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総合的な学習に向けた学校の創意工夫

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第17回教育研究公開シンポジウム

総合的な学習に向けた学校の創意工夫

実施期日●平成12年2月

開 催 地●高松市

平成12(2000)年3月

国立教育研究所

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はしがき

 国立教育研究所では、所内で行われる教育研究の成果を広く社会に還元するため、

平成2年度から、各地の教育センターなどの協力を得て「教育研究公開シンポジウム」

を実施している。

 10年目となる第17回シンポジウムは、「総合的な学習に向けた学校の創意工夫」を テーマに、香川県教育委員会、香川県教育センターとの共催で、平成12年2月17日に、

香川県県民ホールにおいて開催し、香川県、近隣各県の小・中・高等学校の教員等約 800名の参加者を得た。

 本報告書は、このシンポジウムにおける発表内容をコーディネーター、パネリスト にまとめていただいたものである。

 当シンポジウムは、共催機関の全面的なご支援と関係者の方々のご努力により、熱 心な多くの教育関係者の参加を得て実り多いものとすることができた。末尾ながら、

関係者各位に心からお礼を申し上げたい。

平成12年3月

国立教育研究所長    吉 田  茂

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目  次

はしがき

第17回教育研究公開シンポジウム

総合的な学習に向けた学校の創意工夫

・総合的な学習のねらいと内容編成をめぐって(高浦勝義)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

・単元開発と指導計画の作成について(田所一男)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

・活動から内容に迫る

−総合的な学習の実践原理−(奈須正裕)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34

・新しい学習に向けた新しい評価の工夫

−子どもと教師の「すがた」を捉え「育てる」評価への転換−(清水克彦)  ・58

【付録】シンポジウム・プログラム

   コーディネーター・パネリスト プロフィール

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第17回

教育研究公開シンポジウム

総合的学習に向けた学校の創意工夫

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総合的な学習のねらいと内容編成をめぐって

高 浦 勝 義(国立教育研究所)

 本稿においては、表題に掲げた主題に迫るため、まず、「総合的な学習の時間」の 新教育課程中に占める位置なり特質を検討し、次いでこの時間が目指しているねらい

について検討することにしたい。さらに、このねらいの達成に向けて、各学校が創意 工夫ある内容編成(いうなれば生活探究のカリキュラムづくり)に取り組む際の留意 点について検討することにしたい。

1 新学習指導要領にみる教育課程の特質

(1)教育課程改訂の4つの基本方針

 平成10年12月に小・中学校の学習指導要領が改訂されたわけであるが、その改訂の 基本方針は、教育課程審議会の『答申』(平成10年7月29日)によれば、次の4点に 示されている。すなわち、「①豊かな人問性や社会性、国際社会に生きる日本人とし ての自覚を育成すること、②自ら学び、自ら考える力を育成すること、③ゆとりある 教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実 すること、④各学校が創意工夫を生かし特色ある学校づくりを進めること」である。

 今回の改訂により新設されることになった「総合的な学習の時問」は、このうち

「④」の方針を具体化するものであったが、以下の展開において「②」の方針も密接 な関係があるので、その「②」の方針をみると、そこには概略次のような内容が示さ れている。すなわち、「自ら学び、自ら考える力を育成する」ためには「幼児児童生 徒に発達の状況に応じて、知的好奇心・探究心をもって、自ら学ぶ意欲や主体的に学 ぶ力を身に付けるとともに、試行錯誤をしながら、自らの力で論理的に考え判断する 力、自分の考えや思いを的確に表現する力、問題を発見し解決する能力を育成し、創 造性の基礎を養い、社会の変化に主体的に対応し行動できるようにすること・・・・

また、知識と生活との結び付き、知の総合化の視点を重視し、各教科等で得た知識・

技能等が生活に生かされ、総合的に働くようにすること」ーそして、このためにはー 方法的にー「・・・例えば、各教科等や今回新設される『総合的な学習の時間』など において、体験的な学習、問題解決的な学習、調べ方や学び方の育成を図る学習など が重視されるとともに、自ら調べ・まとめ・発表する活動、話し合いや討論の活動な

どが活発に行われることが望まれる。」と。

(2)新教育課程の基本構造

 以上の4つの基本方針に基づいて改訂された新学習指導要領を整理すると、新教育 課程の基本構造は次図のように示すことができることであろう。

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 すなわち、<教育の目的(学力)>としては「生きる力」の育成、そして、そのため の<教育課程>としては、「教科、道徳、特活、総合的な学習の時問」という四つの 課程が位置づけられている。それから<教育方法>の基本としては「問題解決学習」

が位置づき、そして、この問題解決学習さえしっかりすれば、「一斉的指導」も「個 に応じた指導」という指導形態も結構だし、それから一人で「学級(教科)担任によ る授業」も「ティーム・ティーチング」による授業も大切になってくる。さらに は、<教育評価>として二つのことが、すなわち、一つは、現行もそうであるが、

「学ぶ意欲や思考力等の資質や能力を育成する指導と評価の一体化」を一層進めてい

くこと、今一つは、最近、ポートフォーリオ評価と関連して話題を呼んでいる「子ど もの自己評価の推進」(自己学習力=自己評価力の向上)を図るという特質である。

 ところで、この構造図だけを見れば何の問題もないように思われるかもしれない。

しかし、中には、少々誤解もみられる気もする。例えば、「生きる力」の育成という と、その内実は知・情・意・健康・体力、すなわち、知的な面と豊かな人間性とたく ましい健康・体力ということが言われている。この三つの資質・能力は子どもの中で は統合されているわけであるが、しかし、これを少し手分けして、知識の面は教科で 受け持って、豊かな人問性等は道徳、特活に受け持ってもらう、というふうに機能分 担させるという誤解がみられる。でも、これはまずいといえよう。図示されるように、

