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未発症保因者を含む HBOC の 医学的管理

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昭和学士会誌 第73巻 第6号〔506‑511頁,2013

特  集 遺伝性乳がん・卵巣がん

未発症保因者を含む HBOC の 医学的管理

昭和大学医学部外科学講座(乳腺外科学部門)

吉田 玲子

は じ め に

 近年がんの分野においても家族性腫瘍や生殖細胞 系に遺伝子の変異をもつ疾患が注目されつつある.

疾患と原因遺伝子の解明だけでなく,どのように患 者の拾い上げ(スクリーニング)を行うか,原因遺 伝子に応じた治療の個別化が可能か,発端者とその 家族を含む遺伝学的検査の簡便性と倫理的な問題,

未発症保因者へどのような医学的な介入を行うか,

等様々な問題の解決と対策が必要となってきた.遺 伝性疾患では,創始者効果による地域性が報告され ているものもあり,自国でのデータの集積や対策方 法などが必要とされることが多い.わが国におい て,遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の原 因遺伝子である BRCA1/2 変異陽性者は,70 歳ま での乳がん罹患リスクが 87 ~ 56%と一般(変異を 持たない)の乳がん罹患率 7%より 8 ~ 10 倍以上 高く,70 歳までの卵巣がん罹患リスクも 44 ~ 27%

と一般の卵巣がん罹患率 1.4%より非常に高いとい われており,欧米での HBOC 罹患率の報告と同程 度に認められる1).しかし,わが国では HBOC のカ ウンセリングや遺伝学的検査が保険適応ではなく,

発端者の場合 30 万程度の自己負担を要する事や,

未発症保因者のカウンセリング・検診費用(マンモ グラフィ・MRI など)・発症前対策(リスク低減手 術など)も保険適応外であることなどから,本疾患 に対する検診・診断・治療を含む医療体制の遅れに つながっている.

 本章では,遺伝性乳がん・卵巣がん症候群のう ち,未発症保因者を含む医学的管理を中心に,欧米 の報告と当院での診療について紹介する.

発端者・未発症保因者について

 発端者とは,がん既発症者で若年発症や家族性発 症などの背景があり,最初に遺伝性疾患の可能性が あると考えられ医療機関を受診した人を指す.発端 者の遺伝子に病的変異が認められ,その家系内の血 縁者でがん未発症者にも同じ病的変異が確認された 人が未発生保因者となる.HBOC は常染色体優性 遺伝形式であるので,第 1 度近親者(親,子)は遺 伝子を 1/2 共有し,第 2 度近親者(祖父,祖母,孫,

おじ,おば,おい,めい)では 1/4 共有する.変異 遺伝子はそれぞれ 50%,25%の可能性で伝わると 考えられる.図 1 は当科で遺伝カウンセリングを行 い,遺伝学的検査を施行した症例であるが,家族歴 のある側の親が未発生であっても 100%に近い可能 性で遺伝子変異を持つと考えられる.未発生保因者 はⅢ-2 ではあるが,点線内のすべての人が血縁者向 けの遺伝学的検査の対象となりうる.このように一 人の発端者に対し,多くの血縁者が未発症保因者の 候補となり得るため,今後 HBOC の認知度,遺伝 カウンセリングおよび遺伝学的検査の普及に伴い,

わが国でも未発生保因者のスクリーニングは重要な 課題となっていくと思われる.

HBOC医学的管理

 HBOC は,一般の乳がんより若年での発症や高浸 透率遺伝子変異であること,多発がんや重複がんの 可能性があることより,未発生保因者に対しても積 極的な検診・スクリーニングや予防が推奨されてい る.American Society of Clinical Oncology(ASCO)

では,1996 年より責任遺伝子が明らかになってい

(2)

る遺伝性の腫瘍についての取り扱いについて提唱さ れ て い る が,2010 年 の 提 唱 で は, 大 腸 が ん の MSH2・APC や甲状腺髄様がんの RET 遺伝子とと もに BRCA1 乳がんは高浸透率遺伝子変異に分類さ れ,マンモグラフィ・MRI スクリーニングとリス ク低減手術による介入が言及されている2).  HBOC に対する医学的管理について,NCCN の ガイドライン3)では男女別に検診・スクリーニング

検査方法,開始年齢,予防的手術,化学的予防等に ついて詳細に提示され,わが国でも参考にしている 施設が多い(表 1).ここでも触診やマンモグラフィ に加え,年 1 回の MRI が推奨されている.一般に,

乳がんの検出における乳房 MRI の感度は,マンモ グラフィや超音波検査よりも圧倒的に優れている.

