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密教文化 Vol. 1992 No. 178 006松原 光法「ヴューハ説の形成〔3〕――インド仏教史における「パンチャ構造」の共時認識―― PL126-L102」

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(1)

密 教 文 化

ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成

〔3〕

-イン ド仏教 史 にお け

る-「パ ンチ ャ構 造 」 の 共 時 認 識 一

1. 「パ ン チ ャ 構 造 」 と は、 そ の 名 称 と 意 味 も ミ ス テ リ ア ス な く パ ン チ ャ ラ (1) ー トラ> に 特有 の 教 説 で あ る ヴ ュー ハ説 の4柱 神 に か か わ る く機 能 構 造 〉 を特 定 す る た め に考 案 した 仮 の用 語 で あ る。 全 体 と して は難 解 で 把 握 ま た は認 識 す る こ との不 可 能 な あ る事 物 につ い て、 そ れ をま ず4種 の く 部分 〉 に分 割 し、そ の4種 部 分 が統 合 され る とこ ろ にく全 体 〉 と して の 無 限定 な 1が 成 立 す る こ と を認 め よ う とす る思 考 法 に対 して便 宜 的 に こ の名 を用 い た い と思 う。 「木 を見 て、 森 を見 ず 」 とい う格 言 に もあ る とお り、 こ の よ うな 思考 法 に は、 現 代 人 が しば しば陥 りが ち な危 険 の あ る よ うな、 あ る1 つ の物 ・事 の 部分 と全 体 と を完全 に切 り離 して合 理 的 に ま っ た く別 の もの と して と らえ よ うとす る の で は な くて、 部 分 と全 体 との 間 に あ る切 って も 切 れ な い、 しか も 目に は 見 え な いく 共 時 関 係 〉 を温 存 した 上 で、 そ の 物 ・ 事 のく 全 体 〉 を何 とかく 包 括 的 〉 に と らえて、 分 析 的 な だ け で は な く総 合 的 に も理 解 しよ うとす る態 度 がそ こ に明 白 に 認 め られ る こ とで あ ろ う。つ ま り、そ れ は複 雑 で 直 接 に は解 明 しに くい全 体 との不 思 議 な か か わ りあい の中 で 各 部 分 の 個 別 性 を も重 視 す るく共 時認 識 〉 の立 場 で あ る。 そ の よ うな共 時 的 思考 方 法 はい ろい ろな古 代 民 族 の精 神 的 世 界 に共 通 す る、 い わ ば普 遍 的 な く もの の 見方 〉 ま た は事 物 のく と らえ方 〉 の 基 本 典型 の 一 つ で あ り、お そ ら くは 原 始 の狩 猟 採 集 時 代 に、 身 近 に接 す る4足 動物

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(2) の軽 快 な く 動 き〉 とか、 〈 四角 い もの〉 や4脚 を台 に用 い る と きのく 安 定 度 〉 な ど とい う現 実 の生活 環 境 の 中 で 得 られ た経 験 的 な 知識 に も とつ く判 (3) 断 に 由 来 す るに違 い な い。 あ る い は、 そ こに は、 直 立2足 歩 行 に よ り両 手 の開 放 され る 「人 類 の誕 生 」 以 前 の記 憶 が な お影 響 して い る の で あ る か も しれ な い。 東 ・西 ・南 ・北 の方 位 や、 春 ・夏 ・秋 ・冬 の1年 な どは 日本 で も ご く卑 近 な実 例 で あ る が、 これ らは、 しば しば そ の形 態 と領 域 の周 縁 と が 明 確 で な い た め に無 限 定 と しか言 い よ うの な い あ る1つ の〈 全 体 〉 に そ れ な りの4種 の区 分 を認 め て、 全 体 はそ の4部 分 か ら構 成 され て い る と一 応 了 解 す る ので あ る。 全 体 に4種 の 構成 部 分 を認 め る考 え方 に は、 そ れ に よ って1な る全 体 のく 調 和 〉 とく 持 続 〉 とが、 も っ とも安 定 した 状 態 で し ば ら くの 間 は 維 持 され る、 とい う認識 が ひ そ んで い た はず で あ った。 古 代 イ ン ドで は、 同 じ種 類 の 実例 が有 名 な カー ス ト制 度 や、4ユ ガ期 説、 そ して頻 繁 に用 い られ る シ ュ ロー カな ど韻 律 詩 の4脚(pada)な ど、社 会 と文 化 に も、 神 話 と宗教、 哲学、 そ して仏 教 に も、 ふ んだ ん に 見 出 され て (4) 枚 挙 に い とま が な い。 しか し、 古代 イ ン ドの 宗教 思 想 は そ こま で で 停 留 す る こ とは な く、早 くか らく 全 体 の4分 割 構 成 〉 に 関 す る 思 索 に対 して さ ら に深 い 洞 察 を加 え て い た。 す な わ ち、 古 代 イ ン ドの宗 教 と哲 学 で は、 そ の 4種 に区 別 され た〈 部 分 〉 と、そ れ らが互 い に 関連 しあ って1つ に ま とま り安 定 したく 全 体 〉 を構 成 す る ときの 共 時 関 係 を、 「と くに く 機 能 性 〉 に お い て 」 とい う点 か ら格 別 に重 要 視 して、 視 点 を数 式 化 す れ ば 「4+1= 5」 とい う、い わ ば機 能 の方 程 式 に まで 進 めて と らえ る こ とが少 な くな い の で あ る。 そ う して、 この視 点 は さ ら に 「リグ ・ヴ ェ ー ダ』 第1巻 の 「こ とば 」(Vac, RV 1.164.45)や、 同 じ く第10巻 の 非 常 に重 要 な影 響 力 を も つ く 創 造 讃 歌 》 プル シ ャ ・ス ー クタ に お け る 「宇 宙 の原 人 プル シ ャ の4分 (5) 構 造 」(-RV10. 90. 3∼4)に ま で 古 く さ か の ぼ る こ と が で き る。 こ の 『リ グ ・ ヴ ェ ー ダ 』 最: 新 層 の 時 代 か ら ウ パ ニ シ ャ ッ ドに い た る 構 造 (6) 的 に 同類 の教 説 の推 移 と展 開 につ い て は別 の論 稿 を用 意 して い るの で、 そ れ を参 照 して い た だ き たい。 本 稿 で は、 そ れ 以 後 の 仏 教 思 想 史 に お け る ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

(3)

密 教 文 化 「パ ンチ ャ構 造 」 の実 例 を主 要 な 教 説 の 中 か ら少 し く詳 細 に 分 析 して検 討 す る が、 これ に よ って、 イ ン ドの宗 教 思 想 と仏 教 との緊 密 で深 い 相互 関 係 の マ トリ ック ス に加 えて、 哲学 的 か つ宗 教 的 な観 念 の提 示 形 式 に対 す る す ぐれ た構 想 力 と思 索 の 豊 か さ を も、 よ り一 層本 質 的 な レ ヴェ ル か ら解 明 す る た め の新 しい ア プ ロー チ を模 索 して い き た い と思 う。 2. 古 代 イ ン ドの共 時 的 思考 法 は、 個 別 化 す る4種 の 部 分 を全 体 と して把 握 す るた め に 四部 構 成 か ら五 部 へ と く もの の 見方 〉 の観 点 を移 行 させ、 「パ ンチ ャ構 造 」 の機 能 方 程 式4+1=5を 用 い て、 人 間 存 在 に関 す る種 々 に 複合 した問 題 に の み な らず、 複 雑 かつ 難 解 な 宇 宙 論 的、 形 而 上 学 的、 哲 学 的、 宗 教 的 な、 諸 概 念 の抽 象 性 に対 す る きわ めて す ぐれ た 解 釈 法 をい ろい ろ調 整 して い った。 こ の視 座 に立 って イ ン ド仏教 史 の主 要 な教 説 に分 析 と 検 討 を加 え る と き、 「パ ンチ ャ構 造 」 に よ る分 類 例 と 〈 共 時 存 在 〉 の 包 括 的 理 解 は、 古 代 イ ン ドの 仏教 思 想史 に お い て、 よ り一 層 み ご とな形 で 効果 的 に 利 用 され 続 けて い た と言 うこ とが で き る。 (7) 初期 の仏 教 で は<5>と い う数 字 に ち な ん で、 何 よ りも まず 「五 蔽 説 」 が 重 要 で あ ろ う。 五緬 説 は く 無 為 法 〉 以 外 の 「存在 と して の 法 」、す な わ ち、 す べ て の く 有 為 法 〉 に関 す る教 説 で あ り、 有 為 法 の無 常 ・無 我 で あ る こ と を、 そ の存 在 性 が 周知 の1)色、2)受、3)想、4)行、5)識 と い う五 つ の カテ ゴ リー、 ま た は 「形 式 」 ・ これ を藏 く 集 ま り〉 とい う1を 総 合 す る とき に は じめ て成 立 す る、 とい う点 に認 め る ので あ る。 こ の五 蔽 説 は、 こ の世 に存 在 す るく 無 為 法 〉 以 外 の あ ら ゆ る事 物 の 〈 今 の あ り方 〉 を正 し く知 る た め の非 常 に重 要 な教 説 で あ る と見 られ、 「四 聖諦 」 の教 え を 聴 聞 して よ く理 解 した 者 に は離 塵 離 垢 の く法 眼 〉 が生 じる か ら、 ブ ッ ダ はそ の よ うに して 〈 法 の次 元 〉 か ら この世 の 存 在 を観 る 能 力 を もつ よ うに な っ た 比 丘 〔出 家 の 修 行 者 〕 た ち に対 して 「五 薙 」 の教 え を説 い た、 とい う図 式 が 原 始仏 典 で は 一 応 定式 化 して い る ご と くで あ る。 こ の よ うに、 五緬 説 は