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「生きる力」は知・徳・体の統合であるから、その発達の全体的特質は、「教科」でも 考える必要があるし、「総合的な学習の時間」でも考える必要があるといえよう。つ まり、「教科」の学習指導が、例え知識中心に展開されるにせよ、常に子どもの道徳 性の発達や健康・体力の指導にも留意する必要があるといえよう。

 また、中には、「生きる力」の育成が、どうも「総合的な学習の時問」だけに特有 なねらいであるかのように考える向きもあるが、同様な理山から、それは誤解である

といえよう。

 〈教育の方法>について補足すれば、「問題解決学習」の重要性は認めながらも、し かし、「教科」は基礎・基本だし、これはしっかり復習させるなどして徹底して指導 する必要があるというように二元的に考える向きがみられる。「教科」は説明中心の 詰め込み中心の授業でよし、他方「総合的な学習の時問」等では問題解決学習を重視 しよう、といった二元論である。しかし、これは誤解であるといえよう。「教科」指 導においても問題解決学習の徹底を、と考えることが大切であるといえよう。前節に も紹介したように、「自ら学び、自ら考える力」の育成をめざして「問題解決学習」

を展開することは、すべての各教科等や総合的な学習の時問において重視されるべき 留意点とされているからである。

 なお、よく「問題解決学習」と「体験的な学習」がセットでいわれる向きもあるが、

私は切り離して考えていく必要があると思う。というのも、時に、問題解決的でない 体験的な学習(子どもは手足体を動かしているが、問題解決の活動は教師が営んでい

るといった学習)が実践されているように見受けられるケースがあるからである。

2 「総合的な学習の時間」のねらいと意義

(1)学習指導要領にみるねらい

 さて、「生きる力」の育成は、教科、道徳、特別活動、そして「総合的な学習の時 間」すべてにおいて目指される目的であるが、それでは、その際の「総合的な学習の 時間」(以下、総合的な学習)の固有の特質なりねらいはどのように考えていけばよ

いであろうか。

 そこで、まず、学習指導要領に規定されている総合的な学習のねらいをみると、

「(1)自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解 決する資質や能力を育てること。(2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解 決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることが できるようにすること。」とある。ポイントが、①問題解決の資質や能力の育成、② 学び方やものの考え方の育成、③問題解決に主体的、創造的に取り組む態度の育成、

④自己の生き方を考えることができる、の4点にわたって展開されている。

 問題は、これら4つのねらいの相互関連についてであるが、上記①〜③のねらいは、

前節の教育課程の改訂の基本方針の「②自ら学び、自ら考える力を育成すること」を

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参照すれば、そこで言及されていることばかりである。

 また、同時に、そこで言及されている知識と生活との結び付き、知の総合化の視点 に着目し、その結果総合的な学習には、教科内総合学習や教科間総合学習も考えられ るかのような解説なり論及がみられたりもする。

 しかし、考えてみれば、ねらいの①〜③は、『答申』もいうように、総合的な学習 のみに特有なねらいではなく、教科等の指導においても今後重視されるべきねらいで あろう。そして、また、子どもの生活なり関心・意欲に基づく問題解決学習を重視す れば、学習が総合的に生起することは当然であるから、教科内においても、また、教 科間の相関・統合を意図する学習においても、−詰め込み・暗言己的な学習を別にすれ ば−、そこでの学習が総合的になることは当然の帰結であるといえよう。

 例えば、国語の勉強で、読み・書き・聞く・話すという言語活動を考える時、聞く 時間に読むことや話すことを忘れて勉強するというわけには行くまい。あるいは、問 題解決学習を重視するところから、例えば算数の縮尺拡大と、社会科の地図の縮小の ところを一緒に関連して指導した方が効果的であるといったケースだって多々あるこ とであろう。このようなわけで、教科内総合学習とか教科問総合学習ということは、

それ自体は大切な試みであるが、しかし、これらはあくまでも教科の学習指導の範晴 に属することであって、総合的な学習とは区別して考えることが大切であるといえよ

う。

 そこで、問題は④のねらいに関してであるが、いろいろと調べてみると、このねら い部分は、実は教課審の『審議まとめ』以降に提出され、→『答申』→そして新学習 指導要領へと受け継がれてきたねらいであり、教課審の『中間まとめ』にはなかった ことが分かる。さらに調べると、文部省が教課審に提出した「総合的な学習の時間

(仮称)について(案)」(「内外教育」1997.7.22.)の中では、上記①〜③のねらいとと もに、さらに4つめのねらいとして「国際理解、情報、環境、福祉などの課題につい て・・・・ 横断的・総合的に学習できる機会を設ける必要がある。また、そのような 学習を通じて、現実の社会や自然と自分とのかかわりについて関心をもち考える能力 や態度を育成する。」が加えられていたことが分かる。

 実をいうと、教育課程に関する基礎研究協力者の一員として私もこの原案づくりに 参加した者の一人だったのであるが、このねらい部分は、現行の「生活科」のねらい をイメージして作成されたと記憶している。つまり、①〜③でいうような問題解決の 資質なり能力や、学び方やものの考え方、主体的・創造的な探究態度は、人問が「生 きる力」の獲得をめざして学習したり物に取り組む時に一般的に要求される資質・能 力であって、問題は、こういう力をどこでつけるか、どういう内容なり場面を設けて いくかということになってくる。知的な場としては既に教科があり、それはそれとし て尊重する必要がある。しかし、同じ教科とはいえ、生活科はやや性格を異にし、そ こでは子どもが自己の 生活 を考え実践する生活自立者の育成が目指されている。

今後の社会・時代から考えて、このようなねらいが大切であり、これを総合的な学習

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のねらいとして設定していく。このようであったと記憶している。

 つまり、生活科においては、子どもは知識・技術等の学習はもちろんするが、しか し、そのこと自体が目的ではなくて、それらの知識・技術等を通して自分の生活を考 え、見直し、また新たな生活をしていくことが大切とされている。例えば生活科の改 訂された内容の7つ目には「動物を飼ったり植物を育てたりして、それらの育つ場所、

