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目 次 1 緒 = 緒言 1 2 調査方法 結果と考察.. 3 1) 水産増殖の立場からみた奥多摩湖の環境.. 3 2) 水族の移殖記録 14 3) 出現水族の -- 覧 15 4) 出現水族各種の記載 17 5) ) 水産増殖のための今後の課題 摘要.. 30

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(1)

東水試出版物通刊No.309 調査研究要報No.157

奥多摩湖水産増殖対策調査報告書

「'

した奥多摩湖の魚類相についてI

移殖魚を中心と

n 反、

昭和57年3月

東京都水産試験場

東水試出版物週刊No.309

調査研究要報No.157

(2)

1緒=………・………・…………・………・…・……・……… 2調査方法…..………・…・………・…………・…・………・・ 3結果と考察………・…………・………・…・……..……… 1)水産増殖の立場からみた奥多摩湖の環境・…..………・………・……・……… 2)水族の移殖記録……・…………・…・………・…・………・……… 3)出現水族の--覧…………・…………・…・…………・………・…・……… 4)出現水族各種の記載………・………・……・……… 5)水産増殖のための今後の課題………..……..……・……… 緒言………・………・…………・………・…・………・……1 調査方法…..………・…・………・…………・…・………・・2 結果と考察………・…………・………・…・……..………3 水産増殖の立場からみた奥多摩湖の環境・…..………・………・……・………3 水族の移殖記録……・…………・…・………・…・………・………14 出現水族の--覧…………・…………・…・…………・………・…・………15 出現水族各種の記載………・………・……・………17 )水産増殖のための今後の課題………..…………・……・………・………29 摘要………・……・………・………..…・………30 参考文献………..……・…………・…・…・………31 図版…………・………・………・………33 456 調査実施機関 とりまとめ担当者 東京都水産試験場奥多摩分場

加藤憲司1).加々美順三2)

1)東京都水産試験場奥多摩分場2)東京水産大学学生

(3)

奥多摩湖水産増殖事業および効果調査担当者 担当年代 1957~1964年 氏 茂、山峯 進一、坪川 茂、伊藤 智、三木 義武、清水 哲夫、田中 義武、斉藤 衛、加藤 一彦、飯村 貞夫、池谷

名一智彪一選糀湘一肌潔弘

納渤|加州鵬一調鵬桝砺佃

桝小山田飯西井工三 内林峯中村村上藤田 、、、、、、、、、 達一一茂誠一滴実司男夫 慎 進米 憲利文

映鮒一川原

糀湘一彪淑

1965~1974年 原武史 斉藤実 山川正巳 青柳キヌエ 1975~1981年 、

(4)

1緒

ロ 奥多摩湖(小河内貯水池)においては、湛水開始後左もない1957年10月に、魚類の放流を中心 とした水産増殖事業とその効果に関する調査が東京都水産試験場(以下「都水試」と略記)によって はじめられ、これらの事業および調査は以後現在まで継続されている。このうち水産増殖事業につい ては、その後1963年の地元住民と、本湖を管理する東京都水道局との協定の締結にともない、1964 年以降は都水試が同水道局の委託を受けて実施している。そしてこれら水産増殖事業およびその効果 に関する調査は、本湖周辺における地域振興を目的としておこなわれてきた。 奥多摩湖に関する水産関係の研究報告としては、湛水当初の1958~60年の3年間の生物相(魚 類およびプランクトン)をまとめた、東京都水産試験場(1963)の「奥多摩湖水産増殖対策調査報 告書」がある。しかし同報告書の発干|l以後は調査の規模も徐々に縮小され、最近では年間1~2回の 刺網などによる漁獲調査が、内水面生息環境調査事業の一環として、都水試奥多摩分場によっておこな われているにすぎたい。そしてこれら1961年以降の調査結果については、その概要が「東京都水産 試験場事業報告」に毎年報告されてきた。 本報告は、1961年以降の調査資料の詳細を時系列に従って整理し、後続の調査・研究に役立たせ ることを主な目的とした。従ってとりまとめにあたっては、資料としての正確性を期するよう努めた。 本湖の調査は、湛水直後の1958年から1969年までを、都水試技術部淡水研究室がおこない、 1970年以降については、同奥多摩分場が担当してきたものである。この間担当部所の移動などに際 して逸失した資料もあり、残念ながら今回全調査結果の完全な網羅はできなかったが、おおかたの目 的は達しえたものと考える。 本報告が今後の奥多摩湖水産増殖事業をその本来の目的に沿って有効に推進するための参考になる ことを願うものである。 なお、調査の実施および資料のとりまとめにあたっては、設置した漁具の監視をはじめ、資料の貸 与などについて東京都水道局小河内貯水池管理事務所の各位に負うところが大きく、ここにこれら の方々に深甚の謝意を表するものである。 また、本報告は資料の分量か多いため、水族の移殖記録・調査記録をどの資料については、これを 「資料編」として別途分冊千I行することとした。

。 -1-

(5)

2調査方法

本報告では、都水試による奥多摩湖漁獲調査の記録を中心に水族の移殖記録、水産増殖の立場か

らみた本湖の環境について以下に記した諸資料を調査しとりまとめをおこなった。また、湛水以前の

本湖付近の魚類相などについては聞き取り調査をおこない、資料に欠落している情報を補った。

これらのうち漁獲調査および水族の移殖記録については、都水試奥多摩分場に保存されている未

公刊資料を主体に調査し、本湖における出現水族を年次別に記録した。但し1961~65年の5年間

については漁獲調査記録が逸失しているため、この間の状況については、当時の断片的な情報から明

らかにできる範囲内での記録をおこたった。

これらの漁獲調査はほとんど毎年8~9月に実施され、その要領は別表1*に、調査地点は図1に

示した。

同調査における使用漁具は、三枚刺網(目合は4,6,13,20の各節で、いずれも長さ30112、

小河内ダム鰯

卜袖 蜂 谷 峰 後 谷 山 川 鱗iii 9 留浦浮橋留浦浮橋留浦浮橋 多摩川多摩川 88 丹波 丹波 4心 机巴肝●訓旅P⑭〆の四 水久保沢

((

麦山浮 蛇 沢 橋 岫沢

篭iiiFl1ii

5,iIcmoPr●

、 Tohyo Bqy u-..0 03km 図1奥多摩湖における各調査地点

湖中の番号は東京都水道局の水質観測定点で、1ダム前、2熱海、

3湯場、4河内、5麦山、6深山、7留浦、8所畑、

9お祭を示す。 *資料編として別途刊行する。 -2-

(6)