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(8) 現 象 界 に お け る事 物 の存 在 をく 法 を観 る眼 〉 で 見 た と き の存 在 形 式 と して 教 説 す る ので あ る が、 一 般 的 な仏 教 概 説 書 で は、 五蔽 のそ れ ぞれ を一 応 は 個 別 の独 立 した 範 疇 と して取 扱 い、 そ れ らを有 為 法 の単 な る構 成 要 素 とだ け見 て 解 説 す る こ とが は な は だ多 い。 しか し、仏 教 の五 蔽 説 は1)色 纏 に よ って 身 体 ま た は形 態 と環 境 世 界 を、 2)受藏 以 下5)識 纏 ま で の4緬 で もって 心 理 的 ・精 神 的 な諸 作 用 を 包括 す る か ら、 外 界 の 物 質 的 要 素 のみ な らず、 内 面 の 精 神 的 要 素 ま で もが そ こで は 対 象 と して考 慮 され て い て、 しか も後 者 の 方 が特 徴 的 に よ り一 層重 要 視 さ れ て い る。 この よ うな五 薙 説 の 構成 は、 この 教 説 が、 単 な る有 為 法 の存 在 論 上 の形 式 だ け を 問 題 に して い る ので は な い こ とを よ く示 して い る。 「五 纏 はく 観 法 の法 〉 で あ る」 と指摘 され る こ とが あ る よ うに、 おそ ら く本 来 の五 薙 説 は認 識 論 上 にお け る有 為法 の存 在 形 式 を問 題 に して い た に違 い な い。 す な わ ち、 当 面 は迷 い の世 界 で あ る この 世 の あ ら ゆ る事 物 のく 存 在 〉 を、 この場 合 は と くに人 間 の く 認識 〉 とい う立場 か ら と らえて 図式 化 し、 こ の よ うな見 方 に よ って こそ 実 は あ らゆ る事 物 の今 の 姿 を あ りの ま ま に暴 露 す る こ とが で き る の だ と教 え る の で あ る と考 え られ る。 これ を ご く卑 近 (9) な 例 に限 って い え ば、 同 じもの を食 べ て も、 そ れ が く うまい 〉 とかく ま ず い 〉 とかい う受 取 り方 が人 そ れ ぞれ に よ って 異 な り、同 じも の を 見 て い る に もか か わ らず 好 悪 の判 断 が人 間一 人 一 人 で 相互 に 異 な る よ うな、 そ うい う 「もの の理 解 や 判 断 は 人 ご とに相 違 す る場 合 が きわ めて 多 い」 とい う現 実 経 験 を十 分 に踏 ま えて、 ま さに そ の点 を事 物 の く あ り方 〉 の 中 で最 も重 要 視 して 問題 に して い る に違 い な い の で あ る。 五蔽 は、 い わ ば事 物 の現 実 っ ま りく今 の あ り方 〉 の解 明 パ ター ンで あ る が、 同一 の事 物 に 関 す る判 断 や 認 識 の 相 異 は人 と人 との問 に だ け起 るの で は な い。 一 人 の 同 じ人 間 で あ る はず な の に、 時 と場 合 に よっ て同 じ事 物 につ い て さえ異 る判 断 を下 す 自 分 に気 づ く経 験 は、 誰 れ の 日常 に も珍 し くな い こ とで あ る。 この よ うに 理 解 す る とき、 こ の世 の事 物 の存 在 形 式 を示 す五 葱 の 全 体 は 5)識蔽 に収 敏 して、 あ る事 物 の認 識 が 一 つ 人 間 の 内面 に成 立 す る プ ロセ ス ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 を図 式 化 す る教 説 で あ る こ と に な る で あ ろ う。1)色 薙 は個 人 の 身体 を含 め た外 界 物質 の 集合 で あ るが、 そ の 中 の あ る一 つ の対 象 を2)受 薙、 す な わ ち 感 受 作 用 の 集 合 の 中 の あ る もの が、 ま た は連 合す る い くつ か が受 け止 め る と、 そ こに生 じた感 覚 的 な映 像 を3)想 纏 の 中 の あ る も のが イ メ ー ジ化 し、 そ の イ メ ー ジ が無 意 識 の 領域 に ひ そ む4)行 纏 とい う無 始 の 前 世 よ り展 続 す フ ィ ル タ の る習 気 の濾 過 装 置 を経 由 して、 そ の結 果、 あ る一 つ の く 認 識 〉 も し くは く 判 断 〉 が初 め の対 象 につ い て成 立 す る。 こ の よ うな 認識 ま た は 判 断 の集 合 がそ こで は5)識 纏 と名 付 け られ て い る と考 えて よい。 した が って、 五藏 説 の 全 体 は これ を5)識 薙-に等 置 す る こ とが 可 能 で あ り、1)色 纏 か ら4)行 纏-まで の 前4薙 は5)識 纏 が 生 起 す る 纏-まで の機 能 的 プ ロセ ス に あ た る こ とに な る。 この よ うに して機 能 の観 点 か ら見 れ ば、 初 期 仏 教 の五 繭 説 の構 成 に、 方 程 式4+1=5と い う 「パ ンチ ャ構 造 」 の典 型 が一 つ 認 め られ る の で あ る。 そ う して、 こ の 「パ ンチ ャ構 造 」 は、 五 纏 の機 能 そ れ ぞ れ が 作 用 す る プ ロセ ス のく 時 間 的 前 後 関 係 〉 を も明確 に図 式 化 して い る。 金 剛 界 マ ン ダ ラ の 「五 智 如 来 説 」 につ い て 最 初 期 の教 説 と見 られ て い る 『一 切 如 来 真 実 摂 経』 冒 頭 の 一 説 をや が て 後 に詳 し く検 討 す る が、 イ ン ド の後 期 密 教 で は マ ン ダ ラの く 五 仏 思 想 〉 が 上 に考 察 した初 期 仏 教 の く 五蔽 説 〉 との 関 係 を もふ ま え て 「パ ンチ ャ構 造 」 の 見事 な理 論 的 展 開 を示 し、 単 純 明解 な、 そ して、 ほ とん ど完 成 域 に近 い と言 って よい 宇 宙 解 釈 の基 本 的原 則 を そ こ に一・つ 確 立 した。 そ の よ うなく 五 仏 思 想 〉 は 『秘 密 集 会 タ ン トラ』Guhyasamaja-tamtra系 統 の後 期 密 教 文 献 に お い て発 達 した も ので あ り、そ の教 説 の要 点 だ け を 『金 剛 頂 経 』 の五 智 如 来 説 に比 較 す れ ば、 ま ず 五 仏 と五智 の 配列 と配 当 の 関 係 に多 少 の 異 同 が認 め られ、 そ れ に加 え て 五 纏 説 をは じめ とす る新 た な対 応 関 係 が別 に指 摘 され る よ うにな る。 す な わ ち、 マ ンダ ラの中 心 とな る五 仏 の 中央 尊 は いず れ の 場 合 に も法 界 体 性 智 〔または法 界 智(Tib.)〕 に 変 りな い が、 そ れ が 『秘 密 集 会 タ ン トラ』 の系 統 で は 『金 剛 頂 経 』 に お け る ご と く大 日如 来 で は な くて主 と して 阿 閾 仏 で あ り、 この 阿 閾 仏 を、 た とえ ば 『要 略成 就 法 』Pindikrama-sadhanaは さ ら

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(10) に 「五蔽 説 」 の5)識 蔽 に配 当す る の で あ る。 した が って、 『秘 密 集 会 』 系 統 の東 方 尊 に は ヴ ィ ル シ ャ ナ如 来 が位 置 して 大 円 鏡 智 を配置 され、 そ こ に 1)色纏 が 配 当 され る こ と に な る。 残 る南 ・西 ・北 の3如 来 の 配 置 に は何 ら の変 更 も ない が、 そ れ ぞ れ に2)受 蔽、3)想 蔽、4)行 纏 を配 当 す る点 に新 解 釈 が認 め られ る の で あ る。 この よ うに 『金 剛 頂 経 』 と 『秘 密 集 会 」 との 系統 の教 説 で は 大 日 と阿閾 両 如 来 の マ ン ダ ラ中 にお け る配 置 関 係 だ けが完 全 に逆 転 す る の で あ る が、 この点 は 今 と くに 問 題 に しな くて よい。 重 要 な の は、 両 如 来 の 配置 関 係 が 逆 転 す る とき、 マ ンダ ラの 中央 尊=法 界 体 性 智 と5)識 纏 との対 応 関 係 に変 異 が生 じる か否 か で あ る。 しか し、 この問 題 は、 で きれ ば近 い将 来、 イ ン ド密 教 学 にお い て厳 密 な研 究 に よ り詳 し く検 討 され ね ば な らな い重 要 課 魎 で あ る。 今 こ こ で は、 イ ン ド国 外 へ の伝 播 で あ り、か な り成 立 も遅 い文 献 と思 うが、 「チベ ッ トの死 者 の書 』 が 言 及 す る 五 仏 と五 藏 の 対応 関 係 を要 (11) 約 して お こ う。『死 者 の書 』 は、〈 五 仏 思 想〉 の概 要 に 関 して 『金 剛 頂 経 』 の教 説 に ほ とん ど 一 致 す るに もか か わ らず、 『秘 密 集 会 』 系 統 の文 献 にお け る ご と く五 蔽 説 との対 応 関 係 に ま で言 及 す る の で あ る。 まず、 マ ン ダ ラ の 五 仏 配 置 は 『金 剛 頂 経 』 そ の ま ま で あ る。 そ う して、 マ ン ダ ラ の五 仏 に 対 す る五 窺 の 配 当 は 『秘 密 集 会 』 系 統 のそ れ をそ の ま ま適 用 して い る ご と くで あ る。 す な わ ち、 ガナ ヴ ュー ハ 仏 国 土(密 厳 浄 土)の ヴ ァイ ロー チ ャ ナ如 来 が マ ンダ ラの 中央 尊 〔=法 界 智 〕 と して、 や は り5)識 慈 を 配 当 さ ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 れ、 東 方 の 阿 閤 仏 以 下 の4如 来 にP色 羅 以 下 の4薙 と残 余 の 四 智 と が そ れ ぞ れ 配 当 さ れ て い る。 な おHeuajra-tantraに よ れ ば、 五 仏 の 配 偶 女 神5 Yoginlsの 中 の へ ー ヴ ァ ジ ュ ラ 妃 で あ るNairatmyaが、 同 じ く5)識 蔽 を (12) 配 当 され て 中央 に位 置 して い る。 以 上 の よ うな後 期 密 教 文 献 に お ける 「五 仏 と五 智 と五 纏 との 対 応 関 係 」 か ら今 の と こ ろ確 実 ら し く知 られ る こ とは、 いず れ の場 合 に もマ ン ダ ラ中 央 尊=法 界体 性 智 に対 して 配置 され る か ら、五 薙 説 に おい て5)識 纏 が つ ね に包 括 概 念 で あ った こ とに変 りの な い点 で あ る。 前 頁 の図 表 は、 両 方 の文 献群 に お け るそ の よ うな対 応 関係 に た だ一 覧 の便 宜 を供 す る た め の もの で あ る。 金 剛 界 マ ン ダ ラの 「五 智 如 来 」 の概 念 を《 五纏 》 〔そ して、 五 煩 悩 ま た は五 毒(食、 瞑、我慢、痴、嫉妬)な ど〕 に配 当 す る解 釈 は、 い ま だ 『金 剛 頂 経 」 系統 の密 教 思 想 に は表 明 され て い な い ら し く、多 分 イ ン ド後 期 密 教 の 『秘 密 集会 タ ン トラ』 の時 代 の こ ろ新 た に 再認 識 され た 教 理 的解 釈 の よ うで あ る。 「秘 密 集 会 タ ン トラ 』 系 統 の密 教 に お ける く五 仏 〉 の マ ン ダ ラ中 の配 列 位 置 と組 織 化 した五 纏 へ の配 当 関 係 とか ら、 イ ン ド宗 教 思 想 史 の多 様 な展 開 の 中 に古 くか ら連 綿 と して、 初 期仏 教 の五 纏 説 を 「パ ンチ ャ構 造 」 に よ って 理 解 しよ う とす る伝 統 が 後 世 の 密教 思想 に い た る ま で長 く存 続 して い た事 実 を知 る こ とが で き る。 そ うして、 イ ン ド後 期 密 教 の 提 示 した 「マ ン ダ ラ理 論 」 は パ ン チ ャ構 造 の く五 仏 思 想 〉 とい う基 本 原 理 に も とつ い て宇 宙 の多 様 性 を見事 に 整 理 し、複 雑 な事 物 や 複 合 理 念 の神 秘 的 な く 仕 組 み〉 とそ の く 意 義 〉 と を種 々の 領域 に わ た っ て総 合 的 かつ 非 常 に理 解 しや す い 優 れ た形 で 明 確 化 す る。 「パ ンチ ャ構 造 」 に よ る包 括 思考 は、 宇 宙 の 神秘 を解 明 す るた めの 原則 的 理 論 の 一形 式 と して、 お そ ら くイ ン ド後 期 密教 の く五 仏 思 想〉 に お い て 一応 完 成 され た状 態 に あ る と見 て よい と思 われ る。 パ ンチ ャ ラー トラ にお け る ヴ ュー ハ説 の機 能 構 造 が、 初 期 仏 教 のく 五纏 説 〉 に ま で さか の ぼ る後 期 密 教 の この よ うなく 五 仏 思 想 〉 と き わ めて 密 接 な 関 係 の も と に あ った こ とは、論 沐 が進 む につ れ てや がて 明 ら か に な るで

