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はじめに 愛知の川名矢作川水系 第 2 章足助地区 58 下山地区 30 松平地区 17 高橋地区 9 石野地区 10 の川名 あすけ 4. 豊田市足助地区 58 の川名あすけ (1) 足助地区の沿革 (2) 足助川と 15 支流 -----

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シリーズ

Vol.1 (No.2)

川名が語るふるさとの歴史

愛知の川名 矢作川水系

【足助地区・下山地区・松平地区・高橋地区・石野地区】

(写真:足助地区を流れる足助川 撮影:平成 26 年 4 月)

平成 26 年 5 月

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愛 知 の 川 名 矢 作 川 水 系

第 2 章 足 助 地 区 58・ 下 山 地 区 30・ 松 平 地 区 17・ 高 橋 地 区 9・ 石 野 地 区 10 の 川 名 目 次 はじめに 4.豊田市足助あ す け地区 58 の川名 (1)足助あ す け地区の沿革 --- 1 (2)足助川と 15 支流--- 1 1)あすけがわ 足助川 --- 1 2)なかだいらがわ 中平川 --- 1 3)うばやぎがわ 上八木川 --- 1 上八木う ば や ぎ町の沿革 --- 2 4)すごうがわ 菅生川 --- 2 5)すげがわ 菅川 --- 2 菅生す ご う町の沿革 --- 2 6)たまのざわ 玉野沢 --- 2 玉野た ま の町の沿革 --- 2 7)しもこだがわ 下小田川 --- 3 二タ宮ふ た み や町の沿革 --- 3 8)もりまえがわ 森前川 --- 3 竜岡たつおか町の沿革 --- 3 9)りゅうほうじがわ 竜宝寺川 --- 3 川面かわもて町の沿革 --- 3 10)ぬたざわがわ 怒田沢川 --- 3 怒ぬ田沢た ざ わ町の沿革--- 4 筈はずケがたけ岳 --- 4 寧比曽ね び そだけ岳 --- 4 11)むろぐちがわ 室口川 --- 4 室むろぐち口町の沿革 --- 4 室むろだいら平村の変遷 --- 4 12)けさたいらがわ 今朝平川 --- 4 今朝平けさたいら村の変遷--- 4 13)いわさきざわ 岩崎沢 --- 5 14)しろやまざわ 城山沢 --- 5 15)まゆみがわ 真弓川 --- 5 真弓まゆみ山やま --- 5 16)おせんがわ おせん川 --- 5 (3)足助地区の巴川 11 支流 --- 5 1)ほそほらがわ 細洞川 --- 5 2)ちかおかぼら 近岡洞 --- 6 近岡 ちかおか 町の沿革 --- 6 3)いのくちがわ 井の口川 --- 6 井ノ口い の く ち町の沿革 --- 6 追分おいわけ村の変遷 --- 6 4)のりさだがわ 則定川 --- 6 則定のりさだ町の沿革 --- 6 5)こやのさわがわ 小屋ノ沢川 --- 7 葛沢つづらさわ町の沿革 --- 7 6)やがみがわ 岩神川 --- 7 岩や神がみ町の沿革 --- 7 7)のばやしがわ 野林川 --- 7 野林のばやし町の沿革 --- 7 8)かがみがわ 鏡川 --- 8 下国谷しもくにや町の沿革 --- 8 9)さぎりがわ 佐切川 --- 8 下佐しもさぎり切町の沿革 --- 8 上佐切かみさぎり町の沿革 --- 8 10)らくみねがわ 烙嶺川 --- 8 下平しもだいら町の沿革 --- 8 11)かみこしがわ 神越川 --- 8 神越かみこしけいこく渓谷 --- 9 田之士里た の し り湿原 --- 9 (4)神越川の 5 支流 --- 9 1)ごんぞうれがわ 金蔵連川 --- 9 2)たきさわがわ 滝沢川 --- 9 3)たのしりがわ 田尻川 --- 9 御内みうち町の沿革 --- 9 4)つづらさわがわ 葛沢川 --- 10 5)おおみがわ 大見川 --- 10 東大見 ひがしおおみ 町の沿革 --- 10 (5)大見川の 4 支流 --- 10 1)にしがいとがわ 西貝戸川 --- 10 2)ねぎかいとざわ 根木貝戸沢 --- 10 3)おくやまがわ 奥山川 --- 10 4)なしのがわ 梨野川 --- 10 (6)阿摺川(矢作川支流)と 14 支流 --- 11 1)あすりがわ 阿摺川 --- 11

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阿摺あ す り村の変遷 --- 11 2)いせがみさわ 伊勢神沢 --- 11 伊勢神い せ が み村の変遷--- 11 3)まがりくごさわ 曲リクゴ沢 --- 11 4)どうがいりがわ 堂ケ入川 --- 12 明川あすがわ町の沿革 --- 12 5)ごりんざわ 五倫沢 --- 12 小町こちょうの沿革 --- 12 廣岡ひろおか村の変遷 --- 12 6)ちゃうすがわ 茶磨川 --- 12 7)きりやまがわ 切山川 --- 12 上切山かみきりやま町の沿革 --- 13 8)ひさぎがわ 久木川 --- 13 久木ひ さ ぎ町の沿革 --- 13 9)しらやまがわ 白山川 --- 13 白山しらやま町の沿革 --- 13 10)てらのしたがわ 寺の下川 --- 13 11)おおかわらにのさわ 大河原二の沢 --- 13 12)みくらざわ 御蔵沢 --- 13 御蔵み く ら町の沿革 --- 14 13)おおほらがわ 大洞川 --- 14 東渡合ひがしどあい町の沿革 --- 14 14)いりぼらがわ 入洞川 --- 14 15)つきみさわ 月見沢 --- 14 月原わちばら町の沿革 --- 14 (7)摺小川(矢作川支流)と 3 支流 --- 15 1)すりおがわ 摺小川 --- 15 摺すり町の沿革 --- 15 2)なかだちがわ 中立川 --- 15 3)みつあしがわ 三ツ足川 --- 15 4)やまさわがわ 山沢川 --- 15 中立なかだち町の沿革 --- 15 (8)おおすりがわ 大摺川(矢作川支流) --- 15 (9)大河原川(矢作川支流)と 1 支流 --- 16 1)おおかわらがわ 大河原川 --- 16 2)おおさわがわ 大沢川 --- 16 大河原おおかわら町の沿革 --- 16 5.豊田市下しもやま山地区 30 の川名 (1)下山しもやま地区の沿革 --- 17 (2)下山地区を水源とする矢作川の 2 支流 --- 17 1)ともえがわ 巴川 --- 17 2)ぐんかいがわ 郡界川 --- 17 (3)下山地区の巴川 7 支流 --- 18 1)ねやまがわ 根山川 --- 18 三河み か わ湖こ(羽布ダム) --- 18 野原のはら町の沿革 --- 18 羽布はぶ 町の沿革 --- 18 2)のはらがわ 野原川 --- 18 3)おおばやしがわ 大林川 --- 18 東 大 林 ひがしおおばやし 町の沿革 --- 19 4)おおくわがわ 大桑川 --- 19 大桑 おおくわ 町の沿革 --- 19 5)かじがわ 梶川 --- 19 梶 かじ 村の変遷 --- 19 6)ひらせがわ 平瀬川 --- 19 平瀬ひらせ町の沿革 --- 20 7)えもんどがわ 右衛門殿川 --- 20 大沼 おおぬま 町の沿革 --- 20 (4)野原の は ら川の 6 支流 --- 20 1)おくやまがわ 奥山川 --- 20 2)うれのがわ 宇連野川 --- 20 宇う連れ野の町の沿革 --- 21 3)よしだいらがわ 吉平川 --- 21 吉平 よしだいら 村の変遷 --- 21 4)あぞうがわ 阿蔵川 --- 21 阿蔵あぞう町の沿革 --- 21 5)ほどのがわ 保殿川 --- 21 保殿ほどの村の変遷 --- 22 6)たかのがわ 高野川 --- 22 高野たかの町の沿革 --- 22 (5) 大 林おおばやし川の 1 支流 --- 22 1)にしぼらがわ 西洞川 --- 22 (6)大桑おおくわ川の 3 支流 --- 22 1)くろさかがわ 黒坂川 --- 22 黒坂 くろさか 町の沿革 --- 22 2)こまつのがわ 小松野川 --- 22 小松野こまつの 町の沿革 --- 23 3)そまさわがわ 杣沢川 --- 23 和合わごう町の沿革 --- 23

