眞
言
宗
の
経
典
森
田
龍
僊
一 釋 摩 訶 衍 論 の 第 十 に 云 く 、 ﹁ 我 れ 四 王 自 在 處 よ り 、 下 大 海 の 龍 宮 殿 に 入 り 、隨 分 に 諸 の 契 經 海 を 窺 ふ に 總 じ て 一 百 洛 叉 の 數 あ り ﹂ と 。 同 第 一 に 云 く 、 ﹁ 凡 そ 一 代 の 種 々 の 諸 經 を 集 む る に 一 百 億 部 あ り ﹂ と こ れ 即 ち 釋 尊 一 代 五 十 餘 年 間 に 説 き た ま ひ し 顯 教 の 數 量 で あ り、 眞 言 以 外 の 華 嚴 、 天 台 、 法 相 、 三 論 禪 、 淨 土 等一 切 諸 宗 派 所 依 の 經 典 で あ る 。 眞 言 宗 は こ れ に 對 し て 、 獨 り 大 日 如 來 所 説 の 兩 部 二 十 萬 頌 の 大 經 を 唯 一 の 所 依 と し て 成 立 せ る も の で あ る 。 わ が 宗 祖 弘 法 大 師 、 延 暦 二 十 三 年 に 入 唐 留 學 の 命 を 銜 み 、 大 唐 青 龍 寺 恵 果 和 尚 に 師 事 し て か の 兩 部 大 經 の 蘊 奥 を 傅 授 せ ら れ 、 そ の 傍 ら 般 若 三 藏 等 に 遇 ふ て 悉 曇 及 び 幾 多 の 密 教 を 學 び 終 り 、 大 同 元 年 に 歸 朝 し 、 同 年 十 月 二 十 二 日 、 請 來 の 經 典 法 器 に 目 録 一 卷 を 添に て 平 城 天 皇 に 上 表 し て 復 命 さ れ た 。 そ の 御 請 來 録 の 根 本 要 旨 に 云 く 、 幸 に 先 帝 桓 武 天 皇 の 恩 寵 に 浴 し て 密 教 相 傳 の 明 師 に 遇 ひ 、 具 さ に 兩 部 大 法 諸 尊 の 瑜 伽 を 學 ぶ を 得 た り 。 こ の 法 は 、 即 身 成 佛 の 徑 路 に し て 鎭 國 安 民 の 要 術 な り 。 善 無 畏 三 藏 眞 言 宗 の 經 典 一眞 言 宗 の 經 典 二 が 王 位 を 棄 て ゝ 斯 道 を 慕 ひ 、 龍 智 菩 薩 、 斯 文 を 翫 び 八 百 歳 に し て 老 ひ ざ る 所 以 こ ゝ に あ り 。 佛 法 の 行 藏 は 時 を 逐 ふ て 寄 卷 す 、 今 、 陛 下 聖 徳 の 致 す 所 、 こ の 無 上 の 靈 寳 は 我 國 に 來 れ り 、 希 は く ば 中 外 に 宣 布 し て 國 恩 に 報 ず る こ と を 許 さ せ た ま へ と 。 而 し て そ の 目 録 の 内 容 た る や 、 新 譯 の 經 等、 百 四 十 二 部 、 二 百 四 十 七 卷 梵 字 眞 言 讃 等 、 四 十 二 部、 四 十 四 卷 論 疏 章 等 、 三 十 二 部 、 百 七 十 卷 を 初 め と し て 、 兩 部 曼 荼 羅 、 祖 師 の 眞 影 十 鋪 、 秘 密 道 具 九 種 、 恵 果 阿 闇 梨 の 附 囑 物 十 三 種 が そ れ で あ る 。 こ の 中 、 經 論 章 疏 中 に は 、 天 台 、 華 嚴 な ぞ 、 傍 ら そ の 宗 の 學 者 よ り 親 し く 受 傳 さ れ た る 部 分 も 少 々 ま じ つ て ゐ る 。 我 が 大 師 の 密 教 御 請 來 以 前 に 、 一 部 の 密 教 が つ と に 傳 は り つ ゝ あ り し こ と の 事 實 と し て は 、 か の 大 寳 元 年 に 、 三 論 の 道 慈 入 唐 し て 求 聞 持 法 を 傳 來 せ し が 如 き 、 天 平 六 年 に 法 相 の 玄昉 入 唐 し て 大 日 經 義 記 を 請 來 せ し が 如 き こ れ で あ る 。 し か し こ れ ら は み な そ の 部 分 的 密 教 で あ つ て 具 體 的 密 教 と は 名 づ け ら れ な い 。 具 體 的 密 教 の 傳 來 者 と し て は 、 大 師 を 初 め と し 同 時 に 入 唐 さ れ た 傳 教 、 及 び 大 師 御 入 定 後 に お け る 慈 覺 、 智 證 等 の 六 師 だ る 、 所 謂 入 唐 入 家 を 推 さ ヾ る を 得 ぬ 。 歴 代 の 命 費 は 正 統 君 主 以 外 の も の ゝ 掌 握 を 許 す べ き で も な く 、 ま た 命 寳 は た ヾ 一 つ の み あ つ て か け が へ な き が 如 く 、 密 教 も ま た こ れ
と 同 じ く 、 純 粋 眞 正 の 密 教 は た ヾ 正 統 者 の み に よ つ て 授 受 せ ら れ る も の で あ り 、 そ し て ま た そ れ が 、 他 の 模 倣 や 追 隨 の 及 ば ざ る 獨 特 の も の で な け れ ば な ら ぬ 。 支 那 密 教 に は 古 來 自 か ら 傍 正 の 兩 系 が あ つ た 。 所 謂 金 剛 智 、 不 空 、 恵 果 の 次 第 の 如 き は 正 系 に 屬 し 、 善 無 畏 、 玄 超 、 惠 果 等 の 次 第 の 如 き は 傍 系 に 屬 し て ゐ る は 、 事 實 が 分 明 に 語 れ る 所 の も の な る が 、 こ の 中 、 大 師 の み は そ の 正 系 を 傳 へ 、 他 の 七 家 は み な そ の 傍 系 を 傳 へ た も し も の で あ る 。 自 家 の 地 歩 な る も の は 最 も 明 ら か に し て か ゝ ら ね ば な ら ぬ 性 質 の も の ゆ ゑ 、 大 師 は そ の 御 請 來 録 に お い て ﹁ 密 藏 に 於 て は 或 は 源 あ り 或 は 派 あ り 、 古 の 法 匠 は 派 に 泳 ぎ 葉 を 攀 づ 、 今 の 所 傳 は 柢 を 拔 き 源 を 竭 く す ﹂ と 宣 言 し た ま ふ て ゐ る 。 こ の 中 、 古 の 法 匠 と は 大 師 以 前 の 密 教 傳 來 者 を 指 し た こ と ば な る も 、 義 に 至 つ て は 入 唐 の 七 家 に 通 ず る こ と は 當 然 で あ る 。 こ は 決 し て 自 家 稱 讃 の 辭 で あ る 筈 が な く 、 到 底 爭 ふ こ と 能 は ざ る 眞 摯 の 宣 言 で あ る 。 二 大 師 す で に 大 日 、 金 薩 の 心 肝 た る 一 百 餘 部 の 秘 密 金 剛 乗 教 を 請 來 し 、 所 信 と 抱 負 と を 聖 天 子 に 上 奏 し て そ の 宣 布 の 恩 勅 を 受 け た ま ひ、 ご ゝ に 明 珠 の 光 り は 日 を 逐 ふ て 異 彩 を 放 ち 、 そ の 眞 價 は 朝 野 七 宗 の こ ぞ つ て 認 む る 所 と な つ た 。 殊 に 嵯 峨 帝 の 御 叡 信 の 如 き は 非 常 の も の に て あ ら せ ら れ 、 そ の 結 果 、 修 禪 の 道 塲 と な す べ く 、 弘 仁 七 年 に は 紀 州 の 高 野 山 を 賜 は り 、 又 諸 宗 僧 侶 の 雜 住 を 禁 じ て 純 粋 に 密 教 の 根 本 地 と な す べ く 、 同 十 四 年 に は 京 都 の 東 寺 を 賜 は る に 至 つ た 。 大 師 は か く て 一 宗 百 年 の 大 計 を 樹 眞 言 宗 の 經 典 三
