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「和のこころを世界へ」

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Academic year: 2021

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ウパーヤvol.11 1

Upāya

利他の心/眼施、和顔施の勧め

 四天王寺学園には、大学・高校に隣接した職員宿舎 脇に実習農園があり、ここで野菜や花の栽培ができる。

現在は、四天王寺羽曳丘高校の管理下でこの一画の百 坪程度の畑を借用し、栽培活動を行っている。

 昨年の 11 月から私が学生と一緒に取り組んでいるの は、花と野菜が調和した畑、ポタジェである。正式には、

ジャルダン・ポタジェ(jardin potager)と言うらしい。

野菜だけでも花だけでもなく、この両者が調和した「菜 花園」のことである。ここでは、手始めに玉たまねぎ葱を有機 農法で栽培し、その周囲にパンジー、ノースポール、

男爵イモ等を植え付けた。ほかにも、カモミールやクー ルミント等のハーブ、カサブランカ、マリーゴルド、グ

ラジオラス等の花やスイカ、ナス、カボチャなどを、ポ タジェサークルや島田ゼミの学生と一緒に育てている。

 『当とうせいしょせい世書生気か た ぎ質』は、坪内逍遥が明治時代の学生の生 活や気質を軽快な七五調で描写した小説である。しか し、本学の学生気質は、芸者遊びをする当時の書生と は全く異なる。畑仕事の後、私は、学生達を車に乗せ て食事に連れて行ったり、スーパーで弁当を買い与え たりしていた。ところが、そんなことが何回か続くと、

次第に参加する学生の数が少なくなり、ついには誰も 来なくなった。学生の奉仕の心を掻き乱したことに気 付いた私は方針を変え、参加した学生に職員宿舎の我 が家で、農園で取れたカモミールやクールミントのお 茶を出したり、作物の収穫後には、ジャガイモや玉葱 を持ち帰らせたりすることにした。悲田院保育園の園 児らに収穫した作物を持参して手渡させた時の学生の 嬉しそうな表情も忘れられない。「利他の心」が大切だっ たのである。

利他の心

眼施、和顔施の勧め

四天王寺大学の学内で、時折とても気持ちの良い笑顔 で挨拶してくれる学生を目にします。その際に「あぁ、

和の心を実践している学生だな」と嬉しく思いながら、

ふと私が以前に巡った四国遍路を思い出すことがあります。

 四国遍へんとは真言宗の開祖、弘法大師ゆかりの札ふだしょ所の お寺を巡る遍路です。その行程では、四国全体の地を霊場 としてとらえ、札所を巡拝しながら、その土地に深く根ざ した信仰の姿に触れ、道中修行することに意義があります。

 その修行の 1 つとして誰にでもすぐに実行できるのが、

お金のかからない施しである「無む ざ い し ち せ

財七施の修行」です。

中でも眼げ ん せ施(優しい眼差しを向ける)や和わ げ ん せ顔施(いつも 笑顔を絶やさない)などは比較的実行がしやすい修行で

す。四国遍路には、お遍路の導き手である先せんだち達という存 在があり、無財七施を始めとした遍路修行の在り方を体 現しています。

 四国を巡っている間、私も多くの先達さんにお会いし 様々な教えを得ました。中でも、90 歳を超えたご高齢の 先達のお婆さんにお会いして挨拶を交わした際に、この 方から向けられた眼施、和顔施に心を揺さぶられたこと を今でもはっきりと覚えています。「こんにちは」と顔を 合わせて挨拶を交わしすれ違っただけの一瞬の出会いで したが、「まさに仏の笑顔」と思わされるほどに心が癒され、

遍路で疲れ切った私の顔が笑顔に変わり、かつ自分の未 熟さを実感させられました。そして同時に、気持ちのよ いくらいにすがすがしい敗北感も味わったのです。それ は私の人生で得られた大きな施しであったと思います。

 笑顔は自分が楽しいからだけではなく、周りの人たち に施すためにも出す。それもまた四天王寺大学の和の心 の実践にあたるのではないでしょうか。眼施や和顔施を 通して、大学内がより和で満ち溢れる場であれば素敵で すよね。