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あ ろ う。 ヴ ュー ハ 説 に特 徴 的 な 「パ ンチ ャ構 造 」 と初 期 の ヴェ ー ダ文 献 に お け る 「パ ン チ ャ構 造 」 的 認 識 の 萌 芽 状態 お よび そ の 展 開 に つ い て は既 に (6) ふ れ た 別 の 論 稿 にお い て 粗 筋 を一応 ウパ ニ シ ャ ッ ドに まで た ど った か ら、 こ こで は 今 しば ら く仏 教 思 想 史 にお け るそ の 概 略 的 推 移 を、 初 期仏 教 か ら 大 乗 後 期 の 時 代 に まで 主 要 教 説 をた ど りな が ら追 跡 して い くこ とに す る。 3. 同 じ 「パ ンチ ャ構 造 」 に よる機 能構 成 は、 有 名 な 苦 ・集 ・滅 ・道 を説 く 「四聖 諦 」 の 教 え に早 くも配慮 され て い た で あ ろ うこ とが 十 分 に考 え られ (13) る。 四諦 説 は 上 に も記 した ご と く 「五 纏 」 に つ い て 教 説 す る 以 前 の段 階 で 説 かれ る べ き重 要 な 教義 な の で あ る が、 仏 教 の 原 始 経 典 は この 四諦 説 を、 最 初 に 「苦 ・楽 の 中道 」 と 「八 聖 道 」 とを教 説 した 後 に示 す場 合 が 少 な く な い。 す な わ ち、 そ の説 法 の プ ロセ ス は一 種 定 式 化 して、 《苦 ・楽 の 中道 》 と 《入 聖 道》 → 四諦 説 〔+入 聖 道 〕→ 〔法 眼 〕→ 五 蔽 説 1(1set) (14) の ご と くに次 第 す る。 まず 最 初 に教 説 され る苦 ・楽 の 《 中 道 》 と 《 八 聖 道 》 は、 前 者 が初 期 仏 教 の宗 教 的 実 践 に必 須 の前 提 とな る基 本 的認 識 を説 示 す る の に対 して、 後 者 はそ れ 自体 ほ とん ど完 結 した独 立 の教 義 とい え る 具 体 的 〈 修 道 〉 の諸 項 目で あ る。 そ う して、 この 《八 聖 道 》 が 阿含 経 典 で は 例 外 な く 「四 諦 説 」 の第4道 諦 の 内容 に当 て られ て い る。 こ の よ うな教 説 次 第 は、 八 聖 道 を一 つ の完 成 した 教 理 と して確 立 した仏 教 が、 そ の教 え に 従 って 修 養 をつ むく 人 の生 き方 》 の大 切 さ に合 理 的 な必 然 性 の あ る こ と を、法 につ い て 無 知 な人 間 に機 能 の観 点 か ら 「法 の理 解 」 を指 導 す る 目的 で、 と く に 「原 因 か ら結 果 を探 る」 四諦 の項 目に整 理 して理 論 づ け、 知 的 に理 解 され や す い 形 で 提 示 しよ うと した 初 期 仏 教 のく 修 行 道 》 の あ り方 を 実 に よ く示 して い る。 した が って、 上 記 の よ うな原 始 仏 典 に お け る説 法 の 次 第構 成 か ら見 るか ぎ り、八 聖 道 とい う、い わ ばく 仏 教 の行 》 に関 す る重 ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 要 な教 理 を、 四諦 説 を中 間 には さ んで 再 説 して ま で教 え る 背 景 に、 1〔 八 聖 道 〕+4〔 四諦 〕=5 とい う 「パ ン チ ャ構 造 」 の、 い わ ば萌 芽 的 状態 をす で に認 め る こ とが で き る ので あ る。 この 四諦 につ い て は、 さ らに三 転 十 二 行 相 の 「観 法 」 が しば しば付 随 して 説 かれ、 こ の行 法 パ ター ン を仏教 の他 の い ろ い ろ な教 理 概念 (15) に まで も転 用 す る こ とが 多 い の が 知 られ て い る。 そ の よ うな実 用 例 に お い て も また、 改 めて 指 摘 す る まで もな い こ とで あ る が、 あ る一 つ の教 理 ま た は複 合 概 念 の 全体 を 「原 因 か ら結 果 へ 」 と さか の ぼ って 確 実 に理 解 させ る 有 効 な 手 段 で あ る四諦 説 の 「パ ンチ ャ構 造 」 が仏 教 的 なく 宗 教 実 践 〉 の場 で 大 い に 役 立 て られ て い た の で あ った。 これ ま で の と こ ろは 初 期 仏教 以 来 の 「パ ンチ ャ構 造 」 に よ る教 説 例 の ご く一 部 で あ り、そ の 他 に も同 じ よ うな観 点 か らの機 能 構 成 を示 す 教 説 は少 な くな い。 こ こで は詳 論 しな い が、 た とえ ば 「三 十 七 道 品」 中 のく 五 根 ・ 五 力》 で は1)信、2)勤、3)念、4)定 とい う4種 の能 力(indriya)と そ の働 き (bala)が 互 い に影 響 を及 ぼ しあい、 そ の結 果 が5)慧 の能 力 と働 き に収 敏 し て い く とい う機 能 構 造 を、 そ こに読 み取 る こ とは容 易 で あ ろ う。 さ らに、 信 ・戒 ・聞 ・精 進 ・慧 のく 五 法 〉 ま た はく 五 増 長 〉、 な らび に ・)戒・2)定・ 3)慧の く三 学 〉 に4)解 脱 と5)解 脱 知 見 を加 え た、 い わ ゆ る 「五 分 法 身 」(無 漏 の五 纏)な どの教 説 を も参 照 され た い。 ま た、 仏教 の 行 道 にお い て 修 行 者 の禅 定 が一 つ 一 つ しだ い に深 ま って 行 く道 程 を示 す 「九 次 第 定 」 に は、 〈 初 禅 〉 以 下 の色 界4禅 定+1、 そ うして、 こ の1が さ らに く空 無 辺 処 定 〉 以 下 の4無 色 定+1〔 つま り、滅 受 想 定 〕 に 再 分 化 され る、 とい う二 (16) 重 構 成 の 「パ ン チ ャ構 造 」 が見 られ て、 ま こ とに興 味 ぶ か い。 上 に考 察 した 仏 教 教 理 の 「パ ン チ ャ構 造 」方 程 式 は、 そ の く使 わ れ方 〉 つ ま り機 能 性 か ら、い く種 類 か に類 別 で き る。5=4+1の 構 造 方 程 式 で、 左 辺 の5と 右 辺 の1に 機 能 上 の 変 化 は な い。 どち ら も同 じ一 つ のく 全 体 像 〉 を表 示 す る点 で かわ りな い の で あ るか ら。 しか し、中 間項 の数 値4 には い ろい ろな く使 わ れ 方 〉 が あ った。 四諦 説 は4=2+2の 構 成 を とっ

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て 「果 か ら因 へ 」, とさか の ぼ る二 重 構 造 で あ る が、 五 纏 説 や 五 根 ・五 力、 そ して 九 次 第 定 な どで は、4の 数 の 各構 成 因 の 間 に初 項 か ら次項 へ と順 々 (17) に次 第 す る一 定 のく 方 向性 〉 が 明 らか で あ る。 ま た五 分 法 身 と五 増 長 の場 合 は、 厳 密 に言 え ばそ れ ぞ れ の 性 格 に 多 少 の 相違 を認 めね ばな ら ない が、 タ イ プ と して は4=3+1の 構 成 と な って い る の で あ り、『リグ ・ヴ ェー ダ』 の言 葉(RV 1.164.46)や フ。ル シ ャ(RV 10.90.3∼4)、 そ して 『ア タ ル ヴ ァ ・ヴェ ー ダ』 の秘 密(Av 2.1.2)以 来 の機 能 構 成、 つ ま り 「吸+ 1/4, 」 とい う無 限 定 な も の のく あ り方 〉 をそ の ま ま 利 用 して い る と も言 え る ほ どで あ る。 次 に検 討 す る大 乗仏 教 の 四仏 智 説 に も同 様 の 傾 向 が顕 著 に認 め られ る こ とで あ ろ う。パ ンチ ャ構 造 の機 能 性 は、 この よ うに仏 教 で 諸 種 の 教 説 に お い て、 い ろい ろな形 で応 用 され て きた の で あ る。 (18) 大 乗 仏 教 喩 伽 行 派 は 《 仏 》(buddhatva=真 如)の 概 念 的 あ り方 を1)自 (19) 性 身 〔法 身 〕、2)受 用 身、3)変 化 身 の 三 身 説 に ま と め た が、 諸 仏 は 「一 切 種 智 性 を獲 得 」sarvakara-jnatavapti(MSA9. 2a)し た く 全 智 の 存 在 〉 で (20) あ る と して、 そ の 仏 智buddha-jnanaを 次 の ご と く4種 類 に 分 別 す る。 ま ず、1)大 円 鏡 智(adarsa-jnana)は、 時 間 と空 間 の 限 定 を 受 け る こ と な く