しかし,造影剤の使用や費用の問題,検査の簡便性 などにより一般の乳がん検診では行われていない.

図 1

図 2

(3)

田   玲

欧米において HBOC を含む乳がんハイリスク症例 に対し,MRI 検診を推奨する報告を以下に 3 つ紹 介する.

 ① 2007 年の米国癌学会ガイドラインから,米国・

カナダ・イギリス・オランダ・ドイツ・イタリアの 計 52 施設からの 3818 例の乳がんハイリスク症例に 対する MRI スクリーニングについて報告された.

感度はマンモグラフィ・超音波・MRI の順に,そ れぞれ 16 ~ 40%,16 ~ 40%,77 ~ 100%であり,

特 異 度 は そ れ ぞ れ 93 ~ 99 %,91 ~ 96 %,81 ~ 90%で,MRI の感度が圧倒的に高い事が報告され た.その結果,乳がんハイリスク女性(① BRCA1/2 変異陽性者②乳がんまたは卵巣がんの家族歴が濃厚 な家系③乳がん生涯罹患リスクが 20%以上の者④ リンパ腫の胸壁照射の既往あり)ではルーチンのス クリーニング検査にマンモグラフィと MRI を推奨 すると提示されている4)

 ②ドイツの多施設共同研究である EVA trial で は,687 人のハイリスク症例を対象にマンモグラ フィ,超音波,MRI の年 1 回スクリーニング検査

(1679 回)を施行し,さらに 371 人に半年ごとの超 音波を追加した研究で,MRI よりも簡便でかつコ ストの低い超音波は,本当に MRI の代わりになら ないか,という疑問について述べている5).結果

は,最も診断率の高い組み合わせは MRI とマンモ グラフィで,感度 100%であった.MRI 単独の感度 は 92.6%で,MRI +超音波の組み合わせでも同様 であった.マンモグラフィ単独,超音波単独,マン モグラフィ+超音波の組み合わせた感度はいずれも 低いものであった(図 3,4).

 ③ BRCA1/2 変異陽性者の早期乳がん発見に MRI が有効であるとの報告もされている.BRCA1/2 変 異陽性者 1275 人を対象に,スクリーニング検査に MRI を用いたものが 445 人でこのうち 41 人(9.2%)

に乳がんが発症していた.一方 MRI を用いていな いスクリーニングを行っていた 830 人の対照群にも 76 人(9.2%)に乳がんが発症していた.乳がんの 進行度別にみると,stage 0 ~Ⅰでは MRI を用いた スクリーニングを行っていたものが有意に多く,

srage Ⅱ~Ⅲでは有意差が認められなかった.がん のタイプ別にハザード比をみると,非浸潤乳管 1.71,浸潤性乳管がん 0.79,リンパ節転移陰性浸潤 がん(2 cm 以下)1.33,リンパ節転移陽性または浸 潤径 2 cm 以上の進行がん 0.30 であった.MRI スク リーニングは早期乳がんに寄与する可能性が示唆さ れた6)

 これらの報告より,欧米では未発生保因者を含む スクリーニング検査に MRI を導入することを推奨

表 1 NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology

Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, version 1, 2012 HBOC Syndrome Management(一部抜粋)

(女性)

・乳房自己検診の訓練と教育(18 歳から)

・ 6 ~ 12 か月毎の医療機関での問診・視触診(25 歳から)

・年 1 回のマンモグラフィおよび乳房 MRI スクリーニング(25 歳から,または家系で最も早い発 症年齢)