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(7)梶川かじがわの 2 支流 --- 23 1)ぶっくがわ 仏供川 --- 23 2)ねこがほらがわ 猫ケ洞川 --- 23 (8)阿蔵あ ぞ う川の 2 支流 --- 24 1)たきさわがわ 滝沢川 --- 24 2)ねこたがわ 猫田川 --- 24 (9)右え衛門も ん殿ど川の 1 支流 --- 24 1)きりやまがわ 切山川 --- 24 (10)郡界ぐんかい川の 6 支流 --- 24 1)おおぬまがわ 大沼川 --- 24 2)やさわがわ 八沢川 --- 24 3)どどめきがわ 土々目木川 --- 24 4)ほうけたわがわ 朴ケ田和川 --- 25 5)たなのさわがわ 棚ノ沢川 --- 25 6)るるひきがわ 立々日木川 --- 25 花沢 はなさわ 町の沿革 --- 25 6.豊田市松 平まつだいら地区 16 の川名 (1) 松 平まつだいら地区の沿革 --- 26 (2)松平地区を流れる巴川の 4 支流 --- 26 1)におうがわ 仁王川 --- 26 仁王におう村の変遷 --- 26 2)おおぐすがわ 大楠川 --- 26 石 せき 楠 なん 町の沿革 --- 26 3)しろやまがわ 白山川 --- 26 幸こう海かい町の沿革 --- 26 穂積ほづみ町の沿革 --- 27 4)たきがわ 滝川 --- 27 林 はやし 添 ぞれ 町の沿革 --- 27 大内おおうち町の沿革 --- 27 九 久 平くぎゅうだいら町の沿革 --- 27 (3)仁王に お う川の 1 渓谷 3 支流 --- 28 1)おおたきけいこく 王滝渓谷 --- 28 王滝 おおたき 町の沿革 --- 28 2)ひあかりがわ 日明川 --- 28 日明 ひあがり 村の変遷 --- 28 3)てんがみねがわ 天下峰川 --- 28 4)みやぐちがわ 宮口川 --- 28 宮口 みやぐち 村の変遷 --- 29 坂上 さかうえ 町の沿革 --- 29 (4)滝たき川の1支流 --- 29 1)だいたがわ 大田川 --- 29 (5)大田だ い た川の 5 支流 --- 29 1)たかくらがわ 高蔵川 --- 29 2)いどのうえかわ 井戸ノ上川 --- 29 3)てらおがわ 寺大川 --- 29 4)ふたくちがわ 二口川 --- 29 5)はあすがわ 羽明川 --- 29 羽は明あす村の変遷 --- 30 豊松 とよまつ 町の沿革 --- 30 豊栄とよさか村の変遷 --- 30 (6)高蔵たかくら川の 1 支流 --- 30 1)にしいりがわ 西入川 --- 30 (7)郡界ぐんかい川の 2 支流 --- 30 1)ほうとくじがわ 法徳寺川 --- 30 長沢ながさわ町の沿革 --- 30 2)たきわきがわ 滝脇川 --- 30 滝脇たきわき町の沿革 --- 31 7.豊田市高橋たかはし地区 9 の川名 (1)高橋たかはし地区の沿革 --- 32 (2)矢作川の 6 支流 --- 32 1)てんのうがわ 天王川 --- 32 扶桑町の沿革 --- 32 平井町の沿革 --- 32 2)いわもとがわ 岩本川 --- 33 寺下 てらした 町の沿革 --- 33 3)いちぎがわ 市木川 --- 33 市木いちき町の沿革 --- 33 4)かもがわ 加茂川 --- 33 賀茂かものごう郷の沿革 --- 33 御立みたち町の沿革 --- 33 5)かしおがわ 樫尾川 --- 34 古瀬こ せ間ま町の沿革 --- 34 野の見み町の沿革 --- 34 6)おおみがわ 大見川 --- 34 大見おおみ町の沿革 --- 35 (3)岩本いわもと川の 1 支流 --- 35 1)まるやまがわ 丸山川 --- 35 (4)樫かし尾お川の 1 支流 --- 35

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1)きりやまがわ 桐山川 --- 35 (5)大見お お み川の 1 支流 --- 35 1)すなやまがわ 砂山川 --- 35 8.豊田市石野い し の地区 10 の川名 (1)石野いしの地区の沿革 --- 36 (2)矢作川の 5 支流 --- 36 1)われまがわ 割間川 --- 36 小峯こみね町の沿革 --- 36 2)ひろたがわ 広田川 --- 36 3)たかねがわ 高根川 --- 36 東広瀬町の沿革 --- 36 4)ちからいしがわ 力石川 --- 36 力石町の沿革 --- 37 5)いちのせがわ 一ノ瀬川 --- 37 (3) 力ちからいし石川の 3 支流 --- 37 1)むろがわ 室川 --- 37 芳友町の沿革・室むろ村の変遷 --- 37 2)ならいがわ 成合川 --- 37 成合ならい町の沿革 --- 37 中金町の沿革 --- 38 3)みやしたがわ 宮下川 --- 38 (4)成合な ら い川の 1 支流 --- 38 1)やなぎさわがわ 柳沢川 --- 38 千鳥町の沿革 --- 38 (5) 巴ともえ川の 1 支流 --- 38 1)あさひがわ 朝日川 --- 38 野口のぐち町の沿革 --- 39 中切 なかぎり 町の沿革 --- 39 巻末資料集 河川案内図 4. (2)足助川と 15 支流 --- 資料 1 4. (3)足助地区の巴川 11 支流 --- 資料 2 4. (4)神越川の 5 支流 --- 資料 2 4. (5)大見川の 4 支流 --- 資料 3 4. (6)阿摺川(矢作川支流)と 14 支流 --- 資料 3 4. (7)摺小川(矢作川支流)と 3 支流 --- 資料 4 4. (8)おすりがわ 大摺川(矢作川支流) --- 資料 4 4. (9)大河原川(矢作川支流)と 1 支流 --- 資料 4 5. (2)下山地区を水源とする矢作川の 2 支流 --- 資料 5 5. (3)下山地区の巴川 7 支流 --- 資料 6 5. (4)野原川の 6 支流 --- 資料 7 5. (5)大林川の 1 支流 --- 資料 7 5. (6)大桑川の 3 支流 --- 資料 7 5. (7)梶川の 2 支流 --- 資料 8 5. (8)阿蔵川の 2 支流 --- 資料 8 5. (9)右衛門殿川の 1 支流 --- 資料 8 5. (10)郡界川の 6 支流 --- 資料 9 6. (2)松平地区を流れる巴川の 4 支流 --- 資料 10 6. (3)仁王川の 1 渓谷 3 支流 --- 資料 10 6. (4)滝川の 1 支流 --- 資料 11 6. (5)大田川の 5 支流 --- 資料 11 6. (6)高蔵川の 1 支流 --- 資料 11 6. (7)郡界川の 2 支流 --- 資料 11 7. (2)矢作川の 6 支流 --- 資料 12 7. (3)岩本川の 1 支流 --- 資料 13 7. (4)樫尾川の 1 支流 --- 資料 13 7. (5)大見川の 1 支流 --- 資料 13 8. (2)矢作川の 5 支流 --- 資料 14 8. (3)力石川の 3 支流 --- 資料 14 8. (4)成合川の 1 支流 --- 資料 14 8. (5)巴川の 1 支流 --- 資料 15 写真集 4. 豊田市足助地区 --- 資料 16 5. 豊田市下山地区 --- 資料 19 6. 豊田市松平地区 --- 資料 21 7. 豊田市高橋地区 --- 資料 22 8. 豊田市石野地区 --- 資料 22 豊田加茂建設事務所管内図 一級河川一覧表 --- 資料 23 愛知の川名 編集委員会 監 修 磯貝 洋尚(地名文化研究会会員) 委員長 吉永 次男 委 員 川﨑 明 神戸 譲 玉井 信之 田中 利佳

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はじめに 本書は『愛知の川名 その 1 稲武地区・旭地区』 の続編として編集したものです。 その 1 では、川ことば(どうして川と言うの・ど うして河口というの)からはじまり、稲武地区 50・旭地区 61 合わせて 111 の川名の読み方(呼 称)・語源由来、先人が川名に託した集落の歴史・ 地名の語源由来を紹介しました。 本書には、矢作川右岸の足助地区 58・下山地区 30・松平地区 17・高橋地区 9・石野地区 10、合わ せて 124 の川名の読み方(呼称)・語源由来、先人 が川名に託した集落の歴史・地名の語源由来を収 録しました。 川名の大半がその 1 と同じように、川が所在す る村名や字地名を冠していて、先人が地域の歴史 を川名に託したことが感じられます。 またごく少数ですが、川の容姿や性質、特徴を 川名にした例もあります。たとえば、足助地区の 滝のように流れる「おせん川」、雪洞ぼんぼりのように現れ たり消えたりする「雪洞川」、下山地区のドードー と水音が聞こえる「土々目ど ど め木き川がわ」、その下流の幾つ もの流れを集めて流れる「立々る る日ひ木川き が わ」などを収 録できました。 また、高橋地区には、平安時代の漢和辞書「和名わみょう 抄 しょう 」に記載される賀茂郡 8 郷の 1 つ、賀茂郷が所 在していた所を証明する「加茂川か も が わ」は、歴史の貴 重な生き証人です。 皆様もぜひ現地を訪ね歩き、川が流れる様子『川 水の音、川水の臭い、川水の色具合、川の姿、川 の流れと四周の景色』を体感し、先人が川名に託 した感性に思いを馳せて下さい。 川は郷土が誇る貴重な風土資産 1)足助あ す け川 安住の地に由来する足助地区には川を愛でる風 土があります。中馬街道に面した喧騒な町屋の表 玄関と、足助川に面した屋敷の裏口とはまるで趣 きが異なります。 2)香嵐渓こうらんけい 香嵐渓は、清流 巴ともえ川を中心に四季折々姿を変え る山の景色を楽しむ風光明媚な風土資産。せせら ぎの音・川水に触れた感触・四周の景色・自然の 濃密な空気など、訪れた老若男女だれもが豊かな 心を感じる。 写真 2 巴川と香嵐渓 写真 1 足助川と町屋

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3)マス釣り 足助あ す け地区神かみ越こし川・下しも山やま地区野原の は ら川では、マス釣 りを通して川を愛でる文化が定着している。人が 持つ六感覚すべて満足する川はふるさとの大切な 風土資産。 4)下しも山やま地区 羽は布ぶダム(三河湖み か わ こ)と香恋か れ んの館 羽布ダムには、生物に大切な命の水が蓄えられ ています。 羽布ダムの下流に香恋の館が在ります。香恋の 意味は、巴川と樹木が育むマイナスイオンの香り を愉しむことからネーミングされたと云われます。 館には郷土民具や民芸品・嗜好品が揃えられ、古 民具から歴史を学び実習し、川と水に親しむこと が出来る下山が誇る郷土自慢の施設です。 5)松 平まつだいら地区 王滝おうたき渓谷けいこく 別名「東海の 昇 仙 峡しょうせんきょう」 巴川の支流・仁王川沿いに位置する王滝渓谷。 巨岩・奇石と渓流が、素晴らしい渓谷美を生み出 しています。 写真 7 王滝渓谷 写真 6 巴川に架かる香恋橋 写真 4 野原川のマス釣り風景 (野原川観光センター提供) 写真 5 羽布ダム(三河湖)と巴川 写真 3 神越川

