちょっとしたことが制限されて、
かなり不快な入院生活を余儀なくされていたの ではないか。」[K]
「両上肢が抑制されているのが多分一番嫌だっ たでしょうし、本人も多分嫌で抜こうと思って すごい汗をかいている姿もありました。」[B]
〔家族から同意を得るための困難〕
抑制を施行するために、患者の家族から同意を得 ることに困難を感じていた。抑制の必要性を理解し てもらえるまで時間を要する現実を以下のように 語っていた。
「抑制に関しての同意書を取るまでの負担はす ごく大きいですね。もう抑制全廃となっている 中で、(夜間急に不穏状態となり治療を継続す るために抑制する場合)同意を得るまでの間、
いつも家族がいるわけではないし、抑制せざる を得ない状況で後日家族に説明しなければいけ ない時(事後承諾)辛い面がありますよね。特 に日ごろから話していない家族に説明する時に
『はあー』(ため息をつく)って言いながら。」
[G]
2
.複雑な病態による共通認識困難と対応困難 脳・神経系疾患の病態は複雑・難解であり、【複 雑な病態による共通認識困難と対応困難】な場面が あった。サブカテゴリーとして、家族との〔病態の 共通認識の困難〕や、意識障害・コミュニケーショ ン障害などから〔複雑な病態による対応困難〕な状 況があった。〔病態の共通認識の困難〕
医療者と家族との共通認識を得ることの困難さが 認められ、以下の内容が語られた。
「(家族より)『こんなにも意識がはっきりして させるべきかの対立した問題が見いだされた。サブ
カテゴリーとして、〔公平性の欠如〕、〔有害または 有害の危険性〕、〔プライバシーの侵害〕、〔人権の侵 害〕、〔行動の抑制〕が抽出された。また、抑制を施 行するにあたり手続き上の〔家族から同意を得るた めの困難〕も抽出された。
〔公平性の欠如〕
一人の患者にだけかかわると他の患者に不公平で あり、他の患者にケアが行き届かないもどかしさを 話していた。
「忙しい病棟だったので、看護師だけでずっと 付きっきりになれなくて、患者さんのそばに ずっと付いてあげられれば一番いいのだろうけ どそれができないので。(業務を)こなすのに きつきつ(精一杯)だったので、患者さんのそ ば に い て( 抑 制 を ) 外 す 時 間 が な か っ た。」
[B]
「上下肢完全麻痺に近い状態だったので、とに かくこの人(患者)にかかわる時間がすごく多 くなって、一人の方(患者)にかかりきりで、
周り(他の患者)のケアや記録なんかもやらな ければいけないし、周りの患者さんにも手をか けてあげたいじゃないですか。結構あります ね。もどかしさ。」[F]
〔有害または有害の危険性〕
悩んだ末に抑制をした結果、生じた有害事象につ いて語っていた。
「ミトン(ミトンタイプの抑制帯)したら、(患 者が外そうとする動作で)手に発赤ができ潰瘍 ができてしまった。抑制するときはいつも葛藤 があって、でも安全のためにはやはりしようが ないという部分があるというのもわかって…。」
[K]
〔プライバシーの侵害〕
「患者さんのベッドの配置が廊下から見えて、
プライバシーは守られていなかった。監視上と いうことでその位置にしていました。『少し動 くだけで(センサー付きマットの設置により)
看護師が来て、監視されているみたいだよ。』っ て患者さんが言っていました。」[K]
〔人権の侵害〕
看護師は、抑制という行為で患者の人権を侵害し たのではないか、また患者からも自己否定される言 動を受け、思い悩んでいた状況を以下のように語っ た。
いと思って何回も説明するんだけど、理解して もらえず(患者は)すぐに忘れてしまって、同 じことの繰り返しになってしまう。だんだんそ れが苛立ちに変わることもあって、後で反省し ます。他のスタッフも同じようなこと言ってい ます。」[K]
4
.患者に向き合う態度【患者に向き合う態度】では、〔業務優先の患者対 応〕と〔看護師間の不統一な行為〕が挙げられた。
〔業務優先の患者対応〕
業務優先となってしまったことに対して、患者の 怒りが表出され、看護師たちの信頼が失われたので はないかと自らの行為に対する良くない態度を振り 返っていた。
「抑制を直した時に、患者さんが怒り出した。