(aparicchinnam pdesatab, sadanugalpkalatah)、 あ ら ゆ る 所 知(jneya) に 必 ず 現 前(amukha)す る に も か か わ らず、 特 別 の 形 相(akara)を と る

こ と は な い 《 無 形 》 の 存 在 で あ る。 し た が っ て、 そ れ を 「動 か な い も の 」 acalaと い う。 こ れ に 対 して、 他 の 三 智 す な わ ち2)平 等 性 智(samata-jnana)

と3)妙 観 察 智(Pratraveksapa-jnana)と4)成 所 作 智(krtyanusthanata-jiana)は 不 動 のP大 円 鏡 智 を 因(hetu)と し て 機 能 を 起 こ す 「動(ca1a)

(21) の智 」 で あ り、 い ず れ もが 大 円 鏡 智 に依 止(asrita)し て い る。 大 乗 喩 伽 行 派 の この よ うな 「四智 説 」 は正 法 の聴 聞 と受 持、 開 演、 自他 の平 等 を心 が ける な ど、 この場 合 に もま た 基本 的 に は仏 教 本 来 の く 行 の立 場 〉 に そ の (22) 視 座 が あ る こ と を十 分 認 識 し て お く べ き で あ ろ う。 な お 「仏 地 経 』 は、 上 の 「四 智 」 に 法 界 清 浄(dharma-dhatu-visuddhi)を 加 え た 五 法 に よ っ て、 (23) 《 仏 》 の境 涯 で あ る《仏 地 》 を摂 す る。 これ は 『仏 地 経 』 のみ が決 択 す る ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 (24) 考 え方 の よ うで あ るが、 安 慧 が そ れ を 『釈疏 』 に採 用 して 四 智 説 の解 説 に 援 用 し、法 界 のく あ り方 〉 に三 身 の別 が あ る一 方、 仏 智 の〈 働 き〉4種 の 中 で1)大 円 鏡智 は 「不 動 を 自性 とす る法 界 清 浄 に常 に依 止 して、 生 死 の辺 際 を極 め るま で は生 起 〔に関 係 〕 す る こ とな く、不 断 に 働 く」 と述 べ て い (25) る。安 慧 は そ の後 も しば しば一 貫 して《 仏 》 また は 《 仏地 》 を<法 界 清 浄 (26) 十 四智 〉 の五 法 に よ って説 明 して い る。 こ こ に は明 らか に、法 界 清 浄 とい う概 念 存 在 の全 体 を〈4種 の仏 智 〉 とい う機 能 に よ って 統括 し よ うとす る 「パ ンチ ャ構 造 」 の理 解 が含 まれ て い る に相 違 な い。 しか し、後 に は 『成 唯 識 論 』 な どか ら知 られ る護 法 系統 の唯 識 思 想 の 中 (27) で、 「喩伽 行 派 の古 い 「四 智 説 」 は、 い わ ゆ る 「転 識 得 智 」 の教 説 に発 展 す る。 この 教 説 で は、 人 間 の 迷 い 〔有 漏 〕 の 心 が質 的 に転 換 した とこ ろ に顕 現 す る悟 り 〔無 漏 〕 の 知 慧 を、 第8阿 頼 耶識 に対 応 す る1)大 円 鏡 智、 第7 末 那 識 に 対 応 す る2)平 等性 智、 第6意 識 に対 応 す る3)妙 観 察 智、 前5識 に 対応 す る4)成 所 作 智 の 「四智 」 に そ れ ぞれ 配 分 す る ので あ る。 こ こ に も ま た、 一 つ の 総体 で あ る く悟 りの無 漏 智 〉 を四 分 割 構 成 に 図 式 化 す る 「パ ン チ ャ構 造 」 の認 識 法 を別 の コ ンテ ク ス トに援 用 して い る 一例 が あ る。 4. そ の後 に発 達 した密 教 は、 唯 識 思 想 の 説 くこの4種 類 の聖 智 を5)法 界 体 性 智 の名 の も とに統 括 す る 「五 智 説 」 を展 開 した と見 て よ い。 そ う して、 それ ら5種 類 の 聖 知 の一 々 を大 日如 来 をは じめ とす る金 剛 界 の五 仏 に配 置 して く 五 仏 ・五 智 〉、 す な わ ち 「五 智如 来 」 の教 説 に具 体 化 した。 こ の教 (28) 説 に認 め られ る機 能 的 構 造 もま た、5種 類 の概 念 を た だ並 列 す る だ け の単 な る五 分 構 成 で は な くて、 明 らか に4+1=5と い う 「パ ン チ ャ構 造 」 で あ る。 唯 識 思 想 か ら密 教 へ 宗教 史上 の概 念 展 開 は こ の場 合<4プ ラ ス1> の方 向 にな され た が、 密教 に お け る五 智 如 来 は中 央 ・普 門 の大 日如 来 が東 ・南 ・西 ・北 の 四方 仏 〔阿 閤、 宝 生、 弥 陀、 不 空 成 就 〕 に機 能上 分 化 して 顕 現 す る か ら、 そ の構 造 方 程 式 は1+4ゆ5で あ る。 こ うして顕 現 す る四

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方 仏 の間 に、 時 間 的 な前 後 関 係 は知 られ て い な い ら しい。 (29) し か し な が ら、 金 剛 頂 密 教 の 『一 切 如 来 真 実 摂 経 』 の 初 め に 記 さ れ た、 あ る 意 味 で い さ さ か の 感 動 を 誘 う 「金 剛 界 如 来 の 成 道 」 場 面(§31∼2)に 大 乗 喩 伽 行 派 の4種 仏 智 説 と の 関 連 性 を 予 想 して、 そ こ の 文 脈 は 次 の よ う に 読 む こ と が で き る で あ ろ う。 バ ガ ヴ ァ ッ トの 金 剛 界 如 来(vajra-dhatu tathagata)は、 ま ず、 一 切 如 来(sarva-tathagata)に 共 通 して 特 有 の 「平 等 性 智 」(samata-」 瓶na)を 現 等 覚(abhisampbuddha)し て 完 全 に 自分 の も の と し て し ま い、 あ ら ゆ る事 物 に 関 す る 平 等 性 が 本 然 の 光 輝 を 放 つ 聖 知 の 鉱 脈 と な っ て(sarva-samata-prakrti-prabhasvara-jnanakara-bhita)、 如 来 と か、 ア ル ハ ッ ト 〔応 供 〕 と呼 ば れ る に 相 応 しい、 完 成 せ る 正 覚 者 (30) (Samrak-salpbuddha)と な っ た(§31)。 この部 分 の 説 明 か ら、〈 仏 智 〉 に 関 して、 大 乗 の喩 伽 行 派 とこ の金 剛 頂 系 密 教 で は 力 点 の置 き所 に 明 白 な 違 い の あ る こ とが 知 られ る。 喩 伽 行 派 の方 は、 そ の 名 も示 す とお り仏 教 の 実 践 派 で あ る に違 い な い が、 理 論 的 に純 粋 度 と抽 象 性 の 高 い1)大 円鏡 智 を リス トの初 頭 に置 き、 そ れ に よ って4種 の 《仏 智 》 全 体 を総 括 しよ うとす る。 これ に対 して 金剛 頂 系 の 密教 は 『真 実 摂 経 』 の この場 所(§31)で、 人 間 の救二済 活 動 とい う《 仏 》 本 来 の機 能 性 を よ り一層 重 要 視 して 前 面 に押 し 出 し、 楡 伽 行 派 の2)平 等 性 智 に《 仏 智 》 第1位 と して の意 義 深 い 特 質 を認 め た の で あ る に違 い ない。 この 金 剛頂 密 教 の態 度 は、 以 前 に あ る論 稿 の中 で、 と くに ヒ ン ド ゥー 教 の根 本 聖 典 と も言 うべ き 『バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギー ター 』 と社 会 ・人 倫 の 規 範 を集 成 す る 『マ ヌの法 典 』 か ら、 や や 詳 し く論 及 した こ と が あ る ヒ ン ド ゥ (31) イ ズ ム の特 別 重 要 視 す る 《 平 等 観 》 と同 じ宗 教 的 な マ ト リッ ク ス に根 ざ し て い る。 ヒ ン ドゥイ ズ ム に お け る平 等 観 の< 理 想 > は 『バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー ター 」 以 来、 民 衆 一 般 の 日常 生 活 に ま で も通 じる宗 教 思 想 と して の カ ル マ ・ヨー ガの 基 本 とされ て き た の で あ った。 密教 の 《仏 智 》、 と言 うよ りもむ しろ正 確 に は成 道 した 金 剛 界 如 来 の 《 自内証 〉 の 境地 に つ い て、 上 に述 べ た 点 を別 の 表 現 に要 約 す れ ば、 最 初 ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 期 の金 剛 頂 密 教 の場 合 に は少 な く とも 『真 実 摂 経』 の は じめ に関 す る か ぎ り、大 乗 喩 伽 行 派 の< 四仏 智 説 > を採 用 して は い る が、 そ の ま ま借 用 した の で は な くて、 第1と 第2の 《 仏 智 》 の位 置 を逆 転 させ た の で あ る。 そ の こ と を、 「一 切如 来 が再 度(punarapi)、 あ の 一切 如 来 の サ ッ トヴ ァ金 剛 か ら出 た 後(nihsrtya)」 の所 作 を 説 く分 段(§32)か ら知 る こ とが で き る。 そ こ の原 文 は、 次 の よ うな 表 現 にな っ て い る。 (1)Aka6agarbha(*)-mahamapi-ratnabhisekepabhisicya 〔(*): §34で は、Akasasalpbhav-一 〕 (2)Avalokitedvara-dharma-jnanamutpadya (3) Sarvatathagata-visvakarmatayampratisthapya (alsocf。 §2(2)∼(4)&§34) そ の よ う に し て か ら、 「一 切 如 来 は ス メ ー ル 山 の 山 頂 へ 行 っ て、 金 剛 界 如 来 を 一 切 如 来 の 尊 厳 性 に お い て 加 持 し(sarvatathagatatve'dhisthaya)、 (32) 一 切 如 来 の 〔帝 王 権 を 示 す 〕 獅 子 座(silphasana)上 に 普 門 仏(sarvato-mukha)と して 安 置 せ し め た(pratidthapayamasuh, §32end)」 とい う。 (1)の認 定 は 少 々 や や こ し い の で、 後 廻 しに す る。(2)の 「観 自在 の 法 智 」 と い う の は、 そ の ま ま 文 字 通 り に 大 乗 喩 伽 行 派 の 《3)妙 観 察 智 》 に 対 応 さ せ て よ い で あ ろ う。 分 段 §2の(3)に あ る 「一 切 知 者 の 聖 知 」sarvajna-jnana とい う の が そ れ に 相 当 す る し、 分 段 §34で は さ ら に 「最 高 の 完 成 に 到 達 し た 」-parama-parami-praptaと い う表 現 が 加 え られ て い る。 平 明 に 解 釈 す れ ば、 そ の 智 は す な わ ち 「何 ご と に つ け、 《 仏 》 が 必 ず そ の 細 部 ま で お 見 通 し で あ る 」 とい う こ とで あ り、 観 自在 菩 薩 と阿 弥 陀 仏 と の 関 係 に つ い て も、 ま ず 問 題 は な い。 (3)に お け る 「一 切 如 来 の 全 事 業 性 」 と い うの は、visvakarmanの 名 が 『リ グ ・ ヴ ェ ー ダ 』(10.81&82)以 来、 大 叙 事 詩 や プ ラ ー ナ の 神 話 に お い て さ え 何 事 に も巧 み な < 天 然 の 造 形 神 > に 与 え ら れ る と こ ろ か ら、 密 教 で は 衆 生 の 救 済 を 含 む < 仏 > の 一 瞬 時 も 間 断 す る こ と の な い、 あ ら ゆ る 場 面 で 見 事 に 対 応 し て 発 現 さ れ る 常 に 完 全 な 活 動 機 能 を指 し て 言 う に 違 い な