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4.豊田市足助あ す け地区 58 の川名 (1)足助あ す け地区の沿革 ・地勢:足助あすけ川と 巴ともえ川の合流点付近の河岸段丘上に 位置する。 ・名所旧跡:縄文時代の遺跡が 6 か所あり、なかには 弥生・古墳時代の遺物を出土するものもある。大部分 は平安期以降の遺物が出土。 平安末期の飯盛いいもりやま山経塚、鎌倉期の飯盛山城跡、戦国 期の足助城(真弓山ま ゆ み や ま城)跡、応永 34 年創建の曹洞宗香 積寺、文正元年再建の足助八幡宮本殿(国重文)があ る。また、光勝庵と呼ぶ寺もあった。大正 13 年現在の 香嵐渓 こうらんけい に町民が 楓かえでを植樹、昭和 5 年に香嵐渓と命名 して戦後観光の拠点となる。昭和 55 年三州足助屋敷が でき、通年型の観光地となる。 ・地名の語源由来:アスケは安住の地に由来する飛鳥あ す か・ 安住処あ す かと同義語と思われ、当地は古くから交通の要地 であることから「足助」と表記したと思われます。 ・地名の変遷:鎌倉時代から戦国時代は三河国加茂郡 足助荘。その範囲は巴川上流の山間地域で旧)東加茂 郡下山しもやま村・旧)足助あすけ町・旧) 旭あさひ町と旧) 松平まつだいら町、及 び北設楽き た し た ら郡の北部を荘域とした。荘内には仁木に き郷のほ か大田加(大多賀お お た が)・野原の は ら村・阿あ摺すり村・介けん木ぎ郷・外下 山内滝脇郷・戸島ノ郷と し ま の ご う中ナベタ村(加茂郡)、名倉なくら郷・ 野入の い り村(設楽郡)が在る。 江戸期には、三河国加茂郡足助村となり、明治 2 年 三河の伊那県支配地を管轄する伊那県足助支庁が置か れ、明治 11 年東加茂郡に所属し、その郡役所が置かれ る。同 22 年、足助あすけ・中之御所なかのごしょ・今朝平けさたいらの 3 か村が合併 して足助村となる。明治 23 年町制施行足助町となる。 昭和 30 年盛もり岡おか村・賀茂か も村・阿あ摺すり村を合併し、合併各 村の大字を加えた 80 大字を編成。平成 17 年豊田市と 合併し、大字はそれぞれ町となり豊田市 79 町となる。 広域地名として足助地区が残る。 ・記録:明治 30 年伊勢神い せ が みトンネルの竣工により、飯田いいだ 街道は運送馬車の通行が可能となったが、同 44 年の国 鉄中央線の全線開通によって物資の中継基地としての 性格は薄れ、以後東加茂郡の政治・経済・文教の中心 地となった。 (2)足助川と 15 支流 1)あすけがわ 足助川(巴川支流) <豊田市足助町> ・川名の由来:この川の河口の、旧)村名、「足助あすけ村」 を冠した川名。 ・足助川の概要:寧比曽ね び そ岳だけ1,120.6m の北斜面に源を発 して西流し、上八木う ば や ぎ町地内で 中平なかだいら川を、川面かわもて町下切しもぎりで 怒ぬ田沢た ざ わ町地内を流れる怒ぬ田沢た ざ わ川を合流して北西に折れ、 桑田和くわだわ 町で上八木う ば や ぎ川・玉たま野沢のざわ・下小田しもこだ 川・菅川すげがわを集め た菅生す ご う川を合流し、南西に向きを変え、足助市街を通 って、富岡町地内を流れる今朝平け さ た い ら川を合流して、巴川 に注ぐ流長 11.30km、流域面積 41.9 ㎢の 1 級河川。 水源を離れると下切付近までは深い峡谷をなし、愛 知高原国定公園区域の一部をなす。下流部や流れの方 向が変わる所では狭いながらも河岸段丘が形成され、 特に日照りのよい右岸には縄文時代の遺跡が多い。足 助消防所から巴川合流点までの最下流部は最も谷幅が 広く、同所に足助の町が形成された。 ・あすけ(足助)の由来:あすか[飛鳥、明賀、安宿、 阿須賀、明日香]などと同意語にて、アス・ケ=「安住 の地」であり、古代から中馬街道の宿場町として栄え たことから、足を休め助ける処から足助と表記された と推察される。 2)なかだいらがわ 中平川(足助川支流) <上八木う ば や ぎ町> ・川名の由来:この川の河口部の地名、旧)上八木う ば や ぎ村 字「中 平なかだいら」を冠した川名。 ・中平川の概要:伊勢神峰 781m の南斜面を水源に、中 平地内を南西に流れ足助川に注ぐ谷川。 ・なかだいら(中平)の由来:山の中腹に平坦地のあ る所を表現した字地名。小名に〔コカキダイラ・イハ ダイラ・ササガタイラ・イハホラ・コトリホラ・コヤカ ホラ・トヨガサワ・オシボトケその他多数〕がある。 3)うばやぎがわ 上八木川(足助川支流) <上八う ば や木ぎ町> ・川名の由来:この川の河口部の、旧)村名、旧「上八木う ば や ぎ 村」を冠した川名。 ・上八木川の概要:上八木村地内の山林を水源に西に

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流れ、玉野沢・菅生川と合流して足助川に注ぐ準用河 川。 ・うばやぎ(上八木)の由来:ウバヤギはウハヤキ(上 焼)の転にて、焼畑耕作の所を表現した地名。類似地 名に、近傍の稲武地区の夏焼町、旭地区の山地に伯母お ば 沢村 さわむら がある。 上八木う ば や ぎ町の沿革 ・地勢:筈ケ岳は ず が た け985.2m の北西に位置する。菅生す ご う川の支 流上八木う ば や ぎ川に沿う本郷と、足助川上流に沿う枝郷山中 の切がある。 ・名所旧跡:縄文時代の中平遺跡・坂遺跡、また、千 ノ田城跡・芦ノ入城跡・坂城跡がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡上八木村、明治 11 年東加茂郡上八木村、同 22 年賀茂村の大字上八木 となる。昭和 30 年からは足助町の大字上八木。平成 17 年から豊田市上八木町となる。 ・寺社:村社は本郷に熊野神社、枝郷山中の切に若宮 神社がある。寺院には曹洞宗宗源寺がある。 4)すごうがわ 管生川(足助川支流) <管生すごう町> ・川名の由来:この川の河口部の、旧)村名「菅生す ご う村」 を冠した川名。 ・菅生川の概要:五反田ごたんだ 町を源頭に西流し、千田町で 南に曲がり、上八木う ば や ぎ川を集め、県道 33 号線沿いに流れ て、菅生町萩野小学校の辺りで足助川と合流する川。 ・すごう(菅生)の由来:一説、砂が流れる川の所。 (ス砂・ゴウ川) 二説、運積された砂で、州が出来た所。 三説、足助川と上八木川+菅生川の 2 筋の川が出会 う所。 参考)スゴウ〔菅生、数河、巣河、須河、須郷、須合、 須川〕:①ス(州。砂など)・ゴウ(「川」の意)。②ス ガ(菅)の生えた所。③スガ・フ(生。=「~になっ た所」)という地名。④比較的小さな谷。『地名用語語 源辞典』 5)すげがわ 菅川(足助川支流) <菅生すごう町> ・川名の由来:菅生町を挟む東側の川は「すごうがわ 菅生川」に対し、西側(裏側)の川なので生を省いて 「すげがわ 菅川」としたか。 ・菅川の概要:二タ宮町~菅生町の裏山(北西側)の 谷間を北から西に流れ菅生橋地点で、足助川に注ぐ小 川。 菅生す ご う町の沿革 ・地勢:足助あすけ川の支流菅生川の傾斜地に位置する。 ・名所旧跡:縄文時代の池平遺跡がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡菅生村。明治 11 年東加茂郡菅生村、同 22 年賀茂村の大字菅生となる。 昭和 30 年からは足助町の大字菅生。平成 17 年から豊 田市菅生町となる。 ・寺社:八坂神社・浄土宗松寿院・曹洞宗海蔵寺があ る。 6)たまのざわ 玉野沢(足助川水系菅生川支流) <玉野たまの町> ・沢名の由来:この川の河口部の、旧)村名「玉野た ま の村」 を冠した沢名。 ・玉野沢の概要:玉野村を流れ菅生すごう川に注ぐ小沢。 ・たまの(玉野)の由来:永野な が の村と玉ケ瀬た ま が せ村が合併し た時に、互いの村名の一文字(玉ケ瀬村+永野村)を 合成して生まれた合成地名。 玉野た ま の町の沿革 ・地勢:足助あ す け川の支流菅生す ご う川流域の山麓の傾斜地に位 置する。 ・地名の由来:合併した玉たまケが瀬せ村と永なが野の村の各 1 字を とった合成地名。 ・地名の変遷:明治 11 年東加茂郡の玉ケ瀬村と永野村 が合併して玉野村成立。明治 22 年賀茂村の大字玉野と なる。明治 26 年一部(江戸期の永野村)が分離して大 和村永野となる。昭和 30 年から足助町の大字玉野。平 成 17 年から豊田市玉野町となる。

