瀬戸宏氏学位請求論文
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(2) 各章ごとの検討を記述する紙幅がなく、重点的に述べるに留まるが、各論的に見るなら ば、例えば第二章において前期春柳社を論じた際、日本で活動した前期春柳社が、従来言 われている新派の影響のみならず、文芸協会の影響をも受けていたことを、両者の規約の 類似性を指摘しつつ明らかにしている。先行研究をさらに前進させた重要な作業である。 従来の説は中国においても徐々に修正されつつあるが、日本に残る原資料に基づく研究で あって、より説得力をもつ。第四章の新民社と民鳴社に関する研究は、甲寅中興と称せら れる文明戯の活況を、劇団や劇場の状況、演目等を具体的に追跡しつつ再現している。両 社に関する研究が従来手薄であっただけに、その貢献は大きい。両社の演目の多くが小説 からの脚色であること明らかにしている中で、代表的筆記小説たる『聊斎志異』からの脚 色が幾つかあることを指摘している点は、文明戯研究のみならず、古典劇研究にも示唆す るところがあろう。付属資料としてまとめられた両社の演目一覧も貴重な作業であり、今 後、この資料に基づいて研究がいっきょに進むことも期待できよう。第六章で 1914 年 5 月 5 日の「六大劇団連合演劇」を論じた際、上演 3 作品を原作と舞台の実際を比較検討し、文明 戯のピークにおける舞台を再現する一方で、文明戯の限界性、衰退に向う要因を明らかに しているのは、いかにも妥当な指摘である。 第二部は西洋近代劇移入から中国の話劇成立までの過程を追跡する。第八章、第九章は 『新青年』誌上のイプセン特集と演劇改良特集を検討し、両特集の間に連続性がないこと、 イプセンの紹介が舞台での上演に結びついていないこと、 『新青年』の演劇改良の主張が実 践とかけ離れた観念的主張であることを指摘し、初期の話劇がイプセンを上演する水準に 達していなかったことを述べる。第十章において、最初の西洋近代劇の上演が失敗に終わ った原因を俳優と観客に求め、アマチュアに話劇の主体が移ってゆく過程を明らかにする。 第十一章では民衆戯劇社の雑誌『戯劇』を検討し、同社の宣言が話劇の基本的性格を提示 していて、上海戯劇協社の実践に受け継がれること、同誌の主張が世界的な自由劇場運動 の一環として位置付けられることを述べる。第十二章では中国最初の現代的演劇学校たる 人芸戯劇専門学校と、設立者陳大悲の足跡をたどり、同校の理念と実態の乖離、上演演目 が文明劇の作品ばかりで西洋近代劇を含んでいないことを明らかにする。なお、 「話劇」と いう名称は従来、1928 年に洪深の提案によって決まったとされてきたが、論者はこの名称 がすでに 1922 年、同校の章程に今日の話劇と同義で使われている事実を指摘している。第 十三章では中国話劇確立の指標となった、上海戯劇協社による『若奥様の扇』上演につい て、アマチュアの登用、演出家の重視、男女合演、使用言語、演目、観客、舞台美術、準 備、等々、多面的に検討し、清末以来の演劇改良の歩みがついに結実する様相を明らかにす る。 なお、言うまでもなく、先行研究はそれぞれに参照消化されているのではあるが、例え ば第七章で上海文明戯諸劇団と南開新劇団とを比較検討したとき、白井啓介氏の研究にも っと言及して、自身の見解との対比を述べるのが望ましい。学生劇団(清末のキリスト教 系学校および南開新劇団)への評価のありようについても議論の余地があろう。また、近.
(3) 代劇としての話劇という視点は、論者の基本にあるものであるが、近代話劇ないし中国に おけるリアリズム劇についての解説、考察が、終章で十分に尽くされたとは言いがたく、 むしろ終章ではその後の話劇の確立、定着についての言及があってよかったのではないか。 とはいえ、これらの疑問は、論文全体の価値を損なうものではない。 論者の方法はすぐれて実証的であり、同時代の新聞資料を丹念に調査する等の堅実な作 業のなかから新事実を掘り起こし、旧説をいくつも是正している。集積された調査資料自 体が貴重な研究成果であり、万人の共通財産となって、新たな研究の足がかりを提供する ものと思われる。 以上を総合して、本論文は博士学位を授与するに値するものと判定する。 以上 2003 年 5 月 31 日 審査委員. 主査. 杉本達夫(早稲田大学教授). 副査. 飯塚. 副査. 岡崎由美(早稲田大学教授). 容(中央大学教授).
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