九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
ヒギシャノトリシラベ : セッケンコウツウトカンレ ンサセナガラ
横山, 晃一郎
九州大学法学部教授
https://doi.org/10.15017/1791
出版情報:法政研究. 49 (4), pp.13-41, 1983-03-25. 九州大学法政学会 バージョン:
権利関係:
被 疑者の・取調・
﹁接見交通と関連懲せながらi−
横 山 晃一郎
本稿は︑はじめ︑林雪曇︑水波朗︑蓮井良憲︑大原長和四教授の還暦記念論文集の奉呈論文として構想されたもの
である︒しかし昨冬︑思わぬアクシデツあのため執筆意にまかせず︑遂に論文集登載の機を失七た︒失礼を四教授に
お詫び申し上げると同時に︑この小稿を捧げ︑御還暦を心から御慶び申し上げる︒
同論 ﹂ 被疑者の取調を刑事手続の上−でどう位置づけるゆ一そ九は︑糺周主義か乃の脱却8が刑事手続改革の課題とな
って以来︑つねに改革者の頭を離れない問題だうた刃一r
なぜなら︑糺問主義とは︑まさしく︑刑覇権行使を委ねら九た者が︑真実追求のたあ︑密室で被疑者をどこまでも
問い糺すことの承認に︑その本質があった一かちで泌る︒フランス革命の一方八○年樋予審における自白追及のための ユ 拷問︵ρqoω江8℃審℃碧︒ざ跨︒︶が廃止され︑﹂七八九年︑三部門に提出された各階層の陳情書に︑尋澗遊治めた刑
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説 論 事年続の公開︵被疑者κ対する宣誓供述制⑳廃北が掲げ穿れ旋のは︑その出圏伊欝で当然であっ︐た悔し万双汰革命後二〇年允って綱定された治罪法濾︑被告人に対する上騰供述を廃したが︑被疑者に対する密室での尋周隠依然之して維
持し売︒もづ之あ改革への情熱が︑朋確な形を走った︷士九・一年の葉月.轡六日之二九日⑭法で億︑旨私入訴追主義の上 ハヨ に立って︑治安判事制︑糖審制を導入︑それまでの予審判事による密室での尋問を全廃した︒刑事手続が︑原則とし
て︑︑市民①告訴︒告発北庵とついて開始され︑治安判事に被疑者の逮捕㍉糺問の義務なべ貸むし乃﹂﹁市民の故なか告
訴・告発をスクリーンする機能さえ期待されるイギリス型新制度が︑職権による手続開始︑徹底した被疑者糺問を中
核とする糺問主義の鋭い対立物であったことはいうまでもない︒しかし︑戦争と烈しい階級闘争に疲れたフランス
κ︑秩序への愛が生まれ︑秩序維持にあたる国家︑すなわち警察之検察起︑捜査と訴追を原則として委ねるナポレオ
ン蒲田法が誕生すゐ︒訴追詫よ喝裁判の欄始・A弾劾注義×裁判手燭の公器面謝開主義瑠︑・被告人外①当事者的地誌の
承翻㌦︵手精の主体︶とかう遡生後の写続と趣く対黛的な職権による二時開始︵糺澗主義図秘密裡の捜査活動・︵麿行
主義︶︑密室での被疑者取調の承認︵手続の客体︶という起訴前手続をもった﹁改革された刑事訴訟法﹂の成立であ
る る︒重罪事件の起訴前手続で︑予審判事に身柄拘束中の被疑者に対する密室での取調を認める改革された刑事訴訟法
を︑英米の学者が︑なお糺問主義と呼ぶのは決して故ないことではない︒ .・︑︑ 兵 ゾ 砧鉱
だが︑その大陸でも刑事手続改革の試みは継続する︒一九世紀から二〇世紀にかけてフランス︑ドイツで試みられ
た刑事手続肇の方向を著濯う嫁.玖糺問主義の羅些被疑煮整.人の刑事手続における人権の確保であ
る︒弁護権の強化は︑その直接の現われであ紅㍉刑事手続の一層の当事者主義化は︑その制度化︑システム化であっ
た︒まず︑フラγズで輿現したのは痩査段階へ毎弁護権拡大である︒一八九七年=一月八日の法律は︑予審手続への 弁護人の関与を認め︑被疑者に弁護人の助力を求める権利を保障した︒それが︑予審の糺問性を減殺し︑密室性を破
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被疑者の取調(横山)
るのに大きく貢献したことはいうまでもない︒予審﹁改善﹂の道を歩んだフランスに対し︑ドイツが試みたのは︑予
審廃止津検察官への起訴前手続の論調︑被疑者取調バへの弁護入立会権の承認という方向であった︒すな船止︑・一九
二〇年のいわゆるゴールドシ璃ミット草案.︵曽登霞h①ぢ︒ωOΦωgN①ω帥び臼9口幻8耳ωαq讐αq言ωけH鷺銘9窪︶憾
訴訟構造の当事者主義化を推し進める意図の庵とに捜査Z公判とを峻別︑予審判事による強制捜査手続という役割を 果七た予審を廃止すると同時に捜査段階での強制処分の怯的規制の強化︑検事取調べへの弁護入立会の罫書を図っ.た
からである︒ ﹁. . ︑ 一︑ ﹁−り...︑. 二 ∵:㌦
フランス・ドイツにおける刑事手続改革の方向は︑ファッショの波に洗われた一九三〇年代一時その向きを変える
が︑そのβ時期を除けば︑不変のものであったといってよい︒すなわち︑︐糺問主義の稀薄化︑被疑者︑被告人の刑事
手続忙おける人権の確裸︑その具体的な現われとしての弁護権の拡大︑強化という方洵である︒ それは︑期治維漸て︐
のか元︑大陸型刑訴︵フランス治罪法︶に範を求め︑治罪法︵一八八○年︶︑朋治刑事訴訟法ハ一滅九〇年︶︑大正刑
事訴訟法︵一九二二年︶之︑大陸の動向を眺めつつ︑僅かながらも改正.前進を続てき旋巾が個における刑事手続 改革の歴史をみても︑明らかであろう︒そして︑この動きを︑もつ之も具体的に︑㌔かつ象徴的迄示すのが︑︑身柄拘束
された被疑者︑被告人との弁護人の接見交通権の推移であった︒ 二 三井誠が点描したように︑明治以来のこの点に関する法制は以下のような展開をみせている︒﹁︑
ボアソナードにより立案された明治=二年の治罪法は︑わが倒にはじあて刑事弁護制度を導入ルたが︑︐その一四〇
条はフランス治罪法になちい被告人に弁護人との接見交通を許容したつしかし︑﹁その接見交通は︑﹁官吏ソ立会﹂の
下に行われるものであり︑その扱いは︑重罪事件を除けば︵この場倉は︑弁護人だけ×被告人の親族老の面会と遼 く異なるところはなく︑又︑﹁密室監禁﹂中の被告人にはこの接見交通は勿論認められなかっ売ゆ明治一︑一三年の旧々
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説論 刑事訴訟法は︑・治罪法同様︑被告人に弁護人との接見交通を認める規定をおいた︵八五条︶が﹁注目すべきは︑予審判事が必要なりと認あ売と嚢は他人との接見を禁止で送る︵八五条三項︶︑憎し売ことであろうコこのような治軍制︑
旧々刑訴の立場を数歩前進させたのが大正一一・年の旧刑事訴訟法であった︒すなわち︑掴刑訴な︑予審段階の被告汰
に弁護人選任権を与えると伺時に弁護人との接見交通を認め?予審から公判へ・付され売被告人泥対しては︑﹁被告人
トノ接見及信書ノ往復ヲ禁ズルヲエズ﹂︵四五条︶としたからである︒つまり︑↑予審被告人の段階では接見禁止となる
こ之もあるが︑一たん公判被告人となれば弁護人との接見交通は自由︑というのである︒もっとも︑法の運用は︑必
ず七も朋文どおりではなく︑・公判被告人の弁護人との接見にな棺吏の立会かがあり︑わずか忙面魂時間の点で弁護入
の接見と一般人のそれとの欄に違いが認めちれた北すぎなかった︵監獄法施行規則一一二一一二北頁︶︒
では︑立法関係者によって大陸法系から英米怯系へと画期的な転送を遂げた︑.と評された現行法はどうか︒衆知の
ように現行法億︑その三九条で被告人だけでなく被疑者にも弁護人との間の秘密︑︵立会人な−しの︶接見交通権を保樟
した︒なるほど︑被疑者については︑﹁捜査のため必要があるときは﹂捜査機欄に︑弁護人との接見︑物の授受に関
し﹁日時︑︑場所及び時澗﹂の指定権を与えた︒し遍し︑その指定も︑﹁被疑者が防禦の準備をする権利を不当淀制限
するようなものであってはならない﹂のである︒それだけではない︒これまで殆んど同様に取扱われた親族などとの
接見交通と弁護人のそれが判つきり区別さ九困前者に接見禁止がありえても︑h八﹂条︶︑︐弁護入との接見交通に禁止
はありえないこととなったコ治罪法の接見規定と比べ︑大きな前進とい甲ってよい︒
三 宏ころで︑之のような現行法の接見規定の背後にあるのは沖いうまでもな︽h無罪推定①原則尽す癒わ惨︑.