人文社会学部 国際キャリア学科専任 講師

教育学部長 教育学科教授

奥羽 充規 島田 和幸

U p ā y

ウ パ ー ヤ

a

四天王寺大学 仏教教育広報誌 平成 29 年 9 月 1 日

Vol. 11

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2 Upāyaウパーヤvol.11 和のこころを世界へ/ウパーヤ学生編集員の募集について

「和のこころを世界へ」

平成 29 年(2017)3 月に行われた学位授与式において、学 校法人四天王寺学園理事長・瀧藤尊淳先生からのご祝辞の中に、

私見ですがとして「なぜ聖徳太子は十七条憲法の第一条に、和 を以もつて貴しと為すと記されたのか」とのお話がありました。王 権を取り巻く当時の政治社会情勢は、蘇我氏と物部氏がそれぞ れの天皇候補者を立てて血で血を洗う権力闘争をしていた時代 です(丁ていの乱らん)。さらに、従来の神道的な考えに加えて新たに 仏教を導入しようとする時期でもあり、思想的な混乱と権力抗 争とが相まった政治社会情勢の上に、疫病の流行や飢饉も重な り世の中は不安定であったと考えられます。そのような倭国の 情勢の中で聖徳太子が考えられたことではないかとのお話でし た。私もこの原稿を依頼されてから同じように考えてきました。

出典は、孔子の『論語』学而篇の「有ゆ う し子曰いわく、礼は之れ和を用もつ て貴しと為す(有子曰、礼之用和為貴)に基づくと考えられて いるようです。当時の中国から伝来してきた儒教、法家、老荘 などの諸子百家や仏教の思想の中心に「和」はありませんでした。

なぜ十七条憲法の一番最初に「和」を持ってきたのか。当時と して、とても重要な意味と必然性があったのだと考えられます。

「和を以て貴しと為す」の解釈は時代により変わってきたよ うです。もともとは官吏の心得として作られたようです。第二 次大戦中は、国民が一致和合して戦い抜くことと捉えられてい たようです。戦後は、民主主義と平和主義の考えのもとに解釈 されています。和を用いた熟語は多く、平和、調和、和気、和解、

和議、和合などの相互関係の安定を示す意味、和算などの加え る意味、和紙、和歌、和食、和学、和菓子、和裁、和室、和洋 などの日本を表す意味などがあります。その中の相互関係の安 定が、学園訓の和ではないでしょうか。相互関係の安定とは、

均一ではない異質な人の集団・物の集合の安定化です。私たち の生活している環境を考えると自分と同一の人・物は存在しな

い世界に生きています。言い換えれば、自分とは異なる多様な人・

異質な物に囲まれて生きていることになります。このような中 で生きていくには、色々な人・物との調和が必要となります。

人との和について考えてみます。異質な人を受け入れる時は、

相手のことをよく知る必要があります。では何を知ればよいの か。集団であれば、その集団の言葉、文化、習慣、仕来たり、制度、

宗教、考え方などを知り理解することは最低限必要でしょう。

とても大変なことです。1990 年ころから英米国が中心になり 推進されてきたグローバリゼーションの波に日本も飲み込まれ、

程度の差はあるものの人、物、金・資本、情報が国境を越えて 自由に移動し交流・流通が容易になりました。しかし、シリア 難民に端を発したEUの移民・難民受け入れは、英国のEUか らの離脱、トランプ氏の米国大統領就任、フランス大統領選挙 へと波紋を広げ、グローバリゼーションに陰りが出てきていま す。人の移動には言葉、習慣、宗教や文化がついて回ります。

日本は周囲を海に囲まれていて人の移動には大きな制約がある ことからEU諸国とは異なります。また、米国のように多くの 移民が集まってくるわけではありません。昔から海を隔てた国々 から多くの人、知識や文化を取り入れ、自分たちに合うように 消化してきた我々の先祖に倣い今後もグローバル化は進むこと でしょう。その中で、やはり重要なことは他者を思いやる心を どの程度持っているかということではないでしょうか。