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7)しもこだがわ 下小田川(足助川水系菅生川支流) <二ふタたみや宮町> ・川名の由来:この川の河口部の地名、二タ宮町字 「下小田しもこだ 」を冠した川名。 ・下小田川の概要:山里の二タ宮町のほぼ中央を東か ら西に流れ、字下小田しもこだ で菅生すごう川に合流する小川=谷川。 ・しもこだ(下小田)の由来:字上小田に対し、下方 に位置する小さな田のある所を表現した地名。 参考)コダ〔小田、古田、籠田、小多〕:①コ(小)・ タ(処)で、「小平地」。②ゴタの転。③動詞コダル、 コダレルの語幹コダで、「倒れかかる。徐々に低くなる」 意から「傾斜地」。『地名用語語源辞典』 二タ宮ふ た み や町の沿革 ・地勢:足助あ す け川の支流菅生す ご う川流域の山麓傾斜地に位置 する。 ・地名の変遷:明治 11 年東加茂郡東丹波村と上垣内か み が い と村 が合併して二タ宮村成立。明治 22 年賀茂村の大字二タ 宮となる。昭和 30 年からは足助町の大字二タ宮。平成 17 年から豊田市二タ宮ふ た み や町となる。 8)もりまえがわ 森前川(足助川水系菅生川支流) <竜たつおか岡町> ・川名の由来:この川の河口部の地名竜岡町字「森前もりまえ」 を冠した川名。 ・森前川の概要:竜岡町を東から西に流れ、字森前地 点で菅生川に注ぐ小川。下流端の地名を冠した川名。 ・もりまえ(森前)の由来:竜岡村の字森前は、神社 の前(社前もりまえ)に位置する所。『明治の地名集覧』のフ リガナは、森前モリコヱとあり、森を越えた所かも知れない。 字森前地内の小名には〔神ノ木カ ミ ノ キ・こ丸根マ ル ネ・中 平 下ナカダライタシタ〕 がある。また、対岸の菅生村地内にも字森前もりまえが所在す る。 竜岡 たつおか 町の沿革 ・地勢:足助川右岸と支流菅生す ご う川流域に位置する。 ・地名の変遷:明治 11 年東加茂郡〔市ケ瀬い ち が せ村・足原あしばら村・ 須田す だ村〕が合併して竜岡村成立。明治 22 年賀茂村の大 字竜岡となる。昭和 30 年からは足助町の大字竜岡。平 成 17 年から豊田市竜岡町となる。 9)りゅうほうじがわ 竜宝寺川(足助川支流) <川面かわもて町> ・川名の由来:この川の河口部に建立されている寺名 「 竜りゅう宝寺ほ う じ」を冠した川名。 ・竜宝寺川の概要:加茂県有林を水源に北流し、足助 川に注ぐ渓流で、対岸に曹洞宗竜宝寺が建立されてい る。 川面 かわもて 町の沿革 ・地勢:足助あ す け川上流域の山麓の傾斜地に位置し、集落 は上切かみぎり・中切なかぎり・下切しもぎりに分かれる。 ・名所旧跡:縄文時代の滝脇たきわき遺跡・上かみ貝戸がいと遺跡・日影ひかげ 遺跡・大屋敷おおやしき遺跡・中切なかぎり遺跡がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡 川面かわをもて村、明治 11 年東加茂郡 川面かわをもて村、同 22 年賀茂村の大字川面とな る。昭和 30 年からは足助町の大字川面。平成 17 年か ら豊田市川面かわもて町となる。 ・寺社:上切に上切大明神、中切に津島神社、下切に 白山神社を祀る。寺院は曹洞宗竜宝寺があり、開基清 室宝泉知識は慶長 20 年没。正保 3 年八桑村大鷲院宝山 和尚が寺を建立して中興開山と伝える。 10)ぬたざわがわ 怒田沢川(足助川支流) <怒ぬ田た沢ざわ町> ・川名の由来:この川の河口部の、旧)村名「怒ぬ田た沢ざわ 村」を冠した川名。 ・怒田沢川の概要:筈はずケがたけ岳985m・ 寧比曽ね び そ岳だけ1,120.6m の南西斜面を源に、県有林南山麓を 流れ、怒田沢町地内を抜け、菅生川・足助川に合流す る準用河川。 ・ぬたざわ(怒田沢)の由来:沼のように軟弱な沢地 を表現した地名と推察される。 参考)ぬた〔沼田〕:①泥ぶかい田。ぬまた。泥地。 ②(猪(いのしし)は、泥の上に枯草をかき集めて寝 るというところから)猪の寝床。また、泥土。『国語 大辞典』

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怒ぬ田沢た ざ わ町の沿革 ・地勢:足助あ す け川の支流、怒田沢川流域の山麓の傾斜地 に位置する。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡怒ぬ田た沢さは村。明治 11 年東加茂郡に所属、同 22 年賀茂村の大字怒田沢と なる。昭和 30 年からは足助町の大字怒ぬ田たざわ沢。平成 17 年から豊田市怒ぬ田たざわ沢町となる。 ・寺社:諏訪神社があり、境内に回り舞台・奈落を備 えた農村舞台がある。 筈ケ岳は ず が た け<足助町> 豊田市足助地区東部に位置する山。標高 985m。地質 は花崗岩。東海自然歩道が整備され、山頂からの三河 山地の眺望は素晴らしい。『角川日本地名大辞典』 寧比曽ね び そだけ岳 豊田市足助地区東部に位置する山。標高 1,120.6m。 周辺に延びる尾根は、標高 1,000~1,100m の定高性の ある地形をなし、三河高原を 4 段の小起伏面に分けた ときの最も高い段戸小起伏面の一部にあたる。山頂お よび尾根の地質はホルンフェルス・石英片岩などから なり、片状ホルンフェルス帯に分帯される領家変成岩 類に属する。山麓の地質はアダメロ岩・花崗閃緑岩な どからなる武節花崗岩体であることが多い。山頂付近 には原生林がわずかに分布し、ブナ・チチブドウダン などが繁茂する。尾根には東海自然歩道が通り、山頂 は恵那方面へのコースと足助~瀬戸方面へのコースと の分岐点である。『角川日本地名大辞典』 11)むろぐちがわ 室口川(足助川支流) <室むろぐち口ちょう町> ・川名の由来:この川の河口部の、旧)村名「室口むろぐち村」 を冠した川名。 ・室口川の概要: 漆うるし畑ばた町・ 椿つばき立だち町一帯の山林を水源 に、室口町から真弓山の北麓を流れ、足助川に注ぐ準 用河川。 ・むろぐち(室口)の由来:合併した室むろだいら平村・足口あしくち村 の一文字ずつを合成した地名。互いの村の尊厳を尊重 した村名である。 室口 むろぐち 町の沿革 ・地勢:足助あ す け川左岸の山上に連なる小起伏面に位置す る。 ・地名の由来:合併した室 平むろだいら村・足口あしくぢ村の各 1 字を とった合成地名。 ・地名の変遷:明治 11 年、東加茂郡〔室平村と足口村〕 が合併して室口村成立、同 22 年金沢村の大字室口とな る。明治 39 年賀茂村、昭和 30 年からは足助町の大字 室口。平成 17 年から豊田市室口町となる。 ・記録:昭和 47 年シクラメンの温室栽培を始める。 室 むろ 平 だいら 村の変遷 室町期三河国加茂郡室平村。明治 11 年東加茂郡に所 属。同年室口村の一部となる。 ・初見:「応永三十年癸卯霜月吉日、三州足助宮平光勝 庵公用」とあり、光勝庵は当地にあった神宮寺の前身 かという(足助町誌)。神明社、浄土宗正覚院がある。 12)けさたいらがわ 今朝平川(足助川支流) <旧)今朝平け さ た い ら村> ・川名の由来:この川の河口部は抹消され、今は無い 村名「今朝平け さ た い ら村」を冠した川名。 ・今朝平川の概要:千田せんだ町を源頭に、南西に流れ、二タ宮ふたみや 町・竜たつ岡おか町・桑田くわだ和わ町を経て、旧)今朝平村地点で、 足助川に合流する準用河川。(豊田加茂建設事務所足助 支所の北側を流れる川) ・けさたいら(今朝平)の由来:定かでないが、当地 の地形的特長を表現した地名で、真弓山麓の川沿いの 平坦地を、法衣の袈裟に見立てた袈裟の裾に似た形の、 平らな所を表現したと推察される。 今朝平け さ た い ら村の変遷 ・地勢:足助あ す け川右岸に位置する。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡今朝平村、明治 11 年東加茂郡に所属。同 22 年足助村の大字今朝平と なる。明治 23 年からは足助町の大字今朝平。平成 17 年から豊田市足助町となり今朝平は抹消。 ・記録:天保 7 年加茂一揆が押し寄せ、染屋・車屋が 襲われた。足助の町へ続く東の入口として若干の商家 があった。昭和 50 年代になって足助保健所・名古屋法