法で定められ売手続κより公平な裁判所で裁判さ魚︑有塁と諏祐乃㊨渇まで慮無葬と推定され喝︑という原則酒ある︒
なるほど︑被疑者は︑一躍の客観納帳拠北も乏づき捜査機関から身柄拘凍の要求が咄され∵裁判官によって一応理
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被疑者の取調(横山)
由ありとされた者であるゆその意味でハ通常の市民と全く同じ︑というわけにはいかない︒身柄の拘束は︑法律の要
件に合致する限り︑これを甘受するほかはない︒しかし︑被疑者は又︑公判で十分な審理を受け︑裁判所により︑合理
的な疑いをいれぬ程度にまで犯罪の証明があった︑として有罪判決を受け︑その裁判の確定をみた者とも明らかに異
なる︒市民言及び政治的権利に関する国際規約︵一九六六年採択︑一九七九年批准︶で無罪の推定をうける︵一四条
2︶だけでなく︑山たん起訴されれば︑検察官に対抗する訴訟当事者として彼のその後の運命を賭けて争うことが憲
法でも刑訴法でも認められた訴訟主体となる存在なのである︒.身柄の拘束を受けない被疑者は︑予想される訴訟に備
え︑全力を挙げて六芸手段を講bる︒そのことが権利として認められるなら︑身柄拘束を受けている被疑者も又︑予
想される訴訟に備え︑全力を挙げて防禦の方法を講じる機会︑手段が保障されなければならない︒防禦の必要︑訴訟
準備の必要というζとからいうなら︑身柄拘束者の方が非拘束者より起訴σ危険ははるかに大きく︑その意味で準備
の必要ははるかに勝るのである︒身柄拘束中の被疑者に認めちれる弁護人との接見交通権︑秘密交通権は︑刑事司法
の立場からする身柄拘束の必要と︑被疑者・被告人に認あられている﹂﹁争う権利﹂︑﹁自己弁護権﹂とのぎりぎりの妥
協点︑とい︐ってよい︒ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 現行法の立案に関係した立法関係者が︑この弁護人との接見交通権を裁判所といえども接見禁止等の処分をなしえ ヘ へない非常に強力な権利である︑と述べふ又一﹁被疑者とその弁護人とは︑﹁いやしくも正当な利益を擁護するにはふ体
へ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ れ 不可分的の緊密性を保持すべきである﹂といったのは︑弁護人との接見交通が︑身柄を拘束されている被疑者にとっ
ての唯一つの自己弁護権行使への道︑予想される訴訟のための準備活動であるからである︒身柄拘束中の被疑者につ
いた弁護人は︑この意味で﹂拘揖所の外にのびた被疑者の分身であり︑接見交遮遺その冴身に息を吹き込み︑方洵を
与える機会だ︑といってよい︒
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説論 ︵1︶法廷での凸拷問台土に被告人をおいての尋問︵ρ償①ω誠8鷺Φ巴9諾Φ︶は︑一七八八年の勅令で廃止されることになったが︑
高等法院の拒否で撤回された︒G・ステファニG・ルヴァスールHB適ブ﹂ロック︵沢登佳人謂沢登俊雄一1新倉修訳︶
﹁アランス刑事法﹂︹刑事訴訟法︺四七頁︑以下︑ステファ西塔﹁フランス刑事訴訟法﹂︵沢登他訳︶と略︒
︵2︶︾●国ωヨ①旦霞ω8蔓ohOo百首魯邑9§言忌℃機8Φ魯308鉱器重器︑いΦoq学田の8蔓ωΦ幕ρい8儀op一⑩算
℃ロ.ω︒︒︒︒.尋問をも含めた刑事手続の公開の要望は︑聖職者たちによってなされた︒
︵3︶︾●国︒︒ヨ巴Po℃.o霊曽℃︐彪O鉾にその経過は詳しい︒なお︑フランス革命期の刑事訴追制度の変遷を︑予審中心に検討
した邦語文献として岩井昇二・フランスにおける刑事訴追6〜㈲.警察研究三五巻一二号〜三六巻=号︑総越浴弘.・私
人訴追主義と国家訴追主義ゼ法政研究四八巻一号︒
・︵4︶フランス治罪法とその制定経過につき︑︾●さ弓ω§蝕PoPo一円曽O︐膳①P
︵5︶ステファニ他﹁フランス刑事訴訟法﹂・︵沢登他訳︶五三頁︒なお︑岩井前掲論文︵三︶・警察研究三六巻四号八六頁︒
八6︶中ωOげヨ誌計国ぎh⇔げ同∬昌ぴq感泣象⑩○①ωoまO暮①傷①円αΦ黛ωoげ0⇒ω#鋤呼OO三ωO鵠ΦひqΦ曽ω︾仁艶 ψ母Sなお︑小田中聡 樹・ドイツ刑事手続の構造−一九〇八年草案︑一九二〇年草案を中心に・刑法雑誌一四巻二号︒
︵7︶例えば︑沢登佳人他﹁刑事訴訟法史﹂︑小田中聡樹﹁艶事訴訟法の歴史的分析﹂参照︒ ︐
︵8︶三井誠・接見交通問題の展開・法律.時報五四巻三号八頁以下︒ ︐ .︑ ﹂畢
︵9>治罪法の関係部分次のとおり︒
第一四三条予審判事ハ予審中事実発見ノ為メ必要ナリト思料シタル時ハ検事ノ請求二因リ又ハ職権ヲ以テ勾留状若シクハ
︐収監状ヲ受ケタル被告人ヲ密室二監禁スル/言渡ヲ為スコトヲ得
.第一四四条⁝⁝八前条の被告人は﹀予審判事ノ允許ヲ得ル三非サレハ他人卜接見シ又ハ⁝⁝物品ヲ収受スルコトヲ許サス
︵10︶野木新一宮下明義11横井大三﹁新刑事訴訟法概説﹂︵追補版︶四〇頁︒
49(4。18)378 二
口、@では︑接見交通の現実はどうか門ここほど︑いわゆるが指摘されるとζろはないゆ争い﹁原則と例外の逆転し ︵−︶
被疑者の取調(横山)
のある事件では︑・捜査機開の接見指定に遮ぎられ︑自由な接見交通は夢と化し︑文︑その内容も制度趣旨の異なる被
疑者の親族などとの接見交通と殆んど大差ない︷といわれるからである.︒もっともふ︑勾留決定のあρた事件中︑荷パ
ーセントの事件が接見指定扱いどなるか︑判然としない・.︵こ.の点に関する公式統計はな.い︶︒一九八一年︑関東弁護 士会連合会がその傘下一都一〇県の弁護士会会員を対象として行ったアンケート調査によると︑二流的指定あり︑と
答えたもの五一%ハ回答曜一=件︶︑具体的指定があったとしたもの七一%︿回答=二一件︶であるゆ.しかし︑.その
回答率は極めて低く︐︵年員総数六八六九人︶︑参考資料以上のものではない︒その点丙興味ある推定を試みたのは検 察官河上和雄であるρすなわち︑・彼は︑・親族らとの接見が禁止される事件は︑殆んど接見指定となる︑という事実に
美風し︑︐︐接見禁止請求・︵勾留請求に附随して行われる︶件数の統計から接見指定の件数を推定するどいう方法をとっ
た︒それによると︑昭和五五年の接見禁止請求率は一九・七%︑昭和四五年のそれが・舳○・七%であったことに比べ
殆んど倍増である︒・接見禁止請求が殆んど認あられ︑.又︑接見禁止事件の殆んどが接見指定となることを考えると︑
勾留者の約二〇%につき接見指定が行われていることになる︒︑この率は︷必ずしも率どしては高ぐない︒しかし︑勾