丈約2m)およびピンドウ(透明プラスチック製、直径12cm、長さ24cm)であり、各調査時にお

ける漁具の設置方法を、明らかなものについては、別図1-1~15*および別図2-1~10*

に示した。 漁具は、浮子をつけたロープあるいは渡湖用のドラムカンの浮橋(麦山と留浦の2地点に架設)か ら水深を定めて垂下設置した。ピンドウは原則として各水深に2個ずつ設置し、その中には寄せ餌と してマス飼料用ペレット、カイコサナギの粉末などを入れて投入した。漁具の投入は通常午後におこ ない、翌日の午前中にこれを引き揚げ漁獲した。但し1981年1月26~30日の漁獲調査のみは、 設置の翌々日に引き揚げ、漁獲した。採集物は、漁具から外したあと、現場で市販ホルマリンの10 倍希釈液で固定するか、あるいは氷冷して実験室にもちかえり、種の査定および魚体の測定をおこた った。 これらの漁獲調査以外の方法で採集されたり、釣り人の漁獲などから生息の確認をとったような場 合には、各水族の記載の項でその旨を記した。 一方、本湖の理化学的性状およびプランクトン相などについては、東京都水道局による経年の詳細 な調査が、「小河内貯水池管理年報」、「小河内貯水池管理報告」にまとめられているので、今回は 水産増殖上特に係りの大きい水位、水質をとの環境要因についてこれらの報告書の一部を引用させて いただき、これに漁獲調査時に得られた資料などを加えとりまとめた。 ●

3結果と考察

1)水産増殖の立場からみた奥多摩湖の環境 (1)概況 奥多摩湖は、1957年に東京都西多摩郡奥多摩町原地先の多摩川本流を'」、河内ダムによっ てせき止めてできた、満水面積4.25kmPの多目的ダム湖(水道、発電、水量調節など)である。 本湖は山間部のV字型渓谷に湛水されたため(満水面の標高は海抜526.5m)、旧支流が入 り江となり、湖岸線は複雑な様相を呈している(図1)。また、湖盆および湖岸の傾斜も急峻 なところが多い。 最大水深は1425mでダムサイト゛にあり、上流部にいくに従って浅くなる。平均水深は 44.5mである。 *資料編として別途刊行する。 -3-

(7)

本湖に流入する主な河)||は、山梨県内で丹波川(たばがわ)と呼ばれている多摩川本流をは じめとして、小菅川(こすげかわ)、後山川(うしろや注かわ)、峰谷川(みれたにかわ)、 小袖川(こそでがわ)、岫沢(くきぎわ)、蛇沢(ヘびさわ)、水久保沢(みず〈ぼさわ)な どがある。 本湖は東京都の西端に位置し、その大部分は、東京都西多摩郡奥多摩町に属するが、満水時 の湖面の一部(丹波川および'」、菅川の流入部)は山梨県北都留郡の丹波山村および同,」、菅村に 属する。 本湖は森林地帯に湛水したため、湛水後かなりの期間、湖盆には水没した樹林が林立してい たが、これらの枯れ木も1970年頃までにはほとんどが腐朽消失している。また、本湖には水 生顕花植物(いわゆる水草)は全くみられない。 ① (2)水位 1959年から現在までの水位の変化を図2に示した。 本湖の水位は、1957年6月に湛水か開始されて以来、当初は、1958年および1962~ 64年など何度かの極端な減水をみた。これは、当時の東京都の上水道水源を主として多摩川 水系に依存していたためで、降水量の少ない年には湖への流入量が需要量を満たさず、水位の 低下がみられたものである。 この後1965年以降は、都内の上水道水源が主として利根川水系に移ったため、本湖ではこ のような極端な減水はなくなった。しかし、1967,71,73,78の各年のように関東地方 全体の降水量が少ない年には水位はかたり低下している。 (3)水質 1968~72年のダムサイト゛における表面水の水質を表1に示した。 表面水温はおおむね、冬季の最低水温6℃から夏季の最高水温26℃の間で推移する。 1974~78年のダムサイト゛における表面水の月別の水温変化を図3に示した。また1980年 1~12月の丹波川流入部からダムサイト・に至る毎月の水温縦断観測の結果を図4-1~12 に示した。 -4-

(8)

00000000000 0987654321 1 J 水 位 、 く 596061626364656667686970717273747576777879㈹ ⑨ 図2奥多摩湖における1959~79年の水位の変化 25 水20 温 15 に) 10 5 123456789101112(月) 図3奥多摩湖ダムサイト゛における表面水温の 月別の変化 1974~78年の平均値とその範囲を示した。 -5-

(9)

表1奥多摩湖表面(ダム前定点*)の水質

(「小河内貯水池管理報告」より転載) 年 / 77 項目 25.4 -2.1 12.8 8.1 0.8 4.6 26.4 6.5 15.5 14.1 0.5 1.5 86 6.9 7.5 67.5 57.5 64.0 2.8 13 1.8 23.8 20.4 21.9 2.3 0.O O5 L9 0.0 0.5 10.97 7.42 8.95 115.0 81.8 97.7 温 気 13.4 13.5 13.1 (℃) 0.4 1.6 0.3 0.3 0.5 透明度 (m) 3.6 3.1 2.9 水 温 (。c) 47.2 18.8 7.4 19.8 1.2 0.6 度 燭 ● (度) 89 9.1 8.9 9.6 8.9 9.4 9.1 値 pH 57.5 59.5 導電率 (’9/c'兜) 68.0 64.4 3.1 3.4 3.8 3.2 9.7 5.1 3.5 過マンガン酸 カリウム消費量 (叩/’) 2.7 1.9 1.9 1.9 2.2 2.0 20 Mアルカリ度 (岬/必) 21.4 21.3 4.3 5.8 3.8 〃 7.310.95.210.9 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 Pアルカリ度 (〃/必) 2.6 2.9 1.9 度 酸 (1)zWz) 10.98 11.46 10.90 11.04 溶存酸素 (叩/’) 9.16 9.08 8.92 120.2 酸素飽和百分率 (%) *ダムサイドにある東京都水道局の観測定点 -6-

(10)