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い。 した が っ て、(3)の 表 現 に はjnanaの 語 を 欠 く け れ ど も、 そ の 内 容 は 疑 い も な く大 乗 喩 伽 行 派 の 《4)成 所 作 智 〉 に 完 全 に 一 致 す る。 し た が っ て 分 段 の §34で は 必 ず 効 力 の 現 わ れ る こ と を意 味 す る 「不 空 」amoghaの 語 と と も に、 「所 作 を 円 満 す る 」pari-Prpa-karyaと 明 記 され、 ま た 「諸 願 を 成 満 す る 」paripirpa-manorathaと も 言 う。 最 後 の 複 合 限 定 詞 は §32の(1) と(2)に も共 通 す る と 見 る こ と も可 能 で あ ろ う。 分 段 §2の(4)で は さ ら に 詳 し く、 「あ ら ゆ る 所 作 を成 す 作 具 力 」visva-karya-karapataを 具 有 す る か ら 「何 一 つ 残 す と こ ろ な く、 衆 生 界 の あ ら ゆ る 願 望 を 円 満 す る こ と の で き る 者 」asesanavasesa-satvadhatu-sarvasa-paripurakaな の で あ り、 そ れ を 「大 悲 あ る 者 」maha-krpaと 呼 ぶ の で あ る。 さ て、 分 段 §32の(1)で あ る が、 「虚 空 蔵 の 大 マ ニ 宝 珠 の 《 灌 頂 》(cf・ § 2の(2))に よ っ て 」 と い うの は、 表 面 上 《 仏 智 》 と は 何 の 関 係 も な さ そ う に 見 え る。 し か し、 す で に 述 べ た よ うに 〈4種 の 仏 智 〉 の 中 で 〈2)平 等 性 智 〉 以 下 の3仏 智 に は 明 確 な 対 応 関 係 が 存 在 す る の で あ る か ら、 当 然 こ こ で は、 残 る 喩 伽 行 派 の 〈1)大 円 鏡 智 〉 が(1)の 表 現 の 中 に 秘 に 隠 され て い る の で は な い か と容 易 に 予 測 で き る。 細 か く 見 れ ば、 ま ず 「大 」 の 字 が 共 通 す る よ う で あ る が、 そ の こ と は 取 る に 足 り な い。 次 の 〈 マ ニ 宝 珠 〉 に つ い て は 「高 価 」 で あ る と か 「貴 重 な 品 」 とい う こ と以 外 に、 〈 如 意 宝 〉 の 意 味 が こ こ で は 特 別 に 重 要 で あ る。 「何 で も 意 が か な う」 と か 「思 い 通 り に な る 」 と い う点 は 後 に 述 べ る 理 由 で よ り一 層 の 重 要 性 を 増 す こ と に な る が、 今 は そ れ を 〈 虚 空 〉 の 存 在 価 値 と の 関 連 に お い て 重 視 す べ き で あ る。 〈 虚 空 〉 と く 大 円 鏡 〉 は そ の 中 に 「あ り と あ ら ゆ る も の 」 を す べ て、 一 方 は 「内 包 す る 」 こ と が で き、 他 方 は 「映 し出 す 」 とい う点 で 大 変 よ く類 似 し て い る の で あ る か ら、 ご く 抽 象 的 な く 機 能 構 造 〉 は 双 方 と も に ま ず 同 等 で あ る と 見 て よ い。 し か し 「果 て し も な くつ づ く広 大 さ 」 と い う点 と、 こ の 世 で 働 く具 体 的 な 機 能 面 と で、 比 喩 と し て の ス ケ ー ル と 役 割 に は 雲 泥 の 差 が あ る こ と に 十 分 注 意 し た い。 こ の 点 に つ い て も、 す ぐ下 に 触 れ る 機 会 が あ ろ う。 ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 (1)の合 成 詞 最 後 分 の 《 灌 頂 》 の 語 は、 そ れ が シ ン ボ リ ッ ク な 言 葉 で あ る だ け に、 実 に 取 扱 い に く い。 し か し な が ら、『真 実 摂 経 」 の 分 段 を §29か ら §32へ と続 く ス トー リ ー に 加 え て 教 説 の プ ロ セ ス が ど の よ う に 推 移 して い く か に よ く注 目す る と き、 〈 マ ニ宝 珠 〉 の 比 喩 に 込 め ら れ た に 違 い な い 相 当 重 要 な 意 味 が 輝 き を 増 して く る。 そ の 教 説 は、 分 段 §18以 下 の 場 面 設 定 を 演 出 し終 え た 後 に、 次 の ご と く展 開 す る。 金 剛 界 如 来 が 一 切 如 来 た ち を 勧 請 して、 い ま 自分 が 現 証 し終 え た 「こ の 現 等 覚(abhisalpbodhi)を、 私 を 加 持 して(adhitisthata mam!)、 確 実 な る も の に し て 欲 し い 」 と懇 願 す る(§29)と、 そ の 時、 一 切 如 来 た ち は 金 剛 界 如 来 の、 あ の サ ッ ト ヴ ァ金 剛 の 中 に 入 っ て し ま う(pravista, §30)。 す る と、 そ の 瞬 間 にtasminn eva ksape)金 剛 界 如 来 は 一 切 如 来 の も の で あ る 《 平 等 性 智 》 を 完 全 に 悟 っ て(sarvatathagata-samatajnana-'bhisalpbuddha, etc・)体 現 し、〈 如 来 〉 と い うに 相 応 し い、 応 供(arhat)・ 正 等 覚 者(samyak-sampbuddha)に な っ た(salpvrtta, §31)。 い わ ゆ る 「入 我 観 」 に ま で も 脚 色 で き る よ うな、 こ の 場 面 は き わ め て 重 要 で あ る。 こ こ で は、 一 切 如 来 一 つ ま り、 〈 仏 〉 た る 存 在 の 全 体 に 特 有 の く 悟 りの 智 〉 も し く は く 仏 智 〉 とい う、 無 限 定 か つ 無 形 の 捉 え よ う も な い 絶 対 的 理 念、 こ れ を後 の 専 門 用 語 に 置 き 換 え れ ば 《1)法 界 体 性 智 》 が、 そ の 総 体 と し て、 こ の 世 で 衆 生 の た め に う ま く機 能 す る よ う金 剛 界 如 来 に お い て 現 実 化 へ の く 起 動 〉 を 開 始 した こ と が 巧 妙 な 演 出 の も と で 示 さ れ て い る の で あ る。 そ う し て、 す ぐ後 に 続 く §32で は、 や が て 一 切 如 来 た ち が、 上 に も見 た と お り一 切 如 来 の サ ッ ト ヴ ァ 金 剛 の 中 か ら も う一 度 出 て き て(punarapinihsrtya)、(1)+(2)+(3)以 下 の 諸 行 為 を 行 な う こ と に な る が、 そ の 後 の 場 面 と 情 景 に つ い て は、 す で に 訳 文 を 上 に 記 し た。 こ の 分 段 §32で 一 切 如 来 た ち が 行 な っ た(1)と(2)と(3)の 行 為3種 は、 分 段 §31に お け る 金 剛 界 如 来 の、 い わ ば 自 内 証 で あ る 《 平 等 性 智 》 の 現 実 的 具 体 化 の3様 相 に 他 な ら な い と 見 る べ き で あ ろ う。 す な わ ち、 一 切 如 来 た ち