留請求に際し︑接見禁止請求を行なう事件は︑殆んどすべて事件の捜査が終っていない事件.︵否認事件か関係者の取
調未了事件︶であること噛何らかの意味で﹁争いのある事件トであることを考えると︑﹂﹁争いのある事件﹂︑嘱争いの
残る事件﹂については﹂殆んど接見禁止請求が行われ︑又︑接見指定扱いとなっているのではないか㍉︐︑という推測が
十分成り立とうゆ﹁原則と例外老の逆転﹂.という弁護実務に携わる側から発言は︑﹁争いのある事件﹂について十分な
説得性をもつ︑︑とい︑ってよい︒ ︐・︐ ・ ︐ . : 聖︐
煙しでは.一︑体なぜ︑そのような三九条の明文に反する運用が行われるのか︑又︑なぜ︑その制度趣旨︑運用の主
体も異なるのに︑接見禁止即ち接見指定といった運用がなされるのか︒弁護人との接見禁止は︑︑あの裁判所でさえな
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O
説 回 しえないことだったのではないか︒裁判所でさえなしえないことを ︵それと実質的に全く同じ機能を果すことを︶︑あとで対向当事者となる検察官が全く自由にすることが許されるのか︒ 接見禁止請求に全く連動した接見指定運用の理由を︑河上和雄は︑ほぼ以下のように説明する︒たしかに︑接見禁
止︵法八一条︶と接見指定︵法三九条三項︶とは︑権限の主体︑その対象を異にする全く違う処分である︒しかし︑
検察官が︑勾留請求に際し︑被疑者に逃亡めおそれ︑罪証隠滅のおそれを認め裁判所に接見禁止を請求︑裁判所もこ
れを認あるような事件の被疑者は︑あらゆる手段を講じ︑逃亡︑罪証隠滅をはかろうとするゆ接見しようとする弁護
人も又︑このような働きかけの例外ではないゆこれは弁護人の人格いかんの問題ではないのだ︒接見禁止を請求し︑
それが認められるような事件で︑接見指定が同時に行われるのは︑逃亡︑罪証隠滅を防ぐという勾留目的達成の上か
ら︑ある意味で当然のことなのである︒・なるほど︑被疑者追及の立場に立った巧妙な説明といってよい︒
﹁巧妙﹂と評したのは︑ζれが︑現に捜査機阻が被疑者と接触中︵検査令状にもとづき身体検査中とか︑・実況見分
に言行中とか︶という条件二.︵後出次頁︑最高裁判示参照︶︐がなくても︑弁護人との接見を制限する理由を提供する説
明だからである︒.接見交通は︑被疑者に逃亡︑あるいは罪証隠滅の機会を与えることになる︑逃亡︑あるいは罪証隠
滅の防止は︑ほかならぬ勾留の目的そのものだから︑このようなおそれがある限り接見指定が認められてよい筈一
これが恐らく検察の論理であろう︒しかし︑このような解釈が︑﹁何人も︑・⁝⁝直ちに弁護人に依頼する権利を与え
られなければ︑抑留又は拘禁されない﹂とした憲法三四条に反することは明らかである︒依頼だけさせるが会わせな
い︑というのが憲法の保障の府容だと考えることは︑.︐明らかに常識に反する解釈だからである︒又︑この解釈は︑三
九条︸項ど三項の関係を逆転させるだけでなく︑三項の接見指定のあとにわざわざ附記された但し書︑すなわち︑﹁但
し︑その指定は馬被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであうてはならない﹂との配慮とも︑
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被疑者の取調(横山)
ヘ ヘ ヘ へあい容れないめなぜなら︑検察のあの論理からすれば︑勾留目的達成のため︑罪証隠滅のおそれある限り接見禁止的
ヘ へ ぬ ヘ へ指定ができて当然︑となる筈だからである︒︐昭和五三年忌且一〇日︑最高裁第一小法廷が︑この問題に触れ︑次のよ
うに判示したのは後述の点を除けば正当であったP
﹁憲法三四条前段は︑⁝⁝を規定し︑・刑訴法三九条一項はハこの趣旨にのっとり︑身体の拘束を受けている被疑者・
被告人@︑弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なしに接見し︑書類や物の授受をすることができると規定す
る︒この弁護人等との接見交通権は︑身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続
上最も重要な基本的権利に属する⁝⁝︒身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからし
て︑弁護人等と被疑者どの接見交通権と捜査の必要との調整を図るため︑刑訴法三九条三区画︑⁝⁝日時傷場所・時
間を指定することができると規定するが︑弁護人等の接見交通権が前記のように憲法の保障に由来するものであるこ
とにかんがみれば︑捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は︑あくまで必要やむをえない例外的措置であって︑﹁
被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではない︒捜査機関は︑弁護人等から被疑者と
の接見の申出があったときは︑原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり︑現に被疑者を取調
中であるとか︑︐実況見分︑検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には︑弁護人等と
協議七てできる限り速やかな接見のための日時等を指定し︑被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合せることのできる ら ような措置をとるべきである︒﹂
三 だが︑問題は︑ほかにもある︒それは︑ここに掲げられた理由が︑広汎な接見指定の本当の理由ではない︑・と
いうことである︒なるほど︑実務は︑広汎な接見指定が必要な理由として︑接見が被疑者の逃亡︑罪証隠滅に利用さ
れるおそれ︑を挙げる︒そして︑逃亡︑罪証隠滅の防止は︑勾留目的そのものであるから︑このようなおそれがある
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ヨム
蕎冊 .説
限り接見の制限︵指定︶が必要なのだへと力説する9しかしか仮に︑法務︑㌦検察畑の論者が力説するように︑接見指
定の必要が︑・接見指定の接見禁止的運用の狙いが︑︐身柄拘束中の被疑者の逃亡を妨げ馬罪証隠滅め機会を減殺するこ
ヘ へとだけにあるなら︑問題はまだ簡単といってよいρなぜなら︑逃亡防止が狙いなら接見場所の改良.︵現在が不十分と.