変化や成長の様子に関心をもち、また、それらは生命をもっていることや成長してい ることに気付き、生き物への親しみをもち、大切にすることができるようにする。」

とある。そこで、子どもは動植物の飼育栽培活動を通して、それらがどんな所に育つ か、どういうふうに成長するか、それから動植物は生命をもっていていること等の学 習を積み、気付きを深めていく。ここまでは教科の話、認識の領域。しかし、生活科 では、さらに、そういう気付きを基に、さらに自己の生活=生き方(動植物の接し方)

を振り返り、生き物へ親しみをもち大切にする生活ができるようになることをめざし ている。このようなねらいを総合的な学習のねらいとしてはどうか、ということにな ったわけである。

 これを、中教審の第一次答申でいえば、例えば環境教育に関連して「・・子供たち は、環境問題が、その原因においても、また、その解決のためにも、科学技術と深く かかわっており、その意味で、科学的なものの見方や考え方を持たなければならない ことを学ぶ。また、子供たちは、環境問題が、・・・現代文明や現代の生活様式に深 く関わっていることなど、人問と環境とのかかわりについて理解を深める。・・・こ のようなことをしっかりと知ることももちろん重要なことである。しかし、さらに大 切なことは、これらを単に知識としてしっているということではなく、こうした理解 を踏まえて、自らの日常生活が環境問題と密接に関連していることの認識を持つとと もに、環境の保全やよりよい環境の創造のために、身近なところから、何らかの行動 をしようとする心や実践的態度を育成することである。」という指摘がある。総合的 な学習は、まさにこのような子どもの育成をめざしているといえよう。

 そして、このようなため、先の「原(案)」では「小学校については、低学年にお いて総合的な教科である生活科が設定されていることや合科的な指導を推進すること などを考慮して、第三学年以上に設定することでよいか。」と起案され、この方向が 教課審の『答申』にまで一貫して踏襲されたのである。「生活科」(小学校第1・2学 年)→「総合的な学習の時問」(小学校第3学年〜高等学校)という基本的な流れが 描かれたのである。

 そこで、以上の議論から、総合的な学習のねらいを整理すれば、教科等の枠を超え た横断的・総合的な学習を通じて、子どもが自己の生き方在り方を考え実践できるの に必要な問題解決の資質や能力、学び方やものの考え方、主体的・創造的な探究の態 度を身に付けることをねらいとしているといえよう。

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(2)教員養成における「総合演習」の導入

 私は、かって『生活科の考え方・進め方』(黎明書房、1989)を著した時、生活科は 大学にまで導入されればよいと考えたものであるが、その方向が実現されつつある。

 すなわち、教育職員養成審議会の第1次答申『新たな時代に向けた教員養成の改善 方策について』(平成9年7月28日)において、教職に関する科目として新たに「総 合演習」を開設する提案がなされ、この結果、平成12年度の4月から、さっそく各大 学における教員養成において、その授業がスタートすることになったのである。

 この「総合演習」をみると、そこには二つのねらいがみられる。平板にいえば、一 つは学校の教員になって総合的な学習の担当ができる資質・技量を身につけること、

さらには、これから21世紀国際社会を生きる人間として、地球環境、異文化理解、社 会への男女共同参画といった人類共通のテーマや、少子・高齢社会と福祉、家族の在 り方など我が国社会全体に関するテーマ等を視野に入れた生活ができるような人問に なってほしい、というものである。

 前者のねらいは、いわば直接的なねらいとも考えることができるが、後者のねらい は、何も教員志望の学生のみならず、一般の学生にも、さらには、私たち大人にも課 せられているねらいでもあるといえよう。

 というのも、私たち大人自身の生活を振り返ると、例えば買い物に行く時に買い物 袋を持たず、手ぶらで出かける。そして、購入した物をナイロン袋に入れて、中には おまけにといわんばかりに、余分のナイロンまで持ち帰る。そして、家庭で料理した 後の生ゴミ捨てに使う。そして、そんな生活が実は環境問題を作り出す一因になって いるといった自覚のないままに。このようなケースをいろいろと思い浮かべることが できるのではないだろうか。近年の環境破壊の問題、金融政策なり福祉政策にまつわ る諸問題等、決して例外ではないことであろう。

 そして、このようであれば、総合的な学習の必要は、単に学校の生活科や総合的な 学習の時間においてのみならず、まさにすべての国民が取り組む生涯学習の課題でも あるといえるほど根の深いものであると思われるのである。

(3)教科、選択教科との関連

 ところで、総合的な学習のねらいを論議するとき、得てしてその違いなりそれぞれ のユニークさより、むしろ両者の関連性が言及されてきたように思われる。例えば、

総合的な学習においては教科等で学習された知識や技能等が相互に関連付けられ、そ の成果が、今度は各教科等に還元され、それらの学習を活性化することになる、とい った論議である。しかし、この点は、既述の 学習の総合性 論議に象徴されるよう に、今後は従来の詰め込み・暗記中心の学習を廃し、子どもの生活(興味・関心)に 基づく問題解決学習を展開する限り必然の帰結であるといえよう。