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務局足助出張所が設置された。 ・遺跡等:縄文時代の今朝平遺跡からは後期の配石遺 構が発見され、土偶はじめ多くの遺物が出土している。 「三河志」に今朝平村古屋敷があり、原田権左衛門の 名が記されるが、真弓山山麓の字八万に位置したこと 以外は不詳。 13)いわさきざわ 岩崎沢(足助川支流) <足助あすけ町> ・沢名の由来:このさわの河口の地名、旧)足助村字 「岩崎いわさき」を冠した沢名。 ・岩崎沢の概要:足助川右岸山地を水源に南流し、大 観寺辺りで足助川に注ぐ渓流。 ・いわさき(岩崎)の由来:表記文字の通り、岩場の 先端付近の所を表現した地名。 14)しろやまざわ 城山沢(足助川支流) <足助あすけ町> ・沢名の由来:この沢の河口の地名、旧)足助村字「城山しろやま」 を冠した沢名。字城山地内の小名に薄沢うすさわ地名がある。 また字引ひきじん陣地内にも小名に〔城山しろやま・白山しろやま〕地名がある。 ・城山沢の概要:足助川右岸の城山地内から足助川に 注ぐ小沢。 ・しろやま(城山)の由来:足助七屋敷(足助七城) の 1 つ。城山城が在る所。『足助町誌』 15)まゆみがわ 真弓川(足助川支流) <足助あすけ町> ・川名の由来:この川の水源地の地名「真弓まゆみ山やま」を冠 した川名。 ・真弓川の概要:真弓山の北西山麓にある谷川で、北 流して足助川に注ぐ小谷。 ・まゆみ(真弓)の由来:一説、山頂に城が在ること などから、マユミ(馬射・騎射)が行われたことから 付けられた山名か。 二説、弓を作るマユミの木が多く自生する山からこ の名が付いたか。 参考)マユミ〔檀、間弓、真弓〕①ニシキギ科もマユ ミ(檀)の植生によるか。②マユ・ミ(廻。接尾語) の語形の地名。まゆ。解説)真弓という地名にはマユ ミ(檀弓)にちなむ由来伝が多いが、真弓の形の集落 名、山名、峠名、などからマユという地形地名を想定 すべきであろう。尾根筋に挟まれた小平地、または大 河に沿った地に多い。『地名用語語源辞典』 まゆみ〔檀・真弓〕:①(昔、この木で弓を作ったと ころからの名という)ニシキギ科の落葉低木または小 高木。材でこけしや将棋の駒を作る。漢名とする桃葉 衛矛・檀は誤用という。やまにしきぎ。檀の木。 うまゆみ〔馬射・騎射〕:馬に乗ったままで弓を射る こと。端午の節会(せちえ)の騎射、流鏑馬(やぶさ め)、笠懸、犬追物などのすべてにいう。まゆみ。き しゃ。馬射の節(せち)中古以来、五月五日の端午の 節会に、天皇が武徳殿で近衛、兵衛の騎射、走馬を御 覧になる儀式。『国語大辞典』 真ま弓山ゆみやま 東加茂郡足助あ す け町足助の東端に位置する山。標高 309m。 山頂には、戦国期に足助鈴木氏が本城とした真弓山城 が築かれ、巴川と足助川に挟まれた要害の地であった。 頂上の本丸跡には、真弓山城跡碑や足助重春の「心な き尾花が袖も露ぞおく秋はいかなる夕なるらん」(新葉 和歌集)の歌碑がある。『角川地名大辞典』 16)おせんがわ おせん川(足助川支流) <足助町> ・川名の由来:この川の容姿を見て、滝のような川と 表現した川名。「お」は接頭語・「せん」は滝を言う。 長野県佐久地方では「滝や急流」を「せん」と言う。 当地は中馬街道で信濃国との行き来があり、信濃の方 言が当地にまで及んでいる。 ・おせん川の概要:愛知県足助事務所の前を北から南 に流れ足助川に注ぐ滝のような川。 (3)足助地区の巴川の 11 支流 1)ほそほらがわ 細洞川(巴川支流) <足助あすけ町> ・川名の由来:この川の河口の地名、旧)足助村字「細ほそ 洞 ほら 」を冠した川名。 ・細洞川の概要:足助川と合流する辺りの巴川右岸山

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地の城山を源に細洞地内を南流し、巴川に注ぐ小さな 谷川。 ・ほそほら(細洞)の由来:文字の通り、狭くて細い 洞=谷川を表現した地名。あるいは、製鉄場ホト(火 処)のあった洞か(城下町なので鍛冶関連地名もある か)。 2)ちかおかぼら 近岡洞(巴川支流) <近岡町> ・川名の由来:洞の存在する、旧)村名「近岡村」を 冠した川名。 ・近岡洞の概要:山の中腹 EL140m ほどの所に砂防堰堤 が築かれており、洞は堰堤から巴川に至る小さな谷川。 近岡 ちかおか 町の沿革 ・地勢:巴川の右岸、黍生きびゅう山 EL374.4m の南麓に位置 する。 ・旧跡:黍生きびゅう山上に黍生城跡がある。山田重長が治承 年間尾張国から移住して築いたといわれ、平家方によ って落城したとの伝えもある(足助町誌)。 ・地名の変遷:江戸期~三河国加茂郡近岡村。明治 11 年東加茂郡に所属、同年追分村の一部となる、同 22 年盛岡村の大字となる。昭和 30 年からは足助町の大字。 平成 19 年から豊田市近岡町となる。 ・地名の由来:表記文字のとおりお城に近い丘の所を 表現したと思われる。 3)いのくちがわ 井の口川(巴川支流) <井ノ口い の く ち町> ・川名の由来:この川が流れる、旧)村名「井ノ口い の く ち村」 を冠した川名。 ・井の口川の概要:井ノ口町を南流し、国道 153 号線 の追分辺りで東へ湾曲し朝日あさひがわ川と合流し、巴川に注ぐ 小川。 ・いのくち(井ノ口)の由来:イ(井)は、イリ〔入・ 圦・杁〕と同じように農業用水に関係する地名用語で、 川に設けた取水堰の口元に位置する所を表現した地名。 井ノ口い の く ち町の沿革 ・地勢:巴川の支流朝日あさひ川流域に位置する。 ・名所旧跡:井ノ口城跡があり、「三河国二葉松」は戸 田右衛門尉忠勝を城主と伝えるが不詳。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡井ノ口村。明治 11 年東加茂郡井ノ口村、同年追分村の一部となる。平 成 19 年から豊田市井ノ口町となる。 ・寺社:広見神社がある。 追分 おいわけ 村の変遷 ・地勢:巴川流域に位置する。 明治 11 年東加茂郡の〔寺沢村・近ちか岡おか村・井ノ口い の く ち村・ 田振たぶり村・大島おおしま村〕が合併して追分村成立、同 22 年盛 岡村の大字となる。昭和 30 年からは足助町の大字。平 成 17 年から豊田市と合併、追分地名は消滅。合併時の 村がそれぞれ近岡町・井ノ口町・田折町・東大島町と なる。 ・地名の由来:飯田街道と岡崎街道の分岐点であるこ とによる。縄文時代の遺跡が多く、吉田・林・仏田・ 追分山ノ神・田中・ウシエの各遺跡がある。また、成 瀬城・田振城・井ノ口城・大島城の古城跡もある。 参考)あさひがわ 朝日川(巴川支流)<石野地区野口 町~足助地区井ノ口町>-石野地区参照- 4)のりさだがわ 則定川(巴川支流) <則のり定さだ町> ・川名の由来:この川の河口の、旧)村名「則定のりさだ村」 を冠した川名。 ・則定川の概要:石野地区との境界峰を源頭に、則定 地内を東流し、穂積橋付近で巴川に合流する渓流。 ・のりさだ(則定)の由来:ノリサダは、足助地区の 西南境界地であることから、領有する国境、郡界を定 めた所を表現した地名と推察される。 則 のり 定 さだ 町の沿革 ・地勢:巴川流域、集落の大部分は右岸に位置する。 ・名所旧跡:縄文時代の則定本郷遺跡・シメ土遺跡・ 仙元 せんげん 遺跡がある。則定城跡と椎城跡が在る。椎城跡二 の丸に同城城主鈴木重氏墳の古碑がたつ。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡則定村。明治 11 年東加茂郡則定村、同 22 年穂積村の大字則定となる。

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明治 39 年盛岡村大字則定、昭和 30 年からは足助町の 大字則定。平成 17 年から豊田市則定町となる。 ・寺社:村内には産神宮・秋葉社・しゃくじ社・若宮 社と十六羅漢・薬師堂・観音堂・寺(禅宗心月院)が あった(足助町深見家文書)。産神宮は熊野神社、心月 院は石平道人鈴木正三和尚の創建で曹洞宗。十六羅漢 を祀る羅漢山で天保 2 年から慈本豪英尼が千日の念仏 行を行った。 ・記録:明治 14 年盛岡郵便局開局。 5)こやのさわがわ 小屋ノ沢川(巴川支流) <葛 沢つづらさわ町> ・川名の由来:この川の水源地内の通称地名「作業小 屋の在る沢」から付けられた川名と推察される。 葛沢村地内の字地名や小名には「小屋ノ沢」地名が 記載されていない。 ・小屋ノ沢川の概要:葛沢村地内の一番高い山 561m の西麓を西に流れ巴川に注ぐ谷川。少し上流に渓谷美 を誇る「奥おくこうらんけい香嵐渓」とよぶ名所があり、さらに上流に は菰こも弟子でし の滝がある。また、対岸には巴川発電所が在 る。 葛 沢 つづらさわ 町の沿革 ・地勢: 巴ともえ川に注ぐ神越かみこし川の支流 葛沢つづらさわ川流域に位置 する。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡葛沢村。明治 11 年東加茂郡葛沢村、同 22 年金沢村の大字葛沢となる。 明治 39 年賀茂村大字葛沢、昭和 30 年からは足助町の 大字葛沢。平成 17 年から豊田市葛沢町となる。 ・寺社:八幡神社がある。元来は堂庭薬師を鎮守とし たが、江戸期に正八幡宮を京都吉田御殿から勧請し、 その後御鍬大明神を伊勢外宮から勧請したと伝える。 境内社に津島社がある。堂庭稲荷は、江戸初期に京都 伏見稲荷を勧請と伝える。寺院は浄土宗宝樹院があり、 開山利洞上人は大永元年没と伝え、江戸末期製の仏足 石がある。 菰弟子こ も で しの滝があり、巨岩正面に「不動明王尊像」、左 右に「石川家為武運長久、村井貞次建之、奉行中根次 兵衛正俊、同断大山□□、文政二己卯年五月六日」と ある。8 月の盆行事として夜念仏が行われる。 6)やがみがわ 岩神川(巴川支流) <岩や神がみ町> ・川名の由来:この川が流れる、旧)村名「岩神村」 を冠した川名。 ・川の概要:岩神町重松しげまつの山林から流れ、足助もみじ 子供園の脇を抜け、足助新橋付近で巴川に注ぐ谷川。 ・地名の由来:縄文時代の先人が崇めた磐いわくら座(岩神) が存在することから付けられた地名。巨石は、足助病 院の裏山に「大日堂」の大杉と若 一にゃくいち神社があり、そ この山尾根に巨石が存在する。また縄文時代の遺物が 出土していることが記録されている。 岩や神がみ町の沿革 ・地勢:巴川の左岸に位置する。 ・旧跡:仲田遺跡があり、縄文時代~鎌倉期の遺物を 出土。足助七城の 1 つに数えられる臼木ケ峰城跡があ る。また別に古城跡があるが、由緒不詳。 ・地名の変遷:江戸期、三河国加茂郡岩神村。明治 11 年東加茂郡岩神村、同 22 年東加茂郡盛岡村大字岩神。 昭和 30 年東加茂郡足助町大字岩神。平成 17 年から豊 田市岩神町となる。 7)のばやしがわ 野林川(巴川支流) <野林のばやし町> ・川名の由来:この川の河口の、旧)村名「野林のばやし村」 を冠した川名。 ・野林川の概要:上小田か み こ だ町と沢さわノの堂どう町を源頭に両町の 境界を北に流れ、野林のばやし町地内を経て篭かごはやし林町地内で巴 川に注ぐ谷川(準用河川)。 ・のばやし(野林)の由来:明治 8 年の合併時に、大 野村と籠林村の一文字づつを合成して野林村とした合 併合成地名。 野林 のばやし 町の沿革 ・地勢:巴川の左岸に位置する。 ・名所旧跡:昭和 40 年に完成した香嵐渓スケートセン ター。縄文時代の塩平遺跡・野林本郷遺跡がある。 ・地名の由来:合併した大野村と籠林村の各 1 字をと った合成地名。 ・地名の変遷:明治 8 年加茂郡〔大野お お の村と籠 林かごはやし村〕