眞 言 宗 の 經 典 四 立 せ む た め に は 、 不 磨 の 憲 章 を 定 む べ き 必 要 上 、 同 年 十 月 十 日 を も つ て 、 ﹃ 眞 言 宗 所 學 經 律 論 目 録 ﹄ な る も の を ば 、 ま つ 第 一 に 制 定 し 上 奏 し て 勅 許 を 受 く る こ ご に な さ れ た の で あ る 。 佛 教 は 修 行 道 多 途 あ る も 要 は 戒 、 定 、 慧 の 三 學 を 出 で な い 、 而 し て 顯 教 と し て の 三 學 が あ る に 對 し て 、 密 教 に も ま た 密 教 と し て の 三 學 が こ れ 無 く て は な ら ぬ か ら 、 乃 ち こ の 三 學 能 詮 の 經 律 論 目 録 が 制 定 さ れ し 所 以 で あ る 。 そ れ は 、 か の 御 請 來 録 に 雜 然 と し て 列 擧 さ れ た 密 教 經 典 に 對 し て 、 大 い に 經 、 律 、 論 の 三 つ に 分 け る の を 目 的 こ す る が 、 即 ち 經 二 百 卷 梵 字 眞 言 讃 等 四 十 卷 律 百 七 十 卷 論 十 一 卷 合 計 四 百 二 十 四 卷 が そ れ で あ る 目 録 に は 經 を 百 五 十 部 二 百 卷 と 計 上 さ れ て あ る も 、 そ の 實 は 百 三 十 二 部 、 二 百 三 十 一 卷 で あ る 。 梵 字 眞 言 讃 等 は 、 前 の 經 中 に あ る 其 言 陀 羅 尼 や 讃 詠 な ど の 梵 語 で あ る か ら こ の 四 十 卷 は 全 く 經 部 に 攝 せ ら る べ き も の で あ る 。 而 し て こ の 經 部 の 内 容 は 、 金 剛 智 、 不 室 兩 三 藏 所 譯 の 六 十 二 部 、 七 十 三 卷 を ば
金 剛 頂 部 に 屬 し 、 善 無 畏 及 び 前 の 兩 三 藏 所 譯 の 七 部 、 十 三 卷 を ば 胎 藏 部 に 屬 し 、 善 無 畏 、 不 空 、 般 若 等 諸 三 藏 所 譯 の 六 十 三 部 、 百 四 十 五 卷 を ば 雜 部 に 屬 せ ら れ て 要 す る に 三 部 に 分 た れ て ゐ る 。 次 に 律 部 に つ く に 實 地 に 、 數 へ る と 十 五 部 、 百 七 十 三 卷 あ る が 、 中 に 於 て 、 蘇 悉 地 經 三 卷 蘇 婆 呼 童 子 經 二 卷 三 昧 耶 佛 戒 儀 一 卷 な る 三 部 六 卷 の み は 密 部 な る も 、 そ の 餘 は す べ て 小 乗 有 部 宗 の 律 藏 で あ る 。 蘇 悉 地 、 蘇 婆 呼 の 二 經 は 大 日 經 疏 に 秘 密 藏 二 部 の 戒 本 と い つ て あ つ て 、 眞 言 行 者 が 守 ら な け れ ば な ら ぬ 密 教 特 有 の 禁 戒 が 説 い て あ り 、 三 昧 耶 佛 戒 儀 は 、 名 の 如 く 入 壇 灌 頂 の 初 め に 授 く る 秘 密 三 昧 耶 佛 戒 の 體 相 と 方 軌 と を 示 し た も の で 、 而 し て こ れ は 弘 法 大 師 の 撰 述 で あ る 。 宗 徒 が 以 上 の 三 部 を 學 ぶ べ き は 當 然 な る も 、 小 乗 有 部 の 律 藏 を 併 べ 學 ぶ べ き 理 由 如 何 と い ふ に 、 凡 そ 一 般 大 乗 の 上 よ り い ふ も 、 三 聚 淨 戒 の な か に て 攝 律 儀 の 一 戒 に 至 つ て は 小 乗 と 異 な ら ず と す る が 定 説 で あ り 、 所 謂 三 千 の 威 儀 、 八 萬 の 細 行 と も い ふ べ き 五 篇 七 聚 の 戒 相 の 委 説 は 、 小 乗 律 に 待 た な け れ ば な ら ず 、 又 小 乗 律 の な か に て も 、 有 部 律 な る も の は 他 の 四 分 律 な ぞ に 比 し て は 、 時 處 に 憾 じ て 寛 嚴 の 調 節 が や ゝ 自 由 に な し 得 ら る べ き 長 處 を 有 つ て ゐ る か ら で あ る 。 さ う し て 眞 言 行 者 が 常 に 佛 地 の 三 昧 道 に 住 す る 高 き 理 想 を も つ て 、 か の 小 乗 律 を 行 ふ な ら 眞 言 宗 の 經 典 五
眞 言 宗 の 經 典 六 ば そ れ が 直 ち に 密 教 化 さ れ て 甚 深 の 意 義 を 呈 し 來 る も の で あ る 。 次 に 十 一 卷 の 論 藏 と は 、 眞 言 行 者 が 理 想 と す べ き 三 種 の 菩 提 心 、 及 び 顯 密 の 淺 深 、 戒 佛 の 遲 速 勝 劣 を 明 示 せ る 菩 提 心 論 一 卷 と 、 因 果 二 分 の 範 域 を 明 ら か に し 、 明 無 明 の 分 齊 を 分 別 す る こ と に よ つ て 、 詳 ら か に 顯 密 の 優 劣 を 悟 ら し め む と す る 釋 摩 訶 衍 論 十 卷と が こ れ で み り 、 そ し て こ の 二 部 は 龍 猛 菩 薩 の 造 で あ る 。 こ れ に 就 て は 古 來 他 門 に お い て 往 々 に 疑 難 を 挾 む と 雖 も 、 わ が 大 師 は 千 古 の 卓 見 を も つ て と も に 龍 猛 の 眞 作 と 定 め た ま ふ て ゐ る の で あ る か ら 、 淺 慮 の 論 議 を さ け て 仰 い で 信 學 す べ き で あ る 二 論 の 造 者 に 對 す る 疑 難 を 通 釋 し て 餘 す 所 な き は 、 果 寳 師 の 寳 冊 鈔 第 七 、 八 及 び 賢 寳 師 の 他 師 破 決 集 第 四 等 の 如 く で あ る 。 三 以 下 は 兩 部 大 經 に つ い て 、 そ の 經 本 の 不 同 及 び 傳 譯 の 大 要 を 述 べ や う と 思 ふ 。 ま つ 經 本 の 不 同 に 就 て 、 大 師 は 、 大 日 經 に は 三 本 、 金 剛 頂 經 に は 二 本 の 不 同 あ り と せ ら れ る 。 大 日 經 の 三 本 と は 、 大 日 經 開 題 に 、 ﹁ 此 の 經 に 總 じ て 三 本 あ り 、 一 つ に は 法 爾 常 恒 の 本 、 諸 佛 の 法 曼 荼 羅 是 れ な り 。 二 つ に は 分 流 の 廣 本 、 龍 猛 の 誦 傳 す る 所 の 十 萬 頌 の 經 是 れ な り 。 三 つ に は 略 本 、 三 千 餘 頌 あ り ﹂ と 釋 し だ ま へ る が こ れ で あ る 。 次 に 金 剛 頂 經 の 二 本 と は 、 理 趣 經 開 題 に 、﹁ 此 の 金 剛 瑜 伽 經 に 二 本 あ り 、 一 つ に は 廣 本 、 即 ち 法 佛 恒 説 の 法 曼 荼 羅 是 れ な り 。 次 に は 分 流 の 本 、 即 ち 龍 猛 所 傳 の 十 萬 頌 の 經 是 れ な り ﹂ と の 釋 が