 それでは、このような学習の総合性を「自己の生き方」をめぐって展開しようとす る総合的な学習とは異なる、教科のユニークなねらいをどのように考えていけばよい

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であろうか。

 私は、それを、例えば教課審の『答申』の「学力を単なる知識の量と捉える学力観 を転換し、教える内容をその後の学習や生活に必要な最小限の基礎的・基本的な内容 に厳選する」とか「自ら学び自ら考える力を育成する基礎として、一定の基礎的・基 本的な知識や技能等を身に付けさせていくことが不可欠であり、・・・」といった言 及に象徴されるような、いわば学習や生活をその背景なり内から支える「知識・技能 等」それ自体を学ぶ場(課程)に求めてはどうかと考えている。このため、総合的な 学習では、「自己の生き方在り方」を考えていく上から必要となる知識・技術等を 手段 として学習するのに対して、教科では、そのような知識・技術等そのものの 目的 として学習することになる、と考えたい。現行の教科が、学問なり科学の 成果を反映し、そこでの知的探求を目指すとするなら、教科においては、そのような 学問なり科学の成果を追究し継続するのにふさわしい学習を展開することがねらいと なると考えたい。実際のところ、いわゆる教科内総合学習にせよ、あるいは教科間総 合学習にせよ、そこでねらいとされていることは諸教科の知識・技術等の効果的な学

習であろう。

 ところで、他方の「選択教科」であるが、これまでを振り返ると、この選択教科の 中で、今回の総合的な学習に向けた試みがやや強くイメージされてきた感がしないで もない。しかし、今回の学習指導要領の改訂により、中・高等学校の選択教科はあく までも必修教科のねらいを達成することが目的であるとされるようになった。つまり、

その性格が、必修教科のねらいを補充したり、深化したり、あるいは発展させて学習 する時問として明確化されることになったわけである。

 このため、教科と同様、選択教科の学習においては、例え総合的な学習との補完が 考えられるにせよ、両者のねらいは一線を画して考えていくことが大切であるといえ

よう。

3 総合的な学習に向けた内容編成

(1)例示課題の意義

 教課審の『答申』において、この総合的な学習の時問は「・・・各学校において創 意工夫を生かした学習活動であること、この時間の学習活動が各教科等にまたがるも のであること等から考えて、国が目標、内容等を示す各教科等と同様なものとして位 置付けることは適当でないと考える。このため、・・・・各教科等のように内容を規 定することはしないことが望ましいと考える。」と答申されたこともあり、学習指導 要領においては、内容が例示されるに止められることになった。

 このため、例示内容を参考にしつつ、各学校では、総合的な学習に向けた自主的な 内容編成に取り組むことが期待されている。

 ちなみに、例示内容をみると、学習指導要領には「・・例えば、①国際理解、情報、

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環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、②児童(中学校は生徒=筆者注)の 興味・関心に基づく課題、③地域や学校の特色に応じた課題など・・・」と(①②③ は筆者)、3つにわたって内容(課題)が例示されている。さらに、「国際理解に関す る学習の一環として外国語会話等を行うときは、・・・」というように、外国語会話 等も例示されているが、それは単独に、ということではなく、あくまでも国際理解と いう例示課題の一環として扱うことが言及されている。

 ところが、時に、各学校での自主的なカリキュラムづくりを、内容の創意工夫を、

というところを曲解して、総合的な学習では要するに英会話をすればよい、情報に取 り組めばよい、果てにはクラブ活動にまわせばよい等の極端な解釈に出会うことがあ る。それは、しかし、誤解であるといえよう。

 というのも、前節の「ねらい」を踏まえていえば、下図に示すように、これらの例 示内容は、あくまでも各学校が、子どもの生活実態を踏まえ、子どもが現在の生活の 在り方を考え、より望ましい生活が実践できるようになることを願って、いわば 活探究のカリキュラム づくりを自主的に進めていく際の手がかりであり、例示であ るからである。各学校での独自的なカリキュラムづくりが期待されているのである。

決して一時の思い付きや気まぐれで内容編成されることがあってはならないといえよ

う。

 そして、このような例示課題を参考に、各学校で検討の上、子どもの生活現実を捉 え、望ましい生活を考えていく上で、この3つではどうしても弱い、無理があるとい うことになれば、新たに内容(課題)を追加すればよい。あるいは、学校によっては、

3つに拘泥せず、全く新たな観点から(例えば、生活科では3つの基本的な視点−10 の具体的な視点を採用)、自校なりの生活カリキュラムを構想することがあっても大 いに結構であるといえよう。

 なお、蛇足になるかもしれないが、上記の①横断的・総合的な課題については、こ れまでにも、中教審の答申をはじめ、いろいろと解説されてきたところから、各学校

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においては、ここで具体的にはどのような内容がめざされているか、比較的にイメー ジしやすいことであろう。例えば、「国際理解」という課題(内容)をみると、そこ には、具体的に4つぐらいの内容がいわれてきた。1つは異文化理解、2つめは国際 協調、それから3つめは自国文化理解、それから4つめはコミュニケーション能力の

育成である。「情報」、「環境」、「福祉・健康」に関しても同様であろう。

 しかし、他方の②「児童生徒の興味・関心に基づく課題」や③「地域や学校の特色 に応じた課題」となると、その言葉以上の解説は見当たらないというのが現状であろ う。このため、例え、これらの課題は採用しないにせよ、各学校では、せめてその解 説や説明ぐらいはできるぐらいになってほしいと期待したい。

 参考までに記せば、私は、次のように考えている。すなわち、「児童生徒の興味・

関心に基づく課題」においては、子どもが比較的に自分の個人的・内的な特質にかか わる側面を考えていく。このため、福祉・健康というときの健康はこちらに持ってき て、子どもが「心身ともに健康で安全な生活について理解を深め、実践できる能力や 態度の育成」といった内容、及び「芸術・文化・娯楽等に関わる活動の楽しさ・おも しろさを味わい、深めること」といった内容、さらには「労働や職業の意義等につい て理解を深めるとともに、自己の適性の発見や進路の選択に関わる能力や態度」とい った内容はどうかと考えている。

 ところが、中にはこのように考えずに、例えば、子どもをみると、どうも食べ物に 興味があるらしい、おもちゃに関心があるらしい、だから、学校でこんにゃくづくり

をする、おもちゃづくりに取り組む、それが興味・関心課題だと受け止めるような見 方なり解説がある。しかし、そうではないと思う。こんにゃくづくりなりおもちゃづ くりは、いうなれば活動(単元)であって、そのような活動を通して学習する内容、

