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伝統文化を継承することの教育的意義
一昭和期における祝福芸「三番曳まわし」を事例として一
人間教育専攻
現代教育課題総合コース 月 岡 浩 司
はじめに
伝統・文化は、それぞれの地域に存在し、そ れぞれの地域に生活する人がその風土の中で形 成してきたものである。
今日また脚光をあひ、つつある伝統や文化に関 する教育は、その実践も数多く報告されている。
しかし、このような活発な実践が全国各地で行 われているにもかかわらず、地域の伝統・文化 それ自体は衰退している。ということは、伝統 や文化に関する教育に陥穿が存在することを示
していると考える。
本稿では、 「文化観」に着目して、現在行わ れている伝統・文化に関する教育がその教育的 意義を十分に持ちえていない原因を把握する。 そして、伝統・文化を継承するためにはどのよ うな「文化観」が必要になるのかを検討してい くとともに、新たな概念を加えることで、伝統・
文化を継承することの教育効果について提示し、
その意義を考察することを本研究の目的とする。
第 1章 「失われる
J伝統・文化ー地方の伝統・
文化に着目して一
「三番盟まわしJは、芸人が民家で門付けの 神事を行った祝福芸であり、徳島県独自の伝統 芸能であると考えられている。「三番盟まわし」
は、「家内安全JI五 穀 豊 穣JI年頭の清め・厄払
指 導 教 員 金 野 誠 志
しリといった目的で、門付けは広く各地で受け 入れられていた。
広く受けいれられていた門付けが衰退してき たのは、日本においては、国民国家が近代化を 推進するという使命を持つという考えに立って いたことから、農耕型社会の工業型社会への転 換が図られたことと関連している。こうして、
均質の資本・労働・技術が重視される工業化社 会になればなるほど、地縁、血縁的な共同体を 基礎として成り立っている農耕型社会は崩壊す る。それに伴い、被い清め、福を授ける神の遣 いの行うこの祝福芸も衰退していったのであるO
このように国民国家内の文化的統ーを推進しよ うとするのは、白文化を超える単一の全体性が 存在していると考える普遍主義に立っているか
らであるO
また、 「三番曳まわし」は、元来は被差別部落 の民俗芸能だったため、継承者が差別を恐れる あまりに 1960"'"'1970年ごろから姿を消してい った。「元来」とは本質主義的な見方である。本 質主義では、文化が再評価されることはあり得 ない。また、他の文化との聞に排他的な関係を っくり上げてしまう。そうなってしまうと、文 化を継承していくことができる人の数もごく少 数に限定され、また、その文化の中に他者も入 ってくることができないため活性化せず、ます
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ます、衰退していってしまう。
このように、地方の文化が衰退していく背景 には、普遍主義的文化観と本質主義的文化観が 影響していることを明らかにした。
第
2
章 伝統・文化を取り上げた教育実践の現状 和文化教育研究紀要から「授業実践」の事例 を取り上げ、現在進められている伝統・文化に ついての教育を分析してみると、教育実践がど のような目的で行われているのかを類別するこ とができる。そしてそこで示されている目的が、どのような「文化観Jに基づいて実践されてい るのかを考察することによって、その目的を達 成することが困難な状況に陥っていることがわ かる。相対主義的本質主義的文化観では、文化 内の差異を見落としていること、他者を相対化 する場合、白文化と異文化との聞にはっきりと
した境界を設けること、本質化された日本文化 と本質化された異文化との交流により、表面的 な理解にとどまることなどの問題を苧んでいる こと。普遍主義的本質主義的文化観では、一文 化が全体にとって均一に価値があると捉えてい ること、日本人に通底する精神や文化があると 考えていること、もとのまま続いていることが 伝統であると考えていることなどの問題を苧ん でいること。この
2
つの文化観により実践を展 開することが、伝統・文化を学ぶことの意義を 見出せないでいる原因であると考えられる。第
3
章 伝統・文化を継承することの教育的意義 本質主義的で普遍主義的な古い文化モデ、ルに 代わる新しい文化モデルはまだ作られていない だけでなく、構築主義的相対主義的文化観によ る文化モデルもまだ出現していないか、もしく は取り組むことに踏み出せていない状況がある。ということは、構築主義と相対主義にもとづく 文化観によって実践を進めるだけでは、現状を 超えて次の段階へ進めない。伝統・文化を継承 することの教育的意義を見出していくためには、
さらに新たな視点が必要となってくるのであるO
それが再帰性である。「三番曳まわし」は、社会 の中で、新たな役割を勝ち取り、再埋め込みさ れることで意味あることとして再帰させること が可能な伝統・文化であると考える。伝統・文 化が形を変え、新しく生まれ変わることにより その再帰性に期待することができるo 過去を現 実のこととして認めふりかえりつつも、形骸化 させることなく、新たに現代的な意味も十分に 持ち合わせさせていくことが必要だと考えるO
このように考えると、伝統・文化を継承する教 育の意義を支えるためには、「再帰性」と「構築 主義的相対主義的文化観」とを組み合わせるこ
との有効性に期待できょう。
おわりに
伝統・文化を継承することは、「どのように人 が希望をつないできたかを知ることによって、
自らに誇りを持ち、他者と互いに理解しながら、
よりよい生き方を構築する」ためにきわめて効 果的な教育活動である。文化の形を引き継ぐの ではなく、先人がその時代を生きるために、工 夫したり思考したりしながら懸命に生き抜いた 願いや思いを手がかりとして、伝統・文化が自 分たちにとってどのような価値があるのか、ま た、積極的に継承していくべきものなのかそれ
とも価値を認めつつ見守るべきものか、さらに、
現代の生活に活かすべきものなのかを考えると いう、伝統・文化と自分との関係性をつなぐと いうことが重要であり、そこに伝統・文化を継 承することの教育的意義が存在すると考えるO