へ ぬ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へいうわげではないが︶で十分であり︑罪証隠滅の防止だけが狙いなら起訴までの期間彼を隔離︵弁護人からも捜査機
へ ヘ ヘ へ関からも︶し︑その場所で全く自由にすごさせるζと︑も︑・立法論としてなら考えられないζともないからだ︒しか
し︑実務の接見指定の狙いは︑︐﹁被疑者を隔離すること自体にあるのではない︒もし噛それが本当の狙いなら∵との目
的達成にもっとも適わしい勾留の場所はう交通至便な都市の警察留置場H代用監獄ではなく︑︐面会に不便な入里離れ ︵6︶た拘置所でなくてはなるまい心.しかし︑舳法務︑検察当局︑−警察は︑μ代用監獄の廃止提案には断乎として反対するゆ被
勾留者を捜査機関め手許がら一歩でも遠ざけるごとた強い抵抗を示す︒・それはふ.身柄拘束の目的︑・彼を交通量断状 ヘ へ況ぎoo§§q三〇巴︒におく本当の狙いが︑勾留目的︵逃亡︑罪証隠滅の防止︶の達成などにあるのではなく︑目的
へ ヘ ヘ ヘ へ外の取調べ︑・正確にいえば︑弁護人などに煩わされることなく被疑者を完全に自己の支配下において取調べるごとに
あるからにほかならない︑︑. .︑・ ザ︑︐︐
被疑者の取調問題は︑その意味で捜査と人権︑・刑事手続の基本構造にもかかわる問題なのである︒
パー−︶例.荒ば︵.日弁連も自由止正義﹂誌億︑﹁刑事裁判はこれでよいか﹂︿昭和四七年二月号︶︑﹁刑事訴訟法の理念と現実一施行
二葺年逢顧みる■し ハ昭和四八年二月号︶︑ら刑事裁判の現状と問題点﹂︵昭和五六年五月号︶と︑刑事裁判問題の特集を 行っているが︑︐ここには︑本文のよヶな指摘が随所にみられる︒
︵2︶.加毛胴白河誓寺崎什五十嵐.い接見交通の実態トア区ケレトの集計と分析卜・法律時報五四巻三号二二頁以下︒
︵3︶河上和雄︾検察実務からみ九接見穿通・法律時報五四巻三号︑一六頁以下︒・: ︐ ︐⁝ .
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︵4>︑河上・﹂前掲一六頁︒ ︐ :
﹁. 層
︵5︶最高裁民集三二巻五号八二〇頁以下︒
(
U︶例えば﹂︑監獄法改正伶業の申で示された代用監獄廃止反対の意見参照︒警察庁刑事局・警察の留置場を曲学施設とする必
要性・警察学論集三一巻四号︑︐同・警察の留置場を勾留施設どして用いる制度に関する警察の考え方・警察学論集三二巻
一〇号などゆ︐ :︐.... ﹁ 匪 . ﹁
三
被疑者め取調(横山)
・囎・では︑現行法は︑この被疑者の取調べに対しどういう態度を示しているか︒︐それを考える手懸りは︑いうまで
もなく一九七条一項と一.九八条一項という二つの規定である︒・
現行刑訴は︑・一九七条一項でハ捜査機関は捜査の目的を達するため必要な取調をすることができる︑としたあと︑︐
﹁但し︑・強制の処分は︑この法律に特別の定のある場合でなければ︑これをすることができない﹂とした︒そして続
く一九八条一︐項に︑捜査機関は︑﹁犯罪の捜査をするについて︑必要があるときは︑被疑者の出頭を求め︑これを取
ゆ調べることができる﹂︐といヶ規定を置いた︒したがっぞ︑現行法が捜査機関に被疑者の取調べを認めていることは
疑いない︒問題ば︑身柄の拘束を受けている被疑者の取調べと拘束を受けていない被疑者の取調べとは同じ性格の行 ヘ へ為か︑という形で西まず起った︒このよヶな形で問題が発生したのは馬前掲した一九八条一項の文言のあとに︑﹁但
し︑被疑者は逮捕又は勾留されている場合を除いては︑出頭を拒み︑又は出頭後︑何時でも退去することができる﹂
画調う但し書が挿入されていたからである︒ 一項本文と但し書の文言の解釈から︑逮捕.勾留されていない︵身柄拘 ユ 束されていない︶被疑者の取調が任意処分である︑という点について学説と実務の見解は一致した︒捜査機関は被疑
者に出頭を求め取調べに応じるよう求めることができるQこれに対し被疑者も出頭を拒否し又取調遵いつでも退出す
49 i4 ●23) 383
説 論
ることがでぎる︒このように被疑者に出頭不出頭の自由・退去不退去の自由が認められているから馬出頭した被疑者 ヘ へに対する捜査機関の取調行為は任意処分だ︑というのである︒したがって︑柄争いは︑ただ次の一点︑すなわち︑両者
へ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へともに可能と考える身柄拘束者の取調べの法的性格をめぐって展開する︒.・ .︐ ︑ : 実務および一部の学説は︑身柄拘束中の被疑者の取調べは強制処分だ︑という︒その根拠の一つとされるのは︑一
九八条一項但し書の文理解釈である︒すなわち︑被疑者に出頭拒否権︑退去権を認めだ但し書には︑︑﹁被疑者は逮捕
又は勾留されている場合を除いては﹂どいう文言が文頭にある︑.つまり身柄拘束中の被疑者には︑取調べを任意処分
化する不出頭権︑.自由退去権がないのだ︑したがって身柄拘束中の被疑者に取調べに応ずる義務︑取調べ場所にとど
まる義務を認めた上での取調べは強制処分だ︑というのであるゆ更に︑こめ説の繍充的根拠は︑一九八条誕生のいき
ざうと︑本条が置かれている場所である︒被疑者の取調べを捜査機関に認める規定が挿入されたのは現行刑訴法にな
︵3︶ってからである︒現行刑訴一九七条に相当する条文がはじめで旧刑訴に設けられたが︑被疑者の取調べを直接認める る 規定はなかった︒それは︑﹁訴追権は検事に︑審問権は予審判事に﹂という分立の原則を採ったフランス治罪法になら
い︑例外的場合︵現行犯など︶を除きふ強制処分権限は予審判事にプ任︑捜査機関は非現行犯の場合︑被疑者の身柄
を拘束︑これを訊問する権限をもたない︑とされてきたからである︒しかし︑捜査機関は︑このような法制下にあっ
ても︑事実上被疑者に対する強制的取調を行い︑その場合︑行政執行法上の検束︑違警罪即決例の拘留が身柄拘束の
根拠として利用された︒現行法一九八条は︑このようなかっての実務︑すなわち︑権限のあいまいな取調べ︑任意処
分に多か健葡︑違法拘束黒眉した強制的取調垂序す至操を患毒﹁と襟髪係者に意識湿たヒ.爆
重光の幽強制処分ではないが︑一方に掻いてはかような権限の存否に関する疑を避けるため︑他方においては手続を ハさ 厳格に規定することによって︑任意処分に籍口する濫用を防ぐため︑とくに規定したものである﹂という解説は︑こ
49 (4 ・24) 384
被疑者の取調(横山)
れを示している︒つまり︑田宮裕がいうように本条は︵捜査機関に権限を認める積極面と︑これを一定の枠の中に閉 じこめるという消極面の二づの機能をもつ︑と立法関係者に意識された規定なのである︒﹁前者の側面から一種の強
制的処分たる特性が出てくる︒旧法の被疑者訊問権とまではいえないまでも︑これに代わる捜査官の取調権を前提す
る処分だというわけである︒このことは︑旧法では取調に関する条文だったはずの一九七条がそのまま残り︑これと
は別に一九八条が設けられたことからも推測されるし︑仮りに任意処分性は否定しえないとしても︑一項但書の逮 捕︑勾留中の取調は強制的性質を帯有するという学説となって現われる︒﹂
このような考え方に対するのは︑身柄拘束中の被疑者の取調べも全くの任意処分︑身柄拘束されていない被疑者の
場合と何ら変るところはない︑とする考え方である︒では︑あの強制処分説の実定法上の根拠とされた一九八条一項
但し書︑特に︑﹁逮捕又は勾留されている場合を除いては﹂という文言はどうなるのか︑﹁平野龍一は︑いう︒﹁この規
定は︑出頭拒否・退去を認めることが︑逮捕または勾留の効力自体を否定するものではない趣旨を︑注意的に明らか
にしたにとどまる︒したがって︑検察官は︑拘置所の居房から取調室へ来るよう強制するζとはできないし︑一度取 ヨ 調室へ来ても︑被疑者が︑取調をやめ居房へ帰ることを求めたときは︑これを許さなければならない﹂︒つまり︑取
調中いつでも退去できるどだけ規定すると︑身柄拘束中の被疑者も取調中いつでも自宅へ退去できるよう誤解も生じ