例えば、心身の健康を考えたり、あるいは芸術的なセンスを磨くといった内容がここ でいう興味・関心に基づく課題であると考える必要があるといえよう。

 他方の「地域や学校の特色に応じた課題」においては、地域に家庭も含め、「家庭 や地域の伝統・文化・行事・生活習慣等の現状や問題点について理解を深めるととも に、家庭や地域社会の構成員の一員として各人なりにその解決・進展に努める能力や 態度の育成」及び「学級・学校の行事、学級や学校で生じた生活上の問題などの特質 や背景について理解を深めるとともに、学級や学校社会の構成員の一員として各人な りにその解決・進展に努める能力や態度の育成」を考えている(拙著『総合学習の理 論・実践・評価』黎明書房、1998参照)。

(2)小・中一貫カリキュラムの創造

 例示課題を参考に、各学校で子どもの「生活」を分析し、そこで取扱う内容につい て検討した後には、下図に示すような学年別のカリキュラム表をぜひ作成してほしい ものである。すなわち、縦軸にスコープとして内容の欄を設け、横軸にはシークェン スとして子どもの発達的特質の欄を設け、両者のクロスする欄に具体的な内容を記述

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していくという作業である。

校  種 小 学 校 中 学 校

学年 3年・4年 5年・6年 1年・2年・3年

発達

内 容

国際理解・

環 境 ・

 例えば、「国際理解」課題であれば、既述のように、ここでは具体的な内容として 異文化理解、国際協調自国文化理解、コミュニケーション能力ということが考えら れたので、これらの内容をスコープ欄に記述する。さらに、例えば異文化理解にせよ、

自国文化理解にせよ、その扱いが3年生と6年生とで同じレベルというわけにはいか ない。このため、各内容に応じて、それらの扱うレベルを学年別に具体化していくと いった作業が必要になってくる。このようにして、内容の具体化を各学校で進めるこ

とが、実は学校でカリキュラムを作るということになると思われるのである。

 このカリキュラムづくりに関連して、以下に、さらに二つのことを指摘しておきた

い。

 一つは学年割、学年区分をどうするかという問題である。私たちは、得てして、小 学校であれば低・中・高と考えがちである。しかし、そのような発達区分が真に子ど

もの今日の発達の現状に合っているのかどうか、検討する必要があるように思うので ある。その一つの証拠に、例えば、小学校の1,2年生と幼稚園を一緒に考え、さら に3年から5年までを一緒にし、さらには小学校6年から中2までを一緒にし、中学 校3年と高校を一緒にしていく、といったアメリカの動きがある。アメリカでは、小 学校6年(ないし5年)から中学校2年にかけての学校をミドルスクール(middle school)と呼んでいるが、今日では、このミドルスクールが従来の中学校(わが国も 同様)を量的に、圧倒的に凌駕している。しかも、中学校3年と高校を合わせて高校

4年制となるので、もう入学試験の必要もなくなるわけである。わが国では、最近に なって、中高一貫学校を作って、入試問題を解決しようという動きが急であるが、こ のように、学年区分の在り方を考える中から解決できる問題も多々あると思われる。

 今一つは、このようなカリキュラムづくりを小・中学校で協力して作成するという

課題である。

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 例えば、次のような実話がある。それは、同じ校区のある小学校が文部省の英会話 の研究開発学校になり、3年間研究・実践に取り組んだ。そして、その小学校の卒業 生は他の2つの小学校の卒業生とともにある中学校に進学する。そして、ある時、中 学校で、1学期が経った後に英語の好き嫌い等のアンケートを実施したら、英会話に 取り組んだ小学校の卒業生に英語嫌いが多くみられたというのである。そこで、話し

を聞くと、子どもが英会話をしてくるものだから、英語の時問はおろか、他の時問に も英語を話したり、あるいは英語の時問が始まるとまだチャイムが鳴らないうちに先 生に英語で質問したりとか等する。そこで、ついつい、「うるさい、知ったかぶりす るな。」となった。また、授業においても、ついつい、「こういう点はもう君たちは分 かっているな。勉強していない組みはしっかりやって。」となったらしい。その結果、

英会話の学習組みは「小学校で英会話なんかしなきゃよかった。損をした」といわん ばかりになった、というわけである。

 これを、もし反対に考えて、教師が授業中に英会話の経験組みと英会話に取り組ん でみる、あるいは経験談を聞く等々するとしたら、未経験組みの子は「わあ、すごい、

頑張らなくちゃ」ということになるし、経験組みは「小学校で英会話に取り組んでよ かった」ということになりそうである。

 このような小・中学校間にみられる連続性、あるいは非連続性は、それこそ子ども の発達上に大変な影響をもたらすことになると想像されるのである。総合的な学習に おいても、「小学校ではいったい何を勉強してきたか」ということになってはならな いと思うのである。

 ところで、さらに考えれば、このような総合的な学習に向けたカリキュラムづくり における連続性は、単に小学校3年〜中学校においてのみならず、さらには小学校低 学年(1・2学年)における「生活科」、さらには幼稚園の教育、さらには中学校〜

高等学校の間においても追究されることが大切であるといえよう。

(3)内容と単元との区別

 さて、各学校で、一旦、カリキュラム表を作ったとすれば、次は、これらの内容を 学習指導するための具体的な活動、いわば「単元」(=子どもが営む問題解決活動の ひとまとまり)を開発することが大切になってくる。つまり、内容自体(例えば国際 理解)はいわば直接的に指導することはできず、単元(例えば「カレーライスづくり に挑戦しよう」)を通して間接的に指導する必要がある。

 ところが、中には、このように考えずに、カリキュラム表でいう内容と、そして具 体的な題材としての単元とが1対1対応するかのように考えて、単元開発に取り組む ケースがみられる。いわゆる・・・「で」教えるのではなく、・・・「を」教えると いうケースである。