・リスク低減乳房切除術の選択肢について助言

・リスク低減卵巣卵管摘出術について推奨

・リスク低減卵巣卵管摘出術を選択しない場合,6 か月毎の同時経腟超音波検査+CA-125 測定の 考慮(30 歳,または家系で卵巣がんの最も早い初回診断年齢の 5 ~ 10 年前から)

・乳がんや卵巣がんへの化学的予防の検討

・可能であれば,画像・スクリーニングの臨床研究の検討

(男性)

・乳房自己検診と教育(35 歳から)

・6 ~ 12 か月毎の医療機関での問診・視触診(35 歳から)

・40 歳でベースラインのマンモグラフィを考慮

・前立腺がんのスクリーニングガイドラインを厳守すること

(4)

している.わが国では乳がんハイリスク症例に対す る MRI スクリーニングについて,2012 年 5 月に「乳 がん MRI スクリーニングに関するガイドライン」8)

が日本乳癌検診学会より発表され,適切な撮像法,

画像診断技術,MRI スクリーニングの検証などの 指針が述べられており現在少しずつ環境が整いつつ

ある.しかし,造影剤の使用のリスクや費用の問 題,MRI ガイド下生検(自費診療)を行える施設 が限られていること,欧米人に比べ乳腺組織の薄い 日本人にも当てはまるかについての明確な報告はま だなく,わが国における HBOC のスクリーニング についてのデータの蓄積と報告が待たれる.

図 3

図 4 1,000 ラウンドのスクリーニングに対する乳がんの診断率

(5)

田   玲

 また一方で,BRCA1/2 変異陽性者の診断用放射 線曝露による乳がんリスク増加についての後ろ向き コホート研究 GENE-RAD-RISK 試験が 2012 年に発 表された.2006 ~ 2009 年にフランス,英国,オラン ダで行われた 3 つの試験「GENEPSO」「EMBRACE」

「HEBON」に参加した女性 1,993 例を対象とし,主 要評価項目は,Cox 比例ハザードモデルで推定した 乳がんリスクで,個々の乳がん発生までの時間によ る推定,公表値に基づく推定照射線量による推定,

自己報告に基づく放射線検査の回数に基づいて算出 している.結果は 30 歳前に放射線検査を受けた

BRCA1/2 変異陽性者は,乳がんリスクが 1.9 倍,

30 歳以前のマンモグラフィ既往も,1.43 倍であり,

リスクは照射線量に依存する結果であった7).現時 点では 25 歳より年 1 回のマンモグラフィを推奨し ているが,今後マンモグラフィによるスクリーニン グについても,対象となる年齢の見直し等が必要と なってくるかもしれない.

わが国の現状と当院の報告

 欧米に比べ HBOC の診療体制に後れをとってい たアジアであったが,韓国では 2007 年 5 月より KOHBRAstudy が韓国乳癌学会の指導のもと多施 設共同研究にて行われている.研究は国費でまかな われ,35 施設が参加し,2010 年 5 月までの 3 年間 で 2250 人が参加した9).韓国における HBOC デー タベースの確率,変異率,創始者変異遺伝子の同定 を行い,現在 KOHBRAstudy2 による研究が行われ ている.わが国では,韓国より少し遅れ 2010 年 7 月に中村を班長とする日本乳癌学会班研究「わが国 における遺伝性乳がん・卵巣がん(BRCA 陽性患 者)および未発症陽性者への対策に関する研究」が 行われ,わが国での HBOC(未発生保因者を含む)

図 6 図 5 80 人 69 家系の BRCA 遺伝学的検査結果

遺伝学的検査実施時年齢:23~74 歳(中央値 44,平均値 46.5)

実施理由:発端者 68 人,発端者家族 12 人

(6)

カウンセリング・診療・検診体制の調査と討議,

保険適応を視野に入れた先進医療の計画,日本人 データベースの構築等を行った.現在この研究は HBOCnet (http://hbocnet.com/index.html) に引き 継がれ,当院はその中心的な役割を担っている.