不穏な患者さんに対して、看護師が簡単に(処 置:鎮静のための注射)済ませちゃったりして いたと思います。不穏なままで次の勤務者に引 き継ぎをするのが申し訳なかったので。」[C]
「患者さんに言葉もかけないで事務的に吸引し て、『機嫌悪そうに出ていく看護師がいる。』と
(家族から)言われたんです。」[D]
〔看護師間の不統一な行為〕
一人の看護師が計画的に意識して行っている行為 と他の看護師間との不統一な行為があることを語っ ていた。
「私だけで看護していたような感じで、結局他 の看護師になるとその患者さんだけ看ていられ ないので、N Gチューブ抜かれるのが嫌だとい う思いはわかりますけど、(自分以外の看護師 は)日中の活動促すために車いすに乗せて手を フリー(抑制せず)にして常時付き添うってこ とができなかったんです。」[H]
ϫ.考察
語りから抽出された4つのカテゴリー【抑制の悩 み 】、【 複 雑 な 病 態 に よ る 共 通 認 識 困 難 と 対 応 困 難】、【理想と現実の乖離】、【患者に向き合う態度】
について考察する。
1
.抑制の悩み看護師の抱えていた問題として一番多かったの は、【抑制の悩み】であった。
脳・神経系疾患の患者は、一般外科の術後の一時 食べることができそうなのに何で食べさせてく
れないのですか。』って。家族にしてみれば日 中面会に来た時はこんなにも穏やかなのに、夜 は違うって言っても『納得できない。』って言い ます。日中何ともなくて、夜だけ変わることも あるじゃないですか。(家族から)『何で?』っ て。説明も苦しい。」[G]
「家族の方は『そんな鼻の管を抜くわけありま せん。可哀そうです。』と言うけれど実際は何 回も抜いてしまって(話は)平行線なんです。」
[B]
〔複雑な病態による対応困難〕
病態の複雑さや難解な状態を以下のように語って いた。
「何日間は起き、何日間は寝る。しかも、いつ 起きるかも決まっていないし、(睡眠)パター ンと言えるかどうか分らない状態です。昼夜二 日間くらいは不穏状態が続いて、またパタッと 寝るという不思議な睡眠パターンをとっていた んです。だから、常に抑制しっぱなしでした。」
[H]
3
.理想と現実の乖離〔多忙による客観性喪失〕と〔患者への感情的対 応〕から、看護師の責務と一人の人間としての主観 的な感情の起伏との狭間で【理想と現実の乖離】に 陥っていた。
〔多忙による客観性喪失〕
患者からの訴えの多さに業務の負担が増し、なお かつ他者からのサポートを得られにくい状況にあ り、自分自身の主観的な感情に動かされてしまって いる現状が認められた。
「なるべく嫌な表情を顔に出さないようにして いましたけど、ちょっと出てしまった(看護師 として冷静に対応ができず)のがちょっと残っ ています。久しぶりに自分の中で理性を失うと い う か、『 あ っ ま た 汚 れ た。 お し っ こ し て 』 と、ついそういう言葉が出てしまった。自分と の闘いでした。フリー(受け持ち看護師ではな いスタッフのサポート的役割看護師)もいまし たけど、自分だけでフリーを一人占めにできな いので…何とか自分だけでがんばっていまし た。」[C]
〔患者への感情的対応〕
「意識障害あってもやっぱり説明はした方がい
かかわるなどの協力体制を強化すること、抑制が解 除できるように医師・家族とも相談し、治療内容の 変更などの対策を積極的に講じる必要があると考え られる。日常のケアの中で重要なこととして、看護 師は患者・家族との信頼関係を短時間で築いていく ことを意識的に心がけていくことで、急に抑制が必 要になった場合、円滑に同意を得ることが可能にな ると考えた。
2
.複雑な病態による共通認識困難と対応困難【複雑な病態による共通認識困難と対応困難】に おいて、看護師は患者・家族との〔病態の共通認識 の困難〕や〔複雑な病態による対応困難〕という悩 みを抱えていた。
脳・神経系疾患は原因が究明されているものが少 なく、患者の経過の特徴として複雑な病態を呈し、
回復の見込みがあっても長期化する場合が多い 22。 意識障害患者の多くは認知機能が低下し、意思疎通 が困難である23。一日の中でも意識障害の変動は起 こりやすく、同じ人でもその時々によって意思決定 能力は高くなったり低くなったりすることもある24。 また、家族は患者の複雑な病態の一場面を見てとら えているため、患者が昼夜逆転し生活パターンが乱 れることに対して理解できず、看護師との〔病態の 共通認識の困難〕を来している。医師や看護師は、