 生活科を例にとってみると、例えば、子どもが動植物の飼育栽培を通して生き物を 大切にすることができる生活をしてほしいために、教科書にはよく「ザリガニ飼育」

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なる単元がある。この場合、誤解は、校区にザリガニがいようがいまいが、とにかく ザリガニ飼育をしないといけないというように考えるところから生じることになる。

「生き物を大切にする生活」という内容と、「ザリガニ飼育」という単元(問題解決の 活動)とが一体化して考えられているわけである。このため、もしザリガニが近所に いない学校となると、職員が総出で土・日返上で、ザリガニ採りに行くはめになる。

それもできないとなると、今度は魚屋さんか教材会社にザリガニを、と頼むことにな る。だから、また、全国どこに行ってもザリガニ飼育が取り組まれるといった画一化 現象が生じることにもなる。しかし、これでは困りものである。

 総合的な学習においても同様である。例えば、ある県の中学校へ出かけた時、そこ では、「福祉」の学習をするために「老人ホームに出かけよう」という単元に取り組 んでいた。ところがその授業を参観された中学校の先生が、帰りぎわに困った、困っ たと言っておられる。その理由を聞いたら、「私のところはここの中学校のように近 所に老人ホームがないから、バスをチャーターして行かなければならない。だから困 った、困った」といわれる。もし、こんなことになると、困るのは当の中学校のみな らず、老人ホームも、ということになりかねない。今日は何々小学校からの訪問、明 日は何々中学校からと、もうやめていただきたい、となりかねない。

 このようなため、私は、各学校で単元開発に取り組む際には、まず、内容と単元と は切り離して考えてほしいと思っている。一旦カリキュラム表を作成すると、それと は別に、今度は単元を自由に考えていく。このような姿勢が大切であると考えている。

 そして、その単元であるが、私は、子どもの実態や地域・学校の実態を踏まえなが らも、まずは、教師が子どもとぜひとも取り組んでみたいと思うような問題解決の活 動を考えてみることが大切であると考えている。例えば、自分の趣味をいかして天体 観測をしてみよう、飼育栽培活動に取り組んでみよう等、と。教師にその気がなくし ては、身にいった指導なり適切な支援は期待薄と思われるからである。

 なお、中学校においては、総合的な学習は、どうしても異教科教師の協同による授 業(interdisciplinary team teaching)にならざるを得ないと思われる。このため、まず は、教師が各人なりに、自由に、取り組んでみたい問題解決の活動=単元を考え、そ の後、教師間で話し合い、協同できる単元を互いに煮詰めていくという作業が不可欠 になってくると思われる。

 そして、単元の候補を考えたとすれば、その後に、はたしてこの単元によってどの ような内容の指導が可能になるかを決定していくことが大切になってくる。

 私がよく出かけるある小学校では、「カレーライスづくり」を通して国際理解の学 習に取り組んでいるが、考えてみれば、カレーライスづくりを通して福祉の勉強だっ て可能なことであろう。あるいは、国際理解は、何も「カレーライスづくり」のみで はなく、「(世界の)おもちゃ」(遊んだり、作ったりする活動)においても可能であ

ろう。

 このようなわけで、従来、得てして、内容から単元を、という流れを考えていたと

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するなら、今後はこの流れを変えて、まずは単元を、そしてそこから内容を考えてい くといった発想の転換が大切ではないかと思うのである。

(4)単元指導計画の作成

単元指導計画を作成する際、いくつかの留意点が考えられる。

 ①単元名の表記に関連して

 一つは、<単元名>の表記に関してであるが、単元名をみたら、そこでどのような 子どもの問題解決の活動が展開されることになるかが分かるように表記したいもので

ある。

 例えば生活科において、例えば「梅雨の頃」としたとする。すると、この単元名か らはどのような問題解決の活動が展開されるか、にわかには判断がつきかねることで あろう。ところが、ある学校では、梅雨の頃で子どもが外へ出て遊べないので、教室 で遊び道具を作って遊べるような活動を展開するということであれば、「おもちゃづ くり」とした方がわかりやすい。また、別の学校では、雨が降っても外に探検に出か けたいが、しかし、傘を持っては動きが取れないところこら、米袋かビニール袋とか で雨合羽を作って、それを着て外に出かけようとする。そこで単元名を「(梅雨に)

探検に出かけよう」と表記する。すると、いずれのケースとも、そこでどんな問題解 決の活動が展開されることになるかが明確になってくる。このように、単元という限 りは、そこで子どもの取り組むことになるであろう問題解決の活動の特質が分かるよ うに表記した、ものである。

 ②単元設定の理由に関連して

 単元指導計面をみると、次には、<単元設定の理由>として、子どもの実態及び指 導展開の構想が記述されている。あるいは、<子どもの実態>と<指導(展開)の構 想>を別々に記述し、両者で単元設定の理由を記述しようとする計画案もみられる。

このような場合、まず、下図をイメージして記述することが大切であるように思う。

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 すなわち、<子どもの実態>を記述する際には、まず、「小さな生き物を飼おう」

という単元によって、子どもがどんな生活をするようになってほしいか、その「内容」

から見た時の子どもの実態を書くことが大切であるといえよう。例えば、家でも虫は 飼っているのだが飼い方に工夫がなく、すぐに死なせてしまうとか、大きな虫は大事 にするが、小さな虫はそうではないといった実態を記述してほしいものである。とい うのも、このような実態にある子どもが、生き物に親しみをもち大切にする生活がで きるようになってほしいと願って、単元「小さな生き物を飼おう」の指導がなされる

からである。

 ところが、中には、子どもは素直だが積極性に欠けるといったような、どの単元で あっても、あるいはどの地域であっても適用可能なような子どもの実態が記述されて いる計画案がみられる。一考したいものである。