る︑したがって︑﹁但し書﹂で退去できるとあっても自宅に退去できるわけではない︑身柄拘束の状態は退去後も続
くと注意的に規定したのだ︑というのであろう︒身柄拘束中の被疑者の取調べを認める︑という点で強制処分説と共
通する面をもつが︑その取調べを︑あくまで被疑者の出頭拒否権︑退去権の保障︵これによってはじあて供述の任意
性が確保される︑と考えている︶の上におこう︑とする点で︑身柄拘束中の被疑者から出頭拒否権・退去権を奪い︑
これを取調べの客体とする強制処分説と鋭く対立するといってよい︒
49(4●25)385
説
論 二 でば︑囚そのいずれを採るべきか︒・又︑そのどこに問題があるのか︒ 対立する二つの説を︑︑泌﹁九八条一項の文理解釈というレベルだけで眺めれば︑!﹁但し書﹂を素直に反対解釈した強
制処分説に判り易さと説得力がある︒︐任意処分説は︑そういわれれば成程といケ程度で解釈論としてはいかにも苦し
いがちである∬だが︑目を高く転じ︑︐刑訴法の上位規範とされる憲法︑︐そして刑訴法の他の諸規定馬諸原理を眺めれ
ばどうか︒事態はたちまち逆転する︒この場合︑まず目につくのは︑﹁何人も︑譲与に不利益な供述を強要されない﹂
といヶ憲法三八条一項︑そしてζれを承けた﹁被告人は︑終始沈黙し㍗又は個々の質問に対し︑供述を拒むことがで
きる﹂︵刑訴法三・﹁一一条一項︶︑・﹁﹁前項の取調に際しては︑被疑者に対し︑あらかじめ︑自己の意思に反して供述をす
る必要がない旨を告げなければならない﹂︵同一九八億二項︶の諸条項であろう︒・不利益な供述の強要を禁ずる憲法
の下で噛また︑㌧被告人に黙秘権を保障し︑被疑者取調の際へ捜査機関に不任意供述拒否権の告知を義務づけている刑
訴法の下で︑︑被疑者に一体い蒙り調べに対する受忍義務捷出頭・滞留の義務を認めることができるのか︑出頭・滞留
という﹁強制脳の処分を課しつつ︑︑被疑者を取調べることが﹁不利益な供述の強要﹂ にならないか一rこれらの法規
定を一読すれば︑︐強制処分説に対する疑問は︑立ち所に浮かぼう︒
もっとも︑身柄拘束中の被疑者に取調受忍義務を認める強制処分説を黙秘権の侵害︑と批判する説に対し︑よく知
られた反論がある︒それは︑・黙秘権の侵害となるのは︑被疑者に法律で︑あるいは事実上︑供述義務を負わせる場合
である︒なるほど一九八条一項は身柄拘束者に取調受忍義務11出頭・滞留義務を課している︒だが供述義務を負わせ
たわけではない乃供述したくなければ供述拒否権の告知どおり供述しないことができるのだ︑したがって黙秘権の侵
害とする非難はあたらない︑というものだ︒黙秘権を貸その歴史的沿革どおり供述義務を負わされない権利と狭くと らえ︑その立場から試みられた反論である︒たしかに︵出頭義務・滞留義務と供述義務とは同じではない︒そして被
49 (4 626) 386
被疑者⑱取調(横山)
疑者をただ出頭させ︑滞留させるだけなら︑両者は全く無関係といってよい︒しかし︑出頭させ滞留させるのはあぐ
まで取調べのためである︒被疑者から供述を引き出すためである︒・出頭義務︐・︐滞留義務は︑被疑者の口から供述を引
き出すための手段にすぎない︒・気に染まなぐても出頭し︑捜査機関がよしとするまでその場にとどまれというのは︑
大きな苦痛酒.不利益である︒そのような苦痛︑不利益を被疑者の口から供述を引き出す手段として用いることは︑︐供
述を少なくとも﹁事実上﹂︐強要すること︑出頭・滞留の苦痛︑不利益を早く逃れたければ供述せよ︑という状態を作
り出すこと淑事実上供述義務を負わせること︶ではないのか︒最近の学説が︑殆んどこぞって︑被疑者に取調受認義
務を課すことは黙秘権を保障した憲法●刑訴法に反する・と監︶のはこのためである・ ・で
そして︵権威と実力とを背景とした被疑者に対する供述強制︵取調べ︶と︑黙秘権の保障・供述拒否の告知との間 け に鋭い緊張があることは一線捜査官の熟知するところ︑・といってよいゆそしてこれも決して不思議ではない︒刑事手
続の歴史を振り返れば︑この両者は異なる原理︑形態の刑事手続のもとに出現しただけでなく︑前者は後者の批判︑
克服の上に確立されているからである︒近代国家の刑事手続は︑糺問主義批判の上に形成された︵=二頁以下︶︑糺問 主義とは∵犯罪の嫌疑を抱いた糺間者があらゆる手段︑方法を講じて嫌疑の解明にあたる刑事手続の形態である︒﹁︑一・
八世紀後半から一九世紀前半︑ヨーロッパで刑事手続改革者たちから激しい批判の対象となった糺問主義は︑・密室で
の糺問官による審問︑供述の強要.二面の客観的嫌疑が存在する場合の拷問︵あるいは不服従罰︶・の許容など︑によ
って特徴づけられた︒糺問官が︑被疑者をその実力支配下に置き︑強制力の威圧のもとに容疑事実についての供述を
迫る︑﹁といヶ方式である︒とこでは被疑者は単なる取調の客体にすぎず︑糺問官の審問に際しては真実供述の義務あ お り︑と考えられた適とのような糺問主義に対し改革者たちが対置したのは︑イギリスの刑事手続である︒民衆によっ
て構成された大陪審の起訴がなければ裁判にかけられない︵起訴と裁判の分離︑不告不理︶︑起訴された被告人に対
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説 諭 する小陪審の審理は︑訴追者︑被訴追者双方の攻撃防禦によって進行し︑被告人がその意思に反し尋問の客体となることはない︵当事者主義︑被告人の訴訟における権利主体性の承認︶一これがその核心といってよい︒そのイギリ
スで被疑者︒被告人︵告発をうけた︶に対する供述の強要が問題となったのは︑ 一六三七年のジョンρリルバーン事 ゆ 件以後である︒当時︑星室裁判所と高等宗務官裁判所︵いわゆる大権裁判所︶では︑教会裁判所やコモンロー裁判所
と異なり︑告発なしに被疑者を召喚し裁判官が職権で宣誓させた上尋問すること︵職権宣誓︶が行われていたが︑リ
ルバーンは︑適法な告発のなかったことを理由に星室裁判所における宣誓供述を拒否し︑公衆の面前で答刑を受け
た︒この事件を契機に被告人に宣誓させた上尋問し貸彼から不利益な供述を引き出す制度の当否が問題となり︑何人
も自己に不利益な供述の義務を負わされないどいう主張が黙秘権という権利として名誉革命後のイギリスで成立す
る︒この一切の宣誓供述の廃止︑つづいて起った法廷における被告人尋問の消滅は︑やがて予備審問での被疑者尋問
の否定へとつながり︑.被告人を刑事手続の一方の当事者とするイギリス型弾劾主義はここに完成した︒そのフランズ
への伝播については前に述べ︐たとおり︵一四頁︶である︒
昭和二七年︑いち早くての問題を論じた平野龍一が︑﹁黙秘権は︑ いかなる歴史を持つものであるか︒一言でいえ ︵15Vば︑それは︑・糺問主義から弾劾主義への発展と共に発生し︑弾劾主義の消長と共に変遷してきた⁝:﹂と述べ︑最
近︑黙秘権と尋問との関係につき上口裕が次のようにいうのは︑このためである︒
﹁ここで重要だと思われるのは︑黙秘権の成立が公判手続および予備審問における被告人︑被疑者尋問それ自体の
廃止に結びついたという点である︒即ち︑黙秘権の成立は︑たんに尋問に対して供述を拒みうるという被告人︑被疑 者の権利の確立を意味しただけではなく馬.尋問制度そのものの廃止を要求したのである︒﹂
以上のことをもっと直裁にいうなら︑被疑者・被告人を︑一個の人格と認める︑彼に訴追者と対等な刑事手続上の地
49 (4 。28) 388
被疑者め取調(横山)
位を認めるということと噛彼を捜査機関︑裁判機関の実力支配下に置き︑噛その意に反した尋問の対象とすることを認
めることとは︑明らかに矛盾するのである︒
︵1︶例えば︑これらの盟題をめぐる学説の状況についでは︑松尾浩也編﹁刑事訴訟法の争点﹂︵ジュリスト増刊︶中の荒木伸
︐恰・被疑者には﹁取調べの受忍義務﹂があるか参照︒
︵2︶.高田卓爾︵平場11高田中歯μ鈴木﹁注解刑事訴訟法﹂中巻四八頁以下︶︑柏木千秋︵﹁刑事訴訟法﹂五七頁︶など︒
︵3︶小田中聡樹・被疑者取調権の沿革史的考察・自由と正義一九八二年一月号参照︒
︵4︶一の注︵3︶の文献参照︒特に︑︸国ωヨ︒一PoPgfO︐㎝Oρ.