 2010 年 6 月 当 院 ブ レ ス ト セ ン タ ー 開 設 以 来,

2013 年 3 月までに 80 人 69 家系の BRCA 遺伝学的 検査を施行している.検査実施時年齢は 23 ~ 74 歳

(中央値 44 歳)であり,発端者が 68 人,発端者家 族が 12 人であった.検査の結果陽性者は BRCA1 変異陽性が 21 人,BRCA2 変異陽性が 4 人で,こ のうち未発症保因者(発端者家族)は 6 人で全て BRCA1 変異陽性群であった.4 人が発端者の妹で あり年齢は 30 代から 40 代であった.1 人は発端者 の父親(70 代)で,もう 1 人は発端者の弟(40 代)

であった.未発生保因者に対し十分なカウンセリン グの元,NCCN ガイドラインを参考とした積極的 な検診を推奨している.しかし,診療・検査ともに 自己負担であり,検診コンプライアンスを維持する のが課題となっている.当院ではこのような未発生 保因者に対し,専門外来として遺伝性乳がん外来

(仮名称)を設立し,パンフレット(案)を作成(図 6)し来院を促すことを検討している.

 わが国での HBOC に対する取り組みはまだ始 まって間もないが,当院は今後も,患者への正しい 情報提供(カウンセリング),家族歴 update を含 むデータベースの蓄積,検診機関を含む各医療従事 者との協力体制の確立と啓蒙活動,MRI 検診を含 む保険診療の導入,手術・薬物療法の個別化治療の 開発,そして未発生保因者を含むスクリーニング体 制の整備を行い,わが国の HBOC 診療の更なる向 上に貢献していく予定である.

1) 中村清吾編著.遺伝性乳がん・卵巣がんの基礎 と臨床.東京: 篠原出版新社; 2012.

2) Robson ME, Storm CD, Weitzel J, et al. Ameri- can Society of Clinical Oncolgy policy state- ment update: genetic and genomic testing for cancer susceptibility. J Clin Oncol. 2010;28:893︲

901.

3) National Comprehensive Cancer Network.

NCCN clinical practice guidelines in oncology,  genetic/familial high-risk assessment : breast and ovarian, version 4, 2013 HBOC syndrome management. (accessed 2014 Feb 13)http://

www.nccn.org/professionals/physician_

gls/pdf/genetics_screening.pdf

4) Saslow D, Boetes C, Burke W, et al. American Cancer Society guidelines for breast screening with MRI as an adjunct to mammography. CA Cancer J Clin. 2007;57:75︲89.

5) Kuhl C, Weigel S, Schrading S, et al. Prospec- tive multicenter cohort study to refine man- agement recommendations for women at ele- vated familial risk of breast cancer: the EVA trial. J Clin Oncol. 2010;28:1450︲1457.

6) Warner E, Hill K, Causer P, et al. Prospective study of breast cancer incidence in women with a BRCA1 or BRCA2 mutation under sur- veillance with and without magnetic resonance imaging. J Clin Oncol. 2011;29:1664︲1669.

7) Pijpe A, Andrieu N, Easton DF, et al. Exposure to diagnostic radiation and risk of breast can- cer among carriers of BRCA1/2 mutations: ret- rospective cohort study (GENE-RAD-RISK).

BMJ (Internet). 2012;345:e5660. (accessed 2014 Feb 13)http://www.bmj.com/content/345/

bmj.e5660.pdf%2Bhtml

8) 日本乳癌検診学会乳癌 MRI 健診検討委員会編.

乳がん発症ハイリスクグループに対する乳房 MRI スクリーニングに関するガイドライン ver.

1.0.東京: 日本乳癌検診学会; 2012.

9) Son BH, Ahn SH, Kim SW, et al. Prevalence of BRCA1 and BRCA2 mutations in non-familial breast cancer patients with high risks in Ko- rea : the Korean Hereditary Breast Cancer

(KOHBRA) Study. Breast Cancer Res Treat.

2012;133:1143︲1152.

参照

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