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は無 限 定 か つ 無形 な る 《1)法界 体 性 智 》 の現 実 化 へ の起 動 相 と して、 金 剛 界 如 来 の得 たく 自内証 の平 等 性 智 〉 とい う一・つ の全 体 を3相 の機 能 的 部 分 に分 割 し、 こ の世 の現 実 の中 で 衆 生 の た め に 具体 的 に よ く機 能 す る3種 の く 仏智 〉 に 変 換 した こ と、 を意 味す る と見 る の で あ る。 この と き、 い か に 広 大 な り とは い え、 実体 の な い映 像 だ け を た だ単 にく 映 し出 す〉 機 能 しか も た ない 円鏡adar曲 の喩 え に比 較 して、 自内 証 の く 平 等 性 智 〉 を 「何 事 に つ けて も思 い の ま ま に実 現 で きる 」 と ころ の 「虚 空 蔵(ま たは 虚 空 生、 §34)所 有 の く マ ニ宝 珠〉 」 に等 置 す る喩 え が、 そ れ も 「虚 空aksaa+大 maha」 とい う詩 的 連 想 を さそ う隠 喩(metaphor)に ま で 助 け られ て、 よ り一 層 強 力 な効 果 を 放 っ て い る こ とが明 らか に 知 られ る で あ ろ う。 そ れ は、 人 間 と して 誰 一 人 の 例 外 もな く近 づ く こ との で き る はず で あ るく 仏 〉 た る存 在 の心 の 中 に、3)妙 観 察 智 と4)成 所 作 智 とが完 全 に機 能 す る た め の 不 可 欠 な、 つ ま り必 要 に して 十 分 な 前 提 条 件 と して く 自 内証 の平 等 性 智 〉 との 間 に必 ず 介 在 しな けれ ばな らな い と こ ろの、 〈 仏 心 〉 のく こ の世 に現 実 化 す る働 き〉 そ の もの で あ る。 これ を §32の(1)では 《 仏 智 》jnnaの 一 つ とは表 現 しな い で、<灌 頂>abhi§ekaと い う所 作 に よ って 言及 した の で あ る にす ぎ な い。 しか し、そ の よ うな表 現 上 の点 の異 同 が どの よ うで あ ろ うと も、 〈 仏 〉 の心 にお け る同 じ機 能 を 「灌 頂 が 最 も よ く権 威 づ け る」 と い う点 で 双 方 の実 質 に 何 一 つ 変 りが あ る わ け で は な い。 こ の よ うに して §32の(1)にお け る 〔そ して、 多 分 §2の(2)「 三 界 の法 王 位 」traidhatuka-dharma-rajyaへ の〕 〈灌 頂 〉 の 用 語 は、 大 乗 喩 伽 行 派 の 〈1)大 円鏡 智 〉 に 相 当 し、な お かつ 〈2)平等 性智 〉 に重 大 な 意 義 を認 めて、 そ れ を く 仏 智 〉 の 第1位 に据 えた 金 剛頂 の密 教 が 内容 と機 能 上 の 位 置 が不 共 で あ る と こ ろ か ら同 じ名 称 の使 用 を憧 り嫌 っ た結 果、 記 録 に残 され た 表 現 で あ ろ う と考 え る の で あ る。 この よ うな わ け で、 以 上 に論 じた 『一 切 如 来 真 実 摂 経 」 の 開 幕 部 分 に お け る重 要 なポ イ ン トを簡 単 に要 約 す れ ば、 そ れ は、 一 切 如 来 の も ので あ る不 可 説 の無 限 定 で 神 秘 的 な く 仏 智 〉 の総 体 つ ま り、〈1)法界 体 性 智 〉 がそ の ま ま、 ま ず 金 剛 界 如 来 自 内証 の〈2)平等 性 智 〉 ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

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密 教 文 化 と して 〈 この 世 へ の 現 実 化 〉 に 向 か って 起動 を開始 し、や が て そ の 《2)平 等 性 智 》 が 次 の 段 階 で 〈3)虚空 蔵 マ ニ宝 珠 の灌 頂 〉 と ぐ)妙 観 察 智 〉 と 〈5)成所 作 智 〉 とい う3相 に分 化 して顕 在 化 し、 こ の世 で 仏 が く 衆 生 の救 済 活 動 〉 を行 うた め に十 分 機 能 す る よ うに な る、 と言 うの で あ る。 5. 次 に、 パ ン チ ャ ラー トラの ヴ ュー ハ 説 との 関 連 で 重要 な 点 は、 金 剛 界 如 来 の、 い わ ば 自内 証 の く 平 等 性 智 〉 とい う一 つ の全 体 が 次 の段 階 で3相 に 分 起 して、 しか もそ の3相 の 問 に は、 上 の 引 用文 の(1)と(2)と(3)それ ぞ れ に 加 え られ たGerundが 示 す よ うに、 時 間 的 な 継 起 とい う前 後 関 係 が あ る ら しい こ とで あ る。 した が って、 少 な く と も 『真 実摂 経 』 の分 段 §31∼32に よる か ぎ り、4種 あ る《 仏 智 》 の下 位3相 は時 間的 に次 々 と継 起 す る の で あ る か ら、 そ れ らに対 応 す る 四仏 の場 合 に も、 中央 の普 門 仏、 大 日如 来 の く無 限定 な機 能 〉 が まず 東 方 の 阿 閤仏 にく 特 殊 化 〉 して 変 現 し、 そ こ か ら さ らに残 る南 ・西 ・北 の三 仏 が個 別 的 に順 次 分 化 して い くとい う説 が何 処 か に あ る の か も知 れ ない。 しか し、 そ こ の部 分 に直 続 す る分 段 §33で は、 阿閤 ・宝 生 ・世 自在 王 ・不 空 成 就 とい う4如 来 の名 称 だ けが た だ列 記 され て、 「あ らゆ る も のの 平 等 性(sarva-samata)を よ く承 知 し、全 方 位 の平 等 な る点 に依 止 して 四 方 の 〔おそ らく 各 位 〕 に鎮 座 した 」 と記 す だ け にす ぎ な い。 した が って、 これ ら4如 来 に関 して は、 そ の記 載 序 列 以外 に時 間 的 な前 後 関 係 を確 認 す る 決 め 手 は な い。 た だ し、東 方 とい う指 定 な しに 阿 閤 如 来 が先 頭 に立 って い る点 に は、 何 らか の意 味 が含 まれ て い る の か も知 れ (33) な い。 この問 題 につ い て、 詳 し くは未 確 認 で あ る。 今 それ は と もか く と して、 こ こ で 「一切 如 来 真 実 摂 経 』 の密 教 に お け る 4種 仏 智 の機 能 につ い て 討 検 した よ うな具 象 的 個 別 化 の パ ター ンは、 パ ン チ ャ ラー トラの ヴ ュー ハ 説 に おい て 絶 対 存 在 で あ る最 高神 が まず ヴ ァー ス デー ヴ ァとい う第1ヴ ュー ハ と して 総 体 的 に顕 在 化 し、 この ヴ ァー ス デ ー ヴ ァ とい う存在 か ら残 る下 位3相 の ヴ ュー ハ が 順次 に特 殊 化 して 個 別 的 に

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生 起 す る とい う見方 に、 類 似 し共 通 す る と言 うよ り もむ しろ、 ほ とん ど完 全 に 同一 構 造 を して い る点 が と くに注 目に値 す る で あ ろ う。 しか もパ ンチ ャ ラ ー トラ で は、 それ に加 え て、 ヴ ュ ーハ4柱 神 の姿 形 を瞑 想 対 象 と して 視 覚 化 す る と き、 次 第 の ご と く東 ・南 ・西 ・北 の4方 位 に配 置 して 教 説 す (34) る こ とが あ る。 した が って、 こ の点 にま で も、両 方 の教 説 には い ち じる し い 同一 性 が認 め られ るの で あ る。 しか し、 パ ンチ ャ ラー トラの ヴ ュ ーハ 説 で は4柱 神 の 間 に あ る時 間 的 な前 後 関 係 が き わ めて 重 要 な モ メ ン トで あ (6) る。 別 の 論 稿 に お い て 詳 し く考 察 す る よ う に、 最 高 神 の ヴ ィ シ ュ ヌ と い う 〈 無 限 定 な 絶 対 存 在 〉 か ら 始 ま る と こ ろ の、 あ る 意 味 で く 有 限 の 特 殊 化 存 在 〉 へ と 向 か う機 能 面 に お け る 〈 変 換 〉 に 加 え て、 さ ら に、 そ れ と 同 時 に 起 こ る く 形 態 変 換 〉transformationが ヴ ュ ー ノ・と い う用 語 に 与 え ら れ た 本 来 の 意 味 な の で あ っ た。 註 (1)拙 稿 「パ ン チ ャラ ー トラ初 期 の ヴ ュ ーハ 説」、『密 教 文 化 』No.172(1990)、PP. 108∼87。 『マハ ・一バ ー ラタ』 第12巻 のNarayaplya章 の教 説 に考 察 を 加 え、 特 質 の概 要 を 論 じた。 (2)「 四 角 い 」 を 意 味 す るcatur-asra(Baghuvamsa 6.10a)の 語 が 「均 斉 の と れ た 」 こと で もあ る(Cf.Kumarasambhava 1.32c)と こ ろに 〈 調 和〉 と く 安 定 性 〉 へ の 古 い記 憶 が 保 存 され て い る と言 え るか も しれ な い。Mallinatha ad Ku-mS 1.32: anytunatiriktam. (3) 拙 稿 「ヒ ン ドゥー教 聖 典 の 通 用 分類 」 『仏 教 学 会 報 』No.5(1990)、p.1参 照。 (4) 同上 稿、PP. 1∼3etpassim. (5) 拙 稿 「ヴ ュー ハ説 の形 成[1]序 説 」、『前 田専 学 博 士 還暦 記 念 論 集 』 (春 秋 社、1991)361ペ ー ジ以 下 を 参 照。 (6) 「ヴ ュー ハ説 の形 成[H]〈 パ ンチ ャ構 造 〉 に よ る認 識形 式 一 」 『西 南 ア ジ ア 研 究 」No***(1992)に 予 定。 (7) 平 川彰 『般 若 心 経 の 新 解 釈 」(パ ー フ。ル 叢 書、 世 界 聖 典 刊 行 協 会1982)92∼96 ペ ー ジ の解 説 は 非 常 に 理 解 しや す い。 「五 薙 」 の教 説 に つ いて は、 さ らに平 川 彰 『法 と縁 起 』、平 川 彰 著 作 集 ・第1巻、 春 秋社1988、41ペ ー ジ以 下 参 照。 そ こ に、 後 続 す る議 論 の 資 料 が 詳 し く提 示 され て い る。 (8) 法(dharma)は、 たん な る 「存在 」(bhava)で は な くして、 法(保 つ もの、 ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

(19)

密 教 文 化 即 ち 変 わ らな い も の)の 名 に 値 す る 「真 理 を 帯 び た も の で あ りつ つ、 しか も 無 常 な る も の 」 で あ る(一 部 省 略)、 平 川 『法 と 縁 起 』216ペ ー ジ。 「法 は 諸 行 無 常 の 世 界、 流 動 的 な 世 界 に 成 立 す る 存 在 で あ る か ら、 絶 え ず 形 を 変 え て い る。 無 常 な る 法 は 性 質 的 存 在 者 で あ る。」(同 書、232∼33ペ ー ジ)。 法=マ ナ ス の 対 境。 (9)Arthaviniscayasutra註Viryasridattaは、5)識 蕊 を 〈食 事 す る 人>bhoktr に 喩 え る 解 釈 例 を あ げ て、 そ の と き、1)色 薙 は 〈器 〉bhajana, 2)受 薙 は 〈料 理 〉 bhojana, 3)想 慈 は 〈調 味 料 〉vyaijana, 4)行 葱 は 〈調 理 師>paktrに 対 応 す る と い う。 メ タ フ ァ・一 で あ る か ら対 応 関 係 に 難 点 が な い わ け で な い が、 こ こ で は 「も の を 食 べ る 」 と い うく 現 実 体 験 〉 の 成 立 を 問 題 に して い る の で あ る。

See Teh Arthaviniscaya-sutra α its Commentary (Nibandhana), ed. by D. H. Samtani, Tibetan Skt Works Series Vol. 13, Patna 1971, pp. 90∼91:

bhajana-bhultanm rupam vedanady-asrayatvat/bhojana-bhuta vedana asvad-yatvat/v)rafijana-bhuta sarmjfla nimittodgrahapena vedanadln vyaijayatlti krtva/salpskarah paktr-bhuta vipakaln abhisampskrtya vijinaopanayanat/ bhoktr-bhutam vijfianam tad-up文bhogad iti/.