自分が異質なものの中に入り込む時、これは非常に困難な状 況が多いと思います。海外の学校などに留学した時、新しい学 校に入学した時、転校で新しい学校に初めて登校した時、新入 社員として就職した時など、すでに多くを体験していることで しょう。新しい環境の中で相手を尊敬し、心を開き、受け入れ ること、それには周囲に働きかけるコミュニケーション能力が 重要です。このような中で重要なことは、自己のアイデンティ ティを持つことではないでしょうか。さらに、自分はその集団 の中で何ができるか。何によって貢献できるのか。自分にしか できないことが見つかれば素晴らしいことです。本学で学んだ 諸君は、「和して同ぜず」という諺にあるように、人と協調はす るが、主体性・アイデンティティを失うことなく自利利他の精 神をもつことによって、集団の中で和していくことが出来るの ではないでしょうか。

四天王寺大学学長

岩尾 洋

 こんにちは。日本学科3回生の川口泰幸です。現在「ウ パーヤ」では、紙面作りに参加してくれる学生編集員を 募集しています。学部・学科を問わず、仏教・寺院・仏像・

歴史などに興味がある方、また取材や執筆活動に関心が ある方ならどなたでも歓迎します。

 私はこれまで学生編集員として「聖徳太子ゆかりの地 をめぐる」の取材を3度経験しました。現地に赴いて聞 いたお話やそこにあるモノに触れることで得られる知識・

発見は計り知れない程多く、いつも行って良かったと感 じています。さらに、取材した内容を本誌やホームペー

ジ記事にまとめることで知識の整理ができ、興味をもっ て読んでもらえる文章作成など、自分自身のスキルアッ プにもつながります。

 このような活動がしてみたいという方、ぜひ私たちと 一緒にやってみませんか。少しでも迷ったら一度挑戦し てみるのが一番です。興味のある方、詳しい話を聞きた いという方は、第4面下に記載されているメールアドレ スにメールもしくは仏教文化研究所の研究員にお声掛け ください。ご連絡お待ちしております。

(学生編集員:川口泰幸)

ウパーヤ学生編集員を募集しています

(3)

ウパーヤvol.11 3

Upāya

卒業生インタビュー

第 11 回 卒業生インタビュー

現在の活動について

 私は 2016 年に教育学科中学校英語・小学校コースを卒業して、和 歌山大学の大学院に進学しました。現在はほぼ毎日大学院に通ってい ますが、火曜日は四天王寺大学にリメディアル教員として毎週来てい ます。大学院では、英語教育の歴史について研究をしています。英語 教育に関わる人は未来ばかりを向いて、過去を省みないことが多いよ うに思いますが、昨今もてはやされている小学校英語や「授業は英語 で」などといったことは既に戦前に議論されていることです。その中 で多くの試行錯誤がなされていますが、実はそこから何も学んでない ことが多いのです。もう一度同じ轍てつを踏まないようにすることが、歴 史を学ぶおもしろさとなります。もともと高校生の時は日本史の教員 になりたかったのですが、志望の国立大学に落ちて、それなら苦手な 英語の教員になろうと入学したのが四天王寺大学でした。そうしたこ とから、日本史と英語の両者が融合した「英語教育史」を研究してい るのかもしれません。大学では、今まで勉強としていた暗記ものの根 底には理屈があることを知り、そこで学びというものは人から押し付 けられるものではなくて自分で獲得していくものということに気づけま した。そこに学びの面白さを感じ、研究の道を志すきっかけとなりま した。今も博士課程に進学するか、就職するか考える時期ですが、ど ちらにせよ研究を続けたいと考えています。

礼拝の時間について

 実は四天王寺に対してご縁があったと考えています。私は 4 歳位 の時に何故か般若心経を唱えていたそうです。家が敬虔な仏教徒とい うわけでありませんが、私が初めて書いた漢字が「上野家先祖代々之 霊」だったそうです。小、中学生の時は仏像が好きで寺社仏閣や西国 三十三所を巡っていました。中学時代の後半から高校にかけては興味 も薄れていきましたが、入学したのが四天王寺大学であったことには やはり縁を感じています。ですから礼拝の時間に関しても暇だとか苦 痛だと感じる事はありませんでした。もちろん普段の日常生活で自分 1 人になって考えることもありますが、実際に 2、30 分を与えられて その中で瞑想や写経をして本当の意味で自分を見つめ直す。見つめ直 すに至らなくても、レポート作成など以外にも本当に集中できる機会 でしたので、気持ちの整理などが出来て、礼拝が終わった時には心の 引っかかりが取れていました。仏教を学ぶ以外にも心のバランスをと る良い機会でした。周囲が騒がしくすることに、不満を感じる事もあ りましたが、そのようなことを思う自分も未熟であると思いましたし、