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が合併して野林村成立。明治 11 年からは東加茂郡野林 村。明治 22 年盛岡村の大字野林となる。昭和 30 年か らは足助町の大字野林、平成 17 年から豊田市野林町と なる。 8)かがみがわ 鏡川(巴川水系) <冷田ひえだ町・栃本とちもと町・桑原田く わ は ら だ町・上佐切かみさぎり町・下国谷しもくにや町> ・川名の由来:この川の河口付近の地名、旧)下国谷 村字「 鏡かヽみ」を冠した川名。 ・鏡川の概要:冷田町あたりを源頭に、桑原田町~栃 本町~上佐切町の山林を蛇行しながら西流し、下国谷 町鏡付近で巴川に合流する渓流。 かがみ(鏡)の地名由来:山上に古代巨石信仰(磐いわ座くら) の鏡岩が存在する所。 下国谷しもくにや町の沿革 ・地勢:巴川左岸に位置し、南部は鏡川が西流する。 集落は山上の小起伏面と鏡川沿いにある。 ・名所旧跡:古代・中世の祭祀遺跡が山上にある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡下国谷村。明治 11 年東加茂郡に所属、同 22 年盛岡村大字下国谷、昭 和 30 年足助あすけ町大字下国谷。平成 17 年豊田市下国谷町 となる。 ・寺社:熊野神社を祀り、境内社として御鍬社・神明 社がある。 9)さぎりがわ 佐切川(巴川支流) <下佐し も さぎり切町・上佐か み さ切ぎり町> ・川名の由来:この川の河口の、旧)村名「下佐し も さ切ぎり村」 を冠した川名。 ・佐切川の概要:上佐切町の山林を源頭に西に流れ、 途中で上脇町から流れる沢を集め、下佐切町で巴川に 注ぐ渓流。 ・さきり(佐切)の由来:サ(佐)は助ける意味があ り、縁起の良い文字として使ったと解釈される。きり (切)は、土地の区画を指す地名用語。 下佐切しもさぎり町の沿革 ・地勢:巴川左岸に位置する。 ・名所旧跡:下佐切城跡、広畑古墓があるが、いずれ も由緒不詳。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡。明治 11 年東加 茂郡下佐切村、同 22 年盛岡村大字下佐切。昭和 30 年 からは足助町の大字下佐切、平成 17 年から豊田市下佐 切町となる。 ・寺社:津島神社があり、境内社として御鍬神社・秋 葉神社・山ノ神神社・浅間神社を祀る。 上佐切かみさぎり町の沿革 ・地勢:巴川左岸支流佐切川の上流に位置する。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡上佐切村。明治 11 年東加茂郡上佐切村、同 22 年盛岡村の大字上佐切 となる。昭和 30 年からは足助町の大字上佐切。平成 17 年から豊田市上佐切町となる。 御鍬神社があり、境内社として大洗磯前神社を祀る。 ・記録:明治 20 年佐切尋常小学校(現佐切小学校)開 設。 10)らくみねがわ 烙嶺川(巴川水系仁王川支流) <下 平しもだいら町> ・川名の由来:この川の水源地名、炮烙山ほうらくさん683.5m の嶺 から流れる川を表現した川名。 ・烙嶺川の概要:炮烙山ほうらくさんの北麓を西に流れ、下平町の 西端で仁王川の最上流に注ぐ小川。 下平 しもだいら 町の沿革 ・地勢:炮烙山ほうらくさんの北麓に位置する。 ・名所旧跡:縄文時代の馬場遺跡があり、住居址 8(早 期 5・前期 2・後期 1)と多量の土器片を出土。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡下平村。明治 11 年東加茂郡下平村、同 22 年豊栄村の大字下平となる。 明治 39 年盛岡村大字下平、昭和 30 年からは足助町の 大字下平。平成 17 年から豊田市下平町となる。 ・寺社:厳島神社がある。 11)かみこしがわ 神越川(巴川支流) <足助あすけ町> ・川名の由来:この川が流れる足助地区には多くのイ ワクラが存在することから、古代の人々が神聖な川と して崇めて呼称した川名と推察される。

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・神越川の概要:三河高原を水源とし、田たノ士里の し り川を 合したのち、巴川に合流する。景勝の地で、マス釣で にぎわう。 1 級河川流長 8.5km、流域面積 46.6 ㎢。寧比曽ね び そ岳だけ 1,120m・出来山 1,052m 付近に源を発し、愛知高原国定 公園地内を流れる金蔵連ご ん ぞ う れ川・滝沢たきさわ川、御内み う ち町地内を流 れる田たノ士里の し り川を集めて西流し、大見川と合流して 安実京あ じ き ょ う町付近で巴川に注ぐ。 明治44年足助町東大見に出力500kwの発電所が建設 され、近年はマス釣場や養魚場などの観光漁業も盛ん。 神越 かみこし 渓谷 けいこく 神越川は、周囲の小起伏面を深くえぐって典型的な 幼年谷をなし、美しい渓谷美を作り、神越渓谷と呼ば れる。豊田市足助地区山ノ中立町への入口付近の河床 には、この地方の人が十二釜と呼ぶ甌おう穴けつがある。渓谷 にはミソサザイやカワセミなどの野鳥や、金蔵連には モリアオガエル・サンショウウオが生息する。 田之士里た の し り湿原 また支流の田たノ士里の し り川沿いには、県自然環境保全地 域の田之士里湿原がある。 (4)神かみ越こし川の 5 支流 1)ごんぞうれがわ 金蔵連川(神越川支流) <下山地区・足助地区境界・御内みうち町> ・川名の由来:この川の水源地の地名、旧)御内蔵連み う ち ぞ う れ村 字「金沢連ご ん さ わ れ」を冠した川名。金沢連ゴンサワレを村名 とも関連してゴンサワレ⇒ゴンゾウレ⇒金蔵連川と表 記されたと推察される。 ・金蔵連川の概要:北設楽郡新城市との境界をなす出 来山 1,052m と寧比曽ね び そ岳だけ1,120m の西斜面を水源に、幾 つもの支谷を集め、田之士里橋辺りで神越川と名前を 改め、巴川に合流する。 ・伝説:大見新田の二本松には、武田信玄の掘った金 鉱跡と伝える穴がある。『東大見区有文書』 ・ごんぞうれ(金蔵連)の由来:ソレ地名は焼畑地名 であり、おそらく閉山となった金鉱山の人たちが拓い た焼畑と推測される。焼畑は連作すると地味が痩せるの で休耕する、この休耕させることを「ソラス」[ソーレ」 などと言うか。 2)たきさわがわ 滝沢川(神越川水系金蔵連川支流) <愛知高原国定公園内> ・川名の由来:この川の容姿を表現した川名。滝のよ うな沢川。 ・滝沢川の概要:国定公園の山林を水源に田之士里橋 辺りで金蔵連川に注ぐ谷川。 3)たのしりがわ 田尻川(神越川支流) <御内み う ち町> ・川名の由来:この川の河口部の地名、旧)御内村字 「田たノ士里の し り」を田尻と表記した川名。 ・川の概要:設楽町との境界峰を源頭に下山地区との 境を西に流れ「田之士里湿原」から北に湾曲し、神越 渓谷マス釣場で神越川に注ぐ渓流。 ・たのしり(田ノ士里)の由来:タノシリは「田の尻」 の意で、当て字で「田ノ士里」と表記した地名。 御内みうち町の沿革 ・地勢:寧比曽ね び そ岳だけの西南、巴川に注ぐ神越川と上流 金蔵連ご ん ぞ う れ川・田たノ士里の し り川流域に位置する。集落は御内蔵 連本郷と金蔵連・田ノ士里に分かれる。 ・地名の由来:金蔵連の地名は、武田信玄の金鉱跡が 何か所かあることにちなむと伝える。「御内蔵連誌」は、 長田権太夫なる者が来て金掘り吹分けをしたと伝える。 権太夫は文正元年没。なお、金蔵連の八幡神社の応永 25 年の棟札には「金沢村氏中」、文明 19 年の鰐口には 「ゴンサヲレ八幡御前」とある。 ・名所旧跡:金蔵連地内に縄文時代の東切遺跡・下切 遺跡、本郷地内に縄文時代の中島遺跡がある。東切遺 跡では古代・中世の遺物も出土。 ・地名の変遷:中世末期から江戸初期にかけては三河 国御内蔵連村と金蔵連村。金蔵連村には枝郷田之士里 があった。江戸期は三河国加茂郡御内蔵連村。幕府領・ 重原藩領を変遷。明治 11 年東加茂郡御内蔵連村、同 22 年金沢村の大字御内蔵連となる。明治 39 年賀茂村 大字御内蔵連、昭和 30 年からは足助町の大字御内蔵連。 平成 17 年から豊田市御内町となる。 ・寺社:本郷・金蔵連それぞれに八幡神社がある。