︵5︶団藤重光﹁条解刑事訴訟法︶ω三六四頁︒
︵6︶田宮裕・起訴後の取調︵﹁捜査法体系﹂ω二六二頁以下︶
(V︶田宮・前掲二六九頁︒
︵8︶平野龍一﹁刑事訴訟法﹂︵法律学全集︶.一〇六頁︒
︵9︶黙秘権を論じた論稿は︑殆んど︑この反論に触れているが︑例えば︑坂口裕英・黙秘権︵鴨編・演習刑事訴訟法︑︐三七五
頁以下︶参照︒︐
︵10︶平野龍一﹂田宮裕・被告人・被疑者の黙秘権︵刑事訴訟法講座一巻︶︑石川才顕﹁刑事訴訟法﹂︑渥美東洋﹁刑事訴訟法要
諦﹂︑庭山英雄﹁刑事訴訟法﹂︑松尾浩也﹁刑事訴訟法上巻﹂︑鈴木茂嗣﹁刑事訴訟法﹂など︒
︵11︶たとえば︑昭和二六年七月︑刑政長官の﹁供述拒否権の告知制度をどう思うか﹂の問い合せに対し︑各検察庁は殆んど一
致して︑その削除︑廃止を主張した︒参照︑法務省刑事局﹁刑事訴訟法の運用及び改正意見に関する調査﹂ω︒
︵12︶糺問主義の本質︑内容をツァハリ:エによりながら詳しく説明したものとして光藤景絞・刑事裁判の基本構造︵横山晃一
郎編﹁現代刑事訴訟法入椚﹂四四頁以下︶︒
︵13︶例えば︑A.エスマン億馬こう記していみ︒﹁一七八九年の陳情書は貞刑事事件における陪審員による裁判を要求した︑彼
等は︑イギリス.の制度に学ぶよう求めた︒というのは︑少くとも︑この五〇年間フランスの目はイギリスにむいていたか
らである︑起訴された者がみな︑自分と同じ一二人の市民によって審理されるあの国の方を︒﹂︵︾.国ωδΦ一Po宰︒罫
49(4●29)389
説
蓉ム
.轟冊
Pお︒︒︶
︵14︶ト岡.ω審9①P諺匹ω8曼oh導O︐Ωヨぎ巴.ピ隅一・Oh切昌αQ冨巳︑く9ド曽℃P逡︒︒曙
︵15︶平野龍一声黙秘権.刑法雑誌二巻四号︵平野龍一﹁捜査と人権︺瓦収録︶
︵16︶上頑裕.﹂身柄拘凍中の被疑者諏調につ炉で.南山法学五巻一.二号一三六頁︒
四
一 昭和三三年︑㍉劇職の保障する被疑者ゐ被浩広の汰権の⊥に立って新しか刑事訴訟法解釈論σ構築を試みた平野
が︑捜査機関による被疑者取調べを純粋に.﹁任意処分し︑﹁強制的契機の排除の︑上に築こうとしたのは︾前述の意味で
当然であった︒︐一読︑強引とみえる一九八条一項但し書の解釈は︑捜査は後に原告となる一方当事者の単なる訴訟準
備にす毒い︵糞垂者の訴訟準備も耳︑ウエイト書在する︶︑しだが・て黛思の取調べ奮︑の限度で蓼ことは
当然︑−という捜査観の一つの帰結だったのである︒では︑この極めて原則的な解釈論︑すなわち︑取調べは任意処分︑
一九八条∴項ぱ特別の意味今強制処分として取調を認めるという創設的意味︶をもたない︑それは単なる確認規定
︵一九秦で何態懸蝿の感心規淀︶充と恥つ蟹論紬槽なか.たか︒それ鍍馨の毒を奉等つが
えす内容の庵ので毒つえだけん噛旧態依然たる捜査が動かし難い現実としてと宏まった状況の中では︑その意図︑狙 いと逆の事態さえ容認する結果を招いたことを指摘する必要があろうゆその一つは︷被告人の取調べである︒一九八
条一項は︑痩査機 関による取調につ︑いて規定レた︒しかし︑それは﹁被疑者﹂の取調である︒だが︑一九八条を一九
七条の単なひ確認規定とし︑任意の取調である限り特別の規定︵一九八条一項︶なしに捜査目的達成に︐﹁必要な取調
をすることができるし︵一九七条一項︶とすると︑被疑者は勿論被告人になってからの取調べも可能︑ということに
なる︒その﹁取調べ﹂が︽強制の契機を含まない言葉どおりの・﹁任意処分﹂なら︑この結論も不当ではないゆしかし
49 (,4.。30) 390
被疑者の取調(横山)
現実の取調べは︑あるべ送取調べ︑出頭拒否も退去も自由にできる取調べではないのである︒このような現実︵変革 さるべき現実ではあるがYを踏まえると内被告人についての取調べを認める結果となる解釈論に疑問が投ぜられるの ヨ も当然︑といってよい9同じことは内別件逮捕︑勾留問題についてもいえる6取調べは任意処分と炉う論理を貫けば︽ ヘ ヘ ヘ へ逮捕︑勾留中忙その理由となった事件について取調べようが︑狙いのいわゆる本件について取調べようが︑任意処分
へ ヘ ヘ ヘ へである限り︑差し仕えは全くない︒だが︑.この論理的結論が︑任意とはとてもいえない状況の中で.︵不出頭も退去も
事実上できない状況の中で︶︑結論だけ独り歩きすることになる︒−糺問的捜査の否定をめざす理論が酒糺問実務やそ
れを可能にする施設八代用監獄︶に足をとられ︑不当な結果を招くその結論だけ利用されているのが現状︑といえよ
う︒ 二 そこから︑黙秘権︑弁護権を保障した憲法原理に立ちつつ︑任意処分説を修正︑補正︑あるいは︑州九八条を
解釈論的に再構成七ようとする試みが生まれる︒ る 一つは︑田宮裕の新しい強制処分説である︒すなわち︑︐田宮は︑・いわゆる任意処分説と同じ志何に立ちながら﹁﹁実
態の変革が一朝一夕にして実現しえない﹂という現実認識︑そして任意処分説かち導かれた結論︵例えば︑被告人の
取調も可能という結論︶.の問題性の認識の上に︑およそ以下のように︑その任意処分説の修正を試みた︒彼はいう︒
従来︑・強制捜査か任意捜査かの区別の基準として一定の義務を課すかどうか︑すなわち︑被疑者に取調受忍義務を課
すかどうかやが用いちれてきた︒このような基準を使用すれば︑﹁身柄拘束中の被疑者の取調べは明らかに任意捜査で
ある︒なぜなら︑︐憲法は被疑者︑被告人に一.切の供述を拒否する包括的黙秘権を与えており︑・彼に取調受忍義務あ
り︑とはいえないからだ︒しかし︐強制捜査︐・任意捜査の区別の基準を︵︑不本意なλ推定的なものでよい︶権利侵害
の有無とい︑う所に求めるなら︑身柄拘束中の被疑者の取調べは明ちかに強制捜査である︒なぜなら︑ブ﹁黙秘権は保障
49 (4:』・131) 391
説 論 されるが密室で尋問されるのであって︑その担保は告知︵自白法則を別にすれば︶以外にはない﹂し︑﹁弁護人の立会が許されるわけではない﹂からであるゆ・ 九八条十項但書は︑このような弁護権の十分な保障を欠いた身柄拘束者
の取調べを認めた創設的規定といってよい︒取調べは︑この規定の限度での︑み許されるのであるコしたがって︑規定
にない﹁被告人﹂の取調べはもちろん︑被告人の余罪の取調べも許されない︑又︑逮捕︽勾留が有効︑適法な場合の
み本条の取調べが許されるから︑違法な拘束中の取調べは許されない1原則を保持しながら︑現実をにらみ︑漸進
的に原則の実現を試みるリアスティッヲなアプローチということがで送よう︒
だが︑この新しい強制処分説にも疑悶がないわけではない︒その第一は︑身柄拘束中の被疑者は︑取調べの際︑不