 次に、<指導(展開)の構想>においては、このような実態にある子どもに、どの ような問題解決の活動を通して、どのような生活のできる子どもに育ってほしいか、

その活動の展開の様子及びそこでポイントとすべき内容を記述したいものである。具 体的な単元は、子どもが国際理解なり福祉なりの、ある内容を身に付けた生活ができ

るようになることを願って指導展開されることになるからである。

 指導計画の作成において、以上のような<子どもの実態>→「単元」→<内容:望 ましい生活>という構造がくずれてくると、例えば、次のような授業が展開されかね ないことであろう。

 すなわち、ある学校でのことであるが、学校の近所に川があり、その川が汚れてい るものだから、「川をきれいにしよう」と考え、活動を始めた。1回目はオリエンテ ーション。そして2回目は全員で川に流れてくるゴミ拾い。それから、次は川を汚さ ないようにしましょうという看板作りから、その立てかけ。今度は、川の沿線への花 の植え付け。しかし、このように授業が進んだある時、子どもから「先生、くたびれ た、もう限界」ということになり、やむを得ず授業終了となったということである。

 もし、この場合、子どもが日常生活において、知らず知らずのうちに川を汚してい るとか、きれいにするという意識のない生活をしているとか、そういう実態から出発 すれば、問題解決の活動を通して、やがて、例えば、洗剤を使うにせよ、ある一定程 度以上になると効能は変わらないということを学習する。洗剤は増やせば増やすほど 洗濯物がきれいになるとは限らないことを学習する。あるいは、自分たちが何とはな しに捨てていた空缶が実は川汚しの一因になっていること等を学習する。すると、今 後は、シャツを着替えるにしても、洗濯は毎日ではなく、2日に1回するように心が ける。あるいは、空缶は捨てず、所定の場所に収めたり、あるいは一旦持ち帰り、ま

とめて処理する等、より望ましい生活の在り方が期待できるのではないだろうか。

 このようでなければ、授業は、子どもの生活とは離れたところで展開することにな り、ひいては先の失敗談のように、市議会などでも一生懸命対策を考え、実行してい るのだが、川は一向にきれいにならない、大人でも解消困難な課題をそのまま学校に

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持ち込み、子どもにも取り組ませているといったことになりかねないのではないだろ

うか。

 ③単元の目標に関連して

 さらには、<単元の目標>が記述される。その際、いったい目標をいくつ書くかは、

それこそ評価とも関連する大切なポイントとなると思われるのであるが、ここでは、

一応、現行の評価の4つの観点を掲げておきたい。

 ④展開計画(活動の流れ)に関連して

 先に、単元を通して、子どもがどのような「内容:望ましい生活」ができるように なってほしいかを決定することの大切さに言及したが、例えば「川をきれいにしよう」

で考えられたように、その問題解決の過程で、すなわち、川を汚さず環境にやさしい 生活の必要を学習する過程で、子どもはそれこそいろいろな具体的な知識なり技術等

(例えば、洗剤の種類や特質、缶の材料や腐食の原因や環境への影響など)を学ぶこ とになるであろう。教師からいえば、そのような知識・技術等を予め抽出しておくこ とが大切になるといえよう。

 学校によっては、このような具体的な知識・技術等(教科にみられるそれらも含め)

を抽出し、計画案の中に、例えば<学習内容>といった項目を設け、書き出す例がみ られる。大切なポイントの一つであるといえよう。

 しかし、中には、それ止まりとなり、このため、単元の<展開計画>(問題解決活 動の流れ)を書いたにせよ、この活動の流れのどこで、いつ、それらの知識・技術等 のどれを指導することになるか(いわゆる知の総合化)の計画が不明であるような指 導計面案にでくわすことがある。

 このようにならないためにも、<展開計画>には、「活動の流れ」欄とともに「支 援の手立て(方法及び内容)」欄、さらには「評価(計画)」欄を設け、とりわけ、

「支援の手立て(方法及び内容)」欄の中に、知の総合化に向けた計画を「活動の流れ」

に対応させながら記述するように留意したいものである。

参考文献

拙著  総合的な学習の理論・実践・評価 黎明書房 1998 拙編著 小学校総合的な学習の展開26例 大日本図書 1999 拙編著 中学校総合的な学習の展開23例 大日本図書 1999 拙著  ポートフォリオ評価法入門 明治図書 2000

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単元開発と指導計画の作成について

田所一男(香川県教育センター)

1.はじめに

 小・中学校においては、新しい教育課程への移行が平成12年度から始まる。今回、

新たに創設された総合的な学習の時間は、生きる力をはぐくむ教育を実現するのに極 めて重要な時問であり、各学校において特色ある教育活動が展開できる時間となって いる。また、この総合的な学習は、準備のできた学校や実施可能な学校において、移 行期間中から始めることができる。

 学校は、どのような準備を整えれば、総合的な学習を始めることができるのであろ うか。これには様々な考え方や手順・方法があろう。香川県教育センターにおいて、

平成10年度から「総合的な学習の在り方に関する研究」グループの一員として、実施 に移すための計画や準備等について調査研究をしてきた。ここでは、その概要を紹介

する。

2.総合的な学習の時間の計画

 これまで、各学校は教科、道徳、特別活動の3領域で教育課程を編成してきた。こ こに新しく、横断的・総合的な学習や児童生徒の興味・関心に基づく学習などを行う 総合的な学習の時間を加えて、教育課程を編成・実施することになった。

 総合的な学習の時問の創設、そのねらいはどこにあるのか。また、この時間を使っ て児童生徒にどのような力を付けるのか。さらに、学習の展開はどうあればよいのか 等々について、一人一人の教員が考え、組織としての共通理解や計画をしていかなけ れば、準備ができたことにはならないと考える。