試練を与えてくださっていると考えていました。写経については、幼 い頃が蘇るようで、懐かしく感じていました。幼児や小学生の時に写 経をしていて、そこで漢字を覚えたようなものでした。しかし大学で 写経をすることで、一字一字書くときに語句の意味を考えるようにな るなど、字に対する意識が変わりました。それは現在の英語教育に関 する研究にも生かされています。

学園訓について

 学生時代から、もっともだと思って いましたが、今改めて読み直すと新た な気づきを得られます。「誠実」につい ては、ただ単に正直でいれば良いよう に当時は考えていました。しかし単に正 直という意味ではなく、真心であった り、一つ一つのことに心をこめたりする ことが必要であることを示しているよ うにも今では感じられます。「健康」も また大切です。自分は大学院生ですが、

現在教師で活躍している同級生の話を

聞くと、いくら仕事ができても体を壊して周りに迷惑をかけると何の 意味もないと気づかされます。やはり体が資本です。学部一年生の時は、

なかなか健康が大切だという意識にならないと思いますが、年齢や立 場が変わることで考えも変化します。在学中、学園訓は、間違ったこ とは言っていないという程度の認識でしたが、卒業して再度見ると更 に納得いくことも多く、その深さを身をもって感じているところです。

在学生へのアドバイス

 私のモットーは、「よく遊びよく学べ」です。「よく学びよく遊べ」と は異なります。思いっきり遊ばないと思いっきり勉強できないと考え ています。そのような意味では、後輩の皆さんには思いっきり遊んで ほしいです。また遊びすぎると、逆に遊んでいる(楽しい)と自分で 認識できなくなります。だから学びがあるから遊びもあると気づきま す。そして遊びの中に学びが、学びの中に遊びがあることにも気づく ことができます。また、仲間の大切さを意識してください。大学の友 達は、在籍期間のつながりだけではありません。自分一人では人間は 意志が弱いものですから、なかなか勉強できないこともあります。そ れを仲間が支えてくれ、また自分も仲間を支え、お互いに支えあいます。

学習以外でも日ごろの悩みを相談し支えあうこともできます。それが 仲間の強みだと考えます。現在リメディアル教員として活動していく 中で考えるのが、教え方以上に仲間の力が偉大であることについてで す。ですので、仲間同士の結びつきにどのように繫げていくかを考え ています。自分も一年生の頃から、同じ学科で勉強会などに参加して、

お互いに支えあっていました。振り返るとそのように先生方が指導し てくださっていたのかと思います。仲間との協力は、和の精神や利他 の精神に繫がってきます。自分を犠牲にして人に尽くすとは、当時は 考えていませんでしたが、結果的にそのようになっていたこともあり ました。利他の精神と言うと構えることもあります。しかし自己満足 だけれども結果的に人助けに繫がったり、自分一人でやるのなら皆と 一緒にやろうと考えたりすると実践できるのではないでしょうか。

4 月 6 日 杉中 康平先生「受講こころえ―授業規律に関して―」

坂本 光德先生「礼拝説明」

4 月 13 日 学長 岩尾 洋先生「建学の精神―『こころえ手帳』に寄せて」

坂本 光德先生「授戒会オリエンテーション」

4 月 20 日 坂本 光德先生「瞑想―心を整える楽しみ―」

伊達 由実先生「大学生活の心得」

4 月 27 日 藤谷 厚生先生「四弘誓願文・懺悔文―限りなき願い・懺悔の心―」

5 月 11 日 拝田 清先生、中村 佳恵氏(株式会社進研アド)

「学生の海外活動について①―海外留学・語学研修について―」

5 月 18 日 矢羽野 隆男先生「学園訓について―和について―」

     笠原 一哉先生&学生(阿児 和博)

         「学生の海外活動について②― My Life in California ―」

5 月 25 日 石田 陽子先生「歌うことは聴くこと―なぜ私たちは聖歌を歌うのか?―」

恵木 徹待先生&学生(安村 あゆみ、松原 未来、仮屋 小春、宮里 芹奈)