出頭の権利渦退去の椙由があるのか︑という疑問だ︒論者はこ︑の点につき︑特に触れていないがh基本的に︑いわゆ
る任意処分説を支持するという言葉や︑弓拘束中の被疑者の取調を強制捜査︵新しく定義し直された意味での︶だとい
う際の理由にへ不出頭︑退去の自由がないという理由をあげていないことからみると︑︵前出参照︑もし噛不出頭︑﹁過
去の自由がないと考えるなら︑ これを﹁不本意な権利侵害﹂の中に挙げる筈である︶︑身柄拘束中の被疑者にも不出
頭権酒退去権があると考えているのであろう︒しかし︑そうだとすると次の疑問が生まれる︒それは︑身柄不拘束の 被疑者の取調べめ法的性格はどうか︑というものだ︒論者は︑それを任意処分だと明言する︒しかし︑それが︑従来
の強制捜査︑任意痩査の区別基準︵取調受忍義務の有無︶にしたがったものなのか︑彼の提唱する新しい基準にbた
がったものか︑︑明確でない︒だが︑その文章から判断する限り︑己又︑任意捜査か強制捜査かの闘題を︑こ九八条一
︵6︶ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑項但書の身柄拘束中の取調べ﹂に限定して語っている乙とからすれば︑拘束中の取調べは恥しい基準での強制捜査・
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ不拘束の取調べは新しい基準での任意捜査というのであろう︵そうでなければ身柄拘束牢か不拘束中か低別して論じ
る必要億ない︶︒しかし︑・もし︑この推測が正しいとすれば︑更に大きな疑問につき当たる︒一体貸身柄不拘束の取
49 (4 ●32) 392
被疑者の取調(横山)
調べと拘束中の取調べとの間に相違があるのかないのか︒拘束中の被疑者の取調べにも不出頭権退去権があるとすれ
ば︵なければ従来の強制処分説と変らない︶︑不拘束の場合のそれと変るとてろはない︒又︑不拘束の取調べの場合
も︑﹁黙秘権は保障されるが密室で尋問されるのであって︑その担保は告知︵自白法則を別にすれば︶以外にはない﹂
という状況︑・﹁弁護人の立会が許されるわけではない﹂という状況一取調べを新しい意味での強制捜査とする状況
一そのものは︑拘束中の取調べの場合同様存在するのである︒
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ つまり︑新しい強制処分説を論理的につきつめれば︑身柄不拘聖者の取調べは強制捜査だ︑︑不出頭権︑退去権が保
障された︵取調受認義務のない﹀新しいタイプの強制処分だ︑ということにならざるをえないのであるっでは︑論者
が恐ちく意識しながら論理的に徹底させることを避けたこの結論︵論理的すぎてプラグマティックでない︑と考えた
か﹀は︑不当なのか︒必ずしもそうではない︒.不徹底な所があるとすれば︑新旧の強制処分説が︑一九八条の位置
︵強制処分の法定を謳った一九七条のあとに置かれている︶︑一九八条一項の沿革︑文言にこだわりながら︑一九八条
︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︵7︶を身柄拘束者の取調べ権を捜査機関に認めた規定︑と読むところにこそあるのである︒例えば︑従来の強制処分説
は︑・﹁取調﹂という言葉を︑﹁弁解の録取﹂︵二〇三︑︐・二〇四︑二〇五各条一項︶︑﹁陳述の聴取︵六一︑二〇七条一項︶
と区別し︑積極的な反間︑発問を含むと解したうえで︑このような積極的な反問・発問に耐え︑取調機関が欲する時
間その場にとどまる義務を︑身柄拘束者に一九八条一項は特別に課したのだ︑という︒だが︑︐︐もしそうなら︑なぜ︑
もっと直裁に﹁身柄被拘束者は︑取調受認の義務を負う﹂︑とか︑捜査機関は︑犯罪の捜査をするについて必要がある
ときは︑被逮捕者・被勾留者を出頭させ︑尋問することができる﹂としなかったのか︒それこそ︑一九七条一項但書
のいう﹁特別の定﹂に適わしい形式ではなかったか︒又︑強制処分説は︑一九七条のほかに一九八条が設げられたこ
と︑更に︑一九八条が強制処分法定主義を定めた一九七条のあとに置かれていることを指摘する︒しかし︑条文の形
49(4・33)393
説
二匿ム ii冊
式︑位置からいうなら︑p被疑者の取調そのものふ身柄不拘束の被疑者の取調を強制処分としている︑と考える方が自
然ではないか︑これを︑身柄拘束者の取調だけについての﹁特別の定﹂とみる方が︑むしろ不自然ではないのか一
そういえよう︒そしてこのことは新しい強制処分説に対しても同じようにいえるのである︒
では︑身柄拘束中の被疑者の取調はどうなるのか︒︐不拘束の取調べも拘束中の取調べも︑ともに強制捜査だという ヘ ヘ ヘ へのか︒そうではない︒.身柄拘束中の被疑者の取調べは︑そもそも︑現行法上許されないのである︒この︑従来の強制
処分説も任意処分説も思い至らなか・つた主張を︑真正面から解釈論として展開したのが︑沢登佳人﹁逮捕または勾留
中の被疑者の取り調べは許されない﹂法政理論一二巻三号である︒
三 ﹂鉢∵現下法億︑︐勇柄絢東中の被疑者の取調べを︑本当に認めているのかt沢登論文は︑学説︑実務がこれ
まで疑わなかったこのテ訟ゼを疑うことから始める︒そもそも身柄の拘束・逮捕︑勾留は︑一体何のために行われる
のか︑それが︑.被疑者取調を目的とするものでないことは関係法規を読めば明らかであるゆなぜなら︑法規に記され
た逮捕の理由も勾留の理由も︑・ともに︑・犯罪の相当の嫌疑と逃亡又は罪証浬滅のおそれの存在であって︑被疑者取調
の必要ではないからだ︒もちろん︑通説も︑このことを認めないわけではない︒身柄拘束の目的が解綬者の取調にあ
るのではないことを認めつつ︑しかも拘束中の取調を認めるのである︒そ丸はなぜかゆそれは∵彼等が﹂九八条一項
を身柄不拘擦者だけでなく身柄拘束者の取調遊車認めた規定と読むからだ︒なるほど︑身柄拘束中の被疑者や取調の
法的性格をめぐり︑ゴ強制細螺説︑任意処分説の対立はある︒bかし︑この両説とも身柄拘束中の被疑者の取調ができ
る噛許されていると一九八条一項を読む点では変りはなか︒
だが︑一九八条︸項を︵特にその但し書を︑このように読むのは正しいか︑正しくない踊沢登佳人は次のように
いう︒但し書には︑︑﹁被疑者は︑逮捕又は勾留されている場合を除いては︑出頭を拒み︑又は出頭後︑何時でも退去
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被疑者の取調(横山)
することができる﹂層ど在るっ・これは.﹁文理上︑通説の解釈とは全く逆に︐逮捕または勾留されでいる被疑者を取り調