家族との病態の共通認識を得るために、理解できる ように個々別に詳細な説明をする必要がある。
脳や神経の障害された部位や程度により複雑な身 体機能障害を残すため、看護師自身も〔複雑な病態 による対応困難〕に悩んでいた。特に急性期は生命 にかかわる危険な徴候の早期発見・早期対応が求め られるため、患者の病態把握は重要で回復を左右す るものであり、看護師が短期間で病態把握のスキル を身につけることは必要不可欠である。医師を加え た定期的・継続したカンファレンスの開催、院内外 でのセミナーで研鑽を積むことが再確認された。
3
.理想と現実の乖離看護師は意思疎通の困難な患者に日常生活動作全 般の業務量の多い仕事をこなし、特定の看護師が一 人の患者にかかりきりになることで、他患者への援 助が行き届かないことから、看護師の責務と一人の 人間としての主観的な感情の起伏との狭間で〔多忙 による客観性喪失〕に陥っていた。また、看護師は 意識障害を持った患者と意思疎通ができない上に看 的なせん妄とは異なり、意識障害が長期に渡るとい
うところに病態の相違がある。患者の治療や安全管 理上の責任の遂行を優先するため、抑制せざるを得 ない医療者(看護師と医師)の責務と患者の権利が 対立していた。また、安全を優先するため抑制する 医療者と安楽を求める患者の対立が認められた。看 護師はある患者に抑制をして、次の患者の援助に回 ることもある。また、一人の患者だけに日々の業務 を費やすことも多く、他の患者に援助の手が伸べら れないという〔公平性の欠如〕が認められた。看護 師は抑制することで、患者の〔人権の侵害〕をして いるという悩みと、同時に患者からも「人権の無視 だ」と言われ自己嫌悪に陥り、精神的負担が増え二 重の悩みを抱えていた。さらに、看護師は患者を抑 制することで抑制部位に潰瘍ができるという〔有 害〕を引き起こし、安全確保のために〔プライバ シーの侵害〕にもなっていた。看護師は特殊な病態 を持つ患者がいる部署で、多忙を極める中で個人で は解決できない問題を多く抱えていた。
抑制は通常医師の指示で行われているが、夜間な ど急に抑制をせざるを得なくなった場合、家族から 事後承諾を得なければいけない。その際、看護師は
〔家族から同意を得るための困難〕を強く感じてい た。厚生労働省 20は緊急やむを得ず身体拘束を行う 場合において、手続きの面でも慎重な取り扱いをす るよう施設側へ要請している。しかし、実際抑制を 施行する場面では、患者の安全を守るべきか、患者 の尊厳を守るべきか、プライバシーを守るべきか等 の価値の対立がある。加えて、抑制の手続きを済ま せるまでの悩みや〔家族から同意を得るための困 難〕を抱えている状況が明らかとなり、看護師個々 人への責任荷重が窺えた。紙屋 (p.118)21 は、意識 障害があるために意思を伝えられない人がいたら、
看護師はその人の意思を代弁し、コトバ
3 3 3
以外のコ ミュニケーションを探さなければいけない、と述べ ている。看護師は抑制しなければならないと判断し た時、あるいは抑制している時、専門職者としての 五感で現実を直視し、患者と家族の非言語的メッ セージをしっかりと受け取り、問題を見逃さないよ うにすることが改めて重要であることが確認され た。そして、問題に気付いた時は、言語的・非言語 的コミュニケーションを駆使して丁寧に応えていく ことが必要であることも再確認された。加えて、抑 制の代替案として、タイムリーに話し合いの場を設 けて、例えば、看護師間で交代しながら患者ケアに
護介入することで、最終的には看護師自身にとって も充実感の得られる結果となることが推察される。
Ϭ .結語
通算看護師経験4年以上の看護師12名に面接し、
継続的比較分析を行った結果、以下の4つのカテゴ リーと12のサブカテゴリーが抽出された。
1 .【抑制の悩み】は問題の約8割を占め、サブカ テゴリーとして、〔公平性の欠如〕、〔有害または 有害の危険性〕、〔プライバシーの侵害〕、〔人権の 侵害〕、〔行動の抑制〕、〔家族から同意を得るため の困難〕が抽出された。