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記録:慶安年間に大洪水・山崩れがあって困窮したと 伝える。(御内蔵連誌)。昭和 43 年神越開発組合を結成 して、マスの養殖を始める。 4)つづらさわがわ 葛沢川(神越川支流) <葛 沢つづらさわ町> ・川名の由来:この川が流れる、旧)村名「 葛つづら沢さわ村」 を冠した川名。 ・葛沢川の概要:葛沢村のほぼ中央を北に流れ、大見 橋の架かる辺りで、神越川・大見川に合流する。 ・つづらさわ(葛沢)の由来:村の中央を流れる沢が、 くねくねと幾重にもまがりくねって続くので、葛のよ うな沢と表現した村名と推察する。 5)おおみがわ 大見川(巴川水系・神越川支流) <東大見町> ・川名の由来:この川の河口の、旧)村名「大見お お み村」 を冠した川名。 ・大見川の概要:1 級河川、流長 5.577km。上流の下山 地区梨野な し の町地内を流れる梨野な し の川と合流し、川名を大見 川と改め、東大見町地内を流れる奥山おくやま川・根木貝戸ね ぎ か い と 沢 ざわ ・西貝にしがい戸と川を集め、下流部では 葛沢つづらさわ町地内を流れ る 葛沢つづらさわ川・神かみ越こし川と合流して巴川に注ぐ。 ・おおみ(大見)の地名由来:幡豆はず 郡巨海おおみから氏神を 遷座したことからという地名伝説もあるが、水の多い 所(大水おおみ→大見おおみ)を表現した地名と推察される。 参考)『地名用語語源辞典』は、おおみ地名を①オホ(接 頭語)・ミ(水)、またはオホ・ウミで「湿地」の地名 か。②オホ(接頭語)ウミ(海)で「海辺」か。③オ ク(奥)の転か、または、字音のアウ(奥)・ミ(廻) で「奥まった所」「谷の奥」などか。④アブ。⑤近江国 にちなむ地名か。と紹介する。 東 大 ひがしおお 見み町の沿革 ・地勢:巴川に注ぐ神越川の支流大見川流域に位置す る。枝郷に大見新田がある。 ・名所旧跡:縄文時代の川場・広貝戸・市平の 3 遺跡 がある。大見新田の二本松には、武田信玄の掘った金 鉱跡と伝える穴がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡大見村。明治初 年東大見村と改称、明治 11 年からは東加茂郡東大見村、 同 22 年金沢村の大字東大見となる。明治 39 年賀茂村 大字東大見、昭和 30 年からは足助町の大字東大見。平 成 17 年から豊田市東大見町となる。 ・記録:明治 44 年大見発電所完成。東大見区有文書に よると、杉原紙・森下紙をすいており、保久陣屋へも 納入していたようである。 (5)大見川の 4 支流 1)にしがいとがわ西貝戸川(大見川支流) <東 大ひがしおお見み町> ・川名の由来:この川の河口の地名、旧)大見村字「西貝にしがい 戸と」を冠した川名。 ・西貝戸川の概要:東大見村の山林を水源に南流し、 西貝戸集落の中央を流れ大見川に注ぐ谷川。 ・にしがいと(西貝戸)の由来:東大見村地内にあっ て、西側に位置する集落(屋敷・組)。ガイト=屋敷・ 小集落。 2)ねぎかいとざわ 根木貝戸沢(大見川支流) <東大見町> ・川名の由来:この沢の河口の地名、旧)東大見村字 「根木貝戸ね ぎ か い と」を冠した沢名。 ・根木貝戸沢の概要:大見トンネルが抜ける山林を水 源に、根木貝戸集落を経て大見川に注ぐ谷川。 ・ねぎかいと(根木貝戸)の由来:神社の神職を務め る禰宜職の集落。村内には字禰宜ね ぎ屋敷や し きもある。あるい は、山の根本の道が分岐する所の集落を表現した地名 か。カイト=屋敷・小集落。 3)おくやまがわ 奥山川(大見川支流) <東大見町> ・川名の由来:山里の大見村の中でも、さらに奥の山 (梨野村との村境)を流れる川を表現した川名。 ・川の概要:村境の山の谷間を流れる小川。 4)なしのがわ 梨野川(大見川支流) <下山地区梨野なしの町> ・川名の由来:この川の水源地の村名、下山地区「梨なし

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野の村」を冠した川名。 ・川の概要:下山地区梨野町地内の山林を源頭に国道 420 号線に沿って西に流れ、滝尻橋辺りで大見川に注 ぐ渓流。 (6)阿摺川(矢作川支流)と 14 支流 1)あすりがわ 阿摺川(矢作川支流) ・川名の由来:この川が流れる、旧)村名「阿摺あ す り村(明 治 30 年に抹消)」を冠した川名。 ・阿摺川の概要:1 級河川流長 10.50km、流域面積 39.8 ㎢。 足助地区の伊勢神峠西斜面に源を発し、明川あけがわ町地内 で曲りクテ沢・堂どうケ入がいり川を集め、平沢町を経て旭地区 加塩町地内に入り東加塩ひがしかしお川・加塩かしお川・花はなノ樹の き川・大井お お い 川を集める。旭地区榊野さかきの町地内に入り、小 沢しょうざわ川・釜かま ノ口のくち川を。足助地区小町こちょうに入り、五倫ごりん沢ざわ・茶ちゃ磨うす川を。 御みくら蔵町に入り、寺てらののした下川・大河原お お が わ ら二にのの沢さわ・御み蔵くら沢ざわを。 東 ひがし 渡合どあい町に入り、久木ひさぎ川・大洞おおぼら川を。月原わちばら町で入洞いりぼら 川・月つき見沢みざわをそれぞれ集めて矢作川に注ぐ。 『角川地名大辞典』には、榊野から足助町渡合まで は直線的な谷が続き、断層線谷と推定される。矢作川 に合流する付近は峡谷をなすが、それより上流は幅広 く浅い谷が続き、川沿いの谷底は水田化され、集落が 点在する。昭和 47 年 7 月の豪雨では、山崩れと洪水に より、月原・御蔵を中心に大被害を受けた。と紹介さ れている。 ・あすり(阿摺)の由来:一説、アスリは、多くの集 落が合併して成立した村名で、好字二文字の地名文化 の作法に従い、瑞祥地名「阿摺」とした。阿は梵語の 「阿吽あ う ん」の呼吸を意味し、摺りは絹布に模様を擦り付 けるの意があり、11 か村が阿吽の呼吸と平等の精神 (模様)で合併した精神を表わす村名と思考される。 二説、木材を流送する村。阿は仏さまに供える水 (閼伽あか )と同じ意。スリはソリと同じく木材を摺り降 ろす意があり、山から摺り降ろした木材を、阿摺川を 利用して流送する村を表現した村名か。 参考)ア〔阿〕:①まがって入り組んだ所。まがりかど、 隈 くま 。「山阿」。②おもねること。「阿世あ せ い・阿諛あ ゆ」。③家の ひさし・のき「四阿し あ」。④人を呼ぶのに親しみを表わし て冠する語。「阿父おくちち・阿蒙おくもう」⑤梵語の第 1 字母。「阿吽あ う ん」。 〔刷・摺〕:①絹布に模様をすりつけること。②印刷す ること。また、その出来具合。『広辞苑』 阿摺あ す り村の変遷 ・地勢:矢作川左岸に位置する。「阿須利」とも書く。 ・室町期~戦国期:三河国加茂郡足助荘阿摺村。 ・江戸期:御みくら蔵村。明治 22 年広岡ひろおか・月原わちばら・摺すり・ 葛つづら・ 白山 しらやま ・栃ノ沢とちのさわ・中立なかだち・大河原おおかはら・ 東中山ひがしなかやま・大塚おおつか・塩ノ沢しおのさわ の 11 か村が合併して阿摺村成立(11 大字を編成)。同 27 年摺すりほか 9 大字が分離して瑞穂みずほ村が成立したため、 広岡 ひろおか ・月原わちばらの 2 大字となる。同 39 年瑞穂村と千田せんだを 除く大和やまと村を合併して、19 大字となる。昭和 24 年広岡ひろおか が小手沢こてのさわ・西樫尾にしがしお・切山きりやま・小町こちょう・御み蔵くら・渡合ど あ い・実栗みぐり・ 大蔵 おおくら の 8 大字、福知ふくちは細田ほそだ・大井おおいの 2 大字に分かれ計 27 大字となる。同 30 年足助町の一部となり、村制時 の 27 大字は同町の大字に継承し、阿あ摺すり村は消滅。 2)いせがみさわ 伊勢神沢(阿摺川支流) ・沢名の由来:この沢が流れる通称地名「伊勢神い せ が み峠」 を冠した沢名。 ・伊勢神沢の概要:阿摺川最上流の沢で、伊勢神峠(伊 勢神トンネル)の足助側(西側)から阿摺川に注ぐ小 沢の一つ。 ・いせがみ(伊勢神)峠の由来:この峠から、伊勢神 宮が眺望出来ることから「伊勢神峠」と呼ばれる。 伊勢せ か み神がみ村の変遷 <足助町> 〔近代〕明治 22~39 年の東加茂郡伊勢神村。寧比曽ね び そ 岳 だけ の北に位置する。地名の由来は中央にある伊勢神峠 による。 明川 あすがわ ・連谷れんだに・平沢ひらさわ・大多賀おおたが の 4 か村が合併して成立。 旧村名を継承した 4 大字を編成。明治 22 年築羽つくば村と組 合村を形成。明治 39 年賀茂村の一部となり、当村の 4 大字は賀茂村の大字に継承し、伊勢神村抹消。 3)まがりくごさわ 曲リクゴ沢(阿摺川支流) <明あす川がわ町> ・沢名の由来:この川の河口の地名、旧)明川村字 「曲久子マ カ リ ク コ」を冠した沢名。