       「学生の海外活動について③―ラオス・インターンシップ・プログラム―」

6 月 1 日 成田 由岐子先生(弁護士)「学生生活に潜むリスク―犯罪・トラブ ルを回避するために知っておかなければならないこと―」

6 月 8 日 南谷 美保先生「仏像を知ろう―仏様に会いに行くとは?―」

6 月 15 日 藤谷 厚生先生「学園訓について―四恩について―」

6 月 22 日 上續 宏道先生「開経偈―出会い(縁)の不思議―」

6 月 29 日 南谷 美保先生「四天王寺の聖霊会とは?天王寺舞楽について知ろう」

7 月 6 日 坂本 光德先生「般若心経―空の教えから学ぶ―」

7 月 13 日 源 健一郎先生「回向文―私のためはあなたのため、あなたのためは私のため―」        

7 月 20 日 杉中 康平先生「夏学期を終えるにあたって」

平成 29 年度 夏学期「仏教Ⅰ」 講話題目

話し手:上野 舞斗(うえの まいと) 和歌山大学大学院修士課程 2 年生 平成 28 年 3 月 教育学部教育学科中学校英語・小学校コース卒業 

聞き手:坂本 光德(仏教Ⅰ・Ⅱ導師、人間福祉学科健康福祉専攻専任講師、本欄編集)

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4 Upāyaウパーヤvol.11 聖徳太子ゆかりの地をめぐる/仏教のことば

聖徳太子ゆかりの地をめぐる

ー大安寺(奈良県奈良市)ー

 今回訪れたのは、奈良市の中心部にたたずむ大だいあんじ安寺です。今で は「がん封じ」が行われるお寺としてたくさんの人々が訪れてい ますが、仏教の根幹を担っていたお寺だと知っている人は少ない のではないでしょうか。

 日本は奈良時代、都が平城京であったことはみなさんご存じだ と思います。平城京およびその周辺には、南都七大寺という、朝 廷から保護を受けた七つのお寺が存在しました。そのうちの一つ が大安寺です。なおかつ、一番大きなお寺でした。

 そんな大安寺ですが、私自身が実際に訪れてみた感想としては、

「こじんまりしている」でした。そこで、当時の境内、それから伽 藍の配置を示した図がパネルに掲示されていたので、現在の地図 と照らし合わせてみます。すると、境内は当時よりもかなり狭く なり、かつて伽藍があったはずの場所には小学校や、訪れる際に 横切った民家が建てられていることが分かりました。戦後、ある 程度は復興されたそうですが、現在の境内は当時の 25 分の1し か残っていません。あまりの廃れっぷりから、かの文豪・森鴎外 は、娘にあてた手紙に「今日は廃寺 に行ってきた」とつづったほど。

 聖徳太子が建てた熊くまごり凝 精しょうじゃ舎 が移 転や改称を繰り返し、霊亀2年(716 年)に平城京内に建てられたのが、

大安寺です。当時、大安寺には 887 人の僧侶が居住していたという記録 もあり、弘法大師の名で知られる真 言宗の開祖・空海や、天台宗の開祖・

最澄もこの大安寺で学んだとされて います。他にも国内外から僧が集っ

て学んでいた、いわば総合 大学と言えるでしょう。ま た、海外からの政府高官、

学者、文化人たちが日本に 訪れた際に逗とうりゅう留(しばらく 滞在すること)する迎賓館 でもありました。つまり、

大安寺は仏教文化の発展地

のみならず、さまざまな情報の発信地でもあったのです。

 『日にほん本霊りょういき異記』(正式名称は『日本国現報善悪霊異記』)には、大 安寺に関連した説話がいくつか書かれています。まずひとつは、無 実の罪で捕えられた人々が大安寺の仏さまに祈ったところ、無事に 解放されたというお話。同じく、貧しい女性が供え物を持って毎日 大安寺に訪れ祈ったところ、家に金銭が届いたというものもありま す。大安寺にある仏像はよく願いをかなえてくれると評判で、民衆 から慕われていたことが分かるお話です。また、こんな面白いお話 もあります。商人の男が地獄から来た鬼に追いかけられるが、鬼が 腹をすかせていたためごちそうをふるまったところ、鬼は男を許し た。しかし、男を許すと鬼が地獄の閻えんま魔に叱られてしまうため、大 安寺の僧が二日間かけてお経を百回読み、閻魔は鬼を許した…この お話は、大安寺そのものが人々から尊敬され、頼られるお寺であっ たことを示しています。大安寺は、僧や貴族のためだけでなく、民 衆のためにも存在していたのです。