表1(続き) 年 / 77 項目 1.04 1.21 1.17 LO1 LO7 0.40 0.15 0.24 0.004 0.000 0002 0.00 0.00 0.00 0.018 0.005 0.009 0.013 0.001 0.005 0.02 0.00 0.00 0.02 0.00 0.01 56.1 1.5 21.8 93.9 0.3 18.3 0.90 塩素イオン (jlzy/必) 硝酸性窒素 (叩/‘) 0.005 亜硝酸性窒素 (叩/’) 0.003 0.00 0.04 0.01 アンモニア性窒素 (〃/必) P 総リン (叩/’) 0.011 0.011 0.00 0.000 0.005 0.005 0.007 0.018 0.007 0.001 リン酸イオン (〃/必) 溶存鉄 (〃/必) 0.07 0.05 0.05 溶存マンガン (〃/㎡) 802 85.2 106.5 49.3 121.9 クロロフィルa量 (、my/㎡) ネットプランクトン 沈でん量 ('、'/〃) 524 1.4 137 181 -7-

(11)

皮 深 留 Biお 陽 熱 河 ダム 2345678901 11 J 水 深 、 く 0 0 ⑨

図4-11980年の奥多摩湖水温縦断観測結果

水温の単位は℃(以下同様)

(図4-1~12は東京都水道局の資料より転写)

留 所よ・ 麦 深 熟 湯 河 ダム 000000000000 12345678901 11 J 水 深 、 く 図4-21980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 -8-

(12)

けl L. 度 深 葡 河 熱 i(脇 ダム 234567890 1 J 深 而 水 く 11 図4-31980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 留浦 け灯 -Ⅱ ルグ刀■α《か、 友山 深 山 河内 熱海 揚揚 ダム前 2345678901 11 J 水 深 加 く 淵査日:4月281コ

図4-41980年の奥多摩湖水温縦断観測結果

-9-

(13)

)川 上、 笛 深 友 河 陽 黙 夕。 klll

I7ニーーーニ生==二

一一

場 海 前 0 00000000000 123456789O1 P l1 P 0 J 水澱、 く ア 6 調査日85月23口 図4-51980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 留 BITお 麦 深 河 湯 熱 夕 浦

畑 遷示 山 内 、一 山 場 海 前 ・--15 13- 11 00 2345678901 11 J 水 深 、 I , 0’ -7 6 0 6 調査日:6月27日 図4-61980年の奥多摩水温縦断観測結果 -10-

(14)

ノリ【 上. 深 笛 河 熱 陽 ダム 友 2345678901 11 J 水深 而 く 〆 図4-71980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 麦山 留浦 所畑 熱海 湯場 河内 深山 お錘示 ダム前 000000000000 12345678901 1- J 水 深 、 “し ---- ̄-=一一== フ〆 アシ 図4-81980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 -11-

(15)

〃「お 旨 深 友 河 湯 熱 ダ ムユ別 祭 畑 浦 山 山 内 場 海 :PC

I, ● 15 水深 、 17 13 = 45678901 13 -12 -11. 10- ? 9 『】〃鋤

調査鍼:…5日

日 □■ 11 . 図4-91980年の奥多摩水温縦断観測結果 留 HITお 深 麦 河 熱 陽 夕゛ ム前 畑祭 浦 山 山 函 場 海

P O■ 2345678901 11 J 水深m く 17 0回 巳 16 U■ 15 11句

三三

凶 13 p■ 12 「、 丙。II Lノー O犀I 調査曰:10月28日 O弓 ト 0国 図4-101980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 -12-

(16)

留 所ぉ 探 友 河 熱 湯 ター 畑 浦 祭

''1 内 山 場 海 前 lC j 水深い 13 30 4C 12 凶 000000 678901 13 調査日:11月28日 ア 11 図4-111980年の奥多摩湖水温縦断観測結果 土. 麦 深 留 H1[ 熱 湯 河 ダム 2345678901 11 1 水 深 、 ! 図4-121980年の奥多摩水温縦断観測結果 -13-

(17)

水位㈲ |)

図5奥多摩湖ダムサイト゛における1980年の溶存酸素濃度(単位ppm)の

月別の変化 (東京都水道局の資料より転写) 本湖における水温の季節変化は年によって若干の変動かあるが、おおむね次のような経過を たどる。 1~2月の気温の低い時期は、表面で冷却された水力x深層へ沈下し対流を生じ、表層から深 層までがほぼ等水温となる完全循環期であるが、その後3~5月には気温の上昇にともない、 上層に成層を生じる半停滞期となり、夏季(6~8月)の完全停滞期へと移行する。9~12

月は気温の降下にともない、表層水温が低下し、深層へ沈下して対流を生じる半循環期となる。

溶存酸素も上述の水温変化と同様に湖水の循環の影響を受け、2~3月には深層まで高い 濃度で均一状態となるが、成層の形成にともない底層の溶存酸素は減少する。1980年1~12 月のダムサイドにおける溶存酸素の変化を図5に示した。 また、本湖は栄養塩の濃度などから貧栄養型の湖であるといえる。 2)水族の移殖記録 奥多摩湖には水産増殖の目的で、現在までに次の14種の水族が移殖されている。このうち魚類 は、ヒメマス・ヤマメ(サクラマス)・アマゴ・ニジマス・アユ・ワカサギ・ホンモロコ・ヒガ イ・ソウギョ・レンギョ・フナ・コイの12種で、この他にスジエピおよびテナガエピの2種の エビ類が移殖されている。これら各種の移殖年については表2に、その数量・由来などについて

は別表2*に示した。なお、いわゆるレンギョについては、コクレンとハクレンの2種が移殖さ

*資料編として別途千II行する。 -14-

(18)

れた可能性があるが、これらは移殖に際して区別されていたいので、あわせてレンギョ1種と

して扱った。 3)出現水族の一覧

1957年の湛水の前後より1981年までの間に奥多摩湖およびその周辺の流入河川で出現が確

認された魚種(移殖種を含む)を、中村(1979)に従って査定した結果、以下の11科26属29

種が記録された。但しスナヤツメ・ウナギ・アマゴ・カジカの4種については聞き取り調査によ

る確認であり、魚体についての調査はおこたっていない。また、フナについては亜種の区別をお

こなわなかった。 ヤツメウナギ科PETROMYZONIDAE

(1)スナヤツメLampetramitsukurii(Hatta)