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・曲リクゴ沢の概要:旭地区惣田そ う だ町との分水嶺からに 南流し、阿摺川に注ぐ小沢。砂防堰堤が築かれている。 ・まがりくご(曲リクゴ)の由来:曲がり(阿摺川が 凹んだ所)に合流するクゴ(沢)の所を表現した地名。 4)どうがいりがわ 堂ケ入川(阿摺川支流) <明あすがわ川町> ・川名の由来:この川が流れる地名、旧)明川村字「堂とう ノのわき脇」を冠した川名。字堂ノ脇地内の小名には 〔鯉ケ入こ い が い り・薬師洞や く し ほ ら〕地名がある。 ・堂ケ入川の概要:旭地区惣田町との分水嶺を水源に 南流し、阿摺川に注ぐ準用河川。 ・堂ケ入の由来:薬師堂が祀られる川の流れる所を表 現した地名。堂は、薬師様を祀る堂を指し、入りは用 水路を指す。 明川 あすがわ 町の沿革 ・地勢:寧比曽ね び そだけ岳の北西、矢作川の支流阿摺川の最上 流域に位置する。集落は阿摺川に沿い、通称明川大野 と呼ぶ枝郷がある。 ・名所旧跡:昭和 50 年代いこいの村愛知をはじめドラ イブイン・ペンションなどの施設が充実。縄文時代の 明川山ノ神遺跡・柳坪遺跡が明川大野にある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡明川村。同 11 年東加茂郡明川村。同 22 年伊勢神村の大字明川。明治 39 年賀茂村大字明川、昭和 30 年足助町の大字明川。 平成 17 年から豊田市明川町となる。 ・寺社:慶応 3 年伊勢神峠に伊勢神宮遥拝所がつくら れる。熊野神社があり、津島神社を合祀。祭礼には打 囃子を奉納。境内に農村舞台が現存。明川大野に曹洞 宗円通院があり、元亀 3 年原田八郎右衛門の開基と伝 える。 5)ごりんざわ 五倫沢(阿摺川支流) <小町こちょう> ・沢名の由来:沢が流れる地名、旧)小町こちよう村字「五倫ご り ん」 を冠した沢名。 ・五倫沢の概要:五輪地内の古墓脇の山地を南に流れ 阿摺川に注ぐ小沢。 小町 こちょう の沿革 ・地勢:矢作川の支流阿摺川流域に位置する。 ・名所旧跡:縄文時代の市場遺跡・木用遺跡・大貝津 遺跡があり、木用・大貝津遺跡からは古代・中世の遺 物も出土。五輪古墓があるが、由緒などは不詳。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡小町村。明治 11 年東加茂郡小町村、同年広岡村の一部となる。昭和 30 年足助町の大字小町。平成 17 年から豊田市小町となる。 ・寺社:神明社の祭礼には打囃子を奉納。境内に農村 舞台が残る。浄土宗浄国院清土寺は、天文 7 年根誉善 公和尚創建と伝え、秘仏山越阿弥陀図を祀る。 廣岡 ひろおか 村の変遷 ・地勢:矢作川の支流阿摺川の流域に位置する。 ・明治 11 年:東加茂郡内の小手沢こでのさわ村・西樫尾にしがしお村・切きり山やま 村・小町こちょう村・御みくら蔵村・東渡合ひがしどあい村・実み栗ぐり村・大蔵おおくら村が合 併して廣岡ひろおか村成立、同 22 年阿摺村の大字となる。 ・昭和 24 年:小手沢こてのさわ・西樫尾にしがしお・切山きりやま・小町こちょう・渡合どあい・実栗みぐり・ 大蔵 おおくら ・御み蔵くらとなる。阿あ摺すり村・廣岡ひろおか村の名は抹消された。 6)ちゃうすがわ 茶磨川(阿摺川支流) <小町こちょう> ・川名の由来:この川の河口の地名、旧)小町村字「茶磨ちゃうす」 を冠した川名。 ・茶磨川の概要:茶臼山 419m の南山麓を源に、字茶磨 地内を南に流れ阿摺川に注ぐ渓流。 ・ちゃうす(茶磨)の由来:茶臼山に由来する。茶磨 のようにどっしりした形状の山は、地域を代表する自 慢の山である。 7)きりやまがわ 切山川(久木川支流) <上切山かみきりやま町> ・川名の由来:この川の水源地の地名、旧)「上切山かみきりやま村」 の上かみを略した川名。 ・切山川の概要:上切山地内の山林を水源に西南に流 れ、西樫尾に し が し お町にて久木ひさぎ川と合流し、川名を久木川に改 め大蔵おおくら地内で白山しらやま川と合流し、西北に流れて実み栗ぐり町地 内で阿摺川に合流する準用河川。 ・かみきりやま(上切山)の由来:山を切り開いて出 来た村。

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上切山 かみきりやま 町の沿革 ・地勢:阿摺川の支流久木川に注ぐ切山川流域に位置 する。猿海老さ る え びと呼ぶ山上にも集落がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡切山村。明治 11 年東加茂郡切山村、同年広岡村の一部となる。昭和 30 年からは足助町大字切山。平成 17 年から豊田市上切山 町となる。 ・寺社:日吉神社がある。 8)ひさぎがわ 久木川(阿摺川支流) <久木ひ さ ぎ町> ・川名の由来:この川の水源地の地名、旧)「久木ひ さ ぎ村」 を冠した川名。 ・久木川の概要:久木町地内の新盛小学校辺りを源頭 に、国道 153 号線に沿って南流してから西に湾曲して 国道を横切り、久木町地内を北西に流れ、西樫尾にしがしお町で 切山川を集め、さらに西北に流れ実み栗ぐり町地内で阿摺川 に合流する準用河川。 ・ひさぎ(久木)の由来:一説、ヒサギは久木にて、 森林がどこまでも続く区画を表現した村名か。 二説、ヒサギは塞ヒサがれた区画を指し、地すべり で潰れた区域を表現した村名か。 久木ひ さ ぎ町の沿革 ・地勢:足助川支流阿摺川に注ぐ久木川流域に位置す る。 ・名所旧跡:弥生時代の瀬古遺跡がある。 ・地名の変遷:江戸期は三河国加茂郡久木村。明治 11 年東加茂郡久木村、同 22 年賀茂村大字久木。明治 26 年大和村大字久木、同 39 年阿久木村大字久木。平成 17 年から豊田市久木町となる。 ・寺社:八所神社・浄土宗応声寺がある。 9)しらやまがわ 白山川(阿摺川支流) <足助あ す けしらやま白山町> ・川名の由来:この川の水源地の地名、旧)「白山しらやま村」 を冠した川名。今は足助あすけ白山しらやま町になったが、以前は白しら 山 やま 村であった。 ・白山川の概要:足助白山町地内を頭源に、北流し 東 中 山 ひがしなかやま 町を経て、大蔵おおくら町地内の大蔵橋辺りで久木ひさぎ川 と合流し、西北に流れて実み栗ぐり町地内で阿あ摺すり川に合流す る準用河川。 ・白山しらやまの地名由来:シラは、土石流災害などを起す龍 神を鎮める白髭しらひげ神社のシラに通じ、地滑り災害の多い 危険地帯を示唆する先人の警告地名と解釈される。な お、旭町地区の白石川は「しろいし」と発音し、シラ とは異質である。 白山 しらやま 町の沿革 ・地勢:阿摺川に注ぐ久木川の上流白山川流域に位置 する。 ・地名の変遷:明治 11 年東加茂郡の〔深田ふかだ村と東広見ひがしひろみ 村〕が合併して白山村成立、同 22 年阿摺村大字白山。 明治 27 年瑞穂村大字白山、同 39 年阿摺村大字白山、 昭和30年からは足助町の大字白山。平成17年から足助あ す け 白山 しらやま 町となる。 10)てらのしたがわ 寺の下川(阿摺川支流) <御蔵み く ら町> ・川名の由来:この川の河口の地名、旧)御蔵村字「寺てら ノ下の し た」を冠した川名。 ・寺の下川の概要:村の背後の山林を水源に、南流し 阿摺川に注ぐ小さな谷川。 ・てらのした(寺の下)の由来:表記文字の通り、お 寺(浄土宗覚性院)の下の所を表現した地名。 11)おおかわらにのさわ 大河原二の沢(阿摺川支流) <御蔵み く ら町> ・沢名の由来:この沢は、下流の御蔵沢と並んで流れ る沢で、御蔵沢より小さいので「二の沢」とし、大河 原はこの沢が流れる川原を「大河原」と瑞祥したと推 察される。 ・大河原二の沢の概要:寺の下川と御蔵沢に挟まれた 沢で、大蔵小学校付近で阿摺川に注ぐ小さな谷川。 12)みくらざわ 御蔵沢(阿摺川支流) <御み蔵くら町> ・沢名の由来:この沢が流れる、旧)村名「御蔵み く ら村」 を冠した沢名。 ・御蔵沢の概要:御蔵村と国有林との境界を流れる沢

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