 本教育センターでは、総合的な学習の時間の実施に向けた段階を、事前の準備をす る段階、計画の立案・実施に移す段階、次年度に向けて実践を検討する段階に分け、

それぞれの段階ですべきことについて考えた。

(1)単元開発にあたって

 総合的な学習の時間は、児童生徒が、自然や文化、地域社会の人々など、様々な対 象とかかわり、既有の知識や技能を大いに発揮しながら、自分の学習テーマを追究し ていくという、主体的、創造的な学習の時間であり、そのような児童生徒の活動に対

して、周りの人たちが支援をしようとする時間であると考える。

 そこでまず、総合的な学習の時問のねらいを確認したり、学年・学級の児童生徒に、

どのような力を身に付けさせるのかを考えたりする必要がある。また、児童生徒や学 校、地域の実態等を把握する必要もある。

 教育課程審議会の答申や学習指導要領に、ねらいとして、次の4点が示されている。

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○ 各学校の創意工夫を生かした横断的・総合的な学習や児童生徒の興味・関心  等に基づく学習などを通じて、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体  的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。

○ 情報の集め方、調べ方、まとめ方、報告や発表・討論の仕方などの学び方や  ものの考え方を身に付けること。

○ 問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育成すること。

○ 自己の生き方(在り方)を考えることができるようにすること。

 こうしたねらいに沿って活動を行うには、内容や時間の取り方についても、児童生 徒の実態に応じて工夫し、弾力的な運用が必要である。

①単元を開発する視点

 総合的な学習の単元開発にあたっては、様々な考え方や方法があると考える。しか し、この学習は今までになかった新しい試みであり、どこから手をつけていけばよい のか迷うところでもある。そこで、ねらいなどから考えると、学校や地域、児童生徒 の実態に応じたものを創ることが大切である。ここでは、既に単元開発に取り組んで いる学校の例も参考にしながら、これから単元開発に取り組もうとしてる学校や、計 画の見直しを行っている学校にとって参考となるように、開発のための視点について 述べてみたい。

ア 身近な地域から、総合的な学習を構想する

 児童生徒が生きていくために解決しなければならない課題は地域にある。例えば、

環境や福祉、健康・安全、暮らし、文化などにかかわる課題である。こうした課題に 対応することで、生きる力が身に付くのである。そのためには、身近な場所で体験的 な活動を展開することが重要であり、児童生徒は、何度となくこうした課題について 調査や取材を行ったり、自ら観察や実験を試みたりする活動を繰り返す必要がある。

また、このような活動を通してよりよく問題を解決することで、ものの見方や考え方 を身に付けたり、様々な人々とのかかわりを通して自己の生き方を見付けたりするこ ともできるようになるのである。

 地域に目を向けて、香川に共通する課題といえば「水不足」である。地域を歩いて みると、至る所に大小の古い「ため池」が目に付く。こうした「ため池」と「水不足」

の関係を様々な方法で探っていくと、先人の工夫した暮らしぶりや努力(香川用水の 完成など)の跡が見えてくる。しかし、生活スタイルが変化した今も、この課題は根 本的には解決できていない。香川に住む人々にとって大きな課題であり、みんなで生 活の在り方を考え、工夫していかなければならないことがわかる。また、調査を通し て、水不足という課題は、香川だけの課題ではないこともわかる。そこで、このよう な課題については横断的、総合的に扱うことができる。さらに、同じ課題を追究して

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いる近くの学校の児童生徒や、他県の児童生徒と情報交換することもできる。

 「水不足」以外にも、郷土文化としての「さぬきうどん」なども扱うことができる。

イ 児童生徒の興味・関心から、総合的な学習を構想する

 主体的、創造的な学習を展開するには、まず、児童生徒の立場に立った単元の開発 が必要である。そこで、児童生徒が興味・関心をもつ課題、例えば、将来の進路や職 業、社会事象、出来事などから構想する方法が考えられる。

 身近な出来事であれば、新聞記事や雑誌等を集めて、そのなかから情報を取り出す といった方法もある。最近だと、地震や火災に関するもの、ゴミ・環境汚染に関する ものなどがある。これらの課題は、児童生徒の普段の生活と深い関係があり、身近な ところからの実践が可能である。これらは横断的・総合的な内容を含み、児童生徒の 生活とつながりも深く、調べていくうちに次々と新しいことに気付いて興味・関心が 高まることもある。また、取りあげた課題について、大人たちも真剣に取り組んでい ることが分かって、ますます意欲をかき立てられる場合もある。いずれにせよ、自分 や周囲の人たち、社会とのかかわりがあることが重要な点である。

ウ 学校の特色ある活動から、総合的な学習を構想する

 学校の特色ある活動といっても、それは単に、他校で行われていない行事や活動だ けを指しているのではない。これまで、教科や選択教科、学校行事、学校裁量の時問 等で取り組んできたことのなかに、特色のある活動があるはずである。

 例えば、地域に関することであれば、ボランティア活動、田植えや稲刈りの体験、

川の探検、水辺の植物観察、蛍の飼育 などがある。また、進路や生き方に関 することであれば、自分史づくりや保 育所体験、職場見学、高校体験入学な

どがある。こうした行事や活動を見直

し、どのように生かすのかを検討する

ことも、総合的な学習を構想する一つ の方法と考える。

 今まではどちらかといえば、「体験不

足だからさせてみよう」「今の児童生徒には、このような体験がないからよい機会に なる」といった考えから、実践計画を構想していたと思われる。こうした考え方だけ では、時間がいくらあっても足りなくなる。社会が変われば、実践体験の機会が少な くなるものもある。また、新たに取り組まなければならないものが出てきて、経験不 足となる面も出てくる。それをすべて体験させることは、時間的に考えても不可能で

ある。

 そこで、総合的な学習の時間に、どのような課題を取り扱うのかを検討することが 大切である。これについては、学校教育目標や児童生徒像との関連から考える必要が

ある。

参照

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