ウナギ科ANGUILLIDAE AnguillajaponicaTemmincketSchlegel (2)ウナギ サケ科SALMONIDAE Oncorhynchusnerka(Walbaum) (3)ヒメマス (4)ヤマメ(サクラマス) (5)アマゴ (6)ニジマス (7)イワナ Oncorhynchusmasou(Brevoort) OncorhynchusrhodurusJordanetMcGregor Salmogairdneri Richardson (Hilgendorf) Salvelinuspluvius アユ科PLECOGLOSSIDAE PlecoglossusaltivelisTemmincketSchlegel (8)アユ キュウリウオ科OSMERIDAE HypomesustranspacificusnipponensisMcAllister (9)ワカサギ コイ科CYPRINIDAE Gnathopogonelongatuscaerulescens (Sauvage) (1のホンモロコ -15-

(19)

Sarocheilichthysvariegatus(TemmincketSchlegel) ハョワ ン

ィラゴイラギカ,レ

ーフ

ガゼックプウイスクナイピ

ヒゼモウアソオ(〈フコ夕

⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲⑳⑪⑫

Biwiazezera(Ishikawa) Pseudorasboraparva(TemmincketSchlegel)

Tribolodonhakonensis(G1inther)

アプラハヤMorocosteindachneri(Sauvage) Ctenopharyngodonidellus(CuvieretValenciennes) (TemmincketSchlegel) Zaccoplatypus Opsariichthysuncirostris(TemmincketSchlegel) Hypophthalmichthysmolitrix(CuvieretValenciennes) Carassiusauratus TemmincketSchlegel Cyprinuscarpio Linnaeus Acheilognathustabira JordanetThompson ドジョウ科COBITIDAE (23)スジシマドジヨウCObitistaeniastriataOkadaetlkeda ギギ科BAGRmAE Pseudobagrusaurantiacus(TemmincketSchlegel) (24)ギパチ カジカ科COTTIDAE ●●

(25)カジカCottuspolluxGunther

(26)ウツセミカジカCottusreini(Hilgendorf) サンフィッシュ科CENTRARCHIDAE

(27)オオクチパスMicropterussalmoides(Lac6p6de)

ハゼ科GOBIIDAE

(28)ヨシノポリRhinogobiusbrunneus(TemmincketSchlegel)

(29)ウキゴリ Chaenogobiusannularis Gill -16-

(20)

エビ類は、上田(1970)に従って査定した結果、スジエピPalaemonpaucidensde Haanl種のみが出現し、テナガエピMacrobrachiumnipponense(deHaan)は 確認されなかった。この結果、今回の調査で記録された水族は魚類29種、エビ類2種の合計 31種であった。 これらのうちスナヤツメ・ウナギ・アマゴ・イワナ・ヒガイ・アプラハヤの6種を除く他の25 種が1981年現在、都水試奥多摩分場の標本庫に整理保存されている。 これらの各種水族の湛水前後から1981年までの年次別の出現状況を表2に示した。

都水試がおこたった1971年以降の漁獲調査における各水族の採集状況を別表3-1~13*

に、また、1967年以降の同漁獲調査における水深別の採集個体数を別表4-1~16*に示し

た。 4)出現水族各種の記載

上記の各種の水族について、奥多摩湖におけるその由来、生態、利用などについて以下に記載

する。 (1)スナヤツメ

本種が湛水以前の多摩川本流に生息していたことは確実であり、東京都水道局′」、河内貯水

池管理事務所(以後は「貯水池管理事務所」と略記)の小峰明氏(昭和12年に奥多摩町原に

生まれ、以後現在まで当地に在住)は、湛水以前に「ヤツメウナギ」を現在の熱海地先の多摩

川本流(図1)で採集したことがあるという。多摩)||水系に生息するヤツメウナギ科魚類はス

ナヤツメ1種のみが知られ、本種は現在でも、青梅市御岳付近の多摩川本流で採集されること

から、上記の小峰氏の採集した個体もスナヤツメであると,思われる。 本種はその後奥多摩湖内では生息が確認されていない。 (2)ウナギ

湛水以前より本湖湛水域付近の多摩川に生息していた魚種で、湛水後も数年間は本湖の流入

河川で全長M、近い大型個体が採集されたという。また、小河内ダム下にある水褥池でも、ダ

ムから流下した個体が採集された記録があるという。しかし、それ以後本種は本湖内では確認

されていない。 *資料編として別途刊行する。 -17-

(21)

表2奥多摩湖における水族の出現記録

○は聞き取りによる確認を、●は魚体による確認を、■は放流を名と示す。

(22)

表2(続き)

l葱

*1971,73の両年には、降海型サクラマスの稚魚も放流されている(別表1参照)。 **1981年に採集されたもののみハクレンと査定されている。

(23)

(3)ヒメマス

1959,61,64年の3回にわたって山梨県本栖湖などから移殖した稚魚が放流されている

が、放流後本種が確認された例はたく、生残も、再生産もなかったものと思われる。

(4)ヤマメ(サクラマス)

本種は湛水以前より、本湖湛水域付近の多摩川本流およびその支流に生息しており、現在

でも本湖の各流入河川では再生産がおこなわれている。これらの流入河川に生J息する個体は、

終生体側にパールマークを有するが、本湖内で採集される多くの個体では、体色が銀白色化し、

ハールマークが消失して体型は大型(全長40~65cm、体重1~4町)である。これらの個

体は体側の朱点を欠くことから、ごく近縁のアマゴとは区別され、北日本でみられる本種の降

海型であるサクラマスの特徴を示す(図版LA.B)ので、サクラマスと呼ぶことが適当で

あろう。

本湖には1969年以降毎年20,000尾程度の都水試奥多摩分場で生産したヤマメ稚魚(親

魚は多摩川水系由来)が放流されている。また、1971,73年の両年には、新潟県、岩手県

および北海道産の降海型サクラマス由来の稚魚も放流されている。

一方、湖内でとれる本種の大型個体は湛水開始2年後の1959年にはすでに出現しており、

以後このような大型個体は現在まで毎年のように採集されている。 これらの大型サクラマスの起源が在来のヤマメもしくは放流魚のいずれであるにせよ、本種 が本湖内でこのように大型化することは、生物学的および水産増殖の立場から極めて興味深い 現象である。 (5)アマゴ 本種は湛水以前から現在に至るまで、丹波川など本湖の流入河川での生息か知られている。 また、1971,73年の両年には本湖への移殖もおこなわれている。

本種はヤマメ同様降湖して大型化することが知られている(伊藤ら,1973;加藤,1975)