こ れ で あ る 。 然 る に 金 剛 頂 經 開 題 に 、 ﹁ 此 の 十 八 會 の 瑜 伽 、 或 は 四 千 頌 、 或 は 五 千 頌 、 或 は 七 千 頌 、 都 べ て 十 萬 頌 と 成 る ﹂ と あ つ て 、 こ の 四 千 頌 、 五 千 頌 、 七 千 頌 と い ふ は 略 本 の こ と で あ る か ら 、 理 趣 經 開 題 の 釋 に 加 へ る と 、 金 剛 頂 經 も ま た 實 に は 三 本 の 不 同 あ り と い ふ 意 で あ る 。 こ の や う な 釋 義 の 所 依 こ な れ る も の は 、 大 日 經 疏 及 び 金 剛 頂 經 義 訣 の 二 書 で あ る 。 疏 に 云 く 、﹁ 毘 慮 遮 那 の 大 本 に 十 萬 の 偈 あ り 、 浩 廣 難 持 な る を 以 て の 故 に 、 傳 法 の 聖 者 其 の 宗 要 を 探 る に 凡 そ 三 千 餘 頌 あ り ﹂ と 。 こ れ 即 ち 大 日 經 三 本 中 の 後 の 二 本 の 所 依 で あ る 。 又 云 く 、﹁ 然 も 此 の 經 、 閻 浮 提 に 流 布 す る に 略 し て 十 萬 の 偈 あ り 、 若 し 十 佛 刹 微 塵 の 大 衆 各 々 に 廣 く 身 口 意 差 別 の 法 門 を 演 ぶ れ ば 則 ち 限 量 な し ﹂ と 。 こ の 十 佛 刹 の 大 衆 所 演 の 限 量 な き 經 が 、 即 ち 三 本 中 の 第 一 法 爾 常 恒 本 の 所 依 で あ る 。 次 に 義 訣 の 意 に よ ら ば 、 昔 し 南 天 竺 國 に 鐵 塔 あ う 、 鐵 扉 鐵 鎖 を も つ て 封 閉 せ ら れ 、 つ ひ に よ く こ れ を 開 く 人 が な か り し に 、 釋 尊 の 滅 後 入 百 年 に 當 つ て 、 龍 猛 菩 薩 に よ つ て 始 め て こ れ が 開 か れ た 。 さ て そ の な か に あ る 經 卷 の 量 は と い は ゞ 、 厚 さ は さ な が ら 床 の 如 く に し て 凡 そ 四 五 尺 に も あ ま り 、 無 量 頌 を も つ て み た さ れ て ゐ る 、 こ れ 即 ち 金 剛 頂 經 で あ つ た 。 さ う し て 菩 薩 は 、 そ の 塔 内 に ま し ま せ る 金 剛 薩 捶 よ り 秘 密 灌 頂 を 授 け ら れ を は り 、 さ ら に 薩 捶 の 加 持 神 力 に よ つ て か の 無 量 頌 の 經 を 讀 む や こ ゝ に 文 義 と も に 了 々 に 憶 持 す る こ と を 得 ら れ た 。 か く て 菩 薩 は 受 法 全 く を は り 、 塔 を 出 で ゝ の ち 、 そ の 憶 持 す る 所 の 經 意 の 要 を と つ て 書 寫 し て み る と そ れ が 即 ち 十 萬 頌 の 經 本 と な つ た 。 菩 薩 再 び こ の 眞 言 宗 の 經 典 七
眞 言 宗 の 經 典 八 十 萬 頌 の 最 要 を と つ て 略 瑜 伽 の 經 を つ く ら れ た と い ふ に あ る 。 こ れ に よ つ て み る と 、 金 剛 頂 經 な る も の に は 、 ( 一 ) 塔 内 安 置 の 無 量 頌 の 廣 本 ( 二 ) 閻 浮 流 傳 の 十 萬 頌 の 大 本 ( 三 ) 同 略 本 の 三 本 あ る こ と ゝ な る 。 故 に 海 雲 の 金 剛 界 記 に も 、 金 剛 頂 經 の 梵 筴 は 、 略 本 は 四 千 偈 、 中 本 は 十 萬 偈 廣 本 は 則 ち 無 量 百 千 倶 胝 那 庚 多 微 塵 數 偈 と い つ て ゐ る 。 抑 、 第 五 祖 金 剛 智 三 藏 が 南 天 竺 國 よ り 初 め て 來 唐 せ ら れ た り し と き に は 、 か の 金 剛 頂 經 の 大 本 と 略 本 と の 二 部 は 勿 論 の こ と 、 そ の ほ か 種 々 の 梵 本 を 携 へ ら れ た る も , 海 路 颶 風 の 難 に あ ふ て 、 や む な く か さ 高 き か の 大 本 を ば 海 に 投 せ ら れ だ 。 不 空 の 表 制 集 第 三 に 、 吾 れ 少 年 に 出 家 し 、 金 剛 智 三 藏 に 師 事 し て 四 千 頌 の 瑜 伽 を 授 け ら れ 、 の ち 天 竺 に お い て 十 萬 頌 の 瑜 伽 を 得 た り と あ る は こ れ に よ つ て ゞ あ る 以 上 に よ ら ば 、 金 剛 頂 經 は 塔 内 相 承 な る こ と 分 明 な る も 、 大 日 經 の 傳 承 が は つ き り と し な い 、 の み な ら ず 大 日 經 に は 無 量 頌 の 廣 本 が な せ な い の で あ る か 、 ま た 金 剛 頂 經 に は 法 爾 常 恒 本 を な せ 立 て な い の か 、 こ の や う な 疑 問 が だ ん く と 生 じ て く る 。 宥 快 師 の 住 心 品 疏 鈔 第 一 の 意 に い は く 、 大 日 經 に 准 ず る に 金 剛 頂 經 に も ま た 必 ら ず や 法 爾 本 こ れ あ る べ く 、 同 時 に 金 剛 頂 經 に 准 寺 る に 、 大 日 經 に も ま た
必 ら ず や 無 量 頌 本 こ れ あ る べ き で あ る か ら 、 兩 部 は 實 に は 各 四 本 あ る べ き で あ る 。 そ し て 法 爾 本 は そ の 名 の 如 く 隨 縁 結 集 の 經 で は な い か ら も と よ り 量 の 多 少 な ぞ 論 ず べ き も の で な き も 、 無 量 頌 本 に 至 つ て は 、 無 量 頌 と あ つ て も 實 は 限 量 あ る も の に 相 違 な い か ら 、 こ は 明 ら か に 隨 縁 結 集 の 經 な る こ と が わ か る と 。 し か る に 杲 寳 師 は 大 疏 鈔 第 八 に 、 大 日 經 に は 左 の 如 き 五 本 の 不 同 が あ る 、 金 剛 頂 經 も ま た こ れ に 准 じ て 同 様 に み る べ き で あ る と し て 、 要 は 無 量 頌 本 の う へ に さ ら に 隨 緑 の 本 を 別 立 す る に あ る 、 即 ち ( 一 ) 法 爾 の 本 。 十 界 の 當 相 さ な が ら 大 日 經 。 ( 二 ) 隨 縁 の 本 。 大 日 如 來 、 自 性 法 界 宮 に 在 し て 無 量 の 自 眷 屬 と 自 受 法 樂 の た め に 説 け る 經 。 ( 三 ) 無 量 頌 の 本 。 塔 内 安 置 の 經 。 ( 四 ) 十 萬 頌 の 本 。 無 量 頌 の 要 を と れ る 經 。 ( 五 ) 三 千 餘 頌 の 本 。 十 萬 頌 の 要 を と れ る 經 。 こ れ で あ り 、 金 剛 頂 經 な ら ば 、 た ヾ ( 五 ) の 三 千 餘 頌 と あ る 分 を 四 千 頌 と 改 め さ へ す れ ば よ い と い ふ の で あ る 。 し か る に 同 師 は 寳 冊 鈔 第 一 に お い て 、 法 爾 本 は 未 結 集 の 經 で あ り 、 無 量 頌 本 は 第 一 結 集 の 經 で あ り 、 こ の 二 本 を 混 同 せ し め て は な ら ぬ と い ふ 中 川 實 範 上 人 の 説 を 擧 げ た の ち に 、 元 來 、 鐵 塔 は 大 日 の 神 力 所 成 の も の で 即 ち 不 生 不 滅 の 法 界 宮 で あ る か ら 、 從 つ て そ の 中 に 存 す る 無 量 頌 本 な る も の も 眞 言 宗 の 經 典 九