本 庄 良 文 『梵 文 和 訳、 決 定 義 経 ・註 』(京 都1989)、50ペ ー ジ に 和 訳 が あ る。 (10)『 秘 密 集 会 』(Guhyasamaja-tantra17.50,p.104: 松 長 本)に、

paica-skandhah samasem pafica-b-uddhah praklrtitah/

と あ り、 さ ら に 五 薙 と 五 煩 悩 の 対 応 関 係 が 示 さ れ て(ibid, 18.46∼48,p.16) 5)識 慈 を ま ず 最 初 に 挙 げ、 そ の 後 に1)色 蕊 以 下 を 説 く。 記 載 の 順 位 と 五 仏 の 名 称

[Ratna-natha & Karma-nath司 と に 多 少 の 異 同 が あ るが、 五 薙 と五 仏 の 明 確 な 対 応 関 係 を 『要 略 成 就 法 」Pindikrama-sadhama1.55∼60か ら 知 る こ と が で き る。See Pancakrama, ed by L. de la vallee Poussin(1896), p.4. こ れ ら の 教 説 を 一般 化 す れ ば、 田 中 公 明F曼 茶 羅 イ コ ノ ロ ジ ー 』(平 河 出 版 社、1987)PP. 97&B1の よ う に な る の で あ ろ う。

(11)註No.28に 掲 げ た 川 崎 訳(筑 摩 書 房)の29∼34ペ ー ジ を 参 照。

(12) See H-T 1.8.12∼3(P.26)&1.9.9(P.32), and also cf. D. L. Sn-ellgrove, The Hevajra Tantra-A Critical Study, Part I, London 1959, pp. 126-7, q.v.Diagrams III & IV.5 Yoginlsと5煩 悩 と の 対 応 は、 see HT 1.9.17∼8

(p.34). (13)詳 し くは、 平 川 ・前 掲 書、213ペ ー ジ 以 下。 「四 諦 」 の 教 理 に 含 ま れ た3種 類 の 《法 》 に つ い て は、 同 書233ペ ー ジ 参 照。 (14) ヒ ン ド ゥ イ ズ ム の 基 本 的 中 心 聖 典 で あ る 「バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー 』 や 『マ ヌ の 法 典 』 も ま た、 苦 ・楽 に よ っ て 代 表 さ れ る こ の 世 の 相 対 観 念 を 超 越 し て 生 き る 境 涯 に 世 俗 内 倫 理 と宗 教 の 理 想 を 認 め て、 と くに く平 等 観 〉 と くカ ル マ ・ヨ ー ガ〉 を 強 調 す る。 こ の 点 に つ い て は、 註NO.31に し る す 拙 論 の 同 じ ペ ー ジ を 参 照。

(20)

(15)三 枝 充 恵「 初 期 仏 教 の 思 想 』 東 洋 哲 学 研 究 所、 昭 和53年、431ぺ ー ジ 以 下。 (16) こ の 「九 次 第 定 」 と は 少 々形 式 の 異 な る 「パ ン チ ャ-構造 」 の 二 重 構 成 が 仏 教 外

の 文 献 に 見 出 さ れ る が、 今 は そ の う ち の 一 例 だ け を 紹 介 す る。 カ ー リダ ー サ 作 の Pラ グ ・ヴ ァ ン シ ャ』 に 注 釈 を ほ ど こ し た ヴ ァ ッ ラ バ デ ー ヴ ァ と マ ッ リナ ー タ は、

と も に カ ー マ ン ダ カ の 次 の 言 葉 を 引 用 す る(ad Raghuva・P6a 3.30)。 (1)susrusa (2)sravanamcaiva (3) grahananl (4)dharanazn tatha/ (5)(6)uhapoho (7)rtha-vijna-nam (8)tattva-jfianam ca dhi-gunah//

(Kamandakiya Nitlsara 4.22 or 7.22, p.74) こ れ は、 明 ら か に 先 行 す る カ ウ テ ィ リヤ のP実 利 論 』6.1.4: susrusa-sravana-grahana-dharana-vijnanohapoha-tattvabh. inivesah prajna-gunah / (also cf. Artha-sastra 1.5.5) に もとづ き、 人 の 〈知 性 〉 ま たは 〈か し こさ〉(dhi)、 あ る い は 〈叡 知 〉(praj五の の8特 質(gupa)を 順序 よ く列 挙 した もの で あ る。 したが って、 この場 合、 大 概 念 と して1つ の 大 きな無 形 の 〈全 体 〉 とな るの はdhi or prajnaで あ る こ と に ま ず 注 意 して お か ね ば な らな い。P実 利 論 』1.5.5は、 同 じ8グ ナ がvidya(学 問) の 成 就 を 左 右 す ると い う。 この 点 を 指 摘 して お く意 味 は、 上 の シ ュ ロー カ の機 能 構造 と趣 旨の本 質 とが、 一 見 して 明 らか に 思 え る4+4=1で は な い こと にか か わ り、賢 者buddhimatは そ の 全 部 を 行 う(Kavyamimamsa 4, GOS 1,P.10)。

さて、 前 半 の(1)∼(4)の4グ ナ は人 間が 知 的に 成 長 す る た め に は外 部 か らす ぐれ た 知 識 を 最 初 の うち は ま ず受 け 入 れ なけ れ ば な らな い点 を4種 に 分 別 した もの で、 本 当 の知 性 を 身 に 付 け た け れ ば、 まず 第 一・に(1)まじめ に よ く聴 こ う とす る素 直 さ(susrusa)が 必 要 で あ り、次 に(2)多聞(sravana)、 そ して(3)そ れ らの 理 解 (grahana)と(4)記 憶(dharapa)が 重 要 視 され て い る。 これ らの4部 分 は、 一 群 と な って 人 が 賢 くな るた め の最 初 の 段 階 で あ る受 動 的 な1つ の全 体 を 形 成 す る。 これ に対 して 後 半 の(5)∼(6)の4グ ナ は 外 側 か ら取 り入 れ た 知 識 を 自分 の もの に す るべ くよ く消 化 して知 性 に 磨 きを か け るた め の 要項 で あ り、 この4種 部 分 が一 丸 とな る と き、 そ こに人 が 賢 くな るた め の 第2段 階で あ る能 動 的 な1つ の 全 体 が 成 立 す る こ とに な る。 そ の4要 項 の 部 分 が、(5)よ く考 え 推 論 す る こ と(uha)(6) 誤 りを 否 認 す る こと(apoha)(7)事 物 の分 析 知(artha-vijnana)そ して(8)真理 の 包 括 知(tattva-jnana)で あ る。 これ まで の 分 析結 果 か ら、先 に 引用 した カー マ ンダ カ の シ ュ ロー カに 含 ま れ た 機 能 的 構 造 が 次 の よ うに判 明す る。 前 半 のパ ダabに お け る4項 目は 〈知 性 〉 ま た は 〈叡 知 〉 を獲 得 す る た めの 受 動 的 な 最 初 の段 階 で あ り、パ ダcdの 能 動 的か つ積 極 的 な 第2段 階 の全 体 にた ど りつ くま で の、 い わば 前 方 便 で あ る。 したが って、 こ こ まで の と こ ろ に4+1=5と い う機 能 方 程 式 の 存 在 を 認 め て よ い。 次 にパ ダ ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

(21)

密 教 文 化 cdも4分 構 成 で あ る が、 こ れ は パ ダabの 前 方 便 を ふ ま え た 上 に 成 立 す る の で あ る か ら、 こ こ の 方 程 式 は1+4=5に よ って 機 能 す る。 こ の よ う に カ ー マ ン ダ カ の 〈知 性 〉 と 〈叡 知 〉 の 場 合 に は、 「パ ン チ ャ構 造 」 が 前 ・後 の 逆 方 向 に 二 重 の 作 用 を して い る。 入 の 知 性 と 叡 知 の 開 発 に は 「こ れ ま で で よ い、 充 分 だ 」 と い う 終 局 点 は 存 在 し な い。 人 は 死 ぬ ま で 知 恵 の 灯 を と も し 続 け た ほ うが よ い に 違 い な い。 そ の た め に は、 グ ナ の 語 が 複 数 形 で 示 さ れ て い る と お り、 後 半 の 積 極 相4項 目 に つ い て は 言 う ま で も な く、 最 初 の 受 動 相 を 構 成 す る4項 目 の 中 の ど の1つ も 失 わ れ る べ き で は な い こ と に ま で 配 慮 が 行 き 届 い て い る の で あ る。 し た が っ て、 表 面 的 に は1-4+4に 見 え る 構 成 を、 実 は 機 能 的 に 1=・4+1&1+4と 理 解 し な け れ ば な ら な い。 そ こ に 二 重 の 「パ ン チ ャ構 造 」 を 読 み 取 る こ と に よ っ て 初 め て、 作 者 の 真 意 と す る と こ ろ に ま で ふ み 入 る こ と が で き そ う に 思 わ れ る。 (17) た と え ば 〈5根 〉 に つ い て、cf. Arthaviniscayasutra-nibandhanam(op.it.

p.224): indriyanam puny, h kram-ah/ sraddadhano hi phalartham viryam arabhate/arabdha-viryasya smrtir upatisthate/upasthita-smrter aviksepac cittam samadhiyate/samahitc1,Cltto yatha-bhutazn prajanati/. 和 訳 は、 上 掲 の 本 庄 訳117ペ ー ジ を 参 照。