が本湖内での採集記録は全くない。 なお本湖には琵琶湖産のピワマスOncorhynchusrhodurusは移殖されていたい。 (6)ニジマス 本種は湛水以後現在に至るまで都水試奥多摩分場で生産した稚魚の放流が毎年おこなわれ てきた。 -20-

(24)

8~9月の刺網による漁獲調査では、本種は湛水後1969年までは毎年採集されているか、

その後、1970~79年の10年間の調査では全く採集されなかった。ところが1980年夏の

調査で再び採集されるようにたり、その全長はいずれも約20~30cmで、1981年の調査で

も、前年に引き続き同様の体型の個体が採集された。 1970~79年の本湖におけるニジマスの放流は、いずれも3月におこなわれており、これ らの放流魚は放流後の約1週間は釣り人によってさかんに釣られている。この時期には1人 100尾以上の漁獲をする人もめずらしくたい。しかしその後、夏季から秋季に本種を漁獲し ている釣り人はみられず、前述のように8~9月の刺網による漁獲調査でも本種は採集されな かった。 一方、1980,81両年の釣り人のピクのぞき調査では、本種は放流直後の漁獲もみられた が、その漁獲は夏季から秋季まで長期間継続し、体型は前記の刺網による漁獲調査の採集魚と 同様であった。 本種は1967年以降現在まで、毎年ほぼ同時期に略同体型の稚魚が放流されているにもかか わらず、1980,81の両年にたって急に夏季から秋季の漁獲が認められるようにたったわけ である。この原因について今回は明らかにできたかったが、今後の調査をまってこの問題を解

明することは、今後の本湖におけるニジマスの増殖にとって重要な課題となろう。

(7)イワナ

本種は現在、本湖の流入河川である丹波川、小菅川の上流部などを中心に生息しており、か

つては本湖南岸に流入する岫沢にも生息していた(加藤・山川,1981)。しかし、湛水後本

湖での生息は認められていたい。 (8)アユ

本湖には、陸封性コアユの定着を目的として、1958年に琵琶湖産の稚アユが放流されてい

る。この他1963年ごろより以後は、山梨県の丹波川漁業協|司組合7ウX、1976.77の両年を除く

毎年、河川での増殖を目的として琵琶湖産の稚アユを放流している。

本種は8~9月の刺網による漁獲調査で時折採集されており、これらは、出水時などに河川

から湖内へ流下した個体が罹網したものと考えられる(図版Ⅱ,c)。

稲葉(1961)は、琵琶湖以外に陸封アユの生息が知られている湖沼として鹿児島県の池田

湖など8水体をあげているが、本湖においても次にのべるような興味深い情報が得られている。

貯水池管理事務所の小峰明氏(前出)は1976年8月3日お主び8日の両日に、丹波)||の

-21-

(25)

後山)||合流点付近で友釣りにより、全長約18mzのアユを3日に5尾、8日に2尾釣獲したと

いう。前述のように、この年には丹波Ⅱ|ヘのアユの放流はおこなわれていたい。この記録は同

氏の日記によるものであり、この事実から、少なくともこの年には湖内で稚魚期を越冬し翌年

河Ⅱ|ヘ遡上したアユがいたものと思われ、本湖およびその流入河川における本種の再生産の可 能性が示唆された。 なお、本湖の流入河川では秋季に産卵行動が確認されている。 (9)ワカサギ 本種(図版Ⅱ,D)は1958年以降現在まで毎年諏訪湖産発眼卵の移殖がおこなわれている。 聞き取り調査によれば本種は1975年頃までは比較的よく釣れたが、それ以降その漁獲は毎

年減少の傾向を示しているという。このことを裏付けるように、都水試による夏季の漁獲調査

でも、本種の採集個体数は1975年以降減少の傾向を示している。1981年12月におこなっ た釣り人のピクのぞき調査では、1人半日の出漁で10尾程度の漁獲であった。

最近では昼間釣れたいため、夜間集魚灯を用いて釣る者もいるといわれ(但し本漁法は都内

水面漁業調整規則に抵触する)、この漁法では3時間程度で100尾以上漁獲することもま れでないという。 奥多摩湖における本種の産卵は流入河川の瀬でおこなわれ、1959年以降']、規模だからも現 在まで自然産卵が認められている。1981年には丹波川・峰谷川で、1982年には小菅川・峰 谷川で、3~4月に産着卵が確認されている。 本湖では冬季には水温が低下してワカサギ、オイカワ以外の魚種はあまり釣れなくたるので、 本種は本湖における冬季の重要なゲームフィッシュである。本種の増殖については地元からの 要望も強い。 4 (10)ホンモロコ 本種は1958年に-度だけ琵琶湖から移殖がおこなわれている。最近の5年間の漁獲調査で は、オイカワに次いで多くの個体が採集されており、本湖での再生産、定着が成功した魚種で ある(図版Ⅱ,E)。 本湖における夏季の採集個体数は水深4~10m付近に多く、中村(1969)の指摘するよ うに、本種が産卵期以外は比較的水深の深い場所に生息することがわかる。最大の個体は全長 140mmを上まわる。 本種は元来琵琶湖の特産種であり、美味であることから漁業的にも重要魚の一種である。本 -22-

(26)

湖ではホンモロコの漁獲水深が深いこともあり、ゲームフィッシュとしてはまだあまり一般的 ではないが、産卵にともなう浅所への移動期が明らかになれば今後の利用が期待される魚種の -つである。 (11)ヒガイ 本種は1963年1月に-度だけ霞ク浦から移殖され、同年の5,6月に釣獲された記録かあ るか、その後の確認記録はない。本種はタナゴ類同様生きた二枚貝に産卵する習'1生をもつので、 これら二枚貝の生息したい本湖内での再生産は考えられたい。 (12)ゼゼラ 本湖では1980年10月に初めて確認された魚種である(図版Ⅱ,F)。本種は公式には移 殖されておらず、他の放流魚種に混入してきたものと思われる。アユの項でも述べたように、 本湖上流の丹波川では琵琶湖産の稚アユが放流されている。本種は琵琶湖淀川水系の生息種で あることから、本湖では最近にたってはじめて確認されたことと考えあわせて、本種はこの稚 アユに混入してきた可能性が高いと,思われる。 本種は1980年の初確認後、1981年にも採集されており、その最大全長は85mmである。 (13)モツゴ 本種も公式に移殖された魚種ではなく、他の放流魚に混入してきたものであろう。本湖では 1959年|/亡初めて認められ、その後漁獲は増加し、1969年ごろまではピンドウなどによる漁 獲調査で大量に採集されている。しかし、1975年ごろよりその漁獲は急、激に減少し、最近で はまれに漁獲されているにすぎない。その最大全長は約90,1である(図版Ⅱ,G)。 (14)ウグイ 本種は湛水以前より本湖の湛水域付近の多摩川本流に生息していた在来種であり、湛水後他 の水体からの移殖はおこなわれていない。 1967年ごろまでの漁獲調査では比較的多数の個体が採集されているが、最近ではその漁獲 数はあまり多くたい。しかし本種は大型(本湖内での最大全長は約35011W11)にたるので、ゲ ームフィッシュとしての価値は高いものと思われる(図版Ⅱ,H)。 -23-