眞 言 宗 の 經 典 一 〇 も と よ り 頌 數 の 多 少 な ぞ 問 ふ べ き で は な く 、 厚 さ 四 五 尺 等 と い ふ の は 全 く 四 曼 、 五 大 を あ ら は す 密 號 名 字 で こ の 本 直 ち に 法 爾 本 で な け れ ば な ら ぬ と い ふ 堀 池 の 信 證 僧 正 の 義 を 示 し 、 慈 尊 院 榮 海 、 寳 嚴 院 頼 寳 等 も ま た こ の 義 を 盡 理 な り と す る と い つ て 師 も ま た こ の 義 を 信 せ ら れ て ゐ る 。 思 ふ に 以 上 の 二 傳 は と も に 甚 だ 道 理 あ る 説 と し な け れ ば な ら ぬ 。 四 漢 譯 さ れ た 大 日 經 七 卷 の な か 、 前 六 卷 は 大 日 の 所 説 な る こ と 明 ら か な れ ど 、 第 七 の 卷 に 至 つ て は 、 ﹁ 毘 盧 遮 那 佛 の 淨 眼 を 開 敷 し た ま へ る こ と 、 青 蓮 華 の 如 く る を 稽 首 し た て ま つ る ﹂ 等 と の 歸 敬 序 が 卷 初 に お か れ 、 又 ﹁ 右 阿 闇 梨 所 集 の 大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 變 加 持 經 の 中 の 供 養 儀 式 具 足 し 覧 は る ﹂ と の 結 文 が 卷 末 に お か れ て あ る 。 よ つ て 十 四 卷 の 義 釋 に は 、 こ の 卷 の み は 善 無 畏 が 特 に 烏 仮曩 國 に お い て 撰 出 さ れ た も の な り と い ひ 、 台 密 の 安 然 は 、 達 磨 掬 多 が 右 の 國 で感 得 し た る を 無 畏 に 傳 へ た も の で あ る と い つ て ゐ る 。 こ の な か 、 義 釋 は 智儼 、 温 古 な ど の 私 見 が 往 々 に ま じ つ て ゐ て 、 二 十 卷 の 疏 に 望 め て み る と 信 を お き が た い 所 が ま ゝ こ れ あ る か ら 、 今 の 説 も ま た 同 様 に 信 ぜ ら れ な い し 、 安 然 の 説 に 至 つ て は 猶 さ ら 根據 が な い。 し か し 善 無 畏 三 藏 の 弟 子 た る 不 思 議 法 師 は 、 三 藏 が 北 天 竺 の 乾 陀 羅 園 、 金 粟 王 所 造 の 塔 邊 に お い て 、 文 殊 菩 薩 より 授 か り た ま ふ た の で あ る か ら 、 こ の 一 卷 の み は 文 殊 の 説 で あ る と い つ て あ る の は 、 こ れ を い か に 解 し て よ い の で あ ら う か 。
ま た 居 士 崔 牧 の 大 日 經 序 文 に よ る と 、 當 經 の 梵 本 は 二 千 五 百 頌 あ り て 、 も と 北 天 竺 の 一 小 國 た る 勃 魯 羅 國 の 山 窟 よ り 、彌 猴 に よ つ て は し な く 散 布 さ れ て 世 に 傳 は る に 至 つ た と の 奇 説 を な し て ゐ る 。 大 日 經 の 傳 來 に つ い て は か ゝ る 疑 義 が あ る か ら 、 台 密 一 家 に あ り て は 、 金 剛 頂 經 は 龍 猛 の 鐵 塔 相 承 な る も 、 大 日 經 は 塔 外 に 屬 し て 達 磨 掬 多 の 傳 來 に か ゝ る も の と 相 傳 し て ゐ る 。 以 下 宥 快 師 の 意 に よ つ て 、 兩 部 大 經 の 四 本 の 不 同 及 び そ の 他 の 疑 義 に つ い て 略 し て 解 釋 し て 見 や う 。 か の 四 本 の 中 、 第 一 の 法 爾 常 恒 本 と い ふ の は 、 大 師 は こ れ を 諸 佛 の 法 曼 荼 羅 な り と 釋 し た ま ふ て あ る に よ つ て 考 ふ る に 、 こ は 全 く 法 界 本 有 の 聲 字 そ の も の で あ り 、 宇 宙 天 然 の 文 章 そ の も の で あ る 。 十 界 の 萬 法 に は 本 來 聲 字 を 有 し 、 六 塵 の 境 界 す べ て 文 字 な ら ざ る も の が な い 。 こ の 故 に松 風 天 籟 や 、 山 川 草 木 や 、 み な こ れ 無 盡 の 妙 法 を 演 説 す る 法 身 如 來 の 廣 長 舌 相 で あ つ て 、 理 實 に は 神 秘 眼 を 開 い て 觀 る な ら ば 、 こ の 境 地 が さ な が ら 曼 荼 會 上 に お け る 法 身 自 受 法 樂 の 説 法 の 位 で あ る 。 か の 空 中 塵 中 に 本 有 の 字 を 開 き 、 龜 上 龍 上 に 自 然 の 文 を 現 ず る が 如 き は 、 全 く こ の 法 爾 本 の 一 斷 片 と み る べ き も の で あ る か く て 法 爾 本 は 、 教 法 の 本 な る と ゝ も に 眞 理 の 源 で あ つ て 、 三 世 を 貫 き 十 方 に 遍 ず る 無 邊 際 の 法 曼 荼 羅 で あ る 。 第 二 の 塔 内 安 置 の 無 量 頌 本 と い ふ は 、 金 剛 薩 捶 か の 法 爾 常 恒 本 に 對 し て 、 宛 か も た ま き の 端 な き に 端 を つ け る が 如 く に 、 こ れ を 整 理 し 系 統 づ け て 前 後 首 尾 あ ら し め て 法 界 の 衆 生 に 授 け ん と し た ま へ る 眞 言 宗 の 經 典 一 一