(18)MSA[=Dlahayanasutralaiikara]9.22, 『大 乗 荘 厳 経 論 』 菩 提 品 第 十 の18。 agraln nairatmyam visuddha tathata, sa ca Buddha: nam atma…/ad MsA 9.23. Also cf. MSA 9.37 and ad: sarvesam nirvisista tathata, tad-visuddhi-svabhavas ca tathagatah/atah sarve satvas tathagata-garbha ity ucyate/. (19)-Msg 9.65∼6.〈 三 身 説 〉 は、 《仏 》 の 〈働 き〉 を 問 題 に す る と き、 〈仏 〉 の 〈あ り方 〉 の 相 違 に よ って そ の 〈働 き 〉 に も 区 別 が あ る こ と を 示 す も の で あ る か ら、 そ れ ぞ れ の 〈あ り方 〉 の 根 底 で く仏 の 三 身 〉 は す べ て 平 等 で あ り、 常 住 で あ る。1)自 性 身 〔ま た は、 法 身 〕 の 特 質 は 転 依(paravrtti)に あ り、2)受 用 身 は 法 の 受 用 を な し て 自利 を 成 就 し、3)変 化 神 は 利 他 を 目 的 と し て 他 に 種 々 の 諸 仏 を 現 じ て 衆 生 の 済 度 を な す。 こ の 三 身 を、 中 観 派 系 統 の 慣 例 で は、1)法 身、2)報 身、3) 化 身 と 呼 ぶ。 宇 井 伯 寿P大 乗 荘 厳 経 論 研 究 』(岩 波 書 店、 昭 和36年)26・∼28ペ ー ジ 参 照。 一 般 に は ヒ ン ド ゥ ー の ヴ ィ シ ュ ヌ派 と 南 イ ン ドのSrzvaisnava派 と が 最 高 神 ヴ ィ シ ュ ヌ の 存 在 概 念 に5種 類 の 形 式 を 区 別 して、1)Para[究 極]2)Vyuha[顕 現]3)Vibhava[化 身]4). Antalryamin[内 制 者]5)Arca[偶 像]と い う、 い わ ば 最 高 神 の 〈五 身 説 〉 を 教 示 す る、 と い うふ う に よ く解 説 さ れ て い る。 ヴ ェ ・一ダ ー ン タ学 派 の 系 列 に あ るSrivaisnava派 に 関 す るか ぎ り、 そ れ は 正 し い。 た と え ば、 see Tattvatrayam(css 4, pp. 121-144), isvarasya svarupam 1)para-2)vyuha-3)vibhava-4)antaryamitva-5)arcavatara-bhedena panca-prakaram/etc.; also

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cf.Yatindramatradipika(AnSS 50), pp. 83∼89, evalp-prakara isvarasya para-vytlha-vibhavantaryamy-arcavatarra-rupepa panca-prakarah/etc. and Sarvadarsanasangraha(Govm. OS 1)pp. 115&119∼20.

し か し、 祭 祀 論 の 実 践 主 義 に 徹 底 す る パ ン チ ャ ラ ー ト ラ の 場 合 に は、 古 ウ パ ニ シ ャ ッ ド以 来 の 哲 学 原 理 で あ る4)Antaryaminの 概 念(BAUp 3.7.14ff. MaUp 6; see also R Deussen, The. Philosphy of the Upanishads, p.207)が 早 々 と 教 学 に 取 り入 れ られ て 体 系 化 さ れ た と は 考 え 難 い。 現 存 す る 最 初; 期 の 聖 典 で あ る く三 種 の 宝 物>Ratna-trayaの 中 で、 欠 落 部 分 の 多 い 『パ ウ シ ュ カ ラ ・サ ン ヒ タ ー 』 を 除 外 す る と して、 ま ずSatvata-samhitaが4)内 制 者 に 言 及 す る の は、 お そ

ら く次 の 場 合 に 限 る で あ ろ う。 「Sad Brahmanな るVasudevaま た はParaの 存 在 で あ る-Bhagavatが、adhikarin or yoginた ち のhrdi-stha or hrdaye-saya

(SS 2.4&7cd∼8ab;cf. BhG 13.17d, 15.5a, 18.61ab)で あ る」 と 教 説 す る の と、 「最 高 の 自 在 神 が 部 分 な き 姿 を 取 っ て、 生 存 状 態 に あ る 一 切 の 〈内 制 者 〉 と な って い る。」

… …sarveslp bhavinalp Paramesvarah//

sthito, ntaryami-bhavena rupam asadya niskalam/(SS 9 96cd∼97ab) と 述 べ は す る が、 そ の 理 由 と し て 言 及 す る と こ ろ は、 「〈生 存 〉 と は 根 本 質 量 因 の 現 実 化 で あ り、 非 精 神 的 な 普 遍 概 念 で あ る が、 マ ン ト ラ と か ニ ャ ・一サ の 呪 的 効 力 に よ っ て、 そ れ が 聖 別 さ れ て 崇 拝 対 象 に な る こ と が あ る 」 か ら に 他 な らな い の で あ る。

bhavah saksatpradhanalp tu vyapako jada-laksapah// mantra-mantresvara-nyasat so'pi pujyatvam eti ca/

ity evam adi,… …//(SS 9.95cd'-96c) ま た、 『ジ ャ ヤ ー キ ヤ ・サ ン ヒ タ ー 」 で は 「す べ て の 神 々 の 内 制 者 」 と し て そ の 語 が 現 わ れ、 「群 が る 星 に 対 す る 大 空 」 が 《直 喩 》upamaで あ る。 し か し、 最 高 神 の 五 身 説 と して 確 定 し た よ う な 教 説 は 見 出 せ な い。

sa, ca vai sarva-devan-aln-a6ray-ah Parameesvarah/

antaryami sa tesam vai, tarakanam yatha'mbaram//(JS 4.8; cf.14c) 初 期 の 聖 典 で は な い が 『ラ ク シ ュ ミー ・ タ ン ト ラ』 も ま た、4)内 制 者 を 除 く他 の4身 だ け に つ い て、 第2章(全)と か 第4章(4.1∼31)に 見 る ご と く組 織 的 な 解 説 を す る(also cf. LT 10 10∼11, 11.4, 8, 40∼1&51b)。 た だ し、 MBh ナ ー ラ ー ヤ ニ ー ヤ 章(12.326.38-45)に は 「最 高 神 ヴ ァ ー ス デ ー ヴ ァが サ ン カ ル シ ャ ナ に 変 身 し、 個 我(jlva)と な っ て、 こ の 世 に 内 在 す る 」 と い う 教 説 が あ る。 拙 稿 「パ ン チ ャ ラ ー ト ラ 初 期 の ヴ ュ ー ハ 説 」、『密 教 文 化 』 第172号(1991)、 100∼99ペ ー ジ 参 照。 お そ ら く、 こ の あ た りか らパ ン チ ャ ラ ー ト ラ の 〈内 制 者 説 〉 が し だ い に 発 達 し て い っ た の で あ ろ う。Cf.eg., LT 15. 8: paralp brahma…

ヴ ュ ー ハ 説 の 形 成 ︹ 3 ︺

(23)

sarva-Bhutantah-stham 古 くAv 10.7.17; 10.20&11. 81こま で さか の ぼ るが、 多 分BhG第15章(esp. lab, 15a&17cd; also 7, 5f. &9c, 17.6c)か ら の 展 開 で あ ろ う。 さ ら に、SatBr 11. 2.3.3, TaitBr 2.7. 1, BAUp 1.4.7&3. 4.1∼2な ど。

以 上 の よ う な 初 期 聖 典 以 来 の 主 た る 傾 向 に 対 し てPア ヒ ル ブ ド ゥニ ヤ ・サ ン ヒ タ ー 』11.63に、 名 称 の一 部 を 欠 き、 ま た 内 容 の 詳 細 に 関 す る 指 摘 は な い が、 最 高 神 の く存 在 様 式>5種 へ の 言 及 ら し き も の が 現 わ れ る。

nirmame scram uddhrtya svayalp Visnu-r asamkulam/ tat1)Para-2)Vyuha-3)vibhava-4)&5)svabhavadi-nirupanam//63 Pancaratrahvayam tantram moksaika-phala-laksanam/

Sudarsanahvayo yo 'sau samkalpo vaisnavah parah // 64

sa svayam bibhide terra, pancadha panca-vaktra-gah /(AS 11.63∼5) こ の 部 分 の 解 釈 に つ い て は、Schrader, Introd2cction, PP.25∼6&51∼2を 参 照。 しか し、 「ア ヒ ル ブ ド ゥ ニ ヤ ・サ ン ヒ タ ・一』 でantaryamitaを 指 摘 さ れ る の は 第4ヴ ュ ・一ハ のAniruddhaで あ る。See AS 59.34∼36.

よ り一 層 後 代 の 文 献 に な る と、 最 高 神 の 〈五 身 説 〉 が 確 定 す る。 た と え ば 『ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ク セ ー ナ ・サ ン ヒ タ ー・』(quoted in the comm. to Tattvatraycc. P. 122)に、

mama prakarah panceti prahur vedanta-paragah/ 1)paro, 2)vyuhas ca 3)vibhavo, 4)niyanta sarva-dehinam// 5)arcavataras ca tatha dayaluh purusakrtih / ity evam pancadha prahur mam rahasya-vido janah// と あ り、 ま た 『シ ュ リ・-プ ラ シ ュ ナ ・サ ン ヒ タ ・一』2. 54cd∼55abは、

man-murtayah panca-vidha vadanty upanisatsu ca//

1)para-2)vyuho 3)harda (=・antaryamin)ete 4)vibhavo 5), Arceti bhedatah/ と 述 べ て い る。 さ ら に、cf. PMS 8.177&25.57, IS 20.236∼4. し か し な が ら、 最 初 期 の 聖 典 で あ る 「サ ートヴ ァ タ ・サ ン ヒ タ ー 』 の1.26・∼57&2.7∼12か ら見 て、 パ ン チ ャ ラ ー ト ラ の 最 初 期 に は1)Para, 2)Vyuha, 3)Vibhavaと い う3種 の く存 在 形 式 〉 だ け が ま ず 〈一組 〉 と し て 承 認 さ れ て い た(see LT 10.9∼11)の で あ り、 そ れ らは 少 な く と も 『マ ハ ー バ ーラ タ 』 第12巻 の ナ ー ラ ー ヤ ニ ー ヤ 章 の こ ろ か ら最 高 神 の 存 在 形 式 と し てa られ て い た の で あ る。 な お、5)Arca[偶 像1の 存 在 形 式 に は、 最 高 神 と い う眼 に は 見 え な い 形 而 上 原 理 の 現 実 的 形 象 化

(pratima: Manu 9.285, 8.87; also 4.39, 130&153)と い う、 い ま 一 つ 別 の 概 念 的 要 素 が 加 増 さ れ て い る。 し た が っ て、 上 の 〈3形 式 〉 に よ る ヴ ィシ ュ ヌ派 最 高 神 の 〈あ り 方 〉 と 大 乗 二 派 の く三 身 説 〉 と の 間 に は 本 質 的 に 共 通 す る 観 念 が 多 く認 め られ、 両 説 は ヒ ン ド ゥ イ ズ ム と 大 乗 仏 教 と が イ ン ドの 宗 教 思 想 と い う 精 神 的 マ ト リ ッ ク ス の 中 で 基 本 的 に 密 接 な 対 応 関 係 に あ る こ と を 示 す 格 好 の 一 例 と

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