(27)

(15)アプラハヤ 本種も湛水以前の多摩川に生息していた在来種である。湛水当初の漁獲調査では採集個体数 の最も多い魚種であったか、湛水開始4年後の1961年には全く採集されなくなり、その後本 湖内で確認された記録はない。 (16)ソウギヨ 本種は1962~66年の5年間にわたって江戸川で採集された受精卵由来の稚魚が放流され ている。但し、この卵は利根)||で自然産卵されたものか、江戸)||ヘ流下してきたものである(鈴 木・岡庭,1957)。本種は、1965,67,69年の各年の漁獲調査で採集されているが、 その後は1979年10月29日に本湖北岸の河内付近で全長595mmの個体(図版LI)が1 尾採集されるまで公式な漁獲記録はない。しかしこの間、釣り人にはまれに漁獲されており、 釣り人のとった魚拓による記録が残されている。これらのうち最も新しいものでは1981年7 月10日に留浦で釣獲された個体の記録があり、その全長は約9401mm、体重は9.5町であっ た。なお、これらの魚拓は魚体および鰭の形状、鰭の位置などからソウギョのものであること を確認した。 本湖には本種の主要な餌料である水生顕花植物は全くなく、その生息条件はあまり良好では ないものと思われる。 。 07)オイカヮ 本湖には本種が公式に移殖された記録はたく、他の放流魚に混入してきたものと思われる。 最大全長は約160,1である。本湖に最初に出現したのは1960年で、その後徐々に漁獲数が 増加し、最近の5年間の漁獲調査では最も多くの個体が採集されている魚種である(図版L J)。 毎年5~9月には婚姻色のあざやかな雄魚が漁獲され、流入河川でも成熟した個体が採集さ れるので産卵はおおむねこの時期におこなわれるものと思われる。 本種はニジマスやオオクチパスなどの魚食魚の胃内容物としても多く検出される。 四季を通じて1~3mの水深でよく釣れ、本湖では最も一般的な釣魚で釣り人の人気も高い。 (18)ハス 本種もオイカワ同様公式に移殖された記録はない。本湖における最初の出現は1972年で、 最近でもオイカワなどに混じってよく釣られている。その由来を調べるため移殖魚の保存標本 -24-

(28)

を調査した結果、1966年12月21日に放流されたフナの中に全長108mmの個体1尾が混 入していた。しかし、本種はこれ以外の放流時に混入していた可能性もあり、現在本湖に生息 するハスの移入時期については明らかにできなかった。本湖での最大全長は約300mmと大型 にたる。 本種もオイカワ同様に初夏から盛夏にかけて婚姻色のあざやかな雄魚がみられ、産卵期はお おむねとのこると思われる。 本種は日本産のコイ科魚類には珍しい魚食魚で、夏季には小魚を追って水面を跳躍する個体 が観察される。 釣り人による本種のゲームフィッシュとしての評価は、ワカサギなどを食害する可能性のあ ること、外見が悪いこと(口が大きく檸猛を感じを与える)などにより一般にあまり芳しくな いが、この魚を対象にルアー釣りをする人もいる。 (19)レンギョ 本種は1962~66年の5年間にわたって江戸川で採集された受精卵由来の稚魚が放流され ている。但しこの受精卵は、ソウギョと同様に、利根)||で産卵されたものが江戸川へ流下した ものである(鈴木・岡庭,1957)。 我が国に生息するいわゆるレンギョには、コクレンAristichtysnobilis(Richardson) とハクレンの2種があり、利根川ではこの両者の生息が知られている(中村,1979)。従っ て本湖へもこの2種が移殖された可能性がある。 レンギョはその後1965,66,68,69年の各年の漁獲調査で採集されているが、その体 型は不明で、いずれもコクレンとハクレンの区別をおこなっていたい。その後は1981年7月 3日に全長900mmを越える大型のハクレン2個体(図版Ⅱ,K・L)が採集されるまで、レ ンギョの公式な採集記録はない。 しかしこの間、毎年6~7月の梅雨期になると、全長1m近いレンギョが湖の水面近くを群 泳するのが観察されていた。この群泳は、その時期から考えて、成熟・産卵に伴う行動と思わ れるが、本湖でレンギョの産卵がおこなわれているか否かについてはまだ確認をおこなってい たい。本種が本湖のような人工湖で上記のような大型魚に成長することは水産増殖上興味深い 事実である。 (20)フナ 湛水直後から本湖における増殖対策の主要魚種として放流がおこなわれてきた。1966年に -25-

(29)