眞 言 宗 の 經 典 一 二 も の で あ る 。 六 度 經 に よ ら ば 、 三 世 十 方 の 諸 佛 所 説 の 法 門 を 攝 す れ ば 五 藏 と な る 、 そ う し て こ の 五 藏 を 結 集 し て 傳 持 す る 聖 者 に 五 人 が あ り 、 中 に お い て 金 薩 は 秘 密 藏 を 結 集 し て 傳 持 す る 任 に あ た ら せ た ま ふ の で あ る 。 前 に の べ た り し 信 證 僧 正 の 如 く に 、 こ の 塔 内 本 を 直 ち に 法 爾 本 と 見 る と き は 、 金 薩 の 結 集 て ふ こ と は 有 名 無 實 と な る か ら 、 こ は や は り 隨 縁 結 集 の 經 と す る 快 師 の 見 か た が 允 當 と 思 は れ る の み な ら ず 、 金 剛 頂 義 訣 に も す で に 龍 猛 が 塔 内 に お い て 、 大 經 の 廣 本 を 讀 む こ と一 遍 と あ る の で あ る か ら 、 か た が だ 結 集 の 經 な る こ と が 推 知し 得 ら れ る 。 第 三 の 十 萬 頌 の 大 本 と い ふ は 、 前 に い つ た と ほ り 、 龍 猛 が 第 二 本 の 要 を と り た ま へ る も の で 、 金 剛 頂 經 も 大 日 經 も と も に 十 萬 頌 な る ゆ ゑ 、 常 に こ れ を 兩 部 二 十 萬 頌 と 稱 す る 所 以 で あ る 。 大 師 が 金 剛 頂 經 に は 二 本 を 立 て 、 大 日 經 に は 三 本 を 立 て 、 兩 部 何 れ に も か の 塔 内 安 置 の 無 量頌 本 を 別 立 し た ま は な い の は 、 全 く こ の 十 萬 頌 の 大 本 に 攝 し て み る た め で あ る 。 第 四 の 略 本 と い ふ は 、 大 疏 に 十 萬 頌 の 大 日 經 は 浩 廣 難 持 な る が 故 に 、 未 來 の 機 根 の た め に 傳 法 の 聖 者 が 、 そ の 中 の 至 極 肝 要 な 部 分 を 拔 い て 三 千 餘 頌 と な さ れ た も の で あ る と 釋 し て あ る 。 金 剛 頂 經 な ら ば 四 千 頌 な る こ と す で に 前 途 せ し 如 く で あ る 。 海 雲 の 胎 藏 記 及 び 崔 牧 の 大 日 經 序 に は 、 大 日 經 の 略 本 な る も の は 中 印 那 蘭 陀 寺 の 達 磨 掬 多 に よ つ て 編 纂 さ れ た も の と い つ て ゐ る が 、 台 密 は こ の 説 に よ る の で あ る 。 し か る に 達 磨 掬 多 と 龍 智 と 異 名 同 人 な る か 異 名 異 人 な る か は 、 古 來 異 諭 あ る が 、 台 密 は こ れ
を 異 人 な り と し 、 東 密 は こ れ を 同 人 な り と す る 。 要 す る に 、 三 千 餘 頚 及 び 四 千 頌 の 略 本 と な し た り し 傳 法 聖 者 の 分 齊 に つ い て は 、 達 磨 掬 多 と み る 台 密 の 説 と 、 龍 智 と み る 杲 寳 師 な ど の 説 と 、 龍 猛 と み る 快 師 の 説 と 都 合 三 説 に な つ て ゐ る が 、 就 中 、 龍 猛 説 が 尤 も 盡 理 の も の と 思 は れ る 。 以 上 兩 部 大 經 の 四 本 の 不 同 に つ い て 述 べ を は つ た か ら 、 次 に 大 日 經 第 七 卷 の 説 者 に つ い て 疑 義 を 會 通 せ む に 、 こ の 卷 に お け る 所 詮 の 法 門 は 、 實 は 前 六 卷 中 に す で に 散 説 さ れ た り し 供 養 の 儀 軌 そ の も の で あ る が 、 こ れ を 龍 猛 菩 薩 が 整 理 し て 一 所 に 綜 合 さ れ た の で あ る か ら 、 説 主 と い はヾ 無 論 前六卷 と 同 機 に 大 日 如 來 な り と 見 な け れ ば な ら ぬ 。 但 し 卷 初 の 毘 盧 遮 那 に 歸 命 し た て ま つ る と あ る か の 歸 敬 序 は 龍 猛 の 安 置 に か ゝ り 、 卷 末 の 右 阿 闇 梨 所 集 の 法 則 終 る と あ る 結 文 は 、 譯 者 た る 善 無 畏 が 、 龍 猛 を 指 し た る も の で あ る 。 又 か の 不 思 議 法 師 の い へ る 文 殊 所 説 の 因 縁 の 如 き は 、 無 畏 三 藏 が 金 粟 王 に 信 心 を 倍 増 せ し め む が た め に 、 時 に 慮 じ て 現 じ た ま ひ し 一 奇 蹟 に 外 な ら ぬ 。 楞 伽 經 第 九 に は 、 如 來 内 證 智 の 法 門 の 傳 持 は 、 劣 機 の 堪 ふ る 所 で は な く 、 如 來 滅 後 八 百 年 に 南 天 に 出 現 す る 龍 猛 比 丘 に よ つ て 始 め て 傳 持 さ れ 得 る と の 懸 記 が 説 か れ て あ る 。 そ れ か ら 又 金 剛 頂 分 別 聖 位 經 に は 、 金 剛 薩 捶 が 法 身 如 來 所 説 の 秘 密 藏 を ば 非 凡 の 大 機 に 授 け て 閻 淨 提 に 流 傳 せ し め む が た め に 、 そ の 身 神 力 所 現 の 塔 中 に 入 つ て 、 時 の 來 る を 待 ち 人 の 現 は る ゝ を 待 つ と 説 い て あ る 。 こ の 二 經 の 説 相 待 つ て 自 か ら 大 日︱︱ 金 薩︱︱ 龍 猛 と い ふ 三 祖 間 の 付 法 の 次 第 が 見 ゆ る の で あ り 、 又 聖 位 經 と 金 剛 頂 眞 言 宗 の 經 典 一 三
眞 言 宗 の 經 典 一 四 經 義 訣 と 相 待 つ て 、 か の 南 天 の 鐵 塔 が 即 ち 金 薩 所 住 の 宮 殿 に し て 、 秘 密 藏 授 受 の 道 塲 な る こ と が 現 は れ て く る 。 し か る に 義 訣 は も と よ り 金 剛 頂 經 の 釋 で あ る か ら 、 そ の 説 相 は ひ と り 同 經 の 塔 内 相 承 な る こ と を 示 す に 止 ま る も 、 こ れ に 對 す る 大 日 經 も ま た も と よ り 秘 密 藏 で あ つ て 、 兩 部 の 法 門 は ど こ ま で も 不 離 の 關 係 を 有 す る 以 上 、 こ の 經 も ま た 必 ら ず 塔 内 相 承 た る べ き こ と 勿 論 で あ る 、 そ れ 故 に 大 師 は 金 剛 頂 經 略 釋 に お い て ﹁ 此 の 經 及 び 大 日 經 は 並 び に こ れ 龍 猛 菩 薩 、 南 天 鐵 塔 の 中 よ り 誦 傳 す る 所 の 經 な り ﹂ と 斷 じ 玉 へ る は 、 實 に 八 祖 相 承 の 深 旨 の 存 ず る 所 で あ る 。 か の 居 士 崖 牧 の 彌 猴 相 承 の 奇 説 の 如 き は 、 全 く 無 稽 の 説 と し て 自 門 は 無 論 の こ と 他 門 ま た 同 模 に こ れ を 認 め な い 位 で あ る か ら 、 こ は 問 題 と す る に 足 ら な い 。 五 兩 部 大 經 に 各 四 本 あ る な か 、 十 萬 頌 の 大 本 と 三 千 餘 頌 及 び 四 千 頌 の 略 本 た る 後 の 二 本 の 翻 傳 如 何 と い ふ に 、 抑 、 唐 の 玄 宗 の 開 元 四 年 に 、 無 畏 三 藏 が 大 日 經 や 求 聞 持 法 や そ の 他 多 數 の 密 部 の 梵 本 を 持 つ て 來 唐 さ れ た る も 、 大 本 の 大 日 經 は 齎 ら し 玉 は な か つ た 。 開 元 八 年 に 金 剛 智 が 略 本 の 金 剛 頂 經 及 び 若 干 の 梵 本 を 携 へ ら れ て 來 唐 さ れ た る も 、 大 本 の 金 剛 頂 經 は 既 に 前 述 せ し 事 由 の も と に 遂 に 渡 ら な か つ た 。 金 智 、 無 畏 の 兩 祖 の 時 代 に は 兩 部 二 十 萬 頌 の 大 本 な る も の 未 だ 將 來 さ れ ざ り し も 、 開 元 二 十 九 年 の 秋 、 金 智 示 寂 に 及 ん で 付 法 の 資 不 空 に 、 汝 ぢ 再 び 入 竺 し て 兩 部 の 大 本 を 傳 來 す べ し と 懇 ろ に 遺 命 な