べることは許されない︐ということを前提として書かれたものである︑と解釈することができる︒つまり︑逮捕また
は勾留されている被疑者はもともと取り調べの対象にはならないのだから︑言いかえれば彼に対して出頭を要求して
取り調べを行なうことはもともとできないのだから︑出頭要求を拒みうるとか出頭後退去しうるとかのことは彼にと って砥初めから問題にならない︒だから逮捕又は勾留されている場合を除外したのである︒﹂
出頭拒否馬退去権は︵捜査機関に出頭請求︑取調権があるとき初めて意味をもつ︒捜査機関は︑身柄拘束者に対し︑
取調を行なケ権利を有しない︑︐出頭拒否・退去権を保障した﹁但し書﹂の文言から身柄拘束中の場合が除外されてい
るのは︑︑その必要性がないからだ一そう説くのである︒だが︑それも一つの解釈︑一九八条一項但し書の一つの文
理解釈にすぎぬ一そういう反論もあろう︒沢登論文は︑この予期された反論に対し︑自説の正しさを以下のよう理
由をあげて根拠づけようとする︒すなわち一ρは︑規定の形式が似かよった七七条一項の﹁唯一必然の文理解釈﹂か
ゼ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へらの類比である︒同項には︑﹁逮捕又は勾引に引き続き勾留する場合を除いて被告人を勾留するには︑被告人に対し︑
弁護人を選任するこどがでぎる旨・しレーを告げなければならない﹂︵傍点筆者︶とある︒これは︑果して︑逮捕に引き
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ続き勾留される被告人に告知義務を否定する趣旨であろうか︑そうではない︑その場合︑すでに弁護人選任権の告知
がなされており︑一﹁告知義務を必要とする状況が存しないのである︒﹂一九八条一項但し書の解釈に︑この方法を窺う
ればどうかゆあの除外は︑身柄拘束者に出頭拒否曜退去権を否定する趣旨ではない︑そういう権利を必要とする状況
が存在しないのだ︑らということになろうゆ第二は︑解釈の原則論であるゆ二様な文理解釈が可能な場合﹂デ属1・︑プ
ロセスの要請︵自由の制限は厳格に︑と︑いう厳格解釈の要請︶から︑切り捨てられなければならないのは自由制限的
な解釈である︒身柄拘束中の被疑者に︑出頭し取調受忍義務を課す強制処分説が︑一九八条一項の自由制限的解釈で
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爺ム
葡囲 「 説
あることはいうまでもない︒そして第三は︑﹁一九八条一項め規定の形式だ︒同条同項は︑身柄拘束の被疑者に出頭を
求め取調べるのでさえ︑独立の一箇条を起こし明定すべきことを示している︒﹁そうであるのに︑逮捕または勾留さ
れてすでに自由を制限されている人に馬重ねてそれ以上の自由の制限を課することの方は︑但し書きの中で︑︐しかも
正面からはっきり規定するのでなく︑除外条項という形で反対に解釈すればそうも読めるというに過ぎぬ形で︑規定 してよいはずはない︒﹂
まさに︑間然するところのない議論︑といえよう︒
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︵1︶例えば︑参照︑田宮・起訴後の取調.︵捜査法体系︵1︶二七〇頁以下︶
︵2︶同右論文・二七一賞︒
︵3︶荒木伸恰・被疑者には﹁取調べの受忍義務﹂があるか︑﹁参照︒
︵4︶田宮裕・取調の法的規制︵田宮裕編著﹁刑事訴訟法﹂三二二頁以下︶︒
︵5︶同右編著三一九頁︒ ︐
︵6V同三編三三二二︐頁︒
︵7︶田宮北ついていうなら︑桐右編著三二〇頁︒
バ8︶沢登佳人本文記載論文︑法政理論=一巻二号六︑七頁︒︐︵9︶同右論文八頁︒︑
五
噛 沢登佳人がいうように︑凹刑事訴訟法典の文言を精密かつ正確に読み︑その上で解釈をほどこせば︑
の取調べは現行法上許されていない︑︐というほかないのである︒
この結論は︑あるいは一見奇矯とみえよう︒しかし︑それは歴史の流れに沿ったものであるばかりか︑ 身柄拘束者
被疑者・被
被疑者の取調(横山)
告人の人権の保障をめざして理論構築を試みてきたこれまでの学説の線上忙あるのである︒それは畏いわゆる任意処
分説の﹁取調べ辱概念一つをとってみても明らか︑といってよい︒なぜなら︑そこにいわゆる﹁取調ベトは︑現実に
行われている取調べと言葉が同じということを除けば何の共通性もないものだからである︵不出頭・退去の自由のあ
る拘束者の取調べは︑現実の﹁取調べ﹂と完全に異質である︶つその点︑捜査観こそ異なれ︑同じ志向の上に立って︑
取毒言癬意いう不利益処分を平な晶晶として盲嚢に観.聖蕎﹂の機会を並等制度と主張する井一葦
侃の取調べ概念も全く同じである︵﹁弁解﹂と殆んど同じ内容のもので︑いわゆる﹁取調べ﹂ではない︶︒又︑新しい 強制処分説が︑身柄不拘束の取調べと身柄拘束中のマれとは﹁取調バの要件とみての必要性﹂が異なる︑謝するのも
同じ言葉で異なる内容を主張する点では同じ線上にあるといってよい︒これらの学説は︑ことぜとく︑説明の方法こ
︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑︑ ︑ ︑ ︑ ︑.︑ ︑ ︑
そ異なれ︑同じ内容のこと︑すなわち︑いままでのような身柄拘束者の取調べは現行法上許されない︑ということを主張してきたのである︒沢登佳人の論文は︑これちの主張者の上にかけられていた一九八条一項但書の呪縛を︑現行 法の文言の精密かづ正確な解釈により解き放った︑にすぎない︒
い忌︑この解釈によりながら︑一九八条一項の法意を探れば﹂およそ次のようになろう︒一九八条一項は︑いわゆ
る強制処分説がいうように︑逮捕・勾留されている被疑者の取調べを捜査機関に認めたものではない︒噛それは︑ただ︑
身柄の拘束を受けていない被疑者の取調べを︑.取調べを受ける者の出頭拒否権︑自由退去権と引き換えに捜査機関に
認めたものである︒したがって︑捜査機関が︑もし被疑者の取調べを欲するなら︑身柄拘束を避けるか︑身柄拘束以
前に︑これを行なうほかはない︒被疑者は︑捜査機関の出頭要請に対し︑出頭するか︑出頭拒否するか︑あるいは︑
弁護人同道・弁護人立会いを求めて交渉するかの選択を行なうことができる︒弁護人の取調べへの立会いが認められ る た場合︑犯罪捜査規範一七七条二項が役立とう︒もちろん︑捜査機関は︑被疑者の弁護人同道︑立会いの希望に応じ
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