2 .【複雑な病態による共通認識困難と対応困難】
では、サブカテゴリーとして〔病態の共通認識の 困難〕や〔複雑な病態による対応困難〕という悩 みを抱えていた。
3 .【理想と現実の乖離】においては、〔多忙による 客観性喪失〕に陥り、責務が果たせない中で〔患 者への感情的対応〕を余儀なくされ辛さを体験し ていた。
4 .【患者に向き合う態度】に問題があることを示 し、サブカテゴリーの中の〔業務優先の患者対 応〕と〔看護師間の不統一な行為〕が抽出され た。
ϭ .本研究の限界と今後の課題
本研究において、入院している患者とその家族 は、一般的に医師に任せる医療の慣行が色濃く残っ ているなど地域の特性が認められるため一般化はで きない。また、脳・神経系疾患患者は、自ら意思決 定できない場合が多く、家族の意思決定に頼る部分 が多いため問題は広がりを持っていると考えられ る。今後は、成功した事例も加えて分析すること で、より倫理的問題を解決していくための方法論を 模索していく必要がある。
謝辞
研究への参加を快諾し、様々な思いを語って下さっ た研究協力者の皆様、病院関係者の方々に心から感謝 いたします。
引用文献
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例検討.第1版.東京:日本看護協会出版会;
2011.
2 . 横尾京子,片田範子,井部俊子他.日本の看護婦
護職者としての責務が果たせない中で、〔患者への 感情的対応〕を余儀なくされ辛さを体験していた。
Marit S.ら11 は、 職 場 で の 一 番 の ス ト レ ス は 重 労 働・時間の不足であり、看護の質に負の影響をもた らすものであり、意識障害のある患者の治療に対し 倫理的ジレンマが生じ、時には無力感に陥ると述べ ており、今回と類似した結果が導き出された。
看護師は患者のおかれている状況などに対して、
共感的に接し、言葉や態度で表現することは大切で あるが、【理想と現実の乖離】という問題を抱えた ままの状況が長くつづくことは、バーンアウトを起 こしかねず、このような心理状態から離脱すること が重要であると考える。Marit S.ら11 は、看護師は 現実を受け入れること、状況に対応すること、同僚 からサポートを求めることによって苦痛と倫理上の ジレンマを処理できた、と述べている。看護師は、
対処方法がみつからない状態が繰り返し続くと不快 感や無力感が増大し、離職に結びついてしまう可能 性が懸念されている (p.12)12。よって、看護師は煩 雑で多忙な業務を直視し、現実を受け入れることが 望まれる。そして、看護師は問題を一人で抱え込ま ず、看護師間でお互い気遣い気配りする中で、一人 で抱え込ませないようサポート体制を整えていくこ とが重要であると考えられた。
4
.患者に向き合う態度【患者に向き合う態度】のカテゴリーの中の〔業 務優先の患者対応〕においては、看護師間での問題 を重点的に処理したことで、患者の問題が未解決な ままであったことに対して、自ら後悔の念にも似た 反省の言葉が語られていた。意識障害患者が援助を 求めていたことに看護師は気づいていながら、問題 の本質と真の要求に応えられない状況を示していた と考えられる。〔業務優先の患者対応〕に対して、
例えば、日勤から準夜へ、準夜から深夜へ交代する 前に、医師や看護師間で短くても対策を話し合う時 間を設け、その時その時の目の前の問題を放置しな いで解決する努力が必要と考えられる。
〔看護師間の不統一な行為〕は、意識障害のある 患者に対して、一人の看護師が最も適切と判断して 行っている行為が、他の看護師と必ずしも統一した 行為でないことを知り、達成感や充実感が得られな いでいたことを示していた。その患者の状況におい て最も適切な看護介入について、看護師間あるいは 医師と話し合いの場を設け、同じ目標に向かって看
範子・山本あい子2007 看護実践の倫理 倫理的 意思決定のためのガイド.第2版.東京:日本看 護協会出版会;2007.
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