さ れ た 。 よ つ て 不 空 は 勅 許 を 得 て 同 年 冬 入 竺 の 道 に 上 り 、 龍 智 に 就 い て か の 大 本 並 び に 五 百 餘 部 の 經 論 を 傳 授 せ ら れ 、 こ れ ら の す べ て を 携 へ て 天 寶 五 年 に 歸 唐 な さ れ た の で あ る 。 同 師 の 郡 部 要 目 に よ ら ば 、 兩 部 の 大 本 を 全 譯 せ ば 六 百 卷 ほ ど に も な ら う と す る 浩 潮 の も の で 、 實 際 の 行 用 に は 却 つ て 不 便 尠 か ら ざ る 所 あ る よ り し て 、 こ れ を 全 譯 す る よ り は 寧 ろ そ の 中 の 要 部 を 撰 ん で 抄 譯 す る 方 が 適 當 な ら む と 考 へ ら れ て 、 專 ら こ の 方 法 に よ つ て 多 數 の 經 典 を 譯 せ ら れ た る が 現 に 今 傳 は れ る 兩 部 に 亘 る 種 々 の 經 軌 で あ る 。 こ れ よ か さ き 兩 部 の 略 本 は す で に 翻 譯 さ れ て ゐ る 。 即 ち 大 日 經 は 具 さ に は 大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 變 加 持 經 と い つ て 七 卷 あ る が 、 こ は 開 元 十 三 年 に 善 無 畏 三 藏 勅 を 奉 じ て 譯 主 と な り 、 寶 月 は 譯 語 者 と な り 、 一 行 は 筆 受 者 と な り 、 東 都 大 福 先 寺 に お い て 譯 せ ら れ 、 こ れ に 對 す る 金 剛 頂 瑜 伽 中 略 出 念 誦 經 四 卷 は 、 金 剛 智 三 藏 勅 を 受 け 、 開 元 十 一 年 同 資 聖 寺 に お い て 伊 舎 羅 を 譯 語 者 と な し 、 剛 行 を 筆 受 者 と な し て 譯 せ ら れ た の で あ る 。 但 し こ の 略 出 經 に 四 卷 と 六 卷 と の 二 通 り が あ る 、 こ は 安 然 の 説 の 如 く 、 四 卷 の 分 は 再 治 の 本 で あ り 、 六 卷 の 分 は 未 再 治 の 本 で あ る 。 こ れ 即 ち 金 剛 頂 四 千 頌 の 譯 本 で あ る 。 金 剛 頂 經 は こ の 外 、 不 空 譯 の 三 卷 の 教 王 經 な る も の が あ り 、 又 宋 の 第 二 世 た る 太 宗 の 太 平 興 國 年 中 に 施 護 譯 の 三 十 卷 の 教 王 經 な る も の が あ る 。 凡 そ 金 剛 頂 經 は 十 八 會 の 説 な る が 、 そ の 中 に お い て 初 會 に 説 か る ゝ 法 門 は そ の 根 本 惣 體 な る も の て あ る 。 初 會 の 内 容 は 眞 言 宗 の 經 典 一 五
眞 言 宗 の 經 典 一 六 一 、 金 剛 界 品 二 、 降 三 世 品 三 、 遍 調 伏 品 四 、 一 切 義 成 就 品 と い ふ 四 大 品 よ り な り て 、 こ の 中 に 合 計 二 十 八 種 の 秘 密 曼 荼 羅 が 説 か れ て あ る 。 か の 三 十 卷 の 分 は こ の 初 會 四 大 品 の 梵 本 を 全 譯 し た も の で あ り 、 三 卷 の 分 は 、 第 一 の 金 剛 界 品 が 大 、 三 、 法 、 羯 、 四 印 、 一 印 の 六 種 曼 荼 と 次 第 さ れ て あ り 、 そ の 大 曼 荼 羅 章 の 全 部 を 譯 し た も の で あ る 。 こ の 一 章 は 十 八 會 法 門 の 最 要 部 た る も の で あ る か ら 、 わ が 大 師 の 金 剛 頂 經 開 題 、 教 王 經 開 題 な ど み な こ の 三 卷 の 分 に つ い て 秘 義 を 開 釋 し 玉 へ る も の で あ る 。 四 千 頌 の 略 本 は 大 部 分 は 初 會 よ り と り 他 の 少 部 分 は 廣 く 十 七 會 中 よ り と つ て 集 め た も の で あ り 、 そ し て そ の 譯 本 が 所 謂 略 出 經 で あ る 以 上 、 こ は ま さ に 七 卷 の 大 日 經 の 成 立 と そ の 趣 き を 同 じ う す る も の で あ る 。 承 和 二 年 正 月 の 三 業 度 人 の 官 符 に 顯 は れ た 大 師 の 釋 に よ ら ば 、 大 日 經 の 部 類 に 屬 す る も の に 四 十 餘 、卷 が あ り 、 金 剛 頂 經 の 部 類 に 屬 す る も の に 百 餘 卷 が あ る と 示 し 玉 へ る は 、 こ は み な 二 十 萬 頌 の 大 本 よ り 抄 譯 流 出 せ し も の と み る べ き で あ る 。 六 以 上 は 主 と し て 兩 部 大 經 に つ い て 述 べ た り し が 、 以 下 雜 部 の 密 經 に つ い て そ の 大 意 を 語 る こ と ゝ す
る 、 前 に す で に い ひ し 如 く 、 大 師 の 三 學 録 の 經 部 に は 、 ま つ 兩 部 に 屬 す る 經 を あ げ、 次 に 守 護 經 よ り 太 元 帥 經 に い た る 六 十 三 部 、 百 四 十 五 卷 を 列 ね を は つ て ﹁ 右 雜 部 の 眞 言 經 ﹂ と 判 じ て あ る 。 こ れ に 准 ず る に 兩 部 は 自 か ら 純 部 と い ひ う べ き 義 が あ る か ら 、 後 世 に お け る 慧 光 師 ら は そ の 著 密 軌 問 辯 に お い て 盛 ん に 純 雜 二 部 の 密 經 て ふ 語 を 用 ふ る も 、 し か し こ は 好 ん で 用 ふ べ き 名 稱 で は な か ら う 。 と い ふ は 、 淨 土 門 の 法 然 上 人 は そ の 撰 擇 集 に 純 行 、 雜 行 な ど の 語 を 多 く 用 い て あ る が そ れ に 倣 ふ た や う に な り 、 肝 心 な 大 師 所 用 の 語 義 に 濫 ず る こ と あ る か ら で あ る 。 