 四天王寺大学は、かつての大安寺に似ています。多くの学生が仏 教について学び、そして未来に繫げていくとても有意義な場所だと 私は感じています。当時の地図を頼りに、私たちのようにひとつの 場所に集っていた人々に想いを馳せながら境内や周辺を巡ってみれ ば、改めて仏教を学ぶことの大切さに気づけるかもしれません。

(学生編集員:三宅亜季)

聖徳太子ゆかりの地をめぐる

仏 教

仏 教

こと

 仏教には「無常」という言葉があります。この無常は、サンスクリッ ト語の Anitya(アニッチャ)の訳語ですが、漢字の意味からも分かる ように「常では無い」ということです。つまり、あらゆる存在は生滅変 化して移り変わり、何一つとして同じ状態には止まっていないことを意 味します。よく「諸行無常」であるとか、「無常迅速」などと言われます。

諸行とは一切の現象を指し、この世のすべての現象は、一瞬たりとも停

止することなく、常ならずして生滅変化していくと言うのが、諸行無常 の意味です。しかも、その変化し移り変わる様は、あっという間で誰も 止めることはできません。大学での数年の学生生活も、あっという間に 過ぎ去ってしまいます。実にこの世は無常で迅速なのです。

この無常を感じることは、私たちの持つ宗教心と極めて深いつながり があります。お釈迦さまはインドの王族の出身でした。何不自由ない生 活をしていたお釈迦さまでしたが、地位も名誉も財産も、すべて永遠に ある訳ではなく、自らの身体もやがては老い朽ちて、死んでいかねばな らぬことを痛感されます。そして世の無常を悟り、すべてを捨てて出家 し、真の心の平安を求めて、艱かんなんしん難辛苦のご修行の末に、仏陀となられた のでした。まさに、無常を感じることが、仏の道への第一歩となった訳 です。 (藤谷厚生)

UPĀYA(ウパーヤ) 11号

平成 29 年 9 月 1 日 発行 発 行 四天王寺大学

    仏教文化研究所 仏教教育センター 所在地 大阪府羽曳野市学園前三丁目2−1

    TEL:072-956-3181(代) FAX:072-956-0611     URL:http://www.shitennoji.ac.jp/

「UPĀYA(ウパーヤ)」に関する ご意見やご感想はこちらへお寄せください。

 E-mail  [email protected]

(件名は「ウパーヤ」としてください)

ウパーヤとは「高い目標へ到達すること」を意味し、漢訳では

「方便」となります。

 今号は巻頭エッセイとして、教育学部長の島田先生から「利 他の心」、国際キャリア学科の奥羽先生から「眼施、和願施の 勧め」、第2面では学長の岩尾先生から「和のこころを世界 へ」をテーマにそれぞれご執筆頂きました。第3面の卒業生イ ンタビューでは、教育学科中英・小学校コース卒で和歌山大 学大学院生の上野さんから、子ども時代の貴重な体験を交え た在学時の思い出話や在学生へのアドバイスをお話し頂きま した。いずれも自己の在り方や生き方にとって大切なことを教 えて下さるお話です。大安寺にも是非お参りしてみてはいか がでしょうか。次号もご期待下さい。

(H.U)

所   長  岩尾  洋(学長・教授)

主任研究員  矢羽野 隆男(教授)

研   究   員   上續 宏道(教授)

      藤谷 厚生(教授)

      源 健一郎(教授)

      南谷 美保(教授)

      杉中 康平(准教授)

      奥羽 充規(専任講師)

      坂本 光德(専任講師)

      中田 貴眞(専任講師)

      南谷 恵敬(客員教授)

      桃尾 幸順(客員研究員)

研究所員紹介 無 常 む  じょう

参照

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