は人工産卵床による再生産が定着したとして公的機関による放流は打ち切られた。しかし、そ

の後も毎年のように釣り人団体の手による放流がおこなわれている(別表2)。

本湖には本種の産卵場所となる大型の水生植物群落が全くないので、都水試では毎年4~7

月に本湖南岸の蛇沢流入地点付近に人工産卵床を設置している(図版1,A.B)。その産着

卵をふ化させると本種の稚魚が認められる。しかし、本種の小型個体(全長’0mz未満)は最

近は全く採集されていたいことから、これらの産着卵の生残状況については今後調査をすすめ

る必要がある。 本湖における本種の最大全長は約400mmである。

本種(図版Ⅱ,M)は我が国内水面の重要なゲームフィッシュであり、本湖においても釣り

人の人気は高い。 (21)コイ

本種(図版Ⅱ,N)もフナ同様本湖の水産増殖対策上重要な魚種である。放流は湛水以後現

在まで毎年おこなわれている。

本湖における最大全長は760mmにもおよび、夏季を中心に釣り人により漁獲されている。

フナ同様人工産卵床の産着卵には本種の卵も認められるが、本種もやはり最近は小型個体の

採集例はなく、産着卵およびふ化魚の生残状況については今後検討する必要がある。

(22)タピラ

本種は1978年9月20日の麦山浮橋における漁獲調査で、6mの水深から全長93mmの個

体1尾が採集されており、これが本湖における唯一の記録である(図版Ⅱ,O)。この個体は

他の放流魚種に混入してきたものと思われた。

中村(1979)によれば本種には、シロヒレタピラ・アカヒレタピラ・セポシタピラの3亜

種が認められるというか、その判別には婚姻色が用いられている。上記の標本は婚姻色を呈し

ておらず、亜種の区別はできなかった。

本種はタガイ・マツカサガイなどの生きた二枚貝の鯛葉中に産卵するが、本湖にはこれらの

貝類は全く生息したいので、本種がただ1個体の採集であることも考えあわせると、本湖での

定着は考えられたい。 (23)スジシマトヅヨウ

本種が公式に移殖された記録はなく、他の移殖魚に混入してきたものと,思われる。本種が本

-26-

(30)

湖内で初めて確認されたのは1981年7月3日の刺網による漁獲調査時で、全長101~107 1mmの3個体が採集されている。本種は我が国では、近畿地方以西の本州と四国の瀬戸内海斜面 が本来の分布域とされており(中村,1979)、本湖では最近になって生息が認められるよう になったことを考えあわせると、本種は丹波川に放流された琵琶湖産稚アユに混入してきた可 能性が高いと,思われる。 本種は本湖におけるドジョウ科魚類としては初記録の魚種で、その後1981年11月にも採 集されているが(図版LP)、その再生産の有無などについては今後の調査にまちたい。 (24)ギバチ 本種(図版Ⅱ,Q)は1978年に初めて確認された魚種である。本種も公式に移殖された記 録はたく、他魚種に混入してきたものと思われる。1978年9月と1979年8月には湖岸の浅 所で全長約20~30,mの稚魚も採集されており、本湖での再生産は確実と思われる。本湖に おける本種の最大全長は287,,,,,である。 (25)カジカ 本種は湛水以前の多摩川の本・支流に生息していた在来種であり、現在も本湖の流入河川で は生息が確認されている。本種は湛水後の数年間は、湖岸の浅所で時折生息が認められたとい う。しかし、その後湖内では本種の生息は認められなくたり、都水試の漁獲調査でも全く採集 されていたいことから、現在湖内には生息したいものと思われる。 (26)ウツセミカジカ 1980年5月10日に、ピンドウによって、ダムサイト゛の水深約2mから採集した全長130 1mmの1個体が本種の唯一の記録である。本個体は、その胸鰭条数が17本と多いことなどによ り、現在多摩川水系に生息しているカジカ(胸鰭条数は13~14本)とは明らかに区別でき た(図版Ⅱ,R)。 我が国の淡水域に生息するカジカ科魚類の分類については論議の多いところであるが、ここ では中村(1979)に従ってウツセミカジカと査定した。 本種はわずか1個体の採集であり、本湖における生息状況については全く不明である。 (27)オオクチパス 本種は1977年に初めて全長約260,1,,の個体が採集され、その生息が確認された。本種は -27-

(31)

公式に移殖されたことはなく、これまでに移殖された魚類に混入してくる可能性も、その原産

地から考えてほとんどないものと思われる。従って本種は、本湖での繁殖を企図して何者かが

ひそかに放流をおこなったものと考えられる。

本種(図版Ⅱ,S)はその後本湖において多数の生息が認められるようにたり、1981年7

月には全長500,mm以上の大型個体が採集されている。

1979年ごろからは、毎年8月ごろに湖岸の浅所で全長約40~60,,,mの稚魚が認められる

ようになり、本湖における再生産は確実と思われる。 最近では本種を対象とした釣り人がかなり増えている。 (28)ヨシノポリ

本種(図版Ⅱ,T)は1959年に初めて生息が確認されている。以後現在まで湖岸のいたる

ところで多数の生息がみられ、その再生産は明らかである。 聞き取り調査によれば、本種はダム湛水以前のこの付近の多摩川には全く生息していたかっ

たという。しかし、ダムから約10km下流の西多摩郡奥多摩町白丸付近の多摩川本流では本種

らしい魚が生息していたという情報もあり、本種が在来魚であるか移殖魚であるかは明らかに

できたかった。また、本種は本湖への公式な移殖記録はたく、移殖魚であるとすれば他の移殖

魚に混入してきたものであろう。

本湖における本種の最大全長は約901mmで、釣りの対象魚にはなっていない。

(2のウキゴリ

本種は公式の移殖記録はたく、先にのべたウツセミカジカと同時(1980年5月10日)に

ダムサイト・のピンドウで全長72mmの個体1尾が採集されたのが本湖における初記録である(図

版Ⅱ,U)。以後本種は1981年にもわずかではあるが採集されている。

本湖における最大全長は851,,である。 CO)スジエピ

本種はマス類の天然餌料としての繁殖をはかる目的で、1965年に本湖に移殖された。当時

本湖の水産増殖事業を担当していた山峯達氏(現在都水試技術管理部)によれば、本種の

移殖時にその一部を標本として固定し、東京水産大学の故久保伊津男教授に種の査定を依頼

したところ、この中にはかなりの割合でテナガエピが混入していたという。

スジエピはその後現在まで湖岸の浅所で多数が認められ、本湖での繁殖・定着が成功した。

-28-

(32)

(31)テナガエビ 本種は1963年に1度だけ公式に移殖されたほか、スジエビの記載の項でも述べたようにス ジエピの移殖時にも混入していたという。しかしその後の採集記録はなく、現在の本湖におけ る生息状況は不明である。 5)水産増殖のための今後の課題 本湖には漁業権は設定されておらず、職業としての漁業は全くおこなわれていない。従って本 湖における水産生物の利用は専ら遊漁者(釣り人)によっておこなわれており、水産増殖対策も この観点からすすめられている。 本湖におけるゲームフィッシュとして現在比較的一般的なものは、ニジマス・ワカサギ・オイ カワ゜フナ・コイ・オオクチバスの6種があげられ、この他にヤマメ・ホンモロコ゜ウグイ・ハ ス・ソウギョなども漁獲されている。 本湖は比較的標高の高い場所にあるので冬季は寒さが厳しく、遊漁= 月の期間である。本湖のゲームフィソシュの主な漁期を図6に示した。 遊漁者が多数訪れるのは4~10 ゾーマス ■■.-- -- ワカサギ -- オイカワ フナ コイ オオクチバス llHil1111H1illllli■-I-Jp--ヶ毘一L=--=II-zpIⅡW■ ̄--口I再■…■---■-2Ⅱ--=エーF-其エロュ■---_二二一d----F--=ヨーーー■_丙5ヨーー哲一■回。P-~=一己。 123456789UO1112(月) 図6奥多摩湖におけるゲームフィシユの主な漁期 /G、、 -29-