傳 教 大 師 ま た こ の 雜 部 眞 言 經 な る 語 を 用 い ら る ゝ が 、 そ は 譯 者 を 標 準 と し て 雜 部 と 否 と を 匠 別 し や う と す る の で あ る 。 わ が 大 師 のは そ れ と ち が ひ 、 直 ち に 經 卷 そ の も の ゝ 内 容 か ら 區 別 し 玉 ふ の で あ る 。 が し か し 、 こ の 雜 部 て ふ 意 義 は な ん で も な い や う に 見 ね て 、 そ の 實 古 賢 を し て 種 々 に 考 慮 せ し め た も の 、 隨 三 で あ る 。 今 略 し て 三 説 を あ げ て そ の 要 を 示 さ ん に ( 一 ) 杲 寳 師 雜 部 眞 言 經 な る も の ゝ 大 多 數 は 釋 尊 の 所 説 で あ る か ら 、 そ の 攝 在 を い は ゞ 顯 教 百 億 部 に 攝 せ ら る べ き で あ り 龍 宮 相 承 と し な け れ ば な ら ぬ。 し か し そ の 法 門 の 上 か ら み る と 、 兩 部 と 更 に 隔 つ る 所 が な い か ら 兩 部 に 攝 在 し て 見 な け れ ば な ら ぬ 。 で あ る か ら 法 は 塔 内 相 承 と い ふ べ く 、 經 は 塔 外 相 承 と い ふ べ き で あ る と 。 ( 二 ) 妙 瑞 師 雜 部 の 中 に は 、 兩 部 の 法 門 を 雜 説 し た も の も あ ) ( 一 )。 顯 密 雜 説 の も の も あ り ( 二 ) 眞 言 宗 の 經 典 一 七
眞 言 宗 の 經 典 一 八 ま た 稀 れ に は 純 密 の も の も あ り ( 三 )。 純 顯 の も の も あ る 四 )。 大 都 こ の や うに 四 種 に 分 け て 見 な け れ ば な ら ぬ 。 さ う し て こ の な か 、 ( 一 ) に 屬 す る も の は か の 觀 智 儀 軌 な ど が そ れ で あ り 、 ( 二 ) に 屬 す る も の は か の 守 護 經 な ど が そ れ で あ り 、 ( 三 ) に 屬 す る も の は か の 光 明 眞 言 經 な ど が そ れ で あ り 、 ( 四 ) に 屬 す る も の は か の 稻 蘇 喩 經 な ど が そ れ で あ る と 。 ( 三 )宥 快 師 凡 そ 眞 言 の 教 主 は 四 種 法 身 で あ り 、 所 説 の 法 門 は 唯 理 、 唯 智 及 び 雜 法 で あ る 。 こ の 中 、 自 性 法 身 は 兩 部 の 教 主 で あ り 、 受 用 身 、 變 化 身 、 等 流 身 な る 餘 三 身 は 雜 部 の 教 主 で あ る 。 こ の 餘 三 身 が 法 界 宮 以 外 の 加 持 世 界 に あ る 種 々 の 密 機 に 對 し て 、 そ の 愛 好 す る 秘 密 の 上 の 種 々 の 方 便 門 を 説 い て 、 速 疾 頓 悟 の 盆 を 得 せ し む る も の を 雜 部 と い ふ の で あ る か ら 、 つ ま り 兩 部 の 能 所 説 の 純 粋 な る に 望 め て 、 そ の 何 れ も が 雜 々 で あ る か ら か く 名 け し も の で 、 兩 部 雜 説 で も な く 顯 密 雜 説 で も な い 。 從 つ て こ れ は か の 百 億 部 に 攝 せ ら る べ き で は な く 、 全 く 金 薩 の 結 集 に な れ る 塔 内 相 承 の 經 なり と 見 な け れ ば な ら ぬ と 。 以 上 の 三 説 の 中 、 快 師 の 義 が 最 も よ く 理 を 盡 く し て ゐ る か ら 、 こ れ に よ つ て 大 師 所 判 の 難 部 な る 意 義 を 知 る べ き こ と で あ る 。 さ ら に こ の 義 を 布 衍 し て い は ゞ 、 惣 じ て 四 種 法 身 と い つ て も 、 理 實 に は 大 師 の 二 教 論 の 所 立 の 如 く に 兩 部 に 各 四 身 あ り と 見 な け れ ば な ら ぬ 。 そ の 各 の 自 性 身 は 理 智 二 佛 た る 大 日 本 地 法 身 で あ り 、 自 眷 屬 と ゝ も に 自 受 法 樂 の 説 法 を な す 所 の 法 界 宮 に お け る 佛 陀 と し て 兩 部 大 經 の
教 主 で あ る 。 こ の 法 界 宮 に は 自 眷 屬 の 聖 者 以 外 に 、 凡 夫 た る 因 人 が 居 し て ま の あ た り 見 佛 聞 法 し て 大 利 を 得 る 。 こ の 自 性 會 塲 に 居 す る 因 人 は 、 宿 植 深 厚 な る 一 聞 千 悟 の 大 機 で あ る 。 自 餘 の 因 八 は こ の 境 界 に 對 し て は 見 聞 全 く 及 ば ざ る 所 で あ る か ら 、 隨 縁 加 持 世 界 な る 生 死 の 國 土 に 佳 す る の み で あ る 。 大 日 如 來 ま さ に 自 内 證 智 の 法 門 を 説 く に 臨 ん で 、 神 變 加 持 力 を も つ て 遍 く 十 方 無 量 の 世 界 に 無 量 の 餘 三 身 を 現 じ て 、 無 量 の 機 根 に 對 し て そ れ に 相 應 す る 無 量 の 法 門 を 説 か し め 玉 ふ 。 こ れ 即 ち 一 つ に は 自 性 會 の 因 人 を 感 動 し て 如 來 に 對 す る 信 心 を 倍 増 せ し め む が た め で あ り 、 二 つ に は か の 加 持 世 界 の 群 機 を 利 益 せ し め む が た め で あ る 。 機 根 非 一 な る が 故 に 、 或 は 天 文 暦 術 、 撰 日 な ど を 好 む も の に 對 し て は 、 宿 曜 經 等 を 説 い て 天 文 よ り 法 界 曼 荼 に 入 ら し め 、 或 は 鎭 國 安 民 の 法 を 求 む る も の に 對 し て は 、 仁 王 經 守 護 經 、 王 法 政 論 經 等 を 説 い て 、 鎭 國 の 法 に 即 し て 阿 字 不 生 の 理 を 悟 ら し む る と い ふ 類 で あ る 。 既 に 三 密 平 等 の 理 を 體 性 と し て の 無 量 の 方 便 な れ ば 、 方 便 さ な が ら 眞 實 で あ り 、 み な こ れ 即 身 成 佛 の 法 な ら ざ る は な い 。 こ れ が 所 謂 雜 部 眞 言 經 な る も の で あ る か ら 、 從 つ て そ の 攝 在 を 論 ず れ ば 、 も し 金 界 智 法 身 よ り 現 せる 餘 三 身 所 説 の 雜 部 な ら ば 當 然 金 剛 頂 經 に 攝 せ ら れ る し 、 も し 胎 藏 理 法 身 よ り 現 せ る 餘 三 身 所 説 の 雜 部 な ら ば 必 定 大 日 經 に 攝 せ ら れ る の で あ る 。 か の 大 日 經 に ﹁ 又 執 金 剛 、 普 賢 、 蓮 華 手 菩 薩 等 の 像 貌 を 現 じ 、 普 く 十 方 に 於 い て 眞 言 道 清 淨 句 の 法 を 宣 説 し 玉 ふ ﹂ と い ひ 、 金 剛 頂 經 に ﹁ 不 壊 の 化 身 を以 つ て 常 に 有 情 を 利 樂 す ﹂ と あ る が 如 き は 、 こ の 眞 言 宗 の 經 典 一 九
眞 言 宗 の 經 典 二 〇 雜 部 の 分 齊 を 説 い た も の で め る 。 又 守 護 經 の 第 九 に は 、 釋 尊 が 淹 字 陀 羅 尼 の 注 門 の 次 第 相 承 に 對 し て こ の 法 門 た る 、 智 法 身 の 大 日 す で に 色 究 竟 天 に お い て 金 剛 頂 經 を 説 く 中 に 具 さ に 示 し 玉 ひ し が 、 わ れ は そ の 法 門 を ば こ の 菩 提 樹 下 に あ り て 、 汝 等 國 王 の た め に 傳 説 す る と あ る 、 こ れ に よ つ て 兩 部 と 雜 部 と の 能 所 生 木 末 關 係 を み る べ き で あ る 。 又 杲 寶 師 の 説 の や う に 、 現 流 翻 傳 の 雜 部 の 多 數 は 、 い か に も 釋 尊 の 所 説 た る こ と 事 實 な る も 、 し か し こ の 釋 尊 は 、 顯 教 の 教 主 こ し て の 釋 尊 の そ の 能 現 者 た る 變 化 法 身 と し て の 釋 尊 で あ る か ら 、 直 ち に 混 同 す べ き も の で は な い 。 七 兩 部 、 雜 部 に 通 じ て 何 々 儀 軌 と 題 す る 經 典 が 甚 だ 多 く 、 中 に は 佛 説 で は な く て 人 師 の 撰 述 に な れ る も の も 尠 く は な い 。 即 ち そ の 二 三 の 例 を 示 さ ば 、 金 剛 頂 勝 初 瑜 伽 經 中 略 出 大 樂 金 剛 薩 捶 念 誦 儀 軌 及 び 聖 觀 自 在 菩 薩 心 眞 言 儀 軌 出 大 毘 盧 遮 那 成 道 経 の 如 き こ れ ら は 不 空 譯 の 分 な る が 、 題 名 又 は 細 註 の 示 す 所 、 兩 部 の 大 本 よ り 抄 出 せ ら れ た る こ と 分 明 で あ る 同 様 に 法 賢 譯 の 尊 那 儀 軌 の 如 き 、 題 下 に ﹁ 龍 猛 菩 薩 、 金 剛 頂 の 犬 本 よ り 抄 出 す ﹂ と あ る 。 善 無 畏 譯 の 攝 大 、 廣 大 の 二 部 の 儀 軌 の 如 き は 、 無 畏 は 譯 者 な る と 共 に ま た 撰 述 者 で あ り 、 玄 法 、 青 龍 の 二 軌 の 如 き は 法 全 闇 梨 の 選 述 で あ る 。 こ れ ら 人 師 撰 述 の 儀 軌 な る も の も 實 は 師 傳 に よ り 佛 説 の 經 軌 に 基 い て 行 法 の 次 第 を 立 て 、 一 字 一 句 み な 佛 説 そ の ま ゝ で あ る か ら 、 か の 常 の 撰 述 の 體 と は 全 然 別 の も の で あ る 。
そ れ か ら 又 わ が 宗 に は 多 數 の 經 軌 中 よ り 撰 び 出 だ し て 、 特 に 三 部 秘 經 、 五 部 秘 經 と 立 つ る 塲 合 が あ る 。 高 野 版 の 大 日 經 第 三 の 奥 書 に 、 ﹁ 三 部 秘 經 は 密 乗 の 根 源 、 眞 藏 の 樞 鍵 な り ﹂ と い つ て あ り 又 宥 快 師 の 著 述 中 に は 三 部 經 聞 書 な る も の が あ る に 徴 し て も 、 そ の こ れ を 重 ん せ ら れ た る こ と が わ か る 。 さ て 三 部 經 と は こ の 五 部 十 五 卷 を さ す も の で あ り 、 五 部 秘 經 と は 眞 言 宗 の 經 典 二 一
眞 言 宗 の 經 典 二 二 蘇 悉 地 經 三 卷 こ の 六 部 十 九 卷 を さ す も の で あ る 。 か の 多 く は 常 に 大 日 經 、 教 王 經 、 蘇 悉 地 經・・・・・・・・・・・・・・・ 三 部 秘 經 こ れ に 要 略 念 誦 經 瑜 祗 經 を 加 へ⋮⋮⋮⋮⋮ 五 部 秘 經 と す る が 如 き は 古 來 の わ け か た に は ち が つ て ゐ る 。 河 内 延 命 寺 眞 常 の 説 に 、 三 部 五 部 秘 經 と い へ る 名 稱 は 全 く 淨 土 門 の 顰 に 倣 ふ て で き た も の で 、 そ の 癈 立 の 如 き 技 巧 に 失 し て 附 會 な も の と な つ て ゐ る と い へ る は 、 た し か に 見 識 あ る い ひ か た と 思 は れ る 。 三 部 五 部 の 隨 一 に 數 へ ら れ る 所 の 蘇 悉 地 經 に つ い て は 、 自 門 東 密 高 祖 大 師 の 相 傳 と 他 門 台 密 慈 覺 、 智 證 の 相 傳 と に は 非 常 な 差 が あ る こ と を 知 ら ね ば な ら ぬ 。 慈 覺 の 同 經 疏 に は 、 ﹁ 此 經 は 三 部 の 經 王 、 諸 佛 の 肝 心 な り ﹂ と い ひ 、 又 智 證 は こ の 經 を 兩 部 大 經 の 羽 翼 な り と 見 る の で あ つ て 、 つ ま り 兩 部 は 理 智 對 立 し 、 こ の 經 は 理 智 不 二 の 極 意 を 詮 ず る も の と す る 。 然 る に わ が 大 師 の 意 は こ れ と は ち が ひ 、 兩 部 理 智 の 法 體 は 諸 法 の 本 源 で あ り 、 理 智 而 二 の 當 體 が 直 ち に 不 二 で あ る 。 か の 而 二 の 外 に 立 つ る 不 二 の 如 き は 二 に 對 す る の 不 二 で あ る か ら 、 か く て は さ ら に 二 と 不 二と を縱一した る 不 二 を 立 てね ば な ら ず よ し ま た そ れ を 立 つ る と も、 そ れ も ま た や は り 二 と 不 二 と に 對 す る 相 待 無 常 の も の と な ら ざ る を 得 ぬ 而 二 差 別 の 位 に 直 ち に 不 二 平 等 を 認 め て こ そ 、 當 相 即 道 、 即 事 而 眞 の 義 が 現 は る ゝ も の で あ る と い ふ
に あ る 。 こ れ 即 ち わ が 八 祖 相 傳 の 根 本 宗 義 で あ る 。 所 詮 わ が 宗 の 經 典 は 、 大 い に 經 、 律 、 論 の 三 つ に 分 れ て 廣 汎 な る も 、 も し 末 を 攝 し て 本 に 歸 す れ ば た ゞ そ れ 兩 部 大 經 あ る の み で 、 こ れ 即 ち 眞 言 宗 唯 一 所 依 の 經 典 で あ る 。 こ の 兩 部 大 經 を 離 れ て は 眞 言 宗 な る も の 全 く 存 在 し な い。 こ の 故 に 大 師 の 釋 に 、 ﹁ 眞 言 密 教 兩 部 秘 藏 ﹂ と 日 へ る は こ れ に よ つ て ゞ あ る 。 ( 大 正 十 四 年 十 二 月 六 日 記 ) 眞 言 宗 の 經 典 二 三