(33)

これらのゲームフィッシュの増殖対策については各種の記載の項でも-部のべたが、今後留意 検討すべき重要事項を以下に列記する。 ヤマメ・ニジマス放流魚の生残率、再捕率の向上をはかる。また、大型サクラマスの生態を 解明しその増殖をはかる。 ワカサギ冬季の重要なゲームフィッシュである本種の漁獲が最近減少の傾向にある のでその原因を究明する。 ホンモロコ産卵に伴う浅所への移動時期を明らかにし、ゲームフィッシュとしての利 用をはかる。 オイカワ現在のままで十分利用に耐えうる資源量があると,思われるが、人気のある ゲームフィッシュなのでその資源の動向には注意を払っていく。 フナ・コイ自然産卵された卵およびふ化魚の生残状況を明らかにする。また、コイに ついては放流効果を検討する。 オオクチパス本種の資源の動向と、他魚種(特にワカサギ・オイカヮなどの被食魚)の 資源量に及ぼす影響について検討する。 ⑨

4摘

1)東京都水産試験場が、1961~81年の21年間にわたっておこなってきた奥多摩湖の漁獲調

査結果をとりまとめた。

2)今回の調査結果とそれ以前におこなわれた調査の結果をあわせ、またこれに聞き取り調査をど

の結果を加えて、1957年の湛水以後の本湖における出現水族(魚類29種、エビ類2種の合計

31種)を明らかにした。

3)今回の出現魚種のうち、スナヤツメ・ウナギ・ヤマメ・アマゴ・イワナ・ウグイ・アプラハヤ・

カジカの8種は、湛水以前の多摩川およびその支流に生息する在来種であったが、他の21種と

スジエピおよびテナガエピは移殖種と思われた。また、ヤマメ(サクラマスルアマゴについて

は湛水後に移殖もおこなわれている。

4)在来種のうち、現在本湖内に生息すると思われるのはヤマメ・ウグイの2種にすぎなかった。

5)移殖種のうち、公式に移殖されたものはヒメマス・ヤマメ・アマゴ・ニジマス・アユ・ワカサ

ギ・ホンモロコ・ヒガイ・ソウギョ・レンギョ・フナ・コイ・スジエピ・テナガエピの14種で

あり、他の種はこれらの移殖種に混入してきたものと思われた。但しオオクチパスは何者かが本

-30-

(34)

湖での繁殖を企図してひそかに放流したものと思われた。

6)今回記録された出現水族のうち、1981年現在その繁殖と定着が確実と思われるのは、ヤマメ

(サクラマスルワカサギ。ホンモロコ。モツゴ・ウグイ。オイカワ。ハス・ギバチ。オオクチ パス・ヨシノポリ・スジエビの11種であった。 7)フナとコイの2種については、人工産卵床での産卵が認められているが、その稚魚の生残性に ついては今後検討する必要があると思われた。 8)このほか、本湖における水族の利用状況と、その;f笥直対策のための今後の課題を提示した。

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鯏当:::憩蕊騏鵡……〆

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(32).

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上田常-.1970.日本淡水エビ類の研究,改訂増補版.園山書店. -31-

(35)

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嘩襲・進趨

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(36)

図版 I

(37)

図版の説明 フナ・コイの人工産卵床(1979年5月28日撮影)

両端を閉じた塩ビ管(長さ1.3m)3本を三角形に組んだ浮子の下に、産卵床としてポリエ

チレンフィルムの束か下がっている。

蛇沢流入部を横断するかたちでロープを張り、それに上記の産卵床32個が付設されている。

図版1 A B 図版Ⅱ奥多摩湖で採集された主な魚類 A:サクラマス。1980年8月22日に留浦浮橋で採集。全長656111m。 B:図版Aと同じ個体。 C:アユ。1978年9月21日に留浦浮橋で採集。魚体に刺網による傷がある。 D:ワカサギ。1981年2月13日に留浦浮橋で採集。全長118mm。 E:ホンモロコ。1978年9月21日に留浦浮橋で採集。全長135,,° F:ゼゼラ。1980年11月14日に留浦浮橋で採集。全長741mm。 G:モツゴ。1978年9月21日に留浦浮橋で採集。全長108mm。 H:ウグイ。1978年9月21日に留浦浮橋で採集。全長276,,. 1:ソウギョ。1979年10月29日に河内で採集。全長595,1. J:オイカワ。1982年2月13日に留浦浮橋で採集。全長144mm11. K:ハクレン。1981年7月3日にダムサイト・で採集。全長9261m。 L:ハクレン。図版Kと同じ個体。 M:フナ。1978年9月21日に留浦浮橋で採集。全長l82mwllo N:コイ。1980年8月21日に麦山潮喬で採集。全長2601mm。 O:タピラ。1978年9月20日に麦山浮イ喬で採集。全長931mm・ P:スジシマドジョウ。1981年11月12日に留浦浮橋で採集d全長111mm。 Q:ギバチ。1981年5月8日に留浦浮橋で採集。全長26511mm。 R:ウツセミカジカ。1980年5月10日にダムサイト・で採集。全長130,,. s:オオクチバス。1977年7月にダムサイドで採集。全長262mm。 T:ヨシノポリ。1980年10月8日に留浦浮橋で採集。全長37,m。 U:ウキゴリ。1980年5月10日にダムサイドで採集。全長721,,1。 全長1331mm。 -35-

(38)

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(39)

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奥多摩湖水産増殖対策調査報告書

印刷物規格表第2類 印刷番号562031 刊行番号(1)137 移殖魚を中心とした奥多摩湖の魚類相 についてI 昭和57年3月発行 東京都水産試験場技術管理部 〒125束京都葛飾区水元小合町3374番地 電話03(600)2373 編集・発行 印尻I所原